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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

ようこそお越しくださいました(道先案内) 

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この記事は表紙として常にトップにあります。通常記事は次の記事からです。
こちらは、掲載している小説などのあらすじ・紹介リストです。
掌編から長編まで取り揃えています。
お時間がありましたら、ぜひ『続きを読む』をクリックして覗いてみてください(^^)
なお、左のカテゴリからクリックすると、物語を始めから読むことができます。

ねこ好きの方は……【迷探偵マコトの事件簿】で猫ブログ感を…
旅好きの方は……【石紀行】で巨石を巡る不思議な旅へ…
本格的な物語をという方は……【清明の雪】で京都ミステリーを…

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2017年7月のつぶやきコーナー★スペインから帰ってきたよ 

<Twitter代わりのつぶやきとお知らせのコーナー>
【雑記・映画】映画公開初日に行くなんて初めて!~『忍びの国』~



2017/7/27ただいまfromスペイン
サグラダ・ファミリア2
サグラダ・ファミリア、本当に工事してました。今のてっぺんは100mちょっとですが、まだ30mほど積むらしい……そう、エレベーターで上に登って分かりましたが本当に「積んで」ます。地震国からきた日本人には工事現場風景が恐ろしい……その前に、高所恐怖症の大海、ただでさえ怖いところを頑張って登ってみたのですが……ううむ。
ただ、写真でイメージしていた通りではありながら、確かに素晴らしい建造物。これは来て観るものだとしみじみ思いました。特に、内部が素晴らしかった。ヨーロッパのカテドラルなどはどこも趣があって迫力満点ですが、また別のインパクトがありました。
ちなみに、スペインの人曰く、「地震はない」(断言)。でも震度1位のはあるんですって。ちなみにアルハンブラ宮殿の柱は鉛で地震対策してたけどなぁ。もちろん、天才ガウディの柱の立て方は支え合う方式なので大丈夫、なのかもしれないけれど、やっぱりちょっと怖い……
悪魔の橋1
こちらはバルセロナの南の方にあるタラゴナのラス・ファレラス(悪魔の橋)。実はこの旅行のために一眼レフをミラーレスに買い換えたのです。何しろ私の一眼レフ、重すぎてとても持って行けない、でもやっぱり一眼レフで撮りたい、ということで新しいカメラで行って……使い方がよく分からないまま撮っていたら、自分が撮ったつもりの画面よりも実際は小さくて(フレームの幅が左右カットされるような撮り方をしてた)、さらにJPEGで記録されていなかったので、変換作業に時間がかかるという残念さ。もっと使い方確認してから行けばよかった。

そんな抜け抜けのスペインの旅ですが、実は、旅の半ばから食あたりおよび暑気あたりで調子が悪くて、パエリアさえ食べることなく、帰ってきました……しょぼん。
お仕事関係も3日間ほど挟んでいましたが、会場は冷房が効きすぎて寒いし、外は体温以上だし、ほんとに体調管理が大変で。
しかもその調子悪さが現在進行形で、ちっとも治りません。帰国後1日お休みの日を作っていたのに、そんなのでは回復せず、いきなり仕事は夏休みのかき入れ時で毎日午前様で3時間睡眠まっしぐら。
皆様のところには伺っているのですが、またまた読み逃げになっていて済みません! 
回復したらコメ回り、旅のレポートいたしますね。



今月の古いつぶやきは、「続きを読む」にあります。
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Category: つぶやき

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【雑記・映画】映画公開初日に行くなんて初めて!~『忍びの国』~ 

生まれて初めて映画館で観たのは父親に連れられて行った『ゴジラ対○○』(もう何と戦っていたのかも覚えていない、エビラだったか)、その後は友人のお母さんに付き添ってもらっていった『スター・ウォーズ』(うわ~、まだナンバリングも付いていない。I love you. I know.でしばらく盛り上がったなぁ)、初めて保護者なしに行ったのは『風の谷のナウシカ』(映画館でバカ泣きして後ろの席の人に「大丈夫ですか」って聞かれた)……大学生の頃は祇園の怪しい映画館で3本立ての白黒映画を見続け(ハンフリー・ボガードに嵌まったあの頃)、タルコフスキーに嵌まり(イタリアまで撮影した所を訪ねていった、今で言う聖地巡礼ですか)……・でも仕事を始めてからは、映画館で映画見るなんて1年に1回あるかどうか、一番最近観たのは『パイレーツ・オブ・カリビアン』だったか『探偵はバーにいる』だったか……という残念な私ですが、このたび、生まれて初めて、映画公開初日に映画館に足を運びました。
ほんとは、舞台挨拶中継も見たかったけれど、ピアノの調律の日だったし(7年ぶり! でもそれまで何十年も毎年やってもらっていたので、驚くほどは狂っていなかったらしい^^;)、夕方は京都で研究会もあったし、で、新幹線で神戸に帰ってきて、レイトショーに飛び込みました。いやもう、待てないわ!って。
おおのくん
以前からこそこそと公言(ん?)しておりますように、私、大野くんのファンでして……何が、と一言で言うのは難しいけれど、多分、才能ある職人が好きなんです。まぁ、あんまりのめり込みすぎることはない分、息も長く、少々のマイナスエピソードは気にならないタイプでして……おかげで、毎年きっちり、フミヤさんのお礼参り(え?いや、私の青春でしたから)に通い、親戚のおばちゃんとしてはKinKiの2人の顔を見なくちゃ落ち着かないし(剛くん、ほんとに心配です。何とか治療が上手くいって回復して欲しい)……
え? 洋ちゃん? 洋ちゃんは私の心の泉です(大泉~)。

そして、大野くん。ヒガシ(東山紀之)からも天才と認められて、うん、彼の絵とかフィギュアを見ると、確かに天才的だとも思うけれど、歌もダンスもさらっと上手いけれど、努力してないわけないじゃん、と思うんですよね。
今回映画の予告や宣伝のあちこちで、彼のいいところの素がいっぱい出ている気がして、ファンとしては嬉しい。というのか、最近、文句なしにかっこいいなぁ、と日々惚れ直しております。
嵐の他のメンバーも、ダンスの練習で、「リハーサル室で踊らないで本番でばしっと決めるから、天才なんだと思っていた」なんて、今更言ってるし。でも本人、家ではむっちゃ練習してるんですよ。
「俺、天才じゃなかったんだよ」
何で、人前で練習しないの? と聞かれると。
「恥ずかしいから」
もうね、「これだよ、これ」なんです(これは映画の中の無門の台詞。いつも厳しくて家にも入れてくれない妻=お国が、いよいよな場面では「無事にお帰りを」と言ってくれたので)。

「家で練習していた」のは、鈴木亮平くん(来年の大河『西郷どん』、幕末もののジンクスを打ち破って頑張れ~)とのアクションシーン。亮平くんは撮影現場でも一生懸命練習していて、大野くんは当時ツアー中。合流しても練習してる気配なく、でも撮影に入ったらばしっと決めてくるので、「すごい、天才だ」と思ったと。
多分、運動神経はいいし、さらっとできちゃう部分もあるんですけれど、その分見えない努力もひとりでいっぱいしている人。一人が好きなのは、こういう作業(アートもダンスの振り付けも練習も)って一人でなきゃできないから、ですよね。創作ってみんなそう。小説もね。
さて、この300手もあるアクションシーンの話から入りましょう。
(予告や宣伝で出ている以上の明確なネタバレの意識はありませんが……というのも、ここに書いてある程度のことは私は映画を観る前に知っていたことばっかりなのですが、いささかも知りたくないという方は先に映画館へ御願いします)

このシーンは、映画の後半で、人をあやめることなんて何とも思ってこなかった無門(大野智)と、そんな忍者の社会は狂っていると気がついて織田方に寝返った平兵衛(鈴木亮平)の最後の戦いのシーン。
原作者・和田竜が考案した、忍者が遊びでやっている「川」という戦いは、線を2本引いて、その狭い中で2人が戦う(土俵みたいなものですね)んだけれど、その線の幅は二人並んで向かいっていられるぎりぎりくらい。そこから出てしまったら、周りを取り囲んでいる見物人(もちろん人の生死なんて何とも思っていない忍者たち)に襲われそうになって線の内側に戻されちゃう。そして、負けた側はもちろん、線の内側で死んじゃうわけで、その転がった姿が、両端の2本の線と併せて「川」という文字になるという。

この長い戦闘シーン、見ている方も結果は分かっているのに、すごい力が入ってしまって、残忍なんだけれど、何だかもう訳が分からなくなっていく感じ、脳が無酸素になっている感じが2人の役者から伝わってくるんですよ。中村監督はそのぎりぎりまで、カメラを止めなかったらしいし。
憎み合っている2人が(いや、無門は何も思っていないか)戦う中でお互いを理解していくという、すごい深いシーンなんだけれど、刃物と自らの身体で戦いながら、別の何かもぶつけ合っている感じ(それが魂なのかなぁ)。「理解し合う」というのは語弊があるかも。それは好意でも納得でも何でもないんだけれど、そこにあるのは、当事者として居合わせた者にしか分からない何か、なんですね。魂と血肉だけが感応するもの。
お互いに、忍者の国で、血で血をあらう世界で生き残ってきて、結局、孤独だった。

全然違うけれど、スポーツの試合でも、音楽のコンクールとかでも、相手に勝とう、相手を越えようとする戦いの中で、敵なんだけれど、決して相手に好意を抱くんでもないけれど、その中で何かをつかんでいくのってありますよね。周りで見ていたら、時々、火花が見えるんじゃないかという。あれって、当たり前かもしれませんが、見ている者と当事者では全然意識は違うんだろうなって思うんです。
その相手が、好意とか理解とかを超えて、自分の一部になっていく感じかも。しゃみせんコンクールをみていてもそれを感じることがあるのですが、コンタクトスポーツでは尚更かもなぁ。自分と相手の境界が不明になっていく、汗も血も混じり合うような感じ。
それが無門と平兵衛にもあったような気がしました。
(実は、本日またもやレイトショーで2回目を観てきて、確信しました。そうだ、あれはあの戦いの中で、平兵衛が無門に乗り移ったんだって。少なくとも、平兵衛の何かが無門を動かしたんだと、しっかり確認してきましたよ。だって台詞も同じ……そう思って観たら、いっそう感慨深い。)

このシーンがあって、この後の数シーンが生きてくる。
お国相手にはあんなにへらへらとしていた無門が、平兵衛との戦いの後、織田の城から帰ってきて、一言も発せず怖い顔でお国の側をすり抜けていくシーン(あの表情、役者の石原さとみもどきっとしたらしい大野くんの顔! 「あれは反則だ」って……私も堪能しました)、その後、どう見ても悪人揃いの十二家評定衆に啖呵を切るシーン(この十二家評定衆の悪辣ぶり、嫌いじゃないけど)、そして、お国を失うシーン。
ラストシーン、自分と同じように他国からさらわれてきた子ども(妻のお国が気にかけていた)を、織田軍との戦闘の中に探しに来た無門が、こどもを連れて草原の中の道を海の方へ去って行くシーン。

今回、石原さとみちゃんとのカップリングもよかったですね。実家が徒歩2分だったそうで、そんなのもあってよい雰囲気で映画が撮れたのでしょうか。石原さとみ、といえば、大河ドラマの『義経』で静御前をやっていた記憶が……(いや~その時は正直、大丈夫かこの子、だったのですが。私はあの時、子役だった神木隆之介くんに惚れた。えっと滝沢くんを観るためじゃなくて、中井貴一が好きで観ていたのです。あの哀愁漂う頼朝、思い出すだけで素敵だったなぁ)

本当の名前を教えて欲しい、と死の間際に無門に言うお国。まだ言葉も話せないような子どもの頃、この忍びの国にさらわれてきて、無表情のまま人を殺める殺人兵器のように育てられた無門は、「知らんのだ」と答える。その無門を可哀想な人だと言ったお国も、きっと初めて、自分が無門にとってどういう存在だったか、本当に理解したんだろうな。
可哀想といったのは、自分の本当の名前を知らない(持たない)ことに、というのではなくて、そんな無門にとって唯一帰る場所だった自分=お国が死んでしまった後、また孤独に返ってしまう無門のことが哀れで仕方がなかったんだろうなと。

実は、以前どこかで書いたけれど、書く書く詐欺の戦国時代の話のために、当時の雑兵たちのことや、ムラ同士の小競り合いなどを歴史書で読んでいたら、結構むごいんですよ。今の感覚で読んだら、人の命がそんな軽くていいのかって感じで。
多分、子どもの平均寿命なんて恐ろしく低かったんじゃないかと思うんです。1歳まで生きるかどうか、みたいな。病気や飢え、貧困、そして当たり前のように行われていた人狩り(小競り合いは女・子どもを盗むための絶好の場所だった)……戦争なんかなくても、どっちみちそんなに長く生きないのです。そんな時代の人々の感覚を、現代の物差しで測って理解したふりをしちゃいけないと思いながら歴史書・民俗学の本を読んでいるのです。
彼らにとってはそれが浮き世、人生だったのです。

だからこの映画も、原作を読んだときから、忍者の世界の残忍さ、というのではなくて、もっと別の感覚で見ないといけない思っていました。
もしもこれを現在の社会に当てはめたら……そんな社会の中で育てられた子どもがどういう感覚になっていくのか。それを時々ニュースの画面で見るこの頃、過去の出来事を知ることで何かを感じておかなくてはならないと思いました。
以前TED(アメリカのスピーチ番組)で聴いた、アフガニスタンで教育の場を提供し続けている女性の言葉を思い出します。
あるとき、彼女を取り囲んだ銃を持った男たち、「お前が女たちに教育を施しているのを知っているぞ」(女をもののように思っている男たちです。彼女は殺されるのを覚悟した)と言って、こう続けたそうです。「それじゃあ俺たちは?」……自分たちは銃の撃ち方しか教えられてこなかったと。
教育、子どもへの教えというのは本当に世界を変えるのですね。いい方へも悪い方へも。

ラストで子どもを連れて歩く無門、その子ども・ねずみが育って、年を取って語る思い出話(ナレーション)。その穏やかな語り(山崎努!)からは、きっとその子は父(無門、血の繋がりはないけど)に大事に育てられたんだろうと、そう思うのです。
「母は美しく、そしてたいそう怖いひとだったそうです」(母=お国も血の繋がりはない)
最後に、笑わせてくれるけどね。笑い……といっても、「あはは」じゃなくて、こうして無門は生きて、お国の思い出を語りながら、ねずみを大事に育てたんだというほっとした思い、です。「名前さえ知らない人間たち」を数え切れないほど殺してきた無門が、たった一人の子どもを捜して戦の現場にやってきた、それは本当にわずかな希望だけれど、向こうに見える海に何かを託したくなる、そんなラストなのです。

あと、思わず泣いちゃうのは、知念くんの織田信雄。おやじ=信長には何をしても簡単には認めてもらえない二世くん。
自分を慕ってなどいない家臣たちに本音をぶつけるシーンでは、思わず泣いちゃいましたよ。
自分が情けなくて、自分とは違って豪腕でおのれの力で戦ってきた強い家臣たちに向かって、「でもお前たちは、何をしても叶わない天下一の父親を持ったことなどないだろう」って泣くんですよ。こっちも泣いちゃいました。
全然出てこない織田信長の気配さえすごい。
そして、伊勢谷友介。いやもう、始めのシーンから文句なしにかっこいいです。映画で観てください。大野くんに夢中でなかったら、こっちをガン見しちゃうかっこよさです。

でも、やっぱり最後に大野くんで締めなくちゃ。
実は『世界で一番難しい恋』で色んな表情を見せてくれた大野くんですが、私が「それは反則だわ」と思ったシーンは、実家の旅館に帰った時、恋する女性の宿泊記録を確認していたのですが、その時、秘書の女性を振り返ってふとものすごく優しく笑ったんですよ。
彼女は以前、不倫騒動でこの旅館を逃げるように辞めていて、申し訳なくてここの敷居はまたげないという気持ちだったんですね。そこへ、気のいいお父さんが「もう昔のことを知っている人はいないよ」って入っておいでと勧める。その時、まるきり自分の事しか考えていないのかと思えるワンマン社長である大野くんが、そのお父さんの言葉を追従するように微笑んだ顔。
あんな顔をされたら、ファンはどうしたらいいの(どうもしないけど)、です。

やっぱり、役者は顔で演じなくちゃな~。そして、観ている者に、思わず一緒に叫びたくなっちゃう衝動を起こさせて欲しい。
お国に「絶対助けてやる!」って叫ぶ無門と一緒に叫んじゃうよ。
そういや、探偵の大泉洋ちゃんが、列車に「もっと速く走ってくれよ~!」って叫んだときも一緒に叫びたくなっちゃったなぁ。

今回も、情けなくて怠け者の無門、へらへら笑いながら人を殺す恐ろしい無門と、ラストに向かってどんどん真剣に深刻な表情になっていく無門、そして、泣き崩れる無門の全ての表情にやられまくりでした。戦いのシーンの怖い顔にもぞくっとするけれど、必死でお国を救おうとするシーン、泣きながら「(自分の本当の名前を)知らんのだ」と答える顔にはもう、ぼ~っとしちゃいました。
あと2回は見たいな。劇場で(え? 映画館に滅多に行かないって言ったじゃん)。
映画館で観て、後悔はしない作品ですね。もちろん、大野くんのファンでなくても(ひいき目じゃないと思う)。映像の効果もあるけれど、ワイヤーアクションの撮影シーンなんて、高所恐怖症の私が見ると、「ひえ~」なんですけれど、そんなのも含めて99%はスタントなしのすごいアクションの連続。さすが大野くん、これだけれでも結構楽しめます。

剛くんの回復を祈りながら……大野くん記事、お送りしましたm(_ _)m
突発性難聴、治療が遅れると治癒しないということですが(そう言えば、中山七里『さよならドビュッシー』に始まる一連のシリーズの探偵役・ピアニストの岬洋介もそうだったな)……音楽頑張ってる剛くんだけになんとか乗り越えて欲しいです(私は役者の堂本剛が(も)好きだけどね)。
(うわ、長文。最後まで読んでくださった方がいたら、ひたすら、感謝です(;_;) さ、選挙にいってこよ!)

Category: たまにはアイドル

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【雑記・音楽】中身を見てみるもんだ~確かに「羊と鋼の森」~ 

ハンマー
今日はいつもレッスンに行っているお店のイベントに行ってきました。
上の写真、何だか分かりますか? 
不要になった部品をストラップにしたものを、イベントの後にお土産としていただきました。
これがくっついていた部分を抜き取った中はこんなの。
ピアノ2
大海のレッスン? 三味線? うん、いい線ではあります。どちらも打楽器であり、弦楽器。あ、三味線は弦楽器だけれど、津軽が打楽器的要素を持ってるってことですね。
そして、こちらは基本は打楽器ながら、弦を持っている、という感じでしょうか。
2016年の本屋大賞と言えば『羊と鋼の森』、そして2017年の本屋大賞は『蜜蜂と遠雷』(直木賞ダブル受賞)。そのどちらも、ピアノのお話でした。
そう、本日のイベントは「ピアノ構造論」、グランドピアノを分解してその中身を見せてくれるというものでした。
こちらの楽器屋さんにはレッスン室がいっぱいあって、ミュージカルも手がけているので、生徒さんは子供たちも大人もいっぱい。ピアノの他に、ギターやベース、ドラム、ヴァイオリン、歌、などメジャーなものの他、あまりなじみのない不思議な楽器まで……そして、このイベントも申し込み多数で1日3回とも満席。音楽のレッスンに通っている人たちだから、というのもあるけれど、みんなピアノの中身に興味津々、なのですね。

中身をじっくり見てみたら……太い弦(こちらは銅が周囲に巻いてある)から細い弦まで、並んでいる景色は、あ~確かに「羊と鋼の森だわ」と思いました。ダンパー(音を消す)の仕組み、それを外すと全部の弦が共鳴するところ、見ていて飽きませんね。
1枚目の写真は、ピアノのハンマー部分。白い部分は「羊」のフェルトでできていますが、これが触ってみたら想像以上に硬い。思えば何万回、何十万回、あるいはもっと、すごい勢いで叩かれているのですものね。
そして2枚目の写真は、鍵盤とハンマーの部分を抜き取ったところなのですが、その抜き取られた部分が下の写真。
ピアノ3
子供たちががんがん鍵盤を叩いて、調律師さんが「優しくね!」と慌てているシーンもありましたが、まぁ、子どもってほんと、ものを叩くのが好きですね(ん?)。
ピアノ
それにしても、こうして中身を見るのって楽しい。グランドピアノにじっくり近づいて見るチャンスもあまりないし、じっくり見ると本当に芸術だなぁと思います。
それに、こんなに響くんだと言うのも教えてもらいました。まず、小さい手回しオルゴールを普通に回して音を出す(擦れて小さい音)→次に写真の黄色矢印の部分(鍵盤板)にくっつけて音を出す(これでも結構響く)→最後に写真の青印の部分(反響板。分かりにくいけれど、弦やフレームの下全体に貼ってある)にくっつけて音を出す(すごく響く!)。
どんな楽器でもそうですが、音を響かせるための技術がいっぱい散りばめられているのですね。ついでにピアノの下に潜って演奏を聴く、なんてのもさせてもらいました。これがまたいい音で。
以前にどこかで書いたように思いますが、アシュケナージを聴きに行った時、以前のフェスティバルホールで、1番前の席で、丁度アシュケナージの脚の前くらいだったのですが(舞台が結構高くて、脚しか見えんかった)、あれはあれで正解だったんだなと改めて思いました。

さて、来月初め、大野くんの『忍びの国』の映画初日(ん?)にうちのピアノが久しぶりに健康診断=調律です。いえ、うちのはもちろんグランドじゃなくてアップライトですけれど、45年選手のYAMAHAです。中学生くらいまでは習っていたのですが……
あれこれあって、調律も4年くらい放っている……今や、おさるのジョージのぬいぐるみに占拠されていたりするし。
手入れをしたら、消音を考えて(そういうハンマーに変えてもらう事ができる)、三味線にくっつけてレッスンを受けようかなぁなんて思っています。バイエルまでは戻らなくていいだろうけれど、う~ん、ハノンとツェルニーの楽譜は捜しとこうっと。ソナタ、弾けるかなぁ……可愛らしく、ソナチネ? 

土日も最近は出張が多くて、1週間が長いです。
それに、ここんとこは、バルセロナ行きの計画でばたばたしてて(学会という名前の旅行)……
今日NHKで『睡眠負債』を見てかなり残念な気持ちになっている大海です。そろそろ寝よっと。だいたい5時半起きなきゃならないのがどうなのよ、ですけれど、日本人ももっとフレックスな働き方にしないと、だなぁ。
お休みなさい……ピアノの夢でも見ようっと!

Category: あれこれ

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【雑記・花】須磨離宮公園の薔薇が満開です 

離宮公園1
ここ数年、毎年、薔薇を見たいと思って須磨離宮公園に行くのですが、いつも満開のタイミングを外してしまっていました。
今年こそは満開に行こうと気合いを入れて、先週、行ってまいりました。
一番好きな花というわけでは無いけれど、薔薇はやっぱり見ていて飽きませんね。種類も豊富で、そして命名にも気合いが?感じられて。
離宮公園2
離宮ですから、景色も素晴らしいです。天気が良ければ須磨の海が見えます。須磨と言えば、光源氏の流されたところ。多分、当時はかなりうらぶれた場所だったと思いますが、源平の戦いにもゆかりのある場所。離宮公園は車で来る人が多いので、車ではずいぶん並んでいますが、中は混みすぎることが無く、ゆったり過ごせます(というのか、広すぎる)。
さて、早速薔薇を観賞しましょう。
離宮公園5
上の写真にあるように、噴水の両脇に対称的に作られた庭園、薔薇の花もほぼ対称になるように植えられています。
その名も王侯貴族のバラ園。実は、中に入っていると気がつかないのですが、外からここにやってくると、薔薇の匂いがふわ~っと香ります。
チンチン
数も多くて一番あでやかだったのはこの「チンチン」という薔薇。えっと、周辺を走り回るこどもたちにはもちろん大受けですが、ご存知のようにイタリア語の「乾杯」の意味です。
マチルダ2
その隣に、これもまた今を盛りと咲いているのが「マチルダ」。白にほんのりとピンクが灯るような優しい薔薇です。
「王侯貴族のバラ園」という名前の庭園だけあって、各国王族の名前を冠した薔薇がたくさん。あまりに多くて何が何だか分からないので、一部をご紹介。
ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ
ダイアナ妃の名前がつけられた薔薇は幾種類もあるのですが、こちらはダイアナ妃の死後、売り上げの一部を慈善団体に寄付する条件で命名を許された「ダイアナ・プリンセス・オブ・ウエールズ」。現在は「エレガント・レディ」という名前になっているようです。ダイアナ妃の薔薇は、白のイメージがあるので、ちょっと意外な色合い。
意外と言えば、やはり白のイメージの強い日本の皇后・美智子さまの薔薇。
プリンセス・ミチコ
でもこれは「プリンセス・ミチコ」の名の通り、美智子さまが妃殿下だったころ名付けられた薔薇。若さと気品、そして暖かみのあるオレンジで、少し茶色がかった色彩が何とも落ち着きがあります。
プリンセス・アイコ
こちらは「プリンセス・アイコ」。愛子さま生誕の記念に命名された薔薇だそう。確かに、なんとも愛らしい薔薇です。
それにしても、薔薇って毎年、いくつも新種が作られている、ってことですよね。一体、何種類くらいあるんだろう。
次はご夫婦の薔薇。上が「ジュビレ・デュ・プリンス・ドゥ・モナコ」、そして下が「プリンセス・ドゥ・モナコ」すなわちグレース・ケリーの薔薇です。
ジュビレ・デュ・プリンス・ドゥ・モナコ
プリンセス・ドゥ・モナコ
夫婦の薔薇は対になってるのかな。どちらも艶やかでいて優しい色合いです。

以下、写真が多いので、記事をたたみました。
引き続き、美しい薔薇たちをお楽しみください。
離宮公園3
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Category: ガーデニング・花

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【真シリーズ・掌編】水よりも濃いもの・前編 

なかなかまとまって小説を書く時間が無くて、あれこれと溜まったものを消化できないままですが、気分転換に短いお話を前後編でお届けいたします。
これは以前から、どこかで書いておきたいと思っていた事なのですが、なかなか文字にすることができないままだった部分です。

思えば、大学生のころに作っていたコピー本で連載していたのは、真の父親・武史の青春時代の話でした。彼が兄貴・功を追いかけて東京に出てきたのは終戦の5年後。それがこのシリーズの始まりです。
それを書いていたときは、まだ東西冷戦という言葉が身近だった時代。考えてみれば、ペレストロイカとは言え、ソ連に旅行に行くのにビザを取るのもちょびっと大変でした。行く前に「いくらペレストロイカでも、橋とか大きな道とかの写真を撮らないように」と注意を受け、行ってみたら、戦車が公道を走っているし(月曜日夜、演習なのかものすごい数の戦車が赤の広場に向かって走っていた)、カルチャーショックを通り過ごして、異次元に迷い込んだような気持ちでした。
でも、いつの間にか、今の若人にとっては、ベルリンに壁があったことさえ「?」になっているのかも……

そんなこんなを背景にして、真がこの世に生まれてきたわけですが……例のごとく、お節介で過保護なあの人、まぁ、この件を放っておけませんよね。ついつい余計な事をしているようです。
でも当の真は……どう思っているのでしょうか。

ちなみに、このシリーズについて、何の基礎知識が無くても問題なく読んで頂けると思います。半分は真のお仕事(調査事務所)の話でもありますので……


【真シリーズ・掌編】水よりも濃いもの・前編


 初めて会う人にデジャヴを覚える時には、多分その人と似た誰かを脳裏に浮かべているのだと思っていた。だから、この場合は、会った途端にすっかり何もかも納得できるものだろうと予想していた。なぜなら、彼は、目の前の女性の実の息子のことをよく知っていたらだ。
 だが、その人が目の前に現われた瞬間の印象は、もしかして間違えたのか、だった。
 とは言え、彼が頼った組織の調査能力に万が一の間違いも無いことは、彼が一番よく知っていた。

 彼は慎重にその女性を観察した。
 やがて、少しだけ共通点を見いだして、ようやく安心した。女性の目は、彼がよく知っている人物の右の目と本当によく似ていたからだ。だがその共通点を見いだすためには、まず他の全ての身体のパーツを視界から取り去ってしまわなければならないようだった。それほどに、この女性と、彼が知る女性の息子の外見には、そしてもしかするとその身体を構成する内なる細胞にも、共通点はほとんど見いだせなかった。

 遺伝子の半分が同じだとは思いがたい。
 彼自身が当事者でもないのに、何だかがっかりしていた。

「一体、これはどういうことでしょう。少なくともあなたがその名前で面会を申し込まれたことと、今あなたが仰った事には、まるで因果関係は無いように思いますわ」
「この名前で無ければ、お会いすることが難しいことは承知しておりましたから」
「それでは、これは騙し討ちということですわね」
「そう考えて頂いても差し支えありません」

 女性は彼が想像していたよりもずっと小柄で、少なくとも彼の知る多くのドイツ人の体格からはずいぶんとかけ離れた容姿をしていた。母親が日本人だと聞いていた。
 それでも、彼が知っている、どれほど小さくてもどこかで世界を動かしている有能な女性たちと同じ、強い光が、彼女の内側から香っていた。女性の目は暗い碧で、ヘーゼルナッツ色の髪は軽く波打って肩に触れていた。唇は薄く、改めてよく見れば耳の形は彼の知っている人物によく似ているような気がした。

「誤解の無いようにお伝えしておきますが、私は脅迫しに来たわけでも、あなたに何かを期待してきたわけでもない。言ってみれば、これは単なるお節介です。それに幾分か、私自身の興味も」
「それだけのために、わざわざ壁を越えてここまで?」
「そうですね。ずいぶんと度を超えたお節介であることは自覚しています」

 女性はこの応接室に現われてから、一度も座ろうとしなかった。歓迎していない合図だと思っていた。
 ローマの彼の屋敷から思えば、部屋はずっと広かったが、どこか冷たく沈痛な気配さえあった。彼はこの女性が、よくも戦後の復興の中で闇雲に何かと戦っていた東京の下町で、何ひとつ持たない日本人の学生と恋に落ちて子どもを産んだものだと、その事に改めて感慨さえ覚えた。
 彼は潮時だと思った。この人は何も答える気はないのだ。それに、本当に、何かを期待してここに来たわけではない。

 彼自身も母親の記憶が無い。
 いや、正確に言えば、実の母親の顔を知っているし、会ったこともある。
 その女に初めて会ったとき、自分は確かにこの女から生まれたのだろうと思った。だが、自分が母親似であることを納得しただけで、母という存在に感慨を覚えることは無かった。共に暮らしたことも無ければ、幼いころにその人に母として接してもらった記憶も全くないからなのだろう。
 だから、彼女がこの訪問を歓迎していなくても、そういうものだと納得していた。
 
 彼は、懐からネームカードを取り出し、低いテーブルの上にそっと置いた。
 その時、ふと指に触れた大理石から、この土地の気候を感じた。自然のものであれ、人工的なものであれ、景色が人を造るというのは本当のことだろう。
「東京にある私のギャラリーの連絡先です。もしもお気持ちが変わるようなことがありましたら」

 玄関の扉が重々しく開けられた時、車寄せでずっと立ったまま待っていた彼の運転手が、ほっと息をついた。いつもなら表情を変えない男だったが、それほど心配をかけたのかと思うと、少しばかり申し訳ない気がした。


 客人を見送った女は、門を出て行く車を応接室の窓から見つめていた。
 その瞳は揺らいではいなかった。心が動かされたわけでもなかった。
 ただ、自分は冷たい人間だろうか、と自問してみた。そして、そうかもしれないと思った。

 もう既に記憶からあの頃のことが抜け落ちているような気がする。それとも引き出しに仕舞って鍵をかけたまま、その鍵が見つからないだけなのか。
 確かにあの時は命さえも捧げていいと思っていた。もしも、あのままこの世から消えていても、きっと後悔はしなかっただろう。
 そんな恋をしたのだ。

 彼女の父親はドイツの外交官だった。二度目の世界大戦の足音が忍び寄る中、日本人の女性と恋に落ちた。多くの名士を輩出している古い家系の中で、誰からも祝福されなかったその恋の結果、女性は一人娘を産み、そのまま病に伏して亡くなってしまった。
 父親はその後誰とも結婚せずに、彼女を育てた。愛する女性を失った後悔から、父親は彼女には別の人生を求めた。彼女に課せられたのは女性としての人生ではなく、ひとつの家系を支える後継者としての生き方だった。

 戦争に負け、国が東西に裂かれた時代、彼女は少女だった。様々な場面で、瞬時に的確な判断をする必要は常に周囲に溢れており、彼女は家庭でも仕事でも父親の優秀な補佐官となり得た。
 だが、若者は常に現状を否定するものだ。
 一度、母親の国を見てみたいと言ったとき、父親は拒否をしなかった。何事も理詰めで考える父親は、それは彼女の当然の権利だと割り切っていたのだろう。

 初めて日本に降り立った時、同時に彼女を包み込んだ共感と異質感は、自分自身の内側と外側が共鳴した結果だった。相反するふたつの物が当然のように共存していた。彼女の身体は、髪も瞳も肌も、祖国ドイツのものであったが、同時に、この異質な空間に属するものでもあった。
 そして、恋はその共感と異質感の隙間に滑り込んできた。

 誓って、決して始めから帰るまいと計画していたのではない。
 だが、自分の身体のうちに、別の命を宿していることを知ったとき、故郷を遠く離れた異国で自分を産み、露のように消えてしまった母親を思った。それまでは一度も、彼女の中で現実的な存在とはならなかった母親が、子宮という別の記憶媒体を介して、彼女の中に潜んでいたのだ。

 今でも、あの時の感覚は理解できないままだ。今、はっきりと分かっていることは、理解できないままに愛し合い、全てを捨ててもいいと思った過去が、彼女にあったということだけだった。
「奥様。旦那様がお呼びでございます」
「今、行くわ」
 この生活には何ひとつ不満はない。生きがいもあり、幸福もある。もう二度と、我を忘れ、全てを捨てるような情熱に駆られることはないだろうということだけは分かっている。

 多分、あの時、彼女の命は燃え尽きたのだ。愛したはずの男も、授かった子どもも、今の彼女の世界には存在していなかった。
 彼らもまた、彼女の心の中で燃え尽きてしまっていたから。


「昨日の話なんだけどさ」
 事務所に入ってきた女は、勧められるよりも早くにソファに腰を下ろし、バッグから洒落た煙草ケースを取り出した。
 昨夜、というよりも今朝方まで仕事で飲んでいて、自分の店が終わったら、次は朝方まで開いているどこか別の店で飲んでいたのだろう。肩にかかる赤茶けた髪はばさばさで、化粧も直していないようで、多少はさばを読んでいると思われる三十歳という自称年齢よりも十は老けて見えた。
 夜、薄暗いラウンジの中で見れば、あれほどにも魅惑的に見える女性たちにも、孤独と時間は同じように無慈悲ということらしい。

「やっぱり、あれ、取り下げるわ。手付金、迷惑料として取っといてくれていいから」
「え?」
 酒焼けで擦れた声に答えたのは、真ではなく、美和だった。

 ここは新宿駅東口から五分ほどの場所にある調査事務所だ。相川真はこの事務所の雇われ所長で、女子大生の柏木美和は真の共同経営者だった。もっとも、ハードボイルドに憧れる美和の自称は「秘書」なのだが。
 美和は毎朝、大学に行く前に事務所に寄る。今朝は事務所に上がってくる階段で女に鉢合わせたようで、事情を把握している美和は真に合図を送って、自分はコーヒーを淹れに、奥の小さなキッチンスペースに入った途端だった。

 美和は慌てて駆け戻ってきて女の隣に座った。
「どうしちゃったの? 昨日の今日なのに」
 女は細い煙草に自分で火を付けて、ふうと大きくひとつ吹かした。
 真は女が座るソファの向かいに座ったまま、黙っていた。言葉を挟まない真に、美和が不満そうな顔を向けてくる。その目は「あのこと、言っちゃいなさいよ」と訴えているようだ。
「どうもしないわ。昨日の方がどうかしてたかもね」

 女は源氏名を朱美といった。歌舞伎町のクラブで働いていて、一見いかにも尻軽という外見ながら、話してみると男あしらいも上手く、実は難しい政治やビジネスの話にもついて行けるという一面も持っていた。もとは銀座で働いていたとも噂されているが、本人は過去を語らなかったし、言葉遣いからも、敢えて銀座の匂いを消しているように見えた。
 煌びやかな銀のセカンドバッグも薄いファーのついたコートも、多分ブランドものなのだろうが、全くその値打ちの分からない真には、かえって彼女を安っぽく見せているようで残念だった。一見で水商売と分かる虚飾がなかったら、彼女はもっと魅力的な女ではないかとどこかで思っているからだった。

 朱美はこの調査事務所のオーナーである北条仁と顔見知りのようで(もっとも仁の交流範囲は半端なく広いので、どこまでが「顔見知り」の範疇なのかよく分からない)、新宿で事務所を始めた当初に、彼女の勤めるクラブに挨拶に行ったことがあった。その時、朱美は真を探偵と知っても、興味を示した様子は見せなかった。何度か飲みに行ったときも、真を意識している気配もなかった。
 それが、昨日、これから同伴だからあまり時間が無いのよと言いながら、いきなり事務所を訪ねてきて、切り出したのだ。
「北条さんが、人捜しならあんたにって言うから」

 朱美は、生き別れている息子を捜して欲しいと言った。「生き別れ」と一度言ってから、「正確には捨てた」と言い直した。
 朱美は今日と同じように煙草をひとつ大きく吹かしてから話し始めた。
 十八で銀座で働き始めたこと、客の一人が娘のように可愛がってくれて、その客にどんな相手との会話にもついて行けるように仕込まれたこと、いつの間にか親子ほども年の離れたその男と理無い仲になって、二十二で子どもを産んだこと。当然、銀座には居られなくなって、新宿に流れてきたこと。子どもは育てられなくて、すぐに手放したこと。相手の男には、子どもは堕ろしたと言ったこと。

「産む前は一人で何としてでも育てようと思ってたのよ。でも実際に生まれてみたら、とても育てながら生きていくことなんてできないって気がついたのよね」
 あっさりと朱美は言った。準備してあった台詞のように、淀みがなかった。
「これまでに捜そうとしたことは?」
「ないわ」

 真が複雑な顔をしているのを見抜いたのか、朱美が脚を組み直して、少し身を乗り出して言った。
「言っとくけど、本当は捨てたことを後悔していて、でも、今更どんな顔をして会えばいいのか分からない、なんて殊勝な事を思ってたんじゃないわよ。正直、ずっと自分の事でいっぱいいっぱいだったんだから」
 子どもは、出産した小さな産院からどこかへもらわれていったという。里親のことは聞かないという約束だったらしい。
「それがなぜ、十三年も経って、急に捜そうなんて思いたったんですか?」
 母親というのは突然母性に目覚める瞬間があるのだろうか。そう不思議に思って尋ねたが、朱美は答えなかった。

 朱美が帰った後、早速、朱美が出産したという千葉の医院を確認したが、既に院長も亡くなって閉鎖されていた。じゃあ、明日にでも出かけていって、まだ近くに関係者が住んでいるかもしれないから確認してみようと思っていた矢先だった。
 朱美が帰って一時間ほどして、五十代と思われる夫婦がやってきた。
 記入してもらった依頼書には、四十四という男性の年齢と千葉の住所が書かれてあった。男もその妻も、年齢よりも遙かに老けて見えたのは、着ているものがずいぶんと古びていて、肌にも艶が無かったからだった。

 彼らの話は、失われていたパズルのピースのようにぴったりと、朱美の話に当てはまった。
 十三になる息子を育てているが、実の子どもでは無いこと、実の母親は銀座でホステスをしていたと聞いているが、詳細は知らされていないこと。
 斡旋してくれたという千葉の医院の名前も朱美の話と同じだったので、よほどその医院が特別な出産だけを扱っているのでなければ、偶然似たような話が同じタイミングであったものとは思いがたかった。

「なぜ、今になって、実の母親を捜すことになったのですか?」
 真は朱美に投げかけたのと同じ事を尋ねた。夫婦には他に子どもはいないということだったので、養子とはいえ、今更実の親に息子を取られたくないものではないのだろうかと、いぶかしく思った。
「実はこれを見てしまいまして……」

 千葉からやってきた中年夫婦は、擦り切れた守り袋を机の上に載せた。
 もともとは鮮やかな紫色だったのだろうが、すっかり色は剥げており、「身代守」と綴った金糸もあちこちが切れてみすぼらしかった。この守り袋は、子どもを引き取ったとき、実の母親が用意したという一枚の肌着とともに預かったという。
 彼らが引き取った子どもは、何も聞かされずにランドセルに付けていたが、この春に中学生になり、ランドセルを処分するときにこれを外して、「もうぼろぼろだし、捨てていい?」と聞いてきたのだという。

 彼らがやってきた時刻には美和が大学から帰ってきていて、興味津々の表情で彼らの様子を伺いながら、お茶を出し、それから真が「失礼します」と言って守り袋の中を改める手元に注目していた。
 そこには小さく折り畳まれた古い名刺が入っていた。
 折り畳まれた部分の文字は擦れて読みづらかったが、名前を判別することはできた。

 それを見て合点がいった。なぜ今日というタイミングで同時に一人の子どもに関わる二組(あるいは一組と一人)の親がここにやってきたのか。
 名刺には、真でもその名前を知っている人物の名前が記されていた。一昨日、その男が悪性リンパ腫で亡くなったという記事が、新聞にも載っていたのだ。
「もちろん、その人があの子の父親かどうかは分かりませんし、それは実の母親に聞いてみませんと」
 ふと何か苦いものを噛んでしまったような味が口の中に広がった。

 そもそも子どもはあなたたちが実の親では無いことを知っているのか、子どもの気持ちは確認したのかと聞いたが、夫婦は真とは目を合わせないようにして、答えなかった。妻の方は夫の様子を窺いながらますます落ち着かない様子になり、夫の方は妻を敢えて見ないようにして、膝の上に置いた拳に視線を落としていた。
 非常にデリケートな問題なので、一度お子さんとよく話してからのほうが良いのでは無いですかと、真はいったん話を切った。美和が「ちなみに依頼料は……」と幾分か水増しした額を提示すると、彼らは顔を見合わせた。

 彼らが帰った後、美和の顔を見たら、案の定、むっとしてた。
「遺産の分け前にでもありつこうって算段? もしくは脅迫でもしようっての?」
「美和ちゃん、憶測でものを言うのは良くないし、嘘の依頼料を伝えるのも良くないな」
「でも、当たらずとも遠からずよ」
 残念ながら、美和の勘は悪い方ではない。

 蛇の道は蛇で、ちょっと調べてみれば、実際に彼らが困窮していることがすぐにわかった。もっとも、彼らの経済状況があまり良いとは言えないなら、それは幸いだったかもしれない。美和の提示した水増し料金は、払えないことも無いかもしれないが、厳しい家計から捻出するにはちょっとばかり躊躇うような金額だったからだ。
 とはいえ、突然この名刺を持って先方に押しかけずに、いったんは母親を捜して確認しようとしたのは、幾分か良識もあったということなのだろう。

「でも、子どもの将来を思ってのことかもしれないじゃないか」
「そうかなぁ」
 美和は、真が慎重に、彼らを擁護しようとしたのが気に入らなかったようだ。もっとも、真にしても、子どもを理由に何か別のものをあてにしている様子には残念なものを感じたことは否定できない。
 それでも、子どもにとって何が幸せに繋がるかは、誰にも分からないと思った。
「でも、朱美さんにはちゃんと言わないとね」
 まずは下調べをしてから、と真は答えた。美和はまだ幾分か不満そうだったが、うんと頷いた。

 そして今、朱美は昨日の依頼は取り下げて欲しいと言ってきている。美和の目は「昨日のご夫婦のこと、言っちゃおうよ」と言っている。
 朱美の指が灰皿の隅で煙草を弾いた。灰が微かに赤く煌めき、落ちていくときはすっかり塵になって色彩を失った。
「今更会ってもね」
「もしも心配なら、直接会う必要は無いし、そっと様子を見る事もできますよ」

 朱美は、分かってないのね、という顔をした。
「何てのかな……つまり、自信が無いのよ」
「自信?」
 赤ん坊の時に捨てた子どもから責められるような言葉を投げつけられることを、今更心配しても仕方が無い。そんなことは重々承知の上で依頼に来たはずだが、やはり耐えられないと思ったのか。
 女は真の顔をちらっと見た。多分あんたの考えは間違っているわという表情だった。ふうとひとつ吹かして、それから煙草をもみ消した。

「その子の顔を見て、私の産んだ子だって、ぴんとくる自信が無いの。多分、血って、世間で言われてるほど、そんなに濃いものじゃないのよ。子どもの方だってそうじゃない? 私を見て、あぁ、確かにこの人が自分を産んだ人だって、感じると思う? 自分の産んだ子どもかどうか確信が持てないってことになったら、それこそ何だか惨めじゃない。もうこれ以上、惨めな思いはたくさん。そもそも今更引き取るってわけでもないんだし」
 昨日はどうかしていたわと言いながら朱美は立ち上がった。

 美和はドアが閉まるのを見届けてから、真の隣にくっつくように座った。
「先生、いいの?」
「仕方が無いだろ。依頼人の意志なんだから」
「でも、あの千葉の依頼人の方はどうするの? 結果的に朱美さんにはその事、伝えることになるでしょ」
「どうかな」

 真が半分予想していたとおり、それから一時間もしないうちに電話がかかってきた。
 件の千葉の依頼人の妻の方だった。
 あれから考えたのですけれど、やはりあの子は私たちのたった一人の息子ですし、あの子自身が実の母親のことを知りたいと思った時にはまた考えます。

 なさぬ仲とは言え、十三年、育ててきた子どもなのだ。だが、今回、ちらりとでも子どもを手放そうとしたこと、あわよくば息子の実の父親の家から何かの見返りを求めようと考えたことが、彼らのこれからの気持ちを揺れ動かすことになるかもしれないと思うと、少しの間憂鬱だった。
 子どもはどう思っているだろう。何も知らないなら、それが一番いい。だが、多感な年頃だ。どこかで漠然とした不安を覚えて、居場所の無いような頼りなさを感じているかもしれない。
 真はその子どもが、この先、図太くこの世を渡っていってくれることを願った。


関連掌編(参考文献?)
【お誕生日掌編】君のために
真の28歳の誕生日にお節介な過保護男からサプライズが?
こちらに登場の人物の関係が分かりやすく(珍しい真の一人称で)書かれている……はず。

Category: ☆真シリーズ・掌編

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【雑記・旅】3年ぶりの津軽 

岩木山
3年ぶりにGWの津軽に行ってまいりました。
今回は大会に出るためじゃなくて、単なる応援団として賑やかし?に登場でした。行きは飛行機が取れなかったので新幹線。帰りはプロペラ機、2泊3日で弘前(三味線を聴かせるお店)~金木(五所川原・金木、大会応援)~浅虫温泉と強行軍。晴天に恵まれて、久しぶりの岩木山は良い感じに雪を頂いていました。
ほうはい
諸事情でお店から豊盃の大吟醸の振る舞いを頂きました。
三味線をライブで聴かせる店は、弘前にも何軒かあるのですけれど、老舗の一軒が店を閉められていて、時代の波も感じます。五所川原でよくお邪魔していた店も閉めておられました。
たちねぷた2
メンバーには津軽初めてさんもいたので、五所川原では立佞武多会館に3度目の再訪。いつ見てもこの迫力には感動します。よく知られている青森のねぷた(または、ねぶた)は、弘前(ねぷた)、青森(ねぶた)、五所川原(ねぷた)の3ヵ所。どこのねぷた・ねぶたもじょっぱり精神で「我こそは」の勢いがありますが、ここ、五所川原のねぷたは高さ23mの山車が、まるでガンダムの格納庫みたいなところから出陣!するのです。といっても、実際のお祭りは見たことがありません。子供たちの長期休みは仕事が忙しすぎて「夏」に夏休みを取れない私。定年後の夢のひとつは、この3大ねぷた・ねぶた祭りを巡ることなんです。
立佞武多会館では前年度に実際に使われた3つの山車が展示されていて、エレベーターで登って周囲のらせんスロープを降りてきながらじっくり観察することができます。
たちねぷた5
こんな巨大なものが街を練り歩くとなると、邪魔になるのが電線。近代化と共に電線が増えて、山車は小型化、いったんは姿を消した祭りでしたが、山車の設計図が発見されて1998年に復活。そして今、山車が通る場所の電線は地下に埋められているとのことです。
いずものおくに
顔、手や髪、刀や風になびく飾り帯、これが全てワイヤーで形作られて和紙が貼られ、彩色される。すごいなぁ。
かさ
阿国が持っている傘には兎の絵、彩色も美しいですが、傘の全体像が見事。
とら
虎もすごい迫力ですよね。関係ないけれど、今年は頑張ってくれよ~(唐突に野球の話。って書いたら、今日は大逆転で単独1位に躍り出ましたね~)
たちねぷた
山車は表側は、歌舞伎の場面や雄々しき神の姿などが勇壮で大胆に、立体的に形作られ、裏側は少し小ぶりに美人や観音さまなどが描かれています。
たちねぷた3
美人が三味線を抱いているのはなかなかいい図柄ですが、なぜか幽霊も登場。幽霊と連獅子の関係は何だろ?
たちねぷた4
3日間、お天気にも恵まれました。でも、新幹線の中でも飲んで、三味線酒場でも飲んで、温泉旅館でも飲んで……以上?
久しぶりに三内丸山遺跡にもちょびっと寄りました。時間が無かったので、散歩程度でしたが、改めて、古代からやはりよい立地に集落が作られていたのですね。いえ、この大きさは私たちが創造しているようなムラではなく、巨大都市だったかもしれません。櫓だって、こんな吹きっさらしではなかったかもしれませんね。
さんないまるやま

最後はお山シリーズ。
あれ? 斜めになっちゃいました。岩木山=津軽富士。
岩木山3
帰りはプロペラ機だったので、高度もやや低い。おかげで山がきれいに見えました。
こちらは多分鳥海山。
飛行機から
そして立山連峰。
tateyama.jpg
ソメイヨシノはもう散っていましたが、遅咲きのサクラも残っていました。
津軽・さくら
でもやっぱり、津軽は三味線抱えて行きたいなぁ……余裕があれば、だけど。

Category: 旅(あの日、あの街で)

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