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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

ようこそお越しくださいました(道先案内) 

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この記事は表紙として常にトップにあります。通常記事は次の記事からです。
こちらは、掲載している小説などのあらすじ・紹介リストです。
掌編から長編まで取り揃えています。
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【雪原の星月夜-8-】 第2章 霧の港(4) 指先 

【雪原の星月夜】8回目です。
前回のシーンの続きで、久しぶりに登場したあの人とのシーンにどっぷり浸かっていただく回です。

このお話には本歌があるってことを何度か書いていますが(このシリーズ自体、大元が本歌取りなんですもの。え? 本歌は何かって。アンデルセンの『人魚姫』です。お魚なのに人間の王子に恋をしちゃって、ああなってこうなって、結局海の泡になる……)、その渡辺淳一氏の『阿寒に果つ』をこの間、何十年かぶりに読み返しました。
実は細かいところはすっかり忘れていて、自分の中の神路月(昴)の物語が既に本歌を押しのけていた事に気がつきました。さて、どこまで本歌に近づけるのか、読み返して自分で面白がっていたのでした。

さらにこのお話、しょうも無いトライアルをしていることがあります。
ここは「指だけでえっちなシーンを書く」って試みだったのですが、見事に玉砕しました。指だけでいたしているようなシーンが書いてみたかったんです。そもそもなんで、こんなトライアルしてたんかな? 多分、ずっと以前に友人とそんなチャレンジについて話していたことがあったのかも知れません。実際にあれこれなさっているよりも、いろっぽいシーンになってたらいいんだけれど。

今回で第2章『霧の港』はおしまいです。
次回から第3章『プラネタリウム』。【奇跡を売る店】シリーズの保育園児・和子の原型、つまり、本家・真シリーズで立ち位置を同じくする保育園児・あかりが登場します。
といっても、年内は旅行記の続きアップと、60000Hitのリクエストを1つ2つアップして終わりそうだなあ。こちらの第3章は年明けですね。

【真シリーズについて】
【雪原の星月夜】の登場人物紹介はこちら→【雪原の星月夜】(真シリーズ)登場人物紹介
万が一、前作【海に落ちる雨】に挑戦したいと考えてくださる方は→左のカラム・カテゴリから選択してくださいね。
【海に落ちる雨】部分読みも可能
【海に落ちる雨】始章:竹流と真の生い立ち
【海に落ちる雨-52-】第9章 若葉のころ:真の中学生の頃。
【海に落ちる雨-59-】第11章 再び、若葉のころ:真が高校生の頃。
『若葉のころ』には真の学生時代が登場、今回の物語で登場する母校の院長(校長)先生や灯妙寺も少し登場。



【雪原の星月夜・第1節】 第2章 霧の港(4) 指先

「あんたこそ、聞かないのか」
「何を」
 闇の中には薄暗い灯だけなのに、目が慣れてくるとすぐに明るすぎると思える。誰にも見えないように隠してあった、泣き出したいのか叫びだしたいのか分からない心を、この灯りの下で晒すわけにはいかなかった。

 真が答えないでいると、竹流は言葉のひとつひとつを自ら確かめるように言った。
「お前がもし、本当にそういう依存症なら、責任の半分は俺にあるのかと考えていた」
 淡々とした他人事のような調子に苛立って、半分、と真は声に出していた。もっともそれは相手に届いていたかどうかはわからない。竹流は何も反応しなかった。

 混乱している。福嶋の威圧感ある重み、雪原に黄金の光を落とす星月夜、神路月のブラウスの文様、事務所の周りを見張っている警察官とヤクザ、図書館の窓から零れる冬の陽射し、昔通っていた学校の制服と校章、この世に彷徨う死者が求める契り、涙を飲み込んだ悲鳴のような美和の声、霧に包まれた港に逃げ込む幾つもの人の心。
 抱けよ、と言った時も、竹流は黙って真の頭を撫でていた。やはり、低く呟いた声が相手に届いた陽には思えなかった。だが、少しの躊躇うような間を置いて、竹流はベッドサイドの灯りを消し、ベッドに潜り込み、真を背中から抱きしめてきた。

 背中から感じる温もりは現実のものとも思えず、これは夢の中かも知れないと思いながら、真はそのまま目を閉じた。いつかのように、現実と夢の境が曖昧になっている。そう言えば、何百回と同じ役を演じている役者は、現実の生活に戻っている時間にも、自分が自分なのか、その役の人物なのか分からなくなる時があるという。
 自分という器はなんと曖昧なものなのだろう。境が曖昧になると、一番始めに失われるのは重力だ。なにひとつ、重さを感じない。身体は浮き上がり、あの崖からも飛べると思う。

 頭を締め付けるように抱かれて、不意に真は現実の重みを思い出した。闇に溶け出そうとする真を無理矢理に現実に引き戻す強さを持ちながらも、彼の左手はただ子どもをあやすように頭を撫でているばかりだ。
 真はたまらなくなって、自分の腹の近くにあるあまりにも静かな竹流の右手を摑み、自らの下腹部へ手繰り寄せようとした。
 しかし、その手に触れた瞬間、皮膚の内側から悲鳴のようなものが真の内側へなだれ込んできた。真は氷に打たれたように、自らの手の力を抜き、竹流の手を離した。竹流の右手は重く、血の巡りが失われたように冷たかった。

 注意してみなければ、どれほどの不自由が残されているのか分からない右手だったが、冬ともなると、体温の調節機能を失ってしまったのか、時に恐ろしく冷たく重く感じることがあった。やはりあの時、神経の一部が切れてしまって、本当は、それ以後も全く回復していないのではないか、竹流はもしかすると例のごとく自分の弱みを一切見せないように、上手く隠し通してるだけなのではないか、そんなふうに思えるのだ。
 そういう時、真には、なにひとつとして彼にしてやれることがなかった。どれほど想っても、替わってやることもできない、彼の苦しみを離れたところから見ているだけで、ただ怯えているしかなかった。

 だが、皮膚の内側に恐怖と闇を閉じ込めた彼の手を離した時、逆に竹流の手が突然、失われた機能を取り戻したかのように真の手を追いかけ、その指先が微かに、探るように触れた。
 真は震えた。

 竹流の指先はやはり冷たいまま、真の手の甲を探り、皮膚の内側に潜む骨、腱、血管をゆっくりと撫でてゆく。
 真は身体の奥が昂ぶるのを感じて、それをやり過ごそうと僅かに身動ぎした。その心の震えを察したかのように、竹流の指が拳の関節で止まる。
 真は唾を呑み込んだ。体液の全てが指先に移動してしまったのか、口の中は乾いていて、咽喉がひきつった。躊躇うような動きで、竹流の指が真の指に絡む。触れていると、彼の冷たい指先よりも、真の指のほうが遥かに温度を失っていることに気がついた。

 やがて重ねた手を強く握りしめ合う。身体の全ての機能が止まり、同時に、時間が止まった。
 重ねた手の温度は、徐々に上がり始める。竹流の手のひら、指が微かに汗ばんでくる。汗は真の皮膚を介して、筋肉や血管に沁み込んだ。傷つき何もかも失ったように思えるこの右手には、まだ生命が宿っていた。その体温と湿度を感じながら、真は目に見えないあらゆる束縛の隙間を掻い潜り、そして、自分自身を開放した。

 真の指先にも温度が戻り、時が動き始める。
 真は竹流の指の関節を探った。
 衣擦れの音ひとつなく、静かだった。その深い静寂の中、全ての感覚が指先に移動し、指だけが躊躇いながら探るように絡み合った。神経という神経が、その場所だけに集まり、相手を感じる。

 熱を帯びていく指先とは裏腹に、身体の芯は静まり返っていた。指以外の全ての器官が消えてしまっていた。わずかに残された生命の機能の全てが、指先だけで蠕き、求め合い、指と指の間の敏感な皮膚を食み合う。
 時折、竹流の右手はもどかしげに動きを止めた。一度刃で貫かれた手ではどうしてもできない動きがあるのか、あるいは感情が指の運動よりも先に走ってしまうからなのか。躊躇うように竹流の指が止まると、真はその指に自分の指を絡みつかせた。

 真が昂ぶる感情を持て余して指を止めると、竹流がその心を追いかけるように真の指を愛撫した。絡めるごとに更に指先に熱が集まり、昂ぶる。皮膚は呼吸し、相手の息を求め、じっとりと湿った体液を絡ませあう。どうやってこの指先を溶かし合い、ひとつになればいいのかと、もがくように複雑に絡んだ指は、このまま縺れきってしまいそうになっていた。

 やがて予想もしない何かとてつもないところに昇り詰めたかのように、二人の手が止まった。いつの間にか、手のひらを合わせて強く握り締めあう。全ての温度も湿度も、二つの手のひらの間に閉じ込められていた。
 咽喉もとに、大事なものを取り零すまいとするかのように、竹流の左の手が触れた。身体が痙攣したように震え、真は微かに硬直する。長い時間止めていた呼吸がようやく戻り、真は肩を震わせた。

 昂ぶった感情の余韻で、遠くに取り残されていた意識が、自らの身体のうちに緩やかな速度で戻ってくる。
 震えるままに、涙が零れた。ようやく蘇った背中の神経が、竹流の胸から熱と湿度を直接伝えてくる。竹流の呼吸がいつもより速いことに、真は今更ながらに緊張した。

「歌」
 声を出してみて、喘ぐように掠れた声だったので、自分でも戸惑った。竹流が、求め合った指先を微かに解いた。
「あんたの店の名前、なんかの歌と関係あったんじゃなかったっけ」
「それがどうかしたのか」
「いや、何か、今日ふと気になったのに、思い出せなかったから、気持ち悪くて」
 会話など必要がなかったのに、身体のどこかを動かしておかないと、このまま本当に溶け合って、原型を留めない生命体に変わってしまうような気がした。

 咽喉から言葉を零すごとに、身体の細胞が本来の機能を思い出して、活動を再開する。こうしてようやく、相手を別の生命体だと認識できるようになり、竹流も同じように感じていたのか、溶け合うことなどない別の個体に戻った真の身体を改めて、確かめるように抱き寄せた。
 異なった身体のうちに戻ってしまった魂を、幻だけでも引き戻そうとでもいうようだった。
 だが、その力は以前のように乱暴なものではなく、ただ静かで、包み込むように優しかった。

 高校生の頃、つまり真の首を絞めたあの女が亡くなった頃、竹流はよく真をこうやって抱きしめてくれた。それは、親が子どもを理屈抜きに赦し愛するのと同じようなものだった。何もかもお前のせいじゃないと言われているようだった。
 そして今、あの激しい想いと力とで愛された時間を過ごした後では、その優しさは逆に苦痛でさえあった。真はその苦痛を、縋るものは何一つない大海原の真ん中に浮かび、もはやどうすることもできないという静かな諦念のうちに受け止めた。

「天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」
 竹流が耳元で囁くように歌う。震えるような吐息は、三十二音の言葉が語られる間に、天の海が凪いでいくように静かで穏やかなものに変わっていった。
 本当はその歌を忘れてしまっていたわけではなかった。ただ、この声で囁くように耳元で歌って欲しかっただけなのだ。

「柿本人麻呂だったっけ」
 真は確かめ、自分の声が、うちに押し込んだ感情よりも遥かに穏やかであることに、不思議に安堵した。
「日本の古代の人麻呂なんて名前の人が、宇宙を歌ってるってのは、やっぱりどう考えても不思議な感じがする。宇宙は古代から変わりなくそこにあるのに、人はひとつの人生の中でどれほど大事なものを失っていくんだろう」
 竹流はまだ真の頭を撫でていた。耳元をくすぐる呼吸は、すでに平静だった。

 十代の若者のようにセンチメンタルなことを言っていると考えて、真は自分で自分の言葉を貶める。それでも竹流の声は暖かく、柔らかく、真の汚れていないどこかを包み込むようだった。
「俺が、何であの店にそんな名前をつけたか、話したかな」
「いや」
「『天の海』、『月の船』、『星の林』……この歌を教えてくれたのは功さんだよ。日本の古代の歌人の歌だ、洒落てるだろうって。あの人が居なかったら、俺は深く人を信じることをやめてしまっていたかもしれないと、今でもそう思っている」

 竹流は今でも、真の伯父の功に心の底から感謝しているのだ。だから、功が息子として大事にしていた真のことを気に掛けているのだと、全ては功への恩義に報いるためだったと、そのように聞こえる言葉を、真は耳の中でしばらく持て余していた。
 そして、福嶋の事務所の奥にある彼の私室で手に取った、功の本の重さを思い出し、右の手をひとり、握りしめた。

 迷い苦しみながらも真を育ててくれた功の手は、いつも真の前に幾千万もの星々を映し出して見せてくれた。本の中にも、書斎の天井にも、不安で潰れそうになっていた心のうちにも、確かな軌跡を描いてくれた。
 功の『宇宙力学論』、あの本を福嶋のところに残してきたことを後悔した。意地を張るものでなかったのだ。本当なら頼み込んででも、あの本を受け取って来るべきだった。

 真は背中から沁み入るような温もりを感じたまま、目の前の真っ暗な空間を見つめた。
 その空間の直ぐ先にはブラインドを下ろした窓があり、窓の向こうには冷えた廊下、その向こうに五角形のベランダが切り取った暗い空が、星を宿している。その距離の永遠に、真は震えた。
 この目の前の暗闇は距離にすれば僅かに一メートルほどのはずなのに、その深さに身体ごと震えるような心地がする。今背中に感じている温かさも、距離にすれば一分の隙もないはずなのに、その間に深い深淵が横たわっているような気がした。

 真は目を閉じた。今でも、この男は真を殺したいと思ってくれているだろうか。いや、そうではないから、この男はあの時、真の手を離したのだ。そして真のほうは、今もこの男を殺したいと願っている。これはまさに鬼宿の妄執なのだろう。

 真は夢を見ていた。それは確かに見覚えのある光景だった。
 その女は真がこれまでに見たどの女よりも美しい女だった。窓の向こうには、木々の緑でさえ透明に染めた真っ白な光の世界が広がり、女は無造作に束ねた長い髪を肩の下にまで垂らして、ベッドの上に座り、窓枠に半分身体を投げ出すように預けている。赤い唇は時々歌うように開かれる。淡い茶色の光を湛える瞳に、真の影を取り込むと、女はいつも微笑んだ。

 あの人は、真を誰だと思っていたのだろう。自分を捨てた男の息子だと知っていたのだろうか。それとも彼女の夫だと思っていただろうか。だが真の外見は功にも武史にも似てはいなかった。ただ彼女と同じ孤独という闇を彷徨う魂、いや魄だと思っていたのではないだろうか。

 鬼宿、という言葉を眼にしたときから、真はそれがまさにあの女と自分のことだと、ずっとそう考えていた。周囲で起こっている出来事、流れている時間に全くついていけずに、ただ何もかもを自分の内側に押し込んで混乱し、自分自身は全く動けずにいる。過去に縛られ、その時間を共有した誰かを同じ闇の中に引きずり込もうとする妄執が、真の、そしてあの女の足首を捕まえている。その相手はもう既に、過去ではなく現在を、未来の時間を生きているというのに。

 何度も何度も同じ夢を、それも現実と区別のつかない夢を見ていた。意識は覚醒したままだったのだろう。
 同居していた時、朝、先に目を覚ましているのは、いつも竹流のほうだった。もっとも、真は先に目を覚ましたときには大概走りに出てしまっていたので、竹流の寝顔をじっと見つめていたことなどなかったから、そのように誤解しているのかもしれないし、竹流も時々夜通し仕事をしていることもあったので、先に眼を覚ましているのか、それとも一晩中眠らずにいたのかはよく分からないこともあった。

 離れてからは、ここに泊まりに来ると、真はまた草食動物のように短いスパンの眠りを繰り返すようになった。短い眠りは脈絡のないシーンだけの夢を伴っていて、その夢はしばしば強く記憶に刻まれた景色であるからか、現実感が強く、夢の中にも関わらず五感の全てが鋭く働いていて、ほとんど身体を休めていないような気がしていた。
 短い眠りにつくのは大概朝方で、気を失っているだけのような時もある。

 一度は命の向こう岸に連れて行かれ、右手の機能の一部を失うことになった出来事からずっと、竹流は眠っているのか、本当は眠らずに目を閉じているのか、よく分からない時が多くなった。
 ただ眠っているふりをしてしまいたいと思っているのかもしれなかった。

 ベッドサイドの柔らかなオレンジの灯りで、竹流の髪がさざめく波のように光を照り返している。通った鼻筋も、影を伴うとよりくっきりと浮き立つような彫の深い顔立ちも、気品に満ちた唇も、何もかも昔のままだったにもかかわらず、時間は確実にその上を過ぎてゆき、それ故に真は、これまでよりも遥かに深い想いでこの男を見つめているような気がした。その想いは、あまりにも色々な色を放り込んでしまったために、元の色合いが分からなくなった絵具のように、暗く深い。

 真はそっとベッドを出た。
 朝食を一緒に食べることもあったが、やはり後ろめたさを夕食まで引きずるのは忍びない気がして、相手が眠っているうちに、早朝にこのマンションを出て行くことが多くなっていた。この期に及んで、何を妻に対して繕うというのか。だいたい、あの女は、真にそんなことを期待していないはずなのに。

 リビングに出て、ふと時計を見ると、あまりにも暗くて分からなかったがもう七時前だった。冬で、空が曇っているからなのかもしれない。真が着替えを済ませた時、遠慮をするようなドアホンが鳴った。
 このマンションは、コンシェルジェの前を通らなければエレベーターホールに行き着くことはできない。不意の客の来訪の場合には、コンシェルジェからインターホンで知らせがある。ドアホンが鳴るのは、コンシェルジェを通した来客ではないということだから、ある程度親しい人間、あるいは竹流が予めその人が訪ねてくることをコンシェルジェに告げている場合だけだった。

 寝室からは気配はなかった。真は少し時間を置いてから、玄関に向かった。
 ドアを開けると、立っていたのはギャラリーの修復助手だった。真を見て、修復助手の篠田朔は、少しひるんだような顔をした。ある意味ではどちらも、見られたくない現場を目撃されたような状況だったのかもしれない。
「あ、いえ、あの、オーナーはまだお休みですか」

 真は一瞬リビングのほうを振り返り、多分、と答えた。決まり悪そうに立っている篠田を放っておくわけにいかず、真は上がるように促した。この男がここに来ることを、少なくとも竹流は知っている状況には違いなかった。
「どうぞ。俺はもう行きますので」
 顔つきも服装も、総じて地味な男だった。このまま服装を変えて公園に眠っていたら、誰もが浮浪者だと一瞬で信じてしまうほどに、周囲の景色で存在を失うようなムードの男だ。だが、竹流はこの男の真面目な側面を随分と買っているようだった。

 修復というのは、もともとは科学的根拠に基づいて丁寧に技術を身に付けて行えば誰にでもできることのはずだ、必要なのは根気とそれにかけてきた時間なのだと、近頃後進の育成に力を入れている竹流が話していた。幾人かの修復助手を育てながら、それぞれの特性を見極めて仕事を覚えさせ、一人前に育てる、神の手を失った修復師の、今はそれが誇りでもあったのだろう。この篠田という男は、まだ音大の学生であった時から竹流の助手を務めていたし、一番弟子と言ってもいいのかもしれない。

 篠田は困ったような顔のままだったが、しばらくして真の後ろに視線をやって、ようやくほっとしたような顔になった。
「悪いな、いつも」
 竹流はそう言って篠田を促して奥に上げた。それまでのおどおどした気配は消え、篠田はするりと運動靴を脱いで、促されるままに真の脇をすり抜けるようにして奥へ進んでいった。
「帰るのか」
 真が答えないまま篠田が閉めたリビングの扉を見つめていたからか、竹流が言い訳というのでもないだろうが、淡々とした声で言った。

「最近、夜中に仕事をしすぎて、朝方、起きられないことが多くてな、近くに住んでるんで時々来てもらってるんだ」
 そうなのか、と真は小さな声で答えた。何を言い訳されたのか、よく分からなかった。
 竹流が後ろめたいなどと思うことは何もないはずだった。少なくとも、真がポケットに結婚指輪を忍ばせていることに比べたら、どれほどのことだというのだろう。
 真はじゃあ、とだけ言って、靴に足を滑り込ませた。

 同居を解消した後、一人の夜が寂しくて一晩中仕事に没頭している、あるいは一人の朝が耐えられなくて修復助手を目覚まし代わりにマンションに来させて朝食を振舞う、こういう孤独への単純な付け薬を、竹流が利用していてもおかしくはない。もちろんそれはあくまでも一時的な効果しか得られない付け薬に過ぎず、根本的な解決方法には程遠いのだが、真よりは余程にこの男は孤独に弱いのだろう。
 少なくともローマでの彼の幼少時を知れば、いつも誰かが側にいて、彼を愛していたことがよく分かるし、竹流のほうでも彼らに深く愛されるための本能的な努力を惜しんでこなかったことが窺い知れた。

 幼少時の体質は、基本的に大人になっても変わらないものだ。真が孤独と簡単に付き合えるようになってしまっているのもまた、幼少時の習慣の結果に過ぎない。
 いや、少なくとも竹流は、もう真の首を絞めるような愚かな真似はしたくないと考えているに違いなかった。

Category: ☆雪原の星月夜 第1節

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【雑記・旅】赤ちゃんパンダ~和歌山アドベンチャーワールド~ 

YouTube初投稿(o^^o) 
和歌山に1泊旅行して、ベビ浜ちゃん(まめ浜ちゃん)に会ってきました。

動画作ったの、初めてなので、上手く出来なくて。でも、可愛さだけは伝わったかな。
それにしても、そこにいるだけでみんなをHappyにしてくれる、なんて素敵な存在なんでしょう。老若男女問わず、来ていた人、みんなめろめろです。そんなふうにHappyを振りまける存在になるためには、前世にはどんな徳を積んでいたのやら(え?)。

端っこが好きらしく、すぐにマットから落っこちるんだけれど、後ろ姿にもめろめろ。だって、お尻のかわいらしさと言ったら!
公開開始時間の朝一番は良く動き回っていましたが、30分もすると疲れちゃうらしく、すぐに寝てしまいます。2巡目は爆睡でぴくりとも動きませんでした。午後から3巡目。公開時間終了間際に行ってみたら、授乳タイムでした。

一番前にたどり着くと、あんまり立ち止まっていられないので、絶妙のタイミングでいい写真が撮れるとは限らなく、まさに一期一会なんですが、3回も並んで満喫しました。1回1回の並んだ時間は30分もかかっていなかったと思いますし、グルグルと巡っているので、2列目/3列目でも赤ちゃんのいる部屋の前に来たら結構見れるので、満足度は高いです。

3巡目は人も多くて、授乳タイムだけにみんな動きが遅くなっちゃう。歩きながらではなかなか良い写真が撮れず、後ろの方からカメラを掲げての撮影。前を通る人の方にピントが合ったりして、なかなか上手くいきません。ゆっくり見ていられる3列目で写真を撮っていたのですが、動画は前を通る人の服しか写らないので、写真ばかりです。

ママ良浜がまめ浜ちゃんを抱き上げる時、くわえてから振り回すみたいにして、すとんと抱くんだけれど、それがなんとも言えない(^^) パンダって手は器用だと思うんだけれど、それでも抱き上げる時は乱暴? 面白いんだけれど、そこはとても動画チャンスには恵まれずでした。午後からは人が多くて、隙間隙間で瞬間しかシャッターを切れないんです。

バックヤードツアー新参者の結浜におやつもあげてきましたよ。デビュー1週間めですって!

でも、さすがに結浜、いつもカメラ目線を忘れない、和歌山の正真正銘のアイドル、ヒロインです。ただ、バックヤードツアーで椅子に座るときにいちばん偉そうなのは、お姉ちゃんの桜浜や桃浜を抜いて、ダントツ1位だそう。

帰りに訪れた、とれとれ市場でのテンションも高かったので、ずっと大興奮の旅でした。

Category: 旅(あの日、あの街で)

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【雪原の星月夜-7-】 第2章 霧の港(3) 深み 

【雪原の星月夜】7回目です。
時間が経つのって思った以上に速いのですね。って、毎年言ってるけれど、もう12月。妙に暖かい日が続いてちょっと気持ち悪いのですが、週1アップしたい小説、同じく週1でアップしたい旅行記が滞っています。スペインのメスキータの記事は半分書きかけなのだけれど、今年中にはスペインを終わらせたい。そして、これもまた書きかけの60000Hitのリクエストも終わらせなくちゃ。

「物語はまだまだ序盤ですので、それほどの事件も起こっていません。このお話、二つのことが同時に起こっているのです。私の話にありがちな、多重構造です。ひとつは真の実父と同姓同名の男が行旅死亡人(身元がはっきりと分からない死亡人)となっていること、もうひとつは、神路月(昴)という女性童話作家の失踪です。しかも彼女の失踪の背景には暴力団絡みのきな臭い話も絡みついているようです。」
……と書いた前回から、またまた何も進んでいませんが、今回ようやく皆様お待ちかねのヒロインあの人が出てきます。しかも……! っと、それは本文で驚いてくださったら?(いや、別に驚かないかも)
何よりも、ここで真の多重人格性が如実に表れていることが問題かも。修羅場をくぐってしまった後の二人は、離婚した元夫婦のような、かといって、切っても切れない粘っこい糸に絡まれて身動きが取れないのですが、竹流はすっかりストイックに戻っていて、今や「菩薩」です。真は一人で足掻いている……

このシーンは実は長いので、2回に切っています。ええ、お待たせしましたから、しっかりどっぷり、二人の世界に浸ってくださいませ。あれ? それにしては会話が不穏? はい。そもそも不穏なお話なんですよ。
でも、傍目から見たら、何だよ、もう、どうせラブラブなんでしょ、と言われかねません。いつものことですが。

【真シリーズについて】
【雪原の星月夜】の登場人物紹介はこちら→【雪原の星月夜】(真シリーズ)登場人物紹介
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【海に落ちる雨】部分読みも可能
【海に落ちる雨】始章:竹流と真の生い立ち
【海に落ちる雨-52-】第9章 若葉のころ:真の中学生の頃。
【海に落ちる雨-59-】第11章 再び、若葉のころ:真が高校生の頃。
『若葉のころ』には真の学生時代が登場、今回の物語で登場する母校の院長(校長)先生や灯妙寺も少し登場。



【雪原の星月夜・第1節】 第2章 霧の港(3) 深み

 マンションを訪ねようと思ったのは気紛れだった。
 いや、時計を気にしている諏訪の様子を見ながら、空白の時間のほうが長い会話を上手く操れず、真の頭の中にはまるきり別のことが浮かんでいたのかもしれない。

 長い航海で疲れた水夫の身体を慰め温める、霧に包まれた港という名前通り、苦難も喜びも不安も何もかもを隠してくれる、そういう雰囲気をあの店は持っている。上階のレストランやトラットリアにしてもそうだが、こだわり抜いた空間設計は、テーブルや椅子、ソファといった調度はもちろんのこと、灰皿や植物、従業員の服にまで、何処にも気を抜いたところがないにも拘らず、全て何気なく配置され、その距離感までもが、ここに踏み込んだ者を心地良い気分にさせてくれる。
 そのまま霧に包まれて隠れてしまいたい気持ちにさせられたのだとしたら、オーナーの思うままなのかもしれない。

 店を出て、駅前で電話を掛けた。帰れないかもしれないと言うと、舞はなんとも返事をしないまま電話を切った。
 受話器を置いた後も、真はしばらく電話の前に立ちすくんでいた。だが他人の視線が気になって、もう一度受話器を取り上げ、一瞬指を彷徨わせたあとで、ダイヤルを回した。

 呼び出し音は長く続いた。もしこの電話に相手が応えなかったら、目的地を変えようと考え始めたとき、もしもしという小さな声が聞こえた。
「美和ちゃん? 大丈夫か?」
 少し時間を置いてから、美和が幾らかしっかりした声で答えた。
「先生? うん。ごめんね、今日何だかいらいらしちゃって。休んだら少し落ち着いたから」
「明日、無理しないで休んだほうがいいぞ。名瀬先生のところに行った帰りに寄るから、マンションにいてくれ」

 美和は少し考えていたようだったが、そうだねと答えて、気を取り直したように、少しだけ元気な声で、じゃあ待ってる、と言った。
 電話を切って、真は思わずコートの襟を立てた。
 今日、図書館で会った女子高生たちの朗らかな笑顔を思い出していた。出会った頃、いや、真がローマに行くまで、美和もあんなふうに笑ったのだということを思うと、自分が何かをしてやれる立場ではないのだとしても、たまらないように気持ちになった。

 真が嵌まり込んでいるのは、自分勝手に落ちた闇かもしれない。だが、美和は半分そうではない。ヤクザと知っていて仁と付き合っていた部分には非があるのだとしても、二人で未来を描けるチャンスは幾らでもあったはずだった。少なくとも、北条東吾は甥をヤクザにするつもりはなかったのだ。
 だが一方で、仁の立場もよく分かっていた。この世界では、一度ヤクザものになった人間たちが堅気になろうとしても簡単にはいかない。堅気にもヤクザ以上に小汚い人間は幾らでもいるが、レッテルというものは恐ろしい。仁はそれが分かっているから、東吾を慕う若い衆たちを見捨てることはできなかったのだ。

 そして仁は美和に、俺のために死んでくれとは言えないでいる。美和にはその躊躇いがよく分かっているのだ。竹流もまた、結局は真の首を絞めることができなかった。

 真は有楽町から山手線に乗り、街の明りがちらちら灯るガラスの中の闇に浮かぶ自分自身の影を見つめていた。
 涼子の言うとおりだ。この幻のような影は、この世を彷徨うあさましい鬼宿のようなものだ。こうなってもまだ会わずにはおれず、会えば一晩、せめて一夜でも一緒にいたいと願ってしまう。そして、できればその闇の夜が永遠に自分たちを飲み込んでしまってくれたらと、今でも願っている。ずっと一緒にいることはできないということは、もう実証済みだというのに。

 身体が覚えた道筋を、もう何の意識もせずに辿る。その無意識の心の内を見つめ続けることが恐ろしくなって、真は何か他に考えるべきことを探した。まず美和のことを考え、彼女が食欲まで失うなんてのは余程の事だと思いながら、明日は美和の好きなケーキを買っていってやろうと思った。
 それから神路月のことを考えた。

 正式に依頼を受けたわけでもないので、まだ神路月、本名神路昴のことを詮索するのは早すぎるのかもしれないが、真は自分が既に何かに足を引っ張られているような気がした。
 理由ははっきりしている。
 本の表紙に描かれた雪原の星月夜。ひどく懐かしく、心ごと持って行かれそうになるあの風景は、真の夢の中に幾度も出てくる世界と同じだった。真の夢の中で、その風景は時には風の吹く草原であったり、静かな都会のビルの谷間の大通りだったりすることもあるが、具体的な景色の問題ではなかった。そこにある何とも言えない寂寥感、孤独感は、何かを探し続けて歩く真の身体の周りにいつも漠然と纏わりついていた空気と同じものだった。

 何故、あの本には真の脳の奥深くに潜んでいる光景が描かれているのか。そしてその絵を描いた人は、何故アイヌ語の名前を持っているのか、あるいは何故神路月はアイヌの文様を描いたブラウスを身に付けていたのか。
 思考回路が堂々巡りを始めたとき、真はほとんど無意識に電車を降りた。

 マンションの鍵はまだ返していなかった。竹流は一度も返してくれとは言わなかったし、今でも真が訪ねて行って勝手に部屋に入っても気にしないだろう。もっとも、真はほとんどコンシェルジェを通して来訪を告げていたし、そうでなければ電話を掛けてから行くようにしていたので、鍵が必要になることは全くというほどなかったのだが。
 コンシェルジェはエレベーターに向かう真と目が合った時も、真が自然に会釈をしたからか、気にしなかったようだった。あのコンシェルジェにとっては、真はまだこのマンションの住人なのだろう。

 真はエレベーターに乗り込み、鍵を差し込んだ。エレベーターはボタンを押さなくても自動で住人をその階に連れて行くようになっている。鍵をポケットに戻し、真はいつものように左手の薬指の結婚指輪を抜き、鍵と同じポケットに入れた。
 決して不意打ちを演出しようとしたわけではなかった。女をマンションに上げて抱き合っている真っ最中である可能性も考えないではなかった。もしそういう現場に遭遇したら、素直に引き返そうと思っていた。
 とは言え、勝手に鍵を使ってドアを開けるのはどうかと思い、さすがに真っ最中に遭遇する勇気はなく、結局玄関ドアの呼び鈴を押した。

 押してから、そうだった、と思い至った。彼は今、誰かとベッドを共にすることはできないはずだった。少なくとも、真の知る限りは。だが、彼が真に自分が持つ全ての顔を見せているという確証はない。
 静かだった。真は目を閉じ、扉の横の壁に凭れ、もしも彼がいるのなら背中に微かな振動でも伝わってくるだろうと思いながら、呼吸を潜めていた。何かを探ろうという気持ちがあったわけではない。ただこの静かな世界が突然に恐ろしくなっただけかもしれない。

 不意に、身体の内に溜め込んでいたもろもろのものが噴き出してしまうような、唐突な感情の嘔気に襲われて、真は息を止め、腹のうちに全てを納め戻そうとして、自らの心を深く沈めた。水道の蛇口をきつく締めるように、唇を噛む。
 昨夜からの出来事だけを数えてもこんな調子なのだ。一体、このマンションを出てから、どれほどのものを呑み込み、溜め込んで、声ひとつ上げずにいたというのだろう。

 長い無音に、留守なのかもしれないと思い始めた。身体がひどく重くなったようで、そのまま崩れるようにしゃがみこんだとき、壁の向こうから足音の振動が身体に伝わってきて、やがて扉が開いた。
 しばらく沈黙が続いていたような気がする。真は眩暈を感じて、頭を持ち上げることができなかった。
「大丈夫か」
 いつもと変わらない、穏やかなハイバリトンの声だった。

 その声を聞くと、再び感情の波がうねるようにこみ上げてきた。
 昨夜からほとんど眠れていないような気がしたし、福嶋の部屋を訪ねた時点から溜まり続けていた何かが、もうこれ以上は抱え込めない限界に来ていた。それでも、溢れ出しそうな感情を呑み込むことにすっかり慣れきっている自分が、哀れで悲しく、可笑しくさえ思えた。

 真は返事もせず、顔を上げることもできないでいた。すると、竹流の気配がごく身近なところへ降りてきて、さっきよりもずっと近くに彼の声を感じた。それと同時に鼻先をかすめた匂いが、真の中の一番触れられたくない部分を締め付けた。
「中に入ろう」
 真が動けないままでいると、竹流の手がふわりと頭の上に載せられた。

 不自由だった竹流の身体は、今は余程気をつけて見ても、どこか具合の悪いところがあるようには見えない。もしも彼の本来の職業が修復師という、僅かな手先の感覚に頼るようなものでさえなければ、彼には全く不自由という側面はなかっただろう。
 真はようやく顔を上げたが、竹流の顔を見るよりも早くに、玄関で客人の靴を見つけてしまった。竹流は真がその靴に気が付いたことに対して、何も言わなかった。

 居間のソファで煙草を吸っていた客人は、真が部屋に入った時、息をつくようにして煙草を灰皿で揉み消し、立ち上がった。
「帰る。七夕の逢引を邪魔するのは野暮だからな」
 その時、北条仁は無造作に半分だけ留めてあったシャツのボタンをそのままに、ソファに放り出してあったネクタイとスーツの上着を取り上げた。
「仁さん」
 頭が何かを理解するより先に声と手が出ていた。真の傍を掠めようとした仁は、真が摑んだ手をそのまま摑み返してきた。
「説教は聞きたくねぇな」
 しばらく、真は仁と睨み合っていた。

 自分自身の身辺のことで精一杯だったから、いつも美和と仁の様子をうかがっていたわけではない。だが、少なくとも真が結婚する前、そしてその幾分か後でも、美和の様子を見る限り、幸せそうであったかどうかは別にしても、二人が追い込まれている気配はなかったように思う。
 だが、このところ、仁の顔つきはすっかり変わってしまっていた。もともとの顔の造りは彫が深く、そこそこに肉付きがあれば厳ついながらも頼りになる逞しい顔つきに見える男だったが、今は幾らか頬がこけたようになり、精悍という状況を通り越して凄惨なムードさえ漂わせていた。

「美和ちゃんも宝田も心配してるんですよ」
 仁は摑んだ真の手を、彼の方に引き寄せた。
「じゃあ、お前が美和を慰めてやれ」
「何を言ってるんですか」
 仁は鼻が引っ付くほどに真に顔を寄せて、意地悪く笑った。
「お前も、指輪を外して浮気をする狡猾さは身に付けたってわけだ。それとも自分がどういう人間だか、ようやく気が付いたってことか。そんな善人ぶった顔をして、嫁をもらって子作りに励んでるくせに、一方じゃ昔の男も忘れられない。それどころか、まだ足りなくて、突っ込もうが突っ込まれようが、今じゃ手当たり次第って訳か」

 一体、仁が何を言いたいのか、真はよく分からなかった。仁は鼻先で笑うと、真の頬を軽く叩いた。
「福嶋鋼三郎が言ってたぞ。お前にクスリを覚えさせたらイチコロだろうってな。だが、お前はそこまで馬鹿じゃない。さんざん修羅場を見せられてるからな。代わりに別のものにのめり込んじまってるわけだ」
 一瞬にして体が凍りついたような気がした。自分でも気が付いていたことだ。子どもを亡くしたことはただの言い訳に過ぎない。
「福嶋がな、気をつけてやれって、お前の保護者みたいな口をききやがる。お前がセックス依存症だって、下手するとそのうちに見ず知らずの他人に身体を任すようになるぞってな。しかも、追い込まれて痛めつけられるようなセックスでなければ感じないようになってきている」
 真は少しの間、言い返す言葉を無くして仁の顔を見ていた。

 仁が言っているのは、今の状況について他人の、特に真の意見など、聞きたくなどない、ということなのだ。覚悟を決めているのだから、一切、外野の声は耳に入れない、という意味だ。
 だが、仁が本当に完全に迷っていないなら、この期に及んで美和を遠ざけたりはしないだろう。北条仁は今でも、美和についてだけは迷っているのだ。
 中途半端に美和を傷つけるくらいなら、いっそ別れてやってくれと言いたい。だが、仁も、それ以上に美和も、やはり離れることができないのだ。

「高円寺には近付くなと宝田に言っておけ。お前も、しばらくヤクザが絡むような仕事は引き受けるな。それからな、福嶋にこれ以上縋りつくような真似はよせ。あいつは俺以上に腹の中が真っ黒な極悪人だ。お前があの男の身体の下で喘いでるとこなんぞ想像したら、こいつもまたお前の首を絞めたくなるだろうよ」
 顎だけで竹流のほうを示してそう言うと、仁は真の手を離し、居間を出て行こうとした。
「仁さん、せめて美和ちゃんに」
 仁は立ち止まったが、振り返らなかった。
「お前は美和を殺したいのか」
「仁さんこそ」
「美和をどうするかは俺が決めることだ。お前に意見される筋合いじゃねぇな」

 テーブルに置き忘れられたライターを取って、竹流が慌てる様子もなく仁を追いかけた。仁は玄関ホールで適当にネクタイを結び、コート掛けに手を伸ばしかけた。先に仁のコートを取り上げた竹流が、何かを訴えるような気配でそのコートを仁に手渡している。
 二人の間に真には分からない無言の会話があり、それは必ずしも友好的なものではなく、かといって敵対するばかりでもなく、ただ共通の了解のような気配があった。
 仁は竹流からコートを受け取り、竹流が無造作に渡そうとしたライターを取りかけて、一瞬真のほうを振り返りかけ、そのまま竹流を抱き寄せるような仕草をした。竹流はそれを半分受け入れ、半分かわすような淡々とした表情で、仁の手にライターを押し付ける。

 生きてりゃ、来週な。
 仁は確かに竹流の耳元にそのように告げて出て行った。声なのか、振動なのか、唇の動きなのか、その切羽詰まったような、一方で諦念に全てを譲り渡したような気配だけが、真の鼓膜と網膜を刺激した。玄関の扉が閉まるまで見送る竹流の横顔もひどく冷めていて、その一方で、彫刻された菩薩のように静かで、気味が悪いほどに慈愛に満ちて見えた。

 だが、一瞬先には、竹流はいつもの表情に戻っていた。居間への入り口で突っ立ったままの真の肩を軽く叩くようにして、中に入るように促す。
「お前、また何も食ってないんじゃないのか。低血糖だといらいらもするだろう。何か作ろう」
 その瞬間、さっきまで考えまいとしていたあの匂いの正体を追求しないではいられなくなった。
「何で仁さんがここに来てるんだ」
 微かに竹流の身体から甘い、香木の香りが匂っていた。彼独特の密かな体臭で、その匂いがどういう時に最も強くなるのか、真はよく知っていた。

「北条さんも行き場がないんだろう。自分からこの状況を打破するために切り込むわけにもいかず、かといってじっとしているのも性分に合わない。とは言え、あの人でも、ヤクザ同士の縄張り争いに下手な仲介役を買って出るほど馬鹿じゃない。誰かが首を差し出さないと納まらないということもよく分かっているし、仲介役どころか、首を差し出すのが自分の親父かもしれないと思ってるんだよ」
「そんなことは分かってる」
 竹流は真を促してソファに座らせると、自分は台所に入っていった。

 真の頭の中は、この数分の間に起こった出来事を処理できずにごった返していたが、結局のところ、今さらどうしようもないと納得するしかないと分かっていた。
 台所からは軽く包丁を動かす音、電子レンジの立てる微かな音、それからしばらくすると何かを炒める音がごま油の香ばしい匂いと一緒に伝わってきた。
 心臓の鼓動や呼吸だけは少しだけ落ち着いてきて、真は頭の混乱はそのままにしてダイニングに入った。

 いつものように手際よく料理をする竹流の後ろ姿を、真はしばらくの間、ただ見つめていた。ガウンの帯はきちんと結ばれていたし、着乱れているわけでもないのに、その姿にはどこかに退廃的にさえ思える色香があった。その現実的な質感にもかかわらず、今真の立つ場所からは、彼は随分と遠くにいるようだった。

 竹流は白ワインを出してきて真の前にグラスを置き、鮮やかな手つきで淡いトパーズのような色合いのワインを注いだ。
 直ぐに、蒸した鶏の胸肉と玉葱やハーブ、人参などを混ぜ合わせ、エスニックな味付けをしたサラダと、ごま油で炒めたちりめん雑魚に榨菜とセロリを混ぜたご飯、幾種類かの漬物、千切りの葱と茗荷を載せて黒ゴマ味噌だれをかけた豆腐が並べられた。竹流は時々料理に手を出しながら、彼自身はワインをほとんど一人で空けていた。

 帰るのかとも泊まっていくのかとも聞かない。泊まっていくものと決め付けているのか、それとも真の好きにすればいいと思っているのか、こういう時いつも、真もあえて聞いたこともない。食事を終えると、何気なく風呂を勧められ、真が居間に戻った時、竹流は誰かと電話で話していた。
 心地良く優しい調子の異国の言葉は、真の耳の中でいつでも音楽のようにざわめく。竹流は真と目が合うと、相手に二言三言話しかけ、受話器を置いた。

 真は話しかけようとする竹流の気配を無視して、勝手に寝室に入った。薄暗いベッドサイドの照明に浮かび上がるキングサイズのダブルベッドは、綺麗にベッドメイキングされていた。それでも、ついさっきまで、もしかしてこの上で密やかな情事が交わされていたのかもしれないという疑念はどうしても離れない。
 真が勝手にベッドに潜り込んでいると、しばらくすると竹流は寝室に入ってきて、真が潜り込んだ側のベッドの端に腰掛けた。乾いた軋みが真の身体に伝わってくる。

「コニャックは」
 真は返事をしなかった。竹流は真のこめかみから耳をそっと指で愛撫するような仕草をした。
「聞かないのか?」
 何をだろうと真は考えていた。
「電話はリオナルドだよ。お前がどうしているか、聞いていた」

 竹流の電話口の優しい話し方からは、相手が彼の叔父であるチェザーレではないことは想像できていた。リオナルドなら納得がいく。秘められた深い血の絆は、本人は知らなくても呼応する何かがあるのだろう。少なくともリオナルドは、口に出しては弟とは呼べない従弟を、心から愛し心配しているのだ。ローマから戻って同居していた頃も、リオナルドは三日とおかずに電話をかけてきていた。
 だが電話のことなど、気にするほどのものでもない。

「電話以外の言い訳はしないのか」
 つい、つっかかってしまった。竹流はしばらく、真の頭を、子どもを宥めるように撫でていた。
「お前がここを出て行った当初はそういうこともあったがな、それはただ俺がお前を失って狂ってしまわないかとあの人なりに心配してくれただけだ。今はただ、あの人はどうともできない気持ちをぶつける先がないだけなんだろう。少なくとも、俺が同じ修羅場を味わってきた同士だと思っている」

 淡々と語られる言葉に、真は身体が凍るような気がした。目を閉じれば、遥か風に乗って運ばれる潮の香り、波音までが五感の記憶装置に響く。溢れ出しそうな感情とは裏腹に、どこかに恐ろしく醒めた自分がいて、彼に何か辛らつな言葉を言ってやろうかと冷静に分析しているのだった。だが、結局、真は全く別のことを言った。もちろん、心の片隅にずっと引っかかっていることだった。

「美和ちゃんが辛そうで、見ていられない」
 竹流は少しの間手を止め、それからまた静かに真の髪に触れた。
「美和ちゃんだって、あの頃、同じことをお前に対して思ってただろう。なぁ、真、結局は二人にしか決められないことだ。お前が何を言っても、北条さんと美和ちゃんには、彼らにしか出せない答えがある」
 自分たちはもう答えを出したということなのか。そう考えて、真は今さらながらに、まだ自分が答えになど辿り着いていないことを思い知ったような気持ちだった。竹流が過去形で語る全てが、耳にも肌にも突き刺さるようだった。

Category: ☆雪原の星月夜 第1節

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【雑記・あれこれ】純粋に広告避け 

ソリティア
広告が出ちゃったので、純粋に広告避けです。
八少女夕さんがお土産に持ってきてくださったソリティア。石の保管庫?としても利用できるらしい。
でもこれはひとり遊び用のゲーム。もともとはこんな状態で↓
ぜんぶ
真ん中の黒いのをとって、ひとつ飛ばしで飛び越えた丸玉を取っていくという単純なものだけれど(斜めはだめ、もちろん、隣り合っていないと取れない)、結構難しくて、今のところ最高の出来映えが上の写真の残り2コ。
……難しい。
悲愴
三味線の大会前だから、ピアノやっている場合じゃないかも、だけれど、この幅2cmはある辞書のようなベートーヴェンのソナタ集が夜中なのに私を呼ぶの。私ごときにはとても力及ばずだけれど、ただいま、この8番の第3楽章と戦っています。だって、第1楽章のこの冒頭のページ……一番下になんて書いてあるかというと……「次からアレグロだよ!」 そう、黒っぽい左のページは和音と戦うのは大変だけれど、とは言えGrave(荘厳にゆっくり)。白っぽく見える右のページはAllegroだから実は見かけ以上に苦しい(@_@) いえ、私ごときには、ですけれど。もっともゆっくりのところだって、こんな真っ黒けになるくらいの連符があったら、全然ゆっくりできないんですけど。
というわけで、まだ見込みのありそうな第3楽章から始めています。うう。先は長そう。
でも、70歳くらいになったとき、時々You tubeに出てくる「ばあちゃんのピアノ」みたいにできたらいいな。

というわけで? 広告よけでした! ちゃんちゃん!
あ~、『ボヘミアン・ラプソディ』観に行きたい~~~!

Category: あれこれ

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【雪原の星月夜-6-】 第2章 霧の港(2) 胎動 

【雪原の星月夜】6回目です。
しばらく放置していて済みません。アメリカの旅から帰ってきたら、怒濤の毎日でした。仕事の方で仕上げなければならない原稿、親に頼まれていたチラシ作り、と思ったら、日常業務に潜む爆弾が炸裂し、ついでにまた風邪をひいてしまい、なかなかあれこれうまく回りませんでした。ようやく大物を片付けたので、それなりに普通に忙しいけれど、大波は来ない日常に戻りました。

というわけで、久しぶりに戻ってきました。
物語はまだまだ序盤ですので、それほどの事件も起こっていません。
このお話、二つのことが同時に起こっているのですね。私の話にありがちな、多重構造です。ひとつはマコトの、じゃない、真の実父と同姓同名の男が行旅死亡人(身元がはっきりと分からない死亡人)となっていること、もうひとつは、神路月(昴)という女性童話作家の失踪です。しかも彼女の失踪の背景には暴力団絡みのきな臭い話も絡みついているようです。

今回は、こうした物語によくある「展開上だいじな情報は含まれているけれど、あんまり面白くない回」ってやつですね。もっとも、舞台があの人のお店というのは、ちょっと楽しいかな。あの人はまだ出てこないのに。それでは、どうぞ。

【真シリーズについて】
【雪原の星月夜】の登場人物紹介はこちら→【雪原の星月夜】(真シリーズ)登場人物紹介
万が一、前作【海に落ちる雨】に挑戦したいと考えてくださる方は→左のカラム・カテゴリから選択してくださいね。
【海に落ちる雨】部分読みも可能
【海に落ちる雨】始章:竹流と真の生い立ち
【海に落ちる雨-52-】第9章 若葉のころ:真の中学生の頃。
【海に落ちる雨-59-】第11章 再び、若葉のころ:真が高校生の頃。
『若葉のころ』には真の学生時代が登場、今回の物語で登場する母校の院長(校長)先生や灯妙寺も少し登場。



【雪原の星月夜・第1節】 第2章 霧の港
(2) 胎動
 

 ギャラリー『星の林』はまだ柔らかな灯りに包まれていた。二階のアトリエにも明りが灯っている。
 同じビルの四階には『かまわぬ』という和名のカジュアルなトラットリア、最上階にはバー『月の船』を併設した上品なリストランテがあり、その名前は『イル マーレ ディ フィルマメント』、天空の海という意味だった。トラットリアの内装はまるでヴェネツィアの運河の迷路を行くような気分にさせ、リストランテのほうは遥か宇宙を仰ぐアドリア海の波の上を漂うようだと言われていた。

 二号店を出さないかというオファーをこれまで頑固に断り続けてきた竹流が、新宿に建設予定の高層ビルの最上階への出店にいくらか興味を示しているというのも、怪我をしてからこそだろう。右手の怪我さえなければ、レストランはあくまでも竹流の道楽に過ぎなかったのだから、ディーラーや修復師としての仕事以外に、それほど入り込む必要はなかったのだ。

 真の以前の同居人、大和竹流は右手を怪我して以来、これまで以上に熱心に助手の若者に修復作業を教えていて、それ以外にも幾人かの希望者を雇うようになった。神の手と言われた手を失ってしまうことは竹流の計算にはなかっただろうし、リハビリのお蔭でそこそこの仕事はこなせるようになっているにも拘らず、竹流は美術品を傷つけることを恐れているのか、めったなことでは自分では手を出さなくなった。

 古くからいる修復助手は勉強熱心な地味な雰囲気の若者で、もともと音大の声楽の学生だったようだが、オペラの勉強をしている時に、たまたま竹流が企画した舞台芸術の作品展を見に来て、この世界に興味を持ったようだった。その時誘われてアトリエにやって来て、例の如く寝食忘れて作業に没頭している修復師の横顔にほれ込んだのだという。

 真はギャラリー脇のエレベーターの押しボタンの横にあるインターホンで、三階の会員制バー『イル ポルト ネッラ ネッビア』を呼び出した。そうしなければ、エレベーターはその階には停まってくれないようになっているし、他人と顔を合わせたくない客はこのエレベーターを使わない。
 そのバーにはほとんど足を踏み入れたことがない。犯罪には関わっていないとは思うが、ぎりぎりの取引が交わされていることは間違いがないのだろうし、だからこそ竹流は真にその場所をあまり見せようとはしなかったのかもしれない。

 その店の空気に漂う上品な葉巻やアルコールの香り、密やかに交わされている会話、全てが上手くブースごとに区切られ、他の客の顔は見なくても済むようになっている。エレベーターの扉が開いた途端に紫煙の香りを軽く吸い込んで、真は店内に足を踏み入れた。

 約束の十時にはまだ間があったが、待ち合わせの相手は既にブースのソファに座っていた。だが大東組の三代目でも新圧龍和でもない。ヤクザにも見えないし、かといって普通のサラリーマンにも見えない。真より背は高いが、痩せ気味で、髪の毛はやや長く耳にピアスをしていた。
 男は真を見ると慌てたように立ち上がった。会釈を交わし、真が新圧さんはと尋ねると、男は明らかに困っているのだという顔になった。

「のっぴきならない事情で来れないというので、私が代わりに来ました」
 男は名刺を差し出した。企画会社ウィル、その下に取締役、諏訪礼嗣と名前が記されている。
「まぁ、音楽家とか作家の代理人というか、マネージャーのような仕事を請け負う会社でして。いわゆる芸能人ではないんですが」
 大東組の企業舎弟ということかもしれない。
 諏訪の言うままに、真は向かいのソファに腰を落ち着けた。

「新圧さんは私があなたに説明するのに適任だと言うんですがね、私もよくは知らないのです。本来なら池内が来るべきなんですが」
「池内、というのは」
「池内さとしって男です。大東の組員で」
「大東の組員?」
 池内さとし。池内。
 真は改めて諏訪の顔を見た。

「さとし、というのは暁、という字ですか」
 諏訪は怪訝そうに真を見て、頷いた。
 これまで理解していた固有名詞に付加された、思いもよらぬ肩書きに、真はしばらく混乱していた。出版社の発行責任者ではないのか。しかも、何の因果関係もないはずのこの場で、いきなりもう一度その名前とぶつかるというのは、どういう廻り合せなのか。
 偶然の同姓同名でないのなら、事務所に送られてきた神路月の本と、新圧の電話は同じ出所だった可能性があるということだ。

「一体どういうことでしょうか。池内暁さんというのは、私の事務所に本を送った人の名前ですが」
「本ですか? それは聞いてませんね。神路月の本でしたか?」
 真は諏訪の顔を見たまま頷いた。諏訪の返事から、同姓同名の線は消えた。つまり、同一人物の話をしているのだ。
 諏訪はソファに凭れ、煙草に火をつけた。指には左右とも複数の指輪が光っている。手を見る限り、かなり若い男のようだったが、この照明の下では年齢を言い当てるのは難しい。

「そうですか」諏訪は少し間を取って、煙草に火をつけた。「神路月というのはうちの会社が代理人を務めてましてね、ちょっと変わった女でして、いや、見かけは別に変わっちゃいないんですけどね、そこそこ美人だし、作家というよりモデルみたいな体型してますしね」
「変わっているというのは」

「一時、精神科の病院に入院していたことがあるんですよ。いや、入院していたのは家族の誰かだったかな。ま、でも、怪我で入院していた時も錯乱気味だったから、精神病絡みと言えなくもないか」
 後半は独り言のようになりながら、諏訪はそんなことはどうでもいいというように首を横に振り、あとは淡々と続ける。
「ちょっとぼーっとしたところのある女でして、時々わけのわからないことを言いだしたりしてね。いや、別に頭が悪いってわけじゃありませんよ。まぁ、大袈裟でもなんでもなく、一部の女子高生のカリスマってのが分かるというのか、ちょっと宗教的な、巫女的なムードのある女なんですよ」

 真はしばらく諏訪が煙草を吹かすのを見守っていた。
 沈黙の時間の中に、空気が音を立てるとしたらこんなふうなのかと思われるように、微かに、人の声の震えのようなものが漂っている。
 密やかなざわめきというのは、耳にも身体にも心地よく、決して焦らせたり追い込んだりしない気配を漂わせている。竹流がこの空間に何を求めているかは、はっきりしているような気がした。

「新圧さんは、人の命が関わるかもしれないので、急いでいるようなことを仰っていましたが」
「そうなんですか? いや、それを言うなら新圧さんや池内の方が余程危ないでしょう。ご存知かと思いますが、真厳会と寛和会は今、一触即発ですからね。大東組は真厳会でも中立で、見ようによっては寛和会寄りだとも揶揄されてますからねぇ、下手すると内外から命を狙われる立場ってわけですよ。神路月がどうあれ、それどころじゃないはずなんですけどね」
「その神路月という人に何かあったということでしょうか」

 諏訪は真を真正面から見た。このことには興味もないのに巻き込まれたという迷惑そうな顔、それでいて会社の看板の一枚である作家の動向は多少は興味もあるという顔、あるいは親会社でもある大東組の惨事が降りかかるのは困るというような顔、複雑で曖昧な表情だった。
「神路月は数か月前から行方不明なんですよ」
 真はしばらく言葉を吟味していた。
「でも、それが何故、新圧さんや池内という人に関わりが?」

「神路月は池内の女ですわ。池内は新圧さんの懐刀ですから、まぁ、新圧さんにしたら、可愛い弟分が困っている時に放っておけないという気持ちなんでしょうかね。けど、月のほうは、ヤクザの男から逃げ出しただけなんじゃないですか」
 大東組は組長からしてかなりウェットな部分を持っているのは確かだ。だが、そうだからといって損得勘定を全く抜きにして、素人の女の行く末に懸命になったりするものだろうか。しかも、寛和会と真厳会が戦争を始めるかもしれない真っ最中に。
 だいたい新庄が、弟分の恋路を心配してやるような、そんなお優しい男だとは思えない。

「まぁとにかく、私があなたに説明しなければならないのは、神路月を捜して欲しいということなんでしょうね。どっちにしろ私は詳しいことは何も知らないんですよ。月のマネージャーに継ぎをつければ、私の仕事はおしまいってことで」
 諏訪は他人事のように言い放つと、ちらりと時計を見た。装飾の宝石が、薄暗い柔らかな照明の下でも、見せ付けるように四方へ光を放った。
「あの、新圧さんは何かまずいことに……」
 真が言いかけると、諏訪は身を乗り出してきた。

「とにかくね、うちも困るんですよ。確かにうちは大東さんの企業舎弟としてスタートしてるんですけどね、そろそろ何て言うのか、綺麗になりたいってのか。いや、とにかく月のマネージャーがもう直ぐ来るはずなんで、彼女に聞いてください。これで私も義理を果たしたってことになりますし」
 用意されている水割りのセットには、諏訪は手を出さなかった。この店は頼まない限りは誰も近付いてこない。恐らく真が来る前に、諏訪のほうで接客は不要である旨を告げているのだろう。周りに幾つもブースがあり、人がかなりいるはずだろうに、全く気配を感じない。

 落ち着かない諏訪の様子から見ても、ウィルという大東組の企業舎弟がヤクザとの繋がりを清算したいと思っているのは確かのようだった。もちろん、ヤクザが上がりを請求できる舎弟を簡単に手放すわけがないから、今大東組が巻き込まれている不測の事態は、この会社にとっては願っても無い出来事かもしれない。

 だが、諏訪の期待を裏切り、月のマネージャーという女性はなかなかやってこなかった。
「十時には来るように言ったんですけどね」
 諏訪は結局、水割りを自ら作り始め、真にも勧めてきた。真は礼を言って、少しだけ口をつけた。
「いい店ですね。うちが今度プロデュースするヴァイオリニストがいるんですが、この店のファンでしてね。何でもここのオーナーをお目当てにしょっちゅう通ってるとかで。本人は店の料理に惚れ込んでるんだって言いますけどね」
「ヴァイオリニストのプロデュースまでなさるんですか」
「これからはね、クラシックといえどもルックスと売り方ですよ。腕前なんてのは、そこそこ以上であれば十分」

 真は落ち着かない気分をどう始末すればいいのか、足が上手く地に着いていない感覚を覚えていた。だが真以上に、諏訪は落ち着かない顔をしている。水割りを一気に飲み干すと、手持ち無沙汰にもう一杯作り始めた。
 だが結局一時間以上待っても、神路月のマネージャーという女性は現れなかった。諏訪はまた連絡すると言い残して去っていった。誰かと待ち合わせでもあるのか、時計を気にし続けていた。

Category: ☆雪原の星月夜 第1節

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【旅2018・グランドサークル】旅行記予告編 

夕陽のグランドキャニオン
2018年9月、偶然にも日程の都合で羽田発にしていたアメリカ大旅行。本来なら台風で甚大な被害を受けた関西国際空港から出るつもりだったのですが、色々あって、仕事を始めてから○十年にして初めての大型夏休みを取ったので、3連休を駆使して平日休みを最低限に抑えて旅をしてきました。この日程では、私の希望の場所を全部巡るツアーは羽田発しかなかったのです。
憧れのグランドサークルツアーです。
旅行記は2017年のスペイン旅行があと2つ(石紀行入れたら3つ)残っているので、それが終わってからですが、まずはダイジェスト版を。でもダイジェスト版だけでも大旅行記。おかげさまで、まだ微妙な時差ボケ後遺症が残っていて、夕方から夜はもう異常に眠くて、ブログがお留守になっていて済みません(;_;) 折しも秋の週末はお仕事絡みのお出かけと三味線大会の練習で行ったり来たり。夜はますます眠いです(@_@)
グランドキャニオン1
グランドサークルとは? 検索して頂いたらすぐに出てくると思いますが、主としてアメリカ西部のユタ州・アリゾナ州にまたがる大きく円を描いた「大地球を感じるサークル」です。
以前、ニューメキシコ州のサンタフェからインディアンの居住区を巡った事がありましたが、その時から「いつかは」と思っていたものの、その旅の時に感じたことは「これは個人旅行で回るのは無理!」でした。1日に大阪/東京を往復するなんて移動は当たり前の旅になるのです。さすがにレンタカーなんて異国で運転したくないし(しかもすごい距離)、個人で交通機関をチャーターしたりキャニオンなどの入場予約をする手間と値段を考えても団体旅行しかないなぁと。
でも、私、団体のツアーに参加したのって、カンボジアに行ったときのみ。ドキドキしながら羽田の集合場所へ。
私は唯一の関西からの参加者だったので、皆さんはもう一旦集合して解散した後。でも、結果的に、最高の添乗員さんと、ユニークでちょっとスパルタな現地ガイドさん、職人気質の運転手さん、そして何よりツアーメンバーに恵まれて、ものすごく楽しい旅でした。
グランドキャニオン2
旅は、羽田→サンフランシスコ→フェニックスから入って、まずはグランドサークルの目玉、グランドキャニオンです。
トップに挙げた写真は、別の日に見に行ったグランドキャニオンの夕陽ですが、観光初日も最高のお天気に恵まれて、丁度雲の影も美しくて、光と影のコントラストがものすごく美しかったです。
しかし! たしかにすごいんですよ、グランドキャニオン。でも、デカすぎてもうすごさが分からないレベル(@_@) 100万円がすごい大金だって事は分かるけれど、10億円と言われたらもう大金かどうか分からないって、そういう感じ? 
セスナ
分からないついでに、遊覧飛行に参加してみました。参加するまで一番不安だったのはこの遊覧飛行。落ちるとか、エチケット袋必須とか、あれこれ前情報が多くてドキドキ。でも結果的にものすごく良かった。上空から見るとコロラド川がよく見えます。
セスナから見たグランドキャニオン
このか細いコロラド川がグランドキャニオンを作ったのですよ。キャニオン、というのは渓谷、即ち、水が削った地面に出来た底掘れ。雨になると怒濤のコロラド川の激流が作った渓谷。月からも見える地球の景色です。
ホースシューベント1
翌日はホースシューベントとアンテロープキャニオンへ。上はホースシューベントですが、コロラド川がくるっと回っていて、面白い形ですが……問題はこの立地(なんとなく気配が見えるでしょうか)。旅行記ではその辺りもじっくりご案内いたしますね(大海、びびっています)。
そして、アンテロープキャニオンです。今回の旅で最も期待していたのは、アンテロープキャニオンとアーチーズ国立公園。そのひとつであるアンテロープキャニオンにたどり着いて大感激。ここはナバホ族の管理下にあって、すごい砂地を乗り合いジープで入り口まで行くのですが、もう完全に気分はインディジョーンズです(o^^o)
アッパーアンテロープキャニオンPM1
実は、今回の旅でこのアンテロープには2回行ったのです。最初はこのツアーで、2回目はラスベガス滞在中に別の旅行会社の現地ツアーに参加したのです。なぜ2回も行ったのか? アンテロープキャニオンには、アッパーとローワーの2箇所があるのですが(正確には「エックス」という第3のキャニオンもあるそう)、日本からのツアーではアッパーアンテロープキャニオンにしか行かなかったのです。何があってもローワーに行きたいと思ったのと、運がよければアッパーのビームが見れるかも、と。
アッパーアンテロープキャニオンAM1
上の2枚の写真、大体同じような雰囲気の場所なのですが(同じかどうかはもうあまりにもよく似たところがあってよく分からない^^;)、上の方は午後2時頃、下の方は11時頃です。光の入り具合で、写真の暗さが違うのですね。それにちょっと立ち位置やカメラの位置を変えると暗さや形や色合いが変わる。目で見た印象では、そんなに違った印象ではなかったのですが、写真になってみると余計にはっきりしています。
アッパーアンテロープキャニオンPM2
そんなアンテロープキャニオンは、ある写真家が「素晴らしい場所がある」と発表してから有名になって、今ではすごい観光客が押し寄せる場所。上の方を見上げて写真を撮れば、人は写りませんが、回りにはすごい数の観光客がいるんですよ^^;
ミトンポイント1
次に訪れたのは、モニュメントバレー。西部劇でよく見る景色ですね。
この景色の中へ入っていくジープツアーがあって、ツアーのみんなで参加します。時間に応じてかなり奥まで行くことも出来るようですが、我々はとりあえず入門編?でしょうか。でもこの景色を見ていると、予想していたよりもずっとテンションが上がりました。
ウマの上の人
馬に乗ったおじさんがサービスで立ってくれます。なんかそれっぽい景色になりますね。
そして、この日の宿泊はこんな素敵な朝陽が見えるロッジでした。あれこれ失敗もあったのですが、それはまた本編で(o^^o)
モニュメントバレー、実はもう一度行って、ゆっくりしたいと思った場所です。
モニュメントバレー朝陽2
さて、その翌日はアーチーズ国立公園です。ちなみに、アンテロープキャニオンやモニュメントバレー、セドナは国立公園ではなく、特に前2者はインディアン居住区の中にあるため、観光は彼らのツアーに参加します。いわゆるアメリカ政府の定めた国立公園とは違うのですね。
国立公園では「あるがままの自然」を楽しむのが基本。グランドキャニオンではしばしば落雷があって山火事になるそうですが、それもまた自然の摂理。このままでは周囲の「被害が拡大して相当甚大」とならなければ、そのまま消火しないんですって。もちろん、ものを持ち込んだり、ものを持ち出したりしてはいけません。天気が悪かったら行くのは諦めてね(橋もないし、地面は川になるし、たまに鉄砲水で死んじゃうし)、というのは国立公園もインディアンの管理区域も同じ。
ウィンドウズセレクション1
アーチーズ国立公園は、グランドサークルでは一番端っこにあって、ツアーでは結構省略されることがあります。実は、ここが入っているというのでこのツアーを選択したのでした。
岩塩層、節理、砂岩層、複雑な地形に、風や水や様々の浸食が加わって、なんだか説明しにくいあれこれの結果、こんな独特の地形ができあがったわけですが、これが現場に立つと、写真以上に感動。すごい壮大な景色なんですよ。
ダブルアーチ2
あ、マッチ棒の役割になる人が上手く写っていませんね。でもね、本当にすごくすごくデカいんです。この景色、映画好きの人ならぴんときたかも! そう、私も大好きな『インディジョーンズ』の『失われたアーク』に登場したダブルアーチです。
でも、一番見たかったランドスケープアーチはツアーに組み込まれていなくて、残念。このアーチたち、次々と崩れて行っているので、一番細いところは1mしかないランドスケープアーチはあと何年もつのか……その前に再チャレンジしたい。
ブライスキャニオン2
アーチーズの翌日はブライスキャニオンです。ここは、欲を言えば夕陽と朝日を見たかったけれど、昼間でも十分に美しい。ここもキャニオン=峡谷ですから、水の勢いで削られた地形なのですね。
そう言えば、このツアーはそれぞれの場所で1-2時間程度ののハイキングがついていたのです。ただバスから降りて観光するのではなく、その場所を歩く、ってのが魅力。でも、恐ろしく暑かったので、ちょっと大変だったりしました(@_@)
ブライスキャニオン1
地層が見えますよね。
その後、ザイオン国立公園へ。アメリカ人に大人気のこの国立公園、ここまでずっと砂と岩ばかりで全く水気のなかった旅、この公園の水の音はもう本当に癒やしでしたね。日本人はやっぱり湿気がなくちゃ!? 
われわれが歩いた部分は歩きやすい道だったのですが、最奥部に行くとものすごい景色だそうですよ。川の中を歩いたり、岩登りがあったり、かなりしっかり装備をしていかなくてはならないそうで、最後まで行き着く人はなかなかいないのだと、か。
ザイオン1
ラスベガス入りの前にバレーオブファイヤーへ。
実はこのグランドサークルにはウェーヴと言って、抽選で1日限定20名しか入れない(しかも抽選に当たったとして、地図とGPSを渡されて個人的に頑張って行く。行き倒れそうな道のりらしい。「抽選にあたったとして、あなたに炎天下を10km歩く事が可能かどうか、もう一度自問自答してみてください」って申し込みの注意に書いてあるそうな)ところがあるのですが、そこはとても行けそうにないので、ちょっと雰囲が似たところの一つということで、このファイヤーウェーヴ(赤いウェーヴ)は楽しみにしていたのでした。
ファイアーウェーヴ1
あのすごいウェーヴには届きませんが、こちらもなかなかの景色でしたよ。
ファイアーウェーヴ2
炎天下で砂地を歩くところが多くて、なかなか大変でしたけれど。
そして、眠らない街・ラスベガスへ。2泊したのに、私、ラスベガスの滞在時間わずか14時間くらい? それもほぼ睡眠時間(眠らない町だけれど寝た)^^; なぜならば、夜中の3時半集合で真夜中に帰ってくるという弾丸現地ツアーに行ってしまったからなのですね。
どうしても見たかったアッパーアンテロープキャニオンのビームとローワーキャニオン。そしてトップの写真のグランドキャニオンの夕陽を見るツアー。
ビーム、感動でした。これは午前中の最後のほうしか見ることができないそうで、要するに天井部分が狭くなったアッパーキャニオンのほぼ真上から太陽の光が入り込む時間帯にしか見ることのできない、そういう景色なのですね。それ以外の時間は光が斜めに入るからビームにはならない。
アッパーアンテロープキャニオン@ビーム1
こちらもじっくりとレポートさせて頂く予定です(^^)/
アッパーアンテロープキャニオン@ビーム2
そして、アッパーと違って、天井部分が開いて足元が狭い形のローワーキャニオン。天井部分が開いているので、光が多く入るため、何より写真が美しい!
ローワーアンテロープキャニオン1
何かのコマーシャルでも使われていたそうですが、この景色は一見の価値ありです!
ローワーアンテロープキャニオン2
でも、ツアーのみんなと仲良くなっちゃってて、離脱して別の現地ツアーに参加するのがちょっと寂しかったくらい。本当に居心地のいいツアーだったのですよ(ツアー参加歴多数の皆さんに言わせると、そんなことは滅多にない、偶然にも特別に素敵なツアーでした。なにより添乗員さんのお人柄かな~)。案の定、現地ツアー(日本人ばかり)は、若いグループやカップルばかりで、しかもすごい人数で疲れちゃいました。でも景色は最高だった。
最後の日はセドナに行きました。ボルテックスに登る事は出来なかったのですが、たしかに癒やしの力が溢れているように思いました。登りの多いハイキングだけど、足取りが軽かった?とか疲れなかった?とか(たぶん思い込み?)。
それに、「私の水晶」との出会いもありましたよ。セドナ、またゆっくり行きたい。
ボルテックス
最後に。以前にサンタフェを訪れたときから、いつか出会うと思っていた私のカチーナ(インディアンの精霊たちの人形)。なかなかぴんとくるものがなかったのですが、今回、この旅の中でブルーコーンメイデン(青いトウモロコシの精霊、メイデン=少女の姿で表される)に出会い、おうちに来て頂きました。それにトラディショナルタイプのカチーナ(マザー=母なる精霊です)にも。
カチーナ
また改めてご紹介いたします。


帰国後、時差ボケと日常業務と積み残しの仕事で手一杯で、コメントを残しに行けていなくて済みません(;_;)
でも、しっかり読ませて頂いています! またコメント書きに行きますね。あ~でも、再来週に新しい会(死生学の勉強会)を立ち上げるので、準備もあってばたばた。

せっかくの3連休なのに、1日は栗の渋皮煮を作るのに明け暮れ、三味線大会の練習もあって、さらに、今日はヴァレリー・アファナシエフ(1947年生まれ)のピアノコンサートに行ってきました。
いや~、美しいベートーヴェンでした。何しろ『悲愴』『月光』『テンペスト』『熱情』というすごいプログラムで、弾く方も大変だろうけれど、聴く方も覚悟しなくちゃ!と思っていたのですが、予想に反して、何とも心地よい、交感神経と副交感神経がほどよく揺らぐような何とも言えない時間でした。『悲愴』の第2楽章のあの有名なフレーズが美しい、と思ったのは当然として、『テンペスト』の第3楽章がもう泣きそうになるほど、光る水が流れるような美しさで、いや、まいりました。
若いピアニストももちろんよいのですけれど、こういう渋くも美しいピアノはやっぱり年の功なのかしら。スケールの美しさなんて、もう魂がふわ~っと浮き上がりそうなのですよ。
うちのピアニスト・慎一坊ちゃんのテーマでもある『熱情』はやっぱり私にとって最高のベートーヴェンのピアノソナタなのですけれど、いつも交感神経だけで突き抜けそうになるのに、今日は(たしかに交感神経>副交感神経だけど)なんか『熱情』の別の側面を見た感じがしました。
あ、この秋の芸術活動はまたまとめてご報告いたしますね! 何しろウィーンフィルが待っている(o^^o)(わくわくわくわく)

Category: アメリカ・グランドサークルの旅2018

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