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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

NEWS 2013/3/24 ミニライヴ 

昨日から、三味線三昧です。
昨日もまた、この世界の難しさに玉砕し、もっと勉強せねば、と思いました。
もちろん、私は趣味でやっているだけなのですが、趣味とは言え、やるからにはちゃんとその世界を知り、感じながらやらなくちゃ!と思うのです。しかし、どの世界もそうでしょうが、深いですね…

今日は今から、三味線の糸を張り替え、いざ、ミニライブ?ミニコンサート?楽器屋さん主催のコンサートに行ってまいります。2曲、心を込めて叩いてまいります。
(三味線を叩く…というのは津軽ならでは、なのですが、ほとんど打楽器みたいでして。でも、もちろん、弾くってイメージの部分もあります。その強弱が魅力のひとつ)

コメントを下さった方々へ、コメント返しをできるだけ早く書きたいのですが、まずは行ってきます。
帰ってきたら、たくさん、お返事書きたいと思います。
いつもありがとうございます。
コメントは本当に本当に嬉しいんです。ついつい、力の入ったお返事を書いてしまっていますが、うっとおしくてごめんなさい。
また夜中にでも?あるいは朝方?遊びに来てください。

今日は弘前城の、多分数年前の桜を。
弘前城
さくら1
さくら2
ほんと、北国の桜は、ため息が出るほど綺麗です。

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NEWS 2013/3/27 春…爛漫 

というようなお写真をせめて…と思ったけれど、なかなか爛漫、とまではいかない(;_:)
忙しいですね…年度末。毎年こうなるのがわかってはいるけど、今年は特にひどい…(;_:)
なかなか更新ができないので、なかなか見られない光景をお目にかけたいと思いまして…

橋
これは、金木、という青森県は五所川原というものすごく大きいガンダムみたいなねぶたで有名な町の近くにある、三味線発祥の地、の橋のたもと、欄干の写真です。
こんなところに津軽/三味線が…

大会2
そして、金木の大会の、超手作り感あふれる光景。
公民館でやっていて、地元のおじいちゃんおばあちゃんが聴きに来られて、横で入賞予想とかしておられる。競馬じゃないんだけどね…鉛筆で、○とか×とか、つけておられるんですね。…結構面白いのです。
ここの大会の大賞の部は勝ち抜き戦。かなりハードで、見ごたえがあります。
金木の町は太宰治の故郷、斜陽館といういかにも傾きそうな名前の旅館(太宰の親戚が経営されていた)の跡に太宰の記念館があります。
その真前に、津軽三味線会館があって、生演奏も聞くことができます。

大会1
こちらは弘前の大会の控室…と言いたいところだけど、ロビーにビニールシートを敷いて、みんなここで練習しています。普通に、吉田/兄弟さんとかが歩いていたりします(彼らは大会に出ないけれど、お仲間さんの応援に来られたりするのです)。
ましろ/のおと、で少し浸透したような気もするけど、まだまだマイナーで地味な世界でした。

さて、せっかくなので、春の花も。
春の花2
我が家には、お茶花がたくさんありまして、そのひとつ、イカリ草です。地味だけど…
この一輪に無限の春が宿る…
いつもそう思いながら、花を眺めています。

そして、こちらは東洋ナッツさんの敷地にあるアーモンドの花。ほぼ桜、です。
春の花3
今日は、帰ってきたらちょっと更新を…と思っております。
昨日、せっかく、いやな書類を一個片づけたのに、寝てしまった…

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ソ連(1) マトリョーシカ 

マトリョーシカ

もしかすると、今ではもう珍しいものではないのかもしれませんが……
これは23年前(!)、私がソ連(当時)で購入したマトリョーシカです。
本棚に飾られているのですが、最近中まで開けてあげてなかったなぁと思って……(^^)

マトリョーシカと言えば、中は空洞になった木の人形が入れ子になっていて、どんどん小さいのが中から出てくる…ってやつですが…

分かりますか?
向かって左からゴルバチョフ、ブレジネフ、フルシチョフ、スターリン……そして最後にレーニン!
なぜか省略されている、アンドロポフとチェルネンコと、もう一人いましたね…短すぎて忘れちゃった。
今ならもっと沢山、なんでしょうね。
エリツィン、プーチン、メドヴェージェフ…もう一回プーチン!?
もしかすると、あんまり特徴ない人は省かれちゃったのかも?

これはモスクワの広場の市場のようなところで買いました。
当時、ソ連はちょうどペレストロイカ真っ最中だったけど、ソ連に行くためには、領事館にビザを申請するときに毎日の日程と宿泊先ホテルとか細々と書いて提出しなければならなくて……
ツアーではなかったので、結構大変だった記憶があります。
うーん、冒険家だったなぁ、昔の私。

びっくりしたのは、両替をしたら、日本円1万円に対して片手では持ちきれないほどのルーブルの札束が返ってきたこと(すごいデフレだった)。
札束の処理に困って買ったのが、このマトリョーシカでした。

もっとびっくりしたのは、月曜日の夜、赤の広場から地下鉄に乗って帰ろうと地下に降りたら、地響きが……
地震だ!と思って、地上に上がったら、どの通りにも戦車、戦車、戦車……!?

ペレストロイカで、比較的写真は自由に撮れるようになっていたのですが、さすがにこの日ばかりはフィルムを取り上げられている人がいました。よくもまぁ、カメラを構える勇気があったと思うけど…

後で聞くと、月曜日の夜は、モスクワ周囲のあちこちから赤の広場に向かって、演習で戦車を動かすのだとか(錆びないように?)……
ホテルに帰るために、郊外の駅で地下鉄を降りたら、まだ戦車の音が……
一体、どんなけ走ってるの!? 恐るべし、ソ連の軍事力!と思いつつも、何より戦車だらけで道路を渡れない……
戦車の上には運転席?コックピット?から顔を出している兵士さんたちが…しかもみんな男前。
どうすることもできなくて、また無謀なわが友人が『手を振ろう』(@_@)
何だかわからないので取りあえず手を振ってみたら……(^_^)/~

カーネーションを投げてくれた!?
何で?
今でも謎です。

ソ連は、アエロフロートの機体がぼろいのに、着地したのが分からないくらいパイロットの腕は抜群だった。
しかも税関は男前ばっかり。
(中に入ったら、貫録のあるおじちゃんばかり!? なぜ、あれがこれになる(?_?))
ロシアになって、どうなったんだろう?

写真は、当時、道路や橋、つまり軍事的に使える場所は決して撮ってはいけないと聞いていましたが、わりとそうでもなかった。赤の広場の見張りのお兄ちゃん(例にもれず、男前)とも一緒に写真を撮ってもらいました。
何せ、その時、私たちが話せたロシア語は一文だけ。
実は、まったくロシア語が話せなかったので、ひとつだけ覚えようということになって……
覚えたのがこれ→『私と一緒に写真を撮ってください』(ロシア語自体は忘れちゃった)
これは、ずいぶん役に立ちました。

ソ連の話、まだまだ面白い話があるけど、またの機会に……^^;

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におい(臭い/匂い)にまつわる話 

ヴェネツィア

今日は今からボランティアに行くので、年休です(^^)

先日、写真を整理していたら、ずいぶん前にヴェネツィアに行った時の写真が出てきました。
どうやら没写真だったようで、別に保管されていたんですが……

こうして写真に撮ると、麗しいヴェネツィア……
この時(晩秋~冬)、高潮(Acqua Alta)のために、一番低いサンマルコ広場は午前中水没するんですね。
これも、水の都ならではの知恵。
だだっ広い広場に水を引き込むことで、町全体が水没しないように緩衝作用をしているということなんですが…

でも、店の中もホテルの中も、1階は水浸し。
板みたいなので土嚢代わりに水をシャットアウトしているみたいですが、はっきり言ってそれでは無理でしょう……と思うようなもの。
私たちが着いたのは午後だったので、水が引いた後だったのですが、お店では水の掻き出し作業中。
これを毎日やっているのですね……
無駄のような、ある意味、風物詩のような。
で、午前中また水没するから、長靴(ビニールカバー?)を買えと売りつけられ…

はい、翌日、本当に役に立ちました。
午前中に着いた観光客の人たちは大変困っておられました。
路地も膝まで水浸しで、歩けないのです。
広場と大きな通りには、板の歩道が置かれている(橋)んですが。

ヴェネツィアは二度目だったのですが、一度目は早春で、もちろん水没する時期ではないので、特に何事も感じなかったのですが……

そうなんです。
今日のお題?……臭いです。

正直なところ、かなりな臭いです。
ほぼどぶ川と言ってもいいのかもしれない…もちろん、気温なども影響するのでしょうけれど…
そもそも水浸しになるとき、町の地面自体が水没するわけで、残飯や犬や猫のうんちもしかり。
不運な場合はその中を歩かなければならないわけです…
(万が一、御飯中の方、ごめんなさい)
二日間の滞在中には慣れましたが、夜、ホテルのベランダから、潮の匂いとともに悪臭!?が爽やかな風となって吹き込む…みたいな。

Acqua Alta…見ものですが、臭いに敏感な人は辛いかも。

で、思ったんですが、写真って臭い/匂いがないから、この町のあの日のムードって、この美しい写真からは何もわからないなぁ、と。
匂い付消しゴムみたいに、その時のにおいも移って/写っていたら面白いのに。
ハリポタの世界の写真なら、においもついていそうですね。


においと言えば、どんなにおいが好きですか?

私は、実は世の中で最も好きなにおいが、野焼きのにおい。
懐かしいからなのか、よく分かりませんが、今でも野焼きのにおいを嗅ぐと、とっても幸せなんですよね……
親には変な奴、と言われていますが^^;

嗅覚は人間の五感の中で最も記憶と密接に結びついていると言われていますよね。
確かに、視覚や聴覚は、脳がこれまでの経験でアレンジして『像を結んでいる』、つまり脳の回路を通っている間に変換されている可能性があるけれど(よく、テレビ番組でやっている『錯覚』ですね)、嗅覚というのは古い感覚、つまり大脳皮質系をあまり介さない、原始的な脳の部分で感じているもの。
敬愛するカール・セーガン氏の言うところの『エデンの恐竜』(人間の脳の中には恐竜がいる…つまり、原始の脳が人間の脳の中にちゃんと残っているという話)ですね。

とすると、私の野焼きにおい好きは、最も記憶と強く結びついている…
幼少期の思い出のなせる業なのでしょうか。
ずっと忘れていた何か、感覚・感情など説明できないものも含めて、それを引き出すカギのようなものなのかもしれません。

となると、いつかまた、よく似た悪臭を嗅いだとき、美しいヴェネツィアのAcqua Alta、水没した世界で最も美しい広場と言われるサンマルコ広場を思い出すのでしょうか…
(ちなみに、私が世界で最も美しいと思っている広場は、シエナのカンポ広場。ヨーロッパ旅行歴が決して多いわけでもないのに、すでに3回も行っている…一度などは、シエナしか行かなかった旅も…)


ヴェネツィア水没写真、見つけたら、またいずれアップいたしますね。
なかなか見ものです。
でも、やっぱり、『臭いをお届けできないのは残念』。

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ソ連(2) 戦車の上からカーネーション 

ソ連
当時、もちろんデジタルの写真なんて思いもしなかった時代、そして旅行に持っていくフィルムの数も限られていて、今のように何枚も記録的に写真を撮ることもなかった時代、バカちょんのカメラでろくな写真はないのですが……発見したので、アップいたします。

先日、記事(NEWS:マトリョーシカ)に書かせていただいた、月曜日の夜、モスクワで見た戦車の大集団、その時、戦車の上のカッコいい兵士さんに手を振った私たち(バカ丸出し!)に、なぜか投げていただいたカーネーション。
花瓶に4本のカーネーションがあります。
記憶があいまいですが(何せ20年以上前…)、確かこのうち3本は自分たちのために1本ずつ買ったもの。
何しろ殺風景でしたから、ちょっと心の癒しにと買ってみた。
花は駅の地下の露店みたいなところで結構売っていたりするのですね。
で、4本目が戦車の上から飛んできたカーネーション……(#^.^#)

これはホテルの一室です。
以前に書きましたが、両替したらルーブルの札束が返ってきた時代。
それでも、国内でのレートと、外国人に対するレートはずいぶん違ったと聞いています。
町を歩いていると、ドルを持っていないかと声をかけられること、複数回。
ちなみに英語は全く通じませんが、たまに日本語で話しかけてくる人がいたりする。
戦争の影響…だったんでしょうね。

そして、ホテルで過ごしていた夜……
夜中にドアをノックする音が……
やって来たのはホテルの従業員の女性。
何か、日本のものを分けてくれないかというのです。
当時、日本製のストッキングがお土産にものすごく喜ばれるとは聞いていて(今なら、ヒートテック?)、まさかと思っていくつか持って行っていたのですが、さっそく役立ち……さらに、私たちの使っていたウェストポーチとかを欲しがられたので、差し上げたりしました。

本当に、生活に必要なものがなかったのですね……


兵隊さんと言えば。

モスクワからレニングラード(現在はサンクトペテルブルグ)には夜行『赤い矢号』で行ったのですが、夜行のコンパートメントは4人(日本と同じように上下、向かい合わせのベッド)、私たちは3人だったので、もう一人、同室の方がいたのですが……

それがなんと、イケメンの若い兵士さん。
なぜか、ほとんど言葉は通じないのに大盛り上がり。
彼女の写真を見せてもらい、財布に日本語で何でもいいからサインしてくれと言うので、彼の名前をカタカナで書きました。あの財布…良かったんでしょうか……

そこへ車掌さん、登場。
例のごとくどってりとしたオジサン。
旅行前情報により、夜行列車の中で車掌さんがロシアンティーを売って小遣い稼ぎをしているとは聞いていたのですが、本当に売りに来られました。
もちろん、旅行のお決まりはこなさなければ、と購入。

取っ手をつけたグラスに熱いティーを注ぎ、ジャムを入れてくれる。
ここまではOKだったのですが……
そのまま飲もうとすると、『違う違う、お前らは間違っている!』とのゼスチャー。
何か、飲み方の作法が?と思ったら、いきなり、砂糖を複数個!!!!!……記憶は曖昧だけど、たしか5個くらい、飽和状態を超える量までグラスの中に放り込まれてしまったのです!!!
あぁ~~!! 私のロシアンティーがぁ~!!!

もちろん、飲め飲めとせかされて、飲むしかなかったのですが……
これまでの私の人生の中で、底にジャムと溶けない砂糖がどん!と堆積した紅茶を飲んだのは、あれが最初で最後です。

そして、イケメン兵士さん。
眠るときはうつ伏せで寝ておられました。可愛い寝顔、ごちそうさまでした(*^_^*)
友人は、やっぱり兵隊は腹を上向けて寝ないのよ…って、それ本当?

レーニン廟少年2赤の広場前
左から、レーニン廟の兵士さん、愛想よくモデルになってくれた未来のイケメン、赤の広場の兵隊さん。
他にも、一緒に写真を撮ってくれた人は多数。露店の綺麗なお姉さん、旅行中のカップル、タクシーやバスの運転手さん、街角の子供たち、迷い込んだ正教会の見張りのおじさん……みんな、ありがとうでした。
歩くボートをこぐ
そして、盗み撮り?
公園の湖畔を散歩中の兵士さんたち。なぜか、一人でボートに乗っている兵士さん。
休日も制服なんですね。ちなみに、兵士さんの横のボートの二人、男性二人に見えます。
同性同士でボートって、日本で見ると…って感じだけど、別に変なことはないみたいです。
それより、一人の兵士さんが気になります。


さて、まだまだ続くソ連の話題。
次回は郵便局と、ハイジャック事件?
記録(写真)より記憶に残る旅、とはまさにこの国からの最大の贈り物、だったかも。


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イタリア(1) 前篇:麗しのヴェネツィア 

アクア・アルタ
まずは美しい水の都をご覧ください(^^)
今日は、麗しいヴェネツィアの景色を前後編でお届けいたします。
写真が多くてごめんなさい。でも、今回は写真が命?です。

日付が入っていますね。びっくりしました。もう8年以上前だとは……
もちろん、デジタルではなくアナログの写真ですが、これは効果を狙ったのではなく、自然にこんな青になってしまったのです。この日のこの時間に撮った写真だけがこの色なんです…
今では、色などデジタルで変えることができますが、それでも偶然や自然の一瞬の奇跡ってのがあるんでしょうね。(ね、limeさん…(^^))
ごんどえーり
そして、これは客を待っているゴンドリエーレ(ゴンドラの船頭さん)たち。
ところで、ゴンドラですが、少し傾いているんですね。
ゴンドラ
これではちょっと分かりませんが、実は乗るとなると、結構この傾きが怖い。
だって…この運河、正直あまり美しくありません(ね、しのぶさん…^^;)。
そして、前回お伝えした通り、かなりな臭いなのです。
絶対に落ちたくない!と思うと、ちょっとした傾きに恐怖を感じるのでした。
もちろん、理由があります。ゴンドリエーレさんが左に乗ってバランスがとれるように左舷の方が右舷よりも25cmほど長いのだとか。

私たちが着いたのは午後。
サン・マルコ広場にはなぜかこんな風に膝よりも高い、正直ちょっと邪魔な、橋みたいな通路が??
サンマルコ
私たちを呼び止めたのは、露店のお兄ちゃん。
『今日は泊まるのか?』
『うん』
『じゃ、明日のために絶対買っとけ。損はさせねぇ』
靴カバー
何だか分からないままに購入しました。
ベニス
上はヴァポレットの乗り場。この町は運河だらけなので、もちろん電車やバスは通っておらず、電車の駅は町の外。町までの交通はこの水上バスのような乗り物です。
向かいの島をご覧ください。地面はほぼ水面の下ですよね。海抜はマイナスに見えます。
そして夜。ホテルの窓を開けると、この美しい風景とともに、潮風が部屋に吹き込んできます。
ベニス
そう、臭いをお届けできないのが残念です。

翌朝の景色は後篇の記事で……

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イタリア(2) 後篇:水浸しのヴェネツィア 

アクアアルタ
海と陸地の境目がちょっと分からない、微妙な景色……

ホテルを出た時は、そんな大したことはないんじゃないの、と思ったのですが、サン・マルコ広場に近づくほどに、だんだん水っ気が多くなり…ある橋を渡ったら、橋の向こうは水没していました。
そして、後はもう、取りあえず水浸し。
晩秋から冬にかけて、高潮(Acqua Alta…イタリア語で高い水)の時に見られる景色です。
アクアアルタ
靴カバー
靴カバーはこんなふうに使います(^^)
この膝ギリギリくらいまで水が迫ってくるような場所もあります。
そしてもちろん、サン・マルコ広場が最もひどく水に浸かっています。
これは、わざとそうなるように広場が作られているからなのですね。サイフォン式に広場に水を引き込んで、他には水がいかないようにしてあるとのこと。
って、路地もどこもかしこも水だらけなんですけど。
お店の中もホテルの1階も、ドアを開けて木の板をはめ込んで少しばかり水をせき止めているのですが…いやいや、相手は水ですよ?
サンマルコ
そう、前日の板は、こうやって人が歩くための通路だったのですね。
ご覧ください、この水没したサンマルコ広場。数々の映画や小説、漫画でも、世界で最も美しいと称えられた、通常であればハトさんたちも飛び交い憩う広場。
でも、少しでも町が沈まないようにと広場に工夫がなされていることを思えば、そういう人為も加わっての美しさなのかもしれませんね。
ちなみに、どの程度水没するかは年によって違うみたいです。
この年は、結構沈んだみたいで、後から新聞に載っていました。
広場には、こんなに沈んだ年もあったよ的な、過去の写真が飾ってあったり。
ぴーちゃん
お巡りさんも出動中。でも、このおまわりさんたちはだべってばかりで、あんまり何もしていない感じだったのです。一方で、女性のお巡りさんは、てきぱきと誘導を……うーむ。
寺院
サン・マルコ寺院に入るのも一苦労です。
何かキャンペーンらしく、ピサの斜塔の絵が…
サンマルコ
サン・マルコ寺院の塔から見下ろしたらこんな感じ。

というわけで、写真を発見したので載せてみました。
いやはや、臭いをお届けできないのは、やっぱり残念(こだわりすぎ^^;)。

最後に、ちょっと素敵な写真を。
そう、水浸しだろうが、臭かろうが、アモーレの国ですから。
恋人たち

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2013/5/7 津軽からの帰還(1) 

あまりこのブログで三味線のことは触れまいと思っていたのですが……
まずは、三味線の運び方から。
出発のご挨拶で、三味線を畳んで運ぶ、というのをお目にかけましたが、普段は下のようなケースで持ち運びしています。
かばん
畳むのは、竿が弱いので、衝撃でどうにかなったら困るから、なんですが、さすがに近隣の移動にいちいち畳んでいたら大変でして……
普段は、長いままで糸を張っております(多少は緩めることはありますが)。
一度畳むと糸を張りなおすことになりまして、しばらくの間、音が落ち着かないのです。
一曲も弾かない(叩かない)うちに、音がずれてきてしまう。
で、車の時は上の四角いケースで(肩にもかけれるんですけど、重い…)、電車移動の時はもっぱら下のリュック型を利用しております。
リュック型のはギターっぽいけれど、上の部分は糸巻の分だけ幅があって、下の部分はギターより細身。
ちなみに、一番気を使うのはやっぱり皮。
津軽は猫ではなく犬ですが、猫より野太いとはいえ、いい音を出そうとぴんぴんに張ってあるとすぐ破ける。
ぼこぼこに張ってあったら破れないけど、音は無残…です。
ちなみに、破れる前には妙にいい音が出る、という。断末魔??
ちょっと濡れたら一巻の終わりなので、よくカラオケの映像なんかで海辺で吹雪の中で弾いてるのとかありますが、絶対無理。ま、イメージは分かりますが(^^)
『吹雪の音を聞け~!』みたいな楽器ですから……

さて、津軽で仕入れてきた写真などを。
GWには青森、弘前、金木と、大会が目白押しです。
民謡の大会もあって、周囲は賑やか。でも、今年は桜が遅くて、北国にとってはちょっと寂しいGWになっていたようです。
クラシックのコンクールとかと違って、なんでも来い(来るもの拒まず)的なところがありまして、先着順の自己申告制。出ようと思えば出ることはできる、みたいな感じです。
もちろん、A級ともなると、そうそうたるメンバーが出ております。
半プロのような人ばかりで…とはいえ、この世界、どの人がプロでどの人がプロでないのか、よく分かりませんが……
三味線人口、近年は青森の人より、県外の人のほうが多くなっているという話もあります。
青森の中ではやはりいささか家元やら流派やらややこしそうで、若者が少し減っているかも、と。
県外の場合は、その辺少し緩やかなので、とっつきやすのかもしれません。
そもそも基本が唄付けの前奏部分が独立した即興曲、というのが大会では多いので、決まりごとが少ないのが魅力かもしれません(ないわけじゃないけど)。唄付けとなるとまた大変ですが。
でも、地元の高校生や大学生で部活やサークルなどで始める人はそれなりにいて、とてもいいことだと思います(*^_^*)
津軽のリズム、それはやっぱりあの方言の間合いから生まれてくるものですし。
私たちは、所詮大阪弁の三味線……
金木大会

こちらは五所川原にある民謡/酒場です。
だだん
だだん
弘前や青森にもいくつかあります。
ご旅行の際にはぜひ、訪ねてみてください。

あるいは、ホテルや電車の中(五能線の中!)、駅前でも聞くことができます。
鰺ヶ沢のホテルでも、ロビーで演奏がありました。
この方、すごいです。自分で唄って弾いて、なんと太鼓は観客にその場で教えて手伝わせる。
民謡なんてやったこともない人間の太鼓で、ってやりにくいとは思うのですが……
エンターテイナーでしたね。
グランメール
ついでに、五所川原市内では12時に三味線の演奏が流れます。時報代わりです。

次は、津軽のパワースポットへご案内です。

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2013/5/8 津軽からの帰還(2) 

橋
ここは五所川原市の鶴田というところにある、日本で一番長い木の橋=ながーいきの橋=鶴の舞橋のたもと。
300mあるそうで、3つのアーチがあって、鶴が羽を広げているようだというのでこの名前です。
地元のおばさまたちが集まっておしゃべり中。もちろん、ばっりばりの津軽弁。
(どうやらシルバーボランティアか何かで、清掃中のよう)
よく聞くと、高齢者保険制度の話で、「おめ、今年でいくつだ?」とか言いながら談義中。
かなり深い内容でした。
ちなみに、車であちこち連れて行ってくれたのは青森県人なのですが、彼ら曰く『青森県人と関西人には何か通じるところがある』と。う~ん、確かに。青森県人、結構突っ込むし、早口だし、政治批判好きだし、知らん人と普通に会話するし(田舎ってどこでもそういうところはあるかもしれませんが)。
ちなみに橋はこんな感じです。
橋

実は三味線を始めてから、東北の歴史を勉強し始めまして、その中で、網野善彦先生と赤坂憲雄先生の本をずいぶん読みました。歴史学は民俗学から切り離してはいけない、というのがお二人の御意見で、東北の歴史を学んでから、若い時に習った日本史は西国の歴史だ、ということを改めて感じました。名前を変えながらも続いた朝廷の歴史から見ると、まさにここはまつろわぬ最果ての国。
でも、縄文遺跡は西国ではなく東国~北国に圧倒的に多い。縄文時代と弥生時代は単に土器の名前からついているだけで、後先についてはもう云々するのは間違っていると考えられますが(縄文→弥生、という単純な流れではない)、はっきりとした四季のある東国には白神山地に代表される落葉樹の素晴らしい森があり、ここが生命をはぐくむ大地・大自然で、狩猟や採集という生活の基盤が成立したのは、この豊かな森があったから。だからマタギという仕事も現代まで綿々と続いていたわけだし、一方で縄文文化だからって農耕をしなかったわけでもないし。
西国は大陸から多くの文化や渡来人が入ってきて、その関わりの中から文化・文明をはぐくんだと思うけれど(だから日本独自っていうものは本来は存在しない)、そもそも東国だって大陸には大いに近かったわけで、その交易の広さは半端ではなかった。陸は危険だらけだったから、海から移動するのが当然だった時代、日本海側の沿岸は大陸に大きく開いていて、そこにある国々はとても近いお隣さんだった。日本の中で唯一ミイラの文化を残していたのが奥州藤原氏。ミイラは大陸から伝わったとされていて、日本のほかの地域にはこの風習・技術はなく、これは大陸との交流の名残だと言われています。
東北学および津軽学という雑誌も購読して、あれこれ勉強したら、歴史って本当はもっと面白かったんだ!と思いました。
ちなみに、縄文人にはほとんど虫歯はなかったそうで…虫歯ができるようになったのは甘い炭水化物を食べるようになったから。実は、彼らはこのことを知っていて、あえてそういうものを食べなかったのではないかという研究もあります。

長くなるので、このあたりで一旦休憩。
鰺ヶ沢(津軽半島の付け根、西)の海の青で目を癒してください。この家の屋根が、なんとも北国っぽい。
そしてこの家と手前の土手の間を、かの有名な?五能線が走っています。単線です。
鰺ヶ沢

さて、東北の文化を民俗学的視点から学ぶと、そこにはあるキーワードが出てきます。
死者との距離。
これが本当に近い。
高校生の時、修学旅行で恐山に行きました(生徒が自分たちでコースを決めた…不思議な学校だった)。
その時、私はここは『あの世だ』と思った。
この世にあの世が普通に混じり合ってそこにある。
あの世って、なんだ、結構普通に近いんだ、と思って、怖いというよりも納得した感じだったのを覚えています。
ちなみにイタコというのは、実はかなり職業的に訓練された人たちで、呪い師とは意味が違う。
嘘か真かは別問題として、死者を下してもらうことで、もう一度死者と語り合おうとする感覚、死者はあっちへ行ったのではなく、とても近い『そこ』にいる感覚、その死者と語ることによって今生きているものが、失ったものへの哀切を乗り越えて(あるいは抱えながら)命を先へとつないでいくための道しるべを与える、そういう職業なのだと理解されているようです。
ちなみに案内してくれた青森県人(アラフォー夫婦)も、子供のころ、おばあちゃんとかについて行って、おじいちゃんとかをオロシてもらった場に居合わせたとか。信じるわけでないけれど、あの時家族にとっては、亡くなった人の声を聴くことは必要だったと感じているのだとか。

あの世は結構近い。
実はこの感覚、四国を歩いている時も、和歌山を歩いている時も感じました。
そう思ったら、この伝説の地には必ず、弘法大師の足跡がある……御縁ですね。

金木には川倉地蔵尊というところがあります。
実はこの世にあるあの世、賽の河原としては恐山よりも古いと言われています。
川倉
このお堂の中には、お地蔵さん、そしてその後ろに小さな石の地蔵さんがずらり…たとえて言うと、三十三間堂の千手観音さんの並びみたいな(もっとたくさん)感じです。服を着て帽子をかぶせてもらっています。
子どもたちのためにお供えされたお地蔵さん(あるいは子供たち自身)なのです。
これは子どもを亡くした親御さん方が、子供のために草履や手ぬぐいや、生きているときに使ったもの、生きていたら使ったであろうものをお供えしたお堂です。
堂内の写真は、親御さんたちのお気持ちを思うと、敢えてここに載せることはしませんが、『川倉地蔵尊』で検索すると出てくると思います。罰は当たらないと思うので、よろしければご覧ください。
私はちょっと…心に仕舞っておきたいので。

お供えされた草履や手ぬぐいにはひとつひとつ、子どもの名前と住所などが書かれています。
草履は三途の川を渡るときに必要だから、手ぬぐいは寒さを防ぐための頬かむり。
この名前が書かれてあるということが大切。子供たちが、三途の川を渡るときに、どれが自分のものかすぐ分かるように、ちゃんと名前を書いておいてあげなくてはならないのです。
(と、事務所の方が教えてくださいました)
賽の河原
外は斜面になった道が続き、その道に同じように小さなお地蔵さん、そして祠の中にもお地蔵さん。
堂内の沢山並んだお地蔵さんもみんなこんな感じです。
賽の河原
ここが岸辺になります。湖があるのですが、三途の川に見立てられているのでしょうか。
川倉
子どもを亡くした人が、みなここにお地蔵さんを奉納していくわけではありません。
実は、傍に置きたくて、家に同じような祠を造って毎日『会っている』人もいる。
でも、その親御さんが年老いて、あるいは亡くなって、この地蔵尊に後を託していくこともあるそうです。

また、別のお堂には、花嫁人形やお婿さんのお人形がずらりと並んでいます。
なくなった子供がその年になった時、女性には花婿を、男性には花嫁を娶わせてあげるのです。
その相手に見立てたお人形です。
親同士がお見合いのようなものをするところもあると聞いています。
いわゆる『冥婚』ですが、もう少しおっかない場所なのかと思っていましたら、何だか暖かい、明るいところでした。子供を亡くしてもそこで終わりではなく、娶わせて伴侶を見つけてあげるまでは親の責任は続いているという考え、そこには自然な親御さんの愛情が溢れていると思いました。
実は、これまでたくさんの死を見てきたので、この場所に来て、何だかとても安心しました。
安心、というと変なのだけど、ほっとしたというのか。
親御さんの愛情で、みんな迷子にならずに自分の名前を見つけらるんだと思ったのです。
心から、手を合わせたいと思います。

観光地ではありませんし、ご供養に来られる方がほとんどですが、ここに来ると心に感じるものが必ずあると思います。静かに手を合わせたい場所です。
金木の斜陽館(太宰治の生家)、三味線会館の近くです(ちょっと遠いけれど、歩けなくはない)。

長いので続きます。

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2013/5/8 津軽からの帰還(3) 

さて、続きを書いたのに、消してしまってショックのあまりしばらく放心……
気を取り直して、続きに参ります。

津軽のパワースポット、ということで今回の記事を書かせていただいておりますが、書いたものが消えてしまったのは、やはりあまり歓迎でないからなのでしょうか…いささか不安になりながらも、敬意をこめて記事を書きたいと思います。
大石神社
この場所にたどり着くのは結構大変だったのです。
何しろ看板がなくて、地元の人も迷子になるという。そして、岩木山登山百戦錬磨の別の津軽人に何度も電話で問い合わせながら、たどり着きました。この辺はまだ雪が少ないのですが、本堂の前は雪が積もって、近づくのが大変でした。雪解けは地面に接したところが解けてくるようで、雪の下には水が流れている。下手に踏むと、ずぼずぼと嵌ってしまって、ふくらはぎ半分くらいまで雪の中に……しかも下は水でべちょべちょ……道路らしきところは川のようになっていたり。
しかもこの鳥居。下の写真のように、鳥居の笠木が落ちているところも。これは雪のせいでしょうか。それとももう何年もこのままなのでしょうか。人気はまるでありません。本堂もシャッターが下りている。
山開きが5月1日ということなのですが、今年は寒いので、まだなのかもしれません。
大石神社
大石神社
この可愛い後ろ姿は狛犬さんです。神社の名前は大石神社と言います。

この神社の祭神は高御産巣日神(タカミムスビノカミ)と神産巣日神(カミムスビノカミ)。『むすひ』というのは生産・生成の意味で、これは二人の神様が対となって、男女の結びつき、安産・縁結びの神様となっているようです。
そういうわけで、ある松の木に18禁なものが……松の枝の一本が上を向いているので、それを削ってある形に整え、その上に杉の葉を置いて、下に鈴が2つ……神社の拝殿のように紐がついていて、この鈴を鳴らすことができます……やっぱりここに載せるには図柄に問題があると思われますので、ご想像ください^^;
これで子宝を願うわけですね。

岩木山というのは山岳信仰の霊地ですが、大きな岩を意味する山。実際9合目から上は完全なるロッククライミングで、岩がゴロゴロです。
この大石神社もご神体は大きな石。かつては千引大明神と呼ばれていたともいいます。千引石というのは、イザナギが黄泉の国を脱出する時、黄泉比良坂の登り口を塞いだという大きな石のこと。黄泉の国から追いかけてくる悪鬼の道を断ったという石です。
大石神社
石龍神
石の傍には、龍神の鎮座ましますところ、と書かれた立札。この川がまさに龍神です。

そしてまた、ここには馬が祀られた祠が数十もあります。
馬は農耕にも使われて、人の身近にいたというのもあるのでしょうが、龍神の好物だったという話も……
実際、大陸的な呪術では馬の首を切っていけにえにしたというお話も。
馬の祠
馬馬
比較的リアルな馬もいますが、なぜか妙に色気のあるチャーミングな馬さんも……

山開き後はもう少し人気のある神社なのでしょうか。
今のところ謎です。
さて、この神社は分岐点のようになっていて、ご神体(大きな石)はこの先にある赤倉霊場(赤倉山霊界)との境界石とも考えられているようです。

その赤倉霊場。
霊場?というと何だと思われるでしょうが、簡単に言うと、修験場みたいなところでしょうか。
神でもなければ仏でもない、新興宗教というわけでもなさそうで、でも拝み屋さんみたいな感じ?いや、それも少し違う?大いなる『何者か』の声を聞き伝えるために修行する人が集まる場所?
その人たちはカミサマまたはゴミソと呼ばれています。
いわゆる新興宗教と違って、集まっているけれど群れていない、ということのようで、それぞれ別の霊堂を建てて、そこに住まいながら自らの教義を編み出し、修行をされるようです。
しかしまだまだ雪下ろし中で、全ての霊堂は扉がしっかり閉められていました。つまり冬の間はカミサマたちも別の場所におられるようです。
赤倉
赤倉神社、赤倉山神社、といういくつかの神社と、なぜか四国八十八箇所の縮小版、弘法大師像、この赤倉に神社を建てよと夢でお告げを受けたという工藤むらさんの像、なんでもあるという感じです。
しかし、昭和40年代以降は新しい霊堂が作られることはないそうで(法律で定められたと)、これからはどうなっていくのでしょうか……雪でへしゃげた廃墟のようになっている建物もありました。
いい季節に行けば、少し印象も変わるのかもしれません。
弘法大師赤倉霊場
弘法大師の前にはじょっぱり(お酒。じょっぱりとは、津軽弁で意地っ張り・頑固者のこと…う~ん、ニュアンスは単なる意地っ張りじゃなくて、やっぱりじょっぱりとしか言いようがない)。右は工藤むらさんの像。
赤倉赤倉
赤倉山神社の雪よけ囲いの中。大きな草鞋もあり。
霊堂霊堂
霊堂のひとつ。下は、並んでおられる石仏。お不動さんやら大日如来やら。
赤倉
やはり観光でのこのこ行くところではないと思われますが、津軽の精神世界を垣間見る、不思議な場所です。
お邪魔させていただきました。ありがとうございます。


まだまだ続く。

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2013/5/9 津軽からの帰還(4) 

やっと最終回です。
ここでもパワースポットにこだわって、津軽をご紹介したいと思います。かなり、偏っておりますが^^;
しかし、まずは腹ごしらえ。津軽半島には十三湖という、宍道湖と並ぶしじみの生産地があります。
そこの特大しじみの入ったラーメン。卵と比べてみてください。
このラーメン、塩味で、かなり美味しいです。
『和歌山』というお店が地元人のお勧めです。
ちなみに、宍道湖ではしじみどんぶりが美味しかった。
しじみラーメン

では、高山稲荷神社へご案内いたします。
お稲荷さん
お稲荷さんですから、狐さんだらけ。
入り口にはこんな微笑ましい親子の狐さん……
実は私、これをウサギを捕まえたところかと勘違いしました…罰当たりですみません(;_:)
頑張って階段を上ると拝殿があり、周囲にいくつかの社があり、その先また階段を下りると、この光景です。
伏見稲荷ほどには鳥居がみっしりと並んでいるわけではないのですが、これは一見の価値あり。
高山稲荷
高山稲荷
高山稲荷
この鳥居を抜けた先に、古い祠や狐さんが置かれています。引退した祠などが全国からここに預けられるみたいです。
それにしても狐さんたちの表情の豊かなこと。
きつねさん

そして最後は、西の高野山、弘法寺です。
西の高野山
始め、北(もしくは東)にあるのに、何で西?と思いましたが(関西から見たらだめでした…)、これは極楽浄土が西にあるという意味で、津軽半島の西端にあるお寺だからなんですね。
ここには、ちょっと有名な『お休み大師様』がおられまして、そっとご挨拶してまいりました。
お休み大師
大師様の横には、なぜかこのカエルさん。ちゃんと阿吽になっているところがすごい。
カエルの狛犬版?
かえる
このお顔が何とも優しい像は、最古の弘法大師像と言われています。
五頭身くらいのお姿も可愛い(と言ったら失礼ですが)。
最古の弘法大師像最古の大師像
実はここは、川倉地蔵尊と同じように、やはり花嫁人形や花婿人形が奉納されるというお寺です。
本堂の脇には人形堂があって、入ることはできませんが、その心を感じることのできる場所です。
本堂


というわけで、津軽の精神世界の一部をお目にかけることができたでしょうか。
私は津軽人ではないけれど、この『あの世は結構近い』という感じ、『死者との距離が近い』という感じは、よく分かる気がします。ある人が亡くなった時、私も、その人がいるならあの世は結構いいところかも、と思いました。まだまだ語りたいことがあったからです。
ついでに、どうあっても池波正太郎先生をお探して、鬼平の続きを聞かなくちゃ!とか大真面目に思ったりもしています。
大事な人を亡くした家族やその周囲の人にとっては、死者がそんなに遠くに行ってしまったわけではないという感覚は自然であり、ここ津軽はそれを体感できる場所なのではないかと思うのです。
そして、これは死者のための場所でもあるけれど、残された生者のための場所でもあります。
三途の川を渡るときに、足が冷たくないように、怪我をしないように、草鞋にその子の名前を書いて置いてあげる、その子が小学生になるはずの歳になったら、ランドセルを贈る、妻を夫を得るはずの歳になったら花嫁人形や花婿の人形を奉納する、あるいは歳の見合った2人を親同士がお見合いして娶わせてあげる。
亡くなったところで終わったわけではない死者のと語らい合いができる場所です。
イタコ、というのは、そのきっかけを与えてくださる人なのですね。
そして、カミサマ。カミサマというのは人ですが、この世と大きな生命(それが何かは分かりませんが)を繋ぐ人であり、そうあろうと懸命に道を探す人であるようです。
ちなみに、津軽には道のあちこちに小さな祠があって、扉が付いていますが(冬は寒いので)、中には白くお顔を塗って、服を着たお地蔵様(のような)が並んでいます。道々、『お邪魔します』という思いで手を合わせながら歩くと、常に前を歩いてくださっているような、そんな気持ちがいたします。これはかつてこの世に生きていた人たちが道や辻で、生者を見守ってくれているということのようです。

では、またまた別の旅の物語でお目にかかりたいと思います。
次は多分石紀行。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございましたm(__)m

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NEWS 2013/5/29 探し物/ いつか出会うはず 

サンタフェ
ずいぶん以前にサンタフェに行ったことがあります。目的はただインディアンの世界に触れたかったから。
(インディアン、が良いのか、ネイティヴアメリカン、が良いのか、どちらがより差別用語的であるかということで議論されているようですが、結果的にはどちらも起源的には差別的な用語。彼ら自身は長くインディアンと呼ばれてこれが普通になっているので、とある本に書かれていたので、ここではインディアン、とします。本来はそういう統括的な呼び名ではなく、それぞれ~族と名前を持っておられるので、それが正解では)
多分、明らかにモンゴロイドとルーツが同じ民族と思える。
世界観も、自分の感じているものにとても近い。

サンタフェに逗留して、インディアンの遺跡をいくつか見に行きました。
石の遺跡は崩れていて、当時の面影はないけれど、これはそもそも『残す』ことを考えていなかったから。
彼らは、その土地に住むメリットがなくなれば、新しい土地に移動していったので、何百年も形をとどめる建造物を必要としなかったからなのですね。
サンタフェ

ペトログリフの中には渦巻の模様がいくつもあって、これは移動とか流転とか、を表している。
マヤの太陽の暦もそうだけれど、巡るもの、という感覚が常にあるのです。
文明は直線的に右上がりだと思っていはいけない、常に元に戻るのだと、彼らは知っている。
言い出したらきりがない話だけれど、その中には、もしかしたら次の太陽は巡ってこないのではないかという恐れも含まれる。
マヤやアステカの残酷とも言える生贄の儀式は、次の太陽に活力を与えるためのもので、現代の私たちからすればナンセンスなのかもしれないけれど、次の太陽のためには当たり前の犠牲だったんだろうな。
そもそも、平均寿命は20代とか30代じゃないのだろうか?
病気や餓え、戦争、もしかすると他の生物との戦い。

巨大な建造物が現代にまで残る文明、文字を残し記録を残した文明、それが必ずしも偉大な文明であったかどうかは一概には言えません。
ケルトにもアイヌにも文字はないけれど、大事なことは伝承として伝わった。
どれほど文字を操り、どれほど巨大な塔を築いても、それを統べる知恵がなければ、何にもならない。

サンタフェ
だからこの遺跡を見ると、これで良し、と思う。
よく『消えた○○文明』というのがあるけれど、消えたのではなく、移動しただけ。
その血や教えは、脈々と受け継がれている。

インディアンの考えでは、自然界のすべてのものに精霊が宿っているといいます。
これはアニミズムと同じ。
その精霊の人形をカチナと言います。
実は、かの地に行った目的のひとつは、私の精霊、私のカチナを探すことだった。
きっと見つけたら、何か心にひらめいて、私には彼が・彼女が分かるはず。

残念ながらその時は見つけられなかったのですが、きっといつか出会うはずと思っている。
私の生涯の探し物です。

サンタフェ

……って、まるで白馬に乗った王子様を待つ姫じゃありませんか!
しかも、巨大な建造物を否定したのは、スカイツリーとか見ると心拍数が上がるからでしょ(高所恐怖症なので)、とか言われそう。
ま、それは事実であります。
多分生涯、私はスカイツリーには登らない^^;



ちなみに、私のスピリット(守護霊じゃなくて、魂の連れ合い)はトカゲ。
ヒーラーの方にそう言っていただいて、それまでずっとトカゲが気になったり、結構好きだったりした理由が分かった気がしたのも、この旅でした。

ココペリ
あ、この子はココペリ。有名なインディアンの精霊です。
豊穣の精霊、男女の交合や子宝の精霊、いたずら者だそうですけれど。
ちなみに、これはTDLで購入した人形^^;

きっと生涯ずっと探し続けるんだろうな、と思うものって、何かありますか?

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NEWS 2013/6/24 織田信長が見た景色 

hikari
長野県某市の某屋上から見たある日の夕方の景色。
高い建物はほとんどなく、畑や田んぼと家が平たんな土地に並び、その向こうに日本アルプス。

最近思うこと。
生まれ育った土地、今暮らしている土地で毎日見る景色、それが人を決めているんじゃないだろうかと。
世界遺産になった富士山。
あの雄大な山を毎日見て暮らしている人と、大きな都会の下町で人間同士の息遣いが近いところで育った人。
太平洋へ開かれた大きな海を見て少年時代を過ごした人と、古い寺や神社の境内を遊び場所にしていた人。
良し悪しじゃなくて、目に見える景色はその人の人となりの大きな部分を占めるんだろうなと思います。

そう言えば、太宰治は、津軽富士、つまり岩木山こそは天下随一の山と思っていた。
でも、東京に出て、富士山を見て打ちのめされる、でも認めたくない。
そういう井の中の蛙のくせに頑強なのが津軽人だと、そう書いていましたね。

このたび、リベンジで中津川の石を見に行き、関ヶ原の近くの養老温泉の旅館まで移動する間に、初めて岐阜城まで登りました。
下から見たことは何度かあるのですが、一度も登ったことはなかったのです。

で、その時、母と話していたのが景色のこと。
『織田信長の見た景色を見よう』
斎藤道三でもいいのだけれど、天下を取ろうと思うような人は、きっと何か特別な景色を見たはずだ、と。

斎藤道三は、もう少し遅く生まれていたら、自分が天下人を目指していただろうと言われていますよね。
織田信長は、どの時点で天下人を意識したのだろう…
やっぱりこんな景色を見た時かも。
岐阜城
丁度いいんだろうなぁ。やたらめったら高いところからではなく、見える景色は自然の雄大さばかりではなく、向こうまで続く平野の景色、川が流れて、町が広がり、眺めれば自分が一国の主であることを実感させてくれる光景。なるほど、この大きさなんだな、と。
大きすぎず、小さすぎず、この一国(美濃)を制したものが天下を制すると道三や信長に思わせた景色。

のぶなが
さて、残酷だったとも言われる信長氏。
でもあの時代、本当に彼のしたことがすべて残酷だったわけでもエキセントリックでもなかったかも……
敵将のしゃれこうべで黄金の盃を作って酒を飲んだのが残酷?

今の我々の基準で判断してはいけないのではと思う。
時々戦争をして、景気を取り戻していた時代なのです。
戦は景気を回復する手段だった……
人を殺すようなことが、と思われますでしょうか?
でも、あの時代、天災と病気と餓えで死ぬ人のほうが、戦で死ぬ人より遥かに遥かに多かった。
そういえば、日清・日露など戦争で景気が良くなったかの時代、太平洋戦争を始めたのは、やはり行き詰まった景気を回復したかったからだ(戦争をしたら、景気が良くなる!)とも。

のちの時代から、以前の時代を責めるのは、後出しじゃんけんですので、この件で、現代のわれわれの誰一人として、当時の人々の誰をも責める権利はない。
でも、反省材料にすること、そこから何かを学ぶことは大切なことだと思います。

さて、話は戻って。
戦をし、領土を広げる、そして民を潤す。
民が喜んで戦に参加したのは、戦の時は無礼講で、略奪や女を手籠めにするのは当たり前だったから。
そうでなくても、子どもの三分の一くらいは病気や餓えで亡くなっていたのでしょうから…
それが普通の暮らしだったのかも。
そういう戦国時代の民の暮らしを書いた本によると、武田と上杉の闘いが勝敗がつかなかったのは、つけなかったからなのだとか。
勝ちすぎても負けすぎてもいけない。適度に勝って、適度に負ける。
相手に体力を残すのは、また小競り合いをして、細く長く民を潤すためだとか。
勝ちすぎてしまったら、褒章として差し出す土地なども多く必要になるわけで……

そう、その中で、敵将のしゃれこうべは勝利の証だった。

比叡山の焼き討ちも……
あの時代の比叡山は、ひとつの大きな戦闘集団・政治的勢力だった。
つまり、宗教というよりも、信長にとっては、あるいは当時の他の人にとっても一つの別の国だったのかも。


そもそも信長は下戸だったと言います。
彼が酒を飲んで…というエピソードは全て嘘で、信長公記にはそんなシーンは一つも出てこない。
強い男=酒も強い、という後世のイメージが作り上げた「お話」なのです。
信長が茶の湯にのめり込んだのも酒が飲めなかったから。
彼の顔は、典型的な「弥生人」(この言葉の使い方にはいささか疑問があるけれど)とか。
「弥生人」はアルコール分解酵素が少ない種族で、それが現代の日本人にも繋がっている。
ちなみに全然酔わないあなたは「縄文人」(この分類もどうかと思うけれど)。

この国の王になろう(天皇になり替わろう)とした人物は歴史上に三人いると言われているけれど(平清盛、足利義満、織田信長)、そういう点では、世界を違う方向から見ることのできた人かも知れない。
平清盛も、宋との貿易をめざし、外国を意識することで、日本という「国」を意識した人。
義満はいささかイメージが違うけれど、織田信長もやはり世界を意識した人。

地球が丸いと宣教師に言われて、理屈ではなく直感で理解したというこの男。
のぶなが
ルーペ、望遠鏡、地球儀。伴天連たちがもたらす異国の様々なものや考え方。
摩訶不思議なものに動じず、確かめ、時に利用し、ただ役に立つものを選び取っていった。
それが時には残酷と思われるのかもしれませんが、やはり彼の人気は絶大ですね。


岐阜城には人がいっぱいいました。
ロープ―ウェイは高所恐怖症の私にはいささか辛かったですが…しかも上に上がってからも、結構歩きます。
お城は昭和31年に作られたもの。だから、何があるというわけでもないのです。
展示されているものも複製がほとんど。
でも、彼が見たであろう景色は……priceless……かな?

そしてこれ。
のぶなが
のぶなが
資料館に、彼の名前を冠した、もしくは彼が登場する本が並んでいました。
全部ではないのかもしれませんが、これを見ても、彼の人気が絶大であることが分かります。


そういう意味では、彼は天下を取ったのかも。
何しろ、子孫も繁栄しているし。家系図を見ると、ものすごいです。横にも縦にも…^^;
スケートの彼もいるけれど、そうそうたる流れが現代まで続いている。

そう言えば、実は濃姫というのは、最後まで信長についていったというのは後の創作。
公記では、16歳と15歳で結婚した……以後、信長が斎藤家を滅ぼして以降、まったく名前もでてこない。
実は、信長は、後家さん(というよりも一度は子どもを産んだことがある女性)を多く妾にしていたとか。
理由は、「産めよ増やせよ」で、一度産んだ女性は産まず女ではない、つまりまた子を作ってくれるという理由だったとか。

う~ん、興味はあるけれど、あまりお近づきにはなりたくない人かも。


さて、なぜ信長?
実は、いつか書きたいと思っている時代小説がありまして。
信長は直接出てこないのですが、おやかた様に恋していた少女の壮大なるお話。
秀吉と家康と利休は出てきそう。

そしてこちらが我が家の信長コーナー。例のごとく、二重になっています。
信長
いつか、きっと。
そう決意した、岐阜城からの景色でした。




星が見
さて、先日の記事でもできたこの写真。
似ていますが、実は別の写真です。
先日の記事の写真は去年の9月のもの。
この写真は、一昨日のもの。
そう、ここでこけて、その先を見ることができなかった私にとって、この向こうは未知の世界でした。
次回、石紀行【ついに見た!星ヶ見岩】(リベンジ・中津川)、少し準備にお時間を下さいませ(^^)


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NEWS 2013/7/12 TOKYO出張中/明治神宮とカラスのポー? 

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高所恐怖症なのに、何の因果か25階に泊まっています。
外は見ない……でも、頑張って写真を撮ってみた。
右上のほうに古墳みたいに見えているのが明治神宮。行ったことなどなかったので、会議の合間にとりあえず行ってみました。
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日本一大きい檜の大鳥居です。
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何に驚くかと言うと……90%以上が外国人。わざわざこの暑い日中にここに来る日本人はいないと言うのも何となく分からないでもないけれど……それにしても日本語はほとんど聞こえてこない。
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もっとも目を引いたもの。入り口近くにある一兎樽の奉納コーナー。そしてその向かいには……
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ワイン? ウィスキー?
あまりの暑さに真面目に見ていませんでしたが、ワールドワイドだなぁと感心しながら歩いておりました。
更に別の参道入り口の近くにはポニーが。ニンジンあげてもいいよ時間があるらしく、子ども連れの家族がニンジンを持ってきていました。
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そして、代々木公園の中には……

ん??
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あ! カラスのポーだ! と一人で盛り上がっていました。(参考記事:カラスのポー(小説ブログ「DOOR」))
このカラス、今口開けていますが、啼いているわけではなく、なぜか口を開けて、ポーズをとってくれている。
で、ありがとう、ポー、またね!と手を振って立ち去ろうとしたら、かぁ~~~~~
うん、やっぱり賢いのかなぁ、カラスって。
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公園の外の道、歩道橋へ上がる階段わきには、こんな芸術も。
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東京って、ある意味本当に面白い。近年、よく友人と東京街散歩をしますが、本当に雑多、なんですね。
下町の横にでっかいビルの立ち並ぶこぎれいな新しい街、高速や車・電車のすごい交通網の横に整備された緑の公園。
新しいものも古いものもごっちゃ。歩いてみると、色んな顔がある。
田舎者には疲れますけれど……

と言うことで、東京街角散歩、でした(*^_^*)
さて、後は今日もひと仕事。それが終わったら、やっと解放されます。
いえ、夜まで会合・会議は続くのですが(残念ながら酒抜き……)。

今日も暑いんだろうなぁ。
皆様も、脱水にはご注意を。

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NEWS 2013/7/13 熱中症/TOKYO 

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東京も4日目。今日は夕方から青山劇場で舞台をひとつ見て、最終の新幹線で帰ります。
最終に間に合うか、ちょっと心配していますが、もう1泊するのはしんどい!と思い、決死で帰ります。
三谷幸喜氏・大泉洋ちゃんの『ドレッサー』に始まり『PLAY/ZONE』に終わる今回の出張。
いえ、メインはあくまでも出張です。出張と日がずれていたら設定しなかった観劇ですので…
でも東京でしか味わえないものがありまして。
(すみません^^;決してジャニオタではないのですが、屋良朝幸さんのファンなのです。ついでに今井翼氏のフラメンコならぬツバメンコのファンでもあります。スペイン語講座に出ていた彼は、私の語学講座ファンの心を鷲掴みにしました)
仕事面では、一昨日、昨日で自分の義務は終えましたので、今日はもう完全にだらだらです。午後から少しカンファレンスに参加するだけ。

昨日、会場で、あまりの人の密度と節電のために、熱中症で三人ばかり倒れました。
いやもう、この異常な中での会議とか勉強会とはあり得んでしょう、という環境です。
いえ、心頭を滅却すれば火もまた涼し、ですか?
正直、一生懸命準備したり頑張ったりしてきたのに、ここにきてこんな環境でpresentationとかさせられて、倒れてたら話になりません。
申し訳ないけれど、まともに頭を働かせるには、いささか環境は大事と思われます。
節電にもほどがあるというのか。
そう言えば、家族が節電を頑張りすぎて、熱中症で運び込まれ、命は助かったけれど障害を残したお子さんもおられます。お年寄りは、ニュースでもよく取り上げられますが、亡くなる方もおられます。
節電。わかります。分かるんですけれど、時と場合に寄らないか???
そこはそんなに冷さんでも、というところは異様に冷えているのに。
資本主義ですから、買い物環境の場所は、本当によく冷えていますね。

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さて、東京。
このところ、会議やカンファレンスやあれこれの東京率が高くなりました。
新幹線が品川辺りに入ってくると、心拍数が上がるのはいつものこと。なぜか緊張してドキドキしてしまうのです。
多分、高い建物がたくさん並んでいる景色自体が怖いのです。
この下の土地は……地球は……とか考えてしまう。
でも、中に入って、自分がその中の道を歩いている一員になってしまうと、違和感が無くなる。

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東京は本当に不思議ですね。
一言で言うと、雑多。
すごいオフィス街と古い人家が当たり前に隣り合っている。
ビルの谷間に学校や保育園。
情報だだ漏れのスパイ天国。
大都会だけど奇妙に公園や緑が多い。
大きな幹線道路と、複雑に入り組んだ古い道。
駅前の風景は、よく見ると結構違う顔をしている(そういう意味では、最近関西の駅前のほうが、駅ごとの特徴がどんどんなくなっていっている)。
大きな劇場や美術館、博物館(私が最も愛するのは科学博物館)と、数えきれないアングラな劇場。
そして、明治神宮もそうだったけれど、外国人率の高さ。
上の写真、代々木公園の中では、ランニングする人、サイクリングのひと、休んでいる人、騒いでいる人、そして未来の芸人を目指して練習する漫才コンビ、などなど。
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田舎者の私には、結構つらいのですが、あまり頭痛はしない。
梅田に行くと頭痛がするのですが……その違いは、狭いところにたくさん人がいるか、広いところにたくさん人がいるかの違いかも。酸素の薄さ、かしら??
それとも、都会だから、あえて多い緑のお蔭かしら。
でも、東京には住めません。高いビルが怖いから。
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都会の中の一輪の花。
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沢山の花。
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そして、願いをしたためる人々(多分、ほとんど日本人はいない)。
沢山の人生と、たくさんの想いと、そして複雑に入り込む現実、格調高い文化と薄暗い欲望。
魅力に取りつかれた人も多くいるのでしょうね。


今日、帰ります。

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NEWS 2013/8/12 なぜそこにお化け屋敷 

以前、どこかで書きましたが、ホラーとお化け屋敷が嫌いです。
昔、比叡山のお化け屋敷でお化けに追いかけられたことがあります。
突然出てくるのが嫌です。

昨日、名古屋からの帰り、神戸に戻って電車に乗っていたら、吊広告から視線が……
はっと見上げると、隙間から目が覗いている広告。

旧居留地 0番地 人形の館

もうそれだけで120%、怖いんですけど(/_;)
大丸百貨店神戸店の特別展示場で開催されているそうです。

キャッチコピーは『私を、おうちに連れて帰って』 (だったかな)

           ↑絶対イヤ!

どうして百貨店でお化け屋敷やるかな。
何となく、明るいイメージの百貨店に、お化け屋敷はちょっと……(;_:)
毎年、どこかの百貨店では開催されているようで、去年は大阪のどこかで、国道0号線がどうの、とかいうのがあったような。
何なのよ! 0番地とか、0号線とか!

でも、京都駅には0番線ホームが本当にある。
ホラーではありません。奈良に向かうホームが0番線。
ハリー・ポッターの9と3/4番線は別に怖くないけど、0は何だか怖いのはなぜ。


というわけで、昨日は名古屋大会、堪能しました。
(津軽@三味線です)
いや~、もう小学生の部で優勝したお子ちゃんなどは、どうして君にその弱音のさわりが出せるの、だし。
中高学生の部では、どうして君たちにそんな「枯れた音」(人生の酸いも甘いも越えてきたぜ~的な)が出せるの、だし。
上級者の部では、のっけからバトルだし。
でもこの大会は、ミニコンサートもあって、有数の演奏家さんたちの三味線弾き合いバトルもあって、唄い合いも手踊りもあって、楽しいです。
ちょっとだけミニコンサートの写真を。
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贅沢な歌姫たちの競演。
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津軽じょんから節。
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三味線4丁、津軽の手踊りつきの津軽三下がり。贅沢です。
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東北へ行くと、こんな感じで、その辺のオジサンみたいな人が、いきなりいい声で唄う。
あ、この方は、著名な演奏家さんです^^; 審査員の後のパフォーマンス、お疲れ様です。
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そして三味線曲弾き掛け合いです。4人の先生方の、ちょっと遊び心ありの楽しい掛け合い。
技も音も、素晴らしいです。

今日は【海に落ちる雨】の第13章(3)も一緒にアップしました(*^_^*)
皆様のブログにコメントを書きに行けていない……でも、仕事に行かなくちゃ……

Category: 旅(あの日、あの街で)

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NEWS 2013/9/25 ただいま・そして予告編 


九州から戻りました。同僚の急な入院で夏休みを早めに切り上げたので、本当はゆっくり旅行記などを書く予定が、少し先延ばしになりそうです。
というわけで、今日は予告編だけで長編になりそうですが、あれこれあれこれ旅の写真をちら見していただけたらと思います。

「また熊本?」というくらい、毎年熊本に行っています。
そんなに好きなのか? と言われそうですが……毎年の本来の目的地は宮崎県高千穂。
でも、高千穂に行くには、熊本経由が一番行きやすいのです。
で、ついでに熊本巡りをしているうちに、常連さんになっております(^^)
はい、正直言って、かなり好きです。
青森とどちらが? ……う~ん、それは決められない。
(そう、毎年行っている、熊本と青森。なぜそんな遠くに??)

まずは、冒頭の写真は今回のベストショット??
強い風の中だったので、なかなかうまく撮れず、でも曼珠沙華にとまる揚羽蝶、ちょっと素敵な1枚が撮れました。九州は曼珠沙華が満開(少し終わりかけ?)で、とても綺麗でした。

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そしてこちらは、白い曼珠沙華。白だけ集まったところもあれば、赤と白と入り混じったところも。
彼岸花、というので、少しあの世的イメージのある花ですが、赤白入り混じっていると、とたんに目出度く見えるから不思議。旅行記では曼珠沙華も赤白取り混ぜて、写真をお見せいたしますね。

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そして、意外に堪能したのが熊本城。
実はあまり期待をしていたわけではなかったのですが……天守閣含め建物の多くはオリジナルではありませんが、この気合の入った再建には感動しました。近くの美術館や建造物を合わせると、みっちり半日遊べます。
ちなみに古い櫓もありますし、都から離れた場所なのに登場人物は中央の政治にも関係の深い人物ばかりで、歴史も勉強できます。
特に、武者返しの石垣は素晴らしい。この城に陣を取った官軍に敗れた西郷隆盛が「官軍に負けたのではない、清正公に負けた」と言った、守り・攻撃の堅固さで屈指の城だったという熊本城。
こちらも中をあれこれご紹介しますね。

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ちなみに、噂の「熊本城おもてなし武将隊」見ちゃいましたよ。
7人中、黒田官兵衛、島津義弘、あま姫(加藤清正の娘)の3人。
本当に侮れない、ご当地ヒーローですね。
ちなみに、彼らは便乗組ではありません。「お・も・て・な・し」の前から、彼らの名前は「おもてなし武将隊」です。

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ご当地ヒーロー? と言えば、やはりくまもん。
こんなに熊本に行っているのに、くまもん自身には会えませんが、もう至る所にくまもん。
これは、ある美術館の喫茶室で食べた柚子チーズケーキ。
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自販機にも。
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某信用金庫の建物の壁にも。

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そして食べ物と言えば、この馬刺し。白いのはタテガミですね。コリコリしていておいしい。
馬さん好きの私としては微妙ですが……美味しいんです。
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そしてそして、なんとっても葡萄です。
実は、何気なく立ち寄ったJAの販売所。
どの葡萄も、びっくりするくらい甘くておいしい。これはシャインマスカット。
皮ごと食べられるというので、今大人気のマスカットです。
しかし……実は基本中の基本、ベリーAが異様に甘くておいしかった……

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さて、こちらは今回、9月19日に宿泊した、南阿蘇ルナ天文台さんです。
九州でも最大級の天体望遠鏡と、とても親切な星のコンシェルジュさんがいらっしゃるペンション。
食事もおいしかったし、とても楽しめました。

そう。今回、日程は動かせなかったので、本来、天体望遠鏡のある宿に泊まっても「満月じゃあね……」という日だったのですが、それはそれ。
なんといっても、中秋の名月の満月は、次は2021年だそうですから、しっかり見ておこう!
(ちょっと負け惜しみ)

実は、都会から離れた灯りのほとんどない場所に泊まって天体観測、というのにここ数年チャレンジし続けて、今年やっと晴れたのです。
月が明るすぎて本当に星はかき消されていたのですが、恒星をいくつか見ることができました。
しかも、もったいないくらいの望遠鏡で中秋の名月、クレーターをばっちり見ました。
50分間、貸切状態です。次回は新月の日に行くぞ!
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でも、この天体望遠鏡と中秋の名月(満月)とのツーショットも、ちょっと素敵だと思いませんか。


さぁ、そして、お待ちかね!(って、待ってくださる人がいるといいのですが^^;)
巨石紀行の予告編です。
当初、4か所の巨石群を見る予定でしたが、時期的にスズメバチに遭遇する可能性が高いというので、今回は3か所+道のすぐ脇にあるストーンサークルを見てきました。

いやもう、何がすごいって、蚊です!
夏に低い山にハイキングに行くときは蚊対策!と頭では分かっているのに、舐めてました。
恐ろしい蚊とのバトル。「止まったら刺される」というわけで歩き続け、払い続け……
今まで、石は大体11月に見に行くことが多かったので、うっかりしていました。
しかし、石は本当に素晴らしく、もう一歩進んでは感動、振り返ってはため息、という感じでした。

では、予告編、参ります。
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この道を行くと……(って、すごい道なんですけれど……ひとまわり2時間の行程)
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こんな巨石があるのは、佐賀大和の巨石パーク
この巨石だけではなく、17もの名前を冠した巨石が点在している、まさに巨石の庭。
いえいえ、庭とかパークというのは誤解を招くので、この際やめましょう。
みっちり、登山です。しかも真夏の気候、蚊との戦い。過酷な巨石巡りでした^^;
何しろ駐車場のおじさん、「本当に行く気?」という顔で見ておられましたから……
しかし、上の写真の巨石、「天の岩門」を見た時、来てよかったぁ、と思いました。
石紀行ではじっくり、石たちを紹介しますね。

そして第2の巨石群は、熊本市内から海に向かって半時間ほど。
竹林の向こう、階段の先にあるのは……
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拝ヶ石巨石群。いやもう、すごい蚊で……カメラを構えたら、ぶんぶん飛んでいるのが写りそうなくらいでした。
(蚊の記憶しかないのか^^;)
でも、これ、すごいパワーを感じる巨石です。
このあたり、磁気異常がみられるようですし。
近くには、夏目漱石が『草枕』で書いた「山路を登りながら、こう考えた」の山道などもあります(今回は時間の都合上、行けませんでしたが、今度、蚊のいない季節に行きたいです)。

そして第3の巨石群は、大分に飛びます。
八面山という、どこから見ても同じに見える?という山の中。
巨石が点在しています。
ここは車で回れるので、この季節には助かります……でも、目印がなくて、ちょっと山を求めてうろうろしちゃいましたけれど。
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箭山(ややま)権現石舞台です。
これ、ものすごい石です。じっくりじっくり、お見せいたしますね。

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そしてハイライトとも言うべき和与石
こちらもため息が出るような石です。

最後に。
大分の安心院にある佐田京石
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こちらは道路脇なので、苦も無く行きつけます。ストーンサークル?
謎に満ちた石たちの間で、かくれんぼができそうです……

ちなみに、安心院……なんて読むと思いますか?
「あんしんいん」と思いますよね。
「あじむ」なんです。
先にお見せした葡萄、この安心院のJA販売所で購入。

実はこの町には、鏝絵があるのです。
拙作【清明の雪】で、左官さんが身体の欠けた龍のために「鏝絵」風に漆喰で絵を描いてくれた…その鏝絵。
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こちら、まさに龍です。明治時代の作品。
職人の技を感じられる素晴らしい作品ですが、なによりも注文する家の人の願い、仕事や人となりを表すものであるところがいいのですね。
平成の作品もあって受け継がれていくのを感じられるし、ユーモアが感じられるものもあって……
この鏝絵の数々も紹介いたしますね。

鏝絵を見ていたら、ちょっと再び、拙作【清明の雪】を宣伝したくなっちゃいます(^^)
鏝絵だよ、鏝絵!と一人で舞い上がっていました……

ちなみに「うなぎえ」ではありません、「こてえ」です。
……って、解説用の看板に書かれていました^^;
うなぎは鰻。こては鏝。うん、確かにね^^;


では、旅行記数々、もう少しお待ちくださいね(*^_^*)
併せて……【死と乙女】の続き、そして【海に落ちる雨】は登場人物紹介コーナーです(*^_^*)

少し間が空くと、訪れてくださる方の数もずいぶん少なくなってしまいますが、それでも忘れずに訪問してくださる方々に、感謝いたしますm(__)m
沢山の人を惹きつける魅力的な記事をいっぱい書けたらいいのですが、結局自分のペースでしか進めないし、自分らしいものしか書けないのですね……
色んなブログさんを訪ねて、いっぱい勉強になります。
で、振り返って自分のブログを見てみると、石←地味(魅力的な写真とは言い難いですよね^^;)、小説←ブログ仕様ではない、……う~ん。でも、石(巨石)ファンが増えたら嬉しいなぁ(野望)。小説も、少しでも何かを感じてくださる人がいてくださったら嬉しいなぁと、地道に歩んでいます。

あれこれ、書きたいことはあるけれど、なかなか時間が追いつきません。
ゆっくり、重ねていけたらと思います。
今週から、仕事は目いっぱいの上、怒涛のように三味線の練習をしなくては……(・_・;)
では、とりあえず、ただいま!のご挨拶でした(*^_^*)

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【雑記・旅】熊本・天文台のある宿 

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熊本旅行記その1は南阿蘇ルナ天文台さんです。
最近、1年に1度は星空を見る系の宿にチャレンジしてきたのですが、いつも曇りでした。
今年は初めて晴れたのです。
中秋の名月でしたが……^^;

ところで、日本には、いわゆる公開天文台というのが100以上あるそうです。
でも宿泊施設がある天文台というのは多くはないようです。
そして天体望遠鏡の口径ですが、一部100cm以上の大きな口径の望遠鏡があるところもありますが、およそ60cm前後くらいまでのものが多いようです。その中で、こちらの望遠鏡は82cm。
かなり口径も大きいのですね。


さて、上の写真はそのペンションの入り口のドア、かなりおしゃれです。
この取っ手、内側は左右で形が違うのです。色々なところにちょっとした遊びが。
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こちらはフロント。まさにお月見バージョンですね。
そしてこんな素敵なインテリアも。すべて星で統一されている感じです。
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こちらは小さな図書コーナー。椅子も手作り感あふれています。
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天文ガイドのバックナンバーが揃っています!
昔、中高生の頃、購読していた時のものもありました。ちょっと懐かしくてしばらく浸ってしまいました。
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また、こんな小さなサロンがレストラン横にあります。暖炉つき。
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そう言えば、以前、別の天文台付の宿に泊まったことがあるのですが、11月で無茶苦茶寒かったです。
そもそも星の綺麗なところ、しかも星が綺麗に見える季節と言えば、寒いですよね。
しかも、この系統の宿は暖房ばっちりなんてことはあまり期待しない方がいいようです。
ちなみに、毎年行っている高千穂の夜神楽なんて、11月(~2月ごろ)、開けっ放しの場所で一晩中神楽ですから、強烈です。でもその後の黒川温泉がものすごく幸せなんですよね。
それはともかく、この暖炉、見た目にあったかくていいですね。
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参考までに、泊まった棟はこんな感じ。本館にもお部屋があるのですが、今回はこの離れのような建物に泊まらせていただきました。

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外には、こんな風にハンモックやブランコがあります。
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さて、いよいよ天文台へ。
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雨の日にはプラネタリウムがあって、そちらを楽しめるようにしてくださっています。
では、天文台へ登って行きます。
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こんなおしゃれな階段です。手すりにはアイアンのオブジェ。
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そして、この上には、この迫力ある望遠鏡があるのです。
毎日8時から、天体観測会があって、宿泊客は誰でも参加することができます。
でも、今回利用したのは、コズミックプランという宿泊プラン。
これは10時くらいからと、時間は遅めなのですが(天体観測会の後)、ほぼ貸切状態。
やはりこういうお宿ですから、子どもさんとかいっぱい来ておられるんですよね。
沢山の人がいて、子どもさんたちがいると、どうしても遠慮してしまうし、じっくり見ることはできないだろうなと思い、このプランを利用させていただきました。
50分間の貸切状態、大正解です。しかも、かなり延長してくださったりして。
星のコンシェルジュさんはとても親切な方で、宿泊前からお電話を頂いたりして、プランを立ててくださるのです。
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しかし! この日は中秋の名月。しかも満月。星を見るには最悪の環境ですが……でも晴れたのは良かった。
上はちょっとボケているけれど、中秋の名月。
望遠鏡では、クレーターまでもしっかり見せていただきました。
この大きな望遠鏡で見ると、まるで月の周りの「空気感」まで見えるような世界でした。
光自体がゆらゆらと揺れているのまで見えるんですね。
ちなみに、もうひとつ小さめの望遠鏡があって、月はそれで十分なのですけれど。
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それから、恒星をいくつか……まず、夏の大三角の3つの星を望遠鏡で見せていただきました。
望遠鏡で見ると、「ちょっと大きな光」程度なので、コンシェルジュさん曰く「みなさん、ちょっとがっかりされるんですよ」とか。
いやいや、光の色までくっきりですよ。
同じように光っているのに、こと座のベガは25光年、わし座のアルタイルは16光年、白鳥座のデネブは1411光年。
そういえば、真剣に距離を考えたら、織姫と彦星が1年に1度会うのは無理、なんて話もありましたね。
(それは夢のない話だけれど)

今回見せていただいた星で一番は、白鳥座のアルビレオ。
ガミラスとイスカンダルじゃありませんが、二重星なのですね。
肉眼では一つの星に見えるのですが、望遠鏡では、くっきりと赤っぽい星と青白い星、ふたつの星が並んで見えました。
宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」でサファイアとトパーズって言ってましたっけ。
アルビレオというのはアラビア語で「鳥のくちばし」ということ。
まさに白鳥座のくちばしにあたる部分の星です。
そういえば、星の名前って結構アラビア語由来のものがありますね。
冬のダイヤモンドのひとつ、おうし座のアルデバランもアラビア語由来でした。
砂漠の国では、きっと星が頼りなんですね。
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これがアルビレオ。「北天の宝石」です。

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星雲などを見たい場合には、やはり新月の夜を狙った方がいいようです。
星雲のひとつひとつの星の光は弱いので、月明りで掻き消えちゃうんですね。
月もなく、雲もなく、そんな日って、なかなか当たりませんけれど。

機会がありましたら、ぜひ、訪れてみてください。
阿蘇の雄大な景色にも感動しますし、それにペンションもいい感じです。
……天文台つきの宿泊施設は、大方、合宿所みたいな食事のところが多いのですけれど(それでも泊まるところと食べるところがあるだけいいのかも)、ここはちゃんと美味しいお食事でした(^^)

というわけで、熊本の旅・第1話『星空散歩』閉幕です。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
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NEWS 2013/10/1 素敵な断片 

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「百鬼夜行に遅刻しました」のウゾさんが、このお宿の記事(熊本・天文台のある宿)をイメージにして、ものすごく素敵な詩(断片)を書いてくださいました!
→→ウゾさんのブログ:「断片」

行った私のイメージを飛び越えるくらいの、素敵な世界観。
まさにウゾさんの感性がぴったり当てはまったような、天文台・望遠鏡・宇宙、そして、インテリアの中のピアノやアイアンの手摺。
これがこんな素敵な詩になるとは!!
ぜひ、ウゾワールド、じっくり味わってみてください(*^_^*)

ということで、没写真。
冒頭は、車寄せからみたペンション方向。
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そしてこれはペンションの本館の外観ですね。
ちょっと宇宙ステーションみたい? でも中に入るとレトロ感あふれる感じ。

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天文台への階段。

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夜のペンション。
ちなみに、このペンションでは、結婚式もされているようですよ。
ウゾさん、将来のその時に、いかがですか?
(って、奈良から、なぜわざわざ熊本で??)

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うん、やっぱり、望遠鏡、そして素晴らしいドームですね。
このドームが開く、そして望遠鏡の向きに合わせて、開いた部分が移動するのですが、その無骨な音がまたいいのです。


さて、ついでになっちゃいますが、我が家でも曼珠沙華が咲きました。
この曼珠沙華は実家の畑のあぜ道から嫁入りした、鉢植え状態のもの。
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そして、さらについでに、秋明菊も素敵です。
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こうした花々にも、ひとつひとつに宇宙があるのですね。

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あれ? ここにも、ひとつひとつに宇宙が!!
これは、先日デパ地下で目が合った、マシュマロくんたちでした(*^_^*)

というわけで、もういつの間にか10月。
秋になりましたね。
三味線の大会シーズンになりました。
仕事も忙しくなるけれど、頑張って旅行記も書きまする。もちろんお話も。

それから、3333が近づいてきました。
前後3番くらいを踏まれた方、よろしければリクエストをくださいませ。
まだ500が終わってないけれど、何かお応えしたいと思います(*^_^*)

これからも、よろしくお願いいたします(*^_^*)

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【雑記・旅】熊本・城のある景色 


熊本の旅、今回初めて熊本城に行ってまいりました。
街の中にど~んとあるのは、大阪城や名古屋城と同じですが、この3つは天下の名城と言われていたそうで、復元後の姿もなかなか見事です。

ところで、日本にお城はどのくらいあったのか(造られたのか)というと、ゆうに二万五千は越えているのだとか。
中には、柵だけのようなところもあったり、記録には残っているけれど、どこにあったのか分からないようなものまであるそうで、ひと口にお城と言っても奥深いものなんですね。

そう言えば、天守閣の現存するお城が12あると言われています。
この「現存」という言葉にもいろいろ引っかかりがあるみたいで、一応、現在まで廃城時の姿を留めている城ということで12、挙げられるそうです。
全部ご存知ですか?
ちなみに、そのうち国宝は4つ。
答え合わせは記事の最後に(^^)

最近は、天守閣が残っている城よりも、城郭が注目されているところも多いようで。
例のあの、日本のマチュピチュと言われる竹田城ですね。
雲海の写真が有名ですが、雲海を見ようと思ったら、まだ真っ暗なうちから山を登らないといけないのだとか……
兵庫県なんですが、まだ行けていません。

今まで行ったお城(跡)で、記憶に結構鮮烈に残っているのが、千早城(千早赤阪村)と岡城(大分県竹田市)。
何故記憶に残っているかというと……結構登るのが大変だったから^^;
岡城というのは、かの滝廉太郎の「荒城の月」のお城です。
高千穂夜神楽で一晩中起きていた後に行ったので、眠すぎたからかも……
他にも大変な山城はいっぱいあると思いますが、なかなか行く機会がありません。
あ、そう言えば、先日登った岐阜城(ロープ―ウェイだけど)は、別の意味で感動しました。
ここから見たら、天下を取りたくなるわぁ~と、気持ちは斉藤道三か織田信長。

昔をしのぶ城郭だけ、というのもいいし、いわゆる現存というものに重きを置くのもいいけれど、熊本城ですよ。
全国行ってよかったお城ランキングで僅差とはいえ、現存・国宝の城を抑えて堂々1位なんです。

何故かしら?
よく分からないけど、行った印象としては、何となく分かる、という感じ。
すごいお城好きの人から見れば分かりませんが、少なくとも観光地として結構いいんじゃないかと思うのです。
気合が入っているし、それなりに古い遺構も残っているし、石垣も見事だし、街中でアクセスも好いし、結構周囲施設も充実しているし。
私ですか? はい、ぼや~んとした知識で行ったのですが、かなり面白かったと思います。

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こちらは二の丸側から見た天守閣。大天守と小天守の2つの天守を備えています。
このお城は昭和35年に外観復元したものです。

その修復時に造られた何分の1かの模型がこちら。
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これを見て思ったのです。修復・復元作業に関わった職人さんたち、楽しかっただろうなと。

天守閣からの見晴らしはもちろんいいのですが、お城の中には色々な資料も展示されていて、あれこれ歴史の確認にもなります。
加藤清正、細川藤孝などは歴史の表舞台でも名前が出てくるし、某元首相はこちらの御子孫ですよね。
そして、西南戦争の際に炎上。
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こちらは大天守のてっぺん。
ちなみに、近隣には細川コレクションの美術館や、細川刑部邸などもあり、半日は十分に遊べます。

さて、その西南戦争時の炎上を免れたのが、下の宇土櫓、その他11の櫓だったそうです。
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櫓って言っても、小っちゃい天守閣に見える……

その中は、こんな廊下です。武者走りと言って、何もなく、武士が武器を持って走ることができるようになっているわけですね。
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復元された本丸御殿の中もなかなか見ごたえがあります。
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台所では、見事な高天井も復元されていて、予約すれば当時の宴会ご飯を食べられるのだとか。

さて、外に出てみれば、加藤清正が気合を入れた石垣です。
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上は天守閣の石垣、下はお堀の石垣です。始めは少しなだらかで、上の方では角度が急になっている、武者返しと言うそうです。母は「結構登れるんとちゃうん?」と言ってましたが(忍者を想定)^^;
でも、上から石とか落とされるし、鉄砲撃たれるし、やっぱり大変そうよ。

お城の傍には、こんな急な坂道。そこを疾走する若者たち(野球部員?)。
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お城の中では、休日だったからかイベントが。
彼らは「熊本城おもてなし武将隊」。お城のあちこちで出没される他、定時には演舞を披露してくださいます。
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こういうイベントも大事ですよね。なぜか満足しちゃいました。
ところで、ゆるきゃらはいないのか?
天守閣前の写真スポットにお城姿の人形がありますが……弘前城のたかまるくんみたいに、歩いているキャラはいませんでした。

何より、お城は結構歩くので、健康にも良さそうですよ(*^_^*)
この熊本城は広さ東京ドーム21個分だそうで。
でも、どうして広いところを表現するときに、いつも東京ドームで数えるんだろう???


さて、冒頭のクイズの答え合わせです。

修復を繰り返しつつ、ほぼ創建時のままの天守閣:姫路城、彦根城
江戸時代に再建:弘前城、松山城、高知城
昭和に解体・復元(築材は元のまま、伝統的城郭建築法で復元):松本城、丸岡城、犬山城、備中松山城、松江城、丸亀城、宇和島城

こうしてみると、四国には4つもあるのですね。
このうち国宝は、姫路城、松本城、彦根城、犬山城。
う~ん、姫路城だけ行っていない……近いのに。仕事で横は通るのに……


最後に、小出しの曼珠沙華。
白い曼珠沙華です。
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何だか不思議ですね。


熊本の旅・最終回は熊本じゃなくて大分に参ります。
大分・安心院(あじむ)の鏝絵をご紹介。
あ、「うなぎえ」じゃなくて「こてえ」ですよ(*^_^*)
併せて、黒川温泉黒川荘の姉妹宿、天ケ瀬温泉のお宿・天心さんもご紹介?
もちろん、石紀行は別にアップ予定です。

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【雑記・旅】大分・安心院・鏝絵劇場 


安心院と書いてあじむ。
大分の宇佐市にあります。古代には渡来人の阿曇族が住んだ国。
そして、隠れてパワースポット、古代の息吹を感じさせる霊地として松本清張氏が戦前から何度も訪れていたということです。

その町には謎のストーンサークル・佐田京石があり、古事記や日本書紀にも記されている足一騰宮を祀る妻垣神社があり、そして鏝絵があります。周囲には石橋や滝がたくさんあり、
併せて、ここのJAで買った葡萄がものすごくおいしかった!

今回はその中で鏝絵をご紹介。
とは言え、JAの葡萄に時間を取られて、鏝絵の全てを見ることは出来なかったので、一部です。
街に集まっているところもありますが、結構民家も点在しているので、見て歩くには少し時間が必要ですね。
まずは観光協会(と言っても、とても小さな平屋の建物)で情報を集め、近くの本町通り鏝絵通りへ。

鏝絵というのは、土蔵や家の戸袋などの平らな面に塗られた漆喰の壁面に、鏝を使って盛り上げた彩色漆喰で描いた絵のこと。
一般に広まったのは江戸時代、全国に見られるようですが、ここ安心院では明治時代から盛んになったようです。
ただ、もともと色々な町で見られた鏝絵も、古い建物の取り壊しなどで、実際に見られる場所は少ないようですね。
漆喰に細かくした麻や藁を混ぜ、練り上げたものを材料にして、赤・黄・青などの色は大和絵に使う岩絵の具を使うのだそうです。その他、龍などの目にはガラスの内側に金や銀の紙を貼ったり、髭には銅線、釣竿に竹、などいろいろな素材も利用しています。

というわけで、鏝絵劇場。お楽しみください。
あ、この街の案内看板。
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ここには、「うなぎえ」ではありません、「こてえ」です、と書かれていました^^;
確かに、魚偏と金偏の違いで、ぼ~っと読んでいたら間違えちゃいます。

さて、冒頭の家は重松家別邸ですが、1階にはどかんと富士山です。そして2階には虎。
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こちら、アップにしてみましょう。
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盛り上がった漆喰の上に重ねられた岩絵の具がよく見えます。製作過程が見えるので、ちょっと面白いですね。
こちらの家の脇にはこの龍が。
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全て明治時代につくられたものです。

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こちらも明治時代のもの。三番叟のパロディ?
大黒と恵比寿と鯛。

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またこんな風に、古い家の軒先に……
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まるでギャラリーみたいに古い鏝絵が並べられていました。
もしかすると、もともとどちらかの家にあったものが、家屋の取り壊しなどでこちらに置かれているのでしょうか。この招き猫などは、人間と同じくらいの大きさがあります。
文様のようなものもあるし、絵画のようなものもあります。左官さんの意気込みが感じられますね。
これらは、左官さんが家を完成させるまでにお世話になったお礼としてその家の人にプレゼントしたものから、施主さんが左官さんに招福避邪を願って依頼したものの両方があるようです。

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一富士二鷹三なずび。富士は、光の加減で見えにくいのですが、枠にあります。なすびは鷹の足元にぶら下がっている。
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竹に虎。別の方の家からもらいうけて、使っておられるものもありました。

そして、こんな風に家の職業をユーモアとともに表したものも。
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大黒様とクボタエンジン。ちなみにある農機やさんの仕事場の壁です。
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印刷屋さんの鼠とインク。干支のものは、その家の御主人の干支を表していたりするようです。
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こちらはある旅館のもの。滝と鯉とすっぽん。
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こちらは洋服屋さん。平成の作品で、若い作家さん、そしてお弟子さんの鏝絵作品も展示されています。

まだまだあちこちに点在しているようで、写真集を買いましたが、結構バラエティに富んでいて、ユーモアもあって、工夫もあって、そして何よりも古い時代のものから、最近の作品まであることが素晴らしいですね。
美術館にあるものではなくて、そこにあるもの。
それが魅力的なのかもしれません。

どこかで見かけたらぜひ、じっくりとご鑑賞ください。

さて、次からはいよいよ、石紀行に参ります。
まずは、佐賀の巨石パークをご紹介する予定です。

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NEWS 2013/11/18 ミッキー、お誕生日おめでとう! 

今日はミッキーの誕生日!
おめでとう、ミッキー。1928年、初めて映画に登場したという記念の日なのですね。
いつも夢をたくさんくれる、何故か犬を飼っているネズミ(プルートって……迷子札に、ミッキーのところに…って書いてある^^;)。
ディズニーファンのみんなにもいい日でありますように。

さて、今私は、北海道にいます。
1泊2日の強行本州脱出。
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北海道は冬の準備? もう秋も終わっている感じですが、昨日は晴れていて、気持ちのいい1日でした。
この時期はいつも暗くて寒くて天気の悪い、というイメージなのですが……
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北海道庁。中はこんな重厚な感じ。
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あ、別に、観光に行ったのではないのです。
またレポートいたします。実はARASHIくんのライブでした。
今の時期、札幌で見かける女の子はほとんどがこれに来たと思われます(^^)
(私はもう、女の子の歳じゃありませんけれど^^;)
そして、色々辛いこともあるけれど、神様の配剤か、1列目だったのです。
アリーナでもあまりいいエリアとはいいかねたのですけれど、前に人がいない…・・
そして、あまりにもまじかにO氏が……しかも釣ってもらっちゃいました。

何て、舞い上がっていますが、そんなこんなで、コメントのお返事が遅くなっていてすみません!
落ち込んでいるからではなくて、単に時間が……^^;
帰ったら、お返事を書きますね(*^_^*)

そして、真のお誕生日記事に、沢山のおめでとうを頂いて、本当にありがとうございます(*^_^*)(*^_^*)
彼もびっくりしていると思います。
多分、照れ方を知らない人なので、どこか穴倉にこもっているかも(熊か!……あ、でも彼はヤマネコ)。
しかも、彼の故郷、北海道から誕生日おめでとうを言ってやれてよかった。

しかも、すみません、私の言葉づかいが悪くて……私の誕生日は同じではないのです。
勘違いをさせてしまってすみません。でも、ちょっと嬉しい気持ちが……
真の誕生日は、わたしにとって自分の誕生日よりもイベントなので(*^_^*)
(「自分とこの」=「自分の所の」という意味でした。私は3月生まれで……)

ということで、コメントのお返事が遅い言い訳を書くつもりが長くなっちゃった!
Oちゃんが目に焼き付いて、まだ夢覚めやらぬミッキーの誕生日でした。
今日はもう帰ります。
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【雑記・旅】 そうだ 京都、行こう。(1) 


先日、京都に行って参りました。
毎年、京都の観光地図からはみ出した雲ヶ畑、賀茂川の源流、鞍馬よりも貴船よりもはるかに北、携帯電話も圏外、電気もかなり不安、雪の重みで木が倒れてしまうような山の中を訪ねるのですが、3月ごろにお参りさせていただくことが多かったのです。

以前から、4月の終わりには石楠花が綺麗だと聞いていたのですけれど、上手く時間を作ることができなくて、今年初めてこの季節に訪ねることになりました。
いつもなら、この花の部分は緑だけ、なんですけれど、やっぱり花が咲くと世界が変わりますね。
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岩屋山という名前の通り、本当に岩の山なのです。
拙作の【清明の雪】では、このお寺・志明院を訪ねて、主人公たちが『自分たちの足元の地形』を思い、『汝の足元を掘れ、そこに泉あり』ってことになるのですけれど(舞台のお寺は、実は詩仙堂と曼殊院がモデル)、まさに自分の立つ地面を思いながら、山を登るのです。

ここは歌舞伎『鳴神』の舞台でもあります。
水の起源、龍神の伝説の残る場所。
司馬遼太郎先生が『街道をゆく』の中で、現代でも魑魅魍魎が住まう、しかし清浄なる気配が漂うと記した聖地。
山門を潜ると、緩やかで長い階段が本堂まで続いています。

龍神が閉じ込められていたという洞窟、そして賀茂川の源流ともなる水の滴る聖地、その場所に設えた舞台。
清水さんの舞台よりはるかに小さな舞台ですが、楓の新緑が光と共にすぐ目の前にあります。
風が通っていきます。

今回は、初めて天然記念物の植栽のある場所にも行くことができました。

何故天然記念物なのかというと、山自体が岩なので、土は岩の上に少ししかない「貧栄養」の土壌。
貧栄養のために木があまり大きくならないことが幸いして、自然に植物が新旧入れ替わり、他にはない植栽となって長い年月変わらぬ姿を保ち続けているということ。

一応、山の斜面に道が作られているのですけれど、その傾斜はかなり急。
登ること10分くらいで更に険しい斜面になります。ちょっと岩登り的な場所を登ること5分。
(と説明を受けましたが、実際にはもう少しかかるのでは?)

そこまで来ると、もう辺りは石楠花がいっぱい。
ミヤマツツジの明るいピンクも霞むくらいの石楠花の白やピンク。
目の高さにも、自分より下の山の斜面にも、見上げる道の先にも。
そして、最後は「石楠花のトンネル」をくぐって行きます。
本当にトンネルなのです。花のトンネルの下を潜るって、本当に贅沢だと思いませんか。

先に登った方が「桃源郷のようでした」とおっしゃっていた石楠花の花園。
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(こちらは山門前の石楠花です)

頂上にはお不動様がおられます。
そしてその先に、少し地面の岩が露出したところがあって、うねった岩はまさに龍の背のようです。
低い木々の植栽は、風を通してくれます。そして目の高さには咲き乱れる石楠花。

このお寺、山門から先は写真はNGなのですが、だからこそその場の空気を本当に楽しむことができるのかもしれません。
許可を頂いて、少しだけ撮らせていただいた写真。
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そしてこちらは、樹齢400年の椿。見事な大木です。
(この椿のエピソードは、【清明の雪】の中でも使わせていただきました(^^))
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さて、お寺を後にして少しだけ山を下ります。
司馬遼太郎先生が「魑魅魍魎が住まう」と書かれていた『結界』との境界線は、小さな橋なのですけれど、この橋のたもとに小さな店があるのです。
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いつもやっているのかどうか、よく分からなかったお店。
いや確かに、これまで私が行った時は閉まっていたような。
多分、石楠花の季節で、休みの日だったから、開いていたのかしら。
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お蕎麦を食べました。
間口は小さいのに、奥行きがあるというのは京都のお店のお約束。
写真の右手は縁側のような店の廊下、そして川。
向かいには、やっているのかどうか不明の料理旅館。
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本当に小さな集落ですが、ここはその外れ。
確かに、今でも「魑魅魍魎さん」が闊歩していそうです。

さて、冒頭の蝶と芝桜は、この後訪ねた大原の里で撮ったもの。
(うぅ。アップしてから気が付いた……蝶々のお腹のところ、やっぱり気持ち悪い(;_:)もともと芋虫だった部分(;_:)写真は一瞬の見事な瞬間だったと思ったのに((+_+)))

この日は、この後、少し南に戻って、東へ車を走らせ、大原へ。
大原も大概京都の外れですけれど、雲ヶ畑に比べたらすごい町に見える^^;

次回は大原をご案内いたします。→【そうだ 京都、行こう。(2)】へ
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【雑記・旅】 そうだ 京都、行こう。(2) 

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『そうだ 京都 行こう。』というのは、JR東海のCMのキャッチコピーですね。
このCMが始まったころ、2年半ほど埼玉に住んでいたので、いつも京都が懐しかったことを思い出します。
お時間があれば、ちょっと覗いてみてください→JR東海キャンペーンCM

1993年の三千院、伏見稲荷大社などは画面にも動きがあって、当時このCMには心が引きつけられたものです。
1994年の高雄、北山も素敵なCM。
(ちなみにこのお寺、どこかよく分からないんです。Yahoo知恵袋で志明院だと回答されていましたが、山門も石段も全然違いますので、志明院ではありません。途中で映っているお堂は高山寺の金堂によく似ているのですけれど……茅葺のお寺……? 京都には拝観できないお寺もいっぱいあるし……)
1997年の詩仙堂も好きなCM(『清明の雪』のモデルにしたお寺です)。

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さて、こちらは大原の三千院。
拙作『奇跡を売る店』で仏師の凌雲が大原の里に庵を構えて住んでいる、という設定なので、久しぶりに訪ねてみようと思ったのです。
大原は観光地の中では北の外れですが、雲ヶ畑を訪ねた後ではとても立派な観光地に思えます。
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門を入ってお参りします。満天星躑躅はもう満開。
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窓枠から見る光の中の石楠花は光り輝いて見えます。
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お庭は作られた部分もあるのですが、半分は自然の山の姿を残しているようでもあります。
石楠花がやはり光を跳ね返しています。
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大きな株もありますが、下のように苔むした庭にまだ若い株もみられます。
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石楠花と、紅葉の若葉のコントラストも綺麗です。
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池に映る石楠花も綺麗。まるで花が自分の姿にうっとりとしているようにも見えます。
あれ? それって、水仙のことでしたっけ?
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庭の中には花や木のための供養塚があります。
杉の木が真っ直ぐに伸びている中、石楠花の花が供えられているように暖かく見えます。
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このお庭の見事さを作っているのは人の手でもあります。
こうして、終わることのない作業を日々繰り返しているのですよね。
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そう言えば『そうだ 京都、行こう』の中で、散った紅葉を掃くのが大変だろうと聞く人に僧侶が答えていました。
「時間はいくらでもありますから」
その時間を何に使うのか、人の生涯って短く儚くて、そしてまたこの自然の営みの中では果てしなく長い。
掃いても掃いても散ってくる紅葉、抜いても抜いても生えてくる雑草。
それでも、永遠に目的地の見えない作業を続けることを無駄とは言わない。
こうして、果てしなく長い、悠久の時の中に自分を置くことができるのですね。
このひと時を、どう感じるか、それは自分次第なのかも。

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黄緑の葉と黄色い花が光の中では区別がつきません。
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近づいてみると、光を照り返した花は、黄色じゃなくて黄金です。

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苔の碧と紅葉の若葉の翠の中で手を合わせ、仏に見守られている自然の風を感じるひと時です。

門の前の道は……観光地。
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抹茶とバニラのソフトクリームを舐めながら歩いていると、シャガの花が細い川の流れに沿って咲いています。
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車道から覗くと、こんな鳥居が見えたり。
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道に面した小さな祠。敷地の片隅のようなので、個人のお宅のものでしょうか。
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チューリップも咲き乱れ。
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川の土手を、シャガだけでなく芝桜もまた覆い尽くし。
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細い川と、民家の間を抜けていく。

こちらは寂光院のお庭の……海棠桜でしょうか。
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最後に寂光院を訪れて、京都の1日旅行を締めくくりました。
寂光院と言えば、尼僧のお寺。何年か前、消失したお堂は新しくなり、本尊のお地蔵さまも新しいお姿になっていました。
だから、古い仏像ではないのですが、なにより現代にもこれほどの仏様を作り上げる仏師の方がいる、ということに感動します。
お地蔵様が身に纏われている衣服の布地の襞のひとつひとつが、今にも動きそう。

そう言えば、拙作で大和竹流(修復師)が言っていました。
昔はお堂の中は絢爛豪華な光の世界。本当は修復する時もキラキラにしてやりたい、と。
それは仏の世界は類稀なる美しさであるという、人間の願いの象徴なのだから。

だから、新しい見事な色彩の仏様も悪くない。
いえ、私も、ひなびた感じ、歴史の重さを感じたがる日本人ではありますけれど……
職人の技、特に祈りの籠められた手の跡を見る時には、新しさも古さも、関係ありません。

いいお天気で、桜の後の春の後半を彩る花たちが満開。
何よりも志明院の石楠花の桃源郷、そして三千院でもまた石楠花を堪能した1日でした。
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京都の旅にお付き合いいただいてありがとうございます(*^_^*)

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【雑記・旅】今年の津軽 

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今年は大した観光もしなかったので、記事はなしにしようと思ったのですけれど、お決まりですので少しだけ。
今年は何をしていたのか……飲んで、温泉に入っただけだったものですから^^;
でも、戦利品は公開しなくちゃ!(いや、そんな必要はないだろうけど……)

いかせんべいは、いつもお世話になっている金木のSさんからのお土産。
謎のドリンクは「シジミエキス」……「飲む前に飲め」と書いてある。
林檎の蜂蜜に、大好きな紅玉のジャム、そして例の赤い林檎のジャム。
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室内の鉢植えの写真で申し訳ないですが、こちらが赤い林檎の花。
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そのリンゴジュースはこんな感じで、本当に赤いのです。

そして、日本二大シジミの産地のひとつ・十三湖。
帰ってから毎日、シジミ汁です(*^_^*)
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ちなみに、こちらは津軽三味線酒場のシジミ汁。
見えにくいですが、ものすごくシジミが入っている(*^_^*)
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こちらはシジミごはん(*^_^*)

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東北のお土産と言えば……このチーズケーキ「八甲田」
今年はチョコレートバージョンと焼きチーズケーキバージョンが増えていました。
「らぷる」は鹿内せんべいというせんべい屋さんのお菓子。
中に焼き林檎が入っていて美味しい。
毎年、大量に買って送って、みんなに配ります。

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三味線の形のストラップとか、なぜか林檎を抱いたくまもんとか、ヒバの香り袋、こぎん刺しの小さな袋、輝石で作った勾玉などなど。友人たちへのお土産です。

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こちらは三味線絡み。
三味線柄のハンカチ、大会に行ったら購入しておく三味線の糸、左端の薄緑のものは「指擦り」……これがないと、三味線が弾けません。左手の人差し指と親指に嵌めて、これでスムーズに竿で指を移動させることができるのです。
それから今年初めて購入の「忍び駒」……これはいわゆる弱音器。夜中に練習できるように……
これで、夜中にカラオケボックスに行かなくても済みます^^;
缶バッジは、白クマが三味線を弾いている、可愛いもの。

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そしてこちらは……今朝のうちの花たちと一緒に写っているのは、毎年、購入するリンゴジュース。
今年はもう「紅玉」ジュースが売り切れで、ものすご~~~く残念がっていたら(毎年、紅玉ばっかり買う^^; だって、好きなんですもの。あの酸味が好き。フジとかは甘すぎて……)、お店の人が「お得意さんのために少しだけ残してあったもの」を1本、分けてくださったのです。
いえ、私も一応お得意様? 毎年、ここで買っているのですから。
なにはともあれ、貴重な1本、ありがとうございます!!! 
ちなみに花は、今年の一番薔薇です。オレンジは名前が分かりません^^; 白はアイスバーグ。

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あ、こちらは「わさお」です。
なぜか、今年も会いに行ってしまいました。
鯵ケ沢の某イカ焼きの店の「ぶさかわ」犬。
丁度店じまいで、今からおうちに帰るところでした。
わさおそっくりのお母さんが運転する軽トラに乗って、ご帰宅です。……疲れてるみたいね。

さあ、ちょっとだけ津軽の旅の写真館、ご案内いたします。続きを読む、をクリックしてくださいね。
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【雑記・旅とねこ】それはちょっと白すぎじゃない? 

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小説のアップは近々予定しております(多分^^;)。今日はもうひとつ、雑記にお付き合いください。
いきなり何の絵面かと思われるでしょうけれど、今日はマコトも大喜びの「ねこがいっぱい!」の記事をお届けいたします。
いや、マコトは自分以外のねこは宝来くん(【だぶはちの宝来文庫】)としか共演したことがないので、他のねこ(特に野良系)は怖いかも。
箱入りなので、あんまり喜んでいないかもしれません……^^;

月に一度、姫路に出張します。それなのに、国宝・姫路城に行ったことがなかったのです。
せっかくなので、修理中の天守閣に登れる時に行けばよかったのに、その機会を逸し、先日ようやくカバーを取り外されお目見えしたnew姫路城を見てきました。
今はまだ天守閣の中には入れません。

で。これなんです。いかにも工事中、なんてシーンは逆に今しかないだろう!というわけで。
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ただ、姫路の人に言わせると、「白鷺城」とは言うものの、白すぎないか?って話だそうで。
様々な時代劇で「江戸城」の振りをして登場してきた姫路城も、もうこんなに白粉美人になっては使えませんね。
もっとも、今時はCGで何とでもなるのでしょうけれど。
多分、築城当時はこんな白さだったのでしょうけれど……にしても白い。
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お城よりも背の高いクレーン。
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方向を変えても白い。
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天守閣には入れないので、今近づけるぎりぎりがここ。
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うん。確かに白い。
この中に入れる日が来たら、また行ってみようと思います。
姫路城
ちなみにこちらが元の姫路城。姫路市の公式ホームページから借りました。

さて、姫路城と言えば、今『黒田官兵衛』でちょと盛り上がっているようですけれど(すみません、見てないので、自分では盛り上がりがよく分からない(>_<))、やっぱりまず思い浮かぶのは千姫ですよね。
戦国時代の絶世の美女・お市の方の三人娘の末っ子・江の娘。父親は徳川家康の息子にして二代将軍の秀忠。
従兄弟である豊臣秀頼(江の長女・茶々、すなわち淀君の息子)に嫁いだものの、大阪冬の陣で死別。
大阪城から助け出され、江戸に向かう途中で本多忠刻を見初め、目出度くゴールイン、姫路城に住みます。

本多忠刻って誰やねん?ってことですが、こちらの母君は、徳川家康の長男・信康と織田信長の娘・徳姫の間に生まれた娘。結構名門。しかも男前だったそうで、剣の使い手。
美男美女カップル、しかも当時には珍しい相思相愛カップルの誕生となったわけです。
残念ながら31歳で忠刻が亡くなり、30歳の千姫は江戸城の弟(家光)のところに戻りますが、そんな千姫尽くしの姫路城。
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西の丸はこの忠刻・千姫夫婦のための曲輪で、長い廊下(百間廊下)の脇に部屋が並びます。
その先にあるのが化粧櫓。某所の天満宮を遥拝する際に化粧を直したという場所ですが、この中にはかるた遊びをする千姫の人形があります。
傍にはねこ。
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というわけで、ここからは姫路城ねこツアーにご案内いたします。
案内役は、迷探偵・マコト(でいいのか?)
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あ、そうそう。この姫路城公園の中には入園料200円の動物園があるのです。何だか切ない感じがしますが、白クマ、つまりホッキョクグマくんもいます。
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微妙なコーナーも。
あれ、マコト、なに? あ、はいはい、替わるのね。では皆様、ごきげんよう。
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姫路城の工事中の傍で何かを狙っていた猫さんでした。

(以下、マコトのコーナーは「続きを読む」からどうぞ
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【雑記・旅】京都・大船鉾150年ぶりの復活と戦利品 


先日、京都時代の職場の同門会に行って参りました。
トトロが住んでいそうな、こんな大きなムクノキ。
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こんな美人な猫さんにも会うことができて(in 下御霊神社)、久しぶりに歩いて楽しかったけれど……
あづい! 分かっているけれど、京都は暑かった!

そう言えば、神戸に来てびっくりしたこと。
暑いけれど、海からは風が吹いてくるし(たまに湿気と塩も)、冬も電気カーペット+炬燵でも寒い京都とは違って比較的寒さが気にならない。改めて京都のすごさを知ったのでした。

さて、行ってみたら、あれ? なんでまだ山があるの???
タクシーの運転手さんから聞いて初めて知りました。
49年ぶりに、前祭(さきまつり)に統合されていた後祭が復活したそうで、その復活の目玉が、これまた150年ぶりに復活した大船鉾。蛤御門の変で焼失したものの、文書が残っていて復元されたそうです。
前祭には鉾が沢山並ぶけれど、後祭はほとんどが山で、鉾はこの大船鉾のみ。
となれば、見に行かなくちゃ。
……人込みの中を行くと。
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四条通を少し入って、見えてきました。
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提灯も鮮やか。
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駒形提灯の間から、ちらりと船の舳先が見えてきた。
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あぁ、でも狭い道にあるので、この真横を見上げながら通る。
全体像はよく分からないけど鉾にしては横長。……船だからね。
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演奏はちょっと休憩。
ちなみに、鉾と山の違いは、鉾の方が平安時代、山は室町時代から始まったもの。
鉾はてっぺんに、それぞれの鉾特有のシンボルが付いている(薙刀鉾なら薙刀、月鉾なら月)。山はてっぺんに木。
鉾のキラキラの飾りは、そこに疫病の原因=怨霊を呼び寄せて、集めて都の外に追い出そうしたもの。
山はもともと、人が担いでいたとも。しかもこちらはさすが室町時代。その上で楽しませるためにお芝居をしていたらしいです。
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立ち止まらないでゆっくり進め、との警備員さんからのお言葉。でも、みんな止まって写真を撮るので、なかなか進みません。
しかも近すぎていまひとつ形が分かりにくい。と思ったら、大丸の中に模型が。
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後ろにあるのは、前祭で登場してすでに仕舞われている薙刀鉾の模型。てっぺんの薙刀が写っていなくてごめんなさい。
本当は粽(チマキ:厄除け)が欲しかったんだけれど、午前中に売り切れたそうで。
仕方がないので、近くのお店で写真を撮らせてもらいました。
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なんと、額に入っていた。ちょっとガラスが反射して、綺麗じゃないのですけれど。
粽の代わりに、復元記念のお菓子を買いました。柚子と山椒の味の不思議なお菓子。
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こちらは、粽の写真を撮らせてもらったお店で購入したお弁当。ちょっと割高だった。
お祭り期間だから仕方ないけど……ま、縁起物ということで。
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さて、150年ぶりの復活!も観たので、今年はいい年になるかしら?
(休みを下さい)

後半は、お約束の?京都土産物大会。
そう、毎年この同門会の日は、京都お買い物DAY。
昔よく行ったお店を散策したり(にしては暑いけど)して、久しぶりに散財です。
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まずは、毎年お決まりの京都俵屋旅館の石鹸。
とてもいい和の香りがします。小ぶりですが、1個200円と、普通の化粧石鹸よりはリーズナブルなお値段。
テルテル坊主は、同じく俵屋さんの匂い袋。
ちなみにこちらの旅館、泊まろうと思ったら1泊1人50000円は下らないはず。
……えっと、ま、200円の石鹸でいいかな(ちょっと、マコトの気分)。
縮緬ケース(カードケース)は別のお店のものですが、あまりにも猫さんが可愛くて購入。
丁度名刺入れが欲しかったので。
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次は、錦市場の中の雑貨屋さんで手ぬぐい購入。
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まずは、猿の置物。玄関に置きました。
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パンダの手ぬぐい。超かわいい~~~
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そして、上の写真の真ん中の「猫のこと」は、綴じ本みたいになっていて、開くとこんな感じ。
もちろん、綴じ糸をほどいたら1枚の手ぬぐいになります。
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ちょっとボケていてすみません。学生時代からよく行っていた寺町通りの紙屋さん(柿本)で面白い便箋を発見。
お題は「きもだめし」・・・・・・・
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そして、ラムネと飴と、京都と言えばこの「日本一小さい金平糖」。世界一小さい金平糖もあるのですけれど、とげとげがちょっと微妙な気がするので、こっちの方がお気に入り。
他には、柚子の乾燥粉、山椒味しっかりの七味、京都と言えばお番茶、鱧の煮つけも購入。
さらに大好きな扇子を購入。
この端っこが丸い扇子、ちょっと小ぶりでお気に入りです。今年は朝顔にしてみました。
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ということで、1年に1度の京都小物散財ツアー? お開きです(*^_^*)

あ、そうそう。
そう言えば、この日、新神戸から京都まで新幹線してしまいました。
帰りに、京都の地下鉄に乗ろうと思ったら、スマートICOKAとEX-IC(新幹線用)の入ったパスケースがない!
喫茶店に入り、荷物をひっくり返してみたけれど、やっぱりない。
神戸~京都を移動しているので、どこで落としたか、どこでもありそうな……
諦めて紛失連絡(悪用されないように使用停止)をしようと思って、新神戸の駅でみどりの窓口に寄ろうと思ったら、すごい人が並んでいて。
家に帰ってから電話しようと思い、地下鉄の駅へ……
思えば、今日最後にパスケースを見たのは? 新神戸で地下鉄から新幹線に乗り換える前……
もしかして。
地下鉄の駅員さんに聞きました。
「スマートICOKAとEX-ICの入った白地に花柄のパスケースを落としたんですけれど……」
「いや~、そんなものは届いてませんねぇ~(ガサゴソ、リスト確認)。あれ? えっとお名前は?」
「オオミサヨです」
「あ」
……私って、日ごろの行いがいいのかしら?
それとも、大船鉾の御利益?
こうして、8時間の時を経て、無事に戻ってきました。
パスケース、あの猫さんとお魚のに替えようと思っていたのだけれど、この古いパスケースは縁起物、かも。

暑い日々が続きますが、皆様、お身体お気を付け下さいね!
あ、こんなことしている場合じゃない。お仕事の原稿書かなくちゃ!

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【雑記・旅】旅に出ます 探さないでください。~2014宮城・山形ダイジェスト~ 

松島Tシャツ
出張後に夏休みをくっ付けて、今回は宮城~山形を巡ってきました。
もちろん、メインは石巡りですので、要所要所で石を挟んでの旅行ですが、ほとんどトレッキングをしていたような……
短い日程なので、強行軍(何しろ、東北は移動距離が長い!)
……それでもずいぶん頑張りました。
まだ今週末までお仕事が忙しくて、じっくり記事を書けそうにないので、今回は予告編だけなんですが、お楽しみください(*^_^*)
旅の詳細は後日にしっかり記事にしたいと思います。もちろん、石紀行がありますよ!

あ、上の写真は松島のお土産物屋さんで見かけたTシャツ。

さて、今回の1日目は仕事明けの休日のお昼から行動を開始。
仙台→松島→釣石神社→南三陸(ホテル観洋)
まずは松島の美しい海を……
松島海
松島って、写真にとっても、よく観光案内で見かけるような写真にはならないですね^^;
海の中に点々と島……約50分のクルージング、楽しみました。
松島釣り人
釣り人さんたち。手を振ってくださいました。
この日の目的は、地震・津波でも落ちなかった釣石神社の不思議な石。
釣石神社
どうなっているのか? それはまたじっくりお見せいたします。
かなり飛び出しているんですよ。
ちなみにここは海からはとても近い場所でした。

2日目はホテル観洋さんの『語り部ツアー』で震災・津波の跡地→山形県・山寺千手院奥の垂水遺跡→銀山温泉
震災の跡地……今は更地になっていて、ほとんどが原っぱ。でも、もとは町がちゃんとあった場所なんです。
いまはただ、所々盛土や道路の跡があって、震災の遺構が2つばかり残されているだけです。これも倒壊の危険があるので取り壊すかどうか、ということで問題にもなっているようです。
でも、これがなくなったら、津波の怖さを教えるものがなくなってしまうんですよね。
志津川病院あと
白い建物はホテル観洋さんが管理している遺構。実は中はかなりなことになっています。
そして、隣の盛土は、志津川病院の跡地。あの白い建物の屋上からは、入院患者さんが流されていくのが見えたのだと。
……このツアーのこともご紹介しますね。

そして今度はひたすら走って山形県へ。かの有名な山寺・立石寺を目指します。
といっても、目的は山寺ではありません。山寺のすぐ横の山寺千手院の裏の山。
そう、この山の中に、こんなものが。
垂水遺跡
垂水(たるみず)遺跡と言います。この山の中をさらに進んでいくと砦のような岩が並んでいたり、修験道の行場があります。古い、もともとの山寺だったのではないかと言われています。
山の中を歩くこと2時間、立石寺の霊園に出てきて道を引き返していくと、地元のおじいちゃんに出逢い……
どこさ行ってた? なんと、わしらでも2回ほどしか行ったことのない山の中だべ。草、ちゃんと刈ってあったべか? 歩けたべか? どっから来た? 兵庫県??? てなことを東北弁で……半分くらいしか聞き取れませんでした^^;
確かに、道はもちろん整備もされていない山の中、草をかき分けて行くところもあり、でした。
最近、親子の会話……「いつもこうだよね~」(道なき道を行きながら……)
石紀行でこちらの山の中もじっくりご案内いたしますね。

そして、この日の泊りはあの銀山温泉。
銀山温泉
大正ロマン漂うお宿に泊まりました(*^_^*)

3日目は羽黒山→湯殿山→蔵王近くの遠刈田温泉。
羽黒山、いや~、すごい階段登っちゃいました。金毘羅さんよりも1000段も多い、2200以上もある階段。
羽黒山五重塔
この国宝の五重塔までは良かったんですけれど、この先に……
羽黒山のぼる
こんな世界が。これで山頂の羽黒山本宮へ。
実は他に道があって、車でも行けるんです。でも、何だか頑張っちゃいました。
帰りは……もう降りるのがしんどくて、バスに乗っちゃいましたよ。
そして、湯殿山へ。
湯殿山
「語るなかれ 聞くなかれ」というわけで、語れませんが、すごい。
御神体だけでなく、山全体にものすごいパワーを感じます。
そこからは温泉にあるオーベルジュへ。こんどはかなり新しめのお洒落な宿に泊まりました。

4日目は丸森へ。福島県との県境くらいにある、すごくたくさんの石があるところです。しかもメインの石が素晴らしい!
「あの、立石(たていし)に行きたいんですけれど」
「え?」
地元のふるさと館で聞いたら驚かれちゃいました。
「下から見たら? 見えるから」
と勧められましたが、いや、そんな訳にはいかないのです。
だって。
立石遠景
見えますか? 確かに山の下からこんなに見えてるんだから、大きいのは分かるけれど、巨石ファンが下から見て満足するわけ、ないですよね。
でも、行ってみたら……確かに、草ぼうぼう。半分道が埋もれている。一応、最近上の方は木を刈ったそうで。
この立石。日本一大きな道祖神、ということになるんでしょうか。
丸森立石
大きさは写真では分かりにくいので、横に小さく人がうつっているのをご確認ください。
(マッチ棒代わりのうちの母^^;)
この石、四方からすべて表情を変えます。こちらもお楽しみに。
他ももう一か所、町の中のキャンプ場近くにある大きな石を見てきました。
笠島立石
こちらは隣の角田市にある笠島の立石。畑の中の小さな小高い繁みの中に突然に立っています。
他人様の畑の畔の奥にあるので、傍には近づけないかったのですけれど。
だるまさんに見える?

丸森はかかし街道で紹介されたこともあるようでして。
丸森かかし街道
丸森かかし街道2
この丸森町は石だらけ。まだまだ見切れなかった石が沢山あるので、また訪ねたいです。

さて、もちろん、グルメ情報も満載?
ホテル観洋あわび
上はホテル観洋さんのアワビ。生きてます。いまから焼くとこ。
yamabuki土瓶蒸し
上は遠刈田のオーベルジュ・山風木さんの松茸土瓶蒸し。
牛タン弁当
帰りの新幹線では牛タン弁当(あ、こちらは仙台牛も入ってた)。
ホテル観洋かもめ
ホテル観洋さんのウミネコ……あ、これは食べれない^^;
ちょっと窓を開けたら、いっぱい集まってきて、じ~っとこっちを見るのです。怖い^^;

ダイジェストだけでも盛り沢山ですが、またまた本記事もお楽しみに!!
さて、しばらくお仕事、がんばります!!

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【雑記・旅】北海道、今年もありがとう! 

札幌ドーム
北海道から帰ってきました。写真は雪に埋もれた札幌ドームです。
ARASHIさんのコンサートが主目的の旅でしたが(そのために夏休みを残しておりました^^;)、今回はチケットが本当に取れなくて、逆に時間を持て余すくらいだったので、結果的に北海道満喫の旅に……?
満喫、と言っても、見事に寒波に見舞われ(爆弾低気圧の直前で、まだ良かったのですけれど)……寒かったです。
クリスマスツリーサンタ
ホテルのロビーにもクリスマスツリーが。そしてサンタクロースはシロクマに乗ってやってくる? ツキノワグマバージョンもありました。
クリスマスツリー2
こちらはサッポロビール園のクリスマスツリー。サッポロビール園に行ったのは何十年ぶり? でもジンギスカンコーナーは昔の記憶のままでした。
ジンギスカン
でも、服も髪も鞄もすごい臭いになりますけれど……
サッポロビール園
さて、今回は本当によく雪が降る中、強行軍で小樽にも行ってきました。って、毎年行くのですよ。
目的は? お寿司とお菓子です。
お寿司
お寿司、本当に美味しいですね。そして、いざ、大好きな北菓楼へ。
小樽2
こんな雪の中、北菓楼、LeTAO、ROYCEなどを巡り歩き、小樽駅では突然鉄子ちゃんに。
小樽駅
雪の中の列車連結作業に盛り上がっていたら、危うく列車に乗り遅れるところでした。
一方、大通では、やはりクリスマスのイルミネーション真っ盛りで、ミュンヘン・クリスマス市なるものを開催中でした。
ミュンヘンクリスマス市
色々なクリスマスグッズを売っている屋台が並んでいるのです。
ミュンヘン・クリスマス市2
歩くだけでもクリスマス気分を味わうことができますね。
スノードーム
真中のスノードームは今回購入したもの。ひと目ぼれしたので、お買い上げしちゃいました。
スノードームっていいですよね。小さな幻想の世界が閉じ込められているみたいで。
周囲を列車が走っているんですよ。……あ、動きませんけれど。
はがき
こちらはクリスマス用のはがき。何故かセキセイインコがカップケーキに?
大通4
イルミネーションもとても綺麗で、テレビ塔も賑やかに色を変えていました。
でもやっぱり、北海道はグルメですよね。
スープカレー
……こちらは海鮮スープカレー。
えびそば
……こちらは今回初めて食した「えびそば」。スープがまさに海老の味がします。
全部飲んだら食塩過剰摂取になりそうだけれど、美味しい……
牧場に行けば牛さんや羊さん、道産子くんたちがうろうろ……
うし
どさんことひつじ
市場に行けば、毛ガニもタラバもごっそり……
たらば毛ガニ
牧場では、ソーセージとバターも作ってみました。
牧場
修学旅行生たちが雪合戦を楽しむのを横目で見ながら……
手作りソーセージ
ちょっと不細工だけれど、牛100%のソーセージ。でも、普段ポークのソーセージに慣れているからか、ちょっとうまくいかなかったハンバーグみたいな感じでした。
バター作り
こちらはバター作り。左の大きな入れ物でハンドルをぐるぐる回して油脂と水を分離して、右の方の板でさらに水分を絞りだしたら、こんな感じに。
バター作り3
塩分控えめで美味しくいただいています。
バター作り4
おうちに帰ったら、お土産のイクラと時鮭で贅沢な親子丼。
親子丼
こちらは札幌の自然素材の石けんのお店で購入した、手作りのハマナスの模様の蝋燭と、ローズ石鹸。
ろうそく
寒かったけれど、また来年……も行きたいものです。チケットが取れたら……(゜-゜)
あ、荷物用のそり、便利そうでした……(*^_^*) 歩道はいわゆる床暖房状態で、一部はこうして歩きやすくなっているのですけれど、さすがに大きな道の一部だけでした。
荷物運びのそり?
爆弾低気圧で被災された方々には心からお見舞い申し上げます。何はともあれ、この季節ですから、お身体を大切にしていただきたいです……
そして皆さま方も、クリスマスまであと少し、仕事納めまでもあと少し、お互いに頑張りましょうね。
私は思わぬ風邪でぶっ倒れてしまいましたが、皆様もお身体、ご自愛くださいませ。
大通2
クリスマス市と小樽のガラス細工のお店で購入した小物たち。
雪だるまをだっこしているトナカイがとっても可愛い。
こものお土産

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【雑記・旅】そうだ、京都、行こう。(3)~2015春の特別公開・その1~ 

昨年、京都の旅記事(⇒【そうだ、京都、行こう。(1)】)でご紹介しました石楠花の見事なお寺・志明院さんに、今年もお邪魔いたしました。毎年3月~4月ごろ、清明の季節には訪ねるのですが、もう何年目になるでしょうか。
今年は諸事情で津軽遠征を取りやめたので、代わりに京都行きを1泊2日の小旅行にしました。って、泊りがけで行くような距離じゃないのは重々承知しておりますが……たまにはね。長く京都に住んでいた私には「京都に泊まる」なんて通常はないのですが(たまに飲みに行って帰れなくなるという事態が予想される時は泊まる^^;)、おかげさまでゆったりと時間を使うことができました。

目的は2つ。ひとつは志明院さんに行くこと、もうひとつは春の特別公開をいくつか見ること。おまけは、清水寺に行ったことがないという母に清水の舞台を見せること、と、八起庵さんの鳥料理を食べること。
母の清水寺に行ったことがない、というのは本当かどうか定かではありませんが、というのも、村の旅行とかでしばしば京都には来ているのですが、たいていバス旅行で、一緒に行った人が三年坂や二年坂でお店につかまって時間切れになってしまうからだというのです。
東寺1
さて、旅は東寺からスタートです。新幹線から見える五重塔は、京都タワーと並んで京都のランドマークになっていますね。
東寺は私の大好きなお寺で、特に講堂の立体曼荼羅は何度行っても震えるくらいに感動してしまいます。隙間から差し込む光に細やかな塵が煌めいている時も、静かに瓦屋根に触れる雨の音が聞こえる時も、いつもあの素晴らしい御仏が迎えてくれるのですから。

あ、帝釈天が男前だとか、そういう理由ではないんですよ……いや、でもついつい目が行ってしまいますね。口コミでも「日本一イケメンの仏像」だとも? ぜひ、ご確認ください。⇒東寺のHP
どうでもいいことですが、好きすぎると物語に登場させるのが悪い癖で、大和竹流が初めて京都に来て、この講堂で黙って大日如来を見上げて涙を流していた姿を見て、お茶屋の女将さんがこの男はんの面倒を見ようと思った、というエピソードの舞台になりました。

お庭の新緑が美しいですね。黄色い菖蒲が池に映るのもすがすがしいです。五重塔の前では、ヒラドツツジも見事に咲いています。
東寺2
さて、春の特別公開はこの五重塔の初層内部です。写真NGなので、文字ばかりの記事になりますがご容赦ください。
もう○十年ほども昔に、一度入ったことがあったのですが、記憶がもう曖昧になっていました。もともとはもっと極彩色の空間だったといいますが、柱に描かれていたであろう御仏などは劣化してよく分かりません。それでも四尊の如来、八尊の菩薩が大きな心柱を中心に四方八方をあまねく見守ってくださっているという心地になりますね。この超免震構造の塔を支える心柱は大日如来を表しているそうです。
東寺金堂
こちらは金堂です。「仏」のおられる場所、つまり本殿です。中には薬師三尊がいらっしゃいますが、この薬師如来さんは少し変わった形、つまりよくあるような薬壺を持っていらっしゃらないのです。古い様式だということです。
そしてその北側にあるのが「法」を表す講堂。伽藍の中心にあり、ここにかの立体曼荼羅があります。東寺の中心に、宇宙の中心で万物を照らず大日如来が安置されており、弘法大師空海が最も大事とされた場所です。
更に北側には「僧」の修行・生活の場、食堂(じきどう)があります。これで、仏法僧。
東寺ヒラドツツジ
御影堂(大師堂)の脇に見事に真ん丸なヒラドツツジが咲いていました。うちのヒラドツツジもこれを目指していたんだけれど……う~む。
うちの子↓(でも、他人から見たら不細工でもうちの子が一番かわいいんだ!)
ヒラドツツジ白

このあと東福寺の特別拝観に行こうと思ったら、駐車場がないみたいで断念。今回の特別公開では三門を攻めようと思っていたのですが、いきなり躓いちゃいました。そう、京都の町中は車を置いてタクシーやバスもしくは徒歩で動くのが正解。でも、今回は(も)志明院までたどり着くには自家用車以外の方法は困難(タクシーだとものすごく値が張りそう)なので、車で来たのですね。
そこで仕方なく、先にお宿に車を預けて、目的地のひとつ、黒谷さんと清水さんに向かうことにしました。
壇王法林寺
その前に、京阪三条を降りたらすぐそばに檀王宝林寺がありましたので、特別公開の猫さんに会いに行くことにしました。こちらのお寺、招き猫で有名。しかも、御開祖の袋中上人が明に行くことを切望して琉球まで行き、許可を得られずに琉球で滞在・布教することになった関係で、琉球との関係が深く、当時としては珍しい琉球漆器なども展示されていました。こちらのお寺、以前の書院の襖に描かれていたものが屏風に仕立て直されて、「源氏物語絵巻」など大変貴重なものまで見つかっているそうです。
でも私のお目当ては麝香猫さん。尻尾が何故かミツマタだけれど、ふさふさの猫さんでした。こちらの麝香猫さんはお見せできないので、代わりに猫さんのお守りを。えっと、決して猫のためのお守りではないと思うのですけれど、マコトが喜びそう。
だんのうさんお守り

次に向かったのが黒谷さんで親しまれている金戒光明寺。こちらの山門が公開だったのです。
金戒光明寺
京都守護職となった会津藩の本陣となり、新撰組発祥の地とも言われる黒谷さん。境内はお墓だらけ。会津藩士のみならず苗字無き雑兵や婦人も祀られているそうです。
ところでこちらの山門。東山の裾野にあり、上がってみたら景色がとても素晴らしい。といっても、「文化財保護のため」内部はもちろん、そこから見る景色も撮影NGなので、ご想像ください。しかも梯子のような階段を登らなくてはならないので、高所恐怖症の私にはちょっと辛い。ただ、この上に極楽が……と思うので頑張って登るのでした。
初めて「三門」なるものに登ったのは、知恩院さんでした(知恩院・三門)。その楼上にこんな極楽浄土(に至る道)があるのかとまだ若かった私も感動しきりでした。

いつもは見上げて潜るだけの門ですが、上がってみると、天井の低い空間に宝冠釈迦牟尼仏像(通常は仏像の後ろは光背ですが、三門の仏様は丸い輪っかみたいなのを背負っておられ、これを宝冠といいます)や十六羅漢像(お釈迦様のあ弟子さんたち)がずらりと並んでおられます。
天井・柱・壁は極彩色で描かれた迦陵頻伽(かりょうびんが=顔は天女で身体は鳥。素晴らしい声で鳴き、生きている間に見ることがあれば極楽浄土へ行けると言われる)や天女、飛龍(龍になる前の子ども。羽根が付いていて、荒波を潜り抜けて立派な龍になる)が極彩色で描かれていて、まさに極楽浄土。
天井には立派な龍が描かれています。飛龍もですが、水にまつわるものが多く描かれているのは、火災から守るためなのですね(いや、実際には役に立たないとしても……)。

ちなみに、三門? 山門?
もともと寺院は山にあることが多かったので(お寺には〇○山って山号を持っているところが多くありますよね)、山にあるお寺の門、という意味で通常、山門と呼ばれているのですが、ここに仏教的な意味合いを被せると三門となります。
「空門(くうもん)=一切は空と悟ること」「無相門(むそうもん)=あらゆる変化に惑わされない」「無願門(むがんもん)=欲望の対象となるほどに価値のあるものは何もない」という、悟りに通ずる三つの解脱の方法・境地を表わす門(三解脱門:さんげだつもん)を意味しています。
扉がないのは、あらゆる人に開かれているとしているからです。

清水寺2
さて、清水寺まで降りてきました。この舞台の上にいる人々の3分の2は絶対に外国人です。中国人らしき人々が一番で、他にヨーロッパ系の人も沢山。しかも、随求堂の胎内巡り(真っ暗闇の中を壁を伝って歩くところ)にも入ってみたら、後からやってきた異国の集団がやかましすぎて、全然有難くなかった……五感を研ぎ澄まして……なんてとても無理で。
三年坂までの道は、ここどこの国?状態です。いや、もう、日本語が聞こえないよ~。しかも、皆さん、どこかで着物(浴衣)を着せてもらって散策されていました。この日の気温は29度。帯はかなり本格的に結んであったので、暑かったろうなぁ~
帰りに、お約束通り七味を買って、お香のお店で白檀のお香を買って、わらびもちも買って、1日目の行程を終えました。

今回の宿泊は『晴鴨楼』さん。川端五条近くの大正レトロな雰囲気の素敵なお宿です。玄関からサロン~喫茶室まで窓を開け放つと風が通って、いかにも京都の風情です。
晴鴨楼2
泊まったお部屋は本館で(新館もある)、もちろん古い建物ではありますが、雰囲気はとても素敵でした。全体の造りが、京都らしく入り組んでいて、他にもずいぶん泊まっている人がいたと思うのですがとても静かでしたよ。川端通りが近いので少し車の音は聞こえてきますが。
晴鴨楼1
一方で、水回りは新しくしてあって、洗面所もお手洗いも、部屋のお風呂も綺麗でした。大浴場もあって、京都のこじんまりお宿にしてはなかなかの大きさで(高野槇かしら?)、大変気持ちのいいお風呂でした。
晴鴨楼3
晴鴨楼4
どれも小さく見えますが、お魚などはかなりの厚みがあります。特に鰆は随分と厚いのにしっかり味も浸みていて、とても美味しくいただきました。デザートもボリュームがあって、女将さんがつけられたという梅酒もおいしかった(*^_^*)
あ、でもやはり外国人率、こちらでも高かったですね。ヨーロッパ人風(スペイン語かイタリア語か、ラテン系の言葉っぽいのが一瞬聞こえたので)若い男性2人連れが大浴場から出てきたので、うん、日本の裸の付き合いもなかなかワールドワイドになってきたと思ったのでした。
あさごはん
朝ごはんまで美味しくいただいて、コーヒーもお部屋に届けていただいて、さて、2日目の京都散策に出かけます。

Category: 旅(あの日、あの街で)

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