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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

NEWS 2013/5/20 庭の守り神2/ 絵本【ギルガメシュ王シリーズ】 

タヌキ
今日はうちの庭のもう一人?一匹?の守り神、フクロウ君よりも『主(ぬし)』にふさわしいタヌキ君をご紹介いたします。
実家にやって来たのはもう40年以上前、そして我が家にやって来たのも10年以上前となりました、まさに主にふさわしい信楽タヌキ氏です。
で、なぜ新参者のフクロウ君に先を越されたかというと、芍薬の陰に隠れてすっかり見えなくなっていたのです。
すみません、私の手入れの悪さが……^^;
全貌をお見せできるのは芍薬の花が終わってからですね。
今は顔だけ、ちょっぴりご挨拶。

れもん
そしてこちらが、蕾だらけのレモンの木の一部。
もちろん、このすべてが実になるわけではありませんが……アーモンドの実よりも結実率は高いです。
いつかこれが、ブロ友・月子さんによってジャムになる日が来るんですね……\(^o^)/
楽しみ~~
さっそく101を播きました(って、私は101の回し者みたい……宣伝費はもらっていません^^;)

で、今日はネタもなかったので、いつか使おうと思ってファイルアップしてあった絵本をご紹介したいと思います。
というよりもですね、この絵本、一時生産されなかったのか、アマゾンで3倍の値段で取引されていたのです。
さっき確認したら出版社が再度刷ってくれたのでしょうか、ちゃんとまっとうな値段で普通に売っておりました。
1800円→1995円/冊とちょっと値上がりしていましたけれど……^^;
ギルガメシュ
ギルガメシュ
ギルガメシュ

10年弱前の本なのですが、絵が素敵で買ったのです。
【ギルガメシュ王ものがたり】【ギルガメシュ王のたたかい】【ギルガメシュ王さいごの旅】の3部作。
何でも持っている、強い王・ギルガメシュは、寂しい男だったのですが、その理由は友だちがいなかったから。
そのため気難しくなっていって、ありがちなことに暴君化。
なんて、いかにも子供向け絵本なのですが、闘いの中で得た親友・エンキドゥと共に怪物と戦ったとき、地上をかしずかせる力でも何でもくれてやるから夫になれと惑わす女神・イシュタールに、ギルガメシュがこう答えるシーンに至る頃には、すっかり虜に。

富や力で、我を惑わすのはやめよ。我は大いなる都を築いた。わが都と、人々をおいて、どこへ行くこともせぬ。人々は我を、我は人々を、愛しうやまっているのだ。我には友がある。わがために命をささげてくれる友が。他には何もいらぬ。

うーん、えぇ話や(涙目)。
でも、もちろん、絵本とはいえ、叙事詩のまんまなので、せっかく親友になったエンキドゥもその嫁のシャマトもあっさりと死んじゃったりするのですが……
彼らの死に衝撃を受けて、永遠の命を探し求めに旅に出るけれど、そんなものは手に入らない。
でも、ギルガメシュが作ったこの美しい都、人々にしてきた良いこと、それらの全てこそが君の永遠の命だ……と鳥になったエンキドゥに空から自分の都を見せてもらって教えられ、悟るラストなど、もう泣けてきちゃうのです。…って、単純すぎ?

でも、何ともドラマティックで、叙事詩にふさわしい格調高い絵にも魅かれて、何回読んだことでしょう。

うーん、結構単純な人間なんです。私……
若いころ、哲学書も難解な物語も、一人前になったつもりで読んでは議論をぶっていたけれど、結局頭には何も残っていないような気がする……でも、こういう単純に『綺麗な』物語はいつまでも心に残りますね。
【モチモチの木】【ごんぎつね】……etc.しかりです。

それにしても、なんであんなに高かったんだろう。人にプレゼントしようと思ってアマゾンを見たら、その時5800円/冊くらいで売っていたんですよ。
嵐の初回盤だって、いつもバカみたいな値段だし、これが資本主義と言ったらそれまでだけど、何だか腑に落ちない…(@_@)


ということで、今日は今からコメ辺させていただきます(^^)
ちょっとカミングアウトに疲れて?じゃなくて、月曜日の業務に疲れて、ほのぼの記事にしてみました(^^)



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NEWS 2013/7/3 ごんぎつね 

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大好きな絵本のこと。
実は、先日新聞に、新美南吉の『ごんぎつね』のオリジナルテキストがあって、私たちが読んできたのは雑誌『赤い鳥』主宰者・鈴木三重吉が添削したものだということが書いてありました。

え? そんなことがあるんだ、と驚いたり、確かに作家が書いたものを、より読者に受け入れられるような形に編集者、あるいは雑誌の主宰者が添削を入れるってのは、あるとも聞くしなぁと納得したり。
もちろん筋立てが変わるわけではないけれど、表現が変わると微妙なニュアンスが変わることもある。

そこで、ある学校の先生が、オリジナルのテキストと流通している『赤い鳥』版を両方使って比較しながら授業をされているのだとか。実際に、両方を読んだ子供たちの反応は豊か。
どちらがいい・悪いではなく、違いからどんなふうに感じるか、ということが大事なようで。

特に最後の場面は、ちょっとした言葉の違いで結構印象が異なっています。

オリジナルは以下。

権狐(オリジナルではこう表記)は、ばったり倒れました。兵十はかけよって来ました。所が兵十は、背戸口に、栗の実が、いつもの様に、かためて置いてあるのを眼にとめました。
「おや――――――――――――。」
兵十は権狐に眼を落しました。
「権、お前だったのか……。いつも栗をくれたのは――――――。」
権狐は、ぐったりなったままうれしくなりました。兵十は、火縄銃をばったり落としました。まだ青い煙が、銃口から細く出てゐました。


赤い鳥版は以下。

ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。
「おや。」と兵十は、びっくりしてごんに眼を落しました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは。」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。
兵十は、火縄銃をばたりと、とり落としました。青い煙が、まだ筒口から細く出てゐました。


ごんの「うれしくなりました」について、子どもは「気持ちが届いてごんが嬉しくなったとはっきり書いてあって、自分も嬉しくなる」「兵十の『おや――――――――――』はすごい。驚きや後悔などいろいろな気持ちがこもっている」などと感想を述べたとのこと(小学校4年生だそうです)。

確かに、通して読んでみると、ごんの気持ちの流れがずっと書いてあるのに、最後だけ『ぐったりと目をつぶったままうなずいて」終わるので、何だか「ごんぎつね」は悲しい話という読後感が残ってしまっていました。
間違いで撃たれてしまったごんが、実は『嬉しかった』、という言葉を新美南吉が残していたんですね。
そして、撃ってしまった兵十は「おや」じゃなくて「おや――――――――」だったんですね。

読みようによっては子どもたちに「罪を償う話」にとられてしまいがちだったものが、この言葉で、「ごんが自分と同じように孤独な兵十に、つながりを求め続けた思い」が子供たちによりわかりやすく伝わるようになったと。

たった一つの言葉で印象や読後感が変わる。
これって結構怖い話だと思いけれど、物語というものの広がりも感じさせるなぁ、と思いました。

この黒井健さんの絵、本当に素敵ですよね。ほわんとした優しい絵。
お母さんのお葬式のシーンの彼岸花の赤、そのあとずっと兵十のあとをついていって様子をみているごんの姿。

分かって欲しくて、でも償いのためにやっていることをわざわざ言うこともないし、というよりも言えないし、ずっと後ろをついていっている。栗をくれたのは神様だという会話を聞いてがっかりしてみたり。
特に、兵十のお母さんのお葬式を見て、穴の中でひとり反省している(文字通り、省みている/顧みている)ごんの絵がとても好きなんです(アップで……)。
そのあと、ちょっと離れたところから精一杯のことをしているごん。
(黒井さんの絵は、暗がりの中のその黄金の狐の毛が、とても印象的。)
ごんの色々な気持ちが集約して、「うれしかった」という言葉なんだなぁ。


同じ新美南吉さんの『手ぶくろを買いに』……昔はハッピーエンドのこっちのほうが好きだったけれど、最近、『ごんぎつね』のほうが気になっていました。
そこにこの新聞記事だったので、物語の中の悲哀とか、そこから生まれる人の心の深さとかを改めて感じさせられた次第です。

南吉の15歳の時の日記。
ストーリィには悲哀がなくてはならない。悲哀は愛に変る
と書いてあったそうです。15歳の言葉! 驚きますよね。
しかも29歳で亡くなっている。

私は、彼の目指したものが「生存所属を異にするものの魂の流通共鳴」というのを、『手ぶくろを買いに』の表紙の裏で読んで、この言葉を何回もノートの隅に書いていました。

今あらためて、南吉の求めたものがしみじみと伝わる記事を書いてくださった記者さんに感謝します。
(朝日新聞2013/6/19)


ところで、いつも不思議に思っていること。
帽子屋さんは、こぎつねの持ってきたお金が本物なので、手袋を売ってあげたんですよね。
でももし、木の葉っぱだったらどうなっていたんだろう?
しかも、この本物の白銅貨、親狐はどこで手に入れたんだろう?
いくら人間が怖いからって、何かあったらどうするの~、子どもについていってやれよ~(いや、初めてのお使い、か?)
とかあれこれ、悩んじゃっていたのでした(あまのじゃく~~^m^)。
そこは読み流せよ、と自分でも思うけれど^m^
いえ、大好きな話なんですけれどね。
特に好きなのは「お母ちゃん、お手々が冷たい、お手々がちんちんする」~きゃわいい(*^_^*)


大人になってしみじみ味わう『ごんぎつね』……悲しい話のようだけれど、そこに込められた愛の深さ。ここに作家の心が強く表れているのだと思いました。





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NEWS 2013/8/14 世界の文字 

今日は、うちの本棚から一冊の本をご紹介。
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時々、ページをめくるだけで何となく楽しくなる本ってありますよね。
これはまさにそのような1冊。絵本のようでいて、結構アカデミックで、でも眺めるだけで楽しいという。

世界には5000-6000種類の文字があると言います。
それをある程度系統づけて紹介しようという本。もちろん、それでもすべてが網羅されるわけではありませんが、その種類の多さに圧倒されます。
ここでは、絵文字(シュメール、マヤなど)、エジプト文字(ヒエログリフ)、楔形文字、エーゲ海地方の古代文字(クレタ、キプロス)、西セム文字とその系統(ヘブライ、シナイなど)、アラビア文字、アルファベット(ギリシャ、ローマなど)、インド系文字、漢字、どうしても分類できない文字、などに分類されています。ついでに音符や点字、モールス信号まで挙げてあります。
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写真が暗くてごめんなさい。
マヤの文字。これを見ると、噂のマヤのカレンダーを思い出しますね。
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言わずと知れたヒエログリフ。
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この、鳥が魚かミミズか、足元を探している図→「見つける」とか、魚を取ったところ→「捕える」とか、同じ鳥を3つ並べて→「霊魂、化身」ってのが、うーん、なるほど、なんですけれど。
分身の術?
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これはアラビア文字。そう言えば、アラビア文字って、書道があるのですよね。確かになかなか芸術的な文字ではありますものね。夜中に時々アラビア語講座を見るのですが(全然わからないけど^^;)、そこに「キターバの迷宮」というコーナーがあって、書き方(綴り方)を教えてくれるんですね。
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こちらはカンボジア文字。このあたりの国々、隣の国と似たような似ていないような、独特の文字ですね。
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そして分類できないコーナーに入れられているイヌイット文字とかヴァイ文字とか…見たことのない文字。
ごく少数の隔離された民族が使っていた文字のようですが、もう使う人が減ってきて、やはりアルファベットを使うようになったりしているのだとか。

大好きなトンパ文字がないのは残念ですが、これだけの文字の数々、本当にめくっているだけで楽しい本です。
そう言えば、トンパ文字も最近はあれこれ芸術的な用途があるようで、ハンコにしてみたり、名刺に使ってみたり。お茶の宣伝で使われていた「喜ぶ」(人が飛び上がっている図)など、実に楽しそうだけど……
書くのが大変かも。

面白いのは、これだけの数の文字を色んな民族が使う中で、文字を持たない民族/文明があった/あること。
言葉はもちろんあるのだけれど、表記する文字がない。
ケルト、アイヌ、インディアン、アフリカのいくつかの民族、などなど。
国際社会の中で生きていかなければならなくなると、何らかの形で表記文字を選んでいるようですが……
そういった民族や文明は、伝承や口承によって「教え」を伝えてきているのですね。

文字で書かれたものを扱えると、多くの知識をストックしておくことができる。
古代において、アレキサンドリアの図書館が叡智の集結する場所であったように、人間の頭の外に空間を借りて、知識を集めて置いておく。コンピューターも、携帯/スマホも、人間の脳が覚えきれないことを覚えておいてくれる。
でも、使うのは人間ですから、そのページをめくらなければ、その叡智にたどり着くことはできない。

しかも、こうして過去から伝えられてきた文字を、コンピューターで打ち込むようになって、漢字も忘れていくし、国際社会になってアルファベットが最も有力な統一された文字になっていって、特に少数民族の文字は失われていくし。

逆に文字のない文明。
口承ではそれほど多くのことは覚えていられないかもしれない。
でも、本当に大切なことは、繰り返し繰り返し、世代を超えて伝えられていく。
人として本当に守らなければならないことや、知っておかなければならないことは、案外少ないのかもしれないと思ってみたりします。

もちろん、現代社会で生きていくためには、覚えきれないルールを扱わなければならないのですけれど……

あれこれ想いを馳せながら、文字を巡る旅、皆さんも出かけてみませんか?
(夏は忙しくて休めないので、旅行に行けないから……空想の世界へGO? ^^;)

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【雑記・本】 科学は暗闇を照らす1本の蝋燭 



私がまだまだ若かりし頃、今みたいに科学番組は多くなくて、この番組を見た時は本当に衝撃でした。
カール・セーガン博士のCOSMOS……
宇宙、生命の起源、人類へ繋がる道……今ではありがちな内容ですが、あの頃は本当に科学的・知的好奇心を満たしてくれる唯一の番組だったかもしれません。

カール・セーガン博士は、「ホンモノ」の科学者さんたちからは宇宙のセールスマンと揶揄されていましたが、私は一般の人々に科学の面白さを宣伝して回ってくださった功績は大きいと思います。
ちなみに私、セーガン博士が京都に来られた時、講演を聞きに行きました(*^_^*)

博士の本は、今でも私の宝物で、いずれも何度も読んだ跡があります。
これは博士の晩年の本ですが(遺作は公私ともにパートナーであったアン・ドルーヤンとの共著)、日本語と英語のタイトルは結構違う印象。

日本語:人はなぜエセ科学に騙されるのか
英語:The Demon-Haunted World~Science as a Candle in the Dark~


邦題って、内容を端的に表しているとも言えるけれど、もうちょっとかっこよく言って欲しいと思ったりします。
この本では、科学する心=懐疑する精神と不思議さに驚嘆する感性があれば、とんでもないエセ科学話には惑わされないということが書いてあるのは確かなのだけれど、それにしても。

さて少し言葉を拾ってみます。

「権威者の言うことは信用するな」というのは、科学の偉大な戒律のひとつである。権威ある人物の意見が、目を覆うような間違いだったというケースはあまりにも多い。科学の世界では、権威があろうとなかろうと、何かを主張するからにはきちんとそれを証明しなければならない。

科学がいざなう先にあるのは、ありのままの世界であって、世界はこうあって欲しいという願望ではない。

科学が上手くゆくのは、エラー修正機能が組み込まれているからだ。科学には問うてはいけないことなど何もない。聞くのがはばかられるような微妙な問題もなければ、冒すべからざる神聖な真実もない。科学は、新しいアイディアに対して心を開くと同時に、どんなアイディアも疑いの目で厳しく調べ上げ、それによって価値あるものとそうでないものを選り分けていくのだ。ここでは頭の良さも人柄の良さも関係ない。誰であろうと、専門家の厳しい批判の前で自説を証明しなければならないのだ。

科学は精神性と矛盾しないばかりか、深いところでは精神性を生み出す源だ。人が空間と時間の中で自分の位置を認識する時、あるいは生命の複雑さや美しさや精妙さを理解する時、そこには喜びと謙遜の入り混じった感情が生まれる。


科学は決して特別なことではなく、日常生活におけるあらゆることに関わっています。
だからこそ、我々はもう少し疑い、検証し、確かめていく姿勢を忘れないようにしなければならないんですね。
私たちの生活を便利にしてくれている科学のありがたさはしみじみと感じつつも、これは本当にいいものか、よく問いかけてみないといけないのだと思うのです。


また機会があったら、少しずつ、言葉を拾っていきたいと思います。

おまけです。夏の色をお楽しみください。
まずは百日紅、三色。
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ハイビスカスと、ヘブンリーブルー(朝顔)。
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リアル仕事が忙しくて、ゆっくり推敲する間がなく、【死と乙女】と【海に落ちる雨】がちょっと遅れていますが、明日~明後日、またアップしてまいります(*^_^*)

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【雑記・本】 くまもん~セーガン博士の本再び 

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最近、本屋さんで、古いドラマのDVD+解説本全集とか、ブランドのちょっとしたグッズとか、プラモデルみたいなものとか(毎号組み立てていったら戦艦大和になるとか、プラネタリウムになるとか)、本風にして売っていますよね。
あれって、付録をメインにした本みたいなものなのかしら。

遠い昔、「科学」と「学習」という本を売っていて、付録に実験グッズやちょっとした化石が入っていたりして、毎月とても楽しみでした。
今みたいに通信販売もないし、ネット販売もないし、小学校の裏に毎月初めに売りに来るんですよね。
学校公認なのか、その時みんな学校の帰りに買いに行っていた。

それはともかく。
私はDVDシリーズで「Xファイル」と「鬼平犯科帳」を揃えました(*^_^*)

そして、時々手を出してしまうのがこれ。
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本屋さんで手に入るくまもんグッズ。
傘や親子バッグ、トートバッグ、文房具に続き、ランチボックスです。
いえ、私が持っていたのは、トートバッグだけだったのですが、このたび、そろそろ新しいランチボックスが欲しかったので、即買ってしまいました(*^_^*)
袋が大きめで、上に果物とかちょっとおやつとかを乗せられるのもいいです。
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くまもんは登録商標をしなかったとかで、誰でも使ってグッズを作れるようで、熊本県のあちこちで、その地域にしかないくまもんグッズが手に入ります。

でも、一番びっくりはこれ。
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熊本の県内でしか借りれないレンタカーです。
来週熊本に行くので、一瞬心惹かれましたが、これではちょっと道を走れない……^^;
レンタカーが全部これなら、いっそ思い切れるけれど。

それにしても、日本人は何でも「可愛く」キャラにしてしまいますね。
(子どもはキャラ化しないで欲しいけれど)
そして、それを楽しむのも上手です。
……でも、レンタカーはちょっと微妙。幼稚園バスじゃないんだし……^^;

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くまもんと一緒に登場したのは、先日ご紹介したカール・セーガン博士の遺作、アン・ドルーヤン女史(何人目かの奥さん^^;やはり科学者)との共著の本。

『はるかな記憶~人間に刻まれた進化の歩み~』
Shadows of Forgotten Ancestors


進化を辿りながら「ヒトとは何か」ということを語る本です。
この時代から今はもっと研究が進んでいて、新たに分かっていることも増えていますが、古いとは決めつけられない何かがこうした発見や歴史を語る本には潜んでいます。

竹流の愛読書のひとつがシュリーマンの「古代への情熱」。
何回読んでも感動する本です。
ダーウィンの進化論。今では間違っている部分も指摘することはできるけれど、それでも素晴らしい本です。
新しい情報ばかりが価値があるとは限らないんですよね。

私が中学生の時に出会った、生物の教科書に書いてあった言葉。

「個体発生は系統発生を繰り返す」

かつて受精卵だった私たちは、アメーバのような単細胞から始めたのです。
胎児が10か月の間にたどるのは、生命の数十億年の旅、なのですね。
だから途中に、ちょっと両生類っぽい時があったり、鳥っぽい時があったり。
この言葉に出会ったとき、「すごい、私という個体は40億年の記憶を繰り返して、この世に誕生したんだ!」と中学生ながら震えるような気持ちだったのを、昨日のことのように思い出します。
(ちょっと多感だった中学生の私……^^;)

さて、この本からも、ちょっと気になる個所を抜き出してみましょう。

鳥類の既知種のうちの90%以上が「一夫一妻制」を敷いていることが知られている。オオカミ、ジャッカル、コヨーテ、キツネ、ゾウ、トガリネズミ、ビーバー、コガタアンテロープなどについての数字ははっきりしないが、サルや類人猿では12パーセントの種に「一夫一妻制」が知られている。
しかし、オスが育児に関与し、その母親の面倒も見るという形式をとる多くの種では、一夫一妻制は他の雄を排除してしまうことを意味しない。オスが絶えずメスと性的交渉を持つ機会を狙っている一方で、メスもしばしばそういうオスを受け入れることがあるからだ。
生物学者が「混合婚姻戦略」とか「婚姻外交渉」とか呼んでいるものだ。DNAによって、一夫一妻制の鳥の夫婦が育てている若鳥を調べたところ、約40%が婚姻外の子どもであると同定された。ヒトでも同じようなものなのかもしれない。


大したことないな! 人類! サル系で12%だって!
でも、やっぱり大した奴らだよ、人類! 鳥もね! 誰の子でも「種の子ども」!

東北には夜這い民話がたくさんあって、特に祭りのときにはあちこちで、未婚者・既婚者関係なく、「よそ者」との一夜限りの恋の花咲くこともある(いや、咲きまくり)、で、子どもができちゃうこともある。
でも、誰の子どもだろうと、結婚している夫婦は、これを自分たちの子どもとして育てる。
ムラという閉鎖空間では、奇形や病気の遺伝子が濃く受け継がれるので、時々異分子を入れるというのが常識だったようで、異分子の子どもが生まれることは、歓迎しないかもしれないけれど、結構普通のことだったわけですね。
子どもが労働力、という時代でもありますし。

そう考えたら、今の「文明人」って、けっこう「コセイ」なぁ、と思ってしまうのでした。

次回は、アオサギの求愛シーンをご紹介。
「キライ」と「スキ」の二面性は、何もヒトだけではありません、というお話。

あ、落ちがなかったなぁ。

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