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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【物語を遊ぼう】1. はじめまして:まずは自己紹介 

 大海彩洋と申します。一億総作家時代?とも言えるご時世に、例に漏れず小説ブログに参加してみることにしました。いったい誰がこのブログに辿り着いてくださるのだろう、という疑問を感じながら…

 そもそも、73年前に亡くなった私の祖父が作家志望で、家には手作りの和綴じ本に墨で超達筆な字で書かれた紀行文や雑記が残されていました。小説があったかどうかは定かではないのですが、すっかり本の魅力(それも装丁から自分で作るという)に魅せられた幼い私は、ちゃっかり小学校の卒業文集の将来の夢に「小説家・考古学者」と書いていました。今は全く違う仕事についていますが、まだまだどちらも可能性があるのでは、なんて思うこともしばしば。しかし、現実はそんなわけにはいきません。
 しかし小学校5年生の時にはすでにノートに何やら小説らしきものが…しかも、それは「明智君」なんて世界のお話でした。そう、江戸川乱歩からすべてが始まったと言っても過言ではありません。一方で、乙女チックな物語も結構好きで、若草物語の二番煎じものを書いたりもしていたものです。何故か当時書いた小説もどきの中に、侍ものがあるのは謎ですが…。ついでにお伽噺・童話・児童小説も大好き。あばれはっちゃく、王様シリーズなどは今でもバイブルです。でも一番のバイブルは『モチモチの木』。いつかラストであんなぱあっとした光が灯る物語が書きたいです。でもやっぱりおしっこの時はじいちゃんを起こしちゃう落ち付きで。
 中学に入ってからは、友人たちと一緒に沢山小説もどきを書きました。オリジナル一直線でしたが、中には二次小説のようなものも(主人公はツタンカーメンの奥さん、アンケセナーメンだったりしましたが)。本当に楽しかったなぁ。
 それからは、手書きノート、ワープロ(書院)の時代を経て、こっそり誰にも見せる予定のない小説を書いてきました。小説を読むのは大好きだけど、時々自分が面白く読める話は自分で書いた方がいいのか?などと思ったりしながら。
 しかし20年もたったある日、二次小説をいっぱい書いている中学時代からの友人に見つかり、オリジナルを読んでもらう機会を得ました。時々感想やらダメ出しをもらうようになり、それが結構励みになることに気が付き、さらに『ブログで小説』なんて時代が来たので、便乗するのも悪くない気がしてきました。
 この長きにわたる時間の中で、私の物語の主人公としてずっと居座っている人物がいます。世に出す、とまで格好のいいことは言いませんが、この二人の物語をやっぱり書いておこうと思う今日この頃です。
 それが、初めましての小説『清明の雪』の二人なのですが、実は主人公の片割れ相川真は、私が小学生の時から書いていた小説の主人公だった「明智君」の流転した姿。名前はその頃から相川真のまま。だから、職業も探偵でなくてはならないのだ!なんて具合に、設定は大きく変わっていません。しかもこの物語、父親の代からひ孫の代まで続いていて、すっかり大河ドラマです。相川家は父親はスパイだし、息子はピアニスト、孫は小説家でひ孫はロックンローラー、やしゃ孫は考古学者。主人公二人は男同士なのでさすがに結ばれるというわけにはいかないのですが(白状すると、少し恋愛感情は絡んでしまいます…でもBLとは言えないのが辛い)、このやしゃ孫の代にようやく2つの家系が、国も時代も乗り越えて結ばれる、気の遠くなるお話。まさに『われても末に逢わんとぞ思ふ』です。
 多分、私が生きている間には終わらないなぁ。他にあれこれ、書きたいこともあって。

 ちなみに『清明の雪』の二人の時代の底辺に流れている物語の原型は『人魚姫』なんです。お魚なのに人間の王子様に恋をするとややこしいことに…という話。そしてラストのやしゃ孫の物語の原型はオードリー・ヘップバーンの『麗しのサブリナ』…やっぱり物語の王道はお伽噺、と今でも信じています。そしてさらに触発されたのは、映画では『ドクトルジバゴ』、小説ではトルストイの『戦争と平和』…大河になってしまったのはこの2つのせいですね。大河と言えば、今でも私のナンバーワンは『獅子の時代』。
 でもってミステリーが大好き。物語を考えると、なぜかミステリー風になっていきます。そう、あくまでも『風』ですけれど。どんな日常のこともミステリーだと思うんですね。『じっちゃんの名にかけて』謎解きをしていくのが物語。だから、私の書くものはみんな広義のミステリーであり、広義のお伽噺だと思っています。
 とはいえ、目指しているのは『鬼平犯科帳』だったりする? 無人島に行くときは『鬼平犯科帳』と決めています。そう、人情もの、時代物、大好きなんです。
 長くなったので、またいずれ。
 よろしければ、お付き合いくださいませ。よろしくお願いします(*^_^*)
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【物語を遊ぼう】2. あとがき(というより小ネタ出し)の効能 

 本を読むとき、ついついあとがきから読んでしまいます。多分そういう人はいっぱいいると思います。だからこそ、あとがきを書く人たちもネタバレしないように気を使うんですよね。
 ミステリー・推理小説で犯人が分かるのはどうかと思うけれど、ちょっとしたエピソードや会話、登場人物のイメージが分かるのは、かえって読む気になっていいのかも、と思ったりします。少なくとも私はあとがきに書かれた小説の中のエピソードが面白そうであれば、読む気になるタイプです。万が一犯人が分かってしまっても…。作品を妙に抽象的に分析したり、またやたらとこの作品はすばらしいとほめ過ぎてたり、あとがきを書いた人の個人的感想が長々と書いてあるよりも、エピソードの抜粋や登場人物のことが具体的に書いてあると、入り込みやすいからかもしれません。
 新聞の書評を真剣に読んで「読みたい」と思うより、本の帯に物語の印象的な会話が書かれているのに魅かれてしまうことの方が多いですよね……キャッチコピーに引っかかりやすいタイプかもしれませんけれど^^; で、作中にその台詞が出てくると、あぁこんなふうにこういう場面でこの会話が使われるんだ~みたいな感じになります。
 フィギュアスケートもそうですよね、4回転やトリプルアクセルを単発で飛んでいるのを見るより、流れの中でなるほどこんな風にこの曲の中でこの技を使うんだ~っていうのが面白い。私、津軽三味線をするんですけれど、じょんからの曲弾き(唄に入る前の前奏部分が独立したもの、弾き手によって違うので基本オリジナル)もある程度パターンが決まっている中で、技をどう織り込むかが大事なんですね。あ、この技、こんな流れの中で使うのか、すごいなぁみたいな。そう、小説も技、すなわち印象的なエピソードや会話、はたまたキャラクターが流れの中でどんなふうに使われているのかを読む、というのが楽しいのかもしれません。
 だから私は、あとがきにおける小ネタ出しは実は大歓迎、なんですが、皆様はいかがですか?

 学術書、論文などは始めにabstractすなわち要約があって、「諸言」から「結論」まで書いてある。結論は分かってるのにそれでも内容を読むわけですから、ミステリーで言うと犯人は分かっているけれど読むようなもの。つまり経緯が大事なんですよね。もちろんこの手法はミステリー作家さんも使われることはあるけれど(最初に「犯人」が登場するパターン)、そうなると多分作家さんの筆力が問われるんでしょうね…大変です。でも考えてみたら、舞台や落語もそうですよね。落ちを知ってるのに、何度見ても聞いても面白い……そうでない時もあるのが演じる人・演出家にとっては怖いんでしょうし、作家にとっても怖いことなのかもしれません。
 でも考えてみたら、日本人は結果が分かっているのに比較的面白がってしまう国民なのかも。水戸黄門なんて印籠が出てくる時間まで分かっているのに、必殺も主水さんが首巻き?して夜の道を歩く時間まで知っているのに、そこに行きつく経緯を楽しむことができるのかもしれませんね。もちろん、安定調和を好む国民だからかもしれませんが、今回の大黒屋とお代官様はどのパターンでくるか、ってあたりでも十分楽しんでしまう。だから二時間ドラマをついつい見てしまうのかも…大体途中で犯人が分かって、ラストの崖では「私の二時間を返して」っていつも思うのに。
 でも私、二時間ドラマ、かなり好きです。この話はまた別の機会に。

 さて、話はあとがきに戻りますが、作家さん自身があとがきを書いていらっしゃるときもありますよね。ちゃんとした本?では謝辞とかが多くてあまり内容には触れておられないんですが、読み手としては、もっとこの小説の舞台裏を語ってくれてもいいのになぁってことはありませんか?
 もちろん、商業作家さんは小説自体で勝負しておられるのだから、本文がパーフェクトであれば舞台裏なんて見せないのがいいのだという意見もあると思うのですが、でも有名画家の有名作品のスケッチが出てくるとニュースになるし、あるいは小説ならこの掌編からあの長編が生まれたなんて研究をするわけですから、実は読み手は舞台裏が大好き。1冊の漫画の最後に、おまけの4コマやキャラクターの思わぬ素顔が描かれていたり、作者さんの「実は…」とエピソードが書かれていたりすると楽しいですよね。
 そういう意味では、同人作家さんなどは自由に自分のキャラクターで遊んでおられて、読む方も実はそれが楽しい。書店に並んでいる本にも作者さん自身のそんなあとがきやらお遊びページがあったらもっと楽しいのにと思うわけです(お遊びで一冊の本になるのもあり。たまにありますよね)。ブログ小説、ネット小説ではそんなのがいくらでもできるのがいいですし、みなさんがそれをされているのを読むのが楽しい。私もバンバンやっていきたいと思っています。
 そう、作者さん自身の派手なあとがきを求む、小ネタ出し大歓迎、たまにはネタバレもいいじゃないか、って思ったりしています。
 昔ノートに小説を書いていた頃、本文の余白の部分には、書き手のちょっと一言(つまり、笑うところで笑ってほしいから「ここは笑ってね」って印をつけるようなものなのですが(^_^;))やらみんなの感想やらダメ出しやらが書き込まれていて、それが妙に楽しかった。さすがに小説本文の中でそれができなくても、あとがきならぬ作者自身の解説コーナー、作っていきたいと思います。
 あぁ、また長くなってしまった。
 よろしければ、今後ともお付き合いくださいませ。
 よろしくお願いします(*^_^*)

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【石紀行】1.ご挨拶:フランス・カルナックの列石から 

≪ラインナップ≫
2. 尾道・岩屋巨石
3. 下呂・金山巨石群
4. 天草・矢岳巨石群(1) ・ (2)
5. 阿蘇・押戸石の巨石群(1) ・ (2)おまけ
6. フランス・カルナックの列石(1) ・ (2) ・ (3)
【石紀行番外編】1.世界遺産モン・サン・ミッシェル
【石紀行番外編】2.フランス南西部の美しい村(1)サルラ
【石紀行番外編】3.フランス南西部の美しい村(2)ベナック城
【石紀行番外編】4.フランス南西部の美しい村(3)ロカマドゥール
【石紀行番外編】5.フランス南西部の美しい村(4)サン・シル・ラポピー
【石紀行番外編】6.世界遺産カルカッソンヌ
7. 大阪交野・磐船神社(1) ・ (2)
8. マルタ・カートラッツ
9. 岐阜中津川・星ヶ見岩(1) ・ (2) ・ (3)
10.佐賀・巨石パーク(1) ・ (2) ・ (3)
11.熊本・拝ヶ石、とおまけの古墳
12.大分のストーンサークル・佐田京石
13.大分・八面山(1)箭山権現石舞台 ・ (2)和与石/鷹石巨石群
14.岡山総社・(1)鬼の差し上げ岩 ・ (2)岩屋巨石群 ・ (3)桃太郎の事情
15.兵庫高砂・生石神社~石が浮いている!~
16.岡山・楯築遺跡~岡山のストーンサークルと亀石~
17.宮城石巻・釣石神社~大震災でも落ちなかった巨石と南三陸の震災語り部ツアー~
18.山形千手院・垂水遺跡~この奇岩のパワー~
19.山形・峯の浦本院跡~もうひとつの山寺を語る巨石たち(とおまけの銀山温泉)~
20.宮城丸森町・立石~日本一の道祖神~
21.宮崎小林市・陰陽石~石紀行初の18禁!?~
22.奈良山添村・岩屋桝形岩~山そのものが聖地~
23.奈良山添村・長寿岩と鍋倉渓~巨石の村の地球と天の川~
24.兵庫たつの・綾部山古墳~梅と古墳の競演~
25.宇都宮・大谷資料館~アートな石切り場~
26.宇都宮・大谷寺~日本最古の石仏~
27.栃木足利・名草巨石群~神の胎動を感じる巨石~(1)本殿巨石群
28.栃木足利・名草巨石群~神の胎動を感じる巨石~(2)奥宮巨石群
29.兵庫西宮・越木岩神社~磐座を守りたい~
【石紀行番外編】7.栃木・佐野七福神の弁財天と日光東照宮
30.奈良山添村・岩尾神社~巨石に残された十字架~
31.愛媛松山・白石の鼻~ 海に龍を呼ぶ巨石~
32.高知足摺岬・唐人石巨石群(1)~ここは古代の灯台~
32.高知足摺岬・唐人石巨石群(2)~古代の祈りと再生の場~
33.高知足摺岬・金剛福寺~弘法大師の石たちと猫~
34.兵庫姫路の石(1)高岳神社~空に開かれた磐座と書写山圓教寺~
35.福島二本松・安達ヶ原観世寺~鬼婆伝説の巨石と猫たち~
36.福島本宮市・岩角山(1)~マイナスイオンを浴びながら歩く巨石の森~
36.福島本宮市・岩角山(2)~巨石街道を往く~
37.福島飯野町・UFOの里の巨石(1)~留石公園の巨石群~
37.福島飯野町・UFOの里の巨石(2)~村を見守る石たち~
38.福島市の巨石~五輪石・金華山立石・岩谷観音~
39.福島錦町の巨石群~縄文時代から静かに時を待つ銘石たち~
40.福島郡山・鹿島大神宮~巨大なペグマタイト岩脈~と会津の昭和なお宿『向瀧』さん
41.福島市の巨石(2)~比丘尼石・名もなき民家脇の巨石~
42.福島飯野町・UFOの里の巨石(3)~飯野町の聖域・岩塚~
43.福島飯野町・UFOの里の巨石(4)~いつかまた・赤岩~ 




……まだまだ続くよ(*^_^*)




はじめに

 もうそんなには若くないけど、将来の夢があります。それは石の伝道師になること。
 私にとっての「石」の基準は何か、というと「人の手が(あるいは心が)磨いたもの」。世界で一番有名なストーンヘンジももちろん(白状すると行ったことがありません)、人があまり知らない遺跡や神社に並ぶ、あるいは祀られる石でも構わない。長い人類の歴史の中で人々が生活の中で大事にしてきた石ならば、全て萌えてしまいます。中でも巨石が並んでいると、もう本当に幸せです。もちろん不思議と波長の合う石、そうでもない石がありますが、そんな石たちとの出会いを書いていこうと思います。
 石って鉱物の石のことかと思った方もおられるかもしれません。実は鉱物の石も大好きです。特別に集めたりはしていませんし、パワーストーンを身に着けたりもしていませんが、石の力は信じています。
(その気持ちは小説に→【奇跡を売る店】シリーズ)

 もしかしたらルーツは子供のころ、弟と阪大の裏山にマチカネワニを掘りに行ったあたりにあるのかもしれません(掘れるかい!と思うけど、子供心では化石を掘り当てるつもりだった)。ところがそこは藪の中。、漆にかぶれて大変でした……
 でもここで語りたい石は、どちらかというと大きな石、自然の中に並んでいる石、いつの時代からかわからないけれど人々が祀ってきた石、夏至と冬至の太陽が隙間から…なんて石はもう本当に素晴らしい。

 まずはご挨拶代わりに、私がこの場所に立った時、こんな幸せな時間はなかった、という石をご紹介します。
 フランスのカルナックの列石です。詳しいことはまた次回に。まずはその圧倒的な場面をご覧ください。
カルナック1
 これはごく一部です。どこまでも、どこまでも、どこまでも並んでいます。
 いったい誰が、何のために? 古代の天体運行図? カレンダー? なんだかわからないところがまたいい。
 本当にわくわくします。
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カルナック4
カルナック5
 ↑これはドルメンです。大きなメンヒル(立石)もあります。
カルナック3
 カルナックはとても素敵な町でした。田舎で英語も通じないけれど、まったくフランス語を話せない私の旅を導いてくれたのはソウルメイトのトカゲ。
 石紀行では、トカゲさんたちの協力がいつも後押ししてくれます。
 困っていたらトカゲが現れ、そこから先は、何故か見えない手に守られているようになる。人気のない道なき道でさまよっていたら、なぜか向こうから誰かがやってきて(トカゲの化身?)道を教えてくれるんですね。
 そして、また新しい石に巡り合う。
 波長が合う石たちの傍にいると、本当にわくわくし、またとても安心するのです。


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【物語を遊ぼう】3. 作家買いをしますか? 

 ところで、皆さんは作家買いをされますか?
 私はYes 50%、No 50%です。1冊読んで面白かったら怒涛のようにしばらくその作家さんの作品を読みまくります。が、やっぱりどこかで息切れして、結果的にある作家さんの作品をすべて読みつくした、ということはありません。だから困るのは、どの作家さんのファンですか?という質問。
「○○さんです」と答えると、「あ、私もなんです。『△△』が一番好きなんです、面白いですよね」うーん、その作品、読んでないなぁ、ということがしばしば。『50%の作家買い』をしたときに、その作品まで行き着かずに終わってしまっていたわけですね。
 で、知りません、なんて言ってしまったら、本当にファンですか?ってことになるので、もうあまり言わないことにしています。その私が引け目なくファンと言えるのは池波正太郎さんだけですが、それにしても、今となってはすべての作品を覚えているかというと、いささか自信がありません。池波先生の絵を見るためだけに、東京の某ホテルに宿泊までしたのですが。
 いずれにしても、すべての作品を読んでいないからと言って、ファンでないとも言いきれないし、それぞれの作家さんにそれぞれお気に入りの作品がある、というのが普通じゃないかな、と思うことにしています。有名作品を読んでいないこともしばしばありますが、それはそれでいいことにしよう、と。
 ミステリー系・ハードボイルド系が好きで(あくまで『系』。本格的ミステリーと言っても何が本格なのか、よく分かっていないのです)、つい作家買いしてきたのは、一番古くは逢坂剛さんだったような気がします。萌えたのはもちろん百舌鳥シリーズ。他に結構作家買いしているのは宮部みゆきさん。いくつもの分野(系統)の小説を書いておられて、もちろんどの分野も素敵ですが、私は実は時代小説の短編集がとても好き。志水辰夫さんは文章が好きで、かなり嵌りました。……でも、アマゾンを眺めみると、どの作家さんの場合も読んでない作品の方が多いですね。本当に作家さんてすごいと思います。

 さて、ある時作家買いして、それからぽツンと読まなくなって、ある時その作家さんの別の作品を読んで、すごく強く引き付けられた本がありました。
 柴田よしきさんの『少女達がいた街』です。柴田さんと言えばやっぱりRIKOシリーズ、そこからスピンオフしていったいくつかのシリーズですね。腐女子にはなり切れない中途半端な私などは、例のごとく『聖なる黒夜』で山内氏にどっぷりと嵌ったものでしたが、他の単発ものをいくつか読ませていただいたあと、すっかり読まなくなっていました。で、なぜか偶然手に取ったのがこの作品。

少女達がいた街 (角川文庫)少女達がいた街 (角川文庫)
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 何がよかったのかと言うと…すごい、時間の流れがある物語です。ミステリーであり、青春物語であり、人生の物語であり、本当に『物語』『ストーリー』を感じる1冊。実は全く期待せずに読み始め、あれ、私の中で好きなミステリー小説の10冊に入るかも、と思ったのでした。『聖なる黒夜』はどちらかというと、ストーリーよりもキャラクターで読んでしまったので(もちろん、ストーリーも良いのですが、キャラクターで読んでしまうときもあるんですよね…小説はストーリーかキャラクターかってテーマいつかもやりたいです。両方いいのに越したことはないけど)。
 例のごとく、あとがきから読んだんじゃないの?と言われそうですが、その通りです。でもあとがきに称えられていた以上の良い作品であると思います。この時代背景にも魅かれたのかもしれません。1970年代…私の青春よりは少し前なのですが、魅かれる時代です。この作品はさらに1990年代にもつながっていますが、何より時代、時間の流れを感じる物語というところが、私の琴線に触れたのかもしれません。
 作家買い、多分これからも『50%の作家買い』を続けると思いますが、自分にとっての良い作品を見逃さないようにアンテナを張らなくちゃ、と思いました。
 せっかくなので、王道も載せておきます。

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【石紀行】2.尾道:岩屋巨石 

ご挨拶でカルナック巨石群を出したものの、やはり国内の巨石から始めることにしました。
尾道三部作で有名な尾道、千光寺。
その千光寺から海のほうを眺め、少し東に目を向けると、低い丘が見えます。向島という島にあります。
今回の舞台はこの小高い丘、ちょうどこの↓矢印の先くらいの丘です。この丘の上にあるのが岩屋巨石。
尾道2
丘は見えるものの、いったいどうやって登ればいいのやら、周囲を車でぐるぐる回ること半時間。
細い道に入り込み、ようやく見つけた登り口。
後からわかったのは、尾道側から橋を渡ってすぐ左の細い登り坂を上がるべきだったようですが、その坂は車で登ろうとはちょっと思えない細くて急でカーブしている坂でした。結局、人々の生活道路に入り込み、人に尋ね、どっちにしても細い道を上がるとこの登り口を発見。
尾道3
登り口には杖が用意してあります。この赤い旗には『尾道の古代ミステリーゾーン』と書いてあります。
そう、石はミステリーなのです。
ちなみに小さく写っているのは私の愛車、チリテレ君です(三味線する人にしかわからないですね、すみません)。
まず急なコンクリートの坂を上り、そこからは山道です。登る時間は短いものの、かなり急峻で息が切れます。頑張って登ると…始めに巨石の横側が見えてきます。
石の下は祠のようになっています。
岩屋巨石2
ちなみに、さりげなく写っているのは、いつも私の巨石めぐりに付き合ってくれている母。
始めは『おまえと旅行に行ったら、墓と石ばっかり』とぼやいていた母も、今では『いったい誰が何のためにこの石を…考えるだけでもわくわく』なんて日記に書いています(ごめんなさい、お母さん、盗み見してしまいました……)。
この時はなぜか、ほかに親戚が二人、母を含め三人とも60台ですが、元気です。
そして、この大きな石の上に載っているのが、私が出会いたかった石。
岩屋巨石1
これは瀬戸内海側に向いている顔。
さらに登って、この石の裏側に上ると、こんな姿をしています。
尾道1
二つに割れた石? あるいは割った石? 始めからこんな形? 
なんと、この隙間から夏至の太陽が昇り、冬至の太陽が沈みます。
たまたま自然の中にある石の隙間から夏至の太陽が昇ったので、祀ったのでしょうか。
それとも、そうなるように置いたのでしょうか。
とても置いたり、割ったりはできないような大きさに見えますが…割れた石肌は結構ぱっくり、な姿…
本当にミステリーですね。
感動のあまり、思わず岩に抱きついてしまいました。
古代、カレンダーも時計もなかったころ、人々は太陽で種を植える時期、作物を刈り入れる時期を知りました。
母も言っていますが、今年は気温が低いからもう少し後かなと思っても、やはり『その日』になると種をまく気候・気温になるのだとか。そして遅れると、やはり作物はうまく育たない。
太陽は偉大です。だから、この石は『その日』を知るための古代のカレンダーだったのでしょうか。
でも、今ここに残る石のこの姿には、ただただ圧倒され、感動させられます。
ちなみに、岩には磨崖仏が描かれています。

岩屋巨石3
丘の上には他にも巨石があります。
これはクジラ岩。私には『もののけ姫』のおっことぬしさまに見えます。

さて、尾道の石の遺跡を巡る出発点とも言うべきなのが、有名な千光寺です。
千光寺には有名な鏡岩があり、真中が白く丸く輝いています。
この石は木々に隠れて見えていなかったそうですが、2000年に発見されました。石のまん中が丸く区切られています。この部分はその後磨いて白くなったということですが、古代にはやはりこのように真中は磨かれて白かったのでしょう。
灯台代わりに海を照らしていたのでしょうか。
尾道には多くの石があり、それらにまつわる伝説、四神相の伝説があります。
詳しい研究もされています。興味を持たれた方は、いろいろなHPやブログを探してみてください。
鏡岩

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【石紀行】3.下呂:金山巨石群 

少しメジャーな巨石をご紹介します。
岐阜県下呂市の金山巨石群です。
時々、とんでもないところにある巨石とは違って、ここはアクセスがしやすいので、もしも下呂温泉に行くことがありましたら、ぜひお立ち寄りください。
私は高山市から川(そしてダム)沿いを南下してきてしまったのですが、かなりな山道でした。後で考えたら、下呂温泉方向から迂回すれば、幹線道路からそんなに離れていなかったんですね…

ここにもミステリーがあります。
火山が噴火した時に散らばった岩なのですが、こんなに大きな石が、後から動かされたのではないかというのです。マグマが冷えて固まるときには、岩に含まれる鉱物が地球の磁気によって一定方向に揃うので、同じ場所にある石たちは磁化の方向がみな同じはず。それなのに、ここに散らばる岩たちはバラバラなのだとか。
誰かが後から動かした? もしくは回転させた?

そしてここにも、季節を刻むカレンダーの役割があります。
金山1
案内の看板があります。下の写真が『岩屋岩陰遺跡巨石群』です。4つの岩が組み合わさっており、この岩が作る岩屋に冬至の前後120日間だけ、太陽光が差し込むようになっているのです(…と看板に書いてあります)。
金山4
春分と秋分には、岩のわずかな隙間から太陽の光が射し込みます。
古代エジプトでも同じような仕掛けがありますね。ファラオの像に春分の日だけ光が当たる、というような。
農耕が国を支えていたころ、そして今のようなデジタルなカレンダーのなかったころ、暦を統べるものは国を統べる、つまりその国の王が農耕に適切な時期を民に示すためには、こうした天文学的知識を生かした仕掛けが必要だったのでしょうか。
それにしてもこの岩の存在感はいかがでしょうか。
金山2

ちなみに振り返ると、こんな感じで、意外に整備されています。
金山5
小さい小屋みたいなところには、『春分/秋分に一緒に観測しましょう』みたいな案内があります。研究所があって、ツアーをしているようです。私もいつか参加したいと思っています。

すぐ脇にも、巨石が散らばったところがあります。
DSC_0599_convert_20130122223940.jpg
この岩の集まった内側にも、冬至の前後60日間太陽の光が射し込むところがあったり、岩の側面に残された線刻が、夏至の前後120日間の太陽の位置と一致しているのです。
下の写真が岩に残された線刻です。
金山7

もう一度振り返ります。
金山6

さて、近くには意外に見どころがありました。山道を南下したおかげで見ることができたダム。
ダム
岩屋ダムです。なだらかな形状の、女性的なダム。コンクリートダムとは違って、ロックフィルダムという種類だそうです。細かい土、フィルターになる少し荒めの石、そして大きな石が重ねられている。
考えてみたら、これもまた石ですね。
そして、道すがら立ち寄った東林寺。浄土真宗のお寺のようです。見事な天井絵でした。
天井絵
下呂温泉の旅館、しょうげつさん。
しょうげつ

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そして、少し離れたところ、中津川にある星ケ見岩に至る道。
実は、この丘?山?を登る途中でひどい捻挫をしてしまい、まったく歩けなくなりました。這うように山を下り、救急病院へ…何とか固定してもらって、泣きそうになりながら車を運転して(6時間くらい)家に戻りました。
たぶん、もう一回おいで、と言われているのだと都合よく思っています。途中で拾った竹の杖が助けてくれましたが、それから3日間は車いす、数週間は杖が離せませんでした。実は4か月経った今もまだ痛くて走れません。
教訓:石に会いに行くには準備が必要。ということで、登山靴と杖を車に常備するようになりました。
もちろん、懲りていませんけれど…
この写真は、この道の先にあるくだんの星ケ見岩(昼間でも北極星が見える石室が巨石の下に…)をいつか見に行くぞ、という宣言です。しかし、ここ、足元注意です。なにせ、道の半ばから巨石がゴロゴロで、興奮しすぎて上ばかり見ておりました。ちゃんと下見て歩きなさい、ということですね。

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【石紀行】4.天草:矢岳巨石群(1) 

杖と登山靴を購入した私は、もう怖いものなしですぐにまた石を求めて、今度は九州へ。
今回ご紹介するのは、熊本天草市姫戸にある白嶽森林公園の中にある矢岳巨石群です。
この石たちに出会ったとき、母が言った言葉。
「これこそ、この場に来て、見て、触れなければわからない」
聞くと見るとでは大違い、と言いますが、まさにそんな巨石です。

例のごとく、アクセスからご説明を。
熊本駅からレンタカーで天草、と書けば簡単ですが、天草は遠かった。熊本ラーメンを食べてくつろいでいる場合ではなかったのです。しかし、九州本土から島を渡りながらの景色は大変美しく、一見の価値があります。
天草へ
それに、道の駅で売っている熊本みかんが大変美味しい。適度な酸味に濃厚な甘み。
それはともかく、上天草に入って海沿いを南下、白嶽森林公園内にはキャンプ場もあるというので、きっとわからなかったら誰かが教えてくれるのだろうと山の中へ。
たしかに、キャンプ場の管理棟らしきものはありましたが、無人。泊り客がいなければ誰もいないのかもしれません。
例のごとく、自力です。看板を頼りにレンタカーを道沿いに放置して、山の中へ。
看板
ほとんど何のことかわからない地図ですが、鳥居があり矢岳神社への細い参道(山道)があります。
看板によると、ヤタケというのはシュメール語で神の峰という意味。「ヤ」は神であり北極星を意味していたそうです。矢岳の他に白岳、ツワ岳という峰が連なっているのですが、白は日本の古語では蛇の意味。ふもとには永目という集落がありますが、ナーガつまり海洋民族の言葉では蛇の神様のことで、「メ」はシュメール語で「祈る」という意味。つまり永目とは「蛇神に祈る」ということになります。もう一つのツワ岳のツワ、ラムセス17世の石室に描かれた龍座のα星がツワン=当時の北極星であったとか。
日本にある巨石には海洋民族との結びつきを示唆するものも多くあります。高知の唐人石巨石群など、どう見ても海からの目印に見える。シュメール文字が刻まれているのでは、という岩も多くあります。
もしかすると、いえ、きっと、古代の人々は私たちが知るよりも交易の範囲は広く、海は大陸と大陸を隔てるものではなく、繋げるものだったのでしょう。

さて、矢岳神社へご案内します。
矢岳1矢岳2
小さな石の鳥居、灯篭、狛犬、トタンで造られたような小さな社。
大変静謐な空気が漂い、あたりにも大小様々の大きさの石があります。
中でも、まるで石で囲まれた部屋のような空間。この中、妙に落ち着きます。
矢岳3
神社を後にして更に頑張って登ります。そして突然、視界が開けたと思ったら、この矢岳ドルメンが目の前に現れます。
矢岳5
矢岳4
3Dではありませんが、臨場感を出したくて、2枚連ねてしまいました。
ドルメン、というのは支石墓のことですが、墳墓にあたる部分の周りにいくつかの支石を立て、上に天井岩を置いた形のもの。アイルランドなど西ヨーロッパにはいくつも大きなドルメンが残されています。
墓なのでしょうか。それにしてもこの天井石は本当に大きい。
中に入ることができます。
そう、入ってい見なければわからない、その中の空気。
矢岳7
入り口は上のドルメンの写真の左側、屈んで入り込みます。立ち上がることはできないけれど、中はかなり広い。斜面になっていて(階段状と説明している場合もありますが…階段というより斜面)、屈みながら西側から東側へ登ってみます。
微妙なバランスで、いくつかの小さめの石が、巨大な天井石を支えています。厚さ1.5m、周囲40m、総重量は約500t。世界でも最大級の天井石です。
矢岳11
最も東側になる上方には祭壇のような平たい石があります。あまりに危険そうで東側の外からは入らなかったのですが(実は私、まだ捻挫の足が痛いのにこんなところに来てしまっておりました)、この祭壇状の石の下はどうやら空間があって、石室のようになっているらしいのです。ロッククライミングをすれば、上のドルメンの写真の右側、キューブ状の岩の隙間から入れるとか……。このキューブ状の石、どうやら人為的に形を整えられたもののようです。
矢岳6
さて、お墓でしょうか。それとも?
この天井石の上に立ち、ある長さの杖を立て、スバルがその先に現れた時を種を播く時期とした、とも言われます。観測所だったのでしょうか。エジプトのピラミッドが、墓ではなく天体観測の巨大な装置、祭礼のためのモニュメントだったのではという話と同じですね。
ドルメンから振り返ると、この美しい不知火海。
矢岳8
その2に続きます。

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【石紀行】4.天草:矢岳巨石群(2) 

矢岳ドルメンを後にして、危険な山道を下り、車で少し車道を下りていきます。
車道に面してあるのが、境石。この石を起点にして、周囲にある石と線で結ぶと方向が決まる要の石です。
境石2
境石の上にはこんなふうに穴がたくさんあいています。棒を差し込んで何かをしたというのですが……方向を確認したのでしょうか。
境石3
この境石から矢岳神社は真北になります。そして春分・秋分の太陽の方向はこの太陽石です。
太陽石
それにしても看板は頼りになります。
ただ図がかなりデフォルメされているので、結局自力の部分が大きいのですが。
矢岳13
さて、どこかに「お祭り広場」があると看板に書いてあったのですが、入り口が見つからない。
矢岳神社からそれらしい道があったのですが、途中がけ崩れでもあったのか、私が行った時は、通行できないように縄が張ってあったのです。取り敢えず境石まで車で降りたのですが、地図的にはこのあたりの山の中だよねぇ、などとうろついていると…母が「大体こっちの方向」と言いながら、ぶら下がった木の枝を引っ張り、車道からいきなり道なき道をよじ登っていきました(ちょっとした低い崖…は言い過ぎですが、何か掴まないと登れない)。だんだん私よりも石に執着してきたように思えるわが母です。見ずして帰れません、というところでしょうか。
登れないわけではないのですが、石を見に来た人のために整備されているわけでもない、ほとんどけもの道。
道なき道
ところが、登って山の中を入っていくと、本当にありました「お祭り広場」。
とにかく石だらけなのです。周囲のほかの部分にはあまり大きな石がないのに、ここにだけ集まっているというのも、いささか人為的なものを感じますが……もう今さら古代の人には聞けないので、これは今となっては答えのないミステリーですね。
お祭り広場2
ストーンサークルのようなところもあります。
お祭り広場
人面岩まで。
人面岩
下の写真の右側の巨石に書かれた丸と線、これをしばらく覚えておいてください。
単なる偶然の傷かもしれません。しかしこれは、シュメール語で「蛇神」を意味する文字です。
実は、しっぽの向きが違うのですが、どの方向から見るか、というだけの問題。
蛇神
お祭り広場というのは、ここでおそらく様々な祭祀が行われたのではないかということからそう呼ばれているのですが、石たちの表情が実にいいのです。この場所にいるだけで湧き立つような気持ちになります。もしかすると、石たちが夜、こっそりお祭りを楽しんでいるのではないかと思ったりします。
さて、最後にこの山を振り返ります。小さくてごめんなさい。真中の山の上のほうに見える大きな白い部分、実は岩です。宇宙船石と呼ばれていて、境石からみて夏至の太陽の方向です。
矢岳全体

さて、ついでに少し天草観光を。と言っても、有名な天主堂などは観光案内書やサイトを見ていただいたほうがいいかもしれません。教訓は天草の広さをなめてはいけないということでした。「五足のくつ」さん、というよく雑誌で取り上げられている宿に泊まりました。
素敵な宿です。難点は、恐ろしく遠いこと。この巨石群は上天草にありますが、宿は下天草。天草の端から端まで移動する感じで、暗くなってから宿の場所を見つけるのはかなり困難でした。
でも中は素敵なバーやロビーがあり、アジア風のエキゾチックなムードを味わえます。
五足のくつ
翌日作っていただいたお弁当。
お弁当
天草~熊本は皇帝ダリアの花盛りでした。
皇帝ダリア
みかん
そしてこの不思議なミカンジュース。おじさんが本当に絞っている純粋にミカンです。とてもおいしい……天草に行かれたら探してみてください。

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【石紀行】5.阿蘇:押戸石の巨石群(1) 

阿蘇です。実は、この記事をアップする前に他の方が撮られた押戸の写真を見て、少しショックでした……
というのも、景色が大変美しかったので。
私が行ったときは、天気が悪いし、寒いし、せっかくの阿蘇の絶景は枯草の景色だったのです。
というわけで、あまり美しい写真ではありませんが、まずはご紹介いたします。

この石との出会い、それは全くの偶然です。
私としたことが、ノーマークで熊本県を走っていたのです。
実はこの日、黒川温泉から佐賀大和の巨石パークを目指していました。
しかし天気は雨。巨石パークは雨の時は入れないと聞いていましたので、がっかりしながら、阿蘇を走り抜け、とりあえず古墳のあるところを目指しておりました。

阿蘇を走っているとき、ふと、小さい看板が目に入ったのです。
「縄文の石、こちら」というような文字が。

ついに、ついに、石のほうから私を呼んでくれるようになったんだわ!
これは運命の出会いです。(ということにしてあります)
もちろん、巨石パークに振られた私に迷いはありません。

しかし、矢印に沿って走っていくと……だんだんとんでもないところに入っていきます。
林道というのか農道というのか、かろうじて轍のある道を、ひたすらひたすら走り……
やっと何やら小屋のようなものがありました。
押戸登る2
これは遊歩道から見下ろしたところですが、後から聞くと、ここは個人の方が所有される土地だそうで、そこにNPO法人さんが環境を守るべく協力されているのだとか。
絶滅危惧種の植物などもあるそうで、赤牛の放牧地、採草地でもあるとのこと。
少しお邪魔させていただくことにしましょう。
それにしてもこの天気の中、私たち以外にも人がちらほらやってこられるのにはびっくり。

パンフレットをもらいました。全体像はこんな感じ(季節がよかったら、気持ちのいいところでしょう)。
この緑の中に点々とあるものは、巨石です。
巨石群
しかし、この日はこんな感じ。
押戸登る
せっかくの雄大な阿蘇の景色も、どんより。
周囲の風景
丘の上の石たちも寒そう。
押戸歩く
でも、やっぱり巨石は素晴らしい。
押戸太陽石
これがこの巨石群の要となる石、太陽石です。高さ5.5メートル、周囲15.3メートル、頂点の真北には北極星。
NPO法人さんの小屋で磁石を貸してくださいます。どうやら磁気を帯びているようで、方位磁石がクルクル回ります。昔はこの石に登ると雨が降るという言い伝えがあったとか。
太陽石2
太陽石の横から見たところですが、このあたりが一番磁石の動きがおかしい。

こんな石もあります。はさみ石です。
そう、またしてもこの隙間から、夏至の太陽が昇り、冬至の太陽が沈むのです。
はさみ石
面白い言い伝えがあります。嘘つきがこの間を通ると、はさまれるのだとか。
嘘つきは
母も私も、無事に通り抜けることができました。しかしこの隙間、結構狭いです。
下は祭壇石です。この石と夏至・冬至の太陽が昇る道の線上に、下呂のあの金山巨石群、そして日光があります。その線と直角に交わる線を引くと、北側に宗像大社があり(この線を水の道という)、南側に阿蘇山と高千穂神社が並びます(火の道)。いわゆる、レイラインというものでしょうか。
何をどこまで信じるかは私たち次第ですが……
祭壇石
線刻のある石もあります。
線刻
そして、見えますでしょうか。
前回お届けした矢岳巨石群、お祭り広場にあった丸に尻尾が生えた印…尻尾の向きは違うんですが……
シュメール文字
わかりにくいので、パンフレットを見ましょう。
おしと文字
本当に、不思議ですね。

この巨石群、他の日本の巨石たちとは少し異なる印象があります。
それは立地なのですが、日本の巨石はおよそたどり着きにくい山の中や山の上にあって、確かにそこからの眺めはいいのですが、こんなだだっ広い景色の中に石が並んでいるわけではありません。
でもここは、まるでアイルランドかイギリスの丘!
そう、あの巨石文明の遺跡が溢れている国のイメージなのです。
何だか異国のような不思議な光景。
ぜひ、青々とした新緑の季節に訪れてみてください。
季節を間違えると……ただただ寒い場所です。

ということで、なぜ私がこんな季節に来てしまったのか、その謎解き?をいたしましょう(その(2)へ)。



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【石紀行】5.阿蘇:押戸石の巨石群(2)…おまけ 

さて、なぜ私がこの寒い季節にこのあたりにやって来たかというと…
それはこのためなのです。今年で2年目の新米ですが、来年も同じころ、私と母はこのあたりに出没するのではないかと思われます。
高千穂の夜神楽。
夜神楽
夜神楽2
この夜神楽についてだけでも、ひとつお話ができると思いますが、きっともっと素敵な写真を載せてくださっているブログやサイトさんがあると思いますので、私はやっぱり石のついでということで、少しだけご紹介させていただきます。
11月ごろから冬、高千穂のあちこちの集落で順番に行われる、文字通り夜通しの神楽です。
開けっぱなしの場所ですので、本当に寒いです。でもかっぽ酒を片手に、半分寝ながらでも見続け、舞い続けるほしゃどん(舞方)さん方を応援?します。
3歳の後継者候補君の舞も素晴らしい。
高千穂
そして朝、靄の中で神社にお帰りになる天照大神さまをお見送りし、寝て、それから黒川温泉へ。
黒川温泉黒川荘さんです。
黒川荘
馬刺し。あまりきれいに写真が撮れていませんが…
ごはん
完徹ののちの温泉でのほっこりタイムは、なんとも言えない至福のひと時です。

周囲には、まだまだ見どころがあります。
まずは通潤橋。12時の放水の瞬間をどうぞ。
通潤橋瞬間
放水開始時、なぜか喜ぶ人々??
通潤橋
通潤橋の上は歩けます。高所恐怖症の私はいささか辛い場所ですが。
そしてなぜか、くまもん。
通潤橋Ⅰくまもん
九州にはたくさんの装飾古墳があります。来年はこれらの古墳と佐賀巨石パーク巡りを予定しています。
今年は通っただけの予告編という感じですが、チブサン古墳。
チブサン
近くにはこんな横穴住居もあります。
洞穴
これらにつきましては来年ですね。またご期待くださいませ。

さて、次回はついに、フランス・カルナックの列石へご案内いたします。


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【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(1) 

そしてようやく、カルナックをご紹介することになりました(^^)
この場所に立った時、本当に、本当に幸せだと思いました。
まずは、やはり圧倒的なその光景を…でも本当は写真には納まりきらない世界です。
DSC_0168_convert_20130203204809.jpg
途中が森で途切れていますが、木立を抜けるとまだまだこれが続いているのです。
何区画にもわたり、途中道路とかに寸断されながら、どこまでもどこまでも。

一体どこに行けばこの光景に出会えるのか、まずはGoogle Mapさんにお借りした地図でお示しいたします。
地図
ブルターニュ地方(ワインのブルゴーニュと似ていますが違います…って私だけかしら、時々混乱していたのは^^;)の海に面した町、カルナック。
ちなみにケルトの文明の跡が色濃い地方であるこのあたり、至る所、石がいっぱいあります。
フランス語を勉強してまたもう一度行きたいです。
多分検索でカルナック、とひいたら、エジプトのカルナック神殿がずらーっと並ぶと思いますが、ここはフランスのカルナック。パリからまずはモンサンミッシェル(また番外編でご案内いたします)を訪ねた後、レンヌというブルターニュの大きな都市まで行き、列車を乗り継いでカルナックへたどり着きました。カルナックの駅からはバスで海の近くに行きます(ホテルが新しい街のほうだったのですね)。
カルナックの新街地はリゾート地なんですね。海水浴のできる、素敵な港町です。
英語はインフォーメーション以外ではほとんど通じません。それでも田舎町の人たちはとても優しかったです。
ホテルの受付のお姉さんは片言の英語で頑張ってくださり、言葉の通じないたくさんのホテルマン・ホテルウーマンの方々もとっても親切で、毎日ご飯を食べたレストランのギャルソンさんは単語ばっかりの注文にものすごく熱心に相手をしてくださり、プチトラン(バスと電車のあいのこみたいな乗り物)の運転手さんは『帰りもこのチケットが使えるよ』と一生懸命身振り手振りで教えてくださり、帰りの日の早朝、バスを乗り間違えてスクールバスみたいな子供ばっかりのバスに乗っちゃった私たちをバスターミナルまで連れて行ってトランジットさせてくださったバスの女性運転手さん(おかげでナント行の電車に間に合いました!)……みなさん、フランス語のまったくできない日本人(たまにしか見かけない人種らしいですが)親子にとても親切にしてくださいました。
感謝です。
では、カルナックのホテル・ディアナからの眺めをご覧ください。
カルナック海
ここから歩いてもカルナックの列石のある場所にたどり着けるのですが、かなりの距離です。
何回か歩きましたが、やはりプチトランが便利。
プチトランプチトラン2
写真の後ろ姿の運転手さんが親切だったおじさま。
さて、下の地図の左下のあたりに町の中心があります。インフォーメーションのあるところです。その上にある三角印のものはみんな石。この地図のはるか上のほうにもドルメンやメンヒル(立石)が広がっています。
このようにいくつかの塊になって並んでいます。でも、道や森や人家で寸断されているだけで、もともとつながっていたのかもしれないと思えるところもあります。
カルナック地図
カルナック地図
私には航空写真は撮れませんので、買った絵葉書で空からの光景をご覧ください。小さい点々はみんな石です。銀河のようです。
カルナック絵葉書1
カルナック絵葉書2
カルナックの街、というより森?を見下ろす高台にあるのがサン・ミッシェル古墳。これは教会ではなく古墳を囲む建物? そしてそこからの眺め。この森々の中に石が散らばっているわけですね。
教会森
さて、次回は列石へご案内いたします(カルナック(2)へ続く)。


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【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(2) 

プチトランで列石のそばに行ってみましょう。プチトランは列石を十分に見せつけてから、インフォーメーションセンターに連れて行ってくれます。
カルナック石1
プチトランの中から撮った写真。時々木立に遮られながらも、石はどこまでも並んでいます。
そしてインフォーメーションセンターへ。
インフォーメーションセンター
この建物だけが浮き立つように新しい。トイレは是非、ここでお済ませください。
歩き始めたら、途中にお手洗いはあるのですが、結構入るのに勇気がいる感じ。使いましたが……
途中に小さなお店があります。確かクレープを食べることができるお店です。小さな掘っ立て小屋みたいなお店ですが、ここにもお手洗いがあります。
カルナック石2
インフォーメーションの真ん前がもうこの景色です。
さて、列石の中を歩いてみましょう。歩き始める場所に人家があります。
人家には石を使った塀がありますが、その石はどう見ても列石を使ったもの。
カルナック石3
カルナック石3
列石は中に入れないのですが(時間が決まっていて、説明の時間に合わせて入れてくれるようですが)、すぐそばの道を歩くことができます。場所によっては石に触れることができる場所もあります。
カルナック石4
後はもう言葉は要りませんが、とりあえず、ここはメネックの列石。
カルナック石5
カルナック石6
少し芸術的、と思ったけど、やはり写真は上手ではありません……
カルナック石6
プチトランが横切ります。
カルナック石7
カルナック石8
さて、また次はケルマリオの列石です。(カルナック(3)に続く)

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【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(3) 

では、ケルマリオの列石にご案内いたします。一応、区域ごとに名前が付けられているのです。
とはいえ、前にも書きましたが、もともとつながっていたようにも思えます。
カルナック石9カルナック石10
カルナック石12
下の写真がメンヒル、立石です。メンヒルは大きくて、目印のように一つだけ立っている。
ちなみに近くに乗馬学校があって、小さな子供たちが馬に乗っていました。
実は、森の中で迷子になっていたら、遠くから蹄の音が聞こえ、そしてこの子供たちが道を教えてくれたのです。
さすがに凱旋門賞のある国ですね、こんな頃から既に英才教育が始まっているのでしょうか。
カルナックメンヒルカルナック馬
四角い
上のように四角く囲まれたところもあります(Le Quadrilatere)。
他にも、下のような古墳が森の奥の奥にあります。
カルナック古墳
やはり迷子になっていたら、突然人が現れ、行き先を教えてくれました。この古墳は、『本当に大丈夫かしら、この道を行って…』というような森の奥にあるのですが、行ってみれば同じような人がいるものです。考古学好きという共通点で十分なのでしょう。フランス語で一生懸命説明してくださるので、もしかしてこの遺跡群の関係者の人かと思ったら、単に旅行者。古墳の中に何か書いてある、と言って壁を示してくださいました。

そういえば、以前にも書きましたが、迷子になる前、足元にトカゲがやってきたのです。
私にとってトカゲはソウルメイト。以前からトカゲのことはものすごく気になっていたのですが、ある時、サンタフェでインディアンの方々から教えを受けておられる人が行っておられる前世回帰(といってもそんなに怪しいものではありません)のセッションに参加していて、突然あなたのソウルメイトはトカゲです、と言われたのでした。
あ、やっぱりそうだったんだ、という感じで納得がいったというのか。
ソウルメイトは守護霊とかと違って、守ってくれるわけでもなく、一緒に(人生という)旅をしている魂の連れ合いみたいなものだそうですが、インディアンの言い伝えではトカゲは幸運をもたらすもの。
ありがたいことに、困っていると現れてくれて、そこから先はいつもどこからともなく助っ人が現れるという、私にとっては実に頼もしい連れ合いです。マルタでも、いいことがあるとトカゲが傍にいる、というようなことが何度か。

さて、まだまだ石は続きます。
カルナック石13
ドルメン
上はドルメンです。更に離れた場所にも独立していくつもドルメンがあるようです。
カルナック石14
さすがにこれだけ見たらもう飽きられたことでしょう…すみませんm(__)m
でも本当に、どこまでもどこまでも、石なのです。現在確認されている石の数、2934体。
カルナックというのはケルト語で塚=小高い丘、という意味のことばCairnからきているのではということですが、確かに丘の上にはサンミッシェル古墳、造られたのは紀元前5000年から3400年の間と言われています。

一体、これらの列石は何だったのでしょうか。
太陽など自然現象を拝むための参道? 巨大なカレンダー(暦)? それとも銀河を写し取ったもの?
まるきりのミステリーですね。
ちなみに、周囲には牛やら羊やらがいて、結構のどかな風景です。
もしも機会がありましたら、一度ぜひ訪れてみてください。この不思議な石たちと向かい合っていると、だんだん『何かわからない』ということが快感になってきます^^;

さて、せっかくですので、次回・次々回は少し石を休憩して、世界遺産モン・サン・ミッシェル、そして先史時代への旅(ラスコー・ルフィニャック)へご案内いたします。

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【物語を遊ぼう】4. 『京都殺人案内』:小道具の使い方 

さて、小道具の話などを。
中学生の頃、実は演劇部でした。もちろん、小道具から大道具から役者まで自前なのですが、時々芝居の中身以上に小道具に拘ってみたくなることも多々あったり。もちろん、安上がりの舞台ですから、大したお金をかけられないのですが、それだけに拘って作ってみたり。
小道具って、舞台上ではあまり見えないところにあったりしますが、事件解決の糸口になることもある。あるいはその人物の特性を表す手がかりになったりする。
シャーロック・ホームズはまさにそのあたりを生かしたミステリーですよね。

さっそく話はずれますが(もう開き直りつつあります、このブログでは横道・脇道は日常茶飯事、ということで^^;)、ホームズと言えば、これまで2作公開された映画のホームズ、結構面白いと思ってるんですが、いかがでしょうか?
ホームズのイメージをむしろ原作に近付けたんじゃないかと思っているのです。ただのインテリではなく、実は格闘家であったり、エキセントリックであったり。しかもちょっぴり(いや、かなり)ワトソン君にLOVEなため、ワトソン君の彼女に嫉妬し、微妙な距離感の色気もあったり(読み過ぎ、じゃないですよね、あれは明らかに狙ってますよね)。

私の大学時代~仕事を始めた頃は京都どっぷりでした。
そもそも京都に住んでいた理由は、『京都殺人案内』なのです。
あの藤田まことさん主演のドラマに完全に惚れこんで、京都に住むことを決心しました。思えばなんと単純な理由だったのでしょう。実際に住んでみたら、京都府警さんにお世話になることなんてもちろんないわけですが。
でも、ある時、ヤクザさんの事務所あるいはお住まいの裏に住んでいたことがあります。はじめは知らなかったのですが、伏見のあたりの床屋さんでお偉いさんが亡くなられたとき、仕事が遅くなった私は真夜中に道を歩いていて、京都府警さんたちがいっぱい(言い過ぎ)警備をしていらっしゃる場面に出会いました。
『気を付けて帰りなさいね』(ペッパー警部みたいですが…)
その時、初めて、ああそうか、京都ってこんな町だったんだ、古い町だし色々あるよね…と思ったのですが、何となく納得しただけで、怖いとも思わずに普通に暮らしておりました。
たまに遭遇することもありましたが、何事もなく、比較的長くその場所に住んでいましたが……

ちなみに、ある時、名前だけで『音川』という名前のついたマンションに住んでいたことがあります。
そう、音川音次郎というのが藤田まことさん演じる刑事の名前でした。
はぐれ刑事純情派とどう違うのか?
人物像は同じようなかんじでしょうか。でも、音川さん、結構おちゃめでした。課長(遠藤太津朗さん)とのやり取りが、水戸黄門の印籠並みのお決まりでした。出張をねだる音川さんに課長が、『しょうがないな、その代り、おとやん、わかってるやろな』『わかってますがな』というお決まりの会話。そしてラストでは、なぜか出張先からのかなりしょうもないお土産が課長のもとへ……
見ている私の立ち位置は、というと、気持ちは音川さんの娘、洋子さん(萬田久子さん)なのですね。長いシリーズの中では、結婚して出戻り、それなりに年を取ったお父ちゃんの面倒を見ながら暮らしていて、時々はるかに年下の男(音やんの部下)に言い寄られてみたり。
で、私は、この音川家の食事シーンがとても好き。鍋率、高いんですが。

そして、ようやく本筋です。
この音川さん、実は、雨の日でも晴れの日でも黒い折り畳み傘を持ち歩いています。
本当に、いつも持ち歩いている。
長いシリーズの中、もうこれ以上増えることのないシリーズの最後のお話まで、持ち歩いておられました。
監督さんやスタッフさんは、2時間ドラマですから、きっとしばしば変わったんだと思います。どなたのこだわりかは分かりませんが、ただ何作目になっても音やんは傘を持っているわけです。理由はいちいち説明はないし、多分私の記憶にある限り、それに対する台詞での説明はなかったように思います。あったとしてもたぶん初期のころに少しだけ。
でも、何作目か(比較的早い時期の作品:調べたら第4作でした)に答えはありました。
実は、音やんの奥さんは、ひき逃げで殺されているのですね。それも、音やんが傘を持たずに仕事に行った日、雨が降って、奥さんが駅まで迎えに来てくれた時に。
だから、音やんは、万が一にも洋子さんを雨の日に迎えに来させないために(という説明もないけど)、ずっと傘を持ち歩いているのですね。
見ている私は、何作目になっても音やんが傘を持っているのを見ては鳥肌が立ち、そして安心するのです。

小道具。
何かものに対する小さなこだわり。しかもそれがストーリーの要というわけでもなく、お題というわけでもなく、でもそれがなくてはその人の人となりを表すことができない何か。物語の底辺に流れている細い水脈みたいなもの。
そういうものを上手く出せたらいいなぁ、と思いながら書いています。
そういう意味では、拙作では、竹流の左薬指の指輪はそれかもしれません。
ヴォルテラというのは、ローマ教皇をお守りする(いろんな意味で)警護団というのか金庫番というのか、そういう組織ですが、そこの跡継ぎである印で、すでに結婚しているのと同じなわけで……いつも何かの折には、真がやたらめったら気にしているのですが、どうすることもできずにそこにあるもの。

そこまで何作目になろうとも気になる小道具、というのでなくても、小道具を使うのは結構好きです。
とは言え、意識しているというよりも、結果として拘ってたみたいなことが多いです。
いえ、意識しているけど、意識していないふりをして使う。
意識して使うと、使いすぎてしまう。
使いすぎると手垢がついてしまう。
お茶のお道具などは、良いものはたまに出す。良いものをいつも出してしまうと、目垢がつくと言います。
最後にさらりと、あ、そう言えばこの小道具、そういう事情で絡んでたのか、みたいなさりげなさで使いたいのですが……

実は、いずれ『わたしがBLを書けないわけ』なんて回をしようと思っておりますが、その私が一度だけ挑戦したことがあり(ブログとか見ていると、BL作家志望さんたちがとても楽しそうなので、ちょっと仲間に入りたくて…でも見事に散りましたが)、その時照れ隠しに?小道具で遊びました。
意外にも楽しかった。ライターと傘。ありがちな小道具ですけど。
もしかしたら、いつか期間限定・会員限定?で登場するかもしれませんが……テーマは『あなたの燃える手で私を抱きしめて』って感じです(題名ではありません)。

小道具をさりげなく使えるようになったら、きっとお話に花が添えられるのだろうな、と思いながら。
(新幹線の中で書いていたら、逆流性食道炎が悪化して、気持ち悪くなってしまいました…(@_@)

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Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

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【物語を遊ぼう】5.『ダーウィンが来た!』:自然界の壮大な物語 

あまり小説・物語とは関係ないのですが……
この番組を見ると、世界は本当に大きくて素晴らしい!と思います。
人間の世界って、この番組の1エピソードに過ぎないんだ、とか思ったり。
NHKの『ダーウィンが来た』
この番組から、何回見ても面白いエピソードをふたつ、ご紹介したいと思います。

まずはオーストラリアコウイカ(つまりイカ)のお話⇒巨大イカの恋
魚にはしばしばみられるように、繁殖期に効率よくカップルになって子孫を残すために、彼らは繁殖期に集まって、集団お見合い=メスの取り合いをするわけだけど、どういうオスが有利なんでしょうか。

そもそもこのイカ、敵から身を隠すとき、周囲にあるものの色や形を模すという特技があります。身体にあるナミナミの模様をうごめかせて化けるので、このナミナミを速く動かせるオスがメスへのアピール度では有利。そしてもちろん、バトルですから、身体の大きなオスが有利、なんだけど……
実はかなりの数の身体の小さなオスがいる。もちろん、オス同士の戦いになればどうあがいても不利で、やられてしまう。でも実は、彼らは交尾のシーンでただ不利かというと、そうでもないんですね。

なんと、この体の小さいオスたち、女装するのです。
コウイカのオスはメスより身体が大きめで、足?手?を広げながらメスを誘うのですが、メスは小さくて手足?が縮まっている。そこで身体の小さいオスは手足を思い切り縮めてメスのふりをして、オスの攻撃をかわし、メスにこっそり近づいて交尾をするわけです。
しかし、交尾の瞬間は手足を出さないといけないので、この瞬間にばれるから、ちょっくら命がけ。

面白い点が2つ。
①あまりにも女装がうまいと、本当にメスに間違われて、オスに襲われる^^; 
②メスの方は、身体の大きいオスばかりが好きというわけではない。肉体派のオスもいいけど、女装という頭脳プレーも好き。だから身体の小さいオスだって結構メスに好かれている。
蓼食う虫も好き好き? 好みは色々、ということなのでしょうね。
メスが交尾する相手の割合は、身体の大きいオス:小さい女装オス=6:4くらいとか。……こうして、オーストラリアコウイカは多様性(いろんな大きさのイカがいる)を保っているのでした。
いやはや、イカの世界も、なかなか大変ですね。

エピソードその2はアフリカウシガエル命がけの子育て
南アフリカ共和国の草原、夏の雨季になると、地面から出てくる、大きさはサッカーボールなみ。乾季は土の中で10か月もじっとしている。雨が降らなかったら、七年も出てこなかったという記録もあるとか。ちなみに寿命は40年以上?
地面から出てくるその姿は怪獣みたいで、実に可愛くない。ネズミとか、他の小さいカエルもひと飲み。でも、なぜか地元の人々の人気者。

そして、雨季に雨が降り続くと、乾いた草原に巨大な水たまりができます。
さぁ、恋の季節です。
このサッカーボールなみの巨大ガエルと巨大ガエルの雄同士のバトルがものすごく面白い。
技は基本的に、体当たり。頭や口から激突、空中大回転、顔面噛みつき、巨大な口に生えた下顎からの突き上げ(牙つき)、足に噛みついて抑え込み……イカと違って、やっぱり巨大なカエルが有利なのですね。

ぜひ、チャンスがあればこの映像を見てください。
言葉には尽くせない、カエルの迫力のK1バトル……結構格闘技好きの私も大満足でした。
そして、メスは隠れてバトルの観戦です。強い雄を見極めないといけませんからね!
やがてカップル成立。卵を産んだら……もうメスはいません。
そう、このカエル、子育ては雄の仕事。結構不細工なのにイクメンなのです。

ここからお父さんの大奮闘が始まります。雨季にできた水たまりの寿命はわずか1か月ほど。その間に、子供たちにはオタマジャクシからカエルになってもらわないといけません。
食って、食って、食いまくる数千匹のオタマジャクシたち。餌の多い方に、餌の多いほうに、1日100メートルほども移動。お父さん、必死で引率です。でも自分はたまたま見つけた虫程度しか食べられません。
放牧中の牛が近づいてきたり、時には象が近づいてきたりすると……子どもたちを守るために、得意技の体当たり! 蛇が襲ってきても、大きな口で噛みついて……食べちゃった!

そしてさらに、子どもたちを浅瀬に、浅瀬に集めます。そう、水温の高いところに集まらせて早く大きくなってもらうのです。
そんな忙しい子育てより、水のいっぱいある安全な池に住めばいいじゃないかという話もありますが、池には大鯰とか、天敵だらけなので、かえって危険なのですね。

さて、温度の高い浅瀬にいると、太陽の熱で干上がってしまうことも……子どもちゃんたち、大ピンチ!……でも、お父さん、あなたは本当にすごいです。
大きな水たまりに移動したお父さんは、子どもたちのいる孤立した浅瀬まで、後ろ足で土をかき分けかき分け……、何回も何回も往復し、水を引き込む……そう、灌漑工事を始めました。でも、あぁ、もう子どもちゃんたちは水が減ってぐったり……お父さんも炎天下で1時間半、だんだん動きが鈍くなって……がんばれ、お父さん!
そしてようやく水路が完成! 子どもちゃんたちのいるところまで水が流れ込みます。
いやはや、手に汗握る番組でした。科学・自然番組でこれほど興奮するとは…!?

この世界は本当に美しくて楽しい!と思える番組です。
この番組を作っていらっしゃるスタッフの方々にエールを送ります。


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【石紀行番外編】1.世界遺産:モン・サン・ミッシェル 

石紀行、お休みして、今日は世界遺産、モン・サン・ミッシェルへ。
イタリアが大好きな私は、ヨーロッパに何回も(は言い過ぎですが)行ったのに、イタリア以外の国に行くことはほとんどなくて、これが実はフランス初体験。世界遺産の一つくらい見とかなければ、と思ってここを選びました。
実は、パリは素通り。エッフェル塔も見なかったこの旅の目的地は、カルナックとラスコー周辺の美しい村々でした。

パリからTGVに乗り、レンヌの駅にやってきました。レンヌの駅のわかりにくいところにあるモン・サン・ミッシェル行のバス乗り場。この日は日曜日だったので、結構人が多かったのですが、人が少なかったらきっと不安になるような隅っこ。
バス
時刻表では1時間20分のバスの旅、競馬場などを見ながらぼんやりと乗っていたら、遠くの霞の中に小山が……
世界遺産モン・サン・ミッシェルです。
モンサンミッシェル1
ホテルが干潟の手前だったので、先にホテルの近くでバスを降り、荷物を預けてから歩き始めました。
これが意外に遠いのです。景色は変わらないまま、なかなか近づいてこない世界遺産。
干潟には羊の糞とか、犬の糞とか、とっても自然な世界。
モンサンミッシェル2
ようやくたどり着きました。モン・サン・ミッシェルの中は階段と坂をひたすら歩きます。狭い、小さな宝石箱のような場所。高台まで上がって干潟を見ると、こんな感じです。
干潟
この中心にあるのがモン・サン・ミッシェル修道院です。修道院を中心に村が出来上がり、英国との100年戦争の時には軍事要塞としても活躍した場所。フランス革命からしばらくの間は監獄として使われていたり。
良くも悪くも、ヨーロッパでは古い遺跡、教会、建造物などが今も使われていますね。現代だけではなく、それぞれの時代を映しながら、それぞれの時代に応じた使われ方をしている。
ナポリの地下遺跡も、ローマ時代にはローマ時代の、中世には中世の、そして戦時には戦時のための使われ方をしながら、今につながってきていました。
修道院に入り、上を見上げるとこんな景色。
教会2
教会3回廊
修道院の中は光と影が織り成す美しい物語があちこちに散らばっています。それらを拾い集めながら、ゆっくりと修道院の中を歩きました。
DSC_0054_convert_20130208025740.jpg
あでやかな色彩のステンドグラスもいいけれど、こんなシンプルなものもいかがでしょうか。
ただ、光の色と影の色だけが、最小限の色彩をまとって、天から降り注いでいます。
ステンドグラス貝のシンプルな文様と美しい青。
ステンドグラス2石のファザードを彩る淡く色づいた光。
ステンドグラスばかり撮っていました。この淡い、自己主張のない色彩がとても美しくて、光とはこんな色なのだなぁと思いながら、修道院の中を歩くのです。
艶やかなバラ窓もいいけれど、この透明に近い色彩の窓は、光の本当の色をどうやって捕まえようかと懸命に考えた痕跡のように思えます。

さて、噂のオムレツについても一言。
オムレツ
話のネタにはなりますが、はっきり言ってデカすぎ!
食べきれません。お腹がすいているからと言って、一人ひとつ頼んではいけません。味は淡々としていて、この量はとても日本人のお腹に見合う代物ではありません。あくまでも写真のネタですね。
そして、下は、灌漑の装置。これのおかげで、道は水没せず、いつでもモン・サン・ミッシェルに渡れるようになったわけですが……逆に海に浮かぶモン・サン・ミッシェルはなかなかレアな景色となったそうです。
灌漑
ホテルをモン・サン・ミッシェルの中ではなく、対岸にしたのは、この朝の景色を見たかったから。
朝靄の中のモン・サン・ミッシェルは確かにとても美しいシルエットでした。
朝もや
カメラの方向を変えると、こんな景色。
朝もや2

そして、早朝、なぜかホテルの敷地内を走り抜ける羊たち……
羊2
羊1
昔、何かのテレビ番組で、この辺の草は塩分が多いので、羊がミネラル一杯の草を食べられる(だから美味しい…ごめんなさい、羊さん)と聞いたような気がします。この羊が走るシーンも、テレビで見たことがあって、実はちょっと見たかった。
実際に見たら、結構びっくりしました。半端ない数の羊でしたから。
どうやら、このホテルの敷地が、羊の移動経路みたいなのです。
モン・サン・ミッシェルを背景に走る羊の群れ、一見の価値ありです。


すっかり観光地になった世界遺産に対する印象は、いささか複雑なものもありますが、それでもこうした景色にはやはり世界遺産と認められただけの何かがあるのですね。

さて、次回は、フランス南西部の美しい村々と、ラスコーII(複製ですが、侮るなかれ)・ルフィニャック洞窟へご案内いたします。
石は、少しお休みです。再開は、マルタの石の神殿からの予定です。

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【物語を遊ぼう】6. 食事シーンの魅力『仕掛人藤枝梅安』 

実は拙作にはよく食事のシーンが出てきます。
『清明の雪』では、龍の寺で2人が精進料理をいただいたり、最後の方で祇園の某料亭(モデルがあります……ってしかもほとんどまんまの名前で出ている……すみません。ちょっと手が出ないような料亭ですが)で夕食をいただくシーンがあったり。
『海に落ちる雨』では、代議士に呼ばれて食事、調査事務所の連中と食事、ヤクザの倅と食事、とにかくやたらと食事の場面があるのですね……

食事シーン。実は結構好きなんです。
先にも書きましたが、『京都殺人案内』の音川家の夕食(鍋率高し)、藤田まことさんつながりで言えば中村主水宅の食事シーン(必ず落ちに出てくる)、ついでに藤田まことさんつながりで言えば『剣客商売』の秋山氏が若―い嫁の作ったご飯を食べているシーン(こっちはついでに食材までそのあたりを走り回っているし)、ホームドラマには欠かせないシーン。

よしながふみさんは、ついに料理からごはんシーンまで漫画にされてしまったし(『きのう何食べた?』……ゲイカップルの日常を描いた漫画で、メインはご飯のレシピじゃないかと思える作品)。
食事中って、結構どうでもいい会話をしながら、でも人間関係がよく分かったり、ほろりと本音が出て登場人物が好きになったり、2時間ドラマでは堀越栄一郎さんが食事中の嫁(山村紅葉さん率高し)と娘の会話に解決の糸口を見つけたり。

その私にとって、最高の食事シーンが『仕掛人梅安』に出てきます。
私はこのシーンを読んで、本を読むのをやめて、夜にも拘らず、ねぎを買いに走りました。
例の、ヤクザさんの家or事務所の裏に住んでいた時です。
食べたくて仕方なくなり、読んでる場合じゃないわ、と思った。

そのシーンたら、たったの2行ほどだったと思います。
梅安宅に仕掛人仲間の彦次郎さんが訪ねてきて、ご飯、というより酒を飲むシーン。
『葱しかないねぇ』『じゃあそれで』みたいな淡々としたやり取り。
たしか焼いて食べるだけ。
それなのに、何だかその葱がものすごくおいしそうに感じたんですね。

『剣客商売』も『仕掛人』も池波先生の作品ですから、思えば、粋な江戸っ子、ダンディな池波先生、そして下町の味をこよなく愛した池波先生の食への想いが、たった数行のシーンからこぼれ出ていたのかもしれません。
それに、仕掛人という孤独で先行きは地獄と覚悟した仕事をしている二人。
友情、仲間意識と、そしてテレビの仕事人でも出てくる、たまにある敵対意識や憤り。
そんないろいろな思いを持っている二人の間にある葱。
物語や人物の背景を感じながらの食事シーンだからこそ、たった数行で私を夜のスーパーへ走らせたのでしょう。

そういえば、昔、今昔物語? 吾妻鏡? 平家物語? なんだったか忘れましたが、酒飲もうと思ったらアテがなくて、戸棚を開けたら皿にこびりついた味噌だけがあったので、それで飲んだ、ってなシーンがあったように思うのですが、その味噌がすごくおいしそうに思えました。

そう、本当に旨い、と感じさせる食事シーンは、1行でいいんですよね。
難しいですね。

こんなお話、いや食事シーンを書きたい。
読んでる人が、本を読むのをやめて、食材を買いに走るようなシーンを書きたい。
そう思いながら、今日も私は食事シーンについつい無謀な挑戦をしてしまうのであります。

参考までに。
葱の苦手な人もいると思うのですが、葱を焼くとき、切った葱を縦に置いて焼いてください。
甘みが増して美味しいのです。


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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(1)サルラ 

本当はルフィニャック洞窟の予定だったのですが、実は洞窟で購入したスライドが見当たりません(;_:)
撮影禁止なので、大事なスライドなのですが……
必ず探し出して、また記事を書かせていただきたいと思います。

そこで、今回はフランス南西部の美しい村を巡る旅にご案内いたします。
なお、この旅行の際に大変お世話になった旅行社さんがフランサテムさん(HPはこちら)です。
あれもこれも、というわがままを聞いてくださり、とても素敵なプライベート旅行を計画してくださいました。色々なオプションを考えてくださいますので、このあたりに旅行される際にはぜひご検討ください。

さて、まずはサルラの街です。ガチョウのモニュメントが有名ですが……
そう、このフランス南西部には世界3大珍味のうち2つがあるのですが、そのうちのひとつ、フォアグラの元がこの界隈に……(ガチョウさん、ごめんなさい)
ちなみにフォアグラは鴨の場合もあります。鴨は安いのですが、ガチョウは高級。
フランスの方々に聞くと、ガチョウは特別な日にしか食べられないのだとか。
もちろん、旅行者には『今日』がその特別な日だから、いただきました。
sarura
街はこんなふうに明るくて素敵な感じ。
コチラはほとんど立ち寄り、という感じだったのですが、印象的なのがマルシェ(市場)。
ちょっと覗いてみましょう。
マルシェ4マルシェ5
古い建物を利用したマルシェ。入り口はちょっとロボットの格納庫みたいですが、中に入ると普通にマルシェ。
並んでいるお酒もソーセージも、おしゃれです。
マルシェ
マルシェ2
マルシェ3

街の中のショーウィンドウも、とても素敵。
ショウウィンドウショウウィンドウ2

そして、フォアグラです。
フォアグラ1
街にはフォアグラ専門店?にて、こんなふうに缶詰が並んでいます。いかにも脂肪たっぷりの肝、という感じの色合いに見えるのは私だけ?
フォアグラ
ラスコー近郊にはこんなガチョウ農家さんがあります。本当に、ごちそうさまですm(__)m
がちょう

フランスに行って思ったこと。
本当にご飯がおいしい。イタリアも美味しいけれど、逆流性食道炎持ちの身には辛いものがあります……
しかし、フランスの食事には外れがありませんね。
日本人がフランス料理にならされてしまっているのかもしれませんが、たとえば先日ご案内したブルターニュ地方は、海が近いので魚介類がとてもおいしい。調理もシンプルで、和食に近いものがあったりします。

そもそも京料理は、海から遠いために素材の新鮮さが失われてしまう→美味しく食べるための工夫を積み重ね、現在の素地が出来上がったとか何とか(嘘かもしれません)。
もちろん、今は流通がスムーズなので、素材も良くなって、さらに美味しくなったということなんですよね。
フランス料理も、ソースなどの工夫がされていったのは、やはり海から遠い地方での『必要は発明の母』的なものがあったのかもしれません。
いずれにしても、美味しいものにありつける私たちは幸せです。

さて、フランスの美しい村、次もゆっくりご堪能ください。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(2)ベナック城 

さて、少し考えさせられるお城へ行ってみたいと思います。
ベナック城です。

と言っても、何の城?って感じだと思うのですが、まずはご案内いたします。
これもフランサテムさんのガイドさんのお力をお借りして、見せていただいた世界。
お城の全景、とまではいきませんが、大体こんな感じ。中世風、いかつい城、要塞みたいなお城ですね。
ベナック城
敷地の中に教会があります。
おじいちゃん教会

中を覗いてみましょう。
台所だトイレ
これは実は台所。つまりダイニングですね。竈もしっかりある。
で、いつ敵が攻めてきても対応できるように、テーブルの横には剣が並んでいる。
落ち着いてご飯食べれませんね……

隣は、みなさん、想像しやすい空間ですよね。
いわゆるどっぽんですが、この城の下には川が流れているので、つまり下水道完備?
ちょっと落ち着く感じの空間でした^^;
って、並べるなって? ご尤もです。すみませんm(__)m

その下水道……いえいえ、美しい川が森や畑を縫うように流れています。
川の傍にはいくつも同じような中世の古いお城がある。
ながめ
けれども、今ではこうしたお城を『昔の姿のまま留める』ことは大変困難なことになっています。
富の配分はいつの世も不公平。だから世界中にはこんなお城の一つでも持って、改築して現代風にして住みやすく……と考えるような金持ちはいくらでもいるようです。
しかし、それはこの城の歴史的価値、この景観の中での存在意義を変えてしまうものになる。

実は裏に回ると、こんな感じなのです。
修理中
そう、地道に修理中です。
そしてこの城の主のおじいちゃんは城の隣に住んで、昔の姿を保ちつつ、補修はするけど改築はせず、『売れ』という声にも負けずに、心意気ひとつでこの城を守っているわけです。
ご自身は隣にある小さい家に住んでいる。
おじいちゃんの家
でももうかなりのご高齢とお聞きしました。おじいちゃんがいなくなったら、このお城は変わってしまうのでしょうか。それとも心意気を持った誰かが後を担ってくれるのでしょうか。

古いものを残すことはとても大切ですが、時は流れていく。
古いものを残すことは時には大きな負担になる。
金銭的にも、そして誰かの時間と人生を縛ったりもするかもしれない。
そうまでして残すべきなのか、そうまでして残すだけの余力が私たちにあるのかどうか。
レトロを愛する気持ちだけでは、どうすることもできない現実があるような気もする。

保存・保護、って言葉で言うのは簡単だけど、そこにかかる費用と人手を考えると、ちょっと唸ってしまいます。
残すって、なんなのだろう。
形あるものはいつかは壊れていくわけで……
修理しても修理しても、そのうち追いつかなくなっていくのかもしれない。

でもだから愛しいのかもしれませんね。
だから、おじいちゃんはせめて自分が生きているうちは、この城を精一杯愛したいと思っているのでしょうね。

おじいちゃんに乾杯

ジャンヌダルク
おかげで、このお城、映画監督には大人気のようです。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(3)ロカマドゥール 

ロカマドゥールへご案内します。
崖にへばりついているような礼拝堂、ここから12世紀に聖アマドゥールのミイラ遺体が発見されたことから、聖地になりました。その後巡礼地としてにぎわうようになり、世界遺産に登録されている村。
ロカマドゥール
崖の上には城があり、中腹の崖にへばりついて教会(聖域)があり、下には町があります。
城から教会のある聖域までは、つづら折りの道があり、道が折れるところにはキリストの受難のレリーフがあります。
道
受難2受難1
聖域とされる場所は礼拝堂に囲まれているといった感じで、ここに最も有名な黒い聖母子が安置されています。木製とのこと。こちらでは船の航行の安全を祈ったり(ここで祈ったおかげで遭難を免れた、という年代が記されたレリーフがある)、また囚人の巡礼地でもあるようです。
教会1ファザード
黒い聖母子、何かの小説を思い出しますね。意味合いはともかくも、少し普通とは印象の違う聖母子像ですが、それだけに不思議な力に充ちているように見えます。
硬質な石の世界の中の木のぬくもり、なのかもしれません。
聖母
聖アマドゥールの遺体が見つかったのは聖域の上層。壁画が美しい。
壁画
そしてこの階段。
階段貝
下から216段ある階段…巡礼の方々は膝で登られるのですが…やはりハードな道ですね。
それにしてもわずかにカーブして登っている、美しい階段です。
何だか全く違うのに、京都の永観堂の裏手にある階段を思い出してしまいました。
永観堂の階段は龍が臥した姿を模したと言われますが、木のカーブはもう少し柔らかい感じ。
ここにあるような石造りの階段には、やはり弱さを拒むような厳しさを感じる。
けれどもそこに膝をつけて登っていくとき、もしかするとそこには、その人にしか分からない温度・温もりがあるのかもしれません。
階段にはホタテガイが……これは巡礼の道の印だそうです。
ナイフや
実はナイフでも有名な町だとか。これは下の町にあるナイフ屋さん。

町の造り自体が荘厳な印象のロカマドゥール。
フランス南西部にある美しい村の中で、聖地の魅力を存分に湛えた場所です。

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【物語を遊ぼう】7.竹宮恵子『ジルベスターの星から』 

私の漫画遍歴はどちらかというと貧弱なのですが、その中で竹宮恵子さんには大きな影響を受けたような気がします。
もちろん、あの時代(!)ですから、萩尾望都さん池田理代子さんなど、そうそうたる大作家さんがおられて、どの作家さんにも強い影響を受けているのですが……
そもそも私たちの世代、日本の歴史は大河ドラマ、世界の歴史は漫画で学んだわけですし。

それはともかく、思えば、事の起こりは『キャンディ・キャンディ』ですよ!
私の『そう簡単に物事はうまくいかない感覚』の根源は。
なかよし、なんて可愛らしい少女漫画の本に連載されていて、目もおっきくてキラキラ、いかにも少女漫画という顔をしていながら、中身と言えば、相手役の男の子はすぐ死んじゃうわ、喧嘩しながらもやっと気持ちの通じあった恋人は他の女にもっていかれるわ(しかもその女も結局は悪い人間じゃないところがつらい、しかもラストのほうで!)、結果的には老人と思っていたあしながおじさんが結構若かったという下りで、ま、いずれくっつくんだろうと予測されて終わるわけだけど……
読んでいる小学生はやっぱりテリーとのHappy Endを望んでいたはずなのに!
……幼心にびっくりした展開だった。
ただ、あの時、物語って面白い、と思ったのも事実。やられた!って感覚かもしれません。

そして、さらに追い打ちをかけたのが、マジンガーZ(アニメですが)。
最終回、負けて終わってしまった。
あれはいったい何だったのだろう。最後の最後に正義が勝つとは限らない!って話?
しかも、続きで出てきた新しい主人公がどうにもいけすかない。

今でこそ仮面ライダーもロボットものも複雑で、敵も味方もそれぞれ事情があるってのは当たり前になってるけど、あの頃、ちょっと子供心に傷ついたりしました。
でも、あの頃、確かに暗いアニメは多かった。
キャシャーン、デビルマン、などなど。でもそれは設定の暗さであって、最終回にいきなり負けるのはどうかと思う。

さて、また脇道でしたが、竹宮恵子さんのこと
実は、握手してもらったことがある唯一の漫画家さんなんです。
サイン会に行って、登場人物のマスコットを作って持って行って、けなげなファンでした。
だれのマスコットだったか……それは私の大好きな漫画『変奏曲』のエドアルドくんだったはず。

一番好きな作品は、と聞かれたら、二つで迷うけれど…『変奏曲』『地球へ…』と一応答えている。
もちろん、本当に好きなんですけど…
でも、最も好きな作品は多分、だれも知らない、あるいは覚えていないかもしれない短編なのです。

『風と木の歌』であの当時、漫画界に嵐を巻き起こしたと言っても過言じゃない竹宮さんですが、実は竹宮さんの本領が発揮されるのはコメディじゃないかと今も思っている。
それは、しばらく漫画から離れていた私が、ものすごく久しぶりに竹宮さんの漫画を手に取って、本当に面白いと思ったのは『私を月まで連れてって!』で、これを読んだとき、これこそ竹宮恵子さんだわ、と思った。
ユーモアのセンスが抜群。こじゃれたユーモア。
もしかして、私の中で『変奏曲』も『地球へ…』も抜いたかも、と思いました。
これは本当におすすめ。

さて、私の愛する短編をご紹介します。
この間、アマゾンで検索しました。
もう売ってないんじゃないかと。
そうしたら短編集の中にありました。

『ジルベスターの星から』
ジルベスター(これは私の持っている古い本)

演劇部だった私は、実はこれを何とか舞台でやりたいと思った。
(しかし実現しなかった。宇宙戦艦ヤマトと赤川次郎さんの作品はやったんだけど…それにしてもなんて画期的な中学生だったんでしょうか! 30年ほど前? え? いやはや、自由な学校だった)
でも、この世界がとても愛しく思えて、そのまま大事においておくことにした。

今でも、読むと、そこはかとなく心が温かくなる。

放射能で汚染され、ドームの外には出られない未来の地球。
宇宙パイロットになる夢を持った少年、アロウのもとに幽霊のような少女とも少年ともつかない子ども(ジル)が現れる。それは遠い星、ジルベスターから送られてきたテレパシーが作った映像。
その辺境にある星は、汚染された地球から移民団が移り住んだ星なのです。
ジルはアロウに、ジルベスターがどんなに素敵な星か、どれほど夢のある場所か、そしてラベンダーの空がどれほどに美しいか、話して聞かせる。
時には意見が合わないこともあったけれど、語り合いながら夢を紡いでいったのです。
いつかジルベスターを見たい、その気持ちがアロウを動かし、優秀なパイロットになった彼は、周囲が進めるエリートへの道を断ってでも辺境の星ジルベスターへ行きたいと願う。
しかしある時、依頼していた調査の返事が返ってくる。
ジルベスターでは宇宙線の影響で子どもが育たず、10歳前後で死んでしまう、移民は失敗だったと。
ジルはそこにいるのになぜ。
どうしてもこのままにしておくことはできない。この目で確かめなくては。
アロウは、恋人を置いて、ついに辺境の土地、ジルベスターへ旅立った!
そこでアロウが見たものは、荒廃した灰色の土地、まったく人の姿もない枯れた土地、白い墓碑。
いったいジルはどこに……
そして、アロウの恋人、ヴェガの驚きの行動とは!

古い漫画なのでネタバレしてもいいのかしら。
でも、読んでほしいです。たった50Pに込められた本当に深く美しい物語。
短い中に出てくる登場人物の魅力的なこと、そして何より、描かれた世界の美しさ。
物語って、美しいことが大事なんだと思わせてくれる。
『美しい』って使い古された言葉だけど、ある時、村下孝蔵さんの故郷を歌った『夕焼けの町』を聞いて、あぁ『美しい』ってなんて素晴らしい言葉かと思った。
素直に使うと、そして心を込めて語ると、本当に伝わる言葉だと。
修飾語で飾り立てなくても、心を込めて、そのまま言えばいい。

背景に流れているリルケの詩が心に触れます。

だれがわたしにいえるだろう
わたしのいのちがどこまで届くかを……


竹宮恵子さんは、私にクラシック音楽の素晴らしさを、そしてロルカやリルケ、ヴェルレーヌの詩の美しさを教えてくださった漫画家さんです。
この切り取られた詩の数行が、本当に物語の中を泳ぐように流れている。

もしかしていつかチャンスがあれば、やっぱり私はこの物語を三次元の映像で見たいと思うのです。
映画? あるいは舞台? それとももっと違う何か。
いえ、やっぱり私の心の中の世界に置いておくほうがいいのかしら。
私が物語を語るとき、いつも支えにしているいくつかの作品のひとつ。

竹宮恵子さんのもう一つ、素晴らしい作品は『ロンド・カプリチオーソ』です。
スケートの話ですが、兄弟の葛藤がたまらなくて。
おかげさまで、拙作にはやたらと兄弟葛藤が出てくるようになってしまいました。
そしていつも私は、弟の才能や自由さに嫉妬して苦しみながらも弟を愛する兄貴の味方なんですよね…
またいつかご紹介します。

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【物語を遊ぼう】8.引っ張る力?:東野圭吾『分身』 

東野圭吾さんの『分身』を読んだのですが……
『100万人が泣いた』と帯に書いてあったので、どんな泣ける話なのかと思ったけれど、泣くこともなく終わってしまいました。
(ちょっとネタバレ含むかもしれません…でも帯を見ただけで、すでにネタバレですよね)

函館生まれの女子大生・鞠子と東京に住むアマチュアバンドの歌手・双葉。東京に住むと北海道に住む二人の女性。そのうちの一人のテレビ出演をきっかけに周囲で不穏な動きが起こり始める。
体外受精、クローンといった科学と倫理の微妙なバランスの上に成立する物語。
二人の関係は始めから読者には見え見えなので、設定そのものは特別目新しいことにも思えないけど…

東野さんの作品をすべて読んだわけではないので、私が語れることは少ないのですが、確かに『読ませる』。
取り敢えず、最後まで引っ張る力を感じます。
今回の場合は、謎解きよりも、なかなか主人公の二人が出会わないので、ヤキモキしてしまうのだけど。
もちろん、周囲で人が亡くなったり、怪しい人が訪ねてきたり、そして追われたり。
やがて一人はある目的のために連れ去らわれてしまうんだけど、なぜか追い詰められ感が少ない。

そう、何か物足りないのはなぜなんだろう。

扱うテーマの重さに比べて、なんだか二人の女性の心情に緊迫感がなくて、ちょっと拍子抜けしてしまったのかもしれません。あるいは、そんな重大な問題の上に誕生した人間にしては普通すぎて、実在感がなかったからかもしれません。
冷静に考えて、普通に健やかに育つとは思えないので……『おとぎ話的緊迫感のなさ』が感じられたというのか。
最も存在感があって、納得できたのは、主人公二人の遺伝子的『親』ともいうべき女性の、『気味が悪い』という感情。
全体としては、設定が大きい分期待も大きかったからか、読んだ後力が入らず、『で!?』と思わずつぶやいてしまいました…

人物の実在感という意味では、よく似た印象だけど、『プラチナデータ』のほうが上な感じ。
科学ものとしては『ブルータスの心臓』のほうが面白かった記憶があります。
例のごとく、50%の作家買いなので(しかも多分東野圭吾さんに関しては50%以下)、あまり語れないけれど。

ただ、『白夜行』は面白かった気がします。
登場人物に力があったからかも……際立ったキャラクターだった上に実在感があった。
だから、長さが苦にならなかった。
あ、でも、結構電車で読むことが多いので、本の分厚さは、持ち歩くのに苦はあったかな。

それにしても、本当に多くのテーマを扱っておられて、読み終わった後に何か残るかどうかはともかく、最後まで勢いで読ませる、そういう力がものすごく強い作品が多いと思うのです。
会話と地の文のバランスの絶妙さとか、説明の過不足とかに抜かりがないから、読みやすいのだろうな、と思います。

ただ、読んだ後も本棚に置いておこうと思った本は、今のところまだ『白夜行』(とついでの『幻夜』)だけ。
まだ、イチオシという作品に出会っていないだけなのかもしれないのですが。
お勧めがありましたら、教えてください。

ちなみに設定負けって自分で考えているときにもよくあります。
すごく面白い設定を考えても、お話の中身が伴わないまま、自分の中で消えていった設定の多いこと。
あ、いえ、自分をプロ作家さんと同じレベルで語っているみたいでいけませんね。そういう意味ではなくて、ただ、物語を語り終えるのは大変、ということでして。
設定が独り歩きしてもいけないし、どれほど流れが良くても設定がつまらなければ、それもだめだし。
やはり全てはバランスなんですね。

それにしても、とにかく、最後のページまで読ませてしまう力って、すごいものがあるなぁと思うのでした。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(4)サン・シル・ラポピー 

「フランスの美しい村」のひとつ、サン・シル・ラポピーへご案内いたします。
サン・シル・ラポピー
ロット川から100メートルほど登った崖上にある、13-14世紀に建てられたままの姿が残されている素朴な村です。最も高いところに城壁の名残があり、そこからの眺めはなかなか美しいのですが……

何となくさみしい村に見えてしまったのは、この場所がアクセスの悪い場所だからでしょうか。
あるいは、不便な田舎町にありがちの過疎化のためでしょうか。
通り村の家3
訪ねた季節が、花咲き乱れ緑あふれる…というシーズンではなかったのも一因かもしれません。
しかしガイドさんのお話によれば、村には空き家がたくさんあって、貸出をしているのだとか。
そこに、この村の美しい景観に惹かれて芸術家の人々が集まってきているようですが、それでも空いた家が少なくはなく、人が住まない家が荒れていく例に違わず、少し寂れた雰囲気が出ているのかもしれません。
村の家1
売家
古い村を保存するためには、外観を変えずに守り、中を新しくしていくのでしょうが、維持するための費用は住む人持ちでしょうから、大変な『心意気』が必要だと思います。
京都の町屋を始め、日本にも同じような場所がいくつもありますよね。イタリアの古い村々でも同じような光景を見ます。サンジミニャーノの塔に住む人が話していましたが『ここに住むことを誇りと思っている』、そういう気持ちがないと、ただ不便で(塔の場合は、エレベーターなんかつけられないので、頑張って狭くて暗い階段を毎日上がるわけで)古臭いばかり。むしろ、不便を楽しまなくてはならないし(もちろん楽しめる人が住んでいるわけですが)、その上お金もかかる!
……大変だなぁ、と思います。
城壁の上からの村の光景。
村の家2
しかし、この村にはものすごくいいものがあります。
小さなお店で発見。食べちゃったので写真がないのが申し訳ないけれど、この旅行のお土産の中で最も喜ばれたもの。それはどっぷりとボルドーのワインに浸かった干しブドウをチョコレートでコーティングしたお菓子。
そのワインの濃厚な香りがチョコレートでそのまま閉じ込められているわけです。ワインそのものが閉じ込められている、とも言えるけれど、そこに干しブドウの甘みも加わって、どうとも表現しがたい美味しさ(#^.^#)
よく似たようなお菓子はあるかもしれないけれど、まさに似て非なるもの。
このお菓子を買うためだけに、もう一回あの村に行ってもいいと思えるくらいのものでした。
試食してあまりの感動に、母と私は店にあるこのお菓子、買い占めました^^;

で、結局何の話だったか……サン・シル・ラポピーの『ボルドーワインにどっぷり浸かった干しブドウチョコレートコーティング』
店の名前も忘れちゃったけど(フランサテムさんに尋ねてくださいませ(^^))、この村を訪ねたら、忘れずに大人買いしちゃってください。

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【物語を遊ぼう】9.短編は難しい… 

さて、今日は起承転結の話でも。
この間やってみたバトンにもありましたが、文体・文章で最も影響を受けている作家さんは?という質問……実は、かなり答えるのが難しくて、結局はその時読んでいた本に左右されることが多いというのが答えかなぁ、と思ったのですが……そう、まるで、『好きなタイプは?』『その時付き合ってる人』って感じですね。
でも、短編について語るなら、この大先生を置いて、他にはありません。

O・ヘンリ大先生。新潮文庫の『O・ヘンリ短編集』全3巻は私のバイブルでもあります。時々、行き詰ったら読む。短い話ばかりなので、どれかを適当に選んで読んでいるわけですが、何だかリフレッシュします。
たまに、昭和に浸りたいときは、松本清張さんの短編集ですが。

バトンにも書きましたが、まともにプロットを書かない私ではありますが、プロットを作らないわけではありません。頭の中では、ものすごい勢いで話が流れています。特に長編はその勢いで書くので、確かに何が何だかってことは多いのですが、もう妄想をぶつけてるって感じになります。
こんないい加減な人間なので、短編が下手。
短編が書けない奴に長編は書けない、とか言われそうですが、それはもう、重々承知していますので、あしからず。

そう、短編こそ、正確なプロットが必要と思うのです。短編は怖い、といつも思っている。短編こそ、起承転結がはっきりしてないと、読み終わって何も残らない。短いから、登場人物に入れ込む間もないわけで、純粋にストーリーの面白さが問われる。
もちろん、長編があってのおまけ的短編なら、つまり知っている登場人物が活躍するのなら、筋立てはいい加減でもいいのかもしれませんが……それはエピソードであって、短編とは言わないのではないか?と思ったりするのですね。
世間で、作家の○○氏の短編がよいと言われて読んでも、なんだろ?と思ってしまったことはいく度もあり、すぐに読むのをやめてしまった。結局、基本中の基本、起承転結が見えないと嫌になってしまうようです。もちろん、起承転結の考え方は人それぞれで、たまたま私の琴線に触れなかっただけなのかもしれません……

O・ヘンリと言えば、『賢者の贈り物』『最後の一葉』ですね。この『起承転結』は、皆さんよく御存じなので、あえてここでは書きませんが、どちらも、しっかりと起承転結があります。
で、今日は、もう私が好きで好きで、何回読んだかしら、という短編をご紹介いたします。
『黄金の神と恋の射手』
……文学なので、ネタバレはいいと思いますから、ストーリーをご紹介します。

登場人物は、金持ちの爺さん(もしかして思っているより若いのかも?)とその息子、そして息子が思いを寄せる女性、金持ちの爺さんの妹、そして……

金持ちの爺さんは金で解決できないことなどないと主張しています。その息子は生真面目で奥手の悩める若者。彼は恋をしていますが、その女性に言い寄ることはできない。告白するチャンスも、二人きりになるチャンスもないまま、彼女はヨーロッパへ旅立って何年も帰ってこない、という状況に。金持ちの爺さんは、息子のその奥手さ加減が歯がゆい。お前はものすごい金を持っているのだから、金で何とでもできるはずだ、と。でも奥手の真面目な青年は、『お父さん、金では解決できないこともあるんですよ』と。

時代も時代で、女性に交際を申し込むには社交界の色々な掟もあり、やっと二人きりになれるのは、彼女がヨーロッパへ旅立ってしまう前に親戚と舞台を楽しむ劇場までの馬車の中のほんの4・5分。駅にいる彼女を迎えに行き、劇場まで送るという許可を、ようやくもらったのです。でも、そんな短い時間で、これまでちゃんと話をしたこともなかった彼女のハートをつかむことは到底無理と、青年は諦めています。
青年の叔母は、青年の母親の形見の品である『愛をもたらしてくれる指輪』を青年に渡します。叔母もまた、金で解決できないことがあると思っているものの、時間がたっぷりあればともかく、今となっては、甥が心を奪われた女性と結婚するのは難しいだろうと思っている。

そして、彼女を迎えに駅へ行き、ようやく二人きりになった馬車で……青年は、母の形見の指輪を落としてしまったことに気が付きます。青年は馬車を止め、彼女に断って、1分で戻ってくるので、と言って指輪を探しに行って戻ってくると……
その1分の間に彼らの馬車の前に電車が止まっていて、馭者がすり抜けようとすると荷物配達車に行く手を阻まれ……そこへトラックやら二頭立て馬車やらも絡まって……ふと見ると、彼らが進むべき広小路は大渋滞です。
始めはお芝居に間に合わないと言ってイライラしていた彼女も、とても進めそうにないことに気が付いて、諦めたようです。『僕が指輪さえ落とさなかったら…』と謝る青年。彼女は、『いいえ、どうせお芝居だってつまらないんだわ』

さぁ、どうなったと思いますか?
2人は婚約しました! 叔母は兄の金持ち爺さんのところにやってきて、『指輪を落としたおかげで、結局2時間も大渋滞に巻き込まれたんですよ。その時間にゆっくり話ができて…ほら、真実の愛を象徴する指輪が二人を結びつけたんですよ』と。

この話、これで終わったら、『で?』ってことですが。
翌日、金持ち老人のところに男が訪ねてきます。金持ち老人『だいぶ上首尾だったようじゃな』、男『足が出てしまいました。荷物配達車や辻馬車は5ドルで話が付いたが、トラックや電車は10ドル……しめて5300ドルかかった』と。
皆まで言いますまい…と言いたいところですが、つまり2時間の大渋滞、爺さんが金にものを言わせて作り出したものだったんですね。
金持ち爺さんは男に尋ねます。『ところで、太った裸んぼの小僧が、しきりに矢をはなっていたのを見なかったか?』と。『そんな小僧がいたら、ポリ公にふんじばらてますぜ』
『わしもそうだと思っとった』……爺さんは満足であった……

これこそ起承転結というものだわ、と思って、読むたびに満足な短編 (面白さは色々ですが^^;)ばかりです。
さて、皆さんはいかがですか?
私は、SSでも一生懸命、起承転結を作ろうと思いながら書いているのですが、とても難しい。でも、一生懸命さが伝わるといいなぁ、と思うこの頃です。
短編の先生をご紹介しました。是非、一度読んでみてください。落語と一緒で、落ちが分かっていても面白いですし、学ぶ姿勢で読むともっといい。そういう目でみると、すっかり手垢が付いたような有名な話である『最後の一葉』も『賢者の贈り物』も味わい深いですしね。


ちなみにこの話があまりにも気に入った大海は、相川真シリーズの4代先、大和竹流=ジョルジョ・ヴォルテラのひ孫(もろもろややこしい家の跡継ぎ・やや優柔不断)がヴォルテラの家を捨てて、相川真のやしゃ孫(繊細だけど言いたいことは言う、でも自分の気持ちにはなかなか素直になれない考古学者ちゃん)と結ばれる話の最後に、このシーンを頂きました(#^.^#)
ヴォルテラの力を持ってしたら、誤解したまま東京に帰ろうとする彼女を引き留めるために空港ひとつ塞ぐくらい、なんてことないはず!(やったのは優柔不断な兄貴にイライラしていた弟だけど…そう、『麗しのサブリナ』の本歌取りさせていただきますので(#^.^#))
でも、私がたまたまその空港に居合わせたら、怒るけどね!

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【物語を遊ぼう】9.短編って難しい…その2 

ちょっと続きを。
ウゾさん、limeさんからのコメントへのお返事を、記事にしてしまいました。
というよりも、私自身が、短編・中編・長編の違いをあんまり判らずに書いていたことに気が付きまして……ググってみました。

しかし、結論はよく分からない…原稿用紙換算の枚数にしても、色々違っていて、何やら明確な定義があるものではなかったようです。
でも、大筋としては……
長編は、それだけで1冊の本になる長さ、原稿用紙では300枚以上くらい。
短編は100枚未満、本当の意味での短編は70~80枚以下。
中編は100~250枚程度(単純に短編と言うには長く、長編と言うには短い、といった意味合い)。
ちなみに掌編は30枚以下。10枚以下、という説も。
というあたりで落ち着きそうです。
文学賞などで規定されている枚数からも、大体こんなあたりだろうとのこと。

となると、短編って、思ったより長いんじゃないの?という気がしたんですけど。
100枚と言ったら40000字。
『百鬼夜行に遅刻しました』で7481文字。これはまぁ、掌編ということにしていたのですが、短編と呼ぶにはせめて倍はいるってことになるのですかね。
連作短編に、と思っていたけれど、連作掌編ってことになるのか……

あぁ、ややこしい。
結局、もうこれでいいことにしよう!
短いのは短編。長いのは長編。その間が中編。線引きはその時の気分で!
でも短編も意外に長いものもありのようだし、書かなきゃいけないことはちゃんと書かないといけないんだ!
登場人物の人となりも、物語の背景も、起承転結も。
50枚=20000字あったら、結構書けるぞ!
ただ、短い話は、どの視点で、どの場面を切り取るか、ってのは勝負どころなんだろうな。それはよく吟味しないと。
……そういうことにしとこう。

物語って、長さだけで決まるものではないと思うけれど、組み立てていくときには長さのイメージは必要ですよね。自分の言いたいこと、書きたいことがどの長さに収まっていれば、一番読んでいる人に届きやすいのか……原稿用紙の枚数は結果論でもあるけれど、究極17文字に魂を籠める日本人としては、ちょっと枚数(文字数)にこだわってみたくもなるのだろうなぁ。
長さに関わらず、丁寧に、そして時には大胆に、素敵な物語を紡いでいけたらいいですね。

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【物語を遊ぼう】10.私のバイブル:『鬼平犯科帳』 

一昨日だったか、久しぶりに早く帰ることができたので、夜『鬼平犯科帳』を見ることができました。で、思っていたのとは違う順番で、この記事を書くことに。

今日は私のバイブル、鬼平犯科帳。
シリーズの最後は池波正太郎先生のご逝去で未完のままだけど、いつまでも終わらないでいて欲しいというファンの気持ちと相まって、未完は未完で良いような気はしている。
あの世に行ったら、まず池波先生をお探しして、語っていただかなければ、と思っているのです。

そう、テレビをつけてみたら『正月四日の客』だったのです。
私はなぜか、この話が大好きで。しかも、なぜかテレビの放送で偶然何回も見てしまう、不思議な縁のあるエピソード。

ある蕎麦屋に正月四日に客がやってくる。
正月四日は信州出身の蕎麦屋の女将さん=山田五十鈴の両親の命日で、早じまいをするのだけど、仕舞いかけにやって来た男も信州出身というので、真田蕎麦を挟んで故郷を共有する女将と客の間に、何となく心の縁ができる。
ある年、とある屋敷に強盗が押し込み、女を犯して殺すというむごい事件が起こっている。
実はこの蕎麦屋を訪ねてくる男は、盗賊のかしらで、用心深く、犯さず殺さず貧しきからは奪わず…という盗賊の掟を守っていたのだけれど、年も取ってきて、人手が足りなかったばっかりに流れの盗賊を雇ってしまい、その連中がむごい殺しをしてしまっていた。
それをきっかけに足を洗うことにしたが、その場合は仲間に支度金を渡さなくてはならず、このために最後のお勤めをすることに決めた。

正月四日。
蕎麦屋を訪れた盗賊のかしらは、この押し込みの準備のために、来年の正月四日はこれないが、再来年は来て、おかみさんに自分のことを話すつもりだと告げる(もちろん、理由は言わないけど)。
鬼平は、先の押し込みの下手人を探していたわけだけど、この蕎麦屋の女将がある時人相書きから引き込みの男を見つける。その時、その盗賊のかしらには腕に亀の彫り物があると聞かされた女将は驚く。
正月四日の客の腕には亀の彫り物がある。
そして、この盗賊が、今までは盗人の掟通りの綺麗な仕事をしていたのに、今回はむごい殺しをしたということも聞く。
女将の両親は、実は、女将が6歳の時に押し込み強盗に殺され、母親は犯されていた。

女将は鬼平のところに行き、何も質問しないでくれと断ったうえで、その盗賊のかしらが来年(ちょっと時間が経っている)正月四日に真田蕎麦を食べにくる、と告げる。
そして、その日。
盗賊のかしらはお縄になる。
『おかみさん、私をお売りなさったね』
女将さんは、どこかでこの盗賊の良心を感じ、期待していたのかもしれない。
『真田蕎麦の味を忘れないでおくんなさいませよ』
『ねぇ、おかみさん、人の顔はひつとじゃありませんよ。顔が一つなのは女将さんくれぇなものだ』
そして悪人らしく、引き立てられていく…
『あたしだって、顔がひとつというわけじゃありませんよ。もしかしたら黙って見逃していたかもしれない』と鬼平に告げるおかみさん。
もしも、自分に6歳の時の辛い体験がなかったら、そしてもしもその盗賊が、たまたまむごい殺しをしないままの盗賊であったなら、鬼平に黙っていたかもしれないと。
鬼平はそんな告白はさもありなんって顔で、『牢にいるうちに真田蕎麦を差し入れてやんな。人の心と食い物の結びつきは、思うように解けねぇってことよ』

役者がうまい。この亀の小五郎(だったかな、盗賊のおかしらの名前)の役者さん、真田蕎麦を食べている時は、善人顔をしていて、最後に女将さんに捨て台詞を吐くときは悪人顔なのです。
山田五十鈴もいい。静かで、人の心を顔だけで表す。
人の顔が本当にひとつじゃないということを、台詞以上に雄弁に語っている。

さらに、この『正月四日の客』は短い45分ほどの番組の中で、ものすごく時間の流れがあって(正月四日という日付で時間が一点に絞られながらもつながっていく感じ)、人の一生があって、それを結び付けているのが真田蕎麦という、登場人物にとってふるさとの味、その人の心を決めている食べ物。
蕎麦という些細なテーマを、あるいは小道具を使いながらも、スケールの大きな話で、まるで屏風絵だわと思うのです。
一本の木を描いてその向こうに森を、わずかな水の気配を描いてその先の大河を思わせる手法。

そして、いつも鬼平が言う言葉。
人は悪いことをしながらいいことをし、いいことをしながら悪いことをする。
そういう人の心の問題・闇と光は、理屈で解けることではないという、このシリーズの底辺に流れている世界観が大好き。
そんな中で、生きている人々、悪人も善人も、そのどちらでもある人たちも、市井の人々も盗賊も、そして盗賊改めやイヌと呼ばれる元盗賊で鬼平の配下になっている人々も、なんだかすべて愛おしく思える。

やっぱり無人島に行くときは『鬼平犯科帳』。
実は海外に行くときは、絶対何冊か持って行っています。

ところで、偶然見ると言うので思い出しましたが、実は私、一昔前(いや、かなり前かも)、何故かやたらアラン・ドロンの『太陽がいっぱい』のラストシーンに遭遇したことがありまして。
それも本当に、太陽がまぶしい~のシーンだけ。
貧乏な男が、死んだ金持ちの友人になりすませて、財産も恋人も何もかも手に入れて(なんでばれなかったんだ?う~ん、覚えていないけど、一生懸命筆跡をまねしているシーンが鮮烈だったな)、ついにばれて……ばれたことを知らないまま浜辺でリゾート?していて、そこへ刑事がやってくる…やたら海辺の景色がまぶしくて…で歩いてくる刑事を見て、ばれたことを悟る?のかな。
それで終わり、捕まるシーンまではなかったはず。
細かいことを覚えていないけど、その太陽がまぶしい!シーンが強烈だった印象はある。

あれはよくできたラストシーンだけどそこだけ見ても…ねぇ……

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【物語を遊ぼう】10.『鬼平犯科帳』追記:小説と映像 

前回記事を書いたとき、随分らりっていて?ちょっと混同して書いてしましました。
『鬼平犯科帳』
そもそも小説のことを書くつもりだったのに、たまたまテレビで『正月四日の客』を見てしまったので、引きずられてしまって、半分混同して番組のことを書いてしまったのですね。

ただ、このシリーズに関しては、小説とテレビ番組はもう、本当に切っても切れない…じゃありませんが、番組は小説を逸脱しないように作ってあって、派手なことは何もせず、淡々と語る姿勢を貫いているので、どちらの話をしても違和感がないのではないかと思ったりもします。少なくとも私の中では、ちょっと混乱するくらい、世界は重なっている。

もちろん、原点は池波正太郎先生の小説で、私が心酔しているのは、もともとはそちらなのですが、この番組はベストな役者を選んだと思います。きっちゃんの鬼平から、レギュラー陣、1回きりの盗賊や市井の人々まで。そしてベストな語り方をしてくれている。

実は私、多岐川/裕美さんが苦手だったのですが、『むかしの男』で小説のまんまの捨て台詞『あんな男、あなた様に比べたら塵芥も同然』(ちょっと言葉が違ったかも…すみません、私の頭の中ではこんな台詞。当たらずとも遠からずのはず)と、あの派手やかなお顔でぴしゃりと言い切られたとき、おぉ、なんとまさに久栄さんだわ、と感心しました。

…これは鬼平の奥さんは実は昔男に弄ばれて捨てられて、傷物の娘を誰も嫁にもらってくれないと嘆く久栄の父親に、鬼平が『よし、もらってやる』ということがあったのですね。で、その昔の男が盗賊になって現れて、鬼平との対峙で盗賊が『久栄を女にしたのは俺だ』って言うんだけど、鬼平は『本当に女にしたのは俺だよ』ってあっさり受け流し。で、ラストで、久栄さんが言ったのが、『ちりあくた』です。

いやはや、女って、怖いものなのですよ。ろくでもない男なんて、たとえ初めての男であっても、切り捨てごめんってことですね。やっぱり男の方が、『初めて』に幻想を抱いたりもするんですかね。よく『男は初めてにこだわり、女は最後にこだわる』と申しますし(18/禁^^;)。

さて、盗賊改めの密偵(イヌ)の中に、梶/芽衣子さん演じるおまさがいるのですが、おまさは鬼平が好きなんですね。鬼平は察しているけれど、身分も立場も違う、ましてや盗賊改めと密偵ですから、きっちり誤解のないように一線を引いている。おまさもそれが分かっていて、決してあるラインから出ない。

で、この久栄VSおまさのシーン(多岐川/裕美VS梶/芽衣子)はもう、女の私が見るからか緊迫感があって、小説以上に生々しく見えない火花が出ていて、すごい役者さんたちだわと思うのです。久栄さんは、女の勘でおまさの気持ちを知っている、でも知っていてどうこうなるものでもないので、凛とした態度で臨む。そこには上位にいる女の優越感や傲慢や横柄もちょっとあるんですね。だって『殿様は…』と鬼平のことを語る時、私は殿様のことをこんなに知っているし、愛しているのよってのが台詞ににじみ出ていて、それをさりげなく出しながら、一方では鬼平のために命がけで働いてくれている女への感謝も持っていて、優しく言葉をかける。おまさ役の梶さんも、色々分かっていて押さえて演技をしている。…この二人のシーンだけは、小説では出せない『女の戦い』みたいな気がして、映像の勝利かも、と思う。

えーっと、例に漏れず私は伊三次さんファン。でも、大滝の五郎蔵(おまさと結婚)さんも結構好き。何より、昔から、『理想の人は?』『(ためらいなく)長谷川平蔵』と答えてましたから……


余談ですが、フェリーニの『そして船は行く』という映画があります。第一次世界大戦前夜、偉大な歌手の葬儀のためにナポリから出航した豪華客船を舞台にした群像劇。漂流から救出された難民が詰め込まれている最下層のデッキ、上層にいる芸術家、オペラ歌手、貴族、亡命中の皇太子……そしてなぜか船底にいる不眠症のカバ……何だかわけのわからない作品なのですが、これがもう本当に驚くほど人の顔がいい。
確か、フェリーニはこの役者をそろえるのに、かなり気合の入ったオーディションをして、演技の上手い下手じゃなく(何より、演技がどうと言う映画ではなかったような…)、ただ『その当時(第一次世界大戦頃)の人々の顔をした役者』をそろえたのだとか。顔だけでいい、という荒業?だったらしいです。
役者の顔って、本当に大事ですよね。


で、こちら、鬼平の方は、顔だけで演技できなきゃ困るんですが、役者はよく選んでいると思う。だから、ここぞというときは大物の本当にすごい役者さんを使っているし、そうでなくても吟味した気配を感じる。
本当に原作を読んでいる人が違和感なく入れる番組を、よくぞ作ってくださったと思うわけで、これはひとえに製作者さんの池波作品への敬意、この世界を壊さないという繊細な配慮の賜物だったろうと思います。

同じことは、『剣客商売』にも言えるけれど、『鬼平』の方が上かな? 藤田まことさんはあの秋山小兵衛そのものに見えますけど。やっぱり藤田まことさんは、最高に雰囲気のある役者さんのおひとりです。
(関係ないけど、昔、京都の南座に『必殺』の舞台を見に行きました。第2部に藤田まこと歌謡ショーがあったんですが、必殺シリーズの歌もたくさん!で全て知っている自分らにびっくり。大盛り上がりでした)
『仕事人』は全く『仕掛人』から派生した別物だけど、これはこれで別物ってニュアンスを言葉から変えてしまってはっきりさせているので○。『仕掛人』梅安の小林/桂樹さんは良かったけど、映画の萬屋錦之介さんも良かったなぁ。あぁ、古い……


小説と映画/テレビ番組…って難しいですよね。原作のイメージを壊さないでという、原作ファンの声もあるし、たまには原作を越えちゃう映像もあるし。
でもこの話は、あまりにも遠大なテーマなので、またいずれ。

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【石紀行番外編】世界遺産:フランス・カルカソンヌ 

さて、少し間が空いてしまいましたが、石紀行の番外編をお届けします。
フランスの城壁都市、世界遺産のカルカソンヌです。
全然関係ありませんが、こういう名前のゲームがあるんですね。しかも、まさしく都市を造るという。
むかし、シムシティというゲームがあったなぁと思い出していたんですが(古すぎる?^^;)、それ以来、ゲームには全く嵌ったことのない私には、まるで未知の世界……
街の全体像はどこでも見られると思いますので、割愛します(いつも大局は割愛^^;)。
でも、二重に城壁に囲まれた空からの写真は一見の価値あり。
守りが堅かったから、カール大帝も諦めたんでしょうね。

先に少し感想を。この町は、トゥールーズを拠点に旅をした、フランス南西部の美しい村々からすればずいぶん大味な印象。都市自体は大きく、近くに新市街があって、こじんまりとした旅をお望みの場合にはちょっとイメージに合わない町かもしれません。モン・サン・ミシェルに次ぐ世界遺産・観光都市というだけあって、人は沢山いるし…田舎好きの人には強くはお勧めしません。

しかし、世界遺産は世界遺産。
多分、夜、この城壁都市を外部から見たらすごくきれいなんだろうな…旅行案内とか見ていると…
カルカッソンヌ3
こんな汽車のような乗り物で、城壁の外を巡ることができます。
しかも、この汽車、優れもので、何か国語もヘッドホンで解説が聞けるようになっていて、日本語もありました。
外回りだけなのですが(3km)、歴史の解説もあり、よくできています。
カルカッソンヌ1
上は、城壁の外側からの景色。下は二重の城壁の間。
カルカッソンヌ2
城壁都市の中での見どころは、お城(コンタル城)と教会でしょうか。

お城からの眺めはなかなか良いです。でも、旅行案内書にありがちな写真よりも、最近は町の中のちょっとした景色を撮るほうが楽しい気がしています。
ただ、後で見て、どこの町だったか思い出せないこともあるのが難点。
必ず、目印になる写真も一緒に撮っておかないとなりませんね。
カルカッソンヌ8
カルカッソンヌ9
こうして町の屋根や、こっそり見える住まいの断片を見ていると、物語が生まれそうです。
八乙女夕さん(scribo ergo sum)の書かれる『大道芸人シリーズ』とか、こんな町のひとつひとつの小さな角で起こる物語が紡がれている……その光景を想像しながら写真を見つめちゃいます。

しかし、教会は素敵でした。
以前に、モン・サン・ミシェルのシンプルな、色を極力抑えた素敵なステンドグラスをお目にかけましたが、こちらはいかにもフランスの大きな教会の煌びやかなステンドグラス。
神様の世界を表すには、キラキラも必要不可欠。
【清明の雪】(拙作…すみません^^;)で竹流つぶやいていますが、そもそも仏教のお堂も極彩色のキラキラだったわけで、それは天国や極楽はたぐいまれなる美しさであるという人間の憧憬の気持ちが、この艶やかな色の中に込められているのですね。
足元、床に落ちた色彩の豊かなこと、これはもう言葉には尽くせません。
カルカッソンヌ5
カルカッソンヌ7
カルカッソンヌ6
カルカッソンヌ8

ついでに、お墓。城壁の外にあります。
カルカッソンヌ4
そう言えば、ヨーロッパに行くと、お墓って結構観光しますね。
(日本でお墓を観光すると言えば…変な感じだけど、高野山では結構お墓さがししたなぁ…徳川家康とか豊臣秀吉とか、別にそこに眠っておられるわけじゃないけど)
著名人のお墓を見たいからでもあるけれど(作曲家とか作家とか)、お墓のあり方が本当に『死者が住んでいる家』であり『死者と語り合うため』の場所みたいで…これは火葬と土葬の違いもあるのでしょうか。
日本では、私のお墓の前で泣かないでください~って歌詞がいかにもぴったりだけど、こういうお墓を見ると、そこにいらっしゃるって感じがすごくする。
お墓と言えば、ヴァチカンのヨハネパウロ2世のお墓詣りにも行きました。
そこは、その人と語りたい、という人々の気持ちがひしひしと伝わってくる場所でした。

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【石紀行】7.交野:磐船神社(1) 

400
大阪府交野市の磐船神社にご案内いたします。
お社とその後ろに巨大な岩、この岩がこの神社のご神体です。道路からも難なく見えるこの巨大な岩、実は覗き込んでみたら、この下方へも後方へも一枚岩で、ものすごく大きい。
いわふね15
横から覗き込んでみると、こういう感じです。
後ろから見ると下のような感じで、実はまったく全体像が見えません。
いわふね13

道路に沿うように神社があります。傍には天野川が流れていますが、流れは人工的に変えられているようですね。
(もしもこの川の流れが二筋になっていなかったら、岩窟めぐりは不可能でしょう…)
神社を行き過ぎて少し行くと、川沿いに駐車場のようになったところがあります。そこに愛車(チリテレ君)を停めて、いよいよ神社へ参りましょう。
いわふね1
入り口に立った時は、普通に土地の神様にお参りするという以上の感覚にはならない、小さな神社なのですが…
岩窟に入ると世界が一変します。
ちょっと言い方が悪いとは思いますが、まるでゴロゴロ転がった大小の岩の間を抜けるアドベンチャーワールド、ちょっと危険なアスレチックという感じなのです。
足の悪い方、お年寄り(70歳のうちの母は大丈夫だったけど)、危険行動に走りそうなお子さんはやめておいたほうがよさそう。
行くときには、汚れてもいい格好で、靴もよく考えて行きましょう!
(私は、中津川の教訓を生かし、最近は石を見に行くときは登山靴^^;)
ちなみに、雨の日、雨のすぐ後、川が増水している時は入れません。
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この川の流れの先、岩が見えていますが、その先にまだまだ岩が…

要するに、川が流れていて、その上にゴロゴロと石が積み重なって、水である程度浸食されて隙間ができて、その隙間を抜けて、岩を登ったり下ったり。木の橋が架かっているところもあって、落ちたらかなりやばそうな感じですので、ちょっと高所恐怖症の私は、部分的に足がすくんじゃいました(そんなに高くはないのですが)。
しかも、かなり狭いところもあり、身体の向きを考えないと動きが取れにくかったり。浸食されて、かつ何度も人が通ったので石の表面がツルツルのところがあって、滑りやすいので、要注意です!

神様の懐を巡るという心で、お参りする、そういう場所ですね。
ちなみに、この川は天野川といいます。天の川…なんだかロマンチックですね。
所用で時々枚方のこのあたりを通るのですが、『天の川で恋をして』…なんて小説を書こうかしら、と思ったくらい、名前だけでインスピレーションが刺激されるような…

この岩の下が岩窟めぐりの神所です。
いわふね2
ここを下りていきます。
いわふね3

長くなりそうなので、続きます(その2へ)。

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【石紀行】7.交野:磐船神社(2) 

狭いお堂の中を巡るみたいな感じなのかと思っていたら、とんでもありません。
まさに岩場を降りたり登ったり。
所々川の水が流れる上を、岩と岩の間に木で橋が渡してあります。
ちなみにこの橋、かなり足場の悪いところに架かっており、斜めになっていたりで、結構怖いです。
いわふね4いわふね5
この岩に描かれた白い矢印に沿って行きます。広いところもありますが、狭いところもある。かなり体を捻って入り込みます。足がつくところの岩がつるつるになっていて(よく神社などで、撫でられた石の牛の頭とかがツルツルになっているのと同じことですね)滑ります。
いわふね16
上を見上げるとこんな風に空が見えるところも。そしてまた登ったり。
いわふね8いわふね6
下を見れば水の流れる不思議な空間があり、上を見れば、「これ、落ちないんでしょうか」というような岩が頭上にあったり。この岩の複雑な組み合わせ、阪神大震災の時にも崩れなかったということですが、長い時間の中で地震や川の増水などを経てがっちりと組み合わされ、もう崩れようがないバランスになっているのでしょうか。まさに石垣を組んであるようなもの……
いわふね9いわふね7
見上げるとこんなふうに空からの光が見えるところもあります。
いわふね10いわふね15
最後は登って、ようやく外に出ました。上から見ても岩がゴロゴロと川を塞いでいる感じに見えます。
水の力ってすごいものだと思います。この土地は生駒に続く峰になるのでしょうか、生駒の石と同じような質感、山の岩の重い質感が石から感じられます。
いわふね11
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外の山の中にも岩が多くあり、大きな岩には名前が刻まれています。神様の名前です。
また天岩戸と書かれた岩もあります。(宮崎にもありますが^^;)
いわふね12
御祭神は天照大神の御孫神、日本の国の中心である大和の国(奈良県)に入るべく天の磐船に乗り天降られたといいます。太古は淀川が現在の枚方辺りまで入り江になっていて、大和に至るにはこの入り江から天野川を遡るのが便利だったということ。
大昔の日本の地形、今とはずいぶん違っていたんですね。
そしてその場所に、古の日本の基礎がある。

この岩窟巡りは、鳥居を潜り、階段を下りて深い過去へ遡るような暗い世界に入り、狭い道、危険な岩・橋を渡り、時に水を足元に感じ、時に広い場所に出て、また時々光射す天を見上げ、また登り、降り、そして最後に外の世界、現在へ戻ってくる。

日本の神様、日本人の祖の物語、紐解いていくと、どこに行きつくでしょうか。
私たちの祖先がどこから来たのか? それとも、どこへ行くのか?
『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』
(D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)
ポール・ゴーギャンがタヒチで描いた絵(ボストン美術館蔵)の問いかけが、なぜか思い起こされました。


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