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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】1.ご挨拶:フランス・カルナックの列石から 

≪ラインナップ≫
2. 尾道・岩屋巨石
3. 下呂・金山巨石群
4. 天草・矢岳巨石群(1) ・ (2)
5. 阿蘇・押戸石の巨石群(1) ・ (2)おまけ
6. フランス・カルナックの列石(1) ・ (2) ・ (3)
【石紀行番外編】1.世界遺産モン・サン・ミッシェル
【石紀行番外編】2.フランス南西部の美しい村(1)サルラ
【石紀行番外編】3.フランス南西部の美しい村(2)ベナック城
【石紀行番外編】4.フランス南西部の美しい村(3)ロカマドゥール
【石紀行番外編】5.フランス南西部の美しい村(4)サン・シル・ラポピー
【石紀行番外編】6.世界遺産カルカッソンヌ
7. 大阪交野・磐船神社(1) ・ (2)
8. マルタ・カートラッツ
9. 岐阜中津川・星ヶ見岩(1) ・ (2) ・ (3)
10.佐賀・巨石パーク(1) ・ (2) ・ (3)
11.熊本・拝ヶ石、とおまけの古墳
12.大分のストーンサークル・佐田京石
13.大分・八面山(1)箭山権現石舞台 ・ (2)和与石/鷹石巨石群
14.岡山総社・(1)鬼の差し上げ岩 ・ (2)岩屋巨石群 ・ (3)桃太郎の事情
15.兵庫高砂・生石神社~石が浮いている!~
16.岡山・楯築遺跡~岡山のストーンサークルと亀石~
17.宮城石巻・釣石神社~大震災でも落ちなかった巨石と南三陸の震災語り部ツアー~
18.山形千手院・垂水遺跡~この奇岩のパワー~
19.山形・峯の浦本院跡~もうひとつの山寺を語る巨石たち(とおまけの銀山温泉)~
20.宮城丸森町・立石~日本一の道祖神~
21.宮崎小林市・陰陽石~石紀行初の18禁!?~
22.奈良山添村・岩屋桝形岩~山そのものが聖地~
23.奈良山添村・長寿岩と鍋倉渓~巨石の村の地球と天の川~
24.兵庫たつの・綾部山古墳~梅と古墳の競演~
25.宇都宮・大谷資料館~アートな石切り場~
26.宇都宮・大谷寺~日本最古の石仏~
27.栃木足利・名草巨石群~神の胎動を感じる巨石~(1)本殿巨石群
28.栃木足利・名草巨石群~神の胎動を感じる巨石~(2)奥宮巨石群
29.兵庫西宮・越木岩神社~磐座を守りたい~
【石紀行番外編】7.栃木・佐野七福神の弁財天と日光東照宮
30.奈良山添村・岩尾神社~巨石に残された十字架~
31.愛媛松山・白石の鼻~ 海に龍を呼ぶ巨石~
32.高知足摺岬・唐人石巨石群(1)~ここは古代の灯台~
32.高知足摺岬・唐人石巨石群(2)~古代の祈りと再生の場~
33.高知足摺岬・金剛福寺~弘法大師の石たちと猫~
34.兵庫姫路の石(1)高岳神社~空に開かれた磐座と書写山圓教寺~
35.福島二本松・安達ヶ原観世寺~鬼婆伝説の巨石と猫たち~
36.福島本宮市・岩角山(1)~マイナスイオンを浴びながら歩く巨石の森~
36.福島本宮市・岩角山(2)~巨石街道を往く~
37.福島飯野町・UFOの里の巨石(1)~留石公園の巨石群~
37.福島飯野町・UFOの里の巨石(2)~村を見守る石たち~
38.福島市の巨石~五輪石・金華山立石・岩谷観音~
39.福島錦町の巨石群~縄文時代から静かに時を待つ銘石たち~
40.福島郡山・鹿島大神宮~巨大なペグマタイト岩脈~と会津の昭和なお宿『向瀧』さん
41.福島市の巨石(2)~比丘尼石・名もなき民家脇の巨石~
42.福島飯野町・UFOの里の巨石(3)~飯野町の聖域・岩塚~
43.福島飯野町・UFOの里の巨石(4)~いつかまた・赤岩~ 




……まだまだ続くよ(*^_^*)




はじめに

 もうそんなには若くないけど、将来の夢があります。それは石の伝道師になること。
 私にとっての「石」の基準は何か、というと「人の手が(あるいは心が)磨いたもの」。世界で一番有名なストーンヘンジももちろん(白状すると行ったことがありません)、人があまり知らない遺跡や神社に並ぶ、あるいは祀られる石でも構わない。長い人類の歴史の中で人々が生活の中で大事にしてきた石ならば、全て萌えてしまいます。中でも巨石が並んでいると、もう本当に幸せです。もちろん不思議と波長の合う石、そうでもない石がありますが、そんな石たちとの出会いを書いていこうと思います。
 石って鉱物の石のことかと思った方もおられるかもしれません。実は鉱物の石も大好きです。特別に集めたりはしていませんし、パワーストーンを身に着けたりもしていませんが、石の力は信じています。
(その気持ちは小説に→【奇跡を売る店】シリーズ)

 もしかしたらルーツは子供のころ、弟と阪大の裏山にマチカネワニを掘りに行ったあたりにあるのかもしれません(掘れるかい!と思うけど、子供心では化石を掘り当てるつもりだった)。ところがそこは藪の中。、漆にかぶれて大変でした……
 でもここで語りたい石は、どちらかというと大きな石、自然の中に並んでいる石、いつの時代からかわからないけれど人々が祀ってきた石、夏至と冬至の太陽が隙間から…なんて石はもう本当に素晴らしい。

 まずはご挨拶代わりに、私がこの場所に立った時、こんな幸せな時間はなかった、という石をご紹介します。
 フランスのカルナックの列石です。詳しいことはまた次回に。まずはその圧倒的な場面をご覧ください。
カルナック1
 これはごく一部です。どこまでも、どこまでも、どこまでも並んでいます。
 いったい誰が、何のために? 古代の天体運行図? カレンダー? なんだかわからないところがまたいい。
 本当にわくわくします。
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カルナック4
カルナック5
 ↑これはドルメンです。大きなメンヒル(立石)もあります。
カルナック3
 カルナックはとても素敵な町でした。田舎で英語も通じないけれど、まったくフランス語を話せない私の旅を導いてくれたのはソウルメイトのトカゲ。
 石紀行では、トカゲさんたちの協力がいつも後押ししてくれます。
 困っていたらトカゲが現れ、そこから先は、何故か見えない手に守られているようになる。人気のない道なき道でさまよっていたら、なぜか向こうから誰かがやってきて(トカゲの化身?)道を教えてくれるんですね。
 そして、また新しい石に巡り合う。
 波長が合う石たちの傍にいると、本当にわくわくし、またとても安心するのです。


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【石紀行】2.尾道:岩屋巨石 

ご挨拶でカルナック巨石群を出したものの、やはり国内の巨石から始めることにしました。
尾道三部作で有名な尾道、千光寺。
その千光寺から海のほうを眺め、少し東に目を向けると、低い丘が見えます。向島という島にあります。
今回の舞台はこの小高い丘、ちょうどこの↓矢印の先くらいの丘です。この丘の上にあるのが岩屋巨石。
尾道2
丘は見えるものの、いったいどうやって登ればいいのやら、周囲を車でぐるぐる回ること半時間。
細い道に入り込み、ようやく見つけた登り口。
後からわかったのは、尾道側から橋を渡ってすぐ左の細い登り坂を上がるべきだったようですが、その坂は車で登ろうとはちょっと思えない細くて急でカーブしている坂でした。結局、人々の生活道路に入り込み、人に尋ね、どっちにしても細い道を上がるとこの登り口を発見。
尾道3
登り口には杖が用意してあります。この赤い旗には『尾道の古代ミステリーゾーン』と書いてあります。
そう、石はミステリーなのです。
ちなみに小さく写っているのは私の愛車、チリテレ君です(三味線する人にしかわからないですね、すみません)。
まず急なコンクリートの坂を上り、そこからは山道です。登る時間は短いものの、かなり急峻で息が切れます。頑張って登ると…始めに巨石の横側が見えてきます。
石の下は祠のようになっています。
岩屋巨石2
ちなみに、さりげなく写っているのは、いつも私の巨石めぐりに付き合ってくれている母。
始めは『おまえと旅行に行ったら、墓と石ばっかり』とぼやいていた母も、今では『いったい誰が何のためにこの石を…考えるだけでもわくわく』なんて日記に書いています(ごめんなさい、お母さん、盗み見してしまいました……)。
この時はなぜか、ほかに親戚が二人、母を含め三人とも60台ですが、元気です。
そして、この大きな石の上に載っているのが、私が出会いたかった石。
岩屋巨石1
これは瀬戸内海側に向いている顔。
さらに登って、この石の裏側に上ると、こんな姿をしています。
尾道1
二つに割れた石? あるいは割った石? 始めからこんな形? 
なんと、この隙間から夏至の太陽が昇り、冬至の太陽が沈みます。
たまたま自然の中にある石の隙間から夏至の太陽が昇ったので、祀ったのでしょうか。
それとも、そうなるように置いたのでしょうか。
とても置いたり、割ったりはできないような大きさに見えますが…割れた石肌は結構ぱっくり、な姿…
本当にミステリーですね。
感動のあまり、思わず岩に抱きついてしまいました。
古代、カレンダーも時計もなかったころ、人々は太陽で種を植える時期、作物を刈り入れる時期を知りました。
母も言っていますが、今年は気温が低いからもう少し後かなと思っても、やはり『その日』になると種をまく気候・気温になるのだとか。そして遅れると、やはり作物はうまく育たない。
太陽は偉大です。だから、この石は『その日』を知るための古代のカレンダーだったのでしょうか。
でも、今ここに残る石のこの姿には、ただただ圧倒され、感動させられます。
ちなみに、岩には磨崖仏が描かれています。

岩屋巨石3
丘の上には他にも巨石があります。
これはクジラ岩。私には『もののけ姫』のおっことぬしさまに見えます。

さて、尾道の石の遺跡を巡る出発点とも言うべきなのが、有名な千光寺です。
千光寺には有名な鏡岩があり、真中が白く丸く輝いています。
この石は木々に隠れて見えていなかったそうですが、2000年に発見されました。石のまん中が丸く区切られています。この部分はその後磨いて白くなったということですが、古代にはやはりこのように真中は磨かれて白かったのでしょう。
灯台代わりに海を照らしていたのでしょうか。
尾道には多くの石があり、それらにまつわる伝説、四神相の伝説があります。
詳しい研究もされています。興味を持たれた方は、いろいろなHPやブログを探してみてください。
鏡岩

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【石紀行】3.下呂:金山巨石群 

少しメジャーな巨石をご紹介します。
岐阜県下呂市の金山巨石群です。
時々、とんでもないところにある巨石とは違って、ここはアクセスがしやすいので、もしも下呂温泉に行くことがありましたら、ぜひお立ち寄りください。
私は高山市から川(そしてダム)沿いを南下してきてしまったのですが、かなりな山道でした。後で考えたら、下呂温泉方向から迂回すれば、幹線道路からそんなに離れていなかったんですね…

ここにもミステリーがあります。
火山が噴火した時に散らばった岩なのですが、こんなに大きな石が、後から動かされたのではないかというのです。マグマが冷えて固まるときには、岩に含まれる鉱物が地球の磁気によって一定方向に揃うので、同じ場所にある石たちは磁化の方向がみな同じはず。それなのに、ここに散らばる岩たちはバラバラなのだとか。
誰かが後から動かした? もしくは回転させた?

そしてここにも、季節を刻むカレンダーの役割があります。
金山1
案内の看板があります。下の写真が『岩屋岩陰遺跡巨石群』です。4つの岩が組み合わさっており、この岩が作る岩屋に冬至の前後120日間だけ、太陽光が差し込むようになっているのです(…と看板に書いてあります)。
金山4
春分と秋分には、岩のわずかな隙間から太陽の光が射し込みます。
古代エジプトでも同じような仕掛けがありますね。ファラオの像に春分の日だけ光が当たる、というような。
農耕が国を支えていたころ、そして今のようなデジタルなカレンダーのなかったころ、暦を統べるものは国を統べる、つまりその国の王が農耕に適切な時期を民に示すためには、こうした天文学的知識を生かした仕掛けが必要だったのでしょうか。
それにしてもこの岩の存在感はいかがでしょうか。
金山2

ちなみに振り返ると、こんな感じで、意外に整備されています。
金山5
小さい小屋みたいなところには、『春分/秋分に一緒に観測しましょう』みたいな案内があります。研究所があって、ツアーをしているようです。私もいつか参加したいと思っています。

すぐ脇にも、巨石が散らばったところがあります。
DSC_0599_convert_20130122223940.jpg
この岩の集まった内側にも、冬至の前後60日間太陽の光が射し込むところがあったり、岩の側面に残された線刻が、夏至の前後120日間の太陽の位置と一致しているのです。
下の写真が岩に残された線刻です。
金山7

もう一度振り返ります。
金山6

さて、近くには意外に見どころがありました。山道を南下したおかげで見ることができたダム。
ダム
岩屋ダムです。なだらかな形状の、女性的なダム。コンクリートダムとは違って、ロックフィルダムという種類だそうです。細かい土、フィルターになる少し荒めの石、そして大きな石が重ねられている。
考えてみたら、これもまた石ですね。
そして、道すがら立ち寄った東林寺。浄土真宗のお寺のようです。見事な天井絵でした。
天井絵
下呂温泉の旅館、しょうげつさん。
しょうげつ

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そして、少し離れたところ、中津川にある星ケ見岩に至る道。
実は、この丘?山?を登る途中でひどい捻挫をしてしまい、まったく歩けなくなりました。這うように山を下り、救急病院へ…何とか固定してもらって、泣きそうになりながら車を運転して(6時間くらい)家に戻りました。
たぶん、もう一回おいで、と言われているのだと都合よく思っています。途中で拾った竹の杖が助けてくれましたが、それから3日間は車いす、数週間は杖が離せませんでした。実は4か月経った今もまだ痛くて走れません。
教訓:石に会いに行くには準備が必要。ということで、登山靴と杖を車に常備するようになりました。
もちろん、懲りていませんけれど…
この写真は、この道の先にあるくだんの星ケ見岩(昼間でも北極星が見える石室が巨石の下に…)をいつか見に行くぞ、という宣言です。しかし、ここ、足元注意です。なにせ、道の半ばから巨石がゴロゴロで、興奮しすぎて上ばかり見ておりました。ちゃんと下見て歩きなさい、ということですね。

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【石紀行】4.天草:矢岳巨石群(1) 

杖と登山靴を購入した私は、もう怖いものなしですぐにまた石を求めて、今度は九州へ。
今回ご紹介するのは、熊本天草市姫戸にある白嶽森林公園の中にある矢岳巨石群です。
この石たちに出会ったとき、母が言った言葉。
「これこそ、この場に来て、見て、触れなければわからない」
聞くと見るとでは大違い、と言いますが、まさにそんな巨石です。

例のごとく、アクセスからご説明を。
熊本駅からレンタカーで天草、と書けば簡単ですが、天草は遠かった。熊本ラーメンを食べてくつろいでいる場合ではなかったのです。しかし、九州本土から島を渡りながらの景色は大変美しく、一見の価値があります。
天草へ
それに、道の駅で売っている熊本みかんが大変美味しい。適度な酸味に濃厚な甘み。
それはともかく、上天草に入って海沿いを南下、白嶽森林公園内にはキャンプ場もあるというので、きっとわからなかったら誰かが教えてくれるのだろうと山の中へ。
たしかに、キャンプ場の管理棟らしきものはありましたが、無人。泊り客がいなければ誰もいないのかもしれません。
例のごとく、自力です。看板を頼りにレンタカーを道沿いに放置して、山の中へ。
看板
ほとんど何のことかわからない地図ですが、鳥居があり矢岳神社への細い参道(山道)があります。
看板によると、ヤタケというのはシュメール語で神の峰という意味。「ヤ」は神であり北極星を意味していたそうです。矢岳の他に白岳、ツワ岳という峰が連なっているのですが、白は日本の古語では蛇の意味。ふもとには永目という集落がありますが、ナーガつまり海洋民族の言葉では蛇の神様のことで、「メ」はシュメール語で「祈る」という意味。つまり永目とは「蛇神に祈る」ということになります。もう一つのツワ岳のツワ、ラムセス17世の石室に描かれた龍座のα星がツワン=当時の北極星であったとか。
日本にある巨石には海洋民族との結びつきを示唆するものも多くあります。高知の唐人石巨石群など、どう見ても海からの目印に見える。シュメール文字が刻まれているのでは、という岩も多くあります。
もしかすると、いえ、きっと、古代の人々は私たちが知るよりも交易の範囲は広く、海は大陸と大陸を隔てるものではなく、繋げるものだったのでしょう。

さて、矢岳神社へご案内します。
矢岳1矢岳2
小さな石の鳥居、灯篭、狛犬、トタンで造られたような小さな社。
大変静謐な空気が漂い、あたりにも大小様々の大きさの石があります。
中でも、まるで石で囲まれた部屋のような空間。この中、妙に落ち着きます。
矢岳3
神社を後にして更に頑張って登ります。そして突然、視界が開けたと思ったら、この矢岳ドルメンが目の前に現れます。
矢岳5
矢岳4
3Dではありませんが、臨場感を出したくて、2枚連ねてしまいました。
ドルメン、というのは支石墓のことですが、墳墓にあたる部分の周りにいくつかの支石を立て、上に天井岩を置いた形のもの。アイルランドなど西ヨーロッパにはいくつも大きなドルメンが残されています。
墓なのでしょうか。それにしてもこの天井石は本当に大きい。
中に入ることができます。
そう、入ってい見なければわからない、その中の空気。
矢岳7
入り口は上のドルメンの写真の左側、屈んで入り込みます。立ち上がることはできないけれど、中はかなり広い。斜面になっていて(階段状と説明している場合もありますが…階段というより斜面)、屈みながら西側から東側へ登ってみます。
微妙なバランスで、いくつかの小さめの石が、巨大な天井石を支えています。厚さ1.5m、周囲40m、総重量は約500t。世界でも最大級の天井石です。
矢岳11
最も東側になる上方には祭壇のような平たい石があります。あまりに危険そうで東側の外からは入らなかったのですが(実は私、まだ捻挫の足が痛いのにこんなところに来てしまっておりました)、この祭壇状の石の下はどうやら空間があって、石室のようになっているらしいのです。ロッククライミングをすれば、上のドルメンの写真の右側、キューブ状の岩の隙間から入れるとか……。このキューブ状の石、どうやら人為的に形を整えられたもののようです。
矢岳6
さて、お墓でしょうか。それとも?
この天井石の上に立ち、ある長さの杖を立て、スバルがその先に現れた時を種を播く時期とした、とも言われます。観測所だったのでしょうか。エジプトのピラミッドが、墓ではなく天体観測の巨大な装置、祭礼のためのモニュメントだったのではという話と同じですね。
ドルメンから振り返ると、この美しい不知火海。
矢岳8
その2に続きます。

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【石紀行】4.天草:矢岳巨石群(2) 

矢岳ドルメンを後にして、危険な山道を下り、車で少し車道を下りていきます。
車道に面してあるのが、境石。この石を起点にして、周囲にある石と線で結ぶと方向が決まる要の石です。
境石2
境石の上にはこんなふうに穴がたくさんあいています。棒を差し込んで何かをしたというのですが……方向を確認したのでしょうか。
境石3
この境石から矢岳神社は真北になります。そして春分・秋分の太陽の方向はこの太陽石です。
太陽石
それにしても看板は頼りになります。
ただ図がかなりデフォルメされているので、結局自力の部分が大きいのですが。
矢岳13
さて、どこかに「お祭り広場」があると看板に書いてあったのですが、入り口が見つからない。
矢岳神社からそれらしい道があったのですが、途中がけ崩れでもあったのか、私が行った時は、通行できないように縄が張ってあったのです。取り敢えず境石まで車で降りたのですが、地図的にはこのあたりの山の中だよねぇ、などとうろついていると…母が「大体こっちの方向」と言いながら、ぶら下がった木の枝を引っ張り、車道からいきなり道なき道をよじ登っていきました(ちょっとした低い崖…は言い過ぎですが、何か掴まないと登れない)。だんだん私よりも石に執着してきたように思えるわが母です。見ずして帰れません、というところでしょうか。
登れないわけではないのですが、石を見に来た人のために整備されているわけでもない、ほとんどけもの道。
道なき道
ところが、登って山の中を入っていくと、本当にありました「お祭り広場」。
とにかく石だらけなのです。周囲のほかの部分にはあまり大きな石がないのに、ここにだけ集まっているというのも、いささか人為的なものを感じますが……もう今さら古代の人には聞けないので、これは今となっては答えのないミステリーですね。
お祭り広場2
ストーンサークルのようなところもあります。
お祭り広場
人面岩まで。
人面岩
下の写真の右側の巨石に書かれた丸と線、これをしばらく覚えておいてください。
単なる偶然の傷かもしれません。しかしこれは、シュメール語で「蛇神」を意味する文字です。
実は、しっぽの向きが違うのですが、どの方向から見るか、というだけの問題。
蛇神
お祭り広場というのは、ここでおそらく様々な祭祀が行われたのではないかということからそう呼ばれているのですが、石たちの表情が実にいいのです。この場所にいるだけで湧き立つような気持ちになります。もしかすると、石たちが夜、こっそりお祭りを楽しんでいるのではないかと思ったりします。
さて、最後にこの山を振り返ります。小さくてごめんなさい。真中の山の上のほうに見える大きな白い部分、実は岩です。宇宙船石と呼ばれていて、境石からみて夏至の太陽の方向です。
矢岳全体

さて、ついでに少し天草観光を。と言っても、有名な天主堂などは観光案内書やサイトを見ていただいたほうがいいかもしれません。教訓は天草の広さをなめてはいけないということでした。「五足のくつ」さん、というよく雑誌で取り上げられている宿に泊まりました。
素敵な宿です。難点は、恐ろしく遠いこと。この巨石群は上天草にありますが、宿は下天草。天草の端から端まで移動する感じで、暗くなってから宿の場所を見つけるのはかなり困難でした。
でも中は素敵なバーやロビーがあり、アジア風のエキゾチックなムードを味わえます。
五足のくつ
翌日作っていただいたお弁当。
お弁当
天草~熊本は皇帝ダリアの花盛りでした。
皇帝ダリア
みかん
そしてこの不思議なミカンジュース。おじさんが本当に絞っている純粋にミカンです。とてもおいしい……天草に行かれたら探してみてください。

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【石紀行】5.阿蘇:押戸石の巨石群(1) 

阿蘇です。実は、この記事をアップする前に他の方が撮られた押戸の写真を見て、少しショックでした……
というのも、景色が大変美しかったので。
私が行ったときは、天気が悪いし、寒いし、せっかくの阿蘇の絶景は枯草の景色だったのです。
というわけで、あまり美しい写真ではありませんが、まずはご紹介いたします。

この石との出会い、それは全くの偶然です。
私としたことが、ノーマークで熊本県を走っていたのです。
実はこの日、黒川温泉から佐賀大和の巨石パークを目指していました。
しかし天気は雨。巨石パークは雨の時は入れないと聞いていましたので、がっかりしながら、阿蘇を走り抜け、とりあえず古墳のあるところを目指しておりました。

阿蘇を走っているとき、ふと、小さい看板が目に入ったのです。
「縄文の石、こちら」というような文字が。

ついに、ついに、石のほうから私を呼んでくれるようになったんだわ!
これは運命の出会いです。(ということにしてあります)
もちろん、巨石パークに振られた私に迷いはありません。

しかし、矢印に沿って走っていくと……だんだんとんでもないところに入っていきます。
林道というのか農道というのか、かろうじて轍のある道を、ひたすらひたすら走り……
やっと何やら小屋のようなものがありました。
押戸登る2
これは遊歩道から見下ろしたところですが、後から聞くと、ここは個人の方が所有される土地だそうで、そこにNPO法人さんが環境を守るべく協力されているのだとか。
絶滅危惧種の植物などもあるそうで、赤牛の放牧地、採草地でもあるとのこと。
少しお邪魔させていただくことにしましょう。
それにしてもこの天気の中、私たち以外にも人がちらほらやってこられるのにはびっくり。

パンフレットをもらいました。全体像はこんな感じ(季節がよかったら、気持ちのいいところでしょう)。
この緑の中に点々とあるものは、巨石です。
巨石群
しかし、この日はこんな感じ。
押戸登る
せっかくの雄大な阿蘇の景色も、どんより。
周囲の風景
丘の上の石たちも寒そう。
押戸歩く
でも、やっぱり巨石は素晴らしい。
押戸太陽石
これがこの巨石群の要となる石、太陽石です。高さ5.5メートル、周囲15.3メートル、頂点の真北には北極星。
NPO法人さんの小屋で磁石を貸してくださいます。どうやら磁気を帯びているようで、方位磁石がクルクル回ります。昔はこの石に登ると雨が降るという言い伝えがあったとか。
太陽石2
太陽石の横から見たところですが、このあたりが一番磁石の動きがおかしい。

こんな石もあります。はさみ石です。
そう、またしてもこの隙間から、夏至の太陽が昇り、冬至の太陽が沈むのです。
はさみ石
面白い言い伝えがあります。嘘つきがこの間を通ると、はさまれるのだとか。
嘘つきは
母も私も、無事に通り抜けることができました。しかしこの隙間、結構狭いです。
下は祭壇石です。この石と夏至・冬至の太陽が昇る道の線上に、下呂のあの金山巨石群、そして日光があります。その線と直角に交わる線を引くと、北側に宗像大社があり(この線を水の道という)、南側に阿蘇山と高千穂神社が並びます(火の道)。いわゆる、レイラインというものでしょうか。
何をどこまで信じるかは私たち次第ですが……
祭壇石
線刻のある石もあります。
線刻
そして、見えますでしょうか。
前回お届けした矢岳巨石群、お祭り広場にあった丸に尻尾が生えた印…尻尾の向きは違うんですが……
シュメール文字
わかりにくいので、パンフレットを見ましょう。
おしと文字
本当に、不思議ですね。

この巨石群、他の日本の巨石たちとは少し異なる印象があります。
それは立地なのですが、日本の巨石はおよそたどり着きにくい山の中や山の上にあって、確かにそこからの眺めはいいのですが、こんなだだっ広い景色の中に石が並んでいるわけではありません。
でもここは、まるでアイルランドかイギリスの丘!
そう、あの巨石文明の遺跡が溢れている国のイメージなのです。
何だか異国のような不思議な光景。
ぜひ、青々とした新緑の季節に訪れてみてください。
季節を間違えると……ただただ寒い場所です。

ということで、なぜ私がこんな季節に来てしまったのか、その謎解き?をいたしましょう(その(2)へ)。



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【石紀行】5.阿蘇:押戸石の巨石群(2)…おまけ 

さて、なぜ私がこの寒い季節にこのあたりにやって来たかというと…
それはこのためなのです。今年で2年目の新米ですが、来年も同じころ、私と母はこのあたりに出没するのではないかと思われます。
高千穂の夜神楽。
夜神楽
夜神楽2
この夜神楽についてだけでも、ひとつお話ができると思いますが、きっともっと素敵な写真を載せてくださっているブログやサイトさんがあると思いますので、私はやっぱり石のついでということで、少しだけご紹介させていただきます。
11月ごろから冬、高千穂のあちこちの集落で順番に行われる、文字通り夜通しの神楽です。
開けっぱなしの場所ですので、本当に寒いです。でもかっぽ酒を片手に、半分寝ながらでも見続け、舞い続けるほしゃどん(舞方)さん方を応援?します。
3歳の後継者候補君の舞も素晴らしい。
高千穂
そして朝、靄の中で神社にお帰りになる天照大神さまをお見送りし、寝て、それから黒川温泉へ。
黒川温泉黒川荘さんです。
黒川荘
馬刺し。あまりきれいに写真が撮れていませんが…
ごはん
完徹ののちの温泉でのほっこりタイムは、なんとも言えない至福のひと時です。

周囲には、まだまだ見どころがあります。
まずは通潤橋。12時の放水の瞬間をどうぞ。
通潤橋瞬間
放水開始時、なぜか喜ぶ人々??
通潤橋
通潤橋の上は歩けます。高所恐怖症の私はいささか辛い場所ですが。
そしてなぜか、くまもん。
通潤橋Ⅰくまもん
九州にはたくさんの装飾古墳があります。来年はこれらの古墳と佐賀巨石パーク巡りを予定しています。
今年は通っただけの予告編という感じですが、チブサン古墳。
チブサン
近くにはこんな横穴住居もあります。
洞穴
これらにつきましては来年ですね。またご期待くださいませ。

さて、次回はついに、フランス・カルナックの列石へご案内いたします。


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【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(1) 

そしてようやく、カルナックをご紹介することになりました(^^)
この場所に立った時、本当に、本当に幸せだと思いました。
まずは、やはり圧倒的なその光景を…でも本当は写真には納まりきらない世界です。
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途中が森で途切れていますが、木立を抜けるとまだまだこれが続いているのです。
何区画にもわたり、途中道路とかに寸断されながら、どこまでもどこまでも。

一体どこに行けばこの光景に出会えるのか、まずはGoogle Mapさんにお借りした地図でお示しいたします。
地図
ブルターニュ地方(ワインのブルゴーニュと似ていますが違います…って私だけかしら、時々混乱していたのは^^;)の海に面した町、カルナック。
ちなみにケルトの文明の跡が色濃い地方であるこのあたり、至る所、石がいっぱいあります。
フランス語を勉強してまたもう一度行きたいです。
多分検索でカルナック、とひいたら、エジプトのカルナック神殿がずらーっと並ぶと思いますが、ここはフランスのカルナック。パリからまずはモンサンミッシェル(また番外編でご案内いたします)を訪ねた後、レンヌというブルターニュの大きな都市まで行き、列車を乗り継いでカルナックへたどり着きました。カルナックの駅からはバスで海の近くに行きます(ホテルが新しい街のほうだったのですね)。
カルナックの新街地はリゾート地なんですね。海水浴のできる、素敵な港町です。
英語はインフォーメーション以外ではほとんど通じません。それでも田舎町の人たちはとても優しかったです。
ホテルの受付のお姉さんは片言の英語で頑張ってくださり、言葉の通じないたくさんのホテルマン・ホテルウーマンの方々もとっても親切で、毎日ご飯を食べたレストランのギャルソンさんは単語ばっかりの注文にものすごく熱心に相手をしてくださり、プチトラン(バスと電車のあいのこみたいな乗り物)の運転手さんは『帰りもこのチケットが使えるよ』と一生懸命身振り手振りで教えてくださり、帰りの日の早朝、バスを乗り間違えてスクールバスみたいな子供ばっかりのバスに乗っちゃった私たちをバスターミナルまで連れて行ってトランジットさせてくださったバスの女性運転手さん(おかげでナント行の電車に間に合いました!)……みなさん、フランス語のまったくできない日本人(たまにしか見かけない人種らしいですが)親子にとても親切にしてくださいました。
感謝です。
では、カルナックのホテル・ディアナからの眺めをご覧ください。
カルナック海
ここから歩いてもカルナックの列石のある場所にたどり着けるのですが、かなりの距離です。
何回か歩きましたが、やはりプチトランが便利。
プチトランプチトラン2
写真の後ろ姿の運転手さんが親切だったおじさま。
さて、下の地図の左下のあたりに町の中心があります。インフォーメーションのあるところです。その上にある三角印のものはみんな石。この地図のはるか上のほうにもドルメンやメンヒル(立石)が広がっています。
このようにいくつかの塊になって並んでいます。でも、道や森や人家で寸断されているだけで、もともとつながっていたのかもしれないと思えるところもあります。
カルナック地図
カルナック地図
私には航空写真は撮れませんので、買った絵葉書で空からの光景をご覧ください。小さい点々はみんな石です。銀河のようです。
カルナック絵葉書1
カルナック絵葉書2
カルナックの街、というより森?を見下ろす高台にあるのがサン・ミッシェル古墳。これは教会ではなく古墳を囲む建物? そしてそこからの眺め。この森々の中に石が散らばっているわけですね。
教会森
さて、次回は列石へご案内いたします(カルナック(2)へ続く)。


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【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(2) 

プチトランで列石のそばに行ってみましょう。プチトランは列石を十分に見せつけてから、インフォーメーションセンターに連れて行ってくれます。
カルナック石1
プチトランの中から撮った写真。時々木立に遮られながらも、石はどこまでも並んでいます。
そしてインフォーメーションセンターへ。
インフォーメーションセンター
この建物だけが浮き立つように新しい。トイレは是非、ここでお済ませください。
歩き始めたら、途中にお手洗いはあるのですが、結構入るのに勇気がいる感じ。使いましたが……
途中に小さなお店があります。確かクレープを食べることができるお店です。小さな掘っ立て小屋みたいなお店ですが、ここにもお手洗いがあります。
カルナック石2
インフォーメーションの真ん前がもうこの景色です。
さて、列石の中を歩いてみましょう。歩き始める場所に人家があります。
人家には石を使った塀がありますが、その石はどう見ても列石を使ったもの。
カルナック石3
カルナック石3
列石は中に入れないのですが(時間が決まっていて、説明の時間に合わせて入れてくれるようですが)、すぐそばの道を歩くことができます。場所によっては石に触れることができる場所もあります。
カルナック石4
後はもう言葉は要りませんが、とりあえず、ここはメネックの列石。
カルナック石5
カルナック石6
少し芸術的、と思ったけど、やはり写真は上手ではありません……
カルナック石6
プチトランが横切ります。
カルナック石7
カルナック石8
さて、また次はケルマリオの列石です。(カルナック(3)に続く)

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【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(3) 

では、ケルマリオの列石にご案内いたします。一応、区域ごとに名前が付けられているのです。
とはいえ、前にも書きましたが、もともとつながっていたようにも思えます。
カルナック石9カルナック石10
カルナック石12
下の写真がメンヒル、立石です。メンヒルは大きくて、目印のように一つだけ立っている。
ちなみに近くに乗馬学校があって、小さな子供たちが馬に乗っていました。
実は、森の中で迷子になっていたら、遠くから蹄の音が聞こえ、そしてこの子供たちが道を教えてくれたのです。
さすがに凱旋門賞のある国ですね、こんな頃から既に英才教育が始まっているのでしょうか。
カルナックメンヒルカルナック馬
四角い
上のように四角く囲まれたところもあります(Le Quadrilatere)。
他にも、下のような古墳が森の奥の奥にあります。
カルナック古墳
やはり迷子になっていたら、突然人が現れ、行き先を教えてくれました。この古墳は、『本当に大丈夫かしら、この道を行って…』というような森の奥にあるのですが、行ってみれば同じような人がいるものです。考古学好きという共通点で十分なのでしょう。フランス語で一生懸命説明してくださるので、もしかしてこの遺跡群の関係者の人かと思ったら、単に旅行者。古墳の中に何か書いてある、と言って壁を示してくださいました。

そういえば、以前にも書きましたが、迷子になる前、足元にトカゲがやってきたのです。
私にとってトカゲはソウルメイト。以前からトカゲのことはものすごく気になっていたのですが、ある時、サンタフェでインディアンの方々から教えを受けておられる人が行っておられる前世回帰(といってもそんなに怪しいものではありません)のセッションに参加していて、突然あなたのソウルメイトはトカゲです、と言われたのでした。
あ、やっぱりそうだったんだ、という感じで納得がいったというのか。
ソウルメイトは守護霊とかと違って、守ってくれるわけでもなく、一緒に(人生という)旅をしている魂の連れ合いみたいなものだそうですが、インディアンの言い伝えではトカゲは幸運をもたらすもの。
ありがたいことに、困っていると現れてくれて、そこから先はいつもどこからともなく助っ人が現れるという、私にとっては実に頼もしい連れ合いです。マルタでも、いいことがあるとトカゲが傍にいる、というようなことが何度か。

さて、まだまだ石は続きます。
カルナック石13
ドルメン
上はドルメンです。更に離れた場所にも独立していくつもドルメンがあるようです。
カルナック石14
さすがにこれだけ見たらもう飽きられたことでしょう…すみませんm(__)m
でも本当に、どこまでもどこまでも、石なのです。現在確認されている石の数、2934体。
カルナックというのはケルト語で塚=小高い丘、という意味のことばCairnからきているのではということですが、確かに丘の上にはサンミッシェル古墳、造られたのは紀元前5000年から3400年の間と言われています。

一体、これらの列石は何だったのでしょうか。
太陽など自然現象を拝むための参道? 巨大なカレンダー(暦)? それとも銀河を写し取ったもの?
まるきりのミステリーですね。
ちなみに、周囲には牛やら羊やらがいて、結構のどかな風景です。
もしも機会がありましたら、一度ぜひ訪れてみてください。この不思議な石たちと向かい合っていると、だんだん『何かわからない』ということが快感になってきます^^;

さて、せっかくですので、次回・次々回は少し石を休憩して、世界遺産モン・サン・ミッシェル、そして先史時代への旅(ラスコー・ルフィニャック)へご案内いたします。

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【石紀行番外編】1.世界遺産:モン・サン・ミッシェル 

石紀行、お休みして、今日は世界遺産、モン・サン・ミッシェルへ。
イタリアが大好きな私は、ヨーロッパに何回も(は言い過ぎですが)行ったのに、イタリア以外の国に行くことはほとんどなくて、これが実はフランス初体験。世界遺産の一つくらい見とかなければ、と思ってここを選びました。
実は、パリは素通り。エッフェル塔も見なかったこの旅の目的地は、カルナックとラスコー周辺の美しい村々でした。

パリからTGVに乗り、レンヌの駅にやってきました。レンヌの駅のわかりにくいところにあるモン・サン・ミッシェル行のバス乗り場。この日は日曜日だったので、結構人が多かったのですが、人が少なかったらきっと不安になるような隅っこ。
バス
時刻表では1時間20分のバスの旅、競馬場などを見ながらぼんやりと乗っていたら、遠くの霞の中に小山が……
世界遺産モン・サン・ミッシェルです。
モンサンミッシェル1
ホテルが干潟の手前だったので、先にホテルの近くでバスを降り、荷物を預けてから歩き始めました。
これが意外に遠いのです。景色は変わらないまま、なかなか近づいてこない世界遺産。
干潟には羊の糞とか、犬の糞とか、とっても自然な世界。
モンサンミッシェル2
ようやくたどり着きました。モン・サン・ミッシェルの中は階段と坂をひたすら歩きます。狭い、小さな宝石箱のような場所。高台まで上がって干潟を見ると、こんな感じです。
干潟
この中心にあるのがモン・サン・ミッシェル修道院です。修道院を中心に村が出来上がり、英国との100年戦争の時には軍事要塞としても活躍した場所。フランス革命からしばらくの間は監獄として使われていたり。
良くも悪くも、ヨーロッパでは古い遺跡、教会、建造物などが今も使われていますね。現代だけではなく、それぞれの時代を映しながら、それぞれの時代に応じた使われ方をしている。
ナポリの地下遺跡も、ローマ時代にはローマ時代の、中世には中世の、そして戦時には戦時のための使われ方をしながら、今につながってきていました。
修道院に入り、上を見上げるとこんな景色。
教会2
教会3回廊
修道院の中は光と影が織り成す美しい物語があちこちに散らばっています。それらを拾い集めながら、ゆっくりと修道院の中を歩きました。
DSC_0054_convert_20130208025740.jpg
あでやかな色彩のステンドグラスもいいけれど、こんなシンプルなものもいかがでしょうか。
ただ、光の色と影の色だけが、最小限の色彩をまとって、天から降り注いでいます。
ステンドグラス貝のシンプルな文様と美しい青。
ステンドグラス2石のファザードを彩る淡く色づいた光。
ステンドグラスばかり撮っていました。この淡い、自己主張のない色彩がとても美しくて、光とはこんな色なのだなぁと思いながら、修道院の中を歩くのです。
艶やかなバラ窓もいいけれど、この透明に近い色彩の窓は、光の本当の色をどうやって捕まえようかと懸命に考えた痕跡のように思えます。

さて、噂のオムレツについても一言。
オムレツ
話のネタにはなりますが、はっきり言ってデカすぎ!
食べきれません。お腹がすいているからと言って、一人ひとつ頼んではいけません。味は淡々としていて、この量はとても日本人のお腹に見合う代物ではありません。あくまでも写真のネタですね。
そして、下は、灌漑の装置。これのおかげで、道は水没せず、いつでもモン・サン・ミッシェルに渡れるようになったわけですが……逆に海に浮かぶモン・サン・ミッシェルはなかなかレアな景色となったそうです。
灌漑
ホテルをモン・サン・ミッシェルの中ではなく、対岸にしたのは、この朝の景色を見たかったから。
朝靄の中のモン・サン・ミッシェルは確かにとても美しいシルエットでした。
朝もや
カメラの方向を変えると、こんな景色。
朝もや2

そして、早朝、なぜかホテルの敷地内を走り抜ける羊たち……
羊2
羊1
昔、何かのテレビ番組で、この辺の草は塩分が多いので、羊がミネラル一杯の草を食べられる(だから美味しい…ごめんなさい、羊さん)と聞いたような気がします。この羊が走るシーンも、テレビで見たことがあって、実はちょっと見たかった。
実際に見たら、結構びっくりしました。半端ない数の羊でしたから。
どうやら、このホテルの敷地が、羊の移動経路みたいなのです。
モン・サン・ミッシェルを背景に走る羊の群れ、一見の価値ありです。


すっかり観光地になった世界遺産に対する印象は、いささか複雑なものもありますが、それでもこうした景色にはやはり世界遺産と認められただけの何かがあるのですね。

さて、次回は、フランス南西部の美しい村々と、ラスコーII(複製ですが、侮るなかれ)・ルフィニャック洞窟へご案内いたします。
石は、少しお休みです。再開は、マルタの石の神殿からの予定です。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(1)サルラ 

本当はルフィニャック洞窟の予定だったのですが、実は洞窟で購入したスライドが見当たりません(;_:)
撮影禁止なので、大事なスライドなのですが……
必ず探し出して、また記事を書かせていただきたいと思います。

そこで、今回はフランス南西部の美しい村を巡る旅にご案内いたします。
なお、この旅行の際に大変お世話になった旅行社さんがフランサテムさん(HPはこちら)です。
あれもこれも、というわがままを聞いてくださり、とても素敵なプライベート旅行を計画してくださいました。色々なオプションを考えてくださいますので、このあたりに旅行される際にはぜひご検討ください。

さて、まずはサルラの街です。ガチョウのモニュメントが有名ですが……
そう、このフランス南西部には世界3大珍味のうち2つがあるのですが、そのうちのひとつ、フォアグラの元がこの界隈に……(ガチョウさん、ごめんなさい)
ちなみにフォアグラは鴨の場合もあります。鴨は安いのですが、ガチョウは高級。
フランスの方々に聞くと、ガチョウは特別な日にしか食べられないのだとか。
もちろん、旅行者には『今日』がその特別な日だから、いただきました。
sarura
街はこんなふうに明るくて素敵な感じ。
コチラはほとんど立ち寄り、という感じだったのですが、印象的なのがマルシェ(市場)。
ちょっと覗いてみましょう。
マルシェ4マルシェ5
古い建物を利用したマルシェ。入り口はちょっとロボットの格納庫みたいですが、中に入ると普通にマルシェ。
並んでいるお酒もソーセージも、おしゃれです。
マルシェ
マルシェ2
マルシェ3

街の中のショーウィンドウも、とても素敵。
ショウウィンドウショウウィンドウ2

そして、フォアグラです。
フォアグラ1
街にはフォアグラ専門店?にて、こんなふうに缶詰が並んでいます。いかにも脂肪たっぷりの肝、という感じの色合いに見えるのは私だけ?
フォアグラ
ラスコー近郊にはこんなガチョウ農家さんがあります。本当に、ごちそうさまですm(__)m
がちょう

フランスに行って思ったこと。
本当にご飯がおいしい。イタリアも美味しいけれど、逆流性食道炎持ちの身には辛いものがあります……
しかし、フランスの食事には外れがありませんね。
日本人がフランス料理にならされてしまっているのかもしれませんが、たとえば先日ご案内したブルターニュ地方は、海が近いので魚介類がとてもおいしい。調理もシンプルで、和食に近いものがあったりします。

そもそも京料理は、海から遠いために素材の新鮮さが失われてしまう→美味しく食べるための工夫を積み重ね、現在の素地が出来上がったとか何とか(嘘かもしれません)。
もちろん、今は流通がスムーズなので、素材も良くなって、さらに美味しくなったということなんですよね。
フランス料理も、ソースなどの工夫がされていったのは、やはり海から遠い地方での『必要は発明の母』的なものがあったのかもしれません。
いずれにしても、美味しいものにありつける私たちは幸せです。

さて、フランスの美しい村、次もゆっくりご堪能ください。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(2)ベナック城 

さて、少し考えさせられるお城へ行ってみたいと思います。
ベナック城です。

と言っても、何の城?って感じだと思うのですが、まずはご案内いたします。
これもフランサテムさんのガイドさんのお力をお借りして、見せていただいた世界。
お城の全景、とまではいきませんが、大体こんな感じ。中世風、いかつい城、要塞みたいなお城ですね。
ベナック城
敷地の中に教会があります。
おじいちゃん教会

中を覗いてみましょう。
台所だトイレ
これは実は台所。つまりダイニングですね。竈もしっかりある。
で、いつ敵が攻めてきても対応できるように、テーブルの横には剣が並んでいる。
落ち着いてご飯食べれませんね……

隣は、みなさん、想像しやすい空間ですよね。
いわゆるどっぽんですが、この城の下には川が流れているので、つまり下水道完備?
ちょっと落ち着く感じの空間でした^^;
って、並べるなって? ご尤もです。すみませんm(__)m

その下水道……いえいえ、美しい川が森や畑を縫うように流れています。
川の傍にはいくつも同じような中世の古いお城がある。
ながめ
けれども、今ではこうしたお城を『昔の姿のまま留める』ことは大変困難なことになっています。
富の配分はいつの世も不公平。だから世界中にはこんなお城の一つでも持って、改築して現代風にして住みやすく……と考えるような金持ちはいくらでもいるようです。
しかし、それはこの城の歴史的価値、この景観の中での存在意義を変えてしまうものになる。

実は裏に回ると、こんな感じなのです。
修理中
そう、地道に修理中です。
そしてこの城の主のおじいちゃんは城の隣に住んで、昔の姿を保ちつつ、補修はするけど改築はせず、『売れ』という声にも負けずに、心意気ひとつでこの城を守っているわけです。
ご自身は隣にある小さい家に住んでいる。
おじいちゃんの家
でももうかなりのご高齢とお聞きしました。おじいちゃんがいなくなったら、このお城は変わってしまうのでしょうか。それとも心意気を持った誰かが後を担ってくれるのでしょうか。

古いものを残すことはとても大切ですが、時は流れていく。
古いものを残すことは時には大きな負担になる。
金銭的にも、そして誰かの時間と人生を縛ったりもするかもしれない。
そうまでして残すべきなのか、そうまでして残すだけの余力が私たちにあるのかどうか。
レトロを愛する気持ちだけでは、どうすることもできない現実があるような気もする。

保存・保護、って言葉で言うのは簡単だけど、そこにかかる費用と人手を考えると、ちょっと唸ってしまいます。
残すって、なんなのだろう。
形あるものはいつかは壊れていくわけで……
修理しても修理しても、そのうち追いつかなくなっていくのかもしれない。

でもだから愛しいのかもしれませんね。
だから、おじいちゃんはせめて自分が生きているうちは、この城を精一杯愛したいと思っているのでしょうね。

おじいちゃんに乾杯

ジャンヌダルク
おかげで、このお城、映画監督には大人気のようです。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(3)ロカマドゥール 

ロカマドゥールへご案内します。
崖にへばりついているような礼拝堂、ここから12世紀に聖アマドゥールのミイラ遺体が発見されたことから、聖地になりました。その後巡礼地としてにぎわうようになり、世界遺産に登録されている村。
ロカマドゥール
崖の上には城があり、中腹の崖にへばりついて教会(聖域)があり、下には町があります。
城から教会のある聖域までは、つづら折りの道があり、道が折れるところにはキリストの受難のレリーフがあります。
道
受難2受難1
聖域とされる場所は礼拝堂に囲まれているといった感じで、ここに最も有名な黒い聖母子が安置されています。木製とのこと。こちらでは船の航行の安全を祈ったり(ここで祈ったおかげで遭難を免れた、という年代が記されたレリーフがある)、また囚人の巡礼地でもあるようです。
教会1ファザード
黒い聖母子、何かの小説を思い出しますね。意味合いはともかくも、少し普通とは印象の違う聖母子像ですが、それだけに不思議な力に充ちているように見えます。
硬質な石の世界の中の木のぬくもり、なのかもしれません。
聖母
聖アマドゥールの遺体が見つかったのは聖域の上層。壁画が美しい。
壁画
そしてこの階段。
階段貝
下から216段ある階段…巡礼の方々は膝で登られるのですが…やはりハードな道ですね。
それにしてもわずかにカーブして登っている、美しい階段です。
何だか全く違うのに、京都の永観堂の裏手にある階段を思い出してしまいました。
永観堂の階段は龍が臥した姿を模したと言われますが、木のカーブはもう少し柔らかい感じ。
ここにあるような石造りの階段には、やはり弱さを拒むような厳しさを感じる。
けれどもそこに膝をつけて登っていくとき、もしかするとそこには、その人にしか分からない温度・温もりがあるのかもしれません。
階段にはホタテガイが……これは巡礼の道の印だそうです。
ナイフや
実はナイフでも有名な町だとか。これは下の町にあるナイフ屋さん。

町の造り自体が荘厳な印象のロカマドゥール。
フランス南西部にある美しい村の中で、聖地の魅力を存分に湛えた場所です。

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【石紀行番外編】フランス南西部・美しい村(4)サン・シル・ラポピー 

「フランスの美しい村」のひとつ、サン・シル・ラポピーへご案内いたします。
サン・シル・ラポピー
ロット川から100メートルほど登った崖上にある、13-14世紀に建てられたままの姿が残されている素朴な村です。最も高いところに城壁の名残があり、そこからの眺めはなかなか美しいのですが……

何となくさみしい村に見えてしまったのは、この場所がアクセスの悪い場所だからでしょうか。
あるいは、不便な田舎町にありがちの過疎化のためでしょうか。
通り村の家3
訪ねた季節が、花咲き乱れ緑あふれる…というシーズンではなかったのも一因かもしれません。
しかしガイドさんのお話によれば、村には空き家がたくさんあって、貸出をしているのだとか。
そこに、この村の美しい景観に惹かれて芸術家の人々が集まってきているようですが、それでも空いた家が少なくはなく、人が住まない家が荒れていく例に違わず、少し寂れた雰囲気が出ているのかもしれません。
村の家1
売家
古い村を保存するためには、外観を変えずに守り、中を新しくしていくのでしょうが、維持するための費用は住む人持ちでしょうから、大変な『心意気』が必要だと思います。
京都の町屋を始め、日本にも同じような場所がいくつもありますよね。イタリアの古い村々でも同じような光景を見ます。サンジミニャーノの塔に住む人が話していましたが『ここに住むことを誇りと思っている』、そういう気持ちがないと、ただ不便で(塔の場合は、エレベーターなんかつけられないので、頑張って狭くて暗い階段を毎日上がるわけで)古臭いばかり。むしろ、不便を楽しまなくてはならないし(もちろん楽しめる人が住んでいるわけですが)、その上お金もかかる!
……大変だなぁ、と思います。
城壁の上からの村の光景。
村の家2
しかし、この村にはものすごくいいものがあります。
小さなお店で発見。食べちゃったので写真がないのが申し訳ないけれど、この旅行のお土産の中で最も喜ばれたもの。それはどっぷりとボルドーのワインに浸かった干しブドウをチョコレートでコーティングしたお菓子。
そのワインの濃厚な香りがチョコレートでそのまま閉じ込められているわけです。ワインそのものが閉じ込められている、とも言えるけれど、そこに干しブドウの甘みも加わって、どうとも表現しがたい美味しさ(#^.^#)
よく似たようなお菓子はあるかもしれないけれど、まさに似て非なるもの。
このお菓子を買うためだけに、もう一回あの村に行ってもいいと思えるくらいのものでした。
試食してあまりの感動に、母と私は店にあるこのお菓子、買い占めました^^;

で、結局何の話だったか……サン・シル・ラポピーの『ボルドーワインにどっぷり浸かった干しブドウチョコレートコーティング』
店の名前も忘れちゃったけど(フランサテムさんに尋ねてくださいませ(^^))、この村を訪ねたら、忘れずに大人買いしちゃってください。

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【石紀行番外編】世界遺産:フランス・カルカソンヌ 

さて、少し間が空いてしまいましたが、石紀行の番外編をお届けします。
フランスの城壁都市、世界遺産のカルカソンヌです。
全然関係ありませんが、こういう名前のゲームがあるんですね。しかも、まさしく都市を造るという。
むかし、シムシティというゲームがあったなぁと思い出していたんですが(古すぎる?^^;)、それ以来、ゲームには全く嵌ったことのない私には、まるで未知の世界……
街の全体像はどこでも見られると思いますので、割愛します(いつも大局は割愛^^;)。
でも、二重に城壁に囲まれた空からの写真は一見の価値あり。
守りが堅かったから、カール大帝も諦めたんでしょうね。

先に少し感想を。この町は、トゥールーズを拠点に旅をした、フランス南西部の美しい村々からすればずいぶん大味な印象。都市自体は大きく、近くに新市街があって、こじんまりとした旅をお望みの場合にはちょっとイメージに合わない町かもしれません。モン・サン・ミシェルに次ぐ世界遺産・観光都市というだけあって、人は沢山いるし…田舎好きの人には強くはお勧めしません。

しかし、世界遺産は世界遺産。
多分、夜、この城壁都市を外部から見たらすごくきれいなんだろうな…旅行案内とか見ていると…
カルカッソンヌ3
こんな汽車のような乗り物で、城壁の外を巡ることができます。
しかも、この汽車、優れもので、何か国語もヘッドホンで解説が聞けるようになっていて、日本語もありました。
外回りだけなのですが(3km)、歴史の解説もあり、よくできています。
カルカッソンヌ1
上は、城壁の外側からの景色。下は二重の城壁の間。
カルカッソンヌ2
城壁都市の中での見どころは、お城(コンタル城)と教会でしょうか。

お城からの眺めはなかなか良いです。でも、旅行案内書にありがちな写真よりも、最近は町の中のちょっとした景色を撮るほうが楽しい気がしています。
ただ、後で見て、どこの町だったか思い出せないこともあるのが難点。
必ず、目印になる写真も一緒に撮っておかないとなりませんね。
カルカッソンヌ8
カルカッソンヌ9
こうして町の屋根や、こっそり見える住まいの断片を見ていると、物語が生まれそうです。
八乙女夕さん(scribo ergo sum)の書かれる『大道芸人シリーズ』とか、こんな町のひとつひとつの小さな角で起こる物語が紡がれている……その光景を想像しながら写真を見つめちゃいます。

しかし、教会は素敵でした。
以前に、モン・サン・ミシェルのシンプルな、色を極力抑えた素敵なステンドグラスをお目にかけましたが、こちらはいかにもフランスの大きな教会の煌びやかなステンドグラス。
神様の世界を表すには、キラキラも必要不可欠。
【清明の雪】(拙作…すみません^^;)で竹流つぶやいていますが、そもそも仏教のお堂も極彩色のキラキラだったわけで、それは天国や極楽はたぐいまれなる美しさであるという人間の憧憬の気持ちが、この艶やかな色の中に込められているのですね。
足元、床に落ちた色彩の豊かなこと、これはもう言葉には尽くせません。
カルカッソンヌ5
カルカッソンヌ7
カルカッソンヌ6
カルカッソンヌ8

ついでに、お墓。城壁の外にあります。
カルカッソンヌ4
そう言えば、ヨーロッパに行くと、お墓って結構観光しますね。
(日本でお墓を観光すると言えば…変な感じだけど、高野山では結構お墓さがししたなぁ…徳川家康とか豊臣秀吉とか、別にそこに眠っておられるわけじゃないけど)
著名人のお墓を見たいからでもあるけれど(作曲家とか作家とか)、お墓のあり方が本当に『死者が住んでいる家』であり『死者と語り合うため』の場所みたいで…これは火葬と土葬の違いもあるのでしょうか。
日本では、私のお墓の前で泣かないでください~って歌詞がいかにもぴったりだけど、こういうお墓を見ると、そこにいらっしゃるって感じがすごくする。
お墓と言えば、ヴァチカンのヨハネパウロ2世のお墓詣りにも行きました。
そこは、その人と語りたい、という人々の気持ちがひしひしと伝わってくる場所でした。

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【石紀行】7.交野:磐船神社(1) 

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大阪府交野市の磐船神社にご案内いたします。
お社とその後ろに巨大な岩、この岩がこの神社のご神体です。道路からも難なく見えるこの巨大な岩、実は覗き込んでみたら、この下方へも後方へも一枚岩で、ものすごく大きい。
いわふね15
横から覗き込んでみると、こういう感じです。
後ろから見ると下のような感じで、実はまったく全体像が見えません。
いわふね13

道路に沿うように神社があります。傍には天野川が流れていますが、流れは人工的に変えられているようですね。
(もしもこの川の流れが二筋になっていなかったら、岩窟めぐりは不可能でしょう…)
神社を行き過ぎて少し行くと、川沿いに駐車場のようになったところがあります。そこに愛車(チリテレ君)を停めて、いよいよ神社へ参りましょう。
いわふね1
入り口に立った時は、普通に土地の神様にお参りするという以上の感覚にはならない、小さな神社なのですが…
岩窟に入ると世界が一変します。
ちょっと言い方が悪いとは思いますが、まるでゴロゴロ転がった大小の岩の間を抜けるアドベンチャーワールド、ちょっと危険なアスレチックという感じなのです。
足の悪い方、お年寄り(70歳のうちの母は大丈夫だったけど)、危険行動に走りそうなお子さんはやめておいたほうがよさそう。
行くときには、汚れてもいい格好で、靴もよく考えて行きましょう!
(私は、中津川の教訓を生かし、最近は石を見に行くときは登山靴^^;)
ちなみに、雨の日、雨のすぐ後、川が増水している時は入れません。
いわふね14
この川の流れの先、岩が見えていますが、その先にまだまだ岩が…

要するに、川が流れていて、その上にゴロゴロと石が積み重なって、水である程度浸食されて隙間ができて、その隙間を抜けて、岩を登ったり下ったり。木の橋が架かっているところもあって、落ちたらかなりやばそうな感じですので、ちょっと高所恐怖症の私は、部分的に足がすくんじゃいました(そんなに高くはないのですが)。
しかも、かなり狭いところもあり、身体の向きを考えないと動きが取れにくかったり。浸食されて、かつ何度も人が通ったので石の表面がツルツルのところがあって、滑りやすいので、要注意です!

神様の懐を巡るという心で、お参りする、そういう場所ですね。
ちなみに、この川は天野川といいます。天の川…なんだかロマンチックですね。
所用で時々枚方のこのあたりを通るのですが、『天の川で恋をして』…なんて小説を書こうかしら、と思ったくらい、名前だけでインスピレーションが刺激されるような…

この岩の下が岩窟めぐりの神所です。
いわふね2
ここを下りていきます。
いわふね3

長くなりそうなので、続きます(その2へ)。

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【石紀行】7.交野:磐船神社(2) 

狭いお堂の中を巡るみたいな感じなのかと思っていたら、とんでもありません。
まさに岩場を降りたり登ったり。
所々川の水が流れる上を、岩と岩の間に木で橋が渡してあります。
ちなみにこの橋、かなり足場の悪いところに架かっており、斜めになっていたりで、結構怖いです。
いわふね4いわふね5
この岩に描かれた白い矢印に沿って行きます。広いところもありますが、狭いところもある。かなり体を捻って入り込みます。足がつくところの岩がつるつるになっていて(よく神社などで、撫でられた石の牛の頭とかがツルツルになっているのと同じことですね)滑ります。
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上を見上げるとこんな風に空が見えるところも。そしてまた登ったり。
いわふね8いわふね6
下を見れば水の流れる不思議な空間があり、上を見れば、「これ、落ちないんでしょうか」というような岩が頭上にあったり。この岩の複雑な組み合わせ、阪神大震災の時にも崩れなかったということですが、長い時間の中で地震や川の増水などを経てがっちりと組み合わされ、もう崩れようがないバランスになっているのでしょうか。まさに石垣を組んであるようなもの……
いわふね9いわふね7
見上げるとこんなふうに空からの光が見えるところもあります。
いわふね10いわふね15
最後は登って、ようやく外に出ました。上から見ても岩がゴロゴロと川を塞いでいる感じに見えます。
水の力ってすごいものだと思います。この土地は生駒に続く峰になるのでしょうか、生駒の石と同じような質感、山の岩の重い質感が石から感じられます。
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外の山の中にも岩が多くあり、大きな岩には名前が刻まれています。神様の名前です。
また天岩戸と書かれた岩もあります。(宮崎にもありますが^^;)
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御祭神は天照大神の御孫神、日本の国の中心である大和の国(奈良県)に入るべく天の磐船に乗り天降られたといいます。太古は淀川が現在の枚方辺りまで入り江になっていて、大和に至るにはこの入り江から天野川を遡るのが便利だったということ。
大昔の日本の地形、今とはずいぶん違っていたんですね。
そしてその場所に、古の日本の基礎がある。

この岩窟巡りは、鳥居を潜り、階段を下りて深い過去へ遡るような暗い世界に入り、狭い道、危険な岩・橋を渡り、時に水を足元に感じ、時に広い場所に出て、また時々光射す天を見上げ、また登り、降り、そして最後に外の世界、現在へ戻ってくる。

日本の神様、日本人の祖の物語、紐解いていくと、どこに行きつくでしょうか。
私たちの祖先がどこから来たのか? それとも、どこへ行くのか?
『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』
(D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)
ポール・ゴーギャンがタヒチで描いた絵(ボストン美術館蔵)の問いかけが、なぜか思い起こされました。


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【石紀行】8.マルタ:カート・ラッツ 

マルタ1

さて、マルタ島にご案内いたします。
マルタってどこ?という方もおられるかもしれません…って失礼ですよね。
かく言う私ですが、地中海のどこか、ということしか分かっていなくて、行くと決めてからしみじみ地図を見ました。シチリアの南、ローから見たらチュニジアの方が近い、という感じでしょうか。随分若いころに行ったシチリアを思い出すような、囲い込み農地、そしてマルタストーンの石切り場。
黄褐色の石灰岩(グロビゲリナ)が今回の主役。

上の写真はその囲い込み農場です。都市部はともかく、マルタはどこに行ってもこんな景色。
農地を低い石垣で囲んでいます。

問題の石にご案内する、その前に。
マルタ、いいところです。首都のヴァレッタには聖ヨハネ騎士団の美術館・博物館が立ち並び、海に囲まれた古い街並みも素敵。そして、マルタ島だけでなく、ゴゾ島にも点在している先史時代の巨石神殿。切り出した場所から神殿まで、数十トンの石をどのように運んだのか、いまだに謎とされています。

圧巻は、ハル・サフリエニ・ハイポジウムという地下神殿。
写真禁止のため、観光案内書やホームページなどから見ていただきたいですが、この第2層が素晴らしく、もう開いた口がふさがらない状態のままでした(言葉遣いが変だけど、まさにそういう感じ)。1902年に家を建てている時に地下から発見されたとか(ちなみに昔の人はよく、地下にゴミを捨てていて、自分ちの地下に何らかの空間があることは知っていたというケースが多い)で、入口は本当に普通の家みたいなところ(ナポリの地下遺跡の入り口も普通の家ですが)。後の時代には墳墓としていたようで、7000体の遺骨が発見されたそうです。そしてここは、明らかに地下の岩盤を削って造られた、まさに地下の神殿なのです。第2層の天井も壁も滑らかな丸いドーム状の空間、赤のオーカー、小さな声で囁いても神殿全体に声が広がるような石の反響を利用したマイクロフォン(司祭の祈りが神殿に響くようにしてあったのでしょうか)、機会があったらぜひ、訪れてください。
ちなみに、事前予約が必要で、ガイド付きツアーのみです。

人々も温和で優しいです。何より、マルタ語しか話さなかったタクシーの運転手さんも、わけのわからないところに行きたがる日本人を、よくぞ案内してくださりました。
そうなんです。
カート・ラッツに連れてって!
え?
マルタ(狭いのに)のタクシー運転手さんも知らないようなところに行きたがる、謎の日本人になってしまっておりました……
イムディーナという古い都市を通り過ぎ、ガタガタの道を走り、あちこち聞きながら連れて行って下さった……
すると、ありました!
延々とこの謎の景色が続く場所が……
マルタ6
マルタ2

石じゃなくて、これは地面じゃないの?って……はい、その通りです。
正直、自然の造形じゃないの?と言われても否定はできない。
でもこれは『古代の轍』ではないかと言われているのです。
石灰岩の台地に1.32~1.47mの幅で並行に走る溝が刻まれていて、深い所では75cmほどになっているところも。巨石神殿に石を運ぶ時についたものとされますが(ちなみに車輪はなかったはずの時代だとか?でも、先史時代のことについて私たちが知っていることって本当に僅か)……北アフリカやシチリアにも同じようなものがあるのだとか。

ここで山羊の放牧もされているようで……
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また、散歩中の家族(おばあちゃん、お母さん、息子&娘の組み合わせ)に、あっちに石器時代の洞窟があるよと教えていただいて行ってみたら…
マルタ4
マルタ5

それにしても、この謎の轍。
フランスのカルナックの列石に匹敵する、『わけわからん』快感を与えてくれてます。
こういう場所に立って、古代の息吹を感じるとき、ものすごく幸せなんですよね……
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この轍、ちょうど足ひとつ分くらいです。

皆さんには何に見えますか?


さて、いずれまた、マルタの巨石神殿へもご案内いたしますね。

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【石紀行】9.中津川:星ヶ見岩(1) 

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ここは岐阜県中津川の星ヶ見公園です。
もしも興味を感じて行ってみよう!と思われたら、カーナビの設定は「中津川市民病院」です。
すぐそばに、この道を入ってもいいのかしら?と思うような小道があり、渓流があって釣りをしている人もいて…すでに星ヶ見公園の中に入っているようです。取りあえず細い道を進むと、駐車場があります。
昨年来たときは、この駐車場にも気が付きませんでしたが、今年は少し進歩。

公園といっても、ちょっとした登山道。
池沿いに周回を回って行くと実は近いようですが、ここは敢えて御嶽神社の鳥居をくぐって行きましょう。
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この公園は敷地面積15.1ヘクタールあるそうで、その中に巨大な岩がゴロゴロ……
花崗岩で、どれも数メートルの高さ、直径も数メートル以上~びっくりするくらい大きいものもある。
岩というより床みたいなところも。
ちなみにこの地面、花崗岩の崩れたものなのか、妙に滑ります。
(去年滑って、大変なことに……^^;)

巨石の森に入って行ってみましょう。
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あ、これはどこかで見ましたね……
思い出の岩? この斜面でこけました。ものの見事に足を捻り、動けなくなりました。
注意一秒、怪我一生ってこのことですね。
それもそのはず。もう大興奮状態だったのです。
巨石、巨石、巨石……前を見ていませんでした。
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ご覧ください、この岩の肌の感じ。どうなってこうなって、こんなにごろごろしているのか……
ちなみに、ここはこれまでご紹介した巨石たちの中でも、極めて自然度が高いところです。
人為が感じられず、そのままそこにある。
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頂上にあたる場所は、おそらく拝殿と考えられる大きな岩とその上に据えられた小さな祠があります。
そう言えば、鳥居を最初に潜りましたものね。
ご神体は、神社の名前から木曾御嶽山でしょうか。
この雲の不思議な流れ、まるで向こうの御嶽山から流れ込んでくるようです。

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こんなところを歩いていきます。
横にゴロゴロと巨石が見えています。
そして、看板によると、そろそろ目的の『星ヶ見岩』なのですが……
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階段発見。登って行ってみましょう。登った先を降りて、右に折れると……
見上げれば、木々の中に巨石。
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どうなっているのか、正直分からない、それも巨大すぎて、全体像が全く不明です。

ということで、その(2)に続きます。


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【石紀行】9.中津川:星ヶ見岩(2) 

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とにかくすごい、と見上げるばかりです。
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何だか、クジラの顔みたいだと思いませんか?
この下をくぐってみます。
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見上げると、こんな感じです。
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反対側から見ると…やっぱり人の顔のようにも見えます。
巨石に「北辰門」と刻まれています(こっちが表側だったようで、どうやら裏から回って来ていたようですが……どっちでもいいはず)。古代中国では、北極星が北辰と呼ばれていたそうです。
この北辰と刻まれている岩の下に潜れるようになっています。
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説明には「巨大な花崗岩が節理に従って割れ、長い年月の間にずれてできた空間、岩の間から仰ぐと、昼間でも星が見えると言い伝えられている。この割れ目の方角は南北、南面入口に北辰門の文字が彫られているように、この割れ目から北極星を見ることができる」
えーっと、どの割れ目?
正直よく分かりませんでした。これかな?
確かに暗いんだけど、星が見えるほどでは……
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でも、もしかすると、もっと蜜に重なっていたのかもしれませんね。
実際に、巨石同士が互いにもたれかかるようにして隙間を維持しているので、年月の間に形が変わっているのかもしれません。
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さて、低い石室(と言っていいのか)の奥へ進むと、また別の岩との隙間があります。そこに、妙見大菩薩の石碑があります。妙見大菩薩は北極星を神格化したもの。この石碑には1850年の年号がついているようです。
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外へ戻ってみると、こうしてもう一度石の大きさを感じます。
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思ったよりも写真が多いですね。
リベンジだから力が入っていたようです。
その(3)に続く…^^;

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【石紀行】9.中津川:星ヶ見岩(3) 

外に出て、少し手前にある休憩所(展望台?)へ行ってみましょう。
ここには東屋があって、気持ちいい風が吹き抜けます。
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こんなふうに、巨石が張り出していて、その上に手すりが(ガードレール?)取り付けてあります。下に見えているのは、ひょうたん池。
岩の端まで、滑らないように降りてみて、振り返ると……
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この星ヶ見岩の周辺は7~10くらいの巨石が集まっています。
こうして巨石を写してみると、背景の空、雲まで何か意味があるように感じますね。

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帰り道は別のルートを行ってみます。と言っても、地図を見てもよく分からないので、適当に降りて行きます。
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巨石に移る葉陰。変わらずそこにどっしりとある巨石の上に、うつろいゆく季節の影が映る……

さて、星ヶ見岩の巨石たちともお別れです。
と言っても、公園を出るまで、巨石があちこちに顔をみせてくれるので、名残惜しいやら嬉しいやら。
まさに、巨石の森とはよく言ったものです……
歩道にもこんなふうに、石が。
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先にも書きましたように、この星ヶ見公園の巨石たちには、人為はほとんど感じられません。
あるがままに、私たちを迎えてくれている感じです。
星が見えるという伝説の真偽については確かめられませんが、古代の人がここから北極星を眺めた…かもしれないと思うと、何千年も前から、人類は星を見つめてきているんだと不思議にありがたい気持ちになりました。

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野の花たちも、ありがとう。


さて、以下は本当におまけ。
この日泊まったのが養老温泉。養老の滝って名前はよく聞くけど、それはもしかして、飲み屋の話?
これが、くだんの養老の滝。
写真からマイナスイオンが伝わったらいいなぁ。
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旅館で頂いた鮎。
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飲み比べの日本酒。どれも飲みやすいものばかりでした。
少しの酒と、美味しい料理。言うことはありませんね。
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というわけで、次回の石紀行は?
(マルタの巨石神殿、少しお待ちください(^^))


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【石紀行】10. 佐賀:巨石パーク(1) 

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さて、今年9月、熊本出張と夏休みをくっつけて、集中的に九州北部のいくつかの巨石を巡ってきました。
そこで、【石紀行】はしばらく集中連載となります(^^)
ラインナップは佐賀・巨石パーク→熊本・拝ヶ石→大分・佐田京石→大分・八面山

さっそく、まずは佐賀の巨石パークにご案内いたしましょう。

そうそう、こちらは前回の高千穂夜神楽紀行の際に、帰りに寄るはずだったのが、雨のため断念した経緯があります(こちら、雨天時は入れないのです。危なすぎる)。
そう言えば、その時、いじけながら阿蘇の山の中を走っていて、あの押戸の巨石に遭遇したのでした。
寒かったぁ~。でも、黒川温泉は幸せだったなぁ~

さて、巨石パーク、ってどんな楽しい所なんだろう!と名前で勘違いしそうですが、要するに巨石が山の中にごろごろある、という場所で、道程は例のごとく「ぷち登山」です。
またの名前を「世田姫石神群」。

世田姫(もしくは與止日女)と言うのは、九州北部の土地の神様のようですが、神功皇后の妹、あるいは豊玉姫命(海神の娘)と同一であるという説もあります。
いずれにしても、肥後国以外の伝説には出てこないということで、土地の神であろうと考えられているようです。

『肥前風土記』(730-740年ごろ編纂)によると、この嘉瀬川の上流にある巨石群は、肥後国一の宮として栄えた與止日女神社の御神体として祀られたものとされています。
かつて下流の魚たちは、毎年この川を遡り、世田姫に参拝する習わしがあるといい、これを捕えて食べると祟りがあると伝えられています。

さて、山の中に入るまでがこんなに分かりやすい巨石群も珍しいかもしれません。
これまでご紹介した巨石群は、まずその場所(の近く)にたどり着くまでが大変。目印がないことがほとんどで、迷子になりつつ、そして近隣の人に尋ねても「?」ということもあり、苦労して辿り着いたこともありましたが、ここはもう迷子になることなどありえない好立地。
と言っても、電車・バスで辿り着くのは大変そうです。車では佐賀大和のインターを降りて北上。道の右手にでん!と「巨石パーク」と碧の文字で書かれた巨石が立っています。

そのすぐ先に「道の駅 大和」というのがあって、地元の市場のように賑やかでした。
ところで、こちらはその道の駅で食べたソフトクリーム。干し柿味。う~ん、「ほしがき!」と言う感じではなく、極めてマイルドな味わいでした。
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さて、この巨石パークの入り口を入ると、細い道を上がって行くと、途中に受付?のような小屋があります。ここで駐車料金300円を払います。すると、下のような案内図がもらえます。
車はもう少し先の登山口まで行くことができます。
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さて、石をご案内する前に、今回の石巡りの教訓。
実はこれまで9月までに休みを取ることができなくて、石を見に行くのは大概11月ごろだったのです。というわけで、あることに気が付かなかったのです。

それはスズメバチとクマバチ、そして蚊の大群

登山やハイキングをする人には当たり前のことだとも思いますが、ちょっと迂闊でした。虫よけスプレーを持っていくことと、黒い服を着ないことと、そしてできればこの季節=夏は避けることを、お勧めします。
だって、石の上でゆっくり寛ぐことができないんですもの。

え~っと。写真を撮るのに立ち止まったら、わ~ん、わ~ん、と蚊に取り囲まれ(本当に写真に写るくらい)、立ち止まったら刺される!状態でした。おかげで、さっささっさと歩き続けることができたのですが……
スズメバチは、実はこの巨石パークに来たときには「知らぬが仏」で、まったくノーマークでした。あとで、大分の山に上がった時にネットでチェックしていて、「あ、そうか!」と。
幸い、今回は全くハチ類には会いませんでしたが……
ちなみに、この巨石パークのところでは「クマバチに注意」だそうで。

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では、気を取り直して、巨石パークに入りましょう。全行程およそ2時間ほど。少し離れたところの石を見に行くとなると、もう少しかかるようです。
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この山道の中に、名前の付いた巨石が17
本当はこのうち14の石を見るつもりだったのですが、蚊に苦しんでいる間に、肝心なひとつを見落としてしまいまして、結局13の石を見てきました。

さて、ご一緒に、山に上がりましょう。
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道はこんな感じです。ちょっと滑り落ちそうな場所などもありますので、足元注意。
色々学んで、今では杖と登山靴は必ず持って行っていますので、怖いものなしです。ちなみに、この巨石パーク、当たり前ですが、雨天時は入れません。
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石に向かって真っすぐ上る道もあるのですが、今回は少しゆったり目の迂回路(というほどゆったりではない)を辿り、滝を二つ見ていきます。
石神の滝と、烏帽子の雫
どちらもこれから巡る石を髣髴させる、素敵なネーミングですね。
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こんな風に、山から沁み出してきて、小川や滝になって流れ落ちていく水って、本当にいいですよね。

歩いている道すがらに巨石がごろごろ……名も無き石たちにも魅せられます。
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こんなふうに、石に木の根が……・
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そして、どれがそれ?とか言いながら、探していると。
ようやく17の石のうちのひとつが見えてきました。

第1の石:神頭石(ジトウセキ)
『形が神様の頭に似ていることから名付けられ、永く眺めているとご先祖の顔が見えてくる不思議な石と言われている』
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う~ん。顔が見えてくるようにも思えないし、頭にも見えないのですが、何とも不思議な石です。一周回って見ると不思議さがよく分かります。
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斜面にあるので、大きく側面となる面が3つあるのですが、それぞれ岩肌が違うのです。
いかにも山の石という面、何故かぼこぼこした面、そしてつるんとした面。
百面相とは言いませんが、確かに一つの石の中に色んな世界が見えるような気がしました。

それにしても、蚊の大群!
さて、ここから以下、造化大明神までは、斜面にそう遠くないところに点在していて、ちょっと見上げればそこにある、という位置関係。順番に見ていきましょう。

第2の石:道祖神石(サヤノカミイシ)
『本来、道往く人たちを守る神様と言われ、ここに来た人たちの交通安全の守護神。高さ23尺(約6.97m)、幅25尺(約7.75m)、上部は平面で長さ8.4m』
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二つの小さな石が手を合わせるように見える、その上に大きな石。道祖神というにはあまりにも迫力がありますが、道しるべにはもってこいの石、という気がします。
何だか、おいで、こっちだよ、と言ってくれているような石ですね。

登って行きましょう。下は名もなき石。名もなき石がすでに巨石ですものね。
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第3の石:御舟石(ミフネイシ)
『神代の昔、大海原を石神様が当地への航海に使用なされた舟と言われている』
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この石は大変わかりやすい形です。確かに舟と言われたら舟だね、という形。
この辺りには他にもごろごろ石があり、名も無き石も結構曰くありげに見えてしまいます。もちろん、石にはそれぞれストーリーがあるのでしょうね。
そう、この巨石パーク、石に物語を感じ、それを伝えてきた歴史を感じられて、興味深いのです。
ちなみに、一応石の傍には、標識みたいなのがあるのですが、ちょっと分かりにくい位置関係に置いてあるので、たまに惑います。

この御舟石の周囲にはゴロゴロと巨石が集まっています。
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第4の石:兜石(カブトイシ)
『武将が戦いのときにかぶったものに似ていることから名付けられ、武将の肉体は滅びても兜と大和魂を今も残している』
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これもまたそれと分かる形をしています。形からあれこれ想像して、それにまつわるものとして祀る。
これって、星座にも通じるものがありますよね。

第5の石:龍の石(リュウノイシ)
『龍が天に昇る姿に似ていることから名付けられた。大願成就の神様と言われている』
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これは、御舟石の後ろにあります。手前にあるのが御舟石です。
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龍の頭だけなのかなぁ?
龍というと長い姿を想像しますが、これは何ともずんぐりしている。でも、大きな石が山の斜面を這い上るように見えるので、迫力があります。

ところで、記憶が曖昧なのですが、もらったチラシにはなかったのですが、標識に『亀石』と書かれていたのを見たような??
確かに、亀の頭に見えるよね~と言っていたのですが、自分たちで勝手に名前を付けていただけかしら?
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第6の石:造化大明神(ゾウカダイミョウジン)
『天地万物をお作りになった神様と言われ、世田姫を祀られており、與止日女神社の上官として明治の中頃まで毎年11月20日祭典を執行されてきた。男神石・女神石から成り、一見屋根の形をなし、その下は洞窟にして人の通行が自由である』
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こちらは、巨石というよりも祠です。石が重なり、完全な祠の形になっています。
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下は潜れるようになっていて、まさに神社の中、神の域という気がします。
中に人がいるの、見えますでしょうか。
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反対から見ると、こんな感じです。

さて、第6の石まで来ました。クライマックスはまだまだ先です。
続きます。明日もお楽しみに!!


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【石紀行】10. 佐賀・巨石パーク(2) 

さて、引き続き、佐賀・巨石パークの石たちの顔をご紹介いたします。

第7の石:イナリ石(イナリイシ)
『五穀を司る倉稲魂(ウカノミダマ)を祀った石で、各種産業の守護神といわれ、オニギリの形をなしていることから、イナリ石といわれている』
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稲荷寿司に見えなくもないけど、どうかなぁ?という感じで、ちょっと発見しにくい石。でも、おにぎりと言われたらそうかもしれません。前回の兜石と比べてみると、先がとがっているのが違うだけ?

第8の石:誕生石(タンジョウセキ)
『この石から、すべての動物が生まれ、子孫繁栄・夫婦和合・腹ごみの神様と言われている』
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こんなふうに、少し山の斜面から飛び出た感じの石。その石の上を歩いて、明るい方へ行くと……
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この石、というのか岩の割れ目というのか、神頭石の側面のひとつと同じ、でこぼこ石(というより地面の続き?)です。ここから向こうの集落が見えます。
見晴らしも良くて、そして足元からは確かに……
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実は写真で見た時には、「ふ~ん」という感じだったのですが、行ってみて「誕生石、なるほど!」と思いました。このぼこぼこから、あるいは割れ目から何でも生まれてきそう。
そして、午後の陽射しが当たると、石が光るように見えて、その向こうの集落の景色も美しい。
ちょっとひと時、こうした山や石の来し方を想う時間となりました。
蚊、もうるさいけど。
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これは誕生石から下を覗いたところ。ちょっと怖い(私、高所恐怖症でした^^;)。

第9の石:屏風石(ビョウブイシ)
『小さな石の後ろにそびえ立ち、まるで屏風のような形を成していることから名付けられている』
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歩いていると、ものすごくでかい石がある!と思ったら……
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本当に屏風です。
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右下の方に写っている石を覆うような巨大な岩ですね。もひとつおまけ。
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さて、ここから先は巨大な石ばかり。まさに巨石パークに相応しい世界に入っていきます。

第10の石:烏帽子石(エボシイシ)
『平安時代の貴族がかぶった帽子に似ていることから名付けられた石で、烏帽子の形を成しており、高さ25尺(,約7.57m)、下部は洞窟を成している』
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誕生石から少し登って行ったところにあります。少し登っていくと、木々の間から空が……そして巨石が。
まるでこの巨石パークのシンボルのようにそそり立つ、不思議な岩。土台に当たる部分は巨大で、空を背景に烏帽子型の突端がそそり立つ、そういう形の岩です。
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これはちょっと感動します。でも、洞窟?がよく分からない。というよりも確かに小さな洞穴みたいのはあるのですが、もしかすると昔はもっと大きかったのでしょうか? それとも勘違いしているのかしら?
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上のように、洞窟の入り口っぽく見えるのですが、行ってみたら、こんな小さな空間。
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いずれにしても、この巨石パークの一押し、と言えそうです。
(一番感動したのは、この先の天の岩門だったのですけれど)

この先の3つは少し離れていますので、また山道を歩きます。
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次の巨石まで歩く間にも、こんなふうに所々で大きな石に出会います。

少し行くと、でかいものが木々の間に見えてきます。
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さあ、最後のエリアには、正直、どれがどれ?というくらい、見事な巨石が重なって見えています。
続きはまた明日。クライマックスシーンにご案内いたします。

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【石紀行】10. 佐賀・巨石パーク(3) 

佐賀・巨石パークの最終回です。
最後の方に、畳みかけるような巨石のドラマが待っている場所と言えるかもしれません。

第13の石:雄神石(オガミイシ)
『男子としての面目を立たせるように強きをくじき弱きを助け、仁義を重んじるように指導した神様と言われている』
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まず大きくそびえ立つのはこの「男子の面目」を立たせた岩。なるほど、男性は大変ですね。でも、かっこいいですよ、この巨石!

第14の石:天の岩門(アマノイワト)
『本来「天の」は朝廷に関係のある事柄で、ここでは高千穂の天の岩門に似て、神いることから名付けられたといわれている』
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今回、もっとも感動した巨石だったかもしれません。
やって来た時間もよかったのでしょう。本当に、あぁ、天岩戸だ、と思いました。
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遊歩道の側から見ると「?」なのですが(多分、上の写真のどこかが天の岩門と雄神石の重なったあたり)、裏に回って登って行って見ると、本当に天岩戸。
表側だけ歩いていると分からないので、少し斜面を登ってみましょう。
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ちなみにこれは真横から見たところです。
ここからはひたすら、光と巨石の共演を、しばしお楽しみください。
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向こうから差し込む陽の光、そして岩の間から覗き見る山の風景、重なり合う巨石がこの形で残されたのには、どこかに神意が感じられます。
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第15の石:神籠石(コウゴウイシ)
『本来神籠石は、山頂の広い区域を囲んだ石垣の意味であるが、ここでは神を守る石のことと言われている』
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こちらもまた不思議な形です。この庇のように突き出した岩はどうなってるの?というような、でも、またこれもそのまま祠というような巨石。
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上は、横から見たところ。下は、別の面から見たところ。
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さらに、中から見たところ。やはり祠の中は神様が宿っていそうです。
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これだけの巨石が山の中にごろごろあると、そりゃいくつかは名前をつけたくなるような形のものがあるだろうね、という気もしますが、それにしても、何か自然や神の意志が働いているとしか思えない……ただ大きいというだけでも感動するのですけれど、その形、そこに人々が祈りを込めた跡、そして何よりも岩に触れた時に思う地球という天体の歴史・息吹。
自然と手を合わせたくなるような姿をしてそこにあるこれらの石たち。
まさに石神様なのですね。

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このあたり、上のように、名前もついていない石もあれこれたくさんゴロゴロ……
ということで、私も名前を付けてみましょう。上の石は「王蟲石」、目玉がついていないけれど。
下の左は「隙間風石」……浮気により夫婦和合にヒビの入った状態の陰陽石?
下の右は……墓石みたいに見えるのですが……?

今回、何故か見落としてしまった第11の石:御座石(ゴザイシ)……神様がこの山頂から佐賀平野を眺められた時、お座りになったことから名付けられた石で、長さ33尺(約10メートル)、幅11尺(約3.3m)の長方形の石で、上部は平面で板敷のようになっていて、悟りを拓くための場所と。
う~ん、何故ぼんやりしていたのか……蚊との戦いに疲れていたのでしょうか??
それとも、悟りを拓くにはまだ早いのかな。
またいつか、この石たちにお目にかかりましょう。
全行程を乙文殊宮まで登山道を行くというのもやってみたいところですし。

他に見ていないのは(少し遠そうだったので……何しろ、熊本の天文台のある宿までたどり着かなければならなかったのです)、第12の石:天神石(天神とは本来、菅原道真公を祀った天満宮のこと。ここでは菅原道真公にあやかって学問の神様と言われているそうです)、第16の石:蛙石(形が蛙に似ている? 弘法大師を祀っていたとも言われいてる)、第17の石:たもと石(仁王門の前にあった石で、邪魔なので飛ばしたらこの場所に落ちたらしい)です。
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山を下ります。


佐賀・巨石パーク。
機会があれば、ぜひ、この巨石たちに触れに行ってくださいませ。
石に触れた時、始めて何かが理解できるのかもしれません……
私ですか? 石に触れる時、ひたすら「幸せ~」と思っています。

そうそう、比較的平易なアプローチで到達できますが、ちょっとしたトレッキングです。それなりの装備で臨んでくださいね。あと、蚊の大群に出会う季節は避けた方が良さそうです(*^_^*)
もちろん、私の石紀行で、行った気になってくださるのも、とても嬉しいです(*^_^*)


次回は、熊本の、夏目漱石の『草枕』にまつわる場所近く、拝ヶ石にご案内いたします。

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【石紀行】11. 熊本:拝ヶ石、とおまけの古墳 

 
さて熊本市から海側(西)へ30分ほど行くと、金峰山という山があります。
熊本市を見渡せる展望台はなかなか良いそうで、夜景も楽しめるようです。
その周囲には夏目漱石にまつわる名所がいくつかあります。

『山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。』

大好きな『草枕』の冒頭なので、たくさん載せてしまった。
この「山路」=鎌研坂があるのがこの金峰山の周囲です。
石畳の道というのがあって、草枕ハイキングコースと言われています。熊本と高瀬(玉名)の町を結ぶ往還(幹線道)で、当時の面影を残しているそうです。
時間がなくて、この道に行くことができなかったのですが、上の写真の道を石畳に変えて、そして道の両脇の木を竹に変えて想像してください^^;

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路は途中からこんなふうに階段を上っていくことになります。
15分ばかりひたすら登り続けるのですが。
実はこの日、熊本の少し北にある山鹿温泉に泊まることになっていて、しかも熊本城で遊びすぎて(楽しかった熊本城→熊本城の記事)、時間が無くなっておりました。
でもここまで来たのだから、と必死で山の中へ。

書くのは簡単ですが、例のごとく「拝ヶ石」とナビに入れても、連れて行ってくれるわけではなく、地図を頼りに、後は動物的感で、工事中とか迂回しろという看板を潜り抜け、たどり着いたのはもう夕方。
迷っている暇はない、というので、その辺の山道の適当な場所に車を残し、この道を登って行きました。

ここほど、蚊の大群に襲いかかられた場所はありませんでした。
夕方、蚊の大群、条件が最悪で、結構写真のピントがぶれていますね……少し写真が見にくかったらごめんなさい。
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この登り口さえ発見できれば、後は登るだけです。行きましょう!
途中、道から少し奥に入ったところに、ゴロン、と石がひとつ転がっています。
DSCN2255_convert_20131102082459.jpg←ちょっと道から離れている。
方位石』と言います。
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説明文には以下のようにあります。
「この石は三の岳と拝ヶ石を結ぶ線上にある。表面にはレリーフ状の模様と、星座を思わせるペッキング穴があり、強烈な磁気異常もある」
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さらに登って行きます。
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路が階段に変わるところに杖が置かれています。
頑張って登るところは省略します(^^)
止まったら刺される!というのはここでも炸裂。頑張りました。既に夕暮れで、暗くなる前に降りなくちゃ!
というわけで、途中経過を省略します。
階段が途切れると、間もなく、拝ヶ石です。2連発でどうぞ。
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小さな祠の右側には、このような、かの巨石パークの『龍の石』みたいな巨石が、山を這い登っています。
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祠の左側には石が並んでいます。
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ところで、この裏側に回ってみると……石がゴロゴロ。
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本当ならこれらの石の上に座ってくつろぎたいところですが、蚊が……蚊が~~~!
というわけで、急いで山を降ります。

拝ヶ石巨石群。
説明文は以下の通り。
『巨石文明の遺跡ではないかという説もありましたが、その後の調査で中世の宗教遺跡ではないかと考えられています。最近、巨石の表面にペトログラフと言われる古代文字が刻まれていると一部の研究者の間で話題になったり、磁気異常が発見されるなど、神秘的なスポットとして注目を集めています』
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上は、階段から石が見えた瞬間。

いかにも、急いでいるような記事ですが、夕暮れで、妙な時間に山の中にいると危ないと思ったので、本当に急ぎ足になっちゃいました。
でも、ここ、パワーを感じます。確かに何か『中世的な』ムードが感じられるかも。
呪術とかしていたとしてもおかしくない感じで、あえて言うと、京都の貴船神社の原始版みたいなムードです。
行ってみると、何かの力を感じるかもしれません。
できれば、秋がいいですね! 夏は~~~(V)o¥o(V)

このさらに上の頂上にも石があるようですが、時間がなくて上がれませんでした。
またゆっくり、草枕の世界に浸りに来ることにしましょう。
いずれにせよ、熊本にはまた絶対に行くことになるのですから。


さて、おまけです。
九州には、装飾古墳と言われる古墳がものすごくたくさんあります。全国で800基ほどの装飾古墳のうち半数が九州にあり、しかも熊本県にかなり集中してあるようです。
古墳の内部の壁や石棺に浮彫、線刻、彩色などがあるものを総称してそう呼ばれているのです。
今回、昨年来たときには入れなかった(月曜日で博物館がお休みだったので)『チブサン古墳』を見てきました。
この古墳を見せていただくには、山鹿市立博物館に申し込みます。当日でOK。
1日に2回、指定された時間があります。その時間に行けば、案内してもらえます。
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この扉の向こうが、狭い石室に繋がっています。
もちろん、撮影は禁止なので、外にあるレプリカをご覧ください。
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目の前にあるわけではなくて、ガラス張りの向こうの遠くの方にあるので、クリアに見えるわけではないのですが、しかも天井が低くて屈んでいなければならないし、見える場所に立てるのは(座れる?)せいぜい一人。
大人数ならじっくり見ることは叶わないと思いますので、平日はお勧め。
この左端の方にあるのものが女性の乳房に似ているというので「チブサン古墳」と言われているのですが、わたしには目玉に見えます。
もちろん説は色々あって、それもまた楽しいですね。宇宙人みたいなのと星らしい丸も描かれています。
装飾古墳の中は赤く塗られていることが多くて、これは再生の色、つまり子宮の中の色をイメージしているようです。
同じように赤のイメージを再生に結びつけているのは、マルタ島の地下遺跡にも見られます。

九州では装飾古墳を巡るツアーが春と秋の季節のいい時に行われています。
すぐ人数がいっぱいになる人気のバスツアーで、この時しか公開されない古墳がたくさんあります。
妙な季節に開けると、中の装飾がダメになってしまうからのようですが、いつかこのチブサン古墳も、年に数回しか見られなくなるのかもしれません。

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九州の古墳には、周囲に石人と言われる石造彫刻が飾り立てられていたと言います。
埴輪のでっかいものみたいなのでしょうか。
阿蘇溶結凝灰岩を材料として作られているものが多く、もともとは彩色もされていたようです。
古墳を守る兵士です。中国の兵馬俑みたいですね。
これはもちろん、公園の目印に立てられている石人のオブジェで、後ろ姿ですけれど、風景に溶け込んでいい感じです。

ここは熊本県の菊水にある肥後古代の森です。
公園の中には古墳や、貝塚の遺跡、古民家の村などあれこれ雑多なものが。
そのうち、江田船山遺跡には入ることができます。
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実は江田船山古墳って、皆さん、一度は目にしているはず。
江田船山古墳出土の大刀に象嵌された文字がわが国で最初の漢字使用例として取り上げられていて、教科書に出てきたはずなのです。
(今では、日本における漢字の歴史はもっと遡られています)
中はこんな感じ。勝手に扉を開けて入ることができます。
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微かに、赤い色が残っているの、見えますでしょうか。
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ほんの少しだけ残った古代の色。ちょっと感動的だと思いませんか。
やはり、古墳、石棺の中では、赤という色に再生への願いが込められていたのですね。

寄り道しましたが、次回は大分の安心院に参ります。
そう、鏝絵のあった村です。そこに、ストーンサークルがあるのです。

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【石紀行】12.大分のストーンサークル:佐田京石 


さて、こちらは大分の安心院にあるストーンサークル(環状列石)、佐田京石です。
今回、時間的な都合もあり、道路沿いのこの列石のみ見てきましたが、じつはここは巨石群のある山の入り口に過ぎないようです。
この山は米神山(475m)。山頂にも環状列石があり、中腹にも月の谷、陽の谷という奇妙な岩が密集したところがあるようです。
佐田京石は人間の背丈ほどの石が並んでいる列石です。
ストーンサークルと認識されている中では、日本でも最大級とのこと。

ストーンサークルと言えば、誰しもがあのストーンヘンジを思い浮かべると思いますが、世界の列石からするとずいぶん小さなものですね。
でも確かに、日本の他の列石は、比較的小さな石でできているものが多いのです。
日本で最も列石が多いのは東北や北海道ですが、かなり小さな石がたくさん環状に並べられているところがほとんど。

さて、じっくり見てみましょう。
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全体像は写真に写しにくいのですが、大体こんな感じ。
紙垂と縄の付いた石が中心でしょうか、その周りに、完全ではありませんが半円のサークルになっているようです。柵で囲われた部分が神域なのかもしれません。その周りを取り囲むさらに大きな半円があるようにも見えるので、もしかするともともとは二重だったのかもしれませんね。
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オリジナルでここにあったものは9体とのこと。
倒れていたものもあったようで、説明を見ただけではどれとどれがオリジナルなのかよく分かりませんが、多分坂道の左手がほぼオリジナルなのでしょうか。
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道路から見るとこんな感じです。奥の方がオリジナルと思しき列石、右手の森の中は、田んぼなどから掘り出された石をそれらしく並べた「平成の列石」だそうです。
他にも、近くの田んぼにひょっこりと立っている石もあるので、もしかすると辺りはもともと石だらけ?
山から運んだと思われるのですが、一体何のために?

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道路側から見たところ。下は列石から見た道路。目の前に駐車場があります。
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道路側から「平成の列石」のある林を見る。
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この列石にはどんな意味があるのでしょうか?
米神山を神とすると、その神を参詣するための道の鳥居の原型、太古の祭祀場、埋納経の標石(一部の石の下から一字一石の写経が出土したとか……でも全部ではない)、あるいは天体観測所?
このあたりの地名に米という文字が多く残っているところからすると、農耕に関係している可能性がありますね。
農耕のためのカレンダー?

でも、林の中に立てた石はまるで墓標のよう。
これは後で立てたもののようですけれど。
あるいは、子どもならかくれんぼ大会ができそう(^^)

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そんなこんなで、何かはわからないのですが、今でも気がみなぎっているパワースポットとして注目を集めているようです。
周辺はこんなのどかな風景。
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実は今回訪れることができなかった大分の石たちの中に、国東半島の猪群山もあり、ここにもストーンサークルがあります。米神山の山頂まで登ってみることも含めて、次回の楽しみに取っておきたいと思います。

次回は、同じく大分県の八面山へご案内したします。
びっくりするような石が待っています(*^_^*)

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【石紀行】13.大分・八面山(1):箭山権現石舞台 


今回の舞台は大分県・八面山(別名:箭山)です。
どの方向から見ても同じ形に見えるため、このような名前となったとのこと。
そうですね、何だかテーブルマウンテンみたいな形の山。
ボルダリングと心霊スポットという検索ワードでも引っかかるようです。
耶馬渓の近くの山ですから、岩登りのできるところがあったりもするみたいですね。
ちなみに、今はあまり霊感が強いわけではありませんので……行ったときは別に何も感じませんでした。

昔は山岳信仰の霊地でもあったようで、山頂には神功皇后を祀る箭山神社があります。
八幡皇大神(応神天皇)御遊行の霊場で神功皇后(応神天皇の御母)の霊が大明神として出現した山でもあり、昔は堂社や仏閣が数十棟も建ちならんでいたそうです。

って、簡単そうに書いていますが、困ったのはその辺りを走っていてもどれが『八面山』かすぐには分からないし、カーナビに何を入れたらいいのかもわからず、適当に走っていたら、平和公園にたどり着きました。

昭和45年に日米戦没者の慰霊と世界平和を祈念し整備された公園。公園内の恒久平和の塔では、福岡県星野村の「平和の火」が分火され永遠に燃え続けていて、戦闘機も置いてあります。

さて、この山には突然、びっくりするような石があるのです。
まずご紹介するのは箭山権現石舞台です。「ややま」と読みます。
この山は車道が通っていて、石の真横まで車で行けます。
夏にはありがたいですね。今回の旅では、前半が山登りになったので、後半は楽をしちゃいました。
車を置いて歩くと……ちらりと見えていますね。
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何、この妙なでかい石は!! と目に入った途端に大興奮状態に。
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さて、行きましょう。

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この石の周囲を回っていくことができます。
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見上げればすごい石の存在感。
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さらに回っていくと、光も降り注いできます。
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周回路は坂になっていて、登っていく感じ。裏側は石の高さになっていて、簡単に石の上に出ることができます。
ここを登ります。
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石の上は平坦になっていて、まさに名前の通り『石舞台』
石の上には2つに分かれた石が載っています。鬼が噛み割ったとされる石です。
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左側のは、微妙なバランスで石舞台の端っこに引っかかっています。
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右側のは、上に座って寛ぐのにとてもいい石。
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ここからの景色は……素晴らしいですね。風が気持ちいい。
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でも石の端っこまで行くと……結構怖い……
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足利尊氏が京都を逃れ九州に下り宇佐神宮に詣でたとき、この石の上から箭山神社に武運長久を祈願したとも伝えられます。
また、慶長元年(1596年)、沖代平野一帯に大干ばつが起きた時、農民たちが箭山神社へ祈願し、この石を舞台にして田口地区に伝わる御子神楽や千歳楽を奉納したところ五穀豊穣に恵まれたといわれます。

石舞台の大きさは、縦19.3m、横13m、面積は250.9㎡、円周は57.7m。
降りて行きましょう。
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振り返ります。
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ぐるっと回って、上に登って、それだけで満たされる石です。
ちなみに、石舞台から見た駐車場です。
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もしも耶馬渓に行くことがありましたら、近いので、一度足を運んでみてください。
この石舞台の上に立つと、この世界のこと、何かひとつ謎が解けるかもしれませんね。
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次回は、山の上の方へ上がっていきましょう。
和与石。こちらもまたびっくりするような迫力ある石です。

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【石紀行】13.大分・八面山(2):和与石/ 鷹石巨石群 

さて、いよいよ2013年の秋、巡りに廻った九州の石、最終回です。
大分の八面山、そのメインとも言うべき和与石にご案内いたしましょう。
この山全体の地図は以下をご参照ください。散策コースもあり、見晴らしも良くて、駐車場もあちこちにあって、車でのアクセスも容易です。というよりも、そもそもこの山にたどり着くのに、車以外の方法はないような??
八面山MAP(中津市official site)

では、その和与石にさっそく迫ってみましょう。
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車道から、こんなずいぶんと手作り感あふれる看板が見えます。
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周辺は草木が刈り取られたのか、見晴らしはよさそう。この中を歩いていくと、見えてきます。
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これは車道側から歩いてきて石を見たところ。
二つに割れたみたいになっているのが分かりますでしょうか。
和与の意味は……『八面山縁起』によると、「大宝元年(701年)に八幡大菩薩が唐の国から帰り、英彦山にいた僧・法連と宝珠の授受について争ったのち、この地で和与(和解)したときに御座した巨石」だということ。
つまり絆が強く結ばれるというニュアンスがあるようですね。

下草が刈り取られているので、無理をしたら(?)山の斜面側に降りることができます。道なき道なので、お勧めではありませんが……最近は私よりも母の方が道なき道を突き進むようになりました。
これは斜面側に降りてから戻っていくところですが、足元に道があるわけではありません……
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では、しばらく、その斜面側から見た石の景色をご鑑賞ください。
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この一番大きく突き立っているのが和与石です。この石の下をぐるっと回ってみましょう。
……と簡単に書きましたが、足元は道ではなくて、多分人が通ることを想定していない山の斜面。
そろそろと岩に近づき、見上げてみたりして。
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確かに、すごい石です。周囲にも巨石が集まっていますが、和与石を中心にしてひとつの景色を作り上げているようです。
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この山には箭山(ややま)神社という神社があります。神功皇后、応神天皇、比売大神が祀られています。
この神社の御神体も巨石(鷹石と犬石)。神殿の南西にある八面山大池も御神体とされています。
この神社の近くは遊歩道のようになっていて、その道の名前は『天空の道』。
ちょっと歩いてみましょう。
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上は、天空の道の入り口。ピクニックもできるテーブルとベンチもあります。
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こんなふうに、道の脇には巨石が連なっています。道の反対側にはこんな景色が広がっています。
なるほど、常にこの見晴らしを楽しみながら歩けるので、天空の道というわけですね。
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石の傍を歩いて行きます。
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途中から森の中へ……森の中に入ると、蚊との戦いが始まります。くれぐれもみなさん、石を見に行く(ハイキングをする)時期は選びましょう。もしくは、蚊よけスプレーを持参くださいね。
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すると看板登場。神社の裏手、御神体側から入っていっているようです。
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岩が歩道に迫ってきます。
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見上げると……・お、落ちない??
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そう、これこそが御神体の鷹石です。
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もう一つの岩が、犬石。鷹に見えるような、犬に見えるような、見えないような。
でもこの鷹石は見事なバランスで岩にとまっている、まさに鳥のように見えます。
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ごめんなさい。反対から回ってきましたね。
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箭山神社でした。

石を巡る大きなワンダーランドのような山。
広大な庭にぽつんと突き出したようなイメージの石たちですが、石の上または石の傍から見下ろす景色も素晴らしく、機会がありましたら是非、訪ねてみてください。
大分県宇佐市。耶馬渓が近くにあります。

これにて、今年の9月に廻った九州北部の石たち、終了です。
お付き合いくださいましてありがとうございます。
次回からは、ゆっくりとマルタ島の石たちを紹介していきたいと思います。
(また先延ばしになっていてすみません……)

さて、ご興味ある方は、『続きを読む』から今回宿泊した旅館を覗いてみてくださいね。

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Category: 石の紀行文(写真つき)

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【石紀行】14.岡山総社・鬼の差し上げ岩(1) 

今回は岡山総社市の鬼の差し上げ岩にご案内いたします。
この地に残る伝説・昔話と言えば、かの桃太郎伝説ですが、桃の絡んだ鬼退治のお話は日本の至る所にあって、その中で「黍(吉備)団子」とのコラボで見事に現在の地位(?)を勝ち得たのが岡山県ということになりましょうか。
黍団子の原型は15世紀ごろには記述があるそうですが、桃太郎のお話に黍団子のエピソードが盛り込まれたのは元禄以降だとか。それまではとう団子だったとも。
桃太郎侍(あ、桃太郎違い)
何はともあれ、この地は「桃太郎伝説」を紐解くにぴったりの条件がそろっていたようです。
それが大和朝廷と吉備国の対立。第7代孝霊天皇の第3皇子彦五十狭芹彦命(吉備津彦命)と稚武彦命兄弟の吉備国平定の話が「鬼退治」となったわけですね。
「鬼」とは大和朝廷にまつろわぬ民。吉備の国には「温羅(うら)」という鬼がいたという伝承があります。
温羅は古代吉備国の統治者で、出雲地域より飛来して吉備に入り、鬼ノ城を拠点として吉備地方を支配、製鉄技術を伝えたと言います。そもそものルーツは百済の国だったとも。
tataraba.png
製鉄と言えば『もののけ姫』を思い出しますね。タタラ場でもっとも有名なのは島根県ですが、この中国地方は古代には大陸に開かれた土地。百済や新羅から多くの人々がやってきて、多くの技術を伝えた。中でも製鉄と米、塩を作る技術はその最たるものだったと言えます。お米も大陸から伝わる前は、粟とか稗だったのですものね。

以下、宿泊した「あしもり荘」の支配人さんのお言葉。
「この地域には、温羅祭りというのがあってものすごく盛り上がるが、桃太郎祭りは盛り上がらない。ここの人間は温羅が好きなんだ。温羅は宝をもたらして、この鬼ノ城から吉備の国の集落を守ってきた。それを大和朝廷が……」
なるほど。
伝承では「温羅の支配に苦しんだ吉備の国の人々が、大和朝廷に陳情に来たので、追討命令を下した」ってことになっているけれど、まさに歴史は勝者が書きかえるってことなのかも。

さて、その大和朝廷と温羅の戦いはかなり壮絶だったようですが、温羅も殺されても生首だけで生きていて(これもどこかで聞いた話だ……美輪さんの声が~)、唸りを上げていたとも。
こういう話にはあれこれ利権やら正義やらが錯綜していて、どちらかが一方的に悪いとか良いとかもなく、また戦いも常に敵対していたというわけでもなく、和解もあったりして。
さて、この大和朝廷側の遺構・遺跡・神社はまた次の記事に譲るとして、まずは「鬼」の世界にご案内したいと思います。
鬼の城
こちらは鬼ノ城。温羅が鬼城山(標高400m)に築城したと言われる古代山城です。
鬼城山は南に向かっては何も遮るものがないので、遠く四国まで見えるという要所です。この山の8~9合目を取り囲むようにした石積の城壁・土塁の長さは、約2.8km、面積は約30ヘクタール。
鬼の城の遠景
古代の城、と言えば東北地方に見られる城柵と、九州・瀬戸内海沿岸・大阪湾沿岸に築かれた山城があります。当時の城は居住区というよりも軍事施設。そして、山城の中で、築城時期が不明で記録が全く残されていない城のひとつがこの鬼ノ城です。
西門や角楼周辺は復元されていて、土塁も古代の版築工法で作られました。壁となる部分に型枠を作り、内部に土を入れて一層ごとに突き固めるやり方。出来上がった土塁はまるでミルフィーユです。
版築工法
鬼の城3
上は復元された土塁。そして下はやはり復元された西門。
鬼の城2

前置きが長くなってしまいましたが、こんな背景のある土地に今回ご案内する巨石があるのです。
鬼ノ城には小規模ながらビジターセンターがあって、お手洗いも綺麗で、沢山のハイカーさんたち、家族連れが休憩していました。お弁当などをゆっくり食べることができます。
ちなみに、私たちも宿泊したあしもり荘で頂いたおにぎりを食べました。美味しかった(^^)
このビジターセンターからさらに車で10分弱、3kmほど山の中に入っていくと、目的の岩屋・新山一帯にたどり着きます。
ようやく、本日の主役の登場です。
鬼の差し上げ岩500
まずはこの迫力ある巨石の集合体をご覧ください。
鬼の差し上げ岩6
ぎゅっとフレームの中に詰め込むと、その迫力が分かります。
ちょっとアングルを変えてみると、上にいささか不安定に乗っかっている岩が件の「差し上げ岩」だということが分かります。
差し上げ岩
横に回っていきます。ちょっと人間の大きさと比べてみましょう。
鬼の差し上げ岩8
側面から見るとこんな感じ。
鬼の差し上げ岩3
10鬼の差し上げ岩
後に回るとこんな感じです。
鬼の差し上げ岩4
そうなんです。後ろに回ると、かなり不安定な状態にあることが分かります。
実は、今年の4月に落石事故があったようで、周囲を「立ち入り禁止」のテープで囲われていたのです。
ちょっと岩の方から元来た道、岩屋寺(無人の寺)を振り返って見ると。
立ち入り禁止
テープが見えますでしょうか。
ということは、大海はもちろん立ち入り禁止の中におります。
というよりも、こんな大きな岩に何かあったら、立ち入り禁止の外にいても危ない立地なので、意味はないという気がします。巨石の旅、結構スリルのある場所、多いですから……
というわけで、さらに岩に近づいてみましょう。
鬼の差し上げ岩5
この朽ち果てたような祠。何を祀っているかというと。
磨崖仏
見えにくいと思いますが、この磨崖仏です。
差し上げ岩の中
祠の脇の穴から奥を見るとこんな感じ。さすがに奥までは行かなかったのですが、ちょっと後悔。
そしてこちらは手前の岩です。
鬼の差し上げ岩9
ちょっとエロチックなこの形は、陰石でしょうか。
陰石の中
いわゆる子宮をイメージした空間なのかもしれません。
鬼の差し上げ岩11
ちょっと立ち入り禁止の枠の外から写真を撮ってみました。差し上げ岩を支えている下の石に何か線が見えませんか?
アップにしてみます。
鬼の手形2
鬼の手形
そう、これは「鬼の手形」というわけです。
伝承の温羅が岩を「差し上げた」という伝説が残るこの岩。
日本にある巨石の多くは磐座や山岳信仰の聖地であったと思われ、自然の造形のままの姿が残されているようなのですが、時には「動かしたんじゃないか」と思われる跡があったりします(岐阜県の金山巨石群など)。二つに割れた岩の間から夏至の太陽が昇ると言われると、人工的に割ったのではないかと思ったりもします(尾道・岩屋巨石)。
それをこんな風に「ほら、鬼の手の跡があるでしょ。だから鬼がやったんだよ」と言われると、「なるほど! そうだよね」なんて思いたい大海なのでした。この不思議さを、ユニークな形で表した手形。いかがでしょうか。

とは言え、実際にはこの土地は、平安時代に山上仏教が栄えた土地。
巨石の多くはこうした宗教と結びついていて、大和朝廷と温羅が闘った古代ロマン溢れる時代よりも少し後の話になるのかもしれません。
でも、巨石は古代からそこにあったはず。
やはり温羅がここで祈りを捧げていたかもしれませんね。

さて、次回はこの山にある他の岩たちをご紹介します。
その前に。追記にて、迷子になった私たちの苦難?を記録しております。
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