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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【奇跡を売る店(2)】砂漠に咲く薔薇(1)~名前なき死体~ 

デザートローズ1
ふと、うちに転がってる石たちを見たら、「書け」と言われているような気がしたので、【奇跡を売る店】の第2話を始めようと思います。
これは京都を舞台に、『奇跡屋』という石屋で売られている石(貴石)たちがそっと誰かの人生に寄り添う物語です。
というと、流行のパワーストーンが絡むかっこいい話のように思えますが、実際には、失踪した伯父の探偵事務所の留守番探偵・蓮を主人公に、怪しい『奇跡屋』の婆さん(探偵事務所の大家)、蓮が面倒を見ている生意気な6歳児・和子(にこ)、そして、蓮がバイトをしているオカマバー『ヴィーナスの溜息』の愉快な面々、蓮の従弟で美青年だけど喧嘩っ早い舟、蓮の元婚約者で小児科医の海、蓮の元家庭教師で大原に住む仏師の凌雲、そのほか、かなり濃いキャラたちが京都狭しと動き回る物語であります。

私が『石紀行』でご紹介している、日本中を巡り歩いて出会う巨石たちとは大きさが違うものの、この物語でご紹介する不思議な石たちもまた地球のかけら。石たちの奇跡に出会っていただけるとうれしいです。

さて、今回のお話の石はデザートローズ。
スイーツみたいに美味しい薔薇じゃありません。dessertではなく、desert=砂漠のローズ・薔薇なのです。薔薇とっていも、植物ではなく鉱物。うちにあるのは3㎝位の小さなもの(上の写真)と9x6cm位の少し大きなもの。
この石にまつわる小さな事件をお楽しみください。
(1)のサンタクロース殺人事件を読んでいなくても、全く問題なく読めますので、よろしければ、お付き合いください。

(2016/9/14追記)
canariaさん主催の『carat!』に改めてこの作品を連載という形で載せさせていただくことにしました。
canariaさんの企画を目にしたとき、うちの石たちの話は「carat」にぴったりじゃない!と思ったんですが、何しろこちらは1話完結ものではないので、連載物は微妙かな~と思っていたのですが、この雰囲気だけでも楽しんでいただけたらいいなぁと。
シリーズなので第1話がありますが、読んでいなくても何の問題も無い作りになっていますので、京都の町の楽しいオカマバーを舞台に、あ、違った、探偵事務所と石屋を舞台に繰り広げられる物語、しばしおつきあいくださいませ。

bunner_carat.jpg

新作じゃなくてごめんなさい。でも放置しているものを救い出してやろうと(^^;)
今回の主人公(ヒロイン)は、栞那(かんな)。八少女夕さんの記事・『主人公とヒーローとヒロインと』に基づくと、こんなヒロインでいいのかって感じですが、彼女を軸に物語が進んでいきます。
ゆっくりの(3ヶ月に一度?)更新ですが、お楽しみいただけると幸いです(*^_^*)

登場人物などのご紹介は以下の記事をご参照くださいね!
【雑記・小説】自作を語るのはまだ早い(2)~奇跡を売る店~





「はるか、ねぇ、どうしたの?」
 栞那は友人の身体を揺すってみた。
 陽香は六畳間と台所の敷居を跨ぐように横たわっていた。手に伝わる肩の感触は、冷たくて硬い。まるで蝋人形のようだと栞那は思った。

 それとも栞那の手の方がおかしくなったのだろうか。そう言えば、冬の寒い日、病院に行っていつものように酸素飽和度を測ると、普段よりも五パーセントほども低い時があった。
 でも今はもう夏なのに。
 栞那はもう一度陽香の身体を揺すった。陽香はまるきり動かない。やっぱり硬い、と栞那は思った。

 陽香は朝見た時のままの恰好だった。着替える前だったから、ノーブラでピンクのキャミソールとブラウンのチェックのショートパンツだけ。ショートパンツからは白くて細くて長い足が伸びている。
 海に行って綺麗に焼きたいなぁと言っていた。どうして京都には海がないのとぼやいていた。

 え? 京都にも海はあるよ。
 琵琶湖のこと? あれは湖やん。
 違うよ。琵琶湖は滋賀。

 どうでもいいや、行けないもん、と言って陽香は綺麗に塗れなかったマニキュアに苛ついていた。自分の指を見て溜息をついていた唇も、今は渇いて黒ずんでいる。
 いつも綺麗に真っ赤な口紅を塗っていたのに、今日の自分の顔を見たら、陽香はがっかりするだろう。
 陽香はいつだって栞那の唇にも口紅を塗ってくれて、笑った。
 あはは。かんなは赤いの、似合わないなぁ。

 陽香は目を開けたままだった。薄暗くてよく分からないけれど、目は濁っていて、何も見えていないみたいだった。
 ぼんやりと死んでいるんだと思った。こういう時、普通の十八歳はどんなふうにするんだろう。きゃーって叫んで、慌てて携帯で誰かに連絡する? 病院? 警察? 親か友だち? どうしようとか、怖いとか、悲しいとか、もっと何かしなくちゃいけないことがあるはずなのに。
 でも栞那は何もせずに、陽香の見えない目が見上げている天井を、自分もただ見上げてみた。

 六畳一間と台所だけの古いアパートの部屋だ。その天井にぶら下がっている古くて四角い照明器具の傘には、薄いオレンジの布をかけてあった。ちょっと焦げたみたいに変色している。一応不燃性だって書いてあったから大丈夫、と陽香は言っていたっけ。
 こうしたら古くてぼろっちいのが見えなくなって、ちょっとお洒落なバーみたいじゃない? ゲンジツトウヒってやつ?

 本当だ。まるで何もかも、現実じゃないみたいだ。今この時も、これまでの数か月間も。
 一体、陽香は何から現実逃避していたんだろう。親とか、社会とか、そういう枠みたいなものから? それとも陽香自身から? そうだ、もしかして誰かに連絡したくても、例えば救急車を呼んだって、私は何て言えばいい? ゲンジツトウヒをしていた陽香なのだ。栞那は彼女のことをほとんど知らない。一緒に数か月間、同じ部屋で暮らしていたけれど。

 名前は?
 そう聞かれたら、陽香、としか答えられない。名字はアパートの表札に出ていたから矢野、というのだろう。誕生日は七月四日。この間一緒にお祝いしたから知っている。でもそれだけだ。年齢は栞那よりひとつ上だと言っていたから、十九歳。仕事は、よく分からないけれど、男の人にお金をもらっている。
 そうか、私は陽香のこと、何も知らないんだ。友だちだけど、それだけだ。

 扇風機が回る音が少しだけ煩い。風が時々こっちへ吹いてくる。陽香の着ているピンクのキャミソールが、風で皺の形を変える。
 陽香はいつもとてもお洒落な服を着ていたのに。それなのに、よりにもよって死ぬときにこんなつまらない格好で死ななくちゃならないなんて。五歳くらい年上に見られた方が、男の人に声を掛けてもらいやすいし、それに後からもうちょっと歳が若いのだと分かったら、たくさんお金がもらえることがあるんだ、と自慢げだったのに。

 栞那はふらりと立ち上がった。台所と和室の間の敷居に膝が当たっていたので、ちょっと痛いなぁと無関係なことを考えた。
 一畳分の押入れをクローゼット代わりにしていた。襖を外して、青い布を目隠しにして洋服や靴や、お洒落な小物を飾った。栞那自身のものはごく僅かだった。栞那が痩せっぽっちだということを除けば、二人の体格は大体同じだったので、陽香が服を貸してくれた。

 栞那はクローゼットから服を選んだ。陽香のお気に入りはこの淡い紫のワンピースだ。
 既に柔らかさを失った身体から服を脱がすのは、結構骨が折れた。
 ショートパンツは比較的容易に脱がせることができたが、陽香は失禁していた。そう言えばそんな臭いがしていた。病院生活が長かった栞那には、時には全く気にならない臭いだった。

 洗面器に水を汲んできて、下半身を拭き、下着を綺麗なものに着替えさせた。勝負パンツだと言っていた、Tバックの黒いレースのショーツにした。
 キャミソールを脱がすのは少し手こずった。面倒くさくなって肩のひもを鋏で切った。やはり、ワンピースは上手く着せてあげることはできなかった。腕が硬くて上手く曲がらなかったからだ。仕方がないので、少し肩のあたりを切って、安全ピンで留めた。
 ごめんね、綺麗に着せてあげれなくて。

 それから、鏡台から真っ赤な口紅を持ってきて、黒ずんだ唇に塗ってあげた。いつも化粧が下手だと陽香に言われていたけれど、我ながら上手くできたと思った。
 その時、ふと異質な臭いを感じて自分の手を見ると、乾きかけた血がついていた。身体にはどこにも怪我はなかった。栞那は陽香の頭を見た。頭の後ろに傷があった。
 頭を打ったのだろうか。

 ふと見ると、床に置時計が倒れていた。時代物の四角くて大きな置時計だ。この部屋には異質なものだったが、陽香は捨てなかった。こんなところに置いていたら危ないのに。
 そう考えてふと思い出した。

 今朝、陽香と喧嘩をしてこの部屋を飛び出した。その時、陽香は栞那の手を強く掴んだ。何か言われたような気がする。その言葉は鋭いナイフのように栞那の心臓を貫いた。栞那は思い切り陽香の身体を突き飛ばした。
 陽香は後ろへ倒れて、それから……大きな音がした。
 もしかしたら、私が陽香を殺しちゃったんだろうか。

 栞那は立ち上がり、狭い部屋を見回した。六畳の部屋の中にあるものは、二人で一緒に眠った低いベッドと、ラグの上の置いた小さな丸いテーブル、それに鏡台と、倒れた置時計だけ。白く丸いテーブルはどこかから友だちが拾ってきたと言っていたっけ。
 不意にものすごい違和感が襲ってきた。

 ここはどこだっけ?
 陽香の部屋? それとも私の部屋? 私たちの部屋? 大人たちに見つからないように隠れてきた秘密の居場所。
 それが突然、消えてしまった。

 この部屋には何も必要なものは残っていないと思った。陽香がいないのだから、ここは空っぽだ。栞那は何となく自分の仕事が終わったような気がした。
 ばいばい、はるか。
 栞那は部屋を出て、数か月前にもらった合鍵で施錠した。
 アパートの階段を降りると、湿気が地面から昇って来た。

 部屋の中では陽香の白く濁った目がまだ天井を見つめていた。
 木目の丸いテーブルの上に、小さな石ころのようなものが転がっていた。三センチくらいの土色の球体で、多数の白っぽい筋がでこぼこと色々な方向に走っている。
 天井のオレンジの灯りの下で、その石はまるで砂漠に咲いた薔薇の花のように見えた。

 

「はぁ~、蓮、のど乾いたわ~。ビール頂戴」
 ソノコさんが大きな体でカウンターに倒れかかってきた。カウンターのいつもの席に座っていた常連のゴロウちゃんが、笑いながら身体を少し引いて、ソノコさんの場所を作ってくれた。
「オシャカちゃん、水でええで。ソノちゃん、まだステージあるんやから」
「そうよ~、だからビールでガマンしてるわけなのよ~」
 野太い声でソノコさんがゴロウちゃんに返事をする。

 カウンターの内側にいた蓮は、小ジョッキに生ビールを注いでソノコさんの前に出した。
「え~、蓮、ちっさいわよ~」
 確かにソノコさんの大きな手に納まると、小ジョッキは小さなグラスのように見える。
「ゴロウさんの意見と俺の意見の折衷案です」

 蓮はソノコさんたちショーのステージに立つ「ホステス」たちの酒の量をそれとなく監視していた。誰かに言われたわけでは無い。ただ、蓮なりに、いつの間にか大きな家族のようになっている店の連中の身体のことを心配している。
 もちろん、一見誰よりも豪快そうでいて、よく周りを見ているソノコさんは、蓮のそういう気遣いにはちゃんと気が付いている。だから、それが水であっても、決して蓮の出すものを否定しないで受け入れてくれる。

「セッチュ~ア~ン。蓮、あんたはもう、どうしてそう難しいこと言うの~」
 そう言いながら、ソノコさんは小ジョッキを一気に空にして立ち上がり、それから気合いを入れるように両手でパン、と腹を叩いた。
「んじゃ、者共、であえ~」
 ソノコさんの掛け声で店中から拍手が起こった。メンバーは皆、客とハグを交わしたり、投げキッスを送ったりしながらステージ裏に引き上げていく。
 本日二回目のショータイムの準備だ。

 ここは四条川端の北東の角から二筋ほど入った場所にある、オカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』だ。
 客は老若男女問わず、ホモセクシュアルであろうがバイであろうがヘテロであろうが、下品で悪質な客以外は誰でも受け入れる。働いている「オカマ」たちも、真面目なゲイもいれば、ただ女装してショーをするのが好きだというのもいる。ただし、芸のレベルは相当のところを求められるし、そのあたりのママの審美眼、演出能力はかなりのものだ。
 ショーのレベルは高く、近畿圏でも人気の店だった。

 ショーは、踊りあり、音楽と歌あり、漫才やショートコント、時に寸劇あり、手品あり、客との掛け合いありの約一時間。平日は一日二回、週末は一日三回のショータイムは満席だった。チークタイムもある。音大出身のユリウスのピアノ生演奏付きだ。それに、ママの手相とタロット占いはよく当たると評判だ。人生相談をしたいなら、店で一番頭の切れるシンシアや、人生酸いも甘いも知っている真正ゲイのミッキーがじっくりと話を聞いてくれる。

 釈迦堂蓮はこの店のホール係だ。
 前の仕事を辞めると同時に、女の子を引き取る破目になって困っていたところ、この店のママに雇ってもらった。蓮の以前の仕事のことは、ママと一部の人間しか知らない。もしもまだ知らない誰かが聞いたら、蓮のことを胡散臭い奴だと思うだろう。

 だが、この日、ショータイムまであと十分、ショーまでに酒の注文を済まそうとする客が多くてホールが最も忙しい時間に、蓮よりもさらに胡散臭い男二人が店のドアを開けた。
 二人の男はカウンターのママのところへまっすぐ歩いていき、何事かママに話しかけた。蓮は、いつの間にか筋肉が鍛えられた腕でトレイいっぱいのグラスを持ち、テーブル席に向かうところだった。
「失礼、釈迦堂蓮さんですね」
 男たちが見せたのは警察手帳だった。


 思い当たることならいくつもある。
 蓮のもう一つの顔は、釈迦堂探偵事務所の留守番探偵だ。
 本物の釈迦堂探偵、蓮の伯父である釈迦堂魁は失踪していて、行方が分からない。伯父はもと京都府警の刑事だった。

 何かの事件に巻き込まれた可能性は高いが、伯父は何の手がかりも残していなかった。警察も蓮も、捜索が行き詰まるとともに、自発的な行方不明ではないかと疑うようになっていた。もちろん、そう思う背景は別だ。
 警察はただ「日本には現実から逃げ出して身分を捨てて生きる人間はいくらでもいる」と考えるだけだが、蓮は別のことを考えていた。
 伯父は几帳面な性格だった。調査の記録や日誌は詳細につけていた。その伯父が失踪しあまりにも手がかりが無いということは、伯父が自分で手がかりを消したとしか思えないのだ。

 蓮は引き取った和子(にこ)という保育園児と一緒に、西陣にある昭光寺という寺に居候している。朝、無愛想で懐かない和子をママチャリの後ろに乗せて、保育園まで送り届け、そのまま四条河原町から東へ一本、高瀬川の手前を南へ下ったところにある『奇跡屋』の鍵を開ける。釈迦堂探偵事務所は『奇跡屋』の二階を間借りしていて、玄関を共有しているのだ。
 昼間は滅多に客の来ない探偵事務所の留守番をして、たまに客があれば依頼を受け、仕事をする。夕方は和子を保育園に迎えに行き、一度昭光寺まで送っていき、六時頃には『ヴィーナスの溜息』に出勤だ。

 どうしても蓮が探偵の仕事で店を抜けなければならない日は、ママが何とかやりくりを考えてくれている。始めこそ、あまりあてにされていなかった蓮だが、今や蓮は店にとって最高のホール係だ。蓮がいないと頭が爆発するわ~とママがぼやいてくれる。
 もっとも、釈迦堂探偵事務所が忙しいなんて日は滅多にないのだが、それでも時折、ややこしいことに巻き込まれる。

 その大半が、伯父の一人息子、つまり蓮の従弟にあたる舟のことだ。
 そんな言葉がもう似合わない歳ではあるが、有り体に言うと、グレている。あちこちで喧嘩をし、男女問わず「恋人」と切った張ったの揉め事を起こす。警察沙汰になったのも、一度や二度ではない。

 今日もまた舟のことだろうと思ったが、その日『ヴィーナスの溜息』に現れた刑事たちは、意外なものを蓮に見せた。
「これを見たことがありますやろ」
 それは、如何にも証拠品、というように小さなビニール袋に入れられていた。
 蓮は目の前にぶら下げられた小さな球体をひったくるように手に取り、じっと見つめた。

 このデザートローズは。
 どうしてこれをこの刑事が持っているのだ。

「覚えがあるんですな。石屋の婆さんが、自分は知らん、蓮が知ってる石やろと仰るんでね」
「店に同じような石がごろごろしてるから、そんなもん、見分けがつくんかと聞いたら、婆さん、あんたら、人間の顔はちゃんと区別がつくんか、と聞く。当たり前やと答えたら、石も一緒や、みんな顔が違うと言う。私らにはどの石も同じに見えますがな」
 蓮は、ビニール袋に入った石を刑事に返した。

「一体、何があったんです?」
「アパートの部屋で女性の変死体が見つかったんですわ。ところが、名前は偽名、アパート契約の保証人は保証人ビジネス、携帯電話の契約も同じく、部屋を調べても身元が分かるものは何もない。部屋の中で異質なものと言えばこの石くらいでしてね。刑事の勘、とやらを振りかざす上司に、石のことなら高瀬川の『奇跡屋』に聞いて来いって言われましてな」

「女性の変死体? 歳は?」
「心当たりがあるんですな」
「その女性の胸に傷があるなら」
 刑事たちは顔を見合わせた。
「ちょっと、署まで来ていただきましょか」




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Category: (2)砂漠に咲く薔薇

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【奇跡を売る店(2)】砂漠に咲く薔薇(2)~昭光寺にて(1)~ 

デザートローズ1
先日、八少女夕さんが「あんまり間を開けると読んでくださる方も大変だから、できるだけ続けてアップしています」というようなことを書かれていましたが、その夕さんの爪の垢を煎じて飲みなさいと言われそうなくらい間が開いていて済みません。
でも前回部分はとても短くて、ちらっと流し読みしてくださっても、と言う程度の内容なので、許してやってください。

でもかいつまんで言うと。
18歳と19歳の少女が同居していた部屋で、少女の一人が亡くなっていた。死体を見たもう一人の少女は、その子の格好がみすぼらしくて可哀想だからと、お気に入りの服に着替えさせ部屋を出る。少しの間一緒に住んでいたし、友だちだけど、本当はその子のことを何も知らない、でももしかすると自分が彼女を殺してしまったかもしれないと思いながら。
失踪した伯父の調査事務所の留守番探偵・釈迦堂蓮は、夜はオカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』でホール係をしている。その蓮のところに、警察が「この石のことを知らないか」と訪ねてきた。
彼らが持ってきたのは、まるで砂で作られた薔薇のような石、デザート・ローズ。それは蓮がある知り合いの少女に渡したものだった。


ミステリーの冒頭は下手な小細工をするくらいなら死体を転がせ、と言う鉄則に基づき?、一応転がしてみました。このブログのコンセプトは死体の転がらないミステリーなのに、どこで道を間違えたのか……
第2話は少し長いので、2回に切りました。しばらく、蓮の事情などをお楽しみください。

登場人物(レギュラー陣)などのご紹介は以下の記事をご参照ください。
【雑記・小説】自作を語るのはまだ早い(2)~奇跡を売る店~



< 明日、本堂から入ってきて欲しいんや。
< りょうかい。ちゃんと仏教婦人会っぽくして行くわ。
< ごめん、ややこしいこと頼んで。
< 別にええけど、「ややこしい」の中身、ちゃんと説明してよ。

 如月海は日曜日の朝、昭光寺にやって来た。
 百日紅、きれいやね、とやってくるなり海は言った。
 そうか、そんな庭の景色を楽しんでいる余裕も最近はなかったな、と思った。

 盆が終わって、慌ただしかった人の出入りも少しは落ち着いてきたが、今度はツクツクボウシが夏の終わりを告げるべく大騒ぎを始めていた。
 夏はいつも、檀家の老人の誰かの調子が悪いという噂を聞く季節だったが、今年の夏は少しばかり涼しかったからか、幸いなことに誰かが倒れたという話もあまり聞いていない。

 海を呼び出したのは蓮だった。警察は「重要参考人」が蓮に連絡をしてくるものと考えているらしく、蓮の周りを見張っているようだった。
 蓮の居場所は、奇跡屋(つまり釈迦堂探偵事務所)とショウパブ『ヴィーナスの溜息』、それに居候をさせてもらっている昭光寺の三か所しかない。つまり、警察にとって蓮を見張ることは極めて容易だということだ。蓮がどこか特別な場所に出かけると、すぐに相手に動きが見えてしまう。

 三ヵ所の中で警察が簡単に踏み込めない場所は、この昭光寺だけだった。ありがたいことに寺という場所は、不特定多数の人間が出入りしても不思議では無い。一方で、顔見知りではない人間が入り込んでくると、自然に警戒する機能も持ち合わせている。
 日曜日には毎週、朝のお勤めの後、仏教婦人会の勉強会(と称する井戸端会議)があった。集まる女性たちに混じって、海は母屋の玄関ではなく本堂の方から上がって、蓮の待つ応接室にやってきた。

 ここ数日、寺の周囲に、見慣れない車や人の気配がある。海にそのことを説明しておくべきかどうか迷ったが、結局は黙っていた。もっとも、海はすぐに気がついたようだ。
「なんか、ドラマみたいやね」
「え?」
「だって、胡散臭い感じの男が二人、運転席と助手席に並んで乗ってたら、まぁそういうことでしょ」
 そういえば付き合っている頃、高速道路でねずみ取りはすぐ分かる、追い抜くときは注意するんや、なんて話をしたことがあったかもしれない。

「あそこ、路駐禁止ちゃうん? 通報してやろかと思った」
「禁止やないけど、邪魔なんは確かやな」
「なんや、穏やかやないね」
 婦人会の世話役の峰岸さんがお茶とお下がりのお菓子を持ってきてくれた。峰岸さんは海のことを知っていたはずだが、何も言わなかった。だがきっと、井戸端会議の席に戻ったら、早速「元婚約者が来てはりましたんや。より戻さはったんやろか」と誰かに報告するのだろう。

「にこちゃん、今日は?」
「昨日から大原に遊びに行ってる」
「一人で?」
「いや、舟が一緒や」
「ふうん」
 海は納得したような、していないような返事を返してきた。

 何で釈迦堂くんは一緒に行かへんかったん、とは聞かないが、一緒に行ったらいいのに、とは思っているだろう。蓮は「仕事があるから」と答えるし、その本心は、舟と和子と凌雲が一緒に居る場所に居づらいのだということは、海も分かっているのだ。
 和子は相変わらず蓮には懐かないし、蓮の前ではいつもむすっとした顔のままだ。だが、舟に対しては、愛想までは良くはないにしても、連に対してよりもずっといい顔をしていると思う。舟は見かけも態度も不良のようだが、和子のことは可愛がっているからだ。

 それに、大原に棲む仏師の大和凌雲のことは、父親のように慕っている。それは、戸籍上の父親となっている蓮に対する態度とはまるで違っていた。
 舟だって同じだ。従兄の蓮に言えないことを、元家庭教師の凌雲には打ち明けているようだ。蓮も凌雲の教え子だったのだから、舟が凌雲に何を打ち明けているのか教えて欲しいと言っても不自然ではないのだが、なんとなく言い出せない。
 もっとも、凌雲は人の相談事を、他の誰かに漏らしたりはしないだろうし、蓮にしても舟の事情を知りたがっているとは凌雲に知られたくない。凌雲は蓮のそんな気持ちはお見通しだろうが。

 和子のことも、舟のことも、そして凌雲のことも、誰よりも蓮自身が一番気にかけていると思うのに、彼らが仲良く一緒に居る場所には居づらい。自分は彼らの誰からも頼りにされていないのだと勝手に感じて拗ねている、そう言われても否定はできない。
 子どもの頃に両親を失ったために、どうしても、誰かと食卓を囲むような関係に慣れないからかもしれない。

「にこちゃん、調子どうなん?」
 和子の外来は二ヶ月に一度ほどなので、前回の外来からは一ヶ月以上、海は和子の顔を見ていないことになる。
 和子には心臓の病気があり、体格が同年代の子どもに比べて小さいことと、通院や検査と薬の内服の必要があるものの、外見的にははっきりと病気だとは分からなかった。よく見れば唇は少し暗赤色で、爪は少し丸みを帯びていて、胸には手術の痕があって、体力的にも明らかに他の子どもと違っているが、自立して歩くこともできるし、多少なら走ったりもするし、保育園にも通っていると、普通の子どもだと勘違いされることもある。

「変わらへん」
 あまりにも短く素っ気ない返事に、ちょっと不満そうな気配が海から伝わってきたので、蓮は慌てて付け加えた。
「元気にしてる。冬場よりは調子よさそうや」
 海がそれ以上不満の言葉を寄越さなかったので、蓮はその話題を打ち切ってよいと判断した。

 婚約までしていた二人の間には、言葉にならない以上の理解があると、蓮は今でも信じていた。言葉足らずの蓮のことを察してくれる海は、数少ない蓮の理解者だった。たとえ婚約を破棄しなければならなかった原因を作った蓮を、今でも彼女が心の内では許していないのだとしても。
 もっとも、海は、その話題を持ち出すと怒るだろう。

 言っとくけど、私は捨てられた可哀想な女やないからね。まだまだ仕事したいのに、結婚しようとか思った方がどうかしてたわ。私、不器用なんよね。仕事と家庭と、両立とか無理やし、それに、釈迦堂くんとはこのくらいの関係がちょうどええと思わへん?

 一度、そんなことを言われたことがあった。海らしい気遣いだと思ったが、彼女が自分との関係をあえて断ち切ろうとしていないことは嬉しかった。もっとも、彼女が和子の主治医の一人である限り、切ろうにも切れないだろうし、蓮の方でも、どんな理由でも彼女と繋がっているということにどこかで頼っているのかもしれない。
 もっとも、「このくらいの関係」は、世間から見ると、それでも十分に友人の域を超えているだろう。

「それで、栞那ちゃんの、いや、谷原さんのお母さん、何て言ってたんや?」
 小児科医の悪い癖が今でも抜けない。患者である子どもたちを、成人に近い年齢になってもつい「○○ちゃん」と呼んでしまうのだ。
 海はふうとわざとらしく息をついた。
「そもそも警察が、あんなふうに釈迦堂くんのこと、見張ってるってどういうこと? 栞那ちゃんが何かしたん?」
「いや、彼女が何かしたというのか……というより、何かしたのが俺や舟だとは思わへんのか」

 海が「何かあった」ではなく「何かした」と聞いたことに、蓮は違和感を覚えていた。
 海には、谷原栞那が最近ちゃんと通院しているのかどうか教えて欲しいとメールを打っただけだ。個人情報をメールでやりとりするのは問題があるので、直接会いたいと海から電話が返ってきた。それで、ちょっと事情があるので、日曜日の仏教婦人会の時間に合わせて昭光寺に来て欲しいと伝えた。

「釈迦堂くんや舟くんやったら、待ったなしでとっくに連行されてるでしょ」
 それはその通りだ。舟は前科こそ無いが、警察のお世話になったことは何度かある。しかも、いつ誰に刺されてもおかしくないような生活をしている。蓮にしても、警察から見たら、所長が失踪している調査事務所の、怪しい留守番探偵だ。
 もっとも、伯父の釈迦堂魁はもともと人望のある刑事だったらしく、今でも時々「お世話になった」と名乗ってくる刑事がいる。蓮の知らないところでちょっとした問題が起きていても、誰かがお目こぼししてくれている可能性も否定できないのだが、そのあたりに首を突っ込んでややこしい事に巻き込まれたくはない。

 海はソファには腰掛けようとせずに、少し居心地が悪そうに壁の絵やサイドボードの上の置物を見回している。いかにも値段が張りそうな絵や彫刻、書画、大きな紫水晶などだ。
 とは言っても、昭光寺の住職はいささか気むずかしい頑固な老人で、先祖から受け継いだものを本物だろうが偽物だろうが大事にしているだけのようだ。やむなく寺を継いだという三男坊の副住職は、「蓮ちゃん、あれ、半分は偽もんか屑やで。京都ゆうとこは、二束三文のもんでも、それらしゅう見えるさかいな。こわいこわい」と屈託が無い。

 たとえ飾られている美術品が偽物でも、観光のために公開されているわけでは無いが、それなりに歴史があり、檀家も多い寺なので、やりくりに困っている様子は無い。蓮のような居候を置いてくれる余裕もある。
「なんか、落ち着かないね」
 蓮が話の切り出し方を迷ってい間に、海がぽつんと言った。

 寺の応接室はプライベートな場所ではない。十人ほどの客が余裕を持って座ることができる応接セット、床に敷かれた厚みのあるペルシャ絨毯も、海の居心地を悪くしているに違いない。
 分かっていたのだが「俺の部屋に」とは言い出しにくかった。
 元婚約者とはいえ、いや、元婚約者だからこそ、今更思い出のある場所で二人きりになるのはどうかと思ってしまう。

 まぁ、いいか。海が嫌だと言わなければ。それに今は「俺の部屋」ではなく、「俺たちの部屋」だ。もっとも、その部屋を海に見られることには躊躇いがなくはないのだが、確かにここではあまり突っ込んだ話もしにくい。
 場所を変えるという提案に、海は「そうしよう」と言っただけだった。

 蓮と和子が居候している離れには、以前、この寺の息子たちの部屋があった。
 今は家を出て行ってしまっている長男はバングラデシュで学校経営をしていて、同じく次男は南米でピラミッド研究に没頭している。年の離れた三男が寺を継いでいるが、今は母屋に移っている。小学生の時にこの寺の居候になった時から、蓮は、既に就職して家を出ていた長男の禮為(れいし)の部屋を使わせてもらっていた。

 離れには部屋が二間あるが、和子が一緒に住むようになっても、まともに使っているのは一部屋だけだった。もう一部屋には数の少ない連の服と、使わなくなった本が段ボールに詰め込まれて放ってあるだけだ。食事は母屋の方で食べるし、和子は蓮が帰ってくるまで、母屋で過ごしているか眠っている。そのまま母屋で寝かしておくこともあるが、どういうわけか母屋に放っておくと、翌朝ものすごく機嫌が悪いので、夜中に帰ってきてから蓮が離れに連れて行っている。

「ふ~ん」
 部屋に入った途端に、意味深に海が蓮を見た。
「なんや」
「釈迦堂くんの部屋に来るの、久しぶりやもん。でも、ちょっと安心した」
「なんで」
「だって、レイさんの本以外なんもなかったやん。でも、今や、ちゃんとお父さんしてるんやね」

 確かに、当時から、蓮の持ち物などほとんど無かったし、何かを所有することに関心も無かった。自分自身についての無関心は変わらないが、和子が一緒に住むようになって、殺風景だったこの部屋に、和子のものだけが増えていっている。
 とは言え、和子のための可愛らしい箪笥も、ハンガーに掛けられた女の子らしい服も、いくつかのお洒落な鞄も、ほとんどが仏教婦人会の人から譲り受けたものだ。しかも、和子は服が可愛いかどうかについてはあまり関心が無いらしく、どういう基準かは分からないが、数枚の同じ服ばかり着ている。少しぼろぼろになってきているのだが、着慣れていて安心できるのかもしれない。

 海は興味深そうに和子の勉強机を見ている。
 来年小学校に上がるので、寺の息子たちが使っていた古い勉強机を、住職が使いやすいように手直ししてくれた。まだ教科書も並んでいない机だが、和子は時々椅子にじっと座っている。後ろ姿からは表情は分からないが、小学校似通うことを楽しみにしているのだろう。
 それでも和子にとって、学校で普通にやっていくということは、決して低いハードルではない。

 秋からは教育委員会とも相談しなければならないこともある。支援学校に行くのか、普通学校の支援学級に行くのかと確認を受けたが、とりあえず普通学校でと返事をしたら、担任が一人で何十人もの子どもを見るので、何かあったときに対処できないと不安をぶつけられた。
 多少の身体的不自由と、対人関係の混乱による発達障害の疑いや、少しばかり健常の子どもについて行けないことがあっても、普通学校でやっていけないほどではないと蓮は思っていたが、学校現場はあまりにも多くの問題を抱えすぎていて、和子のような子どもを受け入れる余裕までないのかもしれない。

 その事は、主治医である海にもまだ相談はしていなかった。
 普通の子どもだと勘違いされることもあれば、一方でこうして特別な子ども扱いを受けて社会から疎外されかねない。
 ふと、そんな中で成長してもうすぐ大人になろうという谷原栞那のことを思った。学校も家庭も社会も、彼女を上手く受け入れてやることができなかったのかもしれないと思うと、和子の将来に対する不安を感じずにはいられない。

「にこは、相変わらず俺のことを父親とは思ってないやろけど」
「そうかなぁ」
 海は意味深にそう返事をすると、小さな低い座卓の前に正座した。そう言えば、座布団も置いていない。
「やっぱりこっちが落ち着くね」

 蓮がエアコンの電源を入れようとすると、海が、いいよ、うちのマンションより断然ましやもんと言った。窓を開けてあったので風は通っている。蓮は扇風機のスイッチを入れた。その音に、海が、懐かしいね、と言った。
 京都の夏を、エアコンという文明の利器なしに乗り切ることは近年では難しくなっている。境内は大きな木々のおかげで風が通ってくるので、クーラーなしで暮らしていたのだが、和子を引き取ってからは脱水ですぐに具合が悪くなるので、昭和な暮らしを諦めて、エアコンを取り付けてもらった。

 海が懐かしいと言ったのは、扇風機のことではなくて、この部屋で過ごした時間のことだったかもしれない。扇風機の風で海の短い髪がふわっと持ち上がって、蓮は久しぶりにどこかがきゅっと痛むような感覚を味わった。
 当時はどちらかと言えば、蓮が海のアパートの部屋に行く方が多かったのだが、この部屋ではよく一緒に机に並んで勉強した。海の部屋に行くと、どうしても海は料理を作ってくれようとするし、それに若い男女が一緒にいて求め合わないでいる方が難しかった。寺に居候している蓮の部屋では、洗濯物にもゴミにも気を遣うことになるから、真面目に勉強できるというので、ここが彼らの勉強部屋になっていた。

 中途半端にでも触れられないと思うと、余計に触れたくなるものだった。その少し窮屈な甘酸っぱい思い出が胸を締め付けるのだと思った。
 あの頃と海はあまり変わっていないように感じるが、きっと自分はずいぶんと遠くに来てしまっているのだろう。蓮はそう思って、何かをすっと断ち切った。
「それで、谷原栞那のことだけど」
 蓮は、海に向かい合って座った。向かい合うこの距離が、今はちょうどいいと思った。



Category: (2)砂漠に咲く薔薇

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【奇跡を売る店(2)】砂漠に咲く薔薇(2)~昭光寺にて(2)~ 

デザートローズ1
 長かったので2回に分けた『砂漠に咲く薔薇』第2話の後半です。

そう言えば、この話、夏の話だったなぁと今更ながらに思ったのですが、読むときは季節が違うからっていちいち引っかからないけれど、書くときはちょっと悩むなぁと思いました。だって、今は寒い! 背中がぞくぞくする。そんな感じで書いているときの体感温度が、何となく文章に出ないかと心配になってしまいました。

行ったことのない土地や今じゃない季節のことを書くとき、文章に出ないようで出ているかもしれない事の中に、匂い(臭い)と音があります。場所の見た目は写真からでも知ることはできるけれど、その場所の空気感を構成している音やにおいはそこに立ってみないと分からない。
ヴェネチアに行ったとき、写真だと町の姿は優雅で、まさにアドリア海の女王なのですけれど、実際にはアクアアルタの海の臭いが結構気になったのでした。水はお世辞にも綺麗とは言いがたいし。こういうのって、現地に立っていないと分からないこと。
そして、冬に夏の話を書くとき、夏の音ってどんなのだったかな、匂いってどんなのだったかな、必死で思い出しているのでした。蝉の声は陳腐だなぁ~(しょぼん)

登場人物(レギュラー陣)などのご紹介は以下の記事をご参照ください。
【雑記・小説】自作を語るのはまだ早い(2)~奇跡を売る店~


 海は少し真面目な顔をして、一度自分に確認するようにうなずいた。
「釈迦堂くんにお礼を言わなくちゃ、と思ってたんよ」
「なんで」
 思わぬ言葉に蓮は不意を突かれて、返事ができないまま海の顔を見ていた。海は蓮の反応の薄さに応えようと、う~ん、と言いながら言葉を探したようだった。

「何てのか、栞那ちゃんみたいに、小さいときから病院に通ってて、結構重い病気で毎月病院に通っているような子のことでも、私らってあんまり何も知らないんやって、改めて思ったから。何となく毎日それなりにやってくれてるんだろうって、勝手に思い込んで、勝手に安心してたんよね。日常って、ほんとはたくさん辛いこととかしんどいこととかあって、一ヶ月の中のほんの一瞬の時間じゃ何も分からないんだって、こんなことでもない限り気がつかないで通り過ぎちゃう。にこちゃんもそうだよね。釈迦堂くんがこうして毎日彼女のことを見てるってこと、実は凄いことなんだって」
 蓮はいささか間抜けな顔で海を見ていたのかもしれない。珍しく海が困ったような表情を浮かべた。
「私、なんか変なこと言ってる?」
「いや、そうやなくて」

 海が変わらず海のままでいてくれることが嬉しかった。自分がどうなっても、周りの人間が変わらないでいて欲しいというのは身勝手な願いではあるが、こうして関係が変わっても、時が流れていっても、海は昔のままだ。他の皆が通り過ぎるところでちゃんと立ち止まってくれる。そんな海だから、自分の心を上手く表現できない蓮のことも、気がついてくれていたのだ。
 二人が向かい合った座卓の上を、窓からの風が流れていく。いろんな事があって、若くてきっと輝いていた時には戻れないけれど、海の言うとおり、風の匂いは昔のままで懐かしい。木々の間を通り抜けながら細かな湿気を含んで、この西陣の町の片隅の小さな部屋に届く風。

「栞那ちゃん、家を出てたみたいなの。お母さん、あんまり言いたくない様子だったけど、ほとんど友だちのところにいたらしくて。外来受診の時は一緒に来てたから気がつかなかったけど、待ち合わせして病院に来てたんやって」
 確かに、ひと月に一度、きっちり病院に来て、検査上はそれなりに薬の効果も確認できていて、親もついてきていたら、当然同じ家から病院に来たと思って不思議ではない。長く親しんだからこそ、敢えて毎日の生活のことまで根掘り葉掘り聞き出すようなこともない。もちろん、相手が話したがっているならば別だ。

「友だち?」
 亡くなった女性のことを母親は知っていたのだろうか。
「どんな人かは知らないって」
「親はそれで放ってたんか」
 怒ったつもりではなかったが、言葉がきつかったからか、海はちょっとむっとした顔をした。

「放ってたわけではないんやろけど、親子やからこそ、言いたくないことまで言っちゃうこともあったんやないの。顔つき合わせたら喧嘩になるし、ついつい、そんなに嫌やったらもう帰ってこんでええ、とか言っちゃうこともあったみたい。もちろん、最初のうちは探したり連れ帰ったりしてたみたいやけど」
「でも、まだ未成年やろ」
「でももう十八やもの」
 親なら、どこまでも子どもの我が儘や葛藤に付き合ってやるべきだ、と理想論をかざしたいわけでもなかった。十八や二十歳という年齢までに子どもが自立できるように、方法を授けてやるのが親の仕事だと、教育論を語るつもりでもなかった。そもそも蓮にはそういう親子論を語るための土台がなかった。

「ごめん、俺には分からん」
 蓮がぼそっと言った言葉に、海がものすごい勢いで反応した。
「ごめん、そんなつもりやないの」
 小学校の時には二親ともいなかった蓮の気持ちは、多分海には分からないだろう。だが、そんな自分の感情の構成を、蓮自身が一番分かっていないのだ。少なくとも海はそんな蓮を分かろうとしてくれたし、もしかしたら彼女なりの方法で成功していたのかもしれない。
 海は、昔からそうであったように、蓮がこれ以上は触れて欲しくない部分に来ると、上手く話題を変えてくれた。

「そうだよね。うちらの患者って年齢相応の精神年齢ってわけには行かないんだよね。身体だけは大人になっていても、不自由なことだらけでどうしたって自立できないことも多いし。それに、最近って、携帯ですぐに連絡取れるから、子どもが家に帰ってなくても、居場所が分からなくても、いざとなったら何とかなるとか、繋がってるって勘違いするんだよね」
「彼女のとこ、母子家庭やったよな」
「うん。お母さん、働いてるしね。ずっと一緒にいるわけにも行かないし」

 蝉が一斉に鳴くのを辞めたかと思うと、また一匹の合図で合唱を始めた。風の中の湿気はずいぶんと少なくなったが、やるせないような気持ちで身体が熱く湿っぽくなった。
「お母さんも心配してないわけじゃないと思う。でも、毎日、不機嫌だったり暴れたりする娘と向き合ってるのもしんどかったのかもしれへん。あの子、中学の頃からほとんど学校に行けてなかったもん」

 栞那に会ってあの石を渡した時のことを思い出していた。あれは半年ばかり前の事だった。
 その時、もう少し何かを聞いてやれば良かったのか。だが、どんなふうに? 彼女は「別に。たまには、うちかって遊びたいもん」と言っていただけだった。
 本当にそうだろうか。何かのサインを見逃していたのか。本当は助けてと言っていたのだろうか。少なくとも石を渡したと言うことは、何かを予感したからではなかったのか。自分でもよく分からなかった。

「さっき、彼女に何かあったのか、やなくて、何かしたんかって聞いたやろ」
 海はうなずいた。
「お母さんに『栞那ちゃん、どうしてますか』って電話したら、話の中で『あの子、何かしたんですか』っていう感じのこと聞かれたから。家からちょっとしたもの盗んでいったりしてたみたいやし。まぁ、家のものやから、盗むって表現にはならへんかもしれんけど、その事を追求したら、あんたがこんな身体に産んだからや、って言ったって」
 蓮は何も言えなかった。

 半年前、谷原栞那が蓮に言った言葉は、一時も忘れてはいなかった。
 どうせ先生の身体やないやん。
 それは、いつかあの女性に言われた言葉と同じだった。
 どうせ先生の子どもじゃないでしょ。
 そうだ、と割り切ってやれば良かったのだ。中途半端に入り込んで何かができるわけでもなかったし、彼らが蓮に期待していたことはそんなことではなかったのだろうに、自分で空回りしてしまった。

 本当は、谷原栞那はよく分かっていたはずだ。病気を持って生まれてきたのは母親のせいではないということくらい。だが、母親は病気の子どもを産んでしまったのが自分のせいだという気持ちから逃れられないでいるのだろう。
「釈迦堂くん?」
 海が向かいから心配そうに見ていた。谷原栞那のことを話しているのは分かっていたが、どこかでいつも和子と和子の母親のことが重なっている。海には見抜かれているかもしれない。
「あぁ、ごめん」

「今度はそっちの番だよ」
 海の口癖だ。蓮があまり自分のことを話さないので、いつも海は自分のことを一通り話した後、次はそっちの番だよ、と言った。
その言葉で、蓮はいつも救われていた。
「アパートで若い女性が亡くなったんや。死因は外傷性くも膜下出血。アパートの契約書によると、名前は芝浦陽香、十九歳、身元保証人に当たってみたら、保証人ビジネスやったようや。その部屋に、どうやら谷原栞那が転がり込んでいたらしい」
 海はちょっとの間考えていた。

「でも、うちの病院に警察が来た気配はないし、栞那ちゃんのお母さんも警察がどうのって話はしてなかったけど」
「じゃあ、まだ警察は谷原栞那の名前を突き止めてないってことなんやろ」
「それで、釈迦堂くんはどう関係してるの?」
 蓮は和子ががらくたを入れている箪笥の引き出しから、小さな石を取り出した。
「これ?」
「デザートローズや」
「食べれるの? なわけないか」
「そっちのデザートやなくて、砂漠の薔薇。その亡くなっていた女性の部屋にこれと同じ石があったらしい。それで、『奇跡屋』に警察が来て、婆さんが『それは蓮が知ってる石や』なんて余計なことを言ったから、俺のところに警察が来たってわけや。最初はてっきり谷原栞那が亡くなったのかと思って慌ててもうて」

 海は五百円玉くらいの直径のデザートローズを摘まみ上げて、じっと見つめ、また座卓に戻した。
「ゴミだと思わなかったのは、警察にしたら上出来やない? ダイヤとかルビーならともかく」
「ダイヤやルビーやったら婆さんのところには来えへんやろ。それにこの石、ゴミと思うにはちょっと気になるんかもしれへん」
 まさに石の薔薇と言われて納得するような不思議な形の石だ。白っぽいものから赤系の砂色のものまで色彩は色々で、大きさも様々だ。もろくて加工されることもないので、石そのものの値打ちがあるというものでもないが、願いを叶える石だと言われている。

「確かに。で、この石と栞那ちゃんの関係は?」
「警察が俺に見せたんは、俺が谷原栞那に渡した石やったんや」
 そんなふうに言ったら、普通なら、どうして「その石」だと分かるのだと聞かれそうだが、海はもうそんな無駄な質問はしてこなかった。彼女は、『奇跡屋』の婆さんや蓮が、石の一つ一つの顔を見分けられることをもう十分知っている。
「いつの話?」
「半年前、彼女にばったり会って、ちょっと話をしたから」
 細かい内容について口をつぐんだら、海はさらりと流してくれた。

「そのこと、警察に言ったん?」
 蓮は首を横に振った。
「でも、その亡くなった子の携帯の通話記録とかアドレス帳とか調べたら、栞那ちゃんのこと、すぐに分かるんやないの?」
「いや、俺が呼ばれたときは、警察は谷原栞那のことは知らんかったと思うし、少なくとも病院へも警察は来てないんやろ」
 蓮が警察に行って話を聞かれた時、亡くなった女性の携帯の話などは出なかった。もちろん、重要参考人の関係者であると思われる蓮に捜査情報を漏らすことはないだろうから、事情を知ることはできない。
「ただ、釈迦堂くんはその石の持ち主と繋がってるとバレちゃってるわけやね。それで、警察は釈迦堂くんのところに関係者が現われるかもしれないって、見張ってるってことか」

 石を見せられたとき、思わず反応してしまったので、警察は蓮と「謎の同居人」には関係があると思っただろう。咄嗟のことで演技もできなかった。もちろん、その場では、「確かに奇跡屋に置いてあった石で、誰かに売ったけれど、売った相手は忘れた」と答えておいたのだが、例のごとく胡散臭そうな目で見られ、しっかり疑われたわけだ。
「何より、それって殺人ってことなん?」
「いや、そもそも警察が俺にそんなこと教えるわけないやろ。でも、不審死なんは間違いないし、警察は疑うのが仕事やし、その亡くなった女性の『同居人』には一応事情を聞かんとあかんのやろ」

「外傷性くも膜下出血なんでしょ。事故ってこともあるやん」
「それでも家の中で誰も見てないところで死んでたら不審死や。もちろん、殺人だと疑うような何か事情があるんかも知れへん」
「魁さんの元同僚とかにこっそり教えてもらわれへんの?」
 思わず言ってしまってから、それはないか、と海は一人で納得して、警察から聞き出すという提案を自ら却下した。そして、不安そうな声で聞いてくる。

「栞那ちゃんが釈迦堂くんに連絡してくると思う?」
 それは何とも言えなかった。
「次の外来、いつなんや?」
「二週間先」
 それは果てしない時間に思えた。谷原栞那が今どうしているのか、そもそもその女性が亡くなったことを知っているのか、何も分からないまま過ごすには長すぎる時間だった。

 半年前。
 オカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』での仕事を終えて帰る途中、三条木屋町の辺りで谷原栞那とばったり出会った。
 蓮の記憶にあった中学生の栞那とは違って、派手な化粧をして、髪を染め、冬というのに短いスカートで素足にブーツを履いていた。値段は分からないが、毛皮のコートが彼女に不釣り合いで、子どものような胸元が覗く服も、蓮を戸惑わせた。
 だが、どう見ても真面目なお付き合いをしているとは思えない若い男二人と一緒で、酒も飲んでいる様子だったので、放っておけなかった。男たちとはいささか揉めたが、栞那を説得してとりあえず『奇跡屋』に連れて行った。

 どうせ、先生の身体やないやん。

 いつも何かに精一杯で、他の何かを受け入れてやるための余裕がなかった。ショーパブの仕事も、手を抜こうと思えば抜けるのに、適当に器用にやることができない。ママやソノコさん、シンシア、ミッキー、皆の身体のことも心配になる。伯父が失踪してしまった釈迦堂調査事務所の仕事もそうだ。滅多に依頼がなくても、伯父が帰ってくるまであの場所を守りたいと思っている。引き取った和子のことも、失踪した伯父の魁のことも、荒れた生活を送っているふりをしながら魁を探しているらしい従弟の舟のことも、大原の里で一人仏像を彫っている大和凌雲のことも、何もかもが気になって仕方がない。
 だが、舟が蓮を頼ってこないのは、蓮がいっぱいいっぱいになっていることを知っているからだ。和子が蓮に懐かないのも、蓮のすべてが和子に向けられているわけではないことを感じているからかもしれない。本当の親ではないからだ。
 あの時も、谷原栞那が何かに追い詰められていたのだとしても、それに気がついてやれるだけの余裕が自分にあったのかどうか。

「ここ、石屋さんなん? ダイヤとかルビーとかは置いてないん? これって幾らくらいするん?」 
「鉱物、つまり貴石だ。ものによっては百万以上するものものある」
「キセキが起こるん? それやったら百万くらい出す人もおるかもなぁ。泥棒、入らないん?」
「この店は魔女のような婆さんがやっていて、下手なことをしたら呪われるとみんな信じてるからな。奇跡が起こるかどうかは、持つ人間によるし、石との相性もある。ちなみに、ミラクルの奇跡じゃなくて、貴石。貴い石だ」
「パワーストーン、とか言うやつ? わぁ、これ、面白いの」
「それはデザートローズ。砂漠の薔薇、という名前の石だ」
「ふ~ん」
「気に入ったんなら、やろうか」
「呪われるんやろ?」
「だから、石との相性だよ。惹かれたなら相性が合うんだ」
「光ってないところが、うちと一緒や」
 光らない石。そして見た目通り、もろい石でもある。栞那はそれも感じ取ったのかもしれない。自分と石を重ねて何かを感じたのだ。

 海が帰った後、蓮はずっと部屋の畳の上に寝転がって天井を見ていた。立っていると低く感じる天井が、こうしてみると遙か彼方に思える。
 大通りから入り込んでいるために、蝉や風の音はともかく、ここは不安になるくらい静かだった。ふと時計を見ると、そろそろ出勤しなければならない時間だった。
 起き上がって、汗ばんだTシャツを脱いだとき、座卓の上に放り投げてあった携帯が震えた。大原に和子を連れて行ってくれている舟からだった。
 
< にこ、初さかなゲット!
 添付された写真には、川魚をこわごわと持っている和子が写っていた。舟と、もしかすると凌雲も一緒に、釣りにでも行ったのだろう。
 相変わらずの和子の硬い表情は、その写真が蓮に送られることを意識していたからなのか。シャッターが切られた後、和子が彼らに笑顔を向けている様子を想像して、蓮はなんとも言えない気持ちになった。



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