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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【2017 scriviamo!参加作品】サバンナのバラード 

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八少女夕さんのscriviamo!に今年も参加させていただくことにしました。毎年大人気のこの企画、今年はますます参加者も増えて、夕さんも大変だろうなぁ~と思っているうちに出遅れてしまいそうになっておりました。今日は一念発起して書き始め、一気に書き上げたのはいいのですが、さっきまた一度、前置きに書いた記事を飛ばしてしまって、真っ青です(@_@)
気を取り直して。

毎年、あれこれ悩むのも楽しいのですが、ここのところ、P街のあの一族にちょっかいを出したり(私じゃなくてトトが!ということにしようっと…【海の青・桜色の風】)、奥出雲の神様に祟られそうなことをしてみたり(【龍王の翡翠】)、夕さんを困らせているのか、怒られる手前のぎりぎりにチャレンジしているのかというような気もしなくはないのですが、今年はかなり大人しめです(多分)。

このネタはもともとクリスマス用に準備していたのですが、時間が無くて断念したもの。でも、この際、クリスマスはメインの設定ではなかったので外しました。
もちろんのこと、私はアフリカには足を踏み入れたことがありませんので、全くの想像です(@_@) 夕さんに「サバンナはそんなとこじゃないわよ」ってだめ出しをもらいそうですが、それを覚悟の上で、イメージを膨らませて書いてみました^^; 
夕さんのところからお借りしたのは、【ニューヨークシリーズ・郷愁の丘】から、既にニューヨークではなくケニアかイタリアに行っちゃっているかもしれない彼女と、彼女の恋人候補と思われるシマウマの先生と、ナイロビの旅行エージェント氏。今回はほんと、ほぼ名前だけなので、ご迷惑をおかけしていることはないと思われます。

こちらの方の主人公・奈海(なみ)は、初出。うちにもカメラマンがいるわ~と時々つぶやいていたのですが、本人の登場はなかなかチャンスがありませんでした。
ところで、彼女の名前は、彼女が奈良の出身で、海のない県で海洋写真家であった父親がつけました。彼女のお祖父さんのエピソードは写真家の星野道夫氏のものですが、購読中のナショナルジオグラフィックを見ても、本当にカメラマンってどこまで行くんだろう。そのおかげで素晴らしい世界を見ることができる、有り難いけれど、気をつけて行って頂きたいなあと思います。

このカテゴリが『ピアニスト・慎一シリーズ』に入っているわけは、読み始めたらすぐに分かるのですが、物語自体を読んでいただく際には何の基礎知識も必要なく、ただ女の絆物語、と思って読んでいただけたらと思います。
♫ た~てのいとはあなた~ よ~このいとはわたし~ の世界?
ただし、このシリーズの冠がついているからには、クラシック音楽は必須。今回の曲は、ショパンのバラード第1番。【死と乙女】でも使ったので、ちょっと悩んで、第4番と迷ったのですが、第1音がずんとくる方を選びました。
(BGMにされる方は、続きを読むを開けてくださいませね)
実は書き始めたときはノクターンの20番を想定していたのですが、なんだか『戦場のメリー・クリスマス』ですっかり悲痛なイメージに傾き過ぎちゃったような気がするので(でも確かに、これは人生のレクイエム。私の中では、緒方拳さん遺作・中井貴一さん主演『風のガーデン』なのですけれど)、今回は断念。いつか使おうっと。

少し長いのですが、途中で切るのも間抜けなので、そのままです。ご容赦ください。


【サバンナのバラード】


 車体の塗装があちこち剥げて錆がついている四輪駆動車の中から、ショパンのエチュードが聞こえてきた。
 奈海は、ファインダー越しに見ていた巨大な夕陽から目を上げて、振り返った。土埃のせいで赤茶に汚れていた白い四輪駆動車は、大地に沈みゆく太陽でオレンジ色に燃え上がっている。
 運転席では、帽子を深く被ったフランス人の医師が、背もたれを倒してゆったりとくつろいでいた。ナイロビで修理してもらったカーステレオは、彼の休息のために最も重要なアイテムだったようだ。

 三年前まで、世界各地の難民キャンプで寝る暇もないくらいに働いていたフランス人医師、ネイサン・マレは、先日四十になった。祝ったのは、奈海と、無口で愛想の悪い現地コーディネーター兼看護師、それに赤い砂埃と、ネイサンが以前所属していた医療援助団体から払い下げられた四駆のエンジン音だけだった。
 残念ながらその時、カーステレオは壊れていて、音楽の一つもかけることができなかったので、仕方なく奈海が日本語の歌を歌った。
 ハッピーバースディーじゃない歌にしてくれ、できれば聞いたことのない日本の歌をと言われたので、いつも落ち込んだときには聴いているんだと言ってDreams Come Trueの『何度でも』を歌った。歌詞の意味を説明したら、いい歌だと喜んでくれて、奈海が三十一になる来月には今度は僕が特別な歌を歌ってやると言ってくれた。

 ネイサンは、医療援助団体から委託という形にしてもらって、何が起こっても団体に責任は問わないという念書を書き、フリーで医療の手の届かない地域に足を運ぶようになってから、既に三年が経つ。団体の中にいる以上、ある程度の安全域に身を置かねばならず、彼の理想とするものに近づくことができなかったのかもしれない。この一年はナイロビを基点にして、ソマリア難民キャンプやその周辺を回っていて、まさに砂漠に水滴を垂らすような仕事を黙々と続けていた。
「こういうのを、無謀っていうんだろうなぁ」
 この一年、ネイサンについてアフリカの小さな村を回ってきた奈海には、そうは思えなかった。

 ネイサンはできる限りの情報網を駆使して現地事情を確認していたし、奈海が行動を共にするようになってからは、時々都市に戻ったり、知人や友人の別荘を訪ねて数日過ごすようなこともしてくれた。
 一方で、奈海のほうも、一通りの医療処置の知識を得ることができるようになったし、少しはネイサンの助けができるようになっていた。一緒に行動している看護師は、ソマリアから逃げ出したときに一人息子を亡くしていて、そのせいなのか、あるいはただ言葉の問題なのか、あまり口を開かなかったが、黙々と仕事をこなす人だった。彼女からも奈海は色々なことを学んだ。
 もちろん、奈海がいなければ、銃声が響くような危険地域、ソマリアの国境近くにだって行くのかもしれないが、自分がネイサンの抑止力になっているなら、それもいいと思えるようになっていた。奈海は今、自分が誰かの役に立てるかも知れないことを嬉しく思うようになり、そして、その機会と居場所を与えてくれた人には何が起こっても生きていて欲しいと、心から願っていた。

 夕焼けはまさに巨大、という言葉がぴったりだった。
 不思議なことに、この大地を踏むようになってから、都会で見聞きした飾られた言葉や映像が何一つ、人生においてそれほど必要なものではなくなっていた。ここでは言葉は単純で明快だった。巨大なものは巨大、赤いものは赤い、そして美しいものは美しい。そして写真の中の映像もまた、疑問を挟む余地がないほどに単純だった。
 今、太陽は地平線をくっきりと浮かび上がらせながら、その日の最後の祈りの時間を地上のあらゆる生命に赦していた。視界の両端を越えてなお、左右へ延びている地平線は、木々のわずかな凹凸までくっきりと浮かび上がらせて大地を黒く沈め、その上に壮大な空が乗っていた。色彩を表現することのできない中心から放たれた光の矢が雲に跳ね返り、オレンジの海を空に描いている。

 奈海は結局、押そうかどうか迷っていた指をシャッターから外し、祖父の形見のライカを胸元にまで下げた。どんなに撮っても、この自然には追いつけない。そう考えたら、これをファインダーの中に納めることが馬鹿げているように思えた。
 代わりに、髭面の四十男が眠っている姿をライカのファインダーに捉え、それから少し車から離れて構図を選んで、一枚撮った。彼女のフィルムにもSDカードにも、大自然のちょっとした景色とともに、この四十男と無口な看護師の横顔の記録が増えていっていた。
「や、また撮ったな。こんなむさ苦しいのを撮ってもフィルムが無駄だろう」
「そうでもないわ」
「またフィルムを探し回る羽目になるぞ」
「いいのよ。無くなったら、撮らないだけだから」
 ネイサンはやれやれというように、いつものように口髭をなでながら、呆れた笑いを浮かべた。

 まさかこれほどにフィルムもSDカードも消費するとは思わなかったので、ナイロビに立ち寄ったときにナイロビ中のフィルムを買い占めるくらいに探し回った。ネイサンはそれにずっと付き合ってくれていたのだ。
 奈海とて、自分がパリに住んでいるというだけで享受してきた数々の自由や利便について、何ら有難さも感じずに生活していたことを恥ずかしく思っていたのだが、写真に関するものだけは譲れなかった。

 それでも、ネイサンの友人だという旅行エージェントのリチャード・アシュレイは、いったいこの国ではどこからどこまでが旅行エージェントの仕事なのかと首を傾げるくらいに協力的だった。ナイロビで手に入れるべきものは、彼のおかげで滞りなく手に入れることができた。このオンボロの四駆の修理も含めて。
 それに、リチャードのおかげで、シマウマの研究者であるスコット博士と知り合うことができて、彼の別荘に誘ってもらえたし、そこで久しぶりに会話を楽しんだり、生命の危機や不安を感じずに暖かい布団で眠る夜を手に入れることができそうだった。

 リチャードは、僕はカメラマンという人種を愛しているんだと言っていたが、それはおそらく『太陽の子供たち』のカメラマン、ジョルジア・カペッリのことだろう。ジョルジアは写真集の解説欄に、リチャードの協力について繰り返し感謝の言葉を述べていた。
 彼女と自分は、同じように写真を仕事として生きているのに、ずいぶんと離れた場所にいるような気がしていた。彼女の写真展を見に行ったとき、ふと、ずっと疑問に感じていた何かが身体の奥深くではじけてしまったのだ。

 パリでファッションモデルたちのスチール写真を撮ることからスタートした奈海のカメラマンとしてのキャリアでは、これまで祖父や父の残したフィルムカメラを必要とする場面など一度もなかった。だから、形見だといって渡されていた箱を初めて開けたのは、パートナーと別れ、都会を離れることを決めた時だった。
 祖父は厳しい辺境の地で動物たちの写真を撮っていたカメラマンで、アラスカの山の中で熊に殺された。祖母も、父やその兄弟も、そんな祖父を尊敬していたが、同じように海洋写真家となっていつ帰ってくるともしれない父を待っていた母は、カメラマンという仕事を好いてはいなかったのだろう。父もまた、若くして海難事故に巻き込まれて帰らぬ人となっていた。それなのに、いつカメラマンになろうと決めたのか、自分でももう覚えていないが、これは血なのだと信じていた。

 ただ、その血が、結果的に、自身の仕事のことで苦しんでいる年下のパートナーを見捨てる遠因になってしまったことは辛かった。しかも、彼は二人の間に生まれた娘を手放したくないと主張したので、奈海は一人でアパートを出ることになり、しばらくは自分から言い出したこととはいえ、何から手をつければいいのか分からなかった。早くパリから逃げ出してしまいたいけれど、どうやって伝手を見つければいいのか知らなかったのだ。
「それなら一緒に来てみますか?」
 声をかけてくれたのは、ジョルジアの写真展で知り合ったネイサンだった。最初は一ヶ月くらいのつもりでここへやってきたのに、それから、いつの間にか一年という月日が流れている。
 
 こんな絶対的な自然の中でショパンなんて、と違和感を覚えながら、太陽が刻一刻と変えてゆく空の色彩を見つめる。修理してもらったとは言え、大地の砂を幾分か吸い込んだらしい音の悪いカーステレオから聞こえてくるショパンは、残響の秒数まで計算された都会のホールで聴くものとはまるで違っていた。
 違っているはずなのに、今、胸の奥に響いてくる振動は不思議な波長で奈海の身体を揺らし始めていた。そして、バラードのその曲のほんの第一小節が始まったときに、奈海はいつの間にか目の前の夕焼けの残照が滲んでいることに気がついた。

 それは確かに、懐かしい彼のピアノだった。
 奈海がその音を、聞き間違えるはずがなかった。
 後で、他の人からこの曲は第一主題が厄介なのだと聞いて、改めてCDでじっくりと聴いてみると確かに屈曲したバラバラのピースが散らばっているような印象を受けたが、彼の演奏にはそんなイメージはまるでなかった。それに、続く第二主題の美しい旋律がまっすぐに心に沁み込んでくるところから終盤までは、曲の盛り上がりと共に、聴いている自分の方も息を忘れるほどに心を惹かれ、そして、いつの間にか恋に落ちていたのだ。

 彼は、奈海がパリでアパートをシェアしていたイネス・ルジャンドルの弟の友人だった。
 イネスの家庭事情は単純ではなく、彼女は父親、すなわちベルリンの名士であるアルブレヒト・ニーチェには正式には認知されていなかった。母親はパリの踊り子で、娘を一人で育てていたが、イネスが十二の時に病気で亡くなってしまった。やむを得ずニーチェ家に使用人の扱いで引き取られたイネスは、文字通り天使のような外見で男たちを虜にし、女たちからは執拗ないじめを受けた。彼女の美しさを称える男たちにしても、彼女を一段階も二段階も下の階層の人間として蔑んでいることには変わりなかった。

 そんな中で異母弟のテオドールだけは、まさに姉を天使のように崇拝し愛してくれた。テオドールの初恋は、彼が類いまれなき音楽の才能に恵まれていることが判明した時点で、ウィーンへの留学という形で終わりを告げ、イネスは庇い慰めてくれる存在を失ってニーチェ家を出た。
 淑やかで華やかで優しい、天使のような顔と、絵から抜け出してきたヴィーナスのような身体の中に押し込められている鋼のような意志で、イネスはパリの町で生き抜いていた。

 彼女と初めて出会ったのは、フランスに語学留学していた奈海が、小さな雑貨屋でアルバイトをしているときだった。イネスはまだ無名のモデルで、時折雑誌に写真を載せてもらえる程度だったが、奈海は初めて目が合った瞬間から彼女の虜になった。
 ひょんなことから話をするようになり、いつの間にかルームシェアをする関係になり、やがて奈海の出自を知ったイネスが、彼女がいつも写真を撮っているスタジオに紹介してくれた。

 イネスは奈海にとっても天使だった。
 ちょうどその頃、スタジオに出入りしていた日本人の少女、ユイとも話をするようになった。少女とは言え、彼女は十五にして既に成熟した大人の女の身体を持っていた。明らかにハーフと分かる顔立ちだったが、エキゾチックで悪魔的な魅力を、唇からも目から身体のすべてから迸らせていた。それなのに、彼女はやはり「少女」なのだった。

 東洋の小悪魔・ユイと、真っ白な天使・イネス。この二人を前にしたときから、奈海はカメラのシャッターを押すのがこれほどに楽しいことなのかと思い、毎日のように二人の写真を撮るようになった。スタジオからプライベートまで、二人は奈海にとって完璧な被写体だった。やがて一枚の写真が雑誌に載ると、化粧品会社やジュエリー会社が、そのうちにファッションの最先鋒のブランド会社までが、こぞって彼女たちと契約したがった。奈海も同じように華やかな世界に巻き込まれ、一緒にパリの街を手に入れたような気持ちに酔いしれていた。住む場所も、着る服も、化粧の仕方も、全てが変わった。

「これは神の配剤かもしれないわ。私たちは運命で結ばれているのよ」
 ある日、イネスが天を仰ぐように言った。
「私の弟がウィーン交響楽団を指揮して、ユイのお兄さんがデビューするのよ。こんなことってある? もちろん、私たち三人は姉妹なのだから、ナミもこの運命に参加しなくちゃいけないわ」

 その若いピアニストのデビュー演奏会を聴きに行ったとき、舞台の上に現れた彼の身体が驚くほどに小さく見えて、思わず不安を感じたほどだった。いつも女性たちの中でも特に見栄えのあるモデルたちに囲まれていた奈海には、華やかな舞台の上で戸惑う子どものような彼の様子が滑稽にさえ見えたのだ。
 しかし、背負ったオーケストラの重圧が彼を潰してしまわないかと心配する奈海の思いをよそに、隣に座るイネスもユイも落ち着き払っていた。今思えば、彼女たちはあの演奏会の成功を確信していたのだ。

 彼が指先を鍵盤に下ろした瞬間から、その身体は突然別物に変わっていった。オーケストラの響きを、ピアノの壮麗なカデンツァが追いかけていく。曲調が壮大になればなるほど、一小節先に進むごとに聴くものを陶酔の世界に誘い込み、続く第二楽章ではこの上ない特別なロマンティシズムが居合わせる全てのものを酔わせる。そうしてオーケストラの波の上を自由に駆け回りながら、時に波を追いかけ、煽り、従え、逃れ、また戯れつつ、震えるようなエネルギーを身体から迸らせる姿は、音楽の神の光をその身体に纏っているように見えた。

 それなのに、曲が終わって立ち上がると、彼の音楽に酔いしれ押し流されて静まり返ったままの聴衆に、彼はまた不安そうな顔を向けた。それは本当に単純に出来映えを親に確認する子どものように、自分の演奏がどこか不味かったのではないかと心配している顔だった。
 もちろん、その静寂は一瞬のうちに爆発するような拍手喝采にとって替ったのだが、その幼い子どものような顔が、音楽においては自らがいつでもパトロンになろうと考える熱狂的なウィーンの音楽愛好家を刺激したことなど、彼は全く気がついていなかっただろう。

 イネスの弟、テオドール・ニーチェは若き楽聖として既に指揮者としてもピアニストとしても名を知られていたが、そのニーチェと、彼、相川慎一のデュオはその後しばらくウィーンの演奏会の華となった。ウィーンの人々は、若く情熱的で、しかも控えめで礼儀正しい才能に溢れたピアニストを、自分たちが育てた雛鳥のように愛し支えた。
 その彼が演奏会で乞われるのは、彼が最も得意としていたベートーヴェンだった。だからショパンを演奏会で聴くことは滅多になかった。奈海は音楽に詳しいというわけではなかったので、ピアノと言えばショパンだと思っていて、何気なくショパンは弾かないの、と聞いたのだった。彼は意表を突かれたような顔をして、そんなことはないけれど、誰も僕のショパンを必要としていないと思っていたから、と言った。
 彼が奈海のためだけに弾いてくれたのがこのバラードだった。

「このピアニストの演奏を一度だけ聴いたことがあったんだ。それも、コンサートじゃないんだよ。パリに帰ってコンサートホールに勤めている友人を訪ねた時にね、リハーサル室からノクターンの20番が聞えてきたんだ。足が震えてしまって、一歩も動けなくなった。最近来るようになった新しい調律師が、調律の合間に時々弾いているんだという。友人から、彼が元はウィーンで活躍していた、チケットが取れないほどのピアニストだったこと、指を痛めて若くして一線から脱落した後はもうコンサートもしていないらしくて、パリで音楽のアレンジをしたりピアノの調律を手伝ったりしているだけだって聞いてね、それからCDを探し回ったんだ」
 奈海は四駆に凭れたまま、ネイサンの横顔をそっと見た。ネイサンは、倒していた椅子から身体を起こして、四駆の窓枠に腕を預けて、すっかり沈みきった後も大地の空気を黄金に揺らめかせている太陽の名残をじっと見つめていた。
 奈海も地平線に視線を戻した。
 沈みゆく太陽は、奈海が心の中でずっと静めていた不安の波を揺らめかせた。

「彼の音楽は僕を全く裏切らなかったよ。彼はベートーヴェン弾きでね、『熱情』なんか何度聴いても震えて泣けてくるんだ。僕はあれ以上の『熱情』を他に聴いたことがないよ。ダイナミックでロマンティックで、あの若さで人生を語っているなんて。もちろん彼のチャイコフスキーやラフマニノフも素晴らしかったけれど、でも実は、僕は彼のショパンが結構好きなんだ。彼のベートーヴェンを聴いていると、波に飲み込まれそうな瞬間があるんだが、ショパンは違うんだ。少し感情を抑えて弾いている、情感が溢れすぎないように気遣っている、その間が心地よくてね。すうっと心に入ってきて、静かに僕の中で音を奏でている、自分にだけ語りかけてくれているような、そんな感じがする。もっとも、心地いいって安心していたら、結局ぐいぐいと巻き込まれて突き動かされてしまうのは、ショパンでも同じなんだけれどね。パリを離れるときに、一枚だけ何か持っていこう、と考えたら、思わずこれを手にしていた。この音楽が側にあったら、自分を見失わないで歩いて行けるような、そんな気がしたんだ」

 そう言ってから、ネイサンは突然何かに気がついたように、あぁ、と声を上げた。
「気分良く彼のショパンを聴きながらサバンナの夕陽が沈むのを見ている場合じゃない。この上また到着が遅くなると、スコット博士を心配させることになるから、先を急ごう。さぁ、乗って」
 カーステレオは今、『幻想即興曲』を奏でていた。音の悪さも気にならないくらいに、心は穏やかに満たされていた。
 助手席に乗り込むと、ネイサンの指がハンドルを撫でるようにリズムを追いかけていた。
「日本人だから、もしかして君も彼を知っているかな」
 アクセルを踏んでネイサンが尋ねた。ライトが、赤土が暗く沈んでいく中に吸い込まれていった。えぇ知ってるわ、と奈海は思った。思ったけれど、首を横に振った。横に振ったときに、涙があふれ出した。

 ここにも、彼のショパンを必要としている人がいる、そのことが嬉しくて有り難くて、そして、イネスの言葉を深く感じた。
 私たちは運命で結ばれているのよ。私たち三人は姉妹なのだから、ナミもこの運命に参加しなくちゃいけないわ。
 私は今も、彼のバラードをこんなにも愛している。そして、今私が運命を共にしたいと願い始めている人は、同じように彼のショパンを愛している。
「ナミ? どうしたんだ? 僕は何かまずいことを言ったのか?」
 ハンドルを操りながらネイサンが困ったような声で尋ねてきた。
「ううん。お腹が空いたのよ」
 隣でネイサンはまだ困っているようだった。ずいぶんと間を置いてから、うん、同感だ、という声が返ってきた。でも泣くほどなのかな、と思っているに違いなかった。


「もしもし。あぁ、まさか、あなたなの、ナミ」
「えぇ、突然ごめんなさい。今、大丈夫?」
「今、シンイチのアパートにいるのよ。あ、彼は出かけているわ。ナミ、少し話してても大丈夫なの? 電話代とか、何より電源とか」
「えぇ、今日はマリンディの知人の別荘なの。大丈夫、充電もできるし、途中で切れたりしないわ」
 しばらくごそごそと音がしていた。それからユイの声がよりはっきりと聞えるようになった。

「どうしてるのか、心配してたのよ。兄のことがあるからって、あなたが私やイネスとまで疎遠になるなんて、あり得ないと思っていたんだから。実はね、兄をここから追い出すことにしたの。それで、この部屋に私が住むことにしたのよ。だから引っ越しの準備とか色々あって、それでこっちにいるの」
「どういうこと?」
「チェコの潰れかけの小さな劇場が音楽監督を探しているのよ。ほとんど無給に近いけれど、伝統のある古い劇場なの。あなたも知っているとおり、彼にとってはピアノと同じくらいオペラは大事なんだから、ここでピアノにしがみついてぼろぼろになるくらいなら、別の世界に飛び込んでみなさいって、勝手に契約して来ちゃった」

 奈海にとっては驚くことばかりだった。何よりもユイの行動力にだ。彼女は母親を交通事故で亡くしてしてパリに来たというが、実はイタリアのある名家の当主の落胤だという噂があった。当の本人はそれについては全くノーコメントだったが、奈海が知っている彼女は、イネスと同じように、ひたすら自分の力だけを頼りに生きている、がむしゃらで精一杯で、そして外見の神秘的な冷たさとはまるで正反対の、いじらしさと熱さを秘めた眩しい女性だった。
「でもさすがにそこにレイナは連れて行けないし、私もパリからは離れられないし。それでレイナを私たちのアパートの方に引き取ろうとしたのよ。ところが、父親と母親のどっちに似たのかしれないけれど、この頑固娘、絶対ここを離れたくないっていうから、私の方がこっちに住むことになったの。もしかしてシンイチやあなたが帰ってきた時に、この部屋がなくなってたら迷子になるでしょ、ですって。五歳のチビ助の言うこと?」
「レイナ、そこにいるの?」
「えぇ、イチタロウの猫まんまを作ってるわ。替わる?」
 奈海は一呼吸置いて、目を閉じた。
「いいえ。今は」

 それ以上説明の言葉を付け加えることはできなかった。ユイもまた何も聞かなかったが、何を察したのか、この電話が切れる前に言うべきことは言わなくちゃというように話し始めた。
「ねぇ、ナミ、覚えていなかったら困るから、もう一度言っとく。私たちは運命の三姉妹なの。あなたの好きなあの曲みたいに、どんなに苦しくたって、10001回目はきっと来るって、いつか話したわよね。あなたはもしかして、こんな世界には自分は見合わないって思ったのかもしれないけれど、あなたが私たちの写真を撮ってくれなかったら、私たちは今ここにいない。他の誰かの写真じゃない、あなたの写真が認められたのは、あなたが私やイネスのことをちゃんと見つめてくれたからよ。あなたの写真が私たちの本当のところをちゃんと写していたからなの。地球のどこだっていいの、あなたの帰るところには私もイネスもいるんだから。そして私たち三銃士には守らなければならない姫君がいるんだから」

 お~い、とベランダの下からネイサンの呼ぶ声が聞えた。スコット博士に案内してもらって、シマウマを見に行く約束をしていたのだ。
 ふと、フィルムに焼き付けたはずの、サバンナの夕陽に赤く染まったネイサンの髭面を思った。
 そして、あの時、なぜ不意に寂しい思いが過ぎったのか、分かったような気がした。
 ここにやってきてから結ばれた絆は、切れてしまった過去の絆のあとを結び直したにすぎない、と思ってしまっていなかったか。フィルムは無駄なんかじゃない、この瞬間は二度と帰ってこないかも知れないのだ。そう思って不安になったからシャッターを切ったのだ。この糸も古くなったらまた切れてしまって、私にはその糸をしっかりと結びつけておく力など無いのだと、あの時、沈みゆく太陽に告げられているような気がした。

 シンイチの元を去ることを決めたとき、最初に相談したのはユイだった。シンイチとパートナーとして生活を共にし、子どもを持つに至った以上、ユイは奈海にとって義理の妹だったからだ。
 ピアニストとしてのレッドカーペットをそのまま歩き続けることのできなかったシンイチに同情はできても、荒れていく彼の生活や精神を支えるだけの力が奈海には欠けていた。それは、自分のカメラマンとしてのキャリアに自信が持てない事とも関係していた。
 華やかなモデルたちの姿をファインダーに納めながら、私が本当に撮りたいのはこんなのではないと思い続けていたのだ。だから、始めにイネスやユイの写真を認められたことで仕事を回してもらえるようになったキャリア、モデルを撮るカメラマンとしての仕事に、誇りを感じられなくなっていた。

 情熱を傾けていたことから見放された二人が一緒にいても、苦しいだけだった。
 シンイチはもっと苦しんでいた。さらに重厚な音を求められてトレーニングで重い鍵盤を叩いていた彼の小指の自由が利かなくなったとき、奈海は自分の無力を知った。その違いは奈海のような音楽の素人だけではなく、音楽の専門家の耳にだって聞き分けられない程度のものだと聞いた。むしろ、彼の音楽に深みを与えるものではないかという人もいた。だが、耳のいいシンイチ自身がその自分の音に耐えられなくなっていた。
 一体、百分の一秒以下のずれがなんなの!
 思わず叫んだ奈海を見たシンイチは、奈海が何も理解していないと気がついてしまった、そういう目をしていた。
 この人は私を必要とはしていない、ただひたすらに芸術の神に一人きりで対峙している、そして、やはりたった一人で、まだこの先に行こうとしている。音楽と向き合って、この人はなんて孤独なんだろう、そう感じてしまったのだ。
 そこに奈海の居場所はなかった。

 あの時、ユイは黙って奈海の決心を聞いて、それから微笑んだ。
「分かったわ。だったらナミにだけ、私の秘密を教えてあげる。私がどうして一生結婚しないって決めているか。私が世界で一番愛している男は、血の繋がった兄だからよ。私はあの人を生かすためなら、なんだってする。誤解しないでね。あなたに嫉妬してなんかいないわ。むしろあなたには感謝しているの。私たちと同じ運命の船に乗ってくれたこと、そしてレイナを産んでくれたこと。もしもあなたに何かがあったら、私もイネスも、あなたのところへ飛んでいくわ。それだけは確かなこと。私たちは同じ魂の船に乗って、戦っている。だからこそ、あなたの人生が、あなた自身のために先に延びていくことを、私たちは誰よりも願っているのよ」

 ゆ~い、いちたろーが~
 電話の向こうだというのに、姫君の声がずいぶんとはっきり聞こえた。
 こらっ、やさいもたべなきゃだめっ!
 馬鹿ね、イチタロウはパパのようには野菜は食べてくれないわよ。
 ユイが電話の向こうで、姫君に猫の生態について意見してから、奈海との会話に戻ってきた。
「まぁ、この姫君はもしかしたら、三銃士よりも逞しくなるかもしれないけどね。五歳にして、自分が父親の面倒を見なきゃならないと思ってるし、毎日彼にダメ出ししてるのよ。きっと多少のことには動じない女になるわ。なんと言っても、三銃士も姫君も、打たれ強いのが一番の取り柄ですもの。王子が来なかったら、自分でなんとかするだけよ。ねぇ、ほんとに、替わらなくていいの?」
 
 どこかの時点で私はあの華やかな世界に疲れてしまったんだ。
 ずっとそう思ってきた。そして、上手く繋いでおけなかった糸を思うと、自らの無力に足下から力が抜けていきそうになった。それを振り切るようにシャッターを切り続けてきたけれど、まさかそんな自分の気持ちを溶かしてくれたのが、切れてしまった糸だと思っていたシンイチのバラードだったなんて。そして、そのバラードを愛する人が、他にもいて、その人はこんなにも近くにいたのだ。
 あの燃える夕陽、絶対的な自然を前に彼のショパンを聴きながら、ネイサンがシンイチについて語った告白のような言葉を聞きながら、そして、今、電話の向こうに決して切れない運命に結ばれたユイやレイナの声を聴きながら、不意に一番大事なことが分かったような気がした。

 イネスも、ユイも、自分を信じて、ただ必死で生きているのだ。
 私が彼女たちの横顔を美しいと思ったのは、モデルとしての洗練された体つきや化粧の技術や華やかな衣装のせいじゃなかった。男たちや口さがない無責任な連中からどんな目で見られても、あの世界を生き抜いてやろうとしているイネスやユイの肌のうちから立ち上ってくる気品と気概。横顔からにじみ出る、どんな身分の偉い人間だって生きているだけでは持ちようもない信念と輝き。私が撮ってきたのは、そんな彼女たちの本当の美しさだった。
 私はこれまでの仕事にだって自信をもっていいのだ、あの運命に参加できたこと、今もまだ参加し続けていることを誇りに思っていいのだと、今ようやく過去を肯定することができたような気がした。

「ナミ?」
「今はまだ、何を言ったらいいのか分からないの」
 それでも、今はまだ。この先を歩いて行って、自分のことをちゃんと語る言葉を持つようになるまで、まだ娘とは話せないと思った。なぜなら、もう既にあの子は、私の娘というだけではないのだ。
 私たちの娘。だから私もまた、彼女と対等に語ることができる者であるべきだと思った。
 でも、彼には、この事だけは今こそ伝えて欲しい。
 今ならば少しだけ、シンイチの求めていた「その先」が分かるような気がしたからだ。

 古い絆も、決して切れてしまった訳ではなかった。そして、新しい絆は、その上に次々と結び固められていくに違いない。全ては自分がどう結び合わせていくかなのだ。
 ネイサンは言ってくれたじゃない。
 この音楽が側にあれば、自分を見失わないで歩いて行ける、と。
 ネイサンが愛してくれたあの音楽は、シンイチがあの苦しみの中で、ただの一音も無駄にしないと願いながら奏でてきた音なのだ。アフリカの大地にも負けない、苦しくても妥協を許せない、百分の一以下のその一点しかあり得ない、シンプルで絶対的な真実の瞬間なのだ。
「ユイ、ありがとう。あなたの声を聞くことができて良かった。それから、シンイチに伝えて欲しいの。あなたのバラードは、確かにこのサバンナにまで届いているわって」

 そう、だからやっぱり、私はこれからも「人」を撮りたいと思った。
 それが華やかなステージに立つモデルたちであっても、医療に手の届かないところにいる人たちに手を差し伸べようとしている無骨な医師であっても、子どもを混乱の中で亡くして行き場を失った看護師であっても、その人が確かに今ここで生きている横顔を、化粧の向こうにある心の核のようなものを、皺だらけの手の中に籠められた人生をかけた技を、太陽に焼かれながらまっすぐに顔を上げて地平線を見つめる祈りを、ずっと撮っていこうと思った。
 そしていつか、ミューズに魅入られた一人の音楽家の横顔を、繊細でいて節くれ立った力強い指先を、選ばれたものの苦悩と恍惚の狭間で戦い続ける魂の片鱗を、このファインダーでとらえる日がきたら、と願っていた。

「ナミ、シマウマが逃げて行ってしまうぞ」
「すぐ降りるわ。ごめんなさい」
 人間よりも動物の知り合いの方が多いというスコット博士と、医者だと名乗っても二度ほどは聞き返されるであろう冴えない風体のネイサン、相変わらず笑い顔ひとつ見せない看護師に向けて、奈海はベランダから手を振った。

(2017 scriviamo!参加作品【サバンナのバラード】 了)



テーマ曲は「浪花節だよ 女の人生は」って奴ですね(細川たかし『浪花節だよ人生は』)。青森の小原節の歌詞にも「津軽姉コの心意気」ってのがあります。
ちなみに「バラード」というのは、切ない恋心を歌うものではなく、単純に「物語」という意味なのですね。民謡にも「口説(き)」というのがありますが、これも男女の恋愛の色っぽい話じゃなくて「口説」=「物語」という意味。
だから、この話は単に「サバンナ物語」……(ちょっと身もふたもないタイトル)
でも物語の多くが恋愛を語っていることからも、「物語」に愛は必要なのです。うん。


ユイ(結依)は慎一の異父妹、お察しの通り父親はジョルジョ・ヴォルテラです。えっと、どうしてそんなことになってるかはまたいずれ。レイナは二代目真の母親、詩織のお祖母ちゃんです。この家系はことごとく女が強いらしいです。自ら三銃士とか言ってるし(*^_^*)
慎一のデビューはベートーヴェンの「皇帝」だったのです。もちろん、誰って、あの人のことを思っていたのでしょう……(あ、私がそう思って曲を選んだのか)。あの人の物語のタイトル自体が「Eroica」だったのですが、交響曲の方の「英雄」もまたどこかで登場するかも知れません。

ベートーヴェンの曲は、あの偏屈そうな写真とはまるきり違って、ものすごくロマンティックだと感じます。慎一がベートーヴェンを得意とするのには別の理由があるのですが、ショパンよりもリストよりも彼にベートーヴェンが似合うと思った理由は、あのダイナミズムとロマンティシズムの両者の調和。
このシリーズ、音楽の云々をなけなしの知識(というよりもほとんど無いに等しい知識)を振り絞って書いているので、実は結構しんどい……でも、無い袖でも、結構振れるもんだ、とかしょうも無いことで感心しているのでした(大したものは出て来ないけど、埃とか、糸くずとか……^^;)。
芸術って、偏狭で孤独な仕事ですよね。だからこそ、人を感動させるのかも知れません。
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Category: ♪慎一・短編

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【ピアニスト慎一シリーズ】What a Wonderful World~scriviamo! 2018参加作品~ 

scriviamo.png

八少女夕さんのscribo ergo sumで毎年恒例となっていますscriviamo! (イタリア語でscrivere「書く」の活用形。一緒に書きましょう!)、今年も参加させて頂きます! と宣言したものの、思った以上に現実の時間(特に創作に没頭できるはずの週末)が忙しくて、夕さんに「待ってください!」とお願いしておりました。
ようやく完成したと思ったら、18000文字ほどあって、何とか短くしようと校正していたら、逆に長くなってしまったという……そうなんです。以前から分かっていたことですが、私には短くする才能は無いみたいです。
scriviamo!の解説には、「どんなに長い大作を書いて頂いてもお返しは長くないわよ」って断り書きをされていますが、思わず私のことかと苦笑いしちゃいました^^; いや、もう大きく締め切り破りなので、逆にお返しなんて気になさらないでってところなのですが、ちょっとばかり4人+2人の姿を書いて欲しかったりして。もちろん、長いのは私の才能のなさの問題なので、気になさらず!

と思ったら、夕さんが先ほど発表された、ユズキさんの素晴らしいイラストへのお返し・【小説】In Zeit und Ewigkeit!のまるで続きみたいな、裏話みたいな、そんな話になっていることにびっくり。
最初は真耶(夕さん、最新作で麻耶、になっていたけれど、こっちが正しい?)と拓人だけにご登場頂く予定だったのです。これか去年のscriviamo!の時に、どっちの話にしようかと迷ったお話で、でもその後、実際にバルセロナを旅したことで構想が膨らみました。
【大道芸人たち Artistas callejeros 】の中では(17)にバルセロナのグエル公園でやっていたという「銀の時計仕掛け人形」のことが出てきています。これをちょっと拝借して使わせて頂きました。
蝶子に怒られるかも。「簡単に書かないでくれる? これ、しんどいのよ!」って。

さて、こちらに登場する相川慎一は、相川真の息子ですが、物語は全く別物。もちろん大河ドラマが「割れても末に会わんとぞおもふ」に行き着くための流れの一部ではあるのですが、慎一の物語は、私のクラシック好きが昂じてできあがったもので、テーマもまたそれに関連したものです。

時間軸の中では、慎一がウィーンでの華々しい時代から落ちぶれてパリ→プラハに行って、丁度、やっぱりピアノから離れられないって戻ってきたところ。この繊細で、かつどこか抜けている、音楽評論家ヴィクトル・ベルナールに言わせると「残酷な無邪気」という表現がぴったりの音楽家の人生は、書いていて楽しいですが……
実はこのシリーズ、書くのに覚悟がいるんです。だって、私のクラシックの知識って、「好きだけれど、自分勝手に好きなだけで、実はよく知らない、ただのファン」の域ですから、本当に大変(>_<) 
何だよ、わかってね~な~とか思われる事も多々あると思いますが、多少の事には目をつぶってくださいね。

以前、通っている楽器屋さんの「ピアノの中を見てみよう!」ってイベントに出て、ピアノの構造に俄然興味を持ち、結局、三味線ついでにピアノを再開したのですが、調律にも俄然興味が湧いて折しも『羊と鋼の森』を読んだところ。
再開したピアノは、ただいまショパンの『ノクターン20番(遺作)』(『戦場のピアニスト』で有名だけれど、私の中では緒形拳最終作品となった中井貴一の『風のガーデン』)と格闘中。いつかはベートーヴェンの『悲愴』……でもとっても大変(>_<)
そんなこんなを盛り込むから長くなってるんですね……

慎一のプラハ時代の恋の相手は、劇場の歌姫、だったのですが、この歌姫は片腕を無くした元ヴァイオリニストの奥さん。盛り込みすぎたら収拾がつかないので、『死と乙女』が終わったらプラハ時代の話にも触れるつもりなので、いつかまた、ということで。
こちらのお話は「悩めるピアニスト、再始動の時」に出会ったある老夫婦の物語として読んで頂いてもいいかなぁ、でも欲張りすぎたので長いなぁ……
前後編に分けようかとも思ったのですが、間延びするとイマイチなので、一気にアップしてしまいます。20000文字を少し越えているので、途中で飽きたら、挟んである写真をブックマークにして、休憩しながら、分割でゆっくりお読んでいただけると嬉しいです。
(写真はサムネイルですので、クリックすると大きくなります)
なお、登場する音楽は『続きを読む』にのせています。

*追記:アップしてから、あちこち手直ししていたら、ますます長くなっちゃった! ごめんなさい!

ところで、以前、稔が、慎一の父親である真と三味線の共演をしているんですよ(【真シリーズ掌編】じゃわめぐ・三味線バトル)。
ほんとに、時間軸無茶苦茶ですが、局所で流行の?タイムパラドックス?ということで^^;
とういうよりも、以前、夕さんに、『樋水龍神縁起』のシリーズで瑠水の話は実は結構未来になるってことを聞いたことがあったような気がして。で、拓人の年齢からすると、実は慎一との方が時間軸は合っている(もしくは慎一の方がまだ年上)かもしれないと思うのでした。
でも何より、これはscriviamo! ですから、細かいことは気にしない!

さ、皆様のところにコメを書きに行こう! と思ったら、ピアノと三味線に行く時間です(o^^o)
また後で。それから、サキさん、この勢いでサキさんの30000Hitへのお祝いの物語を書こうとしているのですが、何しろ、時間軸が無茶苦茶で……実は本当の時間軸では、ミクが活躍する頃って、慎一はもうじいちゃんじゃないかと^^; 孫の真が(つまりレイナの息子)が頑張っている時代じゃないかとおもったりして。
それはまたいずれ。



【ピアニスト・慎一シリーズ】 What a Wonderful World

音楽堂外観1
 シューベルトは歌が聞こえるから苦手なんだよ。
 辛口音楽評論家のヴィクトル・ベルナールが、珍しく視線を逸らして言った言葉が不意に蘇った。
 慎一は、ピアノの音を追いかけるように始まったヴィオラの深い嘶きに目を閉じた。

 ヴァイオリンやヴィオラといった弦楽器の音を聞くと、いつも北海道の牧場を思う。自分の根っこには、幼い頃に亡くなった父の故郷の風景がある。それが、弦を震わせる弓の原材料に関係しているというのは、ちょっと子どもっぽい発想かも知れないが、彼らが座る二階のバルコニー席のはす向かいに見える、見事な馬たちの彫刻を見ると、もしかすると同じように感じている人が居たのかもしれない、と思う。

 隣には上品な面持ちの小柄な老婦人が座っている。ブロンドの気配が残る明るい白髪だったが、皮膚にはまだ艶があり、薄化粧の中に、年齢にしては少し赤が濃いと思える口紅が一瞬目を引いた。それが少しも嫌みではなく、彼女の小柄な身体と小さめの顔の中で、丁度彼女の中心地点であるように魅力的なのだった。
 彼女は、初めて音楽というものに触れた少女のように、はしばみ色の瞳を輝かせている。
 実は、慎一はこの老婦人の名前さえまだ知らない。つい先ほど、コンサートが始まる五分前、この音楽堂の前で出会ったばかりなのだ。

 長い冬も終わろうとしていて、春の日差しが暖かく降り注ぐようになると、ヨーロッパの国々の音楽のシーズンもほぼ終わりにさしかかろうとしていた。ただでさえ多いこの街の観光客がさらに増え始める前に、音楽愛好家たちは静かに音楽を楽しむ夜をそろそろ手放さなければならいことを惜しむように、着飾ってホールへ出かけていく。
 意外にもアジア人、会話から察するに日本人の姿がやたらと目についた。それも、クラシックファンにしては客層がずいぶんと若い。観光客にしては、皆ちゃんと正装だし、着物姿の若い女性も複数見かけた。

 だが、慎一は、たまたま空いてしまった時間に計画などあるわけがなく、この街に音楽堂があると聞いてふらりと立ち寄っただけだった。だからもちろん、チケットを持っていたわけでは無いし、音楽堂に入るような格好もしていなかった。
 有り難いことに、開演時間が迫っていたこともあって、誰も、慎一に注目する人などいなかった。柱の陰に、慎一と同じようにこの場にそぐわない服装と雰囲気の老人が立っていたが、彼もきっとここに来てみて、アイドルのコンサートのような周囲の様子に気圧されてしまったのだろう。

 入り口に少し近づいて本日のコンサートのポスターを見ると、客層の謎が半分解けた。そこには日本人の男女の演奏家が並んで写っていた。二人とも、音楽家と言うよりもモデルのように艶やかで、その優雅で自信に満ちた(すくなくとも慎一にはそう見えた)微笑みは、バルセロナの街並みの中で際立った外観を持つ音楽堂の入り口に一段と華を添えていた。
 ポスターにはsold outと書かれた赤いステッカーが貼られている。

 ぼんやりと眺めていたら、突然英語で話しかけられた。慎一を日本人と思ったからだろう。
「あなた、興味がおあり? もしかしてどなたかとお約束があるのかしら」
 振り返ると、小柄な婦人が立っていた。春にしては少し地味な灰色のコートだったが、スカーフは水色と薄紫の絵の具をふわりと混ぜたような色合いで、彼女の小ぶりな顔によく似合っていた。おそらく「老婦人」と言ってよい年齢だ。
 いいえ、と答えると、老婦人は一度周囲を見回し、ほっとしたような顔をして言った。
「お時間があるのなら、私に少しつきあってくださらないかしら」
 あら、もう時間だわ、と時計を見た婦人が言い、まだ何も返事をしないうちにチケットを握らされ、音楽堂の中へ吸い込まれていた。

 華やかな外観を持つ音楽堂は、内部の装飾も夢の国のように幸福な色に満ちていた。
 ホールの中に入ったときに目を奪われた天井の巨大なシャンデリアも、今では静かに光と色を落として、音楽に満たされた宇宙を柔らかく包み込んでいる。この演奏に聞き耳を立てている音楽の女神たち、幸運な聴衆を包み込む光に満ちた深い森、疾走する馬たちは生命あることの歓びを歌い、その傍らでは楽聖たちも、穏やかに充ち満ちた音に身をゆだねていた。

 確かに、歌が聞えていた。
 シューベルトの『アルペジョーネとピアノのためのソナタ』を奏でているのは、ポスター通りにモデルのように美しい日本人のヴィオラ奏者と、まさに似合いのカップルといった風情の端整な顔立ちのピアニストだった。

 歌は語るように、語りは歌のように。そして、楽器は歌わせなくては。つまりこの世界は歌と語りに満ちているのよ。
 三年間勤めてきたプラハの小さな劇場で出会った歌姫が、彼女に歌を授けてくれた祖母の言葉だといって教えてくれた。
 残念ながら、歌なんて聞えない演奏もあるのだ。
 だが、彼女のヴィオラは歌っていた。そして、ピアノも共に歌い、完全な調和を生むのだった。

音楽堂天井
 慎一自身はこの三年の間、いや、それ以上の長い時間、演奏家としてピアノに触れることはなかった。
 音楽院の学生であったとき、何を間違えてか、すでに楽壇にデビューして人気を博していたひとつ年上の魅力的な若手ピアニストの相手役に選ばれて、伝統ある演奏旅行に同行したときから、彼のピアニストとしての将来は約束されたように見えていたに違いない。後付けのようにいくつかのコンクールに出て、ひとつの優勝といくつかの入賞を手に入れたが、実際にはコンサートピアニストとしての実績が先走った。
 
 実質上音楽のパートナーとなっていたテオドール・ニーチェとのデュオ・リサイタルのチケットは全て発売即日完売となったし、ソロリサイタルも成功したと言っていい。実際にあの頃は、彼自身の戸惑いは置き去りにされて、未来がどこまでも開けているように見え、わざわざ細い小径を探さなければならないなんてことはなかった。

 だが、歯車が狂って積み上げたものが崩れ落ちるためには、ほんの一本のピンがあれば済むことだった。
 常日頃から、これは自分の実力ではなく、テオドールの偉功のおこぼれに預かっているのではないかという考えが、幾度も脳裏をかすめていた。実際にそのような陰口をたたく者もいることは知っていた。その背景にあるのは、ほとんど嫉妬なのだろうが、この世界には同じくらいの実力でチャンスが与えられない者は、いくらでも転がっていて、嫉妬のネタには事欠かなかった。
 慎一には、自分が逆の立場になり得た可能性は、いくらでも想像できたのだ。
 だが、当のテオドールが、無口で何も言わないけれど、自分のピアノを信じてくれていることはよく分かっていた。
 それに、慎一にはこの道を歩き続けなければならない理由があった。人知れず心に秘めた誓いが、揺れ動く気持ちを支えていた。
 
 だが、この人のためにとピアノを弾いてきた、その人が亡くなった後、突然闇がおそってきた。闇はこの時を、今か今かと待ち構えていたのだった。闇に呑み込まれないためには、ただひたすら闇の中で弾き続けなければならなかった。弾き続けていると、突然糸が切れたように左手の小指が動かなくなった。
 診察を受けても骨や腱には異常はなく、スポーツで言うところにイップスのようなものかも知れない、気持ちの問題だろうと言われた。程なく指の機能は回復したが、以前と力の入れ方がどこか変わってしまったのか、まるで赤ん坊が最初の歩き方を探っているように、小指だけがタイミングを外すようになった。

 慎一がそう言っても、誰一人、天才的に耳のいいテオドールまでも、一体何が問題なのか分からないと言った。不幸なことに、慎一の耳はテオドール以上に厳しい耳だった。いや、テオドールの耳は始めから調和とバランスを探し当て受け入れる耳だったが、慎一の耳はいつの頃からか、高みの一点を目指す耳となっていた。絶対音感というものとは少し違っていると思うのだが、全ての音を音楽として捉えて、さらにその先にある音を求め続けてしまう耳には、自分自身が奏でる音楽に耐えられなかったのだ。
 そこからは、周囲の音をただ煩わしい騒音と感じる地獄の中を彷徨わなければならなくなった。
 結局、ウィーンを出て、生活上のパートナーとなった女性のパリのアパートに転がり込んだ。

 パリにいる頃、ピアノは生活のための道具であり、彼の名前が決して表に出ることのない曲を書き続け、何百というフレーズや楽曲をアレンジするための媒体でしかなかった。プラハの小さなオペラ劇場でも、歌手たちの練習のための伴奏をし続け、そしてやはり曲を書き続けるために、その黒い相棒はいつもそこにいてくれたのだが、お互いを満足させる何かを共有することはなかった。

 だが、慎一自身の諦念とは裏腹に、経営困難で売り払われるはずだった劇場は、最初の一年で、少なくとも赤字からは脱した。前任者の音楽監督は事故で片腕を失った元ヴァイオリニストだったが、誰にも、おそらく自分自身にも認められないまま、スラブの神話や伝説を元にした音楽劇を書いていた。
 それは慎一にとっては素晴らしい音と言葉の世界だった。監督室の片隅に他の書類の束と一緒に捨て置かれていたスコアを見つけ、面に被っていた埃を払いのけたとき、スラヴの広大な景色が目の前に広がったのだ。

 生活のため、劇場経営のためということもあったが、寝る間も惜しんで編曲に取りかかった。劇場経営復活のきっかけは、その序曲をたまたま耳にして気に入ったというテレビ局のプロデューサーがコマーシャルに起用してくれたことだった。
 その序曲については、一度でも耳に触れたならば人々を惹き付けるという確信はあった。皮肉なことにパリでの生活の糧となっていた音楽商売は、彼に「売れる音楽とは何か」ということを教えていた。だから、そのぎりぎりのところ、つまり自分自身やオリジナルの作曲者の矜持を傷つけない境界で踏みとどまれる範囲で、より印象的な冒頭に編曲することができたのだ。コマーシャルで使われたのは、まさにその冒頭部分だった。

 もちろん、「たまたま耳にして気に入った」なんて偶然は簡単に降っては来ない。おそらく、スーパーモデルで女優としても活躍している、しかも最近では自分でプロデューサーの仕事までやりはじめた妹の結依が何かを仕組んでくれたのだ。
 そんな情けは受けたくないと突っぱねる猶予もなく、プラハの毎日は戦場になった。公演の準備をし、当初はやる気があるのかないのか分からなかった歌手たちやオーケストラのメンバーを焚き付け、焚き付けたからには夜遅くまで練習に付き合い、さらにその後で、時には夜通し曲を書き、すぐさまオーケストラ用に編曲し、幕が開いたなら指揮棒を振り、どうしようもない時は彼自身まで舞台に立ったこともあった。

 やりがいがあったのか、その時生きがいに感じていたか、と聞かれたら、何とも答えられない。だが、何も考えられないくらい忙しいというのは幸せだったのかもしれない。
 心から望んでいた音楽とは、ある意味では対局のところにあったのかもしれないが、シューベルトの死後、部屋の中で埃を被っていた大ハ長調の楽譜を見いだしたシューマンの興奮と同じものを味わった感動が、あのプラハの三年間の活動を支えていたのは確かだ。

音楽堂ステージ
 今日、この音楽堂の前に来たのは偶然だった。バルセロナで落ち合うはずだった結依の乗る飛行機が、なにがしかの事情で飛ばなかったのだ。もっとも彼女が撮影とキャンペーンのために出かけている国にはよくあることのようで、事情を確認するのは無駄な作業だった。
 落ち合う約束が先延ばしになったために、突然何もすることがなくなった。

 ずっと昔、ウィーンで学生をしていた頃なら、こういう時間はもったいないくらい有り難いひとときだった。
 予定のない時間、異国の町をぼんやり歩いて、公園で木々を渡る風の音を聴き、靴が踏んだ枯れ葉の音を楽しみ、鳥たちを日がな一日眺めていたり、偶然出会った猫が迷惑そうに振り返るのも構わずに後をついていったり、流れる川の水面で跳ねる光の踊りをずっと見ていたり、一日中でも飽きることはなく、観るもの聴くもの全てが音楽に変わっていくのだった。

 だが、今は一人で知らない町にいることが苦痛だった。苦痛、とは少し違う。不意にたまらなく不安になるのだった。スペイン語は話せないが、彼がもっとも馴染んでいる別の言語のおかげで、言葉ゆえの疎外感がなかったにも関わらず、何もすることのない時間を異国でもてあましている、そういう自分自身を持て余しているのだ。

 プラハの小さな劇場の音楽監督の仕事は傍目には大成功だったろう。
 プラハでは誰一人彼の名前を知るものなど居なかったはずだが(いや、もしかするとピアニストの彼のことを少しは覚えている音楽愛好家がいたかもしれないが)、その無名の音楽家の手によって盛り返した劇場経営は、劇場の改装をする余裕まで生み、契約期限の三年が過ぎようとした頃にはさらに三年間の契約更新を打診された。
 同時に有名オペラ劇場から、次年度の公演の舞台監督とオーケストラの練習の指揮を任せたいという誘いを受けた。夢のような話だと、仲間たちは喜んでくれた。
 そう、その時には、劇場の関係者は全て、家族のような、仲間のような存在になっていたのだ。

 オペラや舞台芸術は、慎一にとってピアノと同じように人生の友人だった。それもピアノとの関係が上手くいかないときに、そっと手を貸してくれるかけがえのない友人だった。
 そう考えると、ピアノは友人というようなものではなかったかもしれない。あれは関係を切ることが簡単にはいかない肉親のようなものだった。ピアノとの関係はいつも果てしなく深く甘く、絡まり合うとほどけなくなり、苦痛にもがき、もがけばもがくほどに離れられない、愛情が深いだけに複雑でどうしようもないものだったが、そういうとき、オペラは一歩距離を置いたところから、まるで精神科医のようにじっくりと話を聞き、語ってくれるのだった。

 だが、どうやっても指がピアノを求め続けていることは、ずっと身体の芯のところで知っていた。生活のための活動の中で何かの拍子に動かす指が、いつの間にか鍵盤の上にあるのと同じ動きをする。意識をしようとしまいと、それがピアニストの宿命だった。それは理屈ではなく、すでに脳の一部がそこに移動して、彼に何かを命じているようなものだった。
 彼は弾かなければならなかった。そう誓ったのだから、途中でこの道を降りることは許されないはずだった。だが、またあの黒い相棒とどこまでも苦しく甘く、辛く輝かしい時を共にすることを思うと、身体がばらばらになりそうに感じることもあった。それほどまでにピアノを愛していることを知っていた。そして、同時にたたき壊してしまいそうなほど憎むべき対象にもなり得るのだった。

 一度逃げ出したその場所に戻る期限を先延ばしにしてきて、この上まだ三年逃げ惑うのか、そうなるともう修復不可能なレベルになってしまわないか、いや、もうすでに取り返しがつかないことになっているじゃないか、おまえは一度弾けないと言ってしまったのだから。
 契約更新の期限が近づくにつれて、歩いている足下が不如意になっていくのがわかった。そんな迷いの中でも、スケジュールは待ってくれなかった。

 だが、人気を博してロングランとなっていた自作オペレッタの公演がはねた後、一人練習室に戻ったあの夜、ほとんど何も考えられないくらい疲れ切っていて、そのまま床に崩れ落ちそうになりながら、灯りを消して扉を閉めようとしたとき、不意に黒い相棒から、ぽーんと音が響いてきたような気がして、振り返った。
 暗い部屋の奥、沈んだ闇の中にいっそう黒く、しかしそこだけ重力が、あるいは空気の密度が違ったように揺らめいていたピアノ。窓からうっすらと忍び込んだ月明かりの中で、その連れ合いは、お互いに沈黙してきた時間について話す時が来たのじゃないかと話しかけてきた。

 引き寄せられるように、ピアノの側に戻り、深い闇の中で蓋を開けた。
 八十八鍵、撫でるように触れたとき、毎日仕事のために十時間以上も弾いていたピアノとは思えない、別の感触が指先を刺激し、震えがこみ上げてきた。
 衝動が湧き起こった。
 ぽん、と始まりのラの音を鳴らすと、彼自身が調律したばかりのピアノが、座ってくれ、歌わせてくれと求めてきた。

 指を置いた瞬間、勝手に走り出したのはベートーヴェンのパルティーク第三楽章だった。
 気持ちは走っていたが、大屋根を閉めたままだったので、音は中途半端だった。それでも全ての音が確かに、一音も違えずにそこにあった。

 百分の一秒の音の隙間を苦しみ最高の音を作り上げていたはずのあの頃に比べたら、その音は稚拙で恥ずべき音だったかも知れない。だが、今、ここには彼とピアノしか存在していなかった。誰に言い訳する必要もなかった。
 そこに生まれ出る音は、自分自身の今を写す正確で完璧な鏡だった。その鏡に写っていた自分は、コンサートピアニストとしては低い位置におとしめられていたかもしれないが、あの頃よりもずっと深く厳しく、時に冷たく冴え渡り、そして同時に暖かい温度を湛えた森の中に木霊するひとつひとつの音を、拾い上げることができるようになっていた。

 いや、そのことに気がついたのは、もっとずっと後のことだった。
 ただ、その時、ピアノと彼だけがそこにいて、彷徨ってきた時間の想いを語り合っていたのだ。
 後から、その演奏を隣の部屋で聴いていた人がいたことを知ったが、彼が慎一にかけた言葉が、闇の中で行く先を示した。
 お前はここにいてはいけない。自分が求める最高の演奏にたどり着くためには、人生はあまりにも短い。
 その元ヴァイオリニストは、事故で片腕を失っていた。

 そう、あのピアノでは到底たどり着けない場所があった。
 かつて求めていた「その先」だ。

ピアノ
 劇場の経営が破綻しかかっていたので、調律師など雇う余裕はなかったから、劇場にあるピアノを調律するのは慎一自身の仕事だった。もともと十代の頃に壊れたピアノを鳴るように修理したこともあって、長い間自分のピアノの面倒は自分で見ていたし、そもそも調律師を頼んだり、当然のことながら、選べるほどに恵まれた環境にはいなかった。

 だが、初めてコンクールに出たとき、気むずかしく無愛想な、コンテスタントを憎んでいるとしか思えない顔をした調律師に出会った。彼が調律したピアノを一音鳴らした瞬間、世界の色が変わった。こんなにものすごいピアノを弾いたのは初めてだった。吸いつけられるように座り、弾き始めた瞬間から、周囲のことを全て、これがコンクールだということさえも、忘れ去ってしまった。
 最初は、短気な暴れ馬に乗っているような感じだった。振り落とされないように身を任せていると、すぐに指先を介して馬と会話ができるようになった。ペダルの感触も最高だった。踏み心地に戸惑ったのはほんの数小節で、すぐに最高の音を引き出せるポイントが分かった。そのまま、試し弾きということを忘れて一曲分弾き終えてしまった。

 慎一は迷わず、彼のピアノを選んだ。後で気がついたが、彼のピアノを選んだコンテスタントは一人だけだった。
 このピアノを完璧に自分のものにしたいと思ったのに、そのコンクールはファイナルまで残ることはできなかった。結果を知って、珍しく悔しいという思いがこみ上げてきた。とは言え、敗者には居場所はなく、立ち去ろうとした慎一を、その調律師が追いかけてきたのだ。
 おい、お前、次はどのコンクールに出る?
 背の高いオーストリア人の威圧するような声は、頭の上から降ってくるようだった。

 その時は何を言われているのか分からなかったが、結局、その後の慎一のピアニストとしてのキャリアを支えてくれることになったのはこの気難しい調律師、ヨナス・シュナイダーだった。次のコンクールで再会したとき、コンテスタントを憎んでいるような顔はそのままだったが、俺が絶対勝たせてやる、と言われた。
 俺を信じて、お前はただお前の最高の音を出せ。

 どこから見てもただの頑固オヤジとしか思えないその調律師が、幾人かの有名ピアニストが、彼でなくてはだめだとツアーへの同行を指名するような調律師であると知ったのは、実はずっと後のことだった。一方で、彼はコンテスタントには手厳しくて、下手に触れたら切れるような鋭く遊びのない究極の調整をしてしばしばコンテスタントを泣かせていた。俺が調律したピアノが弾けるなら弾いてみせろ、これが弾けない程度ならどうせ一流にはなれない、とでも言いたげに。

 そういえば、あの人は僕の何を認めてくれたのだろう。
 一度聞いたことがあったけれど、目を合わせることなく、分からん、といわれた。言葉で説明するのが面倒くさかったのか、本当に分からなかったのかは確かめていない。
 彼にも、挨拶もないままに、慎一は連絡を絶ってしまっていた。

ステージの彫刻
 やっぱりここに立ち寄るべきではなかったのかもしれない。
 自分はなぜこれほど遠い場所を歩いているのか。あのステージの上、音楽のミューズたちに囲まれているピアニストのいる場所から、ここはどれほど遠いのか。同じ日本人なのに華やかな舞台が似合う彼らは、おそらく年の頃は自分とあまり変わらないのだろう。それなに、どこかで道を外れた者は迷い続けるばかりだ。

 劇場との契約の延長を断ったのは、ピアノに戻るとすっかり決心できたからではなかった。だが、あの時、腹の底に湧き起こった静かな衝動は、明らかに言葉を持っていた。
 もう一度、あの人が調律したピアノを弾きたい。
 だから、プラハから戻ってきた。パリのアパートを引き払ってウィーンに戻りたいと言ったら、結依はすぐにウィーンにアパートを用意してくれた。

 この場所はどう? あなたの親友の姿が見えるでしょ。
 窓から覗くと、ベートーヴェンの銅像が見えた。
 今日からはもっと親しく、ルードヴィヒって呼んであげなさい。
 そう言って結依はにっこり笑った。

 佐渡裕がバーンスタインの鞄持ちとして初めてウィーンに行ったときのエピソードが気に入って、結依に話したことがあった。バーンスタインは「ユタカ、お前、ウィーンに知り合いはいるのか?」と尋ねたという。もちろん、初めてウィーンに来たというのに知り合いなどいるわけがなく、そう答えたら、「じゃあ俺の親友を紹介してやる」と言って連れてこられたのがベートーヴェンの銅像の前だった。
 今日からお前もルードヴィヒって呼んでいいぞ。

 わぁ、それはかっこいい話ね。
 結依もこのエピソードが気に入ったと言った。
 家賃を払うと言ったら鼻であしらわれた。
「私が、一人では使い切れないお金をいくら稼いでると思うの? それに、見ての通り、安くないわよ。あなたに払える? でもまぁ、払えるようになったら、折半にしましょうよ。これは私の投資なんだから、半分は譲らないわ。それに、ウィーンに来たときは、私もここに泊まるから。だいたい、あなたたちのパリのアパートは狭すぎたと思わない?」
 結依には頭が上がらない。

 三年のうちに娘のレイナは九歳になり、去年から一年の半分を日本で過ごすようになっていた。慎一と結依が「京都の母」と呼んでいる、祇園の踊りの師匠でもあり置屋の女将でもある珠恵のところにいるのだ。久しぶりに会った娘から、将来は日本に住むと宣言されてしまった。子どもながらに、自分のルーツを日本に定めたということなのだろう。
 九歳の娘にも取り残された気持ちだった。

 自分と言えば、プラハからウィーンに帰ったというのに、まだ惑っている。でも、あの練習室で静かに息を潜めていた暗闇の中のピアノに触れた瞬間の指の震え、冷たく暖かい鍵盤の感触、密やかに鳴った始まりのラ。
 それを思い出すと、喉が締まるように苦しくなった。甘い苦しさだった。

 想いが昂ぶったのは、第三楽章のAllegretto、ヴィオラのピチカートの合わせたピアノのテーマをヴィオラが引き取る瞬間の軽い興奮に引きずられたからだと気がついた。
 舞台の上の二人は、ほとんどアイコンタクトもしないのに、お互いを完全に把握し合っていた。調和し、時には突き放すように刺激し、また重なり、音は流れるのではなく降りつもっていく。この場所に立つまでに二人が費やしてきた時間が見えるようだった。

「シューベルトは歌が聞えるから苦手なんだよ。『魔王』を初めて聴いたとき、魂を持って行かれると思った。実際にはあの歌が持っていったのは父親の命だったけどな」
「でも、美しい歌もあるよ」
「もちろんだ。お前が歌う『セレナーデ』は俺も好きだ。だけど、美しくても苦しいのは同じだな。『アルペジョーネソナタ』なんて弦楽器が泣いているようにしか聞えない」
「珍しいね。あなたが言葉足らずだなんて」
「お前に言われたくないな。とにかく、俺はシューベルトについては書かない事に決めているんだ。だいたい、たった三十一で死んだって、とんでもない野郎だ」
「でも、モーツァルトは三十五で、メンデルスゾーンは三十八で、ショパンは三十九。あ、ビゼーは三十七。たいして変わらないよ」
「お前は時々無意識で無邪気に残酷だよ」
 ヴィクトルは大げさにひとつ溜息をついた。
「評論家というのは勝手な事ばかり言って、ずいぶん気楽な商売だと思っているかもしれないが、そもそも言葉にできない音を言語に変換するってのは大仕事なんだよ」

 観るもの、聴くもの、触れるもの、つまり五感や時には六感まで使って感じるものを言葉に起こすなんて、自分には考えられないことだ。だから、世間では金持ちの道楽だと言われているヴィクトルの「商売」が気楽だなんて思ったことは一度もない。
 彼がその言葉を導き出すために、図書室いっぱいの文献や資料を読み、毎日飽きるほどに音楽を聴き、時には地の果てとも思える場所まで音楽を求めて出かけていく姿を見ていたから、世の中に楽な仕事なんてひとつもないと断言できる。しかも、時には聴きたくない音楽も、修行の様に聴き続けなくてはならないこともあるだろうし、いくら大好きな音楽でも「商売」になってしまったら、単純に好き嫌いで済ますわけにもいかなくなるものだろう。

 そんな時はどうするのかと聞いたら、淡々と粛々としてなすべき事をなすのみ、とまさに修行僧のようなことを言っていたっけ。
 ここ十年ほどは、ヴィクトル・ベルナールの顔を見るのも年に数回ほどになっている。たまに偶然の女神のおかげで顔をつきあわせて話すこともあるが、ほとんど演奏会や公演で見かける程度だった。それでも、彼が書いた評論はほぼ全て目を通していたので(結依が送りつけてくるのだ)、彼が顔を見る回数以上に、自分の手がけた公演を観に来てくれていることは分かっていた。
 まともにピアノを弾けないでいた地獄のような時間の中で、慎一を音楽につなぎ止めていた細い糸の一本が、ヴィクトルの記事だったことは確かだった。

 音楽堂の前で本日の演奏会のポスターを見たとき、足を止めたのは、出演者が日本人のデュオだったからというだけではない。その名前は、ヴィクトル・ベルナールが一度、何かの音楽雑誌に評論を書いていたから、見覚えがあったのだ。
 細かな内容は忘れてしまったけれど、閉じていた目を開けても、そして再び目を閉じても、全く裏切らない世界を作り出している希有な演奏家だと、珍しく褒めていたことだけは覚えている。つまり、大概のところ外見が美しすぎる場合には、演奏にはがっかりさせられるものだが、この二人の場合は、視覚的にも演奏する姿は美しく、さらにその外見の美しさを裏切らない深みのある演奏で魅せてくれるということなのだ。

 こうして実際に聴いていると、この二人が見ている「その先」が理解できるような気がした。
 理解できる故に、苦しい気持ちにもなった。プロフィールに書かれた二人の経歴はしっかり読まなかったけれど、読まなくても分かった。この音楽堂の世界にぴったりと嵌まって華やかであるということも、その華やかさを裏切らない美しい演奏を聴かせるためにどれほどの努力をしているのかということも、すっかり分かるだけに心がざわついた。

 何よりも、辛口評論家のヴィクトル・ベルナールが認めた二人であるということに。
 そして、その努力の結果を未知の人々に認めさせるだけの場所が二人にはあり、今の自分にはないということに。
 どこからまた始めればいいのか分からない。時折、あの時、自分を認めてくれたプラハの劇場で仕事を続けていたなら、と思うことさえあった。

音楽堂の前の店
「アルペジョーネというのは、6弦の弦楽器だったのですってね」
 小柄な老婦人は名をマリアといい、アメリカからやってきたのだと言った。
 お一人で旅行ですか、と尋ねたら、ふふと笑って答えなかった。少し寂しい笑顔だと思った。

 コンサートの後、マリアと一緒に音楽堂前の路地を入った小さなタパスの店に入った。唐突に無理矢理誘ったのだから、お礼をさせて欲しいと言われたのだ。お礼をしなければならないのは慎一の方だった。
 彼女のような年齢の女性には少しテーブルと椅子が高すぎるのではないかと思ったが、彼女はひょいと身軽に木の椅子に座り、ワインでいいかしら、と聞いた。私は白が好きだけれど、あなたは、と尋ねられて、同じものでと答える。

 マリアはもうすぐ七十になるのだと言ったが、信じられなかった。彼女は快活で、人々をすぐにリラックスさせる雰囲気と話術を持っていた。
 チケット代を払おうとしたら、手の仕草ひとつで断られた。
 財布には大した現金が入っていなかったので、正直なところほっとしていた。意地を張って、結依が彼のために用意してくれたクレジットカードをウィーンのアパートに置いてきたことを後悔していたところだったのだ。もっとも、明日彼女と落ち合ったら、支払いは全て彼女に頼ることになるのだが。

 それから二人でカウンターに並ぶタパスを選びに行った。小さなパンに刻んだトマトとオリーブオイルが載せられたパン・コン・トマテ、ジャガイモの入ったオムレツ・トルティージャ、魚介のアヒージョ、それに生ハム。マリアは音楽に目を輝かせていたのと同じ顔で、一生懸命に食べるものをチョイスする。女性は、いくつになっても世界を楽しむ術に長けていると思う。
 とにかくまずは食べましょう、という彼女の掛け声にも、最初は少し遠慮していたが、何しろ今朝ウィーンを発ってからほとんど何も口にしていなかったし、彼女の「食事は素晴らしい時間」というような所作を見ていると、自然に食欲が湧いてきた。

タパスの皿
 一通り、タパスを平らげて、ワインのお替わりを頼んだところで、マリアが先ほどのコンサートのパンフレットを取り出し、アルペジョーネの話を始めたのだった。
「フレットもあるし、まるでギターみたい。でも弓で演奏するのね。チェロよりも少し小ぶりで、ヴィオラよりも重音を出すのが容易ですって」
 パンフレットには、演奏者の略歴と共に、演奏した曲目の紹介、そしてその曲にまつわる蘊蓄やエピソードが比較的細やかに書かれていて、シューベルトの『アルペジョーネソナタ』については、このソナタが今では使われていないアルペジョーネという楽器のために書かれたという紹介と共に、アルペジョーネの写真や解説が添えられていた。確かに、小さいチェロとギターを混ぜて二で割ったみたいな楽器だ。

「不思議ね。今では使われなくなった楽器のための曲が残っている。今はそれを他の楽器で演奏する。でもそれはきっと曲が作られた時と同じ音楽じゃないのね」
「ピアノなんて、鍵盤の数も、音の鳴る仕組みも、まるきり原型とは違ってきていますし」
 半分独り言のように言ったら、いきなり手を捕まれた。そして、納得したように「やっぱり」と言った。
「やっぱり?」
「あなたはピアノを弾くのね」

 思わず手を引っ込めようとしたが、マリアの手はふわりとしていて何の力も入っていないようなのに、慎一の手の動きを封じ込めてしまっていた。
「ピアニストの手はすぐに分かる」
 そう言ってまた、ふふ、と笑った。最初に赤すぎるような気がした唇の色が、少し光度を抑えた店内で小柄で控えめな彼女の存在を相手に印象づけるための演出かも知れないと思ったのはその時だった。

「さっきから少し気になっていたの。もしかしたら、あなたはあんなふうに華やかで素敵なステージに立つことができる才能ある音楽家を見たくなかったのじゃないかしらって」
 マリアはまだ慎一の手を握りしめていた。
「でも、私には分かるわ。この手は一流のピアニストの手だって。そして、きっとあなたは、彼らのような人たちを見なければならなかったのよ」
 慎一はなんとも答えられずにいたが、ようやく彼女の手から逃れた。
「でも、あなたは僕の名前を知らない。たぶん、今この街にいる誰一人として。一流のピアニストならその名前を知られているはずですよ」

 マリアは少し考えるような顔をした。そして確かめるようにゆっくりとひとつの名前を口にする。
「ルイ・アンダーソン」
 慎一が意味が分からずじっと彼女を見つめていると、マリアは少し神妙な顔になっていた。
「ルイ・アームストロングなら知ってるでしょ。でも、ルイ・アンダーソンは誰も知らない。一昔前の私の国の人なら、誰だって彼の名前を知っていたのに。でも今は、もし知っていたとしても、彼はもう終わっていると思うわね。きっとそう」
 そしてふうっと息をつく。

「私の夫よ。ジャズ・ピアニストなの。正確には、ジャズ・ピアニストだったというべきかしら。十代の頃まではクラシックをやっていたのだけれど、黒人の血が混じっていて、外見からお前にクラシックなんて理解できない、お前の音楽はデタラメだって言われて挫折して、二十歳を越えてからジャズに転向した。馬鹿げているでしょ。民族や生きてきた環境は、それはもちろんその人の音楽に影響を与えるものでしょうけれど、外観や他人の好みで、誰かの音楽が正しくないなんて言われたら、あなた、どう思う?」

 マリアは、慎一の人種的差異についても意識して言ったのだろう。慎一自身、謂われない差別を感じたことは一度や二度ではなかった。だが、それを言っても何も始まらない。腹の内側で、自分は日本人の遺伝子を持っているが、自分以上のベートーヴェンを弾けるピアニストはそういるまいと信じている自分がいる。

「でも、結果的にジャズに転向したのは正解だった。少なくともその時はね。それからは飛ぶ鳥を落とす勢いだった。そうね、たぶん、ニューオーリンズでも彼の名を知らない人はいなかったと思うわ。素晴らしいピアニストだった。幾人もの著名な歌い手が彼との共演を求めたし、ライブや公演のない日なんてなかった。レコードも出したし、ヨーロッパにも何度も遠征した。そう、日本にも行ったことがあったわね。それにね、見た目もなかなかいい男だったのよ。そして私も一目惚れ、じゃなくて、一耳惚れ? どっちかしら」
 彼女の唇がふふとまた笑ったけれど、今度はさらに寂しい唇だった。

「彼は私の先生でもあったのよ。私は歌だけれど、ちっとも芽が出なくて。才能ないんだから止めちまえってよく言われたわ。だからもちろん、プロになんてなれなかったし、子どもたちも少しだけ音楽をかじったけれど、結局誰も音楽家にはならなかった。夫は忙しくてあまり家に寄りつかなかったし、きっと外に女性もいたと思うのよ。でもね、ある時」
 マリアはワイングラスの縁をそっとなでた。ワイングラスの面で彼女の顔が光に歪んだ。
「それは、そう、きっとほんのちょっとしたボタンの掛け違えだったと思うのよ。ピアノがね、鳴らなかったの」

「鳴らない? 調律がうまくなかったってことですか」
 マリアは頷いたような、首を横に振ったような、曖昧な感じで首を動かした。そうだ、ジャズに調律は、あるようなないような話だ。
「あなたなら分かると思うけれど、そもそもジャズの演奏では、ピアノもクラシックのようにきちんとした調律なんてなされていないでしょ。たとえば高音部の鍵盤の三本の弦は、クラシックならずれているなんてあり得ないけれど、ジャズはあり。音のずれ、タイミングのずれを楽しむものなのだから。もちろん、あの人だってそんなことはちゃんと分かっているのよ」
 マリアは声を少し潜めた。
「頭ではね」

ピアノ2
 ピアノの鍵盤にはそれぞれ弦が張ってある。鍵盤を押さえると、羊毛を固く巻いたハンマーがこの弦を叩くことによって音が鳴る。そういう意味ではピアノは弦楽器でもあり打楽器でもある。最低音部ではひとつの鍵盤について太い弦が一本。低音部では少し細めの弦が二本、そして中音部から高音部には更に細い弦が三本。
 複数の弦が張られている鍵盤で、その張り方が一律でなかったら、ひとつの鍵盤から複数の音が聞えてくることになる。

 クラシックの曲を弾くならば、ひとつの鍵盤から複数の音などということはあり得ない。調律の際に万が一ごく微妙にずらすことがあっても、人間の耳に複数の音が聞こえるなんてことにはならないし、せいぜい音の印象を少し変える程度のずれだ。だが、ジャズでは敢えて音程をずらすことがある。たとえば一つの鍵盤に張られた三本の弦のうち、左側は少し低め、中央は正規の音程、右側は少し高めというように。こうすることでより明るくポップな音を引き出せる。
 これが極端になって、ひとつの鍵盤から三つの音が聞えるような調子外れのピアノはホンキートンクと呼ぶんだ、とアメリカから来た音楽院の学生が教えてくれたことがあった。

 気持ち悪くないのか、と聞いたら、お前の耳には気持ち悪いだろうなぁ、と笑われた。
 でも、これがまた、場末のバーに似合っちゃうんだよな。もっともわざとそんな調律をするってことになると、下品な音とのぎりぎりのラインを考えなくちゃならないから、難しいよ。でも、そもそもジャズって貧しい奴らが何とか生きていこうって場所で生まれた音楽じゃないか。一流の調律師に百分の一の狂いもなく調律してもらえるなんて発想が始めからないんだよ。ちなみに、ホンキートンクミュージックというのは、カントリーミュージックの系列で、ホンキートンクってバーから生まれた音楽なんだ。メロディやハーモニーよりリズムが大事、ピアノはろくに調律されていない、時に鍵盤が上手く動かない、それで普通だったのさ。お前、絶対気持ち悪いだろ?

 あの頃は確かに気持ち悪いと思っていた。思えば、アップライトとはいえ(そもそもアップライト自体は珍しいのだが)、ベーゼンドルファーの憧れのウィンナ・トーンを手に入れた時から、常にひとつ上の音を探し求めていたのだから。
 だが、今となっては、そんな音楽もあるのだと自然に納得できる。

 パリにいる頃は、出会うピアノのほとんどは調律とは無縁だったので、時には鍵盤が波打っているなんてものまであった。あまりにも可哀想で、金にもならないのに幾日もかかって修理したこともある。もちろん、慎一は調律師ではなかったから、あくまでもちゃんとした調律師を雇って欲しいと思ったが、全てのピアノが大事にされているわけではないし、例え大事にされていたとしても、ヴァイオリンのような弦楽器と違って、古い楽器に値打ちがあるというものではなかった。製造された時が最高の状態で、そこから劣化していく運命にある楽器には、それなりの逃れられない宿運というものがあるのだろう。

 そしてその運命は決して否定的な面ばかりでもないのだ。置かれた場所の湿度や温度、周囲の壁や布地、室内に置かれたあらゆるものに影響されて音は変わる。さらに、弾く人によっても。
 最高の環境でなくても、それぞれのピアノに、それぞれの宿命の音がある。

「でも、結局、あの人の耳は『ずれ』を楽しむようにはできていなかったの。本当のところ、ピアノはいつも心地よい『ずれ』を計算して調整してあった。ジャズピアニストとしてデビューしたけれど、二十年近くもクラシックのピアノを弾いてきた人なのよ。彼の中に『正しい音』というものがあって、どうしてもそこを求めてしまう。あの人の音は綺麗だった。歌も乗せやすくて、安心して任せることができるピアノだった。でも、初めから、即興的な音の遊び、音程やタイミングのずれ、ジャズに最も必要な何かが欠けていると批評している人たちもいたわ。それがあの日、あの人の頑なさが人々を失望させてしまったの」

タパスの店の犬
 誰かの視線を感じると思ったら、少し離れたテーブル席の椅子の上に、犬がいた。あれは確か日本の犬だ。シバ犬っていったか。何かを訴えかけるように目でマリアと慎一のほうを見つめている。飼い主は中年の男で、時々犬の背を撫でながら、携帯電話の向こうの誰かに大きな声でしゃべっていた。

「久しぶりのライブバーでの仕事だったの。いつものように演奏前にピアノの音は仕上がっていた。もちろん、他の楽器の音、店内に入る多くの人々の立てる音や体温、湿度はちゃんと計算に入っていたのよ。でも、その日、突然の大雨で、とても外に出かけるような天気ではなくなってしまって、お客さんの足を止めてしまった。調整したはずの『いい具合に調子の狂った』ピアノは、多分その突然の湿気と半分しか埋まらなかった客席によって、本当に『狂って』しまった。少なくとも、彼の耳には。でも、そんな天気でも半分の客は集まってきていて、キャンセルなんて雰囲気ではなかったの。その頃、あの人の人気はほんの少しだけ翳りが出てきていて、時々マネージャーやプロデューサーと喧嘩を、そう、それもかなり音楽の根本に触れるようなところで喧嘩をするようになっていた。あの日もあの人は何かで腹を立てていて、ピアノを弾き始めてから、突然、こんな壊れたピアノは弾けないと言い出して途中で放り出してしまったの」
 ステージを途中で捨てるということは、それがどんな悪条件であっても、プロにとっては命を絶つことと同じだということは理解できた。しかも、そこにジャズを聴きに集まっていた人々は、その『壊れた』ピアノが奏でる不調和の調和を求めてきていたのだ。

「そこに、まだ駆け出しの若い、でもジャズマンとしては才能溢れるピアニストがいたの。彼がステージを引き取って、しかも大成功を収めてしまった」
 その椅子が空いたなら、いつでもそこに座るべく準備して構えているものがいる。それはこうした世界の常道だった。慎一がウィーンを去った後も、誰も彼の不在を嘆くことはなかっただろう。それほどに厳しい世界に生きているのだ。

 どんなピアノも鳴らすことができる、それを不協和音から音楽に変えることができる、そのぎりぎりのところを楽しむことができる、少しばかり鈍感な耳を持つ一方で、指には溢れんばかりの才能を持てる者は、おそらくその懐の広い演奏を見事に示すことができたのだ。そして、マリアの夫は、残念ながら、自分が求める音の残酷なまでの鋭敏さと、人々が求める音の寛容さと遊びの狭間で、折り合いを付けることができなくなってしまったのだろう。
 自分自身の理想の音に忠実であればあるほど居場所がなくなる、この世界はやはり苦しい。

「あの人の苦しさをその時受け止めてあげることができていたら、少しは違っていたのかもしれないわね。でも私も、その時は、今より少しばかり若くて思慮も浅くて、あの人のちょっとした裏切りに我慢がならなくなっていたこともあって、心の内に飼っている意地悪な虫が騒いでしまったの。あの人は家に閉じこもるようになって酒ばかり飲んでいた。一方で、私は、あの人が何度もダメだって言った歌で、少しばかりお金を稼ぐことができるようになっていたの。音楽教室の講師、ちょっとしたコンサート、仲間との打ち合わせ。誰も私の名前なんて、しかもルイ・アンダーソンの妻だなんて知らなかったけれど、一緒に音楽を楽しむ仲間が大勢いて、それが私に幸運と幸福をもたらしてくれていた」

 マリアは言葉を探すように、店内に視線を彷徨わせ、まだこちらを探るような目で見ていた柴犬に視線を止めた。柴犬はすっと視線を外して、電話を終えた主人の手に甘えた。
「ねぇ、あなた、正しい音ってものが世の中にあるのかしら。正しい音、正しい音楽、正しい音色。あると言えば、他の正しさを否定することになるし、無いと言えば、何を求めて何にすがっていけばいいのか分からなくなるのね。私は残念ながらそんな一流の腕も耳もなかったら、逆に幸せだったのかもしれない。でも、あの人はただ肌の色が少し違うと言うだけで、信じていた音楽に見放され、救いを見いだしたはずの音楽には嵌まりきれなかった。そして、あの人は家を出て行ったのよ」

 時計をふと見やって、もう遅いわね、とこれまでになく神妙な面持ちでマリアはつぶやいた。丁度椅子から抱き上げられた柴犬が、去り際に名残惜しそうにこちらを見ていたので、マリアが小さく手を振ったら、犬は恥ずかしそうに視線を逸らして主人の腕に凭れた。
 その手を見ていると、彼女にも長い時間とその後の苦労があったのだろうと容易に想像できる。

「十年ぶり」
「え?」
「あの人の居場所が分かったの。それでね、私、手紙を書いたのよ。あの人に届いたのかどうか分からないけれど。あなたさえよければ、思い出の場所で会いましょうって。私たちがまだ幸せだった頃、この街に来たのは三十年ほども前の事だったかしら。少し記憶が曖昧な部分もあったけれど、街に着いてみたら、どんな順番でこの街を巡ったのか、どんな話をして過ごしたのか、その時どういう気持ちだったのか、みんな思い出してきたの」

「じゃあ、あの……このコンサートも」
「三十年前、この音楽堂で一緒にコンサートを楽しんだのよ。その頃、あの人はジャズピアニストとして成功し始めたところで、ようやくクラシックに踏ん切りを付けるところに来ていたから。あの夜、私たちは、自分たちが愛し楽しんできた音楽について、夜が明けるのも忘れて語り合っていたわ。本当に幸せな時間だった。だから、今日、あの人もあの日のことを思い出してくれているかしらって、ぎりぎりまで待ったけれど、あの人は来なかった。お友達が、きっと私たちが気に入ると思うと言って、用意してきれたチケットだったの。でも、まさか売り切れになるようなコンサートとは知らなくて、あの人が来なくて私ひとり、空いた席の隣に座っているのって、演奏家にも観客にも申し訳ないような気がして。いいえ、そうじゃなくて、ただ自分が心細かったのよ。それに何だか、あなたの後ろ姿が、若い頃のあの人に似ているような気がしたの。どこか所在なさげで、それでも、まだ遠くの何かを探して、重力という、言われなきどうしようもない暴力に逆らって立っている、そんな後ろ姿」

 でもそろそろ、思い出の旅も終わりね、と彼女は言った。
 明日、グエル公園に行って、バルセロナの海を見て、ニューオーリンズに帰るわ。
 そう言って、彼女は椅子から降りた。

 せめてこの店の支払いは、と言ったら、彼女は少し考えてから答えた。
「それはだめよ。あなたの時間を私が買ったのだから。でももしかしてお礼がしたいと思ってくれているのなら、明日、グエル公園で待ち合わせをしてもらえるかしら。初めのうちは思い出に浸って楽しく過ごしていたけれど、実のところ、一人で、ついに現われないかも知れないあの人を待つのが、本当は怖いの」
 ごめんなさい、今日会ったばかりの人にこんなお願いするなんて、と彼女はうつむいた。
「もちろん、先約があるなら断ってね」
 結依が着くのは明日の夕刻だった。ここまでしてもらって断る理由はなかったし、事情を知ったからには、マリアの明日、彼女のこの旅の行く末が気になっていた。
 慎一は思わず、必ず行きます、と答えていた。

グエル公園3
 もしかすると、彼女の夫はこの街には来ていないかもしれない。
 だが、慎一は、彼がこの街にいるような気がしてならなかった。コンサートの始まる五分前、期待に満ちた周囲の雰囲気に気圧されたひとりぼっちのマリアが慎一に声をかけなかったら、その一分後に彼女の夫がマリアに声をかけていたかもしれない。
 その男の気持ちが、慎一にはよく分かるような気がしたのだ。
 だから、今、待ち合わせたグエル公園でマリアの姿を少し離れた場所から見守りながら、慎一は声をかけることができないままだった。もしかして、自分が今、彼女に声をかけてしまったら、一歩を踏み出そうとしていた彼の足を止めてしまわないかと思った。

 およその時間だけは聞いていたものの、どこで待ち合わせと具体的に決めていたわけではなかったが、彼女のいる場所はすぐに分かった。音楽が聞えてきていたからだ。
 グエル公園の立体的に組み合わされた散歩道の上から、慎一は下の小さな広場を見つめていた。広場を取り囲む回廊は、岩を組み合わせて(貼り合わせて?)人工的に造られていたが、敢えて自然の造形を人工で模すことによって、かえって自然と人為の共生について思索を迫られるという効果を生んでいた。だが、今ここに集まる人々は、そんな製作者の意図の事など忘れているだろう。

 広場の隅には四人組の大道芸人がいた。
 観光客たちの足が、大階段よりも、音楽の聞えるこの場所へ向いているのも納得ができた。観客たちは、ただ通り過ぎたり遠巻きに見ているだけではなく、もうすっかり座り込んで、次の芸の瞬間を見逃すまいとしているようだ。
 バルセロナの別の広場でも、あんなふうに身体に銀を塗って動かない彫刻のふりをしながら、コインを入れてもらったら動き出すというパフォーマンスをしているところを見かけたが、彼ら四人の場合は、ただちょっと動いてみせるという程度ではなく、音楽を奏でたりパントマイムをしたり、おそらく入れられたコインや紙幣の額によっては四人が一緒に音楽劇を一曲やってみせるという高度な芸までも披露しているのだった。先ほどから、ひっきりなしに音楽が聞えているのは、コインや紙幣を入れる観客が後を絶たないからだ。

 上から見ただけでは表情まで分からないが、マリアもおそらく目を輝かせてその様子を見ているに違いなかった。慎一もしばらく彼らの芸に引き込まれていたが、時々マリアが周囲を見回すのに気がついて、自分もまた、会ったこともないマリアの夫の姿を探しているのだった。
 まだ日は落ちていなかったが、春の風は遅い午後ともなればすぐに冷たくなる。それに夏だったなら、バルセロナの太陽の下とてもあの格好でパフォーマンスなどできはしまいという重労働をしている大道芸人たちの体力もそろそろ限界だろう。このパフォーマンスが終わったら、マリアは夫に会えないままこの街を去ることになるのかもしれない。

 そうして見ているうちに、最前列から動かないまま彼らの芸を楽しんでいる二人組を認めて、慎一は驚いた。
 昨夜、あの音楽堂のステージの上にいた二人だ。見ていたら、ピアニストの男性の方が、クールビューティーという言葉がぴったりのヴィオラ奏者に軽く目配せをしたと思ったら、財布ごとギターケースに放り込んだ。
 さすがの四人もぎょっとしたように、一気に二人の方を見た。観客から大きな拍手が湧き起こる。こうなったら最後に出し惜しみのない最高の芸を見せてくれ、という期待が満ちあふれる。

 慎一も思わず期待して彼らの次の動きを見守っていた。
 彼らは片隅にアンプに繋いだ電子ピアノを置いていた。背の高い男性がピアノに近づいたと思ったら、すとんとパントマイムの様子で椅子に座った。そして、始めは機械仕掛けのように、数小節の後にはすっかりコンサートピアニストのように、昨夜、あの音楽堂で聴いたばかりのシューベルトの『アルペジョーネソナタ』を弾き始めた。ヴィオラは、と思ったら、九小節後に、銀髪の鬘を被っている女性の大道芸人がフルートでアルペジョーネのパートを奏で始めた。

 ヴィクトル・ベルナールが弦が泣いていると言っていた、アルペジョーネのパートが、フルートで聴くとただ美しく甘く聞えた。幾分かテンポを調節して、明るく聞えるようにアレンジしているのだ。ピアノとフルートは恋人同士の囁き合いのように絡まり合う。
 残りの二人は、待ち合わせた恋人同士、男が遅れてきて、女が怒る、というパントマイム風コントをやっていた。音楽とのギャップが観客に大受けで、最後は二人が甘く抱き合うという設定だった。コントの中身が盛り上がってくると、曲調はどんどん変わっていき、とてもシューベルトとは思えなくなった。
 少なくとも、これなら泣かなくて済む、と慎一も思った。
 財布を放り込んだ二人も大喜びだった。その時、彼らは知り合いなのだと分かった。昨日あの音楽堂に彼ら四人もいたのかもしれない。

 マリアを見ると、胸に手を当てて何かを祈っているように見えた。
 正しい音ってなにかしら。正しい音色、正しい音楽。
 昨夜の彼女の問いかけが蘇る。

 華やかで美しい音楽堂で、演奏前には湿度や温度、観客の数、時にピアノの脚の向きまで気にしながら調律された音を頼りに、演奏中には息を潜めて聴くような天上の響き。こうして周囲の観客や風のざわめきの中で、時には走り回る子供たちの素っ頓狂な歓声や放り込まれるコインの音に重なりながら奏でられる、この世界を写し取ったような地上の響き。場末のライブバーでひとつの鍵盤から三つも音を出す壊れかけのホンキートンクピアノが作り出す、人生の響き。
 おそらく本当の音楽には正しさなど無いのだろう。そこには、自分にとって大切な音を求める演奏者と、その音を楽しむ人々がいるだけなのだ。

 シンイチ、演奏家が決して許されない演奏がたったひとつだけある。それは、聴く人を絶望させる演奏だ。たとえ、苦悩する魂が重力に引き込まれて深い地球の底にまで落ちていったとしても、そこから一筋の希望の光を見つけることができるような、そしてその暗い場所から浮き上がってくることができるような、そんな演奏をする音楽家になりなさい。そして、いつも、まだ会ったことのない人たちのことを思って弾きなさい。
 音楽院の恩師が卒業の時に授けてくれた言葉だった。
 正しい音楽というものは無いのかも知れない。だが、幸福な音楽というものが、確かに在るのだ。

 マリアが不安そうにまた辺りを見回している。約束したはずの慎一を探しているのか、それとも待ち焦がれた夫の姿を探しているのか。楽しげな観客たちの中で一人きりの彼女の不安が哀れだったし、せめてもう一度だけ彼女に礼と別れの挨拶を述べるべきかとも思い、迷いながら、慎一は下の広場へ降りようと歩き始めた。
 その時、下の層の柱の陰にひっそりと立っている老人の姿に気がついた。

 そして不意に理解した。それは、昨日、音楽堂の入り口近くの柱の陰に隠れるように立っていた、慎一と同じように場違いな雰囲気の老人だった。
 だが、老人は息を潜めるように動かなかった。マリアの場所からは無骨な柱しか見えない位置で、ただ黙って立っている。
 昨夜の音楽堂の前でも、そしておそらく、これまでマリアが巡ってきた街のあらゆる場所でも、彼はマリアに声をかけることなく立っていたのだろう。

 慎一は息をひとつ、ついた。
 彼がマリアに声をかけるかどうか、それは分からなかった。かけて欲しいとも思ったが、簡単にはそうできない彼の気持ちも理解できた。旅の終わりが近づいていることは彼も知っているだろう。その彼の決心を、二人の運命の行き先を知りたいような、やはり知りたくないような、複雑な気持ちで、慎一は視線を逸らした。
 その時。

「おい、俺の壊れたルードヴィヒ、いつまでその中途半端な場所からただ見ている気だ?」
 突然の声に慎一は驚いて振り返った。
「ヨナス……」
 そこに立っていたのは、十年の間にさらに頭の毛が少なくなった懐かしい調律師、ヨナス・シュナイダーだった。大きな身体で、上からピアニストを憎んでいるような視線で見下しているような顔つきはそのままだったから、十年たっても忘れるはずもなかった。もちろん、それは外からうかがい知れる視線だけのことで、彼のピアノへの愛情、ピアニストへの想いの深さは、慎一が一番よく知っていた。

 大体、慎一のことを、形容詞をくっつけたルードヴィヒなどと呼ぶのは、彼くらいだった。機嫌の良いときは「小さいルードヴィヒ」で済んだが、ちょっと怒ると「本物よりも始末に負えない耳をもったルードヴィヒ、いっそ聞えない方がずっといい」と悪態をついていたっけ。今日の機嫌はまだましだと言うことだ。
 ただ、二人とも、ベートーヴェンを、そしてこの世界に生まれ出ようとする全ての音を、愛していた。

 それにしても、一体なぜ突然ここに、と思いを巡らしてから、あぁそうかと事情を察した。
 出掛けにホテルに結依から伝言があった。ちょっとした手違いで、今日そっちには着けないんだけれど、エージェントを派遣したから、というのだった。どこに行けとも、何時とも言っていなかったというので、仕方なくホテルのフロントには自分は今日グエル公園に行くと伝えてはあったが、彼がそのエージェントだったということだ。
「まったく、俺の命だって、あとどのくらいか知れたものじゃないというのに、いつまで待たせようって言うんだ。人の命は短く、芸術の時は長い」

 低いバリトンの声も愛情のこもった悪態も、やはりヨナスのものだった。慎一は言葉を返すこともできずに、ゆっくりと数歩彼に歩み寄り、そのまま倒れ込むようにヨナスに抱きついた。
「あなたのピアノをまた弾きたいと、そう思っていたところだった」
 一瞬の間の後、ヨナスの腕が慎一をぐいと抱きしめた。弾きたいと言った先から、この腕が作り出す、その一点しか許せないような孤高の、そして最高の音を思い出すと、思わず震えた。

 あのピアノの音に、今の自分は追いつけるだろうか。こみ上げてくる不安を隠すことはできなかった。
「あなたのピアノを弾けるほどの力が、まだ僕にあるのなら」
 いきなり、ヨナスは慎一を引きはがし、上からじっと目を見つめてきた。
「安心しろ。俺も多少歳をとって、耳がいい具合に馬鹿になっているさ。だが、今のお前が弾くピアノを最高の状態に仕上げる事ができる調律師は、いつだって俺しかいないと、そう思わないか。それにいつだって、未来は過去から生まれ出るが、過去と同じ姿はしていないものだ」

 結依なら、今の慎一の震えを、武者震いね、と一言で片付けるだろう。
 慎一は彼の腕に触れ、彼を見つめ返し、再びその胸へ顔を埋めた。
 そうだ、この腕があればまだ「この先」に行くことができる。それはかつて描いていた未来とは違っているかもしれないが、あの頃の慎一には描くことのできなかった深く豊かな予感を抱いて、森や海や空、人々の悲哀や希望、この世界のあらゆる色彩を湛えながら、静かに待っていた。

グエル公園2 
 今、世界の片隅の小さな広場では、既にこの世界から姿を消したアルペジョーネのためのソナタが終わろうとしていた。音楽が終わると、素晴らしいパフォーマンスを終えた四人の大道芸人に、才能溢れる二人の演奏家が駆け寄って、賞賛と祝福を伝えながら再会の喜びを確かめ合った。
 その様子を、夫を待つ名も無きジャズ歌手が、祈るような気持ちで見つめていた。
 すぐ側の無骨な岩の柱の陰からは、年老いたジャズピアニストが、弱り切った足で、不確かな、しかし重い一歩を、そっと踏み出そうとしていた。

 そして、遠く離れたニューオーリンズの場末のライブバーでは、壊れかけたピアノの不揃いの鍵盤のひとつが、不意にぽーんと音を弾かせて、遠くから何かがやってくるのを、あるいは、戻ってくる時を、待っていた。

(【What a Wnderful World】了 )

*写真の犬は柴犬ではありませんが、音楽堂の近くのお店で本当にこんなシーンが。タパスは実は別のお店の写真です。
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Category: ♪慎一・短編

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