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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【死者の恋(仮)】はじめに 

お約束通り、新しいお話を始めさせていただきます。
女子高生に振り回される真とどうやら春画にまつわる仕事を請け負ったらしい竹流

今度の舞台は青森県
だんだん旅行ミステリー、ご当地ミステリーみたいになってきましたね。
青森県さまには、毎年とてもお世話になっているので、感謝の気持ちを込めて。

せっかくブログを始めたのだから、新作を書かなくちゃ、と思っていたのですが、なかなか重い腰を上げられず、でした。
しかも、ブログ風に小説を書くとか、連載するとか、もうほとんど私には無理なことばかり。

しかも、またそのまま打ち込み始めて、保存せずに内容がぶっ飛んでしまいました。
なので同じことを、また2回目に書いています。しょぼん……(;_;

でも、とりあえずやってみよう、ということで。
まずは余白をたくさん作る。
会話をいっぱい書く。
やたらと心情やら描写にこだわって、余白を字で埋めない。
あくまでもブログっぽく、読みやすく。
楽しんでもらえるように。
その前に、ちゃんと保存する!


結構苦手なことばかりですが、頑張ってみます。
本編が重くてしんどいので(『海に落ちる雨』…でも読んでほしいかも…)、こちらはあくまでもライトに。
果たして落ちがあるのか、起承転結は大丈夫か、伏線拾いは大丈夫か、まったく予測不可能です。
全てが超無責任な内容になるかもしれませんが……

というわけで?、さっそくおまけ映像を。
弘前城
ご覧いただいたのは、弘前城から見た岩木山。
毎年ゴールデンウィークを弘前~金木で過ごしています。
年によっては、こんな素敵な景色に出会えることもあるのです。
弘前城
ちなみに、ゆるきゃら『たかまるくん』が時々城内を見回っています。
たかまる

こんな素敵なシーンは出てこないかもしれないけど、またラストのキラキラシーンに向かって頑張ってみましょう。かなり、無責任ですが……


キーワードは、
青森、弘前、岩木山、冥婚、老夫婦の恋物語、絵馬、春画、ちょっとだけ津軽三味線てな感じでしょうか。
今回はハートフル度70~80%と高め、物の怪度は50%かな…
やっぱり出てくるんですね。青森県ですからね。普通に、普通に、おられますからね。

実は冥婚をテーマにした作品、もう一つ準備しています。
というより、ずいぶん前に第1章だけ書いたまま……こちらはもう本当に、純文学に近い。
いつかお目にかかりましょう。

いつでもテーマは『再生』なのです。
ちなみにタイトルは仮、です。苦手なんです、題名考えるの。
でも、また気象・自然現象シリーズでまいります。

あくまでもライトに、頑張ってみます!(^^)!
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Category: ★死者の恋(間もなく再開)

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【死者の恋】(1)お好み焼き 

こうなったら、始めちゃいましょう。
初の章なし、計画なし(それはいつもだった)、タイトルまで仮題。

もしかして、『清明の雪』を飛ばしてこの小説を最初に開いてくださった方!
大丈夫です。
主人公二人の化けの皮はすぐにはがれます。

→ヤクザの所有するビルにある調査事務所の所長。多分26歳かな。妹が嫁に行ったら、一人でご飯を作れなかったので、パパのところに居候中。詳しくはこちら→相川真
竹流→真のパパ(大筋正しい関係性のはず)、もと家庭教師。和名だけど実はイタリア人。真が26なら35歳のはず。修復師、かつギャラリーとめっぽう美味しいイタリアンレストランのオーナー。詳しくはこちら→大和竹流

これで掴みはOK!
彼らの住む竹流のマンションは築地界隈にあります。
これは現代の築地界隈。
築地




 明日は弘前だな。
 弘前に行くなら、『山背』に寄ったほうがいいだろうか。いや、遊びに行くわけではないのだから、寄らなくても失礼にはならないだろう。
 真はそう考えながらマンションのリビングのドアを開けた。

 その途端、いきなり目に飛び込んできたものに、真は思わず固まった。

 時々、竹流はリビングのテーブルに読みかけの本を出しっぱなしにしていることはある。マンションには書斎のような部屋はあるのだが、ほとんど図書室もしくは資料室になっている。
 真と同居するまでは、竹流は仕事をプライベートの部屋に持ち込むことはなかったようだが、銀座のギャラリーや多摩の大和邸で仕事をしていたのでは、真に『飯を食わすことができない』という理由で、資料などはマンションに持ち帰るようになっていた。

 テーブルの上は広げられた本が五冊ばかり、さらに複製画らしき年季の入った紙が幾枚も散らばっている。
 そしてその絵の中には、どでかい男の一物が、あまりにもあっけらかんと描かれ、艶っぽい女性がしどけなく、というよりは堂々と足を開き、その迫力あるものを迎え入れている。
 それを覗き見る小娘の表情が何とも言えず、真はその小娘以上にどこに視線を持っていけばいいものか、狼狽えた。いや、多分小娘は喜んでいるのだろうけれど。

 何も遠回りする必要はないのだが、真は思わず部屋の隅っこを通って、ダイニングキッチンへ入った。

「お帰り。先に飯にするだろ」
「あ、うん」
 いつものことだが、まるで新婚の夫婦みたいな会話だな、と思う。
 調査事務所の共同経営者(本人は『秘書』といって譲らないが)の美和は、この手のことについてはいつも興味津々なのだ。
 帰ったら『お帰り~』『ただいま~』『お風呂にする? ご飯にする? そ・れ・と・も』なんて感じなの? ねぇねぇ、教えてくれてもいいじゃない。
 ホモのカップルじゃあるまいし、と思うものの、確かに大筋はあっている。いや、あっていないか。それとも、はないし。

 テーブルの上の本については特に説明はなし、だ。
 多分、竹流に言わせたら、これは芸術なのだ。もちろん、真も春画という絵があることくらいは知っている。これが彼の仕事の一部だということも理解できるが、幾らなんでもここでやらなくても。

「何?」
 見れば、台所にはものの見事に千切りされたキャベツに、艶やかな桃色の豚バラ肉、すりおろされた長芋、その他、天かすに紅ショウガ、篩にかけられた小麦粉、卵などが混ぜ合わされるのを待っている。
「お好み焼き。何だか、急に食いたくなったんだ」
 料理好きのこの男は、本当にこまめに真の食事の面倒を見てくれる。レストランのオーナーなのだから、食材へのこだわりは半端ないのだが、一方でこういう庶民的料理にやたらと興味を持っている節もある。
 旅先から帰ってくると、一通り作ってみなければ気が済まないらしい。

 コンロの隅に鉄板もしつらえてある特注の台所だ。いわく、普通のフライパンでは美味い肉が焼けないからだという。その鉄板で焼いたお好み焼きはさぞかし美味いのだろう。
「大阪の食い物ってのは、精力がつく感じがするなぁ」
 精力つけて春画の仕事なのか、と脈絡のないことが頭に浮かんだ。
「風呂は後にしろよ。絶対に鉄板焼き臭くなるから」
 
 お好み焼きにはビールだろ、と普段ビールなど飲まない男が、キリンビールを出してきた。キャベツにその他具材をさくさくと混ぜて、特注鉄板で焼く。
 ソースは大阪でもらってきたらしい。中身は秘密の特別ソース。
 確かに美味い。キャベツ量が多いからか、あっさりとしていて、腹にもたれなくていい。

「明日から、ちょっと弘前に行ってくる」
 真が切り出すと、竹流はコテでお好み焼きを切る手を止めた。
 さっきまで、これはコテなのか、テコなのか、ヘラなのかで揉めていたが、一応大阪的にはコテが優勢ということに落ち着いた。

「ちょうど良かった」
 コテでお好み焼きを押さえかけた真の手を制して、竹流が言った。コテで押さえるなんてもってのほか、ということらしい。
「何が」
「俺も弘前に用事があるんだ」
「それって一緒に行くって意味か?」
「何が悪い?」
「まさか、あのテーブルにわざとらしく広げてある本の用事か?」
「テーブルの上?」
 竹流は一度とぼけておいて、あぁ、と頷いてから、面白そうな笑みを作った。
 その辺の男がこういう笑いをすると、かなり下品に見えるはずだか、この男にかかるとそれもまた美しく見えてしまうから困ったものだ。

「ちょっと興奮したろ」
「馬鹿言え。でかすぎてリアルさに欠けるだろうが。あれは何だ?」
「うん、まぁ、あの手のものは、大事に隠し持っている金持ちがいるわけだ。春画は江戸時代から売れ筋だったからな、歌麿、春信、北斎ら名だたる浮世絵師たちが競って描いたんだよ。で、お金持ちの蔵の中にしまわれて何世紀。驚くほど状態のいいものもあるんだ」
「で、弘前の金持ちが蔵にしまっていたってわけか」
「まぁな」
 お好み焼きが美味すぎるので、会話は一旦途切れた。

「連れがいるぞ」
 いささか困った気がしなくもない。だが、女子高生と二人きりよりはいいかもしれないと思い始める。
「別にかまわないさ」
「うるさい女子高生だぞ。絶対あんたの嫌いなタイプだ。生意気で、いっぱしのことを言う割にはガキだ」
「お前の仕事は大体そういうのが相手だろうが。しかも、俺はそういう手合いには慣れてる。お前で」
 確かに、反論の余地はない。
 結局、お好み焼きが美味かったので、あまり検討する余地のないまま、翌日、上野駅の待ち合わせ場所に竹流と一緒に出掛ける羽目になった。




こんな感じで始めて見ました。推敲は随時していきますが、何せ裸のままの文章故、読みにくいことこの上ないかもしれませんが(いつもだけど)、お許しください。
例のごとく、食事シーンから始めてしまった。好きなんです、食事シーン……

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【死者の恋】(2)すっぽかし 

@ちょっと大きな間違いに気がついて、書き換えました。書いたとき、ちょっとぼんやりしていて、新幹線にでも乗っているように書いてしまった…光景が昼間。
時代からは、弘前までの移動は、飛行機でなければどう考えても夜行なので、夜行の景色に変えました。
気をつけなきゃ^^;
再掲です。偉そうに、その時代にないものを書かないように気を付けると書いてあるのに…^^;^^;
では改めて、よろしくお願いいたします。


お待たせいたしました!…って誰も待っていないかもしれませんが…^^;^^;
突撃連載!【死者の恋】(2)をアップします。
このお話は、18禁要素は全くありません。

でもあまりにも(1)が前だったので、一応ジャンプできるようにしておきます…
(クリック→死者の恋(1))
でも、実は真と竹流がお好み焼きを食べているだけなんですが。

初めてこのブログにたどり着いてくださった方のために…
相川真は私のつたない物語のメインキャラクターです。
新宿の調査事務所の所長。
そして同居人(というよりも真が居候している)が修復師の大和竹流(ジョルジョ・ヴォルテラ)。
この二人の生い立ちは【海に落ちる雨】始章のページを開いてみてください。
いきなり、ヨーロッパ大河ドラマになっていますが……

幾つか確認事項。
このお話は、多分真が26歳のはずなので、1978年くらいの話。
1978年と言えば、サザン・オールスターズのデビュー、ピンクレディのUFO、キャンディーズのサヨナラコンサート、成田空港開港、初の24時間テレビ(萩本欽一と大竹しのぶ!)、ザ・ベストテンの放送開始。
もう、本当に楽しすぎます。
だから、携帯電話なんてありません。
そう、連絡の取れない切なさと不便さが物語にも歌にもなった時代なのですね。

大好きな曲のひとつ、徳永英明さんの『レイニー・ブルー』の歌詞にある、電話ボックスの外は雨、かけなれたダイヤル、回しかけて……と、この切なさを分かる世代の方は、思い出して楽しんでいただけると嬉しいです。
そして、そんな不便なのはあり得ない、という世代の方も、ちょっと想像して楽しんでいただけると嬉しいです。

だから、冷凍ミカン! 東北へ向かう国鉄の始発駅は上野! そう、JRじゃなくて国鉄!
何だか楽しいですね。
岩木山のスカイラインがそのころあったのか、思わず調べちゃいました。
ありました。よかった。
でもわからないのが、8合目から9合目までのリフトの沿革。ちょっと困ったなぁ。

さて、第2話、ようやくミステリーの気配が…?





 若い女ほど気まぐれなものはない、ということは知っていたつもりだった。女子高生となると尚更だ。
「で、これはすっぽかされたわけか」
 竹流は例のごとくあれこれと修復師の七つ道具(もちろん、七つ以上ある)が入った重そうなアタッシュケースを足元に置いて、上野駅の待合の椅子に座り、傍で突っ立ったまま腕時計を確かめる真を面白そうに見ている。
 ちらちらと自分たちを見る周囲の視線にはもう慣れていた。そもそも竹流が目立つ。背は百八十はあるし、淡い金の髪と青灰色の目、それに整った顔かたち、ついでにこの外見からは想像もできないくらい流暢な日本語、耳をくすぐるようなハイバリトンの声を聞けば、誰だって振り返るのだ。
 クォーターである真自身も、決して目立たない顔かたちではないのだが、もしも真一人だったら、それほど周囲の視線を集めることはないだろう。
 どういう組み合わせかと興味深く見られているに違いない。
「そうらしいな」
 ちょっと電話をかけてくる、と言い捨てて、真は公衆電話を探した。
 ホームの真ん中に見つけると、ポケットを探って小銭を取り出す。
 春とは言え、夜になると風は冷たい。
 電話番号は覚えていたのだが、念のために内ポケットから手帳を出して確認し、幾分かかじかんだ指でダイヤルを回した。

「あんたか。朝っぱらから何だよ」
 眠そうで不機嫌な声が受話器の向こうから聞こえてくる。朝、というのは彼にとって一日の始まる時間、つまり世間一般の夕食が終わる頃合いだった。
「お前が連れてきた島田さんと待ち合わせているんだが、来ない」
 ふーん、と興味なさそうにロッカーの色男は息を吐き出した。カチッとライターを打ったらしい音が聞こえてくる。ついでに、りょうちゃん、だれよ~という甘ったるい声が聞こえる。
「そこにいるんじゃないのか」
「馬鹿言うなよ。これは詩津ちゃんじゃなくて、みどりちゃん」
 えー、しづってだれよぉ、という声が、さっきより大きく聞こえてくる。
「嶺、お前、いい加減にしないと、そのうち女に刺されるぞ」
「あぁ、それもいいなぁ。で、オレは伝説になるってわけだぁ」
 向こうで何をしているのか、きゃっきゃっと女がはしゃぐ声が聞こえている。
「伝説になるのは、もう少し売れてからだぞ。今死んだらただの野垂れ死にだ」

 今年十八になる向井嶺は、中学生の時に家出して、バイトをしながらバンド活動をしている。以前は、メジャーデビューはしていないもののその世界では有名なあるバンドの使い走りをしていた。バンドは何度かメンバーを入れ替えたが、そのうちに嶺がボーカルに収まり、一気に女の子のファンが増えた。嶺のルックスと物憂い感じが引きのポイントだったようだ。メジャーデビューに最も近いバンドのひとつだと言われているらしいが、この世界にはそんな話はごろごろしている。
 流行のものは一通り経験したという嶺は、大麻や法律すれすれのクスリにも手を出していて、それがきっかけでチンピラと喧嘩をしたことも一度や二度ではない。
 まだ真が唐沢調査事務所で働いていた時、その時はまだ嶺のことを心配していた母親からの依頼で家出していた嶺を探したことがあった。何度か繰り返された捜索依頼は、嶺が十六になった年にぴたりと止んだ。母親が再婚したのだ。
 悪い奴じゃないことは知っていた。だが、この年にありがちな刹那的で投げやりな態度では、そのうち本当にどこかで刺されるのじゃないかと心配にもなる。
 その嶺がどういうわけか、いささか真に懐いてくれている。
 もちろん、態度は思い切り不遜だ。

「とにかく、詩津はここにはいねぇよ」
「今から弘前に行く。向こうから連絡先を知らせるから、もし彼女が連絡してきたら、電話をくれ」
 へいへい、と曖昧なあてにならない返事を聞いて、真は受話器を置いた。
 ちょうど列車が入ってきた。
 ホームの待合を出た竹流と視線が合う。
 購入した冷凍ミカンと駅弁と透明ボトルに入ったお茶を持って、座席に収まった。
 乗り込んですぐに寝台の座席のカーテンを引いて籠るのもどうかというところだったし、四人分の寝台が上下向かい合わせになっている区画の中、同席になるもう一人は、小柄な年配の女性だったので、眠る場所も考えた方がよいかと思った。
 いい加減で蓮っ葉な女子高生とはいえ、島田詩津が一緒なら多少は女性も安心したかもしれないが、こんなでかい外国人の男と左右の目の色が異なる愛想の悪い男と同席ではおっかないのではないかと思うのだが、例のごとく、竹流が押しつけがましくない程度の愛想の良さで女性としばらく会話を交わしているうちに、すっかり女性の気持ちはほぐれたようだった。この男は、年配の男女の気を引くことにかけては天下一品で、日本全国あちこちに茶飲み友達か日本の父または母ともいえる老人の知り合いを持っている。その数は、多分付き合っている、あるいは付き合ってきた女の数をはるかに凌駕しているはずだ。
 本来なら女性が上段のベッドだったのだが、ある程度の年齢以上で梯子の上り下り楽ではないだろうということで、志津がいないおかげで空いた下段を譲ることにした。
 しばらく他愛のない会話を交わした後で、女性は眠るまでのしばらくの時間、詩集を広げて読み始めた。

「連れ合いが来ないなら、テスタロッサで行くのもありかと思ったけど、列車もいいもんだな」
 弁当を食べて終わり、冷凍ミカンの皮をむく。皮は膝の新聞紙の上にばらばらに散らばっている。このミカンがいたく気に入ったらしい竹流は、年配の女性にもひとつを譲って、代わりに女性が自ら漬けたという茄子の漬物をもらって、すっかりご満悦だった。
 竹流のテスタロッサは、フェラーリの会長の許可のもと、デザイナー兼エンジニアがヴォルテラの御曹司のためだけに作ったという特別仕様車で、スポーツカーにありがちな長時間ドライブで腰を痛めることもない。
 だが、確かに、たまにはこうして列車の旅をするのも悪くないかもしれない。
 行きがけに共同経営者の美和がにこにこしながら言ったものだ。
 先生、大家さんが一緒となると、女子高生は邪魔ですねぇ。別に依頼人が一緒でなくてもいいんじゃないの。
 それがそうにもいかない。依頼人、島田詩津の話がいい加減すぎて、つかみどころがないので、とにかく現地に行ってはっきりさせる必要があったのだ。ほとんど学校に行っていないのかもしれないが、それでも良識ある大人としては女子高生に学校をさぼらせるわけにはいかなかったので、ちょうど数日後に始まるこの連休を選んだのだが、いい加減なのは話だけではなかったようだ。
 ちなみに、大家さんというのは竹流のことだ。二人の仲を疑う美和に、真が『あれは大家のようなものだ』と言ったので、美和はそれ以来竹流のことを大家さんと呼んでいる。

 詩集を広げていた女性が、二人に断ってカーテンを閉めたのは、高崎を過ぎたあたりだった。目の前のカーテンを閉じられると、急に二人きりで寝台車の座席に座っていることが間の抜けた感じに思える。
 窓側に座った真は、本当なら時間を逆行するような春の景色が見えるはずの真っ暗な窓の向こうへ目をやり、ふと上着の内ポケットを確認した。
 その気配をどう受け止めたのか、竹流が不意に真を見る。
「で、どうするんだ」
「あんたはどういう予定だ?」
「とりあえず寺に泊まる」
 また寺だ。本当によく寺に泊まる男だな、と思っていたら、竹流がまた勝手なことを言う。
「予定外の連れがいるんで、もう一人一緒に泊めてくれと頼んでおいた」
 この予定外の連れというセリフはもう何度聞いたことか。
 それにしても、寺と春画はちょっと微妙な組み合わせだ。いや、竹流のところに来る修復依頼には時々とんでもない種類のものがあるようだから、別に意外でもなんでもないのかもしれない。
 とりあえず、島田詩津が来るまでは付き合ってもいいか、と思い直す。土地勘がなかったので、もともと弘前に着いてから旅館もしくはホテルを探すつもりだった。

「それで、行先は?」
 竹流が自分の予定と真の予定を突き合わせようとするのか、尋ねてきた。
「ひとまず車を借りて、岩木山スカイラインに行ってみる」
 島田詩津が、曰く『迷惑なばばぁ』に出会ったのは岩木山の登山道だ。詩津以外に彼女を目撃していた人がいてもおかしくはない。尤も、もう二週間も前の話なので、そんな簡単に目撃者に出会えるとは限らないのだが。
「で、お前をすっぽかした女子高生は後からでも来るのか?」
「分からない。伝言はしたんだが」
「お前、その依頼は金になってるのか? 相手は女子高生だろうが」
「あぁ。小遣いだけは随分持っているらしい」
 嶺の話では、詩津は随分と金を貢いでくれているらしいし、多分金持ちのお嬢様なんだろ、ということだったが、正直なところ真はその金の出所を心配し、先に詩津の家の事情を調べていた。万が一、詩津が女子高校生としては許されない方法で金を稼いでいるのなら依頼を受けるわけにはいかないと思ったからだ。
 だが、確かに詩津の家は立派な家で、父親は中堅の企業の重役だった。
 それでも、金の出所と、この依頼の成功報酬が正しく支払われるかということについては、今でも百パーセント信じているわけではなかったが、前払い金は確かにもらっていた。それに、嶺の頼みを断りたくなかったのだ。
 あいつ、家に居場所がないらしいしさ。
 そう言った嶺の顔が、昔一度だけ真に見せた不安な顔つきだったからだ。

 そしてそれだけではない。詩津が持ってきたあるものが、真を動かしていた。それを考えると胸のあたりが熱いような気がして、ふとジャケットの上から左胸を押さえた途端、竹流がすかさず聞いてきた。
「で、その胸の内ポケットに入っている小瓶は何だ?」
 本当にこの男はどこで何を見ているのだか、恐ろしいくらいだ。千里眼ってやつなのか。もっとも、竹流に言わせたら、真が隙だらけらしいのだが。
 真は観念して竹流に小瓶を手渡した。
 竹流はしばらく、その小さな紫の薬瓶のような小瓶の中を見つめていた。そしてすぐに真の内ポケットに戻す。
「骨か?」
「あぁ」
「ヒト?」
「確認してもらった」
「それで、どうにも断れなかったか」
 真は返事をしなかったが、竹流は納得したようだった。
 小瓶の中には、ヒトの第二頸椎、いわゆる舎利といわれている骨と、両手の指の先の骨がきっちり十、入っていた。舎利は仏の座った姿、そして指の骨は立ち姿と言われているが、後者は火葬の場合焼け残らないことが多いという。それが十本、そろっている。
 しかも、この骨は火葬されたものではないというのだ。
 沖縄じゃ戦前は土葬して洗骨するっていう風習があったけど、最近は衛生的な問題で保健所から指導が入ったっていうしな。しかし、これはどう見ても焼いた骨じゃないぞ。
 訪ねた先の骨学者はそう呟いた。
 この瓶を真の手元に残していった女子高生、島田詩津は、気味が悪いから預かってくれと言った。その『迷惑なばばぁ』に押し付けられたというのだ。
 どこまでが本当の話なのか、詩津にもう一度確かめたかったのだが、とにかく今は嶺からの連絡を待つしかない。
 いつまでも話していると、カーテンの向こうの女性に悪いというので、もう眠ることにした。
「上に上がるのが面倒だったら、一緒に寝るか」
「馬鹿言うな」
 言い捨てて真は梯子を上った。カーテンを引きかけて、隣の誰もいない寝台の席を見ると、自然と息が零れた。詩津がいい加減な女子高生であると思う批判的な気持ちと、彼女の中の本当の姿をまだつかみ切れていないような焦りのようなものが、どちらも一緒に存在していた。
 そしてさらにまた、カーテンを引いてしまうと、突然取り残されたような寂しさと一人きりになった穏やかさとが、同時にこの狭い空間を満たした。




ちょっと解説
『やたらと寺に泊まる男』『予定外の連れ』というのは【清明の雪】で竹流が京都のある寺から依頼を受けていて、真を連れて行った件を指しています。
さらに、日本に来た頃、まだ修復師として無名だったころは、日本全国の神社仏閣を歩き回り、一宿一飯の恩義として修理や修復の仕事をしていた(最初はちょっと押し売り)ので、大和竹流には日本のあちこちに泊めてくれるお寺や神社があるのです。


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【死者の恋】(3)嘘つき 

@ちょっと間が空きましたが、(3)をお届けします。重大な間違いに気が付いて、(2)を書き直して再掲しましたので、そちらも併せてお願いしますm(__)m


調査事務所所長の相川真のところに持ち込まれた、女子高生・島田詩津からの依頼。
岩木山で出会った足の悪い年老いた女性が持っていたという骨の入った小瓶。
それを返したいから、その老人を探してくれと言われたのだが、待ち合わせた上野駅には彼女は現れず。
彼女を真のところに連れてきたロック歌手の向井嶺もあてにならない。
付き合ってくれている同居人の修復師・大和竹流も、津軽に用事があるようなのだが…



 朝、弘前駅に着き、ホームに降り立つと、思ったよりも暖かい空気が身体を包んだ。
 寝台車では何度も目を覚ましたので、熟睡感はなかったが、北国の朝の空気はやはり心地がいい。温かい中に時々、肌を刺すような冷えた空気が混ざり、厳しく長い冬をようやく抜け出した後の、独特の匂いがする。
 駅のロータリーまで降りてくると、竹流が誰かに向かって手を挙げた。
 ふとその相手を見ると、軽トラックの前に立っているのは、真も知らない相手ではなかった。
「めんずらしい組み合わせだべな」
 それは確かにそうかもしれない。
 真が弘前に来るときには、大概祖父母のどちらかと一緒だ。そして竹流がこのリンゴ農家の男を知っているとなれば、間に挟まっているのは真の祖父でしかありえない。北海道に住む真の祖父と竹流は、年齢も民族も異なるのに、しかも真の祖父は頑固で人当たりが悪いのに、何故か馬が合って、真の知らないところで時々一緒に飲んでいるらしいのだ。
 一言二言挨拶を交わしているうちに、どうやら竹流はもともとこのリンゴ農家の男に車を、それも軽トラックを借りる予定だったらしいことが分かった。
「夕方、店に来るべ」
 軽トラックの鍵を竹流に渡すと、リンゴ農家、兼居酒屋の雇われ店長、兼津軽三味線奏者でもある澤井哲は、自分はそのまま集会があるとかで、すたすたと道を渡って行ってしまった。今年五十になるはずだが、典型的津軽のおっちゃんである哲は、相変わらず好き勝手に、程よくあれこれ楽しみながら、それなりのじょっぱり人生を生きている。

 つまり、結局『山背』には顔を出すことになるということだ。
 丁度いいので、『山背』を連絡先にしようと、公衆電話から嶺に電話を入れた。『山背』は居酒屋で、営業は夜だけだが、昼間は三味線の練習場になっているし、昼過ぎからは仕込みに入っているので、誰かが電話に出てくれる。
 この時間なら嶺は帰ってきてベッドに入る頃合いだろう。運よく昨夜のうちに志津を探し出してくれていたらいいのだが、また別の女と一緒である可能性もなくはない。
 だが、嶺は電話に出なかった。念のために、嶺が出演しているライブハウスにもかけてみたが、さすがに朝九時もまわったこの中途半端な時間に店に残っている者はいなかった。
 飲んだくれていて、どこかの道で寝ていてもおかしくないし、誰かと喧嘩して刺されて倒れていてもおかしくない。そんな嶺をあてにするのは間違っているとも思うのだが、どこかで信じたい気持ちもあるし、誰かが嶺を気にかけてやらなければならないとも思っていた。

 岩木山スカイラインに上がる前に、竹流の言う通り、岩木山神社に寄る。
 軽トラックを降りてドアを閉め、二重、三重に鳥居が見える先、岩木山そのものへ続くような参道を見る。弘前市内も大概田舎町だが、ここに来るとまさに空気が変わる。
 まだ中高生だったころの真は、ここに来ると体があちこち不調になっていた。何かが見えるとか、何かの気配がするとか、そういう単純な話にしてしまってもいいのだが、どうやらここは死者があまりにも近いのだ。それは真にとってのみ近いということではない。この東国、奥州日の本の国の人々にとって、あの世とこの世の境界はあまりにも曖昧と言うことであり、この場所はそういう聖域なのかもしれない。
 もっとも、杉林の向こうからまつろわぬ古の鬼たちの気配がすると言っても、それはおっかないというより、あまりにも当たり前にそこにあるもの、という印象であり、真の神経を逆なでするような嫌な気配ではなかった。

 山に登る前には山の神様に挨拶をせねばならないという日本人的感覚を竹流が身につけていることについて、もう真には違和感はないが、他の日本人が聞いたら不思議がるだろう。だがこういう手順を踏むというこだわりの有無は、その土地の人間であるかどうかということとはあまり関係がないような気もする。
 太い注連縄の下で、この山の神に入らせてもらいますという挨拶をし、竹流の横顔を見ると、例のごとく真剣に祈っている。
 カソリックの総本山を支えていると言っても過言ではない家の跡継ぎだと言われる男だが、宗教的には極めて寛容で、攻撃的なところがない。
「あんたの目的地は?」
「岩木山の北側だ。とりあえずスカイラインを上がって、あちこち聞きに回るんだろう?夕方、山背には顔を出さざるを得ないだろうから、今日中に辿り着くのは難しそうだし、市内に泊まろう。もっとも、哲さんが泊まれって言い出しかねないけどな。で、明日一緒にその寺に行ってくれたらいい」
「あんたの仕事が進まないんじゃないのか」
 竹流はちょっと考えているような顔をしていたが、それはまぁいいんだ、と何か本音を隠したように見えた。

 岩木山スカイライン。
 全長九、八キロの見事なヘアピンカーブの道だ。カーブは全部で六十九あり、密生するブナの原生林を抜けていく。昭和四十年に開通したこの道で、岩木山の八合目まで行くことができ、そこから九合目まではリフトで登ることができるが、その先頂上までは、一時間はかからないというものの、まさに岩を登るような登山になる。
 運転席の竹流は、相手が愛車のフェラーリであろうが、農家の軽トラックであろうが、まったく意に介していない。軽トラックと長身の外国人という組み合わせはどう見てもおかしいはずなのだが、何故かしっくり馴染むようにも見えるから、この男は不思議だ。多分、本人がこの組み合わせが可笑しいとは一向に思っていないからなのだろう。
 ブナの根元にはまだ雪が残っている。

 料金所で真はふと看板に目を止めた。
 あの娘、嘘をついたな。
 北国の出身である自分があっさり騙されたのもいささか格好が悪いが、正確な日付が分からなかったのでそういうものかと疑わなかった。おそらく、島田詩津は色々嘘をついていることがばれるのが怖くて、待ち合わせをすっぽかしたのだろう。
 さて、こうなるともう、何かの手がかりが見つかる可能性は低そうだが、とにかくここまで来たからには行ってみるしかない。
 もちろん、ここで引き返して依頼を断ることもできるのだ。しかし、内ポケットの小瓶が真のジャケットの内側で声にならない声で話しかけてくる。竹流の言う通り、これがこの依頼を受けてしまった理由でもあるのだから。
 真は助手席から窓の外を見つめていた。
 ひとつカーブを越えるたびに視界が広がっていき、日本海が大きくなり、波が打ち寄せる海岸線が伸びてゆく。津軽富士と呼ばれる岩木山の雄大な山麓が、視界のいっぱいいっぱいまで広がる。
 東京にいると時々息苦しくなる呼吸が、実はこんなにも楽だったのだと思い出させてもらっただけでも感謝することにしようか。

「それで、結局、その女子高生の話はどういう内容だったんだ?」
 付き合ってくれるというのだから、有難いと思うべきだったが、何となく申し訳ない気もしてきた。
「もしかしたら、まったく嘘を聞かされてきたのかもしれない」
「嘘?」
「二週間前に、この岩木山の登山道、つまりこの先の八合目の駐車場からさらにリフトで九合目まで行って、そこから先の登山道で、足の悪い年老いた女性に会ったと言ったんだ」
「二週間前?」
 竹流も嘘の内容を理解したようだった。
 二週間前なら、冬季のためこのスカイラインは閉鎖されていた。もちろん、その女性が四つあるうちのどれか登山道を下から登ってきたという可能性もあるが、少なくともあの娘は車で八合目まで行ったと言ったのだから、結果的には嘘に違いない。

 竹流はしばらく黙ってヘアピンカーブに集中してハンドルを捌いていたが、やがて静かに言った。
「だが、引き返す気はないんだろう?」
 真は答えなかった。竹流は分かっているだろうと思ったからだ。
「それならこのまま行こう。で、嘘っぱちでも、その小娘は他に何を言ったんだ?」
「その人は足が悪くて、段差のきつい岩場を全くうまく登れなかったようだ。足が悪いのにこんなところに一人で来て、なんて迷惑なばばぁだ、と思ったらしいんだが、行きがかり上、手を貸す羽目になったんだと」
「ばあさんは本当に一人だったのか」
「と言っていたけど。何でも、亡くなった御主人と一緒に登るはずの山だったから、何とか登りたいのだと言っていたらしい」
「で、その骨とどういう関係がある?」
「お礼だと言ってもらった饅頭の入った袋に、一緒に入っていたと言うんだが」
「なるほど。で、帰って見てみたら、中に骨の入った小瓶が混ざっていて、それを返したいが、手掛かりがないのでお前のところに来た、と」

 嶺が言っていた、あの娘は家に居場所がないのだという言葉が、ふと頭をよぎった。
 もう少し話を聞いてから来ればよかったと思う。だが、この道々でゆっくり話を聞いてやってもいいと思っていたのだ。
 もちろん、真には悩める少年少女の相談相手になれるという自負心など欠片もない。結果的に幾らかは頼れる大人の役割をしてやっていることは多いが、それが彼らにとってどれだけの助けになっているかと言うと、やはり大したことはできているとは思えない。
 結局答えを出すのは自分自身だ。

 山に上がり、八合目の駐車場でトラックを降りると、地上の霊気が祓われていくような清々しい風が吹き抜けていた。
 七里長浜から緩やかなカーブを描いて小泊岬、さらに向こうに北海道までが見えている。
 千六百二十五メートルの山の八合目は、四月の終わりではさすがに寒かった。軽トラックにはそれを見越したように、雨合羽らしいものが積まれていて、竹流が一枚を真に渡してくれた。
 竹流に促されて、リフト乗り場の受付に行く。
 足の悪い女性を探しているのだと言うと、案の定、少なくとも今年になってから、つまり僅か数日前に今年の開業を始めてからはそんな人は見かけないし、去年のことは分からないという答えが返ってきた。ちなみに、昨年の最終開業日を確認すると、十一月四日だったという。
 とりあえず、リフトに乗って、山の様子を見に行ってみることにした。
 一人乗りのリフトは、風が強くて随分と揺れた。これ以上風が強くなったら運行中止になるだろうが、受付の人はもうしばらくは大丈夫だろうと話していた。彼らのほかには、物好きな数人が乗っているだけだ。
 哲さんが車に乗せてくれていた雨合羽がバタバタと硬い音を立てて膨らみ、頬には風が突き刺さり、耳は遠くなるほどに冷たくなった。
 後ろの竹流振り返ると、雄大な山麓の景色から向こう、北海道の方を指差して何か言いかけてから、声が届かないことに思い至ったのか、ただ微笑んだ。

 リフトを降り立つと、すぐに竹流も降りてきて、あまりの風に自然に体が引っ付くくらい近い位置で山の方へ歩き始めた。
「どう思う?」
 真の耳に口元を近付けて竹流が聞く。
「どこまでが本当の話かってことか?」
「あぁ。少なくとも、場所までは作り話じゃないんだろうな。あとは、本当はいつだったか、ということだ。大体、その娘は、誰とここに来たんだ? 少なくとも女子高生が一人で来るところじゃないだろう」
 さすがにこの季節に山に登ろうという酔狂はいなさそうだった。ここまでリフトで来た夫婦連れらしきカップルと、若い男女のカップルも、リフトを降りてから山の方に向かう気配はない。
「家族で、と言っていたが」
 よく考えたら、奇妙な話だ。彼女は『家族の中に居場所がない』のだから、家族旅行を楽しむようには思えない。それも東京でちゃんと聞いておけばよかったと思ったが、そもそも島田詩津の態度は、真に何でも話して依頼する、という気配ではなかった。
 嶺に無理矢理連れてこられて、しぶしぶ話している、という感じだったのだ。
 嶺の奴も、珍しくおせっかいになったものだ。
 そのことも、少し引っかかる。
「ちょっと行ってみるか。山頂まで行ったら遭難しそうだけど」

 九合目から少しの間は普通に歩ける道だった。とは言え、アップダウンのある山道には違いない。やがて直ぐに雪よけの小さなヒュッテが見える辺りからは、足が不自由であればとても登れそうにない岩の道になっていた。ヒュッテの先は一旦平地のようになり、その先は頂上まで完全な岩の山だ。
 足が悪い、といっても、程度にはよるのだろうが。
 一段だけ、随分と高さのある岩を目の前にして、竹流が足を止め、真も思わず彼の顔を見た。
 女子高生が嘘をついていたのだとしても、その女性が完全な架空の人物と言うわけではないのだろう。
 では、その年老いた女性は、なぜ骨の入った小瓶を持って、この山を登ろうとしていたのだろうか。この骨は、普通に火葬されたものではない。ならば、その骨の持ち主はどのようにしてこの姿になったというのだろう。
 風で震える雨合羽の内側で、小さな骨がカタカタと鳴っていた。
 その風に紛れて、何かの声が聞こえそうな気がする。
 胸のあたりが熱くなっていた。それはこの骨にまだ肉塊が伴っていた頃の記憶や名残なのだろうか。もう少し耳を澄ませ、心をここから解放してしまったら、何かの真実に届くような気がする。

 不意に、意識が遠くに持ち去られそうになったとき、竹流がぽんと真の腕を取り、軽く促した。
「少なくとも、足の悪い老人が一人で簡単に登れる山じゃないことだけは確かだな。しかも、登れても降りるとなるとさらに大変だ。もしも万が一、山の下から徒歩で登ってきたんだとしても」
 真は思わず息を吐き出した。
 そうだ、そんなに都合よく死者の声が聞こえるほどの力が自分にあるわけでもない。霊媒師でもないのだし、たまに何かの気配を察知することはあっても、現実と幻覚の区別がつかないことがあると言うだけで、そういう情報を用いて事件を解決できるというよなはっきりしたものではない。
 冷静でいなければ、また妙なものに付け入られてしまう。真はようやく口を開いた。
「少なくとも帰りはバスか、タクシーを使っている? あるいは行きも」
 竹流はしばらくの間、黙って真の顔を見ていた。
 この男には、多分真の今の状況がある程度伝わっているのだろう。だから、自分の仕事を少しの間先延ばしにして、真に付き合っているに違いない。少なくとも、その女子高生が一緒ならばなかったであろう隙が、今の真にあるということなのだ。
「そうだな。まずはその小娘を引っつかまえて、本当はいつここに来たのか、問いただした方がよさそうだぞ」

 それにしても寒い。少なくとも本当にこんな季節だったのなら、その女性は凍えて大変なことになっているはずだ。
「ついでに、遭難届も調べておいたほうがよさそうだな」
 そう言った途端、竹流が真の身体を軽く抱くようにして、耳元に囁いた。真は驚いたが、単に無茶苦茶に寒くて温もりを求めただけなのかもしれない。あるいは、真がどこかへ意識を飛ばしてしまいそうになるのを引き留めたかったのか。
「こっちが遭難する前に降りよう。漫画みたいに、あのヒュッテにお世話になって一晩抱き合うって下りも悪くないけど」
「殴るぞ」
 抗うようにして言うと、頭を撫でられた。
 全く、いつまで子ども扱いする気なんだろう。
 とにかくバス会社とタクシー会社、それに警察だ。とは言え、その女性の出所が分からなければ、片手落ちになる。山を降りたら、まずもう一度、嶺に電話をかけてみよう。
 どうあっても島田詩津を捕まえた方が良さそうだ。

Category: ★死者の恋(間もなく再開)

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【死者の恋】(4)信じない 

【死者の恋】(4)をお届けいたします。
本当は一貫して真視点にするつもりでしたが、書きたいことがちょっと分かりにくくなってしまうので、女子高生視点を入れていくことにしました。
とは言え、まだまだ始まったところなので、よろしければ今からでもお付き合いくださいm(__)m

岩木山で女子高生・詩津が出会った足の悪いおばあさん。
そのおばあさんが詩津に渡した袋の中に入っていたという骨の入った小瓶。
そのおばあさんに骨を返したいというので、その人を探す依頼を受けた調査事務所所長・相川真。
ちょっとばかり、妖などが見えちゃう人ですが、それはまぁ、おいといて。
だが、詩津は嘘ばかりついているようなのだ…
どこまでが嘘で、どこからが本当?






 小さいころから詩津には家に居場所がなかった。

 もちろん、親に愛されていなかったという強い証拠があるわけでもない。自分の部屋もあったし、学校に持っていくもので不足するものはなかったし、ピアノや習字といった習い事にも行かせてもらい、小学校の頃はぐずったら何でも買ってもらえた。特別な事情がない限り、学校参観の日には母親か父親、もしくは祖父母の誰かが来てくれた。中学校に入ると、自分で買いたいものは買えるくらいの小遣いももらっていた。
 父親は製鉄関係の会社の重役で、ほとんど家にいなかったが、たまの休みには自ら家族旅行の計画をして、色々なところへ連れて行ってくれた。母親の家系について言えば、詩津の曽祖父は大臣になる一歩手前で急死したという代議士だったそうで、一家には地方の議員が複数おり、詩津自身は会ったこともなかったが宮家に繋がる人もいるらしいという。母親自身も才媛で、有名女子高から大学に進み、家系から初めての女性政治家が出るかと思われていたらしいが、大学で知り合った父親との間に子どもができてしまい、卒業だけはしたものの、最後の年は出産の準備で、自分自身の将来を考える時間もなかったようだった。

 その時、生まれたのが兄の祐一だった。
 詩津が生まれたのはその三年後だ。
 きっと今だったら、そんな年まで病気が発覚しないというようなことはないのだろう。詩津が生まれた年、兄の祐一が重症の先天性複雑心奇形であることが分かった。もともと少し顔色の悪い子どもだと思われることはあったようだが、身体もそれなりに大きくなっていたし、ご飯もよく食べていて、まさかと思っていたのだという。だが三歳になって近所の子どもたちと遊ぶようになると、みんなについて行けなかったり、急に座り込むことが多くなり、心配になって病院に連れて行くと、チアノーゼがあることが分かった。身体の中の酸素が少ないというのだ。
 すぐに入院、カテーテル検査という運びになって、まだ三ヶ月になっていなかった詩津のことは親戚に預けたり、近所の家に預けたりしながら、両親は兄の検査・手術の入院のために時間を割かざるを得なくなった。正確には、父親は仕事の方に時間を割き、母親は兄のために時間を割き、そして詩津は祖父母と過ごす時間が長くなり、いつの間にか上手く両親に甘える方法が分からなくなっていた。

 もちろん、両親は両親なりに、詩津のために時間を作ろうとしてくれていたのだろうと思う。祐一も入院しっぱなしというわけでもなかったし、家族で旅行に行く時間も作ろうとしていた。決して、詩津のことを忘れていたわけではないのも分かっていた。
 祐一の病気は、完全に治るものではないと説明されていた。何回か手術をしていたが、それもいわゆる姑息的なもので、チアノーゼも完全には取れなかった。時々、不整脈や感染症で入院をした。歩けないとか、寝たきりというわけではなかったし、それなりに学校にも行っていたが、高校一年生の時に不登校になり、学校を辞めた。気難しくなり、無口になった。

 詩津は中学生になっていた。
 ある日、昔の写真を見ていて、ふと気が付いた。
 毎年正月には家族で写真を撮っていた。それが母親の実家の習慣で、父親はあまり乗り気ではなかったようだが、もしかして何らかの事情で祐一が次の写真を撮る時にはこの世にいないかもしれないという可能性を考えると、拒否はできなかったようだった。
 写真の中の家族は、誰も笑っていなかった。緊張した顔というのでもないし、澄ました顔というのでもない。皆の顔が暗い影を持っていて、別々の方向を見ているような気がした。毎年撮っているどの写真も同じだった。
 その家族写真が薄気味悪いと思った。
 きっとそういうことはありがちな事なのだろう。父親は家の外に女を作っていた。母親は何となく知っていたのかもしれなかった。

 普通だったら、そこでもっと傷ついたり、父親を激しく憎んだりするものかもしれないが、詩津は何も感じなかった。始めからみんな一人一人ばらばらで、たまたま同じ屋根の下に住んでいるだけで、分かり合っている家族という気はしなかった。
 小学生の時は、それでも両親に期待されていると思っていたし、兄の命がどこまで続くのか分からない状況では、この島田家における自分の役割は大きいはずだと、子どもなりに頑張ってもいた。母親と同じ中高一貫の女子高に入り、あるいは母が果たせなかった社会での役割を担うようになろうとも、ぼんやりと考えていた。
 突然何か事件が起こったというわけでもない。
 ずっと我慢していた思いが飽和状態になって、零れ出してしまったのかもしれない。
 そう、始めて嶺の歌を聞いたときに。
 そして、いつの間にか詩津は家族と過ごす時間を避けるようになった。

「頼むぜ~、詩津ちゃん……」
 詩津は短くした制服のスカートが風でめくれあがっているのも承知で、屋上に大の字で寝転がっていた。詩津の視界いっぱいに、くぐもった東京の空が裾を切り取られたドームのように広がっている。そのドームのど真ん中に、煙草を咥えたままの嶺の顔が現れた。
 覆いかぶさるような嶺の表情は、陰になってよく見えなかった。
 嶺が屋上の秘密の場所に来てくれることは、ある程度計算していた。いや、気まぐれな嶺を信じることはもちろんできないので、もし気が向いたら探しに来てくれるというだけのことで、探す気になってさえくれたら、詩津を見つけてくれる。つまりは、他にどこにも行く場所のない詩津の居場所はここだろうということを嶺だけは知っているということだ。

 そもそもこの場所を教えてくれたのは嶺だった。
 新宿東口から歩いて十分もかからない場所にあるビル、そのビルの中に嶺のバンドが出演しているライブハウスがあって、本来なら戸締り厳重でなければならない屋上へのドアが一か所だけ鍵が壊れていることを、嶺が教えてくれたのだ。
 ま、行き場所がないんなら、ここで泣いたら?
 もしかしたら嶺もここで一人で泣いている時があるのだろうか。そんなところに出くわしたい。そしてもしも嶺を慰めてあげることができたら、私は嶺の特別になれる?
 もちろん、嶺にそんなことは通じないのは知っていた。
 この屋上が秘密なのは、嶺がここで時々葉っぱを吸っていたり、誰にも邪魔されずに曲作りをする時に使っているからだった。そして、もしかしたら、バンドのメンバー以外で嶺がこの場所を好んでいることを知っているのは自分だけかもしれない、他のファンの女の子たちは知らないかもしれないということを、詩津は期待していた。

「俺の顔を潰さないでよ」
 面倒くさそうな声で言い捨てた嶺が隣に座る。煙草を咥えたまま、首の後ろを掻いている。この間まで伸ばしていた髪を、嶺はバッサリ切っていた。時々気まぐれでヘアスタイルや衣装を奇抜なものに変えるのが嶺は好きだ。神から啓示が来るのだという。
 嶺がちらりと詩津の制服姿を見たのを感じる。女と見たらやることしか考えていないはずの嶺だが、すぐに目を逸らした。横には小さな旅行鞄が投げ出してある。
 嶺は大きく空に向かって息を吐き出した。
「言ったろぉ。あの人には迷惑かけないでくれって」

 ばっかみたい。
 本当は声に出して言いたかったけれど、嶺に嫌われたくなかった。
 嶺がどうしてあのおっさん探偵に頭が上がらないのか、それが詩津には理解ができない。嶺は何だってできるし、怖いものがないと言っているのに、あのへっぽこ探偵だけは怖いとでもいうのだろうか。
「旅行鞄まで持って来てたんなら、何で行かねぇんだよ。電話かかってきちまったんだぜ。せっかくミドリちゃんと朝もゆっくりやろうとしてたのによ、萎えちまったよ」
 嶺の手がスカートの中に入ってくることを詩津は期待していた。それなのに、このごろ嶺はしてくれようとしない。
 いや、嶺と寝たのはたった一度なのだ。

 ファンの女の子はみんな嶺と寝たがっている。だから嶺はボランティアだと言って片っ端から女と寝ている。特別に奉仕をしたら嶺が寝てくれるというので、女の子たちは一生懸命嶺にプレゼントをする。
 あの時、詩津はライヴの後、控室の前で嶺を待っていた。もちろん、控室の前で待つ権利を手に入れるまでに、毎日のようにライブに行き、たくさんの贈り物をした。靴とか時計とか、サングラスとか、外国の特別な煙草とか、お小遣いの範囲でできることは何でもした。他の子たちが売春をしてもっと高価な贈り物をしていることは知っていたし、もしかして自分もそれくらいのことをしないと嶺の近くに行けないのかと思い始めた頃、購入したメンバーの一人の誕生日ライヴのチケットの裏に、下手な字で『あたり』と書いてあったのだ。
 多分、まったくの気まぐれだったのだろう。

 その日、順番待ちみたいに女の子が数人、部屋の前で待っていて、中から複雑な声が聞こえて来ていた。話をしたり抱きしめてもらったりするだけではないのだということは分かっていた。
 最後に詩津の番が来たとき、ドアを開けた嶺が何故か舌打ちした。
 それから嶺は一度部屋に引っ込んだ。
 こんな貧弱な女、抱けないと思われたのかもしれなかった。詩津は高校生になったばかりだったが、背も大きい方ではなく、痩せていて、胸も大きくなくて、まだ中学生のようにも見られていた。
 しばらくすると嶺は出てきて、顎でついて来いというようにした。
 あの日、嶺が何を思ったのかは分からない。惨めで凍えているような詩津の様子を見て、初めてだということに気が付いたのかもしれない。そういうのは面倒だと思っているのかもしれなかった。
 この非常口のドア、鍵壊れてんだぜ。
 嶺がそう言ってこの屋上に連れて来てくれた。
 夏休み前で蒸した日だった。嶺は相手の女の子が初めてだということを気にしている様子はなかった。緊張と興奮と感激で記憶が曖昧で、痛かったのか怖かったのかも覚えていない。

 それからも嶺と二人きりでご飯に行くことはあったし、プレゼントも受け取ってもらっていた。身の上話も少しした。たまに、嶺は私を愛してくれているから、大事に思ってくれてあれからは寝てくれないのだという錯覚に陥ることもあった。だが、多分錯覚なのだろう。
 あんまり良くなかったのだ。他の女の子みたいに。
 でも、たまに嶺が会ってくれるのは嬉しかった。嘘でも何でも、嶺を楽しませるような話をした。だから、ふとあの骨の入った小瓶のことを話したのだ。
 ちょっとばかり深刻な口調で。

「駅には行った」
 詩津はちょっと怒ったような口調で言ってみた。そう、上野駅までは行ったのだ。嶺の姿を探したが、見つけることはできなかった。あの探偵は電話をかけていた。
「嶺、一緒に行ってくれるんじゃなかったの」
「オレ、そんなこと言わねぇよ」
「だって、ライヴがないから丁度いいって言ったじゃん」
 そう言ったら、何だか泣きそうになってしまった。
 嶺がいい加減な男だということは知っている。一緒に行ってくれるはずなどないことも知っている。でも、他に誰を頼ったらいいのか分からない。あんなよく知らない男と一緒に夜行に乗って、もう一度岩木山になんか行きたくない。
 そう、兄のことも思い出したくない。
「お前がオレらのライブがあったら行かないんじゃないかと思っただけだ」
 はぁ、と嶺は息を吐いた。
「勘弁してよぉ。あの人には世話になってんだからさぁ」
「変だよ。だって、嶺、誰も信じないって言ったのに」

 嶺はしばらく黙って煙草をふかしていた。やがてコンクリートの床でもみ消すと、まだしばらく黙っていたが、重い声で言った。
「信じないけどさぁ、あの人は、まぁ、なんてのか、ちょっと違うんだ」
 どこが違うというのだろう。確かに、探偵というイメージからは程遠い、一見のところ、何かを研究している大学院生みたいに見える男だった。話を黙って聞いていてくれたし、時々嶺のことを心配そうに見ていた気がするし、たいていの大人のように、若者がいい加減で何も考えていないなどとは考えていないように見えた。
 そう、大人たちは嶺のことを悪く言う。
 でも、あの探偵は帰り際に嶺に言った。
 嶺、たまには飯でも行こう。それとも、たまにはライブのチケットを回せ。
 普通に、特に心配しているわけではないけれど、友だちだから、友だちがどうしているのかたまに知っておきたい、そういう感じに見えた。
 俺と飯なんて行ったら朝まで飲んじゃうよ。あんた飲めないしさ、ダーリンが心配すんだろ。それに、あんたロックなんて聴かないだろ。
 階段で振り向いてみたら、嶺がひらひらと手を振る後姿をあの探偵はずっと見送っていた。嶺のことを心配しているのだ。きっとそうなんだと思う。

 でも、結局大人は誰も私のことなんか分かってくれない。
 大人だけじゃない、友だちだって、家族だって、誰も私のことを信じないし、私も信じない。
 あなただけが世界と戦っているわけじゃないのよ。
 学校の先生は呆れたように言った。でも、私は闘っているのだ。
 世界と。
 私一人で。

「違わない。変な男と二人で旅行なんていやだよ。真面目そうな顔してても、女見たら厭らしいことするに決まってる」
「あの人、男の恋人と一緒に住んでるんだぜ。お前を襲ったりするかよ」
 ちょっとびっくりして嶺の顔を見る。嶺はまた、はぁ、とため息をついた。
 余計なことを言ってしまったというような顔だった。その嶺の顔は、どことなく真剣で、何かを思いつめているようにも見えた。
 そうだ、何となく、この思いつめた顔が兄に似ていると思った瞬間があった。大好きな嶺と、大嫌いな兄の間に共通点があるなどと思いたくなかった。
 詩津はすぐに頭を振った。そして大の字に寝転んだ姿勢から起き上がる。
「もうあの気持ち悪い骨、見たくないし」

 正直なところ、忘れたかったのだ。ただ、忘れるための心の余裕がなくて、捨てるための努力をする時間もなかった。嶺に話したのは、嶺の気を引きたかったのと、誰かに話して楽になりたかっただけだった。あの探偵の手に渡してしまったのだから、もうどうでもいい。あの探偵も、自分一人で何とかしてくれたらいいじゃない。
 事情を上手く説明できなかったのは確かだ。話を聞いても具体的なところが掴み切れなかったのだろう。何しろ、もう詩津はあれこれ話したくなかった。だから、詩津のいい加減な説明を聞いた嶺が、適当に解釈してあの探偵に説明したのだ。
 迷惑なばばぁ、と説明したのは嶺だ。迷惑だったのかどうか、詩津はもうよく覚えていないし、どうでもよくなっていた。
 だが、あの探偵がいささか困った顔をしたとき、嶺が言った。
 一緒に行ったほうがいいよなぁ。
 嶺も詩津の代わりに自分で説明して、相手にはうまく伝わっていないことを感じたのかもしれない。それはそうだ。詩津は沢山、嘘を交えて話した。記憶が混乱していたせいもあるけれど、思い出したくないことは適当に補った。
 そうしてくれたら助かる。
 探偵は答えた。
 詩津はてっきり嶺が一緒にいてくれるのだと思っていた。

「祟るぞ」
 祟るって何よ。祟ったらいいじゃない。
 もうどうでもいい。
 なんで私が何かしたわけじゃないのに、私が悪いことになっているのだろう。
 もう一度、でかい溜息をついて、嶺が言った。
「行くか」
 詩津は訳が分からなくて嶺を見た。
「ライヴ、三日間ないしさ」
 詩津は不思議な気持ちで嶺を見つめていた。
 二人は新宿のビルの屋上にいた。空には星がたくさん瞬いているはずだが、よく見えなかった。代わりに地上の数多の光が、様々な方向から二人の上を行き交った。それでも二人のいるところは光が避けて通っているように見えた。

 兄は十九になっていて、もう三年ばかりほとんど外出をしなかったのに、ある時、岩木山に行きたいと言い出した。母は喜んだ。どこかに行きたいと兄の方から言ったことが嬉しかったのだ。父はいつものように、義務を遂行するために家族旅行を計画した。
 本当は詩津は行くつもりはなかったのだ。
 兄の部屋に朝食を持っていくのは詩津の仕事だった。嫌だったのに、それだけは何故か続けていた。惰性みたいなものだ。いつものように机の上にトレイを置いたとき、本が目に入った。
『二十歳のエチュード』
 紫色の表紙に白く綴られたエチュードの文字の中に、枯れ木と、零れたような絵具が染みのように広がっている。
 死ぬって決めて死ぬってのはどんな感じだろうね。
 背中に兄の声が覆いかぶさってきたような気がした。
 もう何年も兄とは口をきいていないし、兄の声も覚えていなかった。こんな澄んだ声をしていたっけ、と思って驚いた。
 そして、内容よりもその声が、詩津に旅行への同行を決めさせたのだ。

to be continued

二十歳のエチュード二十歳のエチュード2

古い、古い本です。
これをちょっと出してみたくて…
高校生の頃、大好きだった詩人の清岡卓行さんの後輩、20歳で自殺した原口統三さんの本。
これを読んでいたころ、私もそれなりに文学少女だったんでしょうか。
本を開くと、線だらけ、書きこみありで……その書き込みがまた、今読んだらわけが分からない^^;
あの頃と今の私は本当につながっているのかしら?と思うくらい…
召集され戦死するかもしれないと思いながら若い時代を生きていた人の感じ方、今の私たちは想像するしかないのですが……そして、終戦後間もなく『死ぬと決めて』自殺した一高生。
そう言えば、太宰治も死に至る病に取りつかれていて、過去の小説家たちが死んだ年齢を数え上げて、自分もそろそろなどと言い出し、5回も心中にチャレンジしてやっと実現した…
多分、自殺以外にも死ぬ理由がいっぱいあった時代……戦争にしても病気にしても。
これって、今の時代でもわかるって人もいるんでしょうか。
万が一分かるって言ったとしても、それはきっと時代背景の異なる中では違うものなんだろうな。
私は、やっぱり分からない…かな。今は……

ちなみに嶺が『男の恋人』と言っているのは、誤解です^^;



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【死者の恋】(5)山背 

【死者の恋】(5)をお届けいたします。
調査事務所所長の真の依頼人は高校生の島田詩津。探して欲しいというのは、詩津の手元に骨の入った小瓶を残していった足の悪いおばあさん。その人とは岩木山の登山道で会ったというのだ。詩津と一緒に弘前へ向かう予定だったが、詩津は待ち合わせの上野駅には現なかった。
たまたま津軽に用事があるという同居人で修復師の大和竹流と弘前までやって来た真であったが、岩木山を見れば、とても足の悪い老人に登れるような山ではない。しかも、詩津がその人に会ったという日には、まだ岩木山スカイラインは閉鎖されていたという。詩津は真に嘘ばかり話していたようなのだ。
そして約束をすっぽかした島田詩津は、憧れのロック歌手・向井嶺が出演しているライブハウスがあるビルの屋上で寝転がっていた。真には借りがあると思っている嶺は、ふてくされる詩津を連れて弘前へ行くことを決めた。
詩津は、病気の兄・祐一のことで悩み、家族とも上手くやっていけないでいた。周りの誰も信じられない詩津は、一人ぼっちでこの世界と戦っていると思っていた。そして、嶺だけが気持ちの支えだったのだが……




 あれからタクシー会社とバス会社をあたってみたが、ここしばらくは足の悪い老いた女性を乗せたことはない、少なくとも記憶にはないという答えが返ってきた。
 大体、本当はいつのことだったのか、それさえも分からないのだから、聞かれた方も困惑していたようだし、答えようがないのかもしれない。
 竹流は根気よく真に付き合ってくれている。一体、何を考えているのか、タクシー会社で『担当の者』を窓口で待っている時に、ちらりとガラスの向こうの駐車場に停めた軽トラックを振り返りながら思いを巡らせる。
 竹流は軽トラックから降りて、ドアに凭れたまま、岩木山の見える方向の空を見上げている。
 視線をタクシー会社の事務所内に戻して、従業員が内ポケットから煙草を取り出すのを見て、自分の内ポケットの中のものを思い出した。それで、なるほどと思い至った。

 骨か。
 あれを見てから竹流は真に付き合うことに決めたのではないかと思う。例のごとく、彼の過剰な保護者意識を刺激してしまったに違いない。
 だが、真の方はこれを初めて見た時、いつものように『何かを感じた』わけではなかった。
 この骨は静かだった。静かで、こうして内ポケットに入れていても、なんの気配も感じない。何も語りかけてこない。
 少なくともこれで数日はこの骨と一緒に過ごしているのだ。いつもなら、何者かが夢枕に立ってもおかしくないのだが、その気配もない。だから、真は実は始めこれがレプリカではないかと思った。あるいは『気』の少ない動物のものかもしれないとも思った。だが、訪ねた先の骨学者は、間違いなく人間の骨だと言ったのだ。真をかついでいるとも思えなかった。

 もちろん、真の方も商売に使えるほどの特別な力があるというわけでもない。何かの拍子にたまに感じるというだけで、そもそも歳を経るごとに少しずつ自分の中の過敏な神経が大人しくなっていっているのかもしれないと思う。あるいは、あの男が傍にいる、つまり同居するようになって、そういう過敏な神経が鎮められているのかもしれない。そうであったら有難い気もするし、一方では残念な気もするが、いつまでも幽霊やら妖やらとお付き合いしているわけにもいかない。
 とは言え、少しくらい何かを感じそうなものなのだ。
 ある意味では、静かすぎて逆に気になる。
 タクシー会社の扉を開けて出ていくと、竹流が真を振り返った。
「とりあえず、山背に行くか。もしかすると、あっちが正解かも知れないぞ」


 竹流の言葉は、まさに正解だった。
『山背』は早い時間だったにも関わらず、満席に近かった。カウンターに六人、テーブル席六つの店だ。土間になった部分で三味線の生演奏を聞かせ、時には客も演奏や唄を手伝う。というよりも、大方は強引に哲さんに舞台に引き上げられる。この店のオーナーはすでに他界しているが、一番弟子だった哲さんが店の仕切りを受け継いでいる。哲さんの語りが軽妙で、金の相談は別にして(いや、本当に困ったら何とかしてくれるのかもしれない)、人生相談、恋愛相談始め、よろず相談処ともなっている。ちなみにこの店から生まれたカップルは既に両手両足の指の数を越えているという。
 そう、飲み屋は情報や人の流れの集積地かつ発信基地のようなものだ。しかも、田舎の町では、誰かの知り合いは誰かの知り合いで、伝手を辿って行けばかなり多くの人間の情報に行き当たる。しかも、哲さんはこの町の飲食店組合の世話役であり、家は岩木山のふもとのリンゴ農園であるから農業関係者の大方とは知り合いで、なおかつ多くの農家は兼業で、一家の誰かが役所勤めやタクシー・バスの運転手なんてのがざらにいるのだ。

「何だべ、そんなこた、なして先にオレに聞かねぇべ」
 この一言で、あちこちに情報が発信された。
 真がするべきことは、待つことだけだった。
 待っている間は哲さんの三味線を楽しむ時間になった。

 哲さんの三味線は泥臭い。そして津軽の匂いがする。特によされ節は最高だった。
 三枚撥の微妙な間合いは、やはり津軽に生まれ、津軽に住んで、津軽で採れたものを食べている人間にしか出せない『間』だ。北海道に育ち、しかも北海道でも沿岸部の町の空気を吸ってきた真も、言語的には東北弁に近いリズムで話すことができる。東京に長く住んで、すっかり東京言葉に慣れたとは言え、幼いころに身体にしみ込んだリズムは、少し気を許すと腹の中から湧き出してしまうのだ。それでも、それは津軽のリズムではない。三味線を叩いている時だけは、津軽人になりたいと思うことがある。
 尤も、真の場合は、民謡歌手でもある祖母の奏重の伴奏をすることが主なので、三味線弾きたちの切実な思いを半分も理解していないかもしれない。

 店の若者がじょんから節やリンゴ節をやった後で、哲さんのよされ節を聴きながら地元の酒、田酒を飲む。それは、酒があまり飲めない真にとってもリラックスした極上の時間になっていた。

 その時、微かに、本当に微かに、内ポケットで小さな音が鳴った気がした。
 ふと気になってポケットを押さえてみたが、その時にはもう『骨』は静まり返っていた。気のせいだったのかと、もう一杯田酒を口に含む。
 竹流はすっかりここの従業員とは知り合いだったらしく、注文しないままに郷土料理が次々と運ばれてきて、その度に彼らと個人的な会話を交わしている。

 地元の普通の主婦のようなオバサンが哲さんに呼ばれて、椅子から立ち上がった。客の一人だが、当然哲さんの知り合いだろう。哲さんの傍に立ち、太鼓を叩くべき人がみな台所と給仕で忙しいのを見て取ると、自分で太鼓の撥を取った。二言三言打ち合わせたかと思うと、哲さんが三味線を持ったまま立ち上がる。
「小原だべ。真、おめ、三味線弾け」
 いや、それは……と言いかけたのを、哲さんが目だけで却下する。哲さんの得意技のひとつが無茶振りなのだが、何故か誰も拒否できないのが不思議だった。
 近くに座っていた客が、なんだと哲さんに問いかける。
「こないだ唄っこ聴いたべ。奏重ちゃんの孫さ」
 哲さんの答えに、客は、あぁあぁ北海道の、帯広だっけ、と確認する。
「浦河だ」
「んじゃ、これが例の色っぺぇ小原を弾く孫息子だべか」

 どこでどんな話になっているのか恐ろしいが、考えてみれば、哲さんの有難い協力のおかげで、少なくとも『足の悪いおばあさん』の存在が確認できるかもしれないのだ。ここで哲さんの投げたパスを断るわけにはいかない。
 竹流にもさっさと行って来いと目と顎だけで命じられて、結局真は立ち上がった。哲さんから指摺りを借りて左の親指と人差し指にひっかけ、三味線と撥を受け取る。哲さんは代わりに太鼓にまわる。唄い手のオバサンに節と本数を確認し、本調子、三本に軽く糸を合わせた。
 そして、ひとつだけ息をつき、軽く掛け声を発して糸合わせを始めた時だった。

 舞台からは丁度正面にある店の扉が開いた。一瞬、外の強い風と車の音が巻くように店の中に吹き込んで来る。
 真は糸合わせを続けながら、入ってきた嶺と視線を交わす格好になった。
 ひょろりと背が高く、目は時々クスリのせいか、それ以前に目つきが悪いだけなのか、かなりいかれている。この間まで肩まで伸ばしていた髪を、多分衝動的に切ったのだろう。寝癖なのか、ポマードで固めたものなのか、つんつんに突っ立っている。そして、鎖がやたらとついた皮ジャンに洗い晒しのジーンズ。この店にそぐわないことだけは確かだ。
 嶺は真を見て、お、という顔になり、それからいつものように投げやりで蓮っ葉な態度で肩をいからせ、けっと吐き捨てるような顔を作った。
 嶺がこういう顔を作る意味は、真には何となく分かっている。
 だが、いきなり嶺が扉の向こうの外へ腕を伸ばしたとき、真は危うく立ち上がりそうになった。

 島田詩津。
 上野駅で待ち合わせたはずだったが、約束をすっぽかした女子高生が、嶺に腕を引っ張られ、『山背』に入ってきた。真と目が合うと、びくっと体を震わせ、いったん目を逸らす。
 嶺は詩津を店に引き入れた後、店の従業員のいらっしゃいませに何か言葉をかけた。真の視線の先を追いかけた竹流と嶺の目が合ったらしく、嶺が軽く頭を下げた。下げた、というよりも頷いたという方が適切だ。
 従業員は連れだと理解したようだった。

 嶺に背中を押されるように、詩津はまっすぐ真の近くのテーブルまで歩いてきた。紺のスカートに淡いピンクのモヘアのセーター、スカートと同じ生地らしい紺の上着、軽くパーマをかけているらしい髪は、店の人工的な照明の下でも明るく見える。唇をきっと固く結び、目は真から外さないまま、人形のように促されるまま椅子に座った。
 睨まれる筋合いはないと思ったが、嶺と軽く挨拶を交わした竹流が詩津をちらりと見て、それから真に向かって、とりあえず弾けというような顔をしたので、ようやくほっと息をついた。

 津軽小原節。祖母の奏重が得意としている、津軽五大民謡のひとつだ。金沢の芸妓の娘として生まれた奏重が養女に出された先が、民謡の師匠の家で、どうやらこの唄には祖父との波乱に満ちた恋物語が絡んでいるらしく、唄う祖母は年齢を全く感じさせない色気を醸し出す。おばあちゃんと孫の競演を他人に見せるのが嬉しくて仕方がない奏重のために、真は祖父の代わりによく伴奏を務めた。
 真が弾き始めた途端に、ざわついていた店の中が静まり返っていた。この異邦人に津軽の心がわかるまいという思いと、やれるものならやってみなという好奇心と、そして多分祖母の名前にまつわる期待のためだ。だが、曲が滑り出したとたん、そんな外部のことはどうでもよくなった。

 一体いつ、この唄の中にある、女の色気と心意気を心で感じられるようになったのか、自分でも覚えていない。前奏部分を自分のアレンジで弾きながら、ふとこちらを見た竹流と目が合い、やがて真は目を閉じた。三の糸から一の糸まで指を滑らすとき、ふと自分でも何かとんでもない気を放出しているように思うときがある。下世話な言い方をすれば、感じるのだ。そして、どうやらそれが聴いている人に伝わっているのではないかと思う。奏重の声と真の三味線は、絡み合って増幅する。

 もう心は落ち着いているはずだったのに、どうやら唄には感情を煽りたてる力がある。
 考えてもどうにもならないと分かっていることだ。
 一の糸を叩くとき、想いを断ち切ることができると思う。二の糸には人の心の隠された色が潜んでいるように思う。そして、三の糸を奏でる時、どうしてもこの心の中にある何かが、零れ出すような気がしてしまう。
 目を開け、唄い手を見ると、平凡な田舎のオバサンとしか見えなかった女性の目の中に、強い光が見えた。オバサンは真の合図ににこりと笑う。
 自らの掛け声で迷いを断つと、哲さんの太鼓が追いかけてくる。

 さぁあ~あ~あ~、あ、あ、さぁあ……
 唄の始まりからはいっそう、真の気持ちも撥捌きも冴えた。それはオバサンの声が見事だったからだ。奏重とはまた違う魅力で、重みのある、腹の底から響くような声だった。

 その時。
 再び、真の内ポケットで、小さく震えが起こっていた。身体ごと、震えるような振動になる。何が起こっているのか、しばらくの間理解できなかった。
 真はオバサンを見、そしてさらに詩津を見た。
 詩津が何かに惹きつけられたように真を見ていた。
 オバサンの声と、詩津の目と、真が撥を打ち付ける三味線の皮と、そしてポケットの中の骨は、今、完全に共鳴し合っていた。




ちょっと三味線シーンを書いてみたくなって、予定外に長くなりました^^;
動物愛護協会の方に怒られそうですが、津軽は猫ではなく犬です。
だからあの野太い音が出ます。
そして弾く、というより、叩きます。打楽器のようなものです。
よくカラオケの絵面に出てきますが、海辺で吹雪の中、弾くことなどできません。
皮が湿気て破れてしまいます。
五大民謡というのがあって(じょんから、よされ、あいや、小原、三下がり)、それぞれ調子(三本の糸の合わせ方)や撥づけが違います(西洋音楽的には拍子?三拍子とか四拍子とか…かな?)。
でも和楽器には、言葉では表せない『間』と言うのがあって、これは津軽弁のように弾く、というといいのでしょうか。
うん、なかなか説明しづらいですね……
お暇でしたら、You Tubeなどで聴いてみてください。


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Category: ★死者の恋(間もなく再開)

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