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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

NEWS 2013/4/10 満天星 

どうだん1

満天星……もうほとんど満開です。
庭には色々な木や花を植えていますが、それぞれの花が毎年ベストの状態とは限らなくて、気候や私の手入れの悪さなどが影響して、良い年も悪い年もあるのです。
ジャカランタなどは、数年前に初めて花をつけてから、また数年間、花を見ていません…
南国の花だけに、難しいのかもしれません。
花と付き合っていると、ちょっと我慢強くなります。

ここ数年、満天星躑躅は悪環境にもかかわらず(慣れた?)綺麗に咲いています。
今日、ブログにアップしてこの花を見ていただこうとカメラを構えてみました。

そして初めて、この花の名前『どうだん』の漢字が『満天星』であることを理解しました。
写真に切り取られた枠組みの中で、本当に花が満天の星に見えた。

当て字だけど、当て字にはちゃんと意味があるんですね。
最近、子供の名前が、読み方もわからないし、どうしてこの漢字? どうしてこの読み方?って思うことも多いけれど、それぞれ両親の一生懸命な思いが込められているんだろうなぁ。

むかしは、生れ出た途端、悪霊に連れて行かれないように、すぐに強そうな名前を付けたとか。
クマとか、シカ(逃げ足が速いから?)とか、トラとか。

あるいは、通称とは別に真実の名前を持っていて、『本当の名前は他人に知られてはいけない、魂を持って行かれるから』と言い伝えている民族もある。

花も、名前も知らないで育てることもあるけれど、名前を知っていると、その花と特別な関係にあるような気がして一所懸命育てようと思う。

名前、ってやっぱり魂のこもったもの、陰陽師的に言うと、『呪』なのですね。

さて、満天星。
秋の紅葉がものすごく美しい。特に寒い地域では紅葉の色が鮮やかで、燃えるようですね。
兵庫県の豊岡市安国寺の満天星の紅葉、ちょうど本堂では障子を開け放つと四角い額縁に…その中に真っ赤な満天星。まるで絵画のようです。

今はこんな風に、真っ白な花を咲かせています。
満天星2

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Category: ガーデニング・花

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ソ連(1) マトリョーシカ 

マトリョーシカ

もしかすると、今ではもう珍しいものではないのかもしれませんが……
これは23年前(!)、私がソ連(当時)で購入したマトリョーシカです。
本棚に飾られているのですが、最近中まで開けてあげてなかったなぁと思って……(^^)

マトリョーシカと言えば、中は空洞になった木の人形が入れ子になっていて、どんどん小さいのが中から出てくる…ってやつですが…

分かりますか?
向かって左からゴルバチョフ、ブレジネフ、フルシチョフ、スターリン……そして最後にレーニン!
なぜか省略されている、アンドロポフとチェルネンコと、もう一人いましたね…短すぎて忘れちゃった。
今ならもっと沢山、なんでしょうね。
エリツィン、プーチン、メドヴェージェフ…もう一回プーチン!?
もしかすると、あんまり特徴ない人は省かれちゃったのかも?

これはモスクワの広場の市場のようなところで買いました。
当時、ソ連はちょうどペレストロイカ真っ最中だったけど、ソ連に行くためには、領事館にビザを申請するときに毎日の日程と宿泊先ホテルとか細々と書いて提出しなければならなくて……
ツアーではなかったので、結構大変だった記憶があります。
うーん、冒険家だったなぁ、昔の私。

びっくりしたのは、両替をしたら、日本円1万円に対して片手では持ちきれないほどのルーブルの札束が返ってきたこと(すごいデフレだった)。
札束の処理に困って買ったのが、このマトリョーシカでした。

もっとびっくりしたのは、月曜日の夜、赤の広場から地下鉄に乗って帰ろうと地下に降りたら、地響きが……
地震だ!と思って、地上に上がったら、どの通りにも戦車、戦車、戦車……!?

ペレストロイカで、比較的写真は自由に撮れるようになっていたのですが、さすがにこの日ばかりはフィルムを取り上げられている人がいました。よくもまぁ、カメラを構える勇気があったと思うけど…

後で聞くと、月曜日の夜は、モスクワ周囲のあちこちから赤の広場に向かって、演習で戦車を動かすのだとか(錆びないように?)……
ホテルに帰るために、郊外の駅で地下鉄を降りたら、まだ戦車の音が……
一体、どんなけ走ってるの!? 恐るべし、ソ連の軍事力!と思いつつも、何より戦車だらけで道路を渡れない……
戦車の上には運転席?コックピット?から顔を出している兵士さんたちが…しかもみんな男前。
どうすることもできなくて、また無謀なわが友人が『手を振ろう』(@_@)
何だかわからないので取りあえず手を振ってみたら……(^_^)/~

カーネーションを投げてくれた!?
何で?
今でも謎です。

ソ連は、アエロフロートの機体がぼろいのに、着地したのが分からないくらいパイロットの腕は抜群だった。
しかも税関は男前ばっかり。
(中に入ったら、貫録のあるおじちゃんばかり!? なぜ、あれがこれになる(?_?))
ロシアになって、どうなったんだろう?

写真は、当時、道路や橋、つまり軍事的に使える場所は決して撮ってはいけないと聞いていましたが、わりとそうでもなかった。赤の広場の見張りのお兄ちゃん(例にもれず、男前)とも一緒に写真を撮ってもらいました。
何せ、その時、私たちが話せたロシア語は一文だけ。
実は、まったくロシア語が話せなかったので、ひとつだけ覚えようということになって……
覚えたのがこれ→『私と一緒に写真を撮ってください』(ロシア語自体は忘れちゃった)
これは、ずいぶん役に立ちました。

ソ連の話、まだまだ面白い話があるけど、またの機会に……^^;

Category: 旅(あの日、あの街で)

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