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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【幻の猫】(1) 黒い尻尾/ limeさんのイラストお礼ストーリー 

真500
やっぱり表紙をつけさせていただきました(*^_^*) limeさんに捧げる短編の幕開けですから。
そう、limeさんが描いてくださった真の絵のお礼に、ちょっとしたハートフルストーリーをお送りいたします。
そのイラストのページはこちらです→limeさんのブログ:小説ブログ「DOOR」

と言っても、そんなに凝ったつくりではないので、あまり期待なさらず、ちょこっとお付き合いください。
相川真18歳。大学受験を頑張ったご褒美に、家庭教師(いい加減な表現ですみません^^;)の大和竹流=ジョルジョ・ヴォルテラの故郷・イタリアへの旅行をねだります。ギリシャから入ってクルーザーでアドリア海クルーズの間は、空は青いし海も青いし、二人きりだし…(あ。別にエッチな話ではありませんので、ご安心を!)
なのに陸(パレルモ)に降り立ってからは、竹流はあれこれ会わなければならない人もいて、時々真は放り出されてしまう。もちろん竹流は優しいのだけれど、人々は彼を真の知らない名前で呼び、ハネムーン(言い過ぎ)という噂もある楽しい旅行のはずが、ちょっと不安を感じるようになります。
パレルモ→アマルフィ→ナポリ→(ローマ素通り)→ピサ→そしていまシエナにたどり着きました。
世界中で一番美しい広場を持つシエナの町を舞台に、猫と少女の優しい物語にしばしお付き合いくださいませ。

全5回でお送りいたします。
limeさんが描いてくださったイラストのシーン、しょっぱなから登場です。
そして、いつもお世話になっている夕さん(夕さんのブログ:scribo ergo sum)の小説みたいにヨーロッパの香りが出せたらいいのですが…(^^)
さらに、切なさはakoさんの詩から頂きました(え?何の話って…2013/5/21の【その瞳の先】をお読みください。勝手にうちの二人だわとか思っていた大海^^;→akoの落書き帳(2013/5/21))。




 あ、いた。
 真は靴を脱いだ。ついでに靴下も脱いでしまう。
 裸足の方が警戒されないかも、と単純に考えただけだった。
 オリーブの木の陰から黒い尻尾の先だけが見えている。アンテナのようにぴんと立てた先っぽで、後ろから追いかける真の気配を感じ取ろうとしているようにも見える。
 その尻尾が微かに震えたと思ったら、すいっと木の陰に消えた。

 真は慌てて追いかけた。
 足の裏に冷たい草の命の気配と、その下から漂ってくる土の湿度。一歩一歩踏みしめる短い時間にも、地面から地球の温度が湧き上がってくる。
 尻尾が消えたオリーブの木まで近づいたと思った途端に、足がぐらりと傾いた。

 あれ、と思った時には身体が回転しているような浮遊感に襲い掛かられる。何となく視界が暗いのは穴に落ちているから? いや、そんなはずはない。でもオリーブ畑の中でこけたのなら、身体は地面とオリーブの木にはぶつかっても、こんなふうにどこかに落ちていくような感じにはならないはずだけど。
 これじゃあまるで、不思議の国のアリスだ、って穴があったんだっけ?

 などなど、短い時間にあれこれ考えている自分が滑稽になる。断末魔に時間の流れが遅くなるというのは本当かも知れない。
 最後にゴツン、と頭を何かにぶつけた。
 脳震盪を起こしたのか、一瞬ブラックアウトしてしまい、記憶がふっとんだ。

シエナホテル
 一昨日の夕方、シエナに着いて、教会を改築したこのホテルに投宿した。夕陽がオリーブ畑の向こうに沈んでいく様子を見ながら、テラスで夕食前のアペリティーヴォを飲んでいた時、向かいでゆったりとテラスのソファに座り、夕陽を眺めている竹流の肩越しにあの黒い尻尾を見かけた。

 猫、だと思う。
 何故『思う』なのかというと、いつも尻尾しか見えないのだ。
 始めはまた変なものが見えているのかもと思っていた。この国の歴史は重い。しかも古い時代の街の上に新しい街を積み重ねるというやり方で、今自分が立っている地面の下に歴史が層状に重なっている。だから、不意に何かを感じることが多くなっていたのだ。

 だが、昨日の朝、洗濯物を干している大きな女性、そう、まさにイタリアのマンマという感じの女性の足元にその尻尾が見えていて、実のところ光の加減で全体はよく見えなかったのだが、女性が向きを変えた途端にそいつを蹴ったようだった。何か唸るような声が聞こえたような気がしたら、女性がScusamiと言ったのだ。
 多分、猫を蹴ったので思わず言ったのだろうから、その尻尾の持ち主は幻やあやかしではなくて、実体のある生き物ということになると思うのだけれど。
 もちろん、あのいかにも実体という感じの力強いマンマに、真と同じような霊感もどきがある可能性もなくはないのだが。

シエナ
 昨日は一日、竹流は真を連れて、シエナの町を案内してくれた。宿泊しているホテルは町から幾分離れたところにあって、町の中心部に出るためにはバスで十五分ばかりかかる。石畳の路地を歩き、光と影で区切られた建物の間を抜けるとき、竹流が、俺の腕に捕まってちょっと目を瞑っていろと言った。
 目を閉じたまま歩くと、微かな喧噪、吹き抜ける風、高い空の気配、グラスの当たるような音が、耳ではなく体全体に直接伝わってきた。
 狭い路地を抜け、大きな空間に出たことが、肌でわかる。
 竹流の足が止まる。そして真も足を止めた。
「世界中で一番美しい広場へ、ようこそ」

シエナ
 目を開けた時、真が立っていたのは、なだらかなスロープが下って行く、そのてっぺんだった。少しずつ色を違えるレンガ色の広場は、貝殻の形をしている。真正面には高い塔、市庁舎、広場を取り囲むいくつもの建物が作る影が、広場のレンガ色をさらに多彩に染め分けている。人々は歩き、あるいは座り、語らいながら、朝のひと時を過ごしていた。

 彼らもまた、広場に座ってひと時、何もせずに時間の上を漂った。
 塔に登り見下ろした広場の美しい造形、その上に明瞭な境界を引く光と影、遠く見晴らせばトスカナのなだらかな緑の丘陵地を吹き抜ける風、市庁舎の大きな窓から硬質な床に差し込む光、一歩陰に踏み込めば身体に沁み込んで来る歴史の闇。

シエナ
 光が強ければ強いほど、影もまた色濃い。
 光の温度や湿度、周囲にあるものの色彩によって、光にも影にも無数の色があるはずなのに、この国では光があまりにも艶やかで、何もかもが真っ白に染められ、そしてその対極にはあまりにも暗い闇がある。
 真が不安な顔を見せると、竹流はまるで子供にするように髪に手を触れ、撫でてくる。子ども扱いが嫌で逃れると、やっと気が付いたように手を真の肩に落として軽く、慰めるように二度ほど叩く。
 

 不安でたまらないとは言い出せない。
 幸福ではないのかと聞かれると困るからだ。
 それに、女みたいなことを言いたくない。
 幸せ、とか、怖い、とか、寂しい、とか、そんなことを言って甘える自分が許せない気がする。ほんのちょっと、男としてのプライドが許さないのだ。
 それでも、幸福と不安はぴったりとはりついている。その二つを割くことなど、まるきりできない。幸福であればあるほど、不安は大きく膨らんでくる。

 夜は尚更だった。時々、まったく胃が食べ物を受け付けなくなる。竹流はオリーブオイルが合わないのかと心配している。たまには胃に休憩が必要みたいだと言うと、納得してくれる。本当は、そこでもう一言、聞いて欲しいと思うのに。いや、そんなことを考えること自体、女々しい気がする。
 ほとんど眠れないまま、夜中にダブルベッドの中で目を覚ます。
 隣で眠っている竹流は本当に静かだった。これほど傍にいるのに、真の知らない名前で呼ばれる彼は、まるで真とは別の次元に存在しているような気さえする。

シエナホテル
 するりと彼の腕を逃れ、裸足のまま部屋を出た。
 ホテルには真四角切り取られた石畳の中庭があり、井戸だけが隅にあって、他には何もない。その一面はフロントのある棟、また別の一面はレストランのある棟、また別の一面は教会に面している。別の一面は奥へ抜けていく通路に繋がっていた。
 四角く切り取られた空、闇に浮かび上がる教会の塔。見上げていると、この世界の中で生きているものが自分一人のような気がした。


シエナホテル
 いて。
 気を失っていたのが一瞬だったのか、それとも長い時間だったのか、うつ伏せに倒れていた真は頭と足の両方に痛みを覚えながら、地面を両腕で押すようにして起き上がった。
 走馬灯のように、一瞬の間に昨日からの出来事を脳が反芻したらしい。その時の感情もそのままに。

 目を開けてみた。
 視界は土と草、そして……影?
 真以外の影が地面に落ちている。

 まだ頭がはっきりしなくて、一度真は首を振った。
 その瞬間に、影は大きく動き、空気が揺らめいた。真は両膝、両手をついたまま、首を動かそうとしたが、頭の痛みが強烈になって、一瞬ぐらりと身体が揺れる。気を取り直して何とか顔を上げた時、オリーブ畑の向こうへ駆けていく後姿のようなものを見た気がした。
 猫より明らかに大きい影だ。足元は光で見えないが、少し長めの髪にうす紫色のリボン、ふわりとした光色のカーデガン。

 女の子?
 素早く起き上れば追いかけられると思ったものの、立とうとしてずきん、と右の足首が悲鳴を上げた。

 倒れていた地面の視界の端に石の塊がある。そこに身体を持ち上げるようにして縋りつき、凭れた。
 頭を打った上に、足を挫いてしまったのかもしれない。

 何だか今日はついていない。というより出だしから最悪だった。朝食を終えた後、竹流がちょっと野暮用で出かけるから、お前は良かったら一人で町にでも出かけたらいい、と言って、地図とバスの番号を書いた紙、ホテルのカード、お金、そしてちょっと躊躇ってから、左の薬指から銀の指輪を抜いて渡してくれた。
 万が一の時は、この指輪を教会かどこかの店で見せれば、必ず何とかしてくれるはずだと言って。

 一人で町を歩いてもつまらない。絵画や彫刻は、解説してくれる人がいなければ何のことか分からない。ついでに、また変なものが現れても困る。
 と言うわけで、幻の黒い尻尾探索を今日のスケジュールにしたのだが……

 ため息をついた途端、視界の隅に尻尾が登場した。
 ジョルジョ!
 と呼びかけた途端、にゃあ、と声が聞こえた。もちろん、勝手に名前をつけたのだ。自分が永遠に呼ぶことのない彼の名前を、幻の猫につけて何が悪い。

 幻?
 いや、猫はきっちりそこにいた。垂れ下がったドレープのようなものと誰かの足の間に。
 真っ黒の身体にゴールデンアイ。そして首にはその目と同じ、黄金の首輪。

 足?
 いちいち反応が遅い今日の真は、垂れ下がったドレープを見上げた。
 ドレープではなくて、羽根だ。
 
 真はその石の塊、つまり彫刻に手を付きながら、何とか立ち上がった。ひょこっと右足を庇いながらほんの少し離れて見ると、台座に突っ伏すようにして天使が泣き崩れていた。
 真はもう一度周囲を、そして猫よりも大きな影が消えて行った辺りを見た。低いオリーブの木が見えているだけで、風がその隙間を吹き抜けるが、誰かの気配が残っているわけではなかった。

 幻の猫が実態になったと思ったら、今度は女の子の幻が現れたということなのか。
 にゃあ。
 ジョルジョが何かを訴えるように鳴いた。




猫にジョルジョと呼びかけること程度しかできない、意外に小心者な真。
さて、次回は竹流は何をしているのか、探りに行きましょう。

なお、このホテルは実在します。そしてそのホテルの写真を載せさせていただきました。
もちろん、景色は多少アレンジしております(^^)
嘆きの天使、というのはlimeさんが描いてくださったイラストの天使の彫刻なのですが、似たようなのがいくつかあるようで、limeさんはサンフランシスコの墓地のものをご覧になったそうですが(実物?写真?)、ローマにも同じようなものがあるそうです。
シエナには……多分ないでしょう^^;


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Category: ☀幻の猫(シエナミステリー)

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NEWS 2013/5/22 白い芍薬/ うちにも青虫 

芍薬シロ
まるで薔薇のようにも見えますが、白い芍薬です。
ピンクよりもかなり小ぶりで、あまり芍薬!には見ませんが……
芍薬シロ
これで、芍薬に見えますね(^^)

そして、ブログのお友達・limeさんのリクエストにお応えして、アーモンドの実をご紹介。
アーモンド実アーモンド2013/3/31
この皮は梅なみに分厚くて、その中にクルミみたいな…というよりも桃の種みたいな硬い殻が入っていて、食べるところはその中です。だからすごく大きな実をとっても、中身がすごく小さかったりする。
しかも、この殻が無茶苦茶硬いのです。クルミどころではないかもしれません。
いつも実家に持って帰って、万力で割ります。で、塩を振って炒って食べる。
努力の割には、一瞬で無くなる本当に小さなアーモンドですが、自分のアーモンドなので、それなりに幸せ(^^)
ナッツ類の値段が高い理由がよく分かる体験です^^;

ちなみに、西宮にある東洋ナッツの敷地内のアーモンドはこんな風です。
アーモンド3
白っぽく見えますが、桜よりもかなり濃いめのピンク。でも、桜だと言われたら、そうかも、と思いますね。

最後に、うちの青虫くんも、こんな感じで……
あ、出所はこちらのlimeさんのブログをご覧ください→limeさんの青虫(小説ブログ「DOOR」)
気持ち悪いので、小さめの写真にしました^^;
青虫
だんだん大きくなってくると、動きが鈍くなってきて、いかにもさなぎになる前なんだ~という感じになります^^;
それがまた、ちょっと気持ち悪いけれど、隣の子どもがとても青虫を欲しがるので(幼稚園に持っていくらしい)、一応大事においております。

落ちのないお話でした(*^_^*)

Category: ガーデニング・花

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[雨47] 第7章 父と子(5)/ 家系図 

前回あまりにも中途半端だったので、続きをアップします。
これで第7章は終了です。美和ちゃんの啖呵(?)をお楽しみください(^^)
啖呵というのか、心の声ですね。こういうシーンを見返すと、なんでこの二人、恋人に収まらなかったのだろうと思います。そこが面白いんでしょうけれど。





 武史はさりげなく宝田や賢二にも気を使って、それからは事務所の仕事のことや、事務所に勤めている馴れ初めのことなどを彼らに聞いたりしていた。
 その間に幾らか酒が入って、美和も少しずつ気分が良くなっていた。宝田と賢二も同様のようだった。ほぼ下戸のはずの宝田も、今日は逆らえないと思ったのか、意識を失ったほうが勝ちと思ったのか、多少飲んでいる。

 食事が終わると隣の部屋に席を替わって、上等のウィスキーを振舞われた。
 美和は、本筋の見えないムードに幾らかやけになってきて、とりあえず飲めるだけ飲もうかと思ったが、さりげなく武史が美和の飲んでいる水割りを薄くしていってくれているのが分かって、多少感動した。
 宝田は頑張っていたが、緊張から飲めないものを飲んでしまって、既に鼾をかいていた。女将が来て、宝田に布団を掛けてくれる。
 美和がちらりと見たとき、女将と武史は静かに視線を交わした。賢二はまだ緊張しながらも付き合っていたが、半時間後にはダウンしていた。

 真と武史は向かい合って暫く黙って飲んでいる。それから武史に奨められて、真は煙草に火をつけてもらっていた。美和が一旦トイレに立ってから戻ってきたとき、二人は同時に美和を振り向き、それからほとんど同じタイミングで煙草の灰を落とそうとした。

 美和は二人の横顔を同時に見て、そしてその瞬間、随分と前から大脳を刺激していたものが、あるべきところにピンと収まった。もう少しで声を出すところだった。

 だが、美和はそれを飲み込んで、真の隣に座った。
「大和君は一体何の事件に首を突っ込んでいるんだ?」
「絵のことかと」
「絵? それは彼には本職だろうが、澤田が絵に造詣が深いとは聞いた事がないが」
「でも絵画には金銭的価値もありますよね」
 武史は暫く真の顔を見ていた。

「例えばレンブラントやフェルメールなら?」
「まさか、どこかの美術館から盗み出したとでもいうのか」
「知られざる名画が埋もれていたとか」
「それは、特にレンブラントやフェルメールの場合大いにあり得るが、しかし一方で、それを本物か贋物か判定するのは実に困難だし金も時間もかかる。その『知られざる名画』に金銭的価値が付随する前に、個人なら破産しかねないね。特にフェルメールなどはこれまでにもさんざん贋作が現れ、あるいは同じ時代の他の画家のものが彼の作だとされて大騒ぎになった歴史があるので、既に皆が用心している。だがそれでも、もしもそれが『知られざる本物』だというなら、条件がある」

「条件?」
「簡単なことだ。その絵を本物と知っていること、つまり来歴がはっきりしているということだ。あるいはその持ち主にとって本物と思い込める何かがあること、そしてその持ち主が、金銭でもなんでもなくその絵そのものを他人の目に触れさせたくないほど愛しているということだ」
「澤田はそれには当てはまらないと」
「そうだね」
「では誰が」

 美和には、真が何かに縋り付きたいと思っている気配がよく分かった。そして、そのことを武史も気が付いていると思った。
「澤田自身に確認したのか」
「澤田は彼の話題には全く興味を示さなかったんです」
「だがお前は澤田が何かを知っていると思っている」
「そうです。澤田の秘書は事務所ではなく僕の自宅でもなく、竹流のマンションに電話を掛けてきた。僕が何も言わないのに、竹流のマンションに僕を送り届けた。それに、ある刑事が河本さんから、澤田と竹流と僕を見張るようにと指令を受けていた。その人の話では、澤田も竹流も同じ人物と関わっているようだ、と。僕はてっきりあなたもその件で日本に帰ってこられたのかと」

「真、私は河本に指令を受ける言われはない。帰ってきたのが休暇でも悪くはないだろう」
 武史は淡々とした口調でそう言った。その声が美和には酷く冷淡に聞こえた。
「それは、そうですが。でも、澤田には会われたんですよね」
 武史はそれには何も答えず、表情も変えなかった。真が武史の顔を見て更に何か言いたげにしたが、結局口をつぐんだのを見て、美和は武史に向き直った。

「先生は大家さんのことを心配してるんです。先生にとって大家さんは親や恋人も同様ですから」
「親や恋人?」
 武史が呟くようにして顔を上げ、美和を見た。
 美和はその深く強い、冷淡な視線に対抗するように、思わず次の句を継いでいた。
「先生は小さいときからずっと苛められてて、それは外見のせいもあるけど、でも一番悪いのは守ってくれる親がいなかったからです」

「美和ちゃん」
 真が思わず美和の腕を掴んだのを、美和は振り払った。本当のところはかなり酒が廻っていたし、さっきからずっと我慢していた感情が噴き出してしまった。
「大家さんが先生をずっと庇ってくれていた。勿論、人と人との間のことだから、始めから良好で親密な関係ではなかったにしても、大家さんは、先生が攫われてひどい目に遭った時だって、周囲構わず相手に戦争を仕掛けそうだった。そういうことは多分ただの恋人ならしない。自分の立場や相手の状況もかなぐり捨てて怒れるのは、本当なら親のすることだわ。その大家さんがあんな怪我をさせられて、その上行方不明で、正気でいられるわけがないです」
「美和ちゃん、いいから」
 真が止めるのを美和はもう一度無視した。
「あなたが先生の親なら、何とかしてあげようとは思わないわけ?」

「美和ちゃん」
 ついに真は美和を引き寄せて頭ごと抱えた。
「酔ってるんです。すみません」
 真の声も淡々と響いた。美和はその声を、頭を押し付けている真の胸を介したまま、乾いた振動として感じていた。武史の表情は見えなかったが、二人とも長い間黙っていた。
 真の心臓の音は随分と不規則に感じる。不安と混乱がその不安定なリズムの奥に見え隠れするのに、音質は単調でぱさぱさとしたものだった。その音を聞いている間に、美和は無理矢理、平静に戻されたような気がした。やがて真の腕の中から離れるようにして、真の顔を見る。真の表情は冷めたままで、そこには怒りも不安もなく、あるいは感情さえ窺うことができなかった。

「ごめんなさい、半分妄想です」
 そう言って恐る恐る見たが、武史も怒っているようではなかった。
「いや、隠しているつもりはない」
 武史は静かに抑えた口調で答えた。

 その強い意思で抑制された感情の奥を、美和は例の文章教室トレーニングの要領で更に妄想してしまった。本当はこの人も辛いのだろうと、大体そうでなかったら先生が可哀想と、そう思った。
 それでも、もしかしてこの人は、先生が自分の仕事のせいで間違えて危ない目にあったり殺されたりしても、この無表情を変えないのだろう。何かを深く感じるということを既に捨ててしまった人間の魂は、冷たく固まって、もう何一つ受け入れようとしないように思える。

 真も黙ったままなので、美和は居た堪れない気持ちになった。
「さっき、先生と叔父さん、向かい合って煙草吸ってたでしょ。あ、同じだと思ったの。仕草とかそんなんじゃなくて、顔や背格好の似ている、似ていないじゃなくて、その人が内側に持っているオーラみたいなもの、それが同じに見えた。ごめんなさい。気に障ることを言うつもりじゃなかったんです」

 武史も真も、しばらくの間何も言わなかった。女将が一度、氷を取り替えにやってきたが、何も言わずに直ぐに出て行った。真はもう一本煙草を引き出して銜えた。ライターの火で真の表情に幾らか翳りができ、一瞬強く燃え立った後では、闇は一層深くなったように見えた。
 やがて真は淡々と言った。
「別に、僕はあなたを恨んでいるわけではありません。今更、あなたにどうこうして欲しいと思っているわけでもない。ただ、竹流をあんな目にあわせてさらったやつがいるなら、そしてもしあなたがその相手を知っているなら、教えて欲しいと思っただけです」
「それで、お前はどうするつもりなんだ」
「知れたことです」
 武史は黙って息子の顔を見つめていた。美和は急に真のことも武史のこともおっかない気がした。
「それは、彼の『父親』に任せられないのか」
「イタリア人の力を借りたいとは思いません。挨拶もしてもらっていない。これは彼と僕自身の問題だと思っています」

 武史は息をつくようにして煙草を取り、火をつけた。美和は黙って武史と真の顔を窺っていた。どちらも自分の感情を最大限に堪えているように見えた。
「だが、あの男は使いようだ。もし相手が接触してきたら、迷わずに会いなさい。お前の協力者にはならないだろうが、あの男は自分の後継者のためなら国一つ滅ぼすくらいのことはする。それから、澤田が何を考えているのか、お前が直接聞くことだ。あの男はお前の力にはならないかもしれないが、利害は一致するかもしれない」
「河本さんは」
「真、お前も分かっているだろうが、あの男は表向きとは違う顔を持っている。お前が彼に協力を求めれば、その代償は高くつく」

 真はまだ暫く武史を黙って見つめていた。美和はその真を見ていたが、やがて真が淡々と言った言葉にいくらか動揺した。
「あなたは、本当は何が目的で日本に帰ってきたんですか」
 美和は真が自分の父親すら疑っていると思った。だが、それに答えた武史も、一線を越えてくることはなかった。
「休暇だ。それに河本の戯言を聞く必要もありそうだと思った」
 今度は武史もはっきりと、議論を打ち切るように断言した。

 暫くして女将がやって来て、彼らは相談して宝田と賢二をここで寝かせておくことにした。帰りがけに美和が武史に頭を下げると、武史は美和の腕を優しく叩いて、囁くような優しい声で言った。
「真を頼みます。あの子にはあなたのような人が必要でしょう」
 美和は思わず武史を真正面から見つめた。美和は一度呼吸を整え、それから堅い岩のように感情を押さえ込んだ男に、ひとつひとつの言葉を何とか響かせようと、ゆっくりと言った。

「さっきも言いましたけど、先生にとって、一番大事な人は大家さんなんです。大家さんが帰ってこなかったら、先生は」
 だが、これ以上は言葉にならなかった。
 武史は、今日美和が見た中では一番優しい表情を見せた。
「彼はずっとここにはいられない男です。ヴォルテラが跡継ぎを諦めることはないし、実質ヴァチカンの懐刀であるヴォルテラが、あの子たちの関係を認めることもない。たとえそれが恋人同士ではなく、きわめて親密な親子のような関係であっても、です」

 美和は真に今の言葉が聞こえていなければいいと思ったが、武史はむしろ真の耳に入ることを望んでいるように思えた。
 不意に、この男がコロンと煙草の臭いの向こうに隠している本当のにおいが鼻についた。それは美和の世界の中には本来なら存在していないにおいだったが、彼女の妄想はそれを嗅ぎ分けて認識した。





さて、次章、第8章は『ある代議士の事情』です。
真の心の中へ少しずつ、入っていってくださいませ。

以下、ちょっとコラム。
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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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