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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【幻の猫】(5) ライラック色のリボン 

真250kuroneko250

……誰だ? 次回最終回って言ったのは??
それは私。以下、私の心の中の葛藤。

始めから、絶対5回で終わらないって分かってたよね?
…うん、まぁ。
なのにどうして次回最終回とか書いたの?
いや、もしかして~とか思って……
limeさんを見習って、ちゃんと下書きを書こうとか思わないわけ?
…うん……取りあえず、考えとく。

さ、気を取り直して、いよいよ終わりが見えなくなった(嘘です)【幻の猫】第5回を始めましょう(^^)






 おばさんはホテルの洗濯や掃除の全てを仕切っているようで、さすがに忙しそうだった。真を連れまわした後は、仕事に戻らなければならなかったようで、少し残念そうに真の頭をよしよしすると、真にリボンと写真を託すように手渡して、真の両手を包み込んでうんうん頷いた。

ホテル
 言葉は全く伝わらないのに、おばさんの言いたいことは分かった。
 それは多分、真にあの天使の彫刻が見えたからなのだ。
 おばさんに霊感があるのかどうか、ということはこの際問題にはならない。多分、おばさんは見えていても気にしないタイプなのだろう。そして、真が『特別な能力』を利用して、この写真の持ち主を探してくれるのではないかと期待したのだろう。

 渡された封筒の一枚は、どうやら土に埋まっていたもののようで、表はおばさんの手で拭き取ったようだが泥が沁み込んで茶色くなっていた。しかし、油をしみ込ませた内張りの紙のおかげで写真とリボンを少しだけ守っていたようだ。もう一枚はおばさんがこれらを何かの偶然で土から掘り起し、大事に仕舞っていたもののようだっだ。

 とは言え。
 言葉も分からない異国で真にできることなどほとんど何もない。真は託されたリボンと写真、そして一緒に渡された二枚の封筒をチノパンツの後ろポケットに突っこんで、自分にできることをあれこれ考えた。
 この写真の持ち主はこの街に住んでいるのだろうか。もしもここがもともと墓地だったのなら、ここに死者を弔う人は、この近くに住んでいるのが普通なのだろうか。墓地が別の場所に移されたのだとしたら、ここに眠っていた人たちはどうしたのだろう。

 竹流がいたら簡単に解決しそうな問題だという気もした。でも、彼は今どこにいるのか分からない。女のところだという可能性も否定できないし、邪魔をして鬱陶しがられるのも、何だか嫌な感じだ。
 真はポケットから彼の指輪を取り出した。
 これが何かのパワーを持っていたら助かるんだけど。

 フロントの女性は英語は通じるけれど、冷たい感じで、しかも新しく雇われた人なのか、墓地のこととか天使の彫刻のこととかを知っている気配はなかった。

シエナ
 フロント脇の中庭に戻って、もう一度井戸の後ろを覗き込んでみたが、真が勝手にジョルジョと名付けた猫の気配も尻尾も見えない。もう太陽は随分高くに上がっていて、真の影はすっかり短くなっていた。
 その時、教会の扉が開いて、中から人々が出てきた。そうか、今日は日曜日なのだ。真が知らないうちに教会ではミサが行われ、今それが終わったのだろう。

 おばさんはいいのかなぁ。仕事があるから、また別の時間にお祈りをするのかもしれない。
 人々は固まって出てきたわけではなく、ばらばらに、一人、二人、あるいは家族連れというように、間を置いて出てくる。皆が黒い正装で、急ぐわけでもなく、ただ静かに真の前を通り過ぎていく。
 扉に目を向けると、開け放たれた向こうから、ステンドグラスに染められた光の気配がわずかに漏れだしてきている。

 真は、何かに魅かれるように扉の方へ歩いた。
 教会の一番後ろから見ると、長椅子が二列に並んでいる、シンプルな印象の聖堂だった。ほとんど単色に近い薄いブルーやイエローのステンドグラスは、中庭のほうから入る光を受けて、脇廊に短い四角の光を並べている。脇廊以外の場所は薄暗く、少しの間気が付かなかった。

 薄暗くなった椅子に、まだ人が一人だけ残っている。
 女の人だ。
 やがて黒いベールをかぶったままの女性は、ゆっくりと立ち上がり、静かに椅子と椅子の間を滑るように歩いてきた。顔も見えなかったが、それほど歳をとった人ではないようだ。真に気が付いたようでもなく、そのまま扉から出て行く。

 代わりに教会の中に一人残された真は、脇廊の後ろから祭壇を見つめた。祭壇には、塔の上の方から光が降り落ちてきている。まるでそこだけ、特別な光を集めたように真っ白に染められ、そしてその周囲に、小さな闇がうごめいて見えていた。
 光の後ろには影がある。きっとあれは、真の心の中にも巣食っている、不安の種だ。
 真は振り切るように視線の先を変え、中庭に出た。

kuroneko250
 あ。
 今、確かにジョルジョの尻尾が見えた。尻尾は裏庭に繋がっている建物の中へ消えて行った。真は慌てて追いかけた。もしかしたらジョルジョが何か教えてくれるかも、と都合のいいことを考えながら。

 でもジョルジョはどうして尻尾だけなんだろう?
 そう考えながら、暗い廊下を行き過ぎて、また明るい外に出る。さっきおばさんと歩いた、元墓地への道だ。見失ったジョルジョの尻尾を探して見回していると、オリーブ畑の木の影に、人の後姿が見えた。

 さっきの女の人だ。元墓地の方へ歩いて行く。
 結果的に真はその人を追いかけていた。ひらりと柵を乗り越えたとき、微かにずきんと右足が痛んだ。そして無意識に踏んだ『境界』に蹴躓いて、真は再び穴に落ちるような感覚に捕らわれた。
 空中を転がっている、というのか回転して落ちていくような無重力感が途切れても、まだ身体は重力を半分くらいしか感じなかった。足が地面についているのかどうか、定かではない。


 いて。
 今度は頭を打ったわけではなかったようだが、ずきずきと側頭部が痛んだ。吐き気がするほどの痛みで、目がちかちかして開けていられない。
 やっぱり今日は最悪だと思いながら、身体を引き摺るようにして縋りつくものを探したら、案の定、あの天使の羽根に触れた。

 どうしてこちらの世界に踏み込むとこんなに苦痛なんだろう。
 台座に座り込み、頭を天使の羽根に預ける。
 何となく辺りは明るく、まぶたの内側にまで光が侵入して、目が痛い。
 その時、影がふわりと天使から落ちてきたような気配があって、まぶしいほどの光を遮った。真は心地よい影の中で、ようやく目を開けた。

 幽霊じゃなかったんだ。いや、幽霊か。足があるかどうかは幽霊かどうかの絶対条件じゃないし、そもそも西洋の幽霊には足があったんだっけ?
『やぁ、会えたね』
 というのは妙な挨拶だと思ったが、それが正直なところだった。

 痩せた女の子は、おばさんが持っていた写真の中にいた子どもだった。幾つくらいだろう。身体は痩せていたが、目は大きくて、人形のように睫毛が長く、青い透き通るような目をしていた。小さな体なのに、女の子は少しも小さく見えなかった。不思議なオーラのようなものを纏っているからだ。
 女の子は真の後ろを覗き込むようにする。
 真がそれに気が付いて、女の子の目の先を追うと、その視線は真のチノパンツの後ろポケットの上に止まっている。真はポケットから封筒と写真、リボンを取り出した。

『これ、君のなんだね』
 女の子は頷いた、ように見えた。女の子の髪の毛に、よく似たライラック色のリボンが光に溶けている。改めてリボンの手触りを確かめると、しっとりとした絹のリボンで、微かに花の絵が描かれていた。
 これ、日本の着物の端切れだ。
 懐かしく優しい手触りが、まるで今しがた、誰かの手で縫い込まれたように、手の中で沈み込むように重くなる。

 言葉ではっきりと聞けたらいろんなことがわかるのに、中途半端な霊感だと、言葉も交わせないのかと残念だった。もっと言葉を聞くことができたり、過去の記憶とかが見えたらいいのだが、そんな便利な霊感が備わっているわけではなかった。
『君の名前を教えてもらえたらいいのに』
 女の子は大きな瞳で瞬きをして、ちょっと困ったように首をかしげた。
『これは、君とお母さん?』

 真が尋ねると、女の子は頷いたが、それよりも急いでいることがあるようで、真の腕を引っ張った。質量は感じないのに、確かに触れている実感がある。引っ張られて立ち上がったが、足が痛くてうまく歩けない。
 女の子はそれに気が付いて直ぐに引っ張るのを辞めた。
 そして真の前にしゃがみこみ、両手で真の足を包み込むようにする。
 温かくほわほわしたものが、痛んでいた真の足首の周りを取り囲んでいる。足が確かに軽くなっていた。

『ありがとう。僕は、君に何をしてあげたらいいいんだろう』
 女の子はやはり答えなかった。ただ真の手を引っ張る。
 女の子は天使の彫刻の後ろ側に真を連れて行った。そして地面を悲しそうに見つめる。悲しそうに見つめたまま、涙を落とし、そしてまた真を見上げた。

 この地面の下。
『君はここにいるの?』
 女の子は首を横に振った。そして真が握りしめたままの写真に視線を向ける。 
『まさか、君のお母さん?』
 女の子は首を横に振った。そしてゆっくり顔を上げて、少し遠くの空を見る。

 真が見上げても、自分たちのいる空間の頭の上はまっ白で、空も何もわからない、光の雲に覆われていた。
 女の子が視線を戻し、再び真の手の中にある写真を見る。少し首をかしげるようにして、まるで裏を覗き込むようだ。
 真はふとその視線に誘われるように、写真の裏を返した。

 幼い文字で、何かが書いてある。
 真の目は消えかかった文字に釘付けになっていた。

 その時、微かに音が聞こえてきた。
 真は目を閉じ、耳を澄ませた。
 鐘の音だ。
 正午の知らせる鐘の音は、少し離れたシエナの街から聞こえてくる。
 真が吹き抜ける風の気配に目を開けた時、女の子も、彫刻も、全て掻き消えていた。


 さっき見かけた女の人の影もない。風が舞っていて、まだ鐘の音だけが聞こえている。真は昨日竹流が連れて行ってくれたシエナの街の光景を思い描いた。あの町のどこかにあの子が逢いたい人がいるのだ。
 写真の裏に書かれていたのは、幼い、字を覚えたばかりの子どもが書いたような文字。
 MAMMA, TI AMO. AURORA.

シエナ
 そして。
 真は辺りを見回した。地面を掘れるようなものは何もない。
 この下にいるのは誰だというのだろう。それとも、単に大事なものが何か埋まっているのだろうか。真は近くのオリーブの枝を折った。頼りにならないが、手で掘るのは難しそうだ。ないよりはましだと思った。
 地面は思ったより固くはなかった。やがて、オリーブの枝は、何か固いものに当たった。真は手で湿った土を払いのけ、その下にあるものに触れた。

 そのごく一部にしか触れなかったが、指先は、かつて生きていた人の気配を、真の身体に電流のように流し込んだ。
 真は思わず土を元に戻した。全てを見る勇気はなかった。

 その時、顔を上げた真は、自分を見つめる視線とまともに向き合った。オリーブの木の影に、さっき教会から最後に出て行った女性が立っていた。女性は真と目が合うと、一歩後ろに下がり、そのまましばらく真を見つめていたが、やがて背を向けて慌てるようでもなくゆっくりと歩き去って行った。
 その目には、恐怖と言った種類のものはなく、ただ諦念と、そして安堵のような不可解な感情だけが浮かんでいた。

 その視線の意味を掴みかねて、真は追いかけようとすることもできなかった。
 何か、とんでもないものを掘り起こそうとしている、それは恐怖ではなく、悲しみだった。誰かの悲しみがこの土の下に埋められていて、愛する誰かの手を待っていた。

シエナ
 今、光の中をゆっくりと黒い尻尾が真の前を歩いていた。
 真は誘われるままに、ホテルの前からバスに乗り、シエナの街を目指した。バスのフロントガラスの前の道は、打ち水がされているように蜃気楼が煌めき、その中に黒い尻尾がバスを導くように走っている。
シエナ
 シエナの街に着いて、バスを降りた後、尻尾を探すと、バスの発着場になっている小さな広場から続く階段に、揺れながら上って行く尻尾の影が見えた。尻尾は階段の先の路地に入っていく。
 追いかけて路地に入り、いくつか小さな道を曲がり、方向感覚が分からなくなった頃、いきなり路地から出て行った尻尾が消えた。追いかけた真が路地を出ると、目の前にあの貝殻の美しい広場が、いきなり扇を広げたように視界全体を覆った。





さて、次回は第6回は、もうハチャメチャな回に見えるかもしれません(^^)
本当にすみません(先に謝ればいいってものでもないけれど)m(__)m
御出演いただくのは、以下のメンバーです。


探偵事務所【ラビット・ドットコム】の皆様
Artistas callejerosの皆様
そして吟遊詩人(?)・愛心さん


詳しくは次号を待て!…じゃなくて、次回の冒頭でご紹介(*^_^*)


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Category: ☀幻の猫(シエナミステリー)

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NEWS 2013/5/31 腰痛(;_:)/ 【幻の猫】お知らせ 

腰痛で座っていられません(;_:)
仕事は座っていることが多いので(年取ると、事務仕事が増える……)、余計にこたえます。
別に腰痛持ちではないのですが、急に……
寝ててもあちこち痛くなってきて(庇うから?)、落ち着いて寝れない……
月末業務がこなせなくて困っている大海です(;_:)
昨日は、久しぶりに筋トレ、おサボりしました。
歳を取ると、ちょっとサボると、また翌週が辛いトレーニング。

maruta
今週末は、石の記事が書きたい。
お話も、進めたい。
腰よ、頑張れ。
肩も背中も、ばりばりに張っているけれど……



考えてみれば、調子がいいな~と思う日が少なくなっているなぁ。
何か気分転換を考えなくちゃ。

腰痛……
肩こりはあれこれ研究したけれど、腰痛は初心者。
また新たな研究ネタができてしまった……

できれば、病気以外の研究がしたい(;_:)


追記です。
本日夜20時ごろ…【幻の猫】第5話アップです。
そしてなんと、例のごとく、終わらなかったので、本日深夜前?【幻の猫】第6話もアップです。
え?まさかのまさか?
そうなんです。まさかの第7話があります^^;

遊びすぎちゃった……^^;
事情は、本日夜に!

Category: NEWS

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[雨51] 第8章 ある代議士の事情(4) 

代議士・澤田顕一郎の告白の後半です。澤田と香野深雪の関係が明らかに。
そして、深雪にも、真と同じように、過去に空白があることが語られる。
逆行性健忘。強いショックのためにある出来事からさかのぼって一部の記憶が吹っ飛んでいる。
澤田の本心はいったい?
そして、美和と真は、手懸りを求めて新潟へ。





 深雪は最後に別れるとき、親の顔を知らないと言っていた。
「もっとも、彼女の記憶はその辺りで欠落しているところがあるだろう。病院、それから施設に預け、匿名で学費を出したのは私だ。あれが大学を出て店を持つ時に初めて会ったが、それまでのことは話していない。ただ援助を申し出た」
「何故あなたがそんなことを?」
 澤田はただ穏やかに真を見つめていた。
「あれの生まれた家は新潟の糸魚川の古い旅館でね、昔から硬玉翡翠の販売も手がけていた。いずれ新潟まで立派な交通網が整備されれば、糸魚川で大きなホテルを経営するつもりだったのだろう。今で言うリゾート地開発計画があって、県議員や地元の業者とかなり深い付き合いもあったようだ。私はその頃九州日報に勤めていてね、若くて社会に義憤を感じていた」

 真は澤田が淡々と物語る過去を、重く苦しく感じ始めている自分に気が付いていた。それが深雪の関わる事情だからなのかもしれない。
 あの女を愛しているから重いのか、あるいは愛していないから重いのか、分からなくなっていた。

「『歴史的にも大変価値のある』翡翠仏が、県議員を介して中央財界や政界に流れているという噂を耳にした。もちろん、非合法な政治献金として、だ。発信源は糸魚川で自殺した翡翠を加工するある作家でね、取材をして、その事件の裏で深雪の父親が関わっていることを知った」
「つまり、あなたが記事を書かれたんですか」
「そうだ。その記事の後、深雪の両親は亡くなった。自殺ということになっている。深雪はまともに両親がぶら下がっているところを見たんだよ」

 真は澤田の冷めた目を見つめた。澤田が感情を敢えて表に出すまいとしていることは、十分に感じた。
「それで、記憶が曖昧と?」
「逆行性健忘というそうだね。ショックでその前の記憶の一部が飛んでしまうという。今、深雪がそのことを思い出しているのかどうかも私にはわからない。だが、そういうことは明瞭な記憶でなくても、心に深い傷を残すものなのだろう。その事件で、深雪の親戚の誰も、あの子を引き取ることはしなかった。不名誉な死に方をした家の娘だからだろうな」

「新津圭一の家と同じだ」思わず真は呟いた。「それで、あなたは深雪に申し訳ないと思って、援助をしてきたのですか」
 澤田は少しの間、言葉を選んだようだった。まるで美談にしてしまうのが悔しいとでも思っているように見えた。
「まあ、そういうことだ」
「そのことを深雪は知っていて?」
「私が話したことはないが、誰かから聞いたのかも知れない」
「あなたは、そのことで香野深雪があなたを恨んでいると思っているのですか」
「さぁ、どうだろうね。直接彼女とそのような話をしたことはないからね」

 真はやっと息をついた。
「彼女に妹がいませんでしたか?」
「妹の方はまだ赤ん坊でね、誰かに引き取られたと聞いたが」
 本当に妹がいたのだ。では、やはり楢崎志穂は香野深雪の妹なのか。そして、楢崎志穂は澤田のことを両親の敵と思っているのか。だが、そうだとして、何故楢崎志穂はそのことを知っているのだろう。誰かが楢崎志穂に事件を教えたということか。

「さっきの話ですが、つまり翡翠仏のような美術品が政治献金になるということなんですね」
「あんなものは、君、値段があってないようなものだ」
「どういう意味ですか」
「君はある美術品を見て、それが一億か五億かの違いがわかるかね? それは君にとっては同じはずだ。ただやたらに高い、という程度の。しかしそこには明らかに四億の差がある。その四億がどこに流れるかということだ。そして、その美術品に値段をつけるのは、世間の流通の程度と熱心なコレクターの存在と、そして何よりそれが希少価値で滅多に手に入らないものだという情報だ。その情報が事実である必要はない」

 真は澤田の冷静な表情をもう一度改めて見つめた。
「古い絵も、同じですか? 例えば、十七世紀の海外の著名な画家の絵、とか」
「モナリザが盗まれたとき、確かに複数の『モナリザの本物』が出回ったというが、本物が本家本元になければ、どこかにある、もしかして目の前にあるこれかもしれないという理屈になる。それがその美術品の『値段を決める情報』なのだよ。だが、そんな有名な絵をしばしば引き合いに出すのはかなり困難だ。せいぜい一億になるかならない程度のものを企業が数倍の値で買い取り、差額が献金になるという仕組みだ。あくまでも絵は桁違いの金を動かすためのからくりに過ぎない。そのものの価値が云々されるようなものは足もつくし、面倒だ」

「さっき、歴史的価値のある翡翠仏、とおっしゃいましたが」
「実際に流れたのが本物か贋物か、誰にもわからない。だが、それを持つことによって、神代の時代から存在する特別な加護が与えられるとなると、人は何かにすがりたいと思うのだろうね。特に、政治家や企業家は、敵も多く、是か非かを決める瞬間も多い。君はふざけたことだと思うだろうが、そういう時は神に頼るんだ。よく当たるという噂の占いは、何も年端もゆかない少女たちのものだけではない。財産や権力を持つ人間が頼るときには、大きな金が動く。そういうことだ」

 真は妙な違和感を覚えた。竹流が贋作に命をかける図式が浮かばない。そんな政治献金に多少の美術品が利用されても、勝手にどうぞ、と言いそうに思える。それなのに、彼は何かに対して命がけでこの事件に関わっている。

「この際だから、聞きたいことは聞いておきなさい」
 澤田はある一線は越えてこないが、嘘をつこうとしているようには見えなかった。
「何故、田安さんのお葬式を? ただ親代わりというだけではありませんよね。それに、何故あの人が殺されたんですか」
「殺された? 事故だとは君は思っていないのかね」
「あなたは事故だと思っているわけではないでしょう。あんな派手なお葬式をして、しかもマスコミをわざと引き寄せた」
 澤田は曖昧に頷いた。
「あの人と私の父親は戦時中同じ部隊でね、田安さんは私の父親の部下だった。常に生命の危機を共にする間に彼らは約束を交わしたのだと言う。どちらかが死に、どちらかが生き残れば、残ったほうは死んだ方の家族の面倒をみよう、という約束だ。あの人は律儀にそれを守ってくれた」
「田安さんの仕事をご存知ですよね」
「傭兵という仕事かね?」
 真が頷くと、澤田は首を小さく何度か横に振った。

「君は自分の父親がどういう仕事をしているか知っているかね?」
「いえ、あまり詳しくは」
「知りたいと思うことは?」
 真は答えることができなかった。ただ無言で澤田を見つめていると、やがて澤田は微笑んだようだった。
「君の父上も、君に知られたいとは思っていないだろう。だが、その上でもし知ったら、君はどうする? 父親を理解し、あるいは協力するか、それとも無視するか。もし彼がそのことで危機にあるとすれば、君は助けたいと思うかね?」

 真はやはりどうとも返事ができなかった。武史に対して、そこまで明確な感情を抱いたことはなかったし、考えたこともなかった。
「あなたは、どうなんですか」
 澤田は返事をしなかった。真は俯いて暫く考えていた。
 澤田が何かをしようとしている。その気配だけが明確に伝わってくる。真は慎重に言葉を選んだ。

「あなたは僕を雇いたいと仰いましたけど、それはつまり父を、手に入れたいということですか」
「君の父上を雇うということは実質上は不可能だ。某国の国家組織も、またその対立国のアカデミーも彼を手放すことはないだろう。彼の能力のこともあるが、彼は手離せない武器のようなものだ。自分が使うかどうかはともかく、他人の手に渡ることだけは避けたいと考えている。今更、日本の一個人が彼を雇いたいと願っても、無理なことだよ」
「それで、僕を雇えば、少なくとも父への牽制になると、そういうことですか」
「私はただ、正当な値段で情報交換をしたいと思っているだけだ」
「情報?」
 頭の中では忙しく考えていたが、どうしてもパズルの絵柄は出来上がらない。
「田安さんの葬儀については君の思っているとおりだ。私はただ、パフォーマンスをしているだけだ」
「誰かが、何かのリアクションをしてくると?」
 その真の言葉には澤田は答えなかった。
 パフォーマンスといわれて、ふと真は竹流の雑誌のインタヴューを思い出した。
 あれも、何かに対するパフォーマンスではなかったのか。それなければ、彼があんなふうに人前に姿を晒す理由が見当たらない。

「私のほうからも質問しても構わないかね?」
 真は意識を飛ばしていたので、不意に問いかけられて驚いた。
「添島麻子という刑事を知っているかね」
「えぇ」
 突然だな、と思った。
「この頃私の周りをうろうろしている。君と何か関係があるのかね。田安さんの店の爆発事故にかこつけて一度会ったが、捜査一課としては越権の仕事だ」
「僕には関係がありません。多分あなたが想像している通りでは?」
「私の想像?」
「あなたは直接、内閣調査室長のところへ行かれた。始めからそこに何かあると思っていたのではないのですか」
「なるほど。君は思ったよりも物知りだ。香月君と知り合いなのかね」
「香月? 河本さんでは?」
「どちらも同じだ」

 河本、という名前は、その男のひとつの顔にしか過ぎないということなのだろう。真は一度、机の上のグラスに視線を落としてから、気になっていたことを聞いた。
「店の爆発事故は何だったのですか」
 澤田が少し難しい顔をした。
「もしものときは後始末をするようにと、田安さんに言われていたが、あれは私がしたことではない」
 澤田は注意深く言葉を選んだように見えた。確かに、あの地下の射撃場を含め、他人の目に触れるとまずいものがあるはずだった。その後のニュースを見ていても、何も特別な報道はないが、田安が水死体で上がったといって直ぐに『河本』の命令を受けている添島刑事が動いていることからも、そこから何かが出てきたという可能性は高そうだった。ただ世間には知らされていないだけで。

「君を雇うことは私には大変有用なことだと思えてきたよ。香月君は私に、君には手を出さないように、と言った。君を雇いたいと思っているのは私だけでない、とね」
「どういうことですか」
「つまり、彼も、君の父上と対等に話をしたいと思っているのだろう。君と同居人が特別な関係にあるとも言っていた」

 何のことだと思ったが、澤田は真面目だった。
「実際、君と彼は恋人同士という間柄なのかね」
「ホモセクシュアルの人間は雇えないということですか」
「そう言えば、君は喜んでその振りをするだろう」
 全く図星というのはこのことだ。
「あいにく、私にはそういう偏見はない。だが、その人を探して君は随分必死のようだし、世間にもそのように思わせておいて放っている」
「それは、そのお蔭で、そういう手の連中と外国人のヤクザが僕に手出しをしないからです。あの町では多少そういう隠れ蓑が必要な場合もあるので」

 その日、澤田と約束を交わしたのは、少なくとも知り得た情報については共有すること、澤田に雇われることについて真剣に考えること、そして来週もう一度一緒に食事をすることについてだった。
 澤田がもしかして単純に誰かと食事を共にしたいと思っているのかと感じて、真は少しばかり澤田の中の噛み合わないピースの欠片を見た気がした。


 美和と銀座で落ち合ったのは、竹流の所有するレストランだった。勿論、ここでは美和も真も、本人たちが望まなくても完全にフリーパスで、シェフのほうもオーナーに出す食事と同様の振る舞いをする。美和がそれを望んでいたわけでもないのだろうが、人に聞かれたくない話をするにはもってこいの場所でもあった。
 今は別に人に聞かれたくない話があるわけでもなかったが、少しでも竹流に関わった場所にいることで、どこかで安心していたい気持ちもあった。もしかしてあわよくば、彼がひょっこりここに現れないかと、今もそう思っていた。

 トラットリアの方のコンシェルジェに挨拶をすると、何も言わないままに奥の特別室に通された。いつものことなので今更驚く事でもないが、何もかもいつも通りなのに彼がいない事実が重く感じられる。
「お葬式、どうでした?」
 真は美和に聞かれて、葬儀の様子と井出に会ったことと、それから澤田や嵜山の様子を話した。大東組の三代目が弔問に来ていたことも話した。澤田に呼ばれたことは黙っていると、真の食事が進まないのを見て、美和が言った。

「どこかで食べてきたでしょ」
 本当に、食べ物が絡むと女は鋭い。
「うん、まぁ、ちょっと断りきれなくて」
「また澤田顕一郎?」
 真が何て鋭いんだ、と感心していると美和がふとパスタから顔を上げた。
「本当に澤田に会ってたんですか?」
「え?」
 真の方が改めて聞きなおしていた。暫く二人とも言葉なく見詰め合っていたが、何となく納得して料理に向かった。

「それで君のほうは?」
「その昔の秘書の人のこと、多少わかりましたよ。でも、澤田に会ったのなら聞いてきてもよかったのに」
 全く美和の勘の鋭さには感心する。しかし、余計なことは言わないでいると、美和が先を続けた。
「村野耕治。澤田の同郷ですって」
「同郷?」それは聞いていない。「ということは大分の出身か」
「ブンヤ時代からの仲間なんですって」
「九州日報の?」

 美和は頷いた。
「新潟から帰ったら、一度九州に行ってきますね。ついでに実家にも寄りたいし」
 それでふと思い出した。
「九州日報の古い記事がわかるだろうか」
「先生、九州日報って、もうないんだよ。どこかに吸収されたって話。古い記事のことがわかるかどうかは不明だけど、いつの何の記事ですか?」
「二十三年ほど前の記事、内容は翡翠仏」
「二十三年?」
 美和は素っ頓狂な声を上げた。自分が生まれる前だと言いたかったのだろう。
「先生、澤田と何の話をしたんですか」
「後でゆっくり話すよ。でも時間もないし、早く片付けたほうがいいみたいだぞ」

 それから食事を片付けて、コンシェルジェに挨拶をして、上野に向かった。コンシェルジェの上品な紳士は、オーナーの怪我を心配していたが、もう少しかかると思うけど直ぐに戻ってきますよと言うと、やっと安心したような顔を見せた。
 上野で目的の『出羽』に乗り込むと、彼らは直ぐに寝台車の座席を見つけた。
「個室って、お前」
 添島刑事の取ってくれた列車を変更したのは美和だった。二人用の個室が安い値段とは思えない。時々美和の金銭感覚は、やはり金持ちのそれだと思う時がある。

「何かワクワクしますよね。個室なんて始めて」
 他人の話は完全に聞いていない。真は諦めて美和と一緒に個室に納まった。そこには座席と二段ベッドが入っていて、彼らはその座席に座って、列車が出発するまでの間に真は澤田から聞いた話を美和に伝えた。澤田との取引の件は端折った。

 美和は深雪の過去について聞いた後、真の方をじっと見つめて言った。
「深雪さん、可哀想。先生、一年も付き合ってて、そういう昔話とか聞いてあげなかったの?」
 美和の感想はもっともだと思った。
「でも、ああいう仕事をしているんだ、話したくない過去もあるかもしれないし、あまり聞くことでもないだろう」
「だって、深雪さんにとって、先生は特別なんじゃないの?」
 美和がどうしてそんなふうに思っているのか、真にはわからなかった。真が黙っていると美和は真の肩に凭れるようにした。

「何か腹は立つけど、同情もしちゃう」
 その言葉にも、真には答えることができなかった。
 列車が出発すると、寝台車の二段ベッドの上下に納まらずに、真のほうが美和を誘うように一緒に下段のベッドに入った。
「かなり狭いけど」美和が楽しそうに抱き合ったまま言った。「エッチしてたら、絶対隣に聞こえるよね」
 真は何も返事をしないまま、その美和の唇に口づけた。
 キスをしている間に美和は眠くなったのか、真の腕の中で欠伸をしてその胸に顔を埋めた。温かくて心地よい気分で、真はただ彼女の身体を抱き締めた。

 美和が一緒にいてくれて良かったと、心からそう思っていた。
 目を閉じると、列車の揺れと車輪と線路の鉄同士が軋み合っている地鳴りのような振動が、身体に響いてきた。今出発した東京の町の光景と、この向かう先にある北の町の光景がだぶついていた。北といっても、真の故郷とは全く違う世界だ。それでも向かっている先は混乱して絡まっている感じがした。記憶が複雑な欠片になってばらばらで、それを鉄同士が軋む音がかき回している。

 それでも、この道は彼に繋がっているだろうか。
 目を閉じていると、腕の中にいる美和ではなく、別の誰かを想っていた。それを否定することは自分でももうできなかった。途切れ途切れの睡眠は夢と錯覚を運び込んでは直ぐに打ち消していく。その錯覚を失いたくなくて、目を開けることはできなかった。





さて、次回から第9章です。正直、飛ばしていただいても一向に構わない章です。
竹流がいなくなって、見かけよりもずっと落ち込んでいるはずの真の過去へ遡ります。
相川真15歳。いささか危ない年齢で、いささか無謀なことをしておりました。
教師、あるいは導き手というものは、本当に必要ですね。

『若葉のころ』
これは大好きなKinki Kidsの主演ドラマで、タイトルからはいったいどんな爽やかな話かと思われるかもしれませんが、恐ろしく『痛い』話でした。根津甚八さんがいけてないオヤジをやっていて、これがもうリアルに怖くて、剛くんは鑑別所に入ってしまうし、その間に友と思っていた光一くんに彼女を奪われるし、かと思ったら、あれこれ悩む光一くんは事故で寝たきりに……
まるで韓流ドラマのような、あり得ないことが次々起こる展開。

でも、タイトルを頂きましたが、そんな悲しいことは起こりません…
無茶なことをする若者の話、かな?

またお楽しみに(^^)

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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