fc2ブログ
05 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

NEWS 2013/6/14 あなたに、落ちた、瞬間 

暑いですね。ついに、エアコン始動してしまいました。
と言ってもドライです。三味線の皮にとって最も恐ろしい季節がやってきましたので、いつあの、皮が破けるときのパーンという破裂音が聞こえるかと思うと(知らぬうちに破けていることもあるけれど)、恐ろしいです。
ケースの中には、乾燥剤を入れ、万が一破けたらと張り替え代(結構します…両面で片手万円くらい)を準備して…^^;
それが、昨日から、ピアノがぱーん、かばーんか、音が鳴るんです。
ラップ音??
こわ過ぎる。
年代物のピアノだからなぁ。毎年調律はしてもらっているのですが。

さて、今日は、恋に落ちる瞬間を短編にしてみました。
って、嘘です。何かに『はまる』きっかけって、存外つまらない事なのかなぁと。
みなさんはいかがですか?
誰か・何かに嵌った瞬間を覚えているものってありますか?



というわけで、何年か前のある女性の日常の一こまを切り取ってみました?

嵐

Sはアラフォーの仕事人間である。仕事場の近くに一人で暮らし、毎日遅くまで働いている。そんなSの楽しみは、ミステリーや歴史書を読むこと、自分でも多少ミステリーまがいのものを書くこと、そして夜中にひとりでカラオケボックスに行って津軽三味線を叩く事である。

早く帰ることができた日には、ビールを飲みながらテレビで野球観戦をすることもある。たまに甲子園の年間シートを持っている職場の隣の部署のおじさんが、明日行けないからと言ってチケットを譲ってくれると、無理やり仕事を定時で切り上げて、一人で甲子園に走ることもある。だから、通勤に使っているSの車の中には、いつも応援メガホンと24番のマフラータオルが入っている。

Sは、一生懸命ドラマや番組を追いかける方ではない。しかし、見ていないけれど、人恋しいので、テレビをつけている時もある。
そんなある日、まだアナログを買い替えていないブラウン管のテレビをつけっ放しにしていると、ある国民的人気アイドルグループがお化け屋敷に行って、誰が一番怖がってギャーと叫ぶかという企画の、日本にありがちな平和なバラエティ番組をやっていた。

Sはお化け屋敷が嫌いである。
総じてホラーが嫌いであり、過去に比叡山の某お化け屋敷で、お化けに追い回されたこともあるため、トラウマになっている。突然飛び出してくるものが、特に嫌いなのだ。

しかし、その日。
ブラウン管の中では、そのグループのリーダー、あまりにもアイドルらしからぬ振る舞いで有名なOが、メンバーのもう一人と一緒にお化け屋敷に入って行った。怖いもの見たさで、Sは成行きを見守っていた。

その部屋には椅子が置いてある。そこに座って、写真を撮れとの指令が書かれている。一人目が座って写真を撮っても何も起こらない。しかし、二人目が座って写真を撮ると、椅子が落ちるという仕掛であった。
Oは2人目だった。

バシャ。
がたっ!
シャッターが切られ、フラッシュが光り……当然のごとく、椅子が落ちた。

もしもそこに座ったのが自分だったら……大パニックで、お化け屋敷を飛び出していただろう。
しかし、ブラウン管の中は極めて静かだった。

あれ?
Oは、なんじゃこれ?とでも言うように、落ちた椅子に何の感慨もなく、むしろ呆れたように座っている。一切、動じることなく。いや、あの顔は「この椅子、壊れてんのか?」かな?

Sは、彼らと同じ事務所に所属するアイドルデュオのファンである。そのデュオがデビューする前からのファンであるが、同じ事務所の他のグループを特に好きになったことはない。この国民的アイドルグループのことは知っていたが、5人であるということしか知らない、そういう認識であった。

しかし、その椅子が落ちた瞬間、Sは間違いなく、Oに落ちたのである。

幸い職場に熱狂的なファンがおり、指南を受け、彼らの10周年のコンサートに行くことができた。彼らの10年間の苦労を知らない身ではあるが、恋する乙女のような気持ちで見守っていた時、リーダー・Oは初日のラストで挨拶を始めた途端、言葉に詰まり、感極まって泣き出してしまったのである。
10年、鳴かず飛ばずの時代も長く、当初メンバーの中で一番知名度も低くて、じゃんけんでリーダーに決まった彼も、苦労を随分してきたのである。

ひょうひょうとしたイメージ、リーダーというのはあだ名であるとまで言われるリーダー感のなさ、でも歌と踊りは抜群に上手い、そしてこんなに有名になった今でも、自分たちアイドルに年上のスタッフの人が敬語で話しかけるのがどうしても違和感があると言い、対戦番組でその日最もダメだった人が落とし穴?に落ちるという罰ゲームで時々みんなの分を背負って落ちてくれる、一人で落ちたくなかったMがOを巻き込んだ時も「ごめんね、リーダー」と謝まるMに優しく「ま、いいんだよ」と言う、今やSはそんな彼の大ファンであり、時々「好きすぎてどうしたらいいのか分からない」とまで言っている、おばちゃんのくせにかなりの乙女になっている馬鹿である。

ちなみに今でもファンである、某デュオに対しての感情は、Sの中では長い春状態、付き合いが長すぎて、いまや気持ちは親戚のおばちゃんである。

こうして、彼らの番組を録画するために、Sはついに、テレビをデジタルに買い換えたのである。毎週、ハードには『VS…』『…にしやがれ』そして『ダーウィンが来た!』(ん?)が確実に録画されていくSのテレビ。
しかし、それをどうしたらいいのか分からないSは、超のつく機械音痴のままであった。

本気で泣いて
本気で笑って
本気で悩んで
本気で生きて
今がある 胸を張れる

堂々と胸を張ってくれ!
とCDプレーヤーに向かって応援するSは、iPodを買ったのに、使い方が分からないまま放置している。

(この物語は実話を元にしたフィクションです。脚色もあり、一部事実とは異なる点があることをお断りします)



誰か・何かを好きになった瞬間って、滅多に思い出せないのだけれど、何故か、彼のことだけは鮮明に覚えているなぁ、と先日のMusic Sta///の録画を見て思い出しておりました。
「絶対にAには嵌らない、と言っていたのに、椅子と一緒に落ちた奴」と友人には笑われております。

石にはまったきっかけ、三味線を始めたきっかけ、その某デュオを好きになったきっかけ、ある球団や選手を好きになったきっかけ、ある指揮者を追いかけはじめたきっかけ……
確かにきっかけはあって、ぼんやりとは覚えがあるけれど、だんだん好きになっていく……ということが多い中、彼については『瞬間』が明瞭です。

一目ぼれって、本当にあるのかなぁ。あるんだろうなぁ。

その中で、最も長く続いているのは、書くことと読むことへの愛情だけど。
これも、きっかけがどんなのだったか、覚えていないのに。


ちなみに、5x10とgoogleに打ち込んだら『oonosatoshi namida』と続いて出てきて、びっくりしました。
M氏の言葉、『リーダーはすごく優しくて、いつも後ろで見守ってくれている……そんなあなたがリーダーだから、…はこんなグループになったんだと思う』(一部省略、言葉の間違いあり)

というわけで、カミングアウトのつまらない記事でした。

あ、『一人カラオケ』の下りは本当です。
夜中、どうしても練習したいときは、カラオケです。
始めの頃は、「楽器持ち込んでいいですか?」とか聞いていたけれど、断られたことがないので、最近はするする入っていく。何か飲食物を注文しなければならないので、一応注文したら持ってきてくれて、その時、三味線を見ておののく従業員さんの顔が、最近は快感。
でも、あとで一人で歌う勇気はまだないです……^^;
最近、カラオケボックスも、会議に使われたり、色々使い勝手が変わっているそうで。
京都に住んでいたら、鴨川べりで叩くのに……


明日から東京出張。わが職種は、土日に半分仕事の出張が多いです。
代休が欲しいけど、無理っぽいなぁ。あったらいいのに。
新幹線で、読書(もちろん、皆様のブログ(^^))ができたらいいのですが。
例のごとく、トンネルでブチブチ切れるのが問題ですけれど。



Category: たまにはアイドル

tb 0 : cm 9   

[雨:中休み] テーマ曲をご紹介 

ただ今、メイン小説として更新中の【海に落ちる雨】ですが、時には休憩を挟まないと、息切れしそうに長いので、Scribo ergo sumの夕さんや、小説ブログ「DOOR」のlimeさんが記事にしておられたことのある、イメージソングについて少し書いてみようかと思います。

実は最初の『はじめに』にも書いたように、始章の二つの『邂逅』にはそれぞれイメージがありました。
竹流のほうはレナード・コーエンのアレルヤ。もっとも、私がイメージしたのは、この曲をIL DIVOが歌ったもの。真のほうは、アイヌ神謡集の謡。こちらは詩なので、今回は置いといて、竹流のほうのアレルヤをここにご紹介したいと思います。
実は記事にYou Tubeを張り付けるのは初めて。上手くいくかな。


消えてしまった時のために→You Tube-Hallelujah-IL DIVO
IL DIVOはフランス、アメリカ、スペイン、スイスから4人のアーティストが集まって作られた男性ヴォーカルグループ。これまでに3度、生で聴かせていただきましたが、至福のひと時を分けてもらいました。本当にいい声。4人の全く違う個性・声が見事にハーモニーになっているのです。
私の贔屓は、アレルヤ…の部分を歌っているスイス人のウルス。声にやられました。もちろん、いかにもスペイン人!というオペラ歌手(バリトン)のカルロスも、最近よくCMで耳にするTime to Say Goodbyeの曲でいい声を聴かせているディヴィッドもいいし、この中で唯一ポップス歌手出身のセブもいい感じで…なかでもセブは、このグループに参加して一番声が伸びた人、これまでは独学だったというから、逆にすごい。
実はロックンローラーの真(初代真の曾孫)が一時、こういう感じのヴォーカルグループの活動をしているのですが、これはもう完全に彼らに触発されたのですね^^; もちろん、彼の立ち位置はセブ。

それはさておき、この歌詞はスペイン語。様々な苦しみや悲しみの先、幸福を感じるひと時、神の恩恵を感じるひと時について、簡素な言葉で語っています。大好きな曲。


一方、こちらは元の曲、レナード・コーエンのアレルヤです。
ブルースの名曲。語るように歌う渋い声がたまりません。
歌詞の内容は全然違います。こちらは恋愛に敗れた男が歌っている感じ、でもアレルヤ、なんですよね。
そして全てが間違っていたんだとしても、アレルヤだけを口に携えて歌の神の前に立つ、というそういう歌。

この曲は、多くのアーティストがカバーしていて、どれもそれぞれ素敵だとは思うのですが、私にはこの2曲。
残念ながら、【海に落ちる雨】の時代にはまだこの歌は世に出ていませんので、竹流や真が聞いたわけではないのですが…

竹流の人生は、確かにキリストの教えにかなり縛られていたとは思うけれど、ブルースが結構似合っているのかもしれません。ちなみに、津軽/三味線、ブルースのようだといわれることがあります。


そして、夢の世界で、この物語が映画化されるなら、ラストの竹流の言葉に被って……

(You Tube-Calling-B'z)
これしかもう考えられません。
前奏のギターはちょっと置いといて、この稲葉さんの歌を、竹流の台詞に被せて欲しい…(^^)

このYou Tube、肝心の大好きな歌詞の部分が省かれてるんだけど、水も滴るいい男の稲葉さんがかっこいいので、フルバージョンじゃないのを選びました。
その私にとって肝心な歌詞は以下…

どれだけ離れ 顔が見えなくても 互いに忘れないのは
必要とし 必要とされていること それがすべて 他には何もない

ここが決め手です。
今年も9月のライブでこの曲を聴きたいわ。
ちなみに、私は彼らの熱狂的なファンではないのですが、今回のBestも買いました。
かなりの回数、ライブにも行っています。稲葉さんの声は最高だと思っています。
友人がファンで、いつもチケットを取って誘ってくれるのです…ありがたく、恩恵に預かっています。
Motelはいつか物語にしたい曲。

え? ラストの竹流の言葉はなんだ、って?
それは、今は言えません……(^^)
この一言を言わせるためだけに、私は38章+始章を費やしました。

ちなみに妄想映画では、この曲が終わり、エンドロールが終わったら、もうワンシーンあるのです。
それはちょっと怖いシーン、かな。真も竹流も知らない、裏側の真実。

……なんて、もうすっかり監督状態。

妄想ですから、ね。
Hallelujahに始まり、Callingで終わるこの物語。

実は、後半では挿入歌?もいくつか出てきます。
時代が微妙に過去なので、歌でイメージを引っ張ったりもしている。
もちろん、その歌をリアルタイムで知らない世代の人にも、何となくイメージを思い描いてもらえたらいいなぁ、という感じです。
だって、リアルタイムにみゆきさんの『時代』とか、チャゲあすさんの『恋花』ですから。

映像にできない物語、せめて曲だけでも、イメージをふくらますアイテムになったらいいなぁ。



以下に、Hallelujahの訳詩を畳んでいます。
-- 続きを読む --

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

tb 0 : cm 7   

【猫の事件】迷探偵マコトの事件簿(2)…(・・? 

真250kuroneko250

これ、何だかやめられなくなってしまいました^^;
akoさんから頂いたコメントからさらに広がった妄想作品。
前回同様、極めてしょーもないのですが、何故か続いていく……


登場人物
マコト:ツンデレ猫。イメージでは茶トラ。もしかするとキジトラ。
タケル:その飼い主。趣味はマコトをおちょくって遊ぶこと。

さぁ、今日のマコトはどんな事件を解決するのでしょうか!?
タケルのお土産編、お楽しみください(*^。^*)



【迷探偵マコトの事件簿その3:マコト、呪いの尻尾に挑む!】

タケル、おそいなぁ。
ぼく、ひとりでおるすばん、キライ……つまんないんだもん。

……あ、かえってきた~(=^・^=)
でも、ぼく、あかちゃんじゃないから、うれしそうにおでむかえなんかしないんだ。

クールに言うの。
あ、お帰り、おそかったんだね。
あれ、それなに?

タケルが赤いふわふわのしっぽみたいなのを買ってきた。
しっぽには棒がついてるよ。
それに、マタタビのにおいがする~~
ふわふわ、ってタケルがぼくのお鼻のまえでくるくるする。

き、きになる……
あぁ、だめだ! だめだ!
ぼく、おこってるんだもんね。
タケルとあそんでなんてあげないもん。

ふりふり。
くるくる。
ほら、おいで、って。

ば、ばかにしないでよね。
ぼく、もう子どもじゃないんだからね。
それにそんなので、ぼくを放っておいたことをごまかそうなんて、甘いんだもんね。

ふりふり、ふるふる、こちょこちょ、……
ふん、知らないもんね。

ふりふり、ふるふる、くるくる、……
あぁ、もう、そんなへんなしっぽであたまをさわんないでよ。

こんどはソファのかげから、ふりふり……
あ、かくれた!
また、ふりふり……
ぼくはおもわずたたかうじゅんび。

あ、あやうく手を出すところだった。
ぼく、もうおやすみするんだ。ばいばい。

……でも。
うぅ。
マタタビ、いいにおいだなぁ……

ちらっ。

いやいや。
しらんぷりっ!

……
あ、あきらめてタケルがねたよ。

よし!
さっそく赤いしっぽのちょうさだ!

これはしっぽなのか?
しっぽではないのか?

どうして赤いの?

ちょん。
あ、かってにうごくよ?
あれ? うごかないよ?
う~ん、あなどりがたいやつだ!

えい、えい、えい!
このやろう!
こうしてやる、こうしてやる!

う~む。
つかみどころのないやつだ。
テキもなかなかやるな。

ちょっとうしろ足で立ち上がって、
ダ~イブ!っと。

わ、すべっちゃった。
いてて。

あ、タケルと目があっちゃった……

えーっと……しんだふり、しとこ。


それ、きっと、のろいのしっぽだよ。
ぼくとしたことが、まりょくでおどらされちゃった……



【迷探偵マコトの事件簿その4:マコト、新たな敵に挑む!】

タケル、おそいなぁ。
やっぱり、ぼく、つまんない。
あ、かえってきた。

あれ、またへんのものを買ってきたの?

…………

……それ、あたらしいネコ?


なんだよ、そいつ。
うごかないし。
しゃべらないし。
においもしないし。
ミルクものまないし。
ねこまんまもたべないし。

なにより、ぜんぜんかわいくないし。


なのに、なんだって、そいつといっしょにねるの?
なんで、よしよしとかするの?

……いいもん。
ぼく、ひとりでねるもんね。
もう子どもじゃないもん。

おやすみ。
べー、だ。


……
しーん。


みみをぴんとのばしてみる。
……
しーん。


タケル、ねたかな?


そーっと。
ぬきあし。さしあし。しのびあし。

つかまえたぞ。
えい、こいつっ!
まえあしでけりっ!

ちょっと、のいてよ。
そこ、ぼくのばしょなんだから。

くいっとおして、っと。
くいくい……

ふぅ。
やっと、すきまに入れた!


……よかった。やっぱりここがいや。
ねよっと。

……あ、タケルと目が合っちゃった。


だって、タケル、こんなにゃんも言わないやつ、つまんないでしょ。
あったかくないし。
においもないし。
ごはんもたべないし。
ぼく、タケルがさびしいかなぁと思って、来てあげただけだもんね。


……あたま、なでないでよ。
ぼく、もう、子どもじゃないんだからね。

でも、ま、いいか!


ぼく、もうねるね。
おやすみ。


……ちょっとだけ、しあわせ。



にゃんた



さて、このくだらない企画、続くのか? 続かないのか?
それはミステリーですね(^^)

ちなみに、この、ぬいぐるみを押しのけて間に入って寝る、というのは出典?があります。
実は私、パンダが大好きで、PCを持って初めてお気に入り登録したサイトは、中国にあるパンダ幼稚園のサイト。

ある日、たまたまテレビを見ていたら、その幼稚園を新庄剛志さん(元タイガース、そしてメジャーから戻った後は日ハム)が訪問して、パンダの飼育を手伝うという番組をやっていました。

パンダにも色々いて、1匹、まだ幼稚園に入りたてで、みんなとうまくやっていけない子がいたのです。
新庄パパ、赤ちゃんパンダたちと一緒に生活し、そのはみだしっこのことをいつも一番気にかけていた。
でも、それでもなかなかこの子だけは懐いてくれない。
他の赤ちゃんパンダたちはもう新庄パパ大好き!でいつも一緒に遊んでいる。
そしてある夜。
赤ちゃんパンダたちはみんな新庄パパのまわりで群がって、固まって寝ている。
はみだしっこパンダは、一番遠いところで寝ていたのですが……

みんなが寝静まったのを確認し、のっそり起きたと思ったら……
新庄パパにくっついている他のパンダをくいくい、くいくい、と押しのけて、自分が新庄パパの真横に!

新庄パパは萌えまくり。
もちろん、大海も萌えまくり。

それからは、はみだしっこパンダくん、新庄パパにくっついて遊ぶようになり、そのうちみんなにも打ち解けていったのです。 
もう別れのシーンでは、ぼろぼろ泣いていた大海でございました。

で、ちょっと使ってみました(^^)





お待たせいたしました。(って、待ってもらってるのかしら??)
次回はいよいよ、【幻の猫】最終回のアップですm(__)m

Category: 迷探偵マコトの事件簿(猫)

tb 0 : cm 6   

[雨54] 第9章 若葉のころ(3) 

回想の章となっている第9章の最終回となりました。
本当は2回に分けるつもりだったのですが、分けどころがうまく見つからず、一気にアップです。
かなり長いのですが、中身は比較的読みやすいと思いますので、お楽しみください。
今回の見どころは、竹流の啖呵です。





 それから半年もたたないうちに、真が滝沢基のモデルをしていた時の写真がポスターや吊広告になり、フィルム会社の宣伝として町中に貼られた。

 知らない顔をし通したが、さすがに誰も気が付かないというわけがなかった。電車の中では極力、顔を上げないようにしていたが、それでも写真を撮られた時からまだ一年と経っていないわけで、不意に誰かの視線を感じることが多くなっていた。
 その上、一度ならず痴漢にもあってしまった。男としては沽券に関わる気がして言い出せなかったが、ある時、何かの話のついでにそのことを竹流に話すと、自業自得だと取り合ってくれなかった。もう少し、可哀相に、という種類の言葉を期待していた真は、自分でもおかしいくらいに落胆した気分になった。
 それでも、竹流と一緒に満員電車に乗った時、彼が真を庇うように引き寄せてくれたのには、真もさすがにびっくりした。

 勿論、そんな微笑ましいエピソードで終わる話ではなかった。
 真にしてみれば、もう半年以上も前の出来事だったが、写真を見た者にとっては、それはまさに今の出来事だった。中でも、写真の中から世の中を篭絡してフィルムやカメラを買うように誘っている少年を預かっている学校にとっては、とんでもなく現実的な問題になるわけだった。

 具合の悪いことに、その写真は世間でもかなり話題になっているらしく、少年を探せ、というキャッチフレーズでマスコミが盛り上がったのもいけなかった。

 ある時、竹流が相川の家にやって来て、功の書斎で本を読んでいる真の顔を覗き込んで言った。
「停学だって?」
「保護者を連れてこいって、それまで学校に来るなって感じだっただけだ」
「どういう意味だ?」
「よく分からない」
「自主的にさぼってるんじゃないだろうな」
 真は返事をしなかった。

「で、保護者はどうするつもりだ? 北海道のおじいちゃんを呼ぶか?」
「冗談だろ。おじいちゃんが卒倒するか、こっちが殺されるよ」
 厳格な祖父に知られるのなど、恐ろしくて考えられなかった。
 祖父が世間に疎いことを、これほどにありがたいと感じたことはない。それに、叔父の弘志も、大伯父たちも、このことを知ったとして長一郎の耳に入れようなどとは思わないだろうから、その点でも真は救われていたようなものだ。

「斎藤先生は?」
 斎藤というのは功の親友で、真の不整脈の主治医だった。功の失踪後は真たちの保護者を自任してくれている一人でもある。
「電話くれたけど、大丈夫って言った」
「俺が行こうか?」
 真は不思議そうに竹流を見た。
「あんたが俺の保護者って、学校が信じると思うか?」
「そりゃあ行ってみないとわからん」

 ポスターも写真集も、モデルが誰であるかを一切公表しなかったし、事実カメラ会社もその点では写真家に一切を委ねていたので知らない、と突っぱねていた。一部の週刊誌では、毎日人々が目にして話題になっているだけに、面白おかしく書き立てて、更なる世間の注目を集めたが、当の写真家はすでに日本からトンズラしていて事実は闇の中だった。

 しかし、毎日真に会っている同級生には、それが真であることは明らかだったろう。
 ただ、真がもともと人を寄せ付けない人間だったので、誰も面と向かっては真に事情を追及してこなかった。天然ボケの級長でさえ、そのポスターを見て明らかに真だと気がついていたのだろうが、比較的いいとこのお坊ちゃんやお嬢ちゃんが多いこの学校では、あまりそういうことで同級生をからかったりするものではないというムードがあった。

 問題は写真集だった。
 誰が見ても、『破廉恥な写真』といってもいいものが含まれていたし、写真家が色々と噂のある人物であれば、モデルとの間に何か複雑な関係があったと思うのも当然だった。事実そういうことを示唆するようなベッドの上の写真もあり、同級生たちは、いつものように普通に授業を受けている真の方に、色々な複雑な視線を向けていた。しかも真があまりにもいつも通りなので、余計に彼らの視線は複雑になった。

 まわりが真に注目したのはこの時が初めてではなかったが、これまで知らなかった者までが真を知るようになった。事実、そういう趣味のあることを隠していたある種の者は、真に接触を試みようとしたりもしたようだった。


 結局、その写真集がある生徒の母親の目に留まった。もちろん、PTAを介して問題にならないわけがない。院長のところへ駆け込んできた立派な保護者達は、こんな子供をこの学校に通わせるのは教育現場としてあり得ないのではないかと院長に掛け合った。

 しかし、院長には始めから真を咎めるつもりがなかったようだった。そもそも真であるという確証は、本人がそうだと言わなければありもしないわけで、できればそっとしておきたいと彼女は思っていたようだった。だが、ことこうなってしまっては、保護者会と他の教師たちの手前、放っておくこともできず、院長は真を呼び出した。

「これは君なの?」
 真は写真集の方をちらりと見た。とは言え、写真を撮られたことは事実でも、その作品を見た訳でなかったし、契約金さえ支払ってもらえれば後のことは自分には関係がなかったので、何とも返事をしなかった。

「功くんは、いえ、君の父上は知ってるの?」
 真は院長の顔を真っ直ぐ見た。
 真はこの院長を嫌いではなかった。嘘をついたり、大人の事情で物事をねじ曲げたりしない人種であることを感じていたからでもあった。

「父は、今、日本にはいません」
「え?」院長は驚いたように真を見た。「どうしたの?」
「アメリカに」言いかけて真は言葉を切り、うつむいた。何を言おうとしたのだろうと自分で思ったのだった。「研究で」
「いつ帰ってくるの?」
「分かりません」

 院長に父が失踪しているなど言えなかった。学校から祖父母にそのことが伝われば、物事は叔父、つまり実の父親を巻き込んでややこしくなるのは目に見えていた。
 親戚一同の中では、真が次男の武史の子どもであることは、皆が知っているのに、口に出してはならないタブーのような気配があった。もっとも、それは真が子どもなりに察知したムードであって、事実はどうだか知らないが、実父の立場がかなり複雑で、そのことと功の失踪の間に因果関係を感じざるを得ないのは、何も真の想像ばかりではないはずだった。

「じゃあ、君たちは今、つまり妹と二人きりなの?」
「今までも父は忙しくてほとんど家にいなかったし、何も変わっていません」
「では、今の君たちの保護者は?」
「保護者を連れてこいということですか? 僕がその写真のモデルをしたからですか」
「モデルは君なの?」

 真はついに観念した。
「そうです」
「どうしてそんなことをしたの?」
 真は少し考えた。差しさわりのない答え、というものを何故か吟味したのだ。
「お金が必要だったので」
「お金? 今、困ってるの?」
「いえ」

 追求されると、子どもながらに考えた答えには多少の無理があることに気が付いた。院長は少し間を置いてから、子どもを怖がらせないように、とでもいうようにゆっくりと語りかけるように言った。
「とにかく、今、君たちの保護者になる人を連れてきなさい。もしも本当にお金に困るような事があるのなら、放ってはおけないでしょう?」

 責めるような調子ではなかった。しかも院長は、一部の保護者たちが最も問題にしていた『真がこの噂の写真家と身体の関係を持ったのかどうか』については何も聞かなかった。
 だが院長が好意的に解釈してくれても、そうは思わない教師たちも多かった。結局教頭からしばらく自宅にいるようにと言われ、その前から行く気もなかったので、言われたのをいいことに自宅に篭っていた。

 本当のところは、少しばかり学校を気に入り始めていたところだった。ただ、自分自身が撒いた種だっただけに、どうすることもできなかったのだ。

 竹流は結局、学校へ真を連れて出かけた。
 院長室には、うるさ型の教頭も幾人かの教師も一緒にいた。真は興味のない顔を装ったまま、竹流の後ろにくっついていた。

 その時のために髪をばっさりと切った竹流は、手触りも見た目も明らかに高級なスーツを身に着け、頭の先から足の先まで、どこにも一点の陰もないほどに完璧な堂々たる態度で、大和邸の執事に運転させたベンツの後部座席から降りて、学校の門の前に立った。
 その姿はいかにも上品で、そこに立っているだけで周囲を威圧するほどの威厳に充ちて見え、恵まれた体格と、優雅で美しいとまで言える品位のある顔立ちは、ある意味神々しくさえあった。
 それはヨーロッパの貴族という人種が持つ何百年もの伝統や血統から滲み出る気配で、どれほど努力をしても俄かには身に付けることのできない種類の品格だった。

 おそらく、教師という人種に対してはかなり効果的だったのだろう。いや、竹流がその部屋に入った時点で、すでに物事は決着がついていたのだ。

「父親は」
 教頭は目の前に立っている竹流の姿に圧倒されたことを隠すように、咽を鳴らして聞いたが、竹流は彼や周囲の誰も彼をも睥睨するような、それでいて実に優しい笑みを見せて、優雅に少し頷くようにして説明した。

「私が、この子の父親の秘書をしていましたので、彼がいない間のことを頼まれておりました。今アメリカにおりますが、特殊な研究で居場所も定まらないようですので、直ぐには連絡もとれませんしここには戻って来ることができません。その間に真がしたことが、私の監督不行き届きであったことは認めます。しかも」
 竹流は真の方を少し見た。
「真のほうは、私を含め周りの大人に頼ることを良しとは思っていなかったようですし、ましてや他人である私に遠慮もしていたようですから、自分で解決したかった問題だったのでしょう」

「自分で解決する問題?」
「子供とは言え、目の前に沸いて出た問題を自らの力で解決したいという気持ちは持っています。私などが言わなくとも、あなた方教育者はもちろんよく御存知の事だと思いますが」

 外国人の竹流が、あまりにも流暢な日本語でつらつらと話すので、聞いているほうも丸め込まれるような勢いだった。しかも幾らか失礼なほど断定的な言い方をしているのに、まるで気にならないのは、やはり端から勝負がついていたということなのだろう。

「それは、どういう種類の問題だね? 第一君は何であんな破廉恥な写真のモデルになどなったのだ?」
 それでも何とか冷静を保とうとしていた教頭が、院長が何も言わないので自分の仕事だとでも言うように真を責め始めた。もちろん、彼は自分の仕事に忠実な、優秀な教師だった。

「破廉恥? 教頭先生はあれをご覧になられたのですね? それならもちろん、美の何たるかをご理解しておられる先生は当然お分かりだと思いますが、あれは芸術作品です。私も美術品を扱う仕事をしておりますし、メトロポリタン始めいくつかの美術館で修復師の仕事もしてまいりましたのでよくわかるつもりですが、物事の出方がああでなければ、皆が芸術と認めたはずです。教頭先生にも、ここにいる皆さんにも、世間に対して大人になろうと足掻いた子ども時代があったでしょうが、まさにあれはそういう時期の子どもの不安定な輝ける一瞬を残そうとした芸術です。モデルがこの子でなければ駄目だったわけではないでしょうが、あの時でなければならなかったし、それにこの子が見かけだけをとってもそれに値するのは、皆さんも認めるところでしょう」

 教頭は返す言葉に詰まったように見えた。それから、この異国人相手ではやり込められると気が付いたのか、真のほうに話しかけた。
「しかし、つまり君はあのカメラマンと、その」
「身体の関係があったかということですか」
 あまりにもずばっと竹流が先を続けたので、教頭がたじろいだ。

「そうなのか?」
 竹流は真の方を見て語気強く問いただしたが、言葉ではなく視線ではっきりと、否定しろ、と強要していた。真は黙って竹流を見ていたが、その勢いに中途半端に首を横に振った。
 それを見届けると、竹流はさっさと次の言葉を継いだ。

「本人は否定していますが? あなた方は何を根拠にそうおっしゃるのですか?」
 冷静に考えれば、確かに根拠はないはずだった。
「あのカメラマンは、随分危ない破廉恥な写真ばかり撮っているそうじゃないか。しかも、モデルとそういう関係になることも再三あるらしいし、相手が女だけではないことも知られているとか」

「それでは、先生方は憶測だけで真がそのカメラマンと身体の関係を持ったと仰るわけですか。それはあまりにも子どもの感情を傷つける言い分です。子どもの言葉を信じないとは、教育者にはあるまじきことと思いますが」
 急に声のトーンを厳しくして竹流が言い切った。まるで、神が雷を振り下ろすような力強さだった。
 真は呆気に取られて竹流を見つめていた。

 嘘もここまで強く主張すると、事実などどうでもよくなるのだということかもしれないが、この男の言葉にいかに力が篭っているかを見せ付けられたように思った。
 不意に、真は竹流が聞かせてくれたヒトラーの演説の調子を思い出したくらいだ。

 教頭は言葉に詰まって、それから話を別の方向へ向けた。言葉の勢いは霞んでいた。
「しかし、何より何故モデルになろうとしたんだね?」
「別にそれは問題ではないでしょう。してはいけないこと、ではないのですから」
「しかし、バイトとして、というなら、中学生には禁止しているはずだ」
「この子は、自分の力で何とかしようとしただけです」
「何をだね?」

 竹流は、静江の事をこれ以上隠すのは真にとって精神的にも負担になる、真がひとりで抱えるには問題が大きすぎるし、いっそ周りの大人に知らせたほうが、真も救われると思っていたようだった。
「この子の母親が長期に入院をしています。手術を受けることになって、費用が必要だったのでしょう」
 真は、何を言うんだ、と思って竹流を見た。

「誰か相談する相手がいなかったのかね」
「ですから、私の監督不行き届き、と申し上げました。真は、父親が留守の間、自分がひとりで何もかも対処しなくてはならないと気が張っていたのですから、自分の力で何とかしたかったのでしょう。責めを負う者がいるとすれば、むしろこの私であって、この子を責めるようなことではありません」
 教頭はまた言葉を飲み込んだようだった。

「もちろん、これより先は私がこの子達のことはきちんと監督を致します。もしも、何か皆さまにお気に沿わないことがありましたら、私にお話しいただけたらと思いますが」
 結局、竹流の立板に水の話しぶりで、大方は煙に巻かれてしまい、処分のことはさておいて真はしばらく家にいるようにと言われた。


 他の教師が出ていってから、院長が二人に話しかけた。
「あなたのことは功くんから聞いていたわ。真にとって、親よりも頼りになりそうな人間だって」
「それは光栄です」
 真は院長が父のことを功くん、と呼んだのにひっかかった。
 そういう意識の上へ、次の言葉が降りかかってきた。
「お父さんは静江さんと離婚したのではなかったの?」

 真はさすがに驚いて院長を見た。院長は二人にソファを奨め、三人ともようやく座った。
「ごめんね、功くんが君にどこまで話しているのか分からなかったし、立場上ここで私が保護者然としてしゃしゃり出るわけにもいかなかったから、君に何も説明しなかったけど、私も一度は功くんから君の母親候補に声を掛けられた人間だから、気にはしているのよ。もちろん、もう時効になった話だけれど」

 真は意味がわからずに院長を見つめていたが、竹流の方が、何かに思い当たったようだった。
「じゃあ、あなたが先生の昔の恋人だったんですね」
 院長は、年を経ても凛とした姿を保っている宝塚の男役スターのように、爽やかに笑った。
「聞いていたの」
 僅かにはにかむような響きが心地いいほどだった。

「ええ、時々先生は昔話をしていましたから。ちゃんとつきあった恋人はひとりだけだと。その人に真の母親になってくれないかと頼んだことがあると、そうおっしゃっていました」
 真は院長と竹流を交互に見つめた。功が、自分を疑い殺しに来たような勢いの竹流に対して、自分の過去の恋愛事情を話していたというのは驚きでもあった。

 それから、母親候補に、ということは、静江が真の母親でないことをこの院長は知っているし、もしかして功が真の実の父親ではないことも了解していて、しかも、本当の父親のことも知っているのかもしれないと思った。
 もしもこの人が母親になってくれていたら、自分の生涯は変わっていたかもしれない。

「でも保護者の押し売りをする気はないのよ。それに、功くんは頼りになる人がいるって話していたのだから。ただ、彼は静江さんとは別れたような事を言ってたけど」
「この子たちに、母親が精神疾患で入院していることを話したくなかったし、世間の耳にも入れたくなかったんだと思います。真は既に知っているので、今はもう隠すことでもないのですが、世間の子どもたちへの視線を心配したのでしょう。ただ、私は先生の考えにそこだけは反対で、むしろこれまでのように隠し続けることは真の気持ちの上でも良くないことだと思っています」
「そうね、そういうことはあなた一人の肩には重すぎるわ」

 院長は真の方に向いて言った。
「もし、何か力になれることがあれば言ってちょうだい。たまには周りに頼りになる大人もいるって知っておいて欲しいわ」

 院長は言葉を切ってから、竹流に向き直った。
「あなたを頼りにしていた功くんだから、私はこれ以上知らないことにするけど、本当のところ、彼はどうしているの?」
「とは?」
「連絡がつかないって事はないでしょう? この子のことをあんなに心配していたのに」
 竹流は初めて了解を取り付けるような表情で真を見た。そして院長に向き直り、ゆっくりと噛み砕くように言った。
「色々事情はあるようなので、これ以上は話せませんが、確かに今は連絡がとれません」
「それは、武史君と何か関係が?」

 真は顔を上げた。
「叔父を、知っているんですか?」
「ええ、彼は剣道部の後輩だったし、学部の後輩でもあったからね」
 そう言ってから、院長は真の実の父親の話だったことに気が付いたように、優しく微笑んで続けた。

「いい男だったわよ。強くて賢くて、骨太で男っぽくて、功くんとは全然タイプが違ったけれど、大学では剣道部の暴れ駒だって名を馳せていたわ。実際には功くんの方がちょっとばかり強かったけどね。そうね、彼は強がりだったけど随分お兄ちゃん子だったのよ。東京に出てきたのも功くんを追いかけてだった。今は外国にいるとは聞いているけど、危ない仕事をしているんじゃないかと、功くんが随分心配していたのよ」

 真は竹流の方を見た。竹流は真の腕を少し掴んで、心配するなというようにした。
「今、騒ぎ立てることはできないのです。蜂の巣をつついてしまって、この子たちに危害が加わるのは困りますから。警察も、いや日本の警察ではこの件では全く力が及ばないことなので、何も言っていません。あなたも、今はできれば聞かなかったことにして放っておいて欲しいんです」

 竹流が何をどこまで功から聞いていて、そして功の事情について何を調べたのか、真には一切わからなかった。
 それでも、今、現実の中で既に失われてしまっている幻を追う気はなかった。それよりも、目の前にある光だけは、見失いたくないと思っていた。

 院長は多少複雑な顔をしたが、それ以上は何も追及しなかった。彼女の第一の使命は子どもたちを守ることであると、そういう行動を、彼女がいちいち大脳で確かめなくても反射のように、疑いもなく選び取ってきたということなのだろう。
「とにかく、もうちょっと自宅で大人しくしていて頂戴。すぐに学校に戻すから。で、提案だけど、この間剣道部の主将が私のところに来て、君に剣道部に入ってくれるよう説得してくれって言ってたわ。こういう噂はすぐに止むでしょうから、できれば部活でもしてくれたら嬉しいけど。君が強いのはみんな知ってるのよ。それに仲間を持つのは悪いことではないわ」


 真が竹流と一緒に院長室を出たのは丁度昼休みの終わりかけだった。二人が並んで校舎を出ていくのを、窓から生徒たちが見ていた。真が誰かと一緒に学校に来ていたという噂は、昼休みの短い時間の間にほぼ全校に広まっていたようだった。
 この日から、真の保護者として現れた『白馬に乗った王子様』のような男に、女の子達が大騒ぎになった。彼女達が最初に真の味方になり、結局真が学校に復帰した後では、例の写真のことでとやかく言う者はなかった。その代わりに、彼女達が真に問い掛けたのは、あの王子様は誰なの、ということだった。

 竹流はその後、保護者を自任して、時には学校にかなりの寄付をしていたようだった。その上、学校でのイベントにも来ることがあったが、そこら中が盗撮の舞台になっていた。真は何かの拍子に彼がいつものように何気なく自分の身体を抱き寄せたりしないかとドキドキしたりした。そんなことをしたら、例の写真家と寝ていたかもしれない、という話は信憑性を帯びてしまうに違いなかった。

 その後の竹流のファンクラブの女の子達のやっかみの対象は、中学部の葉子に集中した。実際、真はあまりにも愛想がないし、同級生の篁美沙子と付き合っているという噂もあって、真に興味を持っても黄色い声で騒ぐ対象にはならなかったようだが、剣道部で一番強いという噂の真には隠れファンが多くいたようだった。そんな兄を持ち、あの素敵な王子様にお姫さまのような扱いを受け、揚げ句の果てに、学年でいつもトップクラスの、天然ボケと『いい人』過ぎることさえ除けば結構『いけている男』の富山享志とつきあっているという羨ましいような女の子が、葉子だったわけだ。


 何れにしても、真のこの事件は大人たちが思っているほど深刻な悪影響を子供たちに与えずに過ぎ去っていった。
 その後の二週間ほどの自宅謹慎の間、竹流は毎日のように相川家にやって来た。真の保護者を買って出ていたからでもあろうが、放っておいてまた登校拒否に拍車がかかっても困ると思ったのか、ずっと勉強を教えてくれていた。

 学校から、明日から来るようにと連絡が入ったとき、じゃあ明日からは真面目に学校に通え、と言われて真は竹流に言った。
「学校で授業に出るより、あんたが教えてくれる方がずっと面白い」

 竹流はしばらく真の顔をじっと見つめていた。これまで何年も勉強を教えてもらってきていたのに、これほど素直に真が感想なり感謝なりの言葉を口にしたのは初めてだった。真は言ってしまってから、竹流の幾らか驚いたような顔を見て、初めてそのことに気が付いた。

 竹流は、不思議な、いかにも幸福であるというような笑みを浮かべて、子どもに対してするように真の頭に大きな暖かい手を置いて言った。
「真、これはまたいつでもどこでも、お前が勉強したいと思えばできることだ。それに、俺が教えていることは今までの先人がつかみ取ってきた歴史であって、俺だって自分に教えてくれた教授陣の受け売りをしゃべっているに過ぎない。地球にも宇宙にも、まだまだ人間の知らない真実があって、もしもお前がそれを知りたければ、いつか自分で研究し考えて、真実の欠片でも掴み取って、それを自分の言葉で話せるようにならなければいけない。そしてそれは今でなくてもいいはずだ。だがな、俺はまともに通わなかったら知らないが、学校には大人や教師から教えられることだけではない何かがあるはずだな。あの心配して毎日のようにここに来る級長にしても、ただ級長としての仕事をするだけならそんなに一生懸命通ってくる必要はないはずだ。そういうことは俺が教えていても、決して手に入らないことだ」

 確かに、転校してきて以来、あの級長のおせっかいは度を越している。始めはただ与えられた義務に対して忠実なだけなのかと思っていたし、いささか鬱陶しいとも思っていたが、この頃、それが少しだけ嫌ではなくなっている。相川真の親友を自称する彼が毎日ここに来るのは、純粋に友人を心配しているからなのだ。そういうふうに接してもらうことに慣れていない真は、大概数回のコンタクトで相手から引かれてしまっていたが、あの級長だけは全く怯む様子がない。
 もっとも、彼の相川家への訪問理由の半分は、妹の葉子を気に入ってるからなのだと思うが、三人で、時には竹流も一緒に四人で囲むテーブルは、そんなに悪いものではなかった。

 それでもちょっと不満な顔をした真に、竹流はもう一つ付け加えた。
「それから、院長が言っていた部活のことも考えてみろ。お前は確かにこれまでひとりの自分のために、まあ多少は葉子ちゃんのためもあったと思うが、強くあろうとしてきた。だがな、そういう戦い方とは違った闘い方もあるんじゃないか」
 
 真は考えるように俯いた。それを竹流が子どもをあやすように頭を撫でたので、気に入らなかった。
「しばらくは学校でもいい子にしてろ。鬱陶しい連中もいるだろうけど、みんなそれぞれ何かいいところを持っているものだ。相手を認めることは必要なことだぞ。あの教頭もな」
 と言っている本人が気に入らなかったのだろう。真は顔には出さなかったが、やっと少し心の内で笑った。


 あの頭の上に載った大きな手の感触、そして何よりもあの旅館で抱き締められた身体の温もり、彼のキスには生命の源に還るための道標があるようにさえ思っていた。
今でも、その手の気配と温度と唇に触れる感触は、どれほど離れていても、身体にずっと残っている。






さて、次回は、新潟です。
竹流が2年半前『盗みに行こうとしていた贋作』…その絵にまつわる物語を少し紐解いていきます。
ちなみに、この『贋作』(の一枚)を持って、遠い未来、真のやしゃ孫の詩織がローマのヴォルテラの長男(家を出ていますが)のところに嫁入りするという、いわくつきの絵画なのです。

えぇ、鬼も笑う話ですけれど……(いつやねん)^^;

以下、雑談です。
-- 続きを読む --

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

tb 0 : cm 8   

NEWS 2013/6/10 ブログの深淵(?)とお礼 

ブログを始めたのが今年の1月14日でした。
まだ設定とかも上手くできなくて、訪問いただいたカウンターとか見れるようになったのは2月からだったりするけれど、地道に、大きく増えることもないけれど、ご訪問くださる方がいて、もうすぐ3000になりそう?かな。
いつも来てくださる方と、通り過ぎてゆかれる方が多いとは思うけれど、有難いなぁと思います。
だから今日は何の記念日でもないのですが、ちょっと感謝の気持ちで記事を書いています。


始める前はブログってイメージが分からなくて、でもコメントとか拍手とかなかったら、瓶に手紙を入れて大きな海に流しているみたいなものなんだな、としみじみ思います。
とっても人気のあるブログさんはともかく、自分を含めて、みんな少しずつ寂しいのかもしれないと思ったり。

だから、少しでも気配を残したいな、と思うけれど、まだなかなか初めての方のところにコメントを残すのは勇気がいります。ちょっとずつ、ずうずうしくはなっているのかもしれませんが…(これは多分いい意味で)
逆に、書くと長くなるのが私のいけてないところで、迷惑だったりするかしらということも多々あり…


そういう意味では、初めてコメントを書いて、初めて暖かいお返事を下さった彩色みおさん(BL作家に五里夢中!)にはとても感謝。私に勇気を下さった方。
文字通りBL作家志望さんで、本当に人の良いところを見つける天才、そして分析家(とても面白い)でもいらっしゃって、すごく勉強もされていて、尊敬しているのです。立て続けの入賞と、サイト1周年、おめでとうございます!

そして、イラストを描いてくださったlimeさん(小説ブログ「DOOR」)、竜樹さん(萌えろ!不女子)。
まさか描いてくださるとは思わない中での突然のプレゼント!!!
びっくりしたり、感激したり、泣きそうになったり、あれこれ……
limeさんは登場人物の貸し出しまでしてくださり…
竜樹さんの新しいイラスト(今回はねだったのですが^^;)へのお礼は、物語を書いてお返ししたいので、その時にぜひ見ていただきたいです!(あ、もちろん、今見たいという方はブログへGO!)

そして、夕さん((scribo ergo sum)は、なんと、私の小説に出てくる雑誌を作中に小道具として使って下さって、一編の素敵なお話を書いておられます。
とても素敵な短編なのです!(その色鮮やかな、ひと口を)
こんな風に、小道具を使っていただくのも、すごく嬉しいなぁ!と。

私自身も、limeさん、夕さん、そして素敵な詩を書かれるakoさん(akoの落書き帳)のお力をお借りして、作品を書かせていただいております(【幻の猫】:小品です。次回最終回!)。


もっと時間があれば、じっくりあれこれ書けるのですが、なかなか精いっぱいで、でも大海はとても感謝しておりますm(__)m


そしてそして、もしかして初めての方でも、言いたいことある!(あの記事どうよ、とか、大海、長いぞ、とかでも)という方とか、鍵つきでも、何でもおっしゃって下さると嬉しいです。
私のコメントのお返事が長くなるのは、まとめる能力がないからですので、お気になさらず!

かまきり
(意味なく、紫陽花と蟷螂のこども)



さて、なかなか時間的余裕がなくて、新しいブログさんを開拓する余裕はないのですが、それでもブログのお友達のところとか、ランキングのページとかを見て、ちら見をさせていただいたりしております。

初めて訪問させていただくブログさんで、『はじめに』とか『更新情報』のようなページが分かりやすいところに置いてあって、内容などをいくらか詳しく書いてくださっていると、初訪問でもとっつきやすいなぁと思いまして(有難いことに、自分に合うブログさんかどうかも分かる)、自分もちゃんとそんなふうにしようと思うけれど、もうちょっと余裕のある時に……しよっかな^^;

小説は確かに読むのは時間もかかるし、私も、大事なお友達(と勝手に決めている)のブログさんとこのお話もまだ読破できていないので、すごく気になる(というのか純粋に読みたい!)し、そんな時に新しく訪問したブログさんでも、短い記事とかエッセイ風のとか、短編とかあると、入り口としてすごくいいなぁというのも感じます。
尊敬するブログのお友達(とまた勝手に)の夕さんなどは、そのバランスを上手く考えておられて、とても参考になります。

わが身を振り返ってみれば……なかなか同じようにはできないけれど。


小説は、確かに読んでいただくのに時間がかかるし、特に私の場合、短く切る努力を怠っているので、1回分が長くて申し訳ないような気がするのですが、そもそもブログ小説とは言い難いものを書いているので、ある程度やむを得ない気がしています。
なら、もっと読みやすい短編を、と思ったりしていますが。
SSのように、ぎゅっとエッセンスの詰まった読み物は書けないので、シーンの切り取りとかだけど、せめてこんな風なものを書きますよって紹介ができたらいいな。

あ、でも、旅行記や巨石のことなんかは、カテゴリを分けて載せているので、遊んで行ってもらえたら嬉しいなぁ。……と思ったので、ちょっとだけ旅行のカテゴリにも登録しました。小説以上に膨大なジャンル分けに驚きましたけれど。一応、パワースポットに^^;
それを機に、古い旅行の話とか、まとまった旅行記事はNEWSから独立させました。

あ、また長くなってる!

何だかまた落ちがないなぁ。
ということで、最後にクイズを!

やさい

何の花でしょう?
答はクリックして、続きを見てくださいね。

-- 続きを読む --

Category: NEWS

tb 0 : cm 14   

[雨53] 第9章 若葉のころ(2) 

義母の入院するサナトリウムを訪問した真と、仕方なく付き合ってくれている竹流。
真15歳の際どいエピソードその2です。
この頃は、多分、竹流の中での真の重みって、5%くらいだったのでは……良くて10%あるかないか。
それも、妹の葉子込みの存在価値、恩人の息子・娘への義理という形。
……時は流れているのですね。






 ようやくサナトリウムを離れたが、一時間もたたないうちに竹流の車はあまりいい状況ではなくなったようだった。
「迷子になってるのか?」
 真はそう聞いたものの、別に迷子になっていることなど、どうでもよかった。
「そうらしい」
 秩父の山の中である。その上、雨が降りだしていた。
「しかも、腹も減ったな」
「いのししでも探したら?」
 興味なく真は言った。

「そりゃあ名案だ」
 淡々とした声だった。ここで言い争いはしたくないとでもいうようだった。
 そのうち、本当にボタン鍋の登り旗を挙げた一軒の食事処を見つけたが、あいにく店仕舞の用意をしているところだった。ふと時計を見ると、もう五時を回っている。そこの主人が、この道の先に一軒宿があるから、そこでなら食事も宿泊もできると教えてくれた。

 行ってみると、大きな敷地に二階建ての古い、いかにも隠れ宿といった風情の旅館が建っていた。意外にも車が五台ばかり、この季節の平日にも泊りに来る人がいるようで、玄関脇の敷地に停められている。
 開き戸を開けると、小さな受付のようなフロントの奥から年配の男性が出てきた。
「お食事ですか。お泊まりですか」
 竹流は一瞬、真の方を見た。
 真は返事をせずに視線を逸らせた。勝手にしてくれたらいいと思っていた。

「泊まれますか」
 竹流が意を決してそう言ったように見えたので、真は一瞬緊張したが、それならそれでいいと思った。
 はい、と短く返事をして、男性はフロントの奥の方へ呼びかけた。しばらくして比較的若そうな地味な女性が出てきて、彼らを部屋に案内した。
「先に風呂をお使い下さい。その間にお部屋にお食事をご用意いたします」

 彼らが廊下を歩いて奥へ向かう時も、後ろの引き戸が開いて、食事の客がやって来た。まんざら怪しい旅館でもないらしい。
 風呂は旅館の規模にしては大きすぎるくらいの造りだった。内湯から外に出ると、川の流れを見ながらの露天風呂になっている。川の向こうは切り立った崖だった。彼らが入っていくと、ひとりの老人が露天風呂の方から中に戻ってきたところだった。老人は彼らに穏やかに会釈をした。

 以前から時折、功が海外に連れていってくれていたが、その時に、風呂というものをこんなふうに裸体を他人に晒して楽しむ習慣は日本人くらいしか持たないのだと聞かされたことがあった。特定の民族を除けば、不特定多数の赤の他人に裸体を晒す時点で、彼ら外国人は抵抗があるのだと聞いていたが、竹流は一切平気そうだった。郷に入っては郷に従えが彼のモットーらしかった。

 竹流の全裸の姿を見たのはそれが初めてではなかった。
 功は、この男を随分気に入っていたようで、葉子と真と一緒に北海道に帰るときには、いつも竹流を誘った。山中の川床に作られた、功のお気に入りの天然露天風呂があって、功はよく真と竹流を連れていってくれたのだが、その時もこの男を見て、これはまさに古代の彫刻から抜け出してきたような姿だと思った。綺麗で無駄のない神の造形そのものに思えたからだった。

 その日も竹流は何のためらいもなくあっさりと全裸になり、身体を洗ってそのまま外へ出ていく。真は何となく自分自身がみすぼらしい気がして、少し間をおいてから後を追った。
 竹流は露天風呂の湯に浸かって、背中にある岩に腕を広げるように凭れかかり、まだ雨の降り止まない空を仰ぐようにしていた。それから、竹流と離れたところで膝を抱えてぼんやりと湯に浸かっていた真の方を見た。
「お前、学校に休むって連絡したのか」
 保護者然として竹流は言った。真は返事をしなかった。

 風呂から上がって部屋に戻ると、食事の用意がされていた。
 突然の泊りにしては、豪勢な料理だった。
 時々見たことのないような山菜や川魚の料理などにぶつかると、竹流はいちいち興味深そうで仲居に根掘り葉掘り聞く。仲居もさすがによくは知らないらしく、次には年配の女性を連れてきて竹流の攻撃を躱した。本当に変わったやつだな、と真は思った。何でも興味を覚えるし、周囲を簡単に巻き込み、その中へ溶け込んでしまう。

 食事が終わると、仲居が布団を敷きにきた。仲居がごゆっくり、と言って部屋の扉を閉めたあと、真は窓辺の板間の椅子に座って夕刊を読んでいる竹流の前までいった。
「どうした?」
 真が黙っていると、竹流は真の方を見ようともしないまま尋ねた。
 とにかくここは躊躇っていても仕方がないと思っていた。相手がその気なのだから、下手に待つよりは自分のほうから行ったほうが気が楽だと思ったのだ。

 真が浴衣の帯を解くと、竹流がようやく新聞から顔を上げた。
「何の真似だ?」
「そういうつもりで、ここに泊まったんじゃないのか」
 竹流はしばらく真の顔を黙ったまま見ていた。
「なるほどね」

 真が十分に不安になるほどの時間を置いて、竹流はゆっくりと子どもに言い聞かせるように告げた。
「じゃあ、とにかく布団に入ろうか。だが、浴衣は着たままでいい。風邪をひくぞ」
 意を決した割にはあっけない返事に戸惑いながら、真は言われるままに浴衣の帯を結んだ。脱いでするよりも着たままのほうが扇情的で燃える、とかそういう話なのだろうと勝手に想像した。その腰を急に竹流が抱き寄せた。

 同じ布団に入ると、竹流はそのまま真の身体を抱き締めるようにした。大きな手が真の背中を撫でるようにして、僅かに開いた浴衣の裾に相手の足の温度を感じたとき、真は覚悟をして目を閉じた。実際には、この期に及んで覚悟が必要なことだったのかどうかはわからない。明らかに自分の方からこの男を誘ったのだという自覚が、真になかったわけではない。

 だが、竹流は真の耳の下、首筋にキスをして、耳元に囁いた。
「ちなみに、俺は女しか抱かない。だから、俺に対してそういう気遣いは無用だ」
 真が拍子抜けして竹流を見ると、竹流は、多分真がこれまで見たどんな人間の顔よりも綺麗に微笑んだ。
「抱かれないと不安なのか」
「どういう意味だ?」
「相手が何かを要求してこないのは、おかしいと思うのか、と聞いた」

 真は何とも答えなかった。確かに、無条件で自分に優しくするような人はいないと思っていた。世の中の人間は優しくする場合、何か見返りを求めてくるのだと考えていた。だからさっさと自分から差し出したつもりだった。
「まぁいい。じゃあ、こういうことにしようか。俺はお前の親父さんに恩義がある、だから彼がいない今、息子のお前にその恩義を返す気でいる、と」

 竹流が何を言っていて、真をどうしようとしているのか、その時の真にはまだよくわかっていなかった。第一、真自身どうしてこの男を頼ってしまったのか、自分の感情すら全く考えてみたこともなかった。だが、交通手段がないからと言っても、いつものようにバスで行けば済むのに、本当は誰かに、いや恐らくはこの男に一緒に来てもらいたかったのは事実だった。

 竹流は、黙って真を抱き締めてくれていた。
 家庭教師と生徒の関係にしてもそれほど親密でもなかったし、真はあまりいい生徒ではなく、良好な関係を築いているとは言いかねた。もちろん、優しい言葉をかけてもらったことは何度もある。しかし、それ以上に厳しい言葉を投げつけられる方が多かった。だが、嫌なことにぶつかるとヒステリー発作のようにパニックになって気を失ってしまう真に、何の遠慮もなく、本当のことをずけずけと言ったのは竹流だけだった。そういうことは、真の周囲の他の誰もしなかったことだった。
 竹流は真の置かれた事情というものを詳しくは知らなかったはずだし、知っていたとしても彼の判断基準からは情状酌量の余地はなかったようで、周りの大人が何故真をこうまで甘やかすのか、腫れ物を触るように扱うのか、見ていて苛々していたようだった。だから、真に対して腹が立っていたのだろう。

 尤も真は、それを自分でも意外なことに、真正面で受け止めた。たとえインディアンのシャーマンが運命だとか必然だとか言わなかったとしても、真は、この男が本音で自分に向かい合ってくれていることを肌身で感じていたし、嘘のない、掛け値なしに裏表のない人間であると認めていた。馬や犬の言葉はあんなにも簡単に理解できるのに、周囲の大人や周りの同世代の子供たちの言葉を全く理解できなかった真が、竹流の言葉だけは、自分にとってどんなに辛辣で嫌な言葉でもちゃんと理解できたのも、その言葉に裏表がなかったからだった。
 真は、竹流に叱られたり怒鳴られたりしてから、気を失うような事はなくなっていた。

 竹流の腕の中はただ暖かかった。それは、牧場の馬小屋の藁の中と同じだった。馬たちの呼吸の気配を接した身体から感じるとき、犬たちの毛の中に埋もれているときに感じるのと全く同じ温もりだった。それが一番自分を安心させ眠らせてくれる場所だと知っていた。そういう場所は、あの北の大地にしかないと思っていた。
 真はようやく目を閉じて、少し躊躇ってからさらに身体を竹流の方に寄せた。そして、本当に不思議なことに、いつも他人の傍では眠れたことなどなかったのに、この日はいつの間にか眠りに落ちていた。



 心地よいBGMのような川の流れの音で目を覚ました。尤もそれはせせらぎの音ではなく、昨日の雨で水かさを増した川のダイナミックな流れの音だった。ただ、天気は昨日と変わって晴れ渡っていて、朝の光が心地よくカーテンを通して真の眼瞼の上まで届いた。
 まだ夢の余韻があって、あたりに風が吹いているように思った。

 夢の中でずっと牧場の草原を歩いていた。他に誰もいなくて、馬たちも犬たちも姿を見せなかったが、寂しくも怖くもなく、他の誰かの気配を常に傍に感じていた。
 地平線は永遠の彼方にあって、これが真の知っているいつもの牧場なのかどうかもわからなかった。その草原に立っていると、大いなるものの意識の風が真の身体を吹き抜けていった。

 幸せ、という感覚がそういうものなのかどうかはわからない。ただ、自分の身体がこの大きな自然の中に溶け出して、周囲の全てのものと、細胞も核も分け合っていると思えるとき、真は本当に安心していられた。そのとき、真の目も耳も肌も、あらゆる自然界の神(カムイ)の目や耳、肌となり、高い空から森を見下ろして飛び、おのれの身体に光る鱗で川の水を跳ね返し、黒々とした毛の生えた足の裏で地面の息吹を踏みしめていた。
 これまでは、そういったものは、厩舎の藁の中、牧草地の土の上、大きな蕗の下、そして祖父の背中に負われて見上げる大宇宙の中だけにあったはずだった。

 ふと、何か自分を抱き締める重みを感じて、真は跳ね起きた。そして、傍に竹流が眠っているのに気がついて、自分でびっくりした。その気配に竹流が目を覚ます。
「おはよう」
 眠そうに竹流が片目だけ開けて言った。真はまだ半分記憶が混乱していて、事態を飲み込めていなかった。
「何時だ?」
 枕元の腕時計を見ると、六時前だった。
「早いな」

 そう言うと、竹流はまだぼんやりしている真を下から抱き寄せた。真はバランスを失って、竹流に倒れ込んだ。
「何だか、新婚初夜の翌朝って感じだな」
 何のこっちゃと思ったが、返事をしなかった。

 だが抱き寄せられて胸の音を聞いた時、不意にあの奇妙に穏やかな気分に包まれた。
 この腕の中は、厩舎の藁の中や、真を包み込む牧草地の上に広がる大宇宙と全く同じなのだ。真の身体の全ての細胞は、あの大自然の空気の中にいる時と同じように穏やかに呼吸し、やがて全てを周囲の光や空気やわずかな湿度と共有し、宇宙の空気を通し、太陽や星や月の放つ温度を受け入れる器のようになった。

 ふわり、と竹流の手が真の頭を抱いたように思った。真はぼんやりと、別に何をしたわけでもないのだから、何かの翌朝、とかいうのはどうなのだろうと思った。
 それから真は身体を起こして、上から竹流の綺麗な顔を見つめた。ややくすんだ金の髪に深い深い海の青、顔つきはどうやってこう配分すれば神に見紛うのかというような、南の国の意志の強そうな気配と、北の国の人間のもつ鋭い美しさを上手く組みあわせたように見えた。竹流は、その頃肩を越えるくらいに髪を伸ばしていて、時々多少伸びると自分で適当に切ったり結んだりしていた。

 真は、この男がどういう人間なのか、その頃は全然知らなかった。生まれた国も、確信のない功からイタリアだろうと聞かされただけで、はっきりとは知らない。日本に来た事情も詳しくは聞いたことが無かった。
 真が考えていると、竹流が下から真の頬に手で触れ、優しく撫でるようにした。その左手の薬指の指輪が頬に引っ掛かるように思った。
「結婚してるのか」
 何となく、気になって聞いてみた。

「結婚?」
 竹流は始め何のことか分からないようだったが、やがて自分の手の指輪に気がついたようだった。
「これか?」
 竹流はちらりとそこに掘られたイエス・キリストの棘と十字架に目をやった。
「結婚はしていない。これは契約の証だ。結婚よりもずっとタチの悪い契約だ」

 意味がよくわからなかったが、追及はしなかった。自分は他人の過去や事情を知るには、本来の年齢も心の成熟度もまだ十分ではないと思えたからだった。
 竹流はしばらく自分の薬指の指輪を見ていたが、やがて真の方へ視線を移した。真も、その視線に絡みとられるように竹流を見つめ返した。

 長い時間ただ見つめ合っていて、そのことにお互いに耐えられなくなったとき、不意に竹流の手が真の頬に触れ、どちらからというのでもなく、ただ自然に引き寄せられるように唇が触れた。
 だが、触れているだけで安心するという気持ちの延長に過ぎなかったキスは、真が僅かに相手の唇を強く吸った瞬間に意味合いを変えた。竹流は何を考えていたのか、真の唇に噛み付くようにしながら、やがて直ぐに真と入れ替わって自分が優位に立つと、何度も確かめるように真の顔を見つめ、強く舌を絡めてきた。

 身体が興奮していたわけではなかったが、真はしがみつくように竹流の背中に腕を回し、自分のほうも夢中になって相手の息を吸っていた。
 さっきの夢の続きなのか、風が吹き抜けるような感じがした。それからその風は天空へ、宇宙へ舞い上がった。大きな意識の風の中で、DNAは物凄い勢いで螺旋を駆け戻り、真は自分が宇宙の中でまだ小さなひとつの細胞だった頃に戻っていった。今まで感じたことのない気配だった。もちろん、滝沢に抱かれたりキスをされているときにも、こんな感覚はなかったから、セックスやキスがこういう状態を導くわけではないのだと思った。
 真は確かに、自分が今この男を求めているのだと感じた。
 心が震えていた。

 気がついたとき、竹流は真を抱いて子どもをあやすように頭を撫でてくれていた。
「風呂、行こうか」
 時計を見ると七時前だった。一時間もキスをしていたのかと思って、びっくりした。
「風呂?」
「日本人は温泉に来たら、一日何回も風呂に入るんだろ」
「え、そうかな」
 真もよく分かっていなかった。

 風呂場に行きながら、竹流が小さいがいい声で民謡を歌っている。
 会津磐梯山は宝の山よ
 何歌ってるんだ? と思ったら、歌いたいのはその先のフレーズだったらしい。
 小原庄助さん、何で身上つぶした、朝寝、朝酒、朝湯が大好きで……
「それ、県が違うと思うけど」

 ここは福島ではなく、埼玉県である。それよりも何だってこの男はそんな日本の民謡を知ってるんだと思った。三味線を弾く祖父母の影響で、真は子どもにしては多くの民謡を知っていたし、祖母の唄の伴奏のために自分自身もいくらか三味線で弾けるものもあったが、外国人が覚えるような歌には思えなかった。
 それに、あんなふうに求め合うようなキスを交わした後で、会津磐梯山なんかどうでもいいじゃないか、と思っていた。するりとかわされて、感情を置き去りにされたようで、真は奇妙な寂寥感に押し包まれていた。

「日本の民謡はいいなぁ」
「何で」
「何でも歌になる、朝寝、朝酒、朝湯、って歌にすることでもないように思うけど、しかも身上を潰すなんてのも歌詞にはなりそうにないけど、歌ってみるといいもんだ」
 分かったような分からないような感想だが、何れにしてもこの男は日本の風習や歴史、民族を多いに気に入っているようだった。何となく幸福そうにしている顔を見ると、腹を立てても仕方がないと思える。

 その日、家まで送ってもらって車を降りたとき、竹流が真を呼び止めた。
「真、俺は何百万や何千万の金なら右から左へ動かせる人間だ。もう二度とこういうことはするな。困ったら必ず俺に頼ってこい。いいな」
 真は何とも返事をしなかったが、ただ彼を見つめていた。竹流は軽く手を上げると、愛車のフェラーリで走り去った。






次回は、真のバイトが学校にばれて、ちょっと事件になった下り。
竹流の啖呵をお楽しみください。
1回でアップするにはやや長いので、2回に分けます。
際どい話があれこれ書いてありますが、読後感は爽やか系です(^^)

ついでに、ここまで竹流は多分、長髪ではありませんが、やや長めの髪だったのです。
それを、真のために?バッサリ切ってしまい、多分以後は全く伸ばしていないと思います。

もう一つついでに、民謡には決まった歌詞というものがありません。
一応型はありますが、自由に歌っていい。
この会津磐梯山の歌詞は1例です。身上をつぶしてないバージョンもあります(^^)



以下、言い訳を畳んであります。
-- 続きを読む --

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

tb 0 : cm 2   

[雨52] 第9章 若葉のころ(1) 

少し間が空いてしまいました。
自分でも忘れそうなので更新しようと思ったら、この章は独立でも読める章なので、あまり記憶の維持には役立たないことに気が付きました。この長い物語、時々こうして独立の回想章が入っておりまして、これまでのお話をご存じない方にも読んでいただけるようになっております。
一部、かなり色っぽいorきわどい話が出てきますが、あまり具体的なシーンとは自分では思っておりませんので、18禁指定はしておりませんが、15歳未満の方はお気を付け下さい。
相川真、15の頃の出来事。
いささか引くようなエピソードがありますが、しれっと読み流してくださいませ。

なお、現在、真は竹流を探して、新潟行の夜行列車に美和と一緒に乗り込んでおります。
多分、列車の中で、あの頃のことを思い出していたのでしょう。





 あれは十年以上前の、やはり同じ季節だった。
 梅雨入り宣言はあったが、実際には雨はまだ少なく、それでも空気が少しずつ重くなり始めていた。その日は夜になって雨がぽつぽつと降り始めた。

 真は随分躊躇ってからレセプションの紳士に訪問の意を告げたが、訪問先からはロビーで待っていろと言われて、自分の格好を思わず考えた。このマンションはまるで豪華ホテルのロビーのようなエントランスを持っていて、とてもずぶ濡れで待っていられる場所ではなかった。レセプションの紳士は真の格好にもいやな顔をしなかったが、それはトレーニングの成果であって、実際には鬱陶しく思っているに違いなかった。
 どうせ竹流はいつものようにパトロンの女とベッドに入っているのだろう。

 一時間は待たされるかな、と思いながら、少しその辺りをうろうろしています、とレセプションに断って、真はもう一度雨の中に出た。小雨だと思っていた雨は、僅かの間に少し勢いを増したようだった。真は両腕を抱くように身体を震わせて、せめて歩いていればましかと雨の中に出た。とは言え、少し歩くと人とすれ違い、傘のない真を哀れむような不審がるような目を向けるので、思わずマンションの脇の茂みに隠れた。学校の制服のままだったし、その格好でずぶ濡れというのは、いかにも人目を引きそうだった。

 そのまま背中をマンションの外壁に預けて座り込んだ。
 まだ夜の雨は堪える季節だった。不意に、通りかかった車のテールランプを頼りに自分の手を見つめると、紅く染まって犯罪者の手のように冷たく穢れている気がした。

 泣いているつもりはなかったが、竹流にはそう見えたかもしれない。
「ロビーで待っていろと言ったが?」
 真は顔を上げて竹流を見た。

 後から竹流が冗談交じりに、あの時は本当にやばいなと思った、と話していた。
『お前、ほだされそうなくらい色っぽく見えたし、本当は誰かに頼りたいのに頼れないという強がりが男心をくすぐる、まさにそんな状況で、そのまま抱き締めて本気でキスしようかと思ったよ』
 いつものように戯言だと思っていた。

「何で、中で待たない?」
「ずぶ濡れだったし、中で待ちにくかっただけだ」
 そう返事をすると竹流も納得したようだった。エレベーターに乗り込むと、急に体から熱が奪われたように感じたが、竹流は自分の着ていた上着を脱いで、包むように真の身体に掛けてくれた。

「学校の帰りか」
 真は首を横に振った。竹流の手は暖かく感じたが、その声は冷めていた。
「また、あの男のところか」
 それには返事をしなかった。

 部屋に入ると竹流はタオルを取りに行ってくれて、玄関から直接風呂場に行くように言った。テラスに面した浴室の窓には、屋外の照明が映りこんでいて、ぼんやりとした丸い光の影が、雨のために幾度も辺縁の形を変えていた。
 真は馬鹿みたいに身体をこすって、それでもまだ足りない気がして、もう一度石鹸を泡立てた。

 自分は泣いているのかもしれないと思ったが、声を上げることもできなかった。もし泣いているのだとして、自分自身にも気付かれたくなかった。
 石鹸を絡みつかせた指を肛門の奥にまで入れて、身体の奥深くに放たれた残滓をかき出そうとしたが、かえって残り火に油を注いだようになった。真はシャワーを止めると、どうしても取れなかった穢れを感じたくなくて、そのまま湯船に身体を沈めた。
 まだ身体には這い回るような指や唇の感触が残っていた。何よりも、そういうものを自分自身が嫌だと思っているばかりではなく、受け入れてきたという現実に対して、どう始末をつければいいのかわからなかった。

 あの女に会う日にいつもしている行為には、性的な意味合いは無く、ただ排泄するための行為で、真にとっての意味合いは、自分の中の穢れを搾り出すことだった。あの女のために身を売った時も、性交渉とはそういうものだと疑ってもいなかった。
 だが、真にとって意外なことに、滝沢基という男は、ファインダーを間に挟んでいないときは極めて常識人で優しい人間だったような気がする。もっとも未成年を相手に性的な行為をすること自体が常識的とは言えないが、それは真が望んだからだと言えなくもない。滝沢基の腕の中で、あの男に教えられながら、身体は明らかにそれに応えるということを覚えていった。

 時々、もっと酷く扱われたいと願った。
 このままでは、目的を果たすことができないと感じたからだ。だが、滝沢基はベッドの中ではあくまでも真を優しく扱った。真が恐がらないように気を使い、感じることができるように彼の知っている限りのテクニックを使った。そして少しずつ、真の身体は快楽を覚えていった。滝沢基に対して愛や尊敬という概念は全く持っていない。だが、身体は別の答えを出そうとしていた。

 今日、仕事は終わったと言われたとき、真はもう会わないとだけ言った。滝沢はそのほうがいい、と答えた。テーブルの上に出された厚い茶封筒は、事件は解決ではなく迷宮入りになったことを語っているように思えた。

 真が風呂に入っている間に、竹流は濡れた服をどうにかしてくれようと思ったのだろう。真が風呂場から出てくると、竹流は脱衣所にいて、洗面台に置いてあった茶色の封筒を取り上げていた。
 半分は気が付いてくれたらいいと思っていた。意識してわざと分かりやすいように洗面台に放り出しておいたのだ。真は取り戻そうとして手を伸ばしたが、竹流は渡そうとはしなかった。

「これは何だ?」
 竹流の声は厳しかった。
「なんだっていいだろ。返せよ」
「一体、お前、何をやっているんだ」
「あんたには関係ない」
「関係ないって、高校生が持っているような金じゃないぞ」
「わかってるよ」
 真は竹流を睨んでいた目を伏せた。
「いいから、それ、しまっといて」

 意識して相手を誘うような表情をしたことを、真自身十分に自覚していた。もしも今、この未解決事件の始末をつける方法があるとすれば、その鍵を握っているのはこの男だと知っていた。
 真が風呂場からリビングに入ると、竹流はテーブルに札束を放り出して見つめていた。真を見上げると、厳しい表情で前に座るように手で示す。

「訳を話せ。これは、あの滝沢という男から受け取ったのか?」
 真は相手を見たまま返事はしなかった。
「ベッドの相手をした報酬か。それにしちゃあ、随分な金額だな」
「契約をした。仕事の報酬だ」
「仕事?」
「写真のモデルをしてた。ベッドの相手をした分も入ってるだろうけど」

 竹流はわざとらしい溜め息をついて、ソファに背を預けた。真は、一度も目を逸らそうとしない竹流にこれ以上言い訳する言葉も思いつかず、ついに目を伏せた。
「で、これをどうするつもりなんだ」
 真はうつむいたまま、今日泊めてほしいと言った。淡々とした声で、それは構わないと竹流は答えた。真は思い切って顔を上げ、聞いた。
「明日、時間ある?」
「デートの誘いか?」

 真は、相手が怒っていてこんなものの言い方をしていることを分かっていた。そして自分のほうも、相手を篭絡する気であるという自覚があった。もちろん、後から考えてみたら、余裕なんてこれっぽっちもなかったのだが。
「連れていって欲しいところがあるんだ」
「遊園地か、それともラブホテルか」
「何言ってるんだ」
「その滝沢とやらに頼めばいいだろう」
「彼とはもう会わない。今日、そう言ってきた」
「これを受け取ったからか?」

 真は返事をしなかった。竹流の青灰色の瞳は、怖いくらいに澄み渡り、その奥にある確固たる意志の存在と、精神の奥底に彼自身が培ってきた自尊心を、惜しげもなく見せ付けてくる。
 わざとらしい溜息をついて、竹流は硬い声の調子を変えることなく聞いた。
「で、どこに?」
「秩父」
「埼玉の? 何だってそんなところに」
「その」真は一瞬躊躇した。「お金を払いに」

 竹流は怪訝そうな顔をした。
「誰に?」
「病院。お金払うの、待っててもらってた」
「病院?」竹流は鸚鵡返しに言って、真をしげしげと見た。「静江さんのか」

 今度は真の方が驚いた。
「何で、知ってんだ?」
「親父さんから聞いていたんだ。彼がいなくなる前に、万が一お前が困ったら助けてやって欲しいとは言われたが、お前が何も言わなけりゃあ、放っておいて構わない、むしろ放っておいてくれ、と。で、何だって?」

 功がどれほどこの男を信用していたのかと思うと、心の奥深くに突き刺さっている棘の存在を否応なしに感じる。
「癌なんだ。もう助からないかもしれないけど、手術して、今薬を使ってる。できる限りの治療をして欲しいって言った。何だか知らないけど、認可されていない高い薬を頼んだんだ」
「入院費は功さんが残してたろう?」
 残してあったが、それはただ普通に入院していれば、という金額で、特別な時のための治療費ではなかった。それに実際は、真自身が自ら稼いだ金であの女のために何かを、それも命に関わる重大な何かをするということに意義があった。

 相川静江、すなわち真の義理の母ということになる女性は、精神を病んで秩父にある、昔の結核病院を改装したサナトリウムに長く入院していた。引き取った赤ん坊の首を絞めたり、娘を道連れに家に火を点けようとした女性は、今も精神のバランスを戻せないままだった。

 自己犠牲が必要だと思っていた。それだけが、唯一あの女を真の内側から追い出してしまう方法だと思えた。己の身体を傷つけた血で贖うことによって、あの女への恐怖も、憎しみも、そしてあの女に対して抱いてきた殺意も、帳消しにできるはずだった。

 だが、結局真は説明が面倒で、つまり竹流に何かを理解してもらえるとは思えずに、それ以上何も言わなかった。この男には陰という部分がない。だから真の中の恐ろしく穢らわしいものを分かってもらえるはずがない、少なくともその時の真はそう思っていた。
 竹流は首を何度か横に振ると、分かったからもう寝ろ、と言った。

 ベッドに真を寝かせた後、竹流はリビングに戻って行った。
 どうしても身体が疼いて眠れないまま、真は時々ソファに座って本を読む彼の様子を窺った。テーブルに広げられた分厚い本には、様々な紋章が並べられている。竹流は幾つかの本を比べながら、時々ノートに何かを書き出していた。その背中は大きく暖かく感じたが、同時に弱い心など跳ね返す厳しさを持っていた。
 真は、ぼんやりと、父親の背中というものはこういうものなのだろうと想像した。


 翌日、いつもバスを利用している真は病院の場所をよく分かっておらず、住所を頼りに人に聞きながらのドライブになったので、何とか病院にたどり着いたのは昼も回ってからだった。
 真は竹流に、ちょっと待ってて、と言ってひとりで病院の玄関に向かった。足は何とか前に進んでいたが、少しずつ重くなった。一瞬真は立ち止まり、竹流の方を振り返ったが、目を合わすことはできずに、すぐにまた玄関へ歩き始めた。

 竹流は、真が赤ん坊の時、静江に首を絞められたのを知っていたはずだった。

 それがただの育児ノイローゼだったのか、自分を捨てた恋人への復讐心からであったのか、実際にはわからなかったが、赤ん坊の記憶に残らない時期であったにも関わらず、真はしばしば首の回りに巻き付く何かの気配で目を覚ますことがあった。
 それが何なのか、子どものうちは全く分からなかったのに、彼女を初めて見たとき、明らかに記憶のパズルに何かがはまり込んだ。真にとって、彼女はどうしても克服しなければならない恐怖、あるいはどうしても消せない心の中の染みだった。

 伯父の功が失踪する前、功は初めて真に静江のことを打ち明けた。
 彼女が相川功と離婚したわけでもなく、亡くなったわけでもなく、そこに存在していて、精神の病を抱えたままもう長い時間、社会との関係を絶って病院に入院していることを。

 真は功がなぜあの時、静江のことを自分に打ち明けたのか、今でもよく分かっていなかった。
 あの頃、幾らか落ち着いたとは言え、真はやはり精神状態の不安定な子どもで、功に付き添われて月に一度は精神科医のところに通っていた。竹流は行く必要はない、と言ったが、真自身は自分の中の何かにまだ怯えていた。行っても大した話はしなかったが、眠れなくなったら来るようにといつも言われていた。薬はもらったが、飲んだことはなかった。

 そんな状況で功が静江の話を真に打ち明けたのは、やはり功が、自分の弟、すなわち真の実父が静江を捨てたことを許していないからだと考えた。
 もちろん、誰かが真にそう説明したわけではない。真が大人たちの気配から想像したに過ぎないが、功がいつも何かと闘っていると感じていた真は、その理由が自分の実父のせいだと思い込んだ。功は、真の存在を介して、何とか弟を許そうと葛藤しているのだろうと想像したのだ。そして一方で、静江の事については、息子である真も、実父の武史と一緒に責任を負うべきであると、功がそう考えているのだろうと感じた。

 真は、功が失踪してから、月に一度は静江に面会に行った。そうしろと言われたわけではない。そのことは竹流にも話したことはなかった。実父と功と静江との間に何があったのか、敢えて聞くこともなかった。

 静江に会いに行くと、彼女は、真を功と間違えているような言動をした。真はその女を抱き締め、求められるままに何度か功のふりをして、白い肌には不釣合いな紅い唇に口づけた。真が帰ろうとすると、静江は真にしがみつくようにして何処へも行かないで、と泣いた。この美しい義理の母親と、舌を絡めるような接吻をしたこともあった。そんな時は、静江は真を武史、つまり彼女を捨てた男と混同しているようだった。
 
 そういう日は、家に帰ると真は必ず自慰をした。いつもその女のことを考えていた。自分の体の中にとてつもなく穢らわしいものがある気がして、自分の性器を扱いて内に溜まったものを吐き出すと、後はただ虚しいばかりだった。

 静江の中では、色々なものや人、出来事が完全に混乱しているようだった。その彼女の混沌は、真を混乱させていたはずだが、一晩自慰をした後では、真は悪夢から少しだけ抜け出したような心地がして、翌日には何事もなかったように学校に行った。

 カリフォルニアから戻った後に通い始めた私立校は、校風も自由で、広々とした敷地はいつも明るい光に満ちていた。院長はすれ違うたびに笑顔で挨拶をしてくれた。お節介な級長は『相川真の親友』を自称し、いつも真のことを気に掛けてくれていて、つまらない日常の出来事を面白おかしく話す技術を持っていた。
 サナトリウムのことは、真にとって小さいが重い義務で、確かに静江に会いに行くことは恐ろしいことだったにも関わらず、会いに行かないことはもっと恐怖の原因になるように思えていた。ただ、それを浄化する場所が学校になるとは、真自身その時まで想像もしないことだった。

 その日、真が病室に入ると、静江は鎮痛剤が効いていて、よく眠っていた。白いベッドの上に、その白よりもまだ白く透き通るような肌の女が横たわっている。女は死んでしまっているかのように静かに横たわっているのに、唇だけが生きて存在を主張しているように紅く、微かに震えるように見えた。優しい看護婦が彼女にいつも紅を引いてくれていた。

 ガラスを通して降り注ぐ光は柔らかで暖かく、僅かに開いた窓からは鳥の声、木々の葉が触れ合う音、遠くに何かがはねる音が、少しずれた次元から空気の中の微粒子を僅かに震わせている。
 真は彼女の傍に座り、彼女の顔の上で透明な光の輪が踊っているのを見つめていた。自分自身が硬くなっていることに気が付いたが、何もしなかった。

 ただ静かだった。

 やがて真は立ち上がり、彼女の唇に接吻し、部屋を出た。
 一刻も早く恐怖から逃れるために、早足でその場を離れたかったのに、心とは裏腹に足はゆっくりとしか前に進まなかった。
 手洗いに入って鏡を見ると、唇が血を吸ったように赤かった。指で紅を拭い、狂ったようにその手を洗った。それから個室に入り、真は自分の性器を扱き、穢れたものを吐き出すようにしてから、紙で拭って流した。もう一度洗面台で手を洗っている時、鏡に映った自分自身は魂の抜けた紙人形のように薄っぺらで頼りがなかった。

 病院の玄関を出ると、竹流の赤いフェラーリが光の中に溶け出すように輝いていた。竹流は運転席のドアに凭れて、空を見上げていた。

 真も空を見上げた。晴れていたと思ったが、雨雲が低い空にたまり始めている。真に気が付くと、竹流は助手席のドアを開けてくれ、真が乗り込むのを見届けてからドアを閉めた。
 竹流は何も聞かなかった。






『若葉のころ』という章題には出典があります。
以下、興味のある方はどうぞ。
-- 続きを読む --

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

tb 0 : cm 6   

NEWS 2013/6/8 くまもん/ 紫陽花 

くまもん
何故かくまもんからスタートの、週末恒例我が家の花コーナー(って、いつ恒例になったんでしょう?)。
そうなんです、時々お邪魔している猫ブログさん、管理人(=ネコくん)のママさんがゆるきゃら好きでいらっしゃって、私が購入を迷っていたくまもんNOTEを購入されたというのを拝読して、買ってみました!(というより、速攻で買いに行きました^^;)
あ、ちなみに、かなり楽しいネコさんなのです! もう本当に、ひとつひとつコメントが最高で、面白い絵本か4コマ漫画を見ているような。大海はいつも癒されています……GOしちゃってください→宝来くん(in『だぶはちの宝来文庫』さん)

この大きいのがその付録についている(というよりメイン?)トートバックですが、しっかりしているし、くまもんの部分はポケットになっているし、かなりGOODです(*^_^*)
裏側には別のキャラ、にゃーが。くわしくは宝来くんに聞いてね!(2013/6/4の記事ですよ!)

さて、ゆるきゃら、もうあちこちで大ブームですね。
賛否両論、あるでしょうけれど、これでその地方が潤うならば、と思ったりもします。
ぬいぐるみ、被る人は大変だろうけれど。
かく言う兵庫県のゆるきゃら、はばたんは、国体の時の行進で、熱中症で何人も倒れたとか。
あ、ぬいぐるみじゃないですね!
中に人は入っていないのだ!

そのなかでも、ひこにゃんとくまもんは大成功。
くまもんは結構、政治家さんとかに対しても不遜な態度?で臨むらしく、そんな、相手の身分によって態度を変えないところもいいのかも!?
ひこにゃんとの共通点は、パフォーマンスでしょうか。
かなりイケテイルそうですよ。

そう思えば思うほど、日本は『キャラ』の国ですね。
何でもこうやって『キャラ』にしてしまう。
そしてそれを愛でる。
カワイイ、というのはもう、世界ではモッタイナイと同じくらい浸透した言葉だとか。
これはprettyとはまた違うんですよね。
小さなものを、花も、茶器も、日常の雑貨も、愛でてきた日本の風土に、『キャラ』は合っていたのかも。
いえ、そういう国だから、キャラというものが生まれ大事にされているのかも。

でも、今問題になっている、子供たちの『キャラ』化には、感心できませんね。
ヒトはキャラではありませんからね。
あたしはそんなキャラじゃないから、とか言う言葉。
友人が自分に求めているキャラに合わせようとする(でないとのけ者にされる)悲しさ。
馬鹿言うんじゃないよ。
ヒトはキャラ化できませんからね。

と、それは置いといて、それでも私はくまもん贔屓。
熊本県好き、とも言います。
え? 石があちこちにあるからだろう!?
それも置いといて。

基本的に、宮崎県と熊本県は、青森県と北海道に並んで(って、なんでそんなに北と南?)、将来の転居先候補!?
関係ないけれど、私の愛車・チリテレ君はすでに寒冷地仕様。

写真にあるのは、私のお気に入り、愛用のくまもんグッズ。
丸い財布は、お店のカードとかUSBとかあれこれ入れです。
そして小さい四角い箱みたいなのは、三味線の駒入れに使っています。
そして、ボディタオル。これは二代目予定のもの。ボディタオルにコラーゲン入れる理由は不明だけど。
他には、ハンカチとか、クリアファイルとか、あれこれあります^^;
毎年、熊本~宮崎県に行くので(基本は、高千穂の夜神楽のため)、今年も何か戦利品が増えることでしょう(*^_^*)


さて、今朝の花たち。
あじさい
あじさい
あじさい
あじさい
地味に、紫陽花の花たちが咲き始めました。
どの花もまだ白っぽいです。これからどんどん色が変わっていくのですね。楽しみです。
さっき数えたら、我が家には11種類の紫陽花が植わっておりました。


そして今日のイチオシはこちら?
ヘブンリーブルー

何なの?と思われるでしょう…
これ、ヘヴンリーブルーという宿根の朝顔なんです。
大体秋口に咲き始めるのですが(そして12月くらいまで咲いている…^^;)、これがまた、はびこることと言ったら、正直困るくらいなのです。
タネの朝顔はもっと早く咲きますよね。この宿根朝顔、季節感がない……

でも、朝顔の季語は秋。
これは旧暦で俳句の季語が決まっているからですが、旧暦では立秋つまり8月7日頃からは秋。
だから秋の季語なのですが、つまり朝顔は8月の花。
でも、冬まで咲くのはどうなのよ、と思います^^;
さすがに宿根草。タネの朝顔とはわけが違いますし、そもそも宿根の朝顔は日本のものではありませんしね。

でも、咲き誇る様は見事です。


で、なぜ?
はい、これは予告編です。
お待たせしました。(…いや、誰も待ってない!? 待ってたと言って!とかねだる)
夏ですね。
ウゾさんのブログ名【百鬼夜行に遅刻しました】(→ウゾさんのブログ)から構想を得た、まんまのタイトルのファンタジー小説、その夏物語。
今回のテーマは夏の花・朝顔なのですよ。
ウゾくん、歴史ミステリーに挑戦です!

で、いつになるの?
う~ん、6~7月中には……^^;
朝顔が咲く前にね。
ちなみに秋は多分、菊。今度はウゾくん、古典に挑戦、の予定。

Coming Soon!!??

Category: NEWS

tb 0 : cm 8   

【迷探偵マコトの事件簿】(1)マコト、登場! 

真250kuroneko250

本編の主人公:真が猫になって大活躍?
どちらかというとしゃべるのが上手ではない真が、猫になったら結構饒舌だった??
数々の難事件(!?)に挑戦します。
暇つぶしにどうぞ。

【登場人物】
マコト:茶トラのツンデレ猫。冒険が大好き?? の割には、いつもひとりでマンションでお留守番。
タケル:ちょっぴりSなマコトの飼い主。いつもマコトをおちょくって遊んでいるけれど、実は……


【迷探偵マコトの事件簿(1)マコト、尻尾を追う!】

あ、しっぽだ!
ひまだから、追いかけよっと!

くるくる、くるくる……ぐるぐる、ぐるぐる……

あれ? 目が回る。

あ、自分のしっぽだった!

う、タケルと目が合っちゃった……

もちろん、ぼく、知ってたよ~
ちょうど、おせなかの毛づくろいするところだったんだ。


……だって、タケルが遊んでくれないんだもん。



【迷探偵マコトの事件簿(2)マコト、謎の影を追う!】

あ、どうろを迷走するあやしいやつ!
追いかけるぞ!

ばしっ!(っと片手で押さえつけて……)
ひら~っ????

あれ?
もういっかい!
ばしっ!(片手)
ひら~っ????

今度こそ、ばしっ!(両手!)

・・・・・・

(やっぱり)ひら~っ~~~

え~~~~?
途方にくれて見上げた空。


あ、ちょうちょ。

あ、タケルと目が合っちゃった……

もちろん、ぼく、知ってたもん。

ちょうちょ、空でふわふわ、気持ちよさそうだね。

ぼく? 影ふみしてただけなんだ。


……だって、ひまだったんだもん。


・・・・・・


ねぇ、あそんで。



あまりにも、ばかげているけれど、いつか漫画にしたかった猫バージョンのおバカなマコトくん???
でも、画力がなく、私に漫画は無理だったので、ちょっと文字にしてみました。

もちろん、その1は、本編の冒頭で尻尾を追いかけていることと呼応しております(^^)
竹流は、ネコにはなっていなさそう。
「お前、何やってるんだ?」と呆れた顔で見ているに違いないです。

しょうもな!
と自分で思いつつ載せてみました^^;



*この掌編(?)はもともと【幻の猫】のおまけとして始まったものです。その1で尻尾を追いかけているのは、【幻の猫】の冒頭と呼応しています。


*初めてこのブログを訪れてくださった方へ

相川真は私の拙いメイン小説の主人公(の片割れ)です。27歳の現在は、新宿の調査事務所の所長ですが、【幻の猫】では18歳。家庭教師兼父親代わりの大和竹流(ジョルジョ・ヴォルテラ)と、彼の故郷イタリアに、入試頑張ったご褒美旅行に来ています。
でも、来てみたら、竹流は旧交を温めるのに忙しいし、時々一人で、言葉もわからないのに放り出されてしまう。
しかも、真は霊感坊や。ただし中途半端な霊感なので、お化けとも意志疎通困難。
シエナの街で、尻尾しか見えない黒猫を追いかけて行ったら、どうやら少女のお化けに出会ったようです。

よろしければぜひ、お読みくださいませ(^^)




Category: 迷探偵マコトの事件簿(猫)

tb 0 : cm 11   

【物語を遊ぼう】15.名シーンを書きたい:北の国から'98時代 

キンケイギク

名シーン、と言われたら、皆さんはどんなシーンを思い浮かべますか?
実は、この季節、ある花が道のわきに、どこにもかしこにも咲き競っています。
黄色い花。金鶏菊という花です。
この花を見るといつも思い出すのが、【北の国から】のあるシーン。
そして先日、拙作【幻の猫】にご登場いただいた八少女夕さんちの大道芸人さんたち。彼らに演じていただいたパフォーマンスのテーマが『百万本のバラ』だったのは、ひとえにこの花のせいなのです。


【北の国から】は1981-2002年にフジテレビ系列で放映されたテレビドラマ、もちろん、知らない人はいらっしゃらない・・・でしょうね。一人の役者、特に子役からずっと大人になるまで、長い年月をかけて役者を変えずに撮り続けた倉本聰氏の発想はすごいと思うけれど、なかなか大変だったろうな、と思います。
(おかげで、途中からわが愛する?正吉君は姿を消し……役者さんが一般社会人になったので…)

このドラマにはもちろん、あれこれ名シーンや名セリフはあるのですが、『'98時代』で不倫相手の子どもを身ごもっていて、一人で生んで育てるという蛍に、幼馴染の正吉がプロポーズするためにオオハンゴンソウを刈っているシーンは秀逸です。
ワンカットで秀逸、と言えるシーンが切り取られている。

正吉にとっては、蛍や純は家族同然、五郎は父親とも思っている、家族が困っている時に助けるのも当然。
そこへ兄貴分の草太の追い討ち。「正吉、お前蛍が嫌いか?」「そんなことないけど」「そうだべ、好きだベ、ほんとは惚れとったべ」…そう、ほんとはずっと好きだったんだよね、もちろん妹のようでもあるし、恋人のようであるし、家族と言っていい。ま、草太のほとんど思い込み的押しもすごいけれど。

決心してプロポーズしたけれど、蛍も簡単にはうんと言わない。正吉は、離れて暮らしている母親・みどり(水商売)の店に行って、『百万本のバラ』の歌を聞く。
お前も男なら押しまくれ…とかなんとか言われたんじゃなかったっけ? いや、みどりさんは五郎に申し訳が立たないことをしてきたと思っていたから、馬鹿言うんじゃないよ、とか言ったんだっけ?(記憶が曖昧)

計算したら、100万本のバラを買ったら4億?5億?……計算器を投げ捨てる正吉。
けれど…心に残ったんでしょうね。ある時、仕事中に丘一面に咲き乱れるこの黄色い花(彼は名前は知らない)を見て、これなら自分にも何とかなる、と。
そして、仕事の後、休み時間に、ひたすらオオハンゴンソウを刈りまくり、刈った先から蛍に送り届ける。周りの人間(含む・純)が何をやっているのかと不思議に思って尋ねると、「俺の趣味だべ」(この返事がいい!)
蛍の部屋はもうまっ黄色になるほど花に埋もれている。花粉症にならないかしらと心配するくらい。だって、部屋はバケツから何から水を入れられるものには全て水を入れて、花を生けて、身の置き所もないくらい。
蛍ちゃんもまぁ、捨てないんだなぁ、と感心してしまう…^^;


そして……蛍ちゃんの押され負けですね。
おなかにいるのは自分の子だと、五郎に宣言し、結婚の許可を受ける正吉はやっぱりかっこいい!!

さて、この一生懸命オオハンゴンソウを刈っている正吉が、ふと夕陽の中で手を止め、夕陽で黄金に染まった空を見るシーンがあります。
夕陽に照らされた丘、咲き乱れる黄色い花がその夕陽に照りかえり、あたりは黄金の世界となっている。そして本当に自然に、彼はその世界に向かって、手を合わせるのです。
何を思っていたか、蛍のこと、彼自身の血のつながりのある家族・血のつながりはないけれど大事な家族、将来のこと。でも、きっとそんなのではない。ただ、この世界が美しいと、体の芯から、心の奥深くから感じて、湧き出すような想いに突き動かされて、ただ自然に手を合わせたのだと思えます。

まさにミレーの晩鐘のシーンです。


小説は分が悪いですね。
ドラマや映画は映像だから、いくらでも名シーンを思い浮かべられる。
映画のラストシーンなんて、心に残るように作ってありますものね。キスの嵐の『ニューシネマパラダイス』や、いきなりセピアの映像がカラーになってイコンを舐めるように映す『アンドレイルブリョフ』とか、もう反則だとか思う。
視覚というのはやはり強烈です。
小説は文字だから、そこに読者の想像にお任せ、という高いハードルがある。
文字で記憶に残るシーンを書きたくて、描写しても、描写しても、なかなか自分の描きたい感動を伝えられない。
でも、だからこそ、果敢に、心こめて闘うのですね。
ちなみに、力が入ると、文章が短くなるのって、不思議ですね。
一応頑張った私の名シーンならぬ、迷シーン、【海に落ちる雨】や【清明の雪】【雪原の星月夜(まだ仮題)】でお目にかけることができれば嬉しいですが。


キンケイギク

さて、振り出しに帰って。
え? オオハンゴンソウ? キンケイギクって言わなかった?

そうなんです。
実はうちの近くにはオオハンゴンソウがないのです。オオハンゴンソウ自体はもともと北米の花。日本に帰化し、北海道から沖縄まで自生している花で、あまりにも邪魔なので外来生物として引っこ抜かれたりもしている、どこでもよく見かけるのに、何故か近隣にはないのです。
ちなみに、オオハンゴンソウの写真はあちこちにいっぱい出ているので、見てみてください。
花は真中の芯の部分が全然違うし、葉も、そもそも種類も別物なんですけど…

で、『黄色くて、群生してたくさん咲いている(そこだけ一緒^^;)』花をみて、違うんだけど、『見立て』て楽しんでいる大海なのでした。
日本人だから、見立てが好きなのです(^^)
もちろん、毎日『百万本のバラ』を口ずさみながら。
季節もちょっと早いけれど。


名シーン、挙げたらきりがないけれど、心に残るシーンをふと思い出すとき、なんだかとても暖かい気持ちになりますね。
あんなシーンを書きたくて、頑張っている、と思うから。

おまけ。
ねこ
…キンケイギクの写真を撮っている時、目が合ったねこさん。
男前? 若猫を2匹連れていたから、お母さんかな。

Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

tb 0 : cm 6   

【幻の猫】(8) 想いを届けて 

真250kuroneko250


お察しのことが起こっております…
末広がりの8、なんて書かなければよかった…
広がるってことは……(;_:)
しかも長いです。1章ずつ、真と竹流の場面を交互に書いてまいりましたが、交錯し始めました。
字ばっかりでごめんなさい。
内容が伸びているわけではありません…(;_:)






 広場に出てから足を止めたのは、不意に足元から電流のように何かが流れ込んできて、それがさっき店を飛び出す寸前に見た映像と重なったからだった。

 ジョルジョ、と真が勝手に名付けてしまっていた黒い猫が、真の足に絡み付くように身体を摺り寄せている。
 店を飛び出す寸前に見た映像は、今ようやく網膜から情報として後頭部に伝わった。まるで不意に足に触れた黒い猫の温もりが映像を運んできたかのように。

 竹流と一緒の席に座っていた女性たち。一人はあの広場で見かけた、竹流が腕を抱き寄せていた赤い髪の女性、そしてもう一人は。
 あの写真の中、ライラック色のリボンの少女と一緒に写っていた痩せた女性だった。


 少女の名前がアウローラだというのは、写真の後ろに書かれた署名の名前で知った。そして、頭の中は混乱していたが、つまりどうしてその人が竹流と一緒にいるのか、というのが理解できなかったが、今ここで必要なことが何かということは分かっていた。
 女性は、もちろん真の言った日本語は理解できなかったはずだ。だが、アウローラという名前は、この賑やかな店内でも聞こえたはずだった。

 老いた方の女性、つまりアウローラの母親と思われる女性は、黙って真を見つめ、それから足元の猫を見て、最後に竹流の方を見た。

 真はポケットから、あのホテルのいかにもイタリアのマンマおばさんが渡してくれた封筒を出した。
 そして、白い封筒の中から、土の汚れが沁み込んだもう一枚の封筒と、褪せたライラック色の絹のリボンと、アウローラとその母親が写っている写真を取り出した。それをそっと、木のテーブルの上に置く。
 しばらく、誰も何も言わなかった。

 店内では、アンコールを受けたあの黒髪の美人が、『荒城の月』をアレンジした優しい調べを奏でている。遠くから、心配そうな視線を感じた。きっと李々子さんたち、ラビット探偵社の人に違いない。他の客たちがちらちらと自分たちを気にしているのが分かる。
 その中で、アウローラの母親はピクリとも動かず、写真とライラック色のリボンを見つめていた。
 もう一人の赤い髪の女性は、混乱を隠せない表情で竹流を見上げている。
 竹流も、何が起こっているのか分からないというように真を見ている、その気配を感じて、真は彼の方へ目を向けた。

 実際には、真も何が何だか分かっていなかった。
 ここに揃う者たちと、ここにいない人たちとがどういう繋がりがあるのか、唯一真が感じていることは、この黒い猫、あるいは尻尾の持ち主だけがこの間を繋ぐキーであるということだった。

「外へ出よう」
 ようやく竹流が女性二人と真を促した。

 だが、その瞬間、不意に足元の猫が毛を逆立てるようにして、ふーっと唸った。まるで何か恐ろしいものでも見たかのように背中を丸める。背中から尻尾まで、真っ黒な毛がまるで漫画のように逆立っている。
 そして、そのゴールデンアイで訴えるように真を見上げた途端に、いきなり店の外へと駈け出して行った。
 真は竹流の顔を見て、それから慌てて猫の後を追いかけた。

カンポ広場
 二度目に飛び込んだ広場は、半分は影に、半分は光に彩られ、その境は悲しいほどに明確に区切られていた。見上げた空は青く、マンジャの塔は傾きかけた太陽でより濃くオレンジに染まっている。
 猫はどこにもいなかった。忽然と消えてしまっている。

 真はしばらく、大事なものを無くして混乱している子どものように、広場を無茶苦茶な方向に走り、突然に立ち止まった。その腕を、追いかけてきた竹流に捉えられる。
「一体、何がどうなっているんだ? お前がどうして」
 竹流が混乱したように言うのを真は遮った。
「ホテルへ帰ろう。急いで」
「何を言っている?」
 真は竹流の腕を掴みかえした。
「猫はあそこへ戻ったんだ」
「何だって?」

 何だかわからないが、ひどく身体が熱くなってきた。
 時々、見えるものや見えないものがぐちゃぐちゃになって、頭の中が燃えそうになる、あの感じがした。突然、視界がちかちかし始め、熱いのに汗も出なくなり、あらゆる皮膚の下できりきりと何かが血管を締め上げている。
 体中が痛い。氷と熱が同時に肌を焼いているみたいで、おかしくなりそうだ。
 猫を見失っちゃだめだ。アウローラのお母さんも一緒に、早く。
 叫ぼうと思うのに声が出なくなっていた。真は咽喉を押さえた。咽喉も焼け爛れたように腫れあがって、痛くてたまらない。
 息が苦しい。唇が痺れて、歯がかみ合わなくなった。
 間に合わない。
 頭の中に次々と言葉が浮かぶのに、ひとつも咽喉の奥から出てこない。
 気持ち悪い。
 下手をするとぶっ倒れる、そう思った時だった。

 いきなり竹流が、真を抱き締めた。
 まるで、もういい、心配するな、というように。
 黙って真を見ていた竹流に、何が伝わったのかは分からない。ただ、彼の身体から、あの穏やかな白檀のような香りがしていて、真を落ち着かせ、慰め、安心させた。 
 真は三度ばかり荒い呼吸を吐き出して、それから完全に力が入らなくなった全身の筋肉をそのまま竹流に預けた。全て預けてしまうと、ようやくまともに息を吸うことができるようになった。

 竹流は力を入れて真の頭を彼の胸に引き寄せていたが、しばらくすると真が幾らか落ち着いたのを感じたようで、少し真を離して両手で肩を掴み、目をしっかりと見つめて言った。
「待ってろ」
 真は焦点が合わないまま彼の顔をぼんやり見ていたが、やっと、視界の中心に青灰色の目を捕えると、小さく頷いた。まだ唇は震えていたが、急に足には力が戻ってきたような気がした。

シエナ
 広場の地面の感触が分かる。
 それから竹流の方が慌てたように元の店の方へ戻り、その前で呆然と立っている二人の女性に何かを説明し始めた。真っ赤な髪の女性が頷いて、すぐに走って広場を出て行った。

 少しずつ、意識がまともに戻っていく。そこに、店から、無茶苦茶に心配した顔の李々子さんと、何故かあの際立った美人の蝶子さんまで出てきて、真を見ていた。真は少しだけ頭を下げた。ただ行き違っただけの相手なのに、彼らの思いやりが直接胸に響いてきた。多分、店に残る宇佐美さんと稲葉さん、それにあの三味線の青年も心配してくれているのだろう。騒ぎを大きくしないようにと気遣ってくれている。
 大丈夫です、ごめんなさい、ありがとう。
 それが伝わったのかどうかは分からない。竹流が二人の視線が真に向いていることに気が付いたようで、一言二言彼らにも声をかけていた。
 
 やがて竹流は、アウローラの母親の身体を抱き寄せるようにして真を振り返り、さっき真っ赤な髪の女性が向かった方へ行くように指差した。
 広場の小さな噴水のところで彼らは歩調を合わせた。
カンポ広場

「紹介するよ。彼女はベルナデッタ。俺の母親代わりだった人だ」
 竹流は歩きながら、よく通るハイバリトンの声をいささか潜めるように言った。真は顔を上げて竹流を見た。竹流はアウローラのお母さん、つまりベルナデッタにも真を紹介している。
 それは、この国に来てから何度か聞いたイタリア語だった。
 ベルナデッタは一度立ち止まり、何も受け入れようとしていなかった悲しい瞳に、ようやく真をしっかりと映し、そして精一杯の笑顔を作ったようだった。
 やがて俯き、握りしめていた封筒を胸に抱き寄せる。

 Grazie, Makoto.
 そして、竹流の母親代わりだったという女性は、息子のように可愛がっていた男が『この世界で最も大事な人』と紹介した異国の子どもを、その細い身体で、やはりもう一人の息子だとでもいうように抱きしめてくれた。

「このリボン、俺が日本から送ったものだ」
 歩き続けたまま、真は、ベルナデッタを支えながら隣を歩く竹流を見る。
「ベルナデッタの娘、アウローラはとても小さくて、心臓に病気を持って生まれてきた。原因はよく分からないが、生まれつきしっかりと心臓が動いていなかったんだ。ベルナデッタも大きな病気をしていてね、彼女は自分が血液の腫瘍に対する治療を受けている中で妊娠してしまって、意地になってアウローラを生んでしまったことをとても後悔していた。自分のせいでアウローラは生まれつきの病気を持ってしまって、苦しくてしんどい思いばかりしなければならなかったと。アウローラは七歳になる前に亡くなった。最後の一年はほとんど病院だった。俺はそのことを何も知らなくて、ただアウローラにいつも手紙と小さなプレゼントを贈っていた。これもその一つで、それが最後の贈り物になった。彼女はやっと文章を書けるようになっていて、とても嬉しいと、手紙をくれていた」
「あんたが、自分で縫ったのか」

 竹流と真の会話が分からないはずなのに、ベルナデッタは自分の手から真にリボンを触るようにと差し出した。袋状に綴じられたリボンの隅っこを指す。
 触れると、何か小さな固いものが入っているのが分かる。竹流がため息をついた。
「小さなブルームーンストーンだ。何の役にも立たなかったけれど」
 小さな優しい心遣いと手紙。アウローラはこの男を足長おじさんのように思っていたのだろう。あるいはいつか迎えに来てくれる王子様のように思っていたかもしれない。

 あ。
 真はポケットから指輪を出した。
「これ」
 ヴォルテラの後継者である印として教皇から授けられるという指輪。これはこの世でも、天からでも、この男がまさにその人であるということを見分ける印のようなものだった。

 アウローラは、もしかしたら間違えて真の前に現れたのかもしれない。この指輪を持っていたから、真を竹流と取り違えたのだ。竹流なら、もっとちゃんと彼女の言いたいことを聞くことができて、ベルナデッタに大事な言葉を伝えることができたかもしれないのに。
 竹流は、今ようやくその存在を思いだしたかのように指輪を受け取り、左の薬指に戻した。

 光が、彼の指に戻ってくる。真はその光からそっと視線を逸らした。

シエナ
 広場から路地に入り、次の通りに抜けると、そこは石畳の続きだが、車も通れる道で、少し歩くと向こうから車がクラクションを鳴らした。運転席にいたのはあの燃えるような赤い髪の女性だった。車を取りに行ってくれていたようだった。

シエナ
 竹流は運転席の彼女を助手席に移らせて、真とベルナデッタを後部座席に乗せると、真の気持ちを汲んでいるかのように、ホテルへの道をできる限り急いでくれた。それでも古い街の中は、車が出入りできるところばかりではなく、通行の優先権があるわけでもなかった。気持ちが焦っているのにどうしようもない。街の造りがそのようになっている。
 古い街の門を出て、ようやく車がスピードを上げる。しかし坂道はかなり狭く、ホテルまでの僅か十分か十五分ほどの時間が永遠に感じられた。

 竹流と赤い髪の女性は、何か言葉を交わし合っている。もちろん、イタリア語は分からない。だがやがて彼女が振り返り、自分の名前をクラリッサと名乗って、真に英語で話しかけた。
「私の母を見かけなかった?」
 真は一瞬、バックミラーの中の竹流と視線を合わせ、それから彼女に向き直った。
「いいえ、会ったのは……女の子だけで」

 そこまで言ってから、真ははっとした。そして改めてクラリッサの強いグリーンの瞳を見つめた。この瞳は、確かに、アウローラの幻と話した後、彼女が見つめていた地面を掘り返しかけた時に、オリーブの木の陰から恐ろしいものを見るように真を見つめていたあの瞳と同じだった。

 肌にある全ての感覚器に、痛みの刺激が襲い掛かってきた。
 唇が震え出し、血が逆流するような異常な感触が身体の内を駆け巡る。
 何も事情を知らないのに、何かとてつもない苦しい思いだけが胃の中を暴れまわっていた。理解し合うための言葉を持たないアウローラと真の間で、行き来していた感情と切羽詰った願い。今それが、突然明瞭な言葉になって、真の脳の言語野に文字を綴った。

 アウローラは真に、ここに来て、この地面の下で泣いている子を助けてあげて、と言っていたのだ。そして、それは今日、今でなければならないのだ。
 もっと早く! と思うのに、現実の真と、現実の車には、空間や時間、次元を飛び越える能力など欠片もなかった。
 指先から温度が失われていく。

 その時、不意に、膝の上にのせた真の冷たい手の上に、絹のような優しい温もりが触れた。真は自分の手を見下ろした。
 それは隣に座っていたベルナデッタの手だった。
 ふとバックミラーに目を向けると、竹流が後ろを何度も気遣ってくれているのが分かった。気遣いながら、道を急いでくれている。だが、漫画のようには走り抜けることができない古い道は、ほんのわずかの距離なのに、永遠に続くような錯覚さえした。



シエナ

 フィアットの小さな車がホテルの前に止まるよりもわずかに早く、真が待っていられないというようにドアを開け、車から転がり出た。文字通り脱兎のごとくホテルの門をくぐって、中庭へ走り込んでいく。
 竹流はクラリッサにベルナデッタを頼み、驚いて出てくるフロントのメガネの女性に車のキーを預け、真を追いかけた。真の姿は既に中庭を左手へ走り抜け、裏庭へ抜ける通路へ消えていこうとしている。

 急いで追いかけ、いったん暗い建物の廊下へ走り込み、そこを抜けると、突然視界が開ける。整備された裏庭にはオリーブの鉢植えと、剪定された低い木々、そしてその向こうにまで広がる丘陵地の景色。真の姿が見えない。
 光が隠してしまったように視界から失われた真の幻に気を取られている時、いきなり誰かとぶつかった。

「すみません」
「あぁ、あなた。あの子はどうしたんだろう」
 このホテルに長年勤めているといっていた女性だった。掃除と洗濯の係りのようで、体も大きく、一見おっかなそうに見えるのに優しい、いかにもイタリアのマンマを感じさせる女性だ。
「その子、どっちへ行きましたか?」
 急いて聞いたので、何事かと思ったようだった。女性は裏庭の先、オリーブ畑の方を指した。
「あの子にリボンを預けたんだよ。あの子は……」
「後で」

 竹流はそれだけ言うと、真の後姿を追って斜面を駆け下りた。光と、オリーブの木々が真の影を隠してしまう。竹流は見失わないようにと必死で追いかけた。

 今追いかけなければ永遠に失ってしまう。
 真の姿は光とオリーブの影の中に見え隠れする。竹流は柵を飛び越え、さらに追いかけた。名前を叫んだが、声が届いている気がしなかった。風が吹いているのか、あるいは次元が違っているのか。近付いているはずなのに、一向に真の姿が大きくなってこない。

 あいつ、一体どこにいるんだ?

 オリーブの枝、オリーブの葉が時折、頬や腕を打つ。
 確かにこれは現実だ。頬や腕に当たるオリーブの感触は確かだ。痛みも感じる。走っている地面の感触もある。
 それなのに、真の姿だけがベールの向こうにあるようで、無茶苦茶に遠い。
 竹流は突然に不安に駆られて、気が付いたときには狂ったように真の名前を呼んでいた。耳の中に自分の声が反響する。
 違う。これは誰の声だ?

「止めて! その子は待ってただけなんだ!」

 霞んではっきりしないままの真の姿、その前に黒い塊が見えている。いや、塊ではない。人だ。一人ではない。もう一人の誰かともみ合っている。そこへ真が飛び込んでいく。
 真は何かを必死で叫び続けている。
 白い靄のような光の中で、天から刺した光で何かが光った。

 ナイフだ。
 真!
 竹流はもう一度叫んだ。それが耳に届いたのか、真が竹流を振り返ったような気がした。
 その瞬間。
 視界を真っ赤な筋が横切った。同時に黒い小さな塊が飛び込んでくる。
 ギャッという声。
 真の目が何かを訴えるように見開き、次の瞬間、靄のかかったままの地面に崩れた。

 真!
 最後に叫んだ時、いきなり現実の世界と幻の間のぶれが、消え去った。





探さないでください。おおみ。 


…出典:RIKU最終話(作limeさん)→(click)
せいいっぱいで、これだけ書きました(;_:)


次回は、(9)そして、天使が降りてくる、です。
(今度こそ)

ブルームーンストーン
 恋人たちの石とも、母性の石とも言われます。心を静め、霊的能力を活性化させる石。


Category: ☀幻の猫(シエナミステリー)

tb 0 : cm 8   

【物語を遊ぼう】14.物語はストーリーかキャラか 

本棚

このネタはもう少し熟してからと思ったのですが、よく考えたら、意外に浅い内容なのではないかと思い始めまして、ちょっと書いてしまおうと。なぜ浅いと思ったのか、というと、自分の記憶力の問題が大きいのではないかと思ったりしたのですね。

物語を読む時、ストーリー重視かキャラ重視か。
もちろん、両方いいに越したことはないのですけれど、そんな100点満点の120点みたいなお話にはなかなか出会いません。
ちなみに私は書くときには絶対ストーリーテラーでありたいと願ってしまう。そして当然、玉砕するのですが。
ストーリーテラーの作家さんの書くものは『起承転結(+転)』という感じでしょうか。この最後の括弧内は、それ自体を『結』と考えることもできるのでカッコつきですが、最後に何か一捻りしてあって、いいところへ落として、楽しませくれる。
読んでいる間は本当に面白くて、まさにページをめくる手が止まらない。
多くのミステリーはまさにこの範疇に入ります。

でも、最近分かったのです。自分の記憶力のなさが……。
たくさん読んだミステリーの内容をほとんどを覚えていない^^; 気が付かずに二度目に読んで、途中で私この犯人知ってるわ…ってなことがしばしば。確かに面白いんだけど、何故か読んだ先から忘れていく。
複数回読めば忘れないかもしれない。あるいは小学生以来していないけれど、読書感想文でも書けばいいかもしれない。多くのブログさんで、小説感想などを載せていらっしゃるけれど、あれはもしかして忘れないため? 

だけど。
魅力的な人物(キャラ)、大好きな人物が何をして、何を言ったか、全部ではないけれど、覚えている。その人の人生が鮮烈であれば、そのことは覚えている。しかも一度きりしか読んでいなくて、それがたとえ20年前であっても。
そうか、記憶に残るのは『人』なんだ。と、わが身を顧みて思った。

今でも私の書きたい気持ちを支えているかの【戦争と平和】(トルストイ)にしても、ナポレオンの時代だということは覚えていても、下手すると舞台の背景さえ何も覚えていないのに、アンドレイ侯爵の死のシーンだけは鮮烈に覚えている。彼がナターシャに惹かれていく場面も、彼の人生がどう動いたかも、話すことができる。ナターシャは、私が読んだ小説の中でも相当魅力的な女性で、彼女の人生や言葉も、読んだのは20年以上前だけど、まだ覚えている。

【銀河英雄伝説】(田中芳樹)で、どんな戦闘があったのかは全然覚えていないけれど、ヤンの人生がどんなので、彼がどんなことをして、どんなことを話し、どうやって死んじゃったかはやっぱり覚えている。
(でもこの話は、男女で読み方が大きく違うんだろうなぁ。男の人は戦闘シーン、絶対面白いんでしょうね。いや、かく言う格闘シーン好きの私も、意外に楽しみましたが……(^^))

ちょっと身近な物語にしてみると、【新宿鮫】(大沢在昌)がすごいのは、警察小説としてかなりリアルであろうということもあるのだろうけれど、晶の存在が大きい。鮫島が一人で何やっていても、ひとつのよくできた警察小説で終わってしまったかもしれないけれど、彼女がいることで記憶に残った……ような気がする。

……枚挙にいとまがない。ちなみに、ここに挙げた小説は、特に私が好きで好きでたまらないというわけではなくて、記憶という意味で挙げています。
最近読んだものは、20年後の自分がおぼえているかどうかで、自分の中での価値が分かるのかな? もっとも、年々記憶力は磨滅しているので、自信はあまりないけれど。

本棚
本棚
というわけで、ストーリーは、現在進行形で読んでいる時には大事なんだけど、世の中にこれだけたくさんの小説が溢れていると、よくできた話だな、と感心することはあっても、複数回読まなければきっと覚えていられない。
しかも複数回読むことは、間違ってもう一度読んじゃった場合を除いて、まずはないと思う。

既に神話の時代から、物語は語りつくされたとまで言われている。よく似た物語やモチーフがたくさんあるし、もう斬新なストーリーなんてものは存在しないかもしれない、とまで言われることも。だから、書き手さんは、新鮮さを求めて一生懸命書き方を工夫されるけれど、新しいと言われる手法も、読んだその時はへ~面白いな~、で、やっぱり忘れちゃう(ごめんなさい)。どれほど手法をいじくられても、文学的に面白くても、読み手の記憶に残るかどうかはかなり微妙です。
以前『短編は難しい』で書いたO・ヘンリーの話などは、半分は勉強のつもりで、何度も読んでいるから覚えていられるのですが、一度きり読んだ『面白いストーリー』を10年後に覚えているか、と言われると、私の場合、まったく自信がありません。

大海、お前の記憶力は本当にニワトリくらいしかないのか(3歩歩いたら忘れる)、自分なんて読んだストーリーはきちんと覚えているし、書き手ならば当たり前だろう、と言われるだろうな、と思うけれど……

だって、忘れるのだから仕方がない。
でも、この記憶力の悪い私を物語に惹きつけ、側頭葉にきちんと居場所を作ってしまうのは、やっぱり魅力的な人物なのだと、最近は開き直っております。
心魅かれた人物は……ストーリーの細かい所は覚えていなくても、心にその人の存在が刻まれて、多分忘れないのです。

一読者としてみれば、とにかく魅力的な人物を、私が10年後も覚えている人物を、その人の言葉やその人の生き様を、私に語ってください、と書き手さんに願う。
一アマチュア書き手としてみれば、どれだけ魅力的な人物を書ききるか、そのことがすごく大事かもしれない、と思う。
だからこつこつと、『その人』のことを、今日も心を籠めて綴るのです。


…ちなみに、ストーリーかキャラか、優劣をつけるつもりの記事ではありませぬ(..)
もちろん、どちらも素晴らしいに越したことはないのですが……
あくまでも、私の場合(記憶力の問題?)ということで・・・
何より、時間を忘れさせてくれる、そして心にちょっと光を灯してくれる、そんな物語であれば、何でも素晴らしいと感じます。
現実の波は厳しいけれど、ひと時、物語の世界に遊びたいと思うのです。
だから、本音を言えば、その場所へ連れて行ってくれる作家さんは、プロでもアマチュアさんでも、関係なく有り難い存在です。


(以下、蛇足)
ちなみに、本棚の片隅に、バイブルのように置いてある本は、浅田次郎さんの『霧笛荘夜話』と村山由佳さんの『星々の舟』。
いつか私もこんなふうな物語を綴りたいと思っている、憧れの物語の『形』なのです……

あ、別格の【鬼平犯科帳】は神棚です(*^_^*)

Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

tb 0 : cm 6   

【幻の猫】(7) 真実の一歩手前 

真250kuroneko250
えーっと、ですね。そうなんです。また長くなってしまいまして、どうしてなのか自分でもわからなくなっちゃいました(?_?)
やけくそでこんな題名をつけてしまった…
もう次回最終回とか言うの、やめようかなぁ。

つまり、前回までのお話で、すごい竹流が悪人になっているので(いや、悪人ですが)、ちょっと言い訳させてやろうと思ったら、長くなってしまって。
今回のラストシーンは、もともとこの第7話のファーストシーンだったのに^^;

いえ、もう言い訳は終わりにします。まずは、竹流の言い訳を、聞いてやってください。
ついでに、プリンター/スキャナーのWiFiまで馬鹿になっておりまして、おろおろ…の大海でした。





 竹流はクラリッサと一緒に、ゆっくりと歩くジョルジョの黒い背中と長い尻尾を追いかけていた。猫は時々彼らを待つ。そしてまた、時々人や車の陰に隠れて見えなくなる。そんな時でも、尻尾だけが視界に残っている。
 幻を追いかけているような気がする。

 幻。

 パレルモで陸に上がってから、昔からヴォルテラの家に出入りをしていた幾人もの人たちに会った。彼らのいる場所を選んで通っていたわけではなかったが、逆にこの国の中では、ヴォルテラにゆかりの人のいない場所を探す方が難しかった。クルーザーを預かってもらったり、長年の無礼を詫びる必要もあったし、自分が日本にいる間にも、直接『息子』に何も言わないチェザーレの代わりに、何彼と連絡をしてくれようとした人もあったのだ。

 その懐かしい人々の顔を見て話をすれば、里心もつくというものかもしれない。
 あれほど苦しい思いをしてこの国を出たのに、帰ってきてしまえばすべてが愛おしい。
 日本の湿度を帯びた緩やかな気候、四季の花々の豊かな香り、古の人々が愛でたあらゆる品物、芸術的なものも、ただ日常の生活で大事にされていたものも、そして愛しい女の肌や声、それらが完全に自分を満たしてくれたと思っていたのに、まだ何かが足りないというのだろうか。

 あんたの国に連れて行ってほしいと真に言われたとき、この国に戻ればこんな思いを抱くことを予想していたのではなかったか。それなのに、ほとんど何もわかっていない真をダシにして、ここへ戻ってしまった。

 一緒にいれば、全てが満たされるのだと思っていた。たとえ世の中の全てが、神までもが敵であっても、二人ならばこの世界を渡って行けるのかもしれないと考えた時もあった。それは、確かに彼が、竹流が幼いころから抱えてきた誰にも何にも埋めることができなかった空洞を埋める唯一のものだと、そう感じていたからだ。
 それは今でも決して思い違いではないと思う。だが、何か間違っていたのだろうか。
 方法が?
 それとも人間というものは、完全に満たされるということは幻想にすぎないのだろうか。

 今、幻に溺れそうになっている。

kuroneko250
 カンポ広場に入って行ったジョルジョの尻尾が、ふいと光の中に消えた。
 おや、と思ってクラリッサを見ると、彼女も不思議そうに竹流を見上げた。黒猫なのに、光の中に見失うなんてことがあるのだろうか。

 日曜日の広場のにぎわいは予想以上だった。
 多くの人々が、カップルや友人同士、家族で輪を作り、あるいは歩き、あるいは座りこみ、子どもたちはまるで足元も見ずに走っている。クラリッサの方へ走り寄る子どもに気が付いて、彼女の腕を抱き寄せると、クラリッサがふいに竹流を見て言った。

「ベルナデッタは教会へは行かなかったのかしら」
 竹流はクラリッサを見つめた。
 確かに、彼女は大変信心深い人だった。今日は日曜日だし、出かけるとしたら教会だろうに、バールとはどういうことだろう。『片羽根の天使協会』に残っていた女性は、いつものことだからと言ったが、曜日を勘違いしていたのだろうか。

マンジャの塔
 聞いていたバールは広場の片隅にあったが、訪ねていくと、主人は忙しそうにカプチーノを淹れながら首を横に振った。今日は祭りの初日だから、イベントの行われる店に行ってみないかとベルナデッタに勧めたのだという。バールの主人は家族のために予約を入れていたようだが、急な用事で行けなくなったらしい。ベルナデッタに連れの女性がいなかったかと聞くと、彼は首をかしげた。

カンポ広場
 広場を横切り、探し当てた店の入り口には、中に入りきれない人々が覗き込んでいた。表には、ラ・フィエスタ・ジャポネーゼ、と町のあちこちで見かけたのと同じ看板の上に、、四人組の大道芸人たちを撮った芸術的な写真が貼られていた。怖いような美人のフルート奏者と、袴を穿き三味線を持った日本人男性が背中合わせに立ち、二人の西洋人らしい男が向かい合わせで座っている。

 店の中では、写真の大道芸人たちがパフォーマンスをしていた。パントマイムと手品、そして哀愁の漂うフルートとギターの調べ。席はほとんどが埋まっている。

 入口からはそれほど奥に入っていない席に、ベルナデッタの背中を見つけた。痩せた背中を少し丸めるようにして、舞台の方を見つめている。
 竹流は一度クラリッサと顔を見合わせてから、狭い通路を通ってベルナデッタの座る席に行き、そっと呼びかけた。しっと誰かの窘めるような音が聞こえる。二人は、ベルナデッタの他には誰も座っていないテーブルの席についた。ベルナデッタは何も言わずに舞台を見つめたままだった。

薔薇
 舞台のほうを見ると、そのパフォーマンスは大詰めのようだった。美しく悲しい顔をした青年がふと高い場所を見上げ、静かに微笑む。
 青年の胸のあたりに、真紅の薔薇の花束が咲いたとき、ふとベルナデッタを見ると、声も出さずに涙を流していた。
 周囲の拍手と声援の中で、竹流はベルナデッタの手をそっと握った。
「ベルナデッタ」
 呼びかけた時、ベルナデッタは小さな声で、舞台を見つめたまま答えた。
「もうしばらく、このままここにいさせて」
 ざわめきの中で、よく通る彼女の声は竹流の鼓膜に振動のように届いた。

 竹流もさすがに何も感じないわけではなかった。あるいは、握りしめた彼女の手から直接、何かが流れ込んできたのかもしれない。
 クラリッサが不安そうに竹流を見つめている。だが、何も答えてやることはできなかった。

 たとえばベルナデッタが誰かの罪を何もかも知っていて、それを誰にも告げることなく黙っていたら、それはやはり罪になるのだろうか。もちろん、法律としてはそうなのだろう。けれども、彼女の思いの中にあるものを責めることができるほどに正しい人間が、果たしてこの世にいるのだろうか。

 次に始まったパフォーマンスは『蝶々夫人』をモチーフにしているらしく、パントマイムを演じる青年は、特別女装のようなことはしていないのに、人物そのものと言うよりも、裏切られながらも信じようとする女性の細やかな感情を、僅かな動きの中で表現しているように見える。ヴェルディの国の人間にとっては、『友よ、見つけて』や『ある晴れた日に』、『さらば、愛の巣』などの曲想を聴いただけで、物語の芯にあるものを理解するので、大仰に表現する必要がないのだろう。

 だがただ裏切られて悲しいと言うのではなく、生きて恥を晒すよりは死を選ぶというのは、あまりにも激しい想いだ。そこに重なる三味線の音が、ヴェルディの西洋的な音をかき消していく。いや、死を越えて、どこか遥かな場所へ行こうとする想いの鮮烈さが、後半の曲の中に、まさに情念のように籠められていた。

 随分と思い切ったモチーフを選択するグループだと思った。舞台の上で艶やかで激しい、そして情念を見事に浮かび上がらせているのは、まさにあのフルートの女性の立ち姿だ。だがその女性は、パフォーマンスが一段落し、レヴューのように明るいショウタイムに変わると、舞台の雰囲気を一変させた。大道芸とは言え、恐ろしい完成度だ。

 竹流はベルナデッタの手を握ったままだった。
 どこかのタイミングで話を切り出すべきなのか、あるいはこのまま、静かに彼女を見守っているべきなのか。
 だが、見事なパフォーマンスに感心したりベルナデッタを思いやっている余裕が失われたのは、まさにその直後だった。


 真?
 その瞬間、竹流は思わずベルナデッタの手を離していた。そして、逆にベルナデッタが驚いたように竹流を見た。
三味線
 フルートもギターも、西洋の楽器であることを忘れてしまうような、見事な和のリズムを刻んだ。それに煽られたように続いて三味線を叩く真は、いつものようにその外見は静かなままだった。そしてやはりいつものように、一の糸から二の糸、三の糸へ指を移すと、静かに目を閉じる。あまり大柄ではないが、背をすっと伸ばして目を閉じている姿は、人の目を惹く。微かに唇と頬が震えているように見えるのは、照明のせいかもしれない。

 このところ、言葉数がいつもよりも減っている真は、言いたいことも半分以上、あるいは大事なことはすべて飲み込んでしまっているように思えた。
 だが、こいつの三味線は雄弁だ。言葉ではなく、直接、心を貫くような思いをぶつけてくる。元から言葉があまり自由ではなかった真にとって、思いを乗せるのはこの糸の上、そして叩きつける撥の上にしかなかったのだろう。

 そして自分も、何か大事なことを言ってやっていない。

 完全に店内は静まり返っていた。日本よりもずっと乾いた空気を湛えるこの空間は、三味線のさわりを増幅していた。十六のツボの、雪が降りしきるような、鈴虫が鳴くような、鳥がさえずるような響きが、ここにある全てのものを震わせている。
 やがて、少しずつ、少しずつ音が強く、激しくなっていき、それと同時に黙り込んでいた聴衆も耐え切れないとでもいうように手を叩き、そして真は、もうこれ以上音も感情も溜め込めない所へ来たというように、目を開けた。

 その瞬間、何かに導かれたように、真はまっすぐに竹流を見ていた。
 竹流も、ただ真を見ていた。

 声も言葉もないまま、そして目は竹流を見つめたまま、最後の三、四のツボへ指が滑って行く。
 もう三味の音は竹流の頭の中から消え去っていた。

 飛び入りの演奏者と、その演奏者を見出し舞台へ引き上げ自らも見事な演奏を聞かせた美しい女性、そしてその演奏者の隠れた力や想いを挑発という形で誘い出した素晴らしいテクニックのギター奏者に対する惜しみない拍手は、スタンディングオベーションという形でしばらく鳴りやまなかった。

 突然の周囲の状況に気が付き、戸惑ったような顔をした真は、三味線をギターの青年に渡し、撥と指摺りを返すと、そのまま何をどうしたらいいのか分からないという様子で、何かに押し出されるような気配で、まっすぐに竹流のいる席の方へ歩いてきた。

 いや、それは竹流に近付いてきたというよりも、ただこの店から出て行こうとしたようで、たまたまその通路わきに竹流が座っている席があったのだが、一瞬、竹流のテーブルの近くで歩を緩め、目を合わせた途端、逃げるように店を飛び出していった。
 もちろん、店の中の人々は呆然とその後ろ姿を見送ったが、すぐに興味は舞台の上に戻ったらしく、また大道芸人たちにアンコールを強請り始めた。

 だが、竹流のすることは一つだけだった。
 自然と椅子を蹴るように立ち上がり、幾らか驚いた顔をしているベルナデッタとクラリッサを置いて、真を追いかけた。

 真は何が何だかわからずに混乱しているようで、走るというよりも惑うように早足で広場へ飛び出し、斜面を下りかけている。後姿はまるで子どものように頼りなく、儚く見える。何が何だかわからないのは竹流の方も同じだった。
 放っておくと何もかもが崩れ落ちてしまう、という思いが胸を締め付ける。

カンポ広場
 その思いが結集するように、黒い塊がどこかから湧き出し、真の足元に絡み付いた。金の首輪がきらりと光りを跳ね返す。
 ジョルジョ。
 不意に真が足を止めたのと、竹流が真の腕を捕まえたのは同時だった。

 引き寄せ振り向かせた真は、何かに驚いたように竹流の顔を見ている。
「どうしたんだ?」
 その表情に思わず問いかけた時、いきなり真が竹流の腕を掴み返し、逆に竹流を引き摺るようにして、広場の斜面を元の店へ引き返し始めた。
「真」
 名前を呼ぶのが精一杯だった。
 賑わう店の中へ、人をかき分けるように、竹流を引っ張って急いだ真は、ベルナデッタとクラリッサが座る席の前でぴたりと足を止めた。
 そして、ようやく竹流の手を離すと、ベルナデッタをまっすぐに見つめて絞り出すような声で言った。

「アウローラの、お母さん?」

 何が起こっているのか分からずに、竹流は呆然と真の横顔を見つめていた。
 足元に、一緒についてきたらしいジョルジョが座っていて、竹流を見上げ、にゃあ、と一声鳴いた。どこか切羽詰ったような声だった。




何も言いますまい。
だって、何だか、終わるのが寂しくて…(嘘です)

あ、途中の写真のマンジャの塔、朝と夕方のを並べてみました。
光によって、こんなに違うんですね。
それから、三味線の上に載っているのは、撥と、そして指擦り。
左手の親指と人差し指に引っ掛けます。
これがないと、竿で指を滑らせることができません……

次回こそは、2時間ドラマの最後の20分です。
第8話『そして、天使が降りてくる』……絶対終わらせる、末広がりの8だし、という意気込みでこの題名。

さあ、みんなで、崖に参りましょう!!

ところで、なぜ2時間ドラマでは崖に行くかご存知でしたか?
松本清張さんの『ゼロの焦点』のラストシーン以来、定番になったそうですよ。
って、今更なのは私だけ?



Category: ☀幻の猫(シエナミステリー)

tb 0 : cm 4   

NEWS 2013/6/2 京都土産のお菓子/ 本日の花 

京都お菓子
昨日は京都に出張で出かけておりました。
観光も何もなく、ただ仕事。
帰ってきたら、ネットが全くつながらず……
うちは〇:COMなのですが、WiFiが死んでる????という状態でして……
あちこち電源切ること複数回、で、今朝やっと何とか繋がっているけれど、何となく不調。
妙に時間がかかる…
fc2さんのせいでもなさそうで(タブレットは普通にサクサク…)、いまいち不安な状態です。
タブレットは読むのにはいいけれど、打ち込むのはもうごめんなさい、って感じで。

というわけで(?)、京都から新しく発見したお土産のお菓子をご紹介。
私は人生の中で、3年弱の埼玉生活以外は関西在住。三都物語を地で行く感じですが(多分ちょうど3分の1ずつくらいの期間ですね)、自らの意志で住んだ町は京都のみ。いつかは京都に戻りたいと思うのですが。
今も、仕事でもプライベートでも京都に行くことは少なくありません。

で、今更なんですが、一応京土産のお菓子はチェック(^^)
そうしたら、ちょっと目新しいものを発見。

高野屋さんのヴァッフェルの夏みかんバージョン!季節限定・地方限定に弱い私は、即購入。
えーっと、中身は、まぁ、普通に夏みかん味…なだけなのですけれど^^;

そして、あぶら取り紙で有名なよーじやさんの最中ですよ!
植物繊維いっぱい、と書いてありましたが? どこに?
この最中、自力製作版です。あんこと、最中の皮と、牛皮がそれぞれ別々にパックされていて、自分で作るようになっていました。
小さいし、ちょっと割高感あり。いささか面倒くさいし。
でも、皮がパリパリで食感はよいかも。

いずれにしても話のネタ、ですね。
それなのにどうして、人って、○○限定とかに弱いのかしら。
それが分かっているからか、某昼飯パックなどは、次々中身を変えて販売。
新しいものは試してみなければね、ということなんですが、最後は昔に戻ることも多いかな。

そんな中で、今朝の花たちからごあいさつ。
金糸梅
金糸梅
金糸梅です。紫陽花が咲くまでの間、庭を一番明るくしてくれるのですが、やたら大きくなって場所を取るのが難点。

そのあじさいですが、今はカシワバアジサイと山紫陽花が咲き掛け、といったところです。
カシワバアジサイを縦方向から撮ってみました(横から見たら横長…って変な言い方)。
とにかくこの紫陽花、植えた時はいいんですが、巨大化するので困りものです。毎年刈りまくっているのですが……
かしわばあじさい

そして、下は、六甲の山で発見された幻のアジサイ・七段花。幻、と言われて繁殖されて、今はそんなに物珍しくないのですが、本当になかなか大きくならない。この株は10年目なのですが、やっとちょっとこんもり、といった感じです。花も地味ですが、清楚な印象で、お茶花にいいので植えて大事にしています。
しちだんか

萩が綺麗ですね。今年は花が多い気がします。
はぎ

そして、下がユキノシタ。後ろにぼんやり写っている石が、我が家の庭にところ所に存在する『昔のものシリーズ』、ひき臼の一部です。
ゆきのした

そして、謎の花。
実はどこかから飛んできたようで、毎年毎年、本当に腹が立つくらい伸びるので切っていたのですが、サボっていたら大きくなったのか、今年初めて花を見ました。
で、何かわからないのですが…
はてな


さて、次回の花の記事の時には、うちのジャカランタをご紹介いたします。
本当に、石の上にも3年どころか、って感じなのですが。

取りあえず、無事に記事がアップできるのか、そこが問題の今日のネット環境。
一抹の不安を感じつつ、まずは今から皆様のブログへお邪魔しようと思います(*^_^*)



Category: ガーデニング・花

tb 0 : cm 8   

【幻の猫】(6) 世界で一番美しい広場/ Grazie mille!  

真250kuroneko250
さて、今回はまさにフィエスタ…お祭りです。
その名も、日本祭り。って、勝手に作りました^^;
シエナのカンポ広場、世界中で最も美しい広場と大海が信じて疑わない、素敵なこの場所で、行き交う人々に巻き込まれる真。
心は揺れ動く中、出会ったのは、あの人たち。

まずは物語をお楽しみください。
快くこの作品の中でご自身の愛おしい子どもたち(人物や詩)を使わせていただく/登場いただくことを許可してくださった3人のブログのお友達への謝辞はラストで(^^)
なお、作中では全体の印象を壊さないために、出典を敢えて控えております。
記事の最後をぜひ、ご覧ください。

少し字が多くなってすみません。
その分、エンターテイメント度は高いと……いいなぁ^^;





 真は広場を見回した。尻尾はもうどこにもいない。
 小さい声でジョルジョ、と呼びかけてみたが、そもそもそんな名前かどうかも分からない。何より、あの猫が自分だけに見えている可能性もあるのだから、尻尾だけの猫、見ませんでしたか? とも聞けない。

 いずれにしても、賑やかに行きかう人々の中で尻尾を見つけることはとても難しそうだった。それほど大きな広場でもないのに、この中でたった一人、たった一匹を見つけることがこれほどに難しいのは何故なのだろう。
 そこに探し当てたい人がいるのかどうかも分からない。いたとしても、この中で何を探せばいいのか分からない。

 心許なくなって、足元を見つめる。
 もしかしたら、何もかも夢かもしれない。

カンポ広場
 真はゆっくりと広場に足を踏み入れた。広場の上部、貝殻が広がった側の店が、広場に張り出すようにしてテーブルや椅子を並べていた。昼を少し過ぎているはずだが、まだ店には多くの客がランチを楽しんでいた。忙しさのあまり小難しい顔をした給仕が、店のテーブルの間を行き来する。子どもが、露天の店でシエナの街のいくつかある地区の旗を買ってもらって、身体に巻きつけるようにして広場を走っている。犬が興味深そうに真を見上げながら通り過ぎていく。
 老夫婦、若者の集団、家族連れ、そして幾組ものカップルが、広場の中で人生のひと時を分け合っていた。
カンポ広場

 真は今、ぼんやりと視線の少し先の路地から出たところに立つそのカップルを見つめていた。
 背の高い男の金の髪と、華やかで惹きつけるような顔立ちの女性の燃えるような赤い髪が、光の中で輝いていて、否応なしに目を引いたのだ。
 思わず目を伏せ、視線を避けて、考える間もなく引き返した。

 二人は誰の目から見ても、お似合いのカップルに見えた。他人の目を惹きつける華やかなカップルだ。男性の手は、傍らに立つ女性の腕を抱き寄せるようにしていた。少なくとも真の目にはそう見えた。
 このまま消えてなくなりたいような不安な気持ちになり、貝殻の隅っこにまで逃げ戻った。

 大学の試験の前から今まで、ほとんど夢の中を歩いていたような気がしていた。竹流は試験とか勉強のことでは無茶苦茶に厳しかったし、手を抜くことは全くと言っていいほどなかった。
 だがあの日以来、異様なほどに優しく、まるで世界の中には真だけしかいないように扱ってくれた。
 そして今、この国の陸地に上がり、彼を取り巻いていた多くの人や物が現実化していくと、それらが彼の心を正気に還していっているということなのだろう。

 それは致し方のないことだ。
 自分は影の部分にいる。そして彼は、あのように光の中に立っている。女性の肩を抱き、耳元に愛の言葉を囁きかけ、この先の未来へ歩いて行く。
 暗い部屋の中で、どれほど求め合っていても、その先に行くことはできない。

 それなら、自分はここから消えてしまいたい。でも、どうやって彼を振り切り、自分が元いた場所に戻ればいいのだろう。それとも帰るべきその場所はもうなくなってしまっているのだろうか。
 もう何も考えずに、ホテルに戻って、布団を被ってうずくまってしまいたい。
 どうして尻尾なんか追いかけて、こんな華やかな場所に来てしまったのだろう。きっとあの尻尾は幻なのに。

 広場の扇の横に当たる部分にも、いくつか小さな店があった。
 そのまま広場から出て行こうとしたとき、ふと、その一軒の店先に飾られた写真が目に留まった。いや、正確には、その写真に重ねられた文字に。
 ……日本語だ。
 真はショウウィンドウに近付いた。

 ショウウィンドウの向こうには棚があり、温かい色合いの雑貨が並ぶディスプレイになっていた。
 そのガラスの棚から、写真に添えられた詩が、優しく語りかけていた。
 写真には、真っ白な、少しだけ傷ついたマーガレットの花弁が、それでも懸命に腕を広げるようにして咲いていた。

『強風に煽られて
 ふりだしに戻ったように見えても。

 きっとそこは
 もといたスタート地点じゃない。

 傷ついた羽の分だけ
 次はもっと高く飛べるはずだから。

 どんなに羽が傷ついたとしても。

 翼は折れたりしない。

 何度でも羽ばたいてゆく。』



 視界は半分溶けていた。そのまま、いきなり目の奥が熱くなり、鼻の奥から何かが込み上げてきそうになっていた。


「ねぇねぇ、君、その詩のこと知ってるの?」
 その時、いきなり頭の後ろから日本語が覆いかぶさってきた。
 これは決して大仰ではなく、まさに覆いかぶさってきたのだ。なぜなら、言葉と同時に誰かの温かい手と心地よい重みが、真の身体を包み込んだからだ。

「ちょ、ちょっと、リリコさん、知らない人に、なんてことするんですか」
 真はまだ自分を後ろから抱きしめたままの手の持ち主を、恐る恐る振り返った。
 振り返った途端、真の真正面にあったのは、ちょっとばかり色気のある、そして何より茶目っ気のある瞳だった。

「だって、好みのタイプだったんだもん」
「いや、そういう問題じゃなくて、ですね」
 目の前にいるのは、教会に入る時にはきっとスカーフか何かで腰を捲かなければ入れてもらえないに違いない、短いスカートを穿いた女性と、そして彼女の突飛な行動を止めてあたふたしている人のよさそうな青年、さらにその後ろに長身のちょっとおっとりとした感じの、ただし突っ込んだらぼけ返すに違いなさそうな年上の青年の三人組だった。

 しかも、今さらのように気が付いたが、日本語だ。
 いや、日本人っぽいから、当たり前か。
 そうか、日本語だ。もう一度そう思ったら、急に力が抜けた。

 足元が崩れそうになったとき、長身の青年が、リリコと呼ばれた女性ごと真を支えた。
「わぁ、ちょっと、大丈夫ですか? ほら、リリコさんがいきなり抱きつくから」
 意識が飛んだわけではない。慌てている青年と、そして比較的冷静に真の様子を観察している年上の青年、さらに自分が招いた結果に見かけよりはきっと慌てている、そして見かけよりはきっととても優しくて可愛らしい印象の女性は、とにかくみんなで真を守るようにして広場の日の当たる場所へ移動した。

カンポ広場
 座り込んでしまった真に、いかにも人が好さそうな青年が、自分の持っていた瓶入りの生ぬるい水を差しだしてくれる。でも飲みさしだしなぁ、しかもガス入りだしなぁ、と困っている。ガス入りの水は彼の口に合わないのだろう。こんなものをもらっても真が困るに違いないと思っているようだ。
 真は顔を上げて大丈夫です、と答えた。

「あぁ、良かった。日本人、ですよね。言葉が通じなかったらどうしようかと。あの、決して怪しいものではありませんから」
 クォーターである真が、一見では日本人かどうか、分からなかったのかもしれない。
 一生懸命話しかけてくれる気の好い青年は稲葉と名乗り、後ろにいる背の高い青年を宇佐美、そして真に抱きついた女性を李々子、と紹介した。

 緊張のピークにいきなり攻撃を食らったので、交感神経の糸が切れてしまった、それだけのことだったので、かえって申し訳ない気がした。
「ごめんね。びっくりさせるつもりじゃなかったんだけど」
 そこまで言って、李々子さんは口をつぐんだ。もちろん、好みのタイプだったからではないのだ。彼女は君が泣き出しそうだったから、という言葉を飲み込んでくれたみたいだった。宇佐美さんが引き取って、真を追い込まないように気遣ってくれる。

「じっとあの詩を見てたから、もしかして知ってるかなって思ったんだよな」
 宇佐美さんがまとめ役のようだった。真が聞き返すと、宇佐美さんが説明しようとしてくれたようだったが、それを李々子さんが遮った。
「ねぇねぇ、もう始まっちゃうから行こうよ。ゆっくりお店で話したらいいじゃない。あ、シロちゃん、先にお店に行って四人になりましたって言っといて」

 李々子さんが言い終わらないうちに、確か稲葉さんと名乗ったはずの『シロちゃん』が、使い走りのように駈け出していく。まるで素直な飼いウサギみたいだ。あれ? それを言うなら飼い犬か。何でウサギだって思ったんだろう。
 と考えていたら、すかさず宇佐美さんが真に向き合う。

「あ、君ね、断るんなら今だよ。李々子は君を気に入ったみたいだから、取って食われるかも」
「何言ってるのよ。この子が食われるんじゃなくて、食うの。あ、そうだ、君、一人? ご飯、まだよね」
 今さら聞く? という気もしたが、それにこっちの都合を聞いているようで聞いていなみたいだと思ったが、何だか勢いで頷いてしまった。
 感じのいい三人組で、好き勝手なことをお互いに言っているけれど、信頼し合っていなければ生まれない間合いがあった。

 ここから見えなくなってしまうならどこでもいいと思っていた。そう考えている真を、宇佐美さんがまるで心を見透かしているような、だが何も言わずに見守ろうとでもいうような目で見ている。と思ったら、ふわんと視線を広場の遠くへやってしまった。まるで、心を読んでしまったことを、真に気が付かれたら困るとでもいうような戸惑いの表情で。
 優しい人なんだろうと思った。

 だが何より、初対面の人に心を読まれてしまうほどに、今の自分は明け透けになっていて、いけていないということなのだ。感情が零れ出してしまいそうになっている。
 気が付いてみたら、もう数週間、まともに話す相手が竹流だけという状況だったのだ。しかも、今はお互いに口数も少なくなっている。身体と身体の距離が近づく分だけ、心は遠くに離れそうに脆くなっている。

カンポ広場
 宇佐美さんと李々子さんに連れて行かれたのは、お洒落なリストランテというよりも気さくなトラットリアという感じの店だった。広場に面していて、入口は広くないが、奥行きは随分ある。中に小さな舞台が設えてあって、生演奏を聞かせることもあるようだ。
 店内はほとんど満席で、随分にぎわっていた。
 生ハム、チーズ、パスタを始めとして、あれこれと頼み、飲み食いしながらあれこれ話が弾む。いや、ほとんど李々子さんと稲葉さんの間で弾んでいる。目の前の食べ物批評だけで延々と続く弾丸トークを真は感心して見守っていた。同じものを目の前にしても、これだけの会話が出てくるのが不思議だった。

 ところでウサギと思ったのはあながち間違いではなかった。宇佐美さんの名刺を受取って、真は顔を上げた。
 探偵事務所『ラビット・ドットコム』。

「あの詩を書いた人は、あこさん、愛の心と書いて、あこさん、という女流詩人なんだけどね、今居場所が分からないんだ。鋼鐵業界の大きな会社の社長さんのお嬢さんなんだけど、家出をしてしまって。それで僕たちが頼まれて探しているんだ。パスポートが一緒に消えいていて、パリ行の飛行機に乗ったことまでは分かったんだけどね。そうしたらフィレンツェ周辺で、彼女の詩がこうやってあちこちの店に飾られているのが分かって、で彼女の詩を飾っている店で、聞き込みをしているというわけ」
「ね、お金持ちってすごいでしょ。探偵を三人も海外に送り出す、必要経費は前払いでどっさり、成功報酬は……」
「李々子さん」
 稲葉さんが止める。
「あら、シロちゃんだって、忙しい学年末に休んじゃって。あ、この人、学校のせんせーなの」
「担任じゃないからいいんです。春休みの前借ですし」

 二人の言い合いを完全に無視して、宇佐美さんが真をじっと見つめる。
「ね、君はどう思う? その愛心さんのこと」
 どう思う? まるで真の心をさりげなく確かめるように聞く。

「……きっと、大事な人がいて、その人に自分の言葉をどうしても伝えたいんじゃないでしょうか。どこかにいるはずの、一番大事な人に」
 宇佐美さんは黙ったまま、まだ真を見つめていたが、やがてうん、と頷いた。言い合っていた二人も、うん、と同時に頷く。

 その時、紳士淑女の皆さん、と大きな声を張り上げて、店のオーナーが口上を述べ始めた。もちろん、何を言っているのか分からない。
「今日からちょうど、ラ・フィエスタ・ジャポネーゼ、つまり日本祭りなんだ。ここ、日本人の語学留学生が結構いてね、日本の文化とか料理とかを、町の色んな店で紹介している。美術館も小さいスペースだけど、浮世絵とか展示するらしいよ。で、今日はこの店で、いわゆる大道芸人の人たちがパフォーマンスをしてくれるんだ。四人組で、うち二人が日本人」
 この人、イタリア語が分かるんだろうかと真が呆然と宇佐美さんを見ていると、稲葉さんが解説した。
「昨日、たまたま店でその人たちと会ったんですよ。で、一緒に大騒ぎになっちゃって。今日はここで演奏するから聴きに来たらって誘われたんです。で、特等席」

 先頭になって舞台に現れたのは、腰まで届く黒髪の、しかも女の魅力に敏感だとは言いかねる真にも美人だと分かる、印象的な日本人の女性だった。いや、日本人が二人いると聞いていなかったら、ちょっと迷ったかもしれない。ステージ衣装なのかどうか、それほど凝った服装でもないのに、華やかで艶やかで、ちょっとスリットが深く入った長めのスカートから覗く足が、恐ろしいくらいに魅力的だ。
 そして、その後ろに現れた男性もやはり日本人で、こちらはすぐに日本人と分かるように袴を穿いている。真は目を見張った。持っているのは三味線だ。
 さらに二人、こちらは西洋人のようだ。一人は茶色い巻き毛にひょろ長い手足、メガネをかけていて、いささか自信なさげな風体だった。もう一人は四人の中では一番背の高い、金髪碧眼の整った顔立ちの男だが、表情が読めない。

 そして李々子さんがはしゃいでみんなに手を振っている。茶色い巻き毛がちょっと照れたように目を伏せる。きつい顔をした日本人美人女性がちょっと季々子さんを見たが、睨むのかと思ったら、なんだ貴女なの、しょうがないわねという顔だった。
 それだけで、昨日の騒ぎっぷりが目に浮かぶようだ。多分、まったく気が合わないように見える女同士だが、酒を飲めば話は別ということになってしまったのだろう。

 始まったパフォーマンスは一級だった。金髪碧眼は、整っていることが却って芸のマイナスになるのじゃないかと思うような顔立ちなのだが、パントマイムを始めると、嫌味なほどの男前が気にならなくなった。
 美人がフルートを演奏し始めた途端、騒がしかった店内が水を打ったように静かになった。その調べに合わせて、パントマイムが始まる。

 誰かに恋をしている。そして実らぬ恋の相手に贈り物をしようと思う。占い師を訪ねていく。あの自信なさそうだった茶色い巻き毛氏が、魔法のようにカードを取り出して見せ、見事なカード捌きを見せた。真には意味が分からなかったが、それはタロットカードのようで、恋をする青年は良い結果を得られなかったようで、何度もカードをねだる。その過程の中で、巻き毛氏は見事な手品を披露した。客席からため息のような声と拍手。
 やがて花を贈ることに決めた恋する青年のために、バラの花が次々と巻き毛氏の手から生み出され、客席の女性に配られていく。
 もちろん、一番にもらったのは李々子さんだった。李々子さんがちょっと自慢げに宇佐美さんに見せる。宇佐美さんはわざとらしく知らん顔だった。

 フルートが気持ちを高ぶらせていく中で、後ろであの三味線を持っていた青年が、今は三味線ではなくギターでその感情を支えるように合わせている。
 やがて、青年の恋は破れたのだろう。言葉もなく大げさな振る舞いもないのに、表情だけで、その悲しみが胸を抉るように伝わってくる。隣で李々子さんが泣いていた。気が付くと、店内のあちこちからぐすぐすと鼻をすする音が聞こえてくる。

 しかし、青年はその時、恐らくは恋した彼女がいたはずの高い幻の窓を見上げ、不思議と幸せそうに笑った。
 恋は破れたのだと分かるが、何かが青年の心を満たしているのだ。
 それが何か、語られることはない。
 だが、その表情が真の心を射ぬいた。

 最後の瞬間、青年の胸の前で、魔法のようにバラの花束が溢れて、咲いた。

 店内は拍手喝采だった。
 二つ目は日本をモチーフにしたパントマイムだった。曲はよく知らないが、多分、マダムバタフライをテーマにしているのだろう。今度は薔薇ではなくて蝶々が手品師の手から出てくるのかと思ったら、さすがに生き物ではなくて薄い和紙で作られた色とりどりの切り絵のような綺麗な紙の蝶だった。また女性たちに配られていく。今や手品師は店内の女性たちの気持ちを完全に惹きつけていた。

 フルートが艶やかだった。あの綺麗な人はね、蝶子さんっていうのよ、と李々子さんが真に耳打ちした。今度の演奏はフルートと三味線の組み合わせだった。
 いつの間にか、店の外からも店内に入りきれない人々が覗き込んでいた。広場のにぎわいがそのまま店内に持ち込まれたようになっている。

 そして本当に自然に、蝶々夫人の曲調がじょんからに変わっていた。フルートを吹き止めた蝶子さんが、形のいい眉をくっと吊り上げるようにして皆を、店の中の様子を見ている。フルートに続いた三味線は、パフォーマンスなのだから派手やかな曲弾きをするのかと思ったら、旧節の唄の伴奏部分だった。伴奏とは言え、華やかな印象のある旧節は、祖母もよく唄っていた。いつの間にか、唇が動き、唄を口ずさんでいた。
 その瞬間、蝶子さんという美人とがっちり目が合った。

 パフォーマンスが一通り終わると、砕けた調子で演奏が始まり、昼間にも拘らず、客も巻き込んで踊ったり、カード手品を目の前で披露してもらったり、パントマイムの挨拶が客席を巡ったりした。その時、蝶子さんが他には目もくれずにまっすぐ真のところにやってきた。
「あなた、三味線弾けるんでしょ?」

 何故そう思ったのかは分からない。女の目は何でも見抜くということなのか。考える間もなく、三味線弾きの若者のところに引っ張って行かれて、彼がギターを、蝶子さんがフルートを、そしてあまりの勢いに逆らえないままの真が三味線を持って、即興のじょんから変奏曲が始まった。
 再び店内は一瞬静まり返り、その後は大盛り上がりだった。殊に、李々子さんが大はしゃぎだった。

 蝶子さんのフルートは芸術などというものの域を越えていた。和のリズムに完璧に合わせることができる洋楽器の演奏家などというものに、いまだかつて真は会ったことがなかった。和のリズムには、楽譜に書き起こせない、口で伝えることもできない『間』があって、それを難なく取り入れながら三味線についてくる蝶子さんの技術に驚いた。蝶子さんがソロの部分を吹き切って、満足したようにギターに譲ると、ギターの若者は、ギターで完全なじょんから節のリズムを弾いた。真はあっけにとられて彼の手を見つめていた。懐かしくて、気持ちがざわめいた。いや、津軽風に、じゃわめぐ、というのが適当だ。

 挑戦するような袴の若者のじょんからに煽られて、真も久しぶりに気持ちが高ぶっていた。ソロパートを譲り受けて、一の糸を思い切り叩いた。

 しがらみや苦しさや、世間の苦さを、全て断ち切るのが一の糸だ。糸合わせで叩いた第一音でその奏者のレベルが分かると言う。それを知っているに違いない袴の青年が、真を見てにっと笑った。二の糸は、表に出せない心の声だ。そして三の糸は、あらゆる人生の場面を、豊かに、時に激しく、時に哀しく、また優しく語る。
 じょんからを叩くとき、真の心の中には北海道の冬の景色があった。津軽人に言わせると、お前の三味線はチーズ臭いということなのだが、それは仕方がない。それに実際には、きわめて津軽に近いリズムだと自負してもいる。

 泣きの十六、と演歌にも唄われる十六のツボに指が滑り降りたとき、真は目を閉じた。そして、十六で駒を押さえて音を落とした時には、騒がしかった店内は完全に真っ白に静まり返っていた。
 真にはそれが実際の店内の光景だったのか、ただ自分の心の光景だったのか、はっきりと覚えがない。閉じた目を開けた時、初めて店内の全ての目が自分に注がれていることを知った。

 そしてその中の一点に真の目は吸い寄せられた。
 十六のさわりが身体全体に、そしてこの店全体に響き渡る。
 今、竹流の青灰色の瞳が、まっすぐに真を見つめていた。

カンポ広場





もともとlimeさんの描いてくださった素敵なイラストに物語をくっつけようと思って書き始めたこの物語。
そのlimeさんに捧げるお話なのですが、いっそお祭りにしてしまおうと。
きっとlimeさんも喜んでくださるはず、と勝手に思い込み、いつも私がお世話になっている、そしてブログをとても楽しく読ませていただいている他のお二方からも、お許しを頂きましたので、この回の物語が完成いたしました(^^)
自分では書いていて、こんなに緊張して、こんなに楽しい回はなかったわ、というくらい楽しく書きました。

まずはその、本当に素敵なブロガーさんを……
もちろん、みなさんがご存知の、かの有名なブログさんばかりなんです。
それを、ブログ初心者の大海の『使わせてください!』に快くOKを下さり、本当に本当にありがとうございました。100万回くらい、お礼を申し上げたいです。


登場順に…
akoさん→ akoの落書き帳
limeさん→ 小説ブログ「DOOR」
八少女夕さん→ scribo ergo sum
です。
いまさらですが、ここに使わせていただいた作品と登場人物の著作権は全てそれぞれの作家さんのものです。


実は、え?こんな使い方されちゃ困るわ、というお叱りの声も聞こえてきそうで、今回の公開は恐る恐るです。
一応、大海なりの解説を。


まずはakoさん
実はakoさんには【死者の恋】で詩人の愛心さんとして、詩集の登場をお願いしておりまして、あの生意気な女子高生が実は愛心さんのファンという下りで、詩を使わせていただきたいとお願いしていたのです。
で、その愛心さんの若かりし頃(【死者の恋】は真が26歳なので、このお話から8年後)のエピソード(家出していた^^;)として今回は登場。
真が読んで泣く、というシーンを書きたくて、こんな形で使わせていただきました。
候補にしていた詩はいくつもあったのですが、今日アップされていたこの新しい詩を読んで、なんとまるでこの話に呼応するようだわ、と勝手に思い込み、使わせていただきました。
他にも好きな詩・ことばがいっぱいあるのですが、今のこの真の心に寄り添うみたいで、拝読して本当に嬉しくなってしまった。
本当はお写真ごと載せたいのですが、お写真は別の方のもの。
即、akoさんのブログに飛んで、綺麗なお写真とともにご覧くださいませ。
akoさん、【死者の恋】でもよろしくお願いいたしますねm(__)m

そして、limeさんちからお越しいただいたのは、探偵事務所、ラビット・ドットコムのお三方。
李々子さん、稲葉くん、宇佐美さん。
このお三方の会話がもう楽しくてたまらない【ラビット・ドットコム】、もちろん知らない人はいないのでは、と思いますが、その魅力をぜひ、再度limeさんのブログを訪れて、改めてお読みくださいませ!
もちろん、会話だけでなく、三人の関係性、お互いを思いやる気持ち、そしてそれぞれしっかりとキラキラ生きている素敵な登場人物たちです。limeさんの物語は本当に、発想も内容も豊かで、何よりエンターテイメント性に充ち溢れています。その中で生き生きと動く人物たちの魅力的なこと!
会話や台詞、それっぽく書けていたでしょうか。limeさんや皆様のイメージを壊していないかだけがものすごく心配。りりこさんの一見おきゃんだけど(江戸の町娘か!って言われそう)心根のすごく優しいところとか、シロちゃんの一生懸命さとか、ちょっとぼーっとしているようで的確に観察している宇佐美さんの優しさとか。
limeさんのお話は、ココロにまで食い込むようなお話が多いのですが、このラビットたちは、もちろんココロにぐっとくるのだけれど、爽やかに読ませてもらえる、極上のエンターテイメント作品です。
私は深夜の30分番組でこれを観たいです。

さぁ、そして、夕さんちからお越しいただいたのは、大道芸人Artistas callejerosのメンバーの皆さんです。夕さんのお話の登場人物も、本当に個性豊かで、いえもう、夕さんこそ書き分けの天才です。
私は夕さんの書かれる女性が大好き(特に2人^^;)。生き生きしていて、自分に嘘はつかない、たくましさと白黒はっきりさせる力強さと、意外に本人にとってあり得ない環境になじむ強靭さと。すべて憧れです。
そして、今回、蝶子さん、稔さん(名前を出さなくてすみません…チャンスがなくて)と真をぜひ、共演させたかった。本当はこの後で、稔の三味線で真が唄うシーンまで考えていたんですが(もちろん小原節)、先に竹流と目が合ってしまいました^^;
また何かのチャンスに書かせていただきたいですね。
そして、実は彼らのパフォーマンスの光景をぜひ、この広場に重ねたかったのです(あ、建物の中ですが…いや、なんか、あの広場、何回か行っているのですが、大道芸をしているのを見たことがなくて、規制でもあるのかなぁと思って、店の中にしました)。
パフォーマンス描写がメインになってしまったのですが、ここに(→ 大道芸人たち・キャラ設定)キャラの具体的説明がなされていますので、ぜひぜひ改めてお読みいただいて、大海、この辺の描写は違うんじゃないかとご指摘くださいませ。でも、こんな詳細も、夕さんの人物の魅力なんですよね……
あ、実はまだ読み切っていないのです。でも、残っていることが実はとても楽しみな大海です。

自己満足ですが、ちょっとヴィルのパフォーマンスを書きながら、真の気持ちになって、自分でうるっとしてしまったのは、お恥ずかしい話です…。
時代がこの歌の登場より古いので、敢えて書きませんでしたが、もちろんモチーフは『百万本のバラ』です。
貧しい絵描きは 孤独な日々を送った
けれどバラの思い出は 心に消えなかった…んですね。

泣きの十六
十六というのは、かなり高いツボです。
ここで、ちりちり…と糸を撥で軽く叩いて掬って、また左の薬指で糸を弾くのです。
津軽には、他の三味線にない『さわり』というのがあって、ツボがきちんと押さえられると、わ~~ん、と3本の糸が共鳴します。
ずれると、さわりが起こりません。
これが響いたとき、本当に泣きそうに気分がいいです。

そして、旧節
唄われた時代によって、じょんからには旧節・中節・新節があります。
印象ですが、旧節は少し華やかな感じがします。中節はシンプルで、三枚撥(リズムがよされっぽい)のような感じです。新節は耳に馴染みやすい。
敢えて、ここでは旧節を弾いてもらいました。
なぜ? 稔は玄人ですからね。


あぁ、また本文より長いと疑われるあとがきを書いてしまいましたが、ここは仕方ないですよね(^^)
夕さんのおっしゃるscriviamo!(一緒に書こうぜ!)の世界を楽しむことができました(^^)(^^)


お三方でも、他の方でも、これはダメだよ、○○はこんなこと言わないよ/しないよ、ということがございましたら、ぜひお叱りください。いくらでも書き直します!!

ちなみに、時代のずれは全くもって無視してくださいませ(*^_^*)


さて次回、ようやく最終回(ホンマやろな、大海、とか突っ込まないでくださいね。いささか自信がない…^^;)。
そして、エピローグにはサンガルガノ教会をご紹介したいと思います。



Category: ☀幻の猫(シエナミステリー)

tb 0 : cm 8