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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【幻の猫】(8) 想いを届けて 

真250kuroneko250


お察しのことが起こっております…
末広がりの8、なんて書かなければよかった…
広がるってことは……(;_:)
しかも長いです。1章ずつ、真と竹流の場面を交互に書いてまいりましたが、交錯し始めました。
字ばっかりでごめんなさい。
内容が伸びているわけではありません…(;_:)






 広場に出てから足を止めたのは、不意に足元から電流のように何かが流れ込んできて、それがさっき店を飛び出す寸前に見た映像と重なったからだった。

 ジョルジョ、と真が勝手に名付けてしまっていた黒い猫が、真の足に絡み付くように身体を摺り寄せている。
 店を飛び出す寸前に見た映像は、今ようやく網膜から情報として後頭部に伝わった。まるで不意に足に触れた黒い猫の温もりが映像を運んできたかのように。

 竹流と一緒の席に座っていた女性たち。一人はあの広場で見かけた、竹流が腕を抱き寄せていた赤い髪の女性、そしてもう一人は。
 あの写真の中、ライラック色のリボンの少女と一緒に写っていた痩せた女性だった。


 少女の名前がアウローラだというのは、写真の後ろに書かれた署名の名前で知った。そして、頭の中は混乱していたが、つまりどうしてその人が竹流と一緒にいるのか、というのが理解できなかったが、今ここで必要なことが何かということは分かっていた。
 女性は、もちろん真の言った日本語は理解できなかったはずだ。だが、アウローラという名前は、この賑やかな店内でも聞こえたはずだった。

 老いた方の女性、つまりアウローラの母親と思われる女性は、黙って真を見つめ、それから足元の猫を見て、最後に竹流の方を見た。

 真はポケットから、あのホテルのいかにもイタリアのマンマおばさんが渡してくれた封筒を出した。
 そして、白い封筒の中から、土の汚れが沁み込んだもう一枚の封筒と、褪せたライラック色の絹のリボンと、アウローラとその母親が写っている写真を取り出した。それをそっと、木のテーブルの上に置く。
 しばらく、誰も何も言わなかった。

 店内では、アンコールを受けたあの黒髪の美人が、『荒城の月』をアレンジした優しい調べを奏でている。遠くから、心配そうな視線を感じた。きっと李々子さんたち、ラビット探偵社の人に違いない。他の客たちがちらちらと自分たちを気にしているのが分かる。
 その中で、アウローラの母親はピクリとも動かず、写真とライラック色のリボンを見つめていた。
 もう一人の赤い髪の女性は、混乱を隠せない表情で竹流を見上げている。
 竹流も、何が起こっているのか分からないというように真を見ている、その気配を感じて、真は彼の方へ目を向けた。

 実際には、真も何が何だか分かっていなかった。
 ここに揃う者たちと、ここにいない人たちとがどういう繋がりがあるのか、唯一真が感じていることは、この黒い猫、あるいは尻尾の持ち主だけがこの間を繋ぐキーであるということだった。

「外へ出よう」
 ようやく竹流が女性二人と真を促した。

 だが、その瞬間、不意に足元の猫が毛を逆立てるようにして、ふーっと唸った。まるで何か恐ろしいものでも見たかのように背中を丸める。背中から尻尾まで、真っ黒な毛がまるで漫画のように逆立っている。
 そして、そのゴールデンアイで訴えるように真を見上げた途端に、いきなり店の外へと駈け出して行った。
 真は竹流の顔を見て、それから慌てて猫の後を追いかけた。

カンポ広場
 二度目に飛び込んだ広場は、半分は影に、半分は光に彩られ、その境は悲しいほどに明確に区切られていた。見上げた空は青く、マンジャの塔は傾きかけた太陽でより濃くオレンジに染まっている。
 猫はどこにもいなかった。忽然と消えてしまっている。

 真はしばらく、大事なものを無くして混乱している子どものように、広場を無茶苦茶な方向に走り、突然に立ち止まった。その腕を、追いかけてきた竹流に捉えられる。
「一体、何がどうなっているんだ? お前がどうして」
 竹流が混乱したように言うのを真は遮った。
「ホテルへ帰ろう。急いで」
「何を言っている?」
 真は竹流の腕を掴みかえした。
「猫はあそこへ戻ったんだ」
「何だって?」

 何だかわからないが、ひどく身体が熱くなってきた。
 時々、見えるものや見えないものがぐちゃぐちゃになって、頭の中が燃えそうになる、あの感じがした。突然、視界がちかちかし始め、熱いのに汗も出なくなり、あらゆる皮膚の下できりきりと何かが血管を締め上げている。
 体中が痛い。氷と熱が同時に肌を焼いているみたいで、おかしくなりそうだ。
 猫を見失っちゃだめだ。アウローラのお母さんも一緒に、早く。
 叫ぼうと思うのに声が出なくなっていた。真は咽喉を押さえた。咽喉も焼け爛れたように腫れあがって、痛くてたまらない。
 息が苦しい。唇が痺れて、歯がかみ合わなくなった。
 間に合わない。
 頭の中に次々と言葉が浮かぶのに、ひとつも咽喉の奥から出てこない。
 気持ち悪い。
 下手をするとぶっ倒れる、そう思った時だった。

 いきなり竹流が、真を抱き締めた。
 まるで、もういい、心配するな、というように。
 黙って真を見ていた竹流に、何が伝わったのかは分からない。ただ、彼の身体から、あの穏やかな白檀のような香りがしていて、真を落ち着かせ、慰め、安心させた。 
 真は三度ばかり荒い呼吸を吐き出して、それから完全に力が入らなくなった全身の筋肉をそのまま竹流に預けた。全て預けてしまうと、ようやくまともに息を吸うことができるようになった。

 竹流は力を入れて真の頭を彼の胸に引き寄せていたが、しばらくすると真が幾らか落ち着いたのを感じたようで、少し真を離して両手で肩を掴み、目をしっかりと見つめて言った。
「待ってろ」
 真は焦点が合わないまま彼の顔をぼんやり見ていたが、やっと、視界の中心に青灰色の目を捕えると、小さく頷いた。まだ唇は震えていたが、急に足には力が戻ってきたような気がした。

シエナ
 広場の地面の感触が分かる。
 それから竹流の方が慌てたように元の店の方へ戻り、その前で呆然と立っている二人の女性に何かを説明し始めた。真っ赤な髪の女性が頷いて、すぐに走って広場を出て行った。

 少しずつ、意識がまともに戻っていく。そこに、店から、無茶苦茶に心配した顔の李々子さんと、何故かあの際立った美人の蝶子さんまで出てきて、真を見ていた。真は少しだけ頭を下げた。ただ行き違っただけの相手なのに、彼らの思いやりが直接胸に響いてきた。多分、店に残る宇佐美さんと稲葉さん、それにあの三味線の青年も心配してくれているのだろう。騒ぎを大きくしないようにと気遣ってくれている。
 大丈夫です、ごめんなさい、ありがとう。
 それが伝わったのかどうかは分からない。竹流が二人の視線が真に向いていることに気が付いたようで、一言二言彼らにも声をかけていた。
 
 やがて竹流は、アウローラの母親の身体を抱き寄せるようにして真を振り返り、さっき真っ赤な髪の女性が向かった方へ行くように指差した。
 広場の小さな噴水のところで彼らは歩調を合わせた。
カンポ広場

「紹介するよ。彼女はベルナデッタ。俺の母親代わりだった人だ」
 竹流は歩きながら、よく通るハイバリトンの声をいささか潜めるように言った。真は顔を上げて竹流を見た。竹流はアウローラのお母さん、つまりベルナデッタにも真を紹介している。
 それは、この国に来てから何度か聞いたイタリア語だった。
 ベルナデッタは一度立ち止まり、何も受け入れようとしていなかった悲しい瞳に、ようやく真をしっかりと映し、そして精一杯の笑顔を作ったようだった。
 やがて俯き、握りしめていた封筒を胸に抱き寄せる。

 Grazie, Makoto.
 そして、竹流の母親代わりだったという女性は、息子のように可愛がっていた男が『この世界で最も大事な人』と紹介した異国の子どもを、その細い身体で、やはりもう一人の息子だとでもいうように抱きしめてくれた。

「このリボン、俺が日本から送ったものだ」
 歩き続けたまま、真は、ベルナデッタを支えながら隣を歩く竹流を見る。
「ベルナデッタの娘、アウローラはとても小さくて、心臓に病気を持って生まれてきた。原因はよく分からないが、生まれつきしっかりと心臓が動いていなかったんだ。ベルナデッタも大きな病気をしていてね、彼女は自分が血液の腫瘍に対する治療を受けている中で妊娠してしまって、意地になってアウローラを生んでしまったことをとても後悔していた。自分のせいでアウローラは生まれつきの病気を持ってしまって、苦しくてしんどい思いばかりしなければならなかったと。アウローラは七歳になる前に亡くなった。最後の一年はほとんど病院だった。俺はそのことを何も知らなくて、ただアウローラにいつも手紙と小さなプレゼントを贈っていた。これもその一つで、それが最後の贈り物になった。彼女はやっと文章を書けるようになっていて、とても嬉しいと、手紙をくれていた」
「あんたが、自分で縫ったのか」

 竹流と真の会話が分からないはずなのに、ベルナデッタは自分の手から真にリボンを触るようにと差し出した。袋状に綴じられたリボンの隅っこを指す。
 触れると、何か小さな固いものが入っているのが分かる。竹流がため息をついた。
「小さなブルームーンストーンだ。何の役にも立たなかったけれど」
 小さな優しい心遣いと手紙。アウローラはこの男を足長おじさんのように思っていたのだろう。あるいはいつか迎えに来てくれる王子様のように思っていたかもしれない。

 あ。
 真はポケットから指輪を出した。
「これ」
 ヴォルテラの後継者である印として教皇から授けられるという指輪。これはこの世でも、天からでも、この男がまさにその人であるということを見分ける印のようなものだった。

 アウローラは、もしかしたら間違えて真の前に現れたのかもしれない。この指輪を持っていたから、真を竹流と取り違えたのだ。竹流なら、もっとちゃんと彼女の言いたいことを聞くことができて、ベルナデッタに大事な言葉を伝えることができたかもしれないのに。
 竹流は、今ようやくその存在を思いだしたかのように指輪を受け取り、左の薬指に戻した。

 光が、彼の指に戻ってくる。真はその光からそっと視線を逸らした。

シエナ
 広場から路地に入り、次の通りに抜けると、そこは石畳の続きだが、車も通れる道で、少し歩くと向こうから車がクラクションを鳴らした。運転席にいたのはあの燃えるような赤い髪の女性だった。車を取りに行ってくれていたようだった。

シエナ
 竹流は運転席の彼女を助手席に移らせて、真とベルナデッタを後部座席に乗せると、真の気持ちを汲んでいるかのように、ホテルへの道をできる限り急いでくれた。それでも古い街の中は、車が出入りできるところばかりではなく、通行の優先権があるわけでもなかった。気持ちが焦っているのにどうしようもない。街の造りがそのようになっている。
 古い街の門を出て、ようやく車がスピードを上げる。しかし坂道はかなり狭く、ホテルまでの僅か十分か十五分ほどの時間が永遠に感じられた。

 竹流と赤い髪の女性は、何か言葉を交わし合っている。もちろん、イタリア語は分からない。だがやがて彼女が振り返り、自分の名前をクラリッサと名乗って、真に英語で話しかけた。
「私の母を見かけなかった?」
 真は一瞬、バックミラーの中の竹流と視線を合わせ、それから彼女に向き直った。
「いいえ、会ったのは……女の子だけで」

 そこまで言ってから、真ははっとした。そして改めてクラリッサの強いグリーンの瞳を見つめた。この瞳は、確かに、アウローラの幻と話した後、彼女が見つめていた地面を掘り返しかけた時に、オリーブの木の陰から恐ろしいものを見るように真を見つめていたあの瞳と同じだった。

 肌にある全ての感覚器に、痛みの刺激が襲い掛かってきた。
 唇が震え出し、血が逆流するような異常な感触が身体の内を駆け巡る。
 何も事情を知らないのに、何かとてつもない苦しい思いだけが胃の中を暴れまわっていた。理解し合うための言葉を持たないアウローラと真の間で、行き来していた感情と切羽詰った願い。今それが、突然明瞭な言葉になって、真の脳の言語野に文字を綴った。

 アウローラは真に、ここに来て、この地面の下で泣いている子を助けてあげて、と言っていたのだ。そして、それは今日、今でなければならないのだ。
 もっと早く! と思うのに、現実の真と、現実の車には、空間や時間、次元を飛び越える能力など欠片もなかった。
 指先から温度が失われていく。

 その時、不意に、膝の上にのせた真の冷たい手の上に、絹のような優しい温もりが触れた。真は自分の手を見下ろした。
 それは隣に座っていたベルナデッタの手だった。
 ふとバックミラーに目を向けると、竹流が後ろを何度も気遣ってくれているのが分かった。気遣いながら、道を急いでくれている。だが、漫画のようには走り抜けることができない古い道は、ほんのわずかの距離なのに、永遠に続くような錯覚さえした。



シエナ

 フィアットの小さな車がホテルの前に止まるよりもわずかに早く、真が待っていられないというようにドアを開け、車から転がり出た。文字通り脱兎のごとくホテルの門をくぐって、中庭へ走り込んでいく。
 竹流はクラリッサにベルナデッタを頼み、驚いて出てくるフロントのメガネの女性に車のキーを預け、真を追いかけた。真の姿は既に中庭を左手へ走り抜け、裏庭へ抜ける通路へ消えていこうとしている。

 急いで追いかけ、いったん暗い建物の廊下へ走り込み、そこを抜けると、突然視界が開ける。整備された裏庭にはオリーブの鉢植えと、剪定された低い木々、そしてその向こうにまで広がる丘陵地の景色。真の姿が見えない。
 光が隠してしまったように視界から失われた真の幻に気を取られている時、いきなり誰かとぶつかった。

「すみません」
「あぁ、あなた。あの子はどうしたんだろう」
 このホテルに長年勤めているといっていた女性だった。掃除と洗濯の係りのようで、体も大きく、一見おっかなそうに見えるのに優しい、いかにもイタリアのマンマを感じさせる女性だ。
「その子、どっちへ行きましたか?」
 急いて聞いたので、何事かと思ったようだった。女性は裏庭の先、オリーブ畑の方を指した。
「あの子にリボンを預けたんだよ。あの子は……」
「後で」

 竹流はそれだけ言うと、真の後姿を追って斜面を駆け下りた。光と、オリーブの木々が真の影を隠してしまう。竹流は見失わないようにと必死で追いかけた。

 今追いかけなければ永遠に失ってしまう。
 真の姿は光とオリーブの影の中に見え隠れする。竹流は柵を飛び越え、さらに追いかけた。名前を叫んだが、声が届いている気がしなかった。風が吹いているのか、あるいは次元が違っているのか。近付いているはずなのに、一向に真の姿が大きくなってこない。

 あいつ、一体どこにいるんだ?

 オリーブの枝、オリーブの葉が時折、頬や腕を打つ。
 確かにこれは現実だ。頬や腕に当たるオリーブの感触は確かだ。痛みも感じる。走っている地面の感触もある。
 それなのに、真の姿だけがベールの向こうにあるようで、無茶苦茶に遠い。
 竹流は突然に不安に駆られて、気が付いたときには狂ったように真の名前を呼んでいた。耳の中に自分の声が反響する。
 違う。これは誰の声だ?

「止めて! その子は待ってただけなんだ!」

 霞んではっきりしないままの真の姿、その前に黒い塊が見えている。いや、塊ではない。人だ。一人ではない。もう一人の誰かともみ合っている。そこへ真が飛び込んでいく。
 真は何かを必死で叫び続けている。
 白い靄のような光の中で、天から刺した光で何かが光った。

 ナイフだ。
 真!
 竹流はもう一度叫んだ。それが耳に届いたのか、真が竹流を振り返ったような気がした。
 その瞬間。
 視界を真っ赤な筋が横切った。同時に黒い小さな塊が飛び込んでくる。
 ギャッという声。
 真の目が何かを訴えるように見開き、次の瞬間、靄のかかったままの地面に崩れた。

 真!
 最後に叫んだ時、いきなり現実の世界と幻の間のぶれが、消え去った。





探さないでください。おおみ。 


…出典:RIKU最終話(作limeさん)→(click)
せいいっぱいで、これだけ書きました(;_:)


次回は、(9)そして、天使が降りてくる、です。
(今度こそ)

ブルームーンストーン
 恋人たちの石とも、母性の石とも言われます。心を静め、霊的能力を活性化させる石。


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Category: ☀幻の猫(シエナミステリー)

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【物語を遊ぼう】14.物語はストーリーかキャラか 

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このネタはもう少し熟してからと思ったのですが、よく考えたら、意外に浅い内容なのではないかと思い始めまして、ちょっと書いてしまおうと。なぜ浅いと思ったのか、というと、自分の記憶力の問題が大きいのではないかと思ったりしたのですね。

物語を読む時、ストーリー重視かキャラ重視か。
もちろん、両方いいに越したことはないのですけれど、そんな100点満点の120点みたいなお話にはなかなか出会いません。
ちなみに私は書くときには絶対ストーリーテラーでありたいと願ってしまう。そして当然、玉砕するのですが。
ストーリーテラーの作家さんの書くものは『起承転結(+転)』という感じでしょうか。この最後の括弧内は、それ自体を『結』と考えることもできるのでカッコつきですが、最後に何か一捻りしてあって、いいところへ落として、楽しませくれる。
読んでいる間は本当に面白くて、まさにページをめくる手が止まらない。
多くのミステリーはまさにこの範疇に入ります。

でも、最近分かったのです。自分の記憶力のなさが……。
たくさん読んだミステリーの内容をほとんどを覚えていない^^; 気が付かずに二度目に読んで、途中で私この犯人知ってるわ…ってなことがしばしば。確かに面白いんだけど、何故か読んだ先から忘れていく。
複数回読めば忘れないかもしれない。あるいは小学生以来していないけれど、読書感想文でも書けばいいかもしれない。多くのブログさんで、小説感想などを載せていらっしゃるけれど、あれはもしかして忘れないため? 

だけど。
魅力的な人物(キャラ)、大好きな人物が何をして、何を言ったか、全部ではないけれど、覚えている。その人の人生が鮮烈であれば、そのことは覚えている。しかも一度きりしか読んでいなくて、それがたとえ20年前であっても。
そうか、記憶に残るのは『人』なんだ。と、わが身を顧みて思った。

今でも私の書きたい気持ちを支えているかの【戦争と平和】(トルストイ)にしても、ナポレオンの時代だということは覚えていても、下手すると舞台の背景さえ何も覚えていないのに、アンドレイ侯爵の死のシーンだけは鮮烈に覚えている。彼がナターシャに惹かれていく場面も、彼の人生がどう動いたかも、話すことができる。ナターシャは、私が読んだ小説の中でも相当魅力的な女性で、彼女の人生や言葉も、読んだのは20年以上前だけど、まだ覚えている。

【銀河英雄伝説】(田中芳樹)で、どんな戦闘があったのかは全然覚えていないけれど、ヤンの人生がどんなので、彼がどんなことをして、どんなことを話し、どうやって死んじゃったかはやっぱり覚えている。
(でもこの話は、男女で読み方が大きく違うんだろうなぁ。男の人は戦闘シーン、絶対面白いんでしょうね。いや、かく言う格闘シーン好きの私も、意外に楽しみましたが……(^^))

ちょっと身近な物語にしてみると、【新宿鮫】(大沢在昌)がすごいのは、警察小説としてかなりリアルであろうということもあるのだろうけれど、晶の存在が大きい。鮫島が一人で何やっていても、ひとつのよくできた警察小説で終わってしまったかもしれないけれど、彼女がいることで記憶に残った……ような気がする。

……枚挙にいとまがない。ちなみに、ここに挙げた小説は、特に私が好きで好きでたまらないというわけではなくて、記憶という意味で挙げています。
最近読んだものは、20年後の自分がおぼえているかどうかで、自分の中での価値が分かるのかな? もっとも、年々記憶力は磨滅しているので、自信はあまりないけれど。

本棚
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というわけで、ストーリーは、現在進行形で読んでいる時には大事なんだけど、世の中にこれだけたくさんの小説が溢れていると、よくできた話だな、と感心することはあっても、複数回読まなければきっと覚えていられない。
しかも複数回読むことは、間違ってもう一度読んじゃった場合を除いて、まずはないと思う。

既に神話の時代から、物語は語りつくされたとまで言われている。よく似た物語やモチーフがたくさんあるし、もう斬新なストーリーなんてものは存在しないかもしれない、とまで言われることも。だから、書き手さんは、新鮮さを求めて一生懸命書き方を工夫されるけれど、新しいと言われる手法も、読んだその時はへ~面白いな~、で、やっぱり忘れちゃう(ごめんなさい)。どれほど手法をいじくられても、文学的に面白くても、読み手の記憶に残るかどうかはかなり微妙です。
以前『短編は難しい』で書いたO・ヘンリーの話などは、半分は勉強のつもりで、何度も読んでいるから覚えていられるのですが、一度きり読んだ『面白いストーリー』を10年後に覚えているか、と言われると、私の場合、まったく自信がありません。

大海、お前の記憶力は本当にニワトリくらいしかないのか(3歩歩いたら忘れる)、自分なんて読んだストーリーはきちんと覚えているし、書き手ならば当たり前だろう、と言われるだろうな、と思うけれど……

だって、忘れるのだから仕方がない。
でも、この記憶力の悪い私を物語に惹きつけ、側頭葉にきちんと居場所を作ってしまうのは、やっぱり魅力的な人物なのだと、最近は開き直っております。
心魅かれた人物は……ストーリーの細かい所は覚えていなくても、心にその人の存在が刻まれて、多分忘れないのです。

一読者としてみれば、とにかく魅力的な人物を、私が10年後も覚えている人物を、その人の言葉やその人の生き様を、私に語ってください、と書き手さんに願う。
一アマチュア書き手としてみれば、どれだけ魅力的な人物を書ききるか、そのことがすごく大事かもしれない、と思う。
だからこつこつと、『その人』のことを、今日も心を籠めて綴るのです。


…ちなみに、ストーリーかキャラか、優劣をつけるつもりの記事ではありませぬ(..)
もちろん、どちらも素晴らしいに越したことはないのですが……
あくまでも、私の場合(記憶力の問題?)ということで・・・
何より、時間を忘れさせてくれる、そして心にちょっと光を灯してくれる、そんな物語であれば、何でも素晴らしいと感じます。
現実の波は厳しいけれど、ひと時、物語の世界に遊びたいと思うのです。
だから、本音を言えば、その場所へ連れて行ってくれる作家さんは、プロでもアマチュアさんでも、関係なく有り難い存在です。


(以下、蛇足)
ちなみに、本棚の片隅に、バイブルのように置いてある本は、浅田次郎さんの『霧笛荘夜話』と村山由佳さんの『星々の舟』。
いつか私もこんなふうな物語を綴りたいと思っている、憧れの物語の『形』なのです……

あ、別格の【鬼平犯科帳】は神棚です(*^_^*)

Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

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