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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

FC2トラックバックテーマ 第1681回「あなたに起こったホラーなできごと」 


FC2トラックバックテーマ 第1681回「あなたに起こったホラーなできごと」




初めて、トラックバックに反応しました。
というよりも、トラックバックが何かわからないままやっています。

ホラーというようなものではなく、スピリチュアルな話かもしれません。
思い出すと、大事にしたいと思う出来事なので。


ななかまど
(ナナカマド)


中学生・高校生の頃、日常茶飯事的に金縛りにあっていました。
金縛り自体は科学的に証明されるようになっているけれど、当時の私には結構恐怖。
金縛り中には、よくいろんなものが見えます。
これも科学的には当たり前、ということなんだけれど。
一番怖かったのは、黒い塊みたいな生き物が胸の上に載っていて、しわがれた声で歌を歌っていたこと。

ところが、ある出来事をきっかけに、一度も金縛りに遭わなくなりました。

それは祖父が亡くなった日のこと。
お通夜の夜、自分の部屋で寝ていたのですが、突然ドアが開いたのです。
光の中に、祖父が立っている。
祖父はいつも粋な帽子をかぶっていたのですが、その帽子とちょっと首をかしげたような立ち姿は、間違いなく祖父だった。
実は、私はドアに背を向けて寝ていたような気もするのですが、よく分かりません。

祖父は、部屋に入ってきて、布団をめくり、私の背中を撫でていきました。

翌日、亡くなった祖父に添い寝をしていた祖母が、親戚で集まって話をしている時に言い出したのが……
「夕べ、おじいさんに、背中撫でるのやめてやって頼んで寝たら、大丈夫だった」
祖母は、昔、姑さん(祖父の母親)のお通夜の日に、添い寝をしていて、布団をめくられ背中を撫でられたそうです。その時、あまりにも怖かったので、祖父にそのように頼んで眠ったのだと。

祖母の背中を撫でることができなかった祖父は、私のところに来たのでしょうか。

その日を境に一度も金縛りに遭わなくなりました。
ぴたりとやんだのです。

ただ、一度を除いて。


その後遭った『たった一度の金縛り』。
それは、福井の永平寺で起こりました。

大学生の時、友人と一緒に、永平寺の宿坊に泊まったことがあります。
だだっ広い部屋に友人と二人きりで寝ていました。
その朝方、あまりのにぎやかさに目を覚ましました。

頭の上を行列が歩いているのです。
あたりは一面真っ白な感じで、まばゆかった。
そのうちの誰かと目が合い、揺り動かされ、「一緒に行きましょう」と言われました。

ところが、その日その時だけ、金縛りになっていたのです。
「すみません、動けませんので、お先に行ってください」
明瞭に返事をした自分の声も耳に残っています。


後日、実家の村のお寺の奥様に聞いたら、お寺では朝方、よく亡くなった方々の行列を見かけるのだとか。
奥様などは慣れっこなので、特に何も思わないとおっしゃるのですが、「ついていかなくて良かったね」と言われました。

全く因果関係のない出来事とは思うのですが、その時一緒に永平寺に泊まった別の友人が、その後しばらくして事故で亡くなり、時々、その人のことを考え、手を合わせています。


占いは信じていないのですが、何かの折に一度だけ、姓名判断+手相に行った時に、あなたにはおじいさんがついていると言われました。
その言葉は多分占いの常套手段だったと思いますが、自分に関してはその通りだと思っています。

その後、やはり一度も金縛りにあっていません。



……とても真摯な気持ちで記事を書いています。
このことは心に仕舞っていて、あまり人には話さないのですが、私たちはみんな、目に見えない力によって生かされていると思いますし、私にとっては命の意味を考える出来事でしたので、伝えたいと思いました。

あじさい
(実家の紫陽花)


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Category: あれこれ

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[雨55] 第10章 県庁の絵(1) 

しばらく、淡々と絵の話になります。
興味のない方にはいささか辛いかもしれませんが、絵の真贋について、考えてみませんか?

失踪した大和竹流が残していった新聞記事。それは真の愛人である香野深雪のかつての恋人・新津圭一の自殺を報じた記事だった。その後発売された雑誌の記事によれば、新津は、『IVMの件で』政治家などを脅迫していて逆に追い詰められて自殺したとされている。伏字が多い記事の中で、IVMと明瞭に書かれたのは、何かの企業名のもじり?
そして、竹流とこの記事の間に何の関係が?
3年半前、まだ同居する前に竹流が関わっていたという新潟の県庁にある絵画。それはある豪農の蔵から出たもので、県に寄付されていた。
今回、ひとつ謎が解ける、かな?
真が竹流に近づくための手掛かりになればいいのですが……

関係ないけど、『県庁の星』みたいだなぁ^^;





 翌朝八時十四分に新潟駅に着いた。
 列車を降りてから雨が降った跡に気が付いた。
 夢の中の音だと思っていた。身体にも深い想いの跡が残っているように思ったのに、目が覚めてみるとそこには何もない。

 雲の切れ間から日が射していて、濡れた地面を光らせている。美和がカメラケースと旅行鞄を足元に置き、光の中で伸びをした。
「先生、朝御飯を食べてから県庁に行きましょうね」
 昨夜あれだけ食べておいて、美和はもう食べる話をしている。真の方はさすがに食欲がなかったが、駅前の喫茶店に入ることは問題がなさそうだった。美和がパンに野菜、目玉焼き、牛乳の豪華なモーニングセットとデザートまで注文する横で、真はコーヒーだけを頼んだ。

「先生、ちゃんと食べないと駄目ですよ」
「列車に酔ったみたいだ」
 言い訳をすると、美和は察したのかどうか、それ以上は何も言わなかった。
 一晩中断片的な夢を見ていて眠れなかった、とは言い辛かった。

 食事が終わる頃に九時になった。昨日、井出が新潟県庁に雑誌社からの取材申し入れをしてくれていて、そのために美和は趣味のカメラを持ってきている。真にはよくわからないが、井出が言うにはかなり上等のカメラらしく、美和の腕の方も結構本格的らしい。もっとも、そもそも写真家志望なのだから、それなりに勉強もしているのだろう。

 身体に残る古い想い出の気配を、まだ忘れられないでいる。そのことが気持ちを興奮させていた。それでも、コーヒーの温度が逆に気持ちを冷ますようだった。
 今から問題の絵を見に行く。そのことにただ緊張していると思いたかった。絵については、同居人のテリトリーではあるが、真には知識がないことで、取材と称して乗り込むのは随分と勇気がいる。不意に遠くに感じる何かの距離が、ただ絵の知識に関係することなら有り難い。

「先生、大丈夫?」
「え?」
 覗き込むように問いかけられて、真は顔を上げた。
「急に黙っちゃうんだもん」
 美和が色々な気持ちをどのように処理して、今こんなふうに明るく話しているのか、真には分からなかったし、まねのできない芸当だと思えた。
 その美和には何も答えず、真は行こうか、と言ってレシートを取り上げて席を立った。


 駅前からタクシーに乗り、信濃川に沿うように三キロばかり南西に行くと、県庁が建っている。途中、川の向こうを見ていた美和が、川のある町っていいね、と呟いた。
 県庁に入ってからもさっきから感じていた妙な距離感はずっと続いていた。まるで自分自身が、遠くからここを見つめていて、ここにいる自分の身体と一体化していないような変な感覚だった。

 真は井出から借りた偽物の名刺を受付に出して、案内を頼んだ。受付の越後美人が少々お待ちくださいと言って、館内用のインターホンで来客の旨を誰かに告げた。間もなく広報課の係長という人物が現れて、真の出した名刺を受け取った。

 もう定年も間近に見える係長は、広河と名乗った。
「『歴史紀行』ですか。日本の歴史を扱っておられるんですねぇ。レンブラントやフェルメールに何の関係が?」
 歩きながら広河は真に尋ねた。疑っているというよりも、単なる挨拶の延長のようだった。
「新潟は鎖国時代に最初に開港した都市のひとつですよね。しかも古い時代から、日本海に面した北陸、東北、北海道の都市は常に大陸との交易が盛んであったと聞きます。鎖国時代にもその海岸は大陸に開かれていたとも。その中でここにこういう絵画があるというのも、古い交易の歴史を物語るものだと考えています。今回の特集ではそういう日本海の交易の歴史にスポットを当てていますので」

 適当に祖父からの受売りを喋っていると、美和と目が合ってしまった。美和はにっこり笑ってウィンクを寄越す。
 最初に井出から出された名刺は『美術界』のものだったが、真は、これは困るといって代えてもらった。まともに美術関係の雑誌の記者になりきるのは無理だと思ったし、歴史関係なら絵画の知識が浅いのも許してもらえるかと思った。

「しかしここにあるのは偽物だってぇ、聞いてますがね」
 広河はやはり世間話をするかのように、のんびりとした声で言った。
「えぇ。今回の特集では、特に贋物に焦点をあてて、歴史が本物だけではなく贋物との共存関係で成立してきたということを結論付けていきたいと思っています。贋作とは言え、描かれた当初は、そのつもりでなっかったものもあったでしょうし、歴史の中で意味合いが変えられてきたのだとしたら、大変興味深いと思うのです」

 広河は分かったような分からないような顔をしていたが、とにかく真と美和を二階の会議室に案内した。これ以上面倒な言い訳を続けないといけないかと思って困っていると、いきなり大きな扉の向こうの正面の壁に、目的の絵画が構えていた。

 その絵画が、生きて何かを叫んでいるような錯覚を覚えて、真は一瞬、息を飲んだ。
 それに応えるように、身体中の細胞がざわめき始める。総毛立つというのは、まさにこういう状況なのだろう。
「偽物とは言え、よくできているそうです。触らないように頼みます。今、こいつに詳しいものを寄越しますんで」

 訛りのある響きを残して、広河は会議室を出て行った。扉が閉まると美和が笑い出した。
「先生って、詐欺師になったほうがいいんじゃない?」
「大きな声で笑うなって」
「だって」
 まだ笑っている美和を放っておいて、真はまずふと惹かれたフェルメールの方へ歩み寄った。

 自分を一瞬強烈に惹きつけたものが何だったのか、直ぐに了解できた。
 勿論、これらの絵の写真は添島刑事が準備してくれた資料で見ていたので、どのような絵かは分かっていたのだが、写真は白黒だったので、その微妙な色合いの美しさは分からなかった。フェルメールの絵にありがちなことだが、実際の絵は想像よりも遥かに小さく、僅かに五十センチ四方程度のキャンバスに描かれたものだった。真とて一応は基礎知識を入れてきたつもりだったが、彼の作品の中では最高傑作と言われている『レースを編む女』にどこか似通った絵だった。

 添島刑事の情報でも、この絵は当初その習作の一つとして、ヨーロッパ市場を流れていたことがあるという。新潟のさる旧家が手に入れたときには既に贋作の烙印が押されていたが、何しろ当の持ち主がそんなものが蔵に眠っているとは知らなかったと言っているので、どこまでが本当の話かわからない。
 あの本物より荒削りな印象があるが、その針仕事をする女性の手元は随分と丹念に描かれている。女の衣装は黄色ではなく、ややぼけた青色だったが、これがあのフェルメールの名作の習作だと言われればそうかもしれないと納得する深みもあった。

 しかし、更に近づいてみて、自分を惹きつけたのが、絵そのものではないことが直ぐに分かった。
 それは、絵画を納めている額縁の方だった。
 その時、今まで感じていた不可解な距離が、急に小さくなった。
 この額縁を自分は知っている。何故知っているのだろう。

 だが、その疑問を解決するのはあまりにも簡単だった。何しろ、絵画も額縁も真の生活の中ではある部分にしか存在しないものだった。
「何見てるんですか?」
 美和が後ろから話しかけてきた。
「額縁?」
 それを見た場所は限定されるとしても、何故こんなにも印象深く覚えているのだろう。いや、それはともかく、どうしてそれがここにあるのだろう。

 真は、やはり竹流は真がここに行きつくことを期待していたのだと思った。しかし、竹流が執事の高瀬の手に残してくれたあの新津圭一の新聞記事のどこに、ここに至る要素があったのか。真がここに来たのは、添島刑事が三年前の事件のことを話してくれたからだ。しかし、竹流はあの新聞記事から真がここに来ることを信じたのだ。
 あの新聞記事の日付だけでここに至るのは難しい。事件を調べるとしても、絵画と結びつく要素が分からない。新潟という地名すら入っていない。だが、新津圭一というキーワードをつつき回せば、やはり新潟につながっているのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、不意にこの額縁のことをある光景と一緒に思い出した。
 葉子の結婚の祝いに、彼女があの富豪の家に持っていってもいいような絵を一枚、竹流に依頼した。竹流はイタリアに戻って、ルネサンス期の美しい聖母像を手に入れてきた。それがこの額縁に収まっていたのだ。
 竹流は銀座のギャラリーで真にこれを見せて、絵の値段はお前が決めろと言った。名も知られていない画家のものであろうとも、それがとんでもない価値のあるものだということだけは分かった。
 それから竹流は、この額縁はルネサンス期のものには相応しくないので取り替えておくと言った。これは十七世紀のオランダの画家のものにこそ相応しいと言って。詳しい内容は忘れてしまったが、絵の代金に何を支払ったかは覚えている。

 その時、お待たせしましたという、男にしては高めの声と共に扉が開いた。
 現れたのは、人のよさそうな、まだ背広が身体にしっくりいかないような初々しい若者だった。広報課の一番の若手で、時政と名乗った。
「あの、私がこの絵のことをご説明するんですが、どういったことをお話すればいいんでしょうか」
 取材と聞いて明らかに緊張しているようだった。何とか言葉遣いは標準語になっていたが、イントネーションは見事に訛っているので、それが却って彼の純粋な人柄を際立たせるように見えた。

「この絵がここに贈られた経緯などから」
 時政は会議室の一角の椅子を、真と美和に薦めて、自分もその斜め向かいに座った。
「実は、私がこの絵に詳しいのは、これが私の親戚の家の蔵から出たからで、従兄から、おめぇ、絵に詳しいべ、ちょっくら見てくれんかって話があったんです。従兄も伯父さんも、こんなものが蔵にあるなんて知らなかった、と言っていましたし、随分昔のことだろうけれど、多分ソ連から手に入れたもんだろうて言ってました。それで、私が見たところ、手法なんかはフェルメールやレンブラントのものですが、素人目にはよく分からないので、弥彦の江田島さんに相談しました。色々調べてもらって、やっぱり贋作だってことでしたけど、こうしてなかなかいい絵でもあるんで、県庁に寄付するって話になったんです」

「弥彦の江田島さん、というのは?」
 それは添島刑事が絵画に詳しい人だからとメモしてくれていた人物だった。
「新潟じゃあ、一番絵に詳しい人です。昔はパリに留学なんかもしてたそうです。苦労して金を貯めたって話です。でもお父さんが病気になってしまって、弥彦に帰ってきて、それからずっと村役場に勤めておられます。一度お会いになったらどうでしょうか。私が連絡しておきます」

 時政の言葉に熱が籠もっているように感じる。絵のことになると、必死であるという風情にも見えるが、何かもっと別のものに対する情熱のようにも思える。
「ぜひお願いします。後で詳しいことを教えてください。ところで、その親戚のお家というのは」
 時政はいくらか胸を張るように答えた。

「伯父さんとこは昔の豪農で新潟では一、二を争っていたそうです。昔の母屋なんかは一般公開されてます。伯父さんは今、村上に住んでいますが、昔は荒川に住んでたんです。れんじょうって、村上で聞いてもらったら直ぐに分かります。漢字は蓮に生きる、と書きます。あ、でも私が従兄に知らせておきます。行かれますか?」
 真は頷いた。

 豪農と言われてもピンとこなかったが、時政の話では、天明の頃には三千坪の敷地に五百坪の母屋が建っていたといい、使用人だけでも七十人を越えたというし、他にも山林や水田を合わせて二千坪の所有地があったらしい。
「フェルメールやレンブラントというのは贋作が随分出回っていると聞きますが、これらもその一つということですか」
 絵の来歴や自分の親戚の事などどうでもいいのか、絵そのものの話になると、やはり時政の目が輝いた。

「少しずつニュアンスは違いますけんど、まずフェルメールは驚くほどその生涯は謎に包まれてるんで、いつどんな絵を描いていたかもよく分かっていないんです。しかも彼の絵というのはパトロンにあたるごく一部の人たちが買い占めてたんで、市場に流れなかったし、十九世紀にやっとあるフランスの共和主義者の評論家の目に留まって有名になるまで、全く知られていなかったわけで、贋作なんかも作りやすい画家だってことです。レンブラントは工房を持っていましたから、彼の弟子の作品もみんなレンブラントの署名があって、どれが本当に彼自身の真筆か、全部は解明されてないと思います。当時は絵画を工房で生産するというのは珍しいことではなかったですし。贋作ってのが時代を反映してる、歴史を作ってるって言っておられたそうですね。私もそう思います」
 時政は人懐こく真に言った。

「贋作のことに詳しいんですか」
「この素晴らしい絵が贋作だって聞いて、勉強しましたです」
 時政は立ち上がって、真と美和をまずフェルメールの絵のほうに誘った。
「その作品の作者を決めるには、まんず署名を見ます。画家はどこにでもサインをするので、ぱっと見たのでは分からないことも多いもんです。フェルメールは分かりやすいほうです」

 そして、時政は絵の一点を指差した。
「この絵は『レースを編む女』と同じ、この後ろの壁のとこにあるので、見つけやすいです。読めますか?」
 白地の壁に背景に溶け込みそうな薄い茶で、Mの真ん中から一本の棒が縦に突き出した形の文字と、小文字のeerが続いている。

「フェルメールの本名は、ヤン・フェルメールっていいます。アルファベットで言うと、JAN VER-MEER、オランダ語ではJじゃなくてIになるんで、IVMeerってサインになるんです。だからこのMの上に棒が突き出たみたいなのは、Iと、それからMのこの真ん中の谷はVに見立てて、それでIVMeer、ヤン・フェルメールってわけです」

 真は声に出ないほど驚いていた。そうか、ここにIVMがあったのだ。企業の名前の省略などではない、画家の名前だったのだ。

 ヤン・フェルメール、絵、額縁。それなら竹流が事件に関わっても納得がいく。新津圭一の脅迫と絵が繋がってきた。新津圭一はIVMの件で、誰かを脅迫していたというのだから。
 竹流は、真が新聞記事を読んで、あのSという署名の入った雑誌の記事を見るだろうと思ったのだ。そしてその中の具体的なIVMという三文字に、その文字が意味するものにたどり着くと信じてくれたのだろう。

 この額縁の意味することはひとつだ。この絵は確かに一度竹流の手元にあったのだろう。そう考えると、急にこの絵が何かを語りかけている気がした。
 改めて絵を見ると、これが本当に贋作であったとしても、この作者はフェルメールという画家を、またその描かれた世界を本当に愛していたと思われた。この絵の内にある空間にも、描かれた人物にも、切り取られて止められた時間と場所にも、絵の中に入り込もうとする柔な精神を拒否する何かがあった。

 ここには入り込めない、絵と見る者の間に永遠の隔絶があって、その距離感が逆に真を安心させた。不用意に心の中に入り込んでくる、場合によっては狂気を孕んだ絵を前にすると、ひどく不安になるが、この絵にはそういうものはなかった。不安な絵は、自分の中にもある同じようにゆがんだ何かを、大衆の前に露見しているように感じられて、いても立ってもいられなくなるのだ。

 フェルメールの絵の中の世界は、一向にこちらに近づいて来ず、またこちらが近づくことも拒否するので、それぞれが大切にしている、他人と共有はできない何かを敢えて隠す必要もない。それは優しさではない。この針仕事をする娘の緊張感、張り詰めた空気が、他人が近づくことを拒否しているのだ。

「この絵が盗難にあったことはありませんか?」
「盗難?」
 時政は、いきなりこの男は何を言うのだ、という顔をして真を見た。
 この絵が『大和竹流』と関わっているなら、それしか考えられない。しかし、時政は難しい顔をしただけだった。真は話題を変えた。

「贋作の確認について、もう一度聞かせてください。最初に署名を確認するとおっしゃいましたね」
 時政はいくらか真を警戒し始めたように見えた。

「署名は、まず絵の帰属を決めるのに最初に確認するものです。非常に目立つところに署名をする画家もいれば、敢えて分かりにくいところに署名をする画家もいます。例えば家具とか絵の中に描かれた絵画の中とか、探されることを敢えて意識しているんです。しかし、場合によっては全く別の人間の名前が署名されていることもあります。画家は絵を売らなくてはなりません。今は何億という値がついていても、生きているときには全く売れなかった画家もいます。だから、署名が大切といっても、画家自ら署名を偽ることもあったんです。フェルメールの場合、自分の絵を売るために、同時代のピーテル・デ・ホーホやヘラルト・テル・ボルヒ、エフロン・ファン・デル・ネール、ハブリール・メツーの名前が引っ付いていてもおかしくはないわけです」

 時政は目の前のIVMeerを指した。
「これは十九世紀にトレ・ビュルガーというフランスの批評家がファン・デル・メールというデルフトの画家を論文の中で有名にしてから描かれた贋作でしょう。だからこんなふうに自然に堂々と彼本人の署名がされています」

「フェルメールの贋作というのは、当時随分描かれたのですか?」
「二十世紀の始めの数十年間でフェルメール探しに躍起になった人々が、まずは同時代のデ・ホーホやメツーらに帰属させられていた絵を彼の名前に戻し、それから今度は熱心にやりすぎて他の画家の絵までもフェルメールのものにしてしまいました。今では彼の絵と真実確認されているのは僅かに三十五点です。あと、かろうじて疑われるものを含めてもたったの四十点余りです。しかし、当時の批評家も愛好家も彼を非常に愛しましたので、これが皮肉にも多くの贋作を生む土台になったわけです。この絵が贋作と分かっても何か心が惹きつけられるのも、この作者が彼をとても愛したからだと思えます」

 真は贋作者にそのような良心があるとは思わなかったが、ただこの絵が贋作を描くつもりではなく、ただ自分がフェルメールを愛する気持ちだけに忠実に描いたものだと言われればそうかもしれないと思った。これが贋作に仕立て上げられたのは、この絵に署名が入れられたその時からだ。誰の手によるものかはともかくとして。

「他に贋作を確認する手段として、絵を描いた素材があります。それがその画家が生きていた時代にあったものか、またその人が活躍していた場所で手に入るかどうかということです。こういったことは現代科学の得意分野ですから、今では何の困難もなくやり遂げます。それから、絵の描かれた時代に実際に使われていた手法、技術が使われているかどうかです。これも客観的に判断できるので簡単です。問題はこれらをクリアしても、最後にはその画家の作風が確かに本人のものであるかどうかを云々しなくてはなりません。これが大変難しくて、意見も別れるところですが、これをクリアしなくてはその作家の絵だとは世間に認めさせることができないのです」

「この絵は、どこが合格しなかったのですか」
「顔料がたった一つか二つ、その時代になかったものでした。贋作者は非常に注意深くやったと思いますよ」
 真は時政の言葉がかなり標準語になっていることに気が付いた。彼が自分を疑って注意深くなっていることの結果だろうと思った。

「失礼ですが、私が当時の新聞記事で見たところでは、これは十九世紀の優秀な贋作だということでしたが、その時代には無論、今あなたがおっしゃったような素材を確認する科学技術はなかったんでしょうね」
「それは勿論です」
 時政は、これまでの人懐こい顔ではなかった。不利になると明らかに激昂する人間がいるが、そういうタイプなのかもしれない。ただ若いのかもしれないが。

「では、贋作者も自分の使ったものが適切なものかどうかはわからなかったのではありませんか。それが今後科学の力で解明されるなどとも思っていなかったでしょう。その人の時代には、彼がさしあたって絵をフェルメールとして、あるいは他の誰かの絵として偽って売るために、その顔料が完璧にフェルメールの時代のものである必要はなかったし、そんなことなど思いつきもしなかったのではないでしょうか。もしこの作者が『注意深くやった』のだとしたら、その作者は極めて今日に近い時代の人間であるはずです」

 時政は今度はまじまじと真を見つめていた。それは敵意というよりも驚きの表情に近かった。
「あなたは一体何を調べに来たのですか」
「一枚の絵からどれほどの歴史的真実が解明されるかということです」
 真はしらっと言い切った。自分が今冷静でいられるのは、この額縁の力に支えられているからだと思った。
「あるいは、この贋作が描かれたのは二十世紀、しかも極めて最近と改める必要があるのかもしれませんね」

 三年半前、竹流は新潟で仕事をしていた。この絵はそのときの彼の仕事に関わっていたことは間違いがなさそうだった。真はそのことを確信すると、いくらかは安堵した気持ちになった。
「しかし、立派な額縁です」
 時政が何かを押し隠すように言った。
「十九世紀の?」
「いえ、あの十七世紀のオランダの」

 時政は自分で言って、あ、と気が付いたようだった。彼が何かに動揺しているのは明らかだった。
「贋作者は額縁を選ぶ必要はあったでしょう。この額縁は大変立派なものに思えます。この作者はいずれにしても大変上手くやったのでしょうね」
 美和が心配そうに自分を見ているのに気が付いたが、真は自分の中の何かかが急速に彼女から離れていっているのを感じざるを得なかった。この町に着いた瞬間に覚えた不思議な距離感を、一気にこの額縁が縮めてしまった、その距離が自分自身への距離だったのか、他の何かへの距離だったのか、今となってはそれは同じことのように思えた。






贋作騒動で最も面白い事件は、やはり一時失われた『モナ・リザ』でしょうか。
その時、世界のあちこちの闇の世界で、『本物のモナ・リザ』が出回っていたと言います。
本家本元に『モナ・リザ』がない、それならどこかにある、これかもしれない!

この理屈によって、闇の世界をうごめいた偽物と多額の金。
そもそも『モナ・リザ』の盗難は、大きな金を動かすためのショーだったという説も。

さて、ほとぼりが冷めて、金もうけをする人が十分儲けた後で、返ってきた『モナ・リザ』
本物でしょうか? それとも。
某美術館が本物と言って飾っていて、『偽物と違うん?』なんて思いませんよね。

絵画の真贋。
正直、何が決め手なのか、難しいですよね。

真作とわかったのが、キャンバスの布地が、その画家の他の作品のキャンバスの布地の目と、ぴったり繋がることから判明したというのもありましたね。
でも、両方とも、極めて近い時代の、別の作家のものだったら?
どうやって、分かるんでしょうね。

フェルメールにしても、絵を描いていたころはちっとも売れなかった。
同じ時代の売れっ子の作家の真似をして描いて、売ろうとしていたことも。

そう言えば、福岡の博物館に展示されている倭の那の国の王の印。
きんきらで美しいのですが…本物?
とか疑って何回も戻ってじろじろ見ていたら、怪しい奴と思われたのか、見張りの人に遠目で見張られてしまいました。

さて、自分の目を信じますか?
権威を信じますか?

We can't touch, but can feel.



Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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