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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【天の川で恋をして】(6) 天野川・過去(2) 

第6章の後半です。大きく、過去の物語が動きます。
そして、夏海の逡巡、心に押し込めていたものの正体が見えると思います。





 ある時、いつもならゆうちゃんは先にさえちゃんを送って、その後夏海を送ってくれていたのだが、その順番が逆になった。もちろん、その方がゆうちゃんの家まで遠回りにならなくて済むのだが、夏海には二人が少しだけ何か秘密を持ったように見えた。

 さえちゃんがある時、休み時間に呟くように言った。
 気持ちのいい風が吹く季節だった。
「なっちゃんは何でも持っていていいね」
「え?」
「お父さんもお母さんもいるし、弟もいるでしょ。クラブも楽しそうだし、ピアノも」
「でも、さえちゃんみたいに綺麗じゃないし、賢くもないよ」

 それは本音だった。さえちゃんはそうかな、というような顔で微笑んだ後、少し顔を曇らせて俯いてしまった。綺麗で何事にも動じないさえちゃんの、そんな顔は初めて見た。
「夏海はさえちゃんが友達でいてくれるのがすごく嬉しいよ」

 何だか脈絡もないのに、慌てて言った。さえちゃんを悲しませてはいけないと思った。中学生になって、夏海にもある程度さえちゃんの家の大変な事情が分かってきていたし、さえちゃんの家を怖がったりしたことへの申し訳なさもあった。

 不意にさえちゃんが夏海の顔を見て、尋ねたこともあった。
「ねぇ、なっちゃん、ゆうちゃんのこと、どう思ってるの?」
「どうって……幼馴染で、友だちだよ」
「そう、友だちなんだ」
 ふと視線を逸らせて、さえちゃんが大人っぽい顔で窓の外を見た。
 夏海はドキドキが止まらなくなった。

 その頃だったか、ゆうちゃんが一度だけ校門の前で夏海を待っていたことがあった。
 他校の制服を着たゆうちゃんは、その頃背が伸び始めていて、野球で真っ黒に焼けた顔は、ちょっと眩しいくらいだった。

 ゆうちゃんは何か言いかけては止まり、野球の話をして、また何か言いかけては止まり、試験の話をして、また何か言いかけて止まり、夏海の合唱部のことを聞いた。夏海の家が近づいたとき、最後の曲がり角の手前でゆうちゃんは立ち止まり、ようやく意を決したような顔をした。
「夏海、あのさ、俺」

 その顔を見た時、何かまずいことが起こっているような気がした。ゆうちゃんの目は真剣で、見つめているとどこか照れくさくなったりもした。
 それから、ゆうちゃんが何を言ったとしても、聞いてしまったら不安になるような気がした。何故だか、三人で歩く天野川の河原の色が変わり、崩れていくような音が聞こえた。

「あ、ゆうちゃん、いつもありがとうね。私、ゆうちゃんがずっと友だちでいてくれて嬉しいよ。でも、もう別に送ってくれなくても大丈夫だから。ゆうちゃん、クラブもあるし、勉強もしないとだめでしょ」
 私、なにを素っ頓狂なこと言っているんだろう、と思ったが、言ってしまってから訳が分からなくなった。
 じゃあ、ここでいいよ、と言って家に向かって走る。
 その日は夕食を食べられなかった。

 次の日、黒板にちょっとした落書きがあった。ゆうちゃんと夏海が並んで帰るのを見た誰かが、からかって書いたようだった。
 夏海が何かする前に、カタン、と席を立って、無表情のまま黒板の落書きを消したのはさえちゃんだった。皆が何かを恐れるようにさえちゃんを見ていた。

 ゆうちゃんは英語教室に迎えに来なくなった。夏海はさえちゃんと二人で帰るようになった。会話は少なくなっていた。
 中学二年生の秋、合唱コンクールの練習で帰りが遅くなる日が続いていた。その頃、夏海はゆうちゃんにもほとんど会うことがなかったし、さえちゃんとも教室で顔を合わせる程度になっていた。
 ピアノも、本格的にやるなら新しく上の先生にもつかなければならないと言われていたが、それはさすがに家の経済状況からは難しいと思っていた。英語を好きだったし、そっちを頑張ろうと思い始めた。

「ねぇ、なつみ、確か幼馴染の男子がいたでしょ」
 クラブの帰りに同級生にいきなり切り出された。
「ゆうちゃんのこと?」
「うん、名前は知らないけど、一中の子。御村さんと付き合ってるの? この間、葛葉で一緒に歩いてるのを見たんだ。他にも、見た子がいてさ。私ら、夏海の彼氏なんかと思ってたのに」
 夏海は一瞬に襲ってきた何かをお腹の底に押し込めた。
「え~、私ら中二だよ。まだ付き合うとか、ないもん。クラブのほうが大事だし」
 大人びたさえちゃんの顔を思い出した。

 さえちゃんとゆうちゃんが本当に付き合っていたのかどうかはよく知らなかったけれど、もしそうだったとしても、それはきっと半年ばかりのことだろうと思う。
 受験勉強が本格化する中学三年生の夏休み以降、さえちゃんにもゆうちゃんにも塾で会うようになったが、何となく関係は前に戻っていて、また三人で天野川の河原を歩くようになった。
 ゆうちゃんは野球を続ける気なら最低でも四条畷か茨木の普通、と父親から言われて必死だった。さえちゃんは北野にだって行けると思うけれど、そして教師からは随分と説得されていたけれど、結局三人とも同じ高校を受けることに何となく決めていた。
 河原での会話は受験のことばかりになったけれど、夏海はかえってほっとしていた。

 そして、同じ高校に通うようになった。
 合唱部は中学以上に活動が活発だった。ゆうちゃんは野球部で相変わらず真っ黒だったが、将来のことを考え始めていた。体力と運動神経を生かせる仕事に、と思っていたようだった。さえちゃんは相変わらず集団に属することはなく、一人で図書室で本を読んでいた。成績は相変わらずトップだった。

 図書室からも、合唱部の練習場所になっている音楽室からも、グラウンドが見えた。
 白球を追いかけるゆうちゃんの声も聞こえていた。どの声がゆうちゃんなのか、夏海には簡単に聞き分けることができた。多分、さえちゃんも同じだっただろう。
 心なしか、さえちゃんが前よりずっと大人っぽくなったような気がして、時々顔をまともに見つめられなくなっていた。

「今日、部活が終わったら一緒に帰ってくれる? 図書室で待ってるから」
 久しぶりにさえちゃんから言われたのは、高校二年の五月の終わりのことだった。
 一年生の時は三人とも偶然同じクラスだった。二年生になり、今度は別々のクラスになったので、何となく目が合ったら一緒に帰る、などというチャンスはなくなっていた。

 何か話があるのだと思って、気になり始めると、声がでなくなった。
 学年の取りまとめ役だった叶恵がすぐに気が付いて、夏海、風邪ひいてるの? と聞いてきた。そうかも、と言ってクラブを早退した。

 図書室に入った時、グラウンドの見える窓際にさえちゃんの姿を見つけた。夕陽の中で野球部はまだ白球を追っていた。
 夕陽に照らされたさえちゃんの横顔は怖いくらいに綺麗だった。さえちゃんは窓の外を見つめていて、何故か泣いているように見えた。
「さえちゃん?」
 さえちゃんは大事なものから引き離されたくないとでも言うような、静かな躊躇いの時間を置いてから、夏海を振り返った。

 その時、さえちゃんから渡されたのは、京都の美術館で開催される、高校生美術コンクールの入賞作品展示会の招待状だった。
 すごいねぇ、入賞したの、と夏海が言うと、さえちゃんは俯いた。一緒に行こうと言ったら、さえちゃんは恥ずかしいから、と言った。じゃあ、誰か他の子と行こうかなと言うと、さえちゃんはじっと夏海の目を見たまま言った。
「なっちゃん、できれば一人で見に行ってほしいの」

 それは衝撃的な絵だった。
 入賞作品の筆頭に挙げられていたのは、白球を追う少年の横顔だった。青春の情熱をぶつけたような赤と青と黄、命をも懸けたような一瞬の迸り、汗と涙と、目の光。
 いつかさえちゃんの家で見た優しく柔らかい色遣いの絵ではなかった。
 その色の奥には、どこかで切れそうになる若い命を、必死で繋ぎとめている危うさと共に、見ている者を惹きつけて離さない痛みが潜んでいた。絵に描かれた心はさえちゃんのものだったが、その少年の一瞬を切り取った横顔は、明らかにゆうちゃんだった。
 いつも静かで、何も語らないさえちゃんの心が見えて、夏海はパニックになっていた。
 その夜、夏海はまた食事もできずにベッドに潜り込み、いつの間にか零れた涙が止まらなくなった。

 次の日、さえちゃんから電話がかかってきた。
「ごめんね、電話で。なっちゃんの顔を見て話す勇気がなかったの。なっちゃん、私、やっぱりゆうちゃんが好き。ゆうちゃんとやり直したいの。協力してくれるよね?」

 やり直したい、という言葉は、夏海には心に突き刺さる針のようだった。以前、ゆうちゃんとさえちゃんの間に何があったのかは分からない。それでも二人が夏海には言えない秘密を共有していることがたまらなかった。
 私だって、と思う気持ちが混乱して絡まった。
「ゆうちゃんは私と二人では会わないようにしてる気がするの。夏海が一緒でなきゃ。夏海は今でもゆうちゃんと何でも話せるでしょ。だからゆうちゃんに、私の気持ちを伝えてほしいの。なっちゃんは何でも持ってるじゃない。だから、ゆうちゃんは取らないで。でないと私、苦しくて死んじゃいそうなの」

 今まで通りに戻ったと思っていたのは夏海だけだったのだ。さえちゃんは本当に苦しそうだった。
 夏海はその時、迂闊にも言ってしまった。
「だめだよ、死ぬとか言っちゃ。大丈夫、私が何とか伝えてあげるから」
 口に出してしまった言葉は、取り戻すことができなかった。

 六月になってさえちゃんから手紙を預かった。そして上手く伝えてほしいと言われた。
 夏海はあれこれ理由をつけて、ゆうちゃんと二人きりになるチャンスを作らなかった。そもそもゆうちゃんはクラブが忙しそうだったし、それ以外にも将来のことを真剣に考えているようで、どこかに見学に行くのだとか、話を聞きに行くのだとかで、放課後も顔を合わせにくくなっていた。それに、期末テストも間近に迫っていた。
 廊下ですれ違っても、さえちゃんとも目を合わせられなかった。

 何度も預かった手紙を読んでしまいそうになった。でもさすがに、封を開けることはできなかった。あの苦しそうな絵とは違って、穏やかで優しいピンク色の封筒だった。表に宛名はなく、裏にも名前はなかった。
 一度だけ、ゆうちゃんが夏海の合唱部の練習が終わるのを待っていたことがある。

 天野川の河原を、自転車を押しながら、久しぶりに二人きりで歩いた。
 あのさ、夏海。
 ゆうちゃんはいつかのように、何かを言いかけては止まり、野球の話をして、何かを言いかけては止まり、ちょっと将来のことを話し始めて、それからしばらく沈黙してしまった。
 夏海は何だか怖くなった。ゆうちゃんは何かを話したいのだと思った。
 中学二年の時、さえちゃんと付き合ってたこと? もしかしたら、ゆうちゃんもさえちゃんのことが好き? それとも。

 どんなことをゆうちゃんが話しても、それは今までのことを壊してしまうような何かに思えた。それに、どんな話になっても、さえちゃんの手紙のことを話さなければならなくなってしまう。
 さえちゃんの悲しそうな声が耳から離れない。ゆうちゃんがさえちゃんを振ってくれたらと願う気持ちもある。でも、さえちゃんのあの絵に籠められた叫びのような想いは、夏海を苦しめる。さえちゃんの家は陰陽師の家で呪うこともできる、とみんなが話していたことを脈絡なく思い出した。そんなことは信じていないけれど、夏海にはない力をさえちゃんが持っているような気がした。

「夏海」
 意を決したようにゆうちゃんが立ち止まった時、夏海は反射的にさっきまで頭の中にもなかった言葉を口にしていた。
「あ、帰りに買い物頼まれてたんだ。ごめん、ゆうちゃん。ありがとう。またね」

 それから、夏海はクラブを休みがちになった。時々、お腹が痛いと言って学校に遅れて行くこともあった。休むまでできないのは小心だったからだ。
 そして、あの七月六日、機物神社の宵宮の夜。

 ゆうちゃんから電話がかかってきた。
「宵宮、行く? 俺さ、夏海に紹介したい奴がいるんだ」
 少しだけ気が遠くなった。クラブを休みがちになっているのをゆうちゃんは知っていたと思う。だから、きっと夏海を励ましてくれようといていたのだ。多分、友だちとして。そして、あの時、ゆうちゃんが言いかけた何かを聞こうとしなかったことに、少なくとも落胆しているのだと思えた。
 誰に何を紹介すると言うのだろう。

 もうこれ以上こんがらがるのはいや。
 夏海はさえちゃんに手紙を返すことに決めた。
 自分でゆうちゃんに渡してと、私もゆうちゃんのことが好きで、私の恋は実らないと思うけれど、それでもこれだけは許してと、ちゃんと言葉で言おう。
 雨が降り始めていた。今日は少し降りながらも持ちこたえるけれど明日は本格的に降ると、天気予報は言っていた。今年の七夕も雨なのだ。どうして新しい暦で七夕の日を決めてしまったのだろう。本当なら、真夏のもっと晴れた日が七夕だったはずなのに。

 夏海はさえちゃんから預かった手紙を握りしめて、機物神社のにぎわいを避けるように天野川の方へ歩いていた。
 なつみっ!
 その時、声が聞こえたような気がした。

 振り返ると、雨に濡れた道で車が行き交い、ヘッドライトが地面の照り返しで増幅して、夏海の目を射た。夏海は目に飛び込もうとした何かを避けるように腕をかざした。
 トラックが雨の地面を擦りつける音が、爆音のように耳元をかすめた。

 持ちこたえると言っていた雨は、本降りになっていた。
 びしょ濡れになった夏海は、ふらふらと天野川の河原を歩いていた。握りしめていたさえちゃんの手紙は濡れてくちゃくちゃになり、破れかかっていた。夏海は手を開き、しばらく何かの亡骸のような封筒を見つめていた。
 何かがダメになってしまった気がした。雨のせいだと思いながら、そのままその雨に隠れ、肩を震わせてしゃくりあげるように泣きながら、夏海は手紙を引き裂いた。
 引き裂いてしまってから、夏海は地面に座り込み、川の流れと雨の音で声が誰にも聞こえないと信じて、馬鹿みたいに大声を上げて泣いた。
 手紙は色を無くし、ばらばらになって天野川を流れていった。


 そして翌朝、雨の中にいたせいで熱を出してベッドに潜り込んでいた夏海に、思わぬ人から電話がかかってきた。
 さえちゃんのお母さんだった。
 さえちゃんは、昨日の夜、あの雨の中でトラックに轢かれて亡くなったのだと告げられた。




もしかして、映画を見た人がいたら、これが何のホラーを下敷きにしているか、気が付かれた方もいるかもしれませんが、何せ、14年も前の映画なので……
思い出しても怖い……(;_:)
さて、次回は最終回。
ユウキ! 男なら何とかしろ! と思いながら書いております(^^)




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Category: 天の川で恋をして(恋愛)

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