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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

NEWS 2013/8/14 世界の文字 

今日は、うちの本棚から一冊の本をご紹介。
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時々、ページをめくるだけで何となく楽しくなる本ってありますよね。
これはまさにそのような1冊。絵本のようでいて、結構アカデミックで、でも眺めるだけで楽しいという。

世界には5000-6000種類の文字があると言います。
それをある程度系統づけて紹介しようという本。もちろん、それでもすべてが網羅されるわけではありませんが、その種類の多さに圧倒されます。
ここでは、絵文字(シュメール、マヤなど)、エジプト文字(ヒエログリフ)、楔形文字、エーゲ海地方の古代文字(クレタ、キプロス)、西セム文字とその系統(ヘブライ、シナイなど)、アラビア文字、アルファベット(ギリシャ、ローマなど)、インド系文字、漢字、どうしても分類できない文字、などに分類されています。ついでに音符や点字、モールス信号まで挙げてあります。
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写真が暗くてごめんなさい。
マヤの文字。これを見ると、噂のマヤのカレンダーを思い出しますね。
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言わずと知れたヒエログリフ。
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この、鳥が魚かミミズか、足元を探している図→「見つける」とか、魚を取ったところ→「捕える」とか、同じ鳥を3つ並べて→「霊魂、化身」ってのが、うーん、なるほど、なんですけれど。
分身の術?
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これはアラビア文字。そう言えば、アラビア文字って、書道があるのですよね。確かになかなか芸術的な文字ではありますものね。夜中に時々アラビア語講座を見るのですが(全然わからないけど^^;)、そこに「キターバの迷宮」というコーナーがあって、書き方(綴り方)を教えてくれるんですね。
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こちらはカンボジア文字。このあたりの国々、隣の国と似たような似ていないような、独特の文字ですね。
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そして分類できないコーナーに入れられているイヌイット文字とかヴァイ文字とか…見たことのない文字。
ごく少数の隔離された民族が使っていた文字のようですが、もう使う人が減ってきて、やはりアルファベットを使うようになったりしているのだとか。

大好きなトンパ文字がないのは残念ですが、これだけの文字の数々、本当にめくっているだけで楽しい本です。
そう言えば、トンパ文字も最近はあれこれ芸術的な用途があるようで、ハンコにしてみたり、名刺に使ってみたり。お茶の宣伝で使われていた「喜ぶ」(人が飛び上がっている図)など、実に楽しそうだけど……
書くのが大変かも。

面白いのは、これだけの数の文字を色んな民族が使う中で、文字を持たない民族/文明があった/あること。
言葉はもちろんあるのだけれど、表記する文字がない。
ケルト、アイヌ、インディアン、アフリカのいくつかの民族、などなど。
国際社会の中で生きていかなければならなくなると、何らかの形で表記文字を選んでいるようですが……
そういった民族や文明は、伝承や口承によって「教え」を伝えてきているのですね。

文字で書かれたものを扱えると、多くの知識をストックしておくことができる。
古代において、アレキサンドリアの図書館が叡智の集結する場所であったように、人間の頭の外に空間を借りて、知識を集めて置いておく。コンピューターも、携帯/スマホも、人間の脳が覚えきれないことを覚えておいてくれる。
でも、使うのは人間ですから、そのページをめくらなければ、その叡智にたどり着くことはできない。

しかも、こうして過去から伝えられてきた文字を、コンピューターで打ち込むようになって、漢字も忘れていくし、国際社会になってアルファベットが最も有力な統一された文字になっていって、特に少数民族の文字は失われていくし。

逆に文字のない文明。
口承ではそれほど多くのことは覚えていられないかもしれない。
でも、本当に大切なことは、繰り返し繰り返し、世代を超えて伝えられていく。
人として本当に守らなければならないことや、知っておかなければならないことは、案外少ないのかもしれないと思ってみたりします。

もちろん、現代社会で生きていくためには、覚えきれないルールを扱わなければならないのですけれど……

あれこれ想いを馳せながら、文字を巡る旅、皆さんも出かけてみませんか?
(夏は忙しくて休めないので、旅行に行けないから……空想の世界へGO? ^^;)

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Category: 本(ご紹介・感想)

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[雨69] 第13章 街の色(4) 15R 

【海に落ちる雨】第13章最終話です。長いので、2回に分けようと思ったのですが、会話の切り処も上手くないのと、これを読んでくださっている奇特な方は、多分ブチブチ切れるよりいいと思ってくださるだろうと勝手に思って、ワンシーンですので、一気にアップしています。
特別ものすごいシーンがあるわけではありませんが、さすがに中学生はダメかな、と思うので、
15R でお願いします。

真と、竹流の仲間であるゲイバーのママ(もちろん男性)・葛城昇の対戦? 竹流の仲間のうちではまだ真に好意的な彼ですが、感情は複雑です。でもこの物語で、最後まで絡みます。ちなみに、この次作になる【雪原の星月夜】ではのっけから冷戦です。
私の話の中では、珍しく妖艶な男性。BL風なものを書いても、大体男はみんな骨太になるのですが、この人は例外だなぁ。





「お帰り。無事だったか」
 葛城昇はカウンターの客にグラスを差し出しながら、少しばかり感情のこもった声で言った。
 もちろん、真に対しての感情ではないはずだ。
 その声に刺激されたのか、カウンターの客がグラスを受け取り、そのまま昇の手を握った。昇は窘めるような笑いを浮かべて、その客の手を握り返した。

 昇の店『葵』の八つあるカウンター席には、カップルが二組と昇の手を握った男がひとりで座っていた。
 後ろのテーブル席は全ては見通せないようになっているので、奥の方は分からないが、気配からはほとんど埋まっているようだった。
 相変わらず羽振りのいい店だ。

 男と言えばそうだが、女性的なところがあるといえばそのようにも見える、中性的なムードを持つ昇は、それはそれで魅力的に見えた。
 だが、少し付き合ってみれば、この男の本当の魅力が、外見の問題ではないことが直ぐに分かる。

 ベッドの上では相手に合わせて何でも言うことをきくのだという。だが、それはビジネスだからだ。一歩そこから出れば、甘えや優しなど欠片も見せない。
 そして、そこから先に、相手が本当に葛城昇に心酔してしまう理由がある。

 どのような話題にも聡明な答えを返し、時には色仕掛けではなく協力者に橋渡しをし、相手のビジネスに花を持たせることなど、昇には朝飯前なのだ。
 だからこそ、昇の一言にほだされて動く大物が、幾らでもいるという噂だった。
 そして、そのすべてを、昇は一部は自分のビジネスとして、そしてあとの半分以上は大和竹流のためにやっている。

 真がカウンターに近づくと、昇は、店が更けるまでもう少し待つように言って、真に上の部屋の鍵を一つくれた。勧められるまま、真は鍵を受け取り、二階の部屋の一つに入った。
 小さな密室だ。窓はきっちりと閉められ、はめ込まれたような大きなベッドと、小さなテーブルと向かい合った一人掛けのソファが二つ、そしてシャワー室とトイレというシンプルな部屋だった。
 用途は言うまでもないが、ここを使えるということだけでも、客にとってはステイタスでもあるらしい。

 真は上着を脱いでソファに放り出し、そのままベッドに倒れこんだ。
 不意に、どっと疲れが湧き出したような気がした。

 添島刑事の言うとおり、葛城昇にとっても真は面白くない存在だろう。誰も、味方になんかならない。
 その通りだと思った。

 暫くするとドアがノックされて、店の男の子がソルティドッグを運んできた。
 ありがたく受けとって、真は小さなアクリルのテーブルにグラスを置き、改めてソファに座った。薄く黄金に染まる液体が、氷が乱反射する光で揺れていた。

 俺は女でもないし、竹流の女たちと同じような扱いはされたくもない。
 そう思いながらも、自分の気持ちが女のようかもしれないと思うと、嫌な気分だった。

 ソファの背にかけた上着のポケットを探ったが、煙草は入っていなかった。仕方がないので、下の店に降りていくと、不意にカウンターの一番端に座っているカップルが、キスを交わしているのが目に入った。
 濃厚なキスだった。
 昇はそれは見ぬふりをして、自分の手元の煙草に火をつけている。

 真に気が付くと、昇は目でちらりとキスを交わすカップルの様子を見て、それから真に聞いた。
「どうした」
「いや、煙草を」

 カウンターの端のカップルは、二人ともが明らかに鍛えていると分かる逞しい身体つきの男だった。
 彼らは一瞬真のほうを見たが、意に介さぬふうでそのまま互いの大腿や胸を弄りながらキスを続けていた。暗い照明の下で、男たちの厚い舌が、そのものが意思を持つ生き物のようにぬめり、お互いに吸い付きあっている。

 昇は棚からショートホープの箱をひとつ取って、真のほうに投げて寄越した。
 偶然ではなく、真が吸っている煙草を知っているのだ。

 二階の部屋に戻ると、ソファに座ってライターで煙草に火をつけ、やっとゆっくり吸い込んだ。
 男女が絡み合っている姿も、それがビデオであっても、何となく見ていられない気がする。ましてや、自分が誰かと抱き合っているところなど、本来なら他人に見られたいとは思わない。
 だが、世の中には色んな人間がいる。男同士で抱き合い、それを他人に見られても何とも思わない、どころか、それを楽しむカップルもいるわけだ。

 そんなことができたら、人生はもう少し気楽かもしれない。
 真は煙草を一本ゆっくりと吸って、ソルティドッグのグラスの縁の塩を舐め、ウォッカのアルコールの成分がはっきり分かる濃い液体を胃に流し込んだ。何も考えないように努めていた。

 アルコールもなくなると、煙草をもう一本吸う気にはなれず、ベッドに寝転んだ。
 添島刑事の声がまだ耳の奥に残っていた。彼女の声はよく通るだけに、いつまでも耳の中で反響する。

 誰かに好かれたいとか嫌われたくないとか、そういうことはできるだけ考えないようにと思ってきたが、竹流に関係のある人間から言われると、それはかなり堪えた。

 竹流が女と抱き合っているところを直接見たことはない。
 真が中学生の頃、あのマンションには竹流のパトロンと思しき複数の女性が通ってきていたし、彼が明らかにその女性たちとセックスをしている痕跡を感じたことはあった。

 あの頃、竹流は情事の後、あのリビングでよく葉巻を吸っていた。その凄絶なほどの男の色気に、ぞくっとしたことも一度や二度ではない。
 ガウンから覗く力強い鎖骨の張りにも、首筋の筋肉にも、見つめてしまったら引き込まれてしまいそうな青灰色の瞳にも、さっきまで女を楽しませていたはずの葉巻を咥えている唇にも、中学生の真は目のやり場がないような気持ちになっていた。

 それを知っていてか知らずか、竹流はたまに真をからかってはふざけてキスをした。女とキスをするときはこうしろと講義をするようだった。基本的に、真の反応を見て楽しんでいるだけだったのだろう。
 だからといって、彼が直接真に女をけしかけたりしたことは一度もない。
 賢二のことはよく連れ廻して、女の口説き方を教えていたと言っていたが、真に対しては一度としてそういうことはなかった。

 何も考えないように、と思うのに、頭の中では色んなものがぐちゃぐちゃになっていた。
 身体は簡単に想像に反応する。
 自分は厭らしい人間だと思うが、その反応を止めるのは難しかった。

 今でもたまに自慰をすることはある。勿論、マンションのベッドの上では難しいので、大概はシャワーを浴びている時か、出張で一人ホテルに泊まっているときで、とは言え実際にはほんのたまのことだ。
 だが考えてみれば、その時自分が考えているのは、たった一人の相手のことだけだ。
 正確には、その相手とのセックスを思い出していたのだ。 

 今まで、そのことを考えたことがなかった。相手のあるセックスではなく、自慰が異常に気持ちがいいと思える場合があるのは、自分にとっての最高のセックスを想像して行うからだと誰かが言っていたような気がした。

 真はベッドの上で跳ね起きて、思わずテーブルの上のホープに手を伸ばした。
 煙草を咥えたまま、ソファに移り、靴を脱いで膝を上げる。身体がすっぽりとソファに納まると、ようやく息がつけるような気がした。

 煙草に火をつけ、一つ吹かして自分の手で頭を抱える。一本吸い切ると、やっと落ち着いて目を閉じた。
 身体の反応はかろうじて踏みとどまっている。

 いくらかうとうとしたのか、人の気配で目を覚ますと、目の前に昇が立っていた。
「ノックしたのに返事がないからさ。大丈夫か?」
 真は頷いた。時計を見ると、店を閉めるには早かった。放っておくわけにはいかないと思ってくれたのかもしれない。店は他の子がやってくれるから大丈夫だ、と昇は言った。 


 昇の南青山のマンションまで、彼のカマロに乗った。
 部屋は3LDKの広々とした造りで、至る所に観葉植物が置かれ、エッチングや水彩画が壁に掛けられていた。真には分からないが、恐らく趣味のいいものなのだろう。

 アクリルのテーブルを取り囲むソファは、意外にも大人しいシナモン色だった。全体にシンプルで嫌みのない部屋で、硬質な印象ではなく柔らかい色合いにまとめられていた。
 片付いているのは、昇が自分で掃除をしているからなのだろうか。観葉植物もきちんと手入れがされている。

 ただ一つ片付かないものであるかのように、テーブルの上に雑誌が投げ出されていた。
 竹流のインタヴュー記事が載った、あのプレデンシャルという雑誌だ。

 表紙には、きっちりと三つ揃いのスーツを着て座っている竹流の腰から上、やや斜め方向からの写真が使われている。
 ギリシャ彫刻から抜け出してきたような均整のとれた体格は、服の上からでもその匂い立つような気配が窺われる。そして、誰一人としてこの雑誌の横を、立ち止まらずに歩き去ることはかなわなかっただろうと思える整った顔つき。
 その中で、彼の表情をただ絵に描かれた美ではなく、現実に存在し、もしかすると手の届くとこにいるのではないかと勘違いさせるほどに魅力的にさせているのは、その目だった。青灰色の語りかけるような目は、それを見るものを、彼が自分のためだけに存在しているような気持ちにさせる。

「心配するな。誰かと一緒には住んでいない」
 昇は気が付いているのかいないのか、極めて抑揚のない声で言いながら、廊下へ戻って行った。
 部屋を見回してみても、確かに他人の気配はない。恋人を部屋に上げることはあるが、一緒に住む相手はいないようだった。

「それでも、俺は、竹流みたいにあんたをベッドに入れてやるわけにはいかないからな。ソファで寝てくれ」
 昇は掛け布団と枕を運んできて、それらをリビングのソファに投げ出した。
「どういう意味です」
 何故突っかかるのか自分でもわからなかった。昇は意味ありげに笑って、ダイニングの方へ行った。

「深い意味はないよ。でも、一緒に寝てるんだろ。あのマンションにベッドが一つしかないのは知ってる」
 昇も、添島刑事と同じなのだ。本当は相川真の存在を認めたくない。
 そう思うとやはり居た堪れない気分になった。

 昇は直ぐにブランディをグラスに注いで持ってきた。突っ立ったままの真に手渡し、自分のためのグラスに口をつけながら、ソファの向かいに座った。
「あいつは、俺のことを子どもだと思っている。それだけだ」

 真は促されてソファに座った。
 昇は、真のその呟きには答えようとはせずに、言った。
「俺たちの利害について考えれば、今のところ見事に一致している。だが、どうもすんなり協力し合えない」
「俺は協力を求めた。断ったのはあんたたちです」

 真の言葉に、昇は何度か頷いた。
「みんな、いきり立ってるからな。俺たちのボスだから、俺たちが助け出す。お前の力など必要ないと思っている。悪気があるわけじゃないが、それだけに余計に始末が悪い」
「誰が助け出すとか、そういう問題じゃないはずだ」
「それはわかってるさ」

 昇はグラスの中を飲み干した。
「ついに、国の親分が出てきたよ」
 真は頷いた。
「知ってます。ビッグ・ジョーがそう言っていた」

 昇は眉を吊り上げた。
「ビッグ・ジョーに会ったのか?」
 真が緊張した顔のまま頷くと、昇はとんと背中をソファに預けた。

「どういうつもりかは知らないけど、絶対に竹流に言うなよ。下手をすると、殺されるぞ。ビッグ・ジョーか、お前かは分からないけれど。あいつの中であの件が片が付いているとは思えないからな」
「あの時」真にはほとんどその出来事の記憶がない。半分は想像で補っている。「仲裁に入ったのはチェザーレ・ヴォルテラだったのですね」

「仲裁? 竹流にとっては、逆らうことなど全く適わない命令だったろうさ。五分五分で引き分けにしてもらえたなどと思ってもいない。あいつは誰が傷つこうが、何が犠牲になろうが、ビッグ・ジョーとその組織を徹底的にぶっ潰すつもりだったんだ。それを天から伸びてきた手で、突然に阻止されたんだよ。俺たちが何を言っても全く聞く耳のなかったあいつが、急に沈黙した」

 真には返事のしようもなかった。昇は、しばらく、真にもわかるほどにはっきりと、雑誌の表紙で微笑む竹流の顔を見ていた。
 複雑な感情が昇の表情の上で揺れていた。

「お遊びは終わりだ、そう言われる日がついに来たのかもな。考えてみれば、今誰があいつをさらっていってるにしても、いつか帰ってくるかもしれないが、国の親分があいつを連れて行ったら、もう二度と返してはくれないんだろうな。そう考えると、そっちのほうがタチが悪い」
 真は返事をせずに、雑誌からは目を逸らして、グラスの中身を一気に空けた。

「お前が言ってた絵の事だが、やっぱりどこにもない。大和邸のアトリエにも、ギャラリーにも。幾つかの隠れ家の倉庫も洗いざらい見たけどな。絵を置いておくとなるとそれなりの環境だろうから、どこでもってわけにはいかないし」
 空のグラスを手の中で転がしながら、真はただ頷いた。

「それから、ウクライナの例のロシア皇帝の縁戚の爺の件だけど、あっちにいる仲間の話では、そんな依頼をした覚えはないと抜かしたらしい。確かに、イコンのことで竹流が訪ねてきて、正当な値段で取引をしたことは認めたらしいけど、日本人に略奪された絵などないと、そう言ってたそうだ」
「嘘を言っている?」
「警察かKGBと間違えられたかもしれない、と言ってたよ」
「だが、向こうは古書や古美術の類の取引は禁止されているはずですよね。イコンのことは認めたと?」
「しっかり握らされたそうだ」
「それは、どう考えればいいんだろう」

 昇は首を横に振った。
「どうかな。爺さんの言うとおり、本当にイコンの取引をしただけなのか、どうしても言えない理由があるのか」
「言えない理由? 革命の時に生き抜いた貴族の末裔が多少の隠匿財産を持っていても、大して問題にはならないのでは」
「多少の古美術品ならな」
「どういう意味です?」

 昇はテーブルの上に置いてあったマルボロを一本、引き抜いた。
「絵そのものの価値じゃなくて、他の、つまり今明らかになると自分たちの首を差し出さなければならないような何かが引っ付いていたら、どうだろうな。まあ、そのうち向こうから何か知らせがあるだろう」

 真はまた空のグラスを揺らせた。食道から胃にかけて、まだブランディの熱さが残っていた。
 俯いたままの真の耳に、確かめるような昇の言葉が続いた。
「俺たちは基本的に泥棒集団だからな。人探しはお前の専門だ」
 真は暫くその言葉の意味を考えてから、顔を上げた。
「俺に協力すると、あんたは仲間に恨まれるんじゃないんですか」

「言ったろう。国の親分が出てきた。ここであの男に先を越されたら、もうあいつは二度と俺たちのところには帰って来ない。お前、それは分かってるんだろうな」
 分かっていた。だが、自分たちの力だけで彼を探し出せるかどうか、確信もなかった。
「それに、本当のところは、そんなことを言ってられない気もしている」
 昇は呟くように、力なく言った。

「お前の言うとおり、どこかに絵があるかもしれない。ウクライナの爺は何か隠しているようだと、向こうの仲間が言っていた。それに、その爺だけじゃない。誰かが絵を欲しがっている。肝心の絵はどこにもないのにな」
 真は黙ったまま昇を見つめていた。昇はマルボロをやっと咥えて火をつけた。

「あいつがどれほどお前を大事にしているのか、俺たちはよく分かっている。だが、お前があいつを大事に思っているかどうか、それが俺たちに伝わらなかった。まあ、今やお前も警察に追われている。その辺じゃ、東道も他の連中もちょっとはお前を信用する気になっているかもしれない」
 昇は一つ、煙草を吹かした。その様子は、男にしては色気のある気配だった。

「寺崎昂司と竹流は、どこか似ているところがあった。考え方や行動の基準、自分自身に課したルールのようなものがさ。仲間内では何となく、普段の生活では極力会わないようにしていたのに、寺崎だけは違っていた。ただ、寺崎が特別な存在だということについては、皆それなりに納得していたと思う」
 昇は細い脚をソファに上げた。そして深く溜息をつく。

「竹流の奴は、誰に対しても、仲間に対しても女に対しても、自分と対等だと示したがる。だが俺たちにとってはやはり彼はボスであり、自分より高い場所にいる特別な存在だ。もっとも、俺はあいつに惚れた弱みってのがあるから、その時点でどうしたって対等というわけじゃないけどさ。その中で寺崎だけが、あいつにとって本当の意味で対等になりうる相手だったのかもしれない。あいつは寺崎には何でも相談していたような気がする。だから、寺崎はあいつの気持ちの本当のところをよく知っていたに違いない。二人はよく一緒に出掛けていたし、もちろん遊びも楽しんだろうけど、何より、竹流は寺崎に、ギャラリーの経営のことは少しずつ任せていこうとしてたんじゃないかと思う。もちろん寺崎の運送会社や裏の逃がし屋稼業も十分うまくやって行けてたんだろうけど、竹流は寺崎を、表の世界で自分の片腕だと宣言しようとしていたような、そんな感じだった。だが、女のことで事態は変わった。竹流がそのことでひどい火傷を負ってからは、皆が寺崎を警戒し始めた。東道のところに情報を落としていくようになったのも、それがきっかけだ」

 昇は、煙草を持たないほうの左手で髪を上げた。綺麗な指だった。
「竹流が消える前、お前を仲間に加えたいと言ったらどうする、と聞かれた」
 真は思わず昇から視線を逸らせた。

 仲間という意味合いは竹流にとって単純なニュアンスだ。自分の弱みを含めて、そしてヴォルテラの事情を含めて、全て竹流が信頼して打ち明ける相手ということだ。竹流の表の稼業だけではない、裏稼業までも含めて、一蓮托生であるということだ。

 一体どうしてそんなことを言いだしたのか、何となく真には思い当たる節があった。
 奈落の底まで、俺に付き合う気があるか。
 返事をし損ねたあの問いが、頭の中に浮かんでいる。

「寺崎の事が頭を翳めた。同じ事を繰り返すのか、と。竹流のやつ、相手がどういう人間でも、その時々には最大限にそいつのために尽くすような人間だ。勝手に手足が動くんだろうよ。感情の内では多分冷めたところがあるんだろうに、行動に出ると自然に熱くなるタイプの人間だからな。それでも、あいつが自分だけじゃなく周りのものを犠牲にしてもいいと思うほど、そのことでどんな罪を負うことになってもいいと思うほど、人間に惚れ込むことは滅多にあることじゃない。それがわかっているから、皆、お前を警戒している。お前に何かあれば、あいつがすることは、俺たちには止め切れない。寺崎の比ではないと分かっている」

「あんたたちのボスだって万能人間じゃない。人を見誤ることもある」
 昇は笑ったように見えた。
「あいつはいつだって人を見誤ってるさ。何だかんだと言って、結局他人を甘く見てるんだ。あれで結局いいとこのお坊ちゃんだからな、最後はみんな自分の味方だと思ってるんだろう。だからこんなことになる」
 真はまだ手の中で弄んでいた空のグラスを握りしめた。

 暫くどちらも黙ったままだった。
 その通りかもしれない。だから女たちは、結局期待しているのだ。あいつは上手くあしらっているようなことを言っていたが、女たちは期待しないわけがない。しかも始末の悪いことに、彼女たちは竹流には刃の先を向けたりはしない。結局恨まれるのはこっちのほうだということだ。

「お前を仲間に加えるのは反対だ。その意見は変わらない。だが、今度の件だけは別だ」
 真はやっと顔を上げた。
「その、寺崎さんの件だけど、彼がどうしても逃げ場が必要な場合、父親を頼ったりはしないでしょうか」

 昇は暫く、真の顔を驚いたように見ていた。
「どういう意味で言ってる?」
「つまり、八方塞りの時の逃げ場として。いくら寺崎さんでも、小さな女の子を連れて隠れ続けることは難しいのでは」
「あそこは絶縁状態のはずだ。そりゃあ、運送屋だけにネットワークはどこにでもあるだろうけど、寺崎が今更あの父親を頼ったりはしないと思うけどな。しかも、小さい女の子を連れて逃げ込むことだけは、絶対にないな。それに大体、寺崎は逃がし屋だ。いくらでも隠れるところを持っていると思うけど」

 真は頷いた。世の中には一体どれほどに父親と相容れない息子たちがいることか。どれほどの危機に直面していても、結局そこだけは頼るまいとしているのか。
 昇は真の反応が鈍すぎると思ったようで、仕方がないな、という顔をして付け足した。

「あの親父は変態だからな」
 そう言えば、ビッグ・ジョーも同じ事を言っていた。
「どういうことです」
「今は関西中心の運送屋だが、昔は北陸から関東を走ってたんだ。場所替えをしたのは昔のことを知っている人間から逃げるためだったとか」

 昇はそう言って、明らかに気分が悪くなるようなものを飲み込んでしまった顔をした。
「運送屋をしながら、いかがわしいフィルムを作ってたんだ。今その趣味はどうなってるのかは知らないけど。つまり、まだ大人にならないような子供や言うことをきかない高慢な男女を性的に苛めたり、拷問したり、死体ぬまで犯ったり、そういうフィルムだよ。警察に捕まっていないだけで、裏世界じゃ、皆、そのことを知っている。そのフィルムのお蔭でどれくらい儲けたかということもな。それに、よく知らないが、自分の子どもまで出演させてたっていうからな」

 真は暫く言葉の意味が飲み込めなかった。
「自分の子どもって」
「寺崎昂司が最初に逃げ出したのは、父親のところからだって、噂だけどな。もっとも、寺崎が仕事を始めたとき、父親はそれなりの協力をしている。いや、協力なのか、寺崎の方から脅し取ったのかは知らないけど」

 気分が悪くなった。もしかして、世の中には『良い父親』などいないのではないかとさえ思えた。
「でも、もしそうなら、その人は寺崎さんが隠れる可能性のある場所を知っているかもしれないのでは。あなたたちが本気で寺崎さんの行方を捜していることについては疑ってません。それなら尚更、あなたたちが思いもよらないようなところに隠れているかもしれない」

「馬鹿言うなって。一体どれくらい絶縁状態になってると思ってるんだ。それに、お前さん、会いに行こうなどと思わないほうがいいぞ。お前みたいなタイプは、子どもじゃなくても危ない。つまり、生意気で言うことをきかないような綺麗な顔をした子どもをお仕置きして泣かせて、最後は何だって言う事を聞くように調教するってのが、その手のビデオの筋書きと決まってる。だから、とにかく、寺崎が小さい子どもを連れて逃げ込むことは、東と西がひっくり返っても、ない」

 真は漸くグラスをテーブルに置いた。昇がそのように断言するのは、昇自身が寺崎昂司のことをよく知っているのからなのか、あるいは竹流が寺崎昂司を信じているからなのかと考えていた。
 昇は、寺崎昂司を、竹流の背中に火傷を負わせた人間として警戒していながら、それでも信頼するボスのために懸命に信じようといているような、少なくとも信じようとしてきた、そんな気がする。

 アクリルのテーブルの上に置かれた雑誌の表紙で、竹流が穏やかに微笑んでいる。
 一体、今頃、どこでどうしているのか。せめてどこかに髪の毛一本でも残していてくれたら。
 その視線の先を昇が見つめている。

「お前さ、そのインタビューを読んで、どう思った?」
 突然尋ねられて、真は上手く反応ができなかった。
「そういう形のパフォーマンスをするような男じゃないのは、お前も知っているだろう? リストランテもトラットリアも十分に成功しているし、今さら宣伝する必要はない。ギャラリーだって同じだ。修復の仕事も順調で、彼の名前はその世界の者なら誰でも知っている。そんなふうに大衆の面前に面を出す必要なんて、仕事のためだったら全くないんだ」

 じゃあ、あんたには分かるのか、と咽喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。喧嘩腰になっても仕方がない。もしかして昇には分かることでも、真には分からない。

 昇はわざとらしくため息をついて、立ち上がりながら聞いた。
「明日からどうする」
「とりあえず、心当たりを捜してみるつもりです」
「まだ心当たりがあるのか」
「あなたが言うとおり、『国の親分』が出てきたからには、悠長な話じゃなくなった。多少不利になっても、結局会わなければならない相手もいます」
 思い出したように丁寧語になる真に、昇はふん、と鼻で笑った。

 昇は仕切りのないダイニングに戻って、棚の上の方に手を伸ばし、両手で箱を下ろした。それを開けて、薬瓶を取り出している。蓋を開けて錠剤を手のひらに受けると、水と一緒に真のところに運んできた。
「お前、ちょっとぐっすり寝たほうがいい。心配するな。入眠剤だから、そんなに長くは効かないが、少しは深く眠れる。俺の言うことは聞いとくほうがいい」

 有無も言わさぬ気配で、昇は真に錠剤二つと水の入ったグラスを手渡した。
 真は暫く考えていたが、それもそうかもしれないと思って、結局飲んだ。確かに眠るのは不安で、ここのところ夢ばかり見て、よく眠れていなかったのも事実だった。
 真が薬を飲んでしまうと、昇が空のグラスを片付けてくれた。

「電気、消すぞ」
 真がソファに横になって掛け布団を引っ張ると、昇が電気を消した。
 暫く、何の気配も感じなかったが、少し眠気に襲われてきたところで、離れたところから昇の声が聞こえてきた。

「お前、何で寝てやらないんだ?」
 真は何を言われたのか分からなくて、目を何とか開けた。薄暗いばかりで、ものの輪郭はよく分からなかった。

「何が、です」
「あいつ、いつでも欲情してるんだって言ってたよ。何でやっちまわないんだと言ってやったら、相手が子どもだからな、と言う。勿論、言い訳だ。あいつはお前が拒否すると思っている。お前から誘ってやれば済む話だ」

 真はもう半分以上、相手の言葉を理解できなかった。
「今日、店でカウンターのカップルのキスを見てて感じたろ? お前、そんな顔してたよ。常識が邪魔するのか? つまり偏見があるのか?」
「女しか抱けないと言ったのは、あいつのほうだ。俺は、あいつが一緒に住もうと言った時、そういうつもりなのかと思って、覚悟してた……」
 でも、あいつは同居してから一度も、俺に手を触れたことはないよ。多分、俺は、どこかで分かってて、いつもあいつを挑発してた。

 後半は声になっていたのかどうかわからなかったし、自分でも本気で言っているのかどうか分からなかった。
「そりゃお前、あの時みたいに、女に入れ揚げて死にかかられちゃ、あいつじゃなくても面倒見なきゃ、って気にはなるさ。お前、あの時は本当に死神に取り憑かれてたよ。その上、事務所の爆破事件だって、お前は自分で自分の感情をどうすることもできないでいた。吐き出してしまえば済むことを、全て抱え込んで、内側に溜め込んでしまう。今でも、三上って男に罪悪感を持っている。お前のせいでもなく責任の取りようもないことについて、自分を追い込んでいる。竹流はお前をそんな場所から救い出したかったんだ。分かってんのか」

 俺は、女に入れ揚げていたわけじゃない。それに、分かっていないのは向こうの方だ。
 説明する義務などないと思った。添島刑事や昇に追い詰められる理由などないはずだった。だがもう頭は朦朧として、思考や言語はままならなかった。


 フロアライトがぼんやりとテーブルの上の雑誌を照らしている。

 そうだ。あれは恋文だ。
 大事な誰かに宛てた、長い別れの手紙。
 もしも個人的に送ったならば、相手は、これまでそうしてきたように、簡単にそれを破棄しただろう。
 だから、彼は手紙を公開した。たった一人の相手に向けて。今度は戯言ではなく、本気なのだと示すために。
 そして、その手紙を受け取った相手は、その意味を知っているからこそ、慌ててここへやって来るのだ。






やっぱり長いなぁ。すみません。
次回からは第14章『連絡を絶っていた男』です。
ついに寺崎昂司氏が登場です。あ、その前に、内閣調査室の男・河本との対戦があった。
真はいつも臨戦状態。彼に平安が訪れるのはいつでしょうか。

なお、この間に、【死と乙女】開始です。真の息子、慎一のお話。
夕さんリクエストにお応えして、お送りいたします。某指揮者の若かりし日。
次のぞろ目は2222……それまでには終わりたい!

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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