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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・本】 くまもん~セーガン博士の本再び 

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最近、本屋さんで、古いドラマのDVD+解説本全集とか、ブランドのちょっとしたグッズとか、プラモデルみたいなものとか(毎号組み立てていったら戦艦大和になるとか、プラネタリウムになるとか)、本風にして売っていますよね。
あれって、付録をメインにした本みたいなものなのかしら。

遠い昔、「科学」と「学習」という本を売っていて、付録に実験グッズやちょっとした化石が入っていたりして、毎月とても楽しみでした。
今みたいに通信販売もないし、ネット販売もないし、小学校の裏に毎月初めに売りに来るんですよね。
学校公認なのか、その時みんな学校の帰りに買いに行っていた。

それはともかく。
私はDVDシリーズで「Xファイル」と「鬼平犯科帳」を揃えました(*^_^*)

そして、時々手を出してしまうのがこれ。
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本屋さんで手に入るくまもんグッズ。
傘や親子バッグ、トートバッグ、文房具に続き、ランチボックスです。
いえ、私が持っていたのは、トートバッグだけだったのですが、このたび、そろそろ新しいランチボックスが欲しかったので、即買ってしまいました(*^_^*)
袋が大きめで、上に果物とかちょっとおやつとかを乗せられるのもいいです。
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くまもんは登録商標をしなかったとかで、誰でも使ってグッズを作れるようで、熊本県のあちこちで、その地域にしかないくまもんグッズが手に入ります。

でも、一番びっくりはこれ。
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熊本の県内でしか借りれないレンタカーです。
来週熊本に行くので、一瞬心惹かれましたが、これではちょっと道を走れない……^^;
レンタカーが全部これなら、いっそ思い切れるけれど。

それにしても、日本人は何でも「可愛く」キャラにしてしまいますね。
(子どもはキャラ化しないで欲しいけれど)
そして、それを楽しむのも上手です。
……でも、レンタカーはちょっと微妙。幼稚園バスじゃないんだし……^^;

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くまもんと一緒に登場したのは、先日ご紹介したカール・セーガン博士の遺作、アン・ドルーヤン女史(何人目かの奥さん^^;やはり科学者)との共著の本。

『はるかな記憶~人間に刻まれた進化の歩み~』
Shadows of Forgotten Ancestors


進化を辿りながら「ヒトとは何か」ということを語る本です。
この時代から今はもっと研究が進んでいて、新たに分かっていることも増えていますが、古いとは決めつけられない何かがこうした発見や歴史を語る本には潜んでいます。

竹流の愛読書のひとつがシュリーマンの「古代への情熱」。
何回読んでも感動する本です。
ダーウィンの進化論。今では間違っている部分も指摘することはできるけれど、それでも素晴らしい本です。
新しい情報ばかりが価値があるとは限らないんですよね。

私が中学生の時に出会った、生物の教科書に書いてあった言葉。

「個体発生は系統発生を繰り返す」

かつて受精卵だった私たちは、アメーバのような単細胞から始めたのです。
胎児が10か月の間にたどるのは、生命の数十億年の旅、なのですね。
だから途中に、ちょっと両生類っぽい時があったり、鳥っぽい時があったり。
この言葉に出会ったとき、「すごい、私という個体は40億年の記憶を繰り返して、この世に誕生したんだ!」と中学生ながら震えるような気持ちだったのを、昨日のことのように思い出します。
(ちょっと多感だった中学生の私……^^;)

さて、この本からも、ちょっと気になる個所を抜き出してみましょう。

鳥類の既知種のうちの90%以上が「一夫一妻制」を敷いていることが知られている。オオカミ、ジャッカル、コヨーテ、キツネ、ゾウ、トガリネズミ、ビーバー、コガタアンテロープなどについての数字ははっきりしないが、サルや類人猿では12パーセントの種に「一夫一妻制」が知られている。
しかし、オスが育児に関与し、その母親の面倒も見るという形式をとる多くの種では、一夫一妻制は他の雄を排除してしまうことを意味しない。オスが絶えずメスと性的交渉を持つ機会を狙っている一方で、メスもしばしばそういうオスを受け入れることがあるからだ。
生物学者が「混合婚姻戦略」とか「婚姻外交渉」とか呼んでいるものだ。DNAによって、一夫一妻制の鳥の夫婦が育てている若鳥を調べたところ、約40%が婚姻外の子どもであると同定された。ヒトでも同じようなものなのかもしれない。


大したことないな! 人類! サル系で12%だって!
でも、やっぱり大した奴らだよ、人類! 鳥もね! 誰の子でも「種の子ども」!

東北には夜這い民話がたくさんあって、特に祭りのときにはあちこちで、未婚者・既婚者関係なく、「よそ者」との一夜限りの恋の花咲くこともある(いや、咲きまくり)、で、子どもができちゃうこともある。
でも、誰の子どもだろうと、結婚している夫婦は、これを自分たちの子どもとして育てる。
ムラという閉鎖空間では、奇形や病気の遺伝子が濃く受け継がれるので、時々異分子を入れるというのが常識だったようで、異分子の子どもが生まれることは、歓迎しないかもしれないけれど、結構普通のことだったわけですね。
子どもが労働力、という時代でもありますし。

そう考えたら、今の「文明人」って、けっこう「コセイ」なぁ、と思ってしまうのでした。

次回は、アオサギの求愛シーンをご紹介。
「キライ」と「スキ」の二面性は、何もヒトだけではありません、というお話。

あ、落ちがなかったなぁ。

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Category: 本(ご紹介・感想)

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[雨76] 第15章 ビデオと女記者の事情(3) 

この章は、最後に事態が動くまで、志穂とマコト、じゃない、真が会話を続けています。
(「まこと」と打ち込んだら、「真」より先に「マコト」に変換される……^^;)
なるほど、似た者同士が会話を続けると、物事が解決するよりも、ややこしくなるだけ、ということがよく分かりました。
この章が終われば、登場人物は雁首を揃えたことになります。もちろん、これまでは名前しか出ていない人が幾人かいるのですが、その人たちが実際に出てくることになります……
その最たる人がチェザーレ・ヴォルテラと北条仁、ですね。どちらも濃いキャラです。

でもまずは、志穂とマコトの、じゃない、真のかみ合わない会話をお楽しみください。





 真は澤田の言葉を思い出した。
 彼女の記憶がどこか飛んでいる、ということを澤田が話していた。両親の自殺からある時点までの過去の記憶が失われている、つまり逆行性健忘だと。

 真にも同じ傷がある。
 十九の秋、昴という馬の背に乗っていた時点から病院で目を覚ますまで、つまり崖から落ちたという記憶が完全に欠落していた。いや、あるいは東京にいた時点からかもしれない。なぜ浦河に帰ったのか、その時自分が何を感じ、何を思っていたのか、そのことに対する記憶が全くない。

 時々真は、自分が本当は死んでしまっていることを思い出したくないのではないかと思うことさえあった。
 そう、自分が幽霊であることに気が付いていないのかもしれず、もしかして今の自分は夢をみているのだけなのかもしれない。
 あの時真は自ら命を絶とうとしたのかもしれないし、その背景には恐ろしくて思い出したくない理由があるのかもしれない。

 失われた記憶の部分に、自分自身の本質、自分という人間の核があるのだとしたら、今の真は人格のどこか、存在のどこかを削り取られたままではないのか。そしてそれを知ること自体が恐ろしくて、思い出さないように記憶の引き出しに鍵を掛けている。

 自分の人格のどこかが削り取られている空虚感は、時に身体の芯に大きな負担をかける。しかも削り取られた理由は、明らかに負の力なのだ。
 思い出すことは、その負の力をまともに浴びることになる。

 今の自分を形作っている一部分を完全に否定するかもしれない。
 あるいは、一部ではなく全てを。思い出したら、今、自分が生きていること自体を否定することになるかもしれない。

「糸魚川か?」
「さぁ、そこまでは。でも、彼女は自分の両親のことをよく知りたいと思ったかもしれない。澤田のことも。彼女にそれを決心させたものは」
「新津圭一?」真は呟いてから否定した。「違う、新津千惠子か」

 志穂はどこか空虚に真を見つめていた。感情を精一杯抑えているのか、会話を紡ぎながらも何か他のことに気を取られているのか。真は、もしかして何かを知っているかもしれない志穂の関心を、何としても手放したくないと思っていた。

「同じ境遇の娘を見て」
 言いかけて、真はもう一度否定した。
 千惠子が同じ境遇である事なら、深雪は少なくとも三年半前、新津圭一が亡くなったときに分かっていたはずだ。もしその時でないとしても、始めに糸魚川に行って両親の自殺を確認した三年前には、既に知っていたはずだ。そのとき、彼女は、千惠子を預かって欲しいという竹流の申し出を断っている。

 何故今頃動き始めたのか。
 寺崎昂司は、新津千惠子が誘拐未遂に遭ったと言った。そして、新津圭一の死が他殺であるという証拠が出たといった。

「深雪は澤田に復讐しようとしているのか。まさか、本当に澤田が新津圭一を殺したと思っているんじゃないだろうな」
「そうかも知れないわね」
 曖昧に返事をする志穂に、真は幾分か焦ってきた。

「君は、他に何を知ってるんだ?」
「何って? 大和竹流の居場所とか、ってこと?」
 真は思わず跳ね起きて、志穂の腕を取った。
「どういう意味だ?」

 志穂は、初めて真が示した強い反応を見て、皮肉な笑いを浮かべた。
「やっぱり、彼があなたの本当の想い人ってわけなのかしら。誰よりも大事な人」
「どうだっていいことだ。君には関係がない」
「彼に会いたい?」

 それは真の身体の芯を、本当の意味で刺激する言葉だった。真は志穂を掴んでいる手に、知らず知らずのうちに力を入れていた。暫くにらみ合ってから、真は漸く口を開き、自分に確かめるように一語一語力を籠めて尋ねた。

「知っているのか?」
「さぁ。条件次第では、知ることができるかも」
 志穂は時折曖昧に視線を逸らした。その目の中には、どこかに恐怖があるような気がした。

 真はふと、マンションの前で志穂に会った時の事を思い出した。彼女は、尾行を気に掛け、それから時々、何かを気にしているような気配を見せていた。
「条件?」真は、志穂の言葉を注意深く繰り返した。「言ってくれ」

 志穂はまた皮肉を込めたような笑いを浮かべた。だが、それは彼女自身に対しても向けられているようで、どこか哀しげにも見えた。
「何でも聞く、って顔ね」
 真は答えなかった。

 志穂は真が掴んだ手を緩やかに振りほどくようにした。
 その時、真は志穂の手に一瞬視線を向け、思わず凝視した。

 志穂の細い綺麗な指の指紋の隙間、爪と指の間に、濃い茶色の何かが取れずにこびりついていた。
 ずっと、血の臭いが鼻についていた。てっきり、自分の鼻腔に残っている寺崎昂司のものだと思っていた。

 志穂が真の手を振りほどこうとしたが、真は離さなかった。
「マンションで、何を見張ってたんだ?」
 大体、今更志穂が竹流のマンションを見張る理由が分からない。
「手を離して」
「言えよ」

「寺崎昂司を追いかけてたのよ」
「何故」真はそこまで言ってから、志穂の恐怖の意味を解した。「寺崎さんを刺したのは、君か」
 志穂のほうも暫く真を睨んでいた。
「寺崎昂司に会ったの?」
「先に答えろ」
 真は強い声で言った。
「そうよ」
「何故」

 しばらく楢崎志穂は真を睨み付けたままだった。
「寺崎昂司が人殺しだから」
「人殺し?」
 真も暫く黙った。何より、志穂が寺崎昂司とどう繋がっているのか、理解できなかった。
「私は、ただ事実を彼に確かめただけ」
「事実?」
「手を離して」
 真は志穂の強い言葉に、思わず手を離した。
「寺崎昂司が、御蔵皐月を殺したのかどうかを知りたかった。皐月の死体は出ていないけど、行方が分からないから」

「みくらさつき?」
 聞いたことのない名前。真は確認するように志穂の顔を見つめていた。

「そうよ。香野深雪に会ったわ。彼女は、田安さんから手紙を受け取ったって言って、私に会いに来た。誤解があるようだから直接私に話して欲しいって、そう書いてあったそうよ。香野深雪は、放っておくつもりだったけど田安さんが死んでしまったので私に会う気になったって言っていた。糸魚川で自殺した旅館経営者の夫婦には女の子が二人いた。姉は施設に預けられて、その後幾つかの施設を転々として、澤田顕一郎というパトロンを得た。妹は両親が亡くなったとき、まだ赤ん坊で、直ぐにどこかに養女に出されていた。香野深雪は、自分に妹がいるとは知らなかったけど、三年前に糸魚川に行って両親の事を調べた時に、妹のことも聞いたそうよ。弥彦に貰われていったそうだって。だから、きっと幸せにしているだろうし、名乗るつもりはないし、自分に妹はいないと思っているって。だから、少なくともそれは私じゃない、って」

 真が聞いたとき、深雪はきっぱりと言った。
 いいえ、妹なんていないわ。私は親も知らないの。
 深雪は、自分の記憶にない、当時は赤ん坊だった妹の人生に、今さら一点の翳りもつけたくないと、割り切ったのだろう。

 そして、不意に思い出した。
 弥彦神社で出会った、美和が写真を撮ってもいいかと交渉していた、明るい赤の袴を着た巫女姿の女性。どこかで会ったような気がする、と美和には適当なことを言ったが、本当は深雪に似ている、と確かに思っていたのだ。

 だが、深雪の持つ深い海のような暗い色合いは、その女性からは感じることはなかった。その人は穏やかで暖かい北の日差しを思わせたので、あの時は他人の空似だろうと思っていた。
 もしも深雪が幸せであったなら、あんなふうに笑ったのだろうか。いや、人は同じ親から生まれたとしても、育った環境で表に現れる顔を変えてしまうのだ。

「私に糸魚川の事件を話したのは、私たちの保護者だった」
 やがて、志穂が重い声で語り始めた。
「私たち?」

「私と、御蔵皐月の保護者。私たちは施設で育ったの。経営難で施設が閉鎖されたとき、私たちは別の施設の経営者に引き取られた。他にも、色々な施設から子供が引き取られていた。彼は私たちをみんな養女や養子にして、全ての面倒を見てくれた。私たちの才能を見つけては伸ばして、社会に出て行けるようにしてくれた。皐月と私は前の施設からずっと姉妹のように育っていたし、本当に仲が良かったの。小さい頃体の弱かった私を、ひとつ年上の皐月はいつも庇って助けてくれていた。皐月には絵の才能があったの。私たちの保護者は、自分には代々受け継がれた、使いきれない財産があるのだけど、自分には子供がいないから、君たちに全て使うつもりだと言っていた。皐月は彼に勧められて、パリに留学して、本当に懸命に絵の勉強をしていた。人生を全うするためには、自分はいつか某かの人物になるのだと強く信じなければならない。それが彼女の口癖だった。私には彼女は眩しかった。綺麗で華やかで、気がきつくて、少し影があったけどそれも魅力的で、とても施設出身とは思えない気品と気高さがあって、私の自慢の姉だった。それでも絵なんて簡単に売れるものじゃない。そんな時、彼女の才能を買って、ある画廊が一週間ほど無償で彼女の絵の販売会をしてくれた。皐月は、その画廊の経営者にのぼせ上がってた」

「竹流のことか」
「そう。私は皐月が心配だった。耳に入ってくる噂は、女関係ではいいものはなかったし、裏で怪しい仕事をしているんじゃないかって、評判だったし。でも、皐月は私の言うことには耳も傾けてくれなかった。四年ほど前、皐月は彼と一緒に面白い仕事をしているんだって、それは楽しそうに話していた。でも、その時彼女は寺崎昂司とも付き合っていた。どういうつもりなのかって聞いたら、寺崎にはやってもらわないとならないことがあるからって」

「やってもらわないとならないこと?」
「皐月は、寺崎を何かに利用しようとしていた。大和竹流がどのくらいそのことを知っていたのか分からないけど、でも、大和竹流は皐月を責めなかったし、放っておいてくれた」

 それは葛城昇の言うとおり、竹流は単純に女に泣かれるのと、女を責めるのが嫌いだからだ、というだけの事なのだろう。
「寺崎さんは、そうじゃなかったということか」
「よく分からない。寺崎昂司が何を皐月に頼まれて、どうして皐月を裏切ったのか」

「裏切った?」
「そうよ。その時のことを寺崎昂司に聞いたけど、寺崎は皐月がとんでもないことをしようとしていた、ってそれだけだった。もしもこの事が大和竹流に知れたら、いくら女でも竹流は許さないだろうって。皐月をどうしたのかって聞いたら、もうこの世にいないって」

「寺崎さんが、その御蔵皐月を殺したというのを真に受けたのか」
 志穂は息をついた。
「寺崎昂司は、皐月の形見だといって、私にペンダントをくれた。私たちが二十歳になった時、二人ともきっと幸せになろうって、ううん、きっとやるべきことをやり遂げて、そうして幸せになろうって、プレゼントし合ったお揃いのペンダントだった。カッとしたの。何だか訳も分からず揉み合っていて、気が付いたら怪我をさせていた」

「何故そのままにしたんだ」
 志穂は声を高くした。
「寺崎昂司が大丈夫だから行けって。その時はそんな出血には見えなかったのよ。寺崎は時間を気にしていた。それで、あとをつけたら、あなたの同居人のマンションに入った。問い詰めようと思ってたのよ。でも、寺崎は出てこなかった。代わりに出てきたのはあなただった。あなたから血の臭いがした。寺崎昂司に会ったんでしょ」

 真は暫く志穂を見つめていた。彼女の話がどこまで本当か掴めなかった。
「それで、寺崎さんの事を放っておいて、俺をここに連れてきた理由は何だ? 誘惑するのが目的ではないだろう」
「あなたと寝たかったのは本当よ」
 志穂が敵意とも愛情とも取れる強い目で真を睨んでいた。もちろん、愛情のはずはない。

「香野深雪が姉ではないって分かったのなら、何故」
 志穂は俯いた。
「あの女は嫌いなの」
「新津圭一が彼女に惚れていたからか」

「新津を騙したのよ。あの女は、澤田に復讐するために新津を利用したんだわ」
「香野深雪が新津圭一を騙したとは限らない。新津圭一はやり手の記者だった。逆に彼が深雪を騙したかもしれない」
「香野深雪の肩を持つの」
「君の新津圭一への感情が一方的に過ぎると言ってるんだ。それに、二人は本当に愛し合っていたかもしれない。君は混乱しているんだ」

 志穂は今度こそ口をつぐんだ。真の言葉が突き刺さったように、視線を一瞬宙に浮かせて、それから俯いた。
「あなたって、酷い男ね」
 真は溜息をついた。
「女の気持ちを思い遣っている余裕が無いんだ。それは、自覚している」

 会話を繋いでいるうちに漸く落ち着いてきた気がした。
 真はシャワーを使い、志穂にもそうするように言った。冷静になってみると、自分たちの体から幾分か血の臭いがしている気がしたので、それは確かにまずいような気がしたからだ。

 志穂がシャワールームから出てくるまでの間に、真はリビングルームのソファに座り、やっと煙草を吸う余裕を見つけた。マンションで見たビデオが、多少は記憶の中から現実味を失っていることについては、楢崎志穂に感謝したい気持ちだった。

 一本吸い終わる頃に、志穂がベッドルームから出てきた。
 ふと志穂を見ると、彼女のほうも少し落ち着いたのか、いくらか穏やかな表情をしていた。真は志穂にソファに座るように促した。志穂は、珍しく大人しく真の隣に座った。

「ずっと聞きたかったんだけど」
 真が話しかけると、志穂は、淡々としてはいたが、それでも以前よりは打ち解けた表情で真を見た。
 肌を合わせると、男女は不思議と心を通わすことができるような気がする。もっとも、それは多分、男のほうの勝手な思い込みか、自惚れなのだろう。

「田安さんがどういう人なのか、君はどうやって知ったんだ? あの人が、あの地下の射撃場に他人を入れることなど、滅多になかったはずだ」
 志穂は厚くて扇情的でさえあるその唇を横に引き延ばすようにして、微かに笑った。
「じゃああなたは? 自分が田安のおじさんに選ばれた、すごく特別な人間だと思ってる?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
 志穂は両脚をソファに引き上げるようにして抱えた。さっき抱いた女の脚を改めて見て、その綺麗なことに驚く。

「私、死に損ないなの」
 真は言葉の意味を確かめるように志穂の顔を見た。志穂はソファの向かいの白い壁を見つめていた。

Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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