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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨82] 第16章 任侠の男(5) 

【海に落ちる雨】第16章最終話です。
竹流の足跡を求めて、新潟の豪農の館を再訪しようという真。
ヤクザに痛めつけられてすっかり身体はぼろぼろですが、頭のほうは冴えてきているようで……
少しは竹流に近づけるでしょうか。

最近、ちょっと真面目に小説ブログになっていますが……
たまには面白い事のひとつも書いてみたいけれど、なかなかネタもなく……
巨石紀行は今週末の三味線の大会が終わってからになるでしょうか。
あ、巨石紀行は別に面白くないのですけれど。しかも今回は、ほぼ蚊との戦い。
関係ないけれど、最近、ちょっと嬉しいこと。
トップ記事の拍手が地味に増えること……(*^_^*)





 夢の中だったのかも知れないが、『Unchained Melody』が流れていた。1955年以来何度もリバイバルヒットを飛ばしていて、映画の主題歌にも何度か使われている。竹流が珍しく歌っていた事がある曲だ。
 もっともカンツォーネなら何度か聞かされていたので、珍しいというのはアメリカの曲を歌っていたという点だが、その曲には竹流にも思い出があるようだった。詳しく聞いたことはないが、日本に来る前にニューヨークで一年ばかり世話になっていた人が、よく聞いていたのだという。
 竹流と音楽の繋がりはよく分からないが、彼が酔って陽気になると、調子のいいカンツォーネや、時には真の祖父母に教えられた日本の民謡を歌っていたのは事実だ。いい声で、女でなくても聴き惚れる。

 そうか、考えてみれば、あれは仁と一緒にあの店に行ったときだった。
 真が席を立っている間に、二人は何か賭け事をしていたようだった。何を賭けていたのかは、教えてもらえなかったので分からないが、その賭けは引き分けだったようだ。
 引き分けの結果、仁は明らかに射程範囲外の厳つい男を口説かされ、竹流は生バンドの前で歌った。ぞくっとするような唄声だった。身体に火をつけられるようなハイバリトンの声と共に、近くに座っていた年配の婦人たちのうっとりとした溜息を今も思いだす。

『負けたらどうなってたんだ?』
 返事をしたのは仁だった。
『俺が負けたら、美和を一晩貸すことにしていた。こいつが負けたら、お前を自由にしていいということになってたんだがな』
 こいつら何を賭けてたんだ、と思って竹流を見ると、ただ面白そうに笑っていただけだった。

 もっとも、仁が負けていたとして、実際美和を竹流に任せるなどあり得ないと思うし、万が一そうだとして、竹流が美和をベッドに誘うとは思わなかった。美和は葉子と同じで、可愛い妹みたいなものだ。それに、基本的に年上のやり手の女が好みの竹流の守備範囲からは、多少外れているように思う。
 もっとも、女は誰でも大事にするのが当たり前と思っている男だ。実際目の前に餌をぶら下げられたらどうなるかはわからない。
 反対の場合はどうだったのだろう。竹流は、真を仁に委ねるようなことはないと思いたいが、何とも言えない気がした。だが、仁は真が拒否すれば、無茶なことはしないだろう。
 いや、それ以前に、真も美和も、物でも猫の子どもでもないのだし、この男たちが自由にしていいわけがない。

 ナポリの港で竹流が歌っていた、恋人の窓辺で歌う甘い恋の歌。耳元で囁くような声。それが頭の中で『Unchained Melody』に重なっている。歌いながら、一瞬彼が自分を見たように思ったが、次の瞬間には一番前の席に座っていた髪の長い美人と視線を交わしていた。歌い終わった後にも、少しの間、彼女と何か話していた。女は男と来ていたが、あのカップルは多分あの日、揉めたことだろう。

 泣いているなどとは、自分でも思わなかった。
 不意に冷たい手が頬に触れて、真は驚いて跳ね起きた。
「可愛い奴だな、お前」
 車は停まっていた。ガラスの外を見ると、まだ雨は止んでいなかったが、空は幾分か明るくなっていた。駅前のロータリーのようだった。
「寝ながら泣けるってのは才能だな。かかってた曲が悪かったか」

 夢ではなかったのだ。レス・バクスターが歌っているという違いはあるけれど。
 車の時計を見ると、七時前だった。朝飯を食べることになって、駅前の喫茶店に入る。和食中心の朝定食屋で、仁はしっかり鮭定食を平らげたが、真は雑炊を何とか半分程度胃に流し込んだだけだった。
 まだ気持ちが悪くて、水分以外は胃の中で暴れまわるような気がした。
 仁がコーヒーはどうだ、と尋ねたが、さすがに限界だった。
 仁のコーヒーを待つ間、真は出された暖かいお茶の入る湯呑みを触りながら、ふと顔を上げた。

「タイ人はプロを雇ったと言いましたよね」
「あぁ」
「それは所謂、スナイパーですか?」
「そう聞いてるが」
「でも、田安さんは溺死したんですよ。少なくとも弾傷なんてのはなかった」
 仁は煙草の灰を落とした。
「じゃあ、ガセだったのか。それとも、別のプロが雇われたのかな」

 真はどこかで武史を疑っていたことに今、自分で気が付いた。だから、頭の中で田安が溺死だったことを確認して、どこかでほっとしていた。
 朝倉武史は優秀な工作員かもしれないが、所謂抜群の腕を持つスナイパーの一人だと聞いていた。もっとも、武史の仕事を本当のところはよく知らない。知りたいとも思っていなかった。

「しかしな、こういう世界じゃ、名の知れた誰かが死んだり殺されたとき、そいつを始末したのは自分だと名告りを上げることで、自分の存在を示す、所謂売名行為ってのがあるからな。そのタイのヤクザは新進気鋭、と言えば聞こえはいいが、かなりヤバい橋も渡ろうっていう連中だ。タヤスってのは、内戦なんかで雇われる傭兵の中じゃ伝説の男だからな。自分たちが殺った、しかも一流のプロを雇った、ってのは、つまり金と勢いがあるってことを示すいい宣伝だったわけだよ」
「でも、そうだとして、そのタイ人たちはどうして田安さんが死んだことを知ったんですか。かつては名の知れた傭兵だったとして、いまでは東京の片隅で暮らしている一介の老人ですよね」

「さて、そこだな。本当に、一流のプロを、誰かが動かしたのだとしたら。そして、誰かが、本当の目的を世間的にも知られたくなかったのだとしたら、誰かさんとヤクザの利害は一致する。でもな、真、お前は知らんかもしれんが、田安隆三はただの老人じゃない。さんざん人の恨みも買ってるだろうし、今でもあの人を頼る若手は多いと聞くし、傭兵の斡旋や所謂内戦国における情報の売り買いの中継地点みたいな役割は今でも十分果たしているんだよ。ただの傭兵上がりのおっさんってわけじゃないさ。お前さんに対して気の好い老人の顔を見せていたんだとしても、それは一面に過ぎんよ。お前が朝起きてマンションを出て事務所に辿り着くまでの間に、田安隆三が死んだってニュースが東京からタイの山奥に飛んだって別におかしくはないさ。なんせ、東京って街は、犯罪者にとっても安全で居心地のいいところらしいぜ。情報の中継地点になっていても、住民も政治勢力も、誰も気が付かない」

 真はしばらく、仁の指先の煙草の煙を見つめていたが、やがて息をついた。
 そうだ、誰も、信じるに値する顔だけを持って生きているわけではない。

 下の蓮生の主人に会うためには、蓮生千草に仲介をしてもらうのが一番良さそうだった。あの下蓮生の若旦那に会って頼むのは、ちょっとばかりぞっとする。
 その件を仁に告げると、既に仁は浮き浮きしているように見えた。美和ちゃんに言いつけますよ、と言うと、じゃあ口封じに襲うぞ、と巻き返された。どこまで本気でどこまで冗談なのか、時々分からないのが仁の不可思議なところだった。

 荒川に向かいながら、仁に蓮生の歴史について話した。仁は時々短い質問を挟んできた。
「何ともすさまじい話だね。その高貴なロシア人女性は、つまり遊女のようにされていたんだろう? そりゃあ、恨みも籠もって、跡継ぎもいなくなるかもなあ」
 真が『河本』が言ったことを伝える前に、仁はそう言った。やはり北条仁はただ者ではない。真には全く持てない視点だった。

「大方、その下の蓮生の当主が焼き捨てたかったのは、蓮生の負の歴史なんだろうよ。俺にはよく分からんが」
 仁はさすがに教養があるヤクザだ、などと感心している場合ではないが、視点を変えれば見えてくるものもあるのかもしれない。

「日露戦争で日本は形の上では勝利を納めましたが、賠償金は得られなかった。あの戦争はイメージ戦争という側面があります。実際の戦い以上に、メディアが大きく動いた時代だった。詩を始めとした芸術も、宣伝という意味での新聞の普及も、国際社会にイメージを売る手段も、ある意味娯楽に近いものがあった。否が応でも民族意識は高められて、次の戦争に走っていく土台を作ったわけです。しかも、あの戦争では胡散臭い美談が随分作られている。ロシア人捕虜に手を貸す日本人の話とか、処刑する前に敬意を示して握手を交わした、とか、敵味方なく援助する看護師の話とか。その陰でどんなことがなされていたのかは、誰も知らない。勿論、どういった事情で絵や女性が連れてこられたのかは分かりませんが、結果的にロシアはそのまま革命に突入してしまって、うやむやになったことも多いのだと思います」

「そりゃ、あいつの講義か?」
 北条仁は、真の中学高校時代の勉強のほとんどを見てくれていたのが、大和竹流であることを知っている。
「それと、うちの祖父さんと。あの二人は酔っ払っては一晩中歴史論議をしていますから」
「お前は、ぐれてた割にはいい教師に恵まれてたわけだ」

 仁の感想については、全くその通りだと思った。
 父と母には捨てられても、祖父は本当に大事に自分を育ててくれたと思っている。伯父の功には複雑な事情はあったかもしれないが、彼は『父親』になろうと懸命になってくれていた。叔父の弘志もそうだった。真が子どもの頃、まだ高校生だった弘志は、ぐれては家出を繰り返していたが、少し離れたところでいつも守ってくれていたのは知っていた。好奇の目で見られ、苛めにもあっていた子どもの頃、世界は神と人とあらゆる生き物との共存で成り立っていることを教えてくれたのは、アイヌの老人だった。そして、この世界で現実に生きていく方法を全て教えてくれたのは竹流だった。世界が美しく、学ぶべき事で満たされていることを教えてくれたのも、彼だった。

「さて、何が出てくるのかね」
 仁は半分楽しそうに呟いた。真としては楽しむ要素など微塵もなかったが、仁の好奇心を止めるのは無理な相談だった。
 荒川の上蓮生家に着くと、道路に何台もの車が停まっていて、客人もあるのか、仕出し屋の車らしきものまで見られた。近くにボルボを停めて見ていると、仁が口笛を吹いた。
「あれがお前の言う美人か」

 真よりも先に、仁が蓮生千草を認めたようだった。千草は青っぽい色合いの小紋を着て、仕出し屋と女中のやり取りに何やら口を挟んでいるようだった。小雨が降っているので、彼らは門の屋根の下に立って話している。
「法事か何かかな?」
「そのようですね」
 仁がボルボを降りたので、真も助手席のドアを開けた。車を出ようとして一瞬ふらついたのを、仁の手が支えてくれる。てっきり美人に見とれているのかと思えば、いつの間にか側にいる。北条仁が危ないのはこういうところなのだろう。

 車を出ると、途端に千草と目が合った。思わず会釈すると、千草は仕出し屋に声を掛けて、傘を広げると真っ直ぐボルボのほうにやって来た。
 こうしてみると、蓮生千草は背も高く、着物姿で見栄えのいい女性だが、日本人離れして颯爽として見える。仁の好みというよりも、竹流の好みに近い。
「きっともう一度いらっしゃると思っていましたわ。今日はお連れの方が違いますのね」

 その言葉を受けて、仁は千草に挨拶をした。
「関東寛和会仁道組組長代理、北条仁と申します。以後、お見知りおきを」
 さすがに真はびっくりした。いくら何でも初対面の女性に、ヤクザだと名乗る馬鹿がどこにいるのだろう。しかも、それにも増して驚くのは、千草の応対だった。
「上蓮生の主、蓮生千草と申します。こちらこそ、どうぞよろしく」
 肝が据わっているというよりも、ほとんど無謀に近い。千草は顔色ひとつ変えていない。

 口を挟むチャンスもなかった真の代わりに、仁が続けて聞いた。
「法事ですか?」
「いえ、親族会議ですわ」
 一旦、意味深な視線を屋敷に向けてから、千草は真と仁に向き直った。
「あなたは丁度良い日に来られましたわ。蓮生の家の者は、今日は皆ここに居りますから、邪魔が入らないでしょう。下蓮生の主人は、今一人です。近所の手伝いの女性が来ていますが、甘いものが好きですの。千草が言ったと伝えて下されば、問題はありません」

 どうして下蓮生の主人に会いにきたと分かったのだろうと、真は思ったが、千草は人の嘘も見分けられると言っていた。彼女なりの判断の結果なのだろうし、そう考えてみれば、仁が肩書きを偽っても直ぐに分かってしまったかもしれない。
「会議が終われば、下蓮生に連絡を入れます。こちらにいらして下さい」

 ボルボに戻ると、仁は、菓子だけじゃなくて薔薇も添えるか、と呟いた。真は仁に問いかけた。
「いくら何でも、いきなり名乗りますか」
「それもそうだな。けど、目が合っちまったんだよ。嘘言っても無駄ですよ、って目だ」
 確かに仁の外見からして、一般人とはかけ離れている。
「それに、同衾したら直ぐ分かっちまうからな」
「同衾、って」
 仁はボルボを発進させた。
「あなたって人は、懲りない人ですね」
 先を言いかけて、真は留まった。美和の名前を出すのは、多少気が引けたからだ。美和が俺の女だと言った舌の根も乾かないうちに、もう他の女に目をつけているわけだ。しかも、どう考えても口説く気でいる。





さて、竹流が辿った場所にようやく近づくことができそうです。
ボケた老人から、彼について何か聞きだすことができるのか。
次回から第17章『豪農の館の事情』です。
そして、仁の毒舌全開?
2人寄れば文殊の知恵(3人いないの……^^;)、2人の会話から出来事を整理していくと、何が起こっていたのか、見えてくるかもしれません。

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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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