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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨91] 第19章 同居人の足跡(2) 

【海に落ちる雨】第19章 その2です。
火事の最中、蓮生家から逃げ出した真と仁。
あれ? 仁は素っ裸だったのでは? と気にしてくださっていた方。
そうなんですよ。纏っていたのは彫り物の龍のみ。
どうなったか、続きをお楽しみください。
深刻なのに滑稽なシーンになっておりますが、それもまたよし、ということで。
今回は、真と仁の会話をお楽しみください。





「仁さん、服、着たほうがいいんじゃ」
 上蓮生家から上手く車を出して、警察や消防とすれ違わないようにスモールランプだけで田舎道を逃げると、火事の気配が分かるか分からないかの辺りでやっと仁は車を止めた。
 振り返ると、空が明るくなっている一部が、蓮生家の辺りなのだろう。まだ鎮火しているようではない。
 仁は無言のままで突然真を抱き寄せた。思わず逃げようとしたが、次の瞬間には更に強く締め付けられるように抱かれていた。汗や煙の臭いと一緒に、情事の気配を窺わせる複雑なすえたにおいも混じっていた。

「仁さん」
「怪我はないな?」
 真は勢いに押されて頷いた。
「煙、吸い込んでないか? 頭、痛かったりしないか?」
「多分」
 ようやく仁は落ち着いたのか、改めて車を走らせ始めた。

「服、着たほうがいいですよ」
「できるだけ離れるほうが先だ」
 確かにその通りだが、素っ裸で刺青だけを纏ったヤクザと浴衣姿の探偵とが、夜中の田舎道を火事現場から逃走している状況は、どう考えても妙だ。そう考えていると、ただ滑稽な気分になって、笑えないながらも少し落ち着いてきた。
 落ち着いてくると、仁の姿から思わず目を逸らしたが、窓ガラスにも仁の横顔と逞しい腕が映っていた。

 意外にも闇にくっきりと映り込んだ腕を思わず見つめる。
 美和のことを考えていた。北条仁と美和とがどのような時間を共有しているのか、どうにも気になった。
 美和は都内に実家の両親が購入したという分譲マンションを持っているが、そこには週に一日居ればいいほうだった。さすがにその部屋に男を住まわせているとなると、両親に知られる可能性もあり、彼女は仁のマンションに半ば住んでいるような状態だった。北条仁も、さすがに跡取り息子であり、高円寺の北条家に全く居ないわけにもいかず、マンションと北条の屋敷を半々で過ごしているように思える。

 意外に幼かった美和の身体を思い出していた。仁の普段の振る舞いを見ていると、何となく美和との生活も相当なものに思っていたが、実際はどうなのだろう。他人の性生活を覗き見るような悪趣味はないつもりだったが、美和の事となればいくらか気になってきた。
 確かに悪趣味だ。
 そう考えて、打ち消した。

 目を閉じると、喉がごそごそした感じが気になってきた。多少は煙を吸い込んでいたのかもしれない。一体、あれは何だったのかと改めて考えると、ようやく自分は殺されかけたのか、と思い至った。
 だが、誰に?
 正当な疑問だが、見当がつかなかった。蓮生千草が自分を焼き殺すだろうか? その理由は?
 もしも、千草が蓮生家の恥部を世間に晒したくないという理由で、幾分かの秘密を知ってしまった真を殺したいとしても、北条仁がそれを知っている。女が愛情を理由に男に加減をしたとして、今日会ったばかりの仁に千草が手心を加える必要はないはずだ。

 今更どこかからヤクザが追いかけてきて相川真を何とかしたいとしても、わざわざ蓮生家で焼き殺す必要もなさそうだし、面倒すぎる。この新潟という場所で、状況を理解していて、今自分を殺したい人間?
 そういう人間はいそうになかった。それに、焼き殺すというのは、かなり不確実な殺人の方法だ。致命傷にならなくても起き上がれないようなダメージを与えておかなければ、必ず死んでくれるとは限らない。
 いや、俺は何か妙なものを口にしなかったか? 蓮生に伝わる薬湯? やはり千草が俺を殺そうとした?
 どうにも腑に落ちない。

 エンジン音が止まって、真は目を開けた。海辺の道路沿いの僅かなパーキングエリアのようなところだった。海は凪いでいて、波音も静かだった。暗いとは言え、幾分か明るささえ感じる海と空の番。
「お前も着替えたほうがいいぞ」
 そう言われて、車を降り、浴衣を脱いで着替えた。北条仁も漸く、素っ裸からスーツ姿に戻った。
 生の肌に龍の彫り物だけを纏っていても、スーツを着ていても、北条仁は普通の人間には見えない。
 しかも、こんなところでいそいそと衣服を身に付けているところを他人が見たら、いかにも車でやってました、というように思われるだろう。

 そう考えると、また何となく可笑しくなった。同じ事を仁も考えていたようだ。
「情事の後、まだ余韻の残る身体に服を着る、っていう色っぽい場面に見えんこともねぇのにな。実際は火事場から逃げ出した私立探偵とヤクザだ。どうにも間抜けでいけないねぇ」
 仁が運転席側から真の側に回ってきた。ひょいと煙草を一本渡してくれる。
「きついか?」
「いえ、有り難いです」

 咥えると、仁が火をつけてくれた。
 暫く言葉も交わさず、暗い海を見ながら煙草を吸った。薬やら煙やらを吸い込んだ身体も咽も、新たな侵入物に悲鳴を上げるのかと思えば、紫煙は随分と心地よく肺にも胃にもおさまってくれた。
「お前を焼き殺すつもりだったんだろうか? いくらやりたいからって、俺だけ見逃すとは思えんが」
 真は仁を見た。
「千草さんが僕を焼き殺してまで、守りたいものがあるようには思えませんでしたけど」
「あの女、日本人じゃねぇな」
「え?」

 幻覚のような千草の姿から想像していた何かは、ぼんやりとイメージを形にしていった。
「お前も、姿成りは日本人だが、目の色も髪の色も、それに全体のバランスも、どこか微妙にズレたところがある。あの女もそうだ。弥生ちゃんが言ってたのは噂でも嘘でもない。本当に異人の血が混じってる身体だ。彼女の場合は目や髪の色にはあまり表れてないけどな」
 弥生ちゃんって誰だっけ、と思ってから、仁の屈託のなさに幾分か呆れた。

「ハーフか、クォーター?」
「お前は? クォーターか?」
「多分。母親の事はよく知らないので」
「じゃあ、まあ、あの女もそんなところだろ。蓮生の屋敷にロシア人の女性がいたのは事実だろう。それが蓮生の男どもの子どもを産んだっておかしくない。あるいは、誰か他の男にあてがわれた結果の子どもかもしれないけどな」
 海は凪いでいたが、海鳴りは遠く響くようだった。
「じゃあ、千草さんは、もしかすると蓮生家を恨んでいる?」
「それは、有りだな。終わり方がどうのと言ってたろ」
「でも、僕を焼き殺す理由にはなりませんけど」
「それもそうだ」

 煙草を吸い終わると、仁に促されて車に戻った。
「ちょっと眠っとくか」
 運転席に戻ると、仁は呟いた。
「車で眠れるか? 何ならラブホテルでも探すか」
「車で結構です」
 思わず即答すると、仁は笑いながら座席を倒した。真もそれに倣う。

 目を閉じると、海の音が遠く深く、身体に振動のように伝わってくるのを感じた。眠れるとは思えなかったが、横になっているだけでも少しは楽な気がする。
 やはり美和のことが気になっていた。
 仁がどういうつもりなのか、千草についてはたまたま気に入ったタイプの女だから寝てみたかったのか。あまりにも美和がかわいそうな気もしたが、他に気に入った相手がいたら寝ても構わないと、仁は美和に言っていたという。それなのに真と美和のことは気に入らないということは、やはり他の男と寝てもいいという言葉は、北条仁のパフォーマンスに過ぎないからだろう。本当は美和の浮気などありえないと思っているのだ。

 それほどに、美和を愛しているということなのだろうか。
 よく分からないと思った。仁はタイから帰ってきて、美和にすぐに会おうとは思わなかったのだろうか。
 美和が九州から帰っているのかどうか気になったが、仁に聞けそうになかった。
 いや、北条仁も、意外に純粋なのかもしれない。好きでたまらない女には、距離を置いてしまう。そう考えれば、美和と仁の間に、身体の関係という意味では遠慮や羞恥があってもおかしくはない。

 実際、あの彫り物だ。美和がいくら肝が据わっているとは言え、まだ二十歳を越えたばかりの女子大生で、彼の背中の彫り物を見て平気でいられるとも思わない。
 いつか、北条東吾が酒を飲みながら、呟いていた。
 わしが、仁の身体に消えねぇ傷を負わせてしまった、と。
 北条東吾は組を畳むつもりだったのだ。だから、仁を大学に通わせていた。

「車で結構です、っていうのは、車でやってもいいってことか?」
 ぼんやりとした頭に仁の声が入り込んできた。内容を理解できず、何度か反芻した後で真は漸く目を開けた。
「何言ってるんですか」
 からかっているのだろうと思って仁のほうを見ると、仁は目を閉じたまま静かに仰向けになっていた。
「千草さんと十分楽しんだんじゃないんですか」
 少し考えるような時間を置いてから、仁は答えた。
「まぁな。かえってくすぶっちまったな」

 仁は目を閉じたままだった。仁が美和以外の誰かと寝たいと思うのは、美和に対して好き勝手に振舞えないからなのかもしれない。
「仁さん」
「何だ?」仁は目を閉じたままだ。
「仁さんは、寂しいと思うことはないんですか」
「何に対して?」
 仁は淡々と答えている。
「北条の親父さんは本当の父親ではないでしょう?」
「それが何だ? この年になって、今更乙女チックな感情なんかねぇな」
「昔の事を、思い出したりはしないんですか?」

 仁は暫く黙っていた。真は自分が何を聞きたいのか、自分でもよく分かっていなかった。ただ美和のことを気にしていただけだった。
 だが、仁のほうでは何かを察したのか、ゆっくりと穏やかな声で言った。
「満州のことか? 戦争が終わった直後は、俺もまだ右も左も分からないチビだったし、はっきりとした記憶はないな。親父が亡くなったのも覚えていない。お袋が死んだときの事は何となく覚えているが、感情も記憶も絡まっちまってて、よく分からん。お袋を看病してくれていた中国人の看護婦が優しい人で、子どもが戦争で亡くなっちまって、日本人に恨みもあっただろうに、当局の目を恐れずに俺を息子だと主張して面倒を見てくれた。その人の事はよく覚えてるよ」

「満州に残ろうとは思わなかったんですか?」
 仁は笑ったようだった。
「なぁ、俺は東吾の親父が俺を探しに来てくれたとき、本当に感動したんだぜ? 親父には感謝してるよ。本当の親だろうが、そうじゃなかろうが、どうでもいいことだ」
 それが北条仁にとって『真実の瞬間』のひとつだったのだろうか。
「でもヤクザにならなくて済んだかも」

 不意に仁が起き上がった。真はびくっとした。
「お前、何か勘違いしてるだろ。あんな時代だ。満州に取り残された日本人の子どもが、運よく良心的な中国人に拾われたとして、必ずしもまともに暮らしていけるとも限らない。捕虜になって、死んじまった日本人の方が多いんだ。だが中国人だって、みんなが貧しく苦しい時代だった。東吾の親父だって、華族が没落して地面に叩きつけられたような時代を、頭と腕だけで乗り越えてきた。俺に堅気として生きていけるように教育もしてくれた。だが、親父が店を畳みたくても、これだけの所帯だ。誰かがしょっていかなけりゃならない。俺は自分から望んで彫り物を入れたんだよ。親父のほうが泣きやがった。けどな、これが俺の親父への覚悟の示し方だったんだ」

 そう言って、仁は真に背を向けた。真はその背中を見つめていた。
「美和ちゃんに会って、後悔しなかったんですか?」
 仁からの返事はなかった。真は自分が嫌な質問をしていることを感じて、息をついた。
「だが、お前に美和は幸せにできねぇな。だから、お前に美和はやれない」
 そんなことは分かっていた。美和に、美沙子と同じ事を言われるのは目に見えている。
「すみません。ちょっと気が立っているだけです」
 そう言って目を閉じると、少しだけほっとした。僅かな言葉の隅に、仁の美和への想いが嘘ではないことを感じ取ったからだった。

「お前は、遠慮してるのかと思えば、時々怖いくらいずけずけと本当のことを聞くんだな」
 不意に、仁の声が直ぐ側で聞こえた。といっても、聞こえづらい左耳は微妙な反響を伴っていて、現実感を失わせている。
「本当に、ここで襲われたいか?」
「仁さんにはそんなことはできません」
 多分、唐沢が言っていたのは本当のことだ。北条仁は、相手のほうから足を開かない限り、無理矢理などという彼の美意識に反することは、プライドに賭けて絶対にしない。

「どういう意味だ?」
「唐沢が言ってたんです。北条仁はじわじわ攻めてくるけど、強姦はしないって」
 仁は決まり悪そうに舌打ちをした。
「あのおっさん、刑務所に入っても減らず口は変わらんな。まぁ、俺とお前のキューピッドだから悪口ばっかりも言えんけどな」
 笑いを溜息の中に零して、仁は真の頭に手を置いた。
「眠れないんだろ。蔵ごと焼き殺されそうになったわけだしな」
 真はほっとして、首を横に振った。

「一回、抜いてやろうか? そうしたら眠れるかもしれんぞ」
 その仁の冗談を無視して、真は思わず仁を見つめた。仁が不思議そうな顔になる。
「今、何て?」
「だから、一回抜いてやろうか、って。指くらいなら入れても構わんだろう。気持ちよくさせてやるよ。この憎たらしいことをいうお前の口から、もっとって喘ぐ声を聞きたいねぇ」
 そのからかいは完全に無視した。
「その前ですよ」
「前?」

 仁はせっかく楽しい話を始めたのに、どうでもいい話をぶり返すんじゃないよというようなつまらなそうな顔になり、それでも一応真面目に考えてくれたようだった。
「唐沢のオヤジのことか? いや、蔵ごと焼き殺されそうになった?」
 真はまだ暫く仁を見つめていた。

 蔵ごと、焼き殺そうとした。
 以前、下蓮生家の主は蔵を焼こうとした。それは蔵に隠しておきたいものがあったからだ。だが、実際には蔵は燃えきらず、絵は残っていた。何だかすっきりしないのは、下蓮生の当主がもうかなりの老人で、曖昧な記憶の話だったからではない。
 下蓮生の当主が焼きたかったのは絵ではない。床下に埋められていると信じていた、ロシア人女性の幻だった。そして、その幻を裏打ちしているのは、子ども時代の記憶だ。

「仁さん」
「ん?」
「下蓮生の当主は、蓮生の子どもはみんな小さいうちは本家で育つって言ってませんでしたか? 北前船を扱っていた時代は村上に屋敷があったけど、いつからか荒川に移ったって。彼が病気がちでよく過ごしていたのは、村上の蓮生家ではなく、荒川の蓮生家だったんですよ。だから彼がロシア人女性を見たのは、荒川の上蓮生家のはずです」

 仁は暫く真の顔を見つめていた。
「じゃあ、何か。爺さんは間違いに気が付いて、改めて荒川にある問題の蔵を焼こうとしたってのか? お前がいることを知らずに? いや、知っていて? しかし、どっちにしてもあの爺さんが一人で身軽に村上から荒川に移動できるとは思えないけどな」
「仮にも彼は蓮生家の最長老ですよ。こんな田舎のことですから、親族が集まるといえば、ボケていても基本は全員、じゃないでしょうか。しかも、千草さんは会議の前には、老人がぼけていないことを知っていた。仁さん、ずっと千草さんと一緒でしたか?」

「うーん、途中で寝ちまった覚えはないな。けど、まぁ、親族会議が何時から行われていてどのくらい続いていたのか、俺たちには分からんし、実際、爺さんと別れた後だって、俺たちが下蓮生で飯食ったりして過ごしていた間に、立派な勝手口から爺さんを連れ出してても分からないわけだ」
 そう言ってから、仁は暫く考えていた。
「その辺の事情は、弥生ちゃんに聞くのが一番良さそうだな」
「と言って、ふらふらと村上に戻るのも拙いですよね。僕たちが上蓮生に泊まっていたのを知っているのは」
「蓮生家のお手伝いくらいかな。そうなると弥生ちゃんもその一人か。まぁ、蓮生千草がうまく言い繕ってくれているだろうけど。いずれにしても、明日の朝まで待とう。火事について、何か情報が入ってからだな」

 真は不思議に思って仁を見た。仁は、蓮生千草が警察に『怪しい二人組』の話をしない、もしくはしたとしても火事とは関係がないと言い繕ってくれると思っているのだ。
 真の視線の意味を、仁は解したようだった。
「蓮生千草は、火をつけてお前を殺そうとしたかも知れんが、俺たちを警察に売ることはないさ。その必要はないし、俺たちが警察にベラベラ余計なことを喋って困るのは蓮生家のほうだ。まぁ、俺たちの言い分を警察が信じるかどうかは問題だが」

 確かに、ヤクザとそのヤクザがオーナーである調査事務所の人間の言い分を、警察が信じるとも思えないし、考えてみれば、今でも警察に追われていることには変わりがない。
 いずれにしても、誰かは真を殺そうとしたのではなく、蔵を焼こうとした可能性があるのではないか。そして、その誰かは、蓮生家の関係者である可能性が高そうだ。

 下蓮生の当主は、今まで誰にも話したことのない昔の蓮上家の闇の部分を、今日仁と真に話したのだ。ボケていないとは言え、あの年齢の老人のことだ。記憶は曖昧な部分もあるのだろう。何年か前に下蓮生の蔵に火をつけた時も、まともな精神状態ではなかっただろうし、自分の記憶を再確認できるような精神状態なら、火をつけたりはしなかっただろう。
 だが、今日、異質な侵入者が蓮生家の歴史を掘り返し、それに返事をする形で老人は改めて自分の記憶を明瞭にしなければならなくなった。封印していたものが、他者と話すことで解かれたのだろう。そして、自分の過去の勘違いに気が付いた。

 たまたまその日だったのだ。親族会議も、真が蔵に泊まったのも。
 真を焼き殺すつもりだったわけではないのだろうが、その日しかチャンスはなかったのかもしれない。
 だが。
 本当に蔵が焼け落ちてしまったら、却って床下を掘り返されることにならないのだろうか。今まで、誰も気が付かなかったし、これからも掘り返される可能性が極めて低かった秘密を、火をつけることで敢えて世間に晒すことになるのではないか。

 何だかよく分からなくなってきた。確かに、問題の蔵は荒川の上蓮生家の蔵なのだろう。そして、当主は間違いに気が付いたのだ。だが、今になって蔵を焼く理由はなんだろう。
 いや、死期が近くなって、老人は過去の全てを焼いてしまいたかったのかもしれない。そんなことをしても、事実は消せないということを知りながらも、記録に残らない歴史の裏側は、いつか人々の記憶から消えていってしまうことを望んで。
 誰も振り返らなくなれば、その歴史的事実はこの世界から消え去ってしまう。

 幾分か空は白み始めていた。波音は強くなってきている。それを見てから、さすがに疲れが身体を押し包み、いつの間にか短い眠りに落ちていた。





新潟で途方に暮れている真。
しかしそこに思わぬ助っ人登場。もちろん、素直に味方だとは言えませんけれど……
次回、彼らと一緒にキーポイントとなる佐渡島へ参りましょう。

ややこしい物語にお付き合いくださってありがとうございますm(__)m

ところで、もう少しすると【海に落ちる雨】100回目というキリがやってきます(*^_^*)
いえ、何か企画を考えているわけではないのですが、何だかちょっと嬉しい……(*^_^*)
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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【真シリーズ・掌編】聖夜の贈りもの 

少し早いですが、ミッキーの国ではすでにクリスマスのイベントは始まっているし、もう今週末から降誕節だし、本当に寒くなってきているし、漫画の雑誌などは1か月早いのが普通だし、放っておくとまた【天の川で恋をして】の時みたいに遅くなってしまうので、早々とクリスマスプレゼントをお送りすることにしました。
(長い解説^^;)

真シリーズの掌編ではありますが、全く関係なく、予備知識皆無で読んでいただくことができます。
ある意味では、『バッカスからの招待状』と言ってもいいかもしれません。
(話題が古すぎて、記事を拾いだせない……scribo ergo sumの夕さんが提唱されていた、タイトルから始めよう:神話バージョン……)

さて、聖夜まであと4週間、今日は不思議なバーにご案内いたしましょう。
よろしければお付き合いください。
-- 続きを読む --

Category: ☆真シリーズ・掌編

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[雨90] 第19章 同居人の足跡(1) 

【海に落ちる雨】第19章です。
失踪した同居人の足跡を求めて、新潟の豪農の屋敷にやって来た真。
旅の道連れは仁道組の跡取り息子・北条仁。
豪農の末裔・上蓮生家の女主、千草に勧められるままに屋敷に宿泊することになった真と仁。
仁は千草と一夜を共にする気配。ひとり蔵を改築した部屋に泊まる真の身に危機が……
そしてついに、同居人の影が見え隠れする。





 真はゆっくりと身体を起こした。
 やはり電気を消した方がいいようだ。天井の隅を見つめていると、どこかに魂を持っていかれるような気がする。立ちくらみがしないようにゆっくりと起き上がり、天井からぶら下がる蛍光燈の紐を引っ張ろうとした。
 その時、家鳴りがした。
 怖いとかいう気持ちはなかったが、思わず天井を見上げた。

 誰も確かめたことがないという蔵の二階。
 蔵のように頑丈な造りでも家鳴りがするんだな、と思いながら、ふと見回すと、床の間の横の棚にインターホンと一緒に懐中電灯が置かれていた。電気があったかどうか確かめなかったので、念のため持っていたほうがいいだろうと思った。
 魂を持っていかれると言っても、まさか飛龍ほどの念力を自分に対して示す霊魂もいないだろう、と何となく高をくくった。生死に関する場面になれば、あの亡くなった馬が自分を必ず導いてくれる。真は根拠もなく、そう確信していた。

 懐中電灯が点くかどうかを確かめると、電池が切れ掛かっているのか、弱々しい光だった。それでもないよりはましだろうと思い、廊下に出る。廊下の床は、元が蔵だけに、じんと冷え込んでいた。後から造りつけたものだけに、軋みがひどい。
 不意に気になって後ろを振り返ったが、勿論誰もいるわけがない。
 仁はやはり千草と一緒にいて、今夜はここに眠ることはないのだろう。

 真っ暗な廊下を奥に進み、突き当たると右手がそのまま階段になっている。半間よりやや狭い幅で、左の壁を探ると、電気のスイッチが触れた。ほっとしてスイッチを押したが、掠るような音だけで、電気が点く気配はなかった。何度かカチカチやってみても同じことだった。
 階段の上は吸い込まれるような漆黒だった。
 大袈裟に溜息をついて、懐中電灯の明かりを灯す。せいぜい階段の数段上までを浮かび上がらせるばかりの明かりは、輪郭が曖昧な弱々しいオレンジの光の輪を、足元に作った。

 階段は、いかにも造りつけ、というように大きく軋む。一段上がる毎に、不安な梯子のように揺れる気配さえある。せいぜい二段ほど上までしか見えないので、一体どのくらい続くのかも分からない。一段一段はしっかり足を上げなければならない程度には高さがある。
 冷やりとした空気が降りてきた。
 階段には手すりもないので、辛うじて左の壁に手をついて身体を持ち上げる。階段を上がるのって、こんなに重労働だっけ、と思っていると、もう一段あると思っていた段がなく、幻の一段を踏み外したように身体が前につんのめった。
 懐中電灯の明かりが、奇妙な影を作っていて、錯覚したようだった。

 スイッチがないか壁を確認しようとして、懐中電灯を上に向けた途端、電気が点かなくなった。
 突然の完全な暗闇に、身体中の皮膚や粘膜の受動器が働き始める気配を感じる。
 黴た湿り気のある、冷たい空気が体にまとわりつく。
 思わず懐中電灯を振ると、辛うじてまた明かりが点った。
 足元は板張りで、やはり階段と同じように軋んだ。とてもこの懐中電灯では二階の全体は見えない。何とか目が慣れるまで待とうと思って、その間に壁を探ったが、スイッチらしいものはなかった。

 辛うじて目が捉えたのは、蔵の玄関の真上にあたる壁の上方にある、小さな四角い窓だった。元々の蔵の明り取りらしいが、外の暗さと蔵の内の暗さのコントラストが何となく分かるだけで、光を投げ掛けてくれるわけでもない。
 それでも、最後の力を振り絞っている懐中電灯で見渡した限りでは、何もない、がらんどうの空間だった。
時々、足元にひゅっと空気が走るので、そのたびにびくっとする。生き物がいる気配はないので、どこかの隙間から風でも吹き込むのかもしれない。

 突然、空気が耳にも切り込んできた。慌てて耳に手をやって払い除けるが、勿論何もいるわけではなかった。
 いっそ消してみようと懐中電灯を諦めると、何とか暗い空の切り取られた窓の輪郭がはっきりしてきた。雨のときはどうなるんだろうと思いながら見上げていると、どうやらそこから微かな自然の明るさが零れて、床に小さな、わずかに光を感じられる程度の四角を切り取っていた。
 何を反射して光ったのかは分からないが、床の四角の中の微かな光が目を貫いた。真はゆっくりとその四角に近付き、屈んだ。懐中電灯を灯すと、さっきよりは多少ましな程度の明かりが、足元を照らす。

 光の中で探すと、僅かな光はかえって見えなかった。埃の降り積もる床は、ただぼんやりとしている。
 諦めかけて立ち上がろうとしたとき、やはり目の隅で何かが光った気がした。そのまま見下ろすと、本当に微かな光を放つものが見える。
 もう一度じっくりと床を見ると、細く弱々しいものが白っぽく浮かんでいる。指で摘むにも摘めないほどのそれは、爪と爪の隙間で微かに引っ掛かる程度だった。
 途端に、懐中電灯は光を失った。

 真はしばらく動けずに固まっていたが、少し落ち着いてくると、立ち上がって振り返った。そうしてみると、階下の座敷の明かりが辛うじて階段の位置を教えてくれる程度には、ここまで届いている。
 ひとつだけ溜息をついて、階段まで歩き始めたとき、突然足が重くなり動かなくなった。
 暗い闇の中で、何かが真の足にしがみついている。背筋が冷たくなり、足元を見たが、暗いばかりで何かが見えるわけでもない。
 足元で幾種類かの黒が渦を巻くように見えた。

 妙なものが見えることはあっても、取り憑かれたりすることはめったにない。所謂錯覚といっていい程度のものだ。それが足までも重いということは、かなり拙いんだろうか。
 しかし、考えてみれば、荒神組のヤクザに盛られた薬のせいで、今身体の自由は完全ではない。
 思い切って大きく息を吸い込むと、急に足が楽になった気がした。怖がっていただけだな、と思い一歩前に出すと、馬鹿馬鹿しいくらい簡単に足が動いた。

 階段を降り切ると、空気は元の色に戻った。不意に気になって自分の足の裏を見ると、薄暗がりでも分かる程度に黒くなっている。階段の向かいにある手洗いの隣に、作りつけの勝手口があった。内側からかかっている木の閂を外すと、厚い木の扉自体は重いが、意外にも滑らかに開いた。外には手水鉢があって、水が張ってあった。
 その水で足の裏を洗い、手洗いの脇に掛けられてあった手拭いで拭くと、真は座敷に戻った。

 その時初めて、自分の奇妙に不自由な左手に気が付いた。
 親指と人差し指は何かを摘んだまま、固まったようになっていて、自分でもその奇妙な格好に気が付いていなかった。余程怖がっていたのかと思い、ますます馬鹿馬鹿しくなった。
 明かりの元で見ると、人差し指の爪の隙間に挟まるように、細い糸のようなものが絡んでいた。いつの間にかその物質が意識を持って、人差し指に絡み付いているように見える。

 予想していなかったわけではないが、それは細く白っぽい髪の毛の一筋だった。
 もとは金だったのかもしれない、と思ったとき、一瞬背筋が寒くなった。考えてみれば、黒い髪の人間でも白髪になることはあるわけで、これが元々金だった確証は何もない。しかし、指に絡みつくような猫毛のような細い髪質は、まさに真が見知っている男のものと同じだった。
 ここに、埃を被って彼の髪が落ちているわけはない。
 だから、これが別の人間のものであることは間違いがないと思ったが、気が付けば指は冷たくなっていた。思わず、布団に座り込んだ。
 幾らか落ち着くと、どう扱っていいものか分からなくなり、真はその髪の毛のなれの果てを床の間に置き、改めて電気を消した。


 もう妙な夢を見るのは御免だな、と思っていたが、案の定、夢に足を摑まれた。
 パチパチと何か弾けるような音が頭の上で聞こえていたような気がした。
 いや、頭の上に誰かが座っている。何とか重い目を開けても、気配だけで、身体を動かせないのでは誰とも確かめることはできなかった。

 その人は、床の間の前に座っている。
 黒い塊のように動かずに、顔も上げずに目も使わずに、真を見ている。長い髪は、色までは分からなかった。
 ず、と何かを引きずる音。
 暗い部屋の中に輪郭の定まらない、闇よりも黒いものがある、それしか確認ができない。
 ず、とまた音がした。

 真は目を閉じて、息を吐き出した。所謂金縛りというやつだな、と思いながらも、頭はそれなりに冷静だった。
 随分と長い時間、静かだった。少しだけ身体が軽い気がして、目を開けた。途端に、金に光る二つの目が視界の中心に浮き上がった。
 目の前に、真を覗き込む顔があった。

 その顔を確認できたわけではない。目が合ったことだけは確かだが、次の瞬間には、何かが首に巻きついて息ができなくなった。冷たく黒い手、真の顔にかかる髪。
 突然の呼吸苦が、頭の中の記憶の引き出しをこじ開けた。
 真はまだ赤ん坊だった。無防備で、無邪気で、善い事も悪い事も区別のつかない、塊のような生き物だった。まだ人格というものもない。その細い首に巻きつく冷たい手。

 苦しい。
 口の中で呟いたが、身体は動かない。金縛りのためなのか、布団は鉄の板のように身体に圧し掛かっている。首にかかる手は、少しずつ力が強くなってくる。
 身体に重くのしかかってくるのは、大きく得体の知れない黒い塊だった。塊はその触指の一部を真の首に絡めて締め付け、別の手で真の身体を愛撫するように撫でまわしている。そのぬっとりとした重い手からは媚薬が零れだすようで、皮膚を通して身体の血管に入り込んでくる。
 苦しくてたまらないのに、身体は少しずつ興奮していくような気がした。やがてぬっとりとした感触は重く深く、下腹部の方へ移動し、真の身体の中心を弄った。鼻と口からも黒く重い煙のようなものが、粘膜を確かめるようにずるずると気管、消化管を下って身体の内側へ移動し、やがて内側からも細胞のひとつひとつを壊していく。真の消化管の終点からも黒いぬめぬめした塊が入り込み、ずるずると腹の内側を移動していた。身体が興奮し、意識は曖昧になっていく気がした。重く、苦しい。

 意識が朦朧とし、もう一歩で途切れようとしたとき、不意に首にかかった重苦しい手が緩んだ。
 途端に真は咳き込んで、目を覚ました。
 部屋が明るい。朝になったのかと思い、周囲を見渡して愕然とした。
 パチパチという音は、夢の中でも幻聴でもなかったのだ。

 燃えている。
 咳き込んで苦しかったのは煙のせいだ、と思った途端に跳ね起きた。だが、頭の上の方は既に黒い煙が充満していた。何が起こっているのか、理解する時間などなかった。部屋中がほとんど煙に包まれ、炎は次に燃やすものを舐めるように探していた。思えばほとんど閉ざされた空間だ。

 そう思った途端に、命の危機を感じた。
 こんなところで、焼かれて死ぬわけにはいかない。彼を見つけ出すまでは。
 頭は出口を探していた。この蔵には可能性のある出口は一か所しかない。玄関は重い扉だし、厚い壁に取り囲まれている廊下の窓は小さく、体を潜らせることは不可能だ。唯一の可能性はあの木の勝手口だ。

 そう思ったときには身体は勝手に動いていた。煙を吸い込まないように口を塞ぐものはなかった。せめて身体を低くして、這い出すしかないようだった。冷静になってみれば、玄関側は燃えているが、勝手口のほうはまだ炎が少なく見える。

「まことっ」
 ごーん、という炎の音の中に混じって、誰かの叫ぶ声が聞こえていた。
 一瞬、彼の声と錯覚したが、よく考えてみればそんなはずもない。
「仁さん」
 声に出したつもりが、煙を吸い込みそうになり、慌てて口を塞いだ。声は明らかに勝手口側から聞こえている。その方向へ這い出していくと、突然、ばん、と大きな爆発音のようなものが聞こえた。
 勝手口の方が、炎と一緒に崩れたような振動もあった。

 やばい、と思ったとき、襖を蹴破るように仁が飛び込んできた。仁は何か大声で叫んでいるが、煙を吸い込んでしまうことに気が付いたのか、あとは無言のまま、真の身体を抱きかかえんばかりの力で摑んだ。
 訳の分からないまま、真は仁に蔵から引きずり出された。とにかく苦しくて、激しく咳込み、朦朧とする頭が重くて、身体はまっすぐ立っていられなかった。力の入らないままの身体を仁が支えてくれているのだろう、まともに周囲の状況を理解できたときには、浮き上がるような状態で、辛うじて蔵の外で炎を見つめていた。

「大丈夫か」
 話しかけた仁は頭から水を被っていたが、それでも半分乾き始めていた。仁はまさに素っ裸で、その逞しい裸体は燃え上がる蔵の前で異様な迫力を見せていた。
 次の瞬間、真は仁に思い切り強く抱き締められた。筋肉の一つ一つの名前を身体の表面からも確認できるほどの鍛え上げられた身体は、今弱っている真など一捻りにできるほどの気力と精力に満ちている。あまりにも強く仁に抱かれていて、却って息苦しい思いがしたとき、仁が真を放した。
「一人にして、悪かったな」

 遠くの方でサイレンの音が聞こえていた。
 仁に促されて、少し蔵から離れた。不意に母屋のほうへ視線を向けると、千草が立っていた。始めから知っていたのか、それとも今気が付いたのか、仁は真を残して千草のほうへ歩いていく。
 後姿に、立派な龍が燃え盛る炎で影を作り、浮かんで揺らめき、目を光らせていた。
「こいつを焼き殺してどうするつもりだったんだ」
 仁の声が耳に届いた瞬間に、ばん、と何かが崩れ落ちる音がした。

 千草が何かを答えている様子はなかった。
「警察と消防にはあんたが訳を話せ。悪いが消えさせてもらうぞ」
 千草は、仁と真の服を手に持っていた。彼女は穏やかな表情のまま、それを仁に手渡し、その上に鍵を載せた。仁は素っ裸のまま真のところに戻ってくると、呆然と突っ立ったままの真の手を摑んだ。
「行くぞ」
 何を言われているのか、事態さえつかめないまま、真は仁に引きずられていった。サイレンの音は、明らかに近付いてきている。
 ふと振り返ったとき、炎の傍らに立つ千草の姿が浮かび上がって、現実のものか幻のものか、区別がつかなかった。浴衣姿の千草は髪を下ろしていて、その黒いはずの髪は燃え上がる炎のために黄金に光り輝いて見えた。
 伝説に語られる女神というものは、そういう姿をしているのだろうと、場違いなのにそう思った。





いよいよ、物語は動き始めます。
絡んでいた人間たちの事情、その心のうち、少しずつ紐解いて行けたらと思います。
少しずつきつい話になっていきますが、ゆっきりおつきあいくださいませm(__)m

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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【雑記・あれこれ】前世回帰 

サンタフェ
前世回帰というのは、自分の前世を見に行く(感じる)セッションですが、実は一度だけ経験があります。
インディアンの世界に触れようと行ってみたサンタフェでのことです。

前世を信じているかと言われると、かなり懐疑的ではあります。
全ての人の脳の中に恐竜の脳がある、と言われると、なるほどと思います。
40億年分の生命の歴史が、自分の遺伝子の中に刻まれていることは、感覚的に理解できる。
でも、自分に直近の前世があったのかと言われると、やはり少し「?」という感覚。

それなのに、どうして前世回帰のセッションに?
実は始めから予定していたのではなかったのです。
でもあの場所に行き、大地に触れ、インディアンの遺跡を見て、何か不思議な感覚があった。
そう、簡単に言うと、地球を感じたとでも言うのでしょうか。
そして、ちょっと行ってみようかと思い立ったのです。

何かが見えたか、と言われると、そこまで明瞭ではありません。
でも、セッションではかなり具体的に導かれるのです。
アロマ香る部屋でリラックスした状態で目を閉じている。
どこか階段を下りていく……ドアを開ける……外に踏み出す……裸足の足に何かが触れる……
(かなり記憶違いがあると思いますが、こんな感じの導かれ方)

さて、懐疑心は少し横に置いて、ちょっと浸ってみます。
足に触れるのは草と風、それから森の気配と火を感じたような気がしました。

さて、そこからは……
物書きの悲しい性でしょうか。
一気にストーリーが頭の中に構築されてしまった。
アジアのどこか。村が燃えている……戦争でしょうか……兄と生き別れている……逃げている……
もしかして本当に私の前世なのか、ただの想像力の成せる技か。

でも、ある景色を見た時、なぜかとても懐かしい、と思うことがありますよね。
その景色に自分の細胞がじゃわめくみたいな感じ。
あるいは、匂いや音ということもあるかもしれません。

それは前世の記憶なのでしょうか。
やっぱり疑心暗鬼だけれど、何かがあるような不思議を感じます。

そういえば、トカゲを見ると安心していた私。
彼らが私のスピリット(魂の連れ合い)と言われたのもこの場所でした。

さて、少し話が変わりますが。
自由への逃避2
最近、年に何回か仕事関係の講演をすることがあります。
でもあまりにも専門的な話ばかりをしていてもつまらないので、色々な話題を取り入れるのですが、スライドを使っての講演なので、やはり写真は強い味方。
使うのは、旅の写真(石はもちろん)が一番多いのですが、自分にとって思い入れのある絵や写真を使わせていただくこともあります。

そういう写真を準備する時、その写真と初めて出会っときのことを思い出したりするのですが。

この有名な写真はピュリッツアー賞を取った澤田教一さんの『安全への逃避』です。
出会ったのは中学1年生の時でした。
クリスチャンスクールだったので、キリスト教(聖書)の授業があるのです。
でも中1の授業は、聖書の勉強というより、院長先生が色んなお話をしてくださる。
こんな風に写真を見せてくださったり、絵本を読んでくださったり……

中学1年生のピュアな私は、この院長先生が好きだったのです。
毎朝8時半から礼拝があったのですが、生徒は大体時間ぎりぎりに駆け込みなのです。
私も大抵駆け込みだったのですが、たまにすごく早く行くことがあって。
誰もいない講堂の壇上に、院長先生が一人座っておられて、生徒が来るのを待っておられるのです。
何回か早く、より早く行ってみたのですが、やっぱり誰よりも早くそこに座っておられた。
見守られている気がして、何だかとても嬉しかった。
ちなみに、院長先生はもともと新聞記者だったのです。

さて、そのキリスト教の授業でこの写真を見せてくださった時。
教壇の上にぱっとこの写真が出てきた瞬間のことは、昨日のことのように覚えています。
残念ながら、授業の内容は覚えていないのですが、そのインパクトは今もまだ身近なものです。

何でしょう。言葉にはしにくいのですが……
この写真の意味を教えていただくより前に、不思議な感情が湧きおこりました。
「懐かしい」というのか「この場所へ行かなくちゃ」というのか「ここで誰かが待っている」というのか。
(ちなみに、中学生の私、かなりピュアで多感でした^^;)

これはベトナム戦争の時の写真です。戦火から逃げる母子。
そう言えば、先ほど書いた前世回帰で見たような気がした景色もアジアのどこかに繋がっている気がした。
アジア、戦争、焼ける村。
繋がりがあるのかもしれないし、ちょっと思い込みもあるかもしれないし、単なる脳のいたずらかもしれないし。

時間的にはこの写真を見たのは中1の時、前世回帰のセッションを受けたのは大人になってから。
影響を受け合っているのかもしれませんね。
ただ、この写真に導かれて、若かった私は自分の道を決め、これまで(多少は、というのか、かなり曲がりくねっているけれど)道を歩いてきた気がしています。


さて、写真には後日談があります。
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澤田教一さんは上の写真を撮った後、「この戦火から逃げる親子の写真を撮る前に、早く助けようとしなかったのか」と非難されたりもしました。
彼の奥さんである沢田サタさんが書かれた『泥まみれの死』の中には次のようなエピソードがあります。
「戦争が終わったら、ベトナムの農村を南から北までゆっくり歩きたい」と語っていた澤田さんはカンボジアで34歳の時、狙撃されて亡くなりました。奥さんは1989年に夫の遺志に従ってベトナムに行き、この写真の子どもたちに会われたのです。彼らは父や母となっていて、当時のことを覚えていて、こう語ったそうです。
「川をあがると、あの日本の写真家が安全な場所につれていってくれた」「目を手ぬぐいでふいてくれた」
非難されていたことが心に引っかかっていたのでしょうか、澤田さんは戦火をくぐって村を再訪問、ピュリツァー賞で受賞した写真と賞金の一部を置いていったといいます。
澤田さんの死を聞かされたこのきょうだいの方々は、写真に撮られた自分たちが戦火の中を生きのび、子や孫に恵まれた、一方澤田さんが戦場写真家として仕事中に亡くなられたことを聞いて、命の重みを強く感じられたといいます。
あの川を渡ったからこそ、彼らの命は次の世代に受け継がれていった。
それを私たちが知っている。
不思議でありがたいことだと思っています。


前世回帰の話から逸れてしまいましたが、あまりにくっきりとした物語はにわかには信じがたいものの、懐かしさを感じる風景があるということは、やはりそこに何かがあるのかもしれません。
そして、それが自分の考え方や生き方を支えているのかもしれない。
そんな気がします。

友人の一人が、ある時、ボランティアでネパールに行ったのですが、空港に降りた途端、「私はここを知っている」と思ったとか。いえ、彼女は別に変な人ではないのですが、正確には「記憶として知っている」というよりも「この空気を知っている」というのか、そんな感じだったと。
なんでしょうね。海馬に何の記憶が残っていたのでしょうか。
不思議で、ありがたい話です。


*まとまった時間が取れなくて、小説をアップできていません……すみません。
 雑記ばかりになっていますが、また頑張りますね。
 お見捨てなきよう、お願いしますm(__)m
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今日は三味線の演奏会。お昼ご飯は竹で包まれた、小さいながら盛り沢山のお弁当。美味しかったです(*^_^*)

Category: あれこれ

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NEWS 2013/11/21 親子丼 from 北海道 

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昨日、記事を書こうと思ったら、なぜか管理画面に入れなくて、焦りました。
今日は大丈夫みたいです(^^) なんだったんでしょうか。

さて、北海道土産のイクラ、鮭(しかも時鮭)、そして左の下はルイベです。
帰ってきたらさっそく、親子丼です!
もちろん、鶏と卵ではありませんよ。鮭とイクラです(^^)
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丼鉢ではなく、ちょっと大きめのお茶碗ですが、どうでしょう、この贅沢感。
たまにはね、こんなおいしいものも食べなくちゃ。コレステロールは超高そうですけれど^^;

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ちなみにこちらはテンション上がりまくりの新千歳空港で食べた三色丼(イクラ、ウニ、イカ)。
でもやっぱり親子丼だなぁ。

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空港の戦利品はこちら。北海道と書かれたあられは、私の愛する北菓楼のあられ。
『探偵はバーにいる2』でも登場していました。この甘海老が最高。
隣も、同じく北菓楼のバームクーヘン。これもお土産の定番です。
う~ん、クラブハリエとどちらがいいか? 選び難いけど、クラブハリエのほうが高級感はあるかも。
そして、私が今嵌っているのが、右上のロイズのポテトチップスにチョコレートをかけたお菓子。
塩と新じゃがとチョコレートのコラボレーションがたまりません(*^_^*)
真中にいるのは、クリオネのグミのお菓子……なんか可愛いので意味なく買ってみました。
石狩ラーメンは、海産物を山のように買ったら、おまけにもらったもの。

新千歳空港、盛り上がります(*^_^*)

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さて、ライヴの翌日、飛行機が夕方だったので、レンタカーを借りて登別のクマ牧場に行ってきました。
これ、餌をねだって手を挙げる熊……う~ん。可愛いというより、何だか微妙?
実は、ここはすごい山の上にあって、ロープ―ウェイで登るのですが、そのロープ―ウェイのロープがほとんど見えないくらいの霧の中でした。
まるで何もない空間からロープが突き出していて、この世とも思えない世界へ連れて行かれる感じ。
そして上に上がったら、こんなひょうきんに餌をねだる熊が……
やはり霧の中で、真白く見えています。
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いっぱいいます。

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ツボに嵌ったものその1。このものすごい数のヒグマの雑誌。
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ツボに嵌ったものその2。これは炭でできた熊の置物。いえ、これではなくて……
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こちらです。熊が鮭を襲っているのではなく、鮭が熊を襲っているところ。
何ともシュールな世界に、しばし魅入ってしまいました。


さて、問題のライブですが。
今回はステージが円形っぽく作ってあって、通常なら正面(前)になるステージが小さく、真中のステージが大きいという形。せっかくのアリーナAブロックの1列目(1ケタ番号)も、今回はまるで端っこになってしまって、ちょっと残念でした。
しかも正面のステージは真横から見る感じ、真中のステージに行っちゃうと後ろ姿ばっかり(たまにこっちも向いてくれるけれど)、バックステージに行っちゃうともうほとんど見えません。

センターステージでやるなら、「正面」を作らないで欲しかったなぁ。
昔、チェッカーズがセンターステージでやった時(古っ^^;)、ステージは回るようになっていて、どの方向からも後姿ばかりにならないように工夫がされていました。
もちろん、曲によるのですが、ARASHIの踊りはやはり正面があるので、前半分の人にとっては後ろ姿がほとんど。
後ろ半分の方は良かったと思うけれど……

何て微妙な残念はあるのですが、ドームは広いですから、もともと豆粒覚悟ですしね。
場所によるけれど全体を見れるというのでは、スタンドも悪くないんですね。
(一律料金ってのが問題だと思うけれど)
でも、腐っても鯛、じゃなくて、ほとんど豆粒でも後ろ姿でも、たまに激近になるのがアリーナの醍醐味。

しかも、O氏が近くに来たとき、たまたま動く周回用のステージが低かったのです。
……私は撃沈しました。
目が合うくらいの間近。なのに……目が合ったような瞬間、目を逸らしてしまった(>_<)
この歳にして、乙女な私でした。
いえ、実はこの真近くに来た時間の記憶が曖昧なのです。ぼ~っとしちゃって。
多分、いかにもO氏のファンです!って感じのアピール(Tシャツの色とか団扇とかあれこれ)をしていたのは周辺では少数で……一番前の列の私はそこそこ目立っていたかも……恥ずかしながら。

あまりにも近いと見つめられない……遠くから見つめるだけでいいわ、と思いました^^;
その時はOちゃんは歌っていたので、私の団扇の『釣って』に答えてくれることはなかったですけれど……

あ、そうそう。ARASHI????の方々のために……
ライブではみんな、団扇にメッセージを書いているのです。
「指さして」とか「ピースして」とか。Oちゃんファンは「釣って」も多い(彼が釣り好きなので)。
で、それを見ると、Oちゃんは釣る真似をしてくれるのです。

そのあと、フロントステージの端っこにいた彼と、私たちの間には、動くステージのための道だけで、遮るものがない、という時。
実は照明が真正面からあたっていて、かなりまぶしかったのですが、2回くらい釣る真似をしてくれていたのですよね。
で、ぼ~っとしていたら、隣の友人の「指さして」にも反応してくれて。
あ、気が付いていない人にはしつこくやるって言ってた、あれ??
すみません、舞い上がりすぎて、何が何だか状態だったのです。
だって、本当に自分に? 他の人に? でも近くにOちゃんファンはたまたまいなかった……
恥ずかしくてじっと見つめられないので、わかんなくなっちゃってて(*^_^*)

と、乙女全開のひと時でした。
勘違いでも何でも、もう何でもいいわ、の世界でした。

今日は仕事でも、もうダメだって諦めていたことで見事な復活があって、ちょっとうるうるしちゃいました。

ARASHIくんたちは、いつもパワーをくれる。
そのことに感謝しています(*^_^*)
ライブはやっぱりいなぁ。1泊2日の弾丸ツアーでしたが、楽しかったです。
また来年(*^_^*)

Category: たまにはアイドル

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NEWS 2013/11/18 ミッキー、お誕生日おめでとう! 

今日はミッキーの誕生日!
おめでとう、ミッキー。1928年、初めて映画に登場したという記念の日なのですね。
いつも夢をたくさんくれる、何故か犬を飼っているネズミ(プルートって……迷子札に、ミッキーのところに…って書いてある^^;)。
ディズニーファンのみんなにもいい日でありますように。

さて、今私は、北海道にいます。
1泊2日の強行本州脱出。
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北海道は冬の準備? もう秋も終わっている感じですが、昨日は晴れていて、気持ちのいい1日でした。
この時期はいつも暗くて寒くて天気の悪い、というイメージなのですが……
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北海道庁。中はこんな重厚な感じ。
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あ、別に、観光に行ったのではないのです。
またレポートいたします。実はARASHIくんのライブでした。
今の時期、札幌で見かける女の子はほとんどがこれに来たと思われます(^^)
(私はもう、女の子の歳じゃありませんけれど^^;)
そして、色々辛いこともあるけれど、神様の配剤か、1列目だったのです。
アリーナでもあまりいいエリアとはいいかねたのですけれど、前に人がいない…・・
そして、あまりにもまじかにO氏が……しかも釣ってもらっちゃいました。

何て、舞い上がっていますが、そんなこんなで、コメントのお返事が遅くなっていてすみません!
落ち込んでいるからではなくて、単に時間が……^^;
帰ったら、お返事を書きますね(*^_^*)

そして、真のお誕生日記事に、沢山のおめでとうを頂いて、本当にありがとうございます(*^_^*)(*^_^*)
彼もびっくりしていると思います。
多分、照れ方を知らない人なので、どこか穴倉にこもっているかも(熊か!……あ、でも彼はヤマネコ)。
しかも、彼の故郷、北海道から誕生日おめでとうを言ってやれてよかった。

しかも、すみません、私の言葉づかいが悪くて……私の誕生日は同じではないのです。
勘違いをさせてしまってすみません。でも、ちょっと嬉しい気持ちが……
真の誕生日は、わたしにとって自分の誕生日よりもイベントなので(*^_^*)
(「自分とこの」=「自分の所の」という意味でした。私は3月生まれで……)

ということで、コメントのお返事が遅い言い訳を書くつもりが長くなっちゃった!
Oちゃんが目に焼き付いて、まだ夢覚めやらぬミッキーの誕生日でした。
今日はもう帰ります。
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Category: 旅(あの日、あの街で)

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【雑記・自作小説】お誕生日おめでとう 


自分とこの登場人物のお誕生日を毎年祝っている、私はそんな馬鹿なことを20年以上もやっているのね、と今日しみじみ思いました。
(20年って、サバ読んでるかも^^;)

今日、11月17日は、相川真の誕生日です。
蠍座のAB型、タイプはツンデレ。
甘えたくても甘えられない、甘えたくない、でも……たまには?

人と打ち解けるのは苦手だから、あまり近づかないようにする。
でも、放っておくとあまりにも何もしないので、他の人が気にして何とかしてくれちゃう、結構ずるい一面も。
実は「構ってオーラ」を出しているのかも。

一人でいるのは平気。
放っておくとずっと一人でいて、あまり他人に理解を求めようともしない。
でも……こう見えて、結構、年下への面倒見はいい。
権力側の人間にはなびかない。
というよりも、人間社会におけるルールがあまり分かっていない。
動物社会の弱肉強食は理解できるけれど、人間社会のヒエラルキーは理解できないらしい。

でも、深く関わったら、物でも人でも、とても大事にする。
たまに、あやかし(妖怪? 幽霊?)が見えるけれど、中途半端な能力なので、何の役にも立たない。
宇宙にロケットを飛ばすつもりだったのに、新宿の片隅で調査事務所をやっている。
でも、今でも頭の中には、変な「美しい数式」が入っているようである。

上に積んであるノートやファイルは、真とその一族の物語。
ノートの半分は、真の死後のジョルジョ(竹流)の物語(『Eroica』)。
ファイルは、ひ孫(ロック歌手)と息子(指揮者)のものがメイン。
この中には『清明の雪』も『海に落ちる雨』もありません(PCで書くようになったので)。

ずいぶん長い付き合いになりました。
そしてまだまだ、これからも続いていく……みたいです。
そうそう、私がブログを始めたのは、彼のことを少しだけ誰かに知ってもらえたらなぁ、という、それだけでした。

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本人の絵がなぜかないので、代わりに息子の慎一です。
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彼らは、ひ孫の真と仲間たち(ロックグループのメンバー、全部で5人なので、あと一人抜けている)。

何はともあれ、今年もまた、お誕生日おめでとう、真くん。
実は生きていたら、去年が赤いちゃんちゃんこを着る歳でした。

そして、関係ないけれど、明日、11月18日はミッキーマウスの誕生日(*^_^*)

Category: ☆登場人物紹介・断片

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【雑記・あれこれ】秋を見つけた/ 『あ』と『る』 


ブログ訪問をしながら、戴きものの丹波の黒豆を茹でて、ちょっぴりお塩をつけていただいております。
さやが黒いですけれど、腐っているわけではありません。中の黒豆は茹でる前は赤くて、茹でたら灰色~黒。
柿は、我が実家のもの。いかにも昔の柿、ですね。
畑を潰しているので(農園を閉めることになったので)、この柿の木も伐り倒したのです。
これが最後の実です。

黒豆、アップにすると。
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真中のピンクの粒は、ネパールの塩。
黒豆って時々ちょっと苦みがあったりして、それがまたいいのですね。
あ、ビールがない?? 

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これは先日、葛城山に行ったときの写真。こちらで演奏がありまして。
このロープ―ウェイかなりの急角度で、高所恐怖症の私としては、がくがくでした。

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山の上には、この満天星躑躅(どうだんつつじ)のみごとな紅葉。
ベル型の花も可愛らしいですが、秋のこの紅葉は本当に綺麗ですね。

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そして薄もまさに見頃。そこにこんな風に、パラグライダーが浮かんでいます。
気持ちよさそうですね。……でも、わたしには無理^^;
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今年は秋も短そうですね。あっという間に冬。
今週末、講演会で広島に参ります。そのままたった1泊2日の札幌へ。札幌はもう冬が近いのかしら。

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この季節は、新しい来年の手帳を吟味する時期。
毎年、シンプルで、模様もキャラもない手帳を使っていたのですが、なんとなく気分を変えたくて、なぜかくまもん手帳。しかも大きい……
スマホなど携帯でスケジュール管理をする人も多いと思いますが、私はもっぱら手帳。
でも、最近よくある「素晴らしい手帳術」みたいな拘りは何もありません。

横に並んでいるのは、池澤夏樹さんのエッセイの本『叡智の断片』
池澤さんのピリッとした、多角的な、そして例のごとくスマートなエッセイの数々です。
色んな人が語った言葉をテーマごとに集めてあるのですが、ちゃんとその原文(英語・フランス語)を載せてあるところがいいですね。

で、今朝はその中で、詩人についての章から言葉を拾ってみました。
池澤さんが取り上げたのは、『詩人の魂』というシャルル・トレネのシャンソン。

詩人が亡くなった後も
ずっとずっと後になっても
彼らの歌は街に流れる
人は作者の名前を知らぬまま
誰のお蔭で胸が
ときめくのかを知らぬまま
それとなく彼らの詩を歌う
時には言葉や言い回しを変え
言葉を忘れたら
ララララララと歌う
ララララララと……

ふと思い出すのが、『北の国から』のテーマ・ソング。
さだまさしさんの例の「あ~あ~あああああ~あ~」ってやつですね。
これはもともと詩もあったそうですが、倉本聰さんに聞かせたところ、メロディに何かを感じられたのか「詩はいらん」と言われたのだとか。
でも、今では、知らぬ人のない名曲になっている。

由紀さおりさんの『夜明けのスキャット』(作詞:山上路夫さん 作曲:いずみたくさん) 。
例の「る~るるる~る~」(ら、とか、パ、とかも出てくるけれど)ですが、これは後半に歌詞が出てくるけれど、その歌詞の部分にはあまり誰も注目していない。

歌の言葉はとても大事だけれど、残るのはメロディなのかな。
日本の民謡も、本州生まれの民謡が、船に乗って青森まで流れ着いたというような、兄弟民謡がいっぱいあるけれど、その土地に合った言葉に変わっていって、節回しも変わっていって、でも何となく節に面影があるのみになっている。

『あ』と『る』だけで伝わる何かの不思議。
「詩は生き生きしていなければならない。それで踊れるくらい」といった詩人もいるそうで。
散文は損だなぁと思うけれど、僅かな言葉に何かを課せなければならない詩を書くのは、とても大変。
散文は詩に追いつけないなぁ、と思う。
そして、もしかすると、詩であっても、言葉を並べたところで『あ』や『る』に勝てないのかもしれない。

でも、『あ』と『る』で『在る』……それもまた不思議。



追伸
色々ありますが、頑張っています。
御心配くださった皆様、ブログでは顔も見えないけれど、思いやりが伝わってくるのがとても嬉しいです。
ありがとうございます……
大丈夫、うだうだ言っても、時は前に進むものですものね!
本当に感謝申し上げます m(__)m

Category: あれこれ

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連作短編【百鬼夜行に遅刻しました】秋・菊(前篇) 

stella
Stella
Stella 2013/11月号 投稿作品

遅くなりました。すっかりスカイさんのお言葉に甘えさせていただき、遅ればせながら投稿いたします。
小鬼のウゾくんがジョウブツを目指して奮闘中。
鬼になってしまった魂がジョウブツするためには、百鬼夜行学校の試験に合格して、108回の本番の百鬼夜行をやり遂げなければならない。
でも、ウゾくんは遅刻ばかりで、試験にも合格できないし、鬼としては半人前。
ウゾくんが遅刻するのには、何かわけがあるようなのだけれど。
そんなウゾくんが、花にまつわる事件を解決しながら、自分のヒミツと本当のジョウブツを手に入れるまでの物語です。
さて、秋は菊。菊の物語をお届けいたします。

なお、本当は1回で載せたかったのですが、長くなってしまったので、前後編でお届けいたします。

物語の発祥地となったウゾさんのブログはこちら→【百鬼夜行に遅刻しました】→ウゾさんのブログへ


【百鬼夜行に遅刻しました】秋・菊(前篇)

 長く暑い夏が終わった。
 朝や夕方はすっかり涼しくなり、過ごしやすい季節だ。もっとも、鬼には暑いも寒いもないのだが、ウゾはやっぱりちょっとほっとする。雨が多くなると、心なしか身体が楽なのだ。もちろん、タイフウとかいうデッカイ雨は鬱陶しいのだけれど、少しの雨ならむしろ身体が満たされたようになる。
 かといって、ウゾの遅刻が減るわけでもない。
 例のごとく、今日もウゾは一時間目の始業時間には間に合わなかった。

 ダンゴたちは最近、小賢しくなった。
「ウゾ、チコク」「ウゾ、フラレタ」「サクラ、コナイネ」「ウゾ、チコク」……
 語彙が増えたのは大いに結構だが、言えるのはそれだけだ。
 そうなのだ。ダンゴたちも気が付いているように、最近サクラちゃんは迎えに来てくれない。しかも、学校にはウゾより遅れてくることが多い。何度かサクラちゃんちに迎えに行ってみたが、サクラちゃんはナカラギのサクラの家にはいないのだ。
 遅刻して学校にやって来るサクラちゃんは、何となくぼんやりとしている。一度声を掛けてみたが、返事は上の空だった。

 ウゾはそれ以降、何となく話しかけられないままでいる。
 教官たちは何かを知っているのか、サクラちゃんをそっとしておいてあげているように見える。
 それに何日か前からは、遅刻してきたうえに、早く帰ってしまっていたのだ。
 病気なのかな。鬼の病気なんて聞いたことはないけれど、女の子には色々とあるのかもしれない。
 でも、今日こそはもち姫のところに行ってみよう。サクラちゃんは、ウゾには言えないことでも、もち姫になら相談しているかもしれない。
 ただ、もち姫が女の子の秘密を、何でもウゾに教えてくれるとは思えないのだが。

「ウゾ、牛の刻参りの授業の後、ちょっと話があります」
 そう言ってきたのは、教官の一人、パーフェクトのっぺらぼう女史だ。
完全なのっぺらぼうだということは、元がニンゲンではないということなのだが、実際、前世はキツネだったという噂だ。ニンゲンがのっぺらぼうになった場合には、パーフェクトにはならないので、キツネだけのことはあると、皆が感心している。
 顔がないので、怒っているのかどうか、よく分からない。
 その日、ウゾは何か悪いことをしたのかとびくびくしながら授業を受けていた。

 丑の刻参りの授業は、キブネ神社のさらに奥の山の中で行われる。
 人を呪わば穴二つ、とはよく言ったもので、呪いをかけたニンゲンは鬼としては下等な部類に入れられる。下等な鬼とされたら、死後のジョウブツはかなり難しい。少なくともそのままでは百鬼夜行学校への入学は許可されないので、情状酌量の余地があるのか、サイバンがある。
 サイバンは厳しいと聞いているが、どんな仕組みで行われるのか、判定をするのが誰であるのか、ウゾのような小鬼は知る由もないし、上級の鬼たちでも多分知っていないのだと思う。そういう難しいケースに対応するのは、きっと閻魔大王のような絶対権力者みたいな鬼なのだろう。そして、ジョウブツが認められない鬼たちは、この世のどこかで闇として渦を巻いている。

 鬼になってから、丑の刻参りの授業を受けても遅いと思うかもしれないが、実は丑の刻参りの呪いは鬼に大きく関わっている。呪いが跳ね返って、無関係の鬼に襲いかかってくることがあるのだ。ジョウブツを求めない不遜さ、あるいは失われたジョウブツへの強い憧憬、いや、何よりも呪いそのもののどす黒い闇は、ジョウブツを求めて頑張っている鬼たちには恐ろしいものだ。万が一それに取り込まれたら、ジョウブツどころの話ではない。
 ウゾはこの授業が苦手だ。
 呪いとか、人の心の闇とか、そういうものが鬼のくせに怖いのだ。

 人の心にそういうものが潜んでいることは理解できる、ような気がする。
 でも、ウゾにはその闇を覗いて見る勇気がない。ウゾは綺麗なものが好きだったし、こうして鬼になってしまっているけれど、色々なことを抱えながらもジョウブツを目指して一生懸命頑張っている仲間たちの気持ちの中にも、その綺麗なものがあると思っている。
 ウゾだって、遅刻ばかりしているけれど、ジョウブツする気持ちは満々なのだ。ジョウブツを選ばなかったグンソウのような鬼にさえなれない鬼もいるけれど、グンソウの気持ちだって、ウゾにとっては綺麗な気持ちに見える。

 だが、呪うというのは特別なことだ。ウゾだって、嫌いな奴はいる。いなくなっちゃえと思うことだってあるけれど、呪う、ということは別のことだ。
 授業は主に、その呪いを被らないような防衛方法についてだった。
 簡単に言うと、まずは「その場所に近付かないこと」が大事なのだ。自ら危険な場所に行かないこと、そのためには「危険」の臭いを覚えることが大事で、その臭いを学ぶためにその場所に行ってみるというのが、授業の手始めだった。

 授業が終わって皆が解散になった後、相変わらず表情からは何も読み取れない(当たり前だ、顔のパーツが何もないのだから)パーフェクトのっぺらぼう女史が、ウゾを手招きした。
 理由を尋ねようとしたところ、パーフェクトのっぺらぼう女史が指を口に当てた。いや、口があったはずの場所にあてた。
 そして、そのままするするとキブネの森の中をさらに奥に進んでいく。ウゾが見送っていると、パーフェクトのっぺらぼう女史が立ち止まって振り返る。
 来なさい、ということだ。

 ウゾはちょっと嫌な気持ちだった。森に棲んでいるくせに、ウゾは暗い森の奥が苦手なのだ。
 仕方がないので、ウゾは、足元に変なものがいないか気にしながら、そろそろとついて行った。変なものを踏んでしまうと、いつまでも足が臭くなるのだ。鬼になってしまった虫とか、肉体よりももっと厄介なタマシイの鬼火の残りかすとか、そういうものがこんな深い森には漂っている。
 下ばかり見ていると、突然、ウゾは何かにぶつかって、鼻をうった。目の前にあるのは、のっぺらぼう女史ののっぺらな顔のほうだった。
「な、な、なん……」
 のっぺらぼう女史の真っ白な指がウゾの口に封印をする。
 その指がウゾの口を離れたかと思うと、すーっと動いて、森の奥を指差した。

 ウゾは大声を出しそうになった。いや、出したつもりだったのだが、出なかった。
 のっぺらぼう女史のクチナシ術が利いていたのだ。
 のっぺらぼう女史の白い指のずっと先で、ぼんやりと光が揺れていた。
 よく見ると、ろうそくの火だった。
 もちろん、妖怪図鑑によくあるように、頭の上に鉄輪を載せてろうそくを立てているわけではない。足元に置いてあるだけだ。だが、白い装束の女性がしていることは、噂に聞く丑の刻参りなのだ。
 女の人は、白い顔をしている。手に持っているのは金槌。そして五寸釘で木に打ち付けているのは、藁人形のようだ。

 鬼のウゾとて、噂に聞くばかりで丑の刻参り自体を見たのは初めてだった。
 だが、ウゾを最も驚かせたのは、その女の人のやっていることではなかった。
 のっぺらぼう女史の指が正確に指していたのは、丑の刻参りをしている女の人ではなかった。

 サクラちゃん!!

 ウゾは気を失いそうになってしまった。
 サクラちゃんは女の人が藁人形を打ち付けている木の近くに隠れるようにして、じっと女の人を見つめているのだ。とても悲しそうな瞳が、ここからでもわかる。
 女の人は藁人形を打ち終わった後も、しばらくじっと立ったまま打ち付けたところを見ていた。悲しそうな後姿だとウゾは思った。そして、その人をじっと見つめているサクラちゃんもとても悲しそうなのだ。
 
 その時、女の人が不意に力が抜けたようにその場に座り込んだ。
 サクラちゃんが思わずその人に走り寄りそうになったけれど、すぐに足を止めた。
 ニンゲンに鬼が見えてしまったら、そのニンゲンは死んでしまうことがある。それもあまり良くない死の形だ。だからサクラちゃんは、足を止めたのだろう。
 女の人は、しばらく、闇の中で白く揺らめくろうそくの炎の中でうずくまっていた。やがて静かに立ち上がり、傍に置いてあった杖を手にすると、それに縋るように立ち上がる。そして、ゆっくりとウゾとのっぺらぼう女史の方へ歩いてきた。

 ウゾは振り返った女の人を見て、何かを思い出しそうで思い出せなくて、そして何より、サクラちゃんと同じように悲しくなった。女の人は目がうつろで、頬がこそげたようにやつれていて、白い装束の中の身体も力なく、崩れていきそうに見えた。
 ぼんやりと女の人の進路に突っ立っているウゾの首根っこをつかまえて、のっぺらぼう女史がぽわーんと木の上に飛び上がる。
 
 幸い、女の人にはウゾたちの姿は見えなかったようだった。それどころか、女の人の目には何も映らなくなっているのかも知れない。
 ウゾの足下を、女の人は杖にすがるようにしながら、ゆっくりと歩き去っていく。
「ウゾ、行きましょう」
 どこへと質問する間もなく、のっぺらぼう女史がするすると地上近くまで降りて、さらに森の奥へ進んでいく。
 まだ行くの? と問いかける間もなく、のっぺらぼう女史の目的がサクラちゃんを追いかけることだと分かって、ウゾも慌てて後を追った。

 サクラちゃんは暗い森の中をすたすたと歩いて行き、やがて細い川の近くに出た。水の側で立ち止まり、やがてかがみこんでそっと手を合わせる。
 何に手を合わせているのだろう。
 暗がりの中で、白い花がゆらゆらと揺れていた。
 しばらくじっと祈った後で、サクラちゃんは自分の前にある花の葉っぱをそっと手に取った。
 闇の中でも、その白い花の匂いがウゾにはすぐ分かった。

 菊だ。サクラちゃんは葉っぱを手にして、何か呪文を掛けるかのようにじっと座り込んでいたが、そのうちに立ちあがり、水の流れに沿って道なき道を下って行く。のっぺらぼう女史はその後をつけていく。ウゾも遅れまいと一緒に後を追った。
 やがて細い水流は川になる。サクラちゃんはずんずんと進んでいく。
 キブネの森を抜け、やがて川が太い流れになると、街の灯りが見える。

 サクラちゃんは灯りが見え始めると、ニンゲンの目に触れないようにと少し宙に浮きながら、車の通りを南へ下って行った。
 その頃になって、ウゾはやっとクチナシの術を解いてもらった。
 のっぺらぼう女史に質問したいことはいっぱいあったが、サクラちゃんの行き先のほうが気になる。
 サクラちゃんは、棲み処であるナカラギのサクラも通り過ぎて、さらに進んでいく。大きな通りに面した大きな建物が見えて来たとき、サクラちゃんはふわっと飛び上がった。
 すごい。サクラちゃんは、鳥の術なんか使わなくてもあんなに高く上がれるんだ。
 優等生のサクラちゃんはいろんなことをいっぱい勉強していて、ウゾよりもずっと物知りだった。自分の力ではあんなに高く飛び上れないウゾは、のっぺらぼう女史の力で浮き上がってついて行く。

 サクラちゃんは、その大きな建物の上層階まで昇って行って、暗い窓の外でしばらく浮かんでいた。やがて、すうっと吸い込まれるように窓の中へ入っていく。
 のっぺらぼう女史につかまったままのウゾは、その窓の傍に寄って行き、中を見た。

 部屋の中にはベッドが見える。そして、そのベッドに横たわっているのは、さっきキブネの森の中で見た女の人だった。白くて色のない顔は、枕元の明かりに照らされてより一層白く見える。
 サクラちゃんはその人の側にじっと立っている。正確には浮かんでいる。
 やがて大事に掌に乗せている菊の葉っぱから、女の人の暗い唇の上にそっと雫を零した。



 ウゾは何回も何回もそのサクラちゃんの哀しそうな瞳を頭に思い描き、そしてやっぱりもち姫のところにいこうと決めた。
 のっぺらぼう女史は、昨夜あの後、ウゾに何も説明しなかった。ただ、サクラちゃんを守ってあげるようにと言った。
 守るって何をどうしたらいいんだろう?

「ねぇ、もち姫、サクラちゃんは何をしていたのかなぁ? もち姫はサクラちゃんから何か聞いていない?」
 もち姫はふうっと息をつく。
「ウゾ、お前は何でも私に頼ろうとするけれど、何故サクラに自分で聞かないの?」
 それは痛い所をつかれたような気がするけれど、サクラちゃんの哀しそうな瞳を見つめるのは辛いのだ。
「サクラだって、心細いんじゃないかしら。あなたが助けてあげなければ」
「でも、どうしたら? サクラちゃんは、その、何となく何も話してくれそうにないんだ」
 それに何より、避けられているような気もするのだ。話しかけても最近、返事をしてくれない。

「お前にはひとつ、特技があるじゃないの。どうしてそれを使わないの?」
 特技? そんなものあったっけ? 遅刻の才能くらい?
「それじゃあ、お前に大事な言葉を授けてあげるわ。これは扉を開く呪文よ」
「呪文?」
「ジゲンジシュジョウ フクジュカイムリョウ」
「ジゲン……?」
 もち姫もまたその呪文以外何も教えてくれなかった。ウゾはすごすごとタダスの杜に帰ってきた。棲み処であるアキニレにもたれかかり、ふうとため息をつく。

 もち姫は最近、ちょっと厳しいんじゃないかな、と思う。そうだ、あの朝顔の精に会ってからかもしれない。いや、そうじゃないんだ。甘やかしていたら、いつまでもウゾがジョウブツできないと思っているのかもしれない。
「ウゾ、チコク」「ウゾ、フラレタ」「サクラ、サクラ」「コナイ、コナイ」
 遅刻どころか、今日はウゾも学校をサボっている。
 鬼が言うことではないけれど、あの怖くて足を踏み入れたくないキブネの森の奥に、今日もサクラちゃんは行っているような気がする。
 丑の刻参りは7日間続けなければならないという噂だ。だから、あの女の人は少なくとも昨日が7日目でなければ、今日もあの森に行くはずだった。そして、サクラちゃんも女の人のことを心配して行くはずに違いない。
 のっぺらぼう女史に、今日も連れて行って、と言うわけにはいかないだろう。
 自分でなんとかしなくちゃ。それは分かっているのだけれど。

「チガウ、チガウ」「サクラ、サクラ」「ウゾ、サクラ、スキ」「コナイ、コナイ」「チガウ、チガウ」
 え?
 ウゾは思わず顔を上げる。ダンゴが変な単語を覚えた。
 好き?
 それはもちろん、大事な友だちだもの。サクラちゃんの哀しそうな顔を見たくないんだ。
「ダンゴ、なんかいい知恵ない?」
 ダンゴたちに期待しても仕方がないのだけれど。
「チガウ、チガウ」「キタ、サクラ」「キタ、キタ」「サクラ、サクラ」「チガウ~!」
 何だかダンゴたちの語彙が増えているし、それに、何だかごちゃごちゃになっている。
「キク、キク」
 聞く? 来た? サクラ? じゃなくて、キク? 菊?

 不意に、ウゾの鼻がヒクヒクと動く。そうだ、秋が来たんだ。菊の匂いがタダスの杜に漂っている。今日は風が強いので、色んな菊たちの香りが順番にウゾに挨拶をしにくる。
 今年も咲いたよ。今年も顔を見に来てよ。今年は娘がいるのよ。
 そうだ、匂い。そして花たちの言葉。ウゾには花たちと話せるという特技があった。そして花たちの匂いを、どの一輪のものであっても区別することができる。

 ウゾは立ち上がり、ふん、と肩に力を入れた。
 そして、思い切り風を吸い込むと、韋駄天のごとく走って、川を遡った。
 遅刻常習犯の脚力を生かしたら、キブネの山はそんなに遠くないはずだ。
 途中、あちこちから菊たちの匂いが香ってきた。秋の訪れだった。
 だが、今ウゾが探しているのは、ただ一つの菊だ。
 昨夜、サクラちゃんが祈っていた菊。

 目や耳の記憶をたどるよりも、ウゾにとっては一番頼りになるのが匂いだった。そして、その匂いは間違いなくウゾをあの菊のもとへと導いた。
 強い香りだ。どの菊よりも強く、甘く、香っている。
 それはその菊に、多くの記憶が詰め込まれているからだ。
 花の匂いさえあれば、ウゾは怖いものなんてないと思えた。

 確かにこの菊の匂いだ。
 ウゾは立ち止まる。そして、小さな流れの側に咲く菊にそっと触れた。
「ねぇ、教えて。サクラちゃんは何を願っていたの?」
 その菊は、いっそう芳醇な香りを放った。だが、何も答えてくれようとしない。
「サクラちゃんを助けたいんだ。お願いだよ、教えて」
 願いや想いが強い封印で閉じ込められているような、頑なな気配がする。こじ開けようとしても、花は優しく嫋やかでいて、犯そうとする力に対しては何も応えてくれないのだ。
 水を与えなければ咲くこともなく、何も告げることもない。

 水。
 サクラちゃんがそっと菊の葉から零していた雫。その雫はサクラちゃんの涙のように、女の人の唇に滴り、サクラちゃんの魂が女の人に囁きかけているようだった。
 僕はサクラちゃんの力になってあげたい。
 それなのに、のっぺらぼう女史ももち姫も何も教えてくれなかった。
 何も。
 何も?
 いや、もち姫は、教えてくれた。何だったっけ? 扉を開く呪文。
 ジ……

「ジゲンジシュジョウ フクジュカイムリョウ」
 口に出してみたその時、ウゾの唇から、文字が流れ出た。
 古い古い記憶。慈しみの心と、過ちと、願い。そして孤独の哀しみ。
 これって、誰の記憶だろう?
 優しく、甘く、そして悲しい。

「お前か、吾を呼ぶものは。この頃は、騒がしいものだ。いや、いつの世も、人というものは浅ましくも悲しく不老不死を求めてやって来る」
 ウゾは目を見張った。
 目の前に立っているのは、見目麗しい少年で、艶やかな肌と黒々とした髪には、夜の巷にざわめく微かな光が吸い込まれていくようだ。
 だが、その目は決して、周囲を顧みず無謀にも前に向かって突き進むような、若々しい力に満ちたものではなかった。それは老人の目だ。
「あ、あの……あなたは?」
「ほぉ。小鬼か。死者が吾に用事があるとは」
 そう言ってから、少年はじっとウゾの目を覗き見た。

「いや、お前はただの死者ではないようだ。しかし、今さら不老不死を求めても仕方のない身のようだというのに、吾を呼び出した訳とは」
「すみません。あの、昨日、女の子がここに来ていましたよね。ぼ、僕は、その……」
 少年は老いた目でウゾをじっと見つめている。ウゾはしどろもどろになった舌を一旦止めて、息を吸い込んだ。甘く悲しい菊の香りが鼻腔を満たす。
「その子はサクラちゃんというんですけど、今、何かとても苦しんでいて、その……」
 少年の目の色は変わらない。氷のように悲しい色のままだった。

 ウゾは一度口を開きかけて、留めた。何かを説明しようとしても上手く言えない。
 ……でも、これだけは確かなことだ。
「サクラちゃんは僕の大事な友だちなんだ。僕は、サクラちゃんが大好きなんだ。だから困っているのなら、助けてあげたい」
 ふわっと、菊の香りが甘くなった。それと同時に、少年の目が揺れたように見えた。
「なるほど。小鬼よ、あの娘の友であったか」
 少年はそっと自らの身体である葉を一枚手に取り、さらさらと幻の文字をその表に書き記した。

 慈眼視衆生 福寿海無量
 観音様はいつでも優しく思いやりの目を持って私たち衆生を見てくださる。観音様を一心に信じれば、福の集まること海の如く無量にある。

「ではまず、吾の話を聞くがよい。小鬼よ。これは法華経の八句の偈、その中の普門品の二句である。今より3000年も前の頃、周の穆王(ぼくおう)がよい馬を手に入れ方々を回っていたが、ある時、釈尊に出会った。釈尊は彼に国を授け、それと同時に国を治めるための法を授けた。それが八句の偈だ。吾は穆王の寵愛を受けた童子であった。しかしある時、誤って帝の御枕を跨いでしまったのだ。そのため、野獣の住む寂しいレッケン山に流罪とされることとなった。その時、帝が吾を憐れんで、この二句をそっと伝授してくださったのだ」
「3000年? あなたはとても若く見えます」
「1800年近くも前のこと、魏の文帝の使いにも同じことを言われた。しかし、小鬼、まずは吾の話を最後まで聞くが良い」
 ウゾはうん、と頷いた。本当はサクラちゃんのことが心配だった。
 花たちはいつも少しだけ回りくどいのだ。自分の物語を聞いて欲しいと思っている。
 でも、花たちもまた、この世に咲き出て散るまでの間、懸命の命を生きている。そして、自分の中で脈々と繋がっている命の連鎖、その記憶を、誰かに分かち合って欲しいと願っている。

「吾、当時の名を慈童と言ったが、恐ろしい山の中に流罪にされたことよりも、帝に会えないことを悲しく思っていた。悲しみのあまり、毎日枕を濡らし、その乾く間もなかったのだ。しかし、帝に言われた通り、授けられた偈を忘れないようにと菊の葉に書きつけ、毎朝唱えていた。またいつか、帝にお会いできる日を信じて」
 ウゾは少し身を乗り出した。
「小鬼よ、吾は知らなかったのだ。その使いがやって来るまで、1000年もの時が流れていたことを。吾の姿は何ひとつ変わることがなかったのだから、昨日今日のことと思っていた。吾が帝の御身を尋ねると、彼らはその時から何代も帝は変わり、今は魏の文帝の時代であると言った。文帝は、レッケン山より流れ出た水を飲んでいた人々の病気が治り、不老不死の長寿を保ったことを聞きつけた。彼らは文帝に召され、上流の様子を見に来て、吾を見出したのだ」

「それで、あなたはどうしたの?」
「吾は期せずして不老不死となり、1000年の時を生き延びてしまったことを知った。今もなお、死ぬることなくこの世にある。その上、吾の触れた菊の葉にたまった露が川に滲み入ると、流れる水がすべて天の甘露の霊薬になった。しかし、それからさらに2000年もの時が過ぎ、少しずつ霊力は衰えてきているようだ。何故なら、吾の心には悲しみが降り積もっていくからだ」
「哀しみが降り積もる……」
「慕う人のない世をいたずらに永らえて何の楽しみがあろうか。求める愛が叶わぬまま、時だけが過ぎていくのだ。不老不死とはすなわち、果てしない孤独ということなのだ」

 老いた目の少年は静かに語る。ウゾは今、言葉に引き込まれていた。
 自らを生きながら鬼に変えて釘を打ち付けていた女の人、その人が横たわっていたベッドのシーツの白さを思い出した。
「でもせめて、病がなければ、穏やかに過ごせるのに」
「小鬼よ、病には二通りある。一つは死に至る病、もう一つは死することのない病だ。あるいは、ひとつは心を殺す病、もうひとつは心の闇を乗り越えていくための病だ」
 そう言って、老いた少年は、件の二句を書きつけた葉をウゾに渡した。

「それを持っているが良い。吾が触れた故に、その葉から滴る水は霊水となろう。それをどのように使うか、それはお前に任せよう。お前が望めば、そこからは真に不老不死の水が零れるであろうし、あるいはまた別の望みを強く願えば、別の救いをもたらすこともできるであろう。小鬼よ、求めることだ。ただ泣き迷っているだけでは、本当の意味での救いは与えられず、吾のように死することもできず、ただ永遠に続く時間だけを友とせねばならぬ」
 ウゾは少年に言った。
「サクラちゃんのことを教えて」
「小鬼よ、それはお前が自ら聞くが良い。お前が本当に彼女を助けたいのなら」
 菊の記憶を持つ慈童はそう告げると、花に吸い込まれるようにして消えた。


「ウゾくん?」
 ウゾははっと顔を上げる。
「サクラちゃん」
 ウゾは真正面に立ったサクラちゃんを見つめた。サクラちゃんの目は昨日の夜と同じ、悲しい目だったけれど、今は驚きの方が大きいようだった。この哀しみと驚きの上に、今は穏やかな優しさを重ねてあげたかった。
「どうしてここに?」
「サクラちゃんが心配だったんだ。あの」
 ウゾは一度俯いた。そして、菊慈童に授けられた菊の葉をそっと両の手で包み込んだ。
 顔を上げた時、ウゾははっきりとした声で言った。
「サクラちゃん、僕は、その、遅刻ばっかりしていて、あ、今日なんかはさぼっちゃったりしているんだけど、そんなので頼りないかもしれないけれど、でも、サクラちゃんの力になりたいんだ」

 サクラちゃんはしばらく返事をしなかった。じっとウゾを見つめている。
 でもそのうち、サクラちゃんの大きな目に涙がいっぱい溜まって、ぽろぽろと流れ落ちた。

(後篇へ続く)




もともとかなり短かったものを書きなおして、長くなっています。ついでに内容も、大きく変えてしまいましたが、少しややこしくなってしまったかもしれません。
でも、ウゾくんやサクラちゃんの成長も見守ってやってください(*^_^*)
後篇、少しお待ちくださいね。
よろしくお願いいたします(^^)

それから、コメ返が遅くなっていてごめんなさい。ちょっとゴタゴタとパニックが続いていて、もう少しお時間を下さいませ。いつもありがとうございます m(__)m

Category: 百鬼夜行に遅刻しました(小鬼)

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NEWS 2013/11/8 残念…/三味線の話(2) 

*石紀行、大分の巨石もアップしました。ご覧くださいませ(^^)

慌てて仕上げた【百鬼夜行に遅刻しました】第3話……あれ?
ぎりぎり間に合ったか?と思ったら、気がついたらすでにStella11月号が発行されていました(>_<)
……リアル仕事があれこれ大変で、なかなか時間がなくて……もうちょっと早く仕上げればよかったのですが……
すみません m(__)m
ま、間に合いませんでした……
でも、ちょっと内容が気に入らないところもあったので、やっぱりもう少し練ります。
そのための時間だと思うことに。

仕事の方で色々と大きな変化があって、実家の方でもあれこれ変化があって、自分の気持ちがついて行かなくて、でも自分が頼りにできる人は誰もいなくて、逆に両親が歳をとって不安そうなのを見ると、自分が頑張らなくちゃと思うけれど、何だかツッパリの糸が切れかけで、ぷつんとなりそう。
そんな中で書いたから、やっぱり乱れていて、納得がいかないのは当然ですね。
きちんといい形で出すようにします。

今週初めはあれとこれと思っていましたが、予定通りにはいかなかった。
あんまり予告するのはやめよっと^^;
皆様のブログにもお邪魔だけして、コメントを書くまでに至っていなかったりして、ちょっと残念。

でも、戴いたコメントとか、拍手も、落ち込んでいる時、とても励みになります。
ありがとうございます(*^_^*)
私も頑張ってコメント書きに行きますね……

あ、ひとつだけいいことがあって……でも、別にそんなところで運を使いたくはなかったんだけれど、でもこれは神様の頑張れ!なのかしら。本当は他のことでいいことがあって欲しかった。
でも、これはこれですごい出来事。18日以降にレポートします。

お詫びに?? 三味線記事再び。興味ある方は続きをどうぞ。
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Category: あれこれ

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【石紀行】13.大分・八面山(1):箭山権現石舞台 


今回の舞台は大分県・八面山(別名:箭山)です。
どの方向から見ても同じ形に見えるため、このような名前となったとのこと。
そうですね、何だかテーブルマウンテンみたいな形の山。
ボルダリングと心霊スポットという検索ワードでも引っかかるようです。
耶馬渓の近くの山ですから、岩登りのできるところがあったりもするみたいですね。
ちなみに、今はあまり霊感が強いわけではありませんので……行ったときは別に何も感じませんでした。

昔は山岳信仰の霊地でもあったようで、山頂には神功皇后を祀る箭山神社があります。
八幡皇大神(応神天皇)御遊行の霊場で神功皇后(応神天皇の御母)の霊が大明神として出現した山でもあり、昔は堂社や仏閣が数十棟も建ちならんでいたそうです。

って、簡単そうに書いていますが、困ったのはその辺りを走っていてもどれが『八面山』かすぐには分からないし、カーナビに何を入れたらいいのかもわからず、適当に走っていたら、平和公園にたどり着きました。

昭和45年に日米戦没者の慰霊と世界平和を祈念し整備された公園。公園内の恒久平和の塔では、福岡県星野村の「平和の火」が分火され永遠に燃え続けていて、戦闘機も置いてあります。

さて、この山には突然、びっくりするような石があるのです。
まずご紹介するのは箭山権現石舞台です。「ややま」と読みます。
この山は車道が通っていて、石の真横まで車で行けます。
夏にはありがたいですね。今回の旅では、前半が山登りになったので、後半は楽をしちゃいました。
車を置いて歩くと……ちらりと見えていますね。
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何、この妙なでかい石は!! と目に入った途端に大興奮状態に。
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さて、行きましょう。

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この石の周囲を回っていくことができます。
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見上げればすごい石の存在感。
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さらに回っていくと、光も降り注いできます。
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周回路は坂になっていて、登っていく感じ。裏側は石の高さになっていて、簡単に石の上に出ることができます。
ここを登ります。
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石の上は平坦になっていて、まさに名前の通り『石舞台』
石の上には2つに分かれた石が載っています。鬼が噛み割ったとされる石です。
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左側のは、微妙なバランスで石舞台の端っこに引っかかっています。
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右側のは、上に座って寛ぐのにとてもいい石。
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ここからの景色は……素晴らしいですね。風が気持ちいい。
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でも石の端っこまで行くと……結構怖い……
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足利尊氏が京都を逃れ九州に下り宇佐神宮に詣でたとき、この石の上から箭山神社に武運長久を祈願したとも伝えられます。
また、慶長元年(1596年)、沖代平野一帯に大干ばつが起きた時、農民たちが箭山神社へ祈願し、この石を舞台にして田口地区に伝わる御子神楽や千歳楽を奉納したところ五穀豊穣に恵まれたといわれます。

石舞台の大きさは、縦19.3m、横13m、面積は250.9㎡、円周は57.7m。
降りて行きましょう。
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振り返ります。
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ぐるっと回って、上に登って、それだけで満たされる石です。
ちなみに、石舞台から見た駐車場です。
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もしも耶馬渓に行くことがありましたら、近いので、一度足を運んでみてください。
この石舞台の上に立つと、この世界のこと、何かひとつ謎が解けるかもしれませんね。
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次回は、山の上の方へ上がっていきましょう。
和与石。こちらもまたびっくりするような迫力ある石です。

Category: 石の紀行文(写真つき)

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[雨89] 第18章 その道の先に(4) 

【海に落ちる雨】第18章(4)です。今回で第18章が終了です。
イタリア旅行、そして帰国後の真が囚われた闇……この答えはまだまだ先になりますが、光に満ちた古の都で、降り積もっていく真の不安を覗いてやってください。
光が強ければ、また闇も深いのです。その狭間で、人は生きているのかもしれません






 降り立った街から見たアドリア海の光、方向も分からない海上でぽつんと二人きりだという穏やかな気分、クルーザーが後ろへ引いていた波の軌跡。
 あれほど水が怖かったのに、揺られていることが心地よく、海の匂いに安堵さえした。
 小さなデッキに寝転んで、星を数えた。天の全ての星に名前があるわけではなかったが、その名前を呼んでいくと、自分が星々のすぐ傍にいるように思えた。竹流は真が数えている星の名前をずっと何も言わずに聞いていた。
 記号のような無機質なアルファベットと数字で構成されているものまでも含めて、何かの名前がひとつずつ愛おしいと思えることは、自分が今どれほどに満たされているかということと、まさに完全な比例関係にあると思えた。
 ふと、空から星が消えたと思ったとき、唇に暖かいものが触れ、身体ごと心ごと抱き締められていた。

 パレルモに着いて、イスラム教とキリスト教の溶け合った教会に入る。
 見上げると天井は青い宇宙のような色彩だった。祭壇の前に人々が集い、その宇宙の下で赤ん坊の洗礼式が行われている。小さな子どもはこの世に生まれ出て、今、神の祝福と両親を中心とした血縁の者たちの愛情を、一身に集めていた。
 微笑ましく、辛い光景だった。俯くと、不意に頭を抱き寄せられた。大きく暖かい両の手は真の頭を包み込み、神や両親の替わりに真の額に祝福をくれる。何の抵抗もなく、真は抱き締められるのに任せていた。誰の視線も気にならなかった。

 それから辿った街で、竹流はどれもこれも愛おしくてたまらないというように真に教会を、塔を、噴水を、広場を、そして絵や彫刻を、時には街角の小さな石を指し、物語を語った。
 時折、不安になった。自分たちだけと星だけなら何も遮るものはなかったのに、街の中にはその男と関わりのある数多のものがひしめき、その命と存在を支えていた。時折竹流の左の薬指の指輪が目に入ると、恐ろしい焦燥感と孤独感に襲い掛かられた。
 指輪はこの国の光を吸い込むと、その存在を誇らしげに主張しているように見えた。
 真が黙り込むと、竹流はふと真のほうを見つめ、優しく抱き寄せ暖めてくれる。真は孤独も焦燥も心の奥深くに畳み込んだ。

 サン・マルティーノ修道院から宝石箱のようなナポリの港を見下ろしたときには、周囲に夕焼けを楽しむ幾組かのカップルがいて、その大胆な愛情表現に真は思わず視線を逸らせた。
 竹流はいつものようにからかったりはせず、真の頭を抱き寄せると、イタリア語で愛しているというのはTi Amoというのだと言った。ずっと以前に言葉を教えてくれたときのように、竹流は繰り返すように言って、真がその言葉を繰り返すと、何か真には解らない言葉を耳元に囁いて、全く周囲を気にせずに真の頭を抱き寄せた。
 その帰り道、卵城近くの港を歩きながら、竹流は恋人に囁くようなカンツォーネを歌ってくれた。
 歌は港の堤防に打ちつける波音をベースにして、身体の内に沁みこんでくる。耳に残る声は体の芯に火をつけるようでもあり、穏やかに包み込むようでもあり、半分で真をたまらなく幸福にし、また半分でたまらなく不安に陥れた。

 ピサの塔が緑の芝の中に白く輝きを放つのを見たとき、真はぼんやりと目のうちが温かくなるのを感じた。
 竹流がこの国をどれほど愛し、この国を懐かしみ、そして離れがたいものから離れて生活しているのかということを、嫌というほどに感じたのだ。
 真が触れてきた北海道の大きな空気とは全く異質の、人間が積み上げてきた軌跡を、真はただ美しいと思った。朝日の中で輝く斜塔をホテルの窓から覗いたとき、通りの建物の間から斜塔のほうもこちらを覗くように優しく傾いていた。
 ごめんね、と言われているような気がした。

 竹流が最も愛している街のひとつがシエナだった。その茶色の町並みを抜けて路地に立つと、竹流は、世界中でもっとも美しい広場にようこそ、と真を誘った。
 広場に踏み込んで初めて、それが優雅に扇を広げたような形だとわかる。
 鐘楼から見たトスカーナの緑の田園ははるか地平線まで続き、翌日には土の緑と空の蒼の間の優雅なラインをバスで走っていた。織り重ねられたタペストリーのような地平線が視界いっぱいに広がり、道や畑の境界に木が立ち並び、光は低い山と田園を翠や藍、黄金に染め分けた。バスに乗っている人々はおしゃべりと手元の作業に忙しく、真と竹流もそこへ巻き込まれていく。差し出されたりんごは酸っぱくて、甘かった。

 何度もサン・ガルガーノという言葉が真の耳を刺激した。そして、ついに乗客たちは、窓の向こう、丘の上を指し、合唱のようにサン・ガルガーノと叫んだ。竹流は礼を言って、真を連れてバスを降りる。乗客たちは、まるで旅行者をこの尊い聖なる地へ運んだのが自分たちの手柄であるかのように誇り高い満足げな顔をして、真と竹流を見送った。

 教会には壁は残っているものの、屋根がすっかりなかった。天井は蒼天で、白い雲が浮かび、鳥が横切った。
 真が不思議な光景に圧倒されながら空を見つめていると、教会は金がなくて屋根を売っぱらったのだと竹流は言った。随分現実的な理由なのに、年月を経て残る屋根を失った教会はロマンチックだろう、と竹流も青い空となった天井を見上げる。
 教会の裏手の草地には風が吹きぬけ、持って来たワインを開け、パンとハムを切って、少し固い桃をむいて食事を済ますと、竹流は気持ち良さそうに草地に寝転んだ。猫が食べかすをねだってくるので、残ったハムをやると、猫も真のすぐ傍で丸くなった。
 竹流があまりにもあっさりと眠ってしまったのでつまらなくなって、悪戯をしたくなった。眠っている竹流の腹の上にその猫を置くと、猫は伸びをしてもう一度丸くなった。
 竹流は目を開けなかったが、真の頭を撫でた。

 恐ろしく幸せな時間は、花の都の美術館の、光溢れるテラスで終わった。

 それまで真の特殊能力が発揮されたのは、唯一モンレアレのカタコンベの中だけだった。
 それがローマに入ると、ひっきりなしに襲ってくるようになった。ただでさえ、古い時代の建造物の上に、次々と新しい時代の営みを積み上げてきた街だ。その上、その歴史は半端ではなく古く、しかも目を覆うような悲劇も多々繰り返された。
 そういう一切を飲み込んで、今ふと歩いている足元でさえ、数千年の昔の水や空気を吸い込んだまま、誰かの想いや記憶が層状に積み重なっている。
 石畳の上の一歩一歩が重くなった。

 今まで傍らにいて幸せな空気しか感じなかった男の、ただ二十七年ばかりの人生にも、その数千年と同じ複雑な層が重なっていた。
 ローマの屋敷で人々が彼を呼ぶ名前は、その日までは誰かが口にしても重みをもって迫ってくるものではなかった。
 しかし、その日から、その名前は深く飛び越えられない溝を、真の前に見せるようになった。

 竹流が、別の一面を真に見せたのは、ローマの屋敷の、穏やかな風が吹き抜ける光に溢れた部屋の中だった。
 解説も理解を求めるような気配もなく、繰り返される暴行。

 一体、彼の中の何が、そこまで彼を追い詰めているのか理解できないまま、真は考える頭まで奪われてしまった。殴られることには他人以上には慣れていたと思うが、殴る人間が彼であるという事実を、あの時真自身どうやって納得したのか、あるいは納得する余裕もなく晒されていたのか、今でもよく分らない。
 大和竹流、いや、ジョルジョ・ヴォルテラという人間の中に溜め込まれていた重い鉛のような塊、それがあの街のあの屋敷で、あるいは彼に本当の意味で影響を及ぼすことのできる唯一の人物の側で、行き場を失って真の方へぶつかってきたのだ。

 僅かな口答えでも殴られ、少しの説明を求めても打ち据えられ、他の男との情事を、その細部まで、そして自分がどんなふうに感じたのか、言葉にしろと強要された。今更思い出す気もなかったのに、あえて聞かれると辛くて悲しかった。
 泣きながら、滝沢は優しかったと言うと、狂ったように殴ってきた。幾夜も眠らせてもらえず、食事の合間も浴室でも、あるいは明らかに他人の気配がある時でも、逆らうことを許されなかった。
 しかも、真の身体が完全に破綻するような気配を見せると、彼は真を一人残して逃げ出してしまった。
 扁桃腺炎の高熱は例の如く三日続いた。

 意識が朦朧としていてよく分らなかったが、屋敷の住人は、料理人も世話係らしい女中も、出入りする医師も、あるいは屋敷の主人でさえ、真に対してはむしろ同情的で、追い込むような人間たちではなかった。それでも、執拗な暴力の後の放任に、真の方は、彼への信頼も生まれ始めた愛情のようなものも、完全に失ってしまってもよかったはずだった。

『あの坊主は、本当に都合が悪くなると逃げ出すからなぁ』
 頭を掻きながら、ヴォルテラのお抱え医師は呟いた。
『結局、偉そうにしてもお子ちゃんなんだな。あれは、ちっこい頃からどうにも愛くるしい子どもでなぁ、まぁ、実家の親からは見捨てられたようなものだから、余計にこっちの家の者は、親分以外はべたべたに可愛がったんだ。第一、親分のあのスパルタを見てると、可愛がってやりたくもなるわけだ。だから、あいつは、結局は自分の思い通りにならないことなんてないと思っとる。まぁ、そのための努力も人一倍、どころか十倍はする男だけどな』
 医師は自分の息子の事を話すように語り、本当は自慢の息子なのだ、と言いたげだった。  
『坊主、あいつは完璧な支配者になるように育てられた男だ。ストイックで努力家の面もあるが、同時に別の面も持っている。あんな暴力に耐えて優しくしていると、どこまでもつけあがるぞ』
 そう言って、医師は真の頭を撫でて、冷たい水で絞ったタオルを額にあててくれた。

 日本にいる間の竹流を見ている限り、卑怯な面など持たない男だと思えていた。だが、真は自分自身の身体の状態から、あの男のマイナスの側面を知っても、あまり狼狽えていないことを感じた。
 どれほどの暴行を受けていても、身体が痺れてくることも、目の前のものを見聞きするのが嫌で意識を失ってしまうこともなかったのだ。耳が聞こえなくなるようなヒステリー発作も起こらなかった。あの電車通学の人混みの中、試験会場の異様な空気に晒されたときのような吐き気も頭痛も、かけらも湧き上がってこなかった。
 熱に浮かされている間、真が唯一理解できたのは、今起こっている、傍から見れば明らかに理不尽な状況を、自分が完全に受け入れているということだけだった。

 真の熱が漸く三十八度台の前半に落ち始めた夜中、竹流は怖い顔をしたまま戻ってきて、真を連れてアッシジに逃げた。
 ここがどこで、彼がどんなふうでも、これまで彼が自分にしてくれた事をなかったことにできるほどの出来事があるはずもなかった。
 竹流が自身の二面性をそのまま抱え込んでいた内なる矛盾をさらけ出したあの国で、話してくれた街や国の歴史、ある意味では人間そのものの来し方、単に地名であっても言葉の持つ不思議なニュアンスや力。
 彼の言葉には、魂が篭っていた。小学生の頃には、特に東京に出てきてから、周りの同級生や教師の言葉が全く意味の成さない記号のようになり、理解できなくなっていた真に、その魂の篭る言葉は直接理解できる唯一の言語だった。
 だから、真は彼が語った言葉は、教会の名前でさえも、ひとつとして忘れなかったのだ。

 竹流にそのことが上手く伝わっていたとは思えないが、アッシジでの彼は、あるいはその後もう一度戻ったローマでさえも、異様なほど優しかった。
 医者に壊すなと言われたからな、しばらくは我慢することにした。
 そう言いながら、抱きしめてくれていた大きな手の感触。絵の下に眠っていたマリアを、敢えて掘り出すことはないと、真の言葉を受け取り、ただ丁寧に絵を洗浄していた手。ボケた振りをする老人から職人の手だと言われた、あの右の手。

 世間の常識も、倫理に対する後ろめたさも、全て捨てる準備はできていた。何となく気配を察知している祖母や葉子に対してはともかく、祖父にも、たとえ失望されようとも、必要があればきちんと話す気もあった。
 しかし、竹流は成田に向かう飛行機の中で、やはりあの手で真の頭を撫でるようにして言った。
「お前は研究者としていい素質を持っているから、大学に入ったら、とにかく一生懸命勉強しろ。俺も色々忙しいんであまり構ってやれないが、これからは一人でもやっていけるだろう。それから、彼女も長い間放っていたんじゃないか? 帰ったら直ぐに連絡して、デートのひとつもしないとな」

 突然に放り出されたような感覚は、暴行を受けていた時には全く感じなかった眩暈を引き起こし、意識に穴をあけたようだった。
 東京での生活の再開は、真が思い描いていたものとは全く異なっていた。時間は淡々と流れ、視力がどうかなったのではないかと思うくらい、景色は色を無くした。あの国で、何があっても失われることのなかった光の温度も、感じなくなっていた。
 真は、目と耳を塞ぎ、ただ静かに時をやり過ごさなければならなかった。

 大学に入って一月もしないうちに、真はある筋では有名な研究者である芦原教授の教室に出入りするようになった。せめて宇宙の事を考えている間は、光を感じるような気がした。
 灯妙寺にも淡々と通った。祖父は、顔にも態度にも出さなかったが、孫がいそいそと剣道や三味線の稽古に通ってくることを喜んでいたようで、土曜日の夕方になると自分で買いものに出掛けることもあったようだった。
 篁美沙子とは、週に一度は会うようにしていた。時には二週に一度のペースになることもあったが、これは義務だと思って習慣にしたほうが問題を起こさないことが分っていた。
 あまり会話をせず、ただ会ってホテルに行って抱き合うだけの日もあった。もともと無口で、自分の感情を説明しない真には、美沙子も慣れているはずだと思っていた。彼女との付き合いの中で、好きとか愛しているとかいう言葉を口にしたことは一度もなかった。どのように処理していいのか分からない感情は、他人に説明できるものでもなかったし、もしかして将来を共にするかもしれない女性に対して、敢えてくどくどと解説する気にはならなかった。
 彼女との行為に身体はちゃんと反応していた。けれども、狂うほどに相手を求めるような激情も、溶け出すほどに甘い気分も、自分の細胞の一つ一つがざわめくように興奮して太古の昔に戻るようなあの感覚も、一切戻ってくることはなかった。それでも、あの時はまだ、いつかは美沙子に結婚を求めるのだろうと、ぼんやりと思っていた。

 そんなある時、失踪した相川功の行方を確認するために、アメリカから私立探偵と思われる二人連れがやって来た。何も知らないと答えたが、気味が悪く、万が一葉子の身に何かあれば困ると思い、斎藤医師に相談した。
 斎藤は知り合いの弁護士のところに真を連れて行き、その弁護士が、海外にも伝が多いという唐沢を紹介してくれた。
 弁護士のほうは、有名企業の顧問弁護士をいくつか兼任しているし、最近は少年事件でも名を上げ始めたきちんとした男だったが、唐沢はどこからどう見ても、一歩間違えれば浮浪者かチンピラに近いムードの男だった。
 言葉も乱暴で、生活などいい加減の極みのようで、やることなすことちゃらんぽらん、常に酒臭く、博打好きで、女好きだった。呆れ果てたが、意外なことに、周囲で聞く噂では、この調査事務所の仕事は極めて優秀だった。

 初めて会った日、唐沢は真を上から下までじっくりと見て、身体を撫で回すように確認し、にたにた笑って言った。
「お前、うちでバイトしねぇか?」
 結局、アメリカからやって来た男たちは二度と現れなかった。もしかすると嵌められたのではないかと思うくらい、まんまと唐沢の術中に嵌って、真は研究室と灯妙寺以外の生活の場所を、唐沢調査事務所に置くことになった。
 唐沢は、真のこれまでの人生のどこにも存在しなかったタイプの人間だった。刑務所にいる現在でも、結局のところ悪い人間なのか良い人間なのか全く分らない。いや、多分良い人間ではないのだろう。ただ、悪い人間の範疇に入るということでもなさそうだった。

 唐沢は真を気に入ったのか、どこに行くにも連れて歩いた。サービスの程度は様々だがあらゆる種類の女の子のいる店、あるいはゲイバーなどの飲み屋だけでなく、驚くような有名企業にまで出入りし、一方ではどこから見てもヤクザだろうと思える事務所にも顔を出していた。真が感心したのは、そのどこに行っても唐沢の態度や言葉遣いは全く同じだということだった。
 時には、真に目が飛び出るほど高いスーツを買ってくれて、唐沢自身も上等のスーツを着込んで、明らかに秘密めいたにおいを持つ社交場へ真を誘った。参加しているのはほとんどが外国人で、会話は英語、時々スペイン語かポルトガル語のような言葉も混じっていた。そこで感じた、自分を値踏みするような視線。唐沢はまるで真を値段を吊り上げるための商品のように見せ歩いていた。

 それが何だったのか、今でも分らない。
 三上がそのことでひどく唐沢に絡んでいるのを聞いたこともある。
 後になって、唐沢が一度だけ、お前、男と寝るか、と聞いてきたことがあるので、もしかすると、そういう場所だったのかもしれないが、明らかに性的な交流を目的にした人間の集まりには思えない空気があった。
 そういう趣味はありません、と真が答えると、唐沢は意味深に笑って、まぁ、操を立てないといけない相手もいるわな、と言った。
 それ以上何かを強要されることはなかった。

 唐沢の博打の中には、幾分か詐欺や強請りの要素が入っていたのだろう。
 もしかすると、唐沢に紹介された田安隆三が彼に何か意見してくれたのかもしれない。田安に会ってからは、唐沢が真をあの怪しい社交場に連れて行くことはなくなった。
 そう考えると、自分に向けられた視線の意味も、自ずとわかる部分もある。
 唐沢は、相川真が朝倉武史の息子であることを知っていたのだろう。三上も、唐沢は大事な詐欺の材料を他人に委ねることはない、と言っていたので、せいぜい自分の手元で真の値段を吊り上げていた可能性はある。

 しかし、唐沢は結局、真を誰かに売り渡すことも、詐欺の片棒を担がせることもなかった。調査事務所でのあらゆる仕事のノウハウを教えてくれたのは唐沢だったし、美沙子と別れた後、女に不自由しているだろうと、さんざん女の子を紹介してくれたり、こき使う割には真の健康を時々心配してくれたりと、意外なことに感謝するべき材料のほうが多く見つかるくらいだった。
 何よりも、真に、問題のある少年少女や社会のアウトローの気持ちを引き寄せる何かがあるということを見抜き、失踪人調査の才能があると煽てて、名瀬弁護士に売り込んだのも唐沢だった。

 だが、いずれにしても、何に対してもある一定線以上の感情を引き出されることのなかったあの当時の真には、興味のないことだった。
 その頃、性を商売にする幾人もの男女と知り合った。仕事がらみだったが、同性愛者たちの集まる店にも足を運んだ。彼らは性の嗜好に対して開けっ広げな一面もあれば、ひどく臆病な気配を示すこともあった。その嗜好を店で満たしながら、普通に結婚生活を営んで、家族を愛していると当然のように言う男もいた。
 そういう連中から、真は本質的にホモセクシャルの嗜好があると断言されたこともある。一度ちゃんと体験してみれば自分で納得できることだと、誘われることも一度や二度ではなかったが、一度として自分のほうからそういった連中の誰かと寝たいと思ったことはなかった。

 一方で、唐沢の勧めるままに女たちとは随分関係を持った。唐沢が真を商売の道具にしていた気配は、なんとなくわかるようになっていた。彼が真に服を買ったり食事に連れ出すのは、その代金の一部なのだということがわかっても、不快だという気持ちにはならなかった。
 唐沢の紹介する女たちは、一癖も二癖もある女が多かったが、どの女も総じていい女だった。女たちと肌を合わせているとき、美沙子と寝ているときほどに夢中になることはなかったが、身体の芯のどこかで、自分は結婚したら平気で妻を裏切るかもしれないと考えていた。

 葉子は、最近お兄ちゃん、おっさんくさくなった、と不満そうに言った。煙草が増え、銘柄もきつくなり、どこからどこまでが一日か分からないような日々だった。
 そして、だんだんと自分自身が薄くなっていっているような気がした。
 生活がいっぱいいっぱいなので、睡眠時間を削らざるを得ないのだと思っていたが、時間があっても眠れなくなった。自分で自分の首を絞めるように、時間を埋め尽くした結果だった。

 もともと眠りの浅かった真は、その秋にはほとんど起きている時間と寝ている時間の区別がつかないほど、意識が曖昧になっていた。眠っていると、ほとんど現実と区別のつかない夢を見るようになった。そしてある時から、明らかに夢の中なのに温度を感じ、触覚も臭覚も働くようになっていた。二十四時間、交感神経が活動し、アドレナリンが出ている状態だったのだろう。逆に起きている時間、確かに現実の道を歩き、階段を登り、人とすれ違ったりぶつかったりしているのに、足に感覚はなく、ぶつかった人も自分に気が付いていないのではないかと思うようになった。
 周囲の人間がどれほど心配していたかは、その時の真には分からなかった。

 ある日、薄暗い研究棟の人気のない長い廊下で、真は遥かに続く真っ直ぐな線の向こうから、風が吹いてくるのを感じた。薄暗い廊下の彼方の光の中に、自分を見つめる暖かく哀しい目があった。
 微かな嘶きと体温、生命のにおい。
 そうか、自分は死ぬのだろう、とその時理解した。恐ろしいとは思わず、むしろ安堵したような記憶がある。もう、人混みにもややこしい人間たちの感情にも心を乱されることはない、何より自分の堪えられない心の重さとも無縁になれるということは、悪いことではないような気がした。

 だが、一度だけ、彼の声を聞きたいと思った。
 廊下のみすぼらしい台の上の赤い公衆電話の受話器を取り上げたとき、指は、もう忘れてしまっていると思った番号を、滑らかに回していた。指の向こうに電話器の文字が透けて見えるほど、自分が頼りなかった。
「どうしたんだ? 久しぶりだな。お前が電話してくるなんて、これまでにあったかな」
しかし、そんな真の気配など微塵も感じないように、竹流は明るい声で電話に出た。
 気が抜けるほどあっさりとしたやり取りだった。

 成田に降り立ったあの日から、一度も会わなかった。灯妙寺に戻った際に彼の車を見かけることはあったが、逃げるようにその場を離れていた。
「女は抜きにしておくから、マンションに寄れよ」
 何を察したのか、ただ気が向いただけなのか、竹流はそう言った。
 だが、実際に顔を合わせたときの竹流の表情は、それほど状況を理解していないというものではなかった。葉子か祖父母が何か言ったとしか思えないが、ただそれほどとは思っていなかった、という顔だった。
「ちょっと不眠症気味なんだ」
 本当は、何かを説明するつもりだった。だが、結局言葉を見つけられなかった。

 自分はもう半分、この世界から消えかかっている。それが、簡単に言ってしまえば、彼と自分の間にある距離の長さに因っているということを、当の本人には説明することができなかったからだった。
 しかし、マンションの扉を開けた瞬間から、竹流は事態をどう受け止めたのか、一気にその距離を飛び越えてきた。彼なりにその理由を北海道の牧場に見出し、アイヌの老人が真の守り神だと告げた野生馬の死と関わっていると思ったようで、真を引っ張って浦河に飛んだ。

 牧場の暗い闇の中、天空に遥かに広がる大宇宙の下で、竹流はもうそこにいないはずの野生馬に告げた。
「飛龍、そいつは俺にとって大切な人間だ。頼むから、連れて行かないでくれ」
 霊魂も幽霊も信じないといっていた男が、亡くなったはずの野生馬に放った心の底から搾り出すような言葉は、真を突然の現実に突き戻し、混乱させた。
 だが、その時にはもう歯車は回り始めていたのだろう。

 止められない運命に従い、真は崖から落ちて、恐らくあの日、一度は死んでしまったはずだった。





次回から第19章 同居人の足跡 です。
真の身に迫る危機、ついに竹流の痕跡が……しかし、そこには!
(なんちゃって)

読んで下さる方々に心から感謝申し上げます m(__)m

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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[雨88] 第18章 その道の先に(3)/ 18禁 

【海に落ちる雨】第18章(3)です。
大したことはないのですけれど、一応18禁にしておきます。
あまり真正面な描写があるわけではありませんが、いささか官能的ではありますので。

さて、今回、竹流の親友、トニーが出てきます。
どんないい男かって? はい、いい男です。
……猫ですけれど。
いずれ、【猫の事件】シリーズにも、マコトのアニキ猫として登場する予定です。
(マコトは箱入り過ぎるので、ちょっと鍛えてやろうと思いまして^^;)
トニーの独白はこちらをどうぞ→→『吾輩は猫なのである
マコトではなく、真すらも弟と思っている、どんとこい系のアニキ猫です。

まずは、お楽しみください。(18歳以上の人に限る^^;)


注:BLとは言えませんが、同性の恋愛に嫌悪感がある方は引き返してください。



 真は無意識に指を絡ませた竹流の左の薬指から指輪を抜こうとしたが、彼の指に長年馴染んだ指輪はそんなに簡単には外れなかった。
 竹流は、真が何をしようとしたのかに気がついて、多少不思議そうに真を見ていたが、しばらくして上半身を起こし、自分で指輪を外した。
 これが気になるか。
 竹流は確かにそう聞いた。何か答えたかもしれないし、そうでないかもしれないし、やはり記憶になかった。ただ、真はその指輪が自分と彼の間の大きな障害であることを、本能的に感じていただけだった。その指輪が肌に触れると、皮膚も神経も血管も一度に収縮して、わけも分からない恐怖に駆られるのだ。

 指輪を渡されたとき、真はしばらくの間ただそれを見つめていた。暗がりでもイエス・キリストは浮かび上がって見えた。実際にキリストが彫られていたわけではないが、荊がその人を表していることはわかっていた。
 あのイコンの中のキリストの熱情。
 それが何だったのか、やはり分らないままだった。
 真が指輪をベッドの下に落としたとき、竹流は何も言わなかった。真は目を閉じた。

 誘ったのは、無意識だったかもしれないが明らかに自分の方だと思っていた。
 竹流は何度か滝沢基の名前を出した。それが彼なりの予防線だったのか、やはり真に対して何か憤りがあったのか、それもわからない。自分のほうから誘惑した自覚があったにも関わらず、何の準備もできていなかった身体の奥に、彼を受け入れた瞬間から、真の意識はこの次元から彼方へ飛ばされてしまった。
「爪をたてるな」
 かすかに覚えているのは竹流がそう言った声だけだった。あの確かなハイバリトンの声が、一瞬だけ真を現実に引き戻す。だが、その先の記憶はやはり曖昧だった。ただ、心地よく暖かく穏やかで、たまらなく官能的で興奮しきっていて、そしてまた対処しきれないほどの不安や孤独と闘っていた。

 ただキスを繰り返していたときには、あるいは抱き締められているだけの時には、穏やかで不安もなかったのに、頭の先まで痺れるような感覚と共に、体の芯が深く鈍い痛みを受け入れている今は、正も負も、あらゆる種類の感情が真を包み込み、心と身体の内側で沸騰し、その全てが真を揺さぶった。
 これが正しいことだとか、正しくないことだとかいう感覚は一切なかった。身体の隅々まで、全ての細胞がこの男のものだという印を刻みつけられているようで、真はただその現実を痛みと共にそのままで受け入れた。
 この痛みは、自分がこの男のものであるということを誓うための儀式のようなものだと思っていた。
 いつか竹流が、お前は身体で感じたことがあっても心で感じたことがないのだと言っていた。単語は理解できても、その深い意味は分っていなかった。

 あの時、初めてそれが分った、というほどの確証もない。だが、心の中にも身体の中にも、自分という境界の中には彼しかいなかった。いや、既に境界すら何もなくなっていた。そういうことはそれまでに一度もないことだった。
 そうした行為の最中に真はいつもどこかで、他の誰かの唇の感触や愛撫してくれる手を求めていた。
 それが、あの時は他に一切、何も求める必要がなかった。

 痛みにはいつの間にか慣れてしまう。人間の身体とはいい加減なものだと思った。その後に押し寄せてきたのは、腹の奥からこみ上げてくるような震えだった。その震えが快感だと気が付くまでには随分時間がかかっていた。初めてではなかったし、滝沢基に抱かれていた時にも、ちゃんと快楽だと分かっていたはずなのに、それとは全く種類の異なる身体の反応が、この男に擦られている入口ではなく、もっと深いところから湧き上ってくるような気がした。一晩中、わけも分からずむせび泣いていたのか、あるいは叫んでいたのか、気を失った記憶はないが、逆にずっと失神していたのかもしれない。

 一体何年、この瞬間を待ち望んでいただろうかと思った。初めて相川の家にこの男が訪ねてきたときか、それともサンタフェから連れて行かれたインディアンの居住区にこの男が迎えに来たときなのか、あるいは出会う前、浦河の家の屋根裏で曽祖父の残した『人魚姫』の物語を読んだときからなのか、あるいは生まれる前からなのか、ただずっとこの時を待っていたのだということだけは分かっていた。何故これまで抱き締めたりキスをしたりすることだけで我慢できていたのか、信じられないような気がした。

 その夜、朝まで竹流は真を離そうとしなかった。後から思い出そうとしても、もしかして夢だったのではないかと思うくらい、真はものごとの順序は全く覚えてもいない。いや、一晩だけでなく、入試の前日の記憶まで混乱していた。
 身体の中心には、その男をそれ以上吐き出す欲望が一切なくなるまで受け入れていた記憶がちゃんと刻まれていたのに、例の頭の中の記憶の引き出しは無茶苦茶だった。服を仕舞っていたはずの引き出し、文房具を仕舞っていた引き出し、ついでにタオルも台所の鍋釜まで、どの引き出しに何を仕舞っていいのか分からなくなって、適当に放り込んだ。後で絶対に混乱することは分かっていたが、その時はどうしようもなかった。

 霞がかった記憶の中で、後朝の光景だけが奇妙に現実的に思い出される。
 眼瞼の上で遊ぶ朝の光で目が覚めると、ベッドには真一人だった。起き上がろうとすると、身体中が痛む。ようやく身体をずらすようにしてベッドから出ると、床に足をついた刺激でまた鈍い痛みを感じた。足に力が入らないまま、床に崩れるようにへたり込む。その途端に、足の間にねっとりと湿ったものが伝い落ちる気配を感じて、体が震えた。
 だがそれは、苦しさや後悔とは何の関りもない、むしろ深い安堵と満足感に近いものだった。そして同時に、どこかに恐ろしいほどの不安と恐怖を抱えることにもなった。

 へたり込んだまま、ベッドの脇に落ちたままのガウンに手を伸ばしたとき、床に落ちたままの竹流の銀の指輪を見つけた。拾い上げて、そこに彫られた荊と遠い異国の血筋の紋章を見つめると、身体の痛みとその聖なるものの間には、長い距離と深い淵が横たわっているように思えた。
 それでも何とか起き上がって廊下まで出ると、コーヒーの香りがふわりと暖かく、咽元から胃や肺に入り込んでくる。足は地についていない気がしたが、惹きつけられるように階段の手摺りにしがみついたままゆっくりと途中まで降りていくと、台所の扉は開いたままで、竹流が高瀬と何かを話しながら、朝食の準備をしているのが見えた。

 ああ、そうか、二人きりではなかったんだ、と思って思わず緊張したが、先に高瀬と目が合った。その高瀬の表情の変化に竹流が気がついて、真の方を見る。
 後朝に初めて交わす視線には、もっと特別なものがあるのだろうと思っていたが、意外なほど感情の付け入る隙間はなかった。ただ事実があるのみに思えた。

 竹流は昨夜あったことを、執事に隠し立てするような気配は全くなかった。まさに起き抜けの例の色気ある風情で、盆にコーヒーと簡単な朝食を載せようとしていたところだった。
「大丈夫か。起きれないかと思って、寝室まで運ぼうとしていたところだ」
 その口調は、いつもの強気の彼の調子ではない、不思議な色合いがあった。真は返事をしなかった。
 というよりも、本当のところ、身体が震え、足には力が入っておらず、今にも膝から砕けそうになっていた。

 竹流は何かに気が付いたのか、高瀬に盆を頼んで、自分は真のところまでやってくると、そのまま真を抱き上げた。その瞬間、ふわっと石鹸の香りがしたような気がした。
「歩けないだろうに」
 そう言って、竹流は二階の寝室まで真を抱いたまま戻ってくれた。
 お姫様じゃないんだから下ろせ、この野郎、と頭の中で単語を思い浮かべていたが、混乱していたつもりはなかったのに、現実に言葉にはならなかった。

 寝室まで戻り、扉を開けかけたとき、足元でにゃあ、と何かが鳴いた。
「トニー、久しぶりだな。何処行ってたんだ」
 真は、竹流の足元に、ぴんと立った綺麗な黄金の縞々の尻尾を見つけた。
「先、入れ」
 竹流はまるで人間の友人に話しかけるように猫にそう言うと、部屋に入って、大きなカウチに真を降ろした。そこへ猫が一緒に飛び乗って、真の膝に上がり、まじまじと真を見つめる。
 綺麗な黄金の瞳だった。
「トニー、お前、俺の親友だからって、いちいち俺の仲間や恋人を値踏みするんじゃない」

 しかし、猫はしばらく真の顔の近くでふんふんとにおいを嗅いでいたかと思うと、唐突に真の膝に丸まった。
 竹流は少し肩を竦めた。
「お前は合格だそうだ」
「トニーっていうの?」
 しゃべってみて、真は思わず喉を押さえた。声はがらがらで、全く音になっていないようだった。真自身も自分の声に狼狽えたが、それ以上に竹流が驚いたような顔をして、それから真の頭を撫でた。
「フルネームはトニー・ハーケンというんだ」

 綺麗な縞模様で、立派な黄金のとら猫だった。真は猫の背を撫でようとして、自分の手の中の指輪を思い出した。手を広げてその指輪を竹流の方に差し出すと、竹流は無表情のまま黙ってそれを受け取った。
 指輪を左の薬指に戻そうとして、一瞬竹流は動きを止める。
「これが気になるか?」
 真は首を横に振った。
 トニーは真の膝で丸まったまま黄金の目で、ちらり、と竹流を見上げたように見えた。

 すぐに高瀬がやってきて、カウチのそばのローテーブルに盆を置き、コーヒーをカップに注ぎ分けた。さすがに気恥ずかしい気がしたが、高瀬はいつもの無表情のままだった。
 それを見つめながら、真はふとさっきの竹流の言葉にひっかかった。
 自分は彼の仲間ではない、ということは、彼は『親友』のトニーに真を恋人だと言ったのかと思った。
 もっとも、猫がそれを理解していたはずもないのだが、ふと膝の上のトニーを見ると、何となく何もかも分かっている猫のような気がしてならない。

 訳もなく急に不安になり、真が俯いたところ、竹流もカウチに腰掛けて、それから高瀬にもトニーにも構わず真を抱き寄せた。
「悪かったな。優しく扱う術を知らない。お前は随分きつかっただろう」
 暖かい陽の匂いが、竹流のガウンから香っていた。
「しかし、ひどい声だな。熱はなさそうだけど」
 竹流は真の額に手を置いた。入試前に真が扁桃腺の熱を出すことを心配したようだった。
「ずっと泣き叫んでたからかな。それならいいんだが」
 竹流が妙なところでいつもより饒舌なのは、彼も不安だからなのかもしれない。
「叫んでた?」
「覚えてないのか?」
 真は竹流の顔を見て、それから首を横に振った。
「正確には、ずっと泣いてたんだよ。辛かったんだろう」
 竹流は一旦言葉を切り、何やら思い詰めた顔でひとつ息をついた。そして直ぐに何かを振り切るように、真の身体を抱き締めた。
「もうちょっと俺に余裕があったら良かったのにな」

 その日は午前中ずっと、どうにも治まりようのない腹具合と闘うのが精一杯だった。腹の少し奥のほうは、まだそこに何かが入ったままであるように痙攣して、時折ぐっと突き上げるような重みを感じる。
 体裁を取り繕う余裕もなく、真がカウチと手洗いを往復する様子を見ながら、竹流が心配そうにしていた。
 そういう状況にあっても、しかも入試直前という切羽詰ったタイミングであっても、鏡に写った真自身の顔は、自分でも驚くぐらいに落ち着いて穏やかに見えた。
 男同士の行為に手馴れていた滝沢は、決して真をこういう状況に追い込むことはなかったし、ただ一度を除いて、真の身体の中に出すときはコンドームを使っていた。大事に扱われたという記憶は確かにある。
 だが、昨夜の曖昧な記憶の中に明らかに残っている、ただがむしゃらに求められたのだという感覚に、今は震えるような心地だった。

 午後になって幾らか落ち着いてくると、どうせ勉強に身は入らないだろうと思ったようで、竹流はドライブに連れて行ってくれた。フェラーリに乗り込むのとまるで同じ優雅さで軽トラックの運転席に納まった竹流の手が、心配そうに真の頭に置かれる。
 山奥に向かって走り続ける軽トラックは、地面の形をそのまま振動として身体に伝えてくる。その度に、僅かに芯に残っていた昨夜の痛みは増幅されて、真の身体いっぱいに押し広がってきた。
 意識が時々曖昧になる。
 目を開けると、フロントガラスの向こうに光が踊りながら、木々を背景に揺らめく水面のような光景を編み出していた。

 辿り着いたのは川の上流の滝だった。
「いつかお前が、宇宙に飛べるかな、って言ってたろう。俺も、十を越えたころにはあんな目をしてたんだろうな。いつか修復師になろうと思っていた。尊敬する親父がいてな、教会の中にあるものは何でも修復していた。絵も、聖堂の中のあらゆる黄金や錦の宝物も、彼の手にかかると、それが昨日描かれ造られたように蘇った。そこで祈りを捧げた人びとの声までも、気配までも、蘇るようだった。俺には神様だった。いつか、あの聖堂に見た宇宙を、俺自身の手で作り上げるのだと思っていた。だが、今は日の目を見れないものしか、俺の前にはやって来ない。それに、運命というものは簡単に思うままにさせてくれないようでね」
 魚の鱗が水面近くで光を煌めかせ、また深い水底へ戻って行った。

 あの頃、竹流が何と葛藤していたのか、真は具体的には知らない。だが、今彼が手に入れている全ては、その葛藤の中から彼が自分の力で掴んできたものだということだけは分かっていた。
「試験終わったら、あんたの国に連れてって欲しい」
 ご褒美をねだったつもりではなかったし、真は竹流が怒るかと思っていた。
 竹流の口から一度も出たことがない故郷の話。それを思えば、真が導火線に火を点けたことは間違いなかった。竹流は長い時間、黙っていた。黙ったまま真を抱いていたが、真の体が強張って、冷たくなっているのを知ったからか、暫く体中を解すように愛撫しマッサージしてくれた。

「頭の方がどうなっていようとちゃんと身体が動くのは、人間が赤ん坊の時から訓練されているからだ。だが、お前は多少そうでないところがある。だから、出来ないことで無理をすることはないし、開き直ることだな」
 そう言って竹流は、一瞬躊躇した。それから、真を綺麗な青灰色の瞳で見つめた。
「明日が過ぎたら、飛行機の切符を取りに行こう。お前の望むように、俺の生まれた国に行って、美味いものを食って、昔から人々が造ってきた沢山の美しいもの、聖堂や広場、噴水のある石畳の街並み、小麦や葡萄の畑、火山や城の見える港、そういうものを見て、神様のいる場所に行ってお祈りをして、自分がちゃんと感動できる人間だとわかったら、きっと随分楽になる。だから、いまはそのことだけを考えていろ」

 そんな言葉と手の暖かさだけで、脚や手、肩の痺れはゆっくりと消えていった。それはまるで魔法のようだった。斎藤医師がいつか言っていたことがある。
 薬よりも、お前にとっては彼の言葉の方が利くらしい、と。
 身体中が濡れて、甘い水に浸っていく。そのまま有機の海の中へ解け出して、小さな細胞に戻るようだった。ここからここまでが自分の身体であるという境界が崩れていく。自分が個体としてはまだ存在していない昔に、宇宙のチリやほんのひとつの細胞であったことを感じた。

 真が試験会場という異様な空間に飲み込まれずに済んだのは、間違いなく、あの二日間のお蔭だった。
 会場で席に着いたとき、やはり手足の先から力が抜けていくように思って焦ったが、目を閉じて、彼の手や唇の感触を思い出した。それはなかなか効果的だった。それだけで手の先まで血が流れるようだった。
 試験自体は思ったよりも難しいとは思わなかった。というよりも、いつものあのスパルタに比べたら、たいした事ではないように思えた。それでも、休み時間の度に、真は気持ち悪くてトイレに駆け込みそうになるのを抑えた。まるで、呼吸する空気の成分が異なる異次元に、頼る手もなく放り込まれたような感じだった。
 それでも、あらゆる意味で、自分にしては百二十パーセントの力を出した日だった。

 大和邸までの長い帰り道、通勤ラッシュの人混みに巻き込まれた。手足は魔法が切れるように痺れ、徐々に体温が上がってくるのを感じる。バスに乗り換えた時には、身体が動かず、異常な浮遊感に包まれていた。胃は内容物を食道へ押し上げ、唇が痺れてくると、もうバスには乗っていられなくなった。
 いざバスを降りてみると、吐こうとしても、何も吐けなかった。しゃがみこんだまま、意識は徐々に自分の体から抜け落ちていく。
 不意に車の急ブレーキの音が耳の奥に木霊し、すぐに誰かに抱き上げられたようだった。
 もう一度ぼんやりと意識が戻ったとき、ふわりとしたサテンのシーツに包みこまれる感触と額に触れる冷たいタオルと誰かの暖かい手を感じた。
 どれほどの時間だったのかは全く分らない。いつもの扁桃腺の熱なら三日から一週間は続くが、後から考えれば一晩きりの高熱だったようだ。本当に、いわゆる知恵熱というやつだったのかもしれない。

 もしも真が熱を出さなかったら、その後の夢のような時間はなかったのだろうか。竹流は熱に浮かされたような二日間の間に交わされた約束など、その気が無ければ反古にしてしまってもよかったはずだった。今更、真のほうも約束が守られるとは思っていなかった。
 だが、試験の二日後には、飛行機は古の都に向かって飛んでいた。





トニー・ハーケン、にまさか反応したあなた!(なんて、おられないと思いますが……)
この名前は、かのロボット・アニメ『ダンガードA』に出てきた敵役、なぜかこの手のアニメに一人は出てくる庇髪のキャラです。友人がファンだったので、猫の名前に頂いてしまいました。
トニーハーケン
ただ、実はこのエピソードの時には、『ダンガードA』はまだやっていなかったかも。

さて、次回は少し長くなりますが、イタリア旅行(噂によるとハネムーン?)~その後の顛末。
イタリア旅行中の物語は→→『幻の猫

また明日

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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【石紀行】12.大分のストーンサークル:佐田京石 


さて、こちらは大分の安心院にあるストーンサークル(環状列石)、佐田京石です。
今回、時間的な都合もあり、道路沿いのこの列石のみ見てきましたが、じつはここは巨石群のある山の入り口に過ぎないようです。
この山は米神山(475m)。山頂にも環状列石があり、中腹にも月の谷、陽の谷という奇妙な岩が密集したところがあるようです。
佐田京石は人間の背丈ほどの石が並んでいる列石です。
ストーンサークルと認識されている中では、日本でも最大級とのこと。

ストーンサークルと言えば、誰しもがあのストーンヘンジを思い浮かべると思いますが、世界の列石からするとずいぶん小さなものですね。
でも確かに、日本の他の列石は、比較的小さな石でできているものが多いのです。
日本で最も列石が多いのは東北や北海道ですが、かなり小さな石がたくさん環状に並べられているところがほとんど。

さて、じっくり見てみましょう。
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全体像は写真に写しにくいのですが、大体こんな感じ。
紙垂と縄の付いた石が中心でしょうか、その周りに、完全ではありませんが半円のサークルになっているようです。柵で囲われた部分が神域なのかもしれません。その周りを取り囲むさらに大きな半円があるようにも見えるので、もしかするともともとは二重だったのかもしれませんね。
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オリジナルでここにあったものは9体とのこと。
倒れていたものもあったようで、説明を見ただけではどれとどれがオリジナルなのかよく分かりませんが、多分坂道の左手がほぼオリジナルなのでしょうか。
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道路から見るとこんな感じです。奥の方がオリジナルと思しき列石、右手の森の中は、田んぼなどから掘り出された石をそれらしく並べた「平成の列石」だそうです。
他にも、近くの田んぼにひょっこりと立っている石もあるので、もしかすると辺りはもともと石だらけ?
山から運んだと思われるのですが、一体何のために?

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道路側から見たところ。下は列石から見た道路。目の前に駐車場があります。
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道路側から「平成の列石」のある林を見る。
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この列石にはどんな意味があるのでしょうか?
米神山を神とすると、その神を参詣するための道の鳥居の原型、太古の祭祀場、埋納経の標石(一部の石の下から一字一石の写経が出土したとか……でも全部ではない)、あるいは天体観測所?
このあたりの地名に米という文字が多く残っているところからすると、農耕に関係している可能性がありますね。
農耕のためのカレンダー?

でも、林の中に立てた石はまるで墓標のよう。
これは後で立てたもののようですけれど。
あるいは、子どもならかくれんぼ大会ができそう(^^)

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そんなこんなで、何かはわからないのですが、今でも気がみなぎっているパワースポットとして注目を集めているようです。
周辺はこんなのどかな風景。
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実は今回訪れることができなかった大分の石たちの中に、国東半島の猪群山もあり、ここにもストーンサークルがあります。米神山の山頂まで登ってみることも含めて、次回の楽しみに取っておきたいと思います。

次回は、同じく大分県の八面山へご案内したします。
びっくりするような石が待っています(*^_^*)

Category: 石の紀行文(写真つき)

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NEWS 2013/11/4 楽天おめでとう/ 消えゆく故郷 


以前に書きましたが、我が家はそろって阪神ファンです。
でも、他にも、何度か応援席に座ったことがある球団がいくつかあります。
ひとつは、ダイエー時代のホークス、そして楽天イーグルスです。
ホークスは城島さんがいたので。そして楽天は……三味線に魅せられて以来、東北を第2の故郷的気持ちで見ているからかも?
だから、うちにはこの手ぬぐいがあります。
オリックスのスタジアムが近いので、仕事後にパ・リーグの試合も見に行くことができるのです。
すみません、オリックス側に座っていなくて……^^;

いや~、気持ちのこもった日本シリーズでしたね。
えぇ、もちろん、楽天の応援に決まっています。
久しぶりにドキドキしながら中継を見ました。
まぁくんは大リーグに行っちゃうかもしれませんが、やっぱり大物ですものね、日本の枠の中じゃ納まらないわと思いました。第6戦はやられちゃったけれど、でも第7戦の9回でどうしても出たかったのも、気持ちが感じられました。1日前に160球も投げているのに、本当に気合だぁ!
星野監督はどうなっても、まぁくんと心中する気持ちだったろうし。

仙ちゃんには以前お世話になりましたしね、それも含めてうれしい。
阪神のリーグ優勝の時の仙ちゃんの第一声、「あぁ~、しんどかったぁ~」が忘れられません^^;
(ご迷惑をおかけしましたよね~。ベンチの中で血圧上がりすぎて、お顔の色が悪かったの、何回も見ました。3塁側に座っていることが多かったので……)
で、嶋くんがちょっとかっこいいし!?

いやいや、良かった! 何より、巨人をやっつけてくれて^^;
(器の小さい阪神ファンの私^^;)


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さて、ちょっとばかりセンチメンタルなお話。
少し以前にも書きましたが、うちの畑と温室を片付けることになりました。
遠からず、宅地になるのです。

上の写真は片付け中の畑、下は温室の中。
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ま、色々思うことがありますけれど、もちろん、わたしよりも母や父の方が思い入れのほうが強いので、静かに見守るしかないのですけれど。
周囲が変わっていく中で、うちだけ畑というわけにもいかなくなってきて。
こうして、街はどんどん街になり、田舎はどんどん寂れていくのかなぁ。
二極化の一端が我が家にも押し寄せてきたのですね。

開発という名前で、ふるさとがなくなっていくんだなぁ。
私が子供の時、我が家は畑と田んぼの中だったんですけれど。

でも、人為的な事情で故郷を失った人たちを想うと、それはもうどういうお気持ちかと苦しくなります。
……言葉がありません。

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少なくとも、心の中に故郷を残しておきたい。
変ってしまった景色はもう、取り戻すことはできないのですから。
そして、それを受け入れて、前を向いていくしかないのですから。


セブの暖かいメッセージ、ありがとうです。そして、う~ん、カッコいいなぁ、ウルス。

*ところで、このYOU TUBEの埋め込み画面、小さくする方法が知りたいのです。
 何だか大きくて、ちょっと画面的に鬱陶しいし……
 どなたか教えてくださいませm(__)m
→→サキさんに教えていただき、無事に縮小できました!
 サキさんありがとう!!!!!


<予告編>さて、来週のラインナップは!?
(1)【石紀行】九州北部編後半は大分県に参ります。4夜連続? お楽しみに!
(2)【海に落ちる雨】第18章 真の回想シーンの1話目は今朝upしました。明日はちょっとHな2話目です…
(3)【百鬼夜行に遅刻しました】小鬼の ウゾくんの物語・秋物語です。Stella11月号参加作品。
(4)【死と乙女】できれば次話をアップしたいのですが……週末になるかも。

来週も、よろしくお願いします(*^_^*)

Category: あれこれ

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[雨87] 第18章 その道の先に(2) 

【海に落ちる雨】第18章その2です。
しばらく本筋を離れるように見えるかもしれませんが、真の感情を支配している出来事のひとつをお伝えして、今後、真がどういう感情に陥っていくのか、その追いつめられる状況を説明できればと思います。

とは言え、ここから3回分、全く独立した話として読んでいただいても差し支えありません。
よろしければ、少し心に問題を抱えた高校生の複雑な恋(ということにしておこうっと)をお楽しみください。
尚、まともにシーンは描写しておりませんが、同性の恋愛(もどき)が書かれていますので、不快に思う方は避けてください。でも決して、ラブラブな恋愛ものを想定してはいけません。
と言っても、今更、この二人がただの愛だの恋だのという関係でないことは、ある程度分かっていただいていると信じて……






 大学受験を前に恐ろしく緊張していた。
 その理由が何だったのかは今一つ分からないが、今は妹の夫になっている友人に誘われて、模試会場に行ったその日がきっかけだった。

 もともと人混みが苦手だった。
 小学校の後半からほとんど学校に行けなくなっていたが、中学一年生の時に起きた暴行事件から完全に不登校になった後、伯父である功の留学のため、一年をカリフォルニアで過ごした。
 幸い、帰国して編入した中高一貫教育の私立校は、自由な校風で、特殊な外見を持っているというだけで苛められることはなかった。海外に姉妹校を持つ学校で、交換留学生がいたこともあり、多少髪や目の色が違うだけでは苛める理由にならなかったのだろう。
 勿論、その時までには立派に協調性という資質を失っていた真は、他の生徒と打ち解けることはなかったが、学校にはそれなりに通うことができるようになった。

 難関は電車通学だった。しばしば頭痛と吐き気、時には胸痛で電車に乗っていられなくなった。妹が同じ学校に通うようになって、多少はましになったが、何かの拍子に手足の先から痺れるほど冷たくなってくることがあった。
 精神科の医者に言わせると、田舎育ちで人混みに慣れていないだけだから、あまり深刻に考え過ぎると良くない、という程度の話なのだが、不本意な環境下になると精神のバランスが保てなくなるのは、社会生活上きわめて不自由だった。勿論、その根底に苛めを受け続けてきた過去があるわけで、人間に対して根本的に恐怖を持っているために、不特定多数の人間がいる場所でパニックになり、それが身体に表れる、というのが精神科医の説明だった。
 実際、酷いときには各駅停車の全ての駅でホームに降りなくてはならず、トイレで吐いたことも一度や二度ではなかった。弱い精神安定剤を勧められたこともあったが、受診を勧めた脳外科医の功も、まだ未成年の、しかも自分の息子にそういう薬を飲ませることには抵抗があったようだった。

 それでも、功が失踪してからも勉強や生活の面倒を見てくれていた竹流のお蔭で、少しずつパニックにならない方法が分かってきて、気持ちを切り替える状況を自分なりに作り出すことができるようになっていった。
 何より、ほとんどスパルタに近い竹流の教育を受けていたわけで、それを受けて立つには無茶苦茶な量の読書を必要とした。電車の中で本を読むことに集中していれば、何とかその時間をやり過ごせることが分かったのだ。

 それが模試会場で吹っ飛んだ、というのは言い過ぎかもしれないが、人が多く集まって広い同じ部屋でひたすら机に向かっている会場に入った瞬間に、ざっと血の気が引くのが分かった。何かにとり憑かれたような会場の空気、真に向けられた目が、転校した日の同級生たちの好奇の目と重なってしまった。

 分かっていたのか、分かっていなかったのかは知らないが、竹流は塾にも行かない真のために、あの頃無茶苦茶に忙しかったはずだろうに、真の受験する大学の過去問題を徹底的に研究していたらしい。元々どんなことでも中途半端が大嫌いな男で、やるとなれば全く手を抜かなかった。

 そういう実際の勉強の対策は良くても、試験会場という特異な空間の圧迫感に真が潰れるとは思ってもいなかっただろう。真のほうも、それを竹流に知られるのが怖くて、何も言わなかった。
 これまでもさんざん怒鳴られてきたので、今更怒られることが恐ろしいわけではなかったが、人混み恐怖症の再発は、竹流を呆れさせ、失望させるのではないかと思った。まるで彼の子どもであるかのように、真は竹流にがっかりされるのが辛かったのだ。

 入試の一週間前、一体誰が何を言って、竹流がそういう行動に出たのかは分からない。
 竹流が灯妙寺の離れにやって来た日、煮詰まっていた真は朝からひたすら太棹三味線を叩いていた。
 あの頃、自分の存在が竹流にとって何だったのか、彼の仕事や、女たちの存在と比較しても、決して優位にあったとは思えない。あの頃の竹流は真を一個の人格として、彼自身と同等の存在として、認めていたようではなかった。

 太棹を叩き続けているうちに、既に無意識の世界に入り込んでいた。
 冷えた空気の中では、犬の皮も絹の糸も鋭く張り詰め、まるで生命の残響を叫び続けているように思える。一の糸に戻った左手の薬指は棹を高音の勘所までなめらかに滑り降り、叩き続ける右の手は、もう自分自身のものかどうかさえ分からなくなっていた。
 一瞬、真は撥の当たり具合を気にして、目を開けた。自分の手元を見てから、何気なく顔を上げたとき、離れたところで立ったままの竹流の姿を認めた。

 その瞬間、心臓が掴まれるような痛みに襲われた。
 これまで経験したことのない痛みは、一瞬、真の意識をふっ飛ばしそうになったが、それを留めたのは痛みの原因を持ってきたはずの男の、北の海と同じ色の瞳だった。
 真はゆっくりと撥を止めて、太棹を縁側に置いた。
 受験などというつまらないことで緊張しているのを知られたくなくて、竹流と目を合わせることはできなかった。

 竹流は祖父母に挨拶をしに行き、長一郎と座敷で話しこんでいた。
「いや、随分向こうからじょんからのいい節が聞こえていて、てっきりあなたが叩いているのかと思いましたよ」
 耳の良い竹流が長一郎に何気なく言った言葉が、長一郎をどれほど喜ばせたかは、真にも直ぐに分った。長一郎が昼間から酒を用意させて、どういう話の脈絡だったのかは知らないが、江差追分を唄い始めたからだ。

 祖母はもともと金沢の芸妓の家に生まれているため、唄も三味線も子どもの頃から親しんでいた。養女に出された先が民謡を生業とする家で、北海道に嫁いだ後も半ばプロのようにして活動もしている。長一郎は太棹三味線こそ玄人はだしだが、唄のほうは滅多に唄わない。その長一郎が唄うのは、かなり気分のいいときだけだった。
 長一郎の江差追分には胸を掴まれる何かがある。
 祖父と竹流の気配を隣の部屋から感じながら、真は何となく逃げ出したくなってきた。試験前なので病院行っとく、と祖母に断って灯妙寺を出る。
 もともと結構な不整脈で、薬を飲むほどではなかったが、三・四連発までの心室性期外収縮が一日の脈拍の十から十五パーセントほど出ている。主治医の斎藤は功の同級生で、ある企業が作った有名病院の循環器内科部長だった。

 驚いたことに、斎藤の部屋を尋ねると、竹流が来ていた。
「おばあちゃんが、お前が病院に行ったっていうから、慌てて追いかけたのに、何で俺の方が早く着くわけだ?」
 心配してくれていたのだとまでは、その時思い至らなかった。
 心電図をとって斎藤の部屋に戻ると、竹流と斎藤が久しぶりで嬉しかったのか、話し込んでいた。斎藤は真に、功と同じように医者にならないかと勧めたことがあったが、それを聞いて真だけでなく竹流までも、それは患者も災難だ、と言って一蹴した。

「それで、結局理工か。それもいい選択だな」
 竹流が笑って付け足した。
「いつか、宇宙に飛ぶそうで」
 真は思わず竹流を睨んだ。確かにそう言ったのは真自身だが、甘ったるい夢で斎藤に馬鹿にされると思ったのだ。だが、斎藤はむしろ嬉しそうに笑った。
「相川と同じことを言ったな。あいつが理学部からの転向だったのは知ってるだろ? 天文学をやるつもりだったらしいぞ。何処でどう間違って医学部に変わったのか知らないが、ロケットを飛ばすつもりだったと言ってたよ」

 その話は、真も功から聞いた事があった。何故、その夢を捨てて医学部に移ったのかは知らないが、宇宙の話をするとき、功はいつも本当に楽しそうだった。真が登校拒否で苦しんでいたときも、功自作のプラネタリウムや、自慢の宇宙ものの映画やドラマのコレクションは、学校に行けなかった真の慰めだった。
「どうあっても、君にとって相川功は父親だったわけだ」
 真は、本当は調教師になるつもりだったけど、葉子を一人にできないから諦めた、と答えておいた。功を慕っているとか、父親に甘えたい気持ちがあるとか、そういう話はごめんだと思ったからだった。

「お前に人間の言うことをきく馬など育てられないだろう。好き勝手させるに決まってる」
 保護者二人はあっさりと真の反論を放置した。
 斎藤は笑いながら、真から心電図を受け取り、それをめくって、それから真の方を見た。
「意識がふっとんだり、手足が痺れるようなことはないか?」
「意識は飛ばない。何となく、たまに痺れる感じはあるけど、大丈夫、と思います」
 竹流の気配を横目で窺って、結局強がってしまった。
「痺れがあるのか?」
 真はどう答えるか考えた。軟弱者と言われそうだな、と思ったが、覚悟を決めて言った。
「分からない。ちょっと手足が冷たくなるような感じがするだけ」
 その真の言葉をどう解したのか、竹流はその日から入試までの一週間、真を大和邸で預かった。竹流の有無を言わせぬ気配に負けて、真には拒否する隙もなかった。

 その日からの出来事について、竹流は、後からほとんど言い訳をしなかったが、一度だけ酔っていたときにローマで言った。
『あの日、灯妙寺の縁側で、何かに憑かれたように三味線を叩いていたお前の、神懸かりのような表情と、腹の底に直接響いてくる三味の、あの一の糸の音が俺を狂わせたな』
『単に、気の迷いだったって意味か?』
 幾らか非難めいた声で言うと、竹流はいつものように、柔らかい想いのこもった瞳を真に向けて答えた。
『そうじゃない。今まで俺の感情が誰に対しても極めて淡白だったということを思い知らされたんだよ。初めておじいちゃんの江差追分を聞いた時も、背中から刺されたような気がしたけど、それにも増して、魂のどこかを抉られたような気分だった。それまで、俺は他人に自分の固有の時間を邪魔されるのなど、あり得ないと思っていた。けど、考えてみれば、滝沢基が撮ったお前の写真が街中に貼られていたときから、時々お前の顔が作業中の絵の上にも、報告書の数字の上にもちらついていた。これは恋かな、と真剣に思ってしまったよ』
 そう言った竹流は、そのまま飲み続けてすっかり陽気になり、バールの親父たちと歌ったり飲んだりで、結局どこまで本気の話だったのかつかめなかった。

 その日、一時間ほど車を走らせて着いたのは、立派な洋館だった。
「大和の家だ」
 事態の飲み込めない真に、竹流が自分の家だと言った。
 それまで、彼の氏名が何かの冗談でつけたニックネームのようなものだと思っていた真は、かなり驚いた。
 随分後になるまで真は、彼が形式上、大和顕彦という男の養子になっていることを知らなかった。いずれにしても、マンションに住むためにも複数の金持ちマダムと関係を持っている(と真が思い込んでいた)竹流が、銀座の一等地のビルを所有した上に、更にこんなところに立派な家屋敷を持っていることは、怪しい以外の何ものでもなかった。

 玄関は、主人の帰りを待っていたように開いた。現れたのは、初老、いやまだ中年の域の、落ち着いた厳しいムードの男だった。
 竹流はその男に、一週間ほど篭もる、と告げた。男は心得たようにただ頷いて、それから竹流がコートを脱ぐのを当たり前のような仕草で手伝って、さらに真のコートも脱がせてくれようとした。真は慌てて、自分でします、と言ったが、それを完全に無視された。男は、大和家に仕えている執事の高瀬と名乗った。

 大和邸は立派な屋敷だった。多分明治の頃に華族の住居、あるいは別荘として建てられた屋敷なのだろう。廊下も階段も広く、磨きぬかれた床は大理石のようで、高い天井にはレトロなシャンデリアが並んでいる。
 そのまま、二間続きの主人の居室に案内された。豪華な廊下に比べると、室内の調度はむしろシンプルだった。奥は寝室で、手前の部屋は主人のためのリビングなのだろう。居心地の良さそうな皮のソファと、大理石のテーブル、それに大きな窓の近くには木枠にビロードが張られたカウチと、小振りな木のテーブルがある。さらに寝室に近い壁には、ぎっしりと本の並んだ書棚と机があった。
 後に案内された図書室は、伯父の書斎も及ばないほどの規模で、試験勉強の息抜きに本を見ようと思っても、日本語の本はごく一部で、しかも大方は古文書のようだった。

 真は、その日からこの屋敷で、入試の最後の追い込みに入ることになった。竹流は、自分もここで仕事があって、奥の部屋に篭っているから邪魔するな、と真に告げた。
 緊張して参っている気配を察知されていたんだと思った。
 竹流が仕事をセーブして自分のためにこうしてくれたのかと思うと、有難いと思うべきだったのかもしれないが、素直に感謝はできなかった。弱みを見せていることについてはもう今更どうしようもなかったが、子どもを宥め賺すように扱われていると思うと複雑だったのだ。

 それでも、竹流は日に何時間かは真の勉強の相手をしてくれた。竹流の手からは、油か化学薬品のような複雑なにおいがした。疲れると真は大概ソファで眠ったが、目が覚めるとベッドの中だったりした。そして、いつも定期的にきっちりと食事に呼ばれた。竹流の方は、朝以外はほとんど一緒に食事をしなかった。

 さすがに試験まであと二日となると、眠れそうになくなってきた。その日はソファではなく寝室のベッドに潜り込んでみたが、何度も寝返りをうって、結局諦めた。
 ベッドから出て素足のままスリッパを履くと、思った以上に冷たくて、思わず身を縮めた。
 広い廊下に出て、一度も足を踏み入れなかった奥の方へ廊下を歩く。
 奥の部屋からは一筋灯りが漏れていた。

 多少は躊躇ってからドアを開けた。
 部屋はかなり広かったが、中は雑然としていた。もともとは接客のためのホールだったのではないかと思われるが、そこに所狭しとイーゼルや大小の机や椅子が置かれて、部屋中にあの不思議な油や薬品のにおいが充ちていた。竹流はその真ん中で、目の前のイーゼルに置かれた板に顔を近づけるようにして、ルーペで何かを確認したり、時に傍に置かれた板のパレットの上で絵具の色を確かめたりしていた。

 あの日、真は生まれて初めてイコンというものを見た。真が問いかけたわけではなかったが、黙って後ろに立っていると、竹流は、ギリシャ正教やロシア正教の聖堂にある宗教画だ、と淡々とした声で説明した。

 竹流の手元に置かれていたイコンには、イエス・キリストの正面を向いた顔が描かれていた。
 だが、真はそのキリストの目を見て、背筋が冷たいもので撫でられたような、恐怖とも感動ともつかないものに襲われた。
 それは信仰の対象として描かれた神の子の絵姿ではなかった。

 その内に秘められているのは、何とも言えない不安で猛々しいものだ。こちらを向いた目だけは、異常なほどはっきりと、見るものの胸に食い込んできて、宗教画にあるまじき不調和の迫力だった。
 本来なら神の威光を表すはずの絵が、事もあろうに神の子自身の、不安と強烈な失望と恐怖により捻じ曲げられている。これを描いた人間の底知れぬ恐怖は抑えようもなく、そしてその恐怖を越えて悟りに達するための、根源的かつ盲目的な信仰心は完全に抜け落ちていた。

 だが、あくまでも聖画の形態は崩していなかった。それだけ強烈な印象を残すのは、その目のゆえなのだろう。それとも、また例の如く真の異常な感性が、得体の知れない何かを読み取ってしまったのだろうか。あるいは、今このイコンに向かい合っている修復師の感情が、真に何かを見せてしまっただけなのか。
 目以外の部分は随分と煤けて霞んでいるように見えた。
 随分と後になって他のイコンを見たとき、真は、あの日竹流の前に置かれていたイコンがやはり特異なものであったことを知った。あれはイコンであってイコンではないもの、画家が自分の思いを吐き出した底のない沼のような絵だった。それが誰の絵で、何故竹流がそれを直しているのか、真はそれ以降も聞いたことがなかった。

 眠れないのかと聞かれて、仕事の邪魔なら部屋に戻る、と答えた時、何の気なしに竹流が絵具を調合している机の上を見た。
 その瞬間、体がカッと燃えたように思った。
 真の注意を引いたもの、それは、いつもは竹流の左薬指に嵌められている指輪だった。
 竹流はその指輪のことを契約だと言った。契約というのは人間同士の間にあることなのか、神と人の間に交されたものなのか。冷たい渇いた響きだった。

 もしあの時、あのイコンの内にあった激しい熱情のようなものを見なければ、そして竹流が指輪を外しているのを見なければ、真はあんなふうに彼を挑発しなかったかもしれない。
 怒られると思いつつも、思わず竹流の昔を掘り返すような質問をした。竹流は冷めた声で、自分がまともに習ったのは絵画の修復作業だけだった、と言った。学校で習ったのかと聞くと、学校にはほとんど行っていない、と答えた。

「まともに行ったのはいわゆる小学校の半分くらいと、あとは十四の時に放り込まれた神学校だけだ。もっとも、立派な聖職者に許された仕事だったんで、そこでも修復技術を教わってたが、すぐに逃げ出した」
 真は意外に思った。環境も国も違うので同列には言えないことだが、彼が自分と同じようにまともに学校に行っていなかったというのは驚きだった。何しろ登校拒否の真を散々怒鳴りつけていたのだ。

 どうして神学校に行ってたのかと聞くと、竹流は微かに笑ったように見えた。
「悪さをして叔父に放り込まれたんだ」
「悪さって?」
「男に身を売ったんだ。もちろん、取引としてだが」
 竹流が真に示したのは、真には『身を売る』ほどのものには見えなかったが、天使の絵だった。
 田園と東屋と天使。金の巻き毛がくるくると踊るように頭を輝かせ、碧い瞳でこちらを見つめる天使は、無垢で優しく心に触れるような気配だった。しかし、神聖というよりは、人間的で温かい肉感的な表現は、ある部分官能的にすら思える。
 竹流の前にあるイコンのイエス・キリストとは全く異なる、神の存在も溢れる加護に対しても疑いのかけらもない、子どもの姿をした穏やかで無垢な天使。同時にその内側に人間としてのしなやかで強い生命力を輝かせている。背景には静かな田園風景が描かれていた。遠くに愛を語り合う男女の小さな姿がある。

「ジョルジョーネだ。そうだと思っているだけかもしれないが。その絵の持ち主は有名なソドミストでな、半年付き合ったらその絵をくれると言われた。始めは多少興味もあって付き合っていたけど、金は持っているものの、あっちのほうではとんでもなく下品な男だった。半年どころか、二ヶ月の内にこんな男がこの絵を所有していることが許せなくなった。それで盗ってきたんだ。もっとも、向こうも俺が盗ったのは知っているんだがな。屋敷の庭に十頭ばかりもドーベルマンを放ってあって、ものすごいセキュリティの中だった。奴は逆に俺をつり上げていたぶって遊ぶつもりだったんだろう。随分後になって請求書が送られてきたよ。二か月分は値切って払ったけどな」

 竹流が自分の過去について真に話すことは、これまで全くといっていいほどないことだった。あの大和邸で過ごした一週間は、そういう意味でもかなり特別な時間だった。
 あるいは竹流のほうでは、誰かに昔話をしていることが本意ではなかったのかもしれない。竹流の態度や言葉には怒っているような気配がないわけではなかったし、恐らく入試のせいで真が馬鹿みたいに緊張して、彼の気に障るような質問を繰り返していると思っていただろう。

 本当はどうだったのか、自分でもよくわからない。だが、誤解はそのままにしようと思った。
 実際に、何がきっかけでそういうことになったのか、思い出そうとしても記憶が混乱している。竹流に聞くのも妙な話なので、そのままになっている。
 ただ、大和邸の主人の寝室のベッドの上に広げられたサテンのシーツの手触りと、あの一瞬、鼻の中で広がった油絵具の匂いと、そして微かに竹流のキスから匂った強い葉巻の香りで、一瞬にして頭の中は真っ白になった。





恥ずかしくなると、字が詰まってくる……^^;
読み返したら、表現があちこち上手くないなぁ、と思ってがっかりしますが、もうそのままアップしています。
この先何が? いえ、大丈夫です。18禁に相当するような色っぽい表現は……あるような、ないような。シーンはあるのですけれど。
真の記憶ですから、極めていい加減なのです。
また明日

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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[雨86] 第18章 その道の先に(1) 

【海に落ちる雨】第18章です。
蓮生千草とのシーンですが、彼女はまだ事件の核心に触れてくれるわけではないようです。
しばらく謎解きをお休みして、古い一族の終焉を迎える、異国の血が混じった女のイメージをお楽しみください。

この次からは、真の長い回想コーナーです(多分3回に分けてお送りします)。
まともな文芸作品ならやってはいけないことをあれこれ、好き勝手にやっております。
ブログのありがたみを感じます。
回想コーナー、特に人物の来し方を感じられるようなエピソードはとても好きなのですが、本筋から離れるので鬱陶しいと思われる方もいるだろうと思います。
でも、この話は過去のあれこれの感情が今に繋がっているので、開き直って回想シーンを入れているのです。
そう、以前お断りした、ちょっと公開しにくいシーン(の一部)なのですが、引かないでやって頂けたら嬉しいです。
(あ、次回予告になっている)




 上蓮生家に着いて、門を潜りながら、真はふと屋敷の全景を見渡した。勿論、広すぎて見渡せるわけではないのだが、下蓮生家よりも敷地も広く、庭も大きい。ただ、手入れの行き届いた下蓮生と異なり、自然の風景、植物を生かしたままの姿が目立っている印象があって、英国の庭園を彷彿させる。

 建物と門だけは純和風だが、屋敷内は比較的垢抜けて洋風だった。
 当主の千草の好みなのかもしれない。調度は古いが、全体には機能的で現代的なインテリアも目立つ。
 千草が真と仁を招き入れたのは、以前に真と美和が案内された洋風の応接室だった。

 ソファを勧めるなり、千草が言った。
「お顔の色が優れませんわね」
「いえ、大丈夫です」
 真が返事をすると、千草は少し微笑んでみせた。信じていない、という顔だった。

「それで、親族会議とやらはどうなったんだ? あんたとこの跡目を決める会議だったんだろ」
 仁が遠慮なく聞いた。相変わらず、今日出会ったばかりの他人と交わす会話に相応しい口調ではないが、厭味でない印象は一体どこで身に付けてきたのだろう。
 千草は驚いた顔もせずに、僅かに唇の端を吊り上げるようにして笑ったように見える。
 誰が何を知っていても、何を言おうとも、彼女の存在は揺るがないというような凛とした気配が漂っていた。

「ま、部外者に話すことでもないだろうけど、あんたとこの絵のせいで、こいつにとって大事な人間が行方不明だ。少しはそっちにも責任がある話だからな」
「別に構いませんわ。弥生さんから何か聞きだされたのでしょう? 蓮生には時政の息子以外、他に親戚の男子はおりません。女子はおりますが、嫁いでいるか、あるいはまだ小さい子どもだけです。蓮生家の血を曲がりなりにも繋いでいくためには、時政の息子でなければならないと、一族の者はそういう考えなのですわ。でも、時政の息子が特殊な性の嗜好を持っていることを認めさせました。だから、養子にはできない、と」

 もっとも、千草は言外に、それは口実なのだという気配を漂わせていた。本当は性の嗜好など、彼女にとってどうでもいい理屈なのかもしれない。
 千草は仁に煙草を勧め、真にも差し出した。真はさすがに断った。千草は自分でも一本、煙草を咥えて火を点ける。
「しかし、そうなると、千草さんの後は誰もこの家を継がないのですか」

 千草は穏やかに微笑んだ。
「今では上蓮生に残るものはこの土地くらいなものです。でも、こんな田舎では二束三文ですわ。大した生業もありません。この家の歴史が終わるのも時間の問題でしょう。それが今であっても、問題にはなりません。もっとも、下蓮生にはあのろくでもない男がおりますし、今この時に、蓮生家が全て終わってしまうというわけではありません。好きに食いつぶして恥を晒していけばいいかもしれません」
「あなたは、蓮生家が滅びることを希望しているのですか」
 千草は煙草を吹かして、それから赤く艶のある唇で微笑んだ。

 大きな窓と濃い緑色のビロードのソファを背景にした異国の血を引く女性は、和装のままだったが、この世のものとも思えない空気を背負っている。もっとも、それは儚さからではなく、逆に、この世のうたかたを思えば、強く確かな根拠を持って存在しているように見えた。存在の確かさというものは、実在しているか幻であるかということを超えたところに、その根拠があるようだ。
「いいえ、私が希望しているのは、正しい生き残り方ができるかどうか、ですわ。あるいは正しい終わり方と言うべきかもしれません」
 この女性は実に誇り高い人間なのだと思えた。

「下蓮生のご主人にも、そう仰ったのですか」
「そうね、そのようなことを言ったかもしれません。あの男はボケたふりをしていますけど、なかなか強かな男です。蓮生の男は、ああいうタイプが多いのかもしれません」
 千草はそう言って、煙草の灰を落とす。微かに俯いた時、はらりと頬に髪が落ちた。
 和装に煙草。上層の人間には似合わない姿だが、何もかも千草の手にかかると悠然とした絵になる。

 その時、不意に、蓮生千草が北条仁に向けた視線に、真の方がどきっとした。明らかに女が男を誘う目だと思った。しかも、仁のほうもそれを受け止めている気配がある。
 美和は自分の女だと真に凄んでおいて、平気で別の女とこういう視線を交わす。それどころか、真にも五年で落とす、などと言いながら、その目の前でこういう露骨な態度を示す。やはり北条仁はわからないし、恐ろしい面がある。
 一緒に来てもらったのが正解なのか、不正解なのか、分からなくなってきた。

 応接室は決して狭いわけでもなかったのに、仁と千草が吸っている煙草の煙で気分が悪くなってきていた。自分も煙草を吸うのに、今はその煙が気持ち悪い。
 幾らか意識が曖昧になっているのは感じていたが、それをここで晒していいものかどうか、辛うじて保っている思考は、警鐘を鳴らしているようだった。

 千草がお手伝いの女性を呼んで、シャンパンを用意させていた。酒、という時点で、千草が今日真たちをここに泊める気であることを示しているのだろうが、それをどう考えるべきかわからなかった。
もしかして本当に蓮生千草のほうも、北条仁との一夜を求めているのだろうか。
「お食事、食べられますか?」
 穏やかな年配の女性が真の横から、心配そうに語りかけた。
「あ、いえ」
 どう答えるか、躊躇っていると、仁が口当たりのよい果物か何かないか聞いてくれた。

 まだ夕方になるかならないかだが、食事の準備ができたと言われて、座敷に誘われた。千草も一緒に席を暖め、いつの間にか日本酒を振舞われていた。
 仁と千草は、この場にそぐわないほどの朗らかな笑いを交えながら、世間話を淡々と続けている。真は何とか苺や甜瓜を口にして、あとは半分朦朧とした意識のままで何とか座っていた。

 話題は蓮生家の起源の話になり、源義経説や奥州藤原氏説や羽黒山山伏説が紐解かれていった。眉唾なのが面白い、と仁は笑っている。富山の薬売りとも交流が深く、色々な薬類が伝わっている、しかも薬の材料を大陸から仕入れて大もうけをした時代もあったようだという。龍の鱗とか、麒麟の鬣とか、河童のミイラとか、とにかくあり得ない薬の材料が蔵に眠っていた、とも。
「そう言えば、蓮生に古くから伝わる薬湯があって、万病の回復に効きますのよ」
 時々、仁が真の具合を気に掛けるからか、千草はそう勧めた。

 湯飲みに入った薬湯は、確かに身体には良さそうだが、口当たりは極めて具合が悪い代物だった。それを飲んだら精力がつくのか、と仁が千草に聞いている。そのようですわね、と千草が答えると、仁が、俺も貰おうかなと呟いている。あなたの場合は精力がつきすぎたら何をするか分からないからだめだ、と真が言うと、千草がくすくすと笑っている。
 千草にも、寛いで穏やかになっている気配があった。

 親族会議からも、固執していた蓮生家の存続問題からも切り離されて、あるいは蓮生千草は久しぶりに一人の女として会話を楽しんでいるのではないかと、そう思えた。それを作っているのは、話術もムード作りも満点の北条仁だった。この男はヤクザでなければ、水商売にしっかり向いている。新宿でも、北条仁と寝たいと思っている女も男も数多いると聞いている。しかも、一度で捨てられてもいいから寝てみたい、というような話だ。

 世の中間違っていると思うが、そう思う人間がいるのは分からなくない。蓮生千草も、仁から特別なムードを感じ取っているのだろうか。それとも、本当にただ、久しぶりに土地のものではない人間と、しかも会話のテンポが非常に心地よい男と話して、打ち解けて癒されているのだろうか。

 真は勧められて風呂を使わせてもらった。仁が一緒に入ろうか、と言ったが、断った。今、仁が蓮生千草を口説くのに一生懸命で、自分に手出しをしないと思っても、仁と一緒に風呂に入るのはやはり困るような気がした。
 風呂場に行って、自分の選択が正しかったことを確認する。

 所謂、五右衛門風呂だった。狭いし、一緒に入るような場所でもない。真は、風呂の広さとは不釣合いな広い脱衣所で服を脱ぎ、全裸になってから改めて自分の身体を見た。
 薄暗い裸電球の脱衣所は、ゆうにそれだけで六畳はある。雨の日の物干しも兼ねているのだろうが、機能の割に広すぎる空間は薄ら寒い気がした。

 身体にはあちこちに痣がひどく残っていた。赤味がかった色が青く変わってきているが、まだ腹や足に腫れが残っているところもあった。あまり真剣に見ないほうがいいと思いながら、タオルを一枚手に洗い場に入る。
 風呂の中は一段と暗かった。桶に汲んだ湯を体にかけると、本当に飛び上がるほど傷が痛んだ。身体を洗って、試しに少しだけ湯舟に身体を沈める。

 あまりの痛みに強烈な熱さを感じたが、暫くするとそれも去っていった。思ったほど湯は熱くなかった。
 深い湯舟でぼんやりしていると溺れてしまいそうだな、と思い、何か気が紛れることを考えようとしたが、思いつかなかった。ふと、今日仁に触れられた自分のものを軽く握ってみた。軽く扱きかけて、何を馬鹿やってんだろうと思った。気が紛れるわけでもない。やはりあの薬湯くらいで本当に精力がつくわけでもないらしい。それどころか、逆に気だるい気分になってきた。溺れる前に上がったほうがいいと思って、立ち上がった。

 案の定立ちくらみがして、思わず湯舟の縁につかまる。それから、ゆっくりと洗い場に出て、固く絞ったタオルで身体を拭いた。
 脱衣所に出ると、バスタオルと浴衣が置かれていた。
 もう一度身体をバスタオルで軽く拭いて、浴衣を手馴れたように着ていると、お手伝いの女性が入ってきた。

 御手伝いしなくてもお上手に着る、と彼女は感心してくれた。祖母に教えられて、着物は一人で着ることができると言うと、お若いのに感心、と褒められた。
そのままその女性が離れに案内してくれる。

 離れは母屋からは少し歩かなければならなかった。母屋から渡り廊下が続き、一旦履物を履いて、飛び石を辿る。数十メートルは離れているようで、母屋の気配は何ひとつ伝わってこない場所だった。
 玄関と思われる扉の上に明かりが点っている。
 扉は引き戸で、小柄な年配の女性は力を込めて開けた。ごろごろという重いものを引きずる音がする。玄関のたたきは思ったよりも広く一間はありそうだった。そのままの広さの廊下が続き、右手に襖が並んでいる。

「随分重そうな扉ですね」
「へぇ、何でも昔は蔵だったそうです。蓮生にはいろは蔵があったと言いますからねぇ」
「四十八の蔵ですか」
「そうです、ご存知ですか」
「民謡にそういうのがあります」
「あら、本当にお若いのに」
 年配者にそう言って褒めてもらうのは悪い気がしない。多分、自分がお茶のお手前ができることや三味線まで弾くことを知ったら、この女性はもっと感心してくれるのだろう。

 廊下の板敷きの先には手洗いがあると教えてもらった。その先が右手に折れて、階段になっている。
 先は真っ暗だった。廊下の手洗いの側だけ、出入りができるように勝手口あるいは掃き出し口になっているようで、引き戸になっていた。ガラス張りで一応外が見えているようだが、暗くて景色までは分からない。
 廊下には腰の高さよりやや低いところから頭の上までの程度の窓が並んでいて、外側に向けて、重い壁がそのまま切り抜かれた扉のような雨戸が開かれている。
「蔵でしたんで、二階に上がれるようになっているんですけどね、お蔵は空っぽだってことですよ。おっかなくて、誰も確かめませんけどね」

 案内された部屋は、蔵が改造されたにしてはきちんとした造りの和室だった。
 部屋には穏やかに電気が点っていて、暗くはなかったが、しっとりと沈むような色合いに見える。布団が二組敷かれていて、頭の方に寄せられた座敷机にポットのお茶と湯呑みが用意されていた。床の間もあり、きちんと季節の花が生けられているし、松の掛け軸も下がっている。

「ごゆっくりお休みください。枕ものとの電話はインターホンですから、御用があればお呼びください」
 旅館みたいだな、と思いながら、さすがに疲れていた真は直ぐに横になった。布団の中はヒヤリとして冷たく、気持ちがよかった。
 仁はここで寝ないだろうな、と思いつつ、隣の布団を見た。千草と仁が今夜をどのように過ごしても勝手なわけだが、何となく納得がいかない気もした。
 何より、仁は美和のことで真を随分脅したわけだし、その日のうちに他の女を真の目の前で口説いて寝るというのは、ひどい話に思える。

 美和は今頃どうしているのだろう。仁が帰ってきたことはまだ知らないだろうし、九州から帰ってきたかどうかも分からない。三上のところに連絡を入れていないことが気になったが、事務所に電話したときに美和が帰っていたなら賢二がそう言うだろう。
 考えてみれば、自分と美和の間の事は、決してけりがついたわけではない。仁に何と話そうとも、美和自身と話さない限りは、はっきりとこれからのことが決まったわけではないはずだった。美和はまた、犬猫じゃないから勝手に持ち主を決めるな、と言いそうだ。

 身体が重いのに、眠れない。本当に精力のつく薬湯だったのかも知れない。何度か寝返りを打った。だるいのに眠れないというより、だるすぎて眠れないという嫌な感じがする。アドレナリンが過剰分泌されているのだろう。
 電気を消そうかな、と思ったが、昔の癖で何となく天井の染みを見つめていたくなって、消さなかった。板の天井には染みはなかったが、木目の文様が水の流れのように、始点も終点もはっきりしないまま泳いでいる。

 彼がいなくなって一体何日経つのだろう。それほど経っていないのか、随分経ったのか、数えられない。何日、というレベルの話だろうに、もう次元が切り離されたくらい遠く感じる。それと同時に深くなっていく、この自分自身の存在の危うさは一体何だろう。
 あの男に支えられていた相川真の命は、支えがなくてもこの世に存在し続けられるほど堅固なものではない。彼が生きていなかったら、自分も消えてしまうような気がしていたが、離れているだけでも自分自身の姿がこの世から薄くなっていく。

 そう、明らかに、自分は一度死んだ身なのだ、と思った。





次回からの回想シーンは、真が大学の受験を控えていた時のエピソードです。
多分、予想されていてることだとは思いますが、主人公二人には特別な関係があります。
でも、よくあるその道のカップルのような、つまり男女関係に置き換えられるような関係ではありません。
それを言葉で説明するのは難しいです。

美和曰く、「2人の関係を兄弟か親子か恋人かと聞かれたら、一番近いのは親子」という部分もあり、それ以外の感情ももちろんあり、ついでに言えば、敵対の気持ちさえもある。
したがって、ラブストーリーは期待しないでくださいませ。


*詳細はこちらの回の『追記』をご覧ください→カミングアウト

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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【石紀行】11. 熊本:拝ヶ石、とおまけの古墳 

 
さて熊本市から海側(西)へ30分ほど行くと、金峰山という山があります。
熊本市を見渡せる展望台はなかなか良いそうで、夜景も楽しめるようです。
その周囲には夏目漱石にまつわる名所がいくつかあります。

『山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。』

大好きな『草枕』の冒頭なので、たくさん載せてしまった。
この「山路」=鎌研坂があるのがこの金峰山の周囲です。
石畳の道というのがあって、草枕ハイキングコースと言われています。熊本と高瀬(玉名)の町を結ぶ往還(幹線道)で、当時の面影を残しているそうです。
時間がなくて、この道に行くことができなかったのですが、上の写真の道を石畳に変えて、そして道の両脇の木を竹に変えて想像してください^^;

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路は途中からこんなふうに階段を上っていくことになります。
15分ばかりひたすら登り続けるのですが。
実はこの日、熊本の少し北にある山鹿温泉に泊まることになっていて、しかも熊本城で遊びすぎて(楽しかった熊本城→熊本城の記事)、時間が無くなっておりました。
でもここまで来たのだから、と必死で山の中へ。

書くのは簡単ですが、例のごとく「拝ヶ石」とナビに入れても、連れて行ってくれるわけではなく、地図を頼りに、後は動物的感で、工事中とか迂回しろという看板を潜り抜け、たどり着いたのはもう夕方。
迷っている暇はない、というので、その辺の山道の適当な場所に車を残し、この道を登って行きました。

ここほど、蚊の大群に襲いかかられた場所はありませんでした。
夕方、蚊の大群、条件が最悪で、結構写真のピントがぶれていますね……少し写真が見にくかったらごめんなさい。
DSCN2259_convert_20131102070945.jpg
この登り口さえ発見できれば、後は登るだけです。行きましょう!
途中、道から少し奥に入ったところに、ゴロン、と石がひとつ転がっています。
DSCN2255_convert_20131102082459.jpg←ちょっと道から離れている。
方位石』と言います。
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説明文には以下のようにあります。
「この石は三の岳と拝ヶ石を結ぶ線上にある。表面にはレリーフ状の模様と、星座を思わせるペッキング穴があり、強烈な磁気異常もある」
DSCN2215_convert_20131102082415.jpg

さらに登って行きます。
DSCN2253_convert_20131102071854.jpg
路が階段に変わるところに杖が置かれています。
頑張って登るところは省略します(^^)
止まったら刺される!というのはここでも炸裂。頑張りました。既に夕暮れで、暗くなる前に降りなくちゃ!
というわけで、途中経過を省略します。
階段が途切れると、間もなく、拝ヶ石です。2連発でどうぞ。
DSCN2248_convert_20131102071809.jpg
DSCN2247_convert_20131102072619.jpg
小さな祠の右側には、このような、かの巨石パークの『龍の石』みたいな巨石が、山を這い登っています。
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祠の左側には石が並んでいます。
DSCN2227_convert_20131102071557.jpg
ところで、この裏側に回ってみると……石がゴロゴロ。
DSCN2233_convert_20131102072014.jpg
DSCN2237_convert_20131102072655.jpg
DSCN2238_convert_20131102072123.jpg
本当ならこれらの石の上に座ってくつろぎたいところですが、蚊が……蚊が~~~!
というわけで、急いで山を降ります。

拝ヶ石巨石群。
説明文は以下の通り。
『巨石文明の遺跡ではないかという説もありましたが、その後の調査で中世の宗教遺跡ではないかと考えられています。最近、巨石の表面にペトログラフと言われる古代文字が刻まれていると一部の研究者の間で話題になったり、磁気異常が発見されるなど、神秘的なスポットとして注目を集めています』
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上は、階段から石が見えた瞬間。

いかにも、急いでいるような記事ですが、夕暮れで、妙な時間に山の中にいると危ないと思ったので、本当に急ぎ足になっちゃいました。
でも、ここ、パワーを感じます。確かに何か『中世的な』ムードが感じられるかも。
呪術とかしていたとしてもおかしくない感じで、あえて言うと、京都の貴船神社の原始版みたいなムードです。
行ってみると、何かの力を感じるかもしれません。
できれば、秋がいいですね! 夏は~~~(V)o¥o(V)

このさらに上の頂上にも石があるようですが、時間がなくて上がれませんでした。
またゆっくり、草枕の世界に浸りに来ることにしましょう。
いずれにせよ、熊本にはまた絶対に行くことになるのですから。


さて、おまけです。
九州には、装飾古墳と言われる古墳がものすごくたくさんあります。全国で800基ほどの装飾古墳のうち半数が九州にあり、しかも熊本県にかなり集中してあるようです。
古墳の内部の壁や石棺に浮彫、線刻、彩色などがあるものを総称してそう呼ばれているのです。
今回、昨年来たときには入れなかった(月曜日で博物館がお休みだったので)『チブサン古墳』を見てきました。
この古墳を見せていただくには、山鹿市立博物館に申し込みます。当日でOK。
1日に2回、指定された時間があります。その時間に行けば、案内してもらえます。
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この扉の向こうが、狭い石室に繋がっています。
もちろん、撮影は禁止なので、外にあるレプリカをご覧ください。
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目の前にあるわけではなくて、ガラス張りの向こうの遠くの方にあるので、クリアに見えるわけではないのですが、しかも天井が低くて屈んでいなければならないし、見える場所に立てるのは(座れる?)せいぜい一人。
大人数ならじっくり見ることは叶わないと思いますので、平日はお勧め。
この左端の方にあるのものが女性の乳房に似ているというので「チブサン古墳」と言われているのですが、わたしには目玉に見えます。
もちろん説は色々あって、それもまた楽しいですね。宇宙人みたいなのと星らしい丸も描かれています。
装飾古墳の中は赤く塗られていることが多くて、これは再生の色、つまり子宮の中の色をイメージしているようです。
同じように赤のイメージを再生に結びつけているのは、マルタ島の地下遺跡にも見られます。

九州では装飾古墳を巡るツアーが春と秋の季節のいい時に行われています。
すぐ人数がいっぱいになる人気のバスツアーで、この時しか公開されない古墳がたくさんあります。
妙な季節に開けると、中の装飾がダメになってしまうからのようですが、いつかこのチブサン古墳も、年に数回しか見られなくなるのかもしれません。

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九州の古墳には、周囲に石人と言われる石造彫刻が飾り立てられていたと言います。
埴輪のでっかいものみたいなのでしょうか。
阿蘇溶結凝灰岩を材料として作られているものが多く、もともとは彩色もされていたようです。
古墳を守る兵士です。中国の兵馬俑みたいですね。
これはもちろん、公園の目印に立てられている石人のオブジェで、後ろ姿ですけれど、風景に溶け込んでいい感じです。

ここは熊本県の菊水にある肥後古代の森です。
公園の中には古墳や、貝塚の遺跡、古民家の村などあれこれ雑多なものが。
そのうち、江田船山遺跡には入ることができます。
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実は江田船山古墳って、皆さん、一度は目にしているはず。
江田船山古墳出土の大刀に象嵌された文字がわが国で最初の漢字使用例として取り上げられていて、教科書に出てきたはずなのです。
(今では、日本における漢字の歴史はもっと遡られています)
中はこんな感じ。勝手に扉を開けて入ることができます。
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微かに、赤い色が残っているの、見えますでしょうか。
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ほんの少しだけ残った古代の色。ちょっと感動的だと思いませんか。
やはり、古墳、石棺の中では、赤という色に再生への願いが込められていたのですね。

寄り道しましたが、次回は大分の安心院に参ります。
そう、鏝絵のあった村です。そこに、ストーンサークルがあるのです。

Category: 石の紀行文(写真つき)

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