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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・あれこれ】前世回帰 

サンタフェ
前世回帰というのは、自分の前世を見に行く(感じる)セッションですが、実は一度だけ経験があります。
インディアンの世界に触れようと行ってみたサンタフェでのことです。

前世を信じているかと言われると、かなり懐疑的ではあります。
全ての人の脳の中に恐竜の脳がある、と言われると、なるほどと思います。
40億年分の生命の歴史が、自分の遺伝子の中に刻まれていることは、感覚的に理解できる。
でも、自分に直近の前世があったのかと言われると、やはり少し「?」という感覚。

それなのに、どうして前世回帰のセッションに?
実は始めから予定していたのではなかったのです。
でもあの場所に行き、大地に触れ、インディアンの遺跡を見て、何か不思議な感覚があった。
そう、簡単に言うと、地球を感じたとでも言うのでしょうか。
そして、ちょっと行ってみようかと思い立ったのです。

何かが見えたか、と言われると、そこまで明瞭ではありません。
でも、セッションではかなり具体的に導かれるのです。
アロマ香る部屋でリラックスした状態で目を閉じている。
どこか階段を下りていく……ドアを開ける……外に踏み出す……裸足の足に何かが触れる……
(かなり記憶違いがあると思いますが、こんな感じの導かれ方)

さて、懐疑心は少し横に置いて、ちょっと浸ってみます。
足に触れるのは草と風、それから森の気配と火を感じたような気がしました。

さて、そこからは……
物書きの悲しい性でしょうか。
一気にストーリーが頭の中に構築されてしまった。
アジアのどこか。村が燃えている……戦争でしょうか……兄と生き別れている……逃げている……
もしかして本当に私の前世なのか、ただの想像力の成せる技か。

でも、ある景色を見た時、なぜかとても懐かしい、と思うことがありますよね。
その景色に自分の細胞がじゃわめくみたいな感じ。
あるいは、匂いや音ということもあるかもしれません。

それは前世の記憶なのでしょうか。
やっぱり疑心暗鬼だけれど、何かがあるような不思議を感じます。

そういえば、トカゲを見ると安心していた私。
彼らが私のスピリット(魂の連れ合い)と言われたのもこの場所でした。

さて、少し話が変わりますが。
自由への逃避2
最近、年に何回か仕事関係の講演をすることがあります。
でもあまりにも専門的な話ばかりをしていてもつまらないので、色々な話題を取り入れるのですが、スライドを使っての講演なので、やはり写真は強い味方。
使うのは、旅の写真(石はもちろん)が一番多いのですが、自分にとって思い入れのある絵や写真を使わせていただくこともあります。

そういう写真を準備する時、その写真と初めて出会っときのことを思い出したりするのですが。

この有名な写真はピュリッツアー賞を取った澤田教一さんの『安全への逃避』です。
出会ったのは中学1年生の時でした。
クリスチャンスクールだったので、キリスト教(聖書)の授業があるのです。
でも中1の授業は、聖書の勉強というより、院長先生が色んなお話をしてくださる。
こんな風に写真を見せてくださったり、絵本を読んでくださったり……

中学1年生のピュアな私は、この院長先生が好きだったのです。
毎朝8時半から礼拝があったのですが、生徒は大体時間ぎりぎりに駆け込みなのです。
私も大抵駆け込みだったのですが、たまにすごく早く行くことがあって。
誰もいない講堂の壇上に、院長先生が一人座っておられて、生徒が来るのを待っておられるのです。
何回か早く、より早く行ってみたのですが、やっぱり誰よりも早くそこに座っておられた。
見守られている気がして、何だかとても嬉しかった。
ちなみに、院長先生はもともと新聞記者だったのです。

さて、そのキリスト教の授業でこの写真を見せてくださった時。
教壇の上にぱっとこの写真が出てきた瞬間のことは、昨日のことのように覚えています。
残念ながら、授業の内容は覚えていないのですが、そのインパクトは今もまだ身近なものです。

何でしょう。言葉にはしにくいのですが……
この写真の意味を教えていただくより前に、不思議な感情が湧きおこりました。
「懐かしい」というのか「この場所へ行かなくちゃ」というのか「ここで誰かが待っている」というのか。
(ちなみに、中学生の私、かなりピュアで多感でした^^;)

これはベトナム戦争の時の写真です。戦火から逃げる母子。
そう言えば、先ほど書いた前世回帰で見たような気がした景色もアジアのどこかに繋がっている気がした。
アジア、戦争、焼ける村。
繋がりがあるのかもしれないし、ちょっと思い込みもあるかもしれないし、単なる脳のいたずらかもしれないし。

時間的にはこの写真を見たのは中1の時、前世回帰のセッションを受けたのは大人になってから。
影響を受け合っているのかもしれませんね。
ただ、この写真に導かれて、若かった私は自分の道を決め、これまで(多少は、というのか、かなり曲がりくねっているけれど)道を歩いてきた気がしています。


さて、写真には後日談があります。
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澤田教一さんは上の写真を撮った後、「この戦火から逃げる親子の写真を撮る前に、早く助けようとしなかったのか」と非難されたりもしました。
彼の奥さんである沢田サタさんが書かれた『泥まみれの死』の中には次のようなエピソードがあります。
「戦争が終わったら、ベトナムの農村を南から北までゆっくり歩きたい」と語っていた澤田さんはカンボジアで34歳の時、狙撃されて亡くなりました。奥さんは1989年に夫の遺志に従ってベトナムに行き、この写真の子どもたちに会われたのです。彼らは父や母となっていて、当時のことを覚えていて、こう語ったそうです。
「川をあがると、あの日本の写真家が安全な場所につれていってくれた」「目を手ぬぐいでふいてくれた」
非難されていたことが心に引っかかっていたのでしょうか、澤田さんは戦火をくぐって村を再訪問、ピュリツァー賞で受賞した写真と賞金の一部を置いていったといいます。
澤田さんの死を聞かされたこのきょうだいの方々は、写真に撮られた自分たちが戦火の中を生きのび、子や孫に恵まれた、一方澤田さんが戦場写真家として仕事中に亡くなられたことを聞いて、命の重みを強く感じられたといいます。
あの川を渡ったからこそ、彼らの命は次の世代に受け継がれていった。
それを私たちが知っている。
不思議でありがたいことだと思っています。


前世回帰の話から逸れてしまいましたが、あまりにくっきりとした物語はにわかには信じがたいものの、懐かしさを感じる風景があるということは、やはりそこに何かがあるのかもしれません。
そして、それが自分の考え方や生き方を支えているのかもしれない。
そんな気がします。

友人の一人が、ある時、ボランティアでネパールに行ったのですが、空港に降りた途端、「私はここを知っている」と思ったとか。いえ、彼女は別に変な人ではないのですが、正確には「記憶として知っている」というよりも「この空気を知っている」というのか、そんな感じだったと。
なんでしょうね。海馬に何の記憶が残っていたのでしょうか。
不思議で、ありがたい話です。


*まとまった時間が取れなくて、小説をアップできていません……すみません。
 雑記ばかりになっていますが、また頑張りますね。
 お見捨てなきよう、お願いしますm(__)m
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今日は三味線の演奏会。お昼ご飯は竹で包まれた、小さいながら盛り沢山のお弁当。美味しかったです(*^_^*)

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Category: あれこれ

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