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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨91] 第19章 同居人の足跡(2) 

【海に落ちる雨】第19章 その2です。
火事の最中、蓮生家から逃げ出した真と仁。
あれ? 仁は素っ裸だったのでは? と気にしてくださっていた方。
そうなんですよ。纏っていたのは彫り物の龍のみ。
どうなったか、続きをお楽しみください。
深刻なのに滑稽なシーンになっておりますが、それもまたよし、ということで。
今回は、真と仁の会話をお楽しみください。





「仁さん、服、着たほうがいいんじゃ」
 上蓮生家から上手く車を出して、警察や消防とすれ違わないようにスモールランプだけで田舎道を逃げると、火事の気配が分かるか分からないかの辺りでやっと仁は車を止めた。
 振り返ると、空が明るくなっている一部が、蓮生家の辺りなのだろう。まだ鎮火しているようではない。
 仁は無言のままで突然真を抱き寄せた。思わず逃げようとしたが、次の瞬間には更に強く締め付けられるように抱かれていた。汗や煙の臭いと一緒に、情事の気配を窺わせる複雑なすえたにおいも混じっていた。

「仁さん」
「怪我はないな?」
 真は勢いに押されて頷いた。
「煙、吸い込んでないか? 頭、痛かったりしないか?」
「多分」
 ようやく仁は落ち着いたのか、改めて車を走らせ始めた。

「服、着たほうがいいですよ」
「できるだけ離れるほうが先だ」
 確かにその通りだが、素っ裸で刺青だけを纏ったヤクザと浴衣姿の探偵とが、夜中の田舎道を火事現場から逃走している状況は、どう考えても妙だ。そう考えていると、ただ滑稽な気分になって、笑えないながらも少し落ち着いてきた。
 落ち着いてくると、仁の姿から思わず目を逸らしたが、窓ガラスにも仁の横顔と逞しい腕が映っていた。

 意外にも闇にくっきりと映り込んだ腕を思わず見つめる。
 美和のことを考えていた。北条仁と美和とがどのような時間を共有しているのか、どうにも気になった。
 美和は都内に実家の両親が購入したという分譲マンションを持っているが、そこには週に一日居ればいいほうだった。さすがにその部屋に男を住まわせているとなると、両親に知られる可能性もあり、彼女は仁のマンションに半ば住んでいるような状態だった。北条仁も、さすがに跡取り息子であり、高円寺の北条家に全く居ないわけにもいかず、マンションと北条の屋敷を半々で過ごしているように思える。

 意外に幼かった美和の身体を思い出していた。仁の普段の振る舞いを見ていると、何となく美和との生活も相当なものに思っていたが、実際はどうなのだろう。他人の性生活を覗き見るような悪趣味はないつもりだったが、美和の事となればいくらか気になってきた。
 確かに悪趣味だ。
 そう考えて、打ち消した。

 目を閉じると、喉がごそごそした感じが気になってきた。多少は煙を吸い込んでいたのかもしれない。一体、あれは何だったのかと改めて考えると、ようやく自分は殺されかけたのか、と思い至った。
 だが、誰に?
 正当な疑問だが、見当がつかなかった。蓮生千草が自分を焼き殺すだろうか? その理由は?
 もしも、千草が蓮生家の恥部を世間に晒したくないという理由で、幾分かの秘密を知ってしまった真を殺したいとしても、北条仁がそれを知っている。女が愛情を理由に男に加減をしたとして、今日会ったばかりの仁に千草が手心を加える必要はないはずだ。

 今更どこかからヤクザが追いかけてきて相川真を何とかしたいとしても、わざわざ蓮生家で焼き殺す必要もなさそうだし、面倒すぎる。この新潟という場所で、状況を理解していて、今自分を殺したい人間?
 そういう人間はいそうになかった。それに、焼き殺すというのは、かなり不確実な殺人の方法だ。致命傷にならなくても起き上がれないようなダメージを与えておかなければ、必ず死んでくれるとは限らない。
 いや、俺は何か妙なものを口にしなかったか? 蓮生に伝わる薬湯? やはり千草が俺を殺そうとした?
 どうにも腑に落ちない。

 エンジン音が止まって、真は目を開けた。海辺の道路沿いの僅かなパーキングエリアのようなところだった。海は凪いでいて、波音も静かだった。暗いとは言え、幾分か明るささえ感じる海と空の番。
「お前も着替えたほうがいいぞ」
 そう言われて、車を降り、浴衣を脱いで着替えた。北条仁も漸く、素っ裸からスーツ姿に戻った。
 生の肌に龍の彫り物だけを纏っていても、スーツを着ていても、北条仁は普通の人間には見えない。
 しかも、こんなところでいそいそと衣服を身に付けているところを他人が見たら、いかにも車でやってました、というように思われるだろう。

 そう考えると、また何となく可笑しくなった。同じ事を仁も考えていたようだ。
「情事の後、まだ余韻の残る身体に服を着る、っていう色っぽい場面に見えんこともねぇのにな。実際は火事場から逃げ出した私立探偵とヤクザだ。どうにも間抜けでいけないねぇ」
 仁が運転席側から真の側に回ってきた。ひょいと煙草を一本渡してくれる。
「きついか?」
「いえ、有り難いです」

 咥えると、仁が火をつけてくれた。
 暫く言葉も交わさず、暗い海を見ながら煙草を吸った。薬やら煙やらを吸い込んだ身体も咽も、新たな侵入物に悲鳴を上げるのかと思えば、紫煙は随分と心地よく肺にも胃にもおさまってくれた。
「お前を焼き殺すつもりだったんだろうか? いくらやりたいからって、俺だけ見逃すとは思えんが」
 真は仁を見た。
「千草さんが僕を焼き殺してまで、守りたいものがあるようには思えませんでしたけど」
「あの女、日本人じゃねぇな」
「え?」

 幻覚のような千草の姿から想像していた何かは、ぼんやりとイメージを形にしていった。
「お前も、姿成りは日本人だが、目の色も髪の色も、それに全体のバランスも、どこか微妙にズレたところがある。あの女もそうだ。弥生ちゃんが言ってたのは噂でも嘘でもない。本当に異人の血が混じってる身体だ。彼女の場合は目や髪の色にはあまり表れてないけどな」
 弥生ちゃんって誰だっけ、と思ってから、仁の屈託のなさに幾分か呆れた。

「ハーフか、クォーター?」
「お前は? クォーターか?」
「多分。母親の事はよく知らないので」
「じゃあ、まあ、あの女もそんなところだろ。蓮生の屋敷にロシア人の女性がいたのは事実だろう。それが蓮生の男どもの子どもを産んだっておかしくない。あるいは、誰か他の男にあてがわれた結果の子どもかもしれないけどな」
 海は凪いでいたが、海鳴りは遠く響くようだった。
「じゃあ、千草さんは、もしかすると蓮生家を恨んでいる?」
「それは、有りだな。終わり方がどうのと言ってたろ」
「でも、僕を焼き殺す理由にはなりませんけど」
「それもそうだ」

 煙草を吸い終わると、仁に促されて車に戻った。
「ちょっと眠っとくか」
 運転席に戻ると、仁は呟いた。
「車で眠れるか? 何ならラブホテルでも探すか」
「車で結構です」
 思わず即答すると、仁は笑いながら座席を倒した。真もそれに倣う。

 目を閉じると、海の音が遠く深く、身体に振動のように伝わってくるのを感じた。眠れるとは思えなかったが、横になっているだけでも少しは楽な気がする。
 やはり美和のことが気になっていた。
 仁がどういうつもりなのか、千草についてはたまたま気に入ったタイプの女だから寝てみたかったのか。あまりにも美和がかわいそうな気もしたが、他に気に入った相手がいたら寝ても構わないと、仁は美和に言っていたという。それなのに真と美和のことは気に入らないということは、やはり他の男と寝てもいいという言葉は、北条仁のパフォーマンスに過ぎないからだろう。本当は美和の浮気などありえないと思っているのだ。

 それほどに、美和を愛しているということなのだろうか。
 よく分からないと思った。仁はタイから帰ってきて、美和にすぐに会おうとは思わなかったのだろうか。
 美和が九州から帰っているのかどうか気になったが、仁に聞けそうになかった。
 いや、北条仁も、意外に純粋なのかもしれない。好きでたまらない女には、距離を置いてしまう。そう考えれば、美和と仁の間に、身体の関係という意味では遠慮や羞恥があってもおかしくはない。

 実際、あの彫り物だ。美和がいくら肝が据わっているとは言え、まだ二十歳を越えたばかりの女子大生で、彼の背中の彫り物を見て平気でいられるとも思わない。
 いつか、北条東吾が酒を飲みながら、呟いていた。
 わしが、仁の身体に消えねぇ傷を負わせてしまった、と。
 北条東吾は組を畳むつもりだったのだ。だから、仁を大学に通わせていた。

「車で結構です、っていうのは、車でやってもいいってことか?」
 ぼんやりとした頭に仁の声が入り込んできた。内容を理解できず、何度か反芻した後で真は漸く目を開けた。
「何言ってるんですか」
 からかっているのだろうと思って仁のほうを見ると、仁は目を閉じたまま静かに仰向けになっていた。
「千草さんと十分楽しんだんじゃないんですか」
 少し考えるような時間を置いてから、仁は答えた。
「まぁな。かえってくすぶっちまったな」

 仁は目を閉じたままだった。仁が美和以外の誰かと寝たいと思うのは、美和に対して好き勝手に振舞えないからなのかもしれない。
「仁さん」
「何だ?」仁は目を閉じたままだ。
「仁さんは、寂しいと思うことはないんですか」
「何に対して?」
 仁は淡々と答えている。
「北条の親父さんは本当の父親ではないでしょう?」
「それが何だ? この年になって、今更乙女チックな感情なんかねぇな」
「昔の事を、思い出したりはしないんですか?」

 仁は暫く黙っていた。真は自分が何を聞きたいのか、自分でもよく分かっていなかった。ただ美和のことを気にしていただけだった。
 だが、仁のほうでは何かを察したのか、ゆっくりと穏やかな声で言った。
「満州のことか? 戦争が終わった直後は、俺もまだ右も左も分からないチビだったし、はっきりとした記憶はないな。親父が亡くなったのも覚えていない。お袋が死んだときの事は何となく覚えているが、感情も記憶も絡まっちまってて、よく分からん。お袋を看病してくれていた中国人の看護婦が優しい人で、子どもが戦争で亡くなっちまって、日本人に恨みもあっただろうに、当局の目を恐れずに俺を息子だと主張して面倒を見てくれた。その人の事はよく覚えてるよ」

「満州に残ろうとは思わなかったんですか?」
 仁は笑ったようだった。
「なぁ、俺は東吾の親父が俺を探しに来てくれたとき、本当に感動したんだぜ? 親父には感謝してるよ。本当の親だろうが、そうじゃなかろうが、どうでもいいことだ」
 それが北条仁にとって『真実の瞬間』のひとつだったのだろうか。
「でもヤクザにならなくて済んだかも」

 不意に仁が起き上がった。真はびくっとした。
「お前、何か勘違いしてるだろ。あんな時代だ。満州に取り残された日本人の子どもが、運よく良心的な中国人に拾われたとして、必ずしもまともに暮らしていけるとも限らない。捕虜になって、死んじまった日本人の方が多いんだ。だが中国人だって、みんなが貧しく苦しい時代だった。東吾の親父だって、華族が没落して地面に叩きつけられたような時代を、頭と腕だけで乗り越えてきた。俺に堅気として生きていけるように教育もしてくれた。だが、親父が店を畳みたくても、これだけの所帯だ。誰かがしょっていかなけりゃならない。俺は自分から望んで彫り物を入れたんだよ。親父のほうが泣きやがった。けどな、これが俺の親父への覚悟の示し方だったんだ」

 そう言って、仁は真に背を向けた。真はその背中を見つめていた。
「美和ちゃんに会って、後悔しなかったんですか?」
 仁からの返事はなかった。真は自分が嫌な質問をしていることを感じて、息をついた。
「だが、お前に美和は幸せにできねぇな。だから、お前に美和はやれない」
 そんなことは分かっていた。美和に、美沙子と同じ事を言われるのは目に見えている。
「すみません。ちょっと気が立っているだけです」
 そう言って目を閉じると、少しだけほっとした。僅かな言葉の隅に、仁の美和への想いが嘘ではないことを感じ取ったからだった。

「お前は、遠慮してるのかと思えば、時々怖いくらいずけずけと本当のことを聞くんだな」
 不意に、仁の声が直ぐ側で聞こえた。といっても、聞こえづらい左耳は微妙な反響を伴っていて、現実感を失わせている。
「本当に、ここで襲われたいか?」
「仁さんにはそんなことはできません」
 多分、唐沢が言っていたのは本当のことだ。北条仁は、相手のほうから足を開かない限り、無理矢理などという彼の美意識に反することは、プライドに賭けて絶対にしない。

「どういう意味だ?」
「唐沢が言ってたんです。北条仁はじわじわ攻めてくるけど、強姦はしないって」
 仁は決まり悪そうに舌打ちをした。
「あのおっさん、刑務所に入っても減らず口は変わらんな。まぁ、俺とお前のキューピッドだから悪口ばっかりも言えんけどな」
 笑いを溜息の中に零して、仁は真の頭に手を置いた。
「眠れないんだろ。蔵ごと焼き殺されそうになったわけだしな」
 真はほっとして、首を横に振った。

「一回、抜いてやろうか? そうしたら眠れるかもしれんぞ」
 その仁の冗談を無視して、真は思わず仁を見つめた。仁が不思議そうな顔になる。
「今、何て?」
「だから、一回抜いてやろうか、って。指くらいなら入れても構わんだろう。気持ちよくさせてやるよ。この憎たらしいことをいうお前の口から、もっとって喘ぐ声を聞きたいねぇ」
 そのからかいは完全に無視した。
「その前ですよ」
「前?」

 仁はせっかく楽しい話を始めたのに、どうでもいい話をぶり返すんじゃないよというようなつまらなそうな顔になり、それでも一応真面目に考えてくれたようだった。
「唐沢のオヤジのことか? いや、蔵ごと焼き殺されそうになった?」
 真はまだ暫く仁を見つめていた。

 蔵ごと、焼き殺そうとした。
 以前、下蓮生家の主は蔵を焼こうとした。それは蔵に隠しておきたいものがあったからだ。だが、実際には蔵は燃えきらず、絵は残っていた。何だかすっきりしないのは、下蓮生の当主がもうかなりの老人で、曖昧な記憶の話だったからではない。
 下蓮生の当主が焼きたかったのは絵ではない。床下に埋められていると信じていた、ロシア人女性の幻だった。そして、その幻を裏打ちしているのは、子ども時代の記憶だ。

「仁さん」
「ん?」
「下蓮生の当主は、蓮生の子どもはみんな小さいうちは本家で育つって言ってませんでしたか? 北前船を扱っていた時代は村上に屋敷があったけど、いつからか荒川に移ったって。彼が病気がちでよく過ごしていたのは、村上の蓮生家ではなく、荒川の蓮生家だったんですよ。だから彼がロシア人女性を見たのは、荒川の上蓮生家のはずです」

 仁は暫く真の顔を見つめていた。
「じゃあ、何か。爺さんは間違いに気が付いて、改めて荒川にある問題の蔵を焼こうとしたってのか? お前がいることを知らずに? いや、知っていて? しかし、どっちにしてもあの爺さんが一人で身軽に村上から荒川に移動できるとは思えないけどな」
「仮にも彼は蓮生家の最長老ですよ。こんな田舎のことですから、親族が集まるといえば、ボケていても基本は全員、じゃないでしょうか。しかも、千草さんは会議の前には、老人がぼけていないことを知っていた。仁さん、ずっと千草さんと一緒でしたか?」

「うーん、途中で寝ちまった覚えはないな。けど、まぁ、親族会議が何時から行われていてどのくらい続いていたのか、俺たちには分からんし、実際、爺さんと別れた後だって、俺たちが下蓮生で飯食ったりして過ごしていた間に、立派な勝手口から爺さんを連れ出してても分からないわけだ」
 そう言ってから、仁は暫く考えていた。
「その辺の事情は、弥生ちゃんに聞くのが一番良さそうだな」
「と言って、ふらふらと村上に戻るのも拙いですよね。僕たちが上蓮生に泊まっていたのを知っているのは」
「蓮生家のお手伝いくらいかな。そうなると弥生ちゃんもその一人か。まぁ、蓮生千草がうまく言い繕ってくれているだろうけど。いずれにしても、明日の朝まで待とう。火事について、何か情報が入ってからだな」

 真は不思議に思って仁を見た。仁は、蓮生千草が警察に『怪しい二人組』の話をしない、もしくはしたとしても火事とは関係がないと言い繕ってくれると思っているのだ。
 真の視線の意味を、仁は解したようだった。
「蓮生千草は、火をつけてお前を殺そうとしたかも知れんが、俺たちを警察に売ることはないさ。その必要はないし、俺たちが警察にベラベラ余計なことを喋って困るのは蓮生家のほうだ。まぁ、俺たちの言い分を警察が信じるかどうかは問題だが」

 確かに、ヤクザとそのヤクザがオーナーである調査事務所の人間の言い分を、警察が信じるとも思えないし、考えてみれば、今でも警察に追われていることには変わりがない。
 いずれにしても、誰かは真を殺そうとしたのではなく、蔵を焼こうとした可能性があるのではないか。そして、その誰かは、蓮生家の関係者である可能性が高そうだ。

 下蓮生の当主は、今まで誰にも話したことのない昔の蓮上家の闇の部分を、今日仁と真に話したのだ。ボケていないとは言え、あの年齢の老人のことだ。記憶は曖昧な部分もあるのだろう。何年か前に下蓮生の蔵に火をつけた時も、まともな精神状態ではなかっただろうし、自分の記憶を再確認できるような精神状態なら、火をつけたりはしなかっただろう。
 だが、今日、異質な侵入者が蓮生家の歴史を掘り返し、それに返事をする形で老人は改めて自分の記憶を明瞭にしなければならなくなった。封印していたものが、他者と話すことで解かれたのだろう。そして、自分の過去の勘違いに気が付いた。

 たまたまその日だったのだ。親族会議も、真が蔵に泊まったのも。
 真を焼き殺すつもりだったわけではないのだろうが、その日しかチャンスはなかったのかもしれない。
 だが。
 本当に蔵が焼け落ちてしまったら、却って床下を掘り返されることにならないのだろうか。今まで、誰も気が付かなかったし、これからも掘り返される可能性が極めて低かった秘密を、火をつけることで敢えて世間に晒すことになるのではないか。

 何だかよく分からなくなってきた。確かに、問題の蔵は荒川の上蓮生家の蔵なのだろう。そして、当主は間違いに気が付いたのだ。だが、今になって蔵を焼く理由はなんだろう。
 いや、死期が近くなって、老人は過去の全てを焼いてしまいたかったのかもしれない。そんなことをしても、事実は消せないということを知りながらも、記録に残らない歴史の裏側は、いつか人々の記憶から消えていってしまうことを望んで。
 誰も振り返らなくなれば、その歴史的事実はこの世界から消え去ってしまう。

 幾分か空は白み始めていた。波音は強くなってきている。それを見てから、さすがに疲れが身体を押し包み、いつの間にか短い眠りに落ちていた。





新潟で途方に暮れている真。
しかしそこに思わぬ助っ人登場。もちろん、素直に味方だとは言えませんけれど……
次回、彼らと一緒にキーポイントとなる佐渡島へ参りましょう。

ややこしい物語にお付き合いくださってありがとうございますm(__)m

ところで、もう少しすると【海に落ちる雨】100回目というキリがやってきます(*^_^*)
いえ、何か企画を考えているわけではないのですが、何だかちょっと嬉しい……(*^_^*)
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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