FC2ブログ
11 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 01

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【奇跡を売る店】サンタクロース殺人事件(3) 

【奇跡を売る店】(3)をお届けします。
いよいよサンタクロースを掘り出しに行きましょうか(*^_^*)
と、その前に、笙子ちゃんの家の事情を少しご紹介いたします。
クリスマスイヴに、事件は解決することでしょう。






 三澤笙子の母親は、楽家のうち笙を担う安倍家の出だった。府内の有名私立大学を出ていて、笙の演奏家・安倍清埜としても名前を知られていた。だが、家族に反対されながらも、普通のサラリーマンの男と結婚した。
 生まれた子供は笙子一人だけで、女の子だというそのことだけで一族の失望の原因になった。
 笙子の母親は、実家の希望に逆らった結婚に後ろめたさがあったのか、幼いころから笙子に雅楽を教えた。物心がついた時から笙子にとっておもちゃは笙や篳篥であり、舞楽のビデオは『おかあさんといっしょ』の代わりだった。
 やがて自然に慣れ親しんだ楽器において、笙子の才能は、一族の失望を塗り替えていった。笙子はほんの三歳のころから今に至るまで、母親の前では期待に応えようと、あらゆる意味で素晴らしい娘となるための努力を惜しまなかった。

 笙子の父親は製紙会社に勤めるごく普通のサラリーマンだった。よくある話で、学生時代にフォークをかじっていて、少しだけギターを弾いたが、もちろん趣味のレベルで特別に上手くもなかった。学歴も可もなく不可もなくだったが、人当たりは良かった。笙子にも優しかった。
 笙子は父親の下手なギターを嫌いではなかった。母親が雅楽の行事などで帰りが遅い時、保育園の送り迎えは父親の仕事だった。帰りにこっそり二人で河原町通りのカラオケボックスに行った。ご飯をそこで食べて、一緒に歌った。父は歌が上手かった。そしていつも笙子の歌を褒めてくれた。

 父親はイベントも好きだった。いつもは色々な意味で母親に遠慮しているように見えたが、誕生日やクリスマスにはコスプレをして笙子を喜ばせてくれた。母親は、クリスマスなんてクリスチャンじゃあるまいし、と言ったが、少なくともあの最後の年までは、一緒にクリスマスを祝っていた記憶がある。父親は毎年、サンタクロースの衣装を借りて来て、笙子にプレゼントを持って帰ってきた。もっとも笙子は、サンタクロースが父親だとはあの年まで気が付いていなかった。
 あの最後の年。
 笙子は生きたサンタクロースには会えなかった。

 その年の初めから笙子の両親は少し上手くいかなくなっていた。喧嘩も多かった。母親は実家に帰っていることが多くなっていて、笙子は大概一緒に連れて行かれたが、時々は保育園から父親と一緒に三澤の家のほうに帰った。
 父親と二人きりの夜には、一緒にお風呂に入り、お風呂をカラオケボックス代わりにして歌った。
「笙子は大きくなったらお母さんみたいな笙の演奏家になるのかなぁ」
 父親が何となく呟いた。
「ううん。笙子は歌手になるよ」
 笙の演奏家と歌手の違いもよく分かっていなかった。邦楽と、父親が歌う歌の世界は違うことも、まるで理解もしていなかった。

 最後の年、クリスマスイブの夜。
 笙子は母親の実家にいた。雅楽の伝承者であることを求められる母親の実家では、クリスマスのイベントなど全く考えられない環境だった。理由までは分からない子どもでも、そこではクリスマスのことを話題にしてはいけないことだけは察していた。
 気になっていた。今日はサンタクロースが来る日なのだ。笙子が三澤の家にいなかったら、サンタクロースはがっかりするだろう。せっかくプレゼントを持って来てくれるのに。

 その日、ご飯の後、笙子は早々に布団に入れられた。
 今日はサンタクロースが来る日なのに、と思うと、目を閉じてもすぐ目を開けてしまった。
 こっそりと起き上って居間を覗くと、炬燵を囲んだ笙子の母親と祖父母、伯父夫婦が難しい顔をしていた。
「正興さんがそないなこと」
「お前たちはもう長いこと、上手くいってへんかったやろ。正興くんかて男や。そうなればそういうこともあるやろ」
「そうや、彩希子、笙子のためにもきちんとしておいたほうがええ」

 笙子はこっそりと母親の実家を抜け出した。
 母親の実家と、両親と一緒に住んでいた三澤の家はそれほど離れていなかった。大人の足なら十五分ばかりの距離だろう。
 笙子は家を抜け出してから少しだけ後悔した。
 皆が街に出かけているか、家で静かに過ごしている聖夜、笙子の目に写る世界は真っ暗だった。笙子はやっぱり戻ろうと思ったが、サンタクロースからプレゼントをもらうというのが、子どもの義務だという気もした。

 静かな夜の町は、見慣れたいつもの景色と随分違っていた。いつもならお父さんと手を繋いで歩く道が、どこに続いているのかどこにも辿りつかない、目的地のない道に見えた。
 それでも、笙子は目を瞑って、最初の角まで走った。後ろから誰かが追いかけてくる。雅楽の怖いお面を被った人や、人の声を模していると言われる篳篥の音が耳の後ろに貼りついている気がした。

 それでも、頑張って角を曲がると、急に怖くなくなった。
 笙子は一生懸命夜道を歩いた。途中で犬に吠えられて慌てて走って、息が切れてしまった。明るい外灯の下を歩こうとして、ふと自分が誰かから見られている気がしたので、怖くなって逆に暗い所を歩いた。暗い場所に隠れると少し安心したが、自分の運動靴が闇の道に吸い込まれて見えないような気がして、吸い込まれないうちに足を動かさなければと、また走った。

 三澤家まで二ブロックほどのところに神社があった。小さな神社だが、本殿と拝殿以外にも、いくつかの小さな社が点在していて、拝殿の脇にあたるところに小さな森があった。神社の灯篭にはいつも灯りが入っていた。
 少なくとも笙子の記憶には、その灯りがちらちらと蠢いている。
 神社を迂回すると時間がかかる。それに笙子にとってこの神社は遊び場所でもあった。近道はよく知っている。
 笙子は神社の敷地に入り込んだ。そしてやはり暗い所を選んで歩いた。

 その時、ざくっざくっという音が耳に届いた。
 自分の足音が、カラオケボックスの中みたいに大きく木霊して、闇の中に響いているのだと思った。だから足を止めてみた。
 一旦、静寂があった。
 だが、笙子がじっとしているのに、再び、ざくっざくっという音が覆いかぶさってきた。神社の森では木々が大きく社を覆っている。少なくとも子供の笙子の目からはそう見えていた。音は、笙子の目からは天を覆うような木々に跳ね返されて、反響していた。

 不思議と怖いとは思わなかった。いや、怖いのだが、それが何の音なのか見届けることが必要だと思った。静謐な儀式の気配があった。
 笙子は足音に気を付けながら闇を歩いた。
 だんだん目が慣れてくると、拝殿の脇の森のほうで、何かが動いているのが分かった。近付いてみると、木の脇で誰かが地面を掘っていた。

 穴はもう随分と大きくなっていた。
 その穴の脇の地面には、赤いものが横たわっていた。
 真っ暗闇ではなかったのかもしれない。何故なら色がはっきりと分かったのだから。笙子にはその赤いものがサンタクロースだと分かった。赤い服に大きな白いボタン、それにサンタクロースの帽子とひげ。
 サンタクロースは横たわっている。

 その時、みしっと足元で小枝が鳴った。笙子は自分の靴が小枝を踏んだのだと思った。
 ざくっという音が止まった。
「……笙子……」
 地面を掘っていたのは、笙子の父親の三澤正興だった。

 そしてその日を最後に、笙子は父親の顔を見ていない。
 何となく察していたことでもあったので、母親にも多くを聞けなかった。
 父親は家を出ていったということ、少なくとも父親が姿を消した後しばらくは母親も随分悲しんでいたこと、それだけが笙子に理解できたことだった。
 だが、父親がサンタクロースを殺したことについては、笙子だけが知っている。

 母親が父親を愛していたのかどうか、少なくとも親の反対を押し切って結婚したのだから、一緒になる時には愛情があったのだと思うが、徐々に二人の間が冷めていったのも事実だろう。それでも、笙子のことを思って離婚までは考えていなかったのかもしれない。
 一度だけ、母親が呟いていた。
 お父さんは他に女の人がいたのよ。だから笙子とお母さんを捨てて出ていったの。だからもう、お父さんのことは忘れてしまいなさい。
 母親は笙子に立派な演奏家になって欲しいと言った。

「蓮さん」
 笙子は淡々と話し終えると不意に声の調子を変えた。蓮は、笙子が話し始めたときから、笙子の母親の名前、安倍清埜に何かが引っかかっていた。話を聞きながら、ずっとそのことを考えていた。
「え?」
「聞いてます?」
「もちろん」
 ふっと笙子が息をついた。
「私、歌っている時、何か恐ろしいものに追いかけられているような気がするんです。それで、上手く言えへんけど、ものすごく興奮してきて、自分じゃなくなるような感じ。後でふと我に返って、怖くなることがある。笙を吹いている時も、たまに同じようなことがあって」
 懺悔部屋と店の連中が呼んでいるこの部屋の照明が、半分だけ笙子の顔を明るく染め、残りの半分を闇の側に残していた。
 


「それで、結局、サンタクロースは掘り出せたのですか?」
「いえ。三澤笙子さんと一緒にその神社には行ってみたのですが、神域ですから、勝手に掘り返すわけにもいきませんし、さすがに、死体が埋まっていると思うので掘り返していいですかとは聞けませんでした。真正面から行っても断られるだけでしょうし」
 蓮が出雲右京に連絡をすると、出雲が大学まで来てくれと言った。学会前で忙しいのだろう。

 学食の大きなガラス窓で冷たい風が遮られると、冬の陽射しも暖かく感じられる。右京と蓮は、学生たちに交じって、カレーライスを奇妙なほど一生懸命に食べながら話していた。
「なるほど、それで僕に相談に来てくれたわけですね。頼りにしていただけるのは嬉しいものです」
 右京は察しがいい。出雲家の力なら何とかならないかと思ってみたりしたのだが、もちろん、いくら上から目線で出雲右京がその神社に何か言ってくれても、そう簡単にいくとも思っていない。

 右京は綺麗にカレーライスを食べ終え、蓮が食べ終わるの黙って見つめている。考えてくれているのだろうと思って、蓮はゆっくりとカレーライスを空にする。
「何か突破口になりそうなことはありますか? その神社の御利益は?」
「不運を祓う、いわゆる厄除けのようですね。先代の宮司は厄払いの特別な力があったとかなんとか。一昨年代替わりをしていますが、近所で聞いたら、いまひとつ先代ほどの有難味がないと」

 神社もあれこれと大変だ。代替わりの際には、若い後継者にあれこれ負担がかかるものなのだろう。改めて、霊験あらたかであるという宣伝も必要になるに違いない。
「それなら、私の依頼ということで玉櫛さんの力を借りるのはどうだろう」
 蓮は口に含んだ水を吐き出しそうになった。
 その名前を聞くのは久しぶりた。いや、名前が久しぶりだというだけで、その人物とは毎日のように顔を合わせている。

 玉櫛というのは、一昔前、花柳界でその名を馳せた伝説の芸妓だった。三味線も唄も踊りも誰にも引けを取らなかった。頭もよく、誰のどんな話題にも合わせることができ、噂では関西出身の超大物財界人の愛人だったという。だが彼女の名前が今でも語り草になっているのは、その予言の力だった。
 彼女のところには、進路や選択に惑う人々が集まり、彼女に占いによる宣託を求めたという。
「伝説の玉櫛さんの宣託なら聞くでしょう。この神社に何か禍々しいものが埋められているようだから、掘り出してしまわなければ神社の霊力が損なわれるとか何とか言ってもらいましょう」

 実は、蓮はその役目を出雲に期待していたのだが、出雲は自分は科学者であって霊能力者ではないから、幾ら出雲家の者の言葉であっても宮司を動かすことはできないだろうと言った。
「玉櫛さんにしかできないでしょうね」
「でも……」
 蓮が口ごもると、出雲はにこにこする。
「玉櫛さんには私から言いましょうか」
「あ、いえ。僕が頼んでみます」
 出雲はこう見えて悪知恵も働く。

「ところで三澤笙子くんは、昨日からライブで忙しくなられたのでしょう?」
「えぇ。でもライブは夜なので、昼間の内なら動けると言っていました」
「さて、何が出てくるのでしょうねぇ」
 出雲は何やら楽しそうに見える。
「出雲先生、死体が出てくるかもしれないんですよ」
「そうですねぇ」
 出雲はやはり少しばかり世間ずれしている。
「笙子さんのお父さんが犯人かもしれない」
「えぇ。でも笙子くんはきっと物事をはっきりさせないままでは、一歩を踏み出せない、そんな気持ちなのでしょうね。でも、彼女はお母さんからは何か聞いていないのでしょうか」

「笙子さんのお母さんは乳癌で、もう長くはないと言われたそうです。母娘関係の中には笙の師弟関係も絡んでいて、笙子さんはお母さんとは言え、何でも話してきたわけでもない、話せないことの方が多かったのだと言っていました。笙子さんは、自分の見たものが幻だったのかもしれない、あるいは夢だったのかもしれない、できればそうあって欲しい、でも確かめないままでは、このことを忘れられずにずっとやっていかなくてはならない、それは自分の足元を見ないで生きていくことだと」
「確かに、父親に捨てられたというショックで、奇妙な夢体験を現実と思い込んでしまうこともあるでしょうからね。だから、本当のことを確かめたいのですね。お母さんが亡くなる前に」
そして『華恋』も今後を決する岐路にある。過去を振り切って、未来を想う時が来ている。


 蓮は『奇跡屋』の前で突っ立っていた。
 今日は風が冷たい。思わずダウンジャケットの襟を合わせる。ポケットに突っ込んだ手だけが身体のどの部分とも違った温度になっていて、そこから逆流して体中に冷たい温度が沁み込んでいく気がした。
 重い木の扉に「奇跡、売ります」の木札がぶら下がっている。
 それをひっくり返す。「二階 釈迦堂探偵事務所 この扉からお入りください」と書かれた文字が少しだけ掠れている。

 その時、蓮のジーンズのポケットで携帯が震えた。
 確認すると、「如月」と苗字だけがそっけなく表示されている。
「もしもし」
「あ、釈迦堂君。今、大丈夫?」
 如月海、蓮が親となって面倒を見ている和子(にこ)の主治医からだった。もともと蓮の同僚であり、そして本当なら今頃は、釈迦堂海になっていたはずの女性だ。彼女は今、大学病院の小児科で働いている。専門は循環器だった。
「にこちゃんの先週の検診、来えへんかったでしょ」
「ごめん、忙しかったんや。お寺の奥さんに頼んだんやけど」

 蓮が心置きなく関西弁で話す相手はそれほど多くない。店でも標準語を話している。海はそのうちの一人だった。結婚を取りやめた理由は、全て蓮の側の事情だった。それが今でもこうして普通に話せる関係であることは、お互いに少し不思議だと思っている。
「分かってる。でも、釈迦堂くんも分かると思うけど、おばあさんに説明しても、こっちは不安なんやけど」
「カテーテル検査入院のことやろ。来週、外来に行ってもええかな」
「冬休みやし、混んでるよ」
「あぁ、そうか。じゃあ、年明けでも。検査、急ぐんか?」
「小学校前にしとこうって、前から言うてたやん」
「あぁ、そうやった」

 来年、にこは小学校に入る。そのことで教育委員会や学校ともいささか揉め事があった。結局、あれこれあって、今のところ支援学校ではなく、普通学校の支援学級ということに話が落ち着いている。
 だが、きっと話はそれだけではないだろう。
 海と蓮には小さな約束があった。婚約を解消した時に、海から出された提案はただそれだけだったのだ。本当なら慰謝料を請求されてもいいようなことだったのに。
「そう言えば、今年、どうする? 検査のこと、その時に相談してもいいし。公私混同で悪いけど」

 蓮の方から聞かなければならないはずなのに、男というのはこういう時、自分からはっきりと言わないという卑怯な面がある。そして海も、言い出しにくくて、こうして仕事や和子のことにかこつけて電話をしてきたのだろう。
 十二月二十四日の蓮の予定は毎年空けてある。
「あぁ、もちろん、時間はそっちに任せる。今年は当直逃れたんか?」
「うん、毎年やと、いかにも残念な女やん?」
「じゃあ、二十四日に。検査予定、二月ごろにでも入れといてくれ。こっちの予定は何とかする」

 電話を切って、ため息をひとつ零す。蓮のほうの一方的な理由で、如月海との婚約を解消し、医師としてこれからだった未来を捨て、にこを引き取り、そして今、こうして明日どうなるのか分からない水商売と探偵業を生業としている。
 だが、こうなって分かったことも幾つもある。
 蓮の今の生活は、あの頃よりもはるかに多くの人たちに支えられている。いや、支えられていることに気が付いた、ということなのかもしれない。

「おい、蓮」
 いきなり扉が引き開けられた。
「いつまでも店の前に突っ立てるんじゃないよ。このへっぽこ探偵。私に頼みごとがあるんだろう。さっさと入りな」
 この婆さんには本当に参る。この乱暴な言葉には、昔花柳界で一番売れっ子だった時の名残など微塵も感じられない。
 だが、時々、蓮は思う。これはこの婆さんの化けの皮だ。わざと祇園言葉を使わない。愛人だったという某有名財界人の一歩後ろを歩いていたあの楚々とした姿の写真を見て、感じることがある。それは、その人の傍らで誰にも恥じないように、いくつもの言葉を操ってきた女の意気地だった。

 とは言え、蓮はやはりこの老女が苦手だ。そもそもどこまでが本当で、どこから人を騙しているのか、さっぱり読めない。
 三澤笙子のことを話すと、石屋の老女はくっと笑った。
「いいとも。手伝ってやるよ。で、幾らくれるんだい」
「冗談。彼女に石を売りつけただろう。詐欺商法でいつか訴えられるぞ」
「売りつけた? 人聞きの悪い。あの娘に必要なものを渡してやっただけだ。それに応じた代金は到底頂かなきゃならない。それに、だいたい、お前んとこの娘が売り上げをかっぱらったんだぞ。つまり、最終的にはお前がその代金を払うべきだ」
「にこはあんたの詐欺行為を正しただけだろう」
「言っとくけど、私は詐欺なんかしてないよ。人が何かを望めば、代価が生じる。高いか安いかは買う人間次第だ」
 老女はふん、と鼻で軽く憤りを示した。

「お前はケチだ。魁はいい奴だった。年末にはいつだって困ってるだろうって、金をたんまりくれた」
 この老女が生活に困っているのかどうか、蓮は全く知らない。困っていてもいなくても、どうあれ生きている。
「あの娘を使って何を企んでるんだ」
「企む? わたしゃね、石の言葉を聞いただけさ。石があの娘のところに行きたがったんだ」
「あの石には何があるんだ?」
「あれは親子石なのさ」
老女は呟いて、魔女のような目を細め、しばらく考えていたが、やがて言った。
「いいとも、蓮。ただし、舟に意地悪するな」
 どういうわけか、この婆さんは舟には甘い。舟を守っているのだとも言っている。確かに、舟が何度も喧嘩で死に掛けているのに生き延びてきた裏では、この老女が祈祷でもしているのではないかという気もする。


 翌朝、すでに明るくなっているものの、まだ太陽の光が射す前に、蓮と笙子は先に神社に着いて待っていた。
 そこへ京都の狭い道には不釣り合いなほど立派な黒塗りの車が入ってくる。その音を聞きつけたのか、慌てて社務所から宮司とその家族らしい数人が飛び出してきた。
 始めに運転手が出てきて、彼が開けた後部座席からスーツを綺麗に着こなした出雲右京が出てきた。出雲は反対側の後部座席に回り、ドアを開ける。出雲の手にエスコートされて降りてきたのは、小柄で小奇麗な老いた女性だった。降り立ってすっと背を伸ばすと、小さな体が大きく見えた。
 綺麗に結い上げた髪、年に見合った控えめながらも見栄えのある化粧、それに黒留袖に珍しい龍の文様。極道の女でも演出しているのか、と思うような迫力だった。

「石屋のお婆さん?」
 笙子が呟いた。
 玉櫛、と呼ばれていた昔、この婆さんはさぞかし綺麗だったのだろうと思う。
「では、参りましょうか。蓮くん、笙子さん」
 出雲に声を掛けられて、二人は後を追いかけた。

 始めから電話を入れてあったようだ。石屋の婆さん、いや、玉櫛と出雲、神社の宮司とその家族はしばらく神妙な顔をして話をしていたが、やがて宮司の手から随分と分厚い茶封筒が玉櫛に渡された。
 やれやれ、どうにもあの婆さんの詐欺行為に手を貸しているようで申し訳ないが、庭に死体が埋まっているかもしれないよりもいいだろう。
 玉櫛婆さんと出雲が出てきて、その後にスコップを持った宮司と若い男が続いた。

「でも、私、あんまりはっきりと場所を覚えているわけやないんやけど」
 笙子が不安そうに呟く。
「心配せんでも良いえ。石に聞かはったらええんどす」
 いつもと声まで違う、と蓮は思わず玉櫛婆さんを睨んでみたが、知らんふりをされた。
 笙子はポシェットのように斜め掛けした小さな布のカバンからハンカチを取り出す。ハンカチを広げるとあの天河石が現れた。それを直に掌に載せて、それから蓮の顔を不安そうに見上げる。
 蓮はホープ・ストーンを見つめていた。

 やがて午前中の光が東山の端から光の矢のように射しこむ。笙子が驚いたように一歩後ろに下がったが、光はまるで石を追いかけてくるようだった。
 宮司は拝むように手を合わせていた。傍にいた若い男はぽかんと口を開けたままだ。
 一体、どんな演出だ、と蓮はもう一度玉櫛婆さんを見る。玉櫛は当然という顔で石を見つめている。いや、彼女の目は石の光の先を追い掛けているように見える。
 シラー効果よりもはるかに強い光が跳ね返り、虹の乱反射が森の中で木々の葉を照り返す。赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫、そしてその間を埋める全ての色が互いに絡まりあう。まるで巨大な鏡のドームの中、万華鏡の中に閉じ込められたような心地がする。

 笙子がゆっくりと歩きはじめる。玉櫛は当たり前のように、出雲の手に引かれて後に続く。
 その場所に笙子が立った時、不思議なことが起こった。突然、辺りに散らばっていた虹が全て、笙子の掌に吸い込まれた。正確には、笙子の掌の上の天河石に吸い込まれた。
 玉櫛に促されて、男たちがその場所を掘った。蓮も手伝った。
 やがて宮司のスコップが何か固いものに当たった。宮司は畏敬の念を禁じ得ないような顔で、玉櫛に救いを求めた。玉櫛は鷹揚に頷いた。

 そして。
 本当に骸骨が出てきたのだ。
 だが、笙子の記憶に噛み合わないことがあった。
 骨となった遺体は服を着ていた。布はかなり朽ちていたが、黒い冬の装束だった。殺されたサンタクロースには見えない。
 こうなっては警察に届けなければならなかった。京都府警が鑑識を連れて飛んできた。
 そして、今度は笙子の記憶が正しかったことが証明された。
 遺体の下にはサンタクロースのものだと思われる赤い布の残骸があった。
 そしてその遺体の朽ちかけた黒いコートのポケットから、もう一つの天河石が発見された。






次回、最終回です。
皆様に読んでいただくのが、クリスマスを越えるような気がしますが、ちょっとお許しください。
次回はそれほど長くありません。大方の人々を上手く物語に絡めてご紹介できていたでしょうか。
この物語で私が設定した人物たちは、あとは蓮が住んでいるお寺の人たちを除くと、ただ一人になりました。
竹流の立ち位置にあたる外国人の仏師です。
でも、今回はあきらめようかな……ちらっと最後に出せるかな。

さて、次回は解決編。
サンタクロースはどうなってしまったのでしょうか。
ご期待ください。

スポンサーサイト



Category: (1)サンタクロース殺人事件(完結)

tb 0 : cm 6   

【雑記・あれこれ】ロンド・カプリチオーソ:たまにはスケートの話 

『全日本フィギュアスケート選手権』2日目、女子のショートプログラムと男子のフリーを見て、何度もうるうるしちゃいました。
というのか、今回、こちらが息をするのを忘れそうな、素晴らしい、思いのこもった演技が多かった気がします。
(時々、三味線を弾いていると、1曲3分くらい息をしていないような気がするときがあるのですが、その感じ……)

まずは女子のショートプログラム。
いつも真央ちゃんの前向きな頑張りには応援をし続けているのですが(彼女の滑りは痒いところに手が届くというのか、唄で言うと、その高音にちゃんと届いているのというのか、見ているものが気持ちのいい滑りですよね……)、今回は、美姫ちゃん、佳菜子ちゃん、真央ちゃん、明子ちゃんと、皆が精いっぱい力をぶつけ合った感じがあって、ちょっと涙目で見ておりました。
上手くいかない時期があったり、今シーズンはここまで調整ができなかったり、それを乗り越えて今日という日に至った選手たち。このたった3分未満のわずかの時間に全てをかける。それが上手くいかないことだってある。
その集中と緊張がピークにある状態で、こんな形で皆が精いっぱい、いいところを出しあえるって、すごいことだなぁと思って、見ている方も気持ちが高ぶっていきました。
ライバルたちを気にせず自分の演技に集中すると言っても、きっと気にもなるはずだけど、気になる<自分のやれることに集中する、というバランスがぴったり嵌っていたのというのか。

そして男子のフリー。
個人的には織田くんのジャンプの滑らかな着氷と小塚くんの気持ちのいいスケーティングが好きなのですが……今年はなんといっても町田くんでしたね。オリンピックに出たいという真剣な思いが伝わってくる、その目つき顔つきがいいなぁと思います。
羽生くんという世界のトップで争える選手が育った土台ともなった高橋くん、織田くんの世代。そこから時代は動いていくんだなぁという移り変わりを意識せざるを得ない大会でもありましたが、最後に織田くんが踏ん張って精一杯の演技をして(笑顔も良かったし)、そして何と言っても高橋くんの、痛みをこらえ血を流しながらの奮闘。
この二人が続けて演技をしたときには、もう釘付けでうるうる……
そして、小塚くんが今シーズン、上手くいかない中で這い上がってきて、で、ロンド・カプリチオーソです。
この曲、泣けます。個人的に……(これは後で)

何より高橋くんを待つ観客の熱、実力を膝の痛みのせいとはいえ出しきれなかった悔しさで泣きそうな彼に、スタンディングオベーションで拍手を送る観客。
スタンディングオベーションって、その1回の演技が素晴らしいことに贈るのは当然として、こんな風に、その選手のこれまでの色んな頑張りや歴史に対して、敬意をもって贈るものもあるんだと、思わずうるうるし。
もうラストのインタビューの涙には、こちらも思わずテレビの前で泣きました。
そうそう、この子、あかんたれやったわ……この頃の当たり前みたいな活躍を見てたら忘れてた、とか思い出したりして。
金本アニキの引退会見・大好きな城島選手の引退会見以来のインタビュー泣きでした。

それにしても、いつかのグランプリシリーズのロシア大会で熱があるのに頑張って演技していた時にも思ったけれど……何だか悲壮感漂う中での演技がこんなに似合う大ちゃんって……
(ちょっとSな発言をしてすみません(>_<))

オリンピックのような大舞台も大事だけれど、こうした試合の中で、最高の瞬間ってのが生まれてくるんですねぇ。
みんな出れたらいいのに、と思うけれど、それは勝負の世界。
誰が選ばれるにしても、ソチでは皆の想いも背負って頑張って欲しいです。

さて、ロンド・カプリチオーソ。
以前の記事で竹宮恵子さんの作品の中で、すごく好きなものがあるって、ある短編をご紹介しました。
(→【物語を遊ぼう】7.『ジルベスターの星から』)
その時に、長編以外でもう一つ好きな作品があっていつかご紹介したいと書いていたのが『ロンド・カプリチオーソ』だったのです。

しかも、この物語、なんとスケートの物語。
視力を失った天才スケーターの弟と、やはりもともとスケーターとして名を馳せながら弟の才能に嫉妬してきた兄の、兄弟葛藤の物語。
何回読んでも泣けるんですよね。
私が作中でしばしば兄弟葛藤を書いてしまう、その大元はこの作品でした。
懐かしいなぁ。また読み返そうっと。(いつか記事にもしたい……です)
その前に、今日の女子フリーも楽しみです(*^_^*)

追記(3日目を見終わって)
高橋くん、ソチ代表、おめでとう(^^) 小塚くんの分も是非とも頑張って欲しいです。
今日のピークは明子ちゃんの演技でしたね。
でも、みんなの一生懸命や喜びや、そして悔しさが本当に伝わってきて、またうるうるしていたのでした。
上手くいかなかった悔しさ、それもまた明日へのバネ。みんな頑張れ!

Category: あれこれ

tb 0 : cm 4