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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【奇跡を売る店】サンタクロース殺人事件(4) 

【奇跡を売る店】サンタクロース編、第4話です。
蓮の事務所を覗いてみてください。相変わらず、玉櫛ばあさん、名調子です。




 その二日後、正確には一日半後、蓮が『ヴィーナスの溜息』の片づけを終え、ママに挨拶をしたのは三時を回っていた。
 年末ということもあって、忘年会の二次会の予約も多く、客が帰ってくれるのは終業時間を一時間ほども越えることも多くなっていた。比較的時間はきっちりとしているママも、この季節だけは諦めているようだ。
 飲みに行こうという誘いを断って、蓮は事務所に戻った。
 思い出しかけていることを確認したかったのだ。

 あの神社から本当に遺体が出てきた。それが誰なのか、早晩はっきりするだろう。
 蓮が引っかかっていたのは、遺体の身元というよりも、一緒に出てきた天河石だった。
 今日の昼間、いや正確には昨日の昼間、警察が『奇跡屋』を訪ねて来た。
 石のことで話を聞く相手として適任なのは、もと玉櫛と呼ばれた石屋の女主だということになったのだろう。哀れなことに、警察はその玉櫛がどんな陰険な婆さんかということを知らない。

 蓮は二階で聞き耳を立てていた。
 婆さんは例のごとく意地悪な声で若い刑事たちをからかっていた。
「そりゃ、アマゾナイトだ。天河石ともいう。そうさ、奇石の一種だ。へぇ?あんたはんら、何の予備知識もなく、そんな偉そうな面して訪ねて来たんかい? あぁ石が可哀相だねぇ」
 とか何とか、さんざん嫌味を言った後で、しゃあしゃあと言う。
「そりゃそうさ、あれを売ったのはうちの店だ。うちにある石のことはみぃんな分かってる。石は、人間よりも顔がはっきりしているものさ。例えばあの死体よりも、よほど来歴が明確だね。誰に売ったかって? それは石が望んだ相手にだよ」
 全く、聞き込みの刑事に同情したくなる。

 それでふと思い出した。
 婆さんはあの石を親子石だと言わなかったか?
 婆さんの言う親子石というのは、もともとひとつの石だったものを割ったか、自然に割れたかしたものだ。婆さんの場合には自然に割れた石を指すことが多い。石は持ち主を選ぶという。笙子が今持っている石は、自らの意志で笙子を選んだのだ。では、その石の親子石はどこにある?

「本当は誰に売ったか覚えているんだろう?」
 刑事が帰った後で下に降りると、婆さんは大きな机の向こうに隠れるようにちんまりと座っていた。蓮が尋ねると、ぎろっと睨む。
「あぁ、覚えてるよ。私が売った相手は魁だ。その後、魁がどうしたかは知らないね」
「魁おじさんが買った?」
 この釈迦堂探偵事務所の本当の探偵、蓮の叔父だ。
「あの石は親子石だ。人と人とを強力に結びつける力がある。魁は多分、お前たちにと思ったんだろうけどね」
「お前たち?」
「三つで一組の親子石だったのさ。だから言ってやったんだ。舟はともかく、蓮が殊勝に石の力を信じて持ち歩くものかって」

「三つって魁おじさんと舟と、俺? なんで?」
「知るかい。大体、あの頃からお前は可愛くなかった。親に捨てられたからってグレてるばかりで、理屈好きで、科学こそ人間のために必要なものだとか言って、わたしらの商売を笑ってたろう。けど、科学や医学がどのくらい人間を幸せにしたっていうのかね。もっとも、あんたも途中で気が付いたってわけだ。立派なお医者様になったってのに、途中で辞めちまったんだからね」
 蓮は婆さんの嫌味を、頭半分で聞いていた。

 三つで一組の親子石。安倍清埜。どこかで見た。
「結局、魁はあの石を他の誰か、本当に必要としている人間にやっちまったんだろう。その時から石は別の持ち主のものになったというわけだ」
「あんたの力で、あの天河石を警察から預かれないのか?」
 婆さんはちろっと蓮を睨んだ。
「土から掘り出されたんだ。お前が心配しなくても、石は帰りたいところに帰るさ」
 

 蓮は二階の事務所に上がり、キャビネットを引っ掻き回した。
 探偵事務所の中は、ワンフロアの空間を幾つかに仕切ってある。階段を上って一番手前が、接客のためのテーブルと向かい合わせのソファを置いた空間。その奥が所長兼従業員のための机と本棚のある空間。そして階段からは見えない奥に、仮眠のできるベッドと流しなどの水回りがある。
 キャビネットがあるのはその一番奥の空間だった。というよりも、キャビネット自体が仕切りの役割を果たしている。

 この探偵事務所で過ごす時間は果てがない。もちろん、まともに働いている従業員は蓮一人という事務所なので、依頼があればそれどころではなくなるのだが、普段は暇で仕方がない。
 ほとんど家にも帰らなかった研修医時代から、その後の医師としての生活では、まるで私の部分はなかった。その中で蓮は自分の生活だけではなく、精神的にも追い詰められていた。

 患者はみな幼い子供だった。その死に涙する看護師や医師たち医療スタッフの中で、蓮はいつも涙を流すことができなかった。子どもを相手にするスタッフたちは皆優しかったし、子どもの不幸に涙するのに性別は関係がなかった。
 もちろん悲しくなかったのではない。悲しい以上の感情だった。悲しさは、ある程度以上になると蓮の中で飽和してしまい、塊になってどこへも行き場がなくなってしまった。人の死は致し方ないことは分かっている。だがその過程が恐ろしかった。蓮の性格はその仕事に向いていなかったのかもしれない。
 釈迦堂先生ってクールなんですね、とよく言われた。そう言われても、何とも返事のしようがなかった。

 如月海だけはそんな蓮の支えだった。釈迦堂君は感情表現がうまくないだけだよ、と海はあっさりと言った。海にも似たような部分があるからなのかもしれない。夜の医局で二人きりになることが多く、色々な話をした。基本的には海が喋っていたのだが、蓮の一言を海が聞き逃すことはなかった。
 拘束のない夜は二人で飲みに行き、いつの間にか蓮は海の一間きりの部屋に泊まりに行くことが多くなっていた。両親からはぐれて以来、叔父の魁の代から三味線と剣道の師匠であった昭光寺の和尚に引き取られた蓮には、自分の場所というものがなかったのだ。
 蓮が間違いを起こさななければ、二人は予定通り結婚式を挙げていた。

 あの頃とすっかり変わってしまった蓮の生活だったが、まともに眠る時間がないことは同じだった。
 蓮の朝は夜の続きから始まる。四条川端のショウパブ『ヴィーナスの溜息』の閉店は夜の一時だ。その後片づけがあり、店の連中に付き合って少しだけ飲みに行くこともある。蓮が住んでいる昭光寺は堀川今出川を少し北に上がった西陣にあり、蓮が自転車でそこに帰り着くのは早くても三時、あるいは五時になる。
 寺にとっては普通に朝の時間だ。少し眠り、和尚と朝食を共にする。時には逆になることもある。まるきり眠らない日もある。そして、九時半前に和子(にこ)を連れて四条河原町近くの保育園に向かう。にこはむすっとした顔で蓮の自転車の前で待っている。保育園に行きたくなくても、行くべきであると自分に科しているような気がする。

 事務所はおよそ十時には開けている。開けているが、依頼者は滅多に来ない。だから、蓮は半分寝ている日もあるのだが、どうにもこの事務所にいると気持ちが昂るのか、目がさえてしまうことが多い。多分、階下の婆さんと、奇妙な気を放っている石たちのせいだ。
 叔父の残した依頼の報告書は、丁寧に分類されてキャビネットに仕舞われている。叔父はコンピューターが苦手で、幾冊ものハードカバーのノートに綺麗な字で自分の関わった調査の報告書をまとめていた。

 ちなみに依頼者への報告書をパソコンに打ち込んで作成するのは、『ヴィーナスの溜息』に勤めている正統派ホモセクシュアルのミッキーだった。正統派、というのは、女装をしたり性転換をすることはなく、男のままで性の嗜好がホモセクシュアルだということだ。小柄だが身体を鍛えていて、『ヴィーナスの溜息』に勤めるまでは自衛隊に入っていた。魁に気があったのだろうと思う。
 あまりにも時間があるので、蓮は日長一日、叔父の調査報告書を読んでいることがある。下手な小説よりもよほどに面白い。

 今、蓮が探しているのは、その中にあった報告書のひとつだった。
 笙子の話を聞いている時に、笙子の母親の名前に何かが引っかかっていたのだが、思い出せなかった。というよりも、別の絵柄のパズルだと思っていたものが、実は今作っている絵柄のピースだったということだった。
 叔父の残した浮気調査の報告書。
 その中に安倍家からの依頼があったはずだった。
 両親は離婚したのかどうか、笙子自身は分かっていないようだったが、笙子の名前は父親の名字・三澤のままだ。三澤とばかり頭にあったので意識していなかったが、笙子から母親の名前を聞いた時、あれ、と思った。
 どこかで見た。それも何か記憶の鍵に引っかかるような形で。

 その叔父のノートの一ページに、奇妙な印象があった。そのことが今、きっちりとパズルの絵柄に嵌った。
 あった。
 蓮は仮眠用のソファベッドに座った。
 最初に「安倍清埜」と青いインクで書かれた依頼者の名前が、二重線で消され、その上に別の名前が書かれている。新たに書き換えられた名前は安倍真伍、清埜の父親、すなわち笙子の祖父だった。
 娘の夫の浮気を調べて欲しいという依頼。
 だが、何故依頼主が変わってしまったのだろう。
 その報告書の記録が頭の隅に残っていた理由はそれだけではなかった。

 叔父の調査報告書はかなり丁寧だった。浮気調査ひとつにしても、間違いがないようにと気を使っていたのが分かる。報告書にまとめられた以外にも、ノートには調査過程が細かく記されていた。だが、安倍真伍の依頼に関しては、その調査報告書に至る過程はあまりにもお粗末だった。
 だから違和感があったのだ。
 まるで調査などせずに報告書を書いたような、そんな気がする。
 そして蓮の側頭葉の引き出しに残っていた絵柄。それはこのページに残された小さな三つの丸だった。少し大きい丸と中くらいの丸の上に小さな丸が乗っているような印だ。
 三つ一組の親子石。
 誰がこのことを知っている? もうひとつの天河石を持っていた、穴から出てきた遺体? そして、三つ一組ということは、石はもうひとつ、あるはずなのだ。

 朝になったら笙子に電話をしよう。そして、もう一人のキーパーソンに会わなければならない。
 蓮はノートをベッド脇のローテーブルに投げ出し、靴を脱いで布団に包まった。布団の上からさらに毛布を被る。
 この季節の京都の底冷えは半端ない。特に、この昭和レトロを絵に描いたような建物では、地面の底から湧き上がった冷気が建物の柱や壁を這い上り、床からベッドの足を伝って、蓮の身体の奥の骨にまで沁み込んでくる。
 今、確か平成だよな。
 ここだけ昭和で残っているのか、いや、あの婆さんを見たら、明治か大正かと言われても致し方ない。最近流行の町屋をリニューアルした店のように、ここももう少し若者受けするような店構えに変えたらいい。
 目を閉じて、笙子のことを考えてみる。蓮は笙子の歌も笙も聴いたことがない。もしも聴いていたら、彼女の何かが分かるのだろうか。もしかして石の言いたいことも、蓮に聞こえるかもしれない。
 婆さんのように……

 寒くて仕方がないのに、そのまま睡魔が襲ってくる。文字通り煎餅のような綿布団も毛布も、辺りの凍った空気を吸い込んで氷のように固まっている。せめて羽根布団でも買えたら、少しは過ごしやすいかもしれない。
 でも、にこに机を買ってやりたい。座って勉強するかどうかは分からないが。
 サンタクロースの贈り物として、ランドセルを買った。でも、にこの身体にランドセルは大きい。天使の羽根ってやつにしたけれど、軽いとはいえ、同年代の子どもよりも二回りも小さい身体は隠れてしまいそうだ。教科書もノートも、にこの身体には負担だろう。そもそも教科書ってなんであんなに重いんだろう。
 それより、サンタクロースからランドセルってのはやっぱり駄目か。普通はランドセルはおじいちゃんとかおばあちゃんがくれるんだよな。クリスマスのプレゼントは、そんな必需品じゃなくて、もっと洒落たものにしてやらないとだめなんじゃないか。

 やっぱり海に頼んで一緒に買い物に行ってもらおう。小学校に着ていく服とか、少しは女の子らしいものを。いや、海は忙しいよな。明日、笙子さんに会うんだから、その時ちょっと頼んでみようか。『華連』のメンバーの中では笙子の服装が最も地味だから、まさかロックな服を選んだりはしないだろう。
 でも、あのぶすっとした膨れっ面のこましゃくれた子どもに、ひらひらの服は似合わないか……いや、馬子にも衣装とも言うし……
 それより、朝起きたら、ってもう朝に近いけれど、にこを迎えに行かないと……
 そうか、湯たんぽを買えばいいのか。いや、湯たんぽは湯を沸かすのが面倒臭いな。電気毛布で十分だ。

 ぐるぐると思考が回る。蓮は、少しも暖まらない布団を頭まで引き被った。
 ふわりと誰かの気配がする。眠りが浅いと、現実に近い夢を見ることがある。誰かがベッドの脇に立っている。
 眠っているのに、神経が昂っているのだ。こんな凍えるような部屋に現実の誰かがやって来ることはあり得ない。
 蓮が包まる毛布が引っ張られる。半分引き剥がして、蓮の身体に引っ付くように潜り込んでくる。ぴったりと蓮の身体の内側に絡み付く。

 れん、寒い……
 囁くような声が蓮の首筋に話しかける。
 微かに、ミントのような香りがした。
 幻であっても、この寒さの中では有難い。誰かが湯たんぽを持って来てくれたのだろうか。サンタクロースにはまだ早いけれど、暖かくて落ち着く。
 蓮は幻を抱き締め、ようやく安心して短い眠りに落ちた。



 全く、こいつは何だっていつもこうなんだ。
 蓮は悪態をつきながら湯を沸かしていた。短時間とは言え、深く眠ったおかげで頭ははっきりしている。
 小さな流しの側にはガスが引かれていたが、少し前に止めてもらった。火事が心配なので、電気のプレートに薬缶を乗せている。高瀬川に面した窓を、白く冷たい朝日が光色に染めていく。冷えた氷色の空気を、白い湯気が震わせる。
 湯気が勢いをつけて吐き出される頃、背中から罵声が飛んできた。
「蓮のくそ馬鹿! 解け! この人でなし! ションベン漏れる!」

 ここ何週間も顔を見ていなかった従弟は、ぐるぐるの簀巻き状態の煎餅布団の中で足掻きながら叫んでいる。煩いから猿ぐつわもしておくんだった。
「蓮!」
 蓮は沸き上がった湯でさっき豆を挽いたばかりのコーヒーを淹れて、一人でゆっくり味わいながら、小さいベッドをガタガタ言わせている従弟の顔の高さにしゃがんだ。
「寒いって言うから、巻いてやったんや」
 簀巻きにして、ついでに縄跳びのロープで括ってある。そう簡単には解けない。

「わけ分からん! 蓮のアホ! ほんまに漏れる!」
「寒いんなら、なんで裸で布団に入ってくるんや」
「蓮が寂しそうに一人で寝てるからや」
「殴るぞ」
「俺は蓮と違って一人寝なんかしたことないからな。服着て寝る必要がないだけや! はよ解けって!」
「解いてやるから、その前に白状しろ。まず、その腹の傷は何や。それから、三澤笙子とはどういう関係や」
 ぴたり、と安いベッドの悲鳴が止まる。

「ふ~ん、蓮、海ちゃんから笙ちゃんに乗り換えたんか。俺、海ちゃんとはやってへんから、どっちがええ味かは分からんけど」
 余計なことを言いかけた舟の頭を思い切り掌で掴む。
「何すんねん!」
「さっさと答えろ。淹れたてのコーヒーぶっかけるぞ」
 舟は綺麗な顔を歪ませた。

 従兄の蓮が言うのも何だが、舟の顔立ちは、その辺のちょっと綺麗な女の子と比べても、ずっと人目を惹く、ある種の色気がある。小学生の時にも、四条河原町の角で、スカウトされたこともあるくらいだから、そもそも目立つ造りなのだろう。女でないのが残念だと、ノーマルな男どもに言われたことも一度や二度ではない。通った鼻筋も薄い唇も、形のいい耳も、それにいささか危なっかしい目も。
 舟は唇の端を吊り上げて、にっと笑った。
「腹の傷は江道会の奴らとちょっとやりあっただけや。もう治っとる。三澤笙子は三日だけ付き合ったことがある。はい、おしまい。解いて」

「三日は付き合ったうちに入らん。少なくとも三澤笙子はそんなふうに思ってないやろ」
「だから処女はめんどくさいんや。言うとくけど、やってへんで。やったろ思てホテルに行ったけど、愛してるとか白けるようなこと言いよるし、付きまとわれるの鬱陶しいからやらんかったんや」
「それだけか」
「大事に思うとるからでけへん、って一応言ってやったで。けど、そんなん、普通ちょっと考えたら分かるやろ。男が勃たへんゆうことは、その女に気がないってことや」
「そんなことを言われたら、女の子は期待するやろ。お前の付き合っとる百戦錬磨の魔女や魔王らとは違う。舟、お前、そのうちほんまに殺されるぞ」
「どうでもええけど、はよ解け! ほんまに漏れる」

 蓮はコーヒーカップをサイドテーブルに置いた。仕方なく解いてやる。とは言え、自分でも惚れ惚れするくらいしっかりと結んだので、簡単には解けない。
「三澤笙子にこの事務所のことを教えたんか」
「あの女、蓮のこと知ってたで。あぁ見えて、結構食わせもんや」
 蓮が舟の従兄と知ったのか、舟が蓮の従弟と知ったのか、そんなことはどうでも良かった。

 ようやく簀巻きにしていた煎餅布団から解放してやると、舟は素っ裸のまま階段をかけ降りていった。真冬だぞ。しかも、ここの手洗いときたら、極寒の北海道みたいなものだ。全く、あいつは訳が分からない。
 手洗いは一階にしかない。まだ婆さんが来る前でよかったと思う。素っ裸で手洗いに走り込む舟を見たら、蓮が苛めたと考えるに違いない。
 蓮がコーヒーを飲んでいると、舟がすっとした顔で戻ってきた。
「あぁ、危なかった」
「さっさと服着ろ。風邪ひくぞ」

 出すものを出してほっとしたのか、舟がいつものように、妖しく芝居がかった悪魔のように綺麗な顔で素っ裸のまま蓮に近付き、猫なで声で甘えるように身体を摺り寄せてくる。
「蓮兄ちゃん、いっぺん俺と寝てみる? 忘れられんようにしたるで」
 本当に、こいつはいつか誰かに刺される。その前に、俺が刺してやろうかと思うことさえある。
 蓮は自分に触れようとした舟の手を思い切り捻り上げた。
「いててっ! 何すんねん。冗談に決まってるやろ。蓮、痛いって。俺、か弱いのに」

 舟がか弱いなんてのは全くの嘘だ。こいつは半端なく喧嘩に強い。魁が仕込んだからだが、それだけではない。
 命を投げているように見える。殺せるもんなら殺してみろという捨て身だ。だからその気迫で大概の奴らはびびってしまう。もちろん、相手によってはそれが拙いことに繋がる。ヤクザや中途半端なチンピラ相手に、命のやり取りなど平気だと息巻いて見せるのだから、それこそ痴情の縺れじゃなくても、いつか殺されるかもしれない。
 中学生のころから舟は変わった子どもで、身体は小さいくせに粋がって肩をいからせて歩いていたし、世間様からはグレていると言われていたが、それでも可愛らしい面があった。高校ではのめり込むようにサッカーをしていたが、ある時、ふとしたはずみで大学生との間で喧嘩になり、傷害事件になりかけた。何とか卒業はしたものの、大学には行かずに、今は結局、複数の女や男のヒモのような暮らしをしている。
 そして少し前から、舟は危ない連中とやたらと絡むようになっていた。

「蓮、なんか食うもんないの?」
 うぅ、寒い、と唸りながら、舟はシャツを羽織り、ジーンズを穿く。ジーンズを穿く脚はか細く見える。あんな身体で、どうして無茶な喧嘩ばかりするのだろう。
「ない。今から昭光寺ににこを迎えに戻るから、一緒に行くか」
「げえっ。あの暴力坊主に殴られるのはごめんや」
「昔みたいに百回ほど尻叩かれたらどうや」
「あの爺さん、容赦ないんやもん。商売道具の尻が使いもんにならんくなる」
「ちょうどええやないか。使えなくしてもらえ」
「ひどいなぁ。蓮は冷たい。コーヒーでええや、淹れて」
 セーター貸してと言いながら、舟は置きっぱなしの蓮のセーターを勝手に被り、首を出して甘えるような声で言った。

 こうして話していると、舟は時々昔通りの可愛らしい面を見せる。時々、だが。
 小さいテーブルは二人で向かい合うだけの大きさかしかない。捨てられるような古い異国のテーブルに、魁が自分で手を入れたものだった。
「三澤笙子にこの事務所のことを教えたのは何故なんや」
「蓮、あの女に気があるんか?」
「馬鹿言え。依頼があったんや。お前が仕向けたんやろう」
 舟は背もたれのない丸椅子を少し後ろへ傾けた。
「だって、あれこれ昔話を聞かされて、面倒くさかったんや」
「どんな昔話や」
「うーんと、あんまり真面目に聞いてへんかったから、よく覚えてへんけど。父親がサンタクロースを殺して埋めたとか」
「殺したかどうかはわからん。埋めてただけじゃないんか」
「あれ、そうだっけ?」
「他には」

 舟はテーブルに両肘をついて、身を乗り出してくる。
「やっぱり、あの女に気があるんやろ。海ちゃんに言うたろ」
「俺と海はもう関係がない」
「なんで、毎年クリスマスイヴもしくはクリスマスは会ってるくせに。今からでも遅くないから、寄り戻したらええのに」
「それはただ約束やからや」
「ふ~ん。ま、蓮兄ちゃんは他に好きな人おるんもんな。はい、どうぞ。何が聞きたいん?」
 舟はどこまで何を知っているのか、全くつかめない。勝手ばかりしていて、ちょっと顔を見せたかと思ったらすぐにいなくなり、時に今にも死にそうな怪我で倒れ込んでくることもある。このにっこりと笑う顔が、舟の心をそのまま映してくれているのならいいのにと、蓮はいつも思う。





次回、最終回です。
って、前回も書いたんですけれど……筋立ての中ではもう終わっているはずだったのですが。
実際に書き起こしてみたら^^;
舟と蓮の会話が面白くて、のめり込んじゃいました^^;
愛嬌だと思って、許してやってくださいませ。
次回こそ、終わります(*^_^*)

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Category: (1)サンタクロース殺人事件(完結)

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NEWS 2013/12/28 もうすぐ仕事納め 


我が家の玄関のメンバーも、もうすぐ仕事納め。
毎年、大阪府箕面市の勝尾寺に初詣に行きます。そこで毎年買う、干支の土鈴。
それから、ヘビの置物は、毎年母の知り合いの人が作ってくれるのです。
来年また新しい顔ぶれになります。今度はどんな馬さんがやって来るかな。

ちなみに、前に小さいスズメがいるけれど、この子は万年定位置。
奥にいるシマフクロウはアイヌの木彫り。花は匂い袋みたいなものです。

ちなみに私は、1月1日まで仕事(拘束)なので、まだまだ仕事納め気分ではありません……^^;

DSCN2938_convert_20131228112834.jpgDSCN2939_convert_20131228112724.jpg
今年始めた健康のためのちょっとした努力。
人生初ミキサーを買って、毎日とはいきませんが野菜ジュースを作っています。
メニューは小松菜を中心に、レタス、ニンジン、パセリ、ブロッコリー、バナナ、時々スナップエンドウ、時々パイナップル、グレープフルーツ、今日はたまたま安売りのカットフルーツでイチゴとキウイつき。そこにタンパク源として豆乳を混ぜます。

年末年始のテレビのためにハードディスクを整理中。
掃除をしながら、録画してあった『北のカナリアたち』を見つつ……北海道の冬景色を堪能しています。
今、少しずつ書いている真シリーズの【雪原の星月夜】は冬の北海道が舞台。
北海道が舞台のものを何でも見たい、と思って。

画面の中の景色が綺麗で、柴田恭兵さんも、仲村トオルさんも、カッコいい~
仲村トオルさんと並んでも、キスシーンがあっても、別に歳の差を感じない、吉永小百合さんがすごい。
とても還暦をとっくに過ぎたようには見えません。美しすぎる……
私が旦那だったら(って、なぜその方向に妄想?)、家に毎日吉永小百合さんが待っていたら、ドキドキして家に帰れない……。
でも、テレビ会社の社長さんですものね。美男美女は見慣れていますよね。

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枝垂れ桜の木です。こんな冬にも次の春の準備をしているのですね。
この木の皮で染めた染物の色を見ると、本当にそう思います。
ピンクの花びらで染めても桜色にならないのに、この無骨な木の皮で染めたら桜色になる。
不思議ですね。
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南天も、ちょっと残念な景色になっていますが……また新しい花が咲くでしょう。

今年は、沢山の皆さんにブログ上のお友達になっていただいて、とても楽しく過ごすことができました。
ありがとうございます。
相変わらず、予告倒れの大海ですが、来年もよろしくお願いいたします(*^_^*)
さ、庭掃除しよっと!(ガンバル)

Category: NEWS

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