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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨110] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(11) 

【海に落ちる雨】第21章最終話です。独立した回想章がこれで終わります。
……平穏な部分がついに終わってしまった。
22章からは時代も戻り、本題に戻って、怒涛の展開になります。
正直、本当に書いたままアップしていいのかどうか、まだ迷いはあるのですが、淡々と皆様の評決を(?)お待ちすることになるのかしら。

さて、今回は同居に至る経緯と、そして真が新宿に事務所を持つ経緯も併せて説明されています。
ということは、ビルのオーナー、あのヤクザなお兄ちゃん、北条仁がちょっと顔を出します。
今回の山場?は、自分の事務所を爆破してしまったちゃらんぽらんで危ない唐沢に面会に行った真、そしてその唐沢と仁の会話でしょうか。

「あれには手を出すな。父親は某大国の政治的合法的やくざ組織に雇われている五本の指に入るスナイパーだし、恋人はイタリアンマフィアの跡継ぎだ。ついでに、爺さんにも気を付けた方がいい。現代の宮本武蔵で、しかも熊撃ちの名人だぞ」
……いい得て妙な唐沢の「真を取り囲む人々」評。
本当にこのオジサン、いい線ついています(^^)

切り処の都合で少し長いですが……会話が多いので、するりと読んでいただけると思います(*^_^*)




 かく言う真の方も、東京に戻ったその日から、さっそく竹流のマンションに転がり込むことになった。
 荷物と言っても、家具を移動させるわけでもなかったので、身の回りの着替えと幾冊かの本を詰めたところで、スーツケースいっぱいにもならなかった。

 初日の夜から妙に緊張していた真だったが、病み上がりだからさっさと寝ろと言われただけだった。
 竹流は幾日か真に付き合っていたために仕事がたまっていたのだろう、連日のようにギャラリーで仕事に没頭し、夜はバーやレストランに顔を出し、帰って来てからも遅くまであれこれ書き物をしていた。

 結果として、覚悟していたような出来事は何もなく、真は無駄に大きいダブルベッドの隅で先に眠りに落ち、夜中にそっとベッドに入ってくる竹流の気配を背中で感じ、朝はいつの間にか台所に立っている竹流に挨拶をするだけだった。
 家の中で真に与えられた仕事と言えば、朝のコーヒーを淹れることくらいだ。いちいち薀蓄の多い竹流の指導で、コーヒーだけは合格点をもらえるほどになったが、料理は相変わらず塩の振り方一つ、褒められることはなかった。

 すでに三日目にはすることがなくなった真は、名瀬の事務所に顔を出した。
 名瀬は本当にほっとしたような顔で迎えてくれた。

 大学生の頃、真を唐沢探偵事務所に紹介したのは名瀬弁護士だった。
 失踪した伯父の件で、アメリカから調査にやって来た男たちがいたのだが、その男たちを見て、真の中には危機感が残った。葉子の身を案じて、自分たちの保護者でもあった伯父の親友で内科医の斎藤医師に話したところ、高校時代からの仲間だという名瀬弁護士を紹介してくれた。さらに名瀬が、自分にはアメリカに伝手はないからと紹介してくれたのが唐沢だった。

 その後男たちは二度と現れず、伯父の失踪についても真相が分かったわけではない。唐沢は何かを知っていたのかもしれないが、上手く話をはぐらかしていた。真の方でも、真相に近いものを感じてはいるが、触れたくないものがあったので、もうそれ以上は追及していない。いつか父と話さなければならないのかもしれないが、今はそのつもりもなかった。

 あの時、初めて名瀬に会った時も、真が上手く説明できない部分も含めて、名瀬は真摯に話を聞いてくれた。世の中にはこんな人もいるのだと、何故か安堵したことを思い出す。そのあとで、唐沢に紹介された時には、いささか面食らったが、今となってはそれも間違ってはいなかったのかもしれないと思える。

 名瀬弁護事務所は赤坂の一等地にある。事務所内はベージュを基調に統一された内装で、落ち着いて整然とした空間だ。名瀬はいくつかの企業の顧問弁護士もしていて、顧客は政治家や有名企業の役員がほとんどだった。
 そのような大きな金が動くような仕事をする一方で、少年犯罪にも詳しく、どちらかというと世間ではその方で勇名を馳せていた。元はといえば、顧客の家族、ことに子どもたちが、何某かの事件に巻き込まれることが少なからずあったからだった。

 結果として名瀬が真を気に入ってくれたのには、名瀬らしからぬ不可解な理由がある。真の雇主となった唐沢が、真について、家出少年を探して納得させるならこいつはぴか一だと褒めたからなのだ。
 確かに真には、外見からも性質からも、アウトローたちの中に入り込みやすい面がある。口数は少ないものの、同情以上の何かを相手に感じさせるようで、悩み多き子どもたちが敵意転じて好意を抱いてくれる。自分の事務所の他の者には望めない気配を、名瀬弁護士は真の中に見出してくれたのだろう。

 だが、それは後からこじつけた理由だ。名瀬は「唐沢がそう言ったから」、ただ信じたのだ。
 どうあっても、一流大学出身の有名弁護士に、あの唐沢のようなちゃらんぽらんで怪しい男の友人がいることは、不思議以外の何ものでもない。しかも、名瀬は唐沢の言葉を他の誰の言葉よりも大事に思っている。
 真には理解できない何かが、名瀬と唐沢の間にもあるのだろう。

「すっかり調子はいいのかい」
 名瀬は黒い大きな椅子に腰掛けたまま、ゆったりとした声で真に話しかけた。
「すみません、色々とご心配をおかけしました」
「いや、三上君に、随分前から君の事を頼まれていたのでね。私としても、君のような優秀な捜査官がいてくれるのは大変心強いよ。勿論、うちで働いてくれるね」
 真はここに来てもまだ躊躇っていた。

 ふと事務所の中を見回すと、すっきりとしたデザインの洒落た事務所の中で、忙しそうにワープロを叩く音やら、軽快に書類を繰っている音が錯綜し、いかにも優秀そうな弁護士たち、あるいは事務員たちが、てきぱきと仕事を片付けていた。
 唐沢事務所のような、雑多で猥雑な雰囲気はここには全く見当たらなかった。
 しかし真は、あの場所で交わされていた下品な会話、ヤニ臭い空気、ソファに放り出されたビニ本やエロ雑誌に競馬新聞、面倒くさそうな所長の態度、事務の女の子のやる気のない間延びした声、そういったごたごたのムードが、これまで自分の感情をを落ち着かせていたのを知っていた。

「少し慣れて余裕ができたら、君が司法試験を受ける手伝いもしよう。唐沢からも頼まれていたしね」
 真はようやく顔を上げた。
「尤も、あいつは君をここに雇ってくれと言っていたわけじゃないんだが、あいつの言うようにしていたら、君も今後身を立てていくこともできないだろう。でも、唐沢が他人のことを心配するなんてのは珍しいことだ。彼が君には本当に申し訳ないと思っていたのも確かだろうし、君を心配していたのも本当のことだ。君が仕事を続けていくのを助けてやって欲しいと、そう頼まれていたんだよ」
 真は暫く名瀬の顔を見つめたままだった。唐沢が自分を心配していたなど思いも寄らないことだった。
「三上君のことは、私も協力したいと思っている。彼には身寄りもないし、そういう意味では当てにならない唐沢だけだからね」

 そういうわけで、ひとまず真はその翌日から名瀬の事務所に雇われることになった。
 しかし、唐沢の事務所と違って品行方正なこの事務所では、真は時々大学に入るまでずっと感じていたあの窮屈な感じを味わっていた。煙草も極力吸わないようにした。もっとも煙草に関しては、竹流がまずは半分に減らせと言ってきたので、三上ではないが、やむを得ず家主の言葉に従っていた。

 これまでは、時には襟なしのシャツといい加減な服装で仕事に出て行っても何の問題もなく、そのままの恰好で町の中に溶け込んで、不良少女や少年たち、チンピラやホステスたちの中に入っていっても何の警戒心も起こさせなかったし、時には法に触れるぎりぎりくらいのことがあっても唐沢は容認していたが(というよりは唐沢自身は十分法に触れていたわけで)、ここでは当然許されそうもなかった。

 勤め始めてからすぐに真は憔悴してしまった。仕事に慣れないからだと言ってみたが、竹流は別の意味で心配してくれていたようだった。
 ある日、夕食後に真が洗い物をしていると(この仕事は当番制だった)、竹流が傍までやってきて、湯を沸かしながら話しかけた。
 夕食後のコーヒーはこの間から暫くは禁止になっていて、胃のためにいいという、竹流自身のブレンドによるハーブティーを強要されていた。初めは飲み込んでいいのかどうか迷うような妙な味だと思っていたが、ようやく慣れてきたところだ。

「仕事、辛くないか?」
「何で?」
「お前があの事務所に馴染めるとは、やっぱり思えなくなってきたよ。高校生の時みたいに暴れるわけにもいかないだろうし、社会は学校よりも一段と厳しいだろうからな」
「別に、なんとも思ってない」
「それならいいけど」
 実際には竹流は真の言葉など信じていないようだった。ずっと後で知ったことだが、そのことでは一度ならず三上に相談に行っていたらしい。

 真はその時、一瞬手を止めて、竹流の方を見た。
「あの、さ」
 竹流は不可思議な匂いのするハーブに湯を注ぎかけていた。健康に良さそうなものは総じて味覚や嗅覚には優しくないものだ。
「何だ?」
「人にはそうやって健康を気遣うようにってまずい茶を飲ませておきながら、あんた、ちょっと飲みすぎなんじゃないのか」

 真が何を言い出すのかと竹流は思ったようだった。
「俺も一緒にまずい茶を飲んでるじゃないか」
「その茶の効果を十分帳消しにして有り余るほど飲んでるように見える。あんたたちヨーロッパの民族は日本人よりアルコール分解酵素が多いんだろうけど、そのうち身体壊すよ」
 竹流は少しの間黙っていたが、やがて意味深に一言、言った。
「誰かさんがあまりにも引っ付くからな」

 真はどう返事をするべきかまだ考えていたが、やがて意を決した。
「それで、」食器を洗い終えてしまうと、真は湯を止めて竹流のほうを向き直った。「どうして何もしようとしないんだ」
「何のことだ?」

 竹流はそう聞き返しながら、意味を察したのか、その先の言葉を呑み込んだように見えた。二人とも暫く沈黙したまま向かい合っていた。真は視線を落としたままだった。
「そういう、つもりじゃなかったのか」
 竹流が何も答えないので、真は長い間をおいてから顔を上げた。竹流は、慌てて言い訳を思いついたかのように、するりと言った。
「やっぱり、女しか抱けない」

 真は暫く竹流の顔を見つめていた。それから、急に何かに安堵したような、了解したような気分になった。
 ずっと緊張していた状況から突然解かれて、長年の勘違いからも開放されたような変な気分になった。相手にその気がないのなら、それはそれでよかったような気持ちになった。

 実際は、そう言われてしまった真は、かえって無防備に拍車をかけられたようになった。
 もともと誰よりも安心できる親の揺りかごにいるような気分だったのだ。相手に性的な欲求がないと思った途端、それはそれでいいと思えて、ますます精神的に開放された。
 そうなると、やっと飼い主に馴れた野良猫が今度は今まで失われていた温もりを過剰に求めるように、無意識の状況では相手にやたらとくっつくようになっていた。
 時々、真自身、そのことに気が付いていたが、竹流がどう思っているのか、一度も確認したことはなかった。


 正月が明けてからしばらくは、雑用程度の仕事しかしていない真でも忙しく使われていたが、一月の終わりになると少し落ち着いてきた。不安定な気分は変わらなかったが、少しは仕事に慣れたのかもしれない。
 身体の方もすっかり元に戻っていて、毎朝、隅田川沿いをランニングするようになった。同居人の手前、また身体を壊して倒れるわけにもいかないと思っていた。

 少し余裕が出てきた真は、名瀬のさりげない心遣いもあり、ようやく決心をして暫くぶりに唐沢の面会に出掛けた。
 気にはなっていたが、親戚でもない人間の面会には色々と面倒な側面があり、何となく足が遠のいていた。それを察したのか、名瀬が唐沢への差し入れを真に頼んで、手続きをしてくれた。

 以前、三上に頼まれて唐沢の面会に行ったとき、唐沢は喜んでくれたようにも見えなかった。それなのに、唐沢が自分の事を名瀬に頼んでいたなどという話を聞かされて、かえって面映い気分になっていた。
 それに、真のどこかにまだ、三上の身体のことでは唐沢に対して複雑な感情も残っている。名瀬もそのことではどう思っているか分からない。唐沢に面会したいなどと、真の方から名瀬に頼むわけにもいかなかったのだ。

 唐沢の起こした事件は、被害者である三上が加害者の殺意を否定したため、殺人未遂事件とはならなかった。だが勿論のこと、建物を破壊して保険金を掠め取ろうとした詐欺としては立派に罪に問われ、これまでの色々と怪しげな余罪も積もって、五年ばかり刑務所に入っていることになった。

 実際には唐沢には面会に来てくれるような身寄りもいなかったし、せいぜいやってくるのは怪しげな人物ばかりだった。その中に実は警察のブラックリストに名を連ねている人物が二人ばかりいて、そのうちの二人目が二度目の面会に来たのも、丁度真が二度目の面会に来た日と同じだった。
 親族でもないはずのその男が一体どうやって面会の許可を手に入れたのか、真には今もって謎だった。
 犯罪と正義は裏表の関係にあって、その距離は恐ろしく近いのかもしれない。

「名瀬先生から差し入れを言付かって来たので」
 別に面会に来たことを言い訳する必要もなかったのだが、何となく照れくさい気がして真はそう言った。
 唐沢はちょっと身を乗り出すようにして真を見た。
「ちょっとやつれたんじゃないのか。名瀬は人使いが荒いだろう」
 人のことは言えないと思うけど、と真は思った。

 とは言え、自由気ままにやらせてくれる分、唐沢は気楽な上司だった。本人が飲んだくれでちゃらんぽらんな部分を持っていたから、部下に生真面目さを求めることはできなかったのだろう。
 名瀬の事務所に勤め始めてから、そんな唐沢のことがしばしば懐かしく感じる、などと言って唐沢を喜ばせる気はさらさらなかったが。
 いや、あるいは過剰に生真面目にやったところで、人生が大きく良い方向へ変わるとは思っていなかったのかもしれない。一生懸命に生きて何かを積み上げても、戦争や貧困、社会の動きに全てを崩壊させられた時代に、この男もまた生きてきたのだ。

「俺は、お前に仕事を世話してやってくれとは言ったけどよ、あいつんとこで雇ってくれとは言ってなかったんだがな。あいつは人を見る眼が無い。お前があんな窮屈な事務所で実力を発揮できるわけがない」
 それはある意味事実だったし、唐沢が真をそのように理解していることも驚きだった。
「それで、ついに彼氏と一緒に住んでんのか」
 真は唐沢が何を言い出すのかと思った。

「まあ、妹も結婚したし、足枷もなくなったわけだしな」
「いえ、あの」
「俺に言い訳することはないさ。まあ、一緒に住むと何かと相手に腹の立つ面も見つけちまうだろうけど、夫婦生活ってのは我慢の連続だ。けど、たまには本心をぶっちゃける必要もあるぞ。こういうのはだな、小出しにするのがいいんだ。まとめて出すと、修復不可能なことになっちまうからな」

 唐沢からそんなまともな、まるでどこかの結婚式で聞くような言葉を聞かされると妙な気分だった。いや、そんなふうに感心している場合ではない。大体、夫婦ではないのだ。
「で、夜の方はどうなんだ? ようやく想いが通じ合った仲なら、一日たりとも我慢はできんわな。けど、あんまりやりすぎるとケツの穴は緩んじまうし、痔になって座れなくなるぞ」
 呆れて声も出ない。
「ご心配なく。向こうにその気はないようですから」

 まるで自分の方はその気があるような言い回しをしてしまってから、真はそのことに気が付いて、慌てて言葉を付け加えようとしたが、唐沢の言葉に遮られた。
「坊主、大人の男ってのはな、いろいろ複雑なんだよ」

 時々真は思う。唐沢というのは深い井戸の様な男だ。あまりにも深くて何も見えない、だが、もしかしてこの底には何かがあるのかも知れない、ある日気になってどうしようもなかったので、下まで降りてみた。だが、やはり何も見つからない。それでも何か気になって仕方がない。

 それが唐沢だった。実際には、本当に何もないのかもしれないのだが。
 そう言ったら、唐沢は答えるだろう。
 人間とは、所詮そういうものだ。生きているうちは何か深遠な世界があるような気もするが、死んじまって焼かれたら灰しか残らない。それがいいんだよ。

 唐沢は、その後も面会時間いっぱいまで下ネタを連発した。刑務官に睨まれても全く気にせず、いつものように真をからかうだけからかって、すっきりしたようだった。

 真が面会を終えて刑務所を出た後、堀の脇で、背の高い顔つきの厳つい男とすれ違った。一瞬相手と目が合ったので、真は何となく会釈をするように俯いて、そのまま歩き続けた。
 勿論、真はその男とこれから人生のある部分を共有し、ある意味では、自分の最後の運命まで決めることになろうとは思ってもみなかったが、何か不思議な感じがして、すれ違った後も振り返りたいような衝動に駆られたのを、踏みとどまった。


         * * *

 その男のほうは足を止めて振り返り、刑務所に面会に来るには似つかわしくない若者が去っていく後姿を見つめていたが、やがて、納得したように刑務所の扉に向かった。
「調子はどうだ」
「まあまあだな」
 引き続きやってきた特別許可の面会人に、今日はどうしたことやらと立会いの刑務官も思ったようだった。

「エロ雑誌は差し入れちゃ駄目だとよ。厳しいねえ」
 男は分かっていることを敢えて嫌味ったらしく言って、勢いよく椅子に座った。もちろん、刑務官に聞こえるように言っている。
 この男の言動にはいくらか立会人も緊張しているように見えた。

 長身の厳つい顔つきの男だが、どこかに不思議な人懐こさがある。だが、気を許してしまったら、何かとんでもないことに巻き込まれそうな、そんな気配もある。
 どういう立場の人間か、下っ端の刑務官は聞かされているのかいないのか、むっつりとした顔のままだった。何にせよ、唐沢には不可解な人脈があって、時々訳の分からない面会の許可が下りる。

「相変わらずむさ苦しいところに、むさ苦しい男に面会に来ちまったよ。しかし、来る途中にいい目の保養をさせてもらったな」
「へえ?」
「かわい子ちゃんに会っちまったよ。久しぶりにど真ん中のタイプだ」

 唐沢はしばらく相手の顔を見つめていた。この男の好みのタイプと言われれば、まさに心当たりがあったのだ。
「どんなむさくるしいのに面会に来てたのやら」
「そりゃあ、こういう顔のむさくるしい男だ」
 唐沢が自分を指したので、大概驚いて面会人は唐沢を見つめた。

「しかしな、あれには手を出すな。父親は某大国の政治的合法的やくざ組織に雇われている五本の指に入るスナイパーだし、恋人はイタリアンマフィアの跡継ぎだ。ついでに、爺さんにも気を付けた方がいい。現代の宮本武蔵で、しかも熊撃ちの名人だぞ」
 俺は熊か、とぼやいた後で、面会人は気を取り直したように身を乗り出した。

「あんたの知り合いか」
「うちの社員だ、いや、正確には社員だった」
 男は口笛を吹いた。刑務官が顔をしかめる。
「そりゃ驚きだ。あんたのようなとんでもなく危ない男になど、縁遠い相手に思えるがな」
 唐沢は鼻でふん、と息を吹き出してから、何かに思い当たったように自分も身を乗り出した。

「そう言や、御曹司よ、あんた新宿にビル、持ってたろ」
「それが何だ?」
「あの、人の居つかないビルの一室、貸せ」
「自分の事務所を爆破するような輩には貸せんね」
「俺じゃない、あのかわい子ちゃんに貸してやれ」
「どういうことだ」
 面会人の声が変わったのを、唐沢は満足げに受け止める。

「今、あいつは名瀬んとこで働いてるんだがな、さぞかし窮屈な思いをしてるだろうよ。ほれ、ああ見えて、俺の事務所に馴染んでたんだ。家出少年少女も、しがないチンピラも綺麗なホステスも、そりゃあ、あいつには懐いてるのが随分いてなぁ、それがあのご立派な名瀬弁護事務所でございます、ってなところでやっていけるわけないだろ。あいつに部屋貸して、調査事務所させてやれ」
「させてやってください、だろうが。堀の中にいて、偉そうな口を利くなんぞ、あんたはほんとに懲りねぇな」
「そう言うな。だが、きっと新宿なら流行るぞ。あの通り、人を惹きつけるし、それに人捜しの名人だ。あんたも時々観賞するにはいいんじゃないか」

 だが、男もついに話に乗ったようだった。
「そりゃあ、いい話だ。まぁ、風俗店の取り締まりのせいで空き部屋ばっかりだしな。ついでにうちのコレに」と言いながら男は小指を立てた。「秘書をさせるか。よそでバイトさせて変なのに言い寄られても困るしな」
「あんたが一番危ないんだよ。秘書をつけるんなら、家賃はタダにしろ」
「馬鹿言え。どこにそんな話がある。金じゃなくて身体で払ってもらうのはありだけどな」
「どうせ空いてるんだろ。しかもあんたんちは別に金には困っていない。事務所のオーナーはあんたがすりゃいい」
「ほぉ、やくざにオーナーさせて、そんな店が流行るもんか」
「そりゃ分からんぞ。意外性で受けるかもしれんし」

 男は不意に、まじめな顔で唐沢を見た。
「あんたがそんなふうに気に掛けてやるなんて、珍しいじゃないか」
「別に、気に掛けてるんじゃないさ。まあ、ちょっとした罪滅ぼしだ」
「罪滅ぼし?」
「こっちの事情はいいって事よ。それより、真剣に考えろ」
「一度デートして寝てから考えるかな」
「馬鹿言うな、手ぇ出すんじゃないぞ。いくらあんたがこわーいやくざでもな、あいつは平気であんたの腹に風穴開けるような連中に囲まれてるんだぞ」
「障害があればあるほど燃え上がるね」

 それから更につまらない、というよりも下品な世間話をして、ついでに刑務官の顔色を面白そうに窺ったうえで、男は立ち上がった。
 帰り際に、唐沢はもう一度、男に事務所の件を念押しした。

「じゃあ、かわい子ちゃんに早速連絡してみよう。どこに行きゃいいんだ?」
「名瀬のとこに行きゃ、会える」
「おい、ヤクザが品行方正が売り物の弁護士事務所に顔を出せってのか?」
「あんたにそんな遠慮があるとは思えん」
「冗談じゃない、幾ら俺でも時と場合は選ぶさ。道でナンパするかな」
「馬鹿言え。しつこいが、手ぇ出すんじゃないぞ」
「分かった、分かった。恋人がイタリアンマフィアなんだろ。報復は厳しそうだ。で?」
 それで、唐沢は思い当たったようだった。

「銀座の『かまわぬ』って名前のレストラン、知ってるか」
「そりゃ勿論」男は、答えて即座に口笛を吹いた。「イタリアンマフィアの跡継ぎって、あそこのオーナーか。それは面白い。是非ともお近づきになりたいと思ってた相手だ。恋敵にするにも相手に不足はないしな」
「言うんじゃ無かったよ」
「いや、大いにその気になってきたぞ」

 この男が北条仁だった。勿論、唐沢のこの申し出に彼は一も二も無く乗った。
 いかつい顔つきだが、男臭い豪快な気配を持っていて、その辺りの女たちの憧れでもあった。一度で捨てられてもいいから抱かれてみたいというのが、その界隈のホステスたちの評だった。しかも、彼の相手は女だけではなかった。
 彼らは皆、北条仁がどういう男だか知っていたが、彼はその豪快さと屈託の無さと、意外にも人情に厚いところと律儀なことでは、どんなやくざもかたぎも敵わないと思われていた。

 付き合っている女も男も複数いたが、恋人だと公言している相手は一人だけだった。
 東京でも有名な女子大の学生で、ジャーナリズムの勉強をしている写真家志望の女の子で、まさに女の子といってもいいような相手だったが、十六も年上の北条仁を完全に尻に敷いていた。北条仁とは女がらみのいざこざで知り合い、公道のど真ん中でこの厳ついやくざの男をひっぱたいたのが彼女だった。
 曰、北条仁の一目ぼれだった。

 北条仁は、さっそく彼女に電話をして、相談があるからと言って名瀬弁護士事務所に電話をするよう頼んだ。


(第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯) 終了)






次回からは、第22章『死んだ男の息子』です。
ハードボイルドもどきに戻っていきます。
次章の山場は、再びの唐沢と真の会話、そして、怪しげなバーでの格闘??

ではちょっとだけ、唐沢の名調子をお聞きください(*^_^*)

「怖がる必要はない。死体を見るまで信じる必要はないさ」
なんて真を励ましつつ……
「お前の彼氏に聞いてみろ。お前のことをどう思っているのか、な。しかも、お前さんだって満更じゃないはずだ。身体も心も、命も、捧げてもいいと思ってるだろ。殴られたって蹴られたって、首を絞められたって、あるいは死ぬまでケツに突っ込まれてもいい。銜えろと言われたら銜えるし、飲めといわれたら何だって飲む、ケツを拭けと言われたら拭くくらいどうってことはない。そういう二人の間のことは、他人の誰にも理解はできない」

ほんと、身も蓋もない……・^^;
下品なおじちゃんですみません。いえ、決して私は普段からこんなことを考えているわけではありません^^;
何はともあれ、お楽しみに!
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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NEWS 2014/3/29 これは誰のもの? 


あまり木の上を見上げなかったので、昨日初めて気が付きました。
そう言えば、今年はあんまりジャカランダの葉っぱが落ちてこないなぁとは思っていたのですが……
中身は空。もう巣立った後なのか、あるいは途中で投げ出されたものなのかわからないけれど、何だかちょっと嬉しい。
誰だか分からないけれど、来年、また来てね(*^_^*)

春は毎日花たちの顔が変わるので、毎日カメラが活躍。
まずは、一番いい顔をしている真紅の木瓜。
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下はちょっと地味な写真になってしまいましたが、寒緋桜です。
一番に咲く桜。
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そしてこちらは、まだ蕾の枝垂れです。近所の桜に比べると遅いので、まだまだ待ち遠しいです。
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日陰の花も、こっそり咲き始めました。イカリソウです。
少し暗い場所でこの白がまぶしいのです。咲いていると、あ、今年も君に会えたね、という気持ちになります。
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椿は何だか写真で映えないような気がするのですけれど、これは写真の技術の問題ですね。
記録程度の意味しかない私の写真では、なんともお伝えできませんが、うちの庭で最も種類も数も多いのは実は椿なのです。
お茶をしていたころ、いつもこの椿たちが大活躍。
初釜の頃に一足早く咲く、その名も『初釜』という名前の椿に始まり、冬の間~春先まで、花の少ない庭で咲いているのを見るとほっとします。
こちらは月光(ト伴)という椿。同じような感じで、中の白い部分が赤いのがあって、日光(紅唐子)といいます。うちにも日光の木があるのですが、今年は何故か花がついていません。環境のせいかな? 
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玄関用にいくつかの椿を生けてみました。もうちょっと葉を落とすんでした……^^;
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この花器は、阿蘇の近くのレトロな町で買ったもの。古い小学校の校舎を使って、陶芸やアンティークのお店が入っているところでした。葉っぱで見えなくてごめんなさい。蕾をイメージした一輪挿し。あ、一輪用なのに、三輪も挿したからいけないんですね。

そしてこちらは台所。春だけは庭からあれこれ登場して、窓辺もちょっと賑やかです。
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素敵な季節。今日は嵐のようですが、雨が降ると、水をやらなくていいから助かるなぁと、ちょっと現実的になっている私でした(*^_^*)

Category: ガーデニング・花

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[雨109] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(10) 

この物語を読んでくれた友人が、真と竹流の関係はこれだと言ってくれたことがあります。
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まさに、愛情込めて無理やり(?)子猫を連れまわす親猫。この大間への旅はまさにそんなイメージでした。
「父ちゃん、船に酔っちゃうよ~。ぼく、おうちに帰って、おさかな待ってる~」
「船酔いがなんだ。3日で慣れる。男たるもの、自分で飯を手に入れんでどうする!」
(マグロ漁の親爺の船の上にて)
あ、このロゴマークは母子なんでしょうね。なぜか、頑固おやじと情けない息子の構図になってた^^;

そう言えば、こちらも、以前ご紹介しましたが、まさに二人の関係を如実に表しているかも。

せっかく冒険に行こうとしているのに、無理やり連れ戻される仔猫……
心配しすぎて無理やりな母親猫……^^;

さて、今回、作中に出てくるこの名言(?)。
『仕事があって、飯が食えて、贔屓の野球チームがあって、シーズン中は試合に熱くなる、それだけで何となく幸せだ』
何を隠そう、私の名言です^m^
野球も開幕。今年はどんなドラマが待っているかしら。
(昨日はコテンパンだったけど(-"-))

今回を含めあと2回で、長かった回想章も終わりです(*^_^*)




 店の外に出ると、潮の匂いが吹き付けてきた。月の光が冴えて、足元を浮かび上がらせている。
 親爺は先に立って歩き始めた。その背中から、風に乗って、小さなしわがれたよされの唄が聞こえてきた。
 鼻歌などを歌わない風貌の親爺が、今余韻を楽しみ、奥さんが亡くなってからは心に閉じ込めていたよされを、今日その封印を解いて、自分の三味線に合わせて唄ってくれたのだと思うと、妙な感慨があった。

 少し酔ったので風に当たってから戻る、と竹流が親爺の後姿に告げた。親爺は後姿のまま右手を軽くあげて、振り向かずにゆっくりと歩き去っていった。
 真は竹流と並んで海辺を歩いた。秋とは言え、夜になると時折冬の気温を滑り込ませながら、海風が吹き付けている。時折誰かにぶつけてしまいそうになる情動を諭すような温度だった。

「胃、大丈夫か」
 真は頷いた。
 それから大間の暗い海の向こうを見つめたまま、二人で長い時間立っていた。やがて、竹流が何を思ったのか、自分の上着まで脱いで、真に掛けてくれる。
「いいよ。あんただって寒いだろう」
「馬鹿言え。俺は病み上がりじゃないしな」

 真は海の彼方を見つめいていた。暗い闇の向こうに、より暗い島影が微かに波の上で揺らいでいた。
「北海道が、見える」
 もしかして真の網膜に映った懐かしい土地は、幻だったかもしれない。
「帰りたいのか」
 風に一度は浚われて、竹流の声は遠回りして聞こえた。
 真は竹流のほうを見、それからもう一度遠くの暗がりに浮かぶ微かな島影を見やり、随分の間をおいてから首を横に振った。

 帰れないのだ、と思っていた。迎えに来た飛龍を振り切ってから、真には前に進む道しかなかった。たとえその向こうにどれほど過酷な道が待っていようとも、引き返す道は既にない。
 何を察したのか、竹流は真の頭に手をやって、ほんの少し力を入れて彼の方に引き寄せるようにした。
「皆が喜んでくれて、良かったな」
 真はそれには素直に頷いた。
「あの三味線な、親爺の奥さんのものだったんだ。誰も弾かないのに、親爺は去年皮を張り替えてもらいに弘前まで行っていた。家に置かずに、あの店に置いてもらっているのは、いつもあそこで奥さんが弾いていたからなんだ」
 真はただもう一度頷いた。

「なぁ、真、親爺の人生は、特に奥さんが亡くなってからずっと、俺が知る限りでは、毎日があんなふうで、漁に出て、採れない日のほうが多くて、酒飲んで、寝て、それだけだ。漁のできない季節も含め三百六十五日のうち、マグロにヒットするのは、僅かに数パーセントかもしれない。漁のできないシーズンにはどうやって食いつなごうか、目の前に道のない日だってあるだろう。でも親爺は毎日、死ぬことなど考えずに生きている。自分の命を、ただ定められた最後の日まで、どれほど寂しくてもただ淡々と生きている。あんなに愛していた奥さんがいなくなっても親爺が死にたいと漏らした事も無いし、親爺が死にたいと思っているとも思えない。生きているだけで、また次の一日を見ることができる、また奥さんを思い出し、手を合わせてやれる一日が延びる、あるいはそんなことさえ考えていないかもしれない。生きるとはそういうことなのだろう。ただ淡々と、目の前に続く道を歩いている。そんな親爺の人生を美しいし愛おしいと思う。だが、俺は、お前がかわいそうだと思っていた女の人生が、本当の意味で可愛そうだなどとは思わない。その気持ちに取り込まれるな」

 真は、自分の頭に置かれたままの竹流の手に、僅かに力が入ったのを感じた。
 その瞬間、真はこの男にやはり全て預けてしまいたいと、本当のところはそういう気持ちだと言って自分をその腕の中へ投げ出してしまいたい衝動に駆られた。
 しかし、結局は何もできなかった。

「帰ろうか」
 真はただ頷いた。
「親爺さん、寝たかな」
「どうせまだ飲んでるさ」
 そう言葉を交わしてから、彼らは海に背を向けて歩き始めた。

 親爺の小屋までの半時間ほどの道のりの間、彼らはほとんど話さなかった。並んで歩くと、時々手が相手に触れそうになった。
 触れかけた手の温度さえも感じるほどの距離だったのに、触れることは許されないのだと思えた。もしも相手が異性だったら、ここでその手を握り締めていたら済むことなのに、と思い、ふと、葉子の手に届かなかった数センチを思い出した。今はそれよりも遠い先にいる相手のようだった。

 しかし、ようやく向こうに親爺の小屋が見えたとき、竹流がいきなり触れかけた真の手を握った。急に縮まってしまった数センチに、真は単純に驚いて立ち止まり、相手を見つめた。
「東京に戻ったら、とりあえず必要な荷物をまとめてマンションに来い」
 何のことかと竹流を見つめていると、真が理解できなかったと思ったのか、竹流は解説するようにゆっくりと言葉を区切りながら言った。
「一緒に住もうと言っている」

 それでも、真は返事もできずに相手を見つめていた。目を逸らすことはできなかったが、言葉もでてこないままだった。
「お前、ほっとくと一人で飯も食えないし、死にそうになるまで病院に行かないし、斎藤先生に監督不行き届きだと言われるのは不本意だし、まぁ、俺も仕事でずっと東京にいるというわけじゃないが、飯くらいは作ってやれるし、俺がいない日は登紀恵さんが来てくれるしな」
 真が相変わらず返事のしようがなく竹流の顔を見ていると、竹流はひとつ息をつき、少しだけ強い語調で続けた。
「イエスかノーか、返事しろ」

 真はほんの少し俯いて、それから竹流が自分の腕を摑んで引き寄せるのに任せた。
「返事しないと、勝手にイエスと取るぞ」
 実はこのとき、真は完全に誤解をしていた。それで一瞬躊躇ったのだが、それならそれでと覚悟を決めた。誤解する素地は十分にあったのだ。

 小屋に戻ると、親爺は布団も掛けずに倒れこむように眠っていた。彼らは親爺に布団を掛けてやり、自分たちの布団を敷いた。
 真はその間に小さな粗末な仏壇の前に座り、暫く小さな木の位牌の前の写真を見つめていた。若く綺麗な娘の時の写真ではなく、そこに写っているのは苦労に苦労を重ねた、年輪を経た皺の深い田舎のおばちゃんだったが、これまでに見たどんな女性よりも飛び切り美しく思えた。真は黙って手を合わせた。
 言葉が心に浮かんだわけではなかった。ただ、何かに導かれるように、何も思わずに手を合わせた。

 布団に潜り込んだとき、真はしばらくまだ考えていたが、意を決したように竹流に身を寄せた。
 無意識でなく身を寄せた意味を、竹流が理解したと思った。一方の竹流のほうは、随分飲んで気分も良かったのか、半分寝ぼけているようだった。応えるように真を抱き寄せ、多分相手が誰であろうと同じようにしたのだろうが、頭を抱き寄せて耳元にキスをしてきた。
 極上の愛の言葉よりも十分甘い告白に思えた。

 朝になって、親爺が漁に出て行くのを彼らは見送った。親爺が気が付かない程度に掃除をして、買物に出掛け、一宿一飯の恩義とでも言うように、新しい長靴とやや上等の雨合羽を買ってきた。長靴に穴が空いているのを、彼らは来た初日に見つけていた。
 それから親爺が帰ってくるのを待って、三人一緒に竹流が作ったかなり気合の入った手料理を食べた後、彼らは東京への帰路についた。

 親爺はとっとと行けといって、見送りにも出てこなかった。けれども、真には親爺の気持ちが分かるような気がした。竹流の顔をちらりと見たが、竹流は誰かの人生にこれ以上踏み込むことはないのだと言いたげな、厳しく涼やかな、しかし優しい顔で、ただ東北自動車道を行く前の車のテールランプを見つめていた。

 途中、福島県まで戻ってからサービスエリアでコーヒーを飲み、しばらく煙草を吸って休んだ。テレビでは野球のナイターが始まったところだった。
 いつか誰かが、仕事があって、飯が食えて、贔屓の野球チームがあって、シーズン中は試合に熱くなる、それだけで何となく幸せだと言っていたことを思い出していた。

 車に戻ってからエンジンをかけることもなく竹流が言った。
「明日、三上さんのところに見舞いに行こう。それから、お前が入院している間に名瀬先生から連絡があって、お前に会いたいとおっしゃっていた。いくらなんでも、仕事もせずに毎日ぼーっとしてるわけにもいかないだろう。あんまり意地を張らずに雇ってもらえ」
 真は暫く考えていたが、少しして頷いた。

「俺としては、あの怪しい事務所に勤めていられるよりは安心だ。ただ、お前の意に沿うかどうかは分からないし、ゆっくり考えたらいい」
 意に沿わないというのはどういう意味だろうとぼんやり真は考えていた。
「お前が名瀬先生のところのような堅苦しい事務所でやっていけるかどうかは、俺も多少心配なんだ。すでに、アウトローの極限みたいな事務所での勤めに慣れてしまっただろう? それが、司法試験を一発でクリアしたようなお堅い法律家ばかりの事務所でやっていけるとも思いにくい」

 真は正面を見つめていた。サービスエリアの建物の中では、幾人もの人々の動きがそれぞれの人生の一瞬を刻んでいた。
「最悪の場合は俺が雇ってやってもいいが、レストランにしてもギャラリーにしても、お前に向いているとは思えないしな。まあ、それも覚悟しとけ」
 そう言うと、竹流はようやくエンジンをかけた。


 三上はリハビリに入っていて、前よりも随分落ち着いたように見えた。彼らが見舞いに行くと、身体を起こして迎えた。
「リハビリの若い先生がスパルタでな、なにくそ、って毎日思ってるよ」
 それを聞いていた看護婦がくすくすと笑った。笑顔の感じのいい、落ち着いたムードの看護婦だった。美人とまでは言いかねたが、屈託なく、厭味な気配が全く感じられない。

「お前、体の調子はどうなんだ?」
 真は少し頷いた。体の不自由には誰よりも苦しんでいるはずの三上に心配されるのは、情けない気がした。
「随分ましになりました。ちょっとくらいなら、酒も大丈夫になったし」
「俺も早く退院して思いきり飲みたいなあ」
「三上さんは飲み過ぎるから駄目ですよ」
「煙草もやめたしな、飲むくらいしか楽しみも残らないよ」

 真が驚くほど三上はヘビースモーカーだったし、宣言とも取れるその言葉に真は多少驚いた。その三上の言葉に返事をしたのは看護婦だった。
「やめたって、まだ三日目じゃないですか」
「三日やめたらもうこっちのもんだ」
 竹流は、会釈をして出て行った看護婦を見送っている。

「真」
真も一緒になってその看護婦の背中を視線だけで追いかけていたが、三上の呼びかけに彼に視線を戻した。三上は真顔になっていた。
「彼女の事は気の毒だったな。でも、俺はある意味良かったと思ってるよ。俺が大和さんの立場だったら、その女を呪い殺しかねないと思っていた」
 微妙な三上の言い回しに、竹流は一瞬三上と視線を合わせたように見えた。

「それから、名瀬先生が昨日来てな、お前がどうしてるか心配してたよ。ちゃんと挨拶に行っておけよ。それと」三上はちょっと言いにくそうに言葉を切ったが、先を続けた。「できれば所長にも会いに行ってやってくれ。あの人、あれでいて寂しがりやだからな」
 真は黙って三上を見つめていたが、素直に頷くことはできなかった。

 彼らは暫く他愛のない話を続けていたが、リハビリの時間だといってさっきの看護婦が戻ってく来たのをきっかけに病室を辞した。三上は手の力で意外にも身軽にベッドから車椅子に身を移した。
 病院を出てから、竹流が、ちょっと安心だな、と言った。

「何が?」
「退院してもあてがあるのかな、と思ってな」
「え?」
「えって、お前、気が付かなかったのか」
「何を?」
「さっきの看護婦」
 真はしばらく竹流の顔を見ていた。
「まあ、もっともまだ口説き落としている途中って感じだったけどな。さしずめ、禁煙したら付き合ってあげるとでも言われてるんだろう」

 真にはそこまで見抜けなかったが、その話は本当だった。
 この一ヶ月後に三上が退院したとき、帰る場所の当てなどないと思われていた三上は彼女のマンションに転がり込んだ。理由は、彼自身のアパートは家賃未払いで住めなくなっていることと、住むにしても階段を登れない彼には生活できないということだった。彼女のマンションにはエレベーターがあったわけだが、いずれにしても言い訳だった。

 三上の禁煙は見事に貫かれ、半年後には彼らは入籍して、古い一軒家に移り住んだ。それについての費用を、横浜でジャズバーを経営している唐沢の友人でもある田安隆三が用立てた。妙なところで面倒見のいい田安は、人を雇って三上が車椅子で動けるようなバリアフリーの工事まで面倒を見た。





註:文中に「看護婦」と出てきます。現在はこの呼称は使われず「看護師」が正しいのですが、作品の時代に合わせて「看護婦」のまま使わせていただきました。

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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NEWS 2014/3/27 アーモンド、咲く 

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今年も、我が家の地道なアーモンドの花が咲きました(*^_^*)
今朝、2つ咲いているのを発見(*^_^*)(*^_^*)
木が全然大きくならないので、本当にひとつの木に10~20くらいしか花が咲かないのですけれど、毎年楽しみな花。
写真では少し白っぽくなるのですが、本当は花の中心はかなり濃いめのピンクなのです。
蕾はこんな感じの色合いです。
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下は桃の花。まだ蕾ですけれど、日々、色が濃くなって膨らんできています。
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ピンクついでに、こちらはピンクの雪柳。

光線の加減で、白っぽく写っていますが、実際にはもう少しピンクなイメージ。
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ね?
白も植えてあったのですが、なぜかピンクに浸食されてしまった……あれ?

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更にピンクついでに、エリカの花。ヒースですね。『嵐が丘』を思い出す……
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こちらは早春を告げて、もう満開を過ぎた山茱萸(さんしゅゆ)の花。雨に濡れて、光を乗せているみたいです。
春一番に咲いて、そろそろだよ、と教えてくれた金縷梅(まんさく)はもうすっかりただの木に戻ってしまいました(^^)
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そして最後はついに満開の土佐水木と、真紅の木瓜の花に並んで登場いただきました。
写真だと全体像が見えないのですが、この木は並んでいるので、黄色い側から見ても、紅の側から見ても、コントラストが綺麗です。

まさに百花繚乱の季節となりました。
でも、この辺りでは、春の花は一気に咲くというよりも、順番に咲いていくという感じ。
どの花が咲いているかで、春の季節の小さな息遣いや変化が感じ取れます。

一方、北国では、どの花も一気に咲くという感じだそうですね。それはまさに百花繚乱。
一度見てみたいけれど、旅行で計画しても、ぴったり花の日に当たるとは限らないのが残念。
毎年、何月何日に咲くって決まっていませんものね。
だからこその桜開花宣言、桜前線。

この地域に住む私の中では、春の庭はカレンダー。
花たちには順番が決まっていて、桜もそのカレンダーの一部でしかないのですけれど……
やはり枝垂れの花は待ち遠しいです(*^_^*)

そう、人生の中でこのカレンダーを楽しめるのはあと何回なんだろう。
もし80まで生きたとしても、後〇〇回?
そう思ったら、決して長くない。だからこそ毎年、花たちは愛おしいと思う。
その思いが『掌編・春:桜の恋人』になったのです(*^_^*)

Category: ガーデニング・花

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[雨108] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(9) 

【海に落ちる雨】第21章、回想章『わかって下さい』の9話目です。
突然のりぃさの自殺、そして竹流に連れられてやってきた大間で、真は無愛想なマグロ漁師・元さんに出会います。
真の中で何かが変わるのでしょうか。

『老人と海/真シリーズバージョン』もしくは『ドキュメンタリー/マグロ一本釣り漁師』、そして真の三味線、お楽しみください。
そうそう、このお話の根源はよくテレビでやっているマグロ漁の番組をそのまま文字に起こしたようなもの。
今じゃすっかり魚群探知機でごっそり、なんでしょうけれど、これは時代も少し古いし……ま、お話なので、多少あれこれ差し引いてお楽しみください(*^_^*)
でも、あの手の番組、好きなんです(^^)





 土間のようになっている玄関を上がると、右手は土間のままの台所、それ以外には一部屋きりだった。
 家というよりは、まさに小屋だ。小さな卓袱台と、万年床と化している布団と、あとは粗末な仏壇と、家具といえばそれだけだ。

 無口な親爺は真にもグラスを差し出して、とにかく飲むように促した。口を開くのが面倒なのか、この地方の厳しい気候がそういう気質を育んだのか、親爺は何も話さなかった。
 真はちらっと竹流を見て、挨拶代りの好意だけは無にするまいとそのグラスに口をつけたが、さすがに病み上がりの胃に酒は沁みて痙攣するように震えた。
 竹流が真の手からグラスを取って、自分が残りを飲み干した。
「胃潰瘍で、退院したところなんです」

 親爺は、何のために来たのだとか、普通なら気にしてもよさそうな質問さえ一切しなかった。そもそも竹流が今日訪ねてくることを知っていたふうには思えなかった。大体、見渡した限りでは、電話もないように思える。
 親爺は自分の布団を隅に寄せて、一間限りの部屋の奥にある、扉のない押入れからもう一組、布団を下ろして敷いた。
 説明も何もなかったが、もともとは二人、つまり夫婦で暮らしていたのだろう。それ以上の布団も生活のための道具も見当たらなかった。

 竹流は親爺の敷いてくれた布団の、頭側に残るわずかなスペースに座って、粗末な仏壇に手を合わせた。線香だけは新しい緩やかな煙を吐き出していた。
「狭めえばって、そこで寝れるべ」
 親爺の声は、少なくとも響きの調子だけは、北の言葉に独特のイントネーションで、真はどこかほっとした。それから、あれ、下北ではなく津軽の方言だな、と思った。
 祖父に三味線を教えていた名人は津軽の出身で、同じような聞き取りにくい調子で話していた。真にはなじみの深い北の国の言葉は、僅かなイントネーションや語尾の違いでも区別ができる。

「大丈夫です。突然押しかけて、すみません」
「おめは、いつもんこったべ」
 無愛想な、怒っているかのような調子は、おそらく方言のためか、あるいは親爺の性質によるもののようだった。もっとも、実際には怒っているわけでもないのだろう。

 それ以上何も話すことはないというように、親爺は布団に潜り込んだ。
 竹流は上着だけは脱いで枕の近くに放り出し、それからどうしたものかと躊躇っている真をそのまま布団に引きずり込んだ。
「ちょっと待てって」
「そのままだと風邪ひくぞ」
「そうだけど」
「朝早いから、さっさと寝ろ」

 どうせ逆らっても無駄だし、確かにこの家にもう一組の布団があるとも思えなかったし、大体三つも布団を並べるだけのスペースもなかった。
 真は諦めて目を閉じた。
 幸いあっさりと眠気に襲われて、真は意外にも居心地の良い古い布団の中でほっとしていた。随分と長い間干した形跡もない布団は、湿っぽくてカビけた臭いがしていたが、枕に巻いてくれたタオルだけはパリッと乾いていて清潔に感じた。何よりも、竹流が傍にいると、どういうところでも構わないのだということに今更ながら気が付いた。

 意識はしていないにしろ、真は一旦気を許して安心してしまうと、全く無防備で相手に身を任せてしまうところがある。ただ普通と違っているのは、その相手が専ら人間ではないことだ。人間で唯一身を任せることができる相手は、この男しかなかった。
 そのことに本当に気が付いたのは、りぃさと一緒にいるときだった。

 あれほど全てを捨てるほどまでにのめり込んだのに、彼女のところに一度も泊まってこなかったし、抱き合った後、その傍らで一度も安心して目を閉じたことがない。いや、最後にりぃさを抱いたあの日、真ははっきりと自分のうちにある感情を理解したはずだった。
 暖かい腕の中は、決して平和ではなかったかもしれないが、このままどうなろうと、どうされようと構わない心地にさせた。

 どのくらい眠ったのか、ふと僅かな物音がして、竹流が起きようとした気配を感じた。
 真は無意識のまま、離れたくないというようにしがみついていた。既に半分は意識が起きかかっていたが、半分はまだ夢の中だった。
 湯呑みか何かに液体を注ぎ入れる音が聞こえている。真があまりにもひっついて眠っていたからか、竹流は身動きの取れないまま親爺に声をかけたようだった。
「もう出掛けますか」
「一緒に行くべ?」
 竹流がうなずいた気配を感じる。
「男と分かってても、そんだけひっつかれっとたまらんべ」
「やせ我慢してるんですよ」

 もう一度揺り起こされて、真はようやく目を開けた。
「起きろ」
 あたりはまだ暗かった。
「行くぞ」
「どこに?」
「マグロ釣りに」
「マグロ?」
 真は起き上がって、それから親爺と目が合った。
 いつか竹流が、マグロ漁船に乗せてもらうような話をしていたことを思い出したが、その時はまさかそれが文字通りのことだとは考えてもいなかった。

 親爺はすでに準備に入っている。竹流は真を起こすと、布団を畳んで隅に寄せ、それから顔を洗いに土間に下りていった。促されて顔を洗いに行くと、台所兼洗面所の水は凍りつくように冷たくて、まだほとんど真っ暗な外の温度を感じさせた。
 彼らは港まで十五分ほどの道を歩いた。空を見上げると星が瞬いている。真は、無言のまま並んで歩く親爺と竹流の後ろをついていきながら、不思議な光景だと思っていた。

 親爺は異国人の竹流を当たり前のように受け入れ、まるでたまに帰ってくる息子のように扱っている。竹流も、親爺に倣って口数まで少なく、言われるがままにちょっとしたことを手伝っている。
 何らかの力関係も上下関係もなく、依存や過剰な愛情の気配もないのに、お互いの存在を当たり前に受け入れていた。

 港まで出ると、いくつもの明かりがちらちらと揺れている。早朝というよりも夜中に近い時間なのに、海辺の人々の動きが冴えた空気を震わせていた。
 親爺は幾人かの仲間に挨拶をしながら、彼のものらしい船に近づいた。漁師たちは親爺に連れがいることをいくらか不思議そうに見送っていたが、何も尋ねてはこなかった。いや、そういうことではなく、彼らもまた竹流の存在を当たり前に受け入れているように思えた。

 既にいくらかの船が沖へ走り出していた。親爺も手早く用意を整えると、真と竹流を船に乗せてエンジンをかけた。
 沖に出ると、その日の海は波が荒く船も随分と揺れた。もともと船の揺れが苦手な真は、暫くすると胃潰瘍後の胃の不快感も手伝って、辛くなってきた。

 真の顔色に先に気が付いたのは親爺で、早口で何か言った。
 聞き取りにくい津軽弁は、北の国の言葉を聞きなれているはずの真にもよくわからなかったが、それがあまりにも早口の方言だったからか、恐ろしく気分が悪かったからなのか定かではなかった。
「海に吐けって」
 竹流がそう言って船縁に連れて行ってくれた。

 風に当たるといくらかましにもなったが、やはり気分の悪さは並みのものではなかった。
 そういう状況でも竹流は平気な顔で、真の背を撫でてくれていた。時折嘔気がましになって竹流を見ると、時にはそれが大仕事だとでもいうように懸命に真の背中を撫でてくれていたり、時には顔を上げて遠くの海を見つめている。
 吐いてしまうと少しだけ楽になった。それでも船縁を離れてしまえるほど気分は落ち着かなかった。

 そう言えば、竹流はマンションに隣接したスポーツクラブにしばしば通っては泳いでいたし、イタリアに連れて行かれたときも、どうやら実家が所有していると思われるクルーザーを当然のように操っていたし、海の上にいることはまるきり苦痛ではないようだった。反対に真のほうは、雪の上なら何でも構わないのだが、水の中や上はできるなら避けたい場所だった。
「悪かったな、調子の悪いときに連れてきて」
 妙に優しい言葉をかけられると戸惑う。真は船縁に座り込んだまま、竹流から目を逸らした。

 そのとき、船に結わえられた強いロープのような釣り糸がぴんと張り出した。
 竹流はちょっと待ってろと真に告げ、親爺のところに行って、何か短い会話を交わし、親爺の仕事を手伝い始めた。
 真は少し離れたところからその光景を見ていた。彼らの仕事ぶりを見ていると、不思議と気分の悪さが消えていくように思えた。親爺と竹流はまるで古くからのパートナーでもあるようにほとんど言葉も交わさずに仕事を続けていたが、糸を手繰り寄せるうちにマグロは餌を振り切ったのか、不意に手ごたえを失ったようだった。

 その日はもう一度そういうことがあったが、結局マグロを釣り上げることはできなかった。
 陸に上がってから少し休憩して、昼食とも夕食ともつかない食事をし、それから親爺の誘いで飲みに出かけた。
 暖簾がかかってなければただの漁師小屋、もしくは掘っ立て小屋のようだった。親爺と同じような風体の男たちが既に幾人か集まっている。男たちの中には、すでに竹流も知り合いとなっている相手もいるようだ。
 短い挨拶と酒だけで、彼らは何の違和感もなく異邦人を受け入れた。

 交わされている会話のほとんどは、酒が入ってしまうと聞き取れなかった。だが、その畳み掛けるようなイントネーションの波は、真を落ち着かせていく。祖父とその師匠が叩いていた三味線の音のリズムや響きを思い出させるイントネーションだったのだ。
 そうして三日間も過ぎると、異国人とそれに近い外見を持つ若者の二人連れが、この北の地に存在していることは日常になってしまったかのようだった。

 しかし、マグロは親爺の手に落ちないままで、親爺の経済的苦境を救ってやろうとはしてくれなかった。そもそもマグロのほうも命がけだし、一方で、親爺が今の状態を苦境と考えているのかどうかも謎だった。
 竹流はそういう意味では何の手助けをする気配もなく、ただ、親爺の酒に付き合い、狭い貧しい小屋のような家に居候しているだけだった。ただ役立つことと言うと、昼食を作ったり、洗濯をしたりしていたことぐらいだ。ろくな掃除をしている気配もないし、真は、と言えばさらに役立つこともなく、時々竹流に言われて買物に付き合うくらいだった。

 親爺の生活は、毎日がマグロを追いかけて、あとは飲んで眠って、それだけだった。
 もともとは夫婦で船に乗っていたようで、その鴛鴦夫婦の夫婦船はこの辺りでは有名だったという。親爺の妻は八年ほど前に肝癌で亡くなっていて、それ以来親爺は一人で船に乗ってきた。親爺は語らなかったが、近所の乾物屋の老婦人によれば、親爺は妻の死を自分の責任と感じているのだという。貧しくて、妻が身体の不調を訴えることもできず、気が付いたときには手遅れだったからだった。

 その話を聞いた翌日、マグロは親爺の船の綱を引いた。やっと船に慣れてきた真もその日は親爺のすぐ傍で、重い風と濃い潮の中で強く張る綱の立てる鋭い音を聞いた。マグロの勢いは強く、親爺の表情からはそれがかなりの大物だと思えた。
 竹流が親爺は銛の名人だと言っていたが、その日までは親爺の銛捌きを見るチャンスもなかった。
 しかし、その日は竹流と親爺の二人は見事な大物のマグロを船の脇にまで引き寄せた。
 ここ何日かの付き合いで、そのマグロとの引き合いがいかに大変かを見ていた真も、波が船に入り込む揺れの中で何とか身体のバランスを取りながら、何かを竹流が叫んだ気配で自分もそれに加わった。

 親爺は綱から手を離し、銛をつかんだ。波は高く、マグロの暴れ方も尋常ではなかった。
 それでも、親爺の銛は見事にマグロを突いた。

 しかし、それで闘いが終わったわけではなかった。マグロに縄をかけて、逃げないように結わえ付け、暴れる大物のマグロを陸に連れ帰らなければならなかった。
 マグロが手に入って喜ぶ気配もなく、親爺は何度もマグロの気配を確かめながら陸へ船を走らせた。
 だが、五分もしないうちに、急に船の走りが安定した。マグロが決死の猛暴れでついに自由をものにしたようだった。親爺は船の操縦を竹流に任せて、慌ててマグロのところへ行ったが、マグロは海に逃げ戻っていた。

 真には特別な出来事のように思えたが、親爺はいつものまま、無口で酒を飲んでいた。
 その日はいいマグロの群れがやってきていたのか、酒場はいつもよりも賑やかな気配だった。親爺は今日マグロを釣り上げた若い漁師仲間にねぎらいの言葉をかけてやっていたが、その後は黙って飲んでいた。竹流は何ら変わった様子も見せず、親爺を慰めるのでもなく、ただ一緒に親爺と無口に酒を飲んでいた。

 酒場の中には、壁に取り付けられた木の柵のような横棒がしつらえてあって、三味線が掛けてあった。真は何となく、その三味線に目を遣って、それからまた親爺のほうに視線を戻した。
 そのうち誰かが気分がよいのか、歌を歌い始めた。よされの節だった。

「艶ちゃん思いだすべ」
 親爺の近くに座っていた、やはりかなり年配の漁師が、思いやるような気配で親爺に声を掛けた。親爺は返事をしなかったが、ふと三味線の方を見た。
「元さんのよされもな」

 親爺は黙っていたが、その年配の漁師の言うことには、親爺の奥さんはもともとこの店の看板娘で、三味線の名手だったという。親爺はここで飲んでは唄って、彼女のハートを射止めたという恋物語があったようだった。奥さんは、結婚してからは慣れない船に一緒に乗り、それからはすっかり漁師の嫁になり、漁の無いときは、昆布漁を手伝いに行ったり、この店の手伝いをしたりして、貧しい家計を支えていた。時には夫婦で飲みに来ては唄っていたという。

「三味線なら、こいつが弾きますよ」
 竹流は何を思ったか、不意に真の方を指した。
 多少は周囲の好奇の気持ちもあったろうが、誰かが壁から三味線を下ろし、真のほうに寄越した。真は一瞬どうしたものか、竹流を見て、それから親爺を見たが、親爺は黙って飲んだままだった。

 飲んで調子よくなっていた他の漁師が、面白半分というように真に弾くように薦めたので、真はまた竹流の意見を求めるように彼を見たが、竹流は少し笑ったように見えただけだった。
 もう一瞬だけ躊躇ってから、真は糸巻きと皮を確認し、店の老婦人が差し出した駒と撥と指摺りを受け取って、それから駒で糸をあげた。最も音が響く場所を探るようにして、駒の位置をずらしていく。さわりを確認する。
 その一連の作業に、親爺がふと気になったように、一度真を見て、また目を伏せた。

 それでもまだ躊躇っていると、さっきの年配の漁師が促して、少し離れた椅子に真を誘った。出来合いのステージだった。店の中の八人ばかりの客は、皆好奇心を露に真を見ている。
 叩けるもんなら叩いてみな、とでも言いたげな、からかうような視線を受けて、真もついに意を決して指摺りを左手に掛け、右手に撥を握った。糸合わせのためにまず一の糸を叩くと、驚くほどに、冷えた空間に冴えて響いた。
 よく見ると、女性が持っていたものとしては重く、トチもびっちりと巻いている。いい三味線だと思った。

 親爺が何本で唄うのか分からなかったので、祖父の長一郎と同じ本数にして、さわりが響くように改めて調節する。
 その糸合わせの始めから、親爺は顔を上げて真のほうを見た。全く期待していなかったであろう周囲の客も、東京から来たというのに異国人の気配を漂わせる風貌の若者に、改めて注目してくれたように見えた。
 真がよされ節の前奏を叩き始めたとき、親爺は一瞬遠い眼をして、それからゆっくりと酒をもう一杯注いで、飲んだ。

 誰かが唄う気配もなかったが、真は長めの前弾きを弾いて、そのまま唄の節に入って弾き続けていた。誰かが親爺を促したようだが、親爺は唄い出そうとしなかった。
 ただ、真の手元を見つめて、こぼすように言った。
 そのしわがれた唇が零した言葉が、離れた場所から無音のまま真の耳と目に届いた。
「若いばて、哀しい音出すべ」

 竹流は親爺を穏やかな目で見つめたまま、そのグラスに酒を注ぎ足した。その酒をしばらく見つめてから一気に飲み干すと、親爺は俯いたまま、唸るようなよされを唄い始めた。
 真は一瞬手を緩めかけたが、すぐに親爺に合わせて叩き続けた。別の漁師が、机を叩いて太鼓の代わりをした。

 祖母の奏重が唄う伴奏をしているときは、自然に身体が浮き立つような気持ちのまま、何の技巧も計算もなく、ただ彼女の唄についていけばよかった。それが血の繋がりのなせるものなのか、自分でも分かるほどに開け広げの感情を叩き出しても、恥ずかしいと思ったことがなかった。
 祖母以外の唄い手の伴奏をする時、唄を食いすぎだと言われたこともある。押さえることができない真の身体の内の欲情のようなものを、祖母の唄だけが丸め込んでくれる、そんな気がしていた。

 だが、今真は不思議なほど自然に、誰かに合わせて、つまり親爺の人生や生活の中の様々な想いに合わせて音を紡ぎだしたいと願っていた。浮き立つような気持ちではなく、親爺の声や気配を感じながら、ただ親爺の声を支えて生かしたいと思っていた。
 唄付けをするということの本当の意味が、何故か今はっきりとわかったような気がした。

 小屋の中に残っていた夫婦の気配、海の上のマグロとの闘い、厳しかったに違いないが時には笑顔を交わし合ったであろう日々の暮らし、それを支えていた大間の海の大きな自然。そのすべてが三本の糸に乗り移っていた。糸から迸る音は親父の声を支えるための海になった。

 一曲終わって顔を上げると皆が一瞬反応もせずに自分を見ていたので、真は何かまずかったかな、と思った。考えてみれば、これほどに泥臭いまでの本場で弾くのは初めてだったし、このよそ者が、という反応もありがちな気がした。
 しかし次の一瞬には漁師たちは口々に何か話し始め、要するに次はじょんからをやれと言っているようだった。
 真が少しばかり呆然としていると、まるで自分たちの言葉が伝わらなかったからだと思ったのか、誰かがゆっくりともう一度、次はじょんからをやれ、と言った。

 真が困ったように竹流を見ると、竹流は目だけで、さっさと弾けと返事をしてきた。真はとにかくもう一度音を合わせて、そのうち夢中になって前弾きを始めた。
「東京もんにこげな音ば出せるべ」
 近くのまだ若い漁師の言葉に対して、竹流が答えている。
「こいつは北海道の浦河出身ですよ。それに、こいつに三味線を教えたのはこいつの爺さんですが、その師匠は津軽出身の名人だった。亡くなったそうですが、亡くなるいくらか前、こいつの三味線を聞いて、弟子に寄越せと爺さんに言ったそうですから」

 真が唄の節に入ると、誰かが直ぐに太鼓の代わりに手で机を叩きはじめ、目配せだけで順番を決めて唄が繋がれていった。
 多分十番は越えて二十にも届きそうだったはずだが、いつまでも誰も止めようとしなかったので、真もさすがに終わりのない唄の途中で何度も観客たちに救いを求めなければならなかった。
 漁師たちは、その日、本当に真の事を受け入れてくれたようで、胃潰瘍を無視して真に酒を薦め、自分たちも気持ちよく飲み続け、時に唄い、時には昔を語った。
 いくらかしてもう皆が順に帰り始め、親爺も帰ろうと席を立った。

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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【掌編・桜(2)】桜の恋人(後篇) 

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ユズキさんの描かれた桜のイラストから起こした掌編その2『桜の恋人』後篇です。

昨夜、最後のチェックの途中で寝落ちしてしまい^^; 朝起きて読んでみたら、あちこち気に入らず、ちょっと手直ししました。あぁ、仕事の原稿がぁ~~~(T_T)
でも、書きおえてみると、自分でうるうるしちゃいました^^;
いや、感極まったのではなく、疲れたからかも^^;^^;

前置きはさておき、『続きを読む』からどうぞ(*^_^*)

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Category: 桜の掌編集(恋愛)

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【掌編・桜(2)】桜の恋人(前篇) 

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ユズキさんの描かれた桜のイラストから起こした掌編その2です。
ユズキさんの趣のあるイラストをご覧になる方は是非、ブログをお訪ねください(*^_^*)
桜とパンジーの絵:ユズキさんの『夢の時間』
他にも、素敵なイラストが満載! 人物はもちろんですが、背景の美しさはまるでジブリの映画のワンシーンを見ているみたいです。

ユズキさんがアップされていた2つ目の桜は、1つ目の桜とはまたイメージが違っていて、とても華やかな感じ。
これがあるものに見えたので、こんな物語を書いてみました。
1作目とはまるきり違って、キラキラの桜です(^^)
頭の中でヘビーローテーションしていたテーマソングはこちら。
(野球の話じゃないし、地上のスポーツじゃないから土も蹴らないんですけれど^^;)

……実は、藤川さんには一度だけお会いしたことがあります。握手もしてもらっちゃいました(^^)

本当は短かく終わらせるつもりが、いじくっている間に時間が過ぎ、長くなり……
いつものことですけれど^^;
というわけで、まさかの前後編です。

そうそう、3月の怒涛の時期、日常業務に加えて、膨大な書類と人事異動でわけが分からん状態に陥っています。
ブログご訪問が間延びしていてすみません(T_T)
あぁ、早く落ち着きたいけれど、ますます混沌としていくこの頃なのでした(T_T)(T_T)
その上、以前眩暈でぶっ倒れた時のようにふらっとしたり、耳鳴りがしたり、う~ん、困りました(・_・;)
皆様もお忙しい時期、お身体お大事に!
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Category: 桜の掌編集(恋愛)

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NEWS 2014/3/17 地味にお誕生日 


山茱萸(さんしゅゆ)が咲きました。
気難しい子で、剪定すると次の年は全く咲きませんでした。
今年も例年ほどではないですが、ようやく復活。
これが咲くと、春が来るなぁと思います。

DSCN3213_convert_20140317070250.jpg
土佐水木はもう満開。
朝靄でも夕闇でもぼんやりと薄黄色く浮かぶのが綺麗です。

桜早咲き
こちらは寒緋桜。まだ開きません。でももうつぼみは膨らんでいます。
先日テレビで伊豆の河津桜の特集をしていました。
早咲きの桜として有名で、それはこのカンヒザクラとオオシマザクラの自然交配のものらしいとのこと。
始めの1本を発見し、40年かけて接ぎ木を続けてあの美しい並木道を作ったという方のお話でした。
開花期間が1か月と長く(一気に咲かずに、温暖な気候のお蔭で花ごとに開花日が違うからだそうで)長く楽しめるというのもいいですね。
河津桜画像コーナー

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木瓜の木もずいぶん花が開きました。まだ満開には時間はかかりそう。

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というわけで……今日は○○歳のお誕生日です。
昨日、姪が来たので、一緒にケーキを食べただけですが、一応地味にお祝い。
ブログを始めてから2回目のお誕生日ですが……もうこの歳になると大きく変わる出来事もなく、大きな目標もないような……でも、色々なことを長く続けて行けるようにと思います。
これからもよろしくお願いします。
でも、朝のテレビ番組の星座占いでは魚座は10位^^;
(やっぱり地味な記事になっちゃった^^;)

Category: NEWS

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【掌編・桜(1)】さくら舞う 

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上のイラストは自由にお持ち帰りください、と書かれていたユズキさんの桜です。
桜とパンジーの絵:ユズキさんの『夢の時間』
遠慮なく、お持ち帰りさせていただきました。
そして、以前からいつか書こうと思っていた掌編のイメージを形にしてみました。

桜の木の下には死体が埋まっている、というのはありふれたテーマなのですが、ありふれた中にもオリジナリティが出たらいいなぁという試みでもあります。
実はこの地面から出た腕を掘り出すというシーン、今連載中の『海に落ちる雨』の第5節でも、全く違う形で出てきます。
でもオリジナルはこちらの方なのです。その時は、このシーンで掌編を書くことはないだろうな、と思っていたので、別の形で長編の中にシーンを埋め込んだのです。

でも、ユズキさんの桜の絵を見た時、あ、やっぱり書いてみようと思い、こうして形にしてみました。
少しは掌編に慣れてきたからかな。
ブログを始めて鍛えられたのは、掌編を書くこと、かも。
相変わらず難産なのですが。

テーマは……罪は許されるのか、あるいは罪の赦しはどういう形でやって来るのか、ということでしょうか。
あるいは、自然・生命というものは、人間が思う罪や罰といったこととはまるで違う次元にある、ということでしょうか。
時代のイメージは明治。あんまり深く考えないでください^^;

この桜のイラストはユズキさんがいくつか挙げられたうちのひとつ目です。
実は2つ目の桜のイラストには別のイメージを感じて、また他の掌編も書いてみました。
そちらはまた次回(*^_^*)
ユズキさん、素敵なイラスト、ありがとうございました(*^_^*)

では、『続きを読む』からどうぞ。

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Category: 桜の掌編集(恋愛)

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[雨107] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(8) 

【海に落ちる雨】回想章、第21章のその8です。

<あらすじ(第21章)>
もともと馬と犬としか話せないような子どもだった真は、11の時に北海道から出てきて、全く都会の生活に馴染めず、学校にも行けず、周りの子どもたちだけでなく大人ともほとんど意思の疎通をできないでいた。
そんな真に、勉強を、なによりも人間と話すための言葉を、そして人として生きていくための何もかもを教えてくれたのは、当時真の伯父(真を引き取って育てていた)の秘書のような仕事をしていた大和竹流(ジョルジョ・ヴォルテラ)。

伯父の失踪により、実際の生活上でも精神的にも完全に竹流に頼りきっていたが、親子のような、兄弟のような、教師と教え子のような、親密な友人のような関係性は複雑。真は自分でも感情を持て余していた。
そんな時、19の秋に北海道で崖から転落。逆行性健忘と自分自身の中に潜む不可解な感情、そして社会での生活に馴染み切れないまま、大学を中退し、今は詐欺師のような男・唐沢が経営する探偵事務所に勤めている。

その真が妹(従妹)の結婚式で出会ったのは、人生を投げている自殺願望のある女性、りぃさ。
彼女と自殺ごっこを繰り返すような危ない恋に堕ちてしまった真は、胃潰瘍と栄養失調でぶっ倒れて入院。
介抱してくれたのは、ロシア人女性・自称冒険家のサーシャ。
つかず離れず真を支えているものの、ある程度距離を保ったままの竹流(実は修復師、かつギャラリーの経営者)は、彼女の依頼で、彼女の夫(イコン画家)の絵を取り戻しにソ連へ行っていた。

そんな時、真の勤める事務所は爆破事故に遭い(というよりも所長の唐沢の狂言?)、先輩探偵の三上が下半身不随になるという事態に。
真はりぃさとの恋愛に疲れ果て、自分自身の不可解な感情に疲れ、しかも自分が恋愛に溺れてさえいなければ事務所の事故も防げたかもしれないという思いで、ふらふらの状態。
それでも一歩離れたままの竹流は、サーシャの夫の絵の修復に一生懸命。

そんな中、持ち帰ったサーシャの夫の絵・清楚なマリアが描かれたイコン風の絵画が、少しずつ真の心を溶かしていく……(かな?)





 翌朝、竹流はサーシャと真に、一緒に銀座のギャラリーに来て欲しいと言った。
 彼らは朝食を済ませると、竹流の運転するクラウンでギャラリーに向かい、店番の若い男に迎え入れられて、二階のアトリエに入った。

 竹流が大事に抱えていたのは、ようやく搬送に耐えられるようになった、サーシャの夫のイコン画だった。いや、イコンになぞらえた宗教画というべきなのか。
 竹流は、作業台の前の椅子に真とサーシャを座らせた。そのまま淡々と、作業台の上に置いた包みを開く。今はこれが精一杯だというような修復の痕を見て、サーシャが嘆くように呟く。
「随分、酷い状態だったのね」
「サーシャ、ちょっと相談があるんだ」
「ええ?」

 二人の会話を他所に、真は描かれた女性の姿を見つめていた。
 マグダラのマリアだろうか。平面的な画だが、清らかな色使いはまだ残っていた。
 確かに、芸術的というものではなく、宗教のための絵面という感じは拭えない。マリアは清楚だが無機質な瞳で、どこかあらぬところを見つめている。座った姿勢で膝の上に骸骨を載せ、その上に己の手を添えて、祈りと静寂の中で神の世界について沈思していた。蒼い衣は彼女の心のままに清く澄んでいる。

「貴女がよければ、赤外線をかけてみたいんだけど」
「どういう意味?」
「洗浄していて、ちょっと妙な気がしたんだ」
 真は二人の会話を耳だけで聞いていたが、やっと顔を上げた。
「画に負担をかけることになるし、あるいは貴女が見たいとも思わないかもしれないし」
「つまり、下に何か描かれているってこと?」
「多分」

 真がサーシャを見た時、サーシャの方も真をじっと見つめていた。まるで真の心の中に答えがあるかのようだった。
 やがて、改めて竹流を向き直り、尋ねる。
「貴方がためらう理由は?」
「画家が下の絵を塗りつぶしてしまうということは、その下の絵を失敗だと思っていたり、あるいは見られたくないと思っていたり、つまり負の感情を持っていた可能性が高い。勿論、単にキャンバスになるものが無かったからだけかもしれないけど、少なくとも自分が残そうと思ったものなら塗りつぶしてしまうことはない。貴女のご主人が本当は人に見られたくないと思っているものを、暴くようなことになるかもしれないし」

「随分と慎重ね?」
 そう言ったサーシャの顔は、竹流の心の内を読み取っているようだった。
「いいわよ、夫の秘密を暴きましょうよ。もう死んでしまった人だし、時効でしょ?」
「貴女にとって有り難くないものかもしれないけど」
「私と駆け落ちしたことを後悔しているような何かが出てくるかもしれない、ってこと? もしもそうだとしても、それを受け止めてあげなくちゃね。それがあの人の心の声ならば」

 会話を聞いているうちに、真は不安になってきた。夫の思いがサーシャの願うようなものでなかったら、サーシャはがっかりするだろう。
 だが、真の視線に気が付いたサーシャは、例の明るい瞳を片方瞑ってみせた。
「おチビさん、あなたがそんなに神妙になることはないわよ。真実はそれだけで十分美しいわ」
 竹流はわざとなのか、真のほうを見なかった。
 竹流はそれでもまだ躊躇しているような表情をしていたが、ようやく決心したのかアトリエの奥の部屋に彼らを誘った。

 赤外線にかけてみるということは、現実の作業としては簡単なことだった。だが竹流は、絵を動かすにも、ひとつひとつの作業に意味があるようにゆっくりと行っていた。まるで儀式のようだと真は思った。
 真はちらりとサーシャのほうを見たが、彼女はただじっと竹流の手元を見つめているだけだった。相変わらず力強い風情を変えていなかったが、真は彼女が緊張しているのではないかと思った。
 竹流は多分、画の下にどういう類のものが隠されているのか、分かっているのだ。その上で竹流が躊躇っているのだとしたら、本当にサーシャが知りたくないようなことなのだろうか。

 いつか、画の下にどういうものが隠されているのかを見るために、何らかの光線をあててみるという説明を聞いたことがあった。その時に、画を洗浄するだけでもかなりの事が分かるというような話をしていた。
 竹流は淡々と仕事を続けている。赤外線をあてる瞬間だけ、竹流は一瞬の間を置いたようだったが、すぐに画をその光線の中に晒した。

 その瞬間、描かれた美しい蒼い衣の向こうに、女性の美しい裸体が浮かんだ。
 真はサーシャの表情を確認するでもなく、竹流の気配を伺うでもなく、まさに引き込まれるようにその画に見入っていた。
 どこかに淫らな気配さえ持った裸体のマリアの美しさは、それを隠す衣服の下でも匂い立つようだった。
 その姿は赤外線の下であっても、意外に明瞭な姿で真の心に入り込んできた。光線の魔法で消えてしまった首まで覆うような衣服の下では、彼女は多少両脚を開き気味にしている。艶やかな大粒の宝石をつけたネックレスだけが、裸の胸を飾っていた。
 彼女の表情は生き生きとして、この画を描いている画家のほうを見つめていた。

 随分間をおいて、ほとんど同時に竹流と真はサーシャのほうを見た。
 彼女は暫く何も言わなかったが、すぐに顔を上げて例のごとく明るい表情で言った。
「若い素敵な男性二人に見つめられると緊張しちゃうわ。でも、若い頃の私は魅力的だったと思わない?」
 サーシャはそう言って彼らに片目を瞑って見せた。
「貴女は今でも十分魅力的だよ」
 竹流は真顔でそう言って、それから赤外線を切った。
「上の絵の具を全て落とすこともできるけど、どうしますか?」

 マリアは再び蒼い衣をまとい、清楚な表の顔に戻っていた。サーシャは無表情のマリアを見つめたままだったが、静かな穏やかな声で答えた。
「いいえ、このままがいいわ。あの人がこうして絵の具を重ねておいた気持ちも、そのままにして持っていたいの」
 その翌日、サーシャはインドに旅立っていった。スケッチブックは問題がなかったが、マリアの画はそのまま持っていくわけにはいかなかったので、後から竹流が彼の持っている輸送ルートで、彼女のスイスの自宅へ送り届けることになった。

 竹流と真は、サーシャを空港まで見送りに行った。去り際に彼女は竹流に耳打ちするように言った。勿論、彼女らしく、耳打ちといっても十分に傍にいた真に聞こえるくらいの、はっきりした自信に満ちた力強い声だった。
「ねぇ、それでもあの人は、あの画を死の時まで傍に置いていてくれたのね。でも、画としてなら裏に潜む姿を隠して持つこともできるでしょうけれど、人の心はそのまま隠すには重すぎるわよ」
 サーシャはそう言って、真に向かって片目を瞑り、搭乗ゲートに向かって行った。彼女は最後に振り返って大きく手を振ったかと思うと、大袈裟なゼスチャーで投げキッスを寄越してくれた。


 聖職者であったサーシャの夫の心の中には、生身の魅力的な、そのままの彼女が生きていたのだろう。イコンの無表情な清楚な瞳の向こうで、いつも画家のほうを見つめていた生気に満ちた瞳を輝かせて。
 その一方で、どうしても自分に科した重い心の規律を緩められなかったのだろうか。
 亡くなってしまった人の感情を掘り起こしても、ただ想像するだけに過ぎない。今となっては誰にも、その感情の奥に潜めた真実を突き止めることなどできないはずだった。

 そんなことを考えながら、彼らは築地のマンションへ戻った。
 風呂と夕食を済ませてから、真は言われるままに早めにベッドに入った。すっかり回復したつもりだったが、竹流の言うように病み上がりには違いないし、つまらないことで逆らって面倒なことになるのも避けたかった。
 竹流はマンションで仕事をすることはほとんどなかったが、その日は古本屋から買い取ってきた何冊かの本を抱えていて、真を寝室に行かせてからも、長い間居間で本を広げていた。

 ひとりベッドに入った真は何度も寝返りをうったが、だいたいまだ十時前だったし、そんなには簡単に眠れるはずもなかった。結局、身体を起こしてベッドを出ると、竹流のいる居間に戻った。
「眠れないのか?」
 真は返事をしなかった。竹流の手元を見ると、彼は古い本やら日記やらをテーブルにいくつも広げていて、確認しながら、いつものようにノートに細々と書きつけていた。

「戦争画だ。太平洋戦争の時に戦意高揚のために描かれた画だよ。多くはアメリカに没収されて、酷い扱いでろくな状態ではない」
「それを修復するのか」
「こういう画は写真を元に描かれているから、かなり克明だ。人物の特定ができるものまで含まれている。戦争で写真が失われて画だけが残っている場合、遺族の人に頼まれることがある」
 竹流は手にしていた本を閉じた。本の上に手を乗せて一呼吸おく。

「明日、一緒に田安さんのところに行こう。三上さんがどう思っていようとも、所長とこのまま話をしないわけにはいかないだろう。少なくとも、三上さんがあの状態で生きている限り、しかも身内がいない限りは、誰かが彼の今後を購わなけりゃならない」
 真は黙って頷いた。

 しかし、彼らが行動を起こすまでもなく、翌朝彼らは警察からの電話でたたき起こされた。唐沢が警察に捕まり、あっさりと事情を話しているのだという。事実関係の確認に真に署まで来て欲しいという話だった。ついていこうかという竹流の申し出を断って、真は一人で出掛けた。
 真が戻ったのは夕方で、どう思ったのか、竹流はその日一日中マンションにいた。例の戦争名画展の図録を確認しながら、随分と手の込んだだしを取った料理を作っていて、真が帰ってきたときには、玄関を開けたときからいい香りがしていた。

 竹流は普段あまり飲まないビールを届けてもらって、真が帰ってくると早速ビンの栓を抜いた。
「新宿で野宿をしている浮浪者の中に隠れていたんだ。そこで喧嘩して、職務質問を受けて、あっさりと捕まって事情を聞かれ、しかもあっさりと犯行を認めたらしい」
 真は淡々と言った。
「で、何か事情が分かったのか?」
「三上さんの生命保険の受取人は所長になっていたそうだ。勿論、事務所自体の保険金も」
「保険金目当てってことか?」

 ろくな人間には思えなかったが、そこまでセコい小悪党にも思えなかった。
「理由は言わないらしいけど、博打で相当借金はあったようだ」
「しかし、あの男は博打の借金なら博打で返そうとしそうだけどな。たとえ、追い詰められて身動きが取れなくなったんだとしても」
「俺もそう思う。でも、どういう理由にしても、所長が三上さんを」真は一瞬言葉を継ぐのを躊躇ったが、一呼吸おいて続けた。「殺そうとしたのは事実だ」
「許せないのか」

 真はうつむいたままで、その質問には答えなかった。ただ、顔を上げて竹流を見つめ、その瞳に促されるようにゆっくりと言った。
「でも、どうせ逃げるんならもっと遠くに逃げてくれていたら良かったのに、新宿にいたなんて」
 竹流は黙ったままだった。
「それに、俺が許せないとか許すとかいうような話じゃないと、思ってる。三上さんに会いに行ったら、彼は笑ってた。所長も魔がさしたんだろうって。そんな簡単な話じゃないと思うけど」

「三上さんはお前に同情して欲しくないし、所長と自分との間の事に関わって欲しくもないんだろう」
「それは分かってる」
 俯いていても、竹流の視線を痛いほどに感じた。やがて竹流は徐に箸を置いて、真に言い聞かせるように言った。
「落ち着いたら所長に会いに行ってやれ。どうあっても、あの男はお前を気に入って可愛がってくれてたと、俺はそう思うけどもな」

 食事の後で少しだけ酒を飲み、真は昨日よりも早くにベッドに入った。うとうとはしたものの、ふいに耳がつんとするような嫌な感じで目を覚まし、身体を起こした。
 あのときの爆音が耳の鼓膜を震わせた、その感触だった。

 居間に続く扉から明かりが漏れていた。竹流がわざと少し扉を開けておいたのだろうと思った。ぼんやりとその明かりを見つめていると、明かりの筋はすうっと広がり、光の中に人の影が浮かんだ。
 人影はゆっくりと大きくなり、そのうち光を飲み込んでしまい、やがて扉が閉じて明かりは失われた。
 真は黙ったままベッドの端で身体を起こしていた。それから暫く空気は冴え渡って静かで、物音も感情も気配がないほどに澄んでいた。

 やがて、黒い人影はゆっくりとベッドに近づいてその端に座り、真の身体を抱き締めた。
 その身体は温かく、その手は真の頭を優しく包み込むように抱き、真は逆らうこともせず、その手に任せていた。
「お前の親友の従姉が亡くなった。もう何日か前のことだが、自殺だったそうだ」

 竹流の腕の中で真は震えた。あるいは震えていたのは竹流の方だったのかもしれない。
その震えを押し込めるように、竹流の腕はただ強く真を抱き締めていた。そこから、何かの感情が飛び出すのではないかと思うほどの力だった。
 真はそのまま石のように固まっていた。竹流の腕の中にいても、体温まで失っていくように感じた。

 だが、この時、真の感情は恐ろしく不可解な一面を持っていた。
 何よりも、自分をこの男から遠ざけようとする力が、今この現実に消え去ったことに安堵した。そして、他人の死に安堵する自分自身に怯えて震えた。今、真は気が付いたのだ。遠い昔、真の首を絞めた母の死を願っていた。確かに願っていたのだ。そして今もまた。
 りぃさを愛していたのに、同時に彼女の死も願っていたのか、それとも彼女を愛していなかったのか。今となっては、どちらも同じ事のように思えた。もしもこの世から他の全てが消え去っても、今感じているこの温もりさえ残っていたら、それで十分だと思えた。

 哀しいと思いたかった。だが、自分の中のどこを探しても、かろうじて見つかったのは彼女を哀れだと思う気持ちだけだった。せめて、愛おしいと思っていたことだけは、事実であって欲しいと願った。
 その夜、その後どうしていて、いつの間に眠ったのか、後からいくら思い出そうとしても思い出せなかった。

 朝起きると、あたりは暖かく穏やかな小春日和で、その優しい空気の中にコーヒーのいい香りが漂ってきて、不思議と幸せな気分だった。
 誰かの死によってもたらされる幸福がこれほど優しいのは何故なのか。それともこれは、ここから見る半面だけが幸福なのか。後ろから見れば不幸の暗闇がどこまでも広がっているかもしれない。平和をもたらす為の戦争など存在しないということと同じくらい、自明のことだ。それは必ず誰かの屍の上にあるのだから。
 そして、真は誰かの死の上で軽く寝返りし、暖かい光を享受した。

 ゆっくりと意識はどこか別の次元から現れて、体の中に納まっていくような感じがした。まるで身体と精神は別のもので、眠っている間は肉体から離れていた精神が、生まれ変わって昇る太陽と共にこの世に戻ってきて、新しい時間を紡いでいくように思えた。
 竹流が以前、古代エジプト人の死生観について教えてくれたことがあった。今、真が感じているのは、まさに古代の異国の人々が思い描いてきた新しい人生の瞬間なのかもしれない。他人の死によって感じる新しい光、その残酷さに震えながらも、真は不思議と静かな心でいた。

 廊下側の扉が開いて、竹流がコーヒーを盆に載せて運んできた。真は起き上がりもせずにそれを見つめていたが、竹流がサイドテーブルに盆を置くと、ゆっくりと身体を起こした。身体は自分の意志よりもずっと軽く動くような気がした。
「コーヒーを飲んだら出掛けよう」
「何処に?」
「大間」
 真は暫く相手の言うことが理解できずにぼんやりとしていた。それから、頭にその単語の実質が入り込んできて、生まれ変わって初めて、感情が蘇ってきたような気がした。
「大間?」
 鸚鵡返しに聞いてはみたものの、竹流は何も言わなかった。

 そのわずか一時間後には、竹流のフェラーリは東北自動車道を北に向かって走っていた。必要なこと以外の何の会話も交わさないまま、古川から先は一般道となり、青森の北の果てにたどり着いた時には、もう夜になっていた。
 竹流は明かりもほとんど見えないような海沿いの道に出てから、またいくらか走って、やがて少しばかり内陸の方に入り車を止めた。

 道があるようなないようなところで、明かりは一軒の掘建て小屋のような小さな建物から漏れてくるものだけだった。それほど遠くもないところで波の音が聞こえていて、潮の匂いと湿った空気が漂っていた。
 竹流が無遠慮にその小屋の戸を叩くと、随分と間を置いてから、返事もないままにその戸が開いた。

 そこに立っていたのは、無精髭を伸ばし、髪の毛は無造作に刈ってばさばさのまま、古いどてらを肩にかけた小柄な老人だった。いや、おそらくは実際の年よりも老けて見えているのだろう、日に焼けた肌の皺は思ったより多くはなかった。それでも、十分に半世紀は過ぎている顔だった。
「遅くにすみません」
 男は怒っているようでもなかったが、大概無愛想だった。彼らを招き入れると、黙ったままくすんだグラスに一升瓶から日本酒を注いで、竹流の方に差し出した。竹流は黙ってそれを受け取り、一気に飲み干して、それから男にグラスを返した。






さて、ようやく大間のマグロ漁師、頑固爺さんの登場です。
少しずつ、人間に慣れていく??真をご期待ください^^;

Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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NEWS 2014/3/13 花盗人に罪はないというけれど… 


写真は、咲き始めた木瓜の花です。
この木瓜は、木に棘がないのです。そしてこのスカーレットというべき深紅が何とも言えず美しいです。
早く満開にならないかな。

さて、今日、私はちょっと悲しい気持ちでいます。原因はこれです。
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朝、家の周りの植え込み(庭に道路に面した部分があるのですけれど)を見たら、せっかく植えたクリスマスローズが2株、盗まれていたのです。
12年ここに住んで、ずっとクリスマスローズを植えていますが、こんなことは初めてです。
今までなかったのが不思議なのでしょうか。

お花が好きな人なのでしょうか。
でもお花が好きな人はこんなことはしないと思ったりもします。
うちの花を綺麗だと思って下さったのならそれは嬉しいことではあります。
でも、通りかかる人たちが、うちの花を見て楽しんでいただけるようにと植えているのです。
手入れをしていると、「綺麗ですね」「いつも楽しみにここを通ります」って声を掛けてもらえるのが嬉しいのです。
この花たちは、うちの実家で母が、以前小さな苗から植えて花を咲かせて、種を取って、それをさらに苗から育てたものなので、本当に残念です。

声を掛けてもらえたら、花を分けてあげることもできたのに、ものすごく残念。
植えたところなので、水を絶やすと枯れてしまいます。
今はせめてお花が可愛がってもらっていることを祈るのみです。
「こんな悲しいことはしないでください」と張り紙をしました。

折しも、昨夜は3月11日。あれこれ震災のことに想いを巡らしながら、祈りながら眠ったその朝。
ちょっとがっかりな1日の始まりとなってしまいました。

残念な記事に終わらないように、綺麗なクリスマスローズ百面相、お楽しみください。
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おまけの金縷梅も。
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<宣伝コーナー>
*短編『明日に架ける橋』、鋭意公開中(*^_^*)前篇後篇
 映画にもなったという実話をテレビで聞いて、ちょっと天邪鬼な物語に仕上げてみました。
 四肢麻痺の元俳優と詐欺師の男、そして女性弁護士の結構ソウルフルな物語。

*掌編『じゃわめぐ・三味線バトル』、やっぱり鋭意公開中(*^_^*)『じゃわめぐ』
 じゃわめぐ、とは津軽の言葉で「ぞくぞくする、心が騒ぐ」という意味。
 夕さんちの稔とうちの真が民謡酒場で三味線バトル!
 真シリーズを知らない方も、お楽しみいただけます。ぜひ、津軽の三味の音を感じてください。

*次回からはそろそろ、真面目に『死と乙女』の続きを……
 あらすじをつけますので、よろしければ始めてさんもお入りくださいませ。
 ウィーンの音楽院の学生・慎一の青春物語、です。
 『海に落ちる雨』もしばらく怒涛の連載に入りたいと思います(数日おきに…)。
 

Category: ガーデニング・花

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【真シリーズ・掌編】じゃわめぐ/三味線バトル 

ようやく【掌編】三味線バトル、こと『じゃわめぐ』をアップいたします。
真シリーズを御存じない方でも、何の問題もなく、音楽小説として読んでいただけると思います。

これはもともと、limeさんから頂いたイラストのために書いた作品『幻の猫』が発端になったものです。
その中で、八少女夕さんのscribo ergo sumの中の人気作品『大道芸人たち』のArtistas callejerosの4人にご登場いただいたのですが、真が三味線で彼らと共演したのです(その時は稔はギター)。
そして、別れる時、稔と真が今度は三味線2丁で、と再会を約していたのですね。

scriviamo!2014用にとも思っていたのですが、『大道芸人たち』は人気作品だしきっと登場回数も多いだろうから、あえて『樋水龍神縁起』を選んだのでした。
なので、これは別枠としてお楽しみくださいませ。

三味線をメインにした作品というのは、実はものすごく書きにくいのです。
でも、このたび、ちょっと気分が乗っていたので書いてみることにしました。
ところが書き始めてみると、思ったよりも難産で、結局ほとんど書き直しました。
理由は、最初真視点で書いたのですけれど、すっきりしなくて、第三者を出してみたからなのです。
お楽しみいただけると嬉しいです。
ちなみに、予定外に長くてすみません^^; 前後編に分けようかとも思ったのですが、一気に読んでいただいた方がいいなぁと。

【登場人物】
相川真:この掌編では21歳になったところ。時系列では【清明の雪】の少し前です。大学生でロケット工学の勉強中。大学受験後の春休みに、家庭教師である大和竹流と彼の祖国・イタリアを旅している時、Artistas callejerosのメンバーに会う。
祖父・長一郎の手ほどきで太棹三味線を弾く。祖母・奏重は民謡歌手。
19歳の秋に故郷・北海道で崖から転落、逆行性健忘と、覚えていない期間に自分が何かとんでもないことをしていたのかもしれないという恐怖に苦しんでいる。
安田稔:詳しくはこちらのページをどうぞ→『大道芸人たち』あらすじと登場人物
成田美南:東京の清掃会社で働く女性、22歳。津軽・五所川原出身。もともと民謡歌手を目指していた。

ちなみに時代とかは気にしないでください。
実は大幅にずれているので(真の時代が古い)、あくまでもお話としてお楽しみいただければと思います。
追記に三味線豆知識があります(*^_^*)




その店は、東武浅草駅から浅草寺に歩くわずか数百メートルの道の途中にあった。
成田美南は、重く黒ずんだ木の扉の前に立っていた。扉には、重々しく透明度の低い硝子がはめ込まれていて、その向こうで灯りと闇のコントラストが揺らめいている。
重い扉は防音の役割を中途半端に担っているが、電車の音が途切れると、粉雪がちらつく冷たい空気の中、店内の喧騒がじわりと伝わってきた。

美南は暗い青色のオーバーコートのフードを頭から外した。数年前に青森の五所川原から上京した時に持って来て以来、一度も買い替えたことのないオーバーコートだ。田舎の街で購入した時からすでに野暮ったいデザインだったものが、今では既に博物館に並んでも良さそうなものになっている。
粉雪は時折風と共に扉に吹き付け、厚いガラスに当たって砕ける。

フードを外した耳を掠める風の中に、微かに伸びのいい女性の声が混じる。太鼓を叩くような響きが、扉の向こうから直接振動として胸に伝わってくる。
慣れ親しんだ太棹の、腹に食い込むような津軽の節だ。
美南は目を閉じた。扉の外からでも美南には分かる。よされの節だ。

一気に津軽の古い家の中に引き戻される。じっちゃの家の板敷の囲炉裏の間。爆ぜる炭の音。火に掛けられたけの汁の匂い。そしてじっちゃの撥の音。
みなみ、うたっこ、じょんずだぁのぉ。
じっちゃの声が風に巻かれて、東京の空高くへ消えていく。

「入らないの?」
美南ははっと顔を上げた。
霞む店内の灯りを薄暗く写し取った硝子に、美南の影と重なるように別の人間の影が映る。
「かに。ぼへらっ……」
美南は言葉を止めた。
「あ、いえ、すみません。ぼんやりしてて」
振り返ると、美南の後ろにギターを担いだ男が立っていた。美南よりは随分と年上のようだが、まだ若い。真っ黒で硬い髪に焦げ茶色の瞳、それに見ただけでちょっと人好きのする朗らかな気配。
男は軽やかな笑顔で、美南のために重い扉を開けてくれた。

……やっぱりすごい。
扉が開いた瞬間、美南は耳と目を奪われた。いや、扉を開ける前からわかっていたのだ。
比較的広い店内だが、カウンターもオープンな座敷にあるテーブル席も、ほとんど満席だった。奥に、一段高くなった小さな舞台がある。
その上で、どちらかというと小柄で細身、ジーンズ姿の若い男が三味線を叩き、年配で恰幅のいいスーツ姿の女性がよされ節を唄っていた。

唄は止め節に入ろうとしていた。一音が長く伸ばされると、若い男が間合いを測るように唄い手の女性の揺れる背中を見つめる。微かに笑みを浮かべているようにも見えるが、目と耳を研ぎ澄ませているのが分かる。
唄い手を見つめたまま、撥を打つ。重く叩きつける後撥に、押さえるような弱音の前撥、その節に誘われるように声が三味に絡み付く。三味も、応えるように唄に絡み付く。

じっちゃもいつもあんなふうに唄い手の背中を見ていた。
すごい、と思った。だが、美南も幾度も出場した大会の上位入賞者たちの上手さとは違う。唄も、三味線もだ。声には渋みがあり、地鳴りのようなうねりがある。テクニカルなものは何もないのに、津軽のリズムがある。泥臭く、腹に響く。唄い手の渋く重い響きに、三味線は見事に合わせている。

唄い手が最後の音を畳み込むと、店内からはやんやと拍手が起こった。唄い手の女性は深々と頭を下げる。
三味線を叩いていた若い男は唄を追いかけるようにして手を止め、唐突に今までと全く違う顔をした。ほっとしたような、子どもの様な柔和な顔だった。
だがその顔が、一瞬先に表情を変えた。

彼は、あれ、というような少し驚いた顔をしていた。
その視線の先に自分がいることに美南も驚く。
いや、彼が見ているのは美南ではない。美南の後ろに立っているギターを担いだ男だ。振り返るとギター男も軽く手を挙げて、舞台の上の男に挨拶をしていた。
唄い手の女性は店のステージから降りると客席に戻った。この店の専属歌手というわけではなく、客だったようだ。それなのにあの堂々とした歌いっぷりはどうしたものだろう。

三味線の男は三味線立てに楽器を戻し、舞台を降りると唄い手と言葉を交わした。
年配の、小柄でずんぐりした半被姿の男が、彼から撥を受け取る。ぽんぽんと彼の腕を褒めるように叩くと、マイクを持って話し始めた。この半被の男がステージを仕切っているのだろう。
「いんや、もう、じょんずだぁなぁ。どんだべ」
半被姿の男が問いかけると、客たちが改めて唄い手と三味線の男に向けて手を叩く。
半被の男は客席を見回し、また次の誰かに目を付けたのだろうか、やはり客らしい誰かをステージに上げた。
三味線の男は、そのまま真っ直ぐ美南とギター男の方へ歩いてきた。

「よっ。まさかどんぴしゃで会えるとは思わなかったよ」
「ミノルさん。いつ日本に?」
既に満席と思われる店内に、ミノルと呼ばれたギターを担いだ男と美南の席はなさそうだったが、店の従業員らしき男が近づいてきて、三味線の男に呼びかけた。
「マコトちゃん、知り合いか?」
「マコトちゃん」は頷く。
近くで見ると、髪の色は染めているかのように明るく、目は右目だけが碧が混じったように幾分明るかった。「ミノルさん」と「マコトちゃん」は背の高さもそれほど変わらないので、外見はまるで違うのに、兄弟のように見えた。

従業員は直ぐにカウンター席の客を詰めさせて、三人のためのスペースを作ってくれた。客は誰しも嫌な顔をせずに椅子を少しずつずらしてくれる。ただの居酒屋の客同士ではない、皆、同種の人間、あるいは同郷者だと感じているのだ。
「いえ、あの、私は……」
美南は連れではないことを言おうとしたが、ミノルさんに止められた。マコトちゃんがミノルさんに問いかけるような顔をする。

「あ、えーっと、こっちは……」
ミノルさんが言葉に詰まって、美南に目配せをする。
「あ、あの、美南といいます」
「そ、ミナミちゃん」
「ミノルさんの恋人ですか?」
「いや、今店の前で知り合った」
マコトちゃんはちょっと驚いたような顔をしたものの、それ以上は何も聞かなかった。

ふたりは物凄く親しい友人同士というわけではないようだ。差しさわりのない程度に近況を確認し合いながら、お互いの情報を探り合っているように見えた。
色々あったよ、とミノルさんは前置きをした。色々あったけれど俺は結構頑張っているよ、というように聞こえた。マコトちゃんは頷いた。
マコトちゃんも、自分も色々あって、と言った。何かに深く耐えているような声だった。今度はミノルさんが、慰めるような、励ますような気配で頷いた。
ステージでは、さっきの半被の男性の伴奏で、別の客がタント節を唄い始めていた。

従業員がおごりだと言って、真鱈の昆布〆め、ばっけみそ、ニシンの切り込み、ホッケのすり身汁、そしてじょっぱりを運んできた。どれも懐かしい津軽の料理、そして酒だ。
ミノルさんの顔が明るくなる。美南ちゃん、遠慮せずに食いなよ、と勧めてくれる。

会話の中から分かったのは、ミノルさんは大道芸人で主にヨーロッパで4人組で活躍しているということ、今回は野暮用で日本に戻ってきたこと、またすぐにヨーロッパに戻ること、それだけだった。

マコトちゃんの方もミノルさんと同じように、自分のことを多くは話さなかった。ただ、聞かれるとぽつぽつと言葉を返した。大学生でロケット工学の研究をしていること、時間は比較的自由になるのでいくつかバイトを掛け持ちしていること、去年の秋に大きな事故に遭って今はまだ少しリハビリが必要なのだと言った。
身体自体はそんなに不自由ではないところをみると、リハビリというのは少し別のニュアンスがあるように聞こえた。

「それで、ミナミちゃんは?」
いきなり話を振られて美南は「え?」と声を出してしまった。ミノルさんに加えてマコトちゃんも顔を上げてじっと美南を見ている。
「ミナミちゃんてさ、青森の人?」
「ど、どうしてですか?」
「何となく、だけど」

その時、またステージを仕切っている男性がマコトちゃんのところにやって来た。
「マコトちゃん、リクエストだべ。小原、頼むわ」
今度はさっきとは違う女性がステージで彼を待っていた。ジーンズ姿の小柄で若い女性だ。マコトちゃんはちょっとミノルさんの顔を見て、それからゆっくりと立ち上がった。
「あいつ、意外に女にモテるんだなぁ」
ミノルさんが呟くと、空になったグラスにじょっぱりを継ぎ足しながら従業員が笑った。
「大概は年寄だけど」
ミノルさんは違いない、と言って笑った。素敵な笑顔だと思った。

「ここは誰でも演奏できるの?」
ミノルさんが従業員に問いかける。
「若手演奏家の修業の場ですよ。店長が気に入ったら雇ってます。今日のステージの第一部は終わったんで、今はああして客に遊ばせてるんです。客って言ってもびっくりするような演奏家が来たりもしますからね」
「彼も?」
「マコトちゃんはお祖母さんが民謡歌手なんですよ。小学生の時からお祖母さんの唄付けをしていたそうですし、高校生の時からここで弾いてた。店長がラブコール送っているんですが、大学も忙しそうで、まだ専属で雇われちゃくれないみたいです。でも若い唄い手も彼を知っていますからね、ああやって彼に三味線を頼みたがるんですよ。三味線が上手くても、あれだけの唄付けのできる若手はそういませんから」
従業員が言葉だけは標準語、イントネーションは見事に東北弁で話した。言葉にも微かに濁音が残る。

ステージでは、マコトちゃんが伴奏者を待っていた女性に話しかけてから、隅の方に置いてある丸い木の椅子に座った。本数を確認していたのだろう。三本の糸を二上がりから本調子に調弦している。唄い手はマコトちゃんを振り返り、顔を上げた彼に小さく会釈をした。
美南と同じ、二十歳過ぎくらいだろうか。小柄で控えめな印象の女性だった。
マコトちゃんが目を閉じて息をひとつ吐き、改めて糸合わせをして、前弾きを始める。

短めの前弾きだった。だが、美南はその撥の動きに釘付けになっていた。
三の糸から一の糸へ、四と六の勘所を滑るように移動する指。その指先から、不思議な色気が滲み出る。
小原節の一の糸は、じょんから節とは少し印象が違う。太く力強いのは同じなのだが、情けも何もかも断ち切るような女の潔さ、その中に潜めていた色気が、一の糸から零れ出す。
男の人なのに本当に不思議だと美南は思って、マコトちゃんの手をじっと見つめた。

じっちゃとよく似た手つきだった。後撥の柔らかな叩きも、前撥が三味線の胴の枠近くまでくっと近付き、親指を滑らせるようにして音を抑えるのも、そしてしなやかに、一方で力強く竿を滑り勘所を押さえていく左手も。
上手い、というレベルの問題ではない。この人は唄い手をよく知っている。
そして、弾き手によってわずかに異なる、リズムをとるタイミングまでもが、じっちゃとよく似ていた。

前弾きから太鼓の部分に差し掛かる時、マコトちゃんが顔を上げて唄い手を見た。小柄で穏やかな顔つきの女性は、恋人を見るようにマコトちゃんの三味線を振り返る。
タイミングを確かめ合った後は、女性は一歩前に出て、深く頭を下げた。店の中の客たちはこの子を知っているようだった。待っどったと一段大きな拍手が上がる。人気者なのだろう。太鼓を叩くのは、半被の男だ。唄が始まった。
美南は思わずその女性の唄い手の声に震えた。

美南は、幼いころに三味線を弾く祖父の影響で唄を始めた。祖父も両親も小さな娘の唄の才能を喜んだ。美南は大好きな祖父が三味線を合わせてくれるのが嬉しくて、レコードを聴いては唄を覚えた。古いレコードからじりじりという雑音を押しのけて胸に訴えかける古い時代の津軽の唄い手たちの声が大好きで、岩木の山が見えるリンゴ畑が練習場所で、山からの風と雪解けの水、咲きそろうリンゴの花が先生だった。

小学生の時には大会にも出るようになり、いつも優勝もしくは準優勝を勝ち取った。中学生の時には民謡歌手になろうと決めていた。自分にとってその未来は必然だった。
周囲には同じように民謡や三味線をやっている子はいたが、それで身を立てようという者はいなかった。それだけで食べていけるのはごく一部の人間だと分かっていたからだ。
中学を卒業する前に、祖父が農作業中の事故で亡くなった。悲しくて胸が張り裂けそうだったけれど、それからは祖父のためにもっと頑張ろうと思った。

だが、高校生になり将来に向けて本当の実力が試される頃、五大民謡大会で優勝するようになったのは、美南ではなく、時々大会で顔を合わせていたひとつ年下の子だった。これまで入賞することも数えるほどだった彼女が優勝するようになったのは、名のある先生についたからだと聞いていた。
それからは何度大会に出ても勝てなくなった。自分の唄と上位入賞者たちの唄のどこに違いがあるのか、まるで分らなかった。違うのは後ろ盾があるかないかということだけだ。
結局はそういうことが大事なのだと思い知って、この世界に失望した。

唄はきっぱりと辞めてみたものの、大学へ行く準備はしていなかったし、地元に就職先はなかった。美南は地元の多くの若者と同じように、東京に出た。
東京には青森では考えられないような多様な仕事があり、先々のことは考えられなくても、少なくともその時を暮していくことができた。
ついこの間、本屋の店員を辞めて、小さな清掃会社の社員になった。気が付くと東京に出て二年が過ぎていた。冬になると少しだけ昔の傷が痛んだ。

本当は分かっていた。美南には後ろ盾となる先生もいなかったけれど、何よりも華やかさがなかった。美南を打ち負かしたあの子には外見の可愛らしさと同時に、声の中に華があった。艶やかで艶やかだった。声は山を駆けあがる風のように伸びやかだった。教えられたことを忠実に繰り返す素直さもあった。
美南の場合は結局、ちょっと唄の上手い子どもが、成長してみたらそうでもなかったというだけのことだったのだ。

今、目の前で唄う若い女性には、あの子と同じ伸びやかさ、艶やかさがあった。ちゃんと勉強もしているのだろう。きちんとした節で、聞いていると納まりがよく心地いい。
昔を思い出す唄は聴きたくないと思っていたのに、この頃仕事に疲れていたのかもしれない。会社の先輩が青森の人で、この民謡酒場のことを教えてくれた。
本当はあの扉の前で引き返そうしていたのだ。
でも、ミノルさんが扉を開けてくれた。

マコトちゃんが唄い手の背中を見つめ、その唄に合わせながら、撥のリズムを時折僅かにずらしている。初めての相手の唄に合わせるのは大変だろうけれど、そういうことに慣れているのか、あるいは敏感すぎる感性で自然に反応しているのか。
それとも、知らぬうちに自分のペースに唄い手を引き込んでしまうのか。
誰かの心の中に入り込んで、その心の一番大事なものをぎゅっと掴むような三味の音。
唄を引き立て、唄い手の声を引き出す魔法のような節と掛け声。
いつの間にか、声を出さないまま、咽喉の奥で唄っていた。

「あいつ、すごいな」
不意にミノルさんが呟く。美南ははっとして顔を上げた。ミノルさんを見ると、これまでとは違う顔だった。ミノルさんの中で火がつくのが見えた気がした。
唄の途中から美南の胸はどんどんと音を立てるように震えていた。三味線の皮を叩く音が響くからなのか、あるいはずっと昔に置き忘れてきたものが暴れはじめたのか。
隣でミノルさんが何かを問いかけるように美南を見ていた。

唄が終わって、喝采の中、マコトちゃんが半被の男性と何か言葉を交わした後、ミノルさんと美南のいるカウンターにやって来た。そしてミノルさんに撥と指摺りを渡して、ほんの少し微笑んだように見えた。
二人は目を見合わせただけだった。
「店長が田酒をおごってくれるって」
従業員の男がにこっと笑った。
「本当に?」
ミノルさんの声が弾んだ。

一緒に六段の三段目まで弾いて……という打ち合わせの声が聞こえた。
マコトちゃんが自分が使っていた三味線をミノルさんに渡す。トチが見事に巻いていて、照明で銀に照り返している。三と四の勘所は特に、摺れて光の跳ね返しが強い。マコトちゃんは別の三味線を手に取る。
二人は並んだ丸い木の椅子に座った。
客たちはおや、という顔をしていた。
ミノルさんも三味線を弾くのだ。美南はドキドキした。

六段やあどはだりはピアノのバイブルの様な基礎曲ではあるが、流派が違ってもほぼ同じ曲の流れなので初めて顔を合わせた同士でも合奏ができる。先生が十人いれば、同じじょんからの節でも、その中身は十人とも違う。これらの基礎曲も少しずつ細部が違うのだが、長さは同じようにしてあるので合わせることは可能なのだ。
基礎的といっても、簡単という意味ではない。

それは二人が顔を見合わせて掛け声を掛け合い、弾きはじめた時に明らかになった。
聞きなれた六段のはずなのに、客たちも「お」という気配で箸やグラスを止める。
美南はステージの上の二人に釘付けになった。
伴奏と独奏では全く印象が違うマコトちゃんの手は、じょんからの四枚撥のリズムも手伝って素朴で力強かった。いや、小原とじょんからの違いなのかもしれない。一方、ミノルさんの手はまた少しイメージが異なっていた。晴れやかで色々なニュアンスに読み取れた。

二人は一段目ではまだ互いのリズムを測り合っているよう見えた。
だが、二段目で再び掛け声を重ねた後は、互いの遠慮は不要になった。一瞬、また目と目を合わせて、二人の音は瞬間に主導権を譲り合いながらも、二重螺旋を描くように絡まり合った。音と音が叩きつけ合うように、しかし不意に優しさを滲ませて、絡まりながらどんどん高みに駆け上がる。
穏やかそうに見えるマコトちゃんの身体の中に熱い火の玉のようなものがある。同じように、朗らかそうに見えていたミノルさんの中でも、熱が高まるのが見て取れる。
「六段だべ?」
隣の男が感心したように呟いた。
美南はカウンターの上に乗せた右手をきゅっと握りしめた。

三段目終わりの捨て撥の勢いをそのまま引き継いで、始めに曲弾きを始めたのはマコトちゃんだった。ミノルさんは撥を止める。
一の糸は地鳴りのように重く、地面を踏みしめるようだった。心の内に渦巻く暗いものを断ち切るように、一音一音、撥に自らの魂を篭めるように皮を打つ。低い勘所から高い勘所へ、音は確実に北国の大地を踏み鳴らしていく。
本当に、唄付けの時とはまるで別人だ。音は強いが激しいというわけではない。むしろ大人しいくらいだ。でも物足りなくない。
「マコトちゃんの曲弾き、久しぶりだなぁ」
「いんや、いつもの彼じゃないべ」

そういうことだ。美南は、マコトちゃんの隣に座っているミノルさんを見る。ミノルさんは三味線を構えたままじっと目を閉じている。全く動かない。静かなのに、ふつふつと身体の内で熱情が湧き出していくのが見て取れる。
弾いていないけれど、ミノルさんも心で弾いている。

三味線には吹雪の音が混じる。足元から舞い上がり吹き付ける地吹雪の唸りだ。
一の糸から二の糸へ、三の糸へ、三と四の勘所を行き来する手は、徐々に聴く者の心までも震えさせる。三味線が鳴っている。三本の糸が共鳴する。津軽の言葉そのもののようにリズムが暴れる。暴れながら風になり、腹に食らいついてくる。
派手ではないのに、音は豊かだった。豊かだけれど、まっ白だった。

岩木お山の雄大な裾野、山の上から見下ろした津軽平野、雪で真っ白になった大地、北の果てに続く海岸線、冬に山から吹き降ろす山背風、リンゴ畑の中を惑う風、川を舐めていく春の雨、川面に散り積もる桜の花びら。
北国の自然が全て編みこまれたような二の糸、三の糸。
全てが確かに北国のリズムだった。生まれ育った津軽の大地が今、美南を包んでいた。

曲の半ばに、三の糸がふっと心を緩ませるように優しくなった。
美南は目を閉じた。冬の夜。しんしんと屋根に雪が降る音がする。降り積もり、包み込み、何かを守るように優しく語りかける。雪の子守歌だ。
北の国に生きる人の心、そしてマコトちゃんが心に秘めている想いが、自然の景色の中に浮かび上がった。真っ白で行き場を探している。答えのない世界に向かって呼びかけている。その言葉にならない想いが、直接心の深い場所に降りしきる。

十六の勘所でさらにぐっと弱音が増した。店中が静まり返っていた。さわりが響いて店中を埋め尽くしている。心地よく、震えるような反響。三本の糸が鳴り響き合い、震えながら、やがて無音になる。
雪が降り積もっていく。これは雪の音だ。
誰もが息をすることも憚られ、マコトちゃんが糸をはじく薬指をじっと見つめる。指は動いているはずなのに、止まっているようにも見えた。
あずましい。
美南はいつの間にか涙をこぼしていた。

無音の響きの中で、魂が微かに揺れていた。目を閉じると、深い雪の中、まっ白の景色の中で、暖かい手が身体を包み込んでくれる。優しさの中に深く傷ついた心が見える。その心を自らなだめるように音が傷を包み込む。
ミノルさんがふと目を開けて、労わるような気配で隣のマコトちゃんを見た。壊れそうなものを抱き止めるような、そして手を引いて解放しようとするような気配で。

息をのんだ客たちが拍手を送るのを忘れているうちに、マコトちゃんの指が竿の上、低音の勘所へ上がっていった。深く沈んだ哀切の先に、また扉を開こうとするかのように、歩みを止めない。まるきり先の見えない、どこまでも続く雪の中でも、夢中になって足を前へ進めようとする気持ちを、何とか先で待つ人に届けようとしている。
解放されたように唸る左手の動きに合わせるように、店内からは大喝采が起こった。うねるような拍手はしばらくやまなかった。

ミノルさんは喝采の中で糸合わせをしていた。マコトちゃんがミノルさんに節を譲って、ほっとしたように息を吐いた。
美南はミノルさんの手に釘付けになった。この人も半端じゃない。糸合わせだけでそれが分かる。マコトちゃんとはまた違う手だが、撥付けはやはり確実だった。弾くように強く打ちつける後撥、皮と糸に触れるように音を落とす前撥。
ミノルさんの演奏が始まると、客たちはまた静まり返り動かなくなった。

ミノルさんの撥も強く叩きつけているようでいて、その音は恐ろしくはなかった。胸に響くけれど、押し付けるような音ではなかった。
津軽の音というよりも、もっと深く豊かだと感じた。この人は沢山のものを見て、感じて、惑いながら、常に前を見て、何かを探しているのだと思った。
一の糸を高音から低音へ戻し、三と四の勘所で三本の糸を遊ばせる時に、それは美南の胸に直接響いてきた。

時には演歌の様に甘く切なく響き、ブルースのように泥臭く腹に響きを残し、時にはまるでジャズの演奏のように自由に踊りながら音を遊び、西洋の音楽のように音を確実に落とし、それでいて、どんな分野にも属さないミノルさん自身の音の流れを作り上げていく。
これはミノルさんの音だ。
ミノルさんの音には、ミノルさんの音だけで終わらない何かがある。

高い勘所へ、左手の人差し指がきっちりと角度をつけて竿を滑り降り、また滑らかに低い勘所へ戻る。優しくて綺麗な音だ。ミノルさんの音は大元が優しい。
その優しさは十六の勘所でちりちりとなる音の中に、泣きたくなるほどに温かく感じた。
マコトちゃんに負けないくらいにさわりが反響する。三本の糸が静かに震えて、小鳥が囀るような晴れやかな春が見える。

マコトちゃんの十六が降り積もって真っ白になっていく雪の世界なら、ミノルさんの十六は雪を解かす春の風のようだった。
マコトちゃんの音が、自らの内側を見つめ、蘇る想い出の景色を紡ぎ、やがて真っ白に染まっていく道程ならば、ミノルさんの音はそこから光を捜して、共に歩く誰かの手を探り、走り出す勇気だ。

すごい。二人の音は一緒に弾いていた時も、こうして独奏になっても、共鳴し合っている。
三味線を抱えたまま目を閉じていたマコトちゃんが、ふと目を開けて、じっとミノルさんの手元を見ている。ミノルさんの音から零れ出す何かを、ひとつたりとも逃すまいと願っているかのように。

弾き合っている者同士にしか分からない魂の交流があるのだ。言葉を交わす中では足りなかった想いを、二人は今、一節一節で語り合っている。
じっちゃと美南にもそれがあったように。
みなみ、うたっこ、じょんずだぁなぁ。じっちゃのためさ、うだっでけね。

やがて低い勘所へ指が移動しながら、撥が華やかにトレモロを奏で始めた。なんて綺麗なんだろう。三味線のトレモロが珍しいテクニックというわけではないのに、ミノルさんのそれはギターの音のように、よりたくさんの音が混じって聞こえた。
春、明るい海。光で七色に染まる海の色のように、共鳴し合いながら揺れさざめく。
美南は心が前に向かって坂道を登って行くような晴れやかな昂揚感を覚えた。
この先に何があるのだろう。それを見てみたいと思った。

マコトちゃんの演奏が「問い」なら、ミノルさんの演奏は「答え」のようだ。
確かな結論ではないけれど、答えにたどり着く道標のように感じられた。
マコトちゃんの節が懐かしい過去、自らの礎への回帰なら、ミノルさんの節は未来へ続く道のようだ。この坂を登れば見える景色を待ち望むことができる。

二人は今、弾いているミノルさんも傍で目を閉じて聴き入っているマコトちゃんも、完全に一体になっていた。美南の心もそこに一緒にあった。
じゃわめぐ。
津軽の言葉で、震える、心騒ぐ、ぞくぞくする、というような意味だ。この意味の深さはこの言葉以外で表すことはできない。
その言葉は、今この瞬間のためにあった。

まだ道は繋がっている。まだ歩ける。隣には大事な人がいるのだから。
ミノルさんの音がどんどん駆け上り、フィナーレに向かって三味線が大きくうねるように鳴った。それと同時に店内の客も身体を揺らすように、彼の音を盛り上げるように大喝采を送る。
だが二人の演奏者は、もうすでに別のところへ進もうとしていた。目と目を見合わせ、呼吸を合わせて掛け声を交す。余韻を断ち切るように二重奏に戻って、拍手を押しのけるように一の糸を大きく響かせ、あどはだりの冒頭を演奏し始めた。

と思うと、いたずらを仕掛けるようにミノルさんの手が止まった。
マコトちゃんは弾き続けたままミノルさんの顔を見る。ミノルさんは、さぁ来い、という顔だ。マコトちゃんは少し微笑んだように見えた。
抑えていたテクニックを披露するように一の糸を薬指で擦り、音を縮めたり延ばしたりしてうねりを作る。
ミノルさんが頷いてマコトちゃんの音に重ねる。
マコトちゃんが今度は手を止める。

ミノルさんはマコトちゃんの手を真似しながらも自分の音へと変えていき、そのまま弾き続けて、三と四の勘所へ上がり、三本の糸を最大限に共鳴させながら、時に一の糸を叩き、時に三の糸を掬い弾き、撥を躍らせる。
今度はマコトちゃんがその音に重ねる。ミノルさんの手を忠実に真似て、そのまま自分の音へと引き継ぎ、今度は高い勘所へ滑り降りながら、長唄の手のような聞かせどころを作る。
ちらっと顔を上げてミノルさんを見る。
ミノルさんはよしきた、という顔をして、マコトちゃんを真似る。次はマコトちゃんが手を止める。

自由に、旧節、中節、新節の節回しを使い分けながら、お互い相手が次に何を仕掛けてくるか楽しんでいる。
二人の独奏の時には静まり返っていた店内も、いまは大盛り上がりだった。二人の演奏者の気分を盛り上げるように、一方に拍手を贈れば、もう一方がライバル心を燃やすのを確かめ、更に重ねてより大きな拍手を贈る。
それを繰り返しながら聴衆は一体となってこの三味線バトルを遊び始めた。
美南もいつの間にか一緒になって手を叩いていた。

三の糸を擦るくぃーんくぃーんという音をマコトちゃんが響かせると、ミノルさんが真似ながら、今度はより離れた勘所同士で擦りを見せる。マコトちゃんが重ねて、またより長く、更に長く、最後は二人で崩れそうになるまで擦りを見せる。
客たちは大受けして大喝采を贈る。
次はミノルさんのさっきのトレモロをマコトちゃんが真似る。
ミノルさんはにやっと笑って得意のトレモロを重ねる。マコトちゃんが手を真似るようについて行く。お互い譲らないというように音を重ねていく。

十六の聞かせどころでちりちりという音を二人が重ねた時は、もう店内の全ての客の心は、完全に二人の競演に魂を持っていかれていた。
ひとりの十六でもあれだけさわりが響いていたのだ。今や二丁の三味線、六本の糸が共鳴して、わ~んわ~んと空気を振動させていた。二人はお互いの手を見ながら完全に合わせていた。
すごい、ぴったりだ。これほど長く続けていても一部の狂いもない。
まっ白な雪原の風景と七色に輝く凪いだ海。重なり合い、ひとつの世界を生み出す。
息をのんで見守っていた客たちは、もう我慢がならないかのように惜しみなく拍手を贈った。

それを見て、二人のバトルは派手やかに左手で竿を駆けあがりながら、乱れ弾きに入った。音を折り重ねて大仰なまでにミノルさんが三味線を揺らして音を反響させると、ずっと綺麗な姿勢を崩さなかったマコトちゃんが、ちょっとだけ遠慮がちにミノルさんを真似た。
笑いを誘っておいて、ミノルさんとマコトちゃんは顔を見合わせた。
同時にはっと掛け声を合わせて一の糸を叩き、瞬間の無音を作った後、弱音で三・四の勘所でちりてれを繰り返す。その音を滑らかに、お互いの息を確かめ合いながら、徐々に徐々に大きくしていく。
客は立ち上がっていた。美南も立ち上がった。

まるで違う音色の二人が、互いにちょっとライバル心を燃やし、一方でお互いを尊重し、音を認め合いながら次の音を探していく。その過程を見守っていた美南も客たちにも、あるいは演奏家たちにも、一緒に音を作り上げたような満足感が漂っていた。
ここでは客席にいる者も確かに音作りに参加していた。
大会や演奏会のように、ステージと客席の間の垣根はなかった。
美南の唄を聴いていたじっちゃがそこに一緒にいたように。

忘れていた。こんなふうに唄えばよかったんだ。
大好きな唄を諦められるはずはなかったのに。いや、ただ唄を、民謡を楽しめばよかったのだ。大会で勝ったり負けたりするのは一つの出来事に過ぎない。ここにいて、この場所で、今この時に、誰かと一緒に音を確かめ合いながら、響かせ合いながら、心を通わせればよかっただけなのだ。
もう一度唄いたい。
もう一度三味の音に合わせて、このじゃわめぐ心を唄に籠めてみたい。
美南は今、心から強く願っていた。

二人が手を繋いで、というよりもミノルさんがマコトちゃんの手を無理やり掴むようにして、二人で手を高く上げて挨拶をする。
当然のように客たちはアンコールを要求した。美南も嬉しくなって手を叩いた。
一緒に来たわけではなかったけれど、まるでもう十年も前から知っている人たちのようだった。

ステージ上ではミノルさんがマコトちゃんにそっと耳打ちする。
マコトちゃんがちらりとこちらを見て頷く。客たちが二人の気配に、アンコールを期待して静まり返る。
その時、ミノルさんが美南を見た。

美南を手招きしている?
美南は自分じゃないのかもしれないと辺りを振り返ったが、他にミノルさんの視線の先にいる者はない。
連れだから演奏家仲間だろうと思ったらしいカウンターの隣の客が、美南の腕をそっと押した。半被の男が美南をステージに手招きする。まだ昂揚感の余韻でわけのわからないうちに、ステージに押し上げられていた。

「何本?」
「あの……」
「小原を口ずさんでたでしょ。じょんからはいけるよね」
「え……でも……」
「大丈夫。僕らが支えるから」
マコトちゃんはもう座っていた。もうほとんど疑いのないような顔で美南に問いかける。
「五本? 六本?」
マコトちゃんって、意外に押しが強いんだと思った時には言葉が出ていた。
「……六本で」

ミノルさんは頷き、マコトちゃんの隣に座る。二人は顔を見合わせて、打ち合わせもなく互いの手を見て、頷き合う。ミノルさんが顔を上げて、美南に優しく微笑む。
糸を合わせる音。さわりを確かめ、もう一度顔を見合わせ、糸合わせを始める。三の糸の音をもう一度顔を見合わせて確かめた後は、捨て撥をせずに十の勘所に左手を置いた。
竹山の手だ。一の糸を合わせた後は、短いけれども見事に絡まり合う乱れ弾きで十六の勘所にまで持っていき、先に低い勘所へ辿り着いたマコトちゃんがミノルさんを待ち、やがて二人で申し合わせたように美南を見た。
二人は一枚岩のようにぴったりと息を合わせていた。
まるで一本の三味線の音に聞こえる。いや、今はマコトちゃんの節にミノルさんが合わせている。

みなみ、じっちゃにきがせでけね。

美南は二人に向かって頭を下げた。顔を上げた時、二人とも美南を見ていた。
一緒にやろう、と言っていた。心が想うままに、ただ君の心に唄を乗せてくれたらいいんだよ、あとは僕らがついて行くから、と。
美南は客席を振り返った。
客たちはすでに、ミノルさんとマコトちゃんが作った音を楽しむという世界に浸っていた。その余韻のままに、温かい視線を美南に向けていた。
上手下手はいいんだよ。一緒に唄を、津軽の節を楽しもうと言っていた。

「けっぱれ」
誰かの声がした。美南は答える代りに微笑んだ。微笑んでからふと気が付いた。
ここ数年、私はこんなふうに笑ったっけ?
三味線は重なって新節の太鼓の部分に入る。
半被の男が太鼓を叩き始めた。客たちも太鼓を真似て、机や手を叩いていた。
美南は深く、客席に向かってお辞儀をした。再び顔を上げた時、美南の前には大きな海が見えた。春を迎えた津軽の海。岩木お山の上から見た津軽平野の霞む緑の大地。
そして、まだ見たことがない遥か遠い国の、あるいは遥か遠い未来の海が。

今日、粉雪の中で出会った人が開けてくれた扉の向こうには道があった。
どこへ向かっているのか、今はまだわからないけれど、胸を張ってこの道を歩いていこう。





さて、物語には追記があります(*^_^*)
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Category: ☆真シリーズ・掌編

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NEWS 2014/3/7 お取り寄せしたい濃厚さ 


ばたばたですっかり皆様のブログをご訪問して読み逃げになっちゃっています。
申し訳ありません m(__)m
週末にはゆっくりコメントを書きに行きたいと思います!

今週アップする予定だった掌編『じゃわめぐ』(三味線バトル:稔VS真)……
ちょっと視点を変えて書き直し中です。今週末にはアップ予定。
真っ向から三味線話書くのは久しぶり?で、説明臭くならないように骨を折ります。


というわけで、かなり間が空いてしまったので、今日は写真コーナーです。
実は、このキャンディ、以前熊本旅行した時だったか、普通にコンビニで売っていて、買ってみたら!

ものすごくおいしかったのです。
ちゃんとみかんの味がするんです。
まさに濃厚みかん
甘みの中に、特に噛み割った時にぴしっと来る酸味の爽やかさ。

その後、あちこちのコンビニやスーパーを探したけれど、どこにもない。
で、ついにネットで購入しちゃいました。
箱買いです^^;
買った人のコメント欄には「このキャンディ、ものすごくおいしくて探したのにどこにもないからネットで探して注文した」と、まるで私と同じような人ばかり(^^)
普通に、某大手キャンディメーカーの商品なのですけれど……

みかんと言えば、このみかんのゼリー……ちゅうちゅうゼリーもお取り寄せしたいみかん商品です。
mikann.jpg
最近は、魚の餌にも混ぜて、『みかんぶり』なども注目されているみかん。
オレンジじゃやっぱりだめなんだ!
昔は、皮膚が黄色くなるまで食べていた、みかん愛好家のひとりとして、ひたすらみかんを応援。
頑張れみかん!

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おまけの梅です(*^_^*)
我が家では小さな梅の木があるものの、扱いがぞんざいで……あまりやる気はないみたい。
でもいい香りがします。
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背中を向けていても寄り添っている……可愛い梅でした(*^_^*)

次回の写真館はまたまたクリスマスローズ百面相です(*^_^*)
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(植え替えたところで、まだまばらなクリスマスローズ。数年後には密集して咲く予定(*^_^*))

Category: NEWS

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NEWS 2014/3/2 春の訪れ/クリスマスローズその後 


ひと雨ごとに暖かくなる、そんな季節になりましたね。
まさに、水も温む3月。
久しぶりに庭の花たちから、春の気配を感じてみたいと思います。

上は、朝日にけぶる金縷梅(まんさく)の花。
早春の色は黄色、と思っているのですけれど、金縷梅だけは赤が先に咲きます。
そして、上の写真からわずかに数日後。
DSCN3126_convert_20140302225426.jpg
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うちの庭で一番に咲くのは、いつもこの金縷梅。
それもそのはず、この花の名前の語源は「まんず咲く」(東北弁「まず咲く」)から来ているのだとか。

去年は、剪定しすぎて全く咲かなかった山茱萸(さんしゅゆ)も今年はこの通り蕾がもう開きかけ。
DSCN3133_convert_20140302225752.jpg
数年前はものすごく咲いたので、その時に比べたらみみっちいけれど、楽しみです。

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土佐水木も剪定しすぎて微妙だけれど、こちらももう開きかけ。
春は木の花が一番美しい季節です。
早春に初めてつぼみが膨らんでいるのを見つける時って、ちょっと幸せな気持ち。

そして、今年大々的に植え替えたクリスマスローズは、まだ株が小さいので花は目立ちませんが、いよいよ咲き始めました。
DSCN3121_convert_20140302225608.jpg
でも、この花、下を向いて咲くので、写真が撮りにくい^^;
花数は多くなさそうなので、アップでお楽しみにくださいませ。
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次回は、そろそろ蕾が大きくなってきた木瓜(ぼけ)の花が咲いたら、またお届けいたします(*^_^*)

そう言えば……
まだ少し早いけれど、今年は、アーモンドフェスティバルにも行こうかな……
アーモンド祭り
毎年この季節に西宮の東洋ナッツさん(阪神・深江駅)の敷地にあるアーモンドの木々が公開されます。
何年か前に行きましたけれど、とても綺麗でしたよ(*^_^*)
近畿地方にお住まいの方は、機会がございましたらぜひ、お訪ねください。
ちなみに、出店で売っているアーモンドの実(塩炒り)がものすごく安くて美味しいです!

<おまけコーナー>
出世大名家康くん。出張先の某会場に登場したシーンを激写。
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ゆるきゃらって、動きが激しいので、写真撮りにくいですね^^;
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そして、以前から気になっていた、彼の頭の上。そこでリクエストしました。
「ウナギを見せて!」
そうしたら、しゃがんでくれました(*^_^*)
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イラストではこんな感じ。
信長くん
頭の上にご注目! ついでに袴も……浜松だけにピアノの鍵盤(^^)


それでは……皆様の元に素敵な春が訪れますように

明日はIL DIVOのコンサートに大阪城ホールへ参ります。
楽しみです(*^_^*)

<宣伝コーナー>
*短編『明日に架ける橋』、鋭意公開中(*^_^*)
 結構ハートフル(ソウルフル?)と言っていただきました。ぜひ、お楽しみくださいませ。
*次回は、掌編『三味線バトル』だよ(*^_^*)
 夕さんちの稔とうちの真が民謡酒場で三味線バトル! お楽しみに! 

Category: ガーデニング・花

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【短編】明日に架ける橋(後篇) 

短編『明日に架ける橋』後篇です。
決して、元ネタが気持ち悪いくらい「いい話」だったので、天邪鬼になってバッドエンドにしようと思っているわけではありません^^; それなりにハッピーエンドです(^^)
それに状況設定をいくらか借りましたが、顛末は全く異なっており、中身は全くのフィクションですので、色々いい加減ですけれど、細かいところは目を瞑ってお読みくださいませ m(__)m
もう少し短く纏めるつもりだったのに、思ったより長くなってしまってすみません。

さてタイトルの『明日に架ける橋』ですが、有名なSimon&Garfunkelの『Bridge over Troubled Water』です。

When you're weary, feeling small
When tears are in your eyes,
I will dry them all

I'm on your side
When times get rough
And friends just can't be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

学生の頃はこんな素敵な友情・愛情に憧れたものでした。
今は? そんな簡単じゃないと思うのですね。
だから、半分皮肉で、残り半分は心から願って、このタイトルをつけました。

俺は心から君のことを思っているぜ!なんてのはちょっと苦手。
でも、平凡な人間が、あるいは普段は悪党みたいなやつが、気が向いて(気が変わって、じゃなく)、あるいはそんな気ではなかったのに偶然に、いいことをしてしまった、っていう話、大好きなんです。

もちろんその源流にあるのは『鬼平犯科帳』です。
そして、ものすごく好きな映画『シンドラーのリスト』。
あの映画の中で、シンドラーが始めは「ユダヤ人を救おう」という意識ではなく、「自分の工場には工員が必要だ(しかも安い給料で働いてくれる?)」的な、実に資本主義的考えでたまたまリストを作ったら……という歴史の中での大きな流れに飲み込まれて、結果論的にいいことをしちゃった、その不思議さに心を打たれます。
人間って、ほんと、終わってみないと分かりませんね。

だから、このお話も「あれ? 気がついたら、lay me downしちゃってたよ」ってのがミソ。

本当はもうひとつ、候補にしたタイトルがありました。
『Sound of Music』の『Something Good』……
実は片手に入るくらいのOne of my favorite songs……大好きな曲です。

Perhaps I had a wicked childhood
Perhaps I had a miserable youth
But somwhere in my wicked, miserable past
There must have been a moment of truth

For here you are, standing there, loving me
Whether or not you should
So somewhere in my youth or childhood
I must have done something good

Nothing comes from nothing
Nothing ever could
So somewhere in my youth or childhood
I must have done something good

因果応報? いやいや、でもこの曲をセバスチャンに捧げようと思います(^^)
では、そんなあれこれの想いを籠めて、後篇、お送りいたしまする。
(前置き、長いって!……す、すみません(・_・;))




 冬の間は、セバスチャンの病状は悪化することが多かった。
 特に腎臓は深刻だった。しばしば浮腫んで顔色もどす黒くなり、ムスタファがセバスチャンを乱暴に担いで病院に走ることも多くなった。点滴や導尿のために、数日入院することもあった。いずれ透析が必要になるかもしれないと弁護士からは聞いていた。
 冬には足や手の痛みもひどかった。夜中に何度も起こされて、足や手を擦り続けるように言われた。ひどい時は夜通し足を擦り続けた。

 だが、よく考えたら脊髄損傷で四肢は全く動かないし、感覚もないのだ。痛いはずがない。この野郎は俺を騙して嫌がらせをしているのだ。
 やってられないと思った。「半介護」に徹することに決めたムスタファは、夜中を過ぎたら自分の別棟に戻って、インタフォンの電源を切り、安眠を貪ることにした。

 そんなふうにして寝心地のいいベッドのスプリングを楽しめたのは数日だった。眠りについて間もなく、インタフォンの音が聞こえる。ムスタファは飛び起きた。
 あのくそったれ。どこまでも鬱陶しい野郎だ。
 だが考えてみたら、電源を切っているのだ。聞こえるはずがない。
 空耳だった。
 空耳なのに、そのままムスタファは眠れなくなった。

 結局、セバスチャンのいる本棟に様子を見に行った。寝室の外にまで、唸るセバスチャンの声が聞こえていた。耳を塞ぎたくなるような苦痛の声だった。
 ムスタファはそっとドアを開け、しばらく天蓋付の大きなベッドの脇に突っ立っていた。セバスチャンは胸を掻き毟るようにして、額に大粒の汗をかきながらきつく目を閉じたまま、歯を食いしばって唸っていた。
 ムスタファは何も言わずに、幻影に苦しむクソ野郎の何も感じないはずの足を擦り始めた。

 フランスの冬は、緑の野菜こそ少ないが、比較的野菜の種類は豊富だ。
 紫ジャガイモ、縮緬キャベツ、根セロリ、ベトラーヴ、ルタハガ。特に根菜類のスープは冬にはもってこいだった。
 根菜のトピノンブールはアンティチョークのような芳香があり、生で食べるとしゃりしゃりと歯ごたえもいい。これをジャガイモと一緒に茹でて皮をむく。葱の白い部分を少量のバターでゆっくり炒める。葱の青い部分も一緒にして、水と塩を加え、20分くらい煮る。ミキサーで滑らかにしてスープを作る。
 黒パンを浸しながら、セバスチャンの口に運んでやる。

 面倒くさい食事介助も、今では一番楽な介護になった。女中が辞めた後、こんなもの食えるかとムスタファの料理を罵倒し続けているセバスチャンも、畑で採れた野菜にだけは文句を言わない。
 スープはセバスチャンの口の端から零れる。それをタオルでふき取ってやりながら、ボケてもいない、頭のはっきりした大の大人がこんなふうに他人に口を拭ってもらったり、下の世話をしてもらうのは、本当に辛いことだろうなとムスタファは思った。

 だが、夜通し足や腕を擦るのはそろそろ勘弁してもらいたかった。
 そうだ。これで2年にもなるのか。これほど長くひとつの仕事場にいたのは初めてだ。吾ながら驚く。
 もうそろそろ潮時だろう。こうして若くて健康で何でもできるはずの俺が、人生のいい時間を、こんな監獄みたいなところでクソッタレの面倒を見て過ごすなんて、まったくもって信じられない。

 ここは大きいばかりが取り柄の幽霊屋敷だ。叫んでも誰にも声が届かない。がらんどうの様な場所だ。
 そうだ、いつまでもここでこんなことをしていてはだめだ。楽しくないじゃないか。
 思ったより長く勤めてしまったが、これは一つの吉祥だろう。
 パリに出てきてから、ムスタファは初めてラバトに帰ることを考え始めていた。

 辞める時には多少は金目のものをかっぱらって行こうと思っていたので、あちこちの部屋に忍び込んでは机や戸棚の中を引っ掻き回してみた。
 だが、簡単に金にできそうな宝石類は、やはり見つからなかった。
 仕方がないので、戸棚の中のアンティークの人形を持ち出し、買い物のついでに骨董屋に寄ってみた。骨董屋の主人は眼鏡の向こうから胡散臭そうにムスタファを見上げ、唇の端を吊り上げるようにして言った。
「あんた、これ、ガラクタだよ。その辺の露店で売っているようなものさ」
 その後も、壺やアンティークの置物、金の燭台を幾つか持ち込んだが、どの店でも返事は同じだった。金の燭台はメッキだった。

 ある日、ムスタファは弁護士のミシェルに呼ばれた。ミシェルはいつものようにぴっちりと髪を結いあげて、真面目な顔でムスタファを迎えた。
 この女も、あんなクソッタレの面倒を見なくちゃならないなんて、ご苦労なことだと思った。若くてそこそこ美人なのだから、他にもっと楽しむことがあるだろうに。

 セバスチャンの様子はどうだと聞かれたので、夜中に唸っていることと、病院に行く回数が増えたことを伝えた。
「麻痺してんのに、痛いなんてありえねぇだろ。全く、さすがに俳優だっただけのことはある。あんなふうに苦しい苦しい、って芝居を打たれると、優しい俺はついつい言うことを聞いちまうんだよ。あのくそジジイは俺に嫌がらせをしてやがるのに。つくづく俺は自分を哀れに思うぜ」

 ミシェルは面白い男を選んだものだと、吾ながら感心した。俳優はあなたの方ね、と思った。始めは善人の芝居をしていたが、この頃は本性を露わにしている。
「ムスタファ、あれは芝居ではないのよ。幻肢痛と同じようなものね。戦争なんかで脚を失った人が経験する、そこにはないはずの脚の痛み。詳しい原因は分かっていないけれど、脳の中のその脚に相当する部分が、支配するべき脚を失ったことに気が付かないまま働き続けているの。つまりコンピューターが更新されないまま動いているってこと。強力な電気を流して、万力で潰されるような痛みだというわ。セバスチャンの場合も、完全に機能を失った四肢なのに、脳のその部分はまだ活動しているのよ」

「幻の痛みなのか?」
「そう、幻なのに恐ろしい痛み」
 ムスタファには理解できなかった。だが万力で潰されるような痛みがどれほどのものかは、身をもって知っていた。ムスタファは潰れた左の小指をちらりと見た。
「それに、あんな身体だけれど、まだ50代よ。ジジイというのはちょっと酷くないかしら?」
 そう言ってミシェルは微笑んだ。
 こんな愉快な男もなかなかいない。コソ泥で詐欺師だが、何かをする時には自然と一生懸命になっている。まともなことをやっているかどうかは別にして。

「ところで今日あなたを呼んだのは他でもないの。ムスタファ、あなたを解雇することになりました」
 ムスタファは唖然とした。確かにこの1年以上、セバスチャンの動かない身体を物のように乱暴に扱ってきた。言われた時に言われたようにはしなかった。時々家の中から金目の物はないかと漁ったりもしていた。結果的にそんなものはなかったのだが。
 もちろん、そろそろ辞めるつもりだった。だが、こちらからいい条件で辞める時期を窺っていたのだ。それなのに、いきなり過ぎやしないか?

 ムスタファの泳ぐ目を見ながら、ミシェルはふうと溜め息をついた。そして、まぁ座りなさいと接客用の革張りのソファを指した。
「セバスチャンはさっさと首を切れと息巻いていたわ」
 そう言ってミシェルは笑った。頑固なあの男らしいと思ったからだ。
「理由なんか言う必要はない、退職金ならたんまりつけてやれって」

 ムスタファはソファに座った途端に落ち着かない気持ちになった。まるで小心な犯罪者が警察署に引き立てられたかのようだった。あるいは、生まれて初めて騙される側になった気がした。
「でもね、セバスチャンが言うほどのたんまりな退職金は払えないの」
 ミシェルに勧められた煙草を咥えたが、なかなかうまく火がつかなかった。
「あなたはあの大きな屋敷に暮らしてみて、何を感じたかしら?」
 がらんどうの屋敷だ。そう思ったが、ムスタファは言葉にしなかった。

「見ての通り、大きな屋敷だけれど、中身は空っぽ。もう金に替えることができる物はほとんど残っていない。これまであの人の言う通り、治療も介護も、身障者としての社会の恩恵に与らずに彼の私的財産でやって来た。でももう限界なの。彼はあなたや私への給料は意地でも払い続けたけれど、土地と屋敷は借金の抵当に入っているし、残った一部の値打ち物の家具や本を整理して、せいぜいセバスチャンの入院費が出るかどうかね」
「何だって?」
「つまり、セバスチャンは、あなたを雇った頃にはもう大金持ちではなくなっていたの。あなたは詐欺師だけれど、セバスチャンも立派な詐欺師だったというわけ」
「そうじゃない。入院ってどういうことだ?」
「腎臓が悪いのは知っているでしょう? それに前立腺癌だとわかったの。彼は入院も治療も拒否しているけれど、これ以上あのまま頑張らせるのは難しいと思うのよ。彼を説得するのは私の仕事だけれど、あなたにはこれ以上給料を払い続けることもできないし、それにこれからは、介護は病院の仕事になるわけだから」

 こうして突然仕事を失ったムスタファは、手元に残った金を暇潰しに何度も数えた。
 明日にはこの別棟も明け渡さなければならなかった。
 これまで貰っていた給料自体はほとんど賭博と女に消えていたので、僅かしか残っていなかった。確かにミシェルの言う通り、退職金はたんまりではなかったが、これだけあれば故郷に帰って小さな畑ならひとつくらい手に入れることはできそうだった。
 セバスチャンは無理をしたのかもしれないが、ムスタファのためというよりも、彼の慢心と見栄のためだろうと思えた。
 だが、ムスタファにとってこの金は懸命に汗水を垂らして働いて得たものという気がしなかった。そういう金はえてして身につかないものだ。

 最後にムスタファは、屋敷内の土地を自ら耕して作った小さな畑を見に行こうと思った。
 突然解雇されたので、春に収穫するはずだったアーティチョーク、アスパラガス、新玉ねぎや蕪がどうなるのか、少しだけ気になった。
 遠くから見ると、畑の畝には夕陽が凹凸の文様を描いていて、土の色は橙に染まっていた。土の中から込み上げるような野菜たちの命の温度が、空中で粒子となり、その粒子が天からの光を細かく跳ね返していた。

 ふと視線を移動させると、橙に染まった光の中で、黒い影が畑の傍にうずくまっているように見えた。目を細めてよく見ると、車椅子の影だった。
 ムスタファと車椅子の間の霞んだ空気は、粒子のひとつひとつが虹の色にもなり、またオレンジに煌めき、ゆらゆらと空に昇っていた。

 遠くに見える車椅子の影とまだ芽の生え揃わない畑の光景は、ムスタファにティボー家の暖炉の間にあったミレーの『晩鐘』の絵を思い出させた。絵の中で、夕陽に手を合わせる農村の人々は、神を信仰してというよりもただ自然への畏敬の念に導かれ、貧しさも豊かさも何もかも越えたところで祈りを捧げていた。
 模写で何の価値もないのだろうけれど、あれはあれでいい絵だったとムスタファは思った。

 少しずつ温度が下がり始めた夕闇の中、やがて車椅子に細長い影が歩み寄ってきて、車椅子の男に促すように話しかけ、そのまま一緒にがらんどうの屋敷の中に入って行った。
 それを見送りながらムスタファは胸の中で吐き捨てるように言った。
 あいつは俺以上の悪人で、他人を自分と同じ人間とも思っていない。とんでもない野郎だった。
 こうして、ムスタファは屋敷に背を向けた。

 ムスタファは洒落た白いスーツを誂えた。彼の黒い肌に白のスーツは妙に映えた。
 それを着て、彼は生まれて初めて高級カジノに足を運んだ。入口で一度止められたが、かつて詐欺の対象とした議員の名前を挙げ、彼の了承があることを確かめさせた。
 この退職金でまともな生き方をするのは自分のこれまでの人生に見合わないと思ったし、故郷に帰るつもりで飛行機のチケットを買いに街に出てみると、パリの街はやはり賑やかで明るかった。
 僅かばかりの畑で汗水を垂らしたとしても大した稼ぎにならないことを思うと、娯楽も何もない故郷での暮らしは恐ろしくつまらないものに感じられた。
 どうせ金など身につかないのだ。ムスタファは全額をバカラにつぎ込んだ。

 カジノから出てきたとき、ムスタファの持ち金は30倍になっていた。
 俺にもついにツキが回ってきたのだ。神は俺を見捨てていなかった。ムスタファは思わず空に向かって雄叫びを上げた。

 これだけあれば、故郷に帰ってもいい顔ができる。ラバトには帰らずに、パリの16区とはいかなくても閑静な住宅街にアパルトマンを買ってもいい。いや、いっそアメリカに行こうか。もしかするともっと刺激的で面白いことが待っているかもしれない。
 ムスタファは一週間、未来について希望に満ちた夢を見ながら、これまで泊まったこともないようなガードマンがいるホテルで楽しく過ごした。
 そして8日目の朝になり、美味いコーヒーを飲み干した後、世界を旅することができる飛び切りの車を買うためにホテルを出た。


 セバスチャンは屋敷もわずかに残る調度も全て始末して、ムスタファの退職金を作り、自分はひとまずミシェルの言う通りに入院した。
 彼は病院でも嫌われ者だった。造影やCT検査を受けるために検査室に行っても、訳もなく技師たちを罵倒し、看護師の扱いに常に抗議をした。治療は受けないと断固抵抗した。ミシェルはなんとか彼を説得しようとしたが、徒労に終わった。いくら相手が手足の動かない人間でも、その意志を無視することはできなかった。

 セバスチャンにはもう帰る場所はなかった。あれこれと身障者の社会保障手続きは済ませたが、それでも金の有る無しでその先の人生は雲泥の差となった。今や彼には財産と言えるものはなかった。代々受け継がれた土地も屋敷も、全て別れた女たちに持っていかれ、俳優として名を馳せた栄誉も霞のように消え去っていた。
 病院を出たところで24時間面倒を見てくれる介護人を雇える見込みはほとんどなかった。

 ミシェルには結婚の話があったが、時期を先延ばしにしていた。だがこれ以上は延ばせなくなった。妊娠していることが分かったのだ。しかも確認した時には既に4か月になっていた。生むことには迷いはなかったので、父の遺言ではあったが、これ以上セバスチャンの面倒を見ることはできないと告げるしかなかった。

 やがてセバスチャンは治療を拒否したまま、病院を出てモンマルトルに安アパートを借りた。日に3回、社会保障のルールに則って介護会社から介護士が様子を見に来る。30分ばかりセバスチャンの世話をして、目も合わさずに帰って行く。セバスチャンの罵詈雑言は相変わらずだが、介護士たちは耳に栓をしているかのようで、まるきり返事をせずに、能面のような顔で仕事をしていた。
 それでも、セバスチャンは何もかも他人が悪いと思い続け、何ひとつ改めようとしなかった。だから、誰も彼に同情をしていなかった。
 アパートの大家が飼っている猫までも、セバスチャンを胡散臭い目で見て、毛を逆立てた。猫までもが、来月、セバスチャンが家賃を払えるかどうか、危ぶんでいるように見えた。

 春になっても、夜には狭くて汚いアパートは冷え込んだ。夏になれば暑くて身体中が燃えるように感じた。熱中症で死んだ人間がいるらしいと、アパートの廊下で誰かが大きな声で話していた。秋になると一気に気温が下がり、身体から全てのエネルギーが吸い取られた。どうやら今年の冬は越せまいとセバスチャンは思った。
 ベッドに寝転んだままのセバスチャンは、車椅子に乗せてくれる家族も友人もなく、天井を見続けるしかすることがなかった。

 さっさとあの世からお迎えが来ないものかと日々思っていたが、意外にも四肢機能がなく動けない程度では、腐りかかった内臓と幻影に苦しめられる頭だけの身体であっても、簡単には死ななかった。
 幻肢痛は一段と酷くなり、時には排尿障害の悪化で医師が往診に来ることもあったが、それでもセバスチャンは生きていた。

 少ないとはいえ、食事をするから死なないのだろうと思った。頭と壊れかけた内臓だけでも、餓死はするものだろうかと真剣に考えていると、可笑しくなってきた。
 動かないのに栄養が必要なのだ。何も食べたくないのに空腹を感じることもあるのだ。消化管も腎臓も機能を諦めかけているのに、まだ心臓が動いている。幻の痛みに狂うことができるほどに、頭も冴えているのだ。

 こんな体になるまでは、好き勝手に生きていた。財産を食いつぶし、結婚していなくてもしていても、常に複数の女と付き合っていた。女だけではなく、友人たちをも馬鹿にしていた。
 思い返してみても、あの世にもこの世にも会いたい人間などいなかった。
 全く、つまらない一生だったと思った。華やかだったが、全て幻だった。
 銀幕の幻想に踊らされ、最後は動かない手足の幻影に苦しめられた。

 ふと、あの屋敷の暖炉の間の『晩鐘』を思い出した。
 あれは偽物だが、なかなかいい絵だった。だが、畑を耕し夕陽に祈りを捧げるような人生はセバスチャンには無縁だったし、今さらそんな人生なら良かったと憧れる気持ちもなく、そもそもそんなしみったれた人生はごめんだと思っていた。

 そろそろ最後の晩餐のことを考えようと思った。
 あのがらんどうの屋敷には何も惜しいものはなかったが、ムスタファの畑の春野菜だけは今でも心残りだった。冬が近くなり、思い出すのはトピノンブールのスープだった。
 あれを最後の晩餐にしたいものだと思った。
 セバスチャンは目を閉じた。まだ動かせる身体の部分が、ひとつひとつ機能を失っていくのだと思っても、何の感情も湧いてこなかった。

 それなのに、嗅覚というものは最後の最後まで残るものらしい。それに記憶との結びつきは、どんな感覚よりも鋭いという。
 ふん、まぁ、あれは美味かったと認めてやろう。
 セバスチャンはそう思いながら、もう染みの形の全てを覚えてしまった天井を見るために目を開けた。

「よう、くそジジイ。まだ生きていたか」
 セバスチャンは我が目を疑った。目の前にトピノンブールのスープがある。
 そして窓から差し込む夕日に染められて立っているのは、去年まで見飽きるほど見ていたハシバミ色の瞳を持つ浅黒い巨体だった。
「市場でトピノンブールを買いすぎちまったのよ。で、ここにくたばりかかったジジイが首から下が動かないまま寝てるって聞いたからよ、ちょっと寄ってみたのさ」

 例のごとく極めて乱暴にムスタファはセバスチャンの身体を起こし、背中に枕と毛布を丸めて身体を固定した。
 そして大きな体を壊れかかった小さな椅子に収めて、トピノンブールのスープをセバスチャンの口元に運ぶ。
 セバスチャンは口を閉じたままだった。

「おい、冗談じゃないぜ。せっかく作ったものが冷めちまって窓から捨てるなんてことになったら、俺はあんたをここから引きずり出してゴミ箱へ押し込んでやる」
 そう言って、ムスタファはセバスチャンの頑なな唇にスプーンを押し当てた。
 その香りと勢いにセバスチャンは思わず口を開けてしまい、結局むすっとした顔のまま、スープをすべて飲み干した。
 食事が終わると、ムスタファはよし、と言って立ち上がり、空になったスープカップを部屋のすみに置かれたまま長く使われていない車椅子に乗せて、軽々と持ち上げ、一度部屋を出ていった。

「じゃ、行こうぜ」
 セバスチャンはいつもの罵詈雑言を口にしようにも、あまりにも状況が呑み込めないでいた。彼はこれまで一度も、他人の都合で振り回されたり、他人のペースに合わせるという事態に自らを置いたことがなかった。
 ムスタファは以前のように軽々とセバスチャンを担ぎ上げた。以前と同じように物を扱うようで乱暴だった。
「貴様は私をここで殺す気か。私は今にも死にゆく病人だぞ。そんな乱暴に……」
 セバスチャンが言い終わらないうちに、二人は戸口を出ていた。

 今、目の前にあるのは大きくて真っ白なキャンピングカーだ。いや、夕陽でオレンジ色に染められたボディは魔法の馬車ほどに唐突で、滑稽で、希望に満ちていた。
「一体私をどうするつもりだ」
「あんたは以前俺を苦痛の職場という監獄に閉じ込めた。毎日、不協和音のミルフィーユみたいな悪口や雑言を聞かせた。だから、今度は俺があんたを監獄に招待するのさ。こいつに乗って、あんたの死に場所を探しに行こうぜ」

 キャンピングカーとしては破格のサイズだ。ほとんどバスと言ってもいい。車体は幾分低く作ってあり、ソファセットの奥にリクライニング付のベッドが見えていた。小さな台所があり、トピノンブールのスープを作った鍋が、まだそのままだった。シャワー室ではなくバスタブを設えてある。セバスチャンの車椅子は、所定の位置とでも言うように、入口の近くに上手く固定されていた。

 解雇されカジノで大金を手に入れた後、車を買いに行ったムスタファは、始め、砂漠でも走れるくらいの洒落た四駆を手に入れようと思っていた。だが、店の駐車場に停まっているキャンピングカーに目を奪われた。
 不意に、これならセバスチャンが車椅子ごと乗ることができるな、と思ったのだ。

 衝動で物を手に入れ、あっさりと失ってきたムスタファは、初めてこれから買おうとするものを調べつくし、吟味した。何度も店に足を運び、最終的に大型のキャンピングカーを手に入れ、1年かけて改造した。
 あのくそ野郎をどんなふうに迎えに行くか、その時あの高慢ちきな悪人はどんな顔をするかを想像してはニヤニヤした。車椅子の置き場所やリクライニングベッドの具合、首から下の動かない人間を風呂に入れるに必要な大きさなどを考えながら改造を進めるのは、驚くほど楽しかった。
 どうせあぶく銭なら、こんな使い方も悪くないじゃないか。

 ただひとつ心配だったのは、腎臓も悪く、癌だというセバスチャンがすでに死んでしまっていないかどうかということだった。以前入院していた病院に通院している気配はなかったし、介護会社もいくつか当たってみたが居場所は分からなかった。
 死んじまっていたら、俺のギャンブル運を自慢することもできやしねぇ。俺がついていたのは、あいつと違って、俺がいいことをしたからに決まっているのによ。
 ミシェルの勤める弁護士事務所にも行ってみたが、産休中の彼女には会えなかった。何より結婚したという彼女の居場所を探すのは、幸せに水を差すようで申し訳ない気がして、遠慮してしまっていたのだ。

 そして今、キャンピングカーの中には、赤ん坊を抱いた先客がいた。
「こんばんは、セバスチャン。相変わらず御機嫌は悪そうね」
 ソファに座ってすっかり寛いだ笑顔を見せているのは、ミシェルだった。
 パリの街を闊歩しているはずのキャリアウーマンは、髪を下ろし、化粧もほとんどしておらず、ラフなジーンズにダボダボのタートルネックのセーターを着ていた。

 セバスチャンを見つけられなかったムスタファは、役所に行き、離婚届を提出するためにやって来たミシェルと再会したのだ。
 ミシェルはシングルマザーとなり、半年間の育児休暇を取っていた。1年までは延長も可能だった。
「一体、君たちはこの私に何をしようとしているんだ」
「ムスタファに聞いたでしょ。あなたの墓場を探しに行くのよ。素敵な計画だと思わない? もっとも、あなたは私たちが考えているよりも長生きしそうだけれど」
「冗談じゃない。誰がお前たちなんかと。私を放っておいてくれ」
「あら、私たち以外の誰が、高慢ちきでいかれたジジイの死に水を取れるっていうの?」

 ムスタファはセバスチャンを、一人掛けの特注椅子に座らせて固定した。
「よし、じゃ、出かけるか。赤ん坊をチャイルドシートに、頼むぜ、ミシェル。くそジジイの罵詈雑言に赤ん坊の悲鳴のような泣き声、BGMも完璧だ。全く、地獄に行くのに相応しい旅になりそうだぜ」
 ムスタファはエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。

 夕陽でオレンジに染まったバスのように大きな車のエンジン音に、大家の飼い猫が毛を逆立てて唸った。そして、オレンジから紅に色を変えながら勢いよく通りの向こうへ、パリの賑わう街並みの中から走り去っていくのを、しばらくの間見送っていた。




<元ネタの世界仰天○○物語>
脊髄損傷により四肢機能全廃のお金持ちAと、失業保険を求めているアルジェリア人Bのお話。
Aは24時間住み込みの介護人を探していて、面接でBを見て気に入る。
理由は「BがAを憐れだと思っていないから」
介護なんてしたことの無いBの扱いは乱暴だけれど、心根の優しい男。
Aの妻は不治の病。Aは看病に疲れていて気分転換にパラグライダー(だったかな?)に行って事故で脊髄損傷に。
妻を介護しなければならない自分が逆に介護される立場になってしまって、妻の見舞いにも行けないままになっていた。
それを知ったBはAを連れてAの妻の病院に通い、3人で心を通わせる。
やがてAの妻は他界。
冬になると幻肢通に苦しむAを見たBが、フランスからモロッコに移り住むことを提案。
AとBはモロッコで生活を始める。
モロッコの家を探しているとき、いつもBが選ぶホテルがあって、そのホテルの受付嬢にBはほの字だったよう。
Bは否定するけれど、その様子をみてAはBを解雇することに決める。
妻の遺言で「Bにいい人が現れたら、彼を解放してあげて」と言われていたからだ。
Bは拒否するけれど、結局ホテルの受付嬢と結婚して、故郷のアルジェリアへ。
そしてAは? 実はモロッコ人の女性と結婚。そして今も、AとBは交流しながら友情を育んでいるのだ!

いい人ずくめのお話でした(*^_^*)
Aもお金持ちのままだし、偏屈なジジイじゃないし。
Bも仕事がなかっただけで、コソ泥でも詐欺師でもないし。
けいさん(ブログ:憩)によると、映画にもなっていたのだとか。知りませんでした^^;

そうそう。
セバスチャンの『Something Good』は、もう金もないのに意地でも払い続けたムスタファの給料……だったのかしら?
そう考えたら、結構つまらない~~^^;
でも、その金がカジノで30倍??
いやいや、もう、世の中何があるのか分からないってことで。

ミシェルとムスタファ、いい感じじゃないかって?
それもまぁ、世の中、何があるか分からないってことで。

結局、いい人の話なんじゃないのって気もしますでしょうか?
いやいや、これは「腐れ縁」「どこかで死んじゃってたら寝覚めが悪い」って話なんですよ。
(いい人たちの話だって認めたくないところが天邪鬼^^;)
でも、書きながら、トピノ(ナ)ンブールのスープを無茶苦茶飲みた~いと思って、そこだけは自己満足です。

トピノンブールとは、日本で言うと、菊芋。
レンコンみたいな歯ごたえで、水分の多いしゃきしゃきした芋。見た目は生姜みたいな形?
匂いは、アンティチョークみたいだとか。

……何はともあれ、ここまで読んでくださいまして、本当にありがとうございました(*^_^*)

Category: 明日に架ける橋(ヒューマン)

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