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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨109] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(10) 

この物語を読んでくれた友人が、真と竹流の関係はこれだと言ってくれたことがあります。
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まさに、愛情込めて無理やり(?)子猫を連れまわす親猫。この大間への旅はまさにそんなイメージでした。
「父ちゃん、船に酔っちゃうよ~。ぼく、おうちに帰って、おさかな待ってる~」
「船酔いがなんだ。3日で慣れる。男たるもの、自分で飯を手に入れんでどうする!」
(マグロ漁の親爺の船の上にて)
あ、このロゴマークは母子なんでしょうね。なぜか、頑固おやじと情けない息子の構図になってた^^;

そう言えば、こちらも、以前ご紹介しましたが、まさに二人の関係を如実に表しているかも。

せっかく冒険に行こうとしているのに、無理やり連れ戻される仔猫……
心配しすぎて無理やりな母親猫……^^;

さて、今回、作中に出てくるこの名言(?)。
『仕事があって、飯が食えて、贔屓の野球チームがあって、シーズン中は試合に熱くなる、それだけで何となく幸せだ』
何を隠そう、私の名言です^m^
野球も開幕。今年はどんなドラマが待っているかしら。
(昨日はコテンパンだったけど(-"-))

今回を含めあと2回で、長かった回想章も終わりです(*^_^*)




 店の外に出ると、潮の匂いが吹き付けてきた。月の光が冴えて、足元を浮かび上がらせている。
 親爺は先に立って歩き始めた。その背中から、風に乗って、小さなしわがれたよされの唄が聞こえてきた。
 鼻歌などを歌わない風貌の親爺が、今余韻を楽しみ、奥さんが亡くなってからは心に閉じ込めていたよされを、今日その封印を解いて、自分の三味線に合わせて唄ってくれたのだと思うと、妙な感慨があった。

 少し酔ったので風に当たってから戻る、と竹流が親爺の後姿に告げた。親爺は後姿のまま右手を軽くあげて、振り向かずにゆっくりと歩き去っていった。
 真は竹流と並んで海辺を歩いた。秋とは言え、夜になると時折冬の気温を滑り込ませながら、海風が吹き付けている。時折誰かにぶつけてしまいそうになる情動を諭すような温度だった。

「胃、大丈夫か」
 真は頷いた。
 それから大間の暗い海の向こうを見つめたまま、二人で長い時間立っていた。やがて、竹流が何を思ったのか、自分の上着まで脱いで、真に掛けてくれる。
「いいよ。あんただって寒いだろう」
「馬鹿言え。俺は病み上がりじゃないしな」

 真は海の彼方を見つめいていた。暗い闇の向こうに、より暗い島影が微かに波の上で揺らいでいた。
「北海道が、見える」
 もしかして真の網膜に映った懐かしい土地は、幻だったかもしれない。
「帰りたいのか」
 風に一度は浚われて、竹流の声は遠回りして聞こえた。
 真は竹流のほうを見、それからもう一度遠くの暗がりに浮かぶ微かな島影を見やり、随分の間をおいてから首を横に振った。

 帰れないのだ、と思っていた。迎えに来た飛龍を振り切ってから、真には前に進む道しかなかった。たとえその向こうにどれほど過酷な道が待っていようとも、引き返す道は既にない。
 何を察したのか、竹流は真の頭に手をやって、ほんの少し力を入れて彼の方に引き寄せるようにした。
「皆が喜んでくれて、良かったな」
 真はそれには素直に頷いた。
「あの三味線な、親爺の奥さんのものだったんだ。誰も弾かないのに、親爺は去年皮を張り替えてもらいに弘前まで行っていた。家に置かずに、あの店に置いてもらっているのは、いつもあそこで奥さんが弾いていたからなんだ」
 真はただもう一度頷いた。

「なぁ、真、親爺の人生は、特に奥さんが亡くなってからずっと、俺が知る限りでは、毎日があんなふうで、漁に出て、採れない日のほうが多くて、酒飲んで、寝て、それだけだ。漁のできない季節も含め三百六十五日のうち、マグロにヒットするのは、僅かに数パーセントかもしれない。漁のできないシーズンにはどうやって食いつなごうか、目の前に道のない日だってあるだろう。でも親爺は毎日、死ぬことなど考えずに生きている。自分の命を、ただ定められた最後の日まで、どれほど寂しくてもただ淡々と生きている。あんなに愛していた奥さんがいなくなっても親爺が死にたいと漏らした事も無いし、親爺が死にたいと思っているとも思えない。生きているだけで、また次の一日を見ることができる、また奥さんを思い出し、手を合わせてやれる一日が延びる、あるいはそんなことさえ考えていないかもしれない。生きるとはそういうことなのだろう。ただ淡々と、目の前に続く道を歩いている。そんな親爺の人生を美しいし愛おしいと思う。だが、俺は、お前がかわいそうだと思っていた女の人生が、本当の意味で可愛そうだなどとは思わない。その気持ちに取り込まれるな」

 真は、自分の頭に置かれたままの竹流の手に、僅かに力が入ったのを感じた。
 その瞬間、真はこの男にやはり全て預けてしまいたいと、本当のところはそういう気持ちだと言って自分をその腕の中へ投げ出してしまいたい衝動に駆られた。
 しかし、結局は何もできなかった。

「帰ろうか」
 真はただ頷いた。
「親爺さん、寝たかな」
「どうせまだ飲んでるさ」
 そう言葉を交わしてから、彼らは海に背を向けて歩き始めた。

 親爺の小屋までの半時間ほどの道のりの間、彼らはほとんど話さなかった。並んで歩くと、時々手が相手に触れそうになった。
 触れかけた手の温度さえも感じるほどの距離だったのに、触れることは許されないのだと思えた。もしも相手が異性だったら、ここでその手を握り締めていたら済むことなのに、と思い、ふと、葉子の手に届かなかった数センチを思い出した。今はそれよりも遠い先にいる相手のようだった。

 しかし、ようやく向こうに親爺の小屋が見えたとき、竹流がいきなり触れかけた真の手を握った。急に縮まってしまった数センチに、真は単純に驚いて立ち止まり、相手を見つめた。
「東京に戻ったら、とりあえず必要な荷物をまとめてマンションに来い」
 何のことかと竹流を見つめていると、真が理解できなかったと思ったのか、竹流は解説するようにゆっくりと言葉を区切りながら言った。
「一緒に住もうと言っている」

 それでも、真は返事もできずに相手を見つめていた。目を逸らすことはできなかったが、言葉もでてこないままだった。
「お前、ほっとくと一人で飯も食えないし、死にそうになるまで病院に行かないし、斎藤先生に監督不行き届きだと言われるのは不本意だし、まぁ、俺も仕事でずっと東京にいるというわけじゃないが、飯くらいは作ってやれるし、俺がいない日は登紀恵さんが来てくれるしな」
 真が相変わらず返事のしようがなく竹流の顔を見ていると、竹流はひとつ息をつき、少しだけ強い語調で続けた。
「イエスかノーか、返事しろ」

 真はほんの少し俯いて、それから竹流が自分の腕を摑んで引き寄せるのに任せた。
「返事しないと、勝手にイエスと取るぞ」
 実はこのとき、真は完全に誤解をしていた。それで一瞬躊躇ったのだが、それならそれでと覚悟を決めた。誤解する素地は十分にあったのだ。

 小屋に戻ると、親爺は布団も掛けずに倒れこむように眠っていた。彼らは親爺に布団を掛けてやり、自分たちの布団を敷いた。
 真はその間に小さな粗末な仏壇の前に座り、暫く小さな木の位牌の前の写真を見つめていた。若く綺麗な娘の時の写真ではなく、そこに写っているのは苦労に苦労を重ねた、年輪を経た皺の深い田舎のおばちゃんだったが、これまでに見たどんな女性よりも飛び切り美しく思えた。真は黙って手を合わせた。
 言葉が心に浮かんだわけではなかった。ただ、何かに導かれるように、何も思わずに手を合わせた。

 布団に潜り込んだとき、真はしばらくまだ考えていたが、意を決したように竹流に身を寄せた。
 無意識でなく身を寄せた意味を、竹流が理解したと思った。一方の竹流のほうは、随分飲んで気分も良かったのか、半分寝ぼけているようだった。応えるように真を抱き寄せ、多分相手が誰であろうと同じようにしたのだろうが、頭を抱き寄せて耳元にキスをしてきた。
 極上の愛の言葉よりも十分甘い告白に思えた。

 朝になって、親爺が漁に出て行くのを彼らは見送った。親爺が気が付かない程度に掃除をして、買物に出掛け、一宿一飯の恩義とでも言うように、新しい長靴とやや上等の雨合羽を買ってきた。長靴に穴が空いているのを、彼らは来た初日に見つけていた。
 それから親爺が帰ってくるのを待って、三人一緒に竹流が作ったかなり気合の入った手料理を食べた後、彼らは東京への帰路についた。

 親爺はとっとと行けといって、見送りにも出てこなかった。けれども、真には親爺の気持ちが分かるような気がした。竹流の顔をちらりと見たが、竹流は誰かの人生にこれ以上踏み込むことはないのだと言いたげな、厳しく涼やかな、しかし優しい顔で、ただ東北自動車道を行く前の車のテールランプを見つめていた。

 途中、福島県まで戻ってからサービスエリアでコーヒーを飲み、しばらく煙草を吸って休んだ。テレビでは野球のナイターが始まったところだった。
 いつか誰かが、仕事があって、飯が食えて、贔屓の野球チームがあって、シーズン中は試合に熱くなる、それだけで何となく幸せだと言っていたことを思い出していた。

 車に戻ってからエンジンをかけることもなく竹流が言った。
「明日、三上さんのところに見舞いに行こう。それから、お前が入院している間に名瀬先生から連絡があって、お前に会いたいとおっしゃっていた。いくらなんでも、仕事もせずに毎日ぼーっとしてるわけにもいかないだろう。あんまり意地を張らずに雇ってもらえ」
 真は暫く考えていたが、少しして頷いた。

「俺としては、あの怪しい事務所に勤めていられるよりは安心だ。ただ、お前の意に沿うかどうかは分からないし、ゆっくり考えたらいい」
 意に沿わないというのはどういう意味だろうとぼんやり真は考えていた。
「お前が名瀬先生のところのような堅苦しい事務所でやっていけるかどうかは、俺も多少心配なんだ。すでに、アウトローの極限みたいな事務所での勤めに慣れてしまっただろう? それが、司法試験を一発でクリアしたようなお堅い法律家ばかりの事務所でやっていけるとも思いにくい」

 真は正面を見つめていた。サービスエリアの建物の中では、幾人もの人々の動きがそれぞれの人生の一瞬を刻んでいた。
「最悪の場合は俺が雇ってやってもいいが、レストランにしてもギャラリーにしても、お前に向いているとは思えないしな。まあ、それも覚悟しとけ」
 そう言うと、竹流はようやくエンジンをかけた。


 三上はリハビリに入っていて、前よりも随分落ち着いたように見えた。彼らが見舞いに行くと、身体を起こして迎えた。
「リハビリの若い先生がスパルタでな、なにくそ、って毎日思ってるよ」
 それを聞いていた看護婦がくすくすと笑った。笑顔の感じのいい、落ち着いたムードの看護婦だった。美人とまでは言いかねたが、屈託なく、厭味な気配が全く感じられない。

「お前、体の調子はどうなんだ?」
 真は少し頷いた。体の不自由には誰よりも苦しんでいるはずの三上に心配されるのは、情けない気がした。
「随分ましになりました。ちょっとくらいなら、酒も大丈夫になったし」
「俺も早く退院して思いきり飲みたいなあ」
「三上さんは飲み過ぎるから駄目ですよ」
「煙草もやめたしな、飲むくらいしか楽しみも残らないよ」

 真が驚くほど三上はヘビースモーカーだったし、宣言とも取れるその言葉に真は多少驚いた。その三上の言葉に返事をしたのは看護婦だった。
「やめたって、まだ三日目じゃないですか」
「三日やめたらもうこっちのもんだ」
 竹流は、会釈をして出て行った看護婦を見送っている。

「真」
真も一緒になってその看護婦の背中を視線だけで追いかけていたが、三上の呼びかけに彼に視線を戻した。三上は真顔になっていた。
「彼女の事は気の毒だったな。でも、俺はある意味良かったと思ってるよ。俺が大和さんの立場だったら、その女を呪い殺しかねないと思っていた」
 微妙な三上の言い回しに、竹流は一瞬三上と視線を合わせたように見えた。

「それから、名瀬先生が昨日来てな、お前がどうしてるか心配してたよ。ちゃんと挨拶に行っておけよ。それと」三上はちょっと言いにくそうに言葉を切ったが、先を続けた。「できれば所長にも会いに行ってやってくれ。あの人、あれでいて寂しがりやだからな」
 真は黙って三上を見つめていたが、素直に頷くことはできなかった。

 彼らは暫く他愛のない話を続けていたが、リハビリの時間だといってさっきの看護婦が戻ってく来たのをきっかけに病室を辞した。三上は手の力で意外にも身軽にベッドから車椅子に身を移した。
 病院を出てから、竹流が、ちょっと安心だな、と言った。

「何が?」
「退院してもあてがあるのかな、と思ってな」
「え?」
「えって、お前、気が付かなかったのか」
「何を?」
「さっきの看護婦」
 真はしばらく竹流の顔を見ていた。
「まあ、もっともまだ口説き落としている途中って感じだったけどな。さしずめ、禁煙したら付き合ってあげるとでも言われてるんだろう」

 真にはそこまで見抜けなかったが、その話は本当だった。
 この一ヶ月後に三上が退院したとき、帰る場所の当てなどないと思われていた三上は彼女のマンションに転がり込んだ。理由は、彼自身のアパートは家賃未払いで住めなくなっていることと、住むにしても階段を登れない彼には生活できないということだった。彼女のマンションにはエレベーターがあったわけだが、いずれにしても言い訳だった。

 三上の禁煙は見事に貫かれ、半年後には彼らは入籍して、古い一軒家に移り住んだ。それについての費用を、横浜でジャズバーを経営している唐沢の友人でもある田安隆三が用立てた。妙なところで面倒見のいい田安は、人を雇って三上が車椅子で動けるようなバリアフリーの工事まで面倒を見た。





註:文中に「看護婦」と出てきます。現在はこの呼称は使われず「看護師」が正しいのですが、作品の時代に合わせて「看護婦」のまま使わせていただきました。
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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