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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨115] 第23章 喪失(2) 

【海に落ちる雨】第23章その(2)です。
竹流が御蔵皐月という女性にフェルメールの偽物を描かせていたというアトリエ。
火事で焼けてしまい、今は何も残っていない場所で、真はあるものを見つけます。
それは竹流にとって身体の一部と言ってもよいはずのもの。
ここから先、この小さな「物」があちこちで存在を主張します。

物語における小道具。時々思いだしたように出てきて、人と人、場面と場面を繋いでいく。
こんなふうな小さな「もの」に注目してみると、ちょっと違う側面から物語を楽しめるのかもしれません。





 フロント代わりの喫茶店のコーヒーは、全く期待していなかったのに、意外にも美味かった。
 真の胃には多少堪えたが、コクが深く、酸味が少ないためか幾分甘みさえ感じるようなコーヒーだ。草薙も朝は弱いのか、食事はとらずに熱いコーヒーだけをすすっていた。

 お互い口もきかないまま、車に乗り込み、昨夜行きかけた郊外の道に向かう。空はまたはっきりしない天気で、降るような降らないような曖昧な湿気を含んでいた。
 明るい時間に見ると、全く人気のない山道でもなさそうだった。それほど遠くないところに高速が見えていた。

 部分的には林程度の木々の繁りがあったが、途切れたところには廃車を解体する小さな作業場や、何か工事現場で使う部品を扱う会社が敷地を占拠している。
 住宅街があるわけではないが、車の通りは意外に多い。この先に団地でもあって抜け道になっているのかもしれない。

 草薙は車を降りて、脇道にへの侵入を拒んでいたチェーンを外した。真が車を進めると再びチェーンを掛けて、車に戻ってくる。
 そこからは両側から木々に襲い掛かられるような道で、山の中というほどの印象ではないのに、深みに嵌っていくような気配だった。

 舗装されていないので、しばしば振動で胃が暴れる。天気が良くないせいもあるが、昼間でも薄暗く、不意に何かにハンドルをとられそうになった。
 車二台がすれ違うのは多少困難に思える。所々、回避地のようになっているのはそのためだろう。

 大して走ったわけでもなかった。おそらく初めて辿る道だから、少し長く感じただけなのだろう。ぽつん、ぽつんとログハウスのような建物が建っている。
 チェーンの意味するところは、私有地の目印だろう。建物の周囲は木が切り開かれているので、空に遮るものがない。

 その一番突き当たりは丸く切り開かれていて、随分と明るく見えた。中心部にはまだ草も生えないところが残っている。建物の残骸は燃え痕も生々しいまま、この場所から運び出されずに申し訳程度に真ん中に寄せ集められていた。
 割れたガラスが足下で壊れる。焼け残ったものは、比較的大きな家具の一部と、柱の一部、建物自体の枠組みだけのようだった。
 他は、元の姿を思い浮かべることもできないような屑となって、半分土と同化している。変形した絵具のチューブや、イーゼルのネジのようなもの、歪んだガラスの小瓶などが所々に隠れていた。

 真は足の下の気配をひとつひとつ確かめるように、ゆっくりとその焼け跡を歩いた。
 ここで、御蔵皐月はあの贋作を描いていたのか。そして、傍で竹流がその女に語りかけ、時には肩を抱き、時には唇を合わせ、そして時には、この焼け残ったベッドが丸く完全な形を持っていた頃、その上でその女を愛したりもしたのだろう。

 だが、今、冷めた焼け跡にはもう何もない。この場所から、何かが湧き上がってくるわけでもない。
「そのガラクタをひっくり返すなら、手伝うぜ」
 草薙は言外に、何もあるわけがないけどな、という響きを十分に含ませて言った。
 真は返事をせずに焼け跡を歩き続けていた。じっとりと湿り気を含んだ地面は、人為も自然もない交ぜにして、一歩を進めるたびに足に絡みつく温度となる。

 その真の足の先を、矢のような光が横切った。
 見上げると、重い雲が僅かに切れて、隙間から光が漏れ出していた。
 あそこに天国があるような気がする、という少女趣味な感慨を抱くつもりはなかったが、何かに導かれるような気がして、真はその光を追いかけ、僅か先の地面を見た。

 それは、真の視線がちょうど落ちるあたりに光っていた。
 真は歩み寄り、思わず息を飲んだ。気持ちの揺れとは裏腹に、ゆっくりと屈んでそれを拾い上げる。
「何だ?」
 草薙に問いかけられてもすぐに返事ができなかった。予想外のものが目に飛び込んできて、今、真の手の中でそれは紛れもない鈍い光を跳ね返している。

「指輪?」
 真はスラックスで指輪の泥を拭った。明らかに見覚えのある銀の指輪には、荊と十字架のモチーフが浮かび上がっていた。
「どうした?」
「竹流の指輪だ」

 真は自分の声がかすれていることに気が付いた。安いホテルに泊まると、いつも喉の調子を悪くしてしまうからに違いなかった。
「落としたのか?」
 落とすわけがない。この指輪は竹流の身体の一部のようなものだ。指から抜くときはいつも身を切るような仕草で抜いている。あの日、真がこれを抜こうとした時も、簡単には関節を越えてはくれなかった。

 誰かが彼の指から抜いてここに捨てていったのか、それとも。
 真はもうひとつの可能性を、嫌でも探らねばならなかった。そして、そのことが何を意味しているのかを、目を閉じて、脳の隅々の全ての細胞までも働かせて考えていた。

 ここに竹流が来た理由は何だったのだろう。既に燃えかすしかない焼け跡に何か特別なものがあったのだろうか。あるいは、ただ指輪を捨てに来たのか。佐渡に行くまでの間に、彼がここでしようとしたことは、これまでの彼の人生への決別だったというのだろうか。

 どれほどローマの家と喧嘩をしようとも揉めようとも、修復作業のとき以外に竹流が今までこの指輪を外したことはない。それは、それでも彼がいつかはあの家を継ぐつもりがある、あるいは捨てられないという証明だと思っていた。
 そして、竹流があの指輪をしている限り、真も、あるいは事情を知っている添島刑事や彼の仲間たちも、いつかは彼と離れる覚悟をしていなければならなかった。

 雑誌のインタヴューに答えたときでさえ、竹流はあの指輪を外してなどいなかった。それなのに、何故今、ここに捨てていったのだろう。
 誰かが彼の手から抜いて捨てる、などという象徴的なことをするはずはないと思った。ヤクザなら、指ごと切り落とすことはあっても、丁寧に指輪だけ抜くというようなことはしない。これはあくまでも儀式のようなものだ。

 真は指輪をスラックスのポケットに入れて立ち上がった。
 もう一度あたりを見回したが、天啓のようなあの光は消えてしまっていた。
「どうするんだ?」
「役所に行きましょう。この土地が誰のもので、あるいは今どうなっているのか、確認したい」

 村役場で確認すると、そのアトリエがあった土地の所有者はある大手鉄道会社で、こんな東京都との県境の二束三文の土地など、誰も注目していなかったという扱いだった。
「でも、焼け残ったものを、誰か預かったって言ってませんでしたか」
 受付の年配の女性が後ろの男性を振り返った。

「そうだったかな」
 男性も記憶が曖昧のようでしばらく考えていたが、やがて思い立ったようにどこかへ去っていった。
 五分ほどして戻ってくると、真にメモを渡し、そこに書かれた人物を訪ねるといい、と教えてくれた。

 礼を言って役場を出る。車で十分ほど行くと、すぐに田畑の広がる区域に入った。
 住所の家を訪ねると、四十代くらいの女性が出てきて、その人は畑に出ていると教えられた。女性は真と草薙を畑まで案内した。
「おじいさーん」

 屈んでいた腰を伸ばしてこちらを見たのは、人の良さそうな老人だった。夏野菜の準備をしていた手を止めると、客人に気が付いて、そのまま真たちのほうへ歩いてきた。腰は曲がってもおらず、かくしゃくとした歩き方だった。
 真が来訪の事情を告げると、老人は不思議そうな顔をした。

「大和さんなら、十日ほど前に来なすったけど」
「来た?」
 老人は何度か頷いた。真は頭が引っ掻き回されたようになるのを感じた。
「わしが預かっとったものを取りに来られたんだ」
 真はしばらく、老人の人の好さそうな目を見つめていた。

「預かったもの、というのは、火事になったアトリエで燃え残ったものですか」
「ああ、それも預かっとるけど、取りに来たのはその後で預かったものだ」
 聞けば、この家は竹流のレストランの契約農家のひとつだという。それ故に行き来はしばしばあったのだろう。

 いや、実務的なことでなくても、この老人の顔、そして節くれだった手を見ていると、竹流が時折茶でも飲みながら、レストランで使う食材、野菜について思いを語り合い、時には語るでもなく共に過ごすにふさわしい相手に見える。

「それは何ですか?」
「さぁ、なんか小っさい箱みたいなもんだったけどなぁ」
「絵を預かりませんでしたか?」
 老人は首をかしげた。少なくとも絵画というような大きなものは預かっていないようだった。
 葛城昇が絵を探したときに、ここも探した可能性は高いし、やはり絵は御蔵皐月という女が持ち去ったのだろうか。

 それなら、竹流が持ち出したという箱は何だろう。わざわざ追われているときに取りに来なければならないようなものだったのだろうか。
「その後、どこへ行くか、言っていませんでしたか?」
「いや、聞いとらんなぁ」
 ここに来て、それから佐渡に向かったのだろうか。

 真は礼を言って、草薙と一緒に車に戻った。
「どうするんだ? 俺に案内できる場所はここだけだがな」
 真はエンジンをかけずに、しばらく考えていた。それから、草薙を見て確認した。
「あなたは、一緒に佐渡に行ったわけではないんですね」
「佐渡どころか、一緒に関東を出たこともないな」

 では、竹流が佐渡に渡ったとき、一緒にフェラーリに乗っていた男は誰なのだろう。
 美人が一緒なら絵になったのにねぇ、と目撃者が語っていた。そのときは、てっきりこの村野の息子が一緒だったのだろうと思っていた。それなら一体誰だ。

 寺崎昂司である可能性は? だが、真が怪我をした寺崎に会ったとき、寺崎は竹流の居場所を知らないと言っていた。嘘をついていた可能性は否定できないが、あの時の寺崎の様子からも、わざわざ嘘を言っていたとは思えない。では、誰が一緒だったのだろう。

 竹流はその誰かと一緒に佐渡に行き、そこで更に暴行を受けたのだとしたら、一体その相手は誰だろう。
 頭が混乱してきた。
 寺崎昂司の父親、寺崎孝雄という可能性もあるが、それにしても接点は何だろう? 大体、竹流がテスタロッサに嫌なやつを乗せるとは思えない。
 江田島道比古という可能性は? フェラーリに乗せるほど親しい相手とは思えない。

 だが、「その男」と一緒にわざわざ佐渡に行ったのだ。
 大体、彼が佐渡に行った目的は何だろう。あの隠れ家の鍵を取りに行ったわけだから、やはりあそこで何か見落として来たのだろうか。

 真は、嫌な想像をいちいち否定しながらも、身体が固まっていくのを止められなかった。最悪の想像は、それがアサクラタケシだったという可能性だった。だが、父には竹流を暴行する理由はないはずだ。
 万が一にも、息子の将来を案じて、その原因になるかもしれないジョルジョ・ヴォルテラを抹殺したいと考えていたとしても、それなら真っ直ぐにチェザーレ・ヴォルテラを始末すればいいことだ。
 竹流は決してあの家を継ぎたいと思っているわけではない。

 真はエンジンをスタートさせた。
「どうするんだ?」
「新潟に行きます。あなたはどうしますか」
 草薙は感情を読み取れない声で答えた。
「もう少しつき合ってやるよ」






『右手がしていることを左手に知らせるな』
戦時中の残酷な現実については、少し言葉を濁すことになりそうです。
でも、公然と覚せい剤や阿片のようなものが使われていた時代。
この言葉は阿片王と呼ばれたある人の信条だったのだとか。
敵でも味方でもない、しかし父親という存在については互いに思うところのある二人の道行き。
もうしばらく、お付き合いください。
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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