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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨116] 第23章 喪失(3) 

【海に落ちる雨】第24章その(3)です。
竹流が立ち寄った焼けたアトリエ跡から真が拾ったのは、ローマ教皇からヴォルテラ家後継者に贈られるという指輪。
捨てられた指輪は、竹流の想いの表れなのか……
そして真は、最後に彼の姿が確認された新潟へ向かう。
その時、竹流の車に同乗していた男は誰だったのか。

今回は、草薙の名調子、お聴きください。
いい人なのかどうか。それはこの話ですから、「人間とは不思議なものだ。いいことをしながら悪いことをし、悪いことをしながらいいことをする」……そんな連中です。

関係ないけれど……もうすぐカウンターが10000を越えそう……
キリ番リクエストは今回はありませんが、踏んでくださった方には、きっと幸福の青い鳥が訪れるに違いありません!(他力本願^^;?)






 新潟に着いたとき、既に陽は傾きかけていた。
 気持ちは焦っていたが、さすがに多少は空腹を感じられるようになって、草薙が主張するままに駅前の定食屋に入った。
 狭い店の奥には、仕事帰りには少しばかり早すぎる時間にも関わらず、数人が夕食にありついていた。若い者も、比較的年配の男もいる。

 蕎麦くらいなら咽を通るだろうと思って注文すると、草薙が、身になるものを食えと、白飯と一緒に刺身やら天麩羅やらを追加した。
「狩に行くときに空腹で出て行くやつがあるか。全く、世話の焼ける野郎だ」
 真は、桜の言うとおり、自分は「雄」かもしれないと思った。だが、狩りに出る心構えが足りていないのだろう。

 結局、真は草薙の監視の下でいつになくしっかりと夕食をとり、それからふと、隣のテーブルの男が広げている新聞に目を留めた。
『上蓮生家』という文字が目に飛び込んできたのだ。
 男は新聞を畳んでテーブルに投げ出して立ち上がった。レジに行こうとする瞬間をつかまえて、その新聞を譲ってもらう許可をとると、真は訝しげに覗きこむ草薙にも見えるようにして、三面記事の小さな欄を読んだ。

『全焼した上蓮生家の古い蔵の床下から白骨死体』
 先日焼け落ちた上蓮生家の蔵の下には地下室があり、そこから女性と思われる白骨死体が発見された、鑑定の結果は少なくとも百年ほど昔の遺体で、蓮生家でも地下室があるということは知らなかったという話である。
 短い記事にはゴシップ的な内容が書かれているだけで、真実に近付くような情報は何もなかった。

「蓮生も、今更昔の傷を抉られたところでどうしようもないだろうにな」
「何か知っているのか?」
 草薙は白飯をかき込みながら意味深に真を見た。
「あんたの相棒が蓮生の絵のことで関わっていたのは知っているけどな。ま、とっとと食え。荒川に行く気なんだろう」

 車に乗り込む前に、草薙の提案で真は缶コーヒーを買いに行った。食事代は草薙が出してくれたので、その上コーヒーひとつとはいえ、甘えるのは悪い気がした。

 真が車のドアを開けたとき、先に助手席に座っていた草薙は、何か小さな紙切れを見ていたが、ちらりと真のほうを見ると、ゆっくりとした動作でその紙切れを握り込み、上着の内ポケットに仕舞った。
 真は草薙に缶コーヒーを渡し、自分も半分くらい飲むと、エンジンをかけた。
 今から荒川に行くとすっかり夜分にお邪魔する、ということになるが、明日まで待っていられない気がした。

「戦争には士気が要る」
 草薙が呟いた言葉に、真はしばらく反応できなかった。
「村野耕治って男は記者としてのモラルなどこれっぽっちもない人間だったさ。いや、もともと戦時中の事業を戦後にどうやって広げるか、それしか考えていなかったかもしれない」

「戦時中の事業ってのは、アヘンか?」
「資金源になったアヘンや士気高揚のために使われたヒロポンにしても、戦争にクスリはつきものだ。どんなに感覚が麻痺しても、人間、死ぬのは怖いさ。状況が悲惨になれば早く死にたい、死んだほうがましだと思うかもしれんが、目の前に死があって、怖くないと思う方がどうかしている。大体、綺麗になんか死ねなかった時代だ。死にに行く兵士に、気持ちが楽になると薬を渡したところで、罪だなんて言われなかったんだろうな」

 真は黙って前を見つめていた。
 市街地を抜けると直ぐに道は暗くなった。街灯も疎らになり、暗い真っ直ぐな道の彼方を照らしたヘッドライトが、当てのない行方を探している。

「軍が組織的にアヘンやヒロポンを使っていたことは、ある程度知られた事実だ。だが誰も騒ぎ立てて責任を問うたりはしない。軍というのは当時の国家という意味だからな。いつか、そうだな、こういう話の責任者がある程度この世を去って時効がやってきたら、もう少しはっきりとマスメディアで取り上げられたりもするんだろう。だが、その時点で世の中に過去の事実が伝えられたところで、戦争など知りようもない世代にどんなふうに受け止められると思う? へえ、そんなことがあったのか、程度の感想だろうよ。馬鹿な連中は、クスリを使うことに対する罪悪感を正当化されたような気持ちになるかもしれん。時間が過ぎてしまえば記憶は薄れる。どんな悲惨な事件でも、後から思い出を語っても遅い。臨場感がないからな。澤田顕一郎が記者として目指していたのは、手遅れにならないうちに真実を明らかにして犠牲者を贖うってことだった。村野には、むかつくような正義感だったろうよ」

「それで、蓮生と村野の接点は?」
 草薙は、深い角度に倒してあった助手席のリクライニングを戻した。

「俺も何もかもを知っているわけじゃない。村野の後妻だった女のところに、いくらか古い手紙や資料が残されていた。もっとも、村野の流儀は『右手がしていることを左手に知らせるな』ってやつだったし、そもそも罪の告白を喜んでするような手合いじゃなかったろうから、残された記録に全ての真実が書かれてあったわけじゃない。その女は癌になった村野に家政婦兼介護婦として金で買われたようなものだったし、少しくらい金目になりそうなものがないかって、村野の懐を探ってたんだとしても罪にはならんだろう。俺が見たのは、村野の死で実家に戻ったその女が持っていた、いくつかの手紙だ。村野家と澤田家はもともと親戚だったんだ。家系としては結果的にはどちらも没落しているが、戦前に澤田と村野の当主の間で何やら揉め事があって、村野の家は大分を追い出されたような形になった。その時、逃れた先の新潟で村野親子を預かったのが蓮生だ」

 真は思わず草薙を見た。それから直ぐに前方へ視線を戻す。彼方に信号の緑が浮いて見えていた。
「村野の父親が、軍の絡みでアヘン事業を始めたのは満州事変の頃だと聞いている。村野はまだ小学生にもならない年齢だが、ある意味、子どもは使いやすい一面があったんだろう。子どもの時分から父親の使い走りをしていた村野は、汚い仕事のノウハウも教わりながら、父親から毎日、澤田家に対する恨みつらみを聞いていたんだろうよ。新潟にいる間は、父親の手伝いをしながら、古の栄華を極めた旧家の古い因縁物語、つまりゴシップを随分集め回っていたようだ」

「何のために?」
「さぁな、半分は趣味で、半分は小銭稼ぎかもしれんな。古い家ってのは多かれ少なかれ世間に晒すことのできない恥部を持ってるもんだ。脅迫というより、奴にとってはお遊びだったんだろうけどな」
「下蓮生のお手伝いの女性が、子どもの頃に、地元の噂話を集めた雑誌があったって言っていた」
「そんなもんでも、身に覚えのある人間たちには気味が悪かったろうな」

「蓮生家は、村野に脅されていた、と」
「さてね。蓮生の話など、その後の村野がやらかした、本格的な脅迫のうちにも入らないもんだろうさ。蓮生には大きな波紋になったとしても。いや、それが村野のハイエナ人生のスタートライン、予行演習みたいなものだったのかもな。味を占めやがったんだ」

 真はチェザーレ・ヴォルテラが話していたことを思い出した。
 村野がつかんでいたのは、アヘンや覚せい剤を利用していた大国の首だったと。

 時間がたてばともかく、当時としてはまだ一般大衆に知られるわけにはいかない、あるいは補償や裁判の都合で、敵国には知られるわけにはいかない多くの事実があったのだ。
 そんな中で、まさか協力者がそのまま脅迫者になるなどとは、当時の大国の誰もが思わなかったことだろう。
 大国だけではない、大きな野望を抱いている妙な秘密結社も同じだったろう。脅迫者にも常に同じだけの危険が纏わり付いているはずなのだから。

 だが、村野は自分の不利益、つまり犯罪者として断罪される危険を顧みなかった。正確に言えば、いつか断罪される可能性を楽しんだ。犯罪者であることに酔いしれていたのだ。
 それは狂気だ。一体、村野をそんなところへ駆り立てたものは何だったのか。

 信号は赤だった。自分たち以外には人も車も見当たらない交差点で、真は素直にブレーキを踏んだ。
「あんたは、何故自分の父親をそんなふうに突き放して話すんだ?」
 草薙が鼻で笑った気配を感じたが、ほとんどエンジン音に消されてしまっていた。

「あんたはどうなんだ? アサクラタケシの息子さんよ。人殺しの親父にどんな気持ちを抱いている?」
 真は思わずハンドルを握る手に力を入れた。
 この男は、相川真を調べていたのだ。そしてこんなふうに簡単に見つけ出されるのなら、アサクラタケシの足下は案外脆い。

 だが、アサクラタケシのために相川真が危険な目に遭ったとしても、あの父親は息子を庇ったりはしないだろう。そんな感情を息子に抱くくらいなら、とっくの昔に何とかしてくれていてもいいはずだった。
「親父という人種に期待なんかしても仕方がない。お前も、俺も、寺崎昂司もな。あれは全く別の生き物だ。遺伝子の半分が同じだからって妙な感慨を抱いたら、おのれの足下さえ危うい。まぁ、もっとも、俺自身、ろくな生き方はしていないがな」

 その通りだ。遺伝子など、自分の中の何を決めているというのだろう。
 唐沢の言葉を今更ながら有難く思い出しながら、真は今一度、親と切り離された自分自身としての覚悟を決めるべきだろうと思った。

 それに、蓮っ葉な言葉を口にしながら、この草薙という男には、外観や表に出した言葉とは噛み合わない不思議な側面がある。
 唐沢と同じだ。どこかに信じてもいいと思える何かを持っている。
 真はナンニという黒人の少年の黒い目を思い出した。

「でも、あんたは、行き場のない密入国者の子どもの面倒をみている」
 草薙がふん、と鼻で笑った気がした。
「法は破ってるがな。お前さんだって、親父を刺して少年院に入っていた小僧や、ヤクザのなり損ないの面倒をみている。褒められた人間じゃなくても、親父がどんなろくでなしでも、多少はいいことができるってわけだ」
 ようやく、真はハンドルを馬鹿みたいに握りしめていた手の力を抜いた。

「だがな、お前さんは、いい親父を持ってるよ。親父、という歳でもないから、兄貴という言うべきか、世間の噂どおりに言うなら、恋人というべきか。俺はてっきり、ヴォルテラを継ぐ日のための参謀でも育ててるのかと思っていたら、あんな雑誌で家を継ぐつもりはないと抜かしやがった。じゃあ何でアサクラタケシの息子の面倒をみてるのかって聞いたら、出会って運命が拓けちまったから仕方がない、ってな」

「運命?」
 真はもう一度草薙のほうを見た。草薙はフロントガラスの向こう、遥か闇の先を見つめていた。
 その横顔には、人類の遺伝子の刻印が残されているような気がする。ただ一代前の記憶などではない、遠い昔から変化し続けてきた種の、あるいは生命自体の記憶の一部だ。

「お前さん、登校拒否で潰れちまったんで、一年ばかりカリフォルニアに住んでたろう? その時、夏の間、サンタフェのアウタースクールに預けられていた。あの男がお前の伯父さんに頼まれてお前たち兄妹の様子を見に行ったとき、お前はインディアンの村に行ったまま戻ってなかったそうだな。そこの長老が、今日サンタフェに着いた男に村まで迎えに来させろと言ったってんで、あの男はお前を迎えに行ったらしい。お前さんは、知ってたのか?」

 真は、この暗闇の中、唯一の頼りであるヘッドライトの明かりでも届かない行方を見つめた。
 車のエンジン音がそのまま振動として身体に伝わってくる。目の前に浮かび上がるのは、あの日、インディアンの村のはずれで見上げた、頭の上に広がっていた大宇宙だった。
「いや。確かに、あの頃は、まともに生活のできる子どもじゃなかったことは認める」

「そこの長老に、お前たちの運命が繋がれている、と言われたらしいよ。オカルトと心霊現象には興味がないと抜かす割には、あの男は遺跡だの古代の人智だのに触れると、畏敬の念を禁じえないタイプだからな、信じたんだろう。もっとも、その頃はあの男もお前さんのことを、多少むかつく面白い子供だと思っている程度だったってな。生憎、出会うべき運命など信じない、と答えたら、長老は言ったそうだよ。出会うべき運命などない、既に出会ってしまったが故に運命が拓かれたのだ、と。簡単に言うと、ちょっぴり気になる女の子がいて告白しようかどうか迷っていたら、友達に背中を押されてしまった、というような話だって言ってたな」

 よく分からない例えだ。
 真はしばらく言葉を継ぐことができずに自分の手を見つめていた。
 確かに、あの時サマースクールの教師は、真には精神的な癒しが必要なのだと言って、町のヒーラーのところに連れて行った。ヒーラーの老いた女性は古い絵本から抜け出してきた魔女のような目で真を見ると、あるインディアンの長老のところに行くべきだと言った。

 長老は真に、子どもの頃の唯一の友人だったアイヌの老人を思い起こさせた。
 真の顔を見たとき、長老は、ようやく友人が戻ってきた、と言って真を歓迎してくれた。メディスンマンでもある長老は幾日も掛けて真を癒し、そして、お前には避けられない運命が与えられていると言った。その運命は乗り越えるには辛い運命だとも。

 だが、恐れてはならない。それは大いなる意思に捧げられる、成就されるべき運命だからだ。おのれの信じた道を往きなさい。どれほど苦しい道であろうとも、運命は既に拓かれたのだから。

 苛めに耐え切れずに上級生たちを叩きのめしたあの日からずっと重かった身体は、何かの植物を燻した煙に包まれて、宇宙に浮き上がるようだった。目を開けると、頭の上には子どもの頃から馴染んできたのと同じ、大天界の星が降らんばかりに瞬いていた。
 そして、植物の葉を敷いた大地の上で身体を起こしたとき、迎えに来た男が、黙って真を見つめていたのだ。

「何で、竹流はあんたにそんな話を?」
「さぁな。誰か、第三者に聞いて欲しかったのかもな」
 草薙はそう言って、真のほうを見た。
「ところで、信号、青だぞ。もう三回目だけどな」






「あなたを蔵と一緒に焼き殺そうとしたわけではありません。でも、もしもあなたがあそこで焼け死んでくださったら、この家の呪いが浄化されるような気がしていたのは事実です。あなたが犠牲になってくださったら、私もこの家の過去を許し、真実を葬ってしまってもいいと、そう思いました。でも、あなたは死ななかった」

再び荒川の蓮生家を訪れた真。
次回は、あの蓮生家での火事の真相が明らかに。
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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