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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨118] 第23章 喪失(5) 

【海に落ちる雨】第23章その(5)です。
思えば、間が空いてしまったのに、少し言葉足らずでfollowできない状態になっていましたが、今更あらすじを書くのもなんなので、 よろしければ第23章 喪失(1)の前書きを見てくださいませ。超簡単なあらすじと、登場人物紹介へ飛ぶことができます。

さて、こちらは迷ったけれどRにはしないぞ!というある作家さん(皆様もご存じの(^^))のつぶやき(叫び?)に賛同し、Rにはしておりませんが、いささか際どいシーンがありますので、さらりとスルーしていただければと思います。
いえ、思い切り絡んでくださってもいいのですけれど。




「あの女、相当いかれてるぞ。お前もお前だ。どこぞの古代文明の生贄じゃあるまいし、自分を焼き殺そうとした女に対して、もうちょっと言う事があるだろうに」
 村上に向かおうと車に乗り込んだ途端、草薙は助手席で息巻いた。
 真は改めて不思議な気持ちで草薙を見た。
「何だ、その顔は」
「いえ。いかれた連中を飼い慣らしているあなたの言葉とは思えなくて」

 ふん、と草薙は息を吐き出し、シートに深く身体を沈めた。
「ま、ようやく気が付いたようで良かった。ついさっきまで、あんた呼ばわりだった。人生の先輩に対する態度じゃなかったからな」
「あなたのような人に対してなら、警戒するのが普通だ」
 真はキーを捻ってエンジンをかけた。ヘッドライトが浮かび上がらせた田舎道は、光の限界から先をまだ闇に落としている。

「千草さんは何十年、あるいは何世紀もこの家が背負ってきたものを肩に乗せて生きてきた。受け入れられない異分子でありながら、この家から出ていけないように閉じ込められてきたのは、彼女のお祖母さんだけじゃない」
「よく分かったよ。いかれてるのはあの女だけじゃなくてお前もだな。いいか。お前やお前の相棒はどっかずれてるぞ。生命への執着心が薄すぎるのか、自分の悪運を過信してるのか。お前らが、あの女やあの家にとってまれ人の役割を果たしたのは確かだろうさ。だからって殺されていいって話にはならないぞ」

「あなたは竹流がこの家の誰かに傷つけられたと思ってるんですか」
 草薙が闇の中から真を見た。しばしの沈黙の後、答えが返ってくる。
「いや。それはないな。ここは通過点だ」
 同感だった。真はようやくサイドブレーキを外した。

 村上に着くと、下蓮生のお手伝いの吉川弥生が、待ち合わせた下蓮生の前で待っていてくれた。
 彼女は、知り合いの旅館に頼んでくれたようで、ホテルではなく古い旅館の一室に泊まることができた。もっとも、この村ではほとんどの人間が知り合いなのだろうし、弥生のような明るいゴシップ好きのおばさんは、この町でも顔が広そうだった。

「下蓮生の御当主はどうしておられるんですか」
「えぇ、もう本当にお可哀想にね。徘徊して火をつけたりしては困るっていうんで、病院に入られましたよ。病院っていっても、牢獄みたいなもんですよね」
 放火の責任能力の問題もあるだろうが、何より旧家の主が放火の犯人だということになるのは問題なのかもしれない。地方には地方の法律があり、何が正義であるかと問う場には、他所の人間は介入できない。
 傍に立っている電信柱で、何かの広告が色褪せた赤い文字を歪めて、湿った音を立てていた。
 竹流が聞いたら、ただあの老人を哀れに思うだろう。

「弥生さん、前に、弥生さんが娘さんだった頃、妙な雑誌があったって言っておられましたよね」
 弥生さん、と呼びかけてから、これではまるで仁だな、と思った。
「えぇえぇ。それがどうか」
「それって、まだ持っておられませんか」
「えぇ、多分ありますよ」
 吉川弥生はしばらく考えるような顔をしてから答えた。
 田舎の人間はものを捨てない。真は、明日弥生の家に寄せてもらう約束をして、吉川弥生と別れた。

 案内された旅館は古いとはいえ老舗のようで、部屋は無駄に広かった。床の間の花瓶では、紫陽花が幾らかくたびれたように俯きかけていた。
 夕食は済ませていたので、内風呂に入り、それから草薙の勧めるままに日本酒を少しだけ飲んだ。さすがに新潟の酒は美味いな、と草薙が呟いた。部屋は二間続きで、隣の部屋には既に布団が敷かれていた。
「明日はどうする気だ? その雑誌とやらをひっくり返して何かが出てくると思うのか」

 そう聞かれると、確信を持っているわけでもなかった。真は黙ったままお猪口を口に運び、それから空になった草薙の猪口に酒を注ぎ足してやった。
「竹流は佐渡に渡る前に山梨のアトリエの燃え跡に行って、そこで指輪を捨てた。それから、近くの農家に預けてあったものを取りに行った。多分、そこから新潟に来たんじゃないかと思う。彼はあくまでも絵のために動いていたんだし、まずは絵の行方を確認するはずだ。江田島道比古というのが、問題の絵と関わっている男なので、もう一度その男に会ってみるつもりです」
「それで埒があかなかったら?」

「もうひとつ、彼が気にしていたのが、新津圭一の娘、千惠子の身の上だった。寺崎昂司は新津千惠子を女に預けたと言っていた。女というのは、香野深雪じゃないかと思う」
「だが、香野深雪はどこにいるのかわからないんだろう」
「人間って隠れるとき、どこに隠れると思います? 特に保護しなければならないような弱者を連れているとき、あまりにも土地勘のないところには行きにくい。罪を犯して警察から逃げているのなら話は別ですが」
「なるほどね。それはそうだ」

「あなたは竹流が香野深雪と接触していたのも知っている。御蔵皐月や楢崎志穂のことだって調べたんでしょう。勿論、香野深雪のことも。あなたは糸魚川に行って、深雪の両親の自殺のことを調べたはずだ」
「やれやれ、お前さんが失踪人調査のプロだってことを忘れてたよ。どうりで鼻が利くわけだ。香野深雪の両親が自殺した後、彼女が預けられた施設は新潟だった。彼女は」
 草薙は言葉を切って真を見つめた。
「お前さん、彼女のことは自分で調べたほうがいい。俺は現在その女がいる場所は知らんが、お前さんの言うとおり、彼女が土地勘のあるところにいるのなら、お前さんはそこに行って、彼女自身と話すべきだろうからな」

 草薙は煙草を一本引き抜いた。
「あの男が言ってたよ。お前さんは多分気が付いていないが、いつかお前が本当に愛することになる女は、香野深雪のような女なんだろうってな。香野深雪を抱いて帰ってきた日のお前には、雄のにおいがするってな」
 真は、机に戻したお猪口の底で揺れている透明な光から、思わず顔を上げた。
「何のことだ」

「お前さんは自分で気が付いていないことが随分あるってことさ。あの女には傷がある。それも深い傷だ。お前はその女の傷に惹かれる。お前にはその傷を癒すこともできる。何故ならお前にも傷があるからだ。お前は傷のない女には惹かれないんだよ。恋はできるだろうが、それにもしかすると、本当にお前が必要としているのは、傷のない女のほうなんだろうけどな。だが、お前は傷を持たない女の前で、本当の男になることはないんだろう。香野深雪はそういう意味で、お前にとって初めての女なんだろうよ。それに、あの男だって、香野深雪が複雑な事情を抱えていて、決して一筋縄ではいかない女だと知っていて、それでもお前が彼女のところに通うのを止めなかった。お前と香野深雪がお互い本気になる日がきたら、身を引くつもりなんじゃないかと、俺にはそんなふうに見えたけどな」

 草薙は二つの猪口に酒を注いだ。真は黙ってその手元を見つめていた。よく使われている、骨ばった大きな手だった。
「それでも、誰かさんに操をたてるか」
 真は顔を上げた。草薙がふと笑った気がした。
「お前さんは、女をちゃんと愛することができる男だ。俺はそう思うけどな。それでもあの男を選ぶというなら、その先は地獄かもしれないぞ」
 真は息をひとつ吐き出した。
「覚悟はしている」

 草薙は首を横に振るようにして、一気にお猪口を空けた。
「全く、付き合ってられんな。お前ら、インチキ占い師に赤い糸で繋がれてますって言われて、丸々信じるタイプだな」
「そうじゃない。俺が自分で結んだ糸だ。あいつは、自分の立場が分かっているから、時々その糸を解こうとする。離れたくないのは俺のほうで、耐えられないのも俺のほうだ。だから、三途の川でごねて引き返してきた」
 俺にはわからん、と草薙が呟いた。

「あの男の国では、小学生からダンテの神曲を教えられるそうだ。どんな話か知ってるか? 死んだ妻が恋しくて、地獄まで迎えに行く男の話だ。ギリシャ神話のオルフェウスの物語が下敷きになっている。そんな教育を受けてきたからか、時々、お前をあの世から連れ戻してきたような錯覚に陥るってな。だが、あまりにも不安で、かえって振り返ることができないんだと。お前が消えてしまったらどうしようと、あの男は振り返りもせずに、お前の手を離すこともできないでいる。馬鹿馬鹿しい妄想だ」
 手を離したら消える、それはその通りかもしれなかった。だから、さっさと帰ってきてこの手を捕まえないとどうなるか知らないぞと、そう伝えてやりたかった。
 身体の芯で何かが音を立てている。

 不意に、草薙に見つめられていることに気が付いて、真はその目を見返した。何だ、と問いかけるまでもなく、草薙のほうから言葉が継がれる。
「お前さん、これで何日眠れていないんだ?」
 何を聞かれたのか、よく分からなかった。
「充たされていない睡眠に胃袋、ついでに性欲もだな」
 それでも、草薙が何を言っているのか理解できず、真はただその目を見ていた。爬虫類のようhに抜け目のない目だった。

 不意に、村野耕治という男はどういう目をしていたのだろう、と思った。親とは認められないような、ろくでもない人間であったとしても、明らかに血の繋がりはその身体のどこかに現れてくる。美和が見分けているのは、その僅かな類似点だ。
 草薙と村野耕治、そして真とアサクラタケシの間には、どれほど否定しても内側から湧きあがってくる同じ種類のにおいがあるのだ。

「今のお前は野生の生き物みたいだ。ついこの間までは明らかに手元にあったはずのあらゆるものに、今は餓えている。そういうフェロモンを不特定多数の人間の前で撒き散らさないほうがいいぞ。相手にその気があれば、かなり危ない」
 真は思わず、無遠慮に寛げかけていた浴衣の合わせをかき寄せた。その様子に草薙が微妙な笑みを浮かべる。
「誰かさんの腕の中じゃないと眠れない、って言われても困るけどな」

 そう呟くと、草薙はいきなり立ち上がり、真の方へ回ってくると、腕をつかんだ。そのまま、真の身体は宙に浮くように立ち上がり、あっという間に布団が敷かれた隣の部屋に投げ込まれる。
 全く抗う隙もなかった。何かの古武術の使い手でもあるかのように、一瞬に相手の気を砕くような素早さだった。真とて、それなりに真剣に剣道をやってきたわけで、こういう『気』の気配は理解できる。
「あんたと寝る気はない」

 自分でも意外なほど冷静な声が出ていた。草薙の持つ気配の中には、性的な欲求を感じさせるものが何もなかったからだった。
「俺もそっちの趣味はない。だから期待されても困る。だが、お前さんの今の状況は随分際どく見えるけどな」
 真が何かを言いかけたとき、草薙が骨ばった、身体に不釣合いなほど大きな左手で、真の口を塞いだ。そのまま、右手はあっさりと浴衣の裾から真の下着の中に入ってきて、まださっきの武術の型のひと続きの流れであるかのように、器用に次の行動に入っていった。

 あまりにも自然な勢いに、真は逆らう気を完全に挫かれていた。
 草薙の身体からは、夜の商売を生き抜いている人間に独特のにおいが滲み出している。拘束されているわけでもないのに全く動かない真の身体は、今はただ草薙の手の動きを貪るように受け入れいていた。自分でも息が荒くなってくるのが分かったが、喘ぎなど決して洩らさないようにと唇を引き結んでいると、草薙の手が口元から外され、そのまま頭を抱かれたようだった。

「お前さんは快楽には異常に素直だ。自分だって気が付いているだろう? そしてそのことに罪悪感を覚えている。だからそこに愛だの恋だの精神的なものを付加することを恐れている。身体の反応と、その素晴らしい精神世界は別のものだと思い込みたいんだろう。だが、そんなに簡単に切り離せるものじゃないぞ。誰かさんとの思い出だけは綺麗にとっておこうなんて無駄な努力はしないほうがいい。素直に声を出せ」
 草薙の骨ばった指が唇に触れたとき、真はその指を求めるように声を漏らした。

 不意に、いつか竹流が見せてくれた地獄の扉を思い出した。
 ロダン自身だといわれている『考える人』が、背後から地獄へ吹き堕とされる人間たちを見つめて、人間の業について沈思している。二百体を超える彫刻の人間たちは、苦しみもがきながらも、地獄から逃れ、這い上がり、ある者は飢餓の苦しみのためにわが子を食らいながらも生き抜こうとしている。ロダンの傍らで、堕ちまいと必死にしがみついている男の姿が、闇の中で浮かびあがった。

 俺もやはり、今はただこの地獄を生きぬいてやろうとしている。沈思する男でもなく、その男を悲しげに見つめている別れた恋人であり弟子でもあった女性でもない、この身はただ煉獄に放り込まれた二百体のひとつに過ぎないのだ。
 生き抜くために、時には身体は快楽を必要とする。食欲も睡眠欲も性欲も、全てが細胞の機能を支えている。ひとつひとつの細胞こそ、生命に対する貪欲な渇望を表現している。分裂し再生し、時には異常な細胞を産みながらも、それでも生き続けようとする。

 蠍座は人間にとってタブーとも言える死と性を司る星座で、蠍座の影響を受けた人はどこか超然としていて、磁力のような性的吸引力があります、と美和が星占いを読み上げていた。先生って一見はそうは見えないけど、どうなんだろう、と興味深げに真を見つめている。
 その通りだ。真は美和に今、答えてやっている。そのどちらも、俺の中で深い渦を巻いている。一度死んでしまった俺がこうして蘇って地獄のようなこの世を歩いているのも、腹の奥底で誰かを求め続けているのも、全て星占いに書かれてある通りだ。

 昨夜、自分で処理をしておけば、こういう気配をこの男に感付かれずに済んだのだろうと、頭の隅では冷静に分析していた。
 不思議なことに、羞恥や嫌悪はまるでなかった。確かにこのまま身体の中に何かを溜め込んでいては、ろくなことにならないだろうし、それを目の前の他人が何とかしてくれようとしていることに、今はもう任せてしまいたい気持ちになっていた。その驚くほどに淡白で器用な手の運動に、身体は直ぐに合わせることができるようになり、真はそのまま目を閉じて感じるままの快楽を貪った。

 意識は悠然と地獄を歩いていた。凍るような水と、焼けるような炎と、身体が千切れるような嵐の中を、苦もなく歩き続けていた。足もとの道は延々と続く針の道だった。一歩進むごとに、足の裏から甲に突き出す幾本もの針は、そのものが生きているかのように真の身体の血を吸っていた。明らかに強烈な痛みを感じるのに、恐れもなく歩き続けているのは、誰かの手が、冷たく凍るような真の手を握りしめていたからだった。
 その温度は幻ではなかった。それに気が付いたとき、身体の芯で痒いような疼きが起こった。疼きは次第に大きくなり、やがて下半身から頭の先に向かって突き上げた。

 草薙が布団を一組、隣の部屋に移している気配を感じながら、まだ真の意識は闇の道を歩き続けていた。やがて、ゆっくり休め、という声と共に襖が閉められ、隣の部屋の明かりが消えてすとんと心地好い闇が訪れた。
 もしも迎えに来た男が不安になって振り返っても、自分のほうが手を離さなければいいと、真はそんなことを考えていた。





地獄の門400
こちらは国立西洋美術館の前庭の地獄の門。よく見かける「考える人」は実はこんな不安定な状況で座っているのですね。
地獄に堕ちていく人間たち。必死にしがみつき、あるいは苦痛から逃れるために残虐な行為をする者もあり、ただ嘆く者もあり……その姿を見て沈思している。そもそもこれはダンテの神曲にヒントを得たロダンが、地獄に堕ちる(た)人々を審判官が見ているシーンを造ろうとしたもので、始めは沈思しているわけではなかったのかも。
扉に描かれた恐ろしい人間の世界(地獄?)をじっと見つめると、これは空想ではないのかもと思えてしまうけれど、フィレンツェのサン・ジョバンニ礼拝堂の『天国の扉』のキラキラを見て、気を取り直して希望を抱くことにします(内容は微妙だけれど)。

次回で第23章が終わります。
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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