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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】14.岡山総社・番外編~桃太郎の事情~ 

鯉喰神社
こちらは鯉喰神社です。前回の記事で『鯉』には曰くがあることを書きましたが、ここぞ、吉備津彦命(桃太郎のモデル?)が鵜に姿を変えて、鯉に化けた温羅(鬼)を捕食した場所です。
日本の神社には多くの「あなたのことをお祀りしますから祟りませんように」というのがありますが、この鯉喰神社も、命(みこと)の活躍を祀ったというよりも、温羅の魂を鎮めるために作られたものかもしれませんね。
写真では分かりにくいのですが、この神社、すごい狭小地面(三角の土地)に建てられているのです。ビフォーアフターに頼みたくなっちゃうくらい。社務所も何もない、無人の神社です。
でも、結構すごいのは。
鯉喰神社2
備前焼の狛犬じゃありませんか。
一時、陶器に凝っていたことがあって、私の中で徳利・お猪口のベストは備前焼なのです。この手触りで飲む酒、最高です。……って、何の話?

さて、なぜ私がこの鯉喰神社を訪れたかというと、実は日本のストーンサークル「楯築遺跡」を捜していたのです。地図ではよく分からなくて、ナビでも出てこないし。この神社あたりから近そうなので、誰かに聞こう、と。
そこへ、自転車でいかにも地元のおじいちゃん!って感じの人が通りかかり。
「すみません~、楯築遺跡に行きたいんですけれど……」
おじいちゃん、手慣れておられました。落ちた枝を拾って、さらさら、っと地面に地図を書きはじめる。
「わしの家はそこなんだけど、ここいらでしょっちゅう聞かれる」とのことでした。
例に漏れずで、すみません^^;
でも、このストーンサークルのことは次回に。

まずは桃太郎、いや吉備津彦命の神社、吉備津神社に行ってみましょう。
吉備津1
ところでこの界隈には吉備津神社と吉備津彦神社とよく似た名前の二社があります。
で、私は今回時間の都合で吉備津神社にしか行かなかったのですが、これは「片参り」で本当は両方ともお参りするべきだったようです。あらら。
もとは二社とも「大社 吉備津宮」と言われていたのが、大化の改新以後(って、どんな昔の話!)、吉備の国が備前、備中、備後、美作の国に別けられて、その後、吉備津彦神社は備前の一宮、吉備津神社は備中の一宮となったそうです。
今回の旅は出張ついでに1泊伸ばして休みをとっただけだったので、やや下調べも甘かったのと(気持ちは差し上げ岩に向いていて)、思ったよりも自分的見どころが多くて、回り切れなかったのとで、宿題をいっぱい残しました。
幸い、隣の県。またいつか、宿題を片付けに参りましょう!
吉備津2
ということで、吉備津神社の階段を登ります。
入り口は決して大きくはないのですが……
吉備津3
かなり年季の入った門を潜ると、拝殿です。
きびつ
主祭神は大吉備津彦大神。こちらの神社の解説によると「大吉備津彦大神はこの地方の賊徒を平定して平和と秩序を築き、今日の吉備文化の基礎を造られたとされています。古来より、吉備国開拓の大祖神として尊崇され、吾国唯一の様式にして日本建築の傑作「吉備津造り(比翼入母屋造)」の勇壮な社殿、釜の鳴る音で吉凶を占う鳴釜の神事、また桃太郎伝説のモデルなどで知られています」とのこと。
ではまず、「吉備津造り」の社殿を見ましょう。国宝、です。
吉備津神社
何とも迫力のある、しかも優美な姿ですね。
吉備津神社2
でも、この神社の素敵なところは、実はこちら……もう一度拝殿に戻って、右手に回ってみます。
吉備津神社4
何故か、馬さん。
吉備津4
馬さんから後ろを振り返ると……
吉備津回廊2
屋根? いえいえ。全部をお見せできませんが(長すぎて)、こんな回廊なのです。
吉備津6
入り口は小さかったのに、奥行きはすごい神社です。
吉備津回廊3
回廊では所々脇道があり、そのひとつはこんな景色でした。
吉備津あじさい
ピークは少し過ぎていたようですが、見事な紫陽花。
吉備津紫陽花
そして、また別の脇道を行くと……神事の大切な場所なので、カメラは禁。代わりに看板のお写真です。
吉備津7
『鳴釜神事』とは……吉備津彦命 に祈願したことが叶えられるかどうかを釜の鳴る音で占う神事。
吉備津彦命は温羅の首をはねて曝したのですが、温羅は大声をあげ唸り続けたと言います。犬に喰わせて髑髏にしても、神社のお釜殿の釜の下に埋めてみても、唸り声は止むことなく近郊の村々に鳴り響く。すっかり困り果てていた時、命の夢枕に温羅の霊が現れて
『吾が妻、阿曽郷の祝の娘阿曽媛をしてミコトの釜殿の御饌を炊がめよ。もし世の中に事あれば竃の前に参り給はば幸有れば裕に鳴り禍有れば荒らかに 鳴ろう。ミコトは世を捨てて後は霊神と現れ給え。われは一の使者となって四民に賞罰を加えん』
とのお告げ。その通りにすると、唸り声も治まり平和が訪れたそうです。
要するに……和解、の象徴なのでしょうか。きっと、大和朝廷と温羅の戦いには、戦争・和解・敵対・共存の色々な側面があったのでしょうね。
『雨月物語』の中にもこの神事のことが出てくるそうですが、どちらかというとオカルト系?
この阿曽媛の役をする方は、かの鬼ノ城の麓にある阿曽郷の女性だとのこと。

でもちょっと不明なのは……釜からでる音の大小長短により吉凶禍福を判断するわけですが、その答えについては奉仕した神官も阿曽女も何も仰らず、自分の心でその音を感じ判断するそうで。
じゃ、都合よく解釈しちゃいますよね……あるいは、ますます迷っちゃうか……
できれば、白黒、はっきり言って欲しいかも。
おみくじ
本殿の近くにある、巨大おみくじ塔。こちらも大凶・大吉なら分かりやすいけれど、小吉とか末吉とか、どうなのよ?って結果もありますよね。

温羅と桃太郎。伝説・昔話ではあんな感じで一方的だけれど、本当はどうだったのかな。
製鉄をもたらした温羅たちには、地域の人々は感謝していたと思うし、大和朝廷は平定だけではなくて、その技術を欲したと思うので、やはり平和的解決も試みられたんじゃないのかな。
温羅のお城も桃太郎の神社も、今では昔を偲ぶだけですが、壮大なロマンですね。
石に地域の歴史がこれほどに密着している場所、もしかするとちょっと珍しいかも。
そもそもほかの地域の石って、もう何時からどんな歴史がって、分からないことも多いのですが、こちらは「鬼の差し上げ石」自体の歴史は不明でも、それにまつわる周囲の村の歴史がとても興味深い場所でした。

やっぱり忘れられませんね。
お宿の御主人の言葉。「ここらの人間は温羅が好きなんだ!」
ここら、はどの範囲かは??
このあしもり荘さんのある場所、まさに温羅の住まわったあたりなんですよ。
機会がありましたら、ぜひ!

そう、今回お世話になったのは、総社の温泉旅館・あしもり荘さん。
あわい
田舎のおうち造り(?)のこじんまりとした旅館ですが、お湯はつるつるでしたよ。
お部屋はこじんまり。両側の窓を開けると風が通るので冷房はいらない、ということ。
あわい2
そして毎度お楽しみのお食事タイムです。
あわい夕1
まずはオードブル。
あわい夕2
見た目も涼やかな冬瓜の冷製スープ。
あわい夕3
特別なわざびで頂くお刺身。醤油はいりません。
あわい夕4
なすび。
その他、地元の牛さんのしゃぶしゃぶ、蛸飯などもあり、岡山ならではの地産地消メニュー、味わってまいりました(*^_^*)
あしもり荘さん、ありがとうございました(*^_^*)

お腹がいっぱいになったところで、今回はお開きです。
次回は、日本のストーンサークル・楯築遺跡と周囲の古墳にご案内いたします。
石紀行・ちょっと寄り道の旅でした(*^_^*)

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Category: 石の紀行文(写真つき)

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