FC2ブログ
07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【8888Hitリクエスト・短編】人喰い屋敷の少年・(1)カグラの店 

limeさん
8888Hitのリクエストもあと残りひとつとなりました。
お題はこちらのlimeさんのイラストに物語を、というもの。もちろん、リクエストを下さったのは小説ブログ「DOOR」のlimeさん(*^_^*)
私にはこの金網が「立ち入り禁止区域」=「結界」に見えてしまい、さらに空模様が微妙に不穏。しかも、ねこちゃんは何かにおびえているような感じ→ちょっとホラーもどきを書いてみたくなりました。
いえ、実は私、ホラーはダメなんです。だから、なんちゃってホラーです。
(でも、他人様にはお目にかけられませんが、真シリーズの長編第1作はまさにホラーでした^^;)
都会の片隅にはこんな「謎の場所」があるかもしれない、そしていつも通りかかる、塀ひとつ、金網ひとつ、扉ひとつの向こうには、こんな空間があるのかもしれない。
夏の夜、ちょっと足を止めて、覗いていってくださいませ。

登場人物
相川真>大学を中退し、唐沢調査事務所に勤めている私立探偵見習。子どもの頃の遊び相手はコロボックルという不思議青年。3年ほど前に崖から落ちて生死の境をさまよってから、ますます霊感に磨きがかかっているという噂もあり。
カグラ>真の上司・唐沢が出入りする三畳酒場の女主人。本人がホラーのような存在。
作家>カグラの店の常連。本当に小説家かどうかは不明。真を観察して小説のネタにしようとしているらしい。
教授>カグラの店の常連。何の教授か、本当に教授か不明。おっとりとした声で理屈を言うのでそう呼ばれている。
窓さん>カグラの店の常連。いつも酔っ払っているサラリーマン。
ルカ>「人を喰らう屋敷」で真が出会った、猫を抱いた少年。幽霊が見えるという霊感少年のようだが。

真シリーズを全く御存じなくても、独立したお話として読んでいただけるようになっています。
少し古そうな印象の描写が出てきますが、時は1970年代ですので、何となく昭和後半バブルへと登り詰めていく波に取り残された都会の片隅をイメージして読んでいただければと思います。
ちなみに、カグラには某京都の石屋の女店主を髣髴させるものがありますが、ずばり、こちらが原型です。

4話構成(いつものように予定^^;)で、1話目は『バッカスからの招待状』もどきの酒場のシーンから始まります。
真って酒が飲めないのに、これも営業のうちと唐沢に連れ回され、結構色んな所に出入りしているんです。



【人喰い屋敷の少年】(1)カグラの店

「人を喰らう屋敷の話かい?」
 狭いカウンターの内側に立つ女主人が、籠もった声で聞き返した。
 煙草を燻らせる太い指の先で、赤いマニキュアが暗い照明の加減で古くこびりついた血の跡のように沈む。大きな体に纏う薄い上衣に、赤や黄、緑、青の幾何学模様が、祈りを籠めた曼荼羅のように揺れていた。

 六本木の調査事務所に勤める相川真は、カウンターに座り、いつものように飲めない酒を舐めていた。
 いずれ宇宙船を飛ばすつもりで物理学と宇宙工学を学んでいた大学を中退して、何の因果か私立探偵の見習いをしている。
 真が水割りを注文しても、女主人が水を少ししか入れないのは嫌がらせだ。真が飲めないことを知っているのだ。上がりのことよりも、酒も飲めないくせに店にやって来る人間を軽蔑することのほうが、彼女には大事であるらしい。
 しかも出された酒を残そうものなら、店から叩き出されて、二度と入れてくれないだろう。

 店内は僅か三畳ほどの広さしかない。天井も低く、カウンターに六人分の席があるだけで、背中と後ろの壁の間を通る時は、身を細めなければならない。客同士は身を寄せ合って、不安定な椅子に座っているので、時に相手の体臭が酒に混じって気が滅入る。
 だが、どれほど背伸びをしても、生まれが卑しい人間は銀座の高級店で飲めば五分で居心地が悪くなるが、劣悪な環境には比較的容易に順応するものだ。

 客は女主人に罵倒され、当たるのかどうか分からないタロット占いのカモとなって高い占い料をふっかけられ、それでも何故か磁石に引きつけられるように否応なしにここへ戻って来る。飲み代だけは恐ろしく安い。
 時折、建物自体が轟音と共に揺れる。ここは、国鉄の高架下の二階に狭苦しい店が何軒も並んでいて、鰻酒場と呼ばれているうちの一軒だった。

 店が開くのは夕方の六時だが、その時間には既にカウンターの椅子は埋まっていることが多い。もっとも長居をする客はいないので、少し待つ気があるなら、安くてそこそこの酒にありつける。
 真は今日、六時前にここにやって来た。
 すれ違うのがやっとという狭い階段の床木をギシギシ言わせながら上ると、すでに開店を待つ男が三人、店の前に立っていた。年齢も背格好も異なっているが、皆がどこかくたびれている。世間に背を向けられているのに、自分の方が世間を足蹴にしていると思っている。

 女主人はカグラと名乗っていた。名前なのか名字なのか、本名なのか通称なのかも分からない。年齢も不詳だ。二十代ということはないだろうが、三十代と言われればそうとも見えるし、還暦だと言われてもそうとも見える。
「お前、まだあの詐欺師のところで働いてるのかい? 全く、そんなふうに人生のいい時を潰しちまうなんて、どうかしてるね。行きつく先は知れてるよ」
 そうかも知れないと思うが、真にもそれなりに事情があるのだ。別にここでこの女主人に話すことでもない。
 真は痩せた指でショートホープの灰を落とした。灰だけは、重く湿った空気をものともせずに、軽やかに舞いながら落ちていく。ただし、行きつく先は安っぽいアルミの棺だ。

 女主人が詐欺師と呼んでいるのは、真の雇い主である唐沢調査事務所の所長のことだ。そして、彼女の言葉は大筋では正しい。
 店の中は、煙草の煙のせいか、あるいは外から流れ込むよどんだ空気のせいか、何となくけぶっていて、霧のたちこめる深い森の中にいるようだった。奥に小さな窓がひとつきりあって、ゆっくりと闇に堕ちていく都会の喧騒とこの店とを区切っている。
 曇った硝子の向こうで、時に赤や青の光が点灯し、揺らいでは消えていった。

 カグラの上衣の模様に重なる曖昧な光が、手元のグラスにも映っている。この琥珀色の液体を飲み切ったら、多分明日は起き上がれない。
「ただ具体的な場所を知りたいだけです」
「行こうってのかい? やめときな。お前みたいな人間は簡単に食われちまうよ」
 そう言われても仕事だから仕方がない。
 唐沢はこの手の依頼が来ると、ニタニタ笑って真の肩を叩く。うちの所員には幽霊だって見つけちゃう優秀な若者がいましてね、と依頼人に縁起でもないことを言うのだ。一体いつから唐沢がそんな風に思い込んでいるのか、真にはよく分からない。

 カグラは無表情だったが唇の端だけを釣り上げた。
「教えてやったら、代わりに何をくれるんだい?」
 真は答えなかった。真をここに連れてきた唐沢所長の助言によると、「決して下手に出てはいけない」のだ。
 あの女と契約をするってのはだな、人間と妖怪が契約書を交わすのと同じだ。異種の世界に住む同士の間で契約なんぞあり得ない。絶対に取引するんじゃないぞ。下手に契約を交そうものなら、命までとられかねないからな。
 真からすれば、唐沢もカグラも同じ穴のムジナ、に見える。

「この人に頼みごとなんて、止めといたほうがいいよ。骨までしゃぶられる。あんた、私立探偵だっけ? 今回はどんな仕事?」
 真の隣に座っている、三十代のくたびれたサラリーマンらしい男が声を掛けてきた。ネクタイも背広も皺がよって張りがない。飲み始めてから半時間もたたないのに、すでに酔いが回っているようだ。あるいは昼間から既に出来上がっていたのかもしれない。「窓さん」と呼ばれているのは、どうせ窓際族だろうと常連たちが決めつけているからだ。
 じろり、とカグラが睨んだ。
「あんた、この店であたしの許可なく喋るんじゃないよ。それ以上口をきいたらおん出すからね」

 言葉と同時に、カグラの指が真の顎に伸びてきた。煙草の煙が真の頬を舐めるように上ってきて、鼻と目に沁みた。薄暗い灯りの下だったが、魔女か殺人鬼を演じる舞台俳優のようにくっきりと縁取られた目が近づいてきて、それ自体が生き物のように光る。
「特別にタダで占ってやろうか?」
「占いはいりません」
「自分の運命を知るのは怖いかい?」
 真は口を噤んだ。

 運命? それはどんなことを指すのだろう? たとえば、異国の女性との間にできた子どもをもてあました父親に、生まれて間もなく捨てられてしまうようなことだろうか。あるいは、叶わぬ恋に精神を病んだ継母に首を絞められてしまうようなことだろうか。または、自分の人生の中にどうしても思い出せない時間を抱えているようなことだろうか。
 十九の秋、崖から転落して生死の境を彷徨った。真にはその数日前からの記憶がない。逆行性健忘だと説明されたが、ぽっかりと抜け落ちた時間の前後で、ここにいる相川真という人間が、過去からちゃんと繋がっている同じひとりの自分なのか、今でも自信がない。

 それとも。思い出したくない何かがその数日にあったのか。だから自分でその時間を脳の中のどこかの引き出しに仕舞い、鍵を掛けた。
 思い出せないけれど、自分の中のどこかにいる真実の自分は、あれが事故だったのかあるいは自殺未遂だったのか、そしていったい自分が何をしたのか、本当はちゃんと知っているのだろう。知っているけれど、思い出したくないのだ。それを思い出す時には、辛うじてこの世界に留まっている自分という存在は、ばらばらに崩れ落ちてしまうに違いない。

 しばしば同じ夢を見る。
 真っ白な霧の中で、変色した真鍮の鍵を手にして立っている。目の前には鍵のかかった古い机の引き出しがある。恐ろしくて身が竦むのに、手は見えざるものに導かれるままに、まっ黒な鍵穴に鍵を差し込む。この鍵が合わなければいいと願う。だが、無情にも鍵は抵抗なく回る。冷静だと思っている頭とじっとりと湿った指は、完全に乖離している。かちゃり、と振動が指先から身体全体に伝わってくる。
 その夢の先は見たことがない。
 あの「事故」以来、ふわふわと、実存という幻としてこの世を漂っている。
 これ以上に素敵な運命の話など、あるとも思えないし、あったとしても聞きたいとも思わない。

 カグラの指はしばらくの間、真の顎に触れたままだった。冷たく乾いた手だ。それから唇に触れかけて、すっと離れていった。
「この世から誰にも気が付かれないように消えちまいたいが、死ぬまでの勇気がない奴は幾らでもいる。自ら望んで消えたってのに、それでもあんたは捜すのかい」
「それが仕事ですから」
「ほ。まともなことを言う」
 この店ではまともなことを言ってはいけない、とでも言いたげだった。

「幽霊が見える私立探偵が、死者の幻の影を捜して彷徨う。そいつはいい」
 カウンターの一番奥を指定席にしている「作家」が呟いて、くしゃくしゃの紙を懐から取り出し、ちびた鉛筆でメモを取っている。
「作家」というのは自称で、真はその男の本当の名前を知らない。歳の頃は四十代くらいか。時々呟く言葉が、独り言なのか、あるいは話しかけられたのか、分からないことがある。だが、少なくとも「作家」が「私立探偵」に興味を持っていることは確かのようだ。
 いや、大方の「作家」は「私立探偵」に興味があるに違いない。

「風のない夏の夜、眠れない主人公が船の甲板に出ると、ひとりの男が亡霊のように立って海面を見つめている。振り返った男の顔は、月明かりで真っ青に見える。気味が悪いが目が合ってしまったので、やむを得ず主人公は男に話しかける。暑いですね、何か見えますか。男は淡々とした声で答える。えぇ、先ほど誰か飛び込んだみたいです、自殺でしょうか。それを聞いた主人公は怯えた声を上げる。それは大変だ、誰かに知らせなければ。しかし男は慌てる素振りもない。男の濡れた髪から雫が零れ落ちる。いや、もう遅いようですよ、ほら。男が濡れた手で海を指す。月明りが作る細い波の道に、一人の男が仰向けに浮いている。その顔は……」

 真が煙草を挟んだ手でグラスを持ったまま「作家」の低い声を聞いていると、不意に「作家」が身を屈めるようにして、カウンターの一番端から反対の端に座る真の方を見た。
「あなたは主人公が何を見たと思います?」
 くつくつと「作家」が笑う。真は答えを知っていたが、返事をしなかった。
「馬鹿馬鹿しい。そういう物語の手法だろう? 甲板に立っている男が幽霊であるかのような描写をさんざんしておいて、実は海に浮かんでいる自殺者は主人公自身だったというオチなのさ。叙述トリックの基本形だ」

 酒と煙草で擦れたカグラの言葉が終わるのを待って、「作家」の隣に座っていた「教授」が言った。
「しかし、自分が死んでしまったことに気が付かないなんてことがありますかね」
 何の「教授」かは知らないし、本当に大学で教えている先生という職業なのかは分からない。いかにもロマンスグレイという風体で、おっとりとした声で一本筋が通ったような理屈を言うので、皆がそう呼んでいるだけかもしれない。
「いやぁ、魚も名人に捌かれたら、自分が死んじまったことに気が付かないで泳いでるっていうじゃないか」
 真の隣で「窓さん」が、噛み合うような噛み合わないようなことを言って、またグラスを空けた。後でこっそりと自分のグラスをこの男の前に置いておこうと真は思った。

「教授、幽霊はね、必ずしも自分が死んだということに気が付いているとは限らないものなんだ。魂というのか、ある種の念といったものが残る。例えばあまりにも突然に予期せぬ死が訪れた時。あるいは死を覚悟していたが、取り返しがつかない段階で後悔して、この世に未練を残してしまった時」
「それは物語の世界の話でしょう。現実には霊はあり得ないと思いますよ。例えば幽霊の目撃談にしても、地球の磁場が作る空間の歪みが、人間の視覚のぎりぎりのところで捉えられた結果だと推測されますね。あるいは恐怖心が生み出す脳の錯覚。脳はあまりにも不可解なものを許容できないので、かつて学習し習得した知識に照らし合わせて、何かに変容させて理解する。子どもの頃に読んだ小説や見たテレビに植え付けられたイメージのままの『幽霊』や『宇宙人』、という形に押し込めてしまうのでしょう」

「霊を科学で証明しようという試みはさんざんされているが、さて、どうでしょうね。霊は存在するのか、しないのか。見えなければいないのか、見えなくてもいるのか。ね、探偵さん」
 真はやはり答えずに、琥珀色の液体を舐めた。
 幽霊談義に参加するつもりはなかった。
 カグラが、躊躇っていないで酔っぱらっちまいなというような意地悪な視線を送ってくる。

「だが、生きながら無になることは難しくはないかもしれませんね。幽霊にはなれないが、他人からは死者と見なされることです。例えば誰かがこの世から消えてしまいたいと願った時、存在をなかったことにすることは意外に簡単です。自分を知っているあらゆる人間との接触を断つ。それだけで、その人はある側面からは無になる。他人に認識されてこそ存在する何某とやらは、認識されなくなれば、その何某であることが終わる。人が他人との関係や繋がりを求め、肩書を求めるのは、何某かであることを証明したいからなんです。全ての人間との接触を断ったら、自分が何者であるかを証明することは、結構むずかしいものですからね。不老不死を求めるのは人間の常ですが、自分だけが生き残っても意味がないのはそういうことです。誰からも認識されない何某は無と同じです」

「教授ぅ。俺なんぞ、いつも消えちまいたいと思っていますけどね、でも自分を知る全ての人間の前から消えちまったとしても、一番厄介な自分自身からは逃げられませんよぉ」
「いや、そうでもないかもしれない。不在者の生死が不明になってから七年間たてば、死亡したと同じと見なされる。自分の死亡届が出されたら、もしかすると、自分という楔からも解き放たれるかもしれない。生きながらにして死者となる。戸籍というただ紙切れ一枚の上に名前が書かれているだけのことなのに。なるほど、突き詰めれば人の存在とは紙切れの上の認識の問題なのか。自分が自分を認識する、認識する自分が存在しなくなれば、それが無なのか。他人からは認められなくなった自分は無なのか。では、認識されれば幽霊でも在ることになるのか、はたまた」

「作家」は呟きながらまた紙に何かを書きつけていた。
 存在という哲学的命題と、幽霊の存在を云々することはまるで別の問題だ。霊感があると人に言われる真だが、霊の存在を信じているわけではない。それは信じる、信じない以前の問題だ。在るものは在るし、無いものは無い。それだけのことだ。見えるもの、感じるものを信じるしかない。
 そして、失踪人調査は、幽霊談義とは別のことだ。

 待っていてもどうやら有用な情報は与えられそうにもない。真は諦めて、飲んだくれの「窓さん」の前に、自分のグラスをそっと滑らせた。酒も飲めないくせに来るんじゃないよという視線は感じたものの、カグラは何も言わなかった。
 代金を置いて、小さく皆に会釈をして席を立った。
 釣銭が貰えるはずだったが、カグラは数枚の千円札の上に手を置いたまま、釣銭を数える気配はなかった。

 蒸し暑い。
 古い木の階段は降りる時にもまたぎしぎしと鳴った。幾分か湿気が強くなっているような気がする。
 海が近いので、風向きによっては潮の香りが強くなる。すでに日が落ちていたが、まだ足元には昼間の強い光の名残が残っていた。薄闇にともる街灯の周りに蒸気が集まり、白く煙る輪の中で虫が舞っている。煙草の臭いが染みたシャツが、身体に張り付いていた。

 人を喰らう屋敷。
 よくある噂話だが、都会のどこかには、傍にあるのにそれが何なのか分からないブラックボックスのような場所があるものだ。使う人が少なく用心が悪いので立ち入り禁止になった地下道への入り口、毎日通りかかるのに中に入ったことのない暗い森がある公園、人気はなく、固く閉ざされた扉に聞いたことのない会社名が並んでいる古いビルの長い廊下、いつも門扉に南京錠がかかっていて人の気配がない屋敷。
 結局、場所は分からなかったが、何となくあの辺りかというイメージはあった。だいたい、カグラが正確に場所を知っているとも限らない。あの女主人は、噂話に適当に尾ひれはひれをつけて話していただけかもしれない。
 明日、あの周辺で子どもたちをつかまえて聞いてみれば、多分すぐにでも場所が分かるだろう。

 線路の高架下になっているものの、こちらの方向へ歩いてくる人は僅かだった。
 蒸した空気に電車が行き過ぎる音が絡まる。この上にセミの鳴き声が重ならないだけでもましだと思いながら駅の方向へ歩き始めた時、突然後ろから腕を掴まれた。
「いや、よかった、探偵さん」
 追いかけてきたのは「作家」だった。キャスケット帽子を少しだけ斜めに被り、丈の短い粋なスーツを着ている。それでも何となくくたびれて見えるのは、そのスーツがあまり似合っていないからなのだろう。
「あなた、知りたいんでしょ。人を喰う屋敷の場所」

 真が返事をする前に「作家」は先を続けた。
「どうです。今から行ってみましょうよ」
「今から?」
「幽霊屋敷ですよ。昼間に行ってどうするんです? 折しも季節は夏。蒸し暑く、身体に纏わりつく空気さえ何かこの世のものではないものを孕んでいるようだ。こんな日はぜひ、幽霊に出会ってみたいものですからね」
「作家」の丸眼鏡は大方伊達なのだろう。その奥にある目は、分厚いガラスの向こうで何を考えているのかまるで分らない。

 子どもの肝試しでもあるまいに、と思ったが、ここで断るという選択肢はなさそうだった。
 唐沢は真がこの仕事に一週間も費やしようものなら、あれこれと嫌味を言うだろう。とにかく噂の「人を喰らう屋敷」と依頼された失踪者の関係を明らかにすればそれでいい。
「それで」
 並んで駅のほうに歩き始めてから「作家」が尋ねた。
「もちろん、あなたは幽霊が見えますよね?」

 幽霊が見える私立探偵が、死者の幻の影を捜して彷徨う。
 それが「作家」の求めている題材なのだろうか。
 いや、彷徨うのはごめんだな、と真は思い、少なくとも道連れがいる方が安全には違いないと考えた、その時。
「噂の屋敷に行くのなら、もちろん俺たちも連れてくよなぁ」
 千鳥足の「窓さん」と暑いのにスーツをきちんと着た「教授」までもが追いかけてきた。


(2)夫の死を願う女に続く。




折しも昨夜、近所で子どもたちが懐中電灯を持って、何人かで組になって、ちょっぴり賑やかに歩いていました。
会話の内容からは、どうやら肝試し中。今時、そんなものをやっているのですね。
昔、家の周りが田畑と木立しかなかったころ、近所の子供会で肝試しをしていたことを思い出しました。
確かに、その辺に「出そうな」掘立小屋とか、ありましたもの。

そうそう、これは偶然ですが、limeさんがただ今連載中の『モザイクの月』に出てくる優馬くんにも記憶から抜け落ちた時間がありますが、うちの真にもありまして。
19の時に北海道で崖から転落して死にかけています。これが事故なのか自殺未遂なのか、本人は数日前からの記憶がありません。記憶は強いショックで失われることがありますが、それがどんなショックだったのか、今の真にはわかりません。でも、実は、自分は本当はあの時死んじゃってて、今の自分は実は……なんて思っていたりします。
この謎に真っ向から向かい合うのは、現在連載中の『海に落ちる雨』の次作『雪原の星月夜』(執筆中)。行方不明の女性作家を探す一方で、真っ向から自分を捨てた父親と向かい合う物語になっています。もう真は29かな。
あ、これはまだ先の話ですが。
このお話では真は22歳(多分)。『清明の雪』の後くらいの時系列になります。

次回は結界の中、人喰い屋敷に参りましょう(^^)
真って、変な道連れには恵まれているみたいですね^^;
あ、その前に、次回は唐沢調査事務所から始まります(*^_^*)

スポンサーサイト



Category: ★短編(1)人喰い屋敷の少年

tb 0 : cm 8   

【真シリーズ短編(1)・人喰い屋敷の少年】目次 

【真シリーズ短編・人喰い屋敷の少年】目次
相川真を主人公とする一連の物語の短編集。時代は昭和の後半。
調査事務所を舞台にした人間模様。あるいは、北海道の牧場を経営する相川の一族と、ローマ教皇に繋がるヴォルテラの一族の運命の交錯を描いた物語の一部。
こちらの短編集は、本編を読まなくても問題無く読めるようになっていますので、お気軽にお楽しみにください。

相川真→出身は北海道の牧場。中学入学前に東京の伯父に引き取られる。
大学で宇宙工学を学んでいたが、色々あって中退。バイトで勤めていた六本木の調査事務所に就職した。
しかし、25の時に事務所が閉鎖されたことを機に独立、あれこれあって新宿で調査事務所を開いている。
詳しい人物紹介はこちら

1.【人喰い屋敷の少年】
 人の気配のない幽霊屋敷。そこでは不思議な少年が目撃されていた。
 行方不明者を捜して屋敷を訪れた私立探偵の相川真が謎に迫る!
 (1)カグラの店
 (2)夫の死を願う女
 (3)人を喰らう屋敷
 (4)女の事情と猫を抱いた少年
 (5)役者は揃った
 (6)白い猫を抱いた少年
 (7)飽和状態~重い夕闇~
 (8)歪み
 (9)秘めごと


Category: ★短編(1)人喰い屋敷の少年

tb 0 : cm 0   

【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(1) 

そしてようやく、カルナックをご紹介することになりました(^^)この場所に立った時、本当に、本当に幸せだと思いました。まずは、やはり圧倒的なその光景を…でも本当は写真には納まりきらない世界です。途中が森で途切れていますが、木立を抜けるとまだまだこれが続いているのです。何区画にもわたり、途中道路とかに寸断されながら、どこまでもどこまでも。一体どこに行けばこの光景に出会えるのか、まずはGoogle Mapさんにお借り...
【石紀行】6.フランス・カルナックの列石(1)


ブログ村トーナメントの「みんなに知ってもらいたい場所」にトラックバックで参加したら、記事が別個になってしまいました。ややこしくて済みません(@_@)
初めて様、ぜひ上の四角内の色違い部分をクリックして素敵な景色を見に行ってやってくださいませ。
もう一度様も、再びあの景色を・・・・・・・(*^_^*)

Category: つぶやき

tb 0 : cm 0