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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】17.宮城石巻・釣石神社~大震災でも落ちなかった巨石と南三陸の震災語り部ツアー~ 

釣石2
たった1枚の写真で物語を語る巨石があるとすれば、まさにこの石ではないでしょうか。
もうこれだけで十分、何かを語りかけていますよね。
よくあることですが、この下に立ってみると、写真よりも実物は遥かに迫力があります。
「え? 本当に落ちてこないの?」

確かにこれまでご紹介してきた多くの巨石たち、あるいはまだこれからご紹介する巨石たちの中には、いったいどうしてそのバランスで止まっているの?というような石が沢山あります。有名なのは遠野の続石ですね。
続石
絶妙のバランスで止まっている、そう思える石たち。
でも、この釣石神社の巨石は少し違います。
その答えは、なんてことはないのですけれど、後に置くとして、まずはこの迫力をお楽しみください。
釣石1
見たままの脳内イメージを写真にすると、まさにこういう感じでしょうか。まるで釣り上げられたような巨石ですから、そのまま「釣り石」と呼ばれています。
で、これはどういう場所にあるかというと。
釣石4
このような姿なのです。これはつまり、陰陽の形をとっています。中腹に付き出ている落ちそうな石は男石(陽石)、その下に横たわっているのは女石(陰石)ですね。なので、この神社の御利益は縁結び・夫婦円満・子孫繁栄。祭神は天児屋根命で智慧の神様です。
昭和35年の宮城沖地震の際にも落ちなかったというので、「落ちそうで落ちない石」として合格祈願に訪れる人もたくさん。さらに、釣の字から大漁祈願、あるいは釣石が亀の頭に似ていることから萬年長寿の祈願にも多くの人が参拝しているそうです。
写真右端の階段、途中で少し色が変わっていると思いますが、その白い部分が途切れた少し上の辺りに小さな立札が見えます。
釣石神社4
この階段はものすごく急です。
釣石神社階段
階段を登って行くと、写真の一番上あたりに左手に道があります。
釣石神社からの眺め
北上川が近くに流れていて、葦原が見渡せます。川を渡ってくる風の音を聴くための場所でもあります(日本の音風景百景選にも選ばれている)。茅の輪ならぬ、葦の輪を作って、健康祈願もされているそうす。
階段を写真よりさらに上に登って行くと、小さなお社があります。
釣石神社
階段の上、向かって右手に入っていくと、もうひとつ鳥居と祠があります。古峰神社と書かれています。
釣石神社2
さて、戻っていって、もう一度石を堪能いたしましょう。
釣石!
釣石6
どうみても、確かに「落ちそうで落ちない」……
釣石5
陰石の方は、合格祈願の絵馬が沢山。

さて、落ちない理由ですが、横から見ると分かると思います。前から見ると確かに付き出ていてものすごく危ないバランスに見えるのですが、実は根はしっかりしている、というのか、さらに奥の深い、ものすごく大きな石の一部を見ている、ということのようです。
落ちないには落ちない理由がちゃんとあるのですね。
御利益ももちろんあると思いますが、しっかり勉強して「落ちない理由」をちゃんと作らなければならない、ということです(*^_^*)
釣石側面
上から見たらこんな感じ。はい、さすがに「巨石に登りたい」大海も、もちろん今回は見上げるのみです。イワクラですからね。
釣石7
境内ですが……今はほとんど何もありません。
おそらく、社務所も流されたりしたのでしょう。仮の社務所があり、広場になっていました。
釣石神社社務所
釣石上から
広場の向こうに広がる野っぱら。
実はこの神社から、南三陸の宿泊地まで、ずっとこんな景色でした。
もともとどのくらいの集落があったのかは分かりませんが、家の基礎が明らかに残っている場所もあります。あまりにも綺麗になりすぎていて、本当に切ない景色でした。
でも、今はこの石の力強さをしっかりと心に刻みつけておきたいと思います。
釣石3
次回は、山形県の山寺の隣にある垂水遺跡にご案内いたします。

さて、今回この石巻を通って、宿泊地・南三陸を選んだのは、震災を記憶に留めるというツアーに参加するためでした。南三陸の海、青くて素晴らしい景色でしたが、やはり爪痕は今も残っています。
南三陸
花は、それでも美しく咲いていました。
続きに、南三陸にあるホテル観洋さん主催の「語り部ツアー」で訪れた景色を載せています。
よろしければご覧いただいて、記憶に留めていただければと思います。
そして、この美しい三陸の海、いつかぜひ、実際に目で見て、そしてこの海の幸を味わっていただきたいと思うのです。
南三陸の海

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Category: 石の紀行文(写真つき)

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NEWS 2014/11/15 癒しを求めて…… 

ヤックル-ジジ-坊2
昨日の夜に大仕事をまたひとつ終えて出張先から職場に戻ったら、机の上に書類……あぁ、しんどいなぁと思いながら、なんとかかんとか夜中まで頑張って……なんて日が続いておりましたが、さすがにここまでくると、もともと弱い三半規管が壊れるようで、このところタクシーにも酔う始末。
もう酔わない乗り物は自分の運転する車だけ、かも……
トラベルミンが手放せなくなりました。

今日(いや、もう昨日)は月に一度の姫路出張の日。予想以上に忙しく、業務終了時には前日の疲れも影響して、もうばたんきゅ~状態。でも頼まれていたデータを送るのにUSBを買いにいかなくちゃ。
で、SATYに寄ったら、こんなものが目に入ったのでした(冒頭の写真)。

あぁ、癒されたいと思ったら、ついついまとめ買いしておりました。
え? これは何? 
じゃ、みんな、こっち向いて!
ヤックル-ジジ-坊3
『もののけ姫』のヤックル、『魔女の宅急便』のジジ、『千と千尋の神隠し』の坊ネズミ。
最初は、わ~ジジだぁ、と寄って行ったら、何だかピンクのものが目に入り、お、これは坊! ちょっと珍しいかもと嬉しくなり、さらに棚の奥を覗いたら、ヤックルが転がってた! 
3点とも即お買い上げに走っておりました。
疲れすぎてて、思考力が落ちているらしく、散財モードに。
危ないので、早々に帰りました(職場へ……)。

癒しが少ない今日この頃。こんなもので癒されている私って…・・・・
でも、改めてジブリの底力を感じました。こういう脇役の可愛い(微妙なのもいるけど)生き物たちが魅力なんだなぁ。
今この3匹?を侍らせて記事を書いています。
ヤックル-ジジ-坊
でも、このくらいで癒されるのは、ある意味安上がりかも(*^_^*)

先日書き上げた恋愛小説・『ローマのセレンディピティ』について、ちょっとばかり裏話を。
物語は純粋な恋愛もの。下敷きになっているのは、オードリー・ヘップバーンの『麗しのサブリナ』。堅物アニキを演じていたのが愛するボギー、ハンフリー・ボガードでした。
思えば昔、白黒映画を3本立てでやってくれる有難い映画館が祇園にあって、頭痛で吐きそうになりながら(閉鎖空間にいるとこうなる)、よく通ったものです。こちらではマニアックな映画もよくやっていて、タルコフスキーに嵌ったのもこの頃。
で。『ローマの休日』も『カサブランカ』もいいんだけれど、この『サブリナ』には恋愛もののエッセンスがギュッと詰まっていました。そう、何より、ハッピーエンドです! 
きっと、この映画に出会わなければたどり着けなかった境地(?)かも。
「恋愛ものはハッピーエンドに限る!?」
あ、読むのは別です。自分が書くのなら。だから『桜の恋人』『天の川で恋をして』もハッピーエンド(*^_^*)
でも、ブログを始めるまで、自分が恋愛小説を書くなんて、思ってもみませんでした。

そして『血脈』ということ。
このお話は、長~い真シリーズの最終章となっていますが、初代の2人が、相反する宗教や文明の壁(?)、立場の相違、ついでに性別の問題(^^;)を超えられなかったので、「われても末に 遭はむとぞ思ふ」になりました。
初代のふたりが出会ったのは、運命というわけではなく、「出会ったから運命が拓けた」というスタンス。
そしてその後の2つの家系の絡みは、切っても切っても切れず……なぜそんなに惹かれあったのか。もう『血』としか言いようがありません。
実はこのイメージにも元ネタがあります。
それは『ドクトル・ジバゴ』……第一次世界大戦~ロシア革命時代が舞台のものすごく壮大な映画です。話せば長いことながら、なので端折りますが、歴史の渦に呑み込まれて出逢い、愛し合い、想い合いながら別れたジバゴとラーラの壮大な愛の物語。
この映画を見た時、あまりの壮大さに「この物語のラストはどこへ行きつくんだ! どう収拾する気なんだ?」と途中からドキドキしていたのです。
ラストに、1人で生きているジバゴとラーラの娘を、彼らの友人が探し当てます(ジバゴ・ラーラの死後)。
このお嬢さん、素敵なバラライカを奏でる。
「誰に習ったんだい?」
「誰に、というわけでもないんです」
「……それじゃあ、血かな」
(台詞はうろ覚えです)
この最後の言葉に、私は映画館で撃沈しました。たった一言で、この壮大な物語をまとめちゃったよ。
ジバゴもバラライカの名手だったのです。
……このイメージがいつまでも頭の中に残っていて、真シリーズが大河ドラマ化していったのかもしれません。
ちなみに、慎一(真の息子)が生涯を共にする女性、ラーラはこのラーラがモデル。

そして、『ローマ教皇』。
真と竹流という存在が生まれた時、私は毎週どころか毎日、礼拝から始まるという生活をしていました。
その頃のローマ教皇はヨハネ・パウロII世。私の中で唯一無二のパパ様でした。今でも一番大事な本棚には、パパ様とマザー・テレサの写真があります。
私はクリスチャンではありませんが、信仰というものを教えてくれた3人の中のおふたり、なのです(もう1人は身近な人です)。しかも、マルタに遺跡を見に行った帰りに、わざわざパパ様のお墓にお参りするためだけにローマに寄ったという変な奴。ちなみに、私の通っていた学校はカソリックではなくプロテスタントだったのですけれど。
その一方で、うちの家はどっぷり浄土真宗。中学生のころからお寺・仏像好きだったので、自然と京都にある大学に……多分、大学生の頃、京都中の相当数のお寺を巡り歩いた(文字通り歩いた)のでした。その頃の私の国内旅行は全てお寺関係だったかも。一番のヒット?は永平寺の宿坊に泊まった時のこと。不思議体験をした場所です。
でも、自分の感覚に一番近いのはアニミズムの世界、八百万の神様、自然崇拝かもしれません。だから今、磐座(イワクラ)、巨石に惹かれているのかも。
ローマ教皇に関しては、現実の世界では代替わりしても、物語の中のローマ教皇のイメージはいつもヨハネ・パウロII世です。実は時間軸としては竹流ことジョルジョが仕えたのが、まさにパパ様です。竹流は、幼い頃自分を愛してくれた教皇(エウジェニオ)の予言通りにこの「異国の教皇」に仕える道を選ぶのですね。

でも。
そんなすべてはどうでもよくて。
本当に、ただの恋愛小説なのです。よろしかったら読んでやってくださいね!

最後に癒しをもうひとつ。
最近、車の中で、彼らのCDをずっとかけています。
大好きで、昔、ポルトガルまでついて行った、ポルトガルギターとマンドリンのデュオ・マリオネットさん。
なかなか予定が合わなくて、長いことコンサートに行けていないなぁ。また行こうっと。
昔も、今も、とてもかっこいいお二人です。

ポルトガルギター:湯淺隆さん、マンドリュート:吉田剛士さん

Category: NEWS

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