FC2ブログ
03 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・小説】自作を語るのはまだ早い?(1)~『死と乙女』 

なかなか日常の仕事が落ち着かないので(いや、多分永遠に落ち着かない……)、続きをアップできないままになっている小説たちの救済記事を書こうとしています。
ブログにアップすることを考えなければ適当に書き散らかしていてもいいのだけれど、数少ない読者さんが対象とは言え、公の場に出すとなると、いくらか考え込んじゃう部分があったりします。そして紆余曲折するうちに、ちょっと後ろ向きになってしまったり。
こんなことを繰り返すうちに、一歩だけでも前に進んだらいいな。


さて、今回はその第1弾として相川慎一にスポットライトを当ててみたいと思います。

ちなみに、ただ今のBGMはポリーニのショパンノクターン集です。
このごろ、久しぶりに一生懸命にクラシックを聴いているのです。もちろん、『死と乙女』を前に進めるためです。
カテゴリでは【ピアニスト・慎一シリーズ】となっていますが、彼がピアニストでいるのは、長い音楽人生の中の前半部分だけなのです。後半はむしろ指揮者としての道を進むことになるのですが、それでもピアノは彼の夫唱婦随の相棒であり続けたと思います。

そんな彼の最初のピアノとの出会いは、1人目の育ての親というべき、叔母の相川(富山)葉子。
葉子は音大を出ていますが、プロの演奏家になったわけではなく、富山享志と離婚した後はピアノの先生として子どもたちを教えていたのです(ちなみに葉子はその後享志と寄りを戻して、事実婚として人生を共にします。で、その後姑とのわだかまりが取れて再入籍)。
だから、慎一にとってはピアノは特別に身近な楽器。
本当は、彼が『アンパンマンのマーチ』を弾き歌うシーンを書こうと思っていたら、アンパンマンの放映が1988年。慎一は1983年生まれ。ローマに来たのが5歳。日本で見ていたかどうか微妙な感じ。
でもきっと、そんなふうな(どんな?)愛される曲を、叔母から刷り込まれていると思うのです。もちろん、バッハやモーツァルトやショパンと一緒に。え? 一緒にしちゃいけない? でも『アンパンマンのマーチ』は名曲ですから(きっぱり)。

ローマのヴォルテラ家に引き取られてからは、他に自分の心を表現する手段がなかった彼は、変に勘違いした育て親(ジョルジョ・ヴォルテラ=大和竹流)とスパルタピアノ教師に相当に鍛えられたわけですが、いつの間にか音楽に関してだけは妙に頑固な子どもになっちゃったので、5人も教師を替え、最後に出会ったのがマルチェロ・トスカニーニという伝説の神童。

マルチェロはナポリの貧しい家庭の出身で、母親の犠牲によって15歳にして既に名演奏家として名を馳せ、数年の間ヨーロッパを席巻した後、コンクールの出場権を得る年齢になる前に唐突に姿を消したピアニスト。実は極左翼の闘士になっちゃっていたのですが、場末のバーでピアノを弾いていて、慎一坊ちゃんに見初められちゃったのです。
その時、マルチェロが弾いていた曲は、ベートーヴェンの『熱情』。

(こちらは第3楽章)
既にピアニストとしては活動できなくなっていた祖父・慎一に、あれこれあって落ち込んでいた松葉杖状態のロック歌手の孫・真がピアノを弾いて欲しいと強請るシーンがあります。
「他人に聴かせるようなものはもう弾けないんだ」
「俺しか聴いてないからいいじゃん。ベートーヴェンの『熱情』……好きなんだ。苦労人だから」

実は、今、慎一の面倒を見ている(という表現でいいのかな?)高等遊民?ヴィクトル・ベルナールが、慎一を見初めた理由が、このマルチェロ・トスカニーニだったのです。
ヴィクトルが音楽評論家としてのスタートを切ったきっかけとなったのは、マルチェロのピアノだったのですが、ヴィクトルの心を射ぬいたそのピアニストは、ある時忽然と姿を消してしまった。
ヴィクトルはその影を追い求めていて、ある日、自分がかつて心奪われたベートーヴェンをそのままに弾く東洋人の青年に出会ったというわけなのです。

ウィーンに留学する時にはもう必死でしたから(親元を離れる、という意味で。あの超過保護な保護者との親子葛藤が凄まじかったのです)、あれこれ手をまわして推薦状を貰い、何とか自力で留学。とは言え、いくらなんでも丸腰では難しく、金銭援助をしてくれたのは、ヴォルテラのお抱え医師・普段はただの酔っぱらいのドットーレ・ヴィテルリ。
それでも、奨学金をもらうためには必死になったり、生活費も稼がなければならなかったり。
ただ、音楽教育を受けるという意味では、ようやく落ち着いた環境になったわけです。
そこで出会ったのが、天才が服を着て歩いている、もちろん育ちも立派なテオドール・ニーチェ。そして、彼を慕っているアネット・ブレヴァル。恋と友情と、そして生きること、死んでゆくこと。
これは、芸術の神に愛された若き楽聖たちの戦いの物語……かな?

というわけで、この先の慎一は、外見からは想像できないほどの情熱的な演奏をするベートーヴェン弾きとして名を馳せ、活躍することになります。彼の誠実そうな優しげな外見からは想像もできないダイナミズムとAppassionata。その真実が明らかになるのはもう少し先になります。
実はこの先(『死と乙女』の後)、天才・テオドール・ニーチェの指揮で慎一が『皇帝』を弾くというのが自分の中でのひとつの山場。本当はオーソドックスにラフマニノフの2番やチャイコフスキーの1番を、とも思ったけれど、ここはどうしてもベートーヴェンでなくちゃならないシーンだったのです。

その一方でものすごく繊細で抒情的なピアノも弾く。実は、慎一をベートーヴェンで語るのは間違っていると、後にヴィクトルが評していますが、多分性質的にはチャイコフスキーやラフマニノフのロマンチシズムがものすごく合っているピアニストなのです。
でもやはり、ピアノと言えばショパン。実は先日、ショパンコンクールの動画を見ていたら、朝4時になっちゃっていました(もちろん、休みの日)^^; いや、コンクールの番組って本当に面白いですね。

で、この先、慎一とアネットが2人でピアノを弾く回想シーンが出てきますが、そこはやはりショパンになってしまいますね。
バラードの1番。ふるさとへの望郷の念と取り戻せないものへの回顧と途絶感と、優しさと残酷さが入り混じったようなこの曲は、2人のためにはぴったりの曲でした。

ちなみに人生の後半はほとんどオペラの音楽監督としての仕事が多くなる慎一。実はこっそり歌うのも嫌いじゃなくて、シューベルトの歌曲は彼のお得意でありました。慎一がアネットのために歌ったセレナーデは、実は(こっそりだけど)彼の十八番だったりもするのです。


ところで、ショパンのノクターン。
私は特別に造詣が深いわけではないので、お詳しい人に「何言ってんの」と言われそうですが、いや……No.1とNo.2(浅田真央ちゃん…・)、No.20はともかく、その間の曲を聴いてもNo.○と頭に浮かんでこないし、実際の演奏会での演奏頻度ってどのくらいなんだろう…・・と思いながら聴いているわけです(でも、No.17は結構好き)。
これってきっと、私たちが『黒田節』と『ソーラン節』と『花笠音頭』と『斎太郎節』と『俵積み唄』は登場頻度が高いから弾けるようになっておかなくちゃ、でも『ドンパン節』と『伊勢音頭』と『河内音頭』はまぁいいか、って思うのと似ている? 全然違う?(いや、ちゃんと覚えろって怒られそう^^;)

長くなったので、また次回。
本編はこちらです。よろしければご覧ください⇒『死と乙女』
西洋のクラシックもいいけれど、日本のクラシック・民謡はやっぱりいいなぁ。追記では『南部俵積み唄』をお楽しみください。
-- 続きを読む --
スポンサーサイト



Category: 小説・バトン

tb 0 : cm 6