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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・旅】そうだ、京都、行こう。(4)~2015春の特別公開・その2~ 

さて2日目の京都です。今回は西方面を攻めてみることにしました。
京都でもなかなか行きにくいお寺というのがいくつかあって、その理由が「やたらと広いので何を目指していったらいいのかよく分からない」系のお寺なのです。多くの塔頭が立ち並んでいて、どこからどこまでなのかよく分からないという……それが妙心寺や大徳寺、相国寺といったあたりでしょうか。しかも、何だか妙に広くて、どこかの寺院のお庭を見たような気がするけれど、よく覚えていなくて、あれ? ここにも龍がいる(法堂が似たような感じ)、ってなことになって。
そんな妙心寺と、近くにある仁和寺、大徳寺にも特別公開の場所があったので行ってきました。
仁和寺金堂
まずは仁和寺です。光孝天皇・宇多天皇により完成されたこのお寺は、後に宇多天皇が退位・出家し住房とされたので、お住まいとなった御殿(御室御所)があります。出家してもこんな御殿にお住まいとは……(あぁ、下々のつぶやきですね)
春には御堂桜が綺麗です。

今回の特別公開は、こちらの金堂と経蔵。
金堂(国宝)は応仁の乱で焼けてしまった金堂を再建するために、慶長年間造営の御所大内裏の紫宸殿を、寛永年間に下賜され移築したもの。特別公開では内部の阿弥陀三尊を拝することができます。この建物自体が宮殿建築ですので、少し寺院とは趣の違うところがあるようで、なかなか興味深く拝観することができます。例えば、蔀戸(しとみ)などは、いかにも御所の宮殿という感じですよね。
仁和寺金堂_0002
こちらは特別公開の場所で頂ける新聞からお借りした写真です。阿弥陀三尊の背部の壁にも浄土図が描かれていて、仏像に残る色彩からも、元がどれほどに極彩色の空間であったかがうかがい知れます。
ところで、京都の人が「戦後」という時、第二次世界大戦ではなく応仁の乱を指す、という話があります。京都の中にいると本当にそんな感じがするときがあります。「何かが焼けた」のは、ほとんど応仁の乱ですものね。

そして経蔵。文字通り、お経を仕舞っておく書棚のある図書室のようなものでしょうか。
仁和寺経蔵
中身を見たいでしょ? 写真はNGですが、今年の特別拝観のちらしはこちらの内部がアップで写っていました。
特別拝観ちらし_0002
真中より上方のあたりに、昔の薬屋さんの薬入れみたいに四角い箱みたいなのがいっぱい並んでいますが、それぞれお経を仕舞う引き出しのようになっているのです。そこには「いろはにほへと」ならぬ漢字がひとつひとつ書かれていて(意味はあまりないのかも。夫とか婦、悪、羊、何でもありでした)、目印になっているよう。
これは二人がかりで回すことができて、ひと回しするとここに収められたお経を皆唱えたのと同じ功徳があるとされているのです。が、こちら、これまで回されたことがないとか(そういう儀式がこのお寺には伝わっていないから?)。ついでに、引き出しの中も謎らしい……(開けてみたい、と思う私の横で、やはり庶民な参拝客が見張りに立っているお姉さんに「誰もいない時にちょっと開けてみたくならない?」って聞いていました^^; いや、共感するわぁ、庶民の下世話な勘繰り)
堂内の壁にも何やら物語が描かれています。

あ、ところで、値段が見えました?
そうなんです。特別公開、高いんですよね。1か所で800円。今回6つ回ったので、それだけでも結構な額になります。でも、昔1000円だったような気がするんです(バブル時代?)。文化財保護のためのカンパだと思うことにしました。
いつも巨石ばかり見ているので(タダ)、何だか久しぶりにお金使う旅行だね~と母としみじみ。
仁和寺御殿
仁和寺の御殿は、平安絵巻を髣髴させるような渡り廊下が素敵です。

さて、車で行くほどの距離でもないかとてくてく歩いて妙心寺へ。
でも考えてみたら、妙心寺の中が広くて、結構な距離でした。
妙心寺三門
こちらが特別公開の三門(裏側、本殿から見たところ)。またまた梯子のような急な階段をあの上層まで登るわけです。
三門の中に上がれるのはとても有難いのですけれど、何よりもこの階段がちょっとスリル^^;
内部はやはり極彩色の世界。観世音菩薩と十六羅漢が並び、飛天、鳳凰、龍が描かれています。こちらの十六羅漢中で羅睺羅(ラーフラ、お釈迦様の実子で弟子)だけが振り返ったような姿となっていますが、これは背後にある本殿、すなわちお父様がおられる方を見ているのだとか。
妙心寺・三門

ところで、こちらの法堂にも有名な龍が描かれています。狩野探幽が描いたとされ、どの方向から見ても自分を見ているように見えるのですね。以前に見たので、今回は時間の都合で端折らせていただきましたが、実はこの龍が『清明の雪』の発想のもとになったのです。

次に、大徳寺に向かいます。
大徳寺
こちらにも三門(金毛閣)があるのですが公開はなし。こちらの山門は、かの利休切腹の原因となったことで有名ですね(利休がこの楼上に自分の木像を置いて秀吉の逆鱗に触れた。秀吉が潜る門の上に乗っているということで。私の脳内イメージは、あくまでも秀吉は労働者=庶民、利休は武士、なんですよね。精神的な意味で)。
ちなみに、後ろから見たら大徳寺の三門と妙心寺の三門の外観がものすごく似ているので、何だか写真を見ていたらどっちがどっちか分からなくなっちゃった。

今回の特別公開は本坊。修行生活の場ということで、入った途端に竈がずらっと並んでいる台所仕様。襖絵84面は全て狩野探幽の筆。狩野派は工房的な絵の描き方をしていたので、探幽一人で描いたというのは大変珍しいとのこと。
大徳寺方丈
もちろん、撮影NGなので、戴いたパンフレットからです。そう言えば、大徳寺って時代劇の撮影によく使われていますよね。こういうのを見ていると趣がありますね。しかも入口(勝手口)から方丈に至るまでの板敷の間などは雰囲気がありました。
目玉は唐門です。このお庭の向かいにあるのですけれど、反対側からじっくり見ることができます。
日光東照宮にもありますが「日暮らし門」です。日暮らし門、というのはあまりの美しさに眺めているうちに日が暮れてしまう、という意味ですが、本当に美しいですね。この一番下に足と羽根の先だけ見えているのですけれど、屈んで覗き込んだら、見事な孔雀が彫り出されています。龍に鯉、獅子など色も鮮やか。
大徳寺唐門_0003
折り目が残っていてごめんなさい。頂いた新聞の写真が一番綺麗だったので……
そしてもう一つの見どころが、法堂の天井の龍。
大徳寺法堂2
こちらも狩野探幽筆の見事な龍です。鳴き龍ではないそうですが、それにしてもこういう天井の龍は本当に見事ですよね。どうやって描いたんだろうと、そのシーンを想像しては感動しちゃいます。システィーナ礼拝堂の絵を描いたミケランジェロも、自分の顔の皮が後ろに垂れ下がるような思いをしたと書いてありましたっけ。

さて、本当は東福寺三門にリベンジしたかったのですが、三門って「みんな違ってみんないい」とは思うものの、1日にいくつも見ると、どれがどれだったっけ? という感じになってしまって分からなくなる、というのでまたの機会にということにしました。
で、目的のひとつ、志明院へ。毎年こちらでは交通安全のお守りとキーホルダー用のお守りをお返しして、新しく戴いてきます。
丁度石楠花の季節だったので、今年も昨年のような素敵な景色がと思ったのですが(⇒【そうだ、京都、行こう。(1)】)、なんと今年はあの桃源郷の石楠花はひとつも咲いていないとのことなのです。
うちの家でも、昨年主役だった花が、今年はほとんど咲かないなぁということがあります。志明院のある山は岩山で、土が薄くて栄養が少なく、大きな木が育たないので、比較的低い木が優勢になります。特殊な植生になるのです。そういうことが関係しているのかどうか分かりませんが、人の手が加わらない自然の植生であるからこそ、年によって違う顔を見せるのかもしれません。逆に、時折この世のものとは思えない景色を生み出すのですね。

それでも、毎年ご訪問してお参りして、自然の舞台(清水さんよりずっと小さいですが、この自然の中にある舞台は素晴らしいですよ)で風の匂いを嗅いで、鴨川の源流と言われる水の音、鳥の声を聴いて、奥さまや住職さんとお話をしして、また来年の再会を約束する、不思議で有難い時間です。
そうそう、今年はご住職さんのエッセイを読ませていただきました。
ご住職さんは、その昔、まだ小学生の時に奥深い雲ヶ畑のお寺にご家族で引っ越してこられました。小学校までは遠い道のり(車ではそれほどでないのですけれど、確かに集落までものすごく離れている)で、木々に覆われた道は昼間でも暗い。ちょっと遅くなったら、まさに魑魅魍魎が出没しそうな道を歩いて帰らなければならないのです。
ある時、お寺に「お兄さん」が泊まっていて「小学校まで遠いのに偉いなぁ。でも頑張っていれば必ず良いことがある」(というようなこと……記憶が不鮮明でごめんなさい)と言ってくれたそうです。
この「お兄さん」こそ、若き日の司馬遼太郎先生だったと。

司馬遼太郎先生は『街道をゆく』の中で、この雲ヶ畑と志明院のことを書いておられますが、その中に「この橋から先は、まさに魑魅魍魎の住まう世界」(すみません、こちらもうろ覚えで)と書かれている、その橋を渡るとき、いつも私は「またこの橋を渡った。ここからは人智の及ばぬ世界」と思ってしまいます。司馬先生はこの世の不思議を愛する敬虔な心をもって「魑魅魍魎」と呼ばれたのですね。

あ。文字ばかりになりましたね。では、最後に八起庵さんをご紹介いたします(⇒八起庵HP)。
こちらのお店は鶏料理の店。私がまだ学生の時から、時々お邪魔しているお店です。とはいえ、学生の時はたま~に贅沢したくなってランチを食べるのが精一杯でしたけれど(あの頃、ランチは2300円でした)。
まず、鶏のスープ! これが絶品なのです。ひとつひとつの料理もとても美味しいのですが、何より最後の鴨南蛮と、これ以上食べれないよと思っても「別腹」の卵かけご飯が、もう……(^^♪
鴨南蛮
お土産に買って帰った鴨南蛮セットです。九条葱に細麺。お店で出てくるのは少し小さめの器で、山椒のピりリ感がたまりませんが、家で食べてもおいしい(*^_^*)
わらび餅とアイス
卵(有精卵)と新発売のたまごアイスも購入。三年坂で購入したわらびもちも美味しかった。

というわけで? 1泊2日の京都小旅行記事、文字ばかりになってすみません。
特別公開は5月10日まで。お時間がありましたらぜひお訪ね下さい。もちろん、冬でも、来年でも。特に三門はお勧めです。ひとつでも是非!
最後までお読みくださって、ありがとうございます。
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Category: 旅(あの日、あの街で)

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