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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【物語を遊ぼう】18-2.キャラの魅力~探偵役の造形~ 

前回の記事【今更ながら考える、キャラの魅力】の続きです。
今回はこのミス大賞作品「さよならドビュッシー」のシリーズをヒントに考えてみます。

そもそも記事を書きながら考えていたのは、探偵役のキャラの造形だったのです。
いわゆる成長もののキャラ(主人公)は、前回の記事に載せたような「やっぱりこれが王道」という造形であるべきで、物語の最初と終わりでは、何かが変わっている(「成長している」)べきである、というのを読んだことがあります。
確かに、それに逆らう挑戦的なキャラ(どう考えても嫌われるような凄い悪人とか、逆にどこにも欠点がない完璧な人物とか)が主人公になっても、いまひとつ入り込めないと思うのですが、さて、問題の探偵役。

前回頂いたコメントにもありましたが(色々コメントありがとうございます(*^_^*))、探偵役は「謎解き」という仕事をしなければならないので、キャラとして個性はあるとしても、事件の前後であまり「成長する」ものではないのかもしれません。
しかも、謎解きの導き手としてスマートな推理能力が要求されるので、頭が悪いけれど推理力は抜群、なんてのはなし。たまにちょっと間違えることはあるけれど、「俺たちはとんでもない勘違いをしていたのかもしれない」! 作者の目論み通り、読み手をミスリードしつつ、最後は正しい方向に導いてくれるのが「探偵役」。

一方で、ミステリの中では、1本もの、つまり「続編」を考えないものもありますから(結果的に続編ができることはあるとしても)、主人公が事件に巻き込まれて(自分の身が危ないとか)、やむにやまれず探偵役をするというパターンもあります。この場合は「ドキドキ感」が大事で、読み手は主人公目線で事件に巻き込まれる、わけですね。
これ、時々、ダメだなぁと思うものに出会うことはありませんか? このタイプで主人公目線に立てなかったら(例えば、主人公が事件に巻き込まれる理由が「そんなん自分のせいやん」とか「そんなことあり得ない」とかで、初っ端からシラケられたらおしまいですね)、ミステリの構成としてよくできていても、何だかなぁで終わっちゃったり。
でも、今回はこのパターンについては、ちょっと置いといて。

「謎解き」役の探偵。
事件に巻き込まれているわけではなく、少し上から全体を見渡しながら(けいさんの仰るように「俯瞰して」)、読者に事件を紹介し、一緒に謎解きをしてくれる役割(だから、謎解きの時に「実はこっそりあの時こんなものを見つけていたんですよ」って後出しはなしよ! 時々あるけれど卑怯だ~)。いちいち感情や人生における立場まで事件に振り回されない、という立場です。
彼らの存在は、水戸黄門の印籠。
最後に「この紋所が目に入らぬか~」って、事件を解決してくれるんですよね。実はこの「お決まり」があるからこそ、面白いのであって、読むときにはそこに変則を求めているわけじゃないのですけれど、一味違う何かが欲しいのは書き手の欲ってものでしょうか。

最近のライトミステリというものでも、探偵役の属性には本屋、考古学者、霊能者、聖職者、教師、医者、あれこれあれこれ、何でもありって感じですよね。
で、ふと考えたわけです。うちの真、一応職業も探偵なのですけれど、どんな立ち位置になるのかしら、と。
彼の造形、と言えば。

某アメリカスパイ組織のスナイパー(日本人)と某東側国家政治家の大物の孫娘(ドイツ人とのハーフ)という禁断の恋の結果として出生。育ての親は北海道の競走馬牧場経営者の祖父と東京在住の脳外科医の伯父。
(周辺事情はややこしい。でも本人は結構普通の子ども)
小さい頃は外見のせいもあっていじめられっこで、友だちはコロボックルと馬と犬しかいないという不思議っ子。
(でも、両親がいない分、他の家族からは結構大事にされていた)

成長して、工学部の学生となったものの、あれこれあってバイトをしていた探偵事務所に雇われて、その後、バイト先の所長が事件を起こして服役したため独立、探偵事務所を経営するに至る。
伯父は失踪していて(多分死んでいる)、実の父親には色々な疑いと嫌悪を抱いている。
もと家庭教師で現在の同居人、伯父の失踪後親代わりでもあった男(大和竹流=ジョルジョ・ヴォルテラ)は、絵画修復師でレストランの経営者だけれど、元を正せばヴァチカンの警護組織の由緒正しき家系の御曹司。彼との間には複雑な関係がある(いや、恋愛ではないはず)。

外見。あまり大柄ではないと書いていますが、多分170程度(岡田君と同じくらいか。え?)。クォーターですから髪は明るめの黒茶(って?)。目は左は黒くて(茶黒?)、右は碧(みどり)。すごいイケメンではないけれど、野生のヤマネコみたいに印象的な顔をしている。じっと見てたら食い付かれそう?
病気。ちょっとばかりアスペルガーちっくな部分あり(でも、男の子って多かれ少なかれそんなものなんですけれどね)。できることとできないことに差がありすぎるし、社会性は低い。19の時、崖から落ちて意識不明の重体になっている。脾破裂で脾臓摘出後。頭の方は逆行性健忘を抱えている。

お話ですからね、少しだけ「かっこよく」書いているのです。
全然かっこよくない、ものすごく平凡な探偵のお話を読んでいたって、何だか楽しくないじゃないですか。少なくとも、生理的に受け付けないキャラが主人公だと絶対に読まない。できるならちょっと「美形」の方がいい。もちろん、小説なので見た目は読み手の想像だから、想像の中で自分の美意識の最低ラインはクリアしていなきゃ。そしてやっぱり、どこか「謎めいた部分」「かなりエキセントリックな部分」も欲しいじゃないですか。

つまり。
あり得ないほど複雑な出生の問題を抱えていて、あり得ないほど複雑な相手と絡んでいる。この辺は「物語」だなぁという感じ。凡人にはあんまりすごい事件は起こらないし……
でも、書いている時は、単に父親との親子葛藤に悩み、社会的には落伍者(いじめられっこ、変なものが見える、大学中退、あげく「探偵」などという胡散臭い仕事をしている)、精神的にはかなり過敏な部分があり、恋愛についても問題が大いにあり。
何もすごいことはなくて、結構みんなそんなもんじゃないの? という感じのキャラなんです。

特殊なスーパー能力は何もない……コロボックルや幽霊が見えたって、それで事件を解決できるわけじゃない(幽霊が「私を殺した犯人はあの人なの!」って教えてくれる話なんて読みたくないですよね)。馬と犬の扱いは天下一品だけれど、馬は東京のその辺をうろついていないし、犬がワンワン吠えて犯人を教えてくれる話を書いているわけじゃない。写真のように風景を覚える能力はあるけれど、それで一発事件解決にはならない。
けれど、ちょっとだけ剣道が強くて、シニカルなムードを漂わせつつも、実は精神的に事件には一生懸命のめり込む(ただのツンデレ、もしくは感情を表に出すことが苦手なだけ)。
なぜ事件に首を突っ込むか。「真実を知りたいから」(これもよくある台詞。でも、何であんたが知りたがるのよ! と思うこともある)なんてカッコいいことは全く思っていなくて、真の場合は「仕事だから」。

つまり、彼の場合。
事件に対しては基本は「探偵役」に徹したいけれど、どういうわけか、気が付いたら気持ちが入り込んでしまっている(親子葛藤に敏感だから?→【清明の雪】)、もしくは、実は自分が事件に巻き込まれている(【海に落ちる雨】)。自身の抱える問題(逆行性健忘)については、実はちょっとした「事件」があって、これについては次作【雪原の星月夜】で語られる。
そう、事件の探偵役もするけれど、実は自分自身も事件の輪を思い切り引っ掻き回している、そんな立ち位置。

あ、いっこだけ、特殊技能があった! 三味線が弾ける!(地味だ……)
いいのかなぁ、こんな探偵で……

そんな中、先日、このミス大賞にもなった「さよならドビュッシー」とそれに続く「おやすみラフマニノフ」「いつまでもショパン」を読みました。
さよならドビュッシー
結果的には自分の中では3作目の「いつまでもショパン」が一番面白かったのですが、それは1作目の「さよならドビュッシー」の「どんでん返し」に最初の部分(火事)で気が付いちゃったからですね。
普通はシリーズものって1作目が一番面白くて(たまに2作目ってこともあるけれど)、だんだんマンネリ化していくのですが(でも、そのお約束展開に安心するのは、私が吉本新喜劇世代だから、かしら。お約束ギャグを待っているのよ)……
ちなみに私、シリーズものは1作目を無事に読み切ったら(1作目の途中で飽きちゃったものもあるので)、大体3作は読んでいます。その後続くかどうかは……だけど。

1作目。「どんでん返し」って何やねん、と興味津々で読み始めたわけでもないのですが、ついつい書き手の立場で読んでしまった。私ならこの書き出し・設定ならこの先の展開はこうする、と思っていたら、内容が大体見えて、そうなると読みながら伏線が出てくるたびに「そうそう」とか思っちゃって。
つくづく、ミステリは読み手に徹しないと面白くないと感じました。しかも3作とも、最初から犯人~裏事情まで読めちゃってたのですが、これは作者さんと私の思考回路が同じ方向性だったから、なのかしら。いや、それはあまりにもおこがましいのだけれど。

3作目はね、スケールが大きかったのです。しかも私の大好きなコンクールという背景で。コンクールのノンフィクションは、すごい昔に中村紘子さんの「チャイコフスキーコンクール」を拝読して以来、なんて面白いんだ! と思っていたのですが、物語にその面白さが生かされていました。
スケールが大きいもの(ハチャメチャじゃなくて)はやっぱり面白いんだなぁと思った次第。
あ、でも、「あとがき」にあるように音楽の分析・描写はすごいのですけれど、ちょっとくどいかなぁと思ったのは私だけ? 申し訳ないけれど、途中から結構飛ばして読んでいました。

でも、結構3作とも色んな意味で面白く拝読したのです。ちなみに、探偵役はピアニスト。
で、ちょっと面白いと思ったのは、毎回(3作とも)、語り手は「探偵」ではないのですよ。
語り手、つまり視点は、別の音楽家(もしくは音楽部の生徒、3作とも別の人物)。
だから探偵の造形はその「別の視点」から描かれていて、探偵役の「スーパーぶり」が鼻につかないようになっているんですね。そう、主人公視点がもしこの探偵にあったら、結構嫌味な感じになるかも、と思う部分が、上手くオブラートに包まれている。
実は、この探偵にもハンデがあるのですけれど、それは欠点というよりも、あくまでも「ハンデ」。ある病気を抱えているのですね。

でも病気の類が小説で書かれると、その人物の欠点ではなくて、書きようによっては美点にしかならない(乗り越えようとする姿が美しい、という)。残念ながら現実の世界では美点というわけにはいかないことの方が多いのですが、物語の中では(物語の中だからこそ)、むしろその姿は更なるスーパーぶりに見えて、ち、なんだよ、かっこいいだけじゃん、って思ってしまうかもしれません。
もし、この探偵役視点で物語が書かれていたら、ちょっとイラッとする部分があったかも……どうせあなたはスーパーマンよね、って(何しろピアニストなのに、ある事情で司法関係にむっちゃ詳しい)。

そう、探偵役って、時々俯瞰の立場に立ちすぎて、自分は何も「手を汚さず」、かっこいいことだけ言って、しかもその能力ときたら妙にピカピカ光る……そんな探偵に感情移入はできない、というより、何だかイラッとする、ってことになったりするんですよね。……いや、そもそも探偵って感情移入されるものではないのでしょう。
そこで必要なのが、ワトソン君なのですよね!
いや、ホームズのワトソンは「道化役」ではなくて、あれはあれでかっこいい役回りですけれど。
(私は最近の映画のワトソン君の立ち位置が結構気に入っています。エキセントリックなホームズも)

こちらのシリーズでは、主人公(視点)は探偵以外の音楽家で、音楽の部分では悩んでいたり、それぞれ色んな立場で事件に巻き込まれて困っていたり。つまり、事件以外の部分では、音楽とも真剣に向かい合わなければならなくて、その分音楽の描写に無茶苦茶力が入っているのです(いや、ちょっと入り過ぎで全部読んでいられないのですけれど)。
ある意味では青春スポ根(いや音楽根か)、語り手のキャラ=主人公にとっては成長もの、と言えるのかもしれません。
そう、彼らが立派にワトソン役を務めているのです。

つまり。
「職業的に刑事でも探偵でもない人物が、行く先々でそんなに事件に巻き込まれるものか」という点はさておいて、ミステリ+青春音楽物語、という図式で何かを補い合っている作品、と言えるのかもしれません。
いわゆる多重構造ですね。一見別々のものをコラボさせる。どんな業界でもこの「コラボ」「化学反応」が今はブームなのかも。組み合わせの妙ですね。

じゃ、うちのは。
ミステリもどき(えぇ、あくまでも「なんちゃってミステリ」です)+主人公の人生物語、この2つがコラボする話、かな。むしろ真の人生の中に、彼がたまたま探偵なので事件が絡むだけ、なのかもしれません。
そういう意味では、まったく同じ作りの【奇跡を売る店】シリーズ。血の繋がらない(しかも性格も可愛くない)病気の子どもを育てている主人公。もともと小児科医で、患者の親とできちゃったため婚約者と別れて、医者もやめて、寺に居候しながら元患者の子どもを育てているというへんちくりんな人生。ショウパブのホールをしているけれど、ついでに昼間はたまたま失踪した叔父が残した探偵事務所で留守番をしているから、事件が持ち込まれる(いや、あれは石屋の婆さんのせいか……)。

考えてみれば、ミステリ・探偵ものは、事件が起こってそれを解決する(それはどんな物語も同じなのかもしれませんが)、というお約束があるので、どこかでステレオタイプになってしまいそう。
ステレオタイプ・王道って、実はやっぱり面白いし、笑えるし、泣けるんですよね。捻っても捻っても、王道には勝てない。だから、本当はステレオタイプでいいのだけれど、書いている方としてはどうしても捻りが欲しい。
だから書き手は一生懸命考えるのかも。「オリジナリティが欲しい!」と。でも、それさえもステレオタイプになっていく今日この頃、実は突飛なことを書くよりも、真面目にわが愛する「探偵」を書きこんでいく、物語の中で動かしていくことが一番大事なんですよね。動いてこそ、周囲の人間にもまれてこそ、キャラは生きていく。

……こうして、感情移入相手ではない探偵役に厚みを持たせる試みは、果てしなく続くのであった。
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Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

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