FC2ブログ
06 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

連作短編【百鬼夜行に遅刻しました】秋(2)・立ち枯れの紫陽花 


月刊・Stella ステルラ 6.7月号参加 連作短編/不定期連載小説

ものすごく久しぶりにStellaに投稿することにしました。
そう、思い起こせば、この作品の第1作目はStellaに投稿したのでした。

本当はものすごく気になっているけれど、書くのにものすごくエネルギーがいる連載物が2つありまして、その1つがこの【百鬼夜行に遅刻しました】なのです。書き始めは軽い気持ちだったのですが、何しろ扱っているものが「死」だけに、文字数の割に使うエネルギーが半端なくて。
(もうひとつは【死と乙女】です。こちらはクラシック音楽への思い入れが強くて)

ウゾくんの本編は、あと「冬」と「春」でおしまいなのですが、今のところ秋の菊まで来ているので、ここで急に初夏の話に戻すことはできなかったため、苦肉の策に出ました。花は紫陽花。ただし、立ち枯れの紫陽花です。晩秋の話ですが、花が6-7月のものということで、季節がずれていることは赦してやってください。
あまりにも間があいているので、読んでくださっていた皆さまにも設定を忘れられているでしょうから、前半は少し説明がましい部分がありますが、これまでのことを忘れている/読んでいない場合でも、大体ついていけるように書いてありますので、さらりと流し読みしてくださればと思います。

いや、それでも書くほうとしては細かい設定を思い出すのが大変で、とりあえずこれまでのところを読み返したのですが、なんて話を書いてるんだ! 大海! と自分でツッコんでしまいました。
いや~、これ、けっこうしんどい話じゃありません? (自分で言うこと?) ファンタジーなのに、テーマが重い(@_@)
でも、気持ちはいっぱいこもっているかな? 思い入れは深いし、けっこういい話じゃない? なんて(また自画自賛か!)。
結構毎回ハードな部分が多いのですが、今回は、少し優しいお話になっています。

本編からは少し話が逸れている部分ではありますが、今回は私が大好きだったねこさん・もち姫さんへの追悼の気持ちで書きました。この作品は、そもそもウゾさんに捧ぐ、なんですけれど、今回はウゾさんともち姫さんに捧げます。
もち姫さん、これからも、ウゾさんの傍にいてあげてくださいね。ウゾくんの傍にも。
 ウゾさんの【百鬼夜行に遅刻しました】


<あらすじ>
ニンゲンが亡くなって上手くジョウブツできない時、いったん鬼になる。鬼になって、百鬼夜行に108回参加すればジョウブツできるのだけれど、ルールが沢山あって、試験に合格しなければ本物の百鬼夜行には参加できない。だからキョウトのゴショには、百鬼夜行学校があるのだ。
でも小鬼のウゾは、いつも試験に遅刻してしまって、これまでに3680回も試験に落ちている!
一体なぜウゾは遅刻してしまうのだろう? そして、ウゾはどうして小鬼になってしまったのだろう?
生と死の間で苦しむ人々を見つめ、花の精たちの助けを借りながら、ウゾは今日も……遅刻している!?
<登場人物>(名前のみを含む)
ウゾ:小鬼。遅刻の常習犯で、なかなか百鬼夜行本番参加のための試験に合格しない。
もち姫:ウゾが物心ついた時?には傍にいてくれた『知っている』猫。ウゾを見守っている。
サクラちゃん:バイクにはねられて死んでしまった少女の小鬼。イメージはハーマイオニー……
タタラ:百鬼夜行学校の教官。とにかくでかくて怖い。
ダンゴ:ウゾが住むタダスの森のダンゴムシたち。語彙は少ないが、少しずつ学習している?


【百鬼夜行に遅刻しました】秋(2)・立ち枯れの紫陽花

「ウゾ、チコク」「チコク、オコラレル」「ウゾ、オコラレル」「コワイ、コワイ、タタラ」
 ダンゴたちはまた語彙が増えている。一体、誰が教えているんだろう。もしかして、ウゾが魘されて寝言を言っているのかもしれないけれど。
「もう、うるさいなぁ」
 目が覚めちゃったじゃないか。今日はせっかくの休みだというのに。

 ウゾはもぞもぞと起き上がり、アキニレの木に凭れて、はぁと溜息をついた。
 秋は深くなって、落ち葉は下の方か湿って重くなっている。そこへまた新しい枯葉が落ちてきて、かさかさと音を立てる。もう風の温度はすっかり冷たくなっていた。
 ウゾはジョウブツを目指して勉強中の小鬼だ。

 普通、ニンゲンが死んだら、七日以内に魂はあの世に渡って行くはずなのだが、何かの事情でこの世に魂を残してしまうことがある。自分がなぜ死んでしまったのか分からない場合や、身体や心の一部がこの世に残ってしまっている場合などだが、特に強い感情を残した時はこの世に長く留まってしまい、七日を越えると簡単にはジョウブツできなくなる。
 こうした場合は鬼となってこの世をさまようことになるのだが、そのままでは鬼の人口の方が人間よりも多くなってしまって、鬼とニンゲンが接触する不幸なケースが増えてしまう。

 鬼が増えたら鬼に好都合かというと、そういうわけでもない。鬼はそもそも各自が自分自身の事情にこだわっているので、みなで力を合わせてニンゲンと張り合うなんてことはないのだ。だから、鬼が増えてしまったら、鬼たち自身にとっても大きな問題となる。
 何より「健康で健全な鬼」で居続けることは結構難しい。鬼としての健康が損なわれた場合は、大変な苦難が待っているのだ。
 中には、学校の門番をしているグンソウのように、自ら決意してその苦痛の道を選んだ者もいる。だが、普通の鬼たちにあんな苦痛が耐えられるはずもない。

 そこで、鬼たちにジョウブツに至る過程を教え、自分の死について知り、納得してあの世に行くために学ぶ学校があるのだ。ジョウブツに至るためには、百鬼夜行に百八回、参加しなくてはならない。百八回の百鬼夜行は、鬼たちに自分の死の訳を知る機会と、浄化の機会を与えてくれる。
 しかし、人間から見るといい加減にうろついているように見える百鬼夜行にも、気が遠くなるほどのルールがある。だから、この本番の百鬼夜行に参加する前に、教習所のようなところに行ってルールを勉強し、仮免許を貰わなければならないのだ。
 そして、ウゾはこの仮免許の試験にこれまで三千六百八十回、不合格となっている。そのほとんどの理由が遅刻だ。

 何故遅刻してしまうのか。鬼たちは普通夜行性だ。つまり、鬼たちの朝は、ニンゲンの夜だ。でも、ウゾはどうしても夜になったら眠くなるのだ。だから、鬼の朝に起きることができない。ウゾがねぐらにしているタダスの森から、学校のあるゴショまではそれほど遠い距離でもないのだが、それでもなかなか間に合わないのだ。
 学校は単位制なのだが、ちゃんと授業に出ていないと試験に合格することは難しい。それに大事な授業は結構、朝一番にあることが多い。もちろん、鬼の「朝の一番」だ。
 何故そうなっているのかというと、遅い時間にはバイトに行く鬼も多く(ニンゲンをビビらせるのは「夜」なので)、また深夜の丑三つ時には、本番の百鬼夜行のために教官たちは多忙だからだ。

 うまくないや。
 ウゾは葉っぱを一枚めくって、指先でダンゴを一匹つついた。ダンゴは丸くなり、コロン、と転がった。
 今年はあれこれ校則違反なんかを起こしてしまって、百鬼夜行学校教官のタタラから、罰則として、これから来るキョウトの寒い冬の間、町中の花の種と根の面倒を見るようにと言われている。救いはサクラちゃんもいっしょだということだが、それでも、ふたりにしたってキョウト中の花だなんて、絶対無理に決まってる。
 かと言って、いい加減にやったら、きっとタタラに怒られるんだろうし。

 タタラはもともとミドロガイケの龍だという噂のある、ものすごく身体の大きな鬼だ。とにかくおっかない。もちろん、龍が鬼になるなんて聞いたことがないから、きっと噂なんだろうけれど、ウゾはタタラがまるで龍のように空を飛んでいる姿を見たことがあるし、菊の精はタタラのことを「ミドロガイケの主」と呼んでいた。
 もちろん、気を失いかけていたから、見間違い、聞き間違いもしれない。

 大体タタラは僕に厳しすぎるんじゃないかなぁ?
 ウゾはふぅともうひとつため息を零した。
 もちろん、遅刻の常習犯のウゾが悪いのだが、物事には手加減というものがあってもいいはずだ。
 やっぱり、もち姫のところに行こう。この時間はもち姫にとっても都合のいい時間だし、休日なら学校のことを考えずに、久しぶりにゆっくりと一緒に過ごすことができる。
 それから、どうやったらキョウト中の花の状態を知ることができるのか、もち姫の知恵を借りよう。それに。
 ウゾは立ち上がった。
 他にも、もち姫には聞きたいことがいっぱいあるのだ。



「おや、ウゾ、学校はどうしたの。あら、そういえば今日は立冬のお休みだったわね」
 学校は二十四節季の日が休みと決まっている。今日は立冬の休みなのだ。
 これから冬になる。

 もち姫は『知っている』猫だ。だから、猫たちの先生であり、精神的支柱でもある。
 猫たちはニンゲンと違って『見える』ことが多いが、『知っている』猫は滅多にいない。もち姫は真っ白な猫で、あっちの世界(ニンゲンにとってはこの世)とこっちの世界のどちらの者とも話すことができる、稀有な猫だ。年齢は分からないが、ウゾが記憶している限り、ずっとウゾの傍にいてくれている。

 このところウゾは、勉強中の小鬼には解決できないような問題にぶち当たることが多い。
 よく考えてみれば、それは今年の春にサクラちゃんという、バイクにはねられた後、連れ去られて殺されてしまった女の子を助けてから……のような気がする。
 助けた、と言っても、何ができたわけではない。殺されて埋められた場所を見つけてあげただけだ。死の理由が分かったので、サクラちゃんはぎりぎり七日の期限に間に合ってジョウブツできていたはずが、病気のお母さんにナカラギの桜の花びらを届けていたために間に合わなくなって、ウゾと同じように鬼になってしまったのだ。

 もっとも、サクラちゃんは外見こそ儚げで可愛らしい少女だが、ウゾが思っていたように可憐な女の子ではなく、実に逞しく鬼ライフを生き抜いているようにも見える。もちろん、お母さんのことや自分の死のことは大きな問題だったけれど、課題を的確にこなし、利用できるものはちゃっかり利用し、友だちをたくさん作って、頑張って鬼をやっているように思えるのだ。
 逞しさと健気さ、強がりと泣き虫、理性と優しさ、そんな両面性がサクラちゃんの魅力だ。しかも、あんなに理知的なのに、ウゾと同じように遅刻の常習犯だ。

 ウゾは、ちょっぴりサクラちゃんが好きなのだ。まだ「ちょっぴり」と言っていいくらいだけれど。
 それに。
 ウゾはサクラちゃんのお母さんと約束をしたのだ。サクラちゃんを殺した犯人を見つけて、事情を聞きだし、ちゃんと罪を償わせるのだと。

 ウゾはきょろきょろと周囲を見回した。
「どうしたの」
「え、えっと……」
 もち姫はふっと息をつく。
「ウゾ、サクラなら花たちの図鑑を持って早くにやって来たわよ。これから花の精たちに事情を聞いて回るんだって」
 手伝いなさい、と言外に言っているのだろうけれど、ウゾはそっともち姫が身体を横たえている縁側に座った。

「ねぇ、もち姫。ぼく、その……」
 ちらっともち姫を見ると、その金銀の見透かすような瞳にじっと見つめられていた。でも、その瞳は何時も根っこのところがとても優しい。
「ウゾ、あなたが聞きたいことは分かっているわ。でもね、あなたは何もかも自分の手で掴みとらなければ。花たちに事情を聞くのはとても有益なことだわ。何しろ、あなたは鬼としては半人前だけれど、花たちを感じ、その声を聴くことができるのだから。それは誰にでも備わった能力ではないわ」

 これまで出会った花たちは、もち姫を「あの方の使い」と呼んで懐かしそうに話した。「あの方の息子の面倒を見ている」と。あの方って、ぼくのお母さん? もち姫は、お母さんのことを知ってるの? どうして花たちはみんな、もち姫のことを知っていたの?
 そう聞いてみたいけれど、やっぱりもち姫を見ると簡単には聞けない。もち姫はきっと答えてくれないと分かっているからだ。

 ウゾは母親のことを思い出せない。鬼になったのは、自分の死の訳を知らないからかもしれないが、親のことを思い出せないのは何故なんだろう。僕は生きている時、どんなニンゲンだったのだろう。少しくらいその記憶が残っていてもいいはずなのに、その記憶が少しもないのだ。これはつまり、キオクソウシツってやつなのかなぁ。

「ねぇ、ウゾ、あなたは自分で選ばなくてはならないのよ。あなたが三千六百八十回も試験に合格できないのには、なにか大きな力が働いているのかもしれない。私は、あなたがジョウブツできるのなら、それが一番いいと思ってきたけれど、与えられた運命が過酷であるかどうかを決めるのは、周囲の者ではなく、あなた自身なのかもしれないわね。さぁ、ウゾ、もう行きなさい。私は少し眠らなくては。今日は少し大変な夜になるから」

 もち姫がこの世に留まり、あの世とこの世を行き来しながら過ごしているのは、猫たちにたくさんのことを教えてやらなければならないからだ。でももう随分と歳をとった猫だから、その仕事をこなすためには、十分な休息が必要なのだ。
「まずは、花たちとよく話をすることだわ。そう、身近な花たちから始めなさい。根気よくね」



 ウゾは眠ったもち姫の背中を撫でながら、ぼんやりと小さな庭の光景を眺めていた。
 もち姫は住んでいる家は、カモガワをずっと遡ったところにあって、もう少し行けば水の湧き出す源流がある。家には年老いた夫婦が住んでいて、もち姫を大事にしてくれている。夫婦ともに、少し佇まいが悲しげだけれど、優しそうな人たちだ。
 その老婦人が、もち姫のことを神さまの猫、と呼んでいるのをウゾは聞いたことがあった。ニンゲンだけれど、もち姫が特別な猫であることを感じているのかもしれない。

 小さな庭には、竹の垣根と植込みがある。植込みには山で見かけるような、華やかではないけれど優しい花たちが植えられている。萩、撫子、朝顔、ホタルブクロ、ホトトギス、桔梗といった草花、それからレンギョウやミヤマツツジ、沙羅双樹や椿などの木の花たちも。
 その中には紫陽花もあった。

 丁度あれは休みの日だったから、そう、6月の夏至の日だった。
 雨の日が多くなり、紫陽花の花が咲き始めていたから。
 休みの日にはもち姫のところに来るのがウゾの習慣だったから、ウゾはやっぱりあの日もここに来ていたのだ。
 あの時、ウゾはもち姫に尋ねた。
「ねえ、この紫陽花には花の精がいないね」

 そういうことは珍しい。この紫陽花には生命の匂いがなかったのだ。
 ウゾはもともと花の匂いから色々なことを感じる。匂い、と言っても、ニンゲンにも他の動物たちにも感じることができないくらいの微かな匂いだ。
 花の精たちは必ずしも顔を見せてくれるわけでは無い。ニンゲンの前に姿を見せることはまずないだろうし、そもそもニンゲンにはそのような能力がある者はいない。ウゾのように花たちと話ができる鬼だとしても、花たちに気に入られなければ、その声を聴くことはできない。

 花たちは、ものすごく気難しいのだ。
 それでも、その気配は、微かな匂いで感じることができる。
 この庭の花たちは、とても大事に手入れされていて、どの花からも素敵な匂いが香っていた。ただひとつ、紫陽花の花を除いて。
 もち姫はウゾの言葉にふと首をもたげ、じっと紫陽花の花を見つめ、それから何も言わずにまた眠りに落ちた。まるで、そのことは聞きっこなしにしなさい、と言うように。

 あの6月の雨の日。ウゾはその紫陽花の青い花にそっと触れてみた。
 それはとても不思議な感触だった。花に触れたのに、石に触れたように硬質な手触りだったのだ。
 鬼の手は人間の手とは少し違う。物質の感触ではなく、魂の在り方を触るのだ。

「石、みたいだ」
 ウゾは思わず呟いていた。
 その紫陽花が、暦が変わって立冬の季節になっても、色褪せ、立ち枯れたままとなっている。ウゾは庭に降り、枯れた紫陽花の花に触れてみた。
 やはり、その印象は、あの夏至の日と同じだった。

 紫陽花の花は、こうして手入れをされた庭ならば、花が終われば剪定されているのが普通だ。好き好んで立ち枯れの様を楽しむこともあるけれど、剪定しなければ紫陽花はかなり大きな株になっていくので、小さな庭ではあさましい印象となる。
 これほどにきちんと手入れをされている庭なのに、紫陽花だけがまるで生きていないかのように暗く感じる。そう、この紫陽花がニンゲンであれば、もうすっかり鬼になっているかのように。

 でも。この棲む精のいない紫陽花だって、何年も、何十年も一生懸命花を咲かせているうちに何かを思い出すかもしれない。だから、冬にはこの花の根の面倒も見てあげなければ。
 ウゾがそんなことを考えながら紫陽花の周りをぐるぐる回っていると、すっと縁側に面した部屋の障子が開いた。

「もち」
 この家に住む老婦人の声だった。青い浴衣を来て、髪を結いあげていたが、幾らかまとまりが悪くなって艶を失った髪は解れて肩に落ちていた。
「お前、この人の傍にいてやっておくれ」

 もち姫はゆっくりと立ち上がり、普通の猫みたいに少しお尻を下げて前足で伸びをしてから、老婦人の傍をすり抜けるようにして部屋に入っていった。
 老婦人が障子を閉めようとすると、中から弱々しい声が聞こえた。
「いや、お前、風が気持ちいいから、開けておいておくれ」
「十一月とは言え、もう立冬なのですよ」
「庭の景色を見ておきたいんだよ」
 ウゾは思わず紫陽花の影に隠れて、そっと気配を窺った。

 この家のご夫婦、つまりもち姫の飼い主のことは、ウゾも知っているようで知らなかった。
 そもそも、ニンゲンが鬼を見てしまったら、その人の死期に影響するとも言われているので、ウゾたち鬼は、事情がない限りニンゲンとの接触を避けている。もしも自分勝手に面白半分にでもニンゲンを脅かすようなことをしたら、そのことは鬼の規律を守るサイバン長に筒抜けていて、自分への厄災として降りかかってくるからだ。
 唯一許されるのは、特別なバイトの時だけだ。つまり、たまにふざけたニンゲンを脅しておくために「オバケ」を演じるバイトのことだ。それでも、そのニンゲンの死期には影響しないように最善の注意を払っている。

 だからウゾも、彼らに見られないように、慎重に振る舞う必要があった。特に死の床にあるニンゲンが鬼を見ると、その人の魂が吸い上げられてしまうというのだ。
 ニンゲンからは死角になるように、そっと障子の影に隠れて覗きこんでみると、この家の主人と思しき老人が、まさに死の床に横たわっていた。

 傍には老婦人が座っていて、黙ったままその人の手を握っている。どちらも老いて皺の多い手には、刻み込まれた年月の重さが宿っていた。
 もち姫は、死の床に就く老人のもう一方の手が届く辺りに、そっと横になって、静かに見守っていた。
「もち、この人のことを頼んだよ」
 そう言いながら、老人の手がもち姫の背中を撫でていた。

「お前はよくこの人のことを知っているから、間違いはない。私ももう決めているのだ。だから安心をしておくれ」
 それから老人は庭の方を見た。穏やかで優しい表情だが、静かな決意を読み取ることができた。

 その時、その老人の目がウゾを捉えた。
 しまった。
 ウゾは慌てて障子の影に隠れた。

 しばらくの間、一見のところは何の変化もなかったろう。だが、微かな変化はウゾの耳、ニンゲンのものではない鬼の耳にははっきりと感じることができた。
「さて、そこの小鬼よ。心配しなくてもよいから、こっちへおいで」
 ウゾはびくっとした。まさかこんなところで、死にゆく人に見られてしまうなんて。またどんな罰則がタタラから振りかかってくることか!
「ウゾ」
 もち姫の呼びかける声も聞こえた。

 ウゾは障子を背中にしたまま、一旦きゅっと目を瞑り、それから目を開けた。石のように静かに立ち枯れた紫陽花の花が、目に入った。
 ええぃ、もうままよ。
 ウゾは障子から顔を出した。

 老人はもち姫の背を撫でていた。その目はウゾと、ウゾの背中の先の紫陽花の花を見つめていた。老婦人は黙ったまま、感情をまるきり見せることもなく、死にゆく人の手を握りしめていた。ウゾのことは見えていないようだった。もち姫もまた、ウゾのことが見えないように振る舞っていた。

「そうか、小鬼が確かに見えるということは、私に時が来たということだろう。なに、心配はいらない。私は既に三途の川の渡し守と閻魔様に挨拶を済ませてあるのだよ。おそらく私が選んだことは、この先、私が成仏するためには差し障ることだろう。あるいは、その結果として、成仏を遂げることができなくなるかもしれない。しかし、これはもう覚悟の上のことなのだ。私はこの人を守るために、立ち枯れることにしたのだよ」

 ウゾはぽかん、としていた。意味が理解できなかったのではない。すでにそのような人を知っていたからだ。
「それはだめだよ。とても苦しむことになるんだから!」
 ウゾは思わず叫んでいた。
 しかし、老人は優しく微笑むばかりだった。
「小鬼さん、少し私の昔話を聞いてくれるかい」
 ウゾはちらりともち姫を見た。もち姫は小さく尻尾を動かしたが、ウゾには背中を向けたままだった。ウゾはそっともち姫の横に座った。

「本当に、障子を閉めましょう」
 老婦人が困ったように言った。十一月の風は、確かに、死にゆく人には冷たいだろう。
「いやいや、最期まであの花を見ていたいのだよ」
 老人はウゾを見ていた。そしてそのウゾの背中の先には、紫陽花が、何もかも失ってもなお凛とした姿で立ち枯れていた。

「私はこの人の夫ではないのだよ。そう、この人の夫は、この人を置いて戦争に行き、そのまま帰らなかったのだ。けれど戦死したわけでは無い。帰国したが、その時には別の女性と出会い、ここには戻らなかったのだ」
 老人は、弱々しく少し首を傾げて、老婦人の方を見た。それからまたウゾの方へ視線を戻す。

「私はね、小鬼さん、戦後のごたごたの中で、貧しく苦しかったために、ふとした過ちで人を殺めてしまい、逃げていたのだ。貧しさやひもじさが人殺しの言い訳にはならないことは分かっている。けれど、あの時は何とかして生き伸びようと必死だった。追い詰められた私を、この人は、戦争に行っていた自分の夫が帰ってきたと言って庇ってくれた。本当のご主人が帰って来るまで、という約束で、私はこの人の夫だと名乗ることになった」
 老人は穏やかな笑みを浮かべた。

「この人は笑うこともなく、いつも寂しげだった。ただ黙って日々の苦役をこなし、ただ黙って生きることの辛苦を耐えていた。誰を恨むこともできずに、ただ石のように時が過ぎるのを待っているように見えた。それでもこの人は、女一人で、強い風に向かって立っていた。その姿を見た時から決まっていたのだよ。私は死して屍になってもこの人を守ろうと。この人が、帰らぬ夫を待ち続けて心を石のようにしていたのだとしても、私はただ傍でじっと立って、強い風からも、冷たい雨からも、刺すような陽からも、この人を守ろうと。たとえ身体が朽ちても、この人の命ある限り、私はこの人を守るのだと」

 あ。
 ウゾは不意に振り返り、紫陽花を見た。そうか、だからあの紫陽花は、この老婦人の心のままに石となっていたのだ。
「でも、そんなことをしても、この人の命だって、もうそんなに長くないんだから。先にジョウブツしてあの世で待っていたっていいじゃないか」
 老人はまた、優しく微笑んだ。

「手を触れることもなく、同じ床に入ることもなく、六十年以上の時を過ごしてきたのは、ただこの人の傍にいたかったからなのだよ。この先も、ひと時も目を離したくないのだ。それがどんなに苦痛であっても」
「彼女は、本当のご主人が自分を捨てて行ったことを知っているの?」
「どうだろうね。それはこの人にしか分からない」
「あなたはこれでよかったの? この人生で」
 他人の身代わりとなり、愛する人に愛されることもなく、ただ傍にいるだけの人生。ウゾにはそれがどういうものか、想像もできなかった。

 もち姫を撫でていた老人の手が、そっとウゾの方へ伸ばされた。
 もち姫は、ウゾに対してもそうであるように、誰かの選択や想いを否定することも、自分の意見を押し付けることもなかった。ただ、静かに見守っていた。
「私の宝はこれだけだよ。これほどに悔いのない人生はなかったと確かに思えること」

 その時、老婦人の両手が強く、老人の手を握りしめた。強く、優しく、まるで彼女自身の命を共に重ねるように。
「風が強くなってきましたよ、あなた」
「あぁ、本当だねぇ」
 


 人には、それぞれの生き方があり、それぞれの死がある。
 ジョウブツしなくてもいい、とは思わない。でも、必ずしも、望ましく順風満帆な人生を送るわけでは無く、理想的な死を迎えるとは限らないのであれば、その人が自らをまっすぐ見つめて出した答えにこそ、意味があるのかもしれない。

「あれ? 花を切ったの?」
「えぇ、こんなことは私がここに来て初めてのことね」
 ウゾが次にもち姫の家に行った時、あの立ち枯れたままの紫陽花の花は切られて、木も短く切り戻されていた。
「これでいいのよ。切り戻した方が、来年またもっと綺麗な花が咲くでしょう」
 あ。ウゾはくんくんと鼻を鳴らした。紫陽花の匂いがする。花の精が戻ってきたのだ。

 その紫陽花の前に小さな石が置かれていた。石は、いつも誰かの手が撫でているかのように、つるりとしていた。その季節になれば、石の表面に紫陽花の花が映るかもしれない。
「お墓みたいだね」
「そうね。石には魂が宿るというから」
「あのお爺さんはどんな人だったの?」
「そうねぇ、いつもこの縁側に座って、煙草を吹かしていたわ。私が縁側にいる時は、煙草を遠慮して、私の背中を撫でてくれていた。手が器用で、歳をとっても、色んなものを自分で直していたわね。箪笥や椅子や、色々な道具を」
「おばあさんは元気?」
「えぇ。いつもと変わらないわ」
 そうなんだ。ウゾは何だか少し安心した。

「ウゾ、花守には少しだけ猶予があるのよ」
「猶予?」
「そう、花を守るものは、ひとつの祈念についてのみ、それが満たされるまでの一定期間であれば、この世に留まり続けることを許されるの。もちろん、他の誰かと話すこともできないし、その場所を動くこともできないなど、決まりごとは多いし、自分勝手な祈念は許されないけれど」
 そうなのか。ウゾはほっとした。あの人はそんなことは知らなかったと思うけれど、きっとエンマサマが認めたに違いない。

「ところでウゾ、お前、サクラひとりに仕事を押し付けているんじゃないでしょうね?」
「まさか。でもサクラちゃんの方が手際はいいし、それにすごいんだ。サクラちゃんって、虫とか鳥とかを思いのままにして、ネットワークも簡単にできちゃって。具合の悪い花がいたら、すぐに連絡が来るし」
「まぁ、やっぱり人任せにしているのね。サクラはあなたに迷惑をかけたと思っているから、一生懸命なのよ。全く、この子は……」

 それはもち姫の誤解だとウゾは思った。
 だって、サクラちゃんは本当にすごいんだ。
 ウゾはこの間、聞いてしまった。ヒタキがサクラちゃんのところにやって来て「姐さん、テツガクノミチのソメイヨシノがちょっと具合が悪いそうで、姐さんの応援を待ってるらしいですぜ」って言っているのを。
 あれってゴクドーのなんとかってやつじゃないの?

 だから、僕は僕で、サクラちゃんを殺してしまった犯人を見つけ出さなくちゃ。
「じゃ、もち姫、また来るね」
 ウゾはもち姫に挨拶をして、垣根を潜った。

 垣根を潜りかけた時、ふと、視界の隅に、この家の主人だった老人が、紫陽花の前の小さな石に腰かけているのが見えた。
 老人は煙草を吹かしながら、切り戻されて花も葉もひとつもない紫陽花の木をじっと見つめていた。
 静かに微笑みながら。
 風が吹いて、花も葉もない紫陽花の木から、命の優しい香りがウゾに届いた。

連作短編【百鬼夜行に遅刻しました】秋(2)・立ち枯れの紫陽花 了
~ウゾさんともち姫さんに捧ぐ~



わざわざ解説することはないのですけれど、ウゾくんとご老人の会話はもち姫には聞こえていますが、老婦人には聞こえていません。……あ、余計でしたね。

次回は、今度こそ、冬に『忍冬(すいかずら)』でお目にかかりましょう。
サクラちゃんの死の真相に、ウゾくんが迫ります!

……あやうく【死者の恋】のネタバレ話を書くところだった……
スポンサーサイト



Category: 百鬼夜行に遅刻しました(小鬼)

tb 0 : cm 8   

[雨132] 第27章 ずっとここに(1)集中治療室 

【海に落ちる雨】第4節・第27章『ずっとここに』 (1)です。
6年前、竹流と一緒に「消える龍と不動明王の鈴の謎」を解くために訪れた京都・東山連山の北の限りにある龍泉寺。その場所で、ついに竹流を見つけ出した真ですが、彼の生死ははっきりとはしていません。
しかし、次に真が目を覚ましたのは……
この章は短いので、2話限りです。竹流の消息を確認してください。そして、滅多に見られない、ちょっと可愛い?真を見ることができるかもしれません。

【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
-- 続きを読む --

Category: ☂海に落ちる雨 第4節

tb 0 : cm 8