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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

2015年8月のつぶやきコーナー 

<Twitter代わりのつぶやきとお知らせのコーナー>
通常の記事は、もうひとつ下から始まります
【奇跡を売る店(2)】砂漠に咲く薔薇
【雑記・旅】東京・目黒雅叙園『百段階段』~昭和の竜宮城~


古いつぶやきは、続きを読むにあります。
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Category: つぶやき

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【雑記・バトン】 恋愛観を暴露するバトン 

2時間かけて打ち込んだものをぶっ飛ばしてしまったショックで立ち直れない……(>_<)
(久しぶりにやってしまった。忘れたころにやってくる不幸……)
えっと、気を取り直して、やり直しです。でも、もうあまり思い出せない……(私の2時間を返せ~)

バトン大臣・TOM-Fさんのところからバトンをお借りました。
後から気が付きましたが、これは「恋愛観」関連だったのですね。回答してわかったことは……うちの場合、メイン小説の主人公たちの関係からして、まるきり恋愛じゃないし(萌える部分が恋愛とは関係ないんですよね)、だから痛いというよりも的外れな回答になっちゃっています。自分では萌えているのですけれど、他人様には萌えどころまるでなし?
という前提で、「恋愛観が欠落していることを暴露するバトン」になっていることをお許しください^^;
(あぁ、やっぱりショックから立ち直れない……間違った時「本当にこのページから移動しますか?」って聞かれなかったよ?)

1.自作の中で一番、好きな男性のキャラクターを教えてください。
 「好きなキャラ」=「好みのタイプ」というなら、いない、ってことになるので、あくまでも書き手として美味しいキャラたち、という前提で回答。
まずは『海に落ちる雨』のオッチャン三銃士、唐沢(唐沢調査事務所もと所長、現在服役中)・『河本』(内閣調査室副室長、もうすぐクビになる)・福嶋(第5節に登場、裏社会のドン的存在、かなりの悪人)。このお話は正直なところ、オッチャンでもっていると言っても過言ではありません。神棚レベルにいるあの人(ヴォルテラの親分)はもう、言うに及ばずです。
密着取材に行ってみたいのは、北条仁(仁道組時期組長?)と凌雲先生(『奇跡を売る店』シリーズ、大原の里に隠遁する仏師)。それに、既に性別も、もしかすると人間も越えているかもしれない、龍泉寺の和尚さん『清明の雪』)。
なんてドライな回答^^; だって、私のタイプは長谷川平蔵。親戚のおじちゃんに欲しいのは『京都殺人案内』の音川音次郎さん。

2.自作の中で一番、好きな女性キャラクターを教えてください。
 やっぱり外せないのは、柏木美和。そもそも相川真シリーズはこの子の語りがあってこそ持っている? 彼女のイメージのもとは学生時代の自分や友人たちなので、要するに興味津々に物語を見つめてくれるという立ち位置。
女性キャラは書いている時に一番身近になるので、そういう意味では、相川詩織(ジュエリーデザイナー、アマチュア考古学者『ローマのセレンディピティ』)。うちの壮大なる大河ドラマを締めてくれるキャラでもありますし。
そして、既に性別も人間も越えたキャラ……玉櫛ばあさんも外すわけにはいきません(『奇跡を売る店』シリーズ)。……いえ、決して呪われそうだとか、そういう意味ではありませんでして……^^;

3.どのカップリングが好きですか。
 う~ん(なぜ悩む?)
ロレンツォ♡相川詩織(大河シリーズを締めくくる大団円のラブストーリーだし)
北条仁♡柏木美和(これはまぁ、ハピエンではないけれど、外せないかな)
相川真♡柏木美和(これは妄想の中のカップル。お似合いなのに、くっつかない)
三上司朗♡裕子(真の兄貴分で下半身不随の車椅子探偵と看護師)
ウゾくん♡サクラちゃん『百鬼夜行に遅刻しました』、え? カップルなの? うん、多分)

 やっぱり、こっちの方が萌えるなぁ……
澤田顕一郎☆香野美雪(『海に落ちる雨』、元新聞記者と彼の書いた記事で不幸になった女の疑似親子関係)
釈迦堂蓮☆にこ(『奇跡を売る店』、元小児科医の留守番探偵と訳あり心臓病の子どもの疑似親子関係)
ジョルジョ・ヴォルテラ☆相川慎一(壮絶な義理親子関係)
相川功☆相川武史☆相川弘志(大好きな三つ巴三兄弟葛藤)
大和竹流☆相川真(究極の疑似親子? イメージはDNAの二重螺旋)

4.他者作品の中で好きな男性のキャラクターを教えてください。
 う~ん。個人よりもシチュエーションとかカップリングに萌えるので、組合せで回答。
limeさんちでは、坂木☆陽(『白昼夢』)、リク☆玉城☆長谷川さん(『RIKU』)
夕さんちでは、真耶☆拓人摩利子さま☆一蝶子☆カルロス(なぜそっち?)
けいさんちでは、祥吾☆奏(くっつけ、くっつくんだ!)
TOM-Fさんちでは、マイケル☆エミリー
サキさんちでは、シスカ☆キタハラアツコ☆キリュウ
こうして並べてみると、結構オーソドックスだな~って、なぜ蝶子とヴィルじゃないのか? 真夜中のチェスに萌えるのです、うん。limeさんちはカップルじゃないけど……組み合わせとしては、坂木と陽の関係に、結構いろんなものが詰まってる気がして。

5.他者作品で好きな女性キャラクターを教えてください。
 上記で回答したので、省略。でも、一人だけどうしても外せない人が……それは摩利子さま。
学生時代に会っていたら、私きっと取り巻きの使い走りになってるわ~。摩利子さまは私など眼中にないと思うけれど……って感じで。

6.自分が恋人にするなら、どの作品のどのキャラクターがいいでしょう?(自作・他作問わず)
 少なくとも、うちのキャラには恋人にしたいようなのはいない。面倒くさいのばかりだし、他人様にお勧めできるようなのはいないなぁ。でも、最近ちょっと話題になっている?井出ちゃん(新聞記者、相川真シリーズ)は悪くないかも。
でもあくまでも、私のタイプは長谷川平蔵……

7.どんなセリフにときめきますか? (妄想でも作品からの引用でも)
これはもう、うちの真の要の言葉です。いかに、I love youとかI need youを言葉通りに言わないかってのが、書き手が一番力が入るところですものね。
 「ずっとここにいてもいい。東京にも、ローマにも帰らないで、ずっとここに」
もうひとつ、竹流のわかりにく~い愛の言葉(恋愛じゃありませんけれど)。
 「そっちが切れよ」
く~、これはもう萌え萌えで書きました。電話、自分から切りたくないのよ。いひひ^m^

そして、『海に落ちる雨』第5節の宣伝のようですが、真を取り巻くみんなの愛の言葉、10連発。
この節の色んな絡みは、もう萌えどころ満載で書いておりました。
 ゲイバーのチーママ・桜
「あたしだってねぇ、寂しい夜はあるのよ。頑張っちゃてるけどね。でも、真ちゃん、あんたは幸せなのよ、想い想われてるんだから。あんたが望むんなら何時までもここにいたっていいけどね、ちゃんと前を向いて生きていかなきゃならない正念場ってのがあると思うわ。人の生き方って、きっと一番大事なのは、潔さなのよね。散るなら、覚悟を決めて散らなきゃ」
 富山享志
「そうだ、奴等のしたことは許されるべきことじゃない。お前は何にも間違っていない。もしもまだ足りないなら、俺が一緒に行ってやるよ。そいつらの身体を一片一片切り刻んで、骨を砕いてやろう」
 真の妹・葉子と美和の会話
「葉子さんは、どうして先生を諦めたの?」
「竹流さんがいたから」
「じゃあ、先生はどうして葉子さんを諦めたんだろう」
「そっちは多少複雑かもしれないけど、大筋は同じことじゃないかな。竹流さんがいるから」
(この素っ頓狂娘、そもそも「他の女とお兄ちゃんがくっつくのはイヤ! 竹流さんなら許す!」)
 北条仁の従妹
「そうだね。正確には、障碍者になりたがってる、最も性質の悪い心の障害を抱えているって感じだよ。あたしがしていることは単なる一時的な癒しさ。あんたの病に特効薬はない。あるとしたら、たったひとつだ。知りたいかい?」(中略)「愛してる」女はそう呟いて顔を上げた。「本気で惚れた相手にそう言うだけさ」
 三上司朗の妻・裕子
「ごめんね、急に妙なこと言い出して。でも三上は必死なの。人工受精のことも、ジャイアンのことも、唐沢のことも。たぶん、あなたのこともよ」
「あなたはどう思ってるんですか?」
「私は、その三上に人生を賭けたから」
(ジャイアン……保健所からもらってきた、足の悪い汚い犬。三上も犯罪歴あるんです)
 大和竹流の恋人の1人・刑事の添島麻子
「ヴォルテラの自家用機は成田に次の主人を迎えに来たわよ。駆け落ちするんなら、さっさと決めなさい」
 真の恋人(?)・銀座のバーのママ・深雪
「真ちゃん、あなたは自分の気持ちでいっぱいでしょうけど、少し自惚れて考えたほうがいいんじゃないかしら」(中略)「大和さんが、あなたなしで生きていけると思う?」
 澤田顕一郎
「だが、どんなに細くてもいいから、命の通る道は少しだけ残しておきなさい。老婆心だがね、君はまだ若い。手垢がついた言葉だが、生きていれば何とかなるものさ。今は一本の道しかなく、それを歩かなければ何もかも終わるように見えているかもしれないがね、意外に脇道があるものさ。大概、歩きにくい道だろうけどね。(中略)それに俺の下町宇宙ロケット製造工場に、技術者として相川真を雇う計画があるってことも忘れないでくれ」
 美和
「先生、私、今でも、多分これからもずっと、先生が好きだよ」
(前後がないので唐突だけれど、このストレートな言葉を言うまでにも美和ちゃんにも色々ありまして)
「先生、みんなで待ってるよ。もしも、先生がしばらく帰ってこれなくても、先生が最後に帰るところはあの新宿の街の中の、あの古い北条のビルの中の、ちっちゃい事務所だよ。不良少年少女と水商売で落ちぶれた男女の駆け込み寺、失踪人調査、人どころか犬猫も探しちゃえるんで名前を売ってる相川調査事務所しかないんだよ。それを忘れないでね」
 高遠賢二(真の事務所のバイト、鑑別所にいたことあり)
「俺、こんな時しか言えないから、今言っとくよ。中学のころから、ずっと周りの大人なんて認めないと思ってた。あんたと大和さんがいなかったら、今もずっとそう思い続けていた、と思う。俺は、いつかあんたや大和さんみたいになりたい。具体的にどうしたらいいのか、今はまだ分からないけど」

並べてみて改めて分かりました。本当に、どんなに萌えて、この話を書いたんだか。
えぇ、何度も言いますけれど、ここでは恋愛関係かどうかなんてどうでもいいんです。
どれほど思い合っているか、それだけ。でも、実は真は「命を賭けるなら恋がいい」とも言ってたけど……(そうか、恋という自覚はあったのか……)
「お前と、生きていこうと思った。お前の返事がどうであっても」
「返事なら九年も前にしたよ。あんたが聞くのが遅い」
く~(自分で何を萌えている? そう、やっぱり普通の恋愛ものには萌えないのね、私)

でも、最後にやっぱりこれは書いておこう。
 『鬼平犯科帳』から
平蔵の妻・久栄の昔の男(というよりも手籠めにした男)が盗賊になっていて、鬼平に「久栄を女にしたのはこの俺だ」なんて抜かしたところへ、平蔵のこの台詞(一部略)。
「それがどうした、だからどうだと言うのだ。そんなことは百も承知だ。承知の上で久栄を娶ったんだよ。久栄はおもちゃにされ、傷ものにされて捨てられた。だがな、久栄はおれの女房となって、生まれ変わったのだ。あの時、久栄の親父殿がもう嫁にやれぬとあんまりこぼすんでな、よしそんならおれがもらおうと言ったんだ。よくよく考えて見ると、とうの昔から久栄に惚れていたんだな。……惚れなきゃあ駄目だ、女にゃあ心底惚れなきゃあ、女のほんとうの値打ちはわからねえ。俺もお前さん同様さんざん道楽はしたが、命がけで惚れたのは久栄たった一人だ。久栄をほんとうの女にしたのは、この俺だ。それがわかっているのは世の中、俺と久栄のたった二人きりだ。」
く~

8.どんなシチュエーションにときめきますか? (妄想でも作品からの引用でも)
 ある程度の年季を経た同士が、何も語らずに、もしくは短い一言を交わして、ただ酒を飲んでいるとか、そういうシーン。
あれ? これは恋愛に関するバトンだったか! だめじゃん、私。……えっと、気を取り直して。
それはもう、くっつきそうでくっつかない。これに限ります。
今でも、私の一番の萌え萌えは(どこかに書いたような気もするけれど、記事がみつからない)『スタートレックヴォイジャー』の女性艦長・ジェインウェイ(理知的なキャリア上司)と副官チャコティ(もと反政府組織のリーダー)。そして、こっちはくっついたのかもしれないけれど、はっきりと示さないまま終わった『Xファイル』のモルダーとスカリー。
いや、今でも、この萌えを越えるものには出会っていないなぁ~

9.どんなカップリングに萌えますか?(例:鈍感女×キザ男 とか 人外♂×少女 とか?)
 恋愛になりそうでならない関係。あるいは、明らかに恋愛じゃないけれど、友情という言葉では何か足りない、そんな関係。だから、男女でも、男性同士でも、女性同士でも何でもあり。
あとは、恋愛とは関係のない、疑似親子の関係。これだけで『海に落ちる雨』は成立していると言っても過言ではない。ついでに葛藤が激しいと嬉しくなっちゃう。
今までに書いた最高の葛藤萌えは、高校生の時に書いていた、ハチャメチャながら真剣だった宇宙天空ファンタジーに出てきた神の子三兄弟(半ば二次小説?)。長男・キース(『地球へ・・・』より)、次男・真(なぜかうちの真)、三男・天照狼(この話のオリジナル)。あれを越える三兄弟葛藤はまだ書けていないなぁ~
……ほらね。ぜんぜん恋愛の話にならない(>_<)

10.主従関係だったら、自分は主? 従? (もしくはS? M?)
 書く時は、いつだって……(以下、略) でも、実は「ないものねだり」かしら。


やっぱり、思った通り、違う方向へ行ってしまった……(?_?)
「恋愛観が欠落していることを暴露するバトン」、あなたもいかがですか?

Category: 小説・バトン

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オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!【浦河パラレル】(4)あの列車に乗って行こう 

シーズン通して見るのが大変なのでドラマは滅多に見ないのですが、ちょっと合唱部ドラマに嵌っています。というよりも、そのうち一人がヒールでなかなかいい味を見せてくれている間、かなり面白かったのですが、先日彼女が「寝返って」しまったので、ちょっと残念。
誰も知らないと思いますが、昔「赤い靴」というバレエドラマがあって、まさにトゥシューズに画鋲、なんていうイジメに主人公が屈せず頑張るという話でした。「キャンディ☆キャンディ」でも、イライザとニールといういういじめっ子がいたからこそ、お話は盛り上がったものでした。あの緊迫感はヒールの存在あってこそ。あの頃、ヒールはヒールに徹してくれたのですが、最近はそうもいかないようで。
というわけで、大海がちょっと合唱ネタを使いたくなったために、盆踊りでは皆さんに歌っていただくことにしました。
その番組でTHE BLUE HEARTSのTRAINTRAINを歌っていたのですが、これは私の好きな曲10本に堂々ランクインする名曲。じゃ、即席オフ会合唱団にも無理矢理歌っていただこうと。でもこの合唱の裏には、何かありそうです。幸生だけが知っているようですが、黒幕は誰? 目的は何? その答えは次回、即席最終回にて。
今回はまだ「悩める真」に愛の手を、の巻です。
え? 真がコトリに恋? そして、マコトはナギとミツルは「漫才と手品」をしていると思っているようです。
マコトよ、それは漫才ではなく、多分、ミツルは真剣だ。


オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!
【浦河パラレル】(4)あの列車に乗って行こう



8月10日のにっきのつづき。
 それから、今日はいそぽにまた会えました! いっしょにたくさんあそびました。アーサーあにきとエドワードあにき、それにポチもいっしょです。とってもたのしかったです。
 うぇるかむぱーてぃーがはじまりました。さいしょにレイさんとリーザさんとしじんさん(ましゅうこで会ったひとたち。おなまえ、おぼえました)が、ふぃっしゃーまんずわーふでやったようなおんがくとおどりをやりました。ぼくもいっしょにやろうと言われたので、おてつだいしました。おおさかのオバチャンがいないので、こんどはわりばしにはさんだ紙はもらえませんでした。
 ぼくはやっぱり何回もぺんだんとをさわろうとしたけれど、にげちゃいます。でも、いつかきっとつかまえます。
 それから、ふたごのキョウダイがてじなとまんざいをしました。目玉がとんでいました。つぎは、へいかとはくしゃくが、みたこともないおどりをおどりました。うたもうたいました。ユキちゃんもうたいました。せいたろーとまこと(ぼくじゃない方のまこと)がたいことしゃみせんをしました。だんごさんとちえさんもおどりにくわわりました。かわいかったです。あやのさんがときどきしゃしんをとりました。ことりさんはにがてだからと言って、おどりませんでした。
 あさってのぼんおどりでソーランぶしをおどるだけじゃなくて、うらかわの人に何かお礼ができないかということになりました。ユキちゃんが、みんなでうたおうといいました。ユキちゃんはこーらすぶなので、しどうすることになりました。かじぺたさんとエドワードあにきとアーサーあにきもいっしょにしゅつえんすることになりました。
 それから、ミツルしゃんが「だめ~」と言ったけど、みんなでいっぱい目玉をつくることにしました。ナギしゃんがぼんおどりの時に、てじなでとばしてくれるそうです。


「いや、コトリさんを紹介しとこうと思うてな」
 長一郎が真にコトリを引き会わそうと連れてきた。実際には、宴会があまり得意ではないと見抜いたから、息抜きにと誘ったのだろう。何しろ、通常の酒豪の域を越えている長一郎は、少々飲んだところで周囲への気配りを失うことはない。もっともそれは人間に対してよりも馬に対しての方が大きいのだが。

「実はさっき、お話したんですよ」
 そう長一郎に言ってから、コトリは改めて真に向き直った。
「改めましてコトリ、いえ、サヤカです。よろしく」
 コトリが右手を差し出した。
 真は手を後ろに隠し、作業衣で手を擦った。汚い手だと思われるのが少しだけ恥ずかしかった。だが、コトリはその真の手を取って強く握りしめた。

「今はコトリって呼んで欲しいの。でも、何だか、君には本当の名前を言っておきたいような気がして」
 コトリは何か事情を聞いたのかもしれないと思った。包み込まれた手から伝わってきたのは、コトリ自身が経験してきた複雑で哀しい想いと、それでも懸命に生きていた人の真摯で強い命の力のようなものだった。
「あの……」
「もう大概のことには驚かないから、心配しないで。だって、どう見てもみょうちくりんな二人連れと出会って、それにまたここに来たらどう見ても次元を越えてきたとしか思えない三人組がいて、何となく小さい人やら黒い服の女性やら見えない猫の気配も感じるし、何でもありかと思い始めてるの。これはもしかすると、ここにやって来たみんなそれぞれに、何かを教えているんじゃないかって」

 真はコトリのことが少しだけ気になっていたことに改めて気が付いた。べたな言い方をすると、一目ぼれのようなものかもしれない。でもそれは恋愛とは少し違う感情だった。
 宴会場になっている建物の方から、「お~い、長さん」と一太郎が長一郎を呼んでいた。長一郎は真にみんなに挨拶をしなさい、ひと風呂浴びてからでいいから、と言い残して戻っていった。

「ね。すごい空だね」
 コトリが牧場を覆う天を見上げて言った。
「天気が良ければ、もっとすごい星空が見えるんだけど」
「うん。でも、この雲の向こうにその空が広がっているってちゃんと信じられる。目に見えなくても、感じる」
 コトリが一歩自分に近付いたような気がして、真は思わず一歩反対側に移動した。恥ずかしいと思ってしまった。

「長一郎さんから多少の事情は聞いたよ」
 そう言ってコトリがもう一度空を見上げた。
「私は親父さんから、あ、私を救ってくれたバイクショップの親父さんなんだけれど、浦河に行って、孫を失った大事な友人の様子を見て来てくれって言われて来たの。親父さんも本当の孫を失ったから、きっと心配だったんだと思う。それで、ここに来て、長一郎さんの顔を見て直ぐに分かった。悲しいことって簡単には乗り越えられないし、忘れられない。それでも今を生きている人間は前を見て歩いていかなくちゃならないんだって」

 コトリは「私を救ってくれた」と言ったけれど、そのいきさつは何も語らなかった。だから、しばらく二人で遠い空と、その空が包み込んでいる牧場を見ながら、夜間放牧中の馬たちの静かな気配を感じていた。
 やがて、コトリが「さぁ」と振り切ったような声を出した。
「じゃ、私はみんなのところに戻るね。君も早くおいで」
 宴会は苦手だけれど楽しそうにしているみんなを見るのは嫌いじゃないと言って、コトリは戻っていた。真はもうしばらく牧場の風に吹かれていたが、気を取り直して風呂に向かった。


 ひと風呂浴びて宴会場に行くと、成太郎が待ってましたとばかりに近付いてきた。一緒にやろうという。真は渡された三味線の糸合わせをして、成太郎と一緒に『道南口説』から始めた。牧場の従業員で唄の心得のある者が唄い始める。

 オイヤ 私しゃこの地の荒浜育ち
 声の悪いのは親譲りだよ 節の悪いのは師匠ないゆえに
 一つ唄いましょ はばかりながら

 その後は、一足早い『ソーラン節』の踊りの稽古、それに「scribo ergo sum 音頭」、「小説ブログ「DOOR」音頭」、「ちいさなほんだな音頭」、「Court Café BLOG音頭」、「Debris circus音頭」、「茜いろの森音頭」、「かじぺたのもっとデンジャラス(そうかも)ゾーン音頭」、「クリスタルの断章音頭」、「コーヒーにスプーン一杯のミステリーを音頭」、さらに「無人島音頭」、「曲がり角ドン節」まで誰でも知っている馴染み深い曲を一通り演奏した。

 もう盆踊りが始まったような賑わいだった。唄えるものは唄い、唄が苦手なものは机や茶碗を叩いて御囃子を入れる。誰も行儀悪いとは言わない。
 テーブルには弘志やかじぺたさんが釧路から運んできた魚介類に、近所の人たちが持ってきてくれた野菜類、そして皆がお土産に持ってきてくれた食材が、いくら大人数でもこんなには食べれない、というほどに並んでいる。
 かじぺたさんが豪快に料理をしてくれたようだ。奏重を始め、牧場の女性たちももちろん手伝っているのだが、かじぺたさんが今では台所を仕切っている様子。
 逆に牧場女性メンバーは、普段台所に縛り付けられていることが多いので、久しぶりに台所からは半解放されたのかと思いきや、すっかり宴会モードの男性陣に替わって、牧場の仕事を手分けしてやることになっている。女性陣はやはり逞しい。

 テーブルには一太郎の持ち込んだ酒や、神戸から送ってきてもらった酒、コトリとダンゴが持ってきてくれたじゃがいも焼酎、それに未成年には千絵が持ってきてくれた美瑛サイダーが並んでいる。
 さらにデザートには、正志が持ってきてくれた柳月の三方六セットと、ナギとミツルが持ってきてくれたマタタビカステラと饅頭。ナギはまだマコトが食べるものだと信じていて、マコトを追いかけては食べさせようとするのだが、マコトは逃げ回っている。むしろ、レイモンド・リーザ・詩人が持ってきてくれたウニに興味津々だ。

 コトリとダンゴが持ってきてくれた熊よけの鈴は、長一郎が新しいものが欲しいと思っていたところだったので、とても喜んだ。レオポルドが持ってきてくれたマタンプシは、盆踊りの時に使おうということになった。
 それからマックスが持ってきた食われ熊はちょっとした話題になった。
「あ!」
 見るなり萌衣が声をあげた。享志も頷いている。

 実は、学院の院長室には生徒たちがあちこちでお土産に買ってきたものが並べられている。その中にいかにも北海道土産です、という熊の木彫りがあったのだが、それが鮭を咥えている熊ではなく、鮭に噛みつかれている熊だったのだ。
 誰もこんなものを見たことがないというので話題になり、一体これはどこからやって来たのかという話になった。院長もよく知らないという。そのうち、院長秘書が北海道の「マシヒサモト」という人から送られてきたということを思い出した。
 しかし、北海道のお土産物屋に問い合わせてみても、熊が鮭を咥えているならともかく、逆はないという。そのうち、誰かが「それは面白い」と言いだし、そのアイディアで商品を作ろうと思うと言った。
(注:本来、真たちは1970年前後に中高時代を送っております)
「これ、どこで売っていたんですか?」
 萌衣がマックスから聞き取りを始めた。そんな時の萌衣は生き生きとしている。

 三味線を弾きながら真は時々隣で太鼓を叩く成太郎を見た。ほんのたまに、成太郎の太鼓に何かノスタルジアのような寂寥のようなものが混じるのを感じるからだ。真の視線に気が付くと、成太郎は一瞬虚を突かれたような顔をして、それから頷く。
 大丈夫だよ、と言っているように見える。
 真は三味線を弾きながら、もう一度、先ほど自己紹介を終えたメンバーを見渡した。

 一番楽しんでいるのは飛び入りだと言ってやって来た謎の二人組だ。しかも意外にも踊りも上手いし、声もいいし、全くの場違いなイメージにも拘らず、完全にこの場に馴染んでいる。人柄なのだろうと思った。特に、マックスと名乗った、少し地味目の男性は女性陣の受けがいいらしい。誰とでも打ち解ける様子は見ていて羨ましい。
 さらに驚いたことに、猫のマコトは結構お囃子が上手い。それを見て、謎の二人組のうち「陛下」と呼ばれているディランと名乗った一見厳めしい男が猫を傍に呼び寄せ、「そちに褒美を取らせよう」と話しかけている。

 マコトはきょとんとしていたが、目の前にサーモンを置いてもらうと、「え? いいの?」と何度も確かめるように「陛下」を見て、それから、かじぺたさんが連れてきた二匹のウェルシュコーギーと幸生さんが連れてきたポチを呼んできて、一緒に嬉しそうに食べ始めた。何とも律儀な猫だ。
 今度は、犬たちが「陛下」に粗相がないか確かめに来たかじぺたさんに、「陛下」が「そなた、うちの宮廷料理番として働く気はないか」とリクルートしている。かじぺたさんの料理がいたく気に入ったらしい。

「陛下」の向かいにはくるくる巻き毛が可愛い中学生のナギが座っている。彼は、女性陣の母性本能を刺激しまくっているらしく、誰彼なく「これ食べない?」と料理やお菓子を持ってくる。しかし、ナギの視線はほぼ「陛下」にロックオンされている。何かとても気になるらしい。いや、確かに気になる人ではあるのだが。

 ナギのところにやって来る女性陣に「ついでに」料理や菓子を分けてもらっているように見えるミツル。ナギの兄貴だと言っていたが、女性陣がやって来るたびにどぎまぎしている様子が初々しくておかしい。彼の一番のお気に入りは、ここで最も目を引く美人の綾乃だというのも直ぐに分かる。
 だが、じっとミツルを見ていると、もうひとつ気が付くことがある。彼が最も気にしているのは実は、その場の空気を全く読まない弟のことなのだ。何か心配して見守っているような、そんな感じだ。

 ミツルの視線を最も浴びている春日綾乃は、この場に馴染もうとさりげなく努力をしているようだが、そしてそれは大方は上手く行っているのだが、時折さびしそうな表情を浮かべる。真と目が合うと、完璧な笑顔を向けてくれるが、何かを迷い決めかねているようなミステリアスな雰囲気を纏っているのだ。それでも話しかけられると、誰とでもそつなく会話を紡いでいる。
 綾乃に気を遣っているのは、何と、享志もそうだ。確かにこれだけの美女なら気になるのは仕方がないのだが。

 おい、俺の妹に手を出しているくせに、殴るぞ。
 と、真がちょっと思っていることを享志は気が付いていないだろう。
 その享志と萌衣はいつものように気遣いを発揮している。あの二人はいつもそうだ。まるで自分たちは端から牧場の従業員とでもいうようにくるくるとよく働いて、あちこちにお酌に回ったり、食べものを運んだりしている。

 そこに、千絵という横浜の看護師が、職業柄なのか人柄なのか、すぐに立ち上がって手伝おうとするのだが、牧場の人たちも、享志と萌衣は従業員のように使っても、彼女のことは直ぐに「座って食べていなさい」と押し戻してしまう。彼女が少し申し訳なさそうにしている様子が微笑ましい。
 その彼女を「誰が見ても見つめすぎだろ」というくらいにガン見しているのが、同行者の山口正志だ。いや、いくら真が男女の仲のことには疎くても、これはあまりにも分かりやすすぎる。あれは絶対にポケットに指輪を忍ばせているに違いない。

 そしてコトリとダンゴ。ダンゴの方は誰にでも打ち解ける性質のようだし、強いかどうかは分からないがお酒もイケるようで、皆に話しかけながら周囲を楽しませてくれているようだ。皆で一緒にはしゃぐのが嫌いでは無いようだ。その様子をコトリが微笑ましいと言わんばかりに見つめている。まるで本当の姉妹のようだ。

 そして、デジャヴの塊のようなレイモンド。レイモンドは以前見た時は、相当に人見知りなイメージだったが、今日は仲間もいるからなのか、何とか周りに打ち解けようとしていて、それはかなり成功しているようだ。聞けば、釧路で大阪のオバチャンの洗礼を受け、それから開き直ったようだという。彼は、猫のマコトが狙っていると思われる胸元のペンダントをしきりに気にしている。
 開放的で力強そうなリーザはいかにも姉御という感じだ。しかも、一太郎・長一郎の酒豪ペアと張り合って、ものすごい勢いで飲んでいる。

「これは何という酒なのだ」
「京都の伏見というところで作られた酒だ。それからこっちは我々の友人が送ってくれた黒松剣菱という酒で……日本では米どころ、水どころの酒がやはり美味い」
 などと酒談義に花が咲いているが、三人とも全く顔色一つ変えずに飲み続けているのだ。
 一方、隣で出来上がっている「詩人」だが、竪琴を持たせるとまるきりしらふに戻って、なんと成太郎・真の演奏に合わせてくれた。

「民謡というのですka~、素晴らしい音楽でsu」
 何やら曲想が湧くのか、次々とアレンジで曲を生み出していく。それを聞くと真の方でも少しだけ煽られてしまって、ついついアドリブを多く入れるようになる。成太郎は真や詩人に合わせて、時に強く、時に慰めるように太鼓を叩く。
 本来なら民謡では、一番は唄、二番は太鼓、そして三味線は一番立場が下なのだが、成太郎は人を引き立てるのが上手い。

 そこに幸生が、即興の歌で参加する。民謡もすぐに覚えるし、みんながよく知っているポップスなんかも歌ってくれる。うん、いい声だなと思うと、演奏にも力が入る。民謡以外はあまり知らない真だが、萌衣が置いてあったキーボードで助けに入ってくれた。萌衣にピアノが弾けるなんて、初めて知った。
「陛下」が幸生に「余にも何か歌を教えてくれ」と言った。
 幸生は意味ありげにちらっと正志の方を見て、それからある提案をした。

「盆踊りの時に、浦河の人たちにお礼の意味も込めて、合唱をしませんか」
「合唱?」
「皆で声を合わせて歌うことです」
 マックスが説明した。
「ふむ、盆踊りというのはそのような儀式めいたことをする場なのか」
「いえ、この時代においては、儀式でなくても皆で声を合わせて楽しむために歌うのです」

 幸生がこれを歌おうと言って披露した曲は3曲。比較的知られた曲で、親しみやすいものばかりだという。
 とは言え、次元を超えてやって来たレオポルドとマックス、レイモンドとリーザと詩人たちには「馴染み」も何もない。だが、彼らは驚異の記憶力と藝術の才能を示した。享志と萌衣と真にとっては、知っている曲が1曲に、初耳2曲。だが、どちらもキャッチ―ですとんとハートに届いた。
 この選曲、何か意味があるのだろうか、と幸生を見ると、幸生がウィンクして「付き合ってくれよな」というような顔を見せた。何かあるんだな、と思った。

 そんな話が決まって、そろそろ今日のパーティーはお開きという時間になってから、成太郎が真に向かって言った。
「そろそろ、本気出す?」
 祖母の奏重と目が合った。いや、本当の祖母ではないのだが、視線が合ったのはまるきり不可抗力のようだった。成太郎が何でもついてくよ、という顔をしていた。奏重が立ち上がったので、皆が静まり返った。

 真はひとつ息をついて、掛け声と一緒にじょんがら節の前弾きを始めた。祖母の十八番なら小原節と思ったが、何となくこの場にはじょんがらが似合っているような気がしたのだ。
 じっと自分を見つめてくれている視線の中に、長一郎とコトリ、一太郎がいた。享志と萌衣がいた。今日知り合ったばかりの正志と千絵、ディランとマックス、ダンゴ、綾乃、ナギとミツル、幸生、レオポルド(は二度目だけれど)とリーザ、詩人、そして台所から戻ってきているかじぺたさん。皆が何かを訴えるような目で真を見ていた。それに、マコトやエドワード、アーサー、ポチまでもがご飯を中断してじっと見守っている。

 一の糸は情けを断ち切る、二の糸は表に出せない心の揺らぎ、そして三の糸はあらゆる人生の色彩を語る。真は長一郎を見つめ返した。
 それでも、これはあなたが教えてくれた音だ。糸を押さえ弾く指遣いも、撥を持つ手の形も、後撥と前撥の僅かなタイミングの取り方も、十六の泣かせ方も、ひとつひとつ、幼い真の手を取って教えてくれたものだ。
 コトリともう一度目が合った。
 イッショニガンバロウネ
 彼女の唇がそんなふうに動いたように見えた。

 そこに、まるでもう十年ほども一緒にやって来たかのように、成太郎の太鼓が重なる。奏重がゆったりと頭を下げる。拍手。「待ってました!」の掛け声。
 素晴らしい唄声を持つ奏重は、自分の伴奏は真にと譲らなかった。祖母が唄うと、真の三味線は自分を越えて、祖父母が出会った日本海に面した海岸線を辿って過去までも震わせた。ぴったりと寄り添いながら唄と三味線が上り詰めていくこの時間は、真にとってまるで自分の魂がどこか彼方へ浮き立っていくような感覚だった。


 皆が寝静まってから、真はこっそり寝床を抜け出した。
 牧場には従業員用の宿舎があったので、グループごとに部屋が準備されていたが、その日、すっかり打ち解けた皆は、部屋ごとに分かれるのは寂しいということで男女別に合宿のように大広間を使うことにした。
 他人と一緒に眠るというのは、真が最も苦手とすることのひとつだ。だが、ふと身体を起こして周囲で雑魚寝をしている面々を見ていると、不思議と穏やかな気持ちになった。

 この時代の人たちはみな自分用の携帯用の電話を持っている。真も萌衣も享志も、そんなふうに簡単に人と繋がるような機器は持っていない。廊下に出ると、昔から真が見知っている黒電話でもない、大きな白い電話機が台に置かれていた。紙で情報もやり取りできるという。
 まさか、と思って、勝手に申し訳ないと思ったが、受話器を取り、記憶の中にある数字を押した。ダイヤルを回す、という代物はもうほとんど見かけないらしい。

 繋がるとは思っていなかった。
「もしもし」
 明瞭な声だった。
「あ」
 相手が名乗る前に思わず意味不明の声をあげてしまう。相手はしばらく黙っていたが、いくらか笑いを押し込めたような声で言った。
「どこの誰のイタズラ電話かと思ったら、真か」
 これは俺の知っている男だろうか。それとも。

「寝てたのか?」
「いや、調べ物をしていた。お前、北海道じゃなかったのか」
「うん」
「北海道」といえば北海道だが、どうとも説明のしにくい場所にいる。
「あの……そっちは何年何月?」
「は?」
 大和竹流が意味不明というように聞き返した。そりゃそうだよな。
「2015年ってことはない、よな」
「何訳の分からないこと言ってるんだ。19xx年だよ。お前、電車を乗り間違えたのか。ウェルズのタイムマシンにでも乗っちまったか」

 竹流は冗談で聞いたのだろうが、真はそうかもしれないと思った。
「おじいちゃんとおばあちゃんは元気か?」
「……うん」
「……どうかしたのか?」
 何かを察したように優しい声で聞いてくる。その声がたまらなく懐かしくて愛しい気がして、真は少しだけ目を閉じた。
 帰れなくなるなんてことはないよな、きっと。享志も萌衣もいっしょなんだし。そう、ピンチになっても、あの二人がいればなんとかなる。そんな気がする。こうして電話だって通じるんだし。

 その時、不意に廊下の先に誰かの気配を感じて目を開けた。
 一瞬、黒っぽい影が見えたような気がした。女性? だが、ただの光の加減だったのかもしれない。
「寂しくなったら迎えに行ってやるから、電話してこい」
「馬鹿じゃないの」
「いや、もう寂しくてたまらなくなって電話してきたんだよな。俺の声が聞きたくて」
「んな訳ないだろ。ちょっと電話が通じるのか確認したかっただけだ。電話代、かかるから、もう切るよ」
「かけ直そうか」
「だからもういいって。……おやすみ」
「うん。おやすみ」
 それからしばらくどちらも電話を切らずに黙っていた。相手が先に切ってくれたらと思ったが、多分これは埒が明かない。真はもう一度振り切るように「じゃあ」と言って、電話を切った。


 外に出て、いつものお気に入りの場所に座る。
 少しだけ小高く盛り上がった場所で、牧場の全体がほぼ見渡せる。風が吹き渡っていく。座った地面から伝わってくる土の温度と草の匂いが心地よい。
 少なくとも、電話はちゃんと元の場所に繋がっている。そして、真のお気に入りの場所も、ここにちゃんとある。

 気が付くと隣に茶虎猫が座っていた。真はマコトの背中を撫でた。マコトはちょっと真の方を見て、それからまるで一緒に牧場を見渡すように首をあげた。ぶるぶると空気を震わす馬たちの気配と微かな声。風が草を撫でいていく音。天空の雲の向こうの星の音。虫の声と、時折空を横切る鳥の気配。

「別に不安なわけでも、寂しいわけでもないんだ」
「にゃん?」
「もしも未来の自分の運命を知ったのだとしても、それで何かが変わるわけでもないし」
「にゃ?」
「生まれ変わったら、今度は猫がいいな」
「にゃ~」
「いや、何度生まれ変わっても、わしの孫に生まれてきてくれ。もっとも、それはもうずっと先のことだろうがな」
「え?」「にゃ?」
 気が付くと、長一郎が傍にやって来ていて、マコトを挟んで向こう側に座った。

「真も、いや、君ではない方の真だが、ここが好きだったべ」
「にゃ!」
「そうかそうか、お前もだったな、マコト」
 それにしても「まこと」だらけでややこしいや、と思った。
 それからしばらくの間、沈黙があった。どんな闇にも光の気配があると教えてくれたのはこの人だったか、アイヌのおじいちゃんだったか。

「僕のこと、一太郎さんに孫だって紹介したのはどうしてですか?」
「隣の世界からやって来たんだとしても、君はわしの孫だ。違うかな?」
「……」
「わしもこのことを考えてみた。少しずつわしの死んでしまった孫と君には違った部分があると分かってきた。わしの教えた『江差追分』を弾いてくれるが、じょんがらの曲調は少し違う。奏重があの子は真だけけれど、真ではないと言いよった。唄を合わせてみたらよく分かる、と。だから、似た部分よりも、違う部分が大事だと思った。のぅ、わしはこう思うんだ。君がここいるのは、与えられた命を先に繋ぐためだと。わしの孫のように十九で死んでしまうためではない。その先の世界を見るためだとな。だからこそ、君はやはりわしの孫なんだべ」
「にゃ!」
「もちろん、お前もだ、マコト」
 そう言ってから、大きな長一郎の手が真の頭に乗せられた。
「この浦河へよく帰って来てくれたべ、な、真」
「……うん」
「お前もな、マコト」
「にゃん!」
「さて、明日からはこき使うべ。早く寝ろ」

 長一郎がマコトを抱いて戻っていく後姿を真はしばらく見送っていた。いつの間にか、少し離れたとことにコロボックルが立っていた。夜の見回りかもしれない。
 フクロウの声が聞こえる。やがてコロボックルは、「おやすみ」というように右手を上げて、優しい穏やかな光を溜め込んだ漆黒の闇の中に消えていった。


8月11日
 おはようにゃ! あさごはんは、あやのちゃんが持ってきてくれたテンネンコウボぱんでした。ぼくもぎゅうにゅうといっしょに、ちょっとだけもらいました。とってもおいしかったです。だから、今日から、ぼくもみんなといっしょにイッショウケンメイはたらきます!
 でも、ボクジョウのひとが、「へいかをはたらかすわけにはいかない」と言いました。へいかははたらきたいと言いました。まっくすさんが「へいかのぶんもわたしがはたらきます」と言いました。こまったジイチャンは、「じゃあ、おびひろにつかいにいってくれないか」と言いました。
 まこととへいかと、それからなぎとぼくが、おびひろにいくことになりました。おびひろにあずけてあるおうまさんのちょうしが少しよくないから、ようすを見にいくのです。おびひろまでの車の中で、おうたのれんしゅうをしました。
 きのう、ユキちゃんがみんなに「がっしょうかだいきょく」をおしえました。ユキちゃんは「まさしさん、このぶぶんのソロをたのみます」と言いました。それからチエちゃんいがいのおんなの人をあつめて、うちあわせをしていました。何かあるのかにゃ? ぽちがニコニコしていました。ぼくもヒミツをおしえてほしいです。
 おうたは、このおおぞらへ~つばさをひろげ~、と、とれいんとれいんはしってゆけ、と、あ~いわずぼ~んとぅ~らぶゆ~、です。いいうただと、へいかが言いました。へいかはひくい声で、おうたがとってもじょうずです。
 なぎは車の中でも、目玉をつくっていました。ぼくもおてつだいをしています。にくきゅう目玉です。
 ぼく、ときどき、うきます。なんでかにゃ?
 だからぼくもうたう。

 ここはてんごくじゃないんだ かといってじごくでもない
 いいやつばかりじゃないけど わるいやつばかりでもない

 せかいじゅうにさだめられた どんなきねんびなんかより
 あなたがいきているきょうは どんなにすばらしいだろう
 
 とれいん とれいん はしってゆけ
 とれいん とれいん どこまでも

 つづくにゃ。
(何だかやっぱり終わらないにゃ。予想通り続くにゃ



マコトと真の会話。マコトの3つ目の台詞?「にゃ~」は「いや、これで猫も結構大変なんだにゃ」と言っていると思われます(*^_^*)
噛み合うような、噛み合わないようなメンバーが、少しずつ近づいていく感じがしますね。いや、もうあちこちで、色んなシーンが展開はしているのですが。
さて、陛下を牧場の仕事から遠ざけたわけではありません。実は、レオポルドに帯広のばんえい競馬の輓馬(ばんば)をぜひ、見て欲しかったのです。
ちなみにマコトは軽いので、ナギの隣にいるだけでも、勝手に浮いちゃうらしい(#^.^#)

そして、またまた電話のラブシーンを繰り広げるこのふたり。
なんだよ、もう、と呆れずに、見守ってやってください(#^.^#)

次回は、(たぶん)最終回。ミツルと萌衣が大接近? そして、QUEENの名曲に籠められた幸生の作戦とは?
オリキャラオフ会in北海道(5)『I Was Born To Love You』、お楽しみに!
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Category: 番外編・オリキャラオフ会in浦河

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[雨141] 第29章 赤い糸(2)襲撃 

【海に落ちる雨】第4節・第29章『赤い糸』 その(2)です。
北条仁には幼馴染がおりまして、これが実は美和の恋敵。もっともこれまで美和は仁に守られてきていましたので、こんなふうに誰かと「鉢合わせる」ことはなかったのですが……美和の赤い糸、実は少し先の未来に1本が切れてしまうのですが、もう1本は別の誰かと繋がっていました。その人物が2人ともここに出てきております。……え? いや、これはまだ先の話。

【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!【浦河パラレル】(3)カムイミンタラの夕べ 

『カムイミンタラ』……神々の遊ぶ庭。北海道では大雪山あたりを指すとされます。でも、前回このタイトルを使った時にも書いたように思いますが、実はアイヌ語を直訳すると、そもそも神(ヒグマ)の遊ぶ庭=熊がいっぱい出没するところ、という意味であって、自然豊かな神のいる場所って暖かいイメージではないのですね。ヒグマが出るから注意しなさい、ということ。
そんな厳しい自然の中で生きている人々、そして競走馬たち。この土地でのオフ会にようこそ。
あ、今回ゲストにイソポイリワクをお迎えしました。【迷探偵マコトの事件簿】マコトのカムイミンタラに登場したコロボックルです。


オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!
【浦河パラレル】(3)カムイミンタラの夕べ



8月9日のにっきのつづき。
 くしろのふぃっしゃーまんずわーふで、ましゅうこからいっしょにおクルマにのって来たおにいちゃんとおねえちゃんとしじんさんは、かんこうつあーの人たちに、いべんとのしゅつえんしゃとまちがえられました。
 3人はケンとかツエをつかっておどったり、タテゴトというがっきでおんがくをやったりしました。つあーの人はぼくを見て、「いや~、ネコもでるん?」と言いました。だからぼくもお手伝いしました。くるくるまわったり、とんだりしました。おうたのオハヤシもしました。ヒロシおじちゃんは、「おおさかのおばちゃんたちにはサカラエン」と言っていました。
 おおさかのおばちゃんといっぱいシャシンをとりました。おばちゃんたちは、3人にワリバシにはさんだ紙をいっぱいあげました。ぼくももらいました。ホッケをかってもらいました。
 それから、タケルは何回もヒロシおじちゃんに「マコトをたのみます」と言いました。ぼく、だいじょうぶだよ。おるすばん、できます。


 真は景色を確かめるようにゆっくりと野塚国道を歩いていた。道は平たんでほとんど起伏も少ない。道の両脇には牧草地と低い笹の密集地、疎らな高い木と、その先に低い山が見えている。
 この道は襟裳を通らずに浦河から帯広や釧路の方面へ抜ける一本道なので、車もそれなりに通るが、それでも何台も連なってということはない。見渡す範囲に動くものはひとつもない時間がしばしばある。

 どこもかしこも見覚えのある景色だが、ほんの小さな符号の不一致はある。もちろん時代の違いもあるのだが、それだけではなく、微かな風の匂いや通り過ぎるだけの人間には分からない木々の表情に、見覚えのない部分を見出す。
 真は立ち止まり、後ろをふり返った。弘志たちが去っていった方向は、ここから見ると山の中になる。幾度となく、大伯父たちや祖父に連れられて通った道だ。

 でも、一人この道を歩いて何を確かめようというのか。そもそも、未来なんてどうして分かるんだ? それは自分の未来なのか、それとも別の誰かの未来なのか、どうやって確かめることができる?
 真はふと息をついて、改めて牧場へのアスファルトの国道を歩き始めた、その時。

 右手の低い笹の繁みがガサガサと音を立てた。
 いや、確かに音がしたと思ったが、風のせいなのか。立ち止まってしばらくじっと見ていると、その正体はすぐに分かった。
 久しぶりに見るコロボックルだった。

 まだ見えるなんて。
 そう思って、彼らがまだ見える自分にほっとした。
 国道の隅っこを歩きはじめると、笹の繁みもガサガサと揺れて、真の後をついてくる。真が立ち止まると向こうも止まる。真が歩きはじめると、また笹が揺れる。ゆっくり歩くとゆっくり、速く歩くと向こうもスピードを上げる。笹の繁みが切れて牧草地になりかかったところで、真は思い切りダッシュをした。

 コロボックルは……身を隠す笹の茂みから飛び出してしまったことにも気が付かず、必死で真に併走するように牧草地を走っていた。そして、何かの瞬間に真と目が合って、驚いたような顔をし、それから真を追い抜いて必死で牧草地を駆け抜けていった。
 真も足にはいささか自信があった。今度は真がコロボックルを追いかけ、いつの間にか牧場まで抜きつ抜かれつの競走になっていた。

 牧場の敷地までたどり着くと、そこからはコロボックルは入ってこなかった。
 放牧中の馬たちがゆったりとした仕草で頭を上げ、お帰り、とでもいうように真の方を見つめ、また頭を垂れて草を食み始めた。振り返ると、コロボックルは右手を上げて挨拶をして、元の道を戻っていった。
 送ってやったべ、もう迷子になるなよ、とでも言いたそうだった。
 俺は別に迷子になっていたわけじゃないけど、と思うとおかしかった。

 牧場に戻ると、馬たちの体調を確認しながらブラッシングをしていた長一郎が手を止めて、驚いたような顔をした。
「どうした? 一緒に行ったんじゃなかったのか」
「えぇ、あの、お手伝いをしてもいいですか?」
 それは助かる、と言って、長一郎は真のために作業衣と長靴を用意し、ブラシを持ってきてくれた。
 教えられなくてもやり方は分かっていた。長一郎も真に指示をしなかった。ウラボリ(蹄の裏の泥落とし)に糞拾い、寝藁の掃除も、従業員たちと一緒に黙々と行った。

 牧場は相川一族、つまり長一郎とその兄たち、さらにその息子たちが中心になって経営している。彼らはもう真と挨拶を済ませていたが、今日初めて会う古くからの従業員たちは、真を見て驚いたような顔をした。
 だが長一郎が何も言わないので、まるで当たり前のように真を受け入れた。真が教えられもしないのに、手際よく仕事をこなしていくことにも、時々不思議そうに顔を上げるものの、「君は誰?」などと野暮なことを聞かなかった。
 もう何年も一緒に働いているかのように、仕事の内容についての会話を言葉少なに交わすだけだ。そんな時にも長一郎がじっと自分を見守ってくれているのを感じた。

 ただ、馬たちの名前だけは別だ。真は幾頭か、自分が知っている馬たちと同じ名前の馬を見出したが、真を懐かしがってくれる馬はいなかった。
 やはりここは真の知っている牧場ではないのだ。
「乗ってみるべ?」
 牧場にはトレーニング用の馬場がある。真は驚いたものの、長一郎の真剣な表情を見て頷いた。
 自分を信じてくれているのだ。何より、騎乗できるなら、それだけでただ嬉しい。

 馬体のチェックを入念に行い、馬具をつける。この馬は真のことを馬鹿にしたり嫌がる様子はない。額に南十字座のような白い斑点があり『サザンクロス』という名前を与えられていた。
 調教師らしき男が、いくらなんでもそれはできない、馬にもその子にも良くないことだと止めたが、長一郎には確信があるように見えた。

 大人しい馬もいるが、そもそも競走馬は気の強い馬が多い。
 馬という生き物自体は、もともと群れを作る習性があり、みんなで楽しく走りたいと思っているという。他の馬よりも前に出たい、先を走りたい、と思っているわけでは無い。だから競走馬は馬という種の中でも特別だ。大人しく優しい性質では競走馬には向かない。競走馬になり一番になる馬とは、他の馬を出し抜いて一番で走りたい、と思うような馬だ。そういう性質は遺伝なのだ。だから良い競走馬を作るには血統が何よりも大事だ。

 だが、それだけではだめだ。一頭一頭の馬の性質を我がことのように理解するパートナーが必要なのだ。
 真は大人しく自分を背に乗せてくれた栗毛に軽くタッチをし、合図をした。
 途端にサザンクロスの馬体がしなやかに跳ねた。周囲で見ていた者たちは、真が振り落されると思っただろう。だが、実際には杞憂だった。真の身体は一瞬に反応した。

 サザンクロスは走るのが嬉しくて仕方がない、というように見えた。走り始めると興奮する、そういう性質の馬だ。真は注意深くサザンクロスを嗜めた。他の馬がいなくて良かったと思った。他の馬が走っていると、競争心を煽られて追い抜きたくて、脚に負担をかけてでも前に出ようとする馬もいるので、それをコントロールするのも調教師にとって大事なことだ。真の意志をサザンクロスは汲み取ってくれたように見えた。

 一周して戻ると、調教師が首を横に振った。
「全く、長さんも無茶だが」ふぅと息を吐く。「君は見習い生ではないのか」
 この人は、「長一郎の孫の真が十九で死んだ」後でここに来たということだった。
 長一郎はにこにこ笑って彼に何か話していた。真はサザンクロスをゆったりと歩かせた。調教師の目が驚いたように丸くなり、真をじっと見つめていた。

 七時前になって、弘志と享志、かじぺたさんが山のような食材を抱えて帰って来て、さっそく女性陣が料理の支度にかかった。釧路から浦河まで三時間半の距離を往復し、今日一日運転し通しだった弘志はさすがに疲れたような顔をしていたが、魚を捌くのは俺の仕事、とばかりに台所へ入っていった。
「あ」
 真は一緒に帰ってきた茶虎猫を見て、思わず声を出してしまった。萌衣も同じ反応だった。
「やっぱりそうなるよなぁ」
 享志が顛末を話した。

「え? じゃあ、あの人にそっくりのあの人にまた会ったんだ」
 萌衣が驚いたように言った。
「一緒に来なかったの?」
「南米で仕事だからってそのまま東京に帰ったよ。マコト、あ、猫の方のマコトを預けに来ただけなんだって」
 車内でホッケをもらったマコトはもうお腹がいっぱいなのか、それ以上は食べずに、彼なりに挨拶する相手がいるのか、家の中、牧場の中をうろうろしていた。

「うん。それだけじゃないんだ。明日からここにやって来るという三人組にも会ったんだけど、そのうちの一人が、なんと、松江で僕たちに髪の毛をくれたオッドアイのレイさんなんだ」
 享志の話では、彼らは今日は釧路湿原のサンセットカヌーに参加して、そのまま釧路に泊まるという。この牧場の従業員で釧路に帰省している人がいるらしく、明日、彼らの希望通り一緒に阿寒湖とオンネトーを観光しながらこっちに来る予定になっているらしい。

「で、俺に何でモモンガ?」
 享志がくれた釧路のお土産というモモンガのぬいぐるみについて、真は確認した。
「だって、似てるような気がして」
 隣で珍しく萌衣が爆笑だった。
「確かに似てるかも~。こういうの、この時代ではツンデレって言うんだって」

 長一郎が真を手招きする。今日からの夜の牧場の仕事は、盆休み前の従業員たちが引き受けているので、長一郎は久しぶりに深酒ができると喜んでいる。酒豪で簡単には酔わないと聞いているから、実はいつも他人以上に深酒なのかもしれないが。
 長一郎は隣の部屋に行って、楽器を持ってきた。
 太棹三味線だ。
「弾けるベ?」

 真はしばらく長一郎の顔を見つめたままだった。長一郎は三味線を真に手渡す。
 その竿を握った瞬間、自分の部屋に重なるもう一つの部屋の住人の気配が蘇った。パラレルワールドの部屋。この三味線はあの部屋にあったものだ。
 真は長一郎の前に座った。指摺りと撥を受け取り、三本の糸を爪弾くように音を確かめる。
 自分の三味線ではない。だが、自分に重なるもう一人の自分の手が感じられる。

「江差追分を頼む」
 真は頷いた。
 そもそもルーツ的には三味線伴奏で歌われていた追分も、明治時代には今の尺八伴奏が定着している。その哀愁たっぷりの尺八の伴奏を、三味線風にアレンジしたのは長一郎だった。長一郎は三味線を弾くが、唄うのは江差追分だけだ。それも、とてつもなく上手い。レコードを出さないかと誘われたこともあると聞いている。唄は妻の奏重の領分だと決めつけているようだ。
 真は目を閉じた。江差追分なら、祖父のために何度も弾いたことがある。

 三味線で尺八のように音を伸ばして鳴かせるのは容易なことではない。そもそもそういう構造ではない。管楽器独特の揺らぎのようなものは、同じ弦楽器でも絃を擦ることによって音を出すヴァイオリンやチェロのならばともかく、糸を叩くことによって音を出すタイプの楽器には想定されていない。だからさわりを思い切り利かせて、左手で糸を揺すって、三味線を泣かせるのだ。
 三味線は自分のものではない。だが、この唄は長一郎と真のものだ。
 それは疑いもなく、祖父が教えてくれた節、彼が唄う江差追分だった。

 ふと気が付くと、安堵と不安が入り混じったような顔で享志と萌衣が真を見つめていた。大丈夫だと言いたかったが、まだ自信はなかった。
 夕食の準備が整ったところへ、京都から客人が到着したと聞かされた。
 長一郎が親友だと言って紹介したのは、京都の宮大工の鏡一太郎と成太郎の、これもまたじいちゃんと孫、という組み合わせだった。

 再会の喜びを噛みしめあった後、長一郎が真を傍に引き寄せて言った。
「俺の孫だ」
 真も、もちろん享志も萌衣もびっくりした。いや、実際のところ一太郎も驚いたような顔をした。彼は親友の孫が亡くなったことを知っているのだろう。一方、孫の成太郎だけは事情を知らないらしく、同じ年くらいの三人組に嬉しそうな顔で挨拶をしてくれた。

 一太郎と長一郎が太鼓と三味線の競演を始めた。台所をかじぺたさんに任せた奏重が加わり、道南口説に始まり、日本全国北から南までの民謡の旅が始まった。
 それは不思議と穏やかな時間だった。
 音楽だけは、時間も次元も越えて人と人を繋いでいる。


8月10日
 きのう、じいちゃんのオトモダチがキョウトから来ました。ぼくははじめてタイコを見ました。大きな音だったのでびっくりしました。どんどん、っていうと、おへやがブルブルってなりました。じいちゃんとばあちゃんといちたろージイチャンが、ひいたり叩いたりうたったりしました。ぼくは、おはやしのおてつだいをしました。にゃ~、にゃんにゃんにゃん、にゃんにゃんにゃん(は~どっこいしょ~、どっこいしょ)♪
 いちたろージイチャンが「マコト、すごいぞ」とほめてくれました。そうでしょ? ぼくね、ここに来たら、いつもじいちゃんとれんしゅうしてるんだ。
 きょうは、しょっがっこーに行って、ぼんおどりのじゅんびをしました。せいたろーといちたろージイチャンがいっぱいはたらきました。ぼくもおてつだいしました。ろーぷをせいたろーのところまで持っていきました。せいたろーが「えらいぞ、マコト」と言ってくれました。タケル、ぼく、がんばったよ。


 今日はいよいよ募集した『助っ人』たちがやって来る。
 真は朝から牧場の仕事をひたすら手伝っていた。萌衣は人間の食事の準備もしていたが、馬の食事の準備も手伝ってくれた。享志はすっかり弘志に気に入られたのか、外回りにもついて行き、冬に向けて乾草の準備をする手伝いをしている。良質の乾草を作るためにはいい状態の牧草を選んで、今からロール状にして発酵させる準備をしなくてはならない。

 サザンクロスは真が近付くと「走ろう、走ろう」と合図をするようになった。まだだめだと窘めると、明らかにがっかりしたような顔になった。昨日京都からやって来た宮大工の家の成太郎がサザンクロスを気に入ってくれたようなので、ニンジンの準備を任せた。
「賢い馬やなぁ。ニンジンもよく食べるし」
 成太郎が言った。
「でもあっちの馬はニンジンが好きじゃないみたいやけど。馬にも色々好みがあるんかなぁ」
「うん。塩分が多めの食事を好む馬もいるし、甘い方が好きな馬もいる。だから、一頭一頭食事の内容は違うんだ。一番いい状態で、しかも栄養価の高いものをしっかりと食べてもらえるように工夫している。ここの調教師もすごくこだわる人が多い。こういうペレット状の配合飼料ができてからは、馬の体格はものすごくよくなったと思うけど、あんまり好きじゃない馬もいるし、夏は食欲が細っちゃう馬も多いから、気を付けなくちゃならないんだ」

「へぇ~、人間のアスリートと一緒やなぁ」
成太郎がそう言ってから、ええなぁと呟いた。
「なに?」
「うん、昨日何にも話さへんかったけど、馬のことになると一生懸命やなって、なんかええなぁって」
 成太郎は午後から、小学校で櫓を組む手伝いのために借りだされていった。

 夕方、小学校の方角から太鼓の音が聞こえてきた。真は馬たちのためにせっせと厩舎の掃除をしていた。踏みつけた牧草や汚れた水を口にすることを避けるために、掃除は最も大事な仕事のひとつだった。
 厩舎の辺りは平たんな土地だが、その先には丘陵地で起伏のあるなだらかな牧草地がうねるように連なっている。馬たちが顔を出す小さな窓の向こうに、夕焼けが広がっている。太鼓の音は身体の中で増幅するように響き、身体を巡る血液に乗って体温を上げていく。

 厩舎を出ても、音は風に乗って大きくなったり小さくなったりしながら続いていた。ソーラン節、北海盆歌、炭坑節、それにオリキャラオフ会音頭メドレー、どれも馴染み深い太鼓の調子だ。
 太鼓の音が止むと、夕闇がすとん、と落ちてきた。

 その時、どこからか風に乗って「まこと~」と自分を呼ぶ声が聞こえた。
 振り返ったが、誰もいない。あれ? と思うと、あの茶虎仔猫が走っていた。
『いそぽ~!』
 猫のマコトを追いかけていくと、なんと、昨日のコロボックルが現れて、マコトと手に手を取って(多分、そんな感じ)くるくる回って再会を喜んでいるようだった。
 そこへ犬三匹と、更にもう一匹猫が走り寄って来た。
 いや、これは幻か? 何となく、犬はともかく、もう一匹の猫は半透明に見える。

『しょうかいするにゃ。こっちは、エドワード兄貴とアーサー兄貴、それからまほう犬のポチ』
 茶虎猫は、もう一匹いる猫の方は紹介しなかった。というよりも、そのもう一匹の猫だけは、真にも曖昧な姿にしか見えていない。
「こんにちは。えっと」
 コロボックルや猫、犬に気をとられていた真は、人間の言葉が一瞬理解できなかった。あ、人間だ、と思って慌てて振り返ると、そこには小柄で細身の少年、いや青年が立っていた。蕗の葉っぱを持っている。

『いそぽにオミヤゲだよ』
 マコトがコロボックルに言った。コロボックルは蕗の葉っぱをもらってすごく嬉しそうだった。早速、葉っぱを持って、マコトや犬たちと一緒に牧場で鬼ごっこが始まった。幸生の足もとには、彼らを見守るように老いた猫が座っていた。
 やっぱり、猫がもう一匹いるようだ。

「牧場の方ですか?」
「いえ」違うと言いかけて、一太郎に孫だと紹介した長一郎の顔が浮かんだ。「あの、まぁ、そういう感じです」
「僕、三沢幸生と言います」
「相川真です」
「お手伝いしていいですか」
「もちろんです。でも、来られたばっかりで、別に今日から働かなくても……それに、もうウェルカムパーティが始まりますよ」

 幸生は人懐こい笑顔を見せた。
「君だって、行かなくていいの?」
「馬たちの夜飼いを半分するって約束したんです」
「夜飼い?」
「夜のご飯です」

 本当は人がいっぱい集まっているのが苦手なので、少しでも遅れて行きたくて引き受けた。厩舎の従業員は休みが少ないので、こんなふうに牧場でするパーティの時くらい一番から参加してもらいたかったのもあるけれど、どちらかというと、真が気楽な方を選んだというべきだ。
 結局パーティーが始まるまで、ついでに岩風呂に入る時間を計算に入れて、ということで手伝ってもらった。
 厩舎の掃除をしながら、幸生がコーラスをやっていることなどを話してくれた。それから猫や犬の話になった。この牧場に北海道犬やハスキー犬、オオカミ犬がいることを言うと、ぜひ紹介してくれということになり、二人で犬たちのところへ行くことにした。

 ふと気が付くと、後ろをもう一人、少年が付いてきている。
「あ、ナギ、君も犬たちに挨拶に行く?」
 幸生とナギは既に挨拶を交した後だったようだ。
「私たちも一緒に行ってもいい?」
 気が付くとナギ親衛隊のように、後ろに女性陣が付いてきていた。

 最初に声を掛けて来てくれたのは春日綾乃。フォトジャーナリストを目指してアメリカで勉強中だという彼女は文句なしの美人だ。
 その後ろについてくる二人の女性は、コトリとダンゴと名乗った。一人は少し年上の落ち着いた感じの女性で、もう一人は明るい笑顔を幸生と真に向けてくれた。何と女性二人でバイクでここまで来たのだという。
 真はコトリと目が合って、ちょっとドキリとした。
 それからもう一人、優しい風情の千絵という女性は看護師だった。四人はもうすっかり打ち解けているように見えた。

 パーティーの準備が整うまでの間に、女性たちはみな先に風呂を済ませている。今は異国から来た(とみられる)レオポルドとマックスの二人、それにどういうわけか道すがらこの会に参加するメンバーを集めて車を運転し続けて疲れた表情の山口正志も一緒に風呂に誘われたという。
 岩風呂は広いので男性が五人くらい一緒に入っても、走り回る犬や猫と一緒に入っても、特別問題はない。

 一瞬、二人は躊躇った。厩舎で藁と泥と、ついでに糞にもまみれていたので、風呂上がりの妙齢の女性たちに囲まれるという予想外の事態に慌てたのだ。ちらりとコトリを見ると、気にしないように、と目で合図を送られた。
 さらにその女性を追いかけるように、もう一人、ミツルという名前の少年がくっついてきている。彼の視線は千絵以外の三人の女性たちを行ったり来たりしている。女性を選り好みしているのかと思っていたが、最終的にはいつもナギと呼ばれた少年を気遣っているのが分かった。似ていないけれど、双子の兄弟なのだという。

 犬は全部で八頭。真が実際に牧場で飼っていた犬たちと、名前は同じでもやはり違っている。それでも犬たちは真にすぐに馴染んでくれていた。
 皆に犬たちを紹介する。北斗、ルナ、スバル、シリウス、アルデバラン……と名前を挙げていくと、綾乃が感心したような声をあげた。
「君が命名したの?」
「えぇ、その、僕というのか、僕の……」
 確かに、この名前は全て真がつけた。だがここにいる犬たちに名前を付けたのは、もう一人の真だ。

「私、高校時代は天文研究部にいたの。それに今、あっちの大学では天体物理学を勉強していて」
「本当に?」
「君も興味あるの?」
 留学までは考えていないが宇宙工学の研究をしたいと思っていると伝えると、綾乃がぜひ留学も考えなさいよと勧めてくれた。
 真は彼女の前向きな姿を美しいと思った。でも本当は、ここ浦河に戻って、調教師になることもまだ捨てきれていないのだ。宇宙への憧れと、馬たちへの敬愛の気持ちと、どちらも自分の中にある。そして今、その先の未来が果たして自分に与えられているのかどうか、その足元さえ危うく感じる。この女性なら、そんなものを蹴散らしていくだろうなと思うと、勇ましく頼もしく思えた。

 十九でこの浦河で亡くなったというもう一人の真のことは話せなかった。だが、馬たちと生きていくことも考えていると告げると、綾乃は頷いた。
「私は二足の草鞋を穿くつもりだけれど、さすがに調教師と宇宙工学は両立できないかぁ。馬は生き物だものね。こっちも百パーセントでかからなくちゃならないんだって、牧場の中を案内してもらって感じたの。当たり前のことだけれど、忘れそうになってる。生きるってすごいエネルギーだって」

 傍で静かに佇んでいたコトリが口を開いた。
「いいテーマが見つかりそうね。風景写真は素晴らしいし、自然の力や美しさをものすごく感じるけれど、もしかすると人やあるいは生き物たちがそこに命の輝きを放っているからすごいのかもしれないよ」
 何か重いものを心の内に抱えながら生きている、そのコトリの気配を真は自分と彼女の間の僅かの隙間に揺れる空気から感じ取った。

「もしよかったら、いつか真冬に来てください。雪の中で走る馬たちの白い息、季節なんて関係なく真っ暗で冷たい早朝から働く牧場の人たち、凍てつく冬を生き抜くために闘う生き物たち。ここは旅行しやすいいい季節は短いけれど、そうではない季節にこそ、人の営みを感じる時間が潜んでいます」
「それにこうして集まったメンバーたちのそれぞれの想い、厳しい冬を越えたからこそ短い夏にエネルギーをぶつける祭り、そうした中にあなただから撮ることができる景色があるのかも」

 幸生とナギ、それに引っ張り込まれたミツル、そしてダンゴと千絵は犬たちと打ち解けはじめていた。そこへ、コロボックルのイソポと分かれたマコトとアーサー、エドワードも戻って来たので、全員意気投合とでもいうように、十一匹と五人で大はしゃぎだ。
 その大はしゃぎは宴会に持ち込まれた。

 ウェルカムパーティーは自己紹介を兼ねた演芸大大会になっているようだ。
 夜放牧する馬たちの準備もあるし、従業員は交替で譲り合いながら、宴会に参加したり小屋に戻ったりしている。その賑やかな明かりを背に、夜飼いを続けていた真のところには、享志がやって来た。
「替わるよ」
「いいよ」
「替わる。成太郎さんが、もしかすると一緒に演りたいっていうんじゃないかな」
 真の手から馬たちのためのバケツを受け取った享志の手が、いつもよりもずっと逞しく感じた。

「あ、それはカンナカムイので、こっちがサクラサクので……」
「大丈夫、分かってるよ」
「級長は宴会にいた方がいいよ」
「級長じゃなくて、享志」
「あ、えっと、うん、享志」

「あのさ、真、俺は杞憂だと思うんだ。だって、犬も馬も、名前は一緒でも中身は違うだろ。さっきさ、長一郎さんが俺の孫の真は死んでしまったが、別の孫の真が帰ってきたって、一太郎さんに言ってたよ。一太郎さんは笑いながら『長さんがぼけちゃったんやないかって心配してた』って。真は確かにこの相川牧場の孫だ。でも、亡くなった人とは別の孫だ」
 真は享志にぽんと背中を押されて、皆の居る建物の方をふり返った。
 そこには、長一郎とコトリが立っていた。

(何だか終わらないぞ。予定外に続く)


次回は、コトリと真の会話に始まり、宴会の模様などを織り込み、皆様と絡ませて頂きます(^^)
盆踊りでは、即席コーラス隊が作られそうです。
え? まさか(やっぱり)あの人があの曲を……(^^)

Category: 番外編・オリキャラオフ会in浦河

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オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!【浦河パラレル】(2)マコトの知床旅情 

なかなかアップできなくてごめんなさい。でも鉄は熱いうちに打て。思ったりより長くなっちゃって、中途半端なのですが、幹事がさぼっていると問題がありそうなので、一応アップしようと思います。オフ会の2作目です。多分、こちらの事情はあと1作で、その先は皆様との宴会日記になると思われます。


オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!
【浦河パラレル】(2)マコトの知床旅情



8月8日
 タケルといっしょにしれとこにいきました。ぎょせんにのりました。タケルはつりをしました。ぼくは、ちっさいくまと、おっきいおさかなをみました。おっきいおさかなはおいしそうだったけど、ぼくよりずっと大きいので、ぼくがたべられちゃうかもしれません。でも、とってもたのしかったです。きょうはいるかほてるにとまります。

わ~、タケル~、くまさんだ~!! ちっさいね~
あ、もっとちっさいのがいる! 
おかあさんとこどものくま?
……べつにいいもん。ぼくはタケルといっしょだもん。
(明日までだけど)
あ、くまさん、おさかなとってるの?
わ~、あっち見て~! 水がおっこちてる!
おやま、おっきいね~
あ、あっちはおっきいおさかな! わ~、おしっぽがみっつも見えるね!
わ。とんだ! 
……むにゃむにゃ、にゃん。


 さて。
 俺は明日以降の打ち合わせのためのメールをいくつか送ると、パソコンを閉じた。明日、マコトを釧路まで連れて行って、弘志さんに預けたら、そのまま釧路空港から羽田へ飛び、成田へ移動する予定だ。そこから、まだまだ長旅になる。南米ペルーで新しく発見された遺跡の調査に同行することになっているのだ。
 マコトを連れていけたらいいのだが、さすがに南米のジャングルに箱入り猫を連れていくわけにはいかない。まかり間違って誰かのエサになったら大変だ。何しろ、ジャングルではいつでも食事の時間だから(って、東京ディズニーランドのジャングルクルーズで言っていたよな)。

 ここ、知床のいるかホテルはオホーツク海に面した宿で、部屋から海と知床連山が見えていた。しばらくマコトを放っておくことになるので、今日くらいは一緒に楽しく過ごそうと思ったのだ。
 今日、レンタカーでここにやって来て、漁船をチャーターし、一日ゆっくり海の上で時を過ごした。俺は久しぶりの釣りだ。マコトは船の上をあっちに行ったり、こっちに行ったり、ずいぶんと忙しそうだった。何かを見つけては、俺の方に向いてにゃあにゃあ言っていた。ヒグマの親子が崖を降りてきて、海辺でシャケを捕っていた。

 マコトに遠近感が分かるとは思えないので、もしかすると、小さくて可愛らしい生き物が動いていると思ったのかもしれない。でもな、マコト、あれは相当に凶暴なんだぞ。
 俺はそう教えてやって、また釣りに精を出した。カラフトマスとサーモンを釣り、船の上で早速捌いて、マコトにも分けてやった。マコトはいっしょうけんめい食べて、それから俺の方を見て「おいしいね、おいしいね」と言っていた(ような気がする)。
 羅臼の方に回ったら、イルカが泳いでいた。クジラも見ることができた。マコトは「おっきいおさかな~」と言いながら(多分)、くるくる回っていた。

 今、マコトは和室の隅っこに置かれたねこ用布団の上で丸まって眠っている。何やらむにゃむにゃ言っているのは、夢を見ているからなのかもしれない。今日は大興奮だったから、疲れたんだろう。
 それに、夢の中ではまだ、知床クルージングの続きなのかもしれない。

 お。マコトはまた「にくきゅう文字」で何かを書いている。
 最近、肉球にインクを付けてペタペタやるのがマイブームらしい。
 なになに? って、読めるわけはないんだが、何となく雰囲気が分かる。これはイルカのことかな。大きく肉球ラインが飛んでいる。
 マコト流夏休みの絵日記、といったところか。

 浦河の牧場では、俺と離れている間のマコトが寂しくないようにと、じいさんたちが大宴会を企画しているらしい。猫一匹のために? 夏の忙しい時に、本当に申し訳ない。
 いや、あのじいさんもきっと何かを吹っ切りたいのかもしれない。でも、じいさんが亡くした孫の代わりのようにマコトを可愛がってくれるのは、本当に有難い。
 いや、亡くした大事な者の代わりに、マコトを大事にしているのは俺の方か。
 それでも、今はもう身代わりというわけではなく、この一生懸命に生きている仔猫のことを、心から愛おしいと思っていた。


8月9日
 きょうはタケルといっしょにおクルマでくしろに行きました。とちゅうで、ましゅうこに行きました。ましゅうこはとっても青くてきれいでした。イキオクレル~ってとなりでちょっと年をとったお姉さんがさわいでいました。ましゅうこで、変わったおにいちゃんとおねえちゃんと、おとこの人かおんなの人か分からないひとに会いました。ペンダントがしゃべりました。ペンダントにさわってみたかったけど、にげちゃったです。
 それからくしろに行きました。くしろでおじちゃんがまっててくれました。おじちゃんといっしょに、おばちゃんもまっててくれました。それから、まえに会ったことのあるおにいちゃんがいました。おにいちゃんはぼくを見て「あ」と言いました。ぼくも「あ」と言いました。なんだかおもしろかったです。
 タケルとはちょっとだけ、ばいばいです。ぼく、おるすばんがんばれます。
 クルマの中で、ホッケを食べて、起きたらボクジョウでした! つづく。


 翌日。マコトと一緒に道の駅に行き、シャケとカニを買い込んで釧路へ向かった。
 途中、摩周湖を通る。
 布施明の「霧の摩周湖」以前にはほとんど名前を知られていない湖だったと言うが、何よりもロシアのバイカル湖に続く世界第2位の透明度を誇る湖として、晴れた日の美しさは類を見ない(近年ではその透明度も随分と落ちてしまったようだが、それでも二十メートルはあるそうだ)。

 そのブルーは「摩周ブルー」と言われ、展望台から見つめていると、引き込まれ包み込まれるような青だ。
「霧の摩周湖」に出会えるかどうかは季節にもよるが、夏は比較的霧の日が多いと言う。今日の天気予報は曇りだったので、晴れでも霧でもない、いささか中途半端な景色かと思いきや、俺たちが展望台に上がった時だけ、突然晴れ渡ったのだ。
「摩周ブルーだ」
 思わず呟いたら、隣でそこそこ妙齢の女性四人組が「いき遅れる~」と賑やかだった。申し訳ないが、すでに十分いき遅れて……こほん。

「レイ、なんてことするんだ! 異世界の天気を操作するなんて!」
「いや、俺は何も……」
「リーザが摩周ブルーを見たいって言うからでsu~、レイの力が暴走したでsu~」
「そ、そうなのか?」
 その時、耳に入ってきたのは、男女の複数の声だった。いや、それは少し奇妙な感じだったのだ。彼らは確かに別の言語で話している。そして、その声に重なるように、少しばかり訛った感じの日本語が重なる。

 彼ら、というのは少し奇妙な三人組だった。俺とほとんど同じ背丈くらいの男性と女性。ということはかなり大柄だ。男性の方は「その時はその時です。熊に出会ったらそれまでです」と書かれたTシャツを、女性の方は「おつとめごくろうさまです」と書かれたTシャツを着ている。もう一人は、まるでゴルフ場のキャディーのような日除けのついた帽子を被り、長袖の袢纏のようなものを来た、少し背丈の低い、一見のところ男性らしい人物だ。

 最近、日本は外国からの観光客で溢れている。最も多いのは中国や韓国からの旅行者だが、どうしてその国からわざわざ日本へ? というような外国人も多く見かける。もっとも、俺も外国人なので人のことは言えないのだが。
 で、その三人組の話している言語は、世界のかなりの国を回っている俺も聞いたことのないものだった。彼らは俺と目が合うと、はっとしたような顔をした。
「ハゾルカドス、俺たちのプライベートの会話まで翻訳しなくていい!」

 男性は右が緑、左が青のオッドアイだった。色は違うが、オッドアイというのが懐かしく、またどこか哀しくて、俺の心を締め付けた。
「綺麗な色ですね」
 話しかけてみた。
「えっと、はい」
「どうしてこんなに透明度が高いかご存知ですか?」

『摩周湖は注ぎ込む川もなければ、出ていく川もない閉鎖湖で、生活排水や不純物が運び込まれることがありません。ゆえに、プランクトンや粘土などの浮遊物が極めて少ないので、透明度が高いのであります。摩周湖の水源のほとんどは雨です。雨で増加した水は、自らの水圧で地下水となり、それが湧き出してまた、湖へと流れ込んでいるのであります』

 俺は男性の胸にあるペンダントに驚いた。翻訳機らしいということは何となく分かっていたが、どうやら観光ガイドブックの役割も果たすらしい。俺はとりあえず自己紹介をした。
「ヤマトタケルと言います。あ、こいつはマコト」
 マコトは挨拶をするように「にゃあ」と鳴いた。もっとも、マコトの興味は完璧に男性の胸のペンダントにロックオンされている。心なしか、ペンダントがあたふたと逃げ出したいような気配を見せている。気のせいか?

「あ、レイモンドです。こっちはリーザ、それから詩人」
「詩人?」
「いや、ニックネームです」
『ハゾルカドスです』
「え?」
「いや、あの、この翻訳機の名前です。勝手にしゃべるな。あ、これは翻訳するな! あ、いや、なんでもありません」

 俺はなるほど、と頷いておいたが、ハイテクにしても随分と進んでいる。まるで生きているかのような……と思った途端、マコトが手を、いや前足を伸ばしてペンダントにタッチしようとした。
 瞬間、びゅん、とペンダントが揺れた。マコトはびっくり目になって俺を見上げた。
「あ、これはその、時計の振り子のようなもので、時間が来ると揺れるんです」

 いや、まさにこれは「生きている」。新しいロボットみたいなものなのか。彼らは一体どこの国からやって来たのか。俺は、そして多分マコトも興味津々になっていた。
「これからどちらへ?」
「実は明日の夕方までに浦河という町に行かなくてはならないのですが、どうやって行こうかと算段していたところです」
 そう言ってレイモンドと名乗った男性が、あるチラシを開いた。

 さすがに俺も驚いた。それは、浦河の相川牧場の『助っ人募集』チラシだったのだ。
「まさかこれに参加を?」「にゃ?」
 何と、驚いた。一体、じいさん、このチラシをどこにばら撒いたんだ?
「いや、これは奇遇です。私はこの相川牧場に縁の者なのです。もし足を確保されていないのなら、私の車で今日のお泊りの辺りまでお送りしましょう。実は、私はマコトを預けるために3時に釧路でその相川牧場の人と待ち合わせているのです。ちょっとお待ちください」

 俺は弘志さんの携帯に電話をかけた。弘志さんは直ぐに電話に出てくれた。
「あぁ、タケルさんか。今? フィッシャーマンズワーフで買い物中だ」
 俺は事情を話した。弘志さんは、丁度明日、釧路に帰省していた牧場のスタッフが浦河に戻るので、釧路で待ち合わせが可能ならその人の車に便乗して浦河に来てはどうかと提案してくれた。釧路~阿寒の辺りは移動もそれほど困難ではないけれど、この辺りから浦河までは車でも四時間はかかる、何より交通が不便だから、と。

 俺はレイモンドたちにその言葉を伝え、ひとまず彼らと一緒にレストハウスに入り、摩周ブルーをモチーフにしたアイスクリームを楽しむことにした。
 詩人が「翻訳機ハゾルカドス」にこの土地の伝説はないのかと聞いた。

「ございますです。遠い昔、ある地方に激しい戦いが起こり、一人の老婆が殺された息子の忘れ形見の孫を連れて逃げました。老婆と孫は野山を彷徨い歩きましたが、いつの間にか老婆は連れていたはずの孫を見失ってしまったのでございます。悲しみにくれ、疲れ果てた老婆が摩周湖のほとりにたどり着き、カムイヌプリ(摩周岳)に一夜の宿を頼むと、カムイヌプリは『いつまでも休め』といたわりの声をかけ、老婆を島に変えたのでございます。それがあの島です」
 摩周湖の空はまた鼠色に曇って来ていた。湖の真ん中にぽつんと取り残されたような島。それがカムイシュ(老婆の神)だ。

「摩周湖に霧が多いのは、島に姿を変えた老婆が孫を思って泣くからだと言われている」
 俺は付け加えながら、傍らのマコトの頭を撫でていた。マコトは、そんな感傷はどこ吹く風、ただただ興味津々で翻訳機ハゾルカドスが喋るのをじっと見つめている。やはり気になって仕方がないらしい。

「霧の摩周湖にha、悲しい伝説があるのですne~」
 さすが詩人というニックネームが伊達ではないらしく、詩人はふぅと深い悲しみの溜息をついた。彼の長袖の袢纏の下に覗くTシャツの文字は「脱獄犯」だったけれど。

 霧の摩周湖の悲しい伝説。
 この湖を見るたびに、その伝説の老婆と同じように深い悲しみに包まれていた俺にも、こうしてマコトが現れ、ずっと傍にいてくれる。
 そして、今また不思議な縁に導かれた出会いがあったのだ。彼らが何者か、どんな国から来たのか、その不思議を噛みしめるのも悪くない。


「あいつは十九の時、事故で死んじまった」
 その話を聞いてからきっかり三分は黙り込んでいた真が、急に弘志さんに車を停めてほしいと言った。牧場に戻りたいというのだ。弘志さんは無言で車を脇に寄せた。真の気持ちを推し量っているのか、しばらく弘志さんも無言だった。歩いて戻るという真に、ここからだと歩いたら一時間以上かかるから、と弘志さんは引き返そうとしたけれど、真は断った。
「少し景色を見て歩きたいんです」

 道は一本しかないし、迷いようはない。それに、多分、真には土地勘がある。
 僕は弘志さんと真を交互に見詰め、それからかじぺたさんと目を合わせた。かじぺたさんは、そっとしておいてあげたほうがいいわよ、と言っているように見えた。
 結局、真を降ろして、弘志さんと僕とかじぺたさんは釧路漁港へ向かった。リアウィンドウの中で小さくなっていく真を見送っていると、僕も少し不安になったけど、でもこの土地に息づいている何かが彼を守ってくれると信じていた。

 そう、この出来事は全くの偶然なんかじゃない。僕は弘志さんとかじぺたさんに僕たちの事情を話した。
「じゃあ、君たちは過去から来たってこと?」
「僕たち、少なくとも皆さんが使っているスマホという蒲鉾板みたいな電話、今まで見たことがありません。杉下さん、じゃなくて萌衣が今朝、かじぺたさんにいくつか質問したでしょ」
「歴史のこと?」

「はい。共通する過去の大きな事件や出来事は一致しているから、全く違う世界ではなそうです。てことは、真は自分も十九になったら死んじゃうんじゃないかと思ってしまったかもしれない」
「そうか。それは気がつかんかった。迂闊だったべ」
 弘志さんがしまった、というように顔をしかめた。僕は、真のことも心配だったけど、今はとにかく、弘志さんとかじぺたさんが、少なくとも僕の突拍子もない言葉を信じてくれたことに感動した。

「いや、あの、過去から来たなんて簡単には信じてもらえないと思って、言わなかった僕たちが悪いんです。それに、さっき計算したら、今が2015年だとして、色々計算は合わないんですよ。つまり弘志さんも長一郎さんも、僕たちの元いた世界の続きなら、若すぎるというのか」
「じゃあ、時間だけじゃなくて内容もちょっと違うってことかもしれないわね。つまり彼が十九でどうこうなんて、分かりっこないってこと」

 僕たちはあまり自信がないままに会話を打ち切った。少なくとも、真の育った牧場は観光牧場的なことは一切していなかったというし、弘志さんが北大で講師をするなんてとても考えられないという。だから、僕は信じている。
 ここは時間も違うけれど、きっと僕たちの人生も別物だ。

 僕たちはあれこれ引っかかりながらも、色々な会話を重ね、釧路にたどり着いた。
 弘志さんは競走馬牧場の仕事について教えてくれた。
 朝、といっても、それはまだ夜中の続きのような四時には起き出して、夜間放牧させていた馬たちを集めて小屋に戻したり、逆に日中放牧する仔馬たちを小屋から出してやる。その間に寝藁の掃除をし、集牧した馬たちの手入れをして体調に問題がないかチェックする。午後からは、朝放牧した仔馬たちの体調チェック。セリに出す1歳馬たちのセリ馴致もある。夜は日中放牧している馬たちの夜飼い(夕食)。

「きつい仕事なんですね」
「そうだなぁ。そうかもしれねぇけど、それが当たり前だからなぁ」
「逃げ出したくなったことはないんですか?」
「あるある。オレは高校生のころ町さ行って悪さして、何度か補導されたこともあるべ」
 弘志さんは豪快に笑い飛ばした。
「けどなぁ、オレ達がいなきゃあいつらは生きていけねぇ。オレたちはあいつらがいなきゃ、生きていけねぇ。単純なことだ。支え合っているから、苦痛だなんて思ったこともねぇ」
 かじぺたさんが頷きながら微笑んだ。あいつら、というのは馬たちのことだ。

 僕は道の両脇に広がる森を見つめた。この土地を切り開いてきた先人がいる。そしてその子孫たちが精一杯生きている。馬たちもまたここへ連れてこられて、彼らと共に生きてきた。夏はこうして過ごしやすい素晴らしい場所だけれど、冬の厳しさは僕らの想像を超えているのだろう。
 それでも、一所懸命生きている。

 釧路に辿り着いたのは昼をとっくに回っていたので、とにかくお腹がすいてしまっていた。弘志さんの知り合いのお店に行って、いきなりの海鮮丼。うわ、真と萌衣にちょっと申し訳ない気がしたけれど、有難く頂く。今度は夜おいで、炉端焼きのいい店に連れて行ってやるから、と言われた。

 漁港や市場を回って、頼んであったという山のような食材を車に積み込んでいく。車にはクーラーボックスというよりも、ほとんど冷蔵庫のような入れ物がいっぱい。それがどんどん満杯になっていく。さんま、さけ、いか、かれい、などなど。夏なので少し種類が少ないけれど、帰りの道すがら、豚肉や鶏肉、それにこれぞ北海道というような野菜類が積み込まれると、車が重さで沈んでいくのに反比例するように、かじぺたさんの意気は上がっていくようだった。

「待ち合わせてるんだ」
 そう言って立ち寄った釧路フィッシャーマンズワーフで、真と萌衣にお土産を買った。萌衣にはアイヌの魔除けのペンダント、真には悩んだ結果、モモンガのぬいぐるみにした。「誘っているようで目を逸らしている」モモンガと目が合った時、あ、これ、真にそっくりじゃん、と思ってしまった。

 まだ買い物を続けているかじぺたさんと弘志さんに断って、トイレに行くと、入口の角のところで、出てきた人といきなりぶつかってしまった。
「わ、すみません!」
 叫ぶようにして顔を上げると……僕は思わず口を開けたまま固まってしまった。
「大和さん?」
 僕がぶつかってしまった長身の外国人は不思議そうな顔をした。
「あれ、どこかでお会いしましたか?」
「え……と、多分」

 僕の頭の中はフル回転だった。ここはパラレルワールド、でもこの人とはどこかで会ってる! どこだっけ? ……もしかして……松江?
 その時、僕は「大和さんそっくりのヤマトさん」の腕の中にいる茶色いものに気が付いた。
「あ」と僕が声を上げた時、その茶色いものも「あ」という顔をしたように見えた。

 いや、猫なんだから、まさかそんな顔をするわけはないんだけれど。耳鳴りが「また一緒に遊ぼうにゃ~」と唸っている。
 そう、弘志さんが待ち合わせていたのは、デジャヴ感満載のこの人とこの猫だった。
 うん、あの時の猫だ、間違いない。やっぱり、今度はシジミならぬホタテの呪いなのかもしれない。

 と、その時、店が並んだショッピングフロアの方から何やらざわめきが聞こえてきた。大和さんそっくりのヤマトさんが、あ、という顔をしていきなり僕に茶虎猫を預けて、走っていった。
 残された僕と茶虎猫はまた顔を見合わせた。

(つづく)

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[雨140] 第29章 赤い糸(1)絡み合う糸 

【海に落ちる雨】第4節・第29章『赤い糸』 その(1)です。
この章のメインは柏木美和。北条仁との恋物語も、静かに進んでいます。
そしてまた、真が京都で動けないでいる間に、周辺では静かに物事が動いているのです。
でも、ここはやはり、真と竹流とは一味違う、美和と仁の恋物語もお楽しみください。
ちょっと「漫画みたいな」お話ですけれど、それでも赤い糸は誰かと繋がっているんでしょうね。
あ、ハリポタトリオの富山享志、登場です(*^_^*)

【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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【雑記・旅】東京・目黒雅叙園『百段階段』~昭和の竜宮城~ 

先日、目黒雅叙園の百段階段を訪れました。
以前から興味津々だったのですが、なかなか訪れる機会がなく(イベント時にのみ公開されるので、日程が合わないことも多くて)、今回ようやく念願かなっての訪問です。
詳しい話はさておき、まずはこの「百段階段」をご覧いただきたいと思います。
百段階段3
この見事なケヤキの板材で作られた階段廊下は大工の棟梁・酒井久五郎の手によるもの。山腹の斜面に建てたためにこのような形になったわけですが、目黒雅叙園に現存する唯一の木造建築なのです。階段廊下の南側には7つの部屋が設けられお祝いの場として使われてきたそうです。
でも。あれ?
百段階段4
実は99段しかない(^^)
そもそも日本って「99」の文化なのですね。地名でも「九十九」とつくものは多い。99をもってして100の代用とする、一歩控えめの文化、という説もありの、いや、数字で一番大きい「9」を2つ並べることで大きさ・多さを表すともされます。
何はともあれ、目黒雅叙園の百段階段は実は九十九段階段です。
エレベーター扉
この階段に至るには、まずこちらの入り口から入って行きます。って、これは?
実はエレベーターです。中の写真は撮らなかったのですが、なんと、漆塗りの唐獅子牡丹なのですよ! しかも40人ほど(正確に忘れちゃった)は乗れるという広さ。
そもそも、このエレベーターの扉、凄すぎません? もうここに立った瞬間から「わくわく」モードのスイッチが入る仕掛なのです。
しかも、このエレベーターの感じ、どこかで見たことがありますよね。そう、ここもまた『千と千尋の神隠し』のモデルのひとつであったと言われています。
エレベーターを降りて角を3回ほど曲がったら、百段階段に達することができます。
百段階段2
昭和初期、この建物が賑わい華やかなりし時代、この階段を仲居さんが大きなお盆を持って行き来していたのですね。
実はこの建造物、普段は撮影禁止。でも、今回のイベント「和のあかりx百段階段」の期間中だけ撮影許可あり、だったのです(でもイベントの性質上、中が暗い。フラッシュは禁止。ちなみにFacebookでは優秀作品が選ばれるという話。私はしてないけれど)。
この日は一眼レフ持ちではなかったので、写真はイマイチですが、本当に見ても撮っても飽きない、いつまでも見ていたい空間でした。
それではごゆっくり、昭和の豪華絢爛たる総合結婚式場をご覧ください。

そう、目黒雅叙園は日本初の総合結婚式場なのです。でも、歴史を紐解くとそれだけではない。
そもそも、結婚式と言えば神社や自宅で行っていた時代に、結婚式から披露宴まで、衣装も写真も全部ひっくるめたサービスを提供する施設を作ったわけですから(今では当たり前となっていますが)、創業者の細川力蔵氏はなかなかのアイディアマンだったわけですね。
しかも結婚式を行うには神社が必要ですが、通りの向こうの○○神社で結婚式を挙げて、披露宴会場まで橋を渡っている間に花嫁の衣装が雨に濡れたら可哀相と、敷地内に出雲大社から御霊を賜り、神社を建てちゃったと。
(歴史は興味深いのですが、詳しくはHPをご覧ください。)

でも、何より素晴らしいのは、これは一部の特権階級の人のためのものではないということ。
創業者・細川力蔵氏は石川県の農家の生まれ。東京に出て風呂屋で奉公→経営し、財を成した後、現在の場所で北京料理・日本料理の料亭を始めたと言います。そのコンセプトは「婦人・子供・家族連れまで庶民が気軽に利用できる場所、ひと時の夢を見る場所」だったと言います。やがてここは「昭和の竜宮城」と言われる、日本の木造建築・建築工芸の粋を極めた場所となったそうです。
うん、今ならさしずめTDL?

もともとは料亭であり、二期工事では大浴場なども作られました。昭和期のテーマパーク(あるいは健康ランド?)とでもいうのでしょうか、創業者の発想力の豊かさを感じます。まさに『千と千尋の神隠し』ですね。
広い敷地内には、いくつものレストランあり、宿泊施設ありで、結婚式だけではなく様々なお祝い事などの宴会に使われる場所。都心から少し離れていたこともあり、この建物は空襲にも遭わず、こうして現在まで残ってくれたのです。
(あ、文字が多くなっちゃいました。写真、写真。)
廊下2
エントランスからレストラン街へ至る廊下です。

では、この百段階段のお部屋に入ってみましょう。
部屋は東京都指定有形文化財となっている間が6つと、指定されていない『頂上の間』で(頂上なのに^^;)、全部で7つ。2つの部屋以外は、その部屋の主な画を描いた画家の名前がつけられています。
今回の「和のあかり」イベントのため、室内には多くの灯りをモチーフとした展示がなされていました。
まずは一番下の『十畝の間』から入ってみましょう。
十畝の間1
天井には前室に8面、本間に15面、合計23面の襖仕立ての鏡面に荒木十畝による四季の花鳥画が描かれています。柱や梁には黒漆の螺鈿細工が随所に見られます。この電灯の傘は昭和初期のまま。
十畝の間2
障子など建具の細工も素晴らしいものがあります。長押にはぐるりと螺鈿。
十畝の間3
今回のイベントのためにこうして灯りが置かれているので、和の温かみが感じられますね。
和の建築のピークは、この建物が作られた昭和初期にあったとされています。西洋の建築に押されながらも、まだ「職人」が健在だった時代。皆が自分の自信と誇りをぶつける仕事を求めていたのですね。そして折しも世界大恐慌のおかげで、庶民にも土地・諸資材の購入が可能となり、思わぬ逸材(文字通り、今じゃとても買えないような高い材木が捨てるように置いてあったり)が安く手に入ったと。

次の間が『漁樵の間』。「ぎょしょう」と読みます。
漁は漁師、樵はきこりのことで、二本の床柱の向かって左側には春・海・漁師が、向かって右側には、秋・山・きこりが彫られているから、この名前になっているとのこと。「漁樵問答」とは話がかみ合わないことを言うそうです。
あれ? 説明を聞いた時、「若き日の浦島太郎と歳とった浦島太郎」と聞いたような?(多分記憶違い)
いずれにしても「対」を好む芸術世界の、見事なまでの調和を生み出す、ものすごく豪華な間。
漁樵の間6
室内はすべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられ、彩色木彫と日本画に囲まれて立っていると、気分はもう竜宮城に迷い込んだ浦島状態。格天井は菊池華秋原図の四季草花図、欄間は尾竹竹坡原図の五節句が極彩色に浮彫されています。
漁樵の間8
こちら向かって左の人。確かに釣竿が見えます。すごい彫刻ですよね。
漁樵の間4
こちらは秋の草花図。重陽の節句にちなんで菊。暗いお部屋の写真なので見えにくいと思いますが、天井まですべて浮彫。目出度い宴会に使われた間だとのこと。
漁樵の間7
廊下側を振り返っても、重みがありますね。あ、廊下のガラス戸に何かが映っている?
その豪華さを表すように、和のあかりでは「青森のねぶた」が飾られていました。
漁樵の間5
狭い部屋で見ると、かなりの迫力。
漁樵の間金箔
ちょっと見えにくいのですが、この浮彫の下の金箔、黒ずんでいます。純金なんてめったにお目にかかるものでもないので、みんなが触って行ったためだとか。ちなみに上の浮彫、光源氏と紫の上にも見えます(うちだと、大和竹流と東海林珠恵か……)。

次は『草丘の間』。
草丘の間1
イベントって、じっくりお部屋を鑑賞するには邪魔っ気な気もするけれど、これのおかげで公開してもらっていると思うので、ありがたく天井を見上げることにします。こちらは部屋に風鈴の山。
草丘の間2
やはり障子はシンプルながら華やかな設えです(面腰組子)。この障子を開け放つと木々が爽やかに見えるようです。
草丘の間3
格天井の秋田杉及び欄間には礒部草丘の四季草花絵、瑞雲に煙る松原の風景が描かれています。
草丘の間4
いや、暗いですね。少し絵が見えるといいのですが。

さらに、もう少し階段を登ると、部屋が2つ並んでいます。まずは『静水の間』。
格天井の秋田杉には池上秀畝の鳳凰・舞鶴、欄間四方には小山大月の金箔押地秋草、次の間の天井及び欄間は橋本静水等の画伯によるもの。
静水の間1
このお部屋は暗すぎて良い写真がありませんが、実際に目で見ると、繊細で落ち着いた画です。イベントの屏風と灯りがちょっと迫力ありすぎますけれど。
静水の間2 (2)
でも、この暗さで見ると、秋の月夜のようですね。

並んだ奥の部屋が『星光の間』。
奥の間・次の間とも格天井及び欄間いっぱいに板倉星光の四季草花が描かれています。
星光の間1
四季の花、果物など、とても親しみやすい画で、気品があります。
星光の間2
こちらの展示はちょっと大人しめでした。
星光の間3
このお部屋でご飯を食べたら、きっと美味しいだろうなぁ~と溜息。
『漁樵の間』では豪華絢爛過ぎて消化不良になりそうだけれど(祝い事の酒には合いそう^^;)。

更に少し階段を登ります。こちらは『清方の間』。
清方の間2
美人画の大家、鏑木清方の絵に囲まれる、何とも素晴らしい茶室風の間です。
清方の間3
それにこの網代天井。見上げていてもまるきり飽きることがありません。この四隅にも絵が描かれていて、四季の草花も全て清方の筆。天井の全体は下のような感じ。
清方の間1
こちらは奥の間になります。2部屋続きのとても風雅なお部屋で、次の間のほうも網代天井でした。
下は次の間の角っこ。床の間の飾り棚と言い、障子の建具の細工と言い、実に優雅ですね。
清方の間5
実は、各部屋のそれぞれ床柱がまた見事なのです。ここに写真で載せても「あ、そう」みたいな写真になっちゃうので割愛しましたが、こちらの奥の間の床柱だけ、ご紹介。径一尺五寸の北山杉の天然総絞丸太です。あまりにも見事なので、大工さんが柱の裏に木の名前を入れちゃったという。
清方の間床柱
こんな太い、天然総絞り、他で見ることはないですね(実はうちの実家にも北山杉総絞り床柱があります……もちろん、こんなに太くありませんが^^;)。
清方の間廊下
暗くて見えないですが、これが清方の間に入っていく回り廊下。この化粧軒も北山丸太。

そして、唯一、指定文化財ではないお部屋、『頂上の間』です。開け放したら気持ちよさそうな空間のようですが、例のごとく、イベントのため薄暗くて。
頂上の間2
金魚がいっぱいいたりするし。ぼんぼりもあるし。
頂上の間1
というわけで、帰りは一気に階段を降ります。99段の百段階段。
窓枠2
階段廊下の窓枠も粋です。富士山の意匠もあり、夜でも富士を眺めるような気持ちになれたのかもしれませんね。
窓枠1
廊下の天井にも絵が描かれていますが、こちらは名もなき若き絵描きさんの作。いつか『○○の間』の絵を描けるようになりたいと願いつつ、修行を積まれていたのでしょう。
階段の絵
最後に、ご飯中の方がいたらいけませんので、サムネイルでお写真を。
御不浄
百段階段途中にあるご不浄です(もちろん、今は使えない)。えっと、すごく広い。寝れそう。花嫁さんが御着替えも十分できそうな広さです。

ふつうの明るさでの写真はこちらをご覧くださいませね→「百段階段」
新しい建物にも以前の姿を偲ぶような装飾画が施されています。
廊下
職人の技術が受け継がれていく場所が失われていっている今、このような場所でその片鱗に接することができるのはとても素晴らしいことですね。
廊下の灯り
こちらにも和のあかりに関する展示?がありました。レストランは、今回は和食にしてみましたが、おいしかったです(*^_^*)
「和のあかり」は8月9日まで。また秋には假屋崎省吾さんのお花イベントがあるようですので、機会がございましたらお訪ねくださいませ。
長々お付き合いいただきありがとうございました(*^_^*)

あ、おまけのお料理、朝顔仕立ての前菜とお寿司(団扇のお皿が涼しげ)。
目黒雅叙園・ごはん目黒雅叙園・ごはん2
そしてレストラン・渡風亭の入り口。
レストラン

Category: 旅(あの日、あの街で)

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オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!【浦河パラレル】(1)上野発夜行列車・パラレル札幌行 

北海道地図
(Google mapさんから地図をお借りしました)
皆さんの位置を書きこもうかと思いましたが、移動しておられるのと、画像に書きこむと字が小さくて読めないので、断念。取りあえず、今のところ、道東~道央に集中して皆さんがおられるので、うちは札幌から始めてみました。
あ、でもマコトは8月9日、タケルといっしょに朝の知床遊覧を楽しんでいるようです。
そして、友情出演をお願いしておりましたポールブリッツさん【クリスタルの断章】方黒衣の女さん、素敵な旅行記・お料理を中心にしたブログの管理人さんのかじぺたさん(ご本人)にも遊びに来ていただきました。ポールさん、かじぺたさん、ありがとうございます。
オリキャラオフ会in 松江では【松江ループ】だったので、今回は【浦河パラレル】といたしました。ついに、マコトと真の謎が解かれる日が来たのか?(え?)
最終的には、マコトの夏休みの日記が登場しますが、まずはハリポタトリオの何でも屋・享志による報告をどうぞ。
あ、ちらっと敷香の話題も出るよ!


オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!
【浦河パラレル】(1)上野発夜行列車・パラレル札幌行


「Boys be ambitious、かぁ。杉下さん、なんでGirlsはないのかって怒らないの?」
「馬鹿ね、時代が時代だったんだし、そもそも札幌農学校に女生徒がいたわけじゃないんだから仕方ないでしょ。未来に対してはあれこれ言うべきことはあるけれど、歴史に対しては、学ぶべきことはあっても文句を言える立場にはないはず。それよりも今、未来から文句を言われない歴史を作っていくことが重要じゃない?」
 さすが、杉下は前向きで言いたいことを言うけれど、至極もっともだ。

「で、何か分かった?」
 杉下が僕の方に向き直って聞いた。
「う~ん。大学の博物館って面白いなぁ、ってことくらい?」
 始めて大学と言う世界に入り込んで、少し感動していたのは事実だ。大学附属博物館には動物の剥製や鉱物・植物の標本が所狭しと並んでいて、研究のための場所という気配が沁み込んでいた。
「そんなことじゃないでしょ。相川君は?」
「別に」

 別に、と言った相川は、とても大学の敷地には見えない、公園のような周囲の景色を見回す。それから徐に僕と杉下の方を見て言った。
「でも、そっくりだけど、やっぱり叔父さんじゃないし」
「同姓同名で顔もそっくりで、しかも浦河、牧場、北海道大学、家族関係、アイヌ人の奥さん、全ての要素が重なっているのに、その人じゃないってことよね」

「それに、どう見ても時代が新しいよなぁ。あの四角いの、スマートフォンって言うんだって。まるで地球防衛軍みたいじゃない?」
 僕は通り過ぎていく学生が持っているものに視線を送って言った。学生は、歩きながら小さな本くらいの大きさのテレビみたいなのを見ている。危ないなぁ、前を見て歩けよ。って、年上に言うのもなんだけどさ。いや、時間差を考慮に入れたら、すごく年下なのかもしれない。

「そもそも、僕が知っている札幌駅でも北海道大学でもない」
 相川が呟く。思わず僕は唸った。
「やっぱりか~。今度はまさかのホタテじゃないよね?」
「学食でホタテは出ないよ。学生には高級すぎる食材じゃない?」

 昨夜、上野駅で夜行列車に乗った時は、確かに僕たちの知っている、僕たちが生活している時間と東京の街だった。でも、今朝目を覚ました時、電車の中の雰囲気は少し変わっていた。てことは、寝ている間に変な所へ来ちゃったわけだ。
「てことは、私って誰と手紙のやり取りをしてたんだろ」
「で、このチラシはどこから送られてきたんだろうね」
オフ会
 僕たちは北海道大学の敷地内にある、有名なクラーク博士の胸像の前に立っていた。
 有名、というと羊ケ丘展望台の、いかにも「大志を抱け」って感じに空の彼方を指差した像だけれど、ここにあるのは胸像だけ。それでも一番古いクラーク像で、その人の人となりを良く表しているという。「大志を抱け」という言葉は、本当に彼が言ったのかどうか、定かでは無いという説もあったようだけれど、色々な調査の結果、別れ際に「Boys, be ambitious like this old man.」と言ったというのは本当らしい。

 僕たち、というのは、私立幹学院の「学院七不思議探偵倶楽部」のメンバー。頭脳担当は杉下萌衣、そして直感担当は相川真、僕、富山享志は使い走り、じゃなくて、何でも屋だ。
 この「学院七不思議探偵」と言うのは、わが学院の新聞部が勝手に付けた名前だ。当学院に古くから伝わる七つの謎を解決するべく結成されたチーム、らしい。って、構成員はたったの三人。しかも僕たちが「謎を解くぞ~!」「お~!」と結成したわけでも何でもなく、何となく流れでこうなってしまった。

 そして今、僕たちは今「何故そこに鮭を咥えた熊の木彫りがあるのか」という謎に挑戦中だ。詳しいことは後日語るとして、今回僕たちはその謎解きのヒントを得るために北海道にやって来た……というわけではなくて。
 実は今回はいくつかの偶然が重なっての北海道旅行になったのだ。決して、学食でホタテの呪いに巻き込まれたわけでは無い……と思う(ちょっと自信がないけれど)。いや、ホタテはともかく、偶然なのか、必然なのか、それすらも分からない。

 まず一つは、将来北海道大学の受験を考えている杉下の大学見学。彼女は日本先住民の歴史にものすごく興味を抱いていて、東北から北海道の歴史を一生懸命勉強している。そのうち独学ではなく、その場所で直に学びたいという気持ちになっているのだ。もちろん、家族は彼女の北海道一人暮らしには大反対で、今回見学に行くというのもひと悶着。それが「富山くんと一緒に見に行ってくる」でOKが出たそうだ。

 僕としては逆に複雑だ。「あの人畜無害な頼りになる級長」という絶大なる信頼を、同級生の家族からも寄せられている……ということなんだけれど。
「ごめんね。でも富山くんと一緒ならって言うから、とにかく行ったことにしておいて」
 いや、そんな嘘、すぐにばれちゃうよ。

 実は彼女は自分でせっせとあちこちに手紙を書いて、北海道大学特任講師、つまり時々臨時で授業をするある夫婦と知り合っていた。旦那さんは浦河で競走馬の牧場を一族で経営している相川弘志さん。高校まではものすごい「やんちゃ」だったそうだが(補導歴あり、とか)、その後猛勉強して北海道大学農学部で畜産を学び、獣医学部に転向して獣医の資格も持っているそうだ。
 相川弘志さんの奥さんは農学部時代の同級生で、ずっと隠してきていたけれど、今はもうカミングアウトもしているアイヌ人だという。彼らの結婚にまつわるものすごい苦難は僕らの想像の外だったけれど、杉下はそれにいたく感動して、ずっと手紙のやり取りをするに至ったらしい。旅の本当の目的は、彼らに会うことなのだ。

 僕にとって渡りに舟だったのは、相川が僕にあるチラシを見せたことだった。
「自分の部屋に、もう一つの部屋が重なって見えることってある?」
 相川は時々かなり謎なことを言う。かなり、どころか、ほとんど意味不明のこともある。
「え? それって、え~っと」
 僕がどういう返事をしたものか、一生懸命頭を働かせているうちに、相川はふと我に返ったらしい。「ごめん、いいや」と言って話を引っ込め、自分の席に戻ってしまった。僕は手元に残ったチラシを持って彼の席に行った。

「これは?」
「別に」
 目を合わせようとしない。こうなると、いつもなら彼を懐柔するのは難しい。でも、チラシには懐柔方法が書いてあった。
「ね、これ、行こうっていう誘いだよね?」
 相川は返事をしなかったけれど、後は簡単だった。

 僕はその日のうちにチラシを見せて、父親に北海道の牧場でアルバイトをしてみたいと申し出た。母親は例のごとく、「家族で一緒に海外旅行の予定はどうするの、それに勉強をしなければならないのに」と大荒れだったけれど、父親は予想通り「社会勉強だ、行って来い」とあっさり承諾した。父親は僕に世間の現実を見せたいという気持ちが大いにあるのだ。
 丁度クラブは盆休み期間中だし、宿題はそれまでに全部終わらせるという恐ろしい条件はくっついてきたけれど、相川と杉下と一緒に旅ができるなんて、ちょっと素敵だ。

 実はこのチラシの出所は杉下だったらしい。つまり、まず杉下は手紙のやり取りをしている「相川弘志夫妻」にこのチラシをもらった。良かったら来ないか、丁度北海道大学の夏の特別公開講座で授業をするから、そのついでに大学を案内するよと。
 その時、杉下は、妙な符号に気が付いた。
「相川君、お祖父さんち、北海道で牧場を経営しているって言ってなかった?」
 そう言って、相川にこのチラシを見せたのだそうだ。

 奇妙なことが起こっている。
 相川が北海道に電話をしたら、相川のお祖父さんも叔父さんもそんな広告を出した記憶はないと言う。叔父さんは牧場を手伝っているし、獣医の資格も持っているけれど、北海道大学で講師なんてしていない。叔父さんの奥さんはアイヌ人だけれど、とてもカミングアウトなんてできる世間事情じゃない。

「なんか思い当たることないの?」
 杉下の追及で、相川はぽつりと言った。
「自分の部屋に重なって、もう一つ部屋があるんだ」
「え?」
 さすがの杉下もきょとんとした顔をした。
「見えるだけで、その部屋にいるわけじゃないんだ。家は同じような作りで、窓の位置も同じ。でも、少し机の配置とかベッドの位置は違う。それに、確かに人の気配がするんだ。姿は見えないけれど」
「えっと……それって、パラレルワールド、ってやつ?」
 僕が呟くと、杉下が真面目な顔で言った。
「そうかも」

 下手なSFみたいになってきた。
 でも、結局僕たちは杉下の大学見学に被せて、相川の見る幻と奇妙な重なる符号を示す「相川厩舎」の正体を確認するべく、北海道にやって来たのだ。そして、札幌にやって来る道中から、すでに別の世界に嵌まり込んじゃった、ってわけらしい。

「電車の中で、夜中に目が覚めちゃって、ふと頭の上を見たら本があったの。誰かが忘れていったのかなぁって途中まで読んだんだけど、これもロンドンの駅のあり得ないホームから魔法学校への列車が出ていくの」
「いや、でも、上野のホームは普通だったよ」
「じゃ、どこかで列車が変わっちゃったのかな。少し未来のパラレルワールドへ向かう列車に? 確かに、その本だって、上野で乗った時には絶対になかったもの」
「そう言えば」

 僕は思い出した。
 僕たちが乗っていたのは夜行列車のB寝台だ。上下二段で一つの個室に四人分の狭いベッドが入っていた。僕たちは三人だから、もう一人相部屋の人がいた。黒いワンピースを着た女の人だった。すぐにカーテンを引いてしまったので、顔は見ていない。
 僕は宿題の疲れがたまっていて、かなりぐっすり眠っていたけれど、夜中に一度だけ目を覚ました。何か不思議な音がしていたのだ。
 ぱさ。
 そんな感じの乾いた音だった。
 一定の時間を置いて、また聞こえる。
 ぱさ。
 僕は誰かが本をめくっている音だと思っていた。

「まさか、あの女の人が?」
「え、いくらなんでも、他人のベッドのカーテンめくってまで置いてかないでしょ」
「でも、あの人、どこで降りたんだろう? 朝にはもう、いなかったよね」
 相川は別に何も感じなかったそうだ。霊感の塊みたいな相川が何も感じないなら、少なくとも幽霊じゃないってことか。

 札幌駅まで僕たちを迎えに来てくれたのは、相川弘志さん本人だ。
 弘志さんの視線は、改札口を挟んだ向こうからも、明らかに相川を見ていた。挨拶を交わした後も何度も驚いたような顔で相川を見て、そんな偶然もあるべ、と呟いた。

 浦河というのは札幌から見ると、南に下って海岸線を襟裳岬の方へ降りていく途中にある。さっき確認したバスの時効表では、札幌からはバスで3時間半くらいだから、僕たち高校生でもアクセスできないわけではない。
 但し、今回はそもそも杉下の大学見学も兼ねていたので、公開特別講義の前に大学構内を案内してもらうことになった。もっとも、ここは来年度に杉下が受験希望の「北海道大学」じゃないみたいだけれど。

 それから、相川弘志さんの講義も受けさせてもらった。北海道の競走馬牧場の歴史をあらゆる方面からまとめた話を聞くのは初めてだし、歴史というのはこうしていくつもの町の記憶で成り立っているのだと感動した。
 うん、何はともあれ、悪い人じゃないみたいだ。何が起ころうとも、シジミの陰謀よりもましかもしれない。講義の後は、大通公園、時計台を回って、ある個人の女性の家を訪ねた後(この女性のことは後に分かったことがあるので、後日報告)、札幌駅に戻って女性を一人拾ってから、僕たちをサッポロビール園に連れて行ってくれた。
 あ、ご飯を食べさせてもらったからいい人だって言ってるわけじゃないんだけどね。

 煉瓦造りのサッポロビール園は、夏の観光シーズンと言うこともあってものすごい人だった。でも何だか、北海道に来た! って感じがしてきた。時代も次元も違うみたいだけれど。
「高校生に飲ませるわけにはいかないべ、残念だなぁ。しかも、オレもこの後運転だしなぁ」
 札幌駅で拾った女性は、そこそこ妙齢の女性で、犬を二匹連れていた。

 何でも例のチラシに応募した人数が予想外に多かったので、食事の世話などで助っ人として来てもらったのだという。弘志さん夫婦とは、ネットで知り合って親しくなった仲なのだとか。牧場経営で旅行なんて夢だという弘志さんたちは、かじぺたさんのブログの旅記事がとても楽しみなんだそうだ。かじぺたさんはどちらかと言うと沖縄方面派なんだけれど、今回は北海道旅行をものすごく楽しみにして来てくださったそうだ。
 彼女は飲む権利と資格があったのだけど、飲まない弘志さんに遠慮して飲まなかった。

 そういうわけで、僕たちは一緒にとにかく食った。羊の肉なんて臭くて食べられないと思ってたけれど、高級ジンギスカンだったのもあって、全く気にならなかった。但し、その後、浦河へ向かう車の中は相当に臭かった、と思うけれど、何だかみんなでもう一蓮托生気分になって、何もかも気にならなくなっていた。

「かじぺたと呼んでください」
「えっと、僕は富山享志と言います。で、こっちは杉下萌衣と相川真」
「ニックネームは? せっかく数日一緒に過ごすんだから」
「えっと……」
 普段、やっぱり杉下は「杉下さん」だし、相川は、たまに「まこと」って呼んでみることはあるけど無視されるから、大方「相川」かな。
「じゃ、こうしましょう。この旅行の間は、みんなお互いに下の名前で呼ぶこと。萌衣ちゃんに真くん、享志くん。その方が自然でしょ」
 かじぺたさんの意見に弘志さんも大賛成だった。

「犬は?」
「エドワード1世とアーサー」
「私、犬大好きなんですよ。うちには父の趣味で秋田犬がいるんですけれど、やっぱり外国の犬って可愛いですよね」
 杉下に秋田犬。何だか妙に……似合っている。杉下は結構小柄で可愛い感じだから、秋田犬、如何にも番犬って感じで頼もしいじゃないか。
「なかなか悪戯者だけれどね。日本犬はかしこいじゃない?」

「そう言や、かじぺたさんのお子さん、入籍したんだべ」
 弘志さんがそう言って、またビールが飲めないことを悔しがった。
「え~、入籍って、おめでたいじゃないですか! そんな忙しい時にいいんですか?」
「前から約束していたし、それにすごく個性豊かで面白そうなメンバーが集まるって聞いたから」
 などとあれこれ盛り上がりながら、浦河に着いたのはもう夜中近かった。疲れ果てていたので、もう何もしないでそのまま雑魚寝になった。

 翌朝、8月9日。
 日本列島酷暑の8月。それでも北海道は10度近く違う。天国だ。牧場を吹き抜ける気持ちのいい風で目を覚ました。
 とは言え、昨日のジンギスカンの臭いはまだ身体にも髪にもこびりついていた。
 朝風呂ついでに相川と僕は、エドワード1世とアーサーを洗う役を引き受けた。

 牧場には旅館みたいに大きな岩風呂があって、なんと相川一族の手作りなんだという。家族も多いし、しばしばこんなふうに牧場体験で泊まり客を受け入れているので、頑張って作ったのだとか。
 相川は犬たちを洗っている間、ものすごく楽しそうに見えた。その後、犬たちを引き取りに来たかじぺたさんに、まるきり自然のままの姿で犬を渡していたのはどうかと思うけれど、かじぺたさんも「ありがと~」って感じでごく自然だった。母は強し、だなぁ。
 僕はやっぱり隠すところは隠すとか考えると思うけれど、相川は基本、恥ずかしいとかいう感覚が薄いんだと知って、驚いたりもした。

「あいか……じゃなくて、真」
「何」
 身体を洗いながら僕をふり返る相川にドキッとする。
 出会った中学生の時のような少年らしさは随分失われているけれど、その分精悍な青年らしさが加わってきている。それでもまだどこかに残っている子どもっぽい表情が、時々見え隠れする。
 その少年と大人の間の危うい感じが、今彼の中で少し大きく揺らいでいる。犬たちと少しはしゃいだ後、急に不安そうな気配を見せた。いや、牧場に着いた時から、彼の困惑は大きくなっている気がする。

「背中流そうか」
「何で」
 えっと、何でって……その方が裸の付き合いって感じがして、友情が深まるような……。でもそこでその質問?
 あ、そう言えば、今「真」って呼んだら、普通に返事したよね。それはちょっと嬉しいかも。これから僕のことも、享志って呼んでくれたらいいんだけど。
「自分で洗える」
 そりゃそうかもしれないけれど。

 でも結果的に僕たちは背中を流し合った。彼の背中を流しながら僕は聞いた。
「その、どうなんだ?」
「何が?」
「牧場の感じ。君の牧場と似てる?」
 相川はしばらく黙っていた。それから少し肩を落としたように見えた。
「こんな風呂はなかったけど」一度言葉を切って、ゆっくりと言葉を吟味したように間を置いて続けた。「似ているなんてもんじゃない」

 朝食時、僕たちは相川厩舎の人たちときちんと挨拶を交わした。
 皆が一様に、相川、いや、真を見て驚いていた。かじぺたさんに言われた通り、名前で呼ぶようにしようと思うけど、まだちょっと照れるんだよね。
 真は不安そうな顔をし、少しだけ僕の後ろに隠れた。ってか、そんな三歳の子どもみたいなこと、するなよ。可愛いすぎるじゃないか。
 後で事情を話すよ、と弘志さんが言った。

 それにしても、こんな豪勢な朝ごはんってある? 何種類もあるパンに濃厚なヨーグルト、ジャムはブルーベリー、飛び切り新鮮な卵で作った目玉焼き、昨日肉詰めしたというソーセージ、茹でただけなのに甘くてドレッシングもマヨネーズもいらない数々の野菜。
 明日は和食だって。何だかすごく楽しみ。

 朝食の後は、釧路まで買い出しに行き(注文は済んでいるそうだ)、そこで猫を一匹預かるという。
 猫は飼い主と一緒に昨日から知床にいるらしい。今朝は知床遊覧をして(猫なのに?)、釧路までやって来るという。飼い主は今日、釧路から東京に戻って、明日の朝の便で南米に発つらしい。自分がいない間、猫をここに預けに来たのだ。

 買い出しにはもちろん、かじぺたさんが同行だ。かじぺたさんからは、何となく、静かな闘志を感じる。浦河にも漁港はあるけれど、そもそも水産業が主産業の町ではない。一方、釧路は日本でも有数の水揚げ量を誇る漁港だ。
 夕方には、京都から、お祖父さんの長一郎さんの大事な友人が、孫を連れてやって来るという。前夜祭で既に宴会に突入ってことみたいだ。

 犬に猫に、人間。それに牧場には沢山の競走馬と、数頭の道産子がいる。さらに羊と牛を数頭と、何十羽かの鶏も飼っている。ちなみに牧場には北海道犬にハスキー犬といった犬たちも多数いる。冬の体験宿泊者には犬ぞりも楽しませてくれるらしい。エドワード1世とアーサーはすでに犬たちと挨拶を交わしたようで、牧場を楽しそうに走り回っている。
 それにしても、釧路で猫を預かる? どこかで聞いたような話だ。そう、猫、と言えば、前回、松江で妙なループに嵌まり込んだときにも、猫が絡んでいた。

 まさかね。僕は勢いよく頭を振って、相川、じゃなくて真と、かじぺたさんと一緒に弘志さんの運転するバンに乗り込んだ。
 杉下、じゃなくて萌衣は、今日は牧場で弘志さんの奥さんやお母さんと宿泊客を迎える準備だ。料理だけではなく、布団や着るものの準備もあるし、盆踊りに参加してもらうための浴衣も必要だ。それに牧場でしてもらうための仕事の下準備もある。

 バンの中で、弘志さんが語ったのは、彼らが失った大事な人のことだった。
「君が、俺の甥にそっくりなんだべ。名前まで同じなんて、どうなっちまってるんだか。だから、みんな驚いてたんだ。あいつは十九の時、事故で死んじまった。昨日、札幌で訪ねた家、あったべ。あの人はあの時、あいつを搬送してくれたヘリのパイロットだ。あの日、いくらか天候が悪くて、なかなかヘリを出せなかった。力が及ばなくて、って、彼女のせいでもないのに唇を噛みしめて泣いてくれてなぁ」
 忙しくも楽しい時間、そして運命の針が静かに動く時間の始まりだった。

(その(2)につづく)


ハリポタトリオ、ハリポタを読む、って微妙な話だなぁ……
あ、「なぜそこに鮭を咥えた熊の木彫り」……実はあの頃、「何故か結構な確率で家にある意外なもの」の話をしている時、この北海道土産のクマの木彫りの話題になったことがあります。そう、北海道土産ってこれが主流だったのですよね。
マックスがお土産に持ってきてくれる食われ熊は、逆に熊が鮭に襲われている木彫りですが、なかなか良くできているモノが多いです。実際、でっかい鮭は迫力ありますものね。

あ。敷香も友情出演、ありがとうございました!!
このワールドでは亡くなっている真を帯広の病院まで搬送してくれたのは敷香だったのですね。
実は、真は19の秋、崖から落ちて生死の境を彷徨っています(事故・自殺説あり。本人は逆行性健忘で思い出せないのですが……このお話は【海に落ちる雨】の続編、【雪原の星月夜】で語られます)。
そして何かの拍子に「自分は本当はあの時死んじゃってたんじゃないか」と感じたりしています。
このお話は真がまだ高校生設定なので、19よりも若いけれど、この錯綜した時間軸の中では逆らえないものがあるのかも。

……といっても、これは楽しいオリキャラオフ会。
ちょっと悩みモードの真の気持ちも、結局宴会と花火でぶっ飛んでいくのかも!
宴会の準備は着々と進んでいます。さあ、皆様、こぞって浦河へ!
(って、私、浦河に住んでいる人みたいだ)

Category: 番外編・オリキャラオフ会in浦河

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