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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・旅】東京・目黒雅叙園『百段階段』~昭和の竜宮城~ 

先日、目黒雅叙園の百段階段を訪れました。
以前から興味津々だったのですが、なかなか訪れる機会がなく(イベント時にのみ公開されるので、日程が合わないことも多くて)、今回ようやく念願かなっての訪問です。
詳しい話はさておき、まずはこの「百段階段」をご覧いただきたいと思います。
百段階段3
この見事なケヤキの板材で作られた階段廊下は大工の棟梁・酒井久五郎の手によるもの。山腹の斜面に建てたためにこのような形になったわけですが、目黒雅叙園に現存する唯一の木造建築なのです。階段廊下の南側には7つの部屋が設けられお祝いの場として使われてきたそうです。
でも。あれ?
百段階段4
実は99段しかない(^^)
そもそも日本って「99」の文化なのですね。地名でも「九十九」とつくものは多い。99をもってして100の代用とする、一歩控えめの文化、という説もありの、いや、数字で一番大きい「9」を2つ並べることで大きさ・多さを表すともされます。
何はともあれ、目黒雅叙園の百段階段は実は九十九段階段です。
エレベーター扉
この階段に至るには、まずこちらの入り口から入って行きます。って、これは?
実はエレベーターです。中の写真は撮らなかったのですが、なんと、漆塗りの唐獅子牡丹なのですよ! しかも40人ほど(正確に忘れちゃった)は乗れるという広さ。
そもそも、このエレベーターの扉、凄すぎません? もうここに立った瞬間から「わくわく」モードのスイッチが入る仕掛なのです。
しかも、このエレベーターの感じ、どこかで見たことがありますよね。そう、ここもまた『千と千尋の神隠し』のモデルのひとつであったと言われています。
エレベーターを降りて角を3回ほど曲がったら、百段階段に達することができます。
百段階段2
昭和初期、この建物が賑わい華やかなりし時代、この階段を仲居さんが大きなお盆を持って行き来していたのですね。
実はこの建造物、普段は撮影禁止。でも、今回のイベント「和のあかりx百段階段」の期間中だけ撮影許可あり、だったのです(でもイベントの性質上、中が暗い。フラッシュは禁止。ちなみにFacebookでは優秀作品が選ばれるという話。私はしてないけれど)。
この日は一眼レフ持ちではなかったので、写真はイマイチですが、本当に見ても撮っても飽きない、いつまでも見ていたい空間でした。
それではごゆっくり、昭和の豪華絢爛たる総合結婚式場をご覧ください。

そう、目黒雅叙園は日本初の総合結婚式場なのです。でも、歴史を紐解くとそれだけではない。
そもそも、結婚式と言えば神社や自宅で行っていた時代に、結婚式から披露宴まで、衣装も写真も全部ひっくるめたサービスを提供する施設を作ったわけですから(今では当たり前となっていますが)、創業者の細川力蔵氏はなかなかのアイディアマンだったわけですね。
しかも結婚式を行うには神社が必要ですが、通りの向こうの○○神社で結婚式を挙げて、披露宴会場まで橋を渡っている間に花嫁の衣装が雨に濡れたら可哀相と、敷地内に出雲大社から御霊を賜り、神社を建てちゃったと。
(歴史は興味深いのですが、詳しくはHPをご覧ください。)

でも、何より素晴らしいのは、これは一部の特権階級の人のためのものではないということ。
創業者・細川力蔵氏は石川県の農家の生まれ。東京に出て風呂屋で奉公→経営し、財を成した後、現在の場所で北京料理・日本料理の料亭を始めたと言います。そのコンセプトは「婦人・子供・家族連れまで庶民が気軽に利用できる場所、ひと時の夢を見る場所」だったと言います。やがてここは「昭和の竜宮城」と言われる、日本の木造建築・建築工芸の粋を極めた場所となったそうです。
うん、今ならさしずめTDL?

もともとは料亭であり、二期工事では大浴場なども作られました。昭和期のテーマパーク(あるいは健康ランド?)とでもいうのでしょうか、創業者の発想力の豊かさを感じます。まさに『千と千尋の神隠し』ですね。
広い敷地内には、いくつものレストランあり、宿泊施設ありで、結婚式だけではなく様々なお祝い事などの宴会に使われる場所。都心から少し離れていたこともあり、この建物は空襲にも遭わず、こうして現在まで残ってくれたのです。
(あ、文字が多くなっちゃいました。写真、写真。)
廊下2
エントランスからレストラン街へ至る廊下です。

では、この百段階段のお部屋に入ってみましょう。
部屋は東京都指定有形文化財となっている間が6つと、指定されていない『頂上の間』で(頂上なのに^^;)、全部で7つ。2つの部屋以外は、その部屋の主な画を描いた画家の名前がつけられています。
今回の「和のあかり」イベントのため、室内には多くの灯りをモチーフとした展示がなされていました。
まずは一番下の『十畝の間』から入ってみましょう。
十畝の間1
天井には前室に8面、本間に15面、合計23面の襖仕立ての鏡面に荒木十畝による四季の花鳥画が描かれています。柱や梁には黒漆の螺鈿細工が随所に見られます。この電灯の傘は昭和初期のまま。
十畝の間2
障子など建具の細工も素晴らしいものがあります。長押にはぐるりと螺鈿。
十畝の間3
今回のイベントのためにこうして灯りが置かれているので、和の温かみが感じられますね。
和の建築のピークは、この建物が作られた昭和初期にあったとされています。西洋の建築に押されながらも、まだ「職人」が健在だった時代。皆が自分の自信と誇りをぶつける仕事を求めていたのですね。そして折しも世界大恐慌のおかげで、庶民にも土地・諸資材の購入が可能となり、思わぬ逸材(文字通り、今じゃとても買えないような高い材木が捨てるように置いてあったり)が安く手に入ったと。

次の間が『漁樵の間』。「ぎょしょう」と読みます。
漁は漁師、樵はきこりのことで、二本の床柱の向かって左側には春・海・漁師が、向かって右側には、秋・山・きこりが彫られているから、この名前になっているとのこと。「漁樵問答」とは話がかみ合わないことを言うそうです。
あれ? 説明を聞いた時、「若き日の浦島太郎と歳とった浦島太郎」と聞いたような?(多分記憶違い)
いずれにしても「対」を好む芸術世界の、見事なまでの調和を生み出す、ものすごく豪華な間。
漁樵の間6
室内はすべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられ、彩色木彫と日本画に囲まれて立っていると、気分はもう竜宮城に迷い込んだ浦島状態。格天井は菊池華秋原図の四季草花図、欄間は尾竹竹坡原図の五節句が極彩色に浮彫されています。
漁樵の間8
こちら向かって左の人。確かに釣竿が見えます。すごい彫刻ですよね。
漁樵の間4
こちらは秋の草花図。重陽の節句にちなんで菊。暗いお部屋の写真なので見えにくいと思いますが、天井まですべて浮彫。目出度い宴会に使われた間だとのこと。
漁樵の間7
廊下側を振り返っても、重みがありますね。あ、廊下のガラス戸に何かが映っている?
その豪華さを表すように、和のあかりでは「青森のねぶた」が飾られていました。
漁樵の間5
狭い部屋で見ると、かなりの迫力。
漁樵の間金箔
ちょっと見えにくいのですが、この浮彫の下の金箔、黒ずんでいます。純金なんてめったにお目にかかるものでもないので、みんなが触って行ったためだとか。ちなみに上の浮彫、光源氏と紫の上にも見えます(うちだと、大和竹流と東海林珠恵か……)。

次は『草丘の間』。
草丘の間1
イベントって、じっくりお部屋を鑑賞するには邪魔っ気な気もするけれど、これのおかげで公開してもらっていると思うので、ありがたく天井を見上げることにします。こちらは部屋に風鈴の山。
草丘の間2
やはり障子はシンプルながら華やかな設えです(面腰組子)。この障子を開け放つと木々が爽やかに見えるようです。
草丘の間3
格天井の秋田杉及び欄間には礒部草丘の四季草花絵、瑞雲に煙る松原の風景が描かれています。
草丘の間4
いや、暗いですね。少し絵が見えるといいのですが。

さらに、もう少し階段を登ると、部屋が2つ並んでいます。まずは『静水の間』。
格天井の秋田杉には池上秀畝の鳳凰・舞鶴、欄間四方には小山大月の金箔押地秋草、次の間の天井及び欄間は橋本静水等の画伯によるもの。
静水の間1
このお部屋は暗すぎて良い写真がありませんが、実際に目で見ると、繊細で落ち着いた画です。イベントの屏風と灯りがちょっと迫力ありすぎますけれど。
静水の間2 (2)
でも、この暗さで見ると、秋の月夜のようですね。

並んだ奥の部屋が『星光の間』。
奥の間・次の間とも格天井及び欄間いっぱいに板倉星光の四季草花が描かれています。
星光の間1
四季の花、果物など、とても親しみやすい画で、気品があります。
星光の間2
こちらの展示はちょっと大人しめでした。
星光の間3
このお部屋でご飯を食べたら、きっと美味しいだろうなぁ~と溜息。
『漁樵の間』では豪華絢爛過ぎて消化不良になりそうだけれど(祝い事の酒には合いそう^^;)。

更に少し階段を登ります。こちらは『清方の間』。
清方の間2
美人画の大家、鏑木清方の絵に囲まれる、何とも素晴らしい茶室風の間です。
清方の間3
それにこの網代天井。見上げていてもまるきり飽きることがありません。この四隅にも絵が描かれていて、四季の草花も全て清方の筆。天井の全体は下のような感じ。
清方の間1
こちらは奥の間になります。2部屋続きのとても風雅なお部屋で、次の間のほうも網代天井でした。
下は次の間の角っこ。床の間の飾り棚と言い、障子の建具の細工と言い、実に優雅ですね。
清方の間5
実は、各部屋のそれぞれ床柱がまた見事なのです。ここに写真で載せても「あ、そう」みたいな写真になっちゃうので割愛しましたが、こちらの奥の間の床柱だけ、ご紹介。径一尺五寸の北山杉の天然総絞丸太です。あまりにも見事なので、大工さんが柱の裏に木の名前を入れちゃったという。
清方の間床柱
こんな太い、天然総絞り、他で見ることはないですね(実はうちの実家にも北山杉総絞り床柱があります……もちろん、こんなに太くありませんが^^;)。
清方の間廊下
暗くて見えないですが、これが清方の間に入っていく回り廊下。この化粧軒も北山丸太。

そして、唯一、指定文化財ではないお部屋、『頂上の間』です。開け放したら気持ちよさそうな空間のようですが、例のごとく、イベントのため薄暗くて。
頂上の間2
金魚がいっぱいいたりするし。ぼんぼりもあるし。
頂上の間1
というわけで、帰りは一気に階段を降ります。99段の百段階段。
窓枠2
階段廊下の窓枠も粋です。富士山の意匠もあり、夜でも富士を眺めるような気持ちになれたのかもしれませんね。
窓枠1
廊下の天井にも絵が描かれていますが、こちらは名もなき若き絵描きさんの作。いつか『○○の間』の絵を描けるようになりたいと願いつつ、修行を積まれていたのでしょう。
階段の絵
最後に、ご飯中の方がいたらいけませんので、サムネイルでお写真を。
御不浄
百段階段途中にあるご不浄です(もちろん、今は使えない)。えっと、すごく広い。寝れそう。花嫁さんが御着替えも十分できそうな広さです。

ふつうの明るさでの写真はこちらをご覧くださいませね→「百段階段」
新しい建物にも以前の姿を偲ぶような装飾画が施されています。
廊下
職人の技術が受け継がれていく場所が失われていっている今、このような場所でその片鱗に接することができるのはとても素晴らしいことですね。
廊下の灯り
こちらにも和のあかりに関する展示?がありました。レストランは、今回は和食にしてみましたが、おいしかったです(*^_^*)
「和のあかり」は8月9日まで。また秋には假屋崎省吾さんのお花イベントがあるようですので、機会がございましたらお訪ねくださいませ。
長々お付き合いいただきありがとうございました(*^_^*)

あ、おまけのお料理、朝顔仕立ての前菜とお寿司(団扇のお皿が涼しげ)。
目黒雅叙園・ごはん目黒雅叙園・ごはん2
そしてレストラン・渡風亭の入り口。
レストラン

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Category: 旅(あの日、あの街で)

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