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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!【浦河パラレル】(6) I was born to love you(後篇) 

ついに大団円の最終話をお送りいたします。オフ会に参加してくださった皆様、そして読んでくださった皆様、ありがとうございます!! 思ったよりもずっと長くなって、思ったよりもずっと難産な部分もあって、思ったよりもはるかに楽しく書かせていただきました。
Special Thanks to……八少女夕さん、limeさん、ふぉるてさん、TOM-Fさん、けいさん、サキさん、あかねさん、かじぺたさん、ポール・ブリッツさん。
参加して下さった全てのメンバーに大きな拍手です(*^_^*)
それでは、大海の最終話、おたのしみください。
アップしてからちまちま直したり書き加えたりしているので、読み返したらちょびっと変わっているかもしれません。って、読み返すほどの内容じゃないけど^^;


オリキャラオフ会 in 北海道@また一緒に遊ぼうにゃ~!
【浦河パラレル】(6) I was born to love you(後篇)



8月13日
 おはようにゃ! ちょっとだけキモチわるいにゃ。ナギちゃんとぼく、ふつつかよいだって言われました。でも、らいじょうぶら~。
 えっと、きょうは、みんなでえりもみさきにいきました。えりもみさきについたら、モリシンイチをうたいました。えりもの~はるはぁ~♪
 えりもみさきには、あざらしがいっぱいいました!
 あざらし、おいしい?(タケル註:お前には脂っこすぎるかな。マコト:ひかしぼ~! タケル:なんでそんな単語を知ってるんだ?)
 でもびゅんびゅんすごい風で、ぼく、ころんころん、ころがっちゃいました。だから、まことがぼくをうわぎの中にかくまってくれました。タケルのふくのなかみたいで、あったかかったです。ぼく、ちょっとだけタケルにあいたくなっちゃいました。
 でも、ぼく、だいじょうぶ。ひとりで、おるすばん、がんばります。みんながいるから、だいじょうぶだよ。
(タケル添削:ふつつかよい→二日酔いだよ。お前、北海道に行くと間違えて飲むこと多いなぁ。ダメだぞ。急性アルコール中毒は怖いんだからな! マコト:なめただけなんらよ。でもきをつけるにゃ)


 朝靄が牧草地を覆っている。馬たちの影が微かに見える。緩やかな風が海から流れてくる。真は朝露に湿った草地を踏みながら丘を登った。厩舎の周囲は平らに拓かれているが、その先は随分と起伏にとんだ地形となっているので、牧場の敷地を少し出ると景色は随分と印象が変わる。
 北海道の景色は、夏の一時期、人間に対して奇妙に優しくなるが、短い秋が過ぎると途端に素っ気なくなり、真冬にはまるきり人間を寄せ付けない。それでも、この大きな自然の中で、自然に巻き込まれながら、人々は生きている。自然に対して何かができるとは思っていない。ただその中で、大きなものに合わせながら、生きているのだ。

 東京に住むようになってから、この感覚を忘れていたかもしれないと真は思った。
 ふと顔を上げると、朝の光とも靄ともつかない白い景色の中に人影が見えた。自分が一番乗りだと思っていたので、少し残念だった。
 人影は、その遥かな大自然にカメラを向けている。綾乃だ。彼女は何かを探しているのだろう。何かを探している人の姿というものは神々しいものだと思った。綾乃は構えていたカメラを下ろし、遠くを見つめる。

 写真のことは分からないけれど、きっと、心の底から突き動かされるようにシャッターを切る瞬間というのは、そんなに何度もないのだろう。
 邪魔をしないように引き返そうとしたとき、綾乃が真に気が付いた。
「おはよう」
「おはようございます。早いですね」

「でも牧場の人たちは、私たちがまだ寝ている間にもう起き出して仕事を始めてるじゃない?」
 真は頷いた。
「もっとお役に立ちたかったのに、今日はもう仕事は終わりだし、ちょっと申し訳ない気持ち」
「そんなことないですよ。きっと、彼らは皆さんが来てくれて、非日常な数日が過ごせたことを喜んでいると思います」
「そうだと嬉しい。盆踊りの前にね、お風呂でコトリさんやダンゴさんと話していたんだ。人前で歌うのって苦手だな、って話になったんだけど、今回は誰かのためになら歌えるね、って。お世話になっているこの町の人たちへの感謝と、それから、あの二人のためなら」

 真は綾乃のカメラを見つめた。EOS Kiss Digitalと教えてもらった。真の時代にはない、フィルムが必要ではないカメラだ。
「いい写真が撮れましたか?」
「ううん、まだ。やっぱりこの自然には圧倒されちゃう。その中で生きている人たちが、短い夏の間に弾けようとするエネルギーにも。このフレームにこれをどうやって収めるんだろう、あるいは何を切り取るんだろうって、考えたらシャッターを切れなくなることもある。でも、だからこそ、この場所、この時は二度とないんだなぁって、自分がここに立っているこの時間を何とかして残したい、誰かに伝いたい、そんなふうに強く感じてる」

 それから、綾乃はじっと真の顔を見つめた。
「ね、昨日の夕方……」
 真も綾乃の顔を見つめ返した。
 その時、不意に不思議な感覚に襲われた。何か、自分でないものの思念、存在のようなものが流れ込んできたのだ。いや、あるいは自分自身の内側に湧き起こったのかもしれない。懐かしいような、悲しいような、それでいて穏やかで温かいような、不思議な感覚だった。

 綾乃は「ううん、何でもない」と言って、まるで名残を惜しむように牧草地を見つめた。何かを掴みとろうと前進する女性の横顔は綺麗だなと思った。
 享志の奴、見惚れていたけれど、ちょっと分からなくもない。ま、今回は葉子には内緒にしておいてやろう。
 今日は襟裳岬に行って、それから帯広だね、と綾乃が呟くように言った。

「襟裳岬って、森シンイチの歌でしか知らないわ。北国の岬を見るの初めてだから楽しみ」
「少なくとも、『何もない春』ってことはないです。春になると海の匂いが変わって、短い草が生え始めて、海風に耐えながら伸びていく。何より、突端に立つと、270度見回せる海が広がっている。それから、ゼニガタアザラシもいっぱい見ることができるし」
 綾乃がくすっと笑った。
「ここが好きなんだね」
 真は何だか赤くなってしまった。

「上手く言えないけど、来てよかった」
 真は頷いた。
「いつか、綾乃さんの写真が見たいです。綾乃さんが大切な人にこれを見せたかった、と思えるような写真」
「うん、いつかね」
 そう言ってから、綾乃はふと何かに気が付いたようだった。そして少し困ったような顔をし、それから困惑を振り切るように真を見て、力強い声で言った。
「そうだよね。いつかまた、きっと」


「おはようございます」
 幸生がまだ眠そうな目のままで、台所で朝ごはんの準備をする女性たちのところへやって来た。台所で早朝から働いているのは、いつもの通り、かじぺたさんと奏重と知里(弘志の妻)だ。
「あら、おはよう。昨日はご苦労様でした」
 奏重が返事をして、労うように幸生にコーヒーを淹れてくれた。

「すみません。本当に、力不足で……」
「いいの、いいの。男と女のことだから、何もかも思う通りにはいかないものよ」
「じゃ、やっぱり、昨日のは策略だったんですね?」
 かじぺたさんがニコニコしながら確認した。
「策略ってほどのことでもないんだけれどね。最高に素敵なお祝いをしてあげたいって、ある人から頼まれていたのよ。でも、プロポーズは一大事ですからね。正志さんにしても、意を決してプロポーズするつもりで北海道にやって来たのに、来てみたらこんなにみんなが仲良くなっちゃって、逆に二人きりになるチャンスがないなんて、まぁ、皮肉なことだけれど」
「じゃ、正志君もタイミングを逸しているわけなんですね」

「サクラまで用意しんだけど」
 知里も相槌をうつ。つまり、昨夜の「兄ちゃん、誰にプロポーズだべ」って掛け声はサクラ係の声だったのだが、緊張して歌っていた正志の耳には聞こえていなかったらしい。盆踊りの最中にプロポーズ、そして会場でみんなのサプライズ祝い、という運びだったのに、致し方ない。
「でも、旅が終わりに近づいてきて、追い詰められたらきっと行動に出ますよ。男なんだから」

「いやぁ、最近の男は選べない、言い出せない、自信がない、って感じですからね。やっぱり心配だなぁ」
 幸生は自分を棚に上げて頭を掻いた。
「まぁ、でも、運命ならば時が来るものですよ」
「そういえば、奏重さんも知里さんも大恋愛だったんですよね」
 かじぺたさんが今日のスープを作りながら、やはり笑顔で言った。

「私はただ、自分の出自のことで皆さまに迷惑をかけたってだけで」
 知里の言葉をぴしゃりと奏重が止めた。
「まぁ、何を言うの。あなたはうちの素晴らしい嫁ですよ。私はあなたを誇りに思っているわ」
 先住民族であるアイヌの歴史は決して明るいものではない。それでも弘志と知里は想いを貫いたのだ。そしてその背景には、自分たちも周囲の大反対を押し切って、駆け落ち同然に結ばれたという長一郎・奏重夫婦の歴史がある。

「奏重さんは金沢からこちらに嫁がれたんですよね」
「長一郎さんとは想いを確かめ合うこともなく、一度は別れたんですよ。お義父さまが倒れられて、あの人は浦河へ帰ってしまって、その後何年もお互いに連絡を取り合うこともなかったの。牧場のことではあれこれ大変だったと後から聞いています。私はもう諦めていて、別の方との縁談が決まっていた。そこへあの人が迎えに来てくれたんですよ。長一郎さんは一度結婚されて、その後、奥さんを亡くされていたんだけれど……このまま運命に従っていては、想いを残したまま生涯を送ることになると、意を決して金沢まで迎えに来てくださった。私も、たくさんの人に迷惑をかけたし、ここへ来た当初は、花街生まれの女に馬や男たちの面倒を見れるわけがないと、ずいぶん言われたものです」

「男と女には、ここぞという場面があるものですね。大丈夫、幸生さん、正志君と千絵さん、お似合いですもの。二人はきっと、少しくらい回り道してもちゃんと上手く行くと思いますよ」
 かじぺたさんがにっこり笑った。
「えぇ、後で私がこっそり正志さんに耳打ちしておきましょう。うちのスタッフの一人が、働き者でよく気が付く千絵さんをいたく気に入って、よければ牧場に残ってくれないかなんて言っている、とでも」
 奏重が力強く言った。幸生は、女はやっぱり怖いと思った。


 襟裳岬を回って、帯広の近くでジンギスカンを楽しみ、花火大会の会場に着いた時は既に十勝川河川敷近くの会場にはものすごい人が集まっていた。
 花火大会は6部構成になっていて、デジタルとアナログを組み合わせた素晴らしいショーだった。夜空にレーザー光線が光の演出を繰り出すが、もちろん、花火の素晴らしさには敵わない。独創的な花火師たちの特別な花火の紹介もあり、地元の小学生たちの企画花火があり、みんなのメッセージ付きの花火も上がった。

「さぁ、第5部では、メッセージと共に花火を贈ります。まずは、十勝市のKさん。お父さん、お母さん、結婚25周年おめでとう!」
 尺玉が夜空に上がる。一発ずつだけれど、誰かの想いが夜空に花と拓く。
「帯広市のFさん。今年定年退職になったお父さん、今日まで本当にご苦労様!」
 またひとつ、花火が上がる。皆の拍手が夜空に木霊する。
「和歌山から愛をこめて!」
 その声と一緒に打ち上げられたのは猫型花火だ。会場は特別な花火にどっと沸いた。あれって、駅長のたまだよね? という声が聞こえていた。
「東京都港区Tさんから、高校生トリオへ、さっさと帰ってこい!」
 ハリポタトリオと呼ばれていた三人の高校生は顔を見合わせる。その後、享志はぶっと噴き出した。萌衣は大受けで手を叩いている。真はむすっとしている。 
「帯広市のAさん。みっちゃん、結婚してくれ~!」
 尺玉が空で弾け、どっと観客席の一部で歓声が上がった。

 へぇ、こんなコーナーもあるんだね、と千絵が羨ましそうに正志に囁いた。
 正志は青ざめた顔をしていた。こんなコーナーがあるんだったら、もっと早くに教えてくれていたらよかったのに。しかも、牧場のスタッフの誰かが千絵に懸想しているだなんて!
 そう思った時だった。
「富良野市上田久美子さんから、正志君と千絵ちゃんに感謝をこめて! 幸せになってね!」
 正志は自分の聞き間違えではなかったかと思いながら、呆然と夜空に花咲く花火を見上げていた。隣にいる千絵も今のアナウンスを聞いたはずだ。でも彼女はただ空を、花火を見上げている。
 話しかけていいものか、まだ正志は迷っていた。
 メンバーたちは事情を知っていたのかいないのか、時々正志たちの方を気にしながら、口々に綺麗ね、綺麗ね、と言い合っている。彼らの目から見れば、千絵の横顔は明らかに正志に話しかけてもらうのを待っているというのに。

 そうこうしているうちに、花火大会はクライマックスに移っていった。
「勝舞花火2015、グランドフィナーレ、この一瞬を共に!」
 始まって2曲目で、ジョン・レノンの『イマジン』と共に夜空にハートが開いた。
 次々と夜空で花咲く花火。クライマックスに向けて会場中の空気が盛り上がっていく。この一瞬、一瞬、千絵や、ここにいるみなと過ごした時間、全てが花火となって夜空で炸裂する。そしてこの一瞬が消え去ってしまったら……何が残るのだろう。
 いや、心の中に開いた花火を消すことなんて、できない。
 正志はついに決心した。「今」でなくて、いつ言うんだ?
「千絵」
 正志は想いをこめて呼びかけた。

 ……
『風が吹いている』の曲に乗って勝舞花火名物の錦冠が夜空を黄金に染め上げる。
 その光の中へレオポルド、マックス、そして昨夜から突然現れたお堅い役人風と超絶色っぽい姉さんは、いくつものジェラルミンケースと大きな思い出を残して消えていった。
 マックスが姿を消す一瞬前、萌衣に「送ったから!」と言ったが、何のことか分からなかった。

「なんとなく、これからもずっと一緒にいるんだと思っていたわ」
 たった今、プロポーズを受けた千絵が呟くように言った。皆が同じ気持ちだった。花火が消え去った空に友を探すように、皆が残された大きな宇宙に瞬く星々を見上げていた。
 それでも、帰るべき場所がそれぞれにある限り、皆、その場所へ帰っていくのだ。

 帰りの渋滞には会場に集まった人々は辟易していただろうが、相川牧場のチャーターしたマイクロバスの中は祝いムードに満ち溢れていた。みんなで歌を歌ったり、あれこれ思い出を語り合ったりしていると、時間などあっという間だった。そう、たったの三日間だったのに、もう「思い出」と呼べるものがあるのだ。
 不思議と満たされた短い時間。それを夢に見ているのか、マコトは真の膝の上で丸まって眠っていた。本当は眠っていなくて、別れの時が近づいていることを感じて寂しくなっているのかもしれない。
 真はバスの窓から夜空を見上げた。

 この空は、あの東京に繋がっているのだろうか。自分の還るべき東京に。
 一抹の不安を感じた時、隣に座る享志の手が、真の膝の上のマコトにすっと伸びてきた。そのまま享志の手がマコトの茶虎の毛を撫でる。
「帰ろうな」
 真はしばらくじっと親友の横顔を見つめ、やがて小さく頷いた。
 マコトにはマコトの、待っている人がいるのだ。


 夜中に眠れなくて岩風呂に行くと、先客がいた。成太郎とレイモンドだ。何となく不思議な組み合わせになったな、と思いながら、真は彼らと挨拶を交した。
 身体を洗っていると、成太郎が背中を流してくれた。
「成太郎さん、ありがとうございます」
 真は改めて礼を言った。
「なんで、こっちこそ、ありがとう。色々吹っ切れなかったこともあったけど、今は、自分をしっかり持って前も向いていようって、そうしたらきっといつかいいことがある、そんな気持ちになれてるんだ。ありがとう」
 成太郎は力強くそう言ってくれた。

 岩風呂は夏の間は開け放って半露天になっている。冬はそれではとても耐えられないので、雪よけを設置できるようになっていた。今は、湯につかりながら満天の星空を見上げることができる。こうして宇宙を見上げていると、次元も時間も、簡単に飛び越えられそうな、そんな気がしてきた。
 そんな次元をお互いに超えて偶然二度も出会うことになったレイモンドとは、不思議な因縁から、また邂逅する時があるような気がしていた。

「俺も、実はいろいろ思い出せないことがあって、時々気持ちが折れそうになることがあったんだが、こうして何度か異次元に誘い込まれて、何だか色んなことが何とかなるような、そんな気持ちになってきている。それに、不思議なことにリーザや詩人とも、もっと絆が深まったような気がするから不思議だ」
「詩人3世さん?」
「そうそう、何で、急に3世何て言いだしたんだろう? 陛下はII世だと言っていたし、目玉は1世? あ、犬のエドワードも1世だっけ? 流行に乗ったってことかな」
「そう言えばリーザさんは、うちのじいちゃんと真のじいちゃんと、相当仲良くなったみたいですよね」
「あれは仲良くなったというのか、ただ呑兵衛同士というだけなのか……」
 レイモンドも相当に飲むが、どちらかというと静かに飲んでいる。リーザは騒ぐわけではないが、老人のうわばみ二人とは完全に意気投合してしまったようで、飲みながら往年の友人のように注ぎ合っていた。
「酒飲みは語り合わずとも分かり合えるんですよね、きっと」
 三人は顔を見合わせて微笑み合った。


 翌朝、目が覚めたら、レイモンドとリーザ、詩人は、あの不思議な翻訳機もろとも消えていた。長一郎がリーザのためにと用意していた一斗樽も忽然と姿を消していた。持ち帰ったのか、飲んでしまったのかは定かではない。
 コトリとダンゴはこのまま北海道をもう少し回ってから帰るそうだ。コトリと握手をして別れた時、少しだけ甘酸っぱい気持ちになった。
 綾乃も去っていった。美瑛にもう一度寄ってからニューヨークに帰るそうだ。いつかきっと写真を見せてもらうという約束は、しっかりと交わした握手で確かめ合った。

 幸生はポチを連れて、来た時と同じように飄々とした感じで去っていった。その後ろ姿を見送っていたら、その後ろを三毛猫がとことこ歩いてた。あ、やっぱり猫がいたんだ! 真がそう思った時、三毛猫は振り返り、まるで挨拶をするように頭を下げて、そしてすっと幸生の肩に飛び乗った。と思ったのだが、飛び乗った時、ふわりと消えた。

 そして、正志と千絵。本当に有難うと何度も言って、レンタカーに乗り込んだ。特に千絵は牧場の女性陣と随分と仲良くなっていたので、この牧場は第二の故郷になるような気がすると言った。
「あ、正志さん、うちのスタッフが千絵ちゃんのこと気に入って、ってのは嘘なのよ。ごめんなさい。でも、私たちはみんな、彼女をとても気に入っていて、家族のような気持ちになっている。幸せにしてあげてね」
 正志は一瞬「え~」という顔をしたが、次には唇をしっかりと引き結んで、力強く頷いた。

 それから、真はかじぺたさんと、ナギ、ミツルと一緒にミズナラのドングリを植えた。
「大きな木になって、どんぐりがたくさん生ったら、きっとまた、ここでみんなで集まろうよね!」
 かじぺたさんがそう言って、ナギ、ミツル、享志、萌衣、そして真を順番にしっかりと抱きしめてくれた。

 そして。
 いよいよ自分たちもこの牧場を去る時が来た。気がかりなのはひとり(?)ここに残るマコトのことだ。マコトは確かにミズナラのドングリを植える時、そこにいたのだが、気が付くと姿が見えなくなっていた。真は弘志に少し待ってもらって、猫を探した。
 皆で泊まっていた大広間に行くと、なんと、目玉1世がぷかぷかと浮いていた。

 あれ、ナギ、忘れていってる。大事そうにしていたのに。
 そう思ってふと見ると、広間の真ん中に紙が落ちている。真はそれを拾い上げた。
 ……
 まさかの肉球文字。
 でも、その下に、ミミズの這ったような文字で「訳」が書かれていた。

 ……ナギ、あんなに大事にしていたのに。でも、マコトのために自分は我慢したのだ。
 そこには、こんなふうに書いてあった。
 マコトへ。ひとりでおるすばん、えらいね。目玉1号をおいていきます。いっしょに遊んでやってね。また遊ぼうね。ミツル、ナギ。(ほんやく:はぞるかどす)
 レイモンドの翻訳機、肉球文字まで翻訳できるようになってたんだ。すごい進化だ。
 ものすごい視線を感じる。真は至近距離から手紙をじっとのぞきこんでいる目玉1号と目が合って、何となく頷き合った。

 うん、マコトを頼むよ。
 まぁ、乗りかかった舟さ、しょうがない。
 目玉1号がそう答えた気がした。

「真、行くよ」
 萌衣が呼びに来た。真は頷いた。
「マコトが心配? あ、ややこしいね。猫のマコト」
「うん。でも、きっと顔を見たらもっと心配になるし、連れて行きたくなっちゃうし、それが分かってるからマコトも出てこないんだ」
「また会えるよ。二度あることは三度あるから」
 それにそもそも、自分たちが無事に帰れるのかどうか、まだ確定したわけではない。
 ……ま、そうなったら、あの男が時空を超えてでも迎えに来てくれるかな。
 そう思った自分が可笑しかった。
 玄関で享志も待っていた。三人は顔を見合わせ、そして牧場の景色を見つめ、何となく三人で輪になって額を突き合わせるようにした。

「また、いつか」
「また、きっと」
「うん」
 弘志が運転するバンに乗って、夕陽にけぶる牧場をふり返ると、真のお気に入りのあの場所に人影が見えた。
 夕陽の中ではっきりとは分からなかったけれど、あの黒い服の女性だと思った。
 その傍らに、とても小さな猫の影が見えていた。
「また一緒に遊ぼうにゃ」
 真はその小さな影に向けてそっと呟いた。


「なんで?」
 上野駅に降り立った途端、そう言ったら、ぽかん、と頭をこつかれた。
「お前、それが早朝からわざわざ迎えに来てやった俺に対する言葉か? あんまり寂しそうな声で電話してくるから、心配してやっていたのに」
「俺、寂しそうな声なんて出してないよ」
「嘘つけ」
 そのやり取りを聞いていた享志と萌衣は、顔を見合わせて肩を竦めた。
「じゃ、真、大和さん、僕たちはここで」
 まるで邪魔しちゃ悪いとでも言うように申し合わせて走り去っていく。

 上野駅のホームの人混みに取り残された真は、しばらく迎えに来た男の後ろ姿をじっと見つめていた。男は真の手から取り上げた鞄を手に、人々の間を泳ぐようにすり抜けていく。金の髪がホームに届く朝の光に白く輝いていた。
 ここは間違いなく元の世界だ。服も髪型も、2015年の世界を見た後では、少しだけ古臭い。それにホームを見遣っても、誰一人、スマホなんて持っていない。
 真はさっきこつかれた自分の頭に触れた。
 男は、真がついてこないので、すぐに立ち止まった。人の波が彼を避けていく。ホームの上の真と男の間に、他に誰もいない、静かな距離が浮かび上がる。
 男は振り返って、呆れたように言った。
「おい、早く来い」
 って、あんたは旦那か、と思ったけれど、その声でようやく身体から六日分の緊張が解けて行き、魔法から解き放たれたように身体が自由になった。
 その真の傍らを、黒い帽子を被った黒い服の女性が、甘く優しい香りを残して通りすぎて行った。


 新学期が始まった日、三人は院長室に呼ばれた。院長の机の上には、なんと、あの謎の発端・「喰われ熊」が置かれている。夏休みの間に北海道から送られてきたというのだ。
「あなたたち、この『マスヒサモト』さんって知ってる?」
「いえ……」
 送り状を見て、萌衣がまず「あ」と言った。真も享志も続いて「あ」と言った。

『増久素』……漢字を見たのは初めてだった。『まっくす』! なんてややこしい。わざわざ漢字の当て字をすることなんて、なかったんじゃないか? ま、外国人が、当て字のハンコを作りたがるみたいなものかもしれないが。
 三人は顔を見合わせて笑った。なんだ、これ、ずっと学院にあった「なぜそこにあるのか分からない謎の熊」だったけれど、時間のループの中で彷徨っていて、今ここに居合わせたのだ。そう、これはマックスが送ってくれたものだったのだ。
 萌衣が「喰われ熊」にやたらと興味を示したので、別れ際に「送ったから」と言っていたのだ。
「あ~、なんかすっきりしたような、かえって謎が深まったような」
 そう言いながらも、三人は、時空を超えて繋がっている彼らを思いながら、爽やかな新学期を迎えた。


「まぁ、奏重さん、わざわざ来てくださったんですか?」
「長一郎さんが出かけているから、久しぶりに私も羽根を伸ばそうと思ったの」
「お忙しいんでしょう?」
「いつもと変わらないわよ」
 上田久美子は奏重を迎え入れて、お茶を淹れた。久美子は今、この富良野で小さなガーデンとカフェを経営している。
 奏重は久美子の亡くなった恋人の写真にまず手を合わせた。久美子は奏重の前に座ると、改めて頭を下げた。
 
「この間は、正志さんと千絵さんのために素敵な企画をしてくださってありがとうございました。幸生君にもすっかりお世話になって」
 実は、幸生は久美子の高校の後輩だったのだ。この企画を相談すると、力になりますよ、と言ってくれた。
「いいえ。あれはあなたのお手柄よ。あなたが思いついてくれたあのツアー、好評だったし、何よりも思わぬ出会いを私たちに届けてくれた。お礼を言わなければならないのは私の方よ。私ね、長一郎さんのあんなに幸せそうな顔は久しぶりに見た。真を失ってから、ずっと心から笑ったことがなかったんじゃないかと思うのよ。あれから、ようやく遠出をする気になったみたいで、久しぶりに京都で一太郎さんや神戸のお友達といっしょにゆっくりするみたいだから。働きづめだったのだから、少しは羽根を伸ばしてもらわないとね」

 長一郎本人は、京都競馬場に用事がある、いや、栗東(トレーニングセンター)にも用事がある、と出かける直前まで言っていた。素直に、友だちに会いたい、祇園で飲みたい、と言えばいいのにと奏重は思った。祇園には、彼らの昔なじみの芸妓・玉櫛がいるから、多分昔と同じように彼女にやり込められながら、三人で語り明かすのだろう。

 奏恵はあの不思議な日々のことを久美子に話した。
 久美子は目を丸くしながら聞いていた。そして、神様って本当にいるんですね、と呟いた。
「でも、正志君のプロポーズがツアー最終日のぎりぎりになってしまって、さすがに私たちもちょっと焦ったけれど、結果的にちゃんと皆でお祝いさせてもらえて本当に良かった。これで、私たちも、あなたと亮介くんに少しだけ恩返しができたわ」
 久美子は「恩返しなんて、こちらがすることなのに」と言いながら小さく首を横に振った。

 実は、久美子と亡くなった恋人との出会いも、相川厩舎だった。夏の期間、あの牧場で一緒にバイトをしていて、二人は恋に落ちたのだ。
「先日、二人から結婚式の招待状が届いたんです。横浜に行くのはまだ少し辛いけど、行って来ようと思います。亮介さんのご両親にもちゃんとご挨拶をしてきます」
「それがいいわ。そしてあなたも、また前を向いて、できれば新しい素敵な恋をしてほしい。亮介くんもきっとそれを願っているわ。彼はそういう人だった」
 久美子と奏重は、写真立ての笑顔の男性を見つめた。
 ガーデンを彩るハーブの匂いを運んで、風が窓から吹き込んできた。


8月31日
 なぎしゃんから、まいにちおてがみ、来ます。みつるしゃんもときどき、おてがみをくれます。なぎしゃんのおてがみをよんでいたら、めだまイチゴウがうきます。ときどき、いそぽがあそびに来てくれるから、いっしょにめだまイチゴウであそびます。いそぽに会えない日は、ぼくはひとりでボクジョウのみまわりをします。はすきーたちとおにごっこもします。
 ぼくはまいにち、ジイチャンといっしょにどんぐりにお水をあげます。
 ……みんながいるあいだは、とってもたのしかったです。みんなはかえっちゃったけど、でも、ぼく……へっちゃら。
 ぜんぜん、さびしくなんかないです。

「マコト!」
 風が声を運んでくる。マコトは耳をぴんと伸ばした。
「マコト!」
 マコトは転がしていた目玉1号を床に置いたまま、じいちゃんが作ってくれた猫タワーをよじ登って、窓際のカウンターから外を見た。
 金色の髪が牧草地を吹き渡る風に光っている。マコトが顔を出すと、その人は立ち止まり、笑顔になってもう一度名前を呼んだ。
 マコトはタワーを駆け下りた。そして部屋のドアの方へ走って行きかけて立ち止まり、少し考えるような顔をしてから、チェストの陰に隠れた。
 廊下を駆ける足音が大きくなってくる。扉が開く。マコトは頭を引っ込める。
「マコト? 隠れてるのか?」
 そう言いながら足音が近づいてくる。
「そうか、怒ってるんだな。悪かったよ。ほら、出ておいで」
 マコトの方へ手が伸びてくる。大きくて暖かくて優しい手。チェストの陰に隠れて、マコトはじっとその手を見つめる。そして……かぷっと噛みついた。
 噛みつかれた手は、そんなことはものともせずにマコトをつかまえて抱き上げ、髭面の頬を思い切りすり寄せた。
「ただいま、マコト」
「……みぃ」

 
 目玉1号はやれやれ、という顔をした。そしてふわりと浮き上がり、開け放たれた窓のほうへ漂っていく。そして「じゃ、俺は帰るぜ」というようにちらりと振り返り、渡世人のように向かい風を躱しながら牧場を横切っていった。
 牧場に、夏休み最後の日の夕陽が落ちようとしていた。
 草を食んでいた馬たちが顔を上げ、ご苦労さんというように目玉1号を見送った。
 僅かに地中から芽を出し始めていたミズナラの木の傍には、コロボックルが立っていて、目玉1号に大きく手を振った。
 目玉1号は一度不意に立ち止まった。いや、浮き止まった。そして夕陽を見つめ、シニカルに「ふん」と鼻息をつき、彼の帰りを待っているはずの主のところへの長い旅路についた。


8月31日のにっきのつづき。
 ……タケル、あのね、えっとね。……それからね。
 ぼく、まいにち、たのしかったよ。だからべつに、まってなんかなかったからね。
 それでね、えっとね。
 あのね…………おかえりなさい。
(マコトのなつやすみにっき。おしまい)


お疲れ様でした~~~
目玉1号、実はただの発泡スチロールなのに、えらい活躍でした。
ナギからはメールじゃなくてお手紙? だって、肉球文字を打ち込めるPCはなさそうだし。

あ、夕さん、勝手に「上田久美子さん」、お借りしました(この名前、私の小学校時代からのペンフレンドと1文字違いなんですよ)。しかも勝手に、千絵の病院で亡くなった久美子さんの恋人の名前を作っちゃいました。不都合があるようでしたら、お知らせくださいね!
「上田久美子、だれ?」って方はこちらをどうぞ→【君との約束 — 北海道へ行こう】(夕さん作品)

さて、全部で29話(ふぉるてさんちがもうひとつあるのかな? ということで、先にひとつ足しておきました)……思わぬ一大イベントになりました。
おかげで、今月のStella合併号記事を落としてしまいました。サキさん、本当にごめんなさい……(>_<)
そして、楽しいひと時を、皆様、本当にありがとうございました!!!
次回? それはもう……風に任せましょう。
でも、また北海道においでね!(だから、私は関西人だって……)

*勝毎花火大会2015はこちら→勝毎花火大会2015クライマックス
埼玉にいる時、一度連れて行ってあげるよと言われていて実現しなかったのは長岡の花火でしたが、やっぱりこんな感じで。
「○○さんから△△さんへ、日頃の感謝を込めて10号玉いっぱ~つ!」
いいなぁ~(*^_^*)
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Category: オリキャラオフ会@浦河

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