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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

2016年2月のつぶやきコーナー 

<Twitter代わりのつぶやきとお知らせのコーナー>

通常の記事は、もうひとつ下から始まります


2016/2/29
うるう年だからって、ちっとも有難くないくらい仕事が詰んでしまっている私…・締切が今日ってのを2つも発見しちゃったよ。1時間前に発見した締切分を、今ひとつやっつけたところ。もうひとつはもう間に合わないなぁ。ごめんなさいして明日頑張るか。でも明日頑張るためには、明日分の仕事を今からやっつけなくちゃ。あ~、いつも追い込まれると思うのだけれど、仕事って金太郎飴。切っても切っても切っても同じ顔……とにかくまだ職場から抜け出せないのであった。今日の帰りは丑三つ時になりそう。頑張れ、私(ToT)/~~~ きっと早死にするんだわ……(@_@)


古いつぶやきは、続きを読むにあります。
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Category: つぶやき

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[雨168] 第36章 I LOVE YOU(2)姫君の本音 

【海に落ちる雨】第36章その(2)です。
孫タイトルはもう、気にしないでください。姫様トーク炸裂です。

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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【雑記・旅】会津の旅(1)行くも帰るも別れては~飯盛山・さざえ堂~ 

磐梯山
(磐梯山……やっぱり美しい。裾野の広い山は美しいですよね→富士山とか岩木山とか)
福島の石紀行もあとひとつを残すところとなりました(でも、実は3月に続きを画策中……)。その前に、今回は福島の旅でも石紀行は1回お休みして、会津の旅をお届けいたします。
実は今回の石紀行中、1日だけかなりの雨にあたり、山の中に入って行けなかったので、旅程を少しアレンジして宿泊予定の会津(東山温泉『向瀧』さん→【石紀行】40.福島郡山・鹿島大神宮~巨大なペグマタイト岩脈~と会津の昭和なお宿『向瀧』さん )の近くを観光することにしました。
今回はその前篇。さざえ堂(円通三匝堂)にご案内いたします。
さざえ堂4
不思議な外観ですよね。さざえ堂とはよく言ったものです。どこかの解説に「さざえの神様を祀っているわけではありません」って書いてあったなぁ。そりゃそうだ。
さざえ堂の詳しい解説は会津さざえ堂公式サイトさんにお願いするとして、さっそく行ってみましょう。

会津と言えば白虎隊。
実は、私にとって、白虎隊の悲劇はいまだに直視できないもののひとつです。すごい昔に、堀内孝雄さんの『愛しき日々』がテーマソングになった年末の時代劇もので画面が見えないくらい馬鹿泣きして以来、この話はダメだ、二度と見ない、と思ったのですが……だからもちろん、記念館にも入ったことがありません(泣く……)。でもさざえ堂は二度目。
さざえ堂は白虎隊の自刃の地、飯盛山に建っています。
まず「あれ?」と思った理由は……飯盛山に登るムービングウォークがある!
ムービングウォーク
お金はかかりますが、ありがたく使わせていただきました(^^)
登って少し歩いたらさざえ堂が見えます。
さざえ堂3
とは言え、記憶を確認しても、どうやら10年以上前のことらしく、あれ、こんなとこだったか? と周囲の様子に戸惑うばかりですが(整備されたのでしょうか?)、中に入ってみたらやっぱりさざえ堂。
さざえ堂1
入口の柱に巻き付く龍がちょっと生々しく、迫力があります……(@_@)
さざえ堂入口2
拝観料400円必要ですが、これも国の重要文化財を守るため、協力させていただきましょう。やっぱり中に入って歩いてみなければいけません。
さざえ堂のぼり始め
このさざえ堂も岩角山と同じように、もともとは三十三観音参りのための御堂だったのですね。今はもう観音様は外されていますが、遠く関西の三十三観音巡りを思い描きながらこのお堂を登って、そして降りて……
さざえ堂のぼる2
階段ではなくてスロープですね。滑り止めのように横木が渡されていますが、これがなかなかの傾斜なのですよ。さざえ堂は三層構造で、いわゆる平坦な部分はありません。
そして登る人と降りる人は別々の道を通るので、基本的に出会うことはありません。要するにDNA二重螺旋の中を歩いているみたいなもの。
さざえどう
最上部に上がったら、天井はこんな感じで古い千手札がいっぱい貼られています(今はダメですよ)。
さざえ堂てっぺん
その足元は太鼓橋のようになっていて、渡ったらすぐに降りるほうのスロープになります。
さざえ堂おりる
上層の方はこんなふうにちょっと狭くて傾斜もきつめに見えます(実際には幅が狭いからそう感じるだけかな)。ぼーっとしてこけたりしたら、下まで滑って行っちゃいそう。
ちなみに全く出会わないのかというと……
リタイアは可能
心柱の方に秘密の通路があって、ショートカットができます。でもショートカットして、上まで行かずに途中で降りても仕方がないし、せっかく降りてきたのにまた登るのも変だし……これって何のためかな? 避難路でしょうか。

さざえ堂の傍には、五穀豊穣の神様・宇賀神さまを祀るお堂・宇賀神堂があります。ここに、白虎隊十九士の霊像が安置されているのです。
白虎隊を祀る
手前の方に写真がありますね。
白虎隊霊前
説明によると、この方が自刃した二十人のうち、唯一蘇生した飯沼貞吉少年の晩年(改名されて飯沼貞雄氏)のお写真だそうです。
古い大河ドラマですが、私が一番嵌ったのは『獅子の時代』でした。会津と薩摩、其々立場の違う二人の男(架空の人物)が、反駁と友情を行き来しながら、そして新政府、いや日本の行く先を憂いながらも各々の立場で戦い続ける……かっこよかったなぁ、加藤剛さんも菅原文太さんも(私は嘉顕=加藤剛さんに嵌っておりました)。
嘉顕の死に際も結構非情で、銑次の方は生死が定かではない描き方だったものの、大塩平八郎のように死を暗示して消えてしまった。彼らは時代に揉まれて、それでもその時代を駆け抜け、生き抜いたのですね。
私の中の会津のイメージは、菅原文太さんの演じる銑次。体制に媚びることなく、常に弱者の側にいながら、なにくそと闘っていた……「ならぬことはならぬ」、まさにそれが会津気質。

話は戻って。
一人生き残った貞吉少年。その日の前日、家を出る時に、母より「今日この家の門を出たならば、おめおめと生きて再び帰るような卑怯な振る舞いをしてはなりません」と言われて出陣。しかし生き延びてしまった彼は長州藩士・楢崎頼三らに引き取られたらしいと言われます(会津と長州、どちらも大っぴらに名乗れない事情あり、だからか、其々の子孫に密かに伝えられていたとのこと)。その後、自殺を図ったりしたものの、頼三に「会津だ、長州だと言っている場合ではない。外国が押し寄せてくる今、日本はひとつになって強くならなければならない」と諭され勉学に励むようになり、76年の生涯を生き抜かれました。

会津気質からすれば、あの飯盛山を生き延びてしまったことは辛い想いとの闘いだったことでしょうが、生き延びたのは、人智を超えた大いなる自然(じねん)の力によるもの、そして寿命を全うし生き抜いたこともまた、その会津気質故だったと思うのです。
会津のほうでは生き延びてしまった彼を認めないような事もあったといいますが(時代もあります)、でもここにこうして写真を置いてあるということは、その生き方も今ではまた認められたということなのでしょう。

行く道と帰る道。通る道は同じではなく、一旦行けば、次は別の道を降りるしかない。
さざえ堂を登り、降りながら、地獄を生き延びた少年の人生に思いを馳せておりました。

『すぎし世は夢か現(うつつ)か白雲の 空にうかべる心地こそすれ』
(飯沼貞雄氏の詠んだ歌)

内容もだけれど、タイトルがすごいと思った小説、角田光代さんの「八日目の蝉」……八日目の蝉は、他の蝉が見ない景色を見る、という言葉が思い出されました。
こちら、サブタイトルは「逢坂の関」ですが、何だかここにぴったりと当てはまってしまいました。
後篇はそんな「ならぬものはならぬ」会津の土地にひっそりと根付く信仰、ころり観音を巡ります。

Category: 旅(あの日、あの街で)

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[雨167] 第36章 I LOVE YOU(1)大和邸執事の事情 

【海に落ちる雨】第36章その(1)です。
この章のメインは美和。北条仁の胸に飛び込めないまま、気持ちが落ち着かない彼女は、真の苦しむ様子を見てますます混乱しています。彼女の気持ちがどんなふうに固まっていくのか、お楽しみ頂ければと思います。
今回の前半は、大和邸の執事、高瀬の事情が語られます。執事とご主人様の愛の軌跡(絶対誤解を招く表現……)をお楽しみください。いつも全く喋らない高瀬が、真に畳みかけるように語るその気持ち……ま、一言でいうと「そういうわけだから、あんたがご主人様を見捨てたら祟るよ」ということじゃないかと思います(@_@)

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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【scriviamo!参加作品】しあわせについて~懺悔の値打ちもない~ 

scriviamo.jpg

いつも多彩で素晴らしい作品を書き続け、さらに文字通り「みんなで書こうよ!」と素敵な企画を投げかけてくださる八少女夕さん(scribo ergo sum)が今年もscriviamo!を開催されました。もう本当に意味もなく申し訳なくなるくらいの凄い勢いで打ち込まれる無理難題球をレシーブしまくり、時にはスマッシュを決め、名作を連発中でいらっしゃいますが……そろそろピークも過ぎたような感じなので、お疲れのところトドメを刺すように(ひどい……)もう1セット、お相手いただこうと遅ればせながら参上仕りました。

しかも手抜きの手抜きで、666666Hit記念企画にも被せちゃって、一気に二つ分の宿題を片付けようという魂胆で書いていたら……
まぁ、6つじゃ寂しいから、全部のワードの半分くらいを使おうかな、なんて考えているうちに深みに嵌り、相当無理矢理に全ワード使ってみました。もちろん、わざとらしさ満開の無理矢理感炸裂ですが、大目に見ていただきましょう! ね!

与えられたワードは……
「テディーベア」「天才」「禁煙」「ピラミッド」「バンコク」「中国」 「飛行船 グラーク ツェッペリン」「桃の缶詰」「名探偵」「蚤の市」「赤い月」 「マロングラッセ」「エリカ」(花)「オクトーバーフェスト」「ロマンティック街道」「ピアノ協奏曲」「アルファロメオ」 「進化論」「彗星」「野良犬」「マフラー」「博物館」「遊園地」 「羽」「いろはうた」「鏡」「シャープ」(#)「にんじん」「モンサンミッシェル」 「ガラス細工」「楓」「金魚鉢」「古書」「WEB」「モンブラン」

そして夕さんちから、ヒルシュベルガー教授とヤオトメ・ユウ女史をお借りしました(*^_^*)
いや、センスの無さを暴露する無理矢理な展開ですが、読んでいただけると嬉しく思います。
舞台は京都のオカマショウパブ『ヴィーナスの溜息』……今宵、あなたをめくるめく官能と笑いの世界へ誘います(*^_^*)


【奇跡を売る店・番外】しあわせについて~懺悔の値打ちもない~


「今日は賑やかですね」
「庚申の日ですから」
 蓮はカウンターに座る年配の男に、新しいグラスで山崎の水割りを出してやった。氷の透明と琥珀が光の加減で揺らめいている。
 カウンターの客は、一か月ほど前から不定期に週に数度ばかりこの店にやってくるようになった。誰かの紹介ですかと聞いたが、いや、何となく、と答えただけで、それ以上は三宅という名字と千葉から来たという以外、何も話さなかった。
 もうすぐ本来の閉店時間がやって来るが、常連客達は帰る様子もない。今日は年に六度ほどしか巡ってこない特別な日だからだ。

「こうしん?」
 カウンターの客が聞き返したタイミングで、ようやくママが戻ってきた。マルボロを引き抜いてふぅと息を吐くと、蓮、あたしも薄いのでいいから作ってよ、と低くてよく通る声で言う。
 ジムで鍛えたママの身体は、もう還暦が近い五十代のものとは思えなかったが、去年前立腺癌の手術をしてからは随分と痩せてしまった。しかし、この業界で長く生き残ってきただけあって、転んでもただで起きるような人ではない。言った言葉が「あたし、子宮癌だったのよ~」である。

 ママは引き抜いたマルボロを、先にカウンターの客に差し出した。客は嬉しそうに受け取った。そう言えば、最近はどこへ行っても禁煙でスモーカーは肩身が狭いと、初めて来た日に嘆いていたっけ。
「つまり、『かのえさる』の日よ」
 月曜日は定休日なのだが、三宅はやはり何気なくふらりとやって来て、受付でコートとマフラーを預け、今日は冷えるねと挨拶をしてから、いつものようにカウンターの隅に座った。
 彼は、すでに水割りを三杯飲み終えた今も、今日が本来定休日だとは気が付いていないだろう。

 三宅がカウンター奥の隅の席を気に入っているのには理由があるようだ。
 その席の側の壁には、色褪せた飛行船の写真が額に入れて飾ってある。昭和四年にドイツの巨大飛行船グラーフ・ツェッペリン号が東京上空を飛び茨城の霞ヶ浦に着陸した。その様子を撮影した写真で、当時、海軍省の関係者だったママのお祖父さんにあたる人が撮ったものだという。
 ママは「印刷じゃないの?」とあっけなかったが、この写真を飾っているところを見ると、祖父に対しては特別な敬愛の気持ちがあるようだ。

 初めて来た時、三宅はこの写真を目に止めて、懐かしそうに言った。
「ツェッペリン伯号ですね。若いころ少しの間だけ教職についていたことがありましてね。その中学校の視聴覚室に同じような写真が飾ってありました」
 三宅は千葉から来たと言っていたから、ツェッペリン伯号の着陸地はそれほど遠くないところだったのだろう。もちろん三宅の生まれるずっと前の話だろうが、彼は何かを懐かしむような顔をした。

 ここはオカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』だ。京都四条川端の角から幾つか路地を入ったところにあって、なかなかクオリティの高い踊りと音楽、お笑いと手品のショーを見せることで知られている。料金もこの業界ではかなり良心的で、若い世代にも人気があるし、ママの人生相談や占いを目当てにやって来る客もいる。
「かのえさる……十干十二支の庚申の日。つまり今日は庚申待もしくは庚申講というわけですか」

 普段の会話の調子や内容からも、三宅がそれなりの学のある人だということは分かる。
 上品なツィードの背広を着て、こざっぱりと髪を撫でつけてある。痩せてもおらず、かといって中年期に余計な贅肉を身に付けることもなかったようで、体格にはこれと言った特徴的な所はない。顔にも特に目立つ部分はないが、若い頃はそれなりにモテただろうと思わせる渋みのある作りだ。

 定年退職後に暇を持て余して古書店巡りでもしているのか、よく愛想のない小さな茶色い紙袋に入れた数冊の本を持っているので、スタッフの間では、どこかの大学の先生かしら、というような話になっていたこともある。
 ある時、ちらりと覗いた紙袋の中の本の背表紙には、『進化論』と名のついた本が数冊入っていたので、もしかするとそういう方面の研究者なのかもしれない。と思ったら、次の時には『ロマンチック街道』や『モンサンミシェル』といった海外の街の写真集が何冊か入っていたりした。どこかの博物館の展覧会の古いカタログが入っていたこともある。

 三宅は店の「女の子たち」がつこうとしても、穏やかな仕草でそれを断り、カウンターで蓮が出す酒を黙って飲んでいる。ショーが始まると、特に大袈裟に拍手をすることもなく、じっとステージを見つめている。そしてあまり誰とも話さないまま、閉店の半時間前には帰っていく。
 この店のコンセプトからは大いに外れた客であることは間違いがない。少なくともここは、静かに酒を飲みたい年配の男性向きの店でないことは確かだ。
 とは言え、ママのほうも、何も言いださない客からあれこれ聞き出すような野暮なことはしない。ただこの空間を黙って楽しんでくれているのならそれもいいじゃない、と思っているのだ。

「若い頃は必死だったから、定休日なんてなくてね。でも、いくら若くても、二カ月に一度くらいは休まないともたないじゃない。で、不定期休日の前日にはあたしが店の子たちに労いをするって意味で、店がはねた後、スタッフで夜通し飲んだり食べたり、それからほら、しっぽりと昔話なんかして過ごすようになったのよ。あたしらの人生、あれこれ後悔だらけ、懺悔することも多くてね、いつの間にか夜通し懺悔大会になったりして。そのうち誰が言い出したのか、庚申講みたいだってので、六十日に一度、庚申の日にやるようになったってわけ」
 蓮はグラスを磨きながら、ママの話を頷きながら聞いている三宅の顔を見た。やはり何か目的があってこの店に来ているのではないか、蓮にはそう見える。

 蓮はこの店のホール係で、酒を運んだり、時にはカウンターの内で水割りや、最近ではカクテルを作ったりしている。
 この店で「ホステス」役以外の仕事をしているのは、蓮と、料理人兼カクテル担当の鈴木と、受付兼ガードマンの笹原だけだ。元々は全てママが自分でやっていたのだが、さすがに客が増えて店の規模が大きくなってくると、そういうわけにもいかなくなった。
 そのおかげで蓮も雇ってもらえたし、蓮のような一風変わった経歴の持ち主を雇ってくれるような店は他になく、そういう意味でも蓮はママに感謝している。
 最初の頃は野良犬みたいな食えない目をしていると言われた蓮も、飼い犬のようには懐かないながらも、今では随分と落ち着いた目になったと言われる。確かにの中の自分を見ても、顔つきが少し変わったかもしれないと思うことはある。

 蓮には他にも顔がある。失踪した伯父がやっていた釈迦堂探偵事務所の留守番探偵なのだ。客は滅多に来ないので、ほぼ開店休業状態なのだが、最近ではこのショーパブが依頼の仲介役になってくれることもある。だが、「オシャカちゃん(蓮のことだ)は名探偵なのよ」などと紹介されると面映ゆいし、そもそも蓮は探偵事務所が流行って欲しいとはこれっぽっちも思っていない。
 本来、人の事情に首を突っ込むことは避けたいのだが、もともと他人の気配をうかがうのは得意だった。いや、他人を観察したくてしているのではないが、子どもの頃に両親とも失って一人取り残された蓮は、自然に人の気配や思いに敏感になっていた。

 だから、客をついつい観察してしまうのだが、どう見ても、三宅がただオカマショーパブに興味を持ってやって来ている客には見えなかった。
「でも、もともとはあくまでもお店がはねた後のスタッフだけの恒例行事だったわけ。それがいつの間にか常連客が居座るようになっちゃって。だから、三宅さんも別にいてくれてもいいのよ。但し、スタッフもデューティーを外れてるから、気が向いたらおつまみや酒くらい出すけど、サービスは期待しないでね。それから」
 ママはカウンターに少し乗り出すようにして三宅の顔を覗き込むようにした。
「庚申講だから、もし閉店時間後もここに残るなら、今夜は寝ちゃだめ。それから、あなたもひとつくらいは懺悔をしなくちゃだめよ」

「懺悔か……」
 三宅は呟いた。
「確かに、この歳になると、懺悔をしなくてはならないことのひとつやふたつ、なくはないですね」
「あら、あたしなんて、毎回庚申の日までに十くらいは懺悔をしなくちゃならないことが湧き出すわよ。だから三尸の虫が閻魔大王のところへあたしの悪行をチクリに行けないように、絶対にこの日は寝てやるもんかって決めてるのよ。それでも子宮癌になったりしてね、ほんとに、あいつら侮れないわ」
 三宅は「子宮癌」に不思議そうな顔をしたが、あえて追及はしてこなかった。

 人は誰しも身体の中に三尸の虫という三匹の虫を住まわせているという。この虫はどうやら人間の味方というわけではなく、庚申の日になると、人が眠っている間に身体から抜け出して天帝、つまり閻魔大王のところに行き、その人の悪行を告げ口するのだという。天帝はその罪科を聞いて、それに応じてその人に科す病気や寿命を決めるらしい。だから、庚申の日には眠っている間に虫たちが抜け出さないように、徹夜をするという習わしが生まれた。それが変化して、皆で懺悔しあって罪を逃れようという風習になったところもあるし、ただどんちゃん騒ぎをしているようなところもあるようだ。

「でもまぁ、三宅さんは若い時、さぞかしいい男だったでしょうから、女の一人や二人泣かせてるんでしょうねぇ」
 三宅はグラスをわずかに傾けた。からんと遠慮がちな音が転がり、琥珀が揺れた。
「泣かせたのはただ一人です。いや、多分、泣いてくれてたろうと思いますが……どうでしょうか」
「あら、どういう意味?」
 客の話を聞いていても、求められない限りは敢えて聞いていないふりをする、そういうことにも慣れてきた。蓮はテーブル席から注文されたカクテルを作り始めた。

 最近は鈴木が蓮にカクテルの作り方を教えてくれている。今作っているのは、「赤い月」という名前のこの店のオリジナルのカクテルで、カシスリキュールとウォッカとオレンジリキュール、レモンジュースあるいはグレープフルーツジュースにキャロットジュースを少し、それにホイップした生クリームを乗せて、その上にグレナデンシロップで赤い月を描いてある。もうひとつ、店にはオリジナルカクテルがある。「彗星」と名付けられたそれは、スカイシトラスにブルーキュラソー、レモンなどを入れて、スターフルーツをあしらう。
 どちらも最近では蓮の担当になっていた。

 三宅は、カクテルを作る蓮の手つきと、月と彗星の色を見つめたまま、静かに口を開いた。
「ある女性と駆け落ちの約束をしていたのですよ。でも、親に気づかれて泣きつかれて、私は結局待ち合わせの場所に行かなかった」
 思わず蓮は顔を上げた。ママがマルボロを指に挟んだまま取り上げた薄い水割りのグラスを、口に運ばないままカウンターに戻し、その縁を指ではじいた。
「行けなかったんでしょ」

「いや、理由はどうあれ、行かなかったんですよ。結局、私は親を捨てることができなかった。彼女よりも親と家を選んだのです。その後、私は親の決めた許嫁と結婚し、三人の子どもに恵まれ、事業も継いで二代目としてはそれなりに成功もしたと思いますが、この歳になってふと振り返ってみると、私の人生に繋がらない亀裂のようなものがあるような気がしてしまうのです。もう昔のことで、今更と思われるでしょうけれど」
 ママはふうとマルボロの煙を吐き出した。
「その方、今どうしているの? その後、捜してあげなかったの?」

 その人はもっと辛かったんじゃないの、とか、裏切った男が今更過去を悔いても仕方がないじゃない、いっそ堂々と前を向いて生きていきなさいよ、とか、きっと弱者の目線に立つことの多いママなら少しは思っているだろう。でもママは、捨てる方も辛かったと思うわと、そんなふうに考える人でもある。
 三宅は静かに首を横に振り、背後の賑やかなテーブルの方をそっと振り返った。
「もう昔のことですよ。今更するべき話でもありませんでしたね」
「いいのよ、今日はそういう日だから。三宅さんがその時彼女を裏切った方が罪なのか、それともその人を選んで親を捨てていたとしたら、その方がより重い罪だったのか、その判断は天帝にお任せするしかないわね」

 ママは新しい水割りを作って、そっと三宅の前に置いた。
 途切れた会話を取り繕うように、店の中にソノコさんの声が響く。
「さぁ、本日の営業はおしまいよぉ。はい、みんなお会計は済ませてね。ここからは六十日に一度の不眠の日、店に居残るんだったら、閻魔大王には耳をふさいでもらっとくから、ピラミッドから飛び降りる気持ちで懺悔なさいな~」
 ソノコさんはショーの一番の人気者だ。大柄でダイナミック、空手の有段者でものまねも上手い、常に場を仕切ってくれて、それでいて細かいところによく気が付く。

「ソノコさん、それを言うなら、ピラミッドじゃなくて、清水の舞台よ」
「何言ってんのよ。今日はワールドワイドなお客様がいらっしゃるんだからね、でっかく行くわよ~」
 ソノコさんが伝票をヒラヒラさせてテーブルを回っていく。勘定を支払って帰る客は帰るし、居残る客は居残る。ぎりぎりに受けた注文のカクテルやビールを運んでいる蓮に、ソノコさんがそっと声を掛けてくれた。
「あんた、にこちゃん、放っておいていいの?」
 蓮は大丈夫と頷いた。
「今回はただのカテーテル検査入院だし、それに入院してくれている方が安心です。明日の朝、顔を見に行きますから」

 蓮のもう一つの顔は、和子(にこ)という6歳の娘の父親だということだ。いや、正確には義理の父親で、少し変わっていることがあるとすると、彼女は蓮の元患者だった。今の主治医は蓮の元婚約者の如月海だ。蓮は二年前に医者を辞めていた。
 和子は今でも蓮には懐かない。退院したら遊園地に行こうかと言っても、ぷいと横を向いていたし、入院頑張っているからと買ってやったテディーベアも、病室のベッドの足元にひっくり返っていた。多分、鬱憤を晴らす道具としては役立っているのだろうから、それはそれでいいことにするしかない。

「ソノコさんこそ、将太くんは?」
「今日は母親んところよ。お互い、男やもめは大変よね~」
 庚申の日。懺悔をすることならいくらでもある。
 俺の三尸の虫はどれから告げ口しようか、六十日に一度はさぞかしそわそわしていることだろう。


「蓮くん、定時も過ぎたことですし、そろそろ仕事を置きませんか。私の友人を紹介させてください」
 蓮がテーブルを片づけて回っていると、右京が声を掛けてきた。
 常連客の一人、出雲右京は国立大学の理学部地球惑星科学講座の准教授だ。空気を読めない独特のムードの持ち主だが、お家柄も華族か宮家の縁戚らしく、どこかおっとりしていて、あさましく他人を攻撃したり揶揄したりすることがないので、この店でもスタッフからの人気が高かった。
 NASAに勤めるアメリカ人女性と事実婚の間柄で、蓮の母親のことを初恋の相手だったという。趣味は教授の資格も持っている茶道と車。茶道は裏千家だけでなく、紅茶マイスターの資格と中国茶の専門家でもあり、車に関しては愛車のアルファロメオの他にも数台の車を持っている。

 その出雲が、今日は、あるシンポジウムにやって来たというスイス人の教授を連れて来ていた。
 彼はチューリヒにある大学の生理学の教授で、クリストフ・ヒルシュベルガーと名乗った。その隣に、彼の秘書でヤオトメ・ユウという日本人女性が座っている。東京出身だが、スイス人と結婚してカンポ・ルドゥンツという村に住んでいるという。
 本当に、色々な人生があるものだ。

 彼女の通訳によると、ヒルシュベルガー教授はもう「普通の京都」は飽きたので(以前一乗寺界隈にある龍泉寺という寺で、プライベートに精進料理を頂いた時は大満足だったというが)、どこか変わった所へ連れて行ってほしいとのリクエストがあり、ここに辿り着いたらしい。
 変わった所って、何もオカマショーパブに来なくても、と思うのだが、まぁ、楽しんでもらっているようだからいいのだろう。

 しかし大学の教授・准教授といっても、生理学と地球惑星科学では随分と分野が異なっている。その繋がりは何なんだ、と思ったが、今の彼らの興味は別のところにあるらしい。
 彼らの前には、右京が今日の庚申の日のお土産にと持ち込んできた、京都中のスィーツが並べられている。

 嘯月や聚洸といった老舗名店の和菓子、出町ふたばの豆餅、北野天満宮の長五郎餅、川端道喜の羊羹ちまき、かざりやのあぶり餅、ぎおん徳屋の本わらび餅、鍵屋良房のくずきり、などなど誰でも知っているような有名処の和菓子はもちろん、右京や石屋・奇跡屋の女主人の伝手があってこそ手に入るような、店頭販売をしていない特別な和菓子もひとつやふたつではない。
 さらに、開店して数時間内にショーケースの中が空になるという話題の店のケーキまで、甘いものがそれほど好きではない蓮には、見ているだけでも胃が凭れるラインナップが、まさにテーブルの天板が見えないくらいにずらりと並んでいるのだ。

 ケーキの名前など、蓮はショートケーキとモンブランくらいしか知らないが、客の中には小難しいお洒落な名前を全て知っている者もいて、ユウを通じてヒルシュベルガー教授にあれこれ説明してくれている。今回のスィーツラインナップにも協力してくれた小夏ちゃんという大学生だ。
 教授は口髭を撫でながら感心したように聴き入っているが、それよりも早く食べさせろと言いたそうだ。
 右京が野点セット(といってもお家元の銘の入ったお道具尽くしだ)で薄茶をたててくれて、ようやく特別仕立てのスィーツバイキングのスタートとなった。

「おぉ、これは美味い。マロングラッセかな」
「栗阿彌(りつあみ)という栗和菓子です。こちらの焼き栗きんとんも美味しいんですよ」
「こっちは雪だるま、それに椿、鬼もいますね。蜜柑もすてき」
「その蜜柑、むいてみてください」
 何と、剥いてもちゃんと蜜柑なのだ。

「和菓子はこうして目で見ることで季節を感じることができるんですよ。春の桜や秋の紅葉なんかは、毎週少しずつ変えてあって、蕾から開くまで和菓子の方でも少しずつ開花していくし、の色合いも変わっていくんですよ。但し実際の桜や紅葉よりも少し時期を先取りします。本物に勝てないのは分かっているので、先回りするってのが鉄則です。夏は夏で涼しげな寒天菓子が登場します。有名なのは幸楽屋さんの『金魚鉢』ですね。ちゃんと中に金魚が泳いでいるんですよ」

 ほら、と言って、小夏ちゃんがスマホで和菓子の「金魚鉢」を教授に見せている。お預け状態から解放された教授も、いつになく機嫌が良さそうにスマホの写真をのぞきこんだ。
「なんと、ガラス細工のようだね。食べものとは思えない」
 ユウは通訳に忙しそうだったが、ちゃっかり全ての和菓子に手を伸ばしている。その様子を見て、蓮は思わず口元を綻ばせた。ヒルシュベルガー教授もユウも、それに右京も、美味しいものを本当に美味しそうに食べる。そういう姿は蓮には大変好ましく映った。

「センセ、この普通に見える桃の缶詰、何ですか?」
 ヒースが右京に尋ねる。
 ヒースはここに勤め始めて一年、ようやくショーにも出るようになった一番の若手で、女装はしているが、まだ「男」だ。小柄で元々可愛らしい顔をしているから、そのままでも十分だと蓮は思う。どこか愛嬌があり、最近店の雰囲気に慣れてきて、少しばかりお世辞なども上手くなって、人気も出てきた。

 某音大を卒業していて、真面目にピアノの勉強をしていたこともあるらしく、卒業時にはショパンのピアノ協奏曲第一番を地元のオーケストラと共演したとかいう話だ。
 そんな人がなぜこの道に、などという愚かな質問は誰もしないが、それを聞いてママは以前から懸案のひとつだった、店のアップライトピアノの買い替えに踏み切った。
 国産だが、店にグランドピアノがあることで、ちょっと高級な店になったような気がするから不思議だ。ヒースの伴奏でニューハーフのシンシアが唄うジャズは、ショーとショーの合間の名物のひとつになりつつあるし、ヴォーカロイドが唄う『千本桜』や『いろは唄』を見事なアレンジで披露してくれる。

 どうしてヒースって源氏名にしたの、と聞かれて、某有名ヴィジュアル系ロックバンドのファンだったからとか、荒野ってイメージに憧れるからとか言っていたが、いつも言うことが違っているので、他に何か理由があるのだろう。
 ヒースは時々ふっと遠い目をするが、蓮と目が合うと、にこっと笑う。大丈夫ですよ、蓮さん、そういう感じで。

「普通じゃありませんよ。清水白桃と言って、岡山の有名な白桃で、缶詰でも1個入りで1600円ほどします。お歳暮にもらったので、持ってきたのですよ」
「一個1600円!」
「全く、日本人は果物になぜこのような繊細な甘さを追及するのだろうね。味も半端ないが、値段も半端ない」
「あら、教授が値段のことを仰るなんて意外ですね」

「いや、フラウ・ヤオトメ、私は食に対する日本人の繊細さを称賛しているのだよ。食べるのは一瞬だというのに、それだけの値段に見合うだけの手間暇を惜しまない。調理をする時だけではない、食材を選ぶ時から、また食材を獲ったり育てたりする時から、すでに皿の上に料理として出す時のことを考えているのだからね。店頭に並ぶ百円程度の菓子でも、夏と冬では味付けを変えているというではないか。しかもそれを世の中の人がみんな気が付いているわけでもなく、あえて知らせようともしない。全く不思議な民族だ」

 ユウが会話を訳してくれるのを聞いて、ちょっといいように脚色してくれているのかと思ったが、ユウ曰く、かなり正確にニュアンスを伝えているつもりだという。民族論にまで高められるとちょっと困ってしまうが、あれこれ思い巡らせながらこの国の食文化を楽しんでもらえるのは有難いことだ。スィーツに行きつく前も、料理人・鈴木のカレーとおでんをさんざん平らげていた。
 この店はそもそもパブなので本格的な料理は出さないのだが、料理担当の鈴木は、以前にインドのデリーやタイのバンコクに長期滞在していたことがあり、カレーについてはこだわりがあるらしい。そんな彼が日本人向けカレーを作ることに情熱を傾けた結果、酒を飲まずにカレーを食べにくる客まで来るようになってしまった。もちろん、それでは困るので、テーブルチャージとワンドリンク分は必ず徴収するようにしている。

「ところで、出雲先生、一体何のシンポジウムなんですか? ヒルシュベルガー教授は生理学、出雲先生は地球惑星科学、いささか分野が異なるような気がするのですが」
「いやいや、今回のは別に我々の専門というわけではないのですが、全ての学問に共通する問題です。人類にとって幸福とは何か、あらゆる分野の有志が集まって考える、『幸福学』のシンポジウムですよ。蓮くんもちょっと覗きに来ませんか?」
「『幸福学』?」

 何かヤバい宗教じゃないのかと思ったのが顔に出たのか、ユウが「あなたもそう思うでしょ?」という笑みを蓮に向けた。
「つまり、幸福というのを科学的、論理的に解き明かそうというものです。今回は、京都という土地柄、『言霊の幸福』がテーマでしてね」
 全く、右京は常識のレベルがぶっ飛んでいる面があるので、時々言っていることが蓮には意味不明だ。しかし、隣で頷いているヒルシュベルガー教授も、多分かなり意味不明の部分がある人物に違いない。って、この教授、日本語は全く分からないんだよな? 適当に頷いているのか、それとも、いわゆる天才同士、右京とは以心伝心なのか。
 と思ったら、右京が英語で自分が蓮に説明したことをかいつまんで教授に説明し、それから蓮に英語で教授と話しましょう、と言った。

「ひとつの言葉を考えてみてください。そしてその言葉の不幸の側面と幸福の側面を考えてみるわけです。例えば、そうですね、教授、何か例を挙げてみてください」
「ではウキョウ、ノミノイチはどうだね」
「ノミノイチ?」
 何の英語かと思ったら、日本語ではないか。右京が笑った。
「これはやられました。そうそう、教授は以前から東寺の弘法市に行きたいと言っておられましてね、それがなかなか日程が合わず、今回も行けなかったのですよ。次回はぜひ」

「そういうウキョウ、君もミュンヘンのオクトーバーフェストに行きたいと言っていたが、まだ果たせていないね。その後で一緒にドイツの美食巡りをする約束ではないか。だが、確かに、まだできていないことを常に後に残しておくことも大切なのだ。未来への期待を引き延ばすことができる」
「そうですよ、教授。翌日立ち上がれないまでにビールを飲み、語り、騒ぐ。今からその時が実に楽しみです。さて、話を戻しましょう。蚤の市。いいお題です。蓮くん、この不幸の側面は?」

「蚤の市の不幸の側面? たとえば、掘り出しものと信じて大金をはたいたのに、真っ赤な贋物を掴まされた、というような話ですか?」
「そう、つまり詐欺ですね。中には悪質なものもあります。では幸福の側面は?」
「蚤の市でただに近い値段で売っているものを手に入れたら、それがたまたまものすごく高価なものだった」
 ヒルシュベルガー教授が、口髭についた和三盆の粉を手で拭いながら否定した。
「いやいや、それは違うよ。蚤の市で掘り出し物と信じて買ったものが、実は贋物なのだが、本物だと信じてそれを生涯大事にして満足して一生を終えること、なのだよ」

 蓮がよく分からん、という顔をしていたからか、ユウがくすっと笑った。
「蓮さん、いいんですよ。この人たちのいう幸福の科学をものすごく一生懸命理解する必要なんてないんです。要するに、物は考えようってことを小難しそうに言っているだけなんですから」
「いやいや、言葉には魂が宿っているということですよ」
 右京が真剣な面持ちで言った。確かに、嘘か本当か室町時代から続く家の出身者が言うと、それらしいから恐ろしいのだが。

「人生には知らない方が幸福ということもある。それに、受け入れがたい現実の中に幸運の穂先を見つけるためには、ある程度のトレーニングも必要だからね」
「へぇ、教授はそれで幸運の穂先を摘み過ぎて、畑を荒らしてしまっているのですね」
 この秘書の女性は、本当に好き勝手に言っているが、それもこれも彼らの間に信頼があってこその言葉だ。
 いつか蓮と和子にもそんな時が来るのか、今は全く謎だった。

「ほらほら、続きはWEBで、じゃないけど、ひとまず切り上げて、まずはそちらの教授も今日のしきたりに従って懺悔いただきましょうか」
 真正ゲイのミッキーが綺麗な発音の英語で言い、庚申のイベントの謂れを説明した。ヒルシュベルガー教授はふむ、と考え込んだ。
「教授には懺悔することなんてありませんか?」
「いいえ、この方は懺悔することが多すぎて、どれから言えばいいか分からないだけですわ」
 すかさずユウが突っ込んだ。

その時、隣のテーブルからヒースが立ち上がった。
「あら、ヒースのピアノね。聴きながら、過去を想いましょうか。そして明日からはまた新しい気持ちで新しい時間を過ごすとしましょう」
 ピアノの前に座った小柄なヒースがすっと背を伸ばすと、まるで彼の方がピアノを包み込むように見えた。男性にしておくのは勿体ないと誰かが言った綺麗な横顔は、冷たい冬の風に晒されても凛と冴え渡る小さな花のようにも見えた。
 ヒースというのは、あの冬の花の異称じゃなかったか。
 ヒースの、女性のように白い指が、鍵盤の白と黒に重なった。


 三宅はそっと席を立ち、受付の笹原に軽く挨拶をして店を出た。
 やはり似ている。彼は彼女にそっくりだ。
 そして、この曲は彼からのメッセージなのか。彼の指先が奏でる音は、はまるで記憶の底にある彼女の音と同じだ。
 ショパンの『別れの曲』。そもそも別れとは何の関係もない曲なのだが、映画の影響でその名が冠された。旋律の美しさというのは別離の哀しさに繋がっているのかもしれない。

 三宅は彼女を想った。秋の日の音楽室。開け放たれた窓から流れてくるショパン。足を止めて聴き入ると、黄や赤に染められた木々のざわめきがベースのようなり、詩情豊かなピアノを歌わせている。枯葉は風に巻かれて、子犬のように足元に纏わりつく。落ちた木の実を啄む鳥たちは冬支度でを膨らませていた。
 歳を経るごとに、昔の景色はいっそう色鮮やかになり、三宅の心を震わせる。

 手に入らなかったものに対する感傷だ。彼のピアノはそう語っていた。
 彼女は臨時の音楽教師だった。その時はまだ教職に就くことを諦めきれず、小さな町の中学校で英語教師をしていた三宅は、彼女と出会い、恋に落ちた。
 木造校舎の二階の隅にあった音楽室は、それまで縁もなく暗い場所だと思っていた。それが一度に光に満ちた場所へと変わった。ピアノの譜面台に置かれた楽譜を覗きこんだ三宅は、思わず繰り返し言ってしまった。

「僕には楽譜は読めないな。冒頭にこのシャープが四つもついているのを見た時点で、頭が思考を止めてしまうよ」
 ホ長調、と彼女は教えてくれた。この楽譜という記号だらけの暗号が、彼女の指が鍵盤に乗せられると同時に、音楽の神となってその白い指先から零れ出した。
 あの白い指。あの時は手をのばせばそこにあったあの細い指。

 三宅は、この一か月ばかり通い詰めていた古書店の前で足を止めた。この時間だから、当然扉は固く閉ざされ、明かりも人の気配もなかった。古い引き戸の前には、プランターや鉢に植えられた植物が、風に震えていた。
 花をつけているのは一鉢だけだった。

 古書店は『ヴィーナスの溜息』から路地を幾つか曲がるだけで、ほんの目と鼻の先だった。
 店番にひとり座っているのは、三宅と同じだけ歳をとった小柄な女性だった。足元に座った盲導犬がいつもじっと三宅を見つめていた。黒く悲しく、美しい目だった。

 彼女は気が付いていただろうか。この一か月、この店に通い続けた男が、本当なら必要もない本を買い続けていたことを。盲目の彼女が丁寧に本を扱い、小さな紙袋に入れてくれる、その不器用な手をじっと見つめていたことを。値段を示す点字をなぞる指を、本を手渡す時に触れそうになる指を、何度握ろうと思ったかを。
 三宅は、軒下で寒さに震えるピンクの花を見つめた。震えながらも、誰にも寄りかからず、確かに花を咲かせていた。

エリカの花です。祖母が好きなので。寒い冬に、精一杯の花を咲かせるからと」
 知っている。彼女の好きな花だった。だから君はヒースと名乗っているのか。
「君は、その……」
「三宅さん、僕はあなたの孫ではありません。祖母は千葉からこの町に辿り着いて、僕の祖父と知り合いました。事故で視力を失いピアニストと教職の夢は諦めましたが、僕にピアノを教えてくれました。昔のことは、あなたにも祖母にも既に終わった出来事です。どうか祖母には会わずに、このままこの町を行き過ぎてやってください」

 風の音に振り返ると、そこには誰もいなかった。小さな影がするりと三宅の背中を通り過ぎ、店の脇の路地を入っていったように感じた。
 三宅は四条通りに出て、横断歩道を渡った。鴨川を北から吹き降りてくる冬の風が一層冷たく感じられ、三宅はコートの襟を立てた。振り返らずに行こうと思うと、足は余計に重くなる。あのチューリヒから来たという教授は言っていなかったか。
 人生には知らない方が良いこともある。
 幸福というのは裏表に違う色を塗った薄い紙をひっくり返すようなものかもしれない。どちらがより幸福かということは、誰にもわからない。裏の色など知らない方がいいのかもしれない。

 四条大橋を渡り始めたところで、携帯が震えた。
< おじいちゃん、いつ帰って来るの?
 高校生の孫からのメールだった。
< まだ起きているのか? 早く寝なさい。
< だって試験なんだも~ん((+_+))
 だからもっと普段から勉強するように言ってあるのに。
 一度畳んで仕舞った携帯がまた震えた。開いて確かめてから、三宅はふと微笑んだ。

 橋の真ん中まで来てから立ち止まり、三宅はポケットから歪んだ小さな箱を取り出した。リボンはもうとっくに失われていた。三宅はその箱をしばらくじっと見つめていたが、やがて鴨川に向かって差し出すようにして、そっと手を離した。
 川面に届く光はなく、小さな古い箱は直ぐに闇に吸い込まれて、音も立てずに落ちて行った。
 ふと見上げると、街の灯りがゆらゆらと冬の空気を揺らしていた。その小さなひとつひとつの灯りに、幾千、幾万の魂が揺れさざめいているように見えた。

< 八つ橋、忘れないでね。桃味のやつだよ(*^_^*) 絵梨花

(【奇跡を売る店・番外編】しあわせについて~懺悔の値打ちもない~ 了)


今年の最初の庚申の日は2月8日でした。う~、爆睡してたな。きっと奴ら、天帝に「大海の奴、最近怠けてますぜ」とかチクったにちがいない。
庚申、庚申講……ググったら色んな風習が出てきます。また機会がありましたら(*^_^*)

「にんじん」が「キャロット」になっているのは大目に見てやってください。全くジャンルの違うこれだけの言葉を散りばめるとなると、やっぱり無理矢理感は否めませんが、一応35個、コンプリートいたしました(よね?)。
幸楽屋の『金魚鉢』など和菓子はググるといくらでも画像が出てきますので、お楽しみくださいませ。1600円の清水白桃の缶詰もね!
始めはこの怪しい『幸福シンポジウム』で書きだしていたのですが、やっぱり『ヴィーナスの溜息』の面々に久しぶりに会いたくなって、大幅に書き直しました。
えと、最後に三宅と会話をしたヒースは本物かどうか? どうでしょうね……猫かも??

「しあわせについて」はさだまさしさんの大好きな曲からタイトルをお借りしました。もっともあちらはこんな恋愛がどうとかってテーマではなくて、もっと大きな愛を歌ったものですけれど……
どうぞ あやまちは二度と繰り返さずに あなたは必ず しあわせになってください……

「懺悔の値打ちもない」はその裏表の意味合いでくっつけました……こちらは北原ミレイさんが歌う名曲。個人的には「石狩挽歌」の方が好きなんだけれど、この「ざんげの値打ちもない」の底知れない感じは(だって、最後は刑務所の中!)……実は【海に落ちる雨】の村野花はこの歌から生まれた……
あぁ、昭和。

ということで……お付き合いいただきありがとうございました!
夕さん、おいら、頑張ったよ!

(追記)夕さん、失礼いたしました! オクトーバーフェストに引きずられちゃって、何だかドイツ人になってた! チューリヒの大学って書いてあるのに! ということで訂正しました!!
(追記2)実は、桃味って、夏しか売っていないらしい。この季節なら苺かしら? でも桃の缶詰つながりで……三宅には翌日、京都駅で「桃味がない!」って慌てていただきましょう。

Category: 奇跡を売る店・短編集

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【雑記・旅】四万十川の沈下橋 

久しぶりに石紀行以外の旅記事を……
佐田1
去年(2015年)の秋、高知県足摺岬の唐人石(【石紀行】32.高知足摺岬・唐人石巨石群(1)~ここは古代の灯台~ )をご紹介したのですが、その帰り道、四万十川の沈下橋をいくつか見てきました。
丁度シルバーウィークだったので、結構観光客やキャンプをしている人たちがいて、賑やかでした。
実は行くまで沈下橋がいくつあるのか、まるで知りませんでした。47もあるんですね。
沈下橋のなんたるかはWikipedia/沈下橋をご覧いただくとして、要するに欄干がない(もしくはものすごく低い)……You Tubeで増水時の様子を見ることもできますが(危ないから増水時には川に近づかないでくださいね)、思えばこれはそもそも観光資源というよりは地元の人の生活用の橋。そう考えるとほんとに、自然と共生するってある意味大変なことです。
佐田9
四万十川と言えば「最後の清流」。色の美しさからは今のブームは仁淀川だそうですが(仁淀ブルー)、やはり周囲の光景は美しいですね。
まずは、何かの映画で有名になったという佐田沈下橋です。
佐田3
このくらいのリアルな高さって結構怖いんですよね(高所恐怖症)。
渡り切った先から見ると、少し高いところから見下ろすことができます。
佐田4
丁度秋のいい季節。彼岸花との競演もまた見事です。
佐田7
橋のたもとでは屋形船に乗ることもできます。
佐田5
さて、地図を見てから他にもあるんだと気が付いて、近くにある次の橋へ向かうことにしました。
佐田10
そうそう、確認してから行けばいいのに、と思いますが、幸い観光地にもなっていると、近くに看板があって地図を確認できるので有難いです。でも、石以外のものに対する下調べのエネルギーが無さ過ぎますね。もっとも、石たちは、下調べをしていっても分からないことだらけなのですけれど。行った後も「偶然見つけた」的なことも多くて、後から説明できなかったりして。
ちなみに車が走ると……
佐田11
この橋はまだ幅がありますが、もっと狭い橋もあるようで、本当に観光客が来ている時は地元の人も大変ですよね。何より、よけるっても、怖すぎて避けられない。車同士がすれ違えるのか? いや、所々少しだけ幅が拡大されているところがあるのですけれど、もしかして軽トラ同士ならすれ違えるのかしら? 少なくとも私には無理ですけれど。
高瀬1
次は、高瀬沈下橋。彼岸花があちこちに綺麗に咲いていて、景色を楽しみながらの散策です。少し坂を下って行くと、すぐに見えてきました。少し方向を変えて、2枚……
高瀬4
高瀬3
ちょっと分かりにくいのですが、この橋、途中で少し下がっているのですよね。
高瀬6
幅は佐田沈下橋よりもいっそう狭い感じ。
高瀬7
川の景色はどこも美しいです。
もうひとつ、岩間沈下橋へ。こちらは川の向こうにキャンプをしている人たちがいて、賑やかでした。
1岩間
そのために車の通行も結構多くて、渡りながらも何度か避ける羽目に……
岩間2
中にはいかにも観光客が取りあえず話のネタに渡っとく?みたいな車もいて……え? 私ですか? 無理です。あ、でもこの先にお目当ての巨石があるのなら行くかもしれないけれど……でも命懸けで行くことでもないし(←大袈裟です)。
岩間4
子どもたちが遊び、車が通り、何故か橋の上で踊りを踊って撮影している観光客がいたり。
岩間5
景色は本当に美しいけれど……写真に撮ったら、和歌山県と書いたら和歌山県にも見えるし、という日本の川の風景……どこに行っても日本は本当に山と森と岩と川、美しいですね。
岩間7
写真を確認したら沈下橋が残っていたのでご紹介いたしました。高知県は本当に長くて(横に)、足摺岬や四万十川は四国以外の他県からすると「かなり遠い」ので、行くとなると気合がいります。私、以前もどこかで書きましたが、龍馬研究会の幽霊部員なのですが、高知県には結構行っているのですよ(ほとんど梼原辺りですが)。それなのに初体験の四万十川。堪能させていただきました。
岩間8
いつかまた、お遍路の続きに来るときにはお目にかかることでしょう(*^_^*)

Category: 旅(あの日、あの街で)

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【石紀行】40.福島郡山・鹿島大神宮~巨大なペグマタイト岩脈~と会津の昭和なお宿『向瀧』さん 

ペグマタイト1
石にはいくつかの種類がありますが(大きく分けると火成岩・堆積岩・変成岩)、普段【石紀行】でご紹介しているのは火成岩に属します。要するにマグマが冷えて固まったものです。つまり、これらの石の起源を考えると、地球の内部に行きつくわけですね。成分や生成過程により姿や形は変わりますが、もとをただせば地球。
そう思うと、やはり不思議な力を感じるのも当たり前なんですね。石に触れる時、地球の46億年の記憶に触れているのですから。

さて、普段ご紹介する石の多くは花崗岩(火成岩のうち深成岩の一種。地中の奥深くで冷えて固まったもの)なのですが、その中で特にゆっくりゆっくり冷えて結晶になるまで時間がかかると結晶は大きくなり、「巨晶花崗岩」と呼ばれるものになります。
これがペグマタイトです。
こうしてゆっくりと冷えて固まったマグマ→ペグマタイトの中には水→蒸発→空洞となるところもあり、この空洞が鉱物の結晶を大きく美しく育てるゆりかごとしては最適なものとなります。

つまり、「ダイヤモンド」とか「水晶」といった石の「名前」とは違って、要するに「ペグマタイト」という「状態」なのだと言った方がいいかもしれません。
以上、私の解説よりも、とても分かりやすいHPを見つけましたので、ご興味のある方は訪問してみてください。
 TENDER TIME『石の基礎知識 石ができるまで』
 Void Mark『水晶のふるさとを知ってみよう

おかげで、この岩脈は鉱物の宝庫として掘られまくり……こんな巨大な結晶が地表面近くに見られる場所はほとんどありません。それがここ、福島の郡山市の神社に鎮座しているのです。
ここは郡山市の鹿島大神宮。
ところで、福島市の巨石たちは、山奥深く入って行って一生懸命登ってそこにある、という場合ももちろんあるのですが、道を走っていたらそこに在る、というのも結構あります。これは有難いですね。何より、見つけやすい(^^)
鹿島神宮鳥居
こちら、車道に面していて、向かいに駐車場(広場?)らしきものがあり、停めさせていただきました。
駐車場には以下のように「ペグマタイト岩脈」の説明がありました。

『ペグマタイトとは「巨晶花コウ岩」とも呼ばれているように、花崗岩質で、石英、長石を主成分とした非常に大きな結晶の集合した岩石のことです。
かつて西田町から隣の白沢村にかけての阿武隈山地はペグマタイトの大産出地でしたが、今では工業用原料として採掘され尽くしてしまい、約14000トンと推定される量のペグマタイトが、現在でも保存されていることは大変珍しいことです。
露出している面の延長は約40m、幅14mにおよび、地下10mまではこの岩石があると推定されます。』
鹿島神宮階段
鳥居を潜って、階段を上ります。
鹿島神宮社殿
社殿があり、お参りを済ませてから……いや、もう脇にちらちら見えているので、気になって気になって。
ペグマタイト社殿との位置関係
ペグマタイトは社殿の横~後ろ全体に広がっています。小山のようになっていて、社殿の脇に回って上を見上げると相当の迫力。
ペグマタイト5
これまで石紀行でご紹介してきた花崗岩の地味な岩肌からすると、こちらは透明度のない水晶のような、ちょっぴり高級感があります。何より、花崗岩は山の景色・地面に同化して見えるのですが、こちらはまさに浮き出しているという感じ。
ペグマタイト4
小山の上、後ろから見た感じでは岩脈自体が御神体、というわけではなさそうにも思うのですけれど、それにしてもすごい。
これはアップで見ていただいた方がいいかもしれません。
ペグマタイト2
ペグマタイト3
光の加減が良ければもっと白く輝いて見えるのでしょうけれど、あいにく夕刻で日が傾いていましたので、少し暗めの写真になってしまいました。
ペグマタイト6
ちょっと脇を登って行ってみましょう。
上にのぼっていく
ところで、地方の神社やお寺に行くと、このように行くあての無くなった社殿などが山の中に並べられていたりします。以前ご紹介した津軽の高山稲荷神社などは、全国から引退したお稲荷さんがここに引き取られていたりしました。神仏廃合や後継者がいなくなって荒れ果てた神社仏閣から引き取られた様々な遺品が、こうして静かに他の神社などで時を過ごしているのですね。
丘の上のペグマタイト
上に登ると、あちこちにペグマタイトが顔を出しています。大きめの結晶、小さめの結晶、土中はいかほどか、と想像します。
山の中のペグマタイト
さて、社殿に後ろから失礼ですが、改めて石に触れさせていただいたお礼を述べて、この地に別れを告げます。
上から社殿を見る
さて、福島の旅。次回は福島市内の石たちを少し残していますので、そちらに戻りたいと思います。


ところで。
見た順番にご紹介しているわけではないのですが、実は今回は結構非効率な動きをすることになりました。というのも、遠方に行く石の旅では、日程は変えられませんし延ばせないけれど、残念ながら雨に当たることもあるのです。しかも旅館を予約しているので、経路を大きく動かすにも限界があります。一応、臨機応変に対応できる範囲で石たちの場所を地図に書き入れて、雨でも行けそうなところ、ちょっと難しそうなところを確認して、その都度天気予報とにらめっこで変更していくのですが、何しろ現地に行ってみないと分からないことが多くて……雨は本当に残念です。
が、それはそれ。今回は結構な雨に当たってしまったので、石をいくつか諦めて、会津のころり観音巡りをしてきました。次回、ちょっと休憩して、そちらをご紹介したいと思います。

続きを読むからは、今回選りすぐった?福島の旅館をご紹介いたします(*^_^*)
お楽しみくださいませ。
向瀧正面
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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[雨166] 第35章 恋花(2)私を見失わないで 

【海に落ちる雨】第35章その(2)です。
『私を離さないで』にしようと思ったら、今まさにドラマ化されていたのでやめました。
思えば、携帯電話のないこの時代、帰ってこない旦那や子供を心配しても、連絡を取るなんて簡単にはできませんでした。待ち合わせの時に駅のホームの反対で待っていても、出会えないまま、なんてこともしばしばありました。
何でもかんでも「繋がっている」今では考えられないことでしょうけれど。
時々、繋がっていない時代を懐かしむのは何故かなぁ……

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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【石紀行】39.福島錦町の巨石群~縄文時代から静かに時を待つ銘石たち~ 

Google mapを見て、この場所に合わせてストリートビューをみると、どう見ても思わず車を停めちゃうよね、という景色なのです。
道はこんな感じで開けていて、道端にいきなり石が立っています。
二本松市錦町
脇に道もあるので、ちょっと停めさせていただいて、周囲を覗います。
実はこの先にある「吉祥寺」を目指していたのです。カーナビはもっと先を指していたのですけれど、何よりもGoogle mapで見ても道と「錦町」という薄い文字があるのみで、何の目印もなく……でも行ってみるものです。
ただ、下調べが行き届かず、上の左のこんもりとした小山(植え込み?)の少し先の裏側にも石があったようですが、その時は気が付きませんでした。

何はともあれ、この道路脇に唐突に屹立する巨石をご紹介しましょう。
立石1
後から確認すると、この左手の巨石が「立石」、そして右手の巨石を「烏帽子石」というようです。
ところで、この石の存在はかなり「唐突」です。周囲には巨石はあるものの、この2つの石は開かれた場所に「わざわざ立てた」ように見えるのです。しばしば、ひとつの石が割れた形で祀られているのを見ますが、これはまるで別の石。噛み合うところがありません。
もともと石は3つあったという話があるのです。これについては、yo-hamadaさんという方の古代「オリオン信仰」巨大三つ石か!という記事に大変詳しく面白く書かれていますので、ご一読くださいませ。
ちなみに上の写真の、2つの石の間にちょこんと小さな石が見えますが、こちらではないようです。3つ目の石はもう少し後方にあったようで、上が破壊されたのではとのこと。
立石2
この2つだけでも、まるで扉のように見えますね。あるいは何か結界を示すものだったのでしょうか。
立石3
ね。唐突ですよね。もとは一帯が神社の敷地だったようですから、まさに結界か何か、目印の役割だったのかな。
立石4裏
裏側に回って道路の方を見てみます。こちらから見ると、何だか覗き見をしている気分に。
立石5裏
間にちょこんと見えていた石はまるで祭壇のようにも見えますが、石の表側にあるわけではないので、ちょっとイメージが違うかな。もしも3つ目の石がこれらの2つの巨石の後ろにあったのなら、この小さな椅子のような石に座って取り囲まれたら、どんな感じだったかしら。何か小さな世界の中にいるような気持ちになったかもしれません。
yo-hamadaさんはオリオン信仰(三ツ石信仰)につながるのではと書かれていました。グラハム・ハンコック氏の『神々の指紋』を思い出します。でも確かに、天に見えるものを信仰する、地上で再現する、なぞらえるというのは古代においてはありがちなこと。何か深い意味がありそうです。
ちなみに人物くらべ。
立石6大きさ比べ

さて、先ほどの道路の写真で、「山神さま」と書いたあたりから見上げてみましょう。
立石明神道路から
木々に覆われて見えにくいのですが、見上げてみると、思わず「おぉ~」と声を出してしまうような迫力なのです。
上の写真の右手よりから見ると、斜面に巨石が重なり合っているのが分かります。
横から見る
例のごとく、大きさ比べをしてみましょう。
御神楽石大きさ比べ
道路から見上げる位置になるので、余計に大きく感じられます。いや、実際には下から見上げて写真を撮っているので、もっと大きいということですよね。これは御神楽石と呼ばれているようです。
御神楽石の前には、このように石を抱くようにして欅の木が生えています。荷鞍石です。
荷鞍石
あ、全体が写っていませんでした。でも、大体わかりますね。
御神楽石2
あれこれ工夫をして、この大きな石が見た目通りに感じていただけるようにと苦心してみましたが、やっぱり私の技術とカメラでは限界があるようです。
でもこの巨石の表面、比較的平坦なのですが、また例のごとく、太陽がここに当たったら、真っ白に見えるじゃない! と思ったり、私が修験者なら仏様を彫りたくなるわ、と思ったり。行った時には、結構木々に隠れるようになっていて、車で走っていても先に目に入ったのは立石と烏帽子石のほうでした。
御神楽石3
実はあちこちに立札があるのですが、どの石を指しているのか分からないものも多く、字もすっかり褪せています。1995年ごろに整備されたようですし、平成元年と記されたものもありましたので、少なくとも20年はそのままなのでしょう。その間に錦町もいわき市の一部となり、色々と変わった面もあるでしょうし……でも下草などは刈られていてそれなりに手入れはされているように見えましたので、ぜひとも立札をリニューアルして縄文遺跡の遺構や出土物と合わせて遺跡好きの目を楽しませていただけたらいいなぁと思ったりしています。
でも、今回はっきりと確認できたものの中にこんな石も。
金たま石
あ、小さな石なのですよ。立札の字は写真では読めませんが、近づくと確認できました。車を停めた脇にありました。
立札には「金玉石」と。なるほど、いつも見るようなシンボル系ではなく、玉の方ですね。他にもごろごろ大きな石がある中で、この小さな石には名前をつけたくなった人々の気持ち……ちょっと分かる?
御神楽石の上の方へ登って行ってみましょう。
御社へ上る
この階段の手前に「鶴石」というのがありました。
鶴石
え? 鶴に見えない? そうなんですよ。これはどうやら対になる亀石というのがあるので、鶴亀で縁起でつけた名前なのでしょうか。どちらも半土中に埋まっていて、全体が分かりませんが……掘り出して山が崩れても困るので、このままで。
御社2
階段の上にはお社。右奥に御神楽石のてっぺんが見えています。
御神楽石4
近づいて見ても、やはり迫力のある石です。見下ろせる場所に行くと、結構怖かったりして。
御神楽石5
落ちそうにも見えますが、上手く組上がっているようです。もちろん、こちらは自然の形態で、決して組み上げたものではないようですが。
御神楽石の上
御神楽石の上には立石明神石塔群があります。山神、大黒天、養蚕明神、庚申石、などなど、神様がにぎやかに集っています。

さて、実はお社の前、階段の上でまず出迎えてくれるのはこの不思議な石です。
棒状石製品
「棒状石製品」と書かれています。すごく無造作に置かれているのですが、ここには説明文が。

『長さ約85cm、最大径約27cmの棒状石製品である。出土場所は縄文時代の遺跡内であり、同じく出土している土器の紋様から推定して縄文時代中期ごろ(約4500年前)の遺物であろう。形状から見て日常的用品ではなく、信仰(呪術)的なものとして用いられたと思われる。
当区域は数多くの大小奇岩から形成され、立石明神として崇敬されているが、縄文遺跡でもあることから太古より崇拝された霊岩地帯であることを示唆している。』

そうなんですよ。後から考えれば考えるほど、この区域には「巨石群」があると言ってもいいわけですね。いや少なくとも「石の遺跡区域」ですよね。縄文遺跡もあるということなら、ぜひともマップが欲しい! 
だって、お社の外に説明文があって、「戦後50年を期にこの辺りの石造物を調査して、以下のものを『銘石と石造文化財』として表示した」と書かれていたのです。そこに挙げられた石は以下の通り。

『立石明神地内 御神楽石 立石 烏帽子石 金玉石 荷鞍石 舟石 鶴石 亀石 および 奉供養勢至菩薩 親庚申 奉待大黒天成就磨崖仏 立石明神石塔群 棒状石製品 不動滝地内 達磨石 不動滝 鳥石山地内 勘定石 弁天岩 鳥石 および 庚申供養磨崖仏 塞の神地内 道陸神 血吹石 耳垂石 吉祥寺 石塔婆』

こんなにあるのか! 通りすがりの私に確認できたのは8つくらい? もったいなかったなぁ。
申石?
ちなみにこちらの明神さん、申石に囲まれている!
えっと、これは庚申石(庚申塔)ではなく、ただの申なのです。

庚申というのは道教の教えのなかにある三尸(さんし)の虫の話から、庶民に信仰されています。まさに民間信仰ですね。
三尸の虫というのは、人が生まれながらに体の中に持っている虫で、60日に一度(庚申の日)にその人が眠っている間に身体から抜け出して天に上り、天帝に「こいつ、こんな悪いことしてましたぜ」とチクるんだそうで、その罪過に応じて人は病気になったり、寿命が縮まったりするのだとか。で、庚申の日には三尸の虫が天帝のところに行ってチクらないように、寝ないで過ごすわけです。
これが健康長寿を祈念するという信仰になっているのですが、この時に寝ないように?遊戯や懺悔を行ったりするんだとか。
あら、懺悔するのね? でもこの虫はいい奴なのか悪いやつなのか……性善説か性悪説かってのにも繋がりますね。

申だけだと「病気が申=去る」ということなのかしら?

ここにもまた、太古の昔の石信仰が、形を変え、他の信仰と混じり合い、長い年月をこの土地と共に分かち合ってきた、その時間が折り重なっています。
縄文時代からの遺跡が残るこの地域に、庶民の願いが息づいている。そんな静かな場所です。
縄文時代から現代まで、石はそこに在ったんだよね。そして、人々がその周りに集っていた。そう思うととても豊かな気持ちになります。
今回、下調べが足りなくて見損ねた石たちを、またぜひ見に行きたいと思うのでした。その時には、持参の白地図に石の印をつけて行かなくちゃ……(いや、いつも結構色んなブログさんを頼りに石の場所に地図に印をつけて行くのですけれどね……現地に行くまで分からないことが多すぎて……)


次回は郡山市の不思議な岩脈にご案内します(^^)

Category: 石の紀行文(写真つき)

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[雨165] 第35章 恋花(1)クラブタランチュラ 

【海に落ちる雨】第35章その(1)です。15000字ほどの短い章ですが、一気に載せるには長いので、2つに切りました。
偏屈な狂人と言ってもいい寺崎孝雄と組んで悪質なビデオを作っていた村野花。澤田顕一郎への叶わぬ想いが焼き切れてしまったのでしょうか。その女は、意外にも真が普段生活している場所のすぐそばで、じっと息をひそめていたのです。
タイトルになっているのは、チャゲ&飛鳥さん(色々ありましたが)の『恋花』……何があろうとも、名曲は名曲ですね。といっても、今やYou Tubeでも聴けなくなっているので、どうしようかと迷ったのですが、まぁこの時代のものですので、そのままです。
トップに出てくる歌は……殿さまキングスの名曲です。

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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[雨164] 第34章 交差点(4)放蕩息子への帰還命令 

【海に落ちる雨】第34章最終話です。
実はちょっとややこしい事をしてありまして……時間順に並べると、享志が海外出張から帰ってきて→仁が京都に行って竹流に啖呵を切る、ってのが正解なのです。何でこんな順番になっているのかと言うと、33章の最後に竹流が出てきているので、先に竹流のことを書いちゃおうとしたのでした。後からひっくり返そうかと思ったのですが、享志のシーンを書くには、真のシーンを先に書かなければならなくて、でも真がどうなっているかを書くのは仁が啖呵を切ってからの方がいいなぁ、しかも享志視点ってのは新しいので、あんまり唐突に出てきてもなぁ……とかあれこれ悩んでこんなことに。
ま、もうこの辺、時間の順番はあまり大した問題ではないので、さら~っと流してやってください。

この期に及んで享志のサイドからの描写も避けたかったんだけど、どうしても仁・享志、竹流・享志の絡みが書きたくなって、今後(after『雨』)にも響くので、唸りつつもこんなことになりました。
でも、享志のサイドって、このお話では初めてですが、【学園七不思議シリーズ with オリキャラオフ会】を読んでくださった方々には、もうお馴染みかもしれませんよね。だから逆にこっちの享志が不思議なイメージになるのかも。いや、あれから10年以上たっているので、享志も大人になっているのです。それなりに(*^_^*)

えっと、本当は、やっちゃえ、という気持ちで書いていた、なんてのは内緒です。しかし、さすがに享志も仁も大人です。手負いの獣を襲ったりはしませんね。作者が走ろうとしても、馬鹿言っちゃいけないよ、ってなもんで。
でも、享志、なかなか乙なことをやってくれます。そして真の盲目的な享志への信頼も笑えちゃうんです……

あ、タイトルですか? えっと……もう思いつかなくて……アイディアの枯渇です。

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物
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