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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・小説】会話って奥深い!~『北の国から』に学ぶ、男の子って!~ 

S 「あばよ」
J 「あばよ」
S 「やっと富良野から逃げ出せるぜ」
J 「やっと富良野が静かになるぜ」
S 「あの馬鹿によろしくな」
J 「誰だ、あの馬鹿って」
S 「努の野郎よ。あいつ見てたら昔のお前、思い出したぜ。こっちに来た頃のもやしっ子みたいな、弱虫のくせに生意気で、最悪だったよな。あいつとほんと、よく似てたぜ」
J 「じゃ、今の俺はどうなんだよ」
S 「 (ここがどうしても聞き取れない)……まぁ、死なないで生きててくださいよ」
J 「おたくも、しっかり生きててくださいよ」


何なんだ、この会話! ちょっと萌えるぞ! と久しぶりに『北の国から』を見て思いました。会話をしている二人は多分、中学校1年生?位の設定。
『北の国から』と言えば、1981年からドラマ~スペシャルと制作されて2002年の遺言まで、同じ役者を使って撮られた、今考えてみれば奇跡のようなドラマ(ハリポタより断然長い!)。
残念ながら私のひいきの正吉くんは、あまりにも長い年月の間に役者さんが一般人になってしまったため、最後の方は声だけだったり手紙だけだったりしちゃいましたが……

離別と不倫と離婚が妙に多いのが気になるけれど(脚本・倉本聰氏の構想の中での続きは、まださらに離婚やら福島の原発にまつわる話もあったよう)、まぁ、よくもこの長い年月、さだまさし氏の「ああ~、ああああ、あ~あ~」や田中邦衛氏の物まね、純の語り「~しており」「~なわけで」「そんなことは全然知らなかった」なども含めて愛されてきたように思います。

でも、若い人はあまり内容を知らないだろうし、ストーリーを説明してと言われたら、結構困りますよね。
妻の不倫をきっかけに故郷の富良野に二人の子供(純と蛍)を連れて帰ってきた五郎が、大自然、厳しい社会とあれこれありながらも生きていく話、といえば、まぁそんな感じ? でも若い人が思うほど、大自然は素晴らしい!って話じゃないし、家族で力を合わせて生きていこう!って話でもない。むしろ、周囲の出来事は何もかも、自然も含めて、過酷だったりする。

ちなみに、このドラマについては、以前にも記事を1つ書いております→【物語を遊ぼう】15.名シーンを書きたい~『北の国から』'98時代~(蛍にプロポーズしようと花を贈り続ける正吉の某シーンについて)

さて、今回の会話は、そういう「シーン」の感動ではないのですけれど。
このお話、改めてみてみたら、博打で借金作って保証人の五郎にすべて背負わせて富良野から逃げちゃった正吉の母親・みどり、とか、理由はよく分からないけれど不倫して家を出て病死した母親とか、その妹も不倫相手と結婚したりとか(しかもまた離婚する)、借金だけを残して家族を捨てて富良野を出て行ったのにボケて帰ってきて、自分の山がまだあると思い込んでいるじいさんとか、あれこれ先走って結局先に死んじゃって後に残されたものが借金や経営で困ることなったあんちゃん(草太)とか、まぁ、ほんとに、結構どうしようもないなぁという人ばかりなんですよね。主人公一家も例に漏れず。
ヒーローも居なければ、ヒロインも居ないし、ものすごい悪人も居なければ、ものすごくいい人も居ない

思えば、最近の流行のドラマでも映画でも、もう少し明確な性質を与えられた登場人物が多いような気がします。いわゆる「キャラが立っている」ってことなんでしょうか。悪人にしてもかなりエキセントリックで存在が際立っていたり、ギャップ萌えが求められたり、わかりやすく角があって、記憶に残るようなキャラ。普通の高校生の女の子、という主人公であっても、学年で一番かっこいい男の子と恋愛しているってだけで、もう「普通じゃない」ですよね。そして、仲間は大事だ!家族は素晴らしい!前向きに生きよう!的な話になっていったりで、それはそれで悪くないし、面白いんですけれどね。

でも、この昔のドラマ、なんだかみんな、本当にどうしようもないんですよ。どうしようもなくて、情けなくて、悲しくなっちゃう。そしてまぁ、昭和歌謡の似合うことと言ったら! 
雨がいい人連れてきてくれたり、時代は回ったり、今はもう悲しい歌聞きたくないと言われたり、恋人よ、側に居て、と泣いたり、あのメロディと歌詞のムードは、今の物語には合わない。時代には時代の音楽があるのですね。

子供たちだって、無邪気でかわいいわけでもない(かといって、残酷なばかりでもない)。
友達にそんなひどいこと言ったりしたりしちゃダメでしょ、人のもの盗っちゃだめでしょ、みたいなことをしちゃって、でもそれも、ほんとに、あ~なんか子供ってそういうのあるわ、と身につまされるような部分が多くて、逆に身につまされすぎて見てられないときもあったりして。
でも、言葉も解説もなく、大人がどこかで見守っていて、あるいは時が味方して、罪を正すとかかっこいい展開なんてなくて、それでも結構それなりに友達と関係を築いて、それなりに大人に成長していく、何も際だったことのない、普通の子供が普通の大人になっていく、ひとつの普通の人生。
あ、このドラマで際だっていると言えば、五郎の生活スタイルかも? それにしばしばシーンに挟まれる小動物たち。

上の会話は、純と正吉の別れのシーン。
前の冬に五郎の、つまり純と蛍の家が焼けたとき、本当は自分がストーブの上の物干しに濡れたシャツを放り投げたのが火元になってしまったのに、自分はやってないと言ってしまった純は、その後「自分がやったかもしれません」と告白した正吉やみんなの前で本当のことを言えないままになっていたのですね。
正吉は、自分の母親が五郎に迷惑をかけたこと(借金の保証人にして逃げちゃった)、自分を置いて富良野を出て行ってしまったので五郎の家に引き取られて純や蛍と一緒に暮らしていたのもあって、思わず罪を被っちゃったようなのですが(二人とも慌てていたので記憶が曖昧だったのもあるかも)、どこかで純が「僕がやった」とか言ってくれるかも、と思っていたかもしれない。
でも、純は結局言えないまま。

正吉は正吉で鬱屈していて、都会からやってきた努という少年(マイコン!を持っていることを自慢したり、五郎の悪口を言ったりした)が持っていたマイコン(時代ですね~)の雑誌を物欲しそうに見ている純を見て、その雑誌を勝手に持ってきてしまう。
またある日、純・正吉・努の三人で一緒に筏下りをして、みんな川に落ちて溺れかけて、けんかになってしまって、努を雨の中に裸で放り出してきてしまう。放っておいていいのかと心配する純に、悪いのはあいつだと言う正吉。

そんな正吉の言葉の端々、お前はやっぱり卑怯者だという言葉から、火事のことで自分が本当のことを言えなかったからだと感じる純。そして、五郎に問い詰められて「全部正吉がやった」と言ってしまった純に、五郎が「そうか。悪いのは全部正吉だな」と言われても何も言えなかったのです(ちなみに、正吉と別れた後で、告白したのですが)。
何も語られていませんが、もちろん五郎は感づいていますよ。正吉だけが悪いんじゃないって。火事のことだって、多分。
そんな中で、正吉の母親みどりがなんとか息子を引き取れるようになったからと、正吉を迎えに来る。

そして、男の子って! な冒頭の会話になるわけです。
正吉だって、純が本当は申し訳ないと思っていることは分かっているし、自分だって悪かったこともあったし、一方で純だって正吉に謝りたいと思っているのです。でも、何も言えないまま別れの時が来る。
いよいよ別れの時なら、ドラマ的には、もうちょっと「ごめんな」「いいよ、もう。俺も悪かった」とかなんとか言うんじゃないの? 
(花男だって、「ど~みょ~じ~、私まだ大切なこと何も言ってないよ」ってな会話がちゃんとあったのに。あれ? 例えがおかしいな)

いや、これでいいんです。言いたいことは何にも言葉になっていないけれど、伝わっているんです(多分)。
別れの時。
一人みんなから離れて背を向けたまま、ホームの柱にもたれている純。みんなと挨拶を交わしながら、純をちょっと気にしている正吉が、ふらっとその柱に近づいていって、同じようにもたれかかって、柱を挟んでお互いに背を向けたまま、顔も合わせずに、ぽつりぽつりと交わされたのが上の会話。

伝わっているのか伝わっていないのかもよく分からないけれど、申し訳なくて皆の前に顔を出せないみどり(正吉が火事を出したと思っていて、自分も正吉も本当に五郎に迷惑をかけたと思っている。けど、懲りないところもあるお母ちゃん)に列車に引っ張り込まれて、最後に手だけ窓から出してピースサインする正吉。
何も言えなかったけれど、「しょうきち、顔出せ」と念じながら列車を追いかける純。結局、顔をまっすぐ見ることも、謝ることもなく、別れていく(この時は)。

もしかすると、ちゃんと伝わっていなかったかもしれないけれど、そんな嫌でダメなところもひっくるめて、納得していて、友達なのかも。お互いそんな奴だけれどそれでいいと思っているのかも。

何で、こんな何も名言のかけらもない会話に萌えているの、大海は、と思われているような気もしますが、これはもう、萌えるでしょ。気持ちは言葉になっていないのに、何かが伝わっている……あるいは、細かいことは伝わっていなくても、何かを共有している。
子供ってまんまで、面白いなぁ。
あぁ、映像は表情がありますからね。一方で、小説は少し分が悪い。これを小説でどう表すか。どう読み手に感じてもらうか。
ついつい、読者さんの想像力に頼ってしまうのですけれど(^^;)

男の子って!
そういえば、このセリフ、ハーマイオニーも同じことを言っていました。
ハリーとロンがけんかしていて、謝りたくても謝れないので、直接会話せずにハーマイオニーを伝言板みたいにして言いたいこと(伝えたいこと)を言う。それでもちゃんと何かが伝わっていて、なんだかんだ言っても、怒っていても、上手く謝れなくても、結局は親友である二人に対して、ハーマイオニーがつぶやいたのですね。

ハリポタでは、けんか中のハリーとロンは口もきかないけれど、純と正吉は「肝心なこと以外」ではちゃんと友達の会話をしているんですよ。でも、何かの拍子に不信が顔を出してしまったり。そのあたりもまた、なんだかもどかしくて。
でも、冒頭のような会話、表向きはただの会話なのに、その背後にある感情がじわじわと文字(言葉)からわき上がってくる。書かれていない「言えない部分」がなおさら浮き上がってくるような。

これって実は、書けそうで書けない、ちょっと高度な会話に思えたのでした。
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Category: 小説・バトン

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