FC2ブログ
12 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 02

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【奇跡を売る店(2)】砂漠に咲く薔薇(2)~昭光寺にて(2)~ 

デザートローズ1
 長かったので2回に分けた『砂漠に咲く薔薇』第2話の後半です。

そう言えば、この話、夏の話だったなぁと今更ながらに思ったのですが、読むときは季節が違うからっていちいち引っかからないけれど、書くときはちょっと悩むなぁと思いました。だって、今は寒い! 背中がぞくぞくする。そんな感じで書いているときの体感温度が、何となく文章に出ないかと心配になってしまいました。

行ったことのない土地や今じゃない季節のことを書くとき、文章に出ないようで出ているかもしれない事の中に、匂い(臭い)と音があります。場所の見た目は写真からでも知ることはできるけれど、その場所の空気感を構成している音やにおいはそこに立ってみないと分からない。
ヴェネチアに行ったとき、写真だと町の姿は優雅で、まさにアドリア海の女王なのですけれど、実際にはアクアアルタの海の臭いが結構気になったのでした。水はお世辞にも綺麗とは言いがたいし。こういうのって、現地に立っていないと分からないこと。
そして、冬に夏の話を書くとき、夏の音ってどんなのだったかな、匂いってどんなのだったかな、必死で思い出しているのでした。蝉の声は陳腐だなぁ~(しょぼん)

登場人物(レギュラー陣)などのご紹介は以下の記事をご参照ください。
【雑記・小説】自作を語るのはまだ早い(2)~奇跡を売る店~


 海は少し真面目な顔をして、一度自分に確認するようにうなずいた。
「釈迦堂くんにお礼を言わなくちゃ、と思ってたんよ」
「なんで」
 思わぬ言葉に蓮は不意を突かれて、返事ができないまま海の顔を見ていた。海は蓮の反応の薄さに応えようと、う~ん、と言いながら言葉を探したようだった。

「何てのか、栞那ちゃんみたいに、小さいときから病院に通ってて、結構重い病気で毎月病院に通っているような子のことでも、私らってあんまり何も知らないんやって、改めて思ったから。何となく毎日それなりにやってくれてるんだろうって、勝手に思い込んで、勝手に安心してたんよね。日常って、ほんとはたくさん辛いこととかしんどいこととかあって、一ヶ月の中のほんの一瞬の時間じゃ何も分からないんだって、こんなことでもない限り気がつかないで通り過ぎちゃう。にこちゃんもそうだよね。釈迦堂くんがこうして毎日彼女のことを見てるってこと、実は凄いことなんだって」
 蓮はいささか間抜けな顔で海を見ていたのかもしれない。珍しく海が困ったような表情を浮かべた。
「私、なんか変なこと言ってる?」
「いや、そうやなくて」

 海が変わらず海のままでいてくれることが嬉しかった。自分がどうなっても、周りの人間が変わらないでいて欲しいというのは身勝手な願いではあるが、こうして関係が変わっても、時が流れていっても、海は昔のままだ。他の皆が通り過ぎるところでちゃんと立ち止まってくれる。そんな海だから、自分の心を上手く表現できない蓮のことも、気がついてくれていたのだ。
 二人が向かい合った座卓の上を、窓からの風が流れていく。いろんな事があって、若くてきっと輝いていた時には戻れないけれど、海の言うとおり、風の匂いは昔のままで懐かしい。木々の間を通り抜けながら細かな湿気を含んで、この西陣の町の片隅の小さな部屋に届く風。

「栞那ちゃん、家を出てたみたいなの。お母さん、あんまり言いたくない様子だったけど、ほとんど友だちのところにいたらしくて。外来受診の時は一緒に来てたから気がつかなかったけど、待ち合わせして病院に来てたんやって」
 確かに、ひと月に一度、きっちり病院に来て、検査上はそれなりに薬の効果も確認できていて、親もついてきていたら、当然同じ家から病院に来たと思って不思議ではない。長く親しんだからこそ、敢えて毎日の生活のことまで根掘り葉掘り聞き出すようなこともない。もちろん、相手が話したがっているならば別だ。

「友だち?」
 亡くなった女性のことを母親は知っていたのだろうか。
「どんな人かは知らないって」
「親はそれで放ってたんか」
 怒ったつもりではなかったが、言葉がきつかったからか、海はちょっとむっとした顔をした。

「放ってたわけではないんやろけど、親子やからこそ、言いたくないことまで言っちゃうこともあったんやないの。顔つき合わせたら喧嘩になるし、ついつい、そんなに嫌やったらもう帰ってこんでええ、とか言っちゃうこともあったみたい。もちろん、最初のうちは探したり連れ帰ったりしてたみたいやけど」
「でも、まだ未成年やろ」
「でももう十八やもの」
 親なら、どこまでも子どもの我が儘や葛藤に付き合ってやるべきだ、と理想論をかざしたいわけでもなかった。十八や二十歳という年齢までに子どもが自立できるように、方法を授けてやるのが親の仕事だと、教育論を語るつもりでもなかった。そもそも蓮にはそういう親子論を語るための土台がなかった。

「ごめん、俺には分からん」
 蓮がぼそっと言った言葉に、海がものすごい勢いで反応した。
「ごめん、そんなつもりやないの」
 小学校の時には二親ともいなかった蓮の気持ちは、多分海には分からないだろう。だが、そんな自分の感情の構成を、蓮自身が一番分かっていないのだ。少なくとも海はそんな蓮を分かろうとしてくれたし、もしかしたら彼女なりの方法で成功していたのかもしれない。
 海は、昔からそうであったように、蓮がこれ以上は触れて欲しくない部分に来ると、上手く話題を変えてくれた。

「そうだよね。うちらの患者って年齢相応の精神年齢ってわけには行かないんだよね。身体だけは大人になっていても、不自由なことだらけでどうしたって自立できないことも多いし。それに、最近って、携帯ですぐに連絡取れるから、子どもが家に帰ってなくても、居場所が分からなくても、いざとなったら何とかなるとか、繋がってるって勘違いするんだよね」
「彼女のとこ、母子家庭やったよな」
「うん。お母さん、働いてるしね。ずっと一緒にいるわけにも行かないし」

 蝉が一斉に鳴くのを辞めたかと思うと、また一匹の合図で合唱を始めた。風の中の湿気はずいぶんと少なくなったが、やるせないような気持ちで身体が熱く湿っぽくなった。
「お母さんも心配してないわけじゃないと思う。でも、毎日、不機嫌だったり暴れたりする娘と向き合ってるのもしんどかったのかもしれへん。あの子、中学の頃からほとんど学校に行けてなかったもん」

 栞那に会ってあの石を渡した時のことを思い出していた。あれは半年ばかり前の事だった。
 その時、もう少し何かを聞いてやれば良かったのか。だが、どんなふうに? 彼女は「別に。たまには、うちかって遊びたいもん」と言っていただけだった。
 本当にそうだろうか。何かのサインを見逃していたのか。本当は助けてと言っていたのだろうか。少なくとも石を渡したと言うことは、何かを予感したからではなかったのか。自分でもよく分からなかった。

「さっき、彼女に何かあったのか、やなくて、何かしたんかって聞いたやろ」
 海はうなずいた。
「お母さんに『栞那ちゃん、どうしてますか』って電話したら、話の中で『あの子、何かしたんですか』っていう感じのこと聞かれたから。家からちょっとしたもの盗んでいったりしてたみたいやし。まぁ、家のものやから、盗むって表現にはならへんかもしれんけど、その事を追求したら、あんたがこんな身体に産んだからや、って言ったって」
 蓮は何も言えなかった。

 半年前、谷原栞那が蓮に言った言葉は、一時も忘れてはいなかった。
 どうせ先生の身体やないやん。
 それは、いつかあの女性に言われた言葉と同じだった。
 どうせ先生の子どもじゃないでしょ。
 そうだ、と割り切ってやれば良かったのだ。中途半端に入り込んで何かができるわけでもなかったし、彼らが蓮に期待していたことはそんなことではなかったのだろうに、自分で空回りしてしまった。

 本当は、谷原栞那はよく分かっていたはずだ。病気を持って生まれてきたのは母親のせいではないということくらい。だが、母親は病気の子どもを産んでしまったのが自分のせいだという気持ちから逃れられないでいるのだろう。
「釈迦堂くん?」
 海が向かいから心配そうに見ていた。谷原栞那のことを話しているのは分かっていたが、どこかでいつも和子と和子の母親のことが重なっている。海には見抜かれているかもしれない。
「あぁ、ごめん」

「今度はそっちの番だよ」
 海の口癖だ。蓮があまり自分のことを話さないので、いつも海は自分のことを一通り話した後、次はそっちの番だよ、と言った。
その言葉で、蓮はいつも救われていた。
「アパートで若い女性が亡くなったんや。死因は外傷性くも膜下出血。アパートの契約書によると、名前は芝浦陽香、十九歳、身元保証人に当たってみたら、保証人ビジネスやったようや。その部屋に、どうやら谷原栞那が転がり込んでいたらしい」
 海はちょっとの間考えていた。

「でも、うちの病院に警察が来た気配はないし、栞那ちゃんのお母さんも警察がどうのって話はしてなかったけど」
「じゃあ、まだ警察は谷原栞那の名前を突き止めてないってことなんやろ」
「それで、釈迦堂くんはどう関係してるの?」
 蓮は和子ががらくたを入れている箪笥の引き出しから、小さな石を取り出した。
「これ?」
「デザートローズや」
「食べれるの? なわけないか」
「そっちのデザートやなくて、砂漠の薔薇。その亡くなっていた女性の部屋にこれと同じ石があったらしい。それで、『奇跡屋』に警察が来て、婆さんが『それは蓮が知ってる石や』なんて余計なことを言ったから、俺のところに警察が来たってわけや。最初はてっきり谷原栞那が亡くなったのかと思って慌ててもうて」

 海は五百円玉くらいの直径のデザートローズを摘まみ上げて、じっと見つめ、また座卓に戻した。
「ゴミだと思わなかったのは、警察にしたら上出来やない? ダイヤとかルビーならともかく」
「ダイヤやルビーやったら婆さんのところには来えへんやろ。それにこの石、ゴミと思うにはちょっと気になるんかもしれへん」
 まさに石の薔薇と言われて納得するような不思議な形の石だ。白っぽいものから赤系の砂色のものまで色彩は色々で、大きさも様々だ。もろくて加工されることもないので、石そのものの値打ちがあるというものでもないが、願いを叶える石だと言われている。

「確かに。で、この石と栞那ちゃんの関係は?」
「警察が俺に見せたんは、俺が谷原栞那に渡した石やったんや」
 そんなふうに言ったら、普通なら、どうして「その石」だと分かるのだと聞かれそうだが、海はもうそんな無駄な質問はしてこなかった。彼女は、『奇跡屋』の婆さんや蓮が、石の一つ一つの顔を見分けられることをもう十分知っている。
「いつの話?」
「半年前、彼女にばったり会って、ちょっと話をしたから」
 細かい内容について口をつぐんだら、海はさらりと流してくれた。

「そのこと、警察に言ったん?」
 蓮は首を横に振った。
「でも、その亡くなった子の携帯の通話記録とかアドレス帳とか調べたら、栞那ちゃんのこと、すぐに分かるんやないの?」
「いや、俺が呼ばれたときは、警察は谷原栞那のことは知らんかったと思うし、少なくとも病院へも警察は来てないんやろ」
 蓮が警察に行って話を聞かれた時、亡くなった女性の携帯の話などは出なかった。もちろん、重要参考人の関係者であると思われる蓮に捜査情報を漏らすことはないだろうから、事情を知ることはできない。
「ただ、釈迦堂くんはその石の持ち主と繋がってるとバレちゃってるわけやね。それで、警察は釈迦堂くんのところに関係者が現われるかもしれないって、見張ってるってことか」

 石を見せられたとき、思わず反応してしまったので、警察は蓮と「謎の同居人」には関係があると思っただろう。咄嗟のことで演技もできなかった。もちろん、その場では、「確かに奇跡屋に置いてあった石で、誰かに売ったけれど、売った相手は忘れた」と答えておいたのだが、例のごとく胡散臭そうな目で見られ、しっかり疑われたわけだ。
「何より、それって殺人ってことなん?」
「いや、そもそも警察が俺にそんなこと教えるわけないやろ。でも、不審死なんは間違いないし、警察は疑うのが仕事やし、その亡くなった女性の『同居人』には一応事情を聞かんとあかんのやろ」

「外傷性くも膜下出血なんでしょ。事故ってこともあるやん」
「それでも家の中で誰も見てないところで死んでたら不審死や。もちろん、殺人だと疑うような何か事情があるんかも知れへん」
「魁さんの元同僚とかにこっそり教えてもらわれへんの?」
 思わず言ってしまってから、それはないか、と海は一人で納得して、警察から聞き出すという提案を自ら却下した。そして、不安そうな声で聞いてくる。

「栞那ちゃんが釈迦堂くんに連絡してくると思う?」
 それは何とも言えなかった。
「次の外来、いつなんや?」
「二週間先」
 それは果てしない時間に思えた。谷原栞那が今どうしているのか、そもそもその女性が亡くなったことを知っているのか、何も分からないまま過ごすには長すぎる時間だった。

 半年前。
 オカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』での仕事を終えて帰る途中、三条木屋町の辺りで谷原栞那とばったり出会った。
 蓮の記憶にあった中学生の栞那とは違って、派手な化粧をして、髪を染め、冬というのに短いスカートで素足にブーツを履いていた。値段は分からないが、毛皮のコートが彼女に不釣り合いで、子どものような胸元が覗く服も、蓮を戸惑わせた。
 だが、どう見ても真面目なお付き合いをしているとは思えない若い男二人と一緒で、酒も飲んでいる様子だったので、放っておけなかった。男たちとはいささか揉めたが、栞那を説得してとりあえず『奇跡屋』に連れて行った。

 どうせ、先生の身体やないやん。

 いつも何かに精一杯で、他の何かを受け入れてやるための余裕がなかった。ショーパブの仕事も、手を抜こうと思えば抜けるのに、適当に器用にやることができない。ママやソノコさん、シンシア、ミッキー、皆の身体のことも心配になる。伯父が失踪してしまった釈迦堂調査事務所の仕事もそうだ。滅多に依頼がなくても、伯父が帰ってくるまであの場所を守りたいと思っている。引き取った和子のことも、失踪した伯父の魁のことも、荒れた生活を送っているふりをしながら魁を探しているらしい従弟の舟のことも、大原の里で一人仏像を彫っている大和凌雲のことも、何もかもが気になって仕方がない。
 だが、舟が蓮を頼ってこないのは、蓮がいっぱいいっぱいになっていることを知っているからだ。和子が蓮に懐かないのも、蓮のすべてが和子に向けられているわけではないことを感じているからかもしれない。本当の親ではないからだ。
 あの時も、谷原栞那が何かに追い詰められていたのだとしても、それに気がついてやれるだけの余裕が自分にあったのかどうか。

「ここ、石屋さんなん? ダイヤとかルビーとかは置いてないん? これって幾らくらいするん?」 
「鉱物、つまり貴石だ。ものによっては百万以上するものものある」
「キセキが起こるん? それやったら百万くらい出す人もおるかもなぁ。泥棒、入らないん?」
「この店は魔女のような婆さんがやっていて、下手なことをしたら呪われるとみんな信じてるからな。奇跡が起こるかどうかは、持つ人間によるし、石との相性もある。ちなみに、ミラクルの奇跡じゃなくて、貴石。貴い石だ」
「パワーストーン、とか言うやつ? わぁ、これ、面白いの」
「それはデザートローズ。砂漠の薔薇、という名前の石だ」
「ふ~ん」
「気に入ったんなら、やろうか」
「呪われるんやろ?」
「だから、石との相性だよ。惹かれたなら相性が合うんだ」
「光ってないところが、うちと一緒や」
 光らない石。そして見た目通り、もろい石でもある。栞那はそれも感じ取ったのかもしれない。自分と石を重ねて何かを感じたのだ。

 海が帰った後、蓮はずっと部屋の畳の上に寝転がって天井を見ていた。立っていると低く感じる天井が、こうしてみると遙か彼方に思える。
 大通りから入り込んでいるために、蝉や風の音はともかく、ここは不安になるくらい静かだった。ふと時計を見ると、そろそろ出勤しなければならない時間だった。
 起き上がって、汗ばんだTシャツを脱いだとき、座卓の上に放り投げてあった携帯が震えた。大原に和子を連れて行ってくれている舟からだった。
 
< にこ、初さかなゲット!
 添付された写真には、川魚をこわごわと持っている和子が写っていた。舟と、もしかすると凌雲も一緒に、釣りにでも行ったのだろう。
 相変わらずの和子の硬い表情は、その写真が蓮に送られることを意識していたからなのか。シャッターが切られた後、和子が彼らに笑顔を向けている様子を想像して、蓮はなんとも言えない気持ちになった。



スポンサーサイト



Category: (2)砂漠に咲く薔薇

tb 0 : cm 10