06 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

2017年7月のつぶやきコーナー★「地獄へは俺が行く」~?? 

<Twitter代わりのつぶやきとお知らせのコーナー>
【雑記・映画】映画公開初日に行くなんて初めて!~『忍びの国』~



2017/7/30あ~もうだめだ~
密かに(?)一生懸命みている大河ドラマ。徳川と云々の話辺りで政次に死亡フラッグが立っているのは何となく分かっていたのですが……まさかのここ~? うう。来週見るのが怖い……あぁ、これは『銀河英雄伝説』でヤン・ウェンリーが死んじゃうところの前で読めなくなっちゃったのに似ているなぁ。
「地獄へは俺が行く」……しくしく(;_;) 行っちゃいや……

先日7年ぶりに調律したピアノ。それでも7年前までは毎年してもらっていたおかげで、驚くほど狂っていなかったのですが、すでに45年以上経過した渋いピアノ。もったいないので、三味線を習っているところで、三味線の日についでに習いに行くことに。今日久しぶりに練習しちゃった。以前ソナタの1冊目くらいまではやっていたとは言え、30年以上も前に辞めているのでどうなることやら。今度こそショパンに手が届くかな? とりあえず、ソナチネから再開です。
同時に三味線ももっと頑張ろっと。


今月の古いつぶやきは、「続きを読む」にあります。
-- 続きを読む --
スポンサーサイト

Category: つぶやき

tb 0 : cm 18   

【旅2017・スペイン】(1)世界遺産の遺跡群・タラゴナの円形競技場から旅を始めよう 

アムステルダム空港
初体験のKLMでヨーロッパ入りです。乗り心地と機内食? 悪くありませんでした。でも、大体日本から出るときの機内食が不味かった記憶はあまりないなぁ。
話は横に逸れますが、今まで乗った数少ない飛行機の中で、乗り心地が良かったはルフトハンザ。トイレはまとまって下の階にあり、飲み物がもらえるところもあって、さすがにドイツの飛行機という感じでした。が、いかんせん高いので、今回はKLM~エール・フランスで。海外に行くときに一番楽ちんなのは、それはもちろんJALなのですが。
そして、今まで一番、着地が上手かったのは、ソ連時代に乗ったアエロフロートでした。噂通り、空軍のパイロットですし、なによりも税関含めて男前ばかり。おっちゃんになると、かなり様相は変わりますが(あれって、痩せてると生きていけないんですって。寒すぎて)。
そんな話はさておき。
アムステルダム空港の時計
アムステルダムの空港の時計が面白かった。これ分かります? 人が中に入っているデザインになっていて、お掃除している設定。針を1分ごとに描いて、消して、ってやっているのです(もちろん、本物の人ではありませんよ。って当たり前か)。
アムステルダム空港で飲んだジュースとチョコ
そして、今回の旅の失敗の原因だったと思われるのは、こんな感じの(飲んだときはものすごく美味しい)生ジュースを飲み続けていたこと。これはアムステルダムの空港で飲んだシトラス・ブラッドオレンジジュースですが、スペインに入ってからも暑すぎて食欲がなくて、水気ばっかり採っていたのです。多分、水とか氷とかにやられたんでしょうね……ほんと、ずっとお腹の調子が悪くて、治ったのは帰ってから1週間後!
ちなみに、隣にあるGODIVAの小さな缶。絵にもありますが、正露丸くらいの大きさのチョコレート菓子(クリスピーのチョコレートコーティング)が入っています。これがちょっと美味しくて、旅の友でした。まだ食べきってないけど、家族にも「美味しい」と受けておりました。でも日本で見たことないなぁ。

地中海のバルコニー
さて、今回の旅、バルセロナでちょっとした会合に出席するために計画したのですが、ついでに夏休みをとってしまおうと、バルセロナ入りする前にタラゴナ、そしてバルセロナ後にアンダルシア地方に寄って帰ってきました。7泊9日の旅。
ヨーロッパには何度か行っているのですが、5/7がイタリア絡み。行ったことのない国の方がもちろん多いのですが、そのひとつがスペインでした。そもそも私がヨーロッパに憧れる原点はアンダルシアだったはず、なのですが、旅行をするような歳になったときに、美術館・博物館巡りに憧れ、行ってみたらイタリアに嵌まり、京都の日伊会館にイタリア語を習いに行き、そうこうしているとイタリアに行かずにはおれないようになり、遺跡を見に地下に潜ったり、あれこれ。
ちなみに始め2回の旅はバックパッカーで、ドイツ→オーストリア→イタリア(もちろんイタリアが長い)、およびソ連→(ちょっとだけチューリッヒ。トーンハレを聴きたくて。その時チェロがヨーヨーマだった)→イタリア(もちろんイタリアが長い)。思えば若かった。金はなかったけれど、閑はあったのね……
そんな中、ようやくスペインに足を踏み入れたわけです。

原点のアンダルシアはどういう意味か、というと、さすがに「ひまわり」(ソフィア・ローレン)ではありません(しかもあれはロシアのひまわり畑)。実は私、中学生の時に闘牛士が主人公の話を書いていたのです。いや、今思えばしょうもないのですが、その若者が実はケツァルコアトル(マヤの神様の鳥)の現し身で、闘牛の最中に、何かの拍子に過去のスペインによる侵略戦争の時代のメキシコ、マヤ文明の世界にもどって行ってしまう。彼にはスペインで日本人の彼女がいたんだけれど(百合って名前だったなぁ)、彼女は彼を捜してマヤ文明の遺跡に……なんて感じの話だったような(設定はかなりいい加減)。
きっと、竹宮恵子さんの『変奏曲』のエドナンがスペイン人で、恋人(ウォルフの妹)がアンダルシアで育ったというあたりからスペイン・アンダルシアがインプットされていたんだろうなぁ。そして、ロルカの詩なんか読んでみたりして。
だから、もこの先海外旅行は滅多にしない気がするので、スペインに行くチャンスが巡ってきたからには絶対にアンダルシアに行かなくちゃ! と気合いを入れたのでした。

でもまずは、バルセロナの少し南、タラゴナから旅の話を始めたいと思います。
後から考えたら、バルセロナから通っても良かったのですが、バルセロナに着いたときに「うわ~、思った以上に大都会」というのに疲れてしまったので、スタートが少しのどかな町だったのは良かったかも。
上の写真は「地中海のバルコニー」と言われている広場から見た地中海。広場側の手すりの所に、小さくて見えにくいけれど、バレエの練習のような格好をした女の子が数人いるのです。先生みたいな人もいたので、何か始めるところだったかも。
タラゴナRambla Nova
私が泊まっていたホテルがある広場からこの地中海のバルコニーまでは、このRambla Novaという目抜き通りがあって、車よりも歩行者が優遇されています。暑いから、この木々の影は有り難いんだろうな。
スペインではお店の多くがこういう道にテラス席を持っていて、皆さん暑い中、テラスで食事をされています。
タラゴナ人間の塔
ちょっと写真が暗いですね。この日、午前中は少し曇っていたのです。あとはず~~~っと晴れてましたけれど。この像、写真を撮ったものの、なんやら分からずにいたら、後でバルセロナでこれは人間の塔といって、カタルーニャ地方のお祭りでよくやっているパフォーマンスだと教えてもらいました。う~む、祭りとなると、古今東西、人々は危険を顧みず燃えるものらしい。
タラゴナチケット
タラゴナの遺跡群は2000年に世界遺産に登録されています。紀元前3世紀にローマ人が築いた、当時はイベリア半島最大の都市だったそうです。当時の町の名前は「タラコ」。
最初に地中海のバルコニーから見下ろせる場所にある「円形競技場」に行きます。ガイドブックには入場料3.3€と書かれていましたが、ひとつずつ払っていったら15€近くになりそうな4ヵ所の遺跡のチケットをまとめて買ったら7.4€。ものすごくお得です。えぇ、ものすごく!
なぜ力説するかって……バルセロナに行って何に驚くかというと、見学料の高さ。特にガウディ建築はほとんど20€を越えています(1ヵ所の値段)。バルセロナの人曰く、何しろ人口の10倍の観光客が押し寄せる町、観光客から税金など取らなきゃやっていけないそうで。まぁ、それもそうか。
円形競技場3
さて、スペインの人はみんな親切です。特に観光施設やホテルの人のフレンドリーさには救われます。このチケット売り場のお姉さんは、チケットにアルファベットを書いて、地図をくれて、地図にもアルファベットで行き先を書き入れてくれました。
ちなみにチケットの下にあるのは、カテドラルのチケット(5€)とバスのチケット(1.5€、後で「悪魔の橋」に行くときに利用)。これはまぁ、完全にレシートですね。
円形競技場は例のごとく、猛獣と剣闘士とか、剣闘士同士の戦いを見世物にしていた場所。残酷とかなんとか、今の基準で測ってはいけないのですが……
円形競技場2
座席部分は半円くらい残っています。一端後ろの方へ回って、上の写真の右奥の半円アーチの部分からアリーナにも入ることができます。アリーナの掘れたところは何らかの舞台演出の仕組みだったのでしょうか。コロッセオなどは、水を張って船を浮かべていたとも言われていますよね(船の戦闘も見世物にあったとか)。
円形競技場4
後ろに回り込んでアリーナに入るところ。どのくらいが原型を残しているのか定かではありませんが、それにしてもローマというのは、町を建設しいくつものこういう遊興施設を作っている辺り(テルマエロマエもね)、上手く人心を掴んでいたのでしょうね。
円形競技場6巨石並ぶ
巨石ファンとしては周囲をぐるりと取り囲む巨石の並びに興味津々。
この後ろ、どうなっているかというと。
円形競技場7巨石の後ろ
カニみたいにならないと歩けないような狭さなのですが、これはもしや、やられそうになったら逃げ込むところ? 闘牛場にも逃げ込み用の板があるのと同じような感じかな。もちろん、逃げたりしても後で殺されちゃったりしたのかもしれないけれど。
円形競技場5教会の跡
ここはアリーナの中の教会の跡地。この円形競技場で、キリスト教司祭が処刑され(259年)、その跡地に12世紀になって教会が建てられたそうで、円形競技場の中に異質な部分があるのはそのためなのですね。その教会も廃墟になって、いまや一体化していますが……
円形競技場
でもやっぱり、円形競技場の中に教会がはめ込まれたみたいに見えますね。
遺跡って、こうしていくつもの時代の名残が重なっていて、それはそれで面白い。

またちょっと話は逸れますが、マルタやナポリの地下遺跡に行くと、入り口は普通の家で、「遺跡とは知らんかったから、ゴミ捨て場に使ってた」(地下に捨てるのね……)とか、「戦争の時は防空壕にしてた」「水をためとく井戸にしてた」とか、そんな感じ。
そもそも新しい文明になると、以前の町は埋められて、その上に町を作る。だから新しい時代には、地面は一段上になっていくというのが町の作り方だったようで、ローマのフォロ・ロマーノも、現代の都市の地面からすると一段下になっているし、キリスト教の教会には地下にエトルリアの遺跡があったりしますし……で、とりあえず、古い町に行ったら、地下に潜れる所を捜して、潜ってくることにしているんです。今までローマとナポリとマルタで潜ってみたけど、一番すごかったのはやはりナポリだったかも。マルタも忘れられませんが、ナポリはまぁ、規模がすごくて。

次回も引き続き、世界遺産、タラゴナの遺跡巡りです。

Category: 旅(あの日、あの街で)

tb 0 : cm 9   

【雑記・映画】映画公開初日に行くなんて初めて!~『忍びの国』~ 

生まれて初めて映画館で観たのは父親に連れられて行った『ゴジラ対○○』(もう何と戦っていたのかも覚えていない、エビラだったか)、その後は友人のお母さんに付き添ってもらっていった『スター・ウォーズ』(うわ~、まだナンバリングも付いていない。I love you. I know.でしばらく盛り上がったなぁ)、初めて保護者なしに行ったのは『風の谷のナウシカ』(映画館でバカ泣きして後ろの席の人に「大丈夫ですか」って聞かれた)……大学生の頃は祇園の怪しい映画館で3本立ての白黒映画を見続け(ハンフリー・ボガードに嵌まったあの頃)、タルコフスキーに嵌まり(イタリアまで撮影した所を訪ねていった、今で言う聖地巡礼ですか)……・でも仕事を始めてからは、映画館で映画見るなんて1年に1回あるかどうか、一番最近観たのは『パイレーツ・オブ・カリビアン』だったか『探偵はバーにいる』だったか……という残念な私ですが、このたび、生まれて初めて、映画公開初日に映画館に足を運びました。
ほんとは、舞台挨拶中継も見たかったけれど、ピアノの調律の日だったし(7年ぶり! でもそれまで何十年も毎年やってもらっていたので、驚くほどは狂っていなかったらしい^^;)、夕方は京都で研究会もあったし、で、新幹線で神戸に帰ってきて、レイトショーに飛び込みました。いやもう、待てないわ!って。
おおのくん
以前からこそこそと公言(ん?)しておりますように、私、大野くんのファンでして……何が、と一言で言うのは難しいけれど、多分、才能ある職人が好きなんです。まぁ、あんまりのめり込みすぎることはない分、息も長く、少々のマイナスエピソードは気にならないタイプでして……おかげで、毎年きっちり、フミヤさんのお礼参り(え?いや、私の青春でしたから)に通い、親戚のおばちゃんとしてはKinKiの2人の顔を見なくちゃ落ち着かないし(剛くん、ほんとに心配です。何とか治療が上手くいって回復して欲しい)……
え? 洋ちゃん? 洋ちゃんは私の心の泉です(大泉~)。

そして、大野くん。ヒガシ(東山紀之)からも天才と認められて、うん、彼の絵とかフィギュアを見ると、確かに天才的だとも思うけれど、歌もダンスもさらっと上手いけれど、努力してないわけないじゃん、と思うんですよね。
今回映画の予告や宣伝のあちこちで、彼のいいところの素がいっぱい出ている気がして、ファンとしては嬉しい。というのか、最近、文句なしにかっこいいなぁ、と日々惚れ直しております。
嵐の他のメンバーも、ダンスの練習で、「リハーサル室で踊らないで本番でばしっと決めるから、天才なんだと思っていた」なんて、今更言ってるし。でも本人、家ではむっちゃ練習してるんですよ。
「俺、天才じゃなかったんだよ」
何で、人前で練習しないの? と聞かれると。
「恥ずかしいから」
もうね、「これだよ、これ」なんです(これは映画の中の無門の台詞。いつも厳しくて家にも入れてくれない妻=お国が、いよいよな場面では「無事にお帰りを」と言ってくれたので)。

「家で練習していた」のは、鈴木亮平くん(来年の大河『西郷どん』、幕末もののジンクスを打ち破って頑張れ~)とのアクションシーン。亮平くんは撮影現場でも一生懸命練習していて、大野くんは当時ツアー中。合流しても練習してる気配なく、でも撮影に入ったらばしっと決めてくるので、「すごい、天才だ」と思ったと。
多分、運動神経はいいし、さらっとできちゃう部分もあるんですけれど、その分見えない努力もひとりでいっぱいしている人。一人が好きなのは、こういう作業(アートもダンスの振り付けも練習も)って一人でなきゃできないから、ですよね。創作ってみんなそう。小説もね。
さて、この300手もあるアクションシーンの話から入りましょう。
(予告や宣伝で出ている以上の明確なネタバレの意識はありませんが……というのも、ここに書いてある程度のことは私は映画を観る前に知っていたことばっかりなのですが、いささかも知りたくないという方は先に映画館へ御願いします)

このシーンは、映画の後半で、人をあやめることなんて何とも思ってこなかった無門(大野智)と、そんな忍者の社会は狂っていると気がついて織田方に寝返った平兵衛(鈴木亮平)の最後の戦いのシーン。
原作者・和田竜が考案した、忍者が遊びでやっている「川」という戦いは、線を2本引いて、その狭い中で2人が戦う(土俵みたいなものですね)んだけれど、その線の幅は二人並んで向かいっていられるぎりぎりくらい。そこから出てしまったら、周りを取り囲んでいる見物人(もちろん人の生死なんて何とも思っていない忍者たち)に襲われそうになって線の内側に戻されちゃう。そして、負けた側はもちろん、線の内側で死んじゃうわけで、その転がった姿が、両端の2本の線と併せて「川」という文字になるという。

この長い戦闘シーン、見ている方も結果は分かっているのに、すごい力が入ってしまって、残忍なんだけれど、何だかもう訳が分からなくなっていく感じ、脳が無酸素になっている感じが2人の役者から伝わってくるんですよ。中村監督はそのぎりぎりまで、カメラを止めなかったらしいし。
憎み合っている2人が(いや、無門は何も思っていないか)戦う中でお互いを理解していくという、すごい深いシーンなんだけれど、刃物と自らの身体で戦いながら、別の何かもぶつけ合っている感じ(それが魂なのかなぁ)。「理解し合う」というのは語弊があるかも。それは好意でも納得でも何でもないんだけれど、そこにあるのは、当事者として居合わせた者にしか分からない何か、なんですね。魂と血肉だけが感応するもの。
お互いに、忍者の国で、血で血をあらう世界で生き残ってきて、結局、孤独だった。

全然違うけれど、スポーツの試合でも、音楽のコンクールとかでも、相手に勝とう、相手を越えようとする戦いの中で、敵なんだけれど、決して相手に好意を抱くんでもないけれど、その中で何かをつかんでいくのってありますよね。周りで見ていたら、時々、火花が見えるんじゃないかという。あれって、当たり前かもしれませんが、見ている者と当事者では全然意識は違うんだろうなって思うんです。
その相手が、好意とか理解とかを超えて、自分の一部になっていく感じかも。しゃみせんコンクールをみていてもそれを感じることがあるのですが、コンタクトスポーツでは尚更かもなぁ。自分と相手の境界が不明になっていく、汗も血も混じり合うような感じ。
それが無門と平兵衛にもあったような気がしました。
(実は、本日またもやレイトショーで2回目を観てきて、確信しました。そうだ、あれはあの戦いの中で、平兵衛が無門に乗り移ったんだって。少なくとも、平兵衛の何かが無門を動かしたんだと、しっかり確認してきましたよ。だって台詞も同じ……そう思って観たら、いっそう感慨深い。)

このシーンがあって、この後の数シーンが生きてくる。
お国相手にはあんなにへらへらとしていた無門が、平兵衛との戦いの後、織田の城から帰ってきて、一言も発せず怖い顔でお国の側をすり抜けていくシーン(あの表情、役者の石原さとみもどきっとしたらしい大野くんの顔! 「あれは反則だ」って……私も堪能しました)、その後、どう見ても悪人揃いの十二家評定衆に啖呵を切るシーン(この十二家評定衆の悪辣ぶり、嫌いじゃないけど)、そして、お国を失うシーン。
ラストシーン、自分と同じように他国からさらわれてきた子ども(妻のお国が気にかけていた)を、織田軍との戦闘の中に探しに来た無門が、こどもを連れて草原の中の道を海の方へ去って行くシーン。

今回、石原さとみちゃんとのカップリングもよかったですね。実家が徒歩2分だったそうで、そんなのもあってよい雰囲気で映画が撮れたのでしょうか。石原さとみ、といえば、大河ドラマの『義経』で静御前をやっていた記憶が……(いや~その時は正直、大丈夫かこの子、だったのですが。私はあの時、子役だった神木隆之介くんに惚れた。えっと滝沢くんを観るためじゃなくて、中井貴一が好きで観ていたのです。あの哀愁漂う頼朝、思い出すだけで素敵だったなぁ)

本当の名前を教えて欲しい、と死の間際に無門に言うお国。まだ言葉も話せないような子どもの頃、この忍びの国にさらわれてきて、無表情のまま人を殺める殺人兵器のように育てられた無門は、「知らんのだ」と答える。その無門を可哀想な人だと言ったお国も、きっと初めて、自分が無門にとってどういう存在だったか、本当に理解したんだろうな。
可哀想といったのは、自分の本当の名前を知らない(持たない)ことに、というのではなくて、そんな無門にとって唯一帰る場所だった自分=お国が死んでしまった後、また孤独に返ってしまう無門のことが哀れで仕方がなかったんだろうなと。

実は、以前どこかで書いたけれど、書く書く詐欺の戦国時代の話のために、当時の雑兵たちのことや、ムラ同士の小競り合いなどを歴史書で読んでいたら、結構むごいんですよ。今の感覚で読んだら、人の命がそんな軽くていいのかって感じで。
多分、子どもの平均寿命なんて恐ろしく低かったんじゃないかと思うんです。1歳まで生きるかどうか、みたいな。病気や飢え、貧困、そして当たり前のように行われていた人狩り(小競り合いは女・子どもを盗むための絶好の場所だった)……戦争なんかなくても、どっちみちそんなに長く生きないのです。そんな時代の人々の感覚を、現代の物差しで測って理解したふりをしちゃいけないと思いながら歴史書・民俗学の本を読んでいるのです。
彼らにとってはそれが浮き世、人生だったのです。

だからこの映画も、原作を読んだときから、忍者の世界の残忍さ、というのではなくて、もっと別の感覚で見ないといけない思っていました。
もしもこれを現在の社会に当てはめたら……そんな社会の中で育てられた子どもがどういう感覚になっていくのか。それを時々ニュースの画面で見るこの頃、過去の出来事を知ることで何かを感じておかなくてはならないと思いました。
以前TED(アメリカのスピーチ番組)で聴いた、アフガニスタンで教育の場を提供し続けている女性の言葉を思い出します。
あるとき、彼女を取り囲んだ銃を持った男たち、「お前が女たちに教育を施しているのを知っているぞ」(女をもののように思っている男たちです。彼女は殺されるのを覚悟した)と言って、こう続けたそうです。「それじゃあ俺たちは?」……自分たちは銃の撃ち方しか教えられてこなかったと。
教育、子どもへの教えというのは本当に世界を変えるのですね。いい方へも悪い方へも。

ラストで子どもを連れて歩く無門、その子ども・ねずみが育って、年を取って語る思い出話(ナレーション)。その穏やかな語り(山崎努!)からは、きっとその子は父(無門、血の繋がりはないけど)に大事に育てられたんだろうと、そう思うのです。
「母は美しく、そしてたいそう怖いひとだったそうです」(母=お国も血の繋がりはない)
最後に、笑わせてくれるけどね。笑い……といっても、「あはは」じゃなくて、こうして無門は生きて、お国の思い出を語りながら、ねずみを大事に育てたんだというほっとした思い、です。「名前さえ知らない人間たち」を数え切れないほど殺してきた無門が、たった一人の子どもを捜して戦の現場にやってきた、それは本当にわずかな希望だけれど、向こうに見える海に何かを託したくなる、そんなラストなのです。

あと、思わず泣いちゃうのは、知念くんの織田信雄。おやじ=信長には何をしても簡単には認めてもらえない二世くん。
自分を慕ってなどいない家臣たちに本音をぶつけるシーンでは、思わず泣いちゃいましたよ。
自分が情けなくて、自分とは違って豪腕でおのれの力で戦ってきた強い家臣たちに向かって、「でもお前たちは、何をしても叶わない天下一の父親を持ったことなどないだろう」って泣くんですよ。こっちも泣いちゃいました。
全然出てこない織田信長の気配さえすごい。
そして、伊勢谷友介。いやもう、始めのシーンから文句なしにかっこいいです。映画で観てください。大野くんに夢中でなかったら、こっちをガン見しちゃうかっこよさです。

でも、やっぱり最後に大野くんで締めなくちゃ。
実は『世界で一番難しい恋』で色んな表情を見せてくれた大野くんですが、私が「それは反則だわ」と思ったシーンは、実家の旅館に帰った時、恋する女性の宿泊記録を確認していたのですが、その時、秘書の女性を振り返ってふとものすごく優しく笑ったんですよ。
彼女は以前、不倫騒動でこの旅館を逃げるように辞めていて、申し訳なくてここの敷居はまたげないという気持ちだったんですね。そこへ、気のいいお父さんが「もう昔のことを知っている人はいないよ」って入っておいでと勧める。その時、まるきり自分の事しか考えていないのかと思えるワンマン社長である大野くんが、そのお父さんの言葉を追従するように微笑んだ顔。
あんな顔をされたら、ファンはどうしたらいいの(どうもしないけど)、です。

やっぱり、役者は顔で演じなくちゃな~。そして、観ている者に、思わず一緒に叫びたくなっちゃう衝動を起こさせて欲しい。
お国に「絶対助けてやる!」って叫ぶ無門と一緒に叫んじゃうよ。
そういや、探偵の大泉洋ちゃんが、列車に「もっと速く走ってくれよ~!」って叫んだときも一緒に叫びたくなっちゃったなぁ。

今回も、情けなくて怠け者の無門、へらへら笑いながら人を殺す恐ろしい無門と、ラストに向かってどんどん真剣に深刻な表情になっていく無門、そして、泣き崩れる無門の全ての表情にやられまくりでした。戦いのシーンの怖い顔にもぞくっとするけれど、必死でお国を救おうとするシーン、泣きながら「(自分の本当の名前を)知らんのだ」と答える顔にはもう、ぼ~っとしちゃいました。
あと2回は見たいな。劇場で(え? 映画館に滅多に行かないって言ったじゃん)。
映画館で観て、後悔はしない作品ですね。もちろん、大野くんのファンでなくても(ひいき目じゃないと思う)。映像の効果もあるけれど、ワイヤーアクションの撮影シーンなんて、高所恐怖症の私が見ると、「ひえ~」なんですけれど、そんなのも含めて99%はスタントなしのすごいアクションの連続。さすが大野くん、これだけれでも結構楽しめます。

剛くんの回復を祈りながら……大野くん記事、お送りしましたm(_ _)m
突発性難聴、治療が遅れると治癒しないということですが(そう言えば、中山七里『さよならドビュッシー』に始まる一連のシリーズの探偵役・ピアニストの岬洋介もそうだったな)……音楽頑張ってる剛くんだけになんとか乗り越えて欲しいです(私は役者の堂本剛が(も)好きだけどね)。
(うわ、長文。最後まで読んでくださった方がいたら、ひたすら、感謝です(;_;) さ、選挙にいってこよ!)

Category: たまにはアイドル

tb 0 : cm 3