04 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【奇跡を売る店・短編】あの夏至の日、君と 

scribo ergo sumの八少女夕さんの企画、100000Hitのリクエスト「12ヶ月の情景」シリーズで、6月の枠をゲットしました。
6月と言えば、梅雨、紫陽花、ジューンブライドなどと雨の情景が浮かびますが、ここはやはり巨石ファンの大海としては、「巨石ファンの正月」と言われている「夏至」を外せないわと思い、テーマを夏至にさせていただきました。

本当は、以前からこそっと暖めていた「巨石探偵」なるキャラを捻出して、コラボ相手にしてください、というつもりだったのですが、書きかけて何となくしっくりこなくて、結局、『ヴィーナスの溜息』を引っ張り出してきました。
それ何? と思われる方も、全く基礎知識は不要です。初めてさんにも過去作品を見なくて済むように書いています。おかげで(解説した分だけ)長くなっちゃった。でも、連載ものでもないし、夕さんには6月中に作品をアップしてもらわなければならないのに、私がこんなにも時間をかけちゃって申し訳ないので、前後編にせずに、あっさりとアップしてしまいます。
(まぁ、夕さんが作品を書かれるのに時間がかかるって事はないでしょうけれど~)

長いけれど、あまり中身がないので、あっさりとお読みいただける……はず。
ご興味が湧いたという方は、【奇跡を売る店シリーズ】に遊びに来てやってください。
今回は、オカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』の小町ママメインのお話です。
そして、ちょっと珍しく、感情を隠せない蓮です。和子(にこ)は小学生になりました。お約束の、蓮と凌雲のラブラブメールも登場(いや、そういう仲じゃないけれど)

夕さん、コラボは、ここに出てくる登場人物の誰か、でいいでしょうか。このシリーズ、元々がパロディなので、適当にキャラを崩壊させていただいても何の問題もありません。如何様にも料理してくださいませ。
そして、舞台は、私がまだ見ぬ巨石・ストーンヘンジがいいかなぁ。あるいは夜のない北欧の夏至でも。

そうそう、ちなみに私、今年の夏至に休みをゲットして、二見興玉神社の夏至祭(夫婦岩に日の出を見る! って4時半くらいだよ!)を見に行く予定。とてもストーンヘンジには行けないから。でも、日本は梅雨真っ只中。でっかいてるてる坊主、作らなきゃ。その次の日はパンダの餌やりチケットをゲットしたので、白浜に行ってきます(o^^o) 勤続20年記念休暇なの。

例のごとく、短くはないので(済みません)、お月さんをブックマークにしてごゆっくりどうぞ。


【奇跡を売る店・短編】あの夏至の日、君と

「日本では夏至と言っても、特別な祝い事はないな。せいぜいこいつを食うくらいや」
 男が蛸の唐揚げをつつきながら言った。その箸の持ち方が蓮の気に障るのは、ただそれが正しい持ち方では無いから、というわけではない。
「イギリスじゃ、ストーンヘンジで夏至の日の出を拝む祭りがあるっていうのにな。まぁ、日本は梅雨真っ只中か」
 この男が連に対して、あるいはこの店の誰に対しても、友好的に会話を仕掛けてくることはまずないし、たまに穏やかに始まった会話も、お互いの関係を良くしたり、理解を深めるような結果になった例しがないので、蓮は用心していた。
「そうですね。日本の夏至祭と言えば、伊勢の二見興玉神社くらいでしょうか」
 蓮は当たり障りがないように、しかし頷くだけとか無視をして、感じが悪いと絡まれることがないように、言葉を探しながら答えた。

 男は、妙な漫画模様のTシャツにジーンズ、チェック柄のシャツを羽織っている。服装は二十歳そこらの大学生のようだが、年の頃は蓮と同じくらい、三十になるかならないかだろう。面構えは悪くないが、ギスギスした尖った目つきをしているので、少なくともまともな女性は声をかけたいと思わないはずだ。
 かといって、この店に恋の相手になる男を探しに来ているわけでもなさそうだ。
「ふぅん、見かけによらず物知りやな」
 他人を小馬鹿にしたような口調はいつものことだ。蓮は余計な事まで言ってしまったと思って、それ以上会話を続けることを辞めた。そういう蓮の心の内を、男は見透かしたように笑った。

 ここはオカマショーパブ『ヴィーナスの溜息』だ。京都四条川端の角から幾つか路地を入ったところにあって、かなりクオリティの高い踊りと音楽、お笑いと手品のショーを見せることで知られている。客層は男女半々、つまり、いわゆるゲイバーという範疇での店ではない。スタッフである「ホステス」も、女装をしていても、恋愛事情は様々で、皆がゲイというわけではない。
 釈迦堂蓮は、この店のホール係兼バーテンダー見習いだった。
 色々訳ありで、心臓に病気のある子どもの父親になっている。実の娘ではないが、その子ども、和子(にこ)は戸籍上は蓮の娘だ。

 蓮は昼間、高瀬川沿いの町屋の二階で探偵事務所の留守番をしているので、今までは和子を四条河原町近くの保育園に預けて、夕方になると迎えに行き、一旦家まで連れて帰っていた。家と言っても、西陣にある昭光寺の離れを借りて住んでいるので、半ば居候のようなものだ。
 今年、和子は小学一年生になったので、西陣の小学校に通うことになり、蓮が毎日行ったり来たりする必要は無くなった。和子が小学校になったのを機に、昭光寺で放課後の学童保育を始めたからだった。副住職は教員の免許を持っているし、若奥さんが保育士の資格を持っている。

 小さな身体で、生まれてからたった六年あまりの間に人よりもずっと多くの苦しいことを抱えて生きてきた和子が、小学校に通うことができるようになったという喜びもあるのだが、不安は数え切れないほどある。学校とのやり取りの中で、昔ほどではないにしても、和子のような子どもにとって、社会の壁は高くて厚いと気づかされる事が多くなった。
 こういう時期だからこそ、出来る限り和子の側にいてやらなければと思うが、実際に蓮に安定した給金を払ってくれるのはこの店だけなので、蓮の生活状況が変わることはなかった。
 時折、仕事中に不意に和子のことを考えて、手が止まることがある。

 目の前の男は、会話を楽しむような相手を持たないからか、蓮の手元をじっと見ていることがある。目が合うと、何か見抜いているぞというように嫌味な笑いを浮かべる。もしかすると、個人的に蓮に敵意を持つような理由があるのかも知れないとさえ思える。
 先ほど、カウンターの奥の席を気に入っている馴染み客が帰ったので、今、カウンターを挟んで蓮と向かい合っているのはこの男だけだった。

 そもそもこの店には、カウンター席は八席だけで、後は広いフロアにテーブル席がぎっちりと置かれている。もともとはもう少し通路に余裕があったのだが、以前にテレビ番組で紹介されてから、週末になるとショーの予約で常に満席、予約も一ヶ月先までいっぱいということになっていって、いつの間にかテーブルの数も増えていった。
 おかげで、蓮を始めホール係の従業員は、客に迷惑にならないように席の隙間を通り抜ける技に磨きをかける毎日だった。一方で、客は近くに座った者同士、会話をすることが増えたようで、別々のグループで来ていた客が仲良くなって、次の機会にはつるんで来店することも多くなっていた。

 その日は水曜日で、一日二度のショーも終わり、すでに閉店の一時間前となっていた。徐々に引き上げていくグループが増え始めている。それでも幾つかのテーブル席では、この時間を狙って、「ホステス」たちに人生相談を持ちかける客が居残っていて、それぞれの席のムードは飲んで騒ぐというパターンから、秘密を打ち明け合う親密な雰囲気に変わっていっていた。
 この時間になると、蓮は主にカウンターの中で酒を作っているので、必然的にカウンターに座る客と話をする羽目になる。始めの頃は、接客に慣れなくて無愛想を通していたのだが、「ママ」の小町からダメ出しを食らってしまって、今ではそれなりに短い会話を繋ぐことくらいはできるようになっている。

 だが、この客は別だ。
 もちろん、たまに他のどの客とも会話を楽しむような雰囲気ではない客もいる。とはいえ、ここはそもそもひとり静かに酒を飲むタイプの店ではないので、そういう「他人から構って欲しくない」系の客は、きわめて少数派だ。大多数の客は、会話が多少苦手だとしても、隣り合わせた相手を無視することはないし、ましてや、カウンターの内側にいるスタッフに敵意を剥き出しにするようなことはない。
 蓮は黙ったまま、いくらか薄めにした山崎の水割りを出した。

「俺が酔っ払っていて気がつかないと思っているんやろ。酒を薄めても同じ値段、ぶんだくろうってのか。しけた店やな」
 男はそう言いながらも山崎のグラスを、一口で半分ほども空けた。
「さしずめ、あのばばぁの命令か」
 思わず、蓮は男を睨み付けていた。
 睨み付けてから、不意にテーブル席からの視線を感じて顔を上げると、小町ママが「ごめんね」というように軽く右手を上げた。あるいは、蓮に対して、あまり絡まないでやってね、というお願いをしているのかも知れない。

 ママがそういう顔をすることはまず無いので、蓮は当初、戸惑ったものだった。
 店の雰囲気を悪くしたり、他の客に迷惑をかけたりする酔客にはママは容赦ないところがあって、十年来の常連でもたたき出してしまうことがある。もっとも、そんな客も結局いつの間にかまた戻ってきて仲良くしているのだから、客は客でママの後腐れの無いところと寛大さに甘えているのだろう。そもそも、特殊なタイプの店なので、敵意のあるような客は始めから寄りつかない。
 だから、この男のようなタイプは、店の客にはいないのだ。つまり、この男を除いて、という意味だが。

 男は小町ママの親友の息子だと聞いている。
 蓮は一度、ママがこの男に金を渡しているのを見たことがある。その雰囲気から察するに、そうやって金を無心しに来ているのは一度や二度ではないのだろう。月に一度か二度、店にやって来て、不味い不味いといいながら蓮の出す酒を飲む。他の客に絡むことは滅多にないので、それだけは許せるのだが、小町ママのことをぼろくそに言うのが蓮には耐え難い時がある。
 おシャカちゃん、あいつが何を言っても放っておいていいからね。ちょっと飲んだら帰っていくんだから。
 ママに言われたら聞かないわけにはいかない。だから、そんなに文句ばかり言って不味い酒を飲むくらいなら二度と来るなと言ってやりたい気持ちを抑えながら、蓮は男に酒を出す。正直なところ、いつも強気なママにあんな顔をさせるこの男が気にくわないのだ。

 店の「ホステス」たちは皆、この男のことは視界の中に入れないようにしているようだ。皆、蓮よりもよほど事情を知っているだろうが、お喋りキャラを演じている者も、身内のあれこれを他人に話すことはない。それがこの業界のルールでもあるし、何よりも、それぞれ話したくない話のひとつやふたつ持っていて、不可侵によってお互いの信頼を得ているのだ。だから、蓮も敢えてママに事情を聞いたことはなかった。

「夏至に蛸を見ると、腹が立ってくるんや」
 そう言って、蛸の唐揚げを攻撃するように何度かつつき回してから、またひとつ口に放り込む。蛸に八つ当たりするのは幼稚だと言ってやりたいが、それに対して返ってきた言葉に自分が冷静でいられないような気がして、蓮は黙ったまま、他のホール係が持ち帰ってきたトレイを受け取って、奥の流しに戻しに行った。
「ばばぁ、もう還暦やろ。いつまでこんな気色悪い商売やってるつもりやろな」

 思わず、手に取ったグラスを流しに叩きつけて気色悪いなら来るなと言いに行きそうになった。その気配を察したのか、グラスを拭いていたスタッフが、放っておけよと小さい声で言った。
 蓮は一呼吸置いてから頷き、カウンターに戻った。その時、男はテーブル席の方を振り返っていて、小町ママに何か合図をしているように見えた。男は蓮が戻ってきたことに気がついて、蓮の方に向き直ると下卑た笑いを浮かべる。
 その笑いに苛ついたが、来るなと口にすることだけはなんとか堪えたのに、男の次の一言で蓮の我満も限界に達してしまった。
「俺はあのばばぁの弱みを握ってるんや」

「あの人はあなたにばばぁ呼ばわりされる謂われはないと思いますが」
 思わず言葉が口をついて出てしまってから、自分で自分の言動に驚いた。
 いつの間に、俺はこんなに我慢が利かなくなったのだろう。多分、和子の事があれこれと引っかかっていたせいだと思う。だが、職場で自制が利かなくなるなんてことは、今までなかったのに。
「なんやて」
 男が身を乗り出しそうになったその時、いつの間にか側に来ていたシンシアが蓮の腕を取った。
「おシャカちゃん、あっちのテーブルの片付けお願い。トモさん、そろそろラストオーダーだけど、何か飲む?」
 男はけっと息を吐き出して、座り直した。


 スタッフの控え室で着替えていると、帰り際に皆が蓮の肩や腕をぽんぽんと叩いていった。熱くなるんじゃないよ、というような感じでもあったし、お前の気持ちは分かるよ、というような感じでもあった。
「おシャカちゃん、あんた、変わったわね」
 声をかけてきたのはシンシアだった。

 シンシアこと宮地慎之介はすらりとした「美人」で、『ヴィーナスの溜息』のスタッフの中で最も理知的な雰囲気を持っている。あの人は生まれがいいからね、と他のスタッフが言っていた通り、立ち居振る舞いもどこか上品だった。回りのことをよく見ているし、この店でバランサーの役割を担っている。
「済みません」
 他人に気を遣わせるのが苦手で、これまであまり感情を表に出すような事は避けてきたのに、全くどうかしている。
「良い意味よ。今まであんたってものすごく冷めてたじゃない。中身は別にして、表に感情を出さないってのか。でも、人って、守るものがあると、黙ってるわけにはいかなくなるってことね。さっきみたいなあんた、嫌いじゃないわ」

「でも、ママに謝らないと」
 私服に着替え終わったシンシアはロッカーの扉を閉め、ふっと息を吐いた。
「トモさんのことはそっとしておきなさい。ママはね、あんたのそういう気持ち、ちゃんと分かってるから。でも、あんたにとって、店の連中が兄弟や家族のような存在になっていってるってこと、ママは嬉しいけれど、心配でもあるのよ。あんたのような子がいつまでもここにいちゃいけないって」
 シンシアは蓮の肩に手を置いて、少し力を入れると、お休みと言って帰っていった。
 
 店を閉めて最後に帰るのは、いつもママだった。
 着替え終わってからそっと店の中を覗くと、小町ママはカウンターの、さっきまであの男がいた席に座って、静かに水割りを飲んでいた。その横顔がなんとなく泣いているように見えて、蓮はしばらく立ち尽くしていた。シンシアには放っておくようにと言われたが、それでは理屈が通らないような気がしていた。
「おシャカちゃん、あんたも飲む?」
 蓮がいる気配に気がついていたのだろう。ずいぶん経ってから、蓮の方を見ないまま、小町ママが聞いた。
 蓮は思わず頭を下げていた。
「済みませんでした」

 ママがスツールから立ち上がり、カウンターの内側に入り、水割りを作る。蓮はカウンターに座った。マドラーでかき回す氷の音が、この季節に涼やかな色を添えた。
「あんたは悪くないわよ」
 もう還暦、と言ったあの男の言葉が耳に残っていた。ママの手は確かに、もう若い男の手ではない。この年でこの仕事で、ということを、あの男は馬鹿にして言ったのだろうが、そのママに金の無心にやってくるお前は最低だと、まだ腹の底で思っていた。少なくとも、ママはこの仕事に誇りを持っているし、蓮にとっては尊敬の対象でもあった。
 蓮に水割りを出すと、ママはカウンターの内側に立ったまま、細い煙草に火をつけた。ひとつ吹かすと、口元にかすかに笑みを浮かべた。

「あの友則って子はね、私の親友の息子」
 蓮は、それは知っていると頷いた。
「あの子、私を恨んでるのよ」
 グラスの中で薄い琥珀が揺らめいている。トパーズ色の香気が立つ、と詩人が歌っていた通りだが、蓮は酒が得意な方ではない。それを知っているので、ママは相当薄い水割りを作ってくれたはずだが、それでも蓮は最初の一口で止めてしまった。
「あの子の父親、私がまだ『男』だった頃からの親友でね、幼なじみのご近所さんだったの。中学から野球やってて、そりゃまぁ格好良かったわよ。少しばかり繊細なところはあったけど、優しくて友達や仲間思いだった。そうそう、ちなみに私はこう見えて柔道やってたんだけれどね」

 それは耳の形を見れば一目瞭然だ。もともと刑事だった蓮の伯父、釈迦堂魁も同じ耳をしていたし、そもそもこの店に魁が通っていたのも、柔道を通して個人的にママとは知り合いだったからだと聞いたことがある。
「彼の家はもともと神社だったそうだけど、関係あるのかないのか、大学で歴史を学んでいたの。で、学者さんになったって訳だけど、イワクラって分かる?」
「えぇ。岩や石を神として祀ったものですね」
「彼に誘われて、よく一緒に、インディ・ジョーンズ気取りで道なき道を磐座探しに行ったものだわ。忘れ去られて、山の中に放置されている磐座なんてのもたくさんあったから。それから、夏至や冬至、春分や秋分の日には、磐座と太陽の関係を確認しに出かけたりね」

『ヴィーナスの溜息』では、小町ママが二十四節気や庚申の日など民間信仰に詳しくて、節目でちょっとしたイベントをする事が多い。おかげで、店の客もスタッフもいつの間にか暦に詳しくなっている。店では小皿料理を出しているが、夏至の前後一週間くらいは、明石の蛸の唐揚げが人気だった。
 ママの二十四節気へのこだわりはその人の影響なのかもしれない。

「今日は夏至でしょ。なんか思い出すわね。二見浦の二見興玉神社で、まだ冷たい海に入って、彼と一緒に富士山の向こうから昇る太陽を見たこともあったわね。日本じゃ夏至は梅雨の真っ只中じゃない? でもその日は、願いが通じたかのように見事に晴れたのよ。そうね、夏至には思い出がいくつもあるわ。中でも一番の思い出は、二人でストーンヘンジの夏至祭に行ったことね。ヒール・ストーンの向こうから太陽が昇った瞬間の感動は忘れられないわ」

 いつも店のこと、スタッフのこと、客のこと、ほとんど仕事のことばかり考えている、厳しくもでっかい器を持つ人だと、蓮は思っていた。あまり人に言えない事情を持つ蓮のことも、上っ面やこれまでの経緯ではなく、今の姿を見てここに雇い入れ、日常のことや和子のことまで気を遣ってくれている。還暦になろうという多くの人々の中でも、この人が選んできた人生は厳しいものだったろうけれど、それらを全部抱えながらしっかり根を下ろして、この世界で生きているのだ。
 その人が見せた、少し甘い表情に、蓮は思わず言葉を零していた。
「その人のことが好きだったんですね」

 言ってしまってから、表現を間違えたなと思った。それに、聞くべきではなかったかも知れないと思った。だが、ママは、煙草の灰を落としてほほえんだ。
「私の初恋よ。そして最後の恋」
 蓮が黙っていると、ママはカウンターの向こうから蓮の方へ身を乗り出した。
「あんた、惚れた人に告白したことある?」
「え? いえ、惚れた人って……」
 蓮が口ごもると、ママは、別に追求するつもりはないわよというように蓮から離れた。蓮は訳もなくグラスに手を添えた。心理学的にいうと、人はうろたえたときに意味もない行動をするというが、まさにそういうことだろう。

「ストーンヘンジに行った頃、彼は奥さんと上手くいってなくてね。よくある話よ。学者馬鹿で奥さんのことは放りっぱなしだったの。まぁ、もっとも他にも私の知らない色々な経緯があったんでしょうけれどね。放っておかれた奥さんは、ギャンブルと買い物に嵌まっちゃって、カード破産して、追い込まれてたのね。結局、彼が借金を返して離婚。友則は八つだった。その後、奥さんは自殺しちゃったの」
 蓮は思わずグラスから手を離した。
「それで……その人は今、どうされているんですか」
 あの男がここに来てはママに金を無心していることを、その人が知っていたら、きっと何かアクションを起こしているはずだろう。だから、答えは知れていた。
「死んじゃったわ」
 ふぅ、とママは息をついた。
「交通事故を起こしちゃってね」

「だからって、あの男」言いかけて蓮はとどまった。「すみません、トモさんがママに金を無心しに来るのは、見当違いじゃないですか」
 思わず声が荒くなっていた。
 見られちゃってたのね、とママはつぶやいた。
 両親ともあまりいい死に方をしておらず、取り残されたあの男の半生が、人よりちょっと幸福ではなかったことは認めてやってもいいが、二親に見放されたのは彼だけではない。甘ったれるなと言いたかった。
 その気持ちが顔に出ていたのか、ママが少しだけ蓮をのぞき込むようにしていった。
「あんた、ほんとに変わったわね」

 この言葉を聞くのは今日二度目になる。
「シンシアにも言われました。でも、俺は別に変わったわけでは……」
「責めてるんじゃなくて、褒めてるのよ。そんなあんたを見てるとほっとするわ。前は気持ちをほとんど表に出さなかったじゃない」
 幾分かばつが悪かったが、蓮は反論はしなかった。視線を逸らした蓮の手元に、ママの視線を感じる。わずかな時間、空気が緊張していた。
「あの子の父親は、私が殺しちゃったようなものだから」
 蓮はカウンターの下に隠した左手を握りしめた。

「ストーンヘンジで昇る太陽を見て泣けてきちゃってね。つい、決して言うまいと思っていた気持ちを打ち明けちゃったのよ。二十年以上も秘めてきた想いなのにね。旅の残りは、ぎこちなくて気まずい時間になっちゃって、帰国して、口もほとんど利かないまま空港で別れて、それが彼を見た最後になった。後から聞いた話だけれど、イギリスから帰ってすぐに彼は財産を整理して、多少は自分が金を借りて、奥さんの借金を全部返して、それから離婚したそうなの。それから自分が肩代わりして背負った借金を返すのに三年。三年後に、いきなり電話がかかってきたわ。会って話したいことがあるって」
 ママは短くなった煙草をクリスタルの灰皿で消した。
「約束した日、運悪く、大雨になっちゃって。バカよね。そんな天気の日じゃなくてもよかったのに。待ち合わせた場所に遅れそうになって、幾分かスピードを出していたんでしょうね」

「それって、あなたの責任はなにもないでしょう」
「因果関係のあるなしじゃないのよ。友則にとっては、母親の自殺は父親のせい、父親の死はその日待ち合わせていた私のせい、それでようやく収まりがついてるんだから。それにね」
 ママの骨張った手が蓮の頬を軽く叩いた。
「あんたとあの子、どこか似てるわよ」
 それはどうにも認められない、と思ったのが顔に出たのか、小町ママは小気味よく笑った。酸いも甘いも全て飲み込んだ還暦の男の笑みには、言い尽くせない深みがあるものだと蓮は思った。
「蓮」
 久しぶりに、ママからおシャカちゃんではなく名前を呼ばれて、蓮は妙にくすぐったい気がした。
「ありがとね」


<< 仕事、終わったか?
 四条大橋を自転車を押しながら歩いていると、またいつものように短いメールが来た。一日一度のこのメールは、相手の生存確認のようなものだ。
 メールの相手は、大原に構えた庵に一人で住んでいる仏師の凌雲で、もともと蓮の家庭教師だった。実は外国人だが、日本に住んでもう十五年ほどになるのか、その辺の日本人よりも綺麗な日本語を話す。清貧を絵に描いたような男で、文明の利器を使おうとしないので、蓮が携帯電話を契約して持たせた。
 大体一人で庵に籠もって仏像ばかり彫っているので、知らぬ間に倒れていても誰も気がつかない可能性があった。それで、一日に一度は連絡するように言ったら、いつの間にかこの時間になると毎日短いメールが来るようになった。

 もっとも、元来人嫌いではないようで、近頃では、近所の世話好きのおばさんたちとも親しく話をするようになったようだし、凌雲の彫る仏像のファンも増えていて、依頼の電話が仲介者のところから掛かってくることも多くなっていたが、この一日の終わりのメールは途切れていない。
 律儀な男だと思いながら、蓮は自転車を橋の歩道の隅に寄せた。

 まだ、ママと話した余韻が残っていて、胸の辺りで納得できない渦のようなものが、グルグルと音を立てている。そのせいか、しばらく返信の言葉が見つからず、携帯の画面をぼんやり見ていたら、続いてメールが来た。
<< 今日は夏至だな。
 この国で、今日夏至の話題をこんなにも聞いた一般人は自分くらいだろうなと思った。国民の祝日でもないし、夏至を気にする日本人など滅多にいないだろう。

 日本で夏至が冬至ほどに注目されないのは、何よりも日本の気候が影響していると思われる。ヨーロッパの、たとえば夏至祭で有名な北欧の国などに比べると、日本の気候は温暖で、夏至だからといって太陽のありがたさをしみじみと感じるような必要性もない。むしろ、この時期は梅雨のまっただ中で、夏至の日に太陽を拝むことができない可能性も高い。だからなのか、冬至と違って、特別な風習が伝わっている地域は少ないが、関西の一部では蛸を食べるという習わしがあるようだ。田植えの時期にあたるので、蛸の足のように根が張って、よい作物が実るようにということらしい。

<< そういえば、ずいぶん昔、あんたに伊勢に連れて行ってもらったことがあった。
<< 覚えてたのか。
 覚えていたから、今日、思わず「二見興玉神社」の名前が口をついて出てきたのだ。
<< 月も見た。
<< そうだな。あの時は偶然、いい天気だった。

 蓮は思わず、空を見上げた。月が見えているし、笠もかぶっていないから、朝になったら太陽が昇るのが見えるだろうか。確か日の出は五時よりも前なので、あと三時間ほどだ。もっとも、盆地である京都では、日の出の時間はさらに遅れることになるし、どっちにしても、その時間にはまだ蓮は眠っているだろう。
 あの日、冷たい海の中から見つめていた光を思い出すと、不意に胸が熱くなった。凌雲は、あの岩は夫婦岩と言うよりも親子岩だな、と言った。親子を繋ぐ注連縄の向こうから昇る太陽、その太陽に重なる遙か向こうの富士を臨みながら無言で手を合わせる人々は、あの瞬間、冷え切った自らの身体のことなど忘れていただろう。その光景はまさに神々しいものだった。遙か彼方の太陽と海、富士と空よりも、禊ぎを済ませて海に立つ人々の姿、横顔が、神々しく見えたのだ。

 あの頃、自分はどんな気持ちで日々を過ごしていたのか。二親とも身近にはおらず、今でも連絡さえ途絶えている。伯父の魁は、両親に捨てられた蓮の面倒を見る気満々でいてくれて信頼できる人だったが、蓮の方は、素直に人に頼れるような性格ではなかったし、思春期独特の抵抗心もあってどうしても甘えることはできなかった。あの頃、蓮はいつも何かに対して足掻いていたのだ。
 だから、凌雲はあの日、蓮を伊勢まで連れて行ってくれたのだろうか。

 蓮は四条大橋から鴨川を見下ろした。行く川の流れは途絶えることはなく、あの山の峰の向こうからやってきて、今、蓮が立っている橋の下を流れて、やがて海へと流れ着く。川面に写し取られた月も、水の流れに揺らめいて、一時として同じ形を留め得ない。
 凌雲があの時見せてくれた夏至の太陽は、あの日、自分の中の何かを刺激したのだろう。
 だから、あの時点からここまで、曲がりなりにも時を繋いできて、今ここに立っている。
<< おやすみ。気をつけて帰れ。

 蓮は携帯の画面をしばらく見つめていた。いつでも、会って相談したいこともあるような気がするのだが、会ってしまうとわざわざ話さなくてもいいか、と思ってしまう。
<< おやすみ。
 蓮は携帯をポケットに仕舞った。
 そして、不意に、あの嫌みな男が、夏至の話をしたのには、彼なりに思うことがあったのかも知れないと考えた。

 昭光寺に帰ると、和子は離れの方で寝ていた。
 蓮が帰るのは夜が更けてからなので、それを待ちながら和子が離れでひとり眠るのは危ないからと、奥さんが母屋で預かってくれていた。だが小学生になった和子は、時々、どうあってもひとりでも離れで寝ると主張するらしい。離れと言っても、廊下で繋がっていてそれほど離れているわけではないので、とりあえずは和子の言い分を聞いてやるようにしている。和子なりに、ひとりで出来ることを周りに知らせたいのだろう。
 その寝顔を見ながら、蓮は行く先に数多重なる不安を考えた。

 これまで和子は、自分の病気のことをなんとなくぼんやりと分かっている程度だっただろう。年齢が低い間、子どもの行動に必要な身体のエネルギーは、どれほど暴れても、たかが知れている。だから、それほど「他の子は出来るのに自分はできない」と感じることはなかったはずだ。
 だが、小学校に行くようになって、どんどん体力を身につけていく同年代の健常な子どもと過ごす時間が長くなり、次々と科せられる課題を、彼らと同じようにこなすことを要求されると、必然的に上手くいかないことが増えて、その時初めて自分が「上手くやれていない」ことに気がつくことになる。

 その時、蓮は和子に何をしてやれるだろう。
 和子が躓いたとき、あの夏至の日の朝に凌雲が見せてくれたような光を、蓮は見せてやることができるだろうか。
 蓮は、そっと和子の手に触れた。そして、思ったよりも暖かいことにほっと息を吐いて、自分も隣の布団に潜り込んだ。
 目を閉じると、二見浦の日の出が蘇った。それを見つめていた、神々しいほどに美しかった凌雲の横顔を思い浮かべた。あの男は何かとてつもないものを抱えながら、全てを呑み込んで仏の現し身を彫り続けているのだ。自らの身を含めて穢れを纏いながらも、同時に穢れの全てをはね除けるような凜とした佇まいに、蓮は心を奪われていた。
 来年、あの場所に、和子と一緒に行かないかと、凌雲に言ってみようか。
 深い眠りの中に落ちていきながら、蓮はぼんやりと光の名残を追いかけていた。


 確かに日本にも太陽信仰の名残がある。たとえば、神社の鳥居の中には特殊な形のものがあり、そのひとつが太陽信仰を表しているというが、現在、身近にある宗教で、明らかに太陽を崇めているという表書きを持ったものは少ない。一方で、初日の出を拝むというように、民間信仰の中には、太陽信仰は脈々と受け継がれているのである。
 日本に農耕が根付くと、正確な暦を持ち、人々に季節を示すということが為政者にとって大切な役割となった。現在のようなカレンダーがなかった時代、人々は太陽の動き、すなわち季節ごとに異なる太陽の軌道を観察し、消えることも動くこともない「記録紙」に記した。各地に残る曰わくのある巨石の多くが、このような暦の役割を果たしていたのである。

 では、月はどうだろうか。
 この事を最初に私に気づかせてくれたのは、私の古い友人である。彼は研究者ではないが、物事の最も大切な局面を瞬時に見抜く才能に長けている。彼は言った。太陽は眩しすぎる。古代の夜空は今よりいっそう暗かっただろうから、月とて相当に明るく感じられただろう。月で十分だ。
 思えば、古来、日本人は太陽よりも月について多くの作品を残してきた。それが日本人の感性だったのだ。その日本人が、月を信仰しないわけがない。友人の言うように、自ら光らない月であればこそ、この国の時の流れを刻むのに相応しいのかも知れない。

 伊勢には謎がある。夏至の日に二見興玉神社夫婦岩の中央から太陽が昇ることはよく知られているが、実は伊勢神宮宇治橋前大鳥居の中央から月が昇るのである。古代の人がそこまで分かって鳥居を配したのか、何ら記録に残っていないのだが、友人の言葉を思い出すと、彼らが分かっていなかった訳はないと直感できる。彼らはこの神の宿る神宮に月の軌道を描いたのだ。
 同様に、ストーンヘンジでも近年、月の軌道についての調査が進んでいる。ストーンヘンジは多くの巨石が失われているため、本来の機能の全てを解き明かすことは叶うまいが、彼の地でもやはり、太陽と同時に月が重大な役割を果たしていたのである。


 嘉瀬友則は、玄関兼用のダイニングキッチンと和室という六畳二間のアパートに帰り、ふらつく足で流しに歩み寄り、食器用のワゴンに伏せてあったグラスを無造作に掴んだ。水栓を倒して、グラスに水を入れると、一気に飲み干す。音を立ててグラスを流し台に置いてから、ダイニングの椅子を引いて、倒れ込むように座った。

 あの蓮という男に何となく腹を立てているのは、くそばばぁがあいつを息子みたいに大事に思っていると、誰かが話しているのを耳にしたからだった。別に、俺以外に「息子」扱いするような相手を作るなと言いたいわけではない。だが、そんな八方美人的な、あるいは二心あるような態度が気にくわない。

 子どもの頃は、研究室に閉じこもったかと思えば、フィールドワークとやらでしょっちゅう出かけて、家に寄りつかない父親にも、そんな夫を持った不幸に酔いしれて子どもの面倒も見ないでパチンコに通う母親にも、敵意を抱いていた。当時、父の友人である鬼頭信吾は、いつもお土産を持って遊びに来てくれる優しい兄貴のような存在だった。
 その鬼頭が、どういうわけか、父と一緒にフィールドワークに出かけていたイギリスから帰ってきた後、全く家に来なくなった。

 両親の死後、友則は父方の祖父母に預けられたが、そこには伯父の家族も住んでいて、従兄弟とそりが合わなかったために、子どもながらに一刻も早く独立したいと願っていた。中学一年生のある日、何がきっかけだったかはもう忘れてしまったが、ついに家出を決意した。頼る相手を他に思いつかなかったので、鬼頭信吾を探し当てて訪ねていった。
 鬼頭は男の恋人と住んでいた。
 それで合点がいったと思った。

 父親が妻に離婚を切り出したのは、イギリスから帰って間もなくだった。お前の借金は俺が返すから、別れてくれと父は言った。もともと裕福な家庭ではなかった上に、今度は自分が借金を背負うことになった父親との暮らしには、楽しい思い出がほとんど無い。大学の客員講師の職を辞して、父親は慣れない仕事を掛け持ちしながら借金を返すことになり、友則を顧みる余裕を無くしていた。何かに取り憑かれているようにさえ見えた。。
 借金が無くなったら、父親は鬼頭と一緒に暮らすつもりだったのではないか。そういう父親の汚い本性を知っていて母親はギャンブルや買い物におぼれたのではないか。借金を完済した後、大雨の中、出かけた父親は交通事故を起こし、自分ともうひとりを巻き込んで死んでしまった。

 どこに出かけようとしていたのかは知らなかった。雨は幾日も降ったりやんだりしていて、太陽を見ない日が続いていた。葬式の時のことはよく覚えていない。だが、何となく鬼頭を見かけたような気がしていた。小雨の中、傘も差さずに立ちすくんでいた鬼頭の横顔を見た気がしたのだ。
 家出をしようと探し出して会いに行ったとき、鬼頭は恋人の男をアパートに押し込んで、友則を近くの公園に連れて行った。友則は腹を立てていた。こいつは汚いおかまだったのか。もしかして、親父をたぶらかしたのか。イギリスで何かあって、鬼頭は家に来れなくなっていたのか。

 鬼頭はしばらく黙ったまま低い鉄棒にもたれて、ブランコに座る友則を見ていた。それから、唐突に、あの日、自分が嘉瀬を呼び出したのだと言った。あんな大雨の中、どうしても会いたいからと呼び出して、事故に遭わせてしまって、本当に申し訳なかったとそう言った。
 腹を立てるのを通り越して、吐き気がした。あの日、月は明るくて、鬼頭の表情がよく見えてしまうような気がして、もし見えたなら、何か知りたくないことを分かってしまうかも知れないという気がして、友則は顔を上げられなかった。だから、鬼頭がどんな顔でそう言ったのかは知らなかった。

 父の日誌を見つけるまでは、鬼頭の言葉を信じていた。信じて鬼頭を恨んでいた。いや、本当は始めから鬼頭の嘘だと気がついていたのかもしれない。鬼頭は身寄りが無くなった友則に「たからせる」つもりだったのだ。
 そして、改めて思い返してみたら、あの大雨の日、あれはちょうど夏至の日だったのだ。

 友則は、羽織っていたシャツの内ポケットに無造作に突っ込んであった紙切れを出して広げた。
 祖母が亡くなって久しぶりに帰った祖父母の家で父親の日誌を見つけ、そのページを読んだ時、思わず引きちぎって持って帰ってきてしまったのだ。祖父母は父親のものは大概処分してしまっていたが、その日誌だけは祖母がそっと仏壇の引き出しに仕舞っていた。
 日誌には、父親が書きかけていた原稿の一枚も挟まれていた。

 この旅から帰ったら、離婚することを決めた。妻の借金は全て引き受ける。だが、我々が結婚生活を続けることに将来はない。気持ちがそこになければ、お互いに不幸なだけだ。
 もちろん、鬼頭の気持ちには応えられない。しかし、鬼頭が長年抱えていた気持ちを打ち明けてくれた心意気には動かされた。留まっていては苦しいばかりで前に進めないと、彼が教えてくれた。鬼頭はいつも私に道を示してくれる。
 借金を返し終わったら、鬼頭に連絡して会おう。夏至の日がいい。再び友人としてやり直せるだろう。私はまた学問を続けるつもりだと言おう。そして、次の夏至の日には、友則を連れて、一緒に二見浦にまた富士と海と重なる壮大な日の出を見に行こうと、友に伝えよう。

 くそったれ。
 友則はテーブルの脚を蹴った。
 思い込みの強い、自分勝手なところは、父親にも母親にもあった。父親との関係を修復しようという努力もせずにギャンブルにのめり込んでいた母親は、自分だけが不幸だと思い続けていた。友情に酔いしれていた父親は、鬼頭の気持ちを本当のところは理解していなかったに違いない。

 あの店に通うようになって、鬼頭のような性的少数派の人間や、表沙汰にされたくない性癖を持った人間たちが、どういう気持ちで生きているのか、少しは分かったような気がしてきた。気色悪い、とあの蓮という男に言ったのは本心だ。生理的に受け入れられない。だが、彼らの覚悟や生き方を、父親が本当に理解していたとは思えなかった。少なくとも、今、自分にはそれが分かるのだ。鬼頭は友情を取り戻したいとは思っていなかっただろう。
 だが、したり顔でそんなことを鬼頭に言えるほど、自分は偉い人間ではないことくらい、分かっている。

 両親は友則が心から頼り尊敬できるような人間たちではなかったが、詰まるところ、自分もそれを受け継いでいる。子どもの頃はただ彼らに腹を立てていたが、自分も大人になると、しょせん人とはそのように完全ではない生き物だと分かってしまった。だからこそ、余計にいたたまれなくなる。
 そんな人間たちが、濃厚な人間関係を築くとなれば、組み合わせが悪ければ、時には大きな不幸を生み出す。実は、単なるボタンの掛け違えだ。両親の関係も、父と鬼頭のことも、そう言って割り切ってしまえる話だ。割り切ってしまって、楽になるべきだ。
 それなのに、どうしても割り切れない。鬼頭の顔を見ると腹が立つ。そこにあの蓮という男の顔も重なる。あいつに腹を立てるのは、どこか自分に重なるところがあるからだと分かっている。

 友則はふらりと立ち上がり、和室の窓を開けた。煙草を吸うつもりだったが、辞めた。見上げると月が長い軌道をもう半分以上辿った後だった。月は澄んでいる。笠を被っていないから、明日は、いやもう数時間で、夏至の日の太陽が昇る。京都のような盆地では、日の出は遅いが、その光が射すまで起きていようか。そうしたら何かが変わるだろうか。

 馬鹿馬鹿しい。
 友則は窓を開けっ放しにしたまま、万年床に大の字に寝転んだ。
 まだこの先数年は、くそばばぁに父親の「遺言」を見せるつもりはなかった。もう少し、自分が親父を殺したのだという演技を続けさせて、俺に貢がせてやる。そうしている限りは、あの店に通うことが出来る。あの蓮という男に嫌われていても、少なくとも、あそこは友則にとってひとつの居場所だった。

 友則は目を閉じた。
 動画サイトで見ただけの、ストーンヘンジの夏至の日の出が、瞼の後ろにまぶしかった。

(【奇跡を売る店・短編】『あの夏至の日、君と』 了)


今年の夏至は、6月21日です(*^_^*)
スポンサーサイト

Category: 奇跡を売る店・短編集

tb 0 : cm 14   

【旅2017・スペイン】(11)サン・パウ病院~ガウディのライバルが遺した建築・その2~ 

サン・パウ病院
(少し、間が空いてしまいましたが)前回に引き続き、19世紀末・モデルニスモ建築の立役者、ガウディと同じ時代に活躍したもうひとりの建築家、リュイス・ドメニク・イ・モンタネールが設計した建造物にご案内します。こちら、外観からは「何?」ですが、実は病院。モンタネール設計、銀行家パウ・ジルの遺言で1902年着工、1930年に完成したサン・パウ病院です。
モンタネールの設計のコンセプトは「芸術には人を癒やす力がある」。総面積14万5000㎡、48棟の建物がほぼ対称型に並んでいます。場所はサグラダ・ファミリアからそう遠くないところ。病院の前で振り返ったら、サグラダ・ファミリアが見えます。
病院からサグラダファミリア
道に面した入り口は、言われなければ病院だと気がつかない豪奢な雰囲気。正面、そのまま入り口です。
他の観光地に比べて人も少ない。するするっと入って見学ができます。
見取り図
勝手に見学コースと、ガイドツアーがあって、ガイドツアーでは一般見学ツアーでは入れないところにも入れてくれるようです。私たちは普通の見学でしたが、十分満足でした。ちょっとハウステンボスに来たみたいな?
病院敷地内
ネット予約していったのですが、多分不要。入ったら地下から敷地内に入るという感じになるので、順路では建物の中から見学が始まるのですが、とりあえず写真は敷地内風景をずらっと並べてみます。
まずは、正面入り口の裏側。
病院敷地内3
この建物の中は、まさに「ロビー」なのですが、こんな豪奢なロビー、病院にいる? って思っちゃった。つまり、普通の病院のロビーの部分が独立してひと棟ある、というわけなのです。中は後でご紹介。
病院敷地内4
こちらは上の地図のBに相当する建物です。
病院敷地内5
地図で見るよりも、実際の敷地、つまり建物が建っていない部分が異様に広いことが分かりますよね。なんか、健康的にリハビリできそうだな。ちなみに、全部かどうかは確認していませんが、建物は地下で繋がっているようです。
病院敷地内6
ディズニーランドです、って写真をアップしても、知らない人が見たら「そうかな」って思うような、おとぎ話に出てくるイメージの建物。ちなみに、こちらの建物は2009年までは、ちゃんと病院として使用されていたとのこと。現在は、この見学可能地域の奥に新しく病院が建てられて、そちらで診療がなされているそうです。
病院敷地内7
さて、建物の中はどんな感じでしょう? こちら、何をする部屋に見えるでしょうか?
手術室
答えは手術室。床などは水でざ~っと洗い流せそうな構造。天井につり下げられた丸枠は、照明をつり下げるところでしょうか。そして、何よりも面白いのは、なぜこんなにオープンな空間? ってことですよね。もちろん、カーテンを引けば済むことでしょうけれど、それならこんな立派な窓は必要ないでしょうし、もしかして公開手術? それに、窓の前には柵が見えますよね。窓の前、柵との間に一段高くなった通路状態の部分があって、ここはもしかして見学コーナーなんでしょうか。
何にしても興味深い手術室です。
病院内部1
次に登場するのは、ある建物の1階部分。アートな展示物は、病院と関係しているわけではありません。この建物は病棟のよう。
2階に上がると、病棟だな、とよく分かります。
病室
使用時にはパーティションなどを使っていたのでしょうか。あるいは、あまりプライバシーとか考えていなかったかも。
次に、入り口の建物、見学者出口のあるロビーの方へ戻っていきます。病院入り口ロビー
病院の天井、ピンクですね。看護とか介護のイメージって、こういう色なんでしょうかね。昔は「白衣の天使」と言われていましたが、いつもの間にか、病院の看護師の服もピンク色が多くなり、その後はさらに変わって、今は「色々」ですよね。なんか、ハワイの人?みたいなのもあるし。
でも、こういう優しい色がイメージなんですね。
ロビー2階への階段
ロビー脇の階段を上ります。宮殿みたいですね。2階に上がったらこんな広間が。
ロビー2階
最近の病院の造りは、こういう、普段はちょっと無駄っぽい空間が多く作られていますね。震災・大規模事故などの際には、ロビーや廊下なども使えるようになっているのですが、古い時代の欧米の病院は、やはり戦争などの有事の際にも多くの病院・けが人を収容できるような造りになっているのですね。こういう広間は、もちろん、何らかの儀式的なこと(礼拝なども含めて)にも使われていたのでしょうけれど。
ロビーの窓
窓から見るおとぎ話風建物。
そして、広間の壁には美しい彫刻やモザイクが。
壁の装飾
宮殿っぽいけれど、それでも音楽堂とかに比べたら、やっぱりシンプルですね。
壁の装飾2
建物の中は、当時の状態が再現されている、というわけでもないので、がらんどうな感じだし、どの建物も大体似たような造りなので、幾つか見て回ったらもういいか、って事になるのですけれど、広い敷地はゆったり感があって、街の喧騒からも切り離されているし、きっと良い季節に行ったならくつろげたのでしょう……
病院敷地内8
そう、私がバルセロナに行ったのは7月。太陽燦々で、うろうろしていたらもうひからびそうになる暑い毎日でした。
早々に引き上げて、街に戻り、美味しい野菜ジュースにありついたのでした。
……また冷たい野菜ジュースを……これが私の旅の後半を苦しめる事になろうとは、この時はまだ知るよしもなく……

さて、次回ご紹介するのは、夜のバルセロナツアー、タパスとサグラダ・ファミリア夜景です。
お楽しみに!
夜のサグラダファミリア

Category: スペインの旅2017

tb 0 : cm 10   

【雑記・音楽】2018春の音楽活動~アムランと辻井伸行~ 

コンサートパンフレット
本当ならすでにもう1作アップしているはずだったのですが、先週は月曜日から残念なことになっていて、まるきり覇気がありませんでした。2年前にマイコプラズマ肺炎になったときも、1ヶ月ほどもヨレヨレになっていましたが、今回も似たような症状で。前回は、学会直前に発症して、そのまま行ってしまったので薬を飲めず、1ヶ月以上苦しんだので、今回は反省してさっさとジスロマックを内服してみましたが……弱ってたのか、お腹は緩くなるし、何しても咳は止らないし。1週間経過していますが、今ひとつ不安な状態。
GWは近くの山以外に出かけたのはフェスティバルホールのみだったので、そこでもらったのかしら? もしもただの風邪でこの状態だったら、私ってヤバくない? とちょびっと不安な今日この頃です。

それなのに、5月初めから結構賑やかだった私の音楽活動。
あ、自分自身の音楽活動はちょっと置いといて、まずはコンサートのご報告から。

5/4 葉加瀬太郎・高嶋ちさ子・古澤巌 3大ヴァイオリンコンサート(フェスティバルホール)
こちらは、【サキさん30000Hitお祝い短編】 Hasta mi final~この命尽きるまで~ の「続きを読む」でも書いたので省略。
でも、繰り返して言いますが、楽しかった~(*^_^*)

5/12 シャルル・リシャール=アムラン/オールショパンプログラム「革命」(シンフォニーホール)
誰それ? ですよね。実は、先日、2015年の国際ショパンコンクールのことを書いた本を読んだのです。で、俄然気になたのが、2位になったカナダのシャルル・リシャール=アムラン。コンクールの時に26歳という、コンクール出場者の中ではかなり高い年齢であったそうですが、自然体で完成度の高い演奏を見せていたと。ファイナル(ショパンの2曲のピアノ協奏曲のうちどちらかを弾く)では、ただひとり第2番を選択。ちなみに、これまでファイナルで第2番を弾いて優勝した人はいないそう。曲の長さもわかりやすさも第1番の方がちょっと上なのかな。ちなみに、彼自身は「なぜ第1番を選ばなかったのか」と聞かれて、「弾いたことがなかったから」。あら、そう……この朴訥は感じ、好きかも。
そんなこんなで、興味津々で、チケットを取ったのでした。
歩く姿がちょっとテディベアみたいで、「いい人」雰囲気がにじみ出ているようなステージへの登場。でも、演奏は、すごく理知的だと感じました。これはホールの素晴らしい(しかし、ちょっとタイトすぎる)残響のおかげもあるのかも知れませんが、一音一音の粒が、弱音まで澄んでいてよく届くので、心地よい演奏でした。ころころと真珠が転がっているみたいな、そんな音色。
いきなり、ただいま私が格闘している「ノクターン第20番 嬰ハ短調 遺作(レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ)」からスタートしたコンサート。前半は、4つの即興曲、エチュードop.10-12「革命」、ポロネーズ第6番変イ長調op.53「英雄」。そして、後半がバラード全4曲。有名曲を散りばめつつも、幻想曲4曲、バラード4曲というセットで持ってくることで、ショパンの何かに迫ろうとしているのが理解できるように思いました。
以前、辻井伸行さんのバラードの1番を聴いた時は、ちょっとうるっとして感情的になりそうでしたが、今回は聴いているこちらも、泰然と聴いていられる、そんな印象でした。そしてついつい、後半ではオペラグラスで観察しちゃいました。体格も大きな人なので、手も大きいけれど、左手などは、弾いているのを見てても、動かしているのかどうか分からないような(つまり指のハンマー度がすごいって事ね)。
プロフールを見ると音楽院で後身の指導もされていると。この人は大変よい教育者でもあるのではないかと、そんな気がしました。

実はピアニストひとり、というコンサートに行くことがあまりなかったので、まじまじと聴衆を観察しちゃっていました。
どう見てもピアノを習っていると思われる子どもを連れた両親、音楽関係者と思われる女性のグループ、音楽ファンらしき夫婦、でも意外に目についたのは、相当年配のひとり客でした(男女問わず)。クラシックファンってなんか面白いなぁ。でも、以前よく行っていた頃は、若者のひとりってが結構いたように思いましたが、そういう人は少なかったなぁ。

そしてもうひとつ、大阪の人間はどうやらしつこい?というのがよく表われるのが、アンコールの時。あまりにもしつこいので、アムラン氏、3曲も弾いてくれました。多分最後の1曲は予定に無かったと思う……他の日のプログラムに弾く予定の曲だったみたいから、急遽追加してくださったのではと思います。3大ヴァイオリンコンサートでも、あまりにもアンコール(カーテンコール)に呼ぶので、高嶋ちさ子氏が「もう1曲やります?」って言ってましたし。
ちなみに、アンコールの1曲目はエチュードop.10-3「別れの曲」でした。日本人用?

5/13 ヴァシリー・ペトレンコ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団(ピアノ:辻井伸行)(フェスティバルホール)
最初に、終演後のことを書くのも何ですが、指揮者のペトレンコ氏にサインを求めるファンの長蛇の列に驚きました。CD買ったらサインがもらえるよってやつですが……ただの野次馬的な人も一部いると思いますが、そういう人たちでも思わずCD買ってサインもらおうっと!と思えるような見事な演奏でした。ペトレンコ氏は42歳でしょうか。背も高くて見栄えもするし、豪快な部分と繊細な部分と、見事にバランスの取れた指揮でした。
あまり予備知識なく行ったのですが、素晴らしいチャイコフスキーだったなぁ。第4番、最初のファンファーレがもう良くも悪くも「チャイコフスキー!」なんですが、一方で弱音は森の奥の湖の前に立って耳を澄ましているような美しさで、弦のピチカート連発部分で、チェロから第1ヴァイオリンまで音が移動してくるところなんか、鳥肌が立つようでした。

順番が逆になってしまいましたが、前半は辻井伸行氏のピアノ。
これも豪華なラインナップで、ラフマニノフ『パガニーニの主題による狂詩曲』(最近どこかで見たなぁと思ったら、八少女夕さんの最近のプレイリストに入っていた(^^))、チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第1番』。
久しぶりに生で聴いたチャイコフスキーの1番。この曲は、そう言えば、献呈しようとした相手に見せたら「演奏不可能」と言われたらしいけれど、ベートーヴェンも「今は弾けなくてもいつか誰かが弾いてくれるだろう」的な譜面を作っていたし(当時のピアノの楽器の性質も今とは随分違っていたのもあると思いますが)、作曲家って、ほんとに……(@_@)
それはともかく、この曲聴くと、気が大きくなるのはいいことなのかどうか……しみじみ、ピアノがオーケストラをねじ伏せるのが大変な曲だなぁと思う(いや、ねじ伏せなくてもいいけれど、途中でやられそうになるじゃないですか。チャイコフスキーやってる時のオーケストラって、どこか容赦ない。バレエ曲だとそうでも無いのになぁ。編成の問題?)。
第3楽章に向けて、掛け合いに乗っていくのが見えて、聴き応えありました。

それはともかく、辻井伸行氏を聴きに行くのは3回目になります。実は、彼のコンサートはピアノソロの時が一番聴き応えがあったのです。もちろん、オケが一緒で悪いことはないのですが、ピアノの音をよく聴きたいなぁと思ってしまう。個人的には彼のラヴェルやドビュッシーが何とも心地いいもので(そう言えばアンコールは『月の光』でした)。水が跳ねているのが見えるような、そんなピアノで。
何より、彼のコンサートは箱(ホール)が大きいのが難点(人気がありますからね)。ピアノは齧り付いて聴いた方がいいなぁ(かつて、アシュケナージを最前列で聴いて足しか見えなかったけれど、音はやっぱりすごかったなぁ。実はピアノの下って、すごい響きがいいんですよね)
あ、ラフマニノフ、よかったです。第17変奏から第18変奏に移るところ、いつ聴いてもよいのですが、この曲一度聞くと、しばらくの間、「ラ」「ミ」が頭で響く……(主題はラドシラ)。
ついでにオーケストラのアンコールが『ここは素晴らしい場所』でした。どど~ん、という曲じゃなかったのがよかった(チャイコフスキーの後でほっとする(^^) いや、私は嫌いじゃないけれど、チャイコフスキーって嫌う人はとことんだからなぁ)


書いてみて分かった。私、評論家の才能0ですね。
そうそう、今回、シンフォニーホールとフェスティバルホールに連続で行ったわけですが。
先だって書きましたように、私、体調不良で結構咳が出そうで困っていたわけです。で、問題はシンフォニーホール。
この残響2秒の素晴らしい音響のホール、開演前に「飴の包みなどを開ける音もよく響きますので、ご注意ください」ってアナウンスがあるんですよ。
ステージの音がよく響くって事は、客席の雑音もよく響くって事で、これだけの人が入ってるんだから、当然、雑音はあるわけで……ステージの音は響かせて客席の音は吸収してしまうって離れ業はできないだろうし。空気の乾燥に弱い人とか、風邪気味の人には辛いシンフォニーホールなのでした。
そもそも、座席数が違うので比べるのはどうか、なのですが(シンフォニーホールは2階までで1704席、フェスティバルホールは3階までで2700席)、建て替えの後でフェスティバルホールもなかなかよくなったと思うのですが、クラシックを聴くには、ちょっと大きすぎるんですよね(私が友の会に入っていたびわ湖ホールも1700-1800席、兵庫芸術文化センターの大ホールで2000席)。
でも、チャイコフスキーなら大丈夫だな。あと、マーラーも。でも、今回思ったのですが、弱音、すごく綺麗に響いていました(2階席だったのですが)ので、許せるかな。

それから、もうひとつ。
やっぱり、オーケストラは「見に行く」ものですね。いや、もちろん、「生で聴く」のは「録音を聴く」よりいいのですよ。そうではなくて「見に行く」のです。クラシックなんて興味ないわとか、興味あるけれど何を聴いたらいいのか、なんて人こそ、見に行って欲しい。
私、初めて行ったのが、なぜかスロヴァキアフィル。その時、何に感動したかというと「弓がそろって動いてる~」だったという^^;(←バカ丸出し) 
でも、こういう視覚的な面白さってあるんですよね。その時から(正確には中学生の音楽の時間から)、今も、『モルダウ』が大好きで、この曲が私がクラシック音楽に嵌まったきっかけだったかも。

もちろん、「生で聴く」と、オーケストラの音って、聴く位置でこんなに違うのかというのにも感激します。少しヴァイオリン寄りで聴くのが聞きやすい気がするけれど(もちろん、一番いいのは真ん中、12-15列辺りなんでしょうかね。歌舞伎は8-10列目の真ん中、少しでも役者さんに近づきたい人は花道横を)、コントラバスの前で聴くと、別の曲みたいに聞こえるのがまた面白いのです。あれだけの大所帯ですから、場所によって音が聞こえてくる大きさも違うし耳に到達する時間差もあって。ある意味、それが音の厚みなのですけれど。当たり前の話ではあるけれど、そのことを体感する面白さがあります。

で、オーケストラの「見所」ですが(あくまでも、個人の意見です^^;)。
何より、気になるのは、後ろの方に控えている、いつ登場するのか分からない、シンバルの人やトライアングルの人。出るところ間違えたりしないのかな、とかドキドキして見てたり^^; 登場回数でお給料とか違うんかしらと考えたりとか(大阪の人間って…)。弦は人数が多いからいいけど、数の少ない管楽器の人たちは外したら目立つよな~ってじ~っと見つめてみたり、弦楽器の楽譜は2人にひとつですが、あのめくる側の席(客席から遠い方)になるかどうかはどうやって決まるんだろ、とか考えちゃったり。前の方に座っていたら、時々閑そうな瞬間のチェロの男前の人と目が合ったり。2階席などから見ると、弦楽器の弓の動きが美しかったり。
そうです、オーケストラはぜひ「生で見に」行きましょう!

次は、6月に2015年ショパンコンクールで優勝したチョ・ソンジン氏とフランクフルト放送響。こちらも楽しみです。

Category: 音楽

tb 0 : cm 6   

【サキさん30000Hitお祝い短編】 Hasta mi final~この命尽きるまで~ 

ブログのお友達、サキさんのDebris circusの30000Hitリクエストの枠をゲットしたので、何か掌編を書いて頂くことになったのですが、その前に、ずっと以前からミクin Romaの話を書く書く詐欺していたので、この際に私が先にお祝いの話を書こうと思ったわけです。

このポルト&ローマ陣営の物語には、八少女夕さんの【黄金の枷】シリーズ(外伝)と山西サキさんの【絵夢の素敵な日常】に登場する人々が絡んでいます。しかし、実のところは、うちのメンバーだけが実時間では未来から来た「タイムトラベラー」なのです。でも、これは楽しくキャラたちで遊ぼう?という企画なので、このシリーズにおいてだけ、うちのシリーズは時間軸を無視しております(^^) 
それはまぁ、読む際にはあまり大きな影響はないので、一応お断りということで。

サキさんと夕さんの書かれたキャラたちについて。
ここに登場する、ミク・イケウエ・エストレーラは少し複雑な出生の事情のあるオペラ歌手ですが、アウスブルグのオペラ劇場の音楽監督、ハンス・ガイテル氏に認められて素晴らしい舞台で主役を演じきった後で、ポリープの手術を受けることになってしまいました。彼女には、ポルトに祖母のメイコがいて、また6つ年下の(今回のお話の時点では)恋人未満、友人以上のジョゼがいます。
ジョゼは夕さんの【黄金の枷】のヒロイン・マイアの幼なじみ。さらに、その物語に登場する由緒ある一族に対して、うちのヴォルテラの新・次代当主のサルヴァトーレがオイタをしたといういわくもあります。

夕さんとサキさんがすでに書き上げられた部分では、ジョゼとミクはもう結婚式を挙げたのですが、この物語は、ちょっと遡って、まだミクとジョゼが気持ちを確かめ合う前、好きだけれど、年齢の関係も微妙だし、立場もチガウし、うにゃうにゃで悩んでいる頃です。
丁度のその時、ミクの友人、絵夢・ヴィンデミアトリックスの紹介でイタリアの有名耳鼻咽喉科医の手術を受けることになったミクをお世話することになったのが、ローマのヴォルテラ家。そして、ミクは手術を受けるために時々ローマで診察を受けたり説明を聞いたり、リハビリや術後の生活のことなどを整えたりしていますが、ローマ滞在の時は、ヴォルテラ家ではなく音楽家・慎一の家にいます。

細かいことはさて置いて、この由緒正しき教皇のお庭番?ヴォルテラの次期当主となるはずだったロレンツォが、事もあろうに、日本人のお嬢ちゃん・詩織と恋に落ちてしまったのですが、玉の輿シンデレラストーリーのはずが、やはり貴族と異国の庶民の結婚にはあれこれ障害もあり、さらにこの二つの家系は百年にわたる因縁があり、そうは問屋が卸さない状態で、何より詩織の父親・二代目真がかなりお怒りの様子。詩織は、家出同然にローマにいるので、まだ父親とは和解できていません。

ロレンツォと詩織の恋の軌跡を書いたシンデレラストーリーはこちら→【ローマのセレンディピティ】
ピアニスト慎一の若かりし頃の物語はこちら→【ピアニスト慎一シリーズ】

詩織の父親・二代目真のストーリーはまだ手が回っていませんが、実は鉛筆書きではファイル1冊分、多分ノートのページでぎっしり百枚以上あるのです。そんな因縁部分をぶっ飛ばしていますので、分かりにくい部分もあると思いますが、ここは単純に、娘の結婚を認められない頑固オヤジと思っていただいて問題は無いように思います。
一代目と違って、悩むことは悩むけれど、正しい方向へもずれた方向へも猪突猛進系の二代目です。
ちなみに、彼はただいま、日本では某バンド(ロックというのかポップスというのか)のヴォーカリスト、そして時々別の多国籍ヴォーカルグループでも活動しています。
その父親がついにこのヴォーカルグループのコンサートでローマに来てしまいました。危うし、詩織……ってそういう話じゃないか。いや、危ういのは、ぶっ飛ばされるかも知れないロレンツォか……

ミクと詩織がそれぞれ気持ちを固めていく会話をお楽しみいただけたら、と思います。
あ、ガイテル氏を勝手にあれこれ肉付けして済みません。まぁ、狭い畑ですから、知り合っていてもおかしくないだろうし。年齢は随分チガウので、ガイテル氏からすると、慎一は伝説の人に近いのかも^^;

そして、サキさんへのリクエストは、いよいよ手術となれば、きっとジョゼや絵夢も遠くから見守っているだけではすまなかったと思うので、その辺りのことを、結婚後の思い出話としてでも新婚旅行に絡めてでもいいので、お願いしちゃいましょう。

そうそう、慎一は、私が敬愛していた大フィルの指揮者・朝比奈隆さんと同じように92歳までは頑張っていただく予定です。今回、直接の登場はありませんが、ミクのことを孫娘と同じように思っているようです。
そして、このタイトル『Hasta mi final』というのはスペイン語で「(私の命の)終わる時まで」という意味です。この歌は『続きを読む』を御覧ください(BGMにしてくださいませ)。
実は、二代目真が参加しているヴォーカルグループのモデルは、IL DIVOなのですが、彼らの曲のイメージでこの物語を書きました。歌詞はほぼまんま、結婚式のあの誓いの言葉です。

改めまして、サキさん、30000Hit、おめでとうございます(*^_^*)
この【Hasta mi final】の歌は、ミクとジョゼの結婚へのお祝いでもあります(^^)/


【Hasta mi final~この命尽きるまで~】

 末娘が、どうやら結婚するようです。
(「お前、どうやら、って何だよ」と後ろから笑いを含んだ仲間の声がする。)
 ご存知の方も多いと思いますが、子どもが三人います。上の二人の子どもが小さいときには、仕事でほとんど家にいなかったので、あまり懐いてくれなかった。でも、一番下の娘は、甘えん坊で離れると泣くので、小さい頃からよく仕事にもくっついてきて、ここにいる三人からも、日本の私のバンドのメンバーからも可愛がられていました。
 父親というのは、ここにいる皆さんもそうでしょうが、勝手に思い込んでいるものです。まさか、この可愛い娘が自分の手元から離れることはあるまいと。
 私は、十九の時に日本に母親をひとり置いて、今のバンドのメンバーと渡英したのですが、そういう私の身勝手とか無鉄砲さとか、よく言えば独立心が強いところなど、三人の中で格別泣き虫で甘えん坊で素直で可愛らしいこの小さな娘だけは、受け継いでいないものだと思っていました。けれど、彼女は私の反対を押し切ってこのローマに来て、自分なりに少しは人に認められる仕事をして、愛する男と出会った。やはり彼女は私の娘だったのだと、不思議に納得して、今になって、これまで手元で可愛がっていた時よりもはっきりと、彼女を誇りに思うようになっています。
 そんなお前が選んだ男なんだからと言ってやりたいのは山々ですが、やはり父親は誰でもそうでしょうが、今のところは相手の男をぶっ飛ばしてやりたいと思っています。しかし、運命の神が結び合わせたものを、人の力で裂くことはできないといいます。
(「そうだ、諦めろ」)
 仕方が無いので、歌います。


 その日のコロッセオは、溢れ出す熱気が天にまで届くようだった。
 寒くなり音楽シーズンが本格的になればどのコンサートホールも賑わいを見せるのだが、夏から秋にかけてのこの時期には、野外の古代遺跡が特別なコンサート会場になる日がある。大都会の灯りのために、シャンデリアの代わりに星々が天を埋め尽くすとはいかないが、その日は満月で、見上げると月の光に抱かれているような心地になった。

 ここに来るまで、本当は迷っていた。父とは日本を出てきてから、もう何年か一度も会っていないし、今の状況について自分の口からは説明できていなかった。だが、チケットは曾祖父の慎一のところに十枚以上も送られてきていたし、世話になっているヴォルテラ家の人たちだけではなく、ロレンツォの隠れ家(そして近い未来には新婚生活を送るはずの家)の工房の仲間たちも幾人か招待することになってしまったので、さすがに当の詩織が行かないわけにはいかなかった。招待された全員が、今日のコンサートを心待ちにしていることも分かっている。

 それに、その日は、このところ曾祖父が気にかけている女性が一緒だった。
 彼女はポリープの治療のためにイタリアに来ていて、今年中には手術を受ける予定になっている。彼女の住まいはポルトガルのポルトだが、今は診察を受けたり、手術の説明を聞いたりするのに、時々ローマに滞在している。手術を受けることを決めているものの、まだ不安の方が大きいだろうし、心細いだろうから、歳の近い詩織に力になってやって欲しいと頼まれていたのだ。

 それに手術の期間、その後のローマでの治療期間は、ヴォルテラ家が完全にバックアップすることになっている。古い付き合いのヴィンデミアトリックス家のお嬢様がくれぐれもよろしくと直接挨拶にも来ていたし、ついでにロレンツォ曰く、サルヴァトーレが以前迷惑をかけた筋の関係でもあるから、その貸しをいくらか返すことにもなるという。
 さらに、ピアニストであり、八十代の今でもローマのオペラ座の音楽顧問兼チェチーリア音楽院で教鞭も執っている曾祖父の、若い友人のひとりであるハンス・フリードリヒ・ガイテル氏からも、くれぐれもくれぐれも頼みますと何度も連絡が来ていた。

 慎一はピアニストなのだが、一時、事情があってピアノを離れていたときに東欧の劇場の音楽監督を務めていたこともあるし、スカラ座やオペラ座の音楽助監督を務めていたこともある。そして、彼が作曲・編曲した現代オペラを好んで取り上げて上演してくれている劇場の責任者のひとりが、ガイテル氏なのだった。
 そのガイテル氏は、ミクの「才能」を心から愛していて、誰よりも彼女の手術の成功を願っている。彼はそう言っていたが、詩織は何度か会って話しているうちに、彼の気持ちはそれだけではないのだなと感じた。
 人が人を思う気持ちというのは本当に暖かくて尊いものだと思う。

 手術を担当する予定になっているのは、世界でもこの分野では最も腕がいいとされている幾人かの医師の一人だが、それでもこれだけの面々に囲まれてしまったのでは、医者も身が縮むだろうね、と慎一は笑っていた。その医師のことはよく知っていて、信頼しているのだ。
 だが、例えどんなに周囲が道を整えたところで、ミクの不安はすっかり消え去るものでもない。手術を受けるのは他の誰でもなく、本人なのだ。そして、音楽家が自分の武器を失うことの恐怖を誰よりも知っている慎一は、ミクに対して、まるで本当の祖父のように接しているのだった。

 幾度となく父親がステージに立っている姿は見てきたが、こんなに緊張して客席に座るのも、父がステージの上でこんなにも話すのを聞いたのも、初めてだった。
 バンドで主にMCを務めているのは作曲とキーボードを担当している神坂伸二だったし、そもそも父はヴォーカリストのくせに人前で話をするのが得意な人ではなかった。他のメンバーに肩を叩かれて、押し出されるようにステージの中央に立った彼が「仕方が無いので」と言ったのは、まさに本音だったのだろう。

 その曲が始まってから終わるまでの時間は、ものすごく短かったようでもあるし、曲のままに命の尽きる時までの永遠のようでもあった。CDでは何度も何度も聴いていた曲なのに、今日は全てが違って聞こえた。
 もちろん、花嫁となる娘を持つ父に花を持たせようとしてくれた他のメンバーが、自分たちのソロパートを全て父に譲ったからというのもあったけれど、それは打ち合わせに無かったようで、父は自分のパートの後、誰も歌い出さないので一瞬驚いたようにメンバーを振り返っていた。

 さっさとお前が続きも歌え、というようにメンバーが手で合図を送ると、客席からは大きな拍手が湧き起こり、ローマの夜空に響き渡った。
 詩織の席からステージまでは幾分か距離があったので、事態を飲み込めなくて戸惑ったような彼の顔がはっきりと見えていたのかどうかは分からない。だが、詩織には、父の表情は目の前にあるように分かったし、それを見た瞬間に、抑えていた涙が溢れ出し、そこから先は、本当にステージは見えなくなった。

 オーケストラの伴奏を追いかけるように、父がやむを得ずというように再びマイクに向かうと、一瞬に客席が静まりかえる。管弦楽の暖かな響きがコロッセオを包み込み、その中に感情を押し殺しながらも、意味を確かめるように言葉を紡ぐ父の姿が、涙の向こうで神々しいくらい眩しく浮かび上がっていた。

 この多国籍ヴォーカルグループは、ある音楽プロデューサーが「自分が聴きたい音楽をやるために」作ったというグループで、自分たちのメインの音楽活動は続けたまま、一年に一度くらい集まり、幾つかの都市でコンサートをしたりアルバムを作ったりしている。アメリカ人のジャズ歌手、ドイツ人のオペラ歌手、フランス人のミュージカル・オペラ歌手、そして日本人のポップス・ロック歌手。
 誰もが「それって成立するのか」と訝しんだにも関わらず、当初は五年間の活動予定だったものが、気がついたらもう十五周年を過ぎてしまった。音楽の幅はますます広がって、今や世界中のファンが彼らのステージを待ち望んでいるという。

 久しぶりに生で聴く父の声は、そして短い曲のラストには、プリセンス・シオリといつも詩織のことを呼んでくれた彼らの重なり合った声は、全てのひとつの言葉を明瞭に聴く者の耳に運び、詩織の前に愛しくも懐かしい日々を描き出した。

 父親の商業用の顔は今では録画でも雑誌でもどこでも見ることができたが、母が撮っていた幾つかのビデオの中に閉じ込められていたプライベートの顔は特別なものだった。物心がついた時には、父親はほとんど家にいるようないないような生活をしていたので、母が子供たちのために「普通の父親」の顔を撮っておこうとしたものだ。
 走馬燈のように、というのは本当なのだと詩織は思った。場面が次々と現われて消えていくのか、一瞬にして全てが重なって周囲を埋め尽くしたのか、記憶の引き出しから魔法のように場面が飛び出してくる。

 姉や兄の時には言わなかったらしいのに、詩織の時だけは、小学校の参観日に行くと主張して、学校から「警備上の問題と周囲への影響から」できれば自粛していただけたらと言われた時の悔しそうな顔。マイホームパパはキャラに合わないと言いながらも、キャンプに行くとなれば一番はしゃいでいたのは父だった。
 中学生の頃にはぐれていた兄とは真っ向勝負、本気で戦っていた。母はいつも、あれは精神年齢が同じなのよ、と呆れ果てたように(でも愛情を込めて)言った。それでも、補導された兄を迎えに行った時、怪我をさせた喧嘩相手とその両親の前にいきなり土下座をして謝った父を見て、兄は馬鹿らしくなってぐれるのを辞めたと言っていた。兄は嬉しかったし恥ずかしかったのだ。日本中に名を知られているバンドのヴォーカリストである父にそんなことをさせてしまったことを。
 姉が医学部に合格した時、人前では当然だろうと飄々としていたけれど、こっそりと何度も何度も合格通知書を見ていたのを詩織は知っていた。詩織のことは、いつだって鬱陶しいくらいに可愛がってくれた。一年に一度は家族写真を撮るようになったのも、詩織が生まれてからだった。飼っていた秋田犬の散歩には、よく二人で行ったけれど、ほとんどトレーニングのようだったっけ。

 そして、詩織がイタリアに留学したいと言ったときに、初めて父を怒らせて口も利かなくなったこと。子供たちの中で一番いい子で、一度も父親に逆らったこともなく、にこにこしていたお姫様の詩織がいきなり反旗を翻したのだから、父のショックは相当なものだったのだろう。その上、仕事にも恋にも挫折して帰ると連絡をした矢先に、裏切るように突然ローマに残ることになってしまったのだから。
 色々な事情があって、あれから日本には戻ることができなかった。一度だけ、電話をかけた。ロレンツォが、やはりきちんと挨拶に行こうと言ってくれたからだった。だが、「いらん」と一言だけで電話を切られた。リハーサルで忙しいのよと母は言っていたけれど、許されていないのだと思っていた。

 忘れていたことも、悲しかったことも、嬉しかったことも、悔しかったことも、満たされていたことも、その時には我慢できないくらいに辛かったことも、目の前に浮かび上がってくれば、全てが愛おしかった。
 今はっきりと分かったのだ。
 ひと時だって、孤独だったことはなかった。その時は寂しくて潰れそうに思ったこともあったけれど、今この瞬間、何もかもが怖いくらいに報われていた。

 今このホールにいる全ての人々が、この曲がただ一人の愛するもののために歌われていることを知っている。そして、その個人的な感情は深い歓びを湧き立たせ、共有できる全ての人の魂と交わり、またやがて個人の元へ還っていく。その瞬間に生まれた音楽は、その次の瞬間には消えゆくものなのに、記憶の中に確かに何かを刻んでいく。
 震えている詩織の手に、隣から暖かい大きな手が重ねられた。
 Amamdote hasta mi final
 健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、良き時も悪い時でも、命の尽きる時まで変わることなく、君を愛することを誓う。

 父が自分の事を認めてくれたことは嬉しい。でも、誓いの言葉というのは、なんて重いのだろう。


「わたしのことなら、気にしなくてもいいんだよ」
 何だか個人的に盛り上がっちゃって、ミクは大変な思いをしてるのに、と謝ったら、その若いオペラ歌手は、笑って答えた。

 ミク・エストレーラは詩織より少し年上になる。時々お姉さんだなぁと思うこともあるし、時には少し幼く見えるときもある。でも、詩織が初めてミクにあったときから抱いている印象は、笑顔がとても素敵だなということだった。もちろん、人は誰でも笑顔の時が一番魅力的だが、こうして色んな感情を閉じ込めて笑う顔には、特に心惹かれるものがある。
「ロレンツォと一緒に行かなくてよかったの?」
「いいの。父はきっと私たちが訪ねていくのを見越して、楽屋から逃げ出していると思うし。あの人、娘と和解するなんてシーンは苦手なの。それに、ロレンツォ曰わく、ここは男同士がいいんですって。ぶっ飛ばされに行ってくるって」

 父親が早々に楽屋から逃げ出してどこに行っているのか、どうせ、ヴォルテラの誰かが見張っているに違いないから行き先は知れているだろうが、ロレンツォには確信があるようだった。時々、相川の家とヴォルテラの家の間にあった様々な出来事について、ロレンツォは知っているけれど自分が知らないことがあるのだと思うと、ものすごく不満を感じることがあるのだが、いつか曾祖父や大叔母が話してくれるだろうと信じていた。

 コンサートの後、詩織は曾祖父の住むローマ郊外の小さな別荘にミクと一緒に戻ってきた。
 現在、結婚式まではという約束で、詩織はまだヴォルテラの屋敷に住んでいる。
 そもそも次期当主の交替劇の後、ロレンツォは修復工房のアパートに住むつもりだったのだが、新たに当主となるサルヴァトーレが兄貴を簡単に手放すわけはなく、ロレンツォも時々無鉄砲なことをしでかす弟の側を離れるのが少しばかり心配なのだろう。
 詩織には時々、サルヴァトーレがわざと兄を困らせているように見えるのだが。

 ヴォルテラ家の人たちは詩織にはとても親切だが、やはり庶民出身の詩織には少し居心地が悪い面もある。だから、ミクが来たときは、堂々と慎一の家に泊まれるのが嬉しかった。何しろ、ミクの「お世話係」を頼まれているのだから。
 この別荘はローマの街から少し離れた湖の近くにあって、先々代の当主、ジョルジョ・ヴォルテラが義理の息子と言ってもいい慎一に遺したものだった。当初はここを受け取ることを拒否していた慎一だったが、歳をとって終の棲家を考えた時に、最も愛する街に戻ってきたということなのだろう。

 しかも、彼の側には、自分の娘よりも若い女性が連れ添っている。
「はい、どうぞ」
 庭で夜風に当たりながら、ミクと一息ついていたところへ、ワインとチーズを持ってきてくれたのがその女性、ラリーサだ。
 もとバレリーナだったという彼女は、祖国で祖父と父親が政治的監視対象だった関係で、幼いときにほぼ亡命のような形で国を離れざるを得なかったという。ほっそりとした少女のような雰囲気があって、ある程度歳をとった今でもまるで妖精のように見えるが、その意志の強さは、祖国の政治的危機に際して、残された親族のために国に戻ろうとしたことからも明らかだった。それに、そういう人だからこそ、親子ほども年の離れた女性を、曾祖父の方も恋するようになったのだろう。元々は、ラリーサ曰わく「私が押しかけ女房」だというのだから。

「ラーラも一緒にどう?」
「ありがとう。でも、写譜を終えてしまいたいの。ふたりでごゆっくり」
 慎一がこのところまた新しい歌曲を書き始めたと聞いている。いつかオペラに仕上げるつもりだとも言っていたが、彼の歳を考えたら、これが最後の作品になるかも知れない。その話を聞いて、この間、ハンス・ガイテル氏が、初演を是非自分に任せて欲しいと言っていた。ミクがここに来てくれたおかげで、慎一もガイテル氏も以前よりずっと近い関係になれて幸運だったと言っている。
 作曲の清書はラリーサが買って出ている。何でもいいから慎一の役に立ちたいと彼女はいつも思っているのだ。

 その後ろ姿を見送りながら、ミクがほっと息をついた。
「本当に羨ましい。ラーラと慎一。あんな夫婦になれたらって思う」
「すごい年の差だし、誰が見ても親子だけれど」
「でも慎一は若いよね。とても八十代には見えない。まだオペラの指揮もしてるんでしょ。ハンスがね、すごい大先輩なんだけれど、友人のように感じるって」
「うん、だって、お祖母ちゃんが生まれたのは慎一じいちゃんが二十歳くらいの時だし、お祖母ちゃんは十九の時に父を産んでるんだもの。だから、慎一じいちゃんは、四十で孫を持ったわけ。だから、私の曾おじいちゃんといっても、おじいちゃんって歳だものね。それでも、さすがに去年から、ウィーンで毎年続けていたピアノコンサートは辞めたんだって。まだ教えてるけど」

「自慢のおじいちゃんだね。そして、そんな人に教えてもらえる学生は幸せだって思う。ハンスもね、まだどっちの方向に進もうか決めかねていた学生の時に、一度慎一がミュンヘンに呼ばれてやっていたオペラのサマースクールに行ったことがあったんだって。最初は、この人、ピアニストじゃないのかって疑問に思ってたそうなんだけれど、講義を受けているうちに彼のオペラへの愛情に感動しちゃって、それから彼が編曲したり作曲したいくつかの自作オペラを見て、自分も絶対オペラの演出家になろうって決めたんだって言ってた。今回、私がローマでの滞在先が慎一の家だって言ったら、大興奮しちゃって。こんな偶然、神さまからの贈り物だ、君の手術は間違いなく上手くいくって」

 それって根拠ないよね、とミクは少し不安そうに笑った後で、唇を引き結んで小さく頷いた。うん、きっと上手くいくと自分に強く言い聞かせているようでもあった。
 今日のミクはいつもよりずっと饒舌だと思った。もしかしたら、彼女の中で何かが少し、動いたのかも知れない。不安はあっても、そこから少しでも気持ちが前に向いたのだったら、そして父とあの仲間たちの歌がそのきっかけになったのだったら、本当に嬉しい。

「うん。お祖母ちゃんがね、いつも言ってた。おじいちゃんはいっぱい辛い想いをして、何回も挫折してきたんだって。自分の命に代えてもいいと思っていた大事な人を失って、指が動かなくなって、コンサートピアニストを断念して、荒れた生活を送っていたこともあったけど、でも、絶対に音楽から、そしてやっぱりピアノからも離れなかった。それは誓いでもあったんだって。だからきっとあの人はピアノの前か劇場で死ぬわよって。それを聞いて、ラーラが、じゃあ私が最期のその一瞬まで一緒にいるって決めたんだって」
 詩織はワインで頬を染めたミクの方へ少し身を乗り出した。
「ね、ミク、さっき、あんな夫婦になりたいって言ったでしょ。やっぱり、ミクには好きな人がいるのね。ね、どんな人?」

 ミクはちょっと躊躇ったようだったが、うん、とひとつ頷いて、携帯電話の中に隠し持っている一枚の写真を見せてくれた。そこには、上品な老婦人とミク、そして精悍でありながら、ちょっといたずら小僧のような雰囲気を残した若者が一緒に写っていた。ミクよりもずっと年下に見える。
「年下なの」
 詩織が何か聞く前に宣言してしまおうというようにミクは言った。

「私はずっと年上だから、彼の将来とか、釣り合いとか考えちゃって、それに彼の気持ちも分からないし、まだちゃんと告白もしていないし。それに、やっと主役の座を射止めた仕事も、ポリープのことでこの先どうなるか分からないし、色々考えちゃって。絵夢もメイコ、あ、メイコはこの人」
 ミクは写真の中の老婦人を指した。
「わたしの祖母。みんな励ましてくれるから、頑張ろうって思う半面、ひとりになると不安でどうしたらいいのか迷うこともいっぱいあって」

 ふたりで会話をするときは、日本語で話せるので、ふたりとも微妙な感情を言葉の端々に乗せることができて、初めて会ったときから不思議と壁は感じなかった。
「髪、切ったんだね」
 写真の中のミクは、長い髪をツインテールにしている。
 ミクの方が年上だが、詩織はミクに言われてから敬語を使わないようにしていた。そこに、この年下の青年への想いもあったのだと思うと、詩織は少し微笑ましく感じた。歳じゃなくて、私自身を見てという気持ちだ。

「うん。色んな思いがあって意地でも切るものかって思っていたけど、歌を辞めることになるかも知れないって思った時、これ以上何かを自分の中にため込んじゃダメだって、思いきって切っちゃった。それでも初めてこの街に来たときは本当に不安だった。お医者様の診察も、その説明を聞くのも。でも、絵夢のおかげで皆さんを紹介してもらって、今ではここがもうひとつの家みたいに感じる」
 詩織はそれを聞いて、ほっとした。自分たちが少しでもミクの役に立っていると分かることは嬉しかった。

「ポリープのことが分かってから、みんな、わたしのことを心配しすぎるくらい心配してくれて、音楽の話もね、もちろん『またいつか歌を聴かせて』って言ってくれるけれど、コンサートに行こうとか、直接音楽に触れるような機会を上手く避けてくれたりしていたような気がするの。それはそれで嬉しかったし、自分でもちょっと音楽のことを考えたくないって気持ちもあったり、一方でまた歌うために手術をするって決めたんだって気持ちを思い出したり、すごく複雑だった。慎一が今日のコンサートに誘ってくれた時も、どうして今なのかな、って思ったりして。でも、行って良かった。二つの意味で」
「二つ?」

「慎一がね、言ってくれたの。うちの孫はちゃんとした音楽教育を受けたわけじゃないし、クラシックの歌い手でもないし、若い頃には結構荒れていて、大事な人を失ったりしたこともあって苦しんで、歌えなくなったこともあって、だからこの仕事でやっていくかどうかも迷い続けていたと思うけれど、結婚を決めたとき、自分の歌ひとつで絶対に彼女を生涯食うのに困らないようにしてみせるって思ったそうだよ、って。だから、君に彼の歌を聴いて欲しいんだ。こんなふうに歌う人もいるんだってことを見て欲しいって」
「あ、それ、母から聞いたことがある。父が挨拶に行ったとき、母のお父さんが、そんな浮き草稼業で娘を幸せにできるのかって言ったんだって。ちなみに、うちの父と母、すごい遠い親戚なんだけれどね。そうしたら、父が、その浮き草稼業ひとつで生涯彼女に不自由させないようにしてみせるって約束したって」

 詩織はミクの言葉でまた、あの父の歌に込められた想いを理解した気がした。あの歌は、私とロレンツォの結婚を(仕方がないから)認めてやるってことだけじゃなくて、日本で待っている母への想いもあったんだ。
 意地でも、この道で生きていく、そして何があっても、自分の周りの人間を幸せにする。そんな単純な想い。

「ね、詩織は今まであんまり自分の恋の話はしてくれなかったよね。私も自分の話をあまりしなかったし。でも、今日色んな事が分かった。慎一がラーラを生涯の伴侶って決めたのも、歳の差とか、自分が音楽に傾ける情熱や時間を考えたら勇気が要ったと思うし、詩織のお父さんが詩織の恋を認めるのも、あの会場で、あれだけの人々の前で宣言したのも、あんな大きな家に大事な娘を嫁に出すなんて考えたらすごく勇気の要ることだったと思う。詩織も、自分がどこまでやれるんだろうって思ったら、今でもすごく不安なんだろうなって、だからあまり嬉しそうに人に話せないんだろうなって。おとぎ話のお姫様みたいに『いつまでも幸せに暮らしました』なんて、現実にはありえないものね」
「ミク……」
 自分が大変なときに、こんなふうに他人の感情に寄り添える、そんなミクだからこそ、将来を嘱望された歌手なのだと思った。歌は心を人に届けるものだから。
 詩織は、いつか、彼女が思いきり歌うのを聴いてみたいと思った。

「今日、詩織のお父さんの歌を聴いて思った。私もあんなふうに誰かを強く想って歌いたい。もしかして手術の結果が思うようなものでなくても、何があっても、音楽から離れないでいよう、その勇気は自分が自分の力で引き寄せるんだって。どんなに苦しくても、歌を手放さない。私には大事な人がいるから。躓くことがあっても大事な人を手放さない。私には支えてくれる音楽があるから」
 ミクが、省エネのために消えた携帯の画面をもう一度点灯させて、その大事な人たちを見つめた。詩織も一緒に、微笑んでカメラに向かう三人を見つめた。
 ミクは告白もしていないし気持ちも確かめ合っていないと言ったけれど、写真の中の三人はもうすっかり家族のようだった。ミク自身は気がついていないかも知れないけれど、ここには未来もちゃんと写り込んでいる。

「名前、何て言うの?」
「ジョゼ」
 答えてから、頬を染めたミクの短くなった髪に、風が優しく触れていった。
 苦しくても不安でも、手を放しちゃいけないものがある。ミクにも、私にも。あの時、父の歌を聴いて、嬉しさと共に、責任の重さや不安も一緒にわき上がってきて震えていた私の手を握ってくれたロレンツォの手を、私はもっとちゃんと握り返すべきだった。

「星が綺麗」
「うん」
 Hasta mi final
 ありきたりだけれど、詩織は星に誓った。
 あの手を生涯離さない。私がここにいるのは、ここに至るまでに積み重ねられてきた沢山の軌跡、そして奇跡の結果だから。
 詩織は、不思議な縁で出会い、それぞれの運命の輪を廻そうと確かめ合った新しい友人のことを、今日、もっと好きになった。
-- 続きを読む --

Category: 掌編~詩織・ロレンツォ~

tb 0 : cm 8   

【雑記・花とあれこれ】牡丹の季節と近況あれこれ 

牡丹91
一度書いた記事が、何かの拍子に消えちゃいました(>_<) あ~もうダメだ。でも久しぶりなので、書いておきたいから、ちょっと頑張って書いています。この不幸って、時々忘れた頃に降ってきますよね。ほんと、なんで学習しないんだろ。
先週末に須磨離宮公園に牡丹を見に行ってきました。うちの庭の牡丹が咲いていたので、行ってみたのですが、ピークはちょっと過ぎていました。今年はやっぱり花がみんな少しずつ早いですね。
牡丹5
それでも牡丹はやっぱりゴージャス。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」なわけですが、中国原産のこの花、日本の土壌には合わないらしくてなかなか根付かなくて、昔は稀少な花だったそうです。そこで、よく似ている芍薬の根っこに接ぎ木をしたら、なんと上手く育って、今では沢山の種類が作られて私たちの目を楽しませてくれるわけです。
牡丹4
でも、実は牡丹は「木」で、芍薬は「草」。冬になったら、芍薬は地上部分が枯れてしまって、翌年は地下の根っこから新しい芽が出てきます。一方、木である牡丹は、そのまま茎から新芽が出てきて花が咲きます。木なのに、草に接ぎ木されてるのかぁ。
接ぎ木と言えば、うちの庭の土壌ではアーモンドが上手く育たなくて、接ぎ木された元の根っこである桃のひこばえが伸びてきて、ちょっとしょんぼりです。今年、新たにアーモンドの苗を手に入れて再チャレンジ(いや、もう再々々チャレンジくらいなんだけれど)の予定。
牡丹3
牡丹の写真は、木全体を撮ったら、花がまばらなので、イマイチなんです。で、必然的に花のアップになるわけですが、こうして見たら、色だけじゃなくて花びらの数も形も本当に色々ですね。
牡丹1
この花なんて、おしべ軍団の中から、1枚花びらみたいなのが飛び出してるし。
芍薬と牡丹の違いというと、花の散り方も違います。牡丹は、ばーんと開ききってばさっと散っていく感じですが、芍薬は茶色くなるまでしがみついていますね。
牡丹2
それから葉っぱの形。牡丹はぎざぎざ感が強くて、芍薬は丸っこい感じです。それから、咲く季節。うちもまだ芍薬は蕾です。牡丹は4月、芍薬が咲くのはいつも5月になってからですね。
牡丹6
名前をいつも確認しているのですが、覚えていられない……でもこの白いのは紀子様のお名前がついていたような。
そうそう、手入れが悪いのに、いつも律儀に咲いてくれるうちの牡丹も載せておこうっと。うちのは太陽がどうのこうのというような名前だったような気がしますが……
うちの牡丹
うちの庭では、今は紫蘭とヒラドツツジがピークです。あ、モッコウバラも。
つつじ
このツツジはヒラドツツジではないのですが、一見サツキみたいだけれどツツジです。いや、正確に言うと、サツキもツツジなんですよね。ツツジの種類の中で、5月に咲くのがサツキというそうで。16年前に植えたときはものすごく大きな木だったのですが、だんだん小さくなってきました。木なんだから何年でも持ちそうに思っていましたが、やはり木としての寿命があるもんなのですね。百日紅は全然勢いが衰えませんけれど……(百日紅ってなかなか大きくならないらしいですが、ものすごい樹齢の木があるから、百年単位もちそう)
モッコウバラ黄2018
モッコウバラはトゲがないので、手入れがしやすいのはいいのですが、勢が強くて、切っても切ってもでかくなる……少し前から、白が勢いづいてきています。黄色は匂いがないのですが、白は匂いがあります。
モッコウバラ白2018
夜中に帰ってきて、車の扉を開けたら、ふわって闇の中に甘い香りがするのが何とも言えません。
さて、消しちゃったところまであと一歩。BGMは最近、この人のベートーヴェンが気に入っちゃって聴いているクラウディオ・アラウの『熱情』……いや、やっぱり熱情がなくちゃ、書き直しってできないですよね。

このところ、何だか同じように仕事をしていても、エネルギーの使い方が半端なくて、すごく消耗することが多くなっています。
それで、家に帰ったら疲れ果ててるし、休みになると、ちょっとした予定をこなすのに精一杯で、週末も結構な回数で仕事があるし、かといって平日に代休はないし、そうこうしていたら家の掃除ができていなくて、今年のGWは毎年恒例の青森行きを諦めました。で、庭掃除・手入れと家の掃除です。といいつつ、GW前半は、ピアノと三味線のお稽古に行って、昨日は健康維持のために山歩き、そして今日は朝から片付けたり洗濯したり。なんだ、あっという間に前半戦終了になっちゃいました。
六甲縦走路
六甲縦走路の某所に400段以上もある階段があるのですが、2年前は休憩2回くらいで登れたのに、昨日登ったら5回は休まないと登れなかったので、えらいこっちゃと思いました。この階段、傾斜がけっこうあって、後ろを振り返るのは怖いし、ちょっと風が吹いたら飛ばされそうになるので、前傾姿勢で登らないと危険な感じです。
この先に、縦走路の難所『馬の背』があるのですが、今回は階段登り切ったら、途中で海の方へ降りてみました。が! なんじゃこれ、な結構な坂道で(そういやすごく上ったわ)、下ると言うよりも滑るみたいな場所まであるし、足元は枯れ葉で危ないし、どきどきものでした。以前からよく山の中を歩き回っていたのですが、何度か滑ったり落っこちたりして、右足の腱を痛めて半年くらい普通に歩けないこともあったりして、冬になるとじっとしてても痛むこともあるので、もうこれ以上怪我をするわけにはいかないと……
で、なんでまた山に登ってるかというと、今年の夏にアメリカのグランドサークルに行ってみようかとしていて。でも、結構体力が要りそうだし、場所が場所だけに選択肢はツアーしかなさそうだし、足腰鍛えておこうと。
敦盛最期屏風
山を下りたら、近くに須磨寺があるので、寄ってみました。
そう言えば、学生の頃、平家物語には随分嵌まりましたし、視聴率はワーストを競っていたらしい大河ドラマの『平清盛』でも結構萌えて見ていましたが(個人的には良いドラマだったと思うのですよね。そろそろ視聴率で善し悪しを云々するのは止めたらいいのに)、こちらのお寺に行くのは初めて。GWということで、あれこれ公開されていて、ちょっとお得でした。
こちらは、1年に1度出されるという、平家物語の屏風。敦盛最期の場面で、熊谷直実が落ち延びようとする敦盛を呼び止めるところ。何度も読み聴きした話ですが、改めて副住職さんの語りで聴くと泣けてきました。
敦盛最期・庭
お寺の庭には、この立体場面が再現されています。
おばちゃんの集団の会話。「いや、美少年やのに、17歳やって~」「かわいそう~」……
首洗いの池
敦盛の首を洗ったという池と、首改めの際に義経が座っていたという松の木。
宝物館(といってもタダなのですが)では、敦盛が吹いていたという笛「青葉の笛」を見ることができます。
この宝物館の横に、石の人形館というのがあって、こんなふうに石を使った色々な場面が作られています。分かりやすいので、百人一首の歌人たち。
石で百人一首
平家物語の場面も色々あって、その中でちょっと面白いのがこの一ノ谷の場面。
前に立ったら、どどど~って馬が駆け下りてくるんです。
一ノ谷
そう言えば、以前、平家物語の語りがかっこよくて、三味線じゃなくて琵琶を習おうかと思っていた事があったなぁ。記憶力に自信がなくて、断念しましたが。

にゃんすきー
ブログのお話。
GW中に2つ、お話をアップ予定。
ひとつはサキさんの30000Hitリクエスト用のお話。サキさんがお話を書いてくださるのですが、その前に私が、以前からお約束していたミクin Romaを書くよって宣言しちゃったので、書く書く詐欺にならないように頑張っております。書きかけてはしっくりこなくて却下していたのは、誰視点にするか迷っていたからなのですが……この陣営の中では(うちだけ時間軸がズレてるのですが、気にしない)慎一はもうじいちゃんだし、ロレンツォは堅物過ぎるし、二代目真ははちゃめちゃな頑固オヤジだし……結局、詩織に再登場してもらうことにしました。それでちょっとしっくりきたかな。
もうひとつは、夕さんの12ヶ月シリーズのリクエスト(私がゲットした6月)への果たし状、じゃなくて、コラボお願いキャラの紹介物語(いや、1回きりの登場かもしれないけれど)です。テーマは夏至。
実は今年、夏至に某所の巨石に上る太陽を見に行こうともくろんでいるのです。え? まさか、ストーンヘンジではありませんよ。さすがにそこまでは行けませんが、なにしろ夏至と言えば巨石ファンの正月ですから、今の職場の勤続20年のご褒美・3日間の特別休暇(連続して取れ命令)をもぎ取って行く予定。実は、昨日まで、刑務所から逃げたという囚人が潜んでいたと言われている島なので、ドキドキしていましたが、本州に泳いで渡っていたとかなんとか。

そして、そろそろ、『海に落ちる雨』の続編を地味にアップしていこうかなと計画中でもあります。
いや、先に家を掃除しろ、という声が……(@_@)
上の猫の版画は、最近手に入れた、フジ子・ヘミング女史の『ニャンスキー』。ピアノが上達しますようにと、ピアノの上に飾りました。そんな私は、最近やっと少しショパンのノクターン20番がちょびっと形になってきました。いえ、もちろん「ちょびっと」ですよ。

Category: ガーデニング・花

tb 0 : cm 10