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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雪原の星月夜-5-】 第2章 霧の港(1) 喪失 

【雪原の星月夜】5回目です。
『霧の港』というのは竹流の店で会員制のバーです。多分各ブースでは世の中が動くような秘密の会話が交わされていることでしょう。真は大東組の若頭・新庄に呼び出されて銀座にあるこの店に向かっているのですが、まだかなり時間が早いので、少し寄り道をしてしまったようです。寄り道をしたのは竹流の元恋人(のひとり)室井涼子のブティックです。
ちらりと予告していましたが、真は今、彼女と微妙な関係なのです。

相変わらず、まだあの人は出てきませんね……でも新宿から銀座に来たので、少し近づいたかしら。彼は今、築地?
本当は1回休憩して息子のお話にするつもりだったのですが、ちょっと事情があってこのまま第2章に入りました。事情というのは、やっぱり【死と乙女】の後半をアップしてからのほうがいいなぁと思ったので。

ところで、プチ予告です。
しばらくキリ番リクエストをしておりませんでしたが、60000Hitでは久しぶりにしようと思っています。
近づいたらまた記事として募集させて頂きますが、今回の趣向は「うちのオリキャラ(もしくは大海)があなたのオリキャラ(もしくはご自身)を巨石への旅にご案内します」です。ただし、エスコート役をネコや某寺の物の怪にしたら、迷子になったりして、たどり着けないかも?
相変わらず辺境中の辺境で、うちのペースだと、60000Hitになるのはまだ随分先になりそうですので、もう少しお待ちくださいませ(*^_^*)

【真シリーズについて】
【雪原の星月夜】の登場人物紹介はこちら→【雪原の星月夜】(真シリーズ)登場人物紹介
万が一、前作【海に落ちる雨】に挑戦したいと考えてくださる方は→左のカラム・カテゴリから選択してくださいね。
【海に落ちる雨】部分読みも可能
【海に落ちる雨】始章:竹流と真の生い立ち
【海に落ちる雨-52-】第9章 若葉のころ:真の中学生の頃。
【海に落ちる雨-59-】第11章 再び、若葉のころ:真が高校生の頃。
『若葉のころ』には真の学生時代が登場、今回の物語で登場する母校の院長(校長)先生や灯妙寺も少し登場。



【雪原の星月夜・第1節】 第2章 霧の港
(1) 喪失
 

 その日は案の定、夕方まで来客もなく、真は宝田を早めに休ませて、七時には事務所を出た。大東組の新圧に指定された時間までには、まだ少し間があった。

 銀座に出るのは久しぶりだった。
 クリスマスが近いためか、街は夜となってますます煌びやかに見える。どの店もまだ閉店の札を出しておらず、明りの灯った店内では客が買物を楽しんでいる。その華やかな空気にもかかわらず、真には全てが冷えて固まった絵のように思えた。透明な氷に閉じ込められた向こうにある世界は、光を内側に包み込んだまま、真が手を伸ばしても届かないものに映る。

 その一軒の前で真は足を止めた。銀座では小さいながら、上品でセンスのよい服をデザインして売るという店は、夜の世界の女性が、ファッションの相談も含めて愛用している店だった。店の明りはその女性たちのために夜中近くまで灯されていた。髪をアップにまとめ、その一部を肩に垂らした上品な立ち姿の女性が、いかにもどこかの店のママと思われる和服姿の女性と話していた。

 一瞬、店の女性の目が真のほうに向けられ、それから少し驚いたような顔になった。真は会釈も微笑みもせず、ただ目だけで合図を送ったような形になった。
 もしも同業者が真の素行を調べたら、あっさりと不貞行為が調査報告書に並べられることだろう。もしも舞が、夫の浮気に対して何か事を起こそうと思えば、それは簡単なことのはずだった。

「ここ、久しぶりね」
 半時間ほどで接客を終えた室井涼子が、以前待ち合わせに使ったこともあるプチホテルの一室を訪ねてきた。涼子はドア口でコートを脱ぎながら言った。
「あなた、銀座では会いたくないって言ってたのに」
 そんなことを言っただろうかと思いながら、真はそのまま涼子を抱きしめた。それともそう言っていたのは涼子のほうだったのかもしれない。涼子は真に抱かれたまま、その冷たい頬を真にくっつけて、少し驚いたように離れた。
「あなたのほうが冷たい」

 真は十歳ほども年上の女の、歳を経ても変わらない美しい顔を見つめた。
 涼子は、真が中学生の頃に初めて会ったときから、変わっていないように見えた。もちろん、その肌はとっくに若い女のものでなかったし、近くで見れば目元にも明らかに皺がある。それでもそんなものは涼子のマイナスにはなっていないように思えた。

 涼子とは月に一度ばかり会う。いつの間にか、どちらも何も言わないのに、月の始めになると、どちらかからほとんど無言に近い電話を仕事場に掛ける。それだけで十分だった。始めの数度だけ銀座で会ったが、それはお互いにあまり好ましい場所ではなかったため、近頃は涼子の車で少し遠くまで出かけることが多かった。
 このプチホテルの部屋は二人ともが何となく気に入っていた。部屋は狭く、アールデコ調の鏡と机が置かれていて、小振りのダブルベッドもアンティークなつくりだった。天井も高くないため、まるで包み込まれているような気持ちになる。窓のカーテンを開けたことはないが、カーテンは柔らかく淡いブラウンで、時々外の音の気配が伝わるのか、視界の隅で揺れていた。

「怒ってるんじゃないかって思ってたの」
 ベッドに一緒に座ると、涼子が真の顔を見て言った。
「どうして」
「この間、あなたを傷つけたから」
 しばらく真は何を言われているのか分からなかった。涼子のピアスの透明な光に惹かれるように、その耳に口づける。涼子の香水を嗅いだとき、二週間ほど前に会ったときのやり取りを思い出した。

「子どものこと?」
 涼子は頷いた。
「知らなかったの。あなた、何も言わないし、あなたとは月に一度会うだけで、他に接点もなかったし」
 真は涼子の肩を抱いていた手を離し、ベッドに深く座りなおした。
「怒るようなことじゃないよ」
「でも私が無神経だったのは確かだわ」

 仕事中の涼子が、真と視線が合っただけでここにやって来た理由がやっとわかった。いつもの涼子なら、真が自分の生活や仕事に差し障ることを許容しない雰囲気があったし、逆に真のプライベートにも踏みこむことはなかった。
 真はこのホテルに入ったとき、涼子が来るかどうか、むしろ来ないだろうとさえ思っていた。
「無神経だったのは俺のほうだ」
「それにあれは、何となくその時の気分で言っちゃっただけだから、もう忘れて」

 しばらくの間、二人とも黙り込んだ。もともと抱き合おうと思って涼子の店の前を通ったわけではなかったし、涼子のほうもすぐに店に戻るつもりのようだ。コートを脱いだだけで、上着を脱ぐ気配はなかった。
「誰から聞いたんだ」
「この間久しぶりに葉子ちゃんに会ったの。それで」

 真は何故か涼子にあの事を吐き出してしまいたい気持ちになった。腹の奥に隠してある何かを出し切ってしまうことはもちろんできない。だが僅かだけ、ここで涼子に打ち明けてもどれほどの罪になるというのだろうか。
 だが、真は決してそんなことはできない自分という人間を嫌と言うほど知っていた。
「あれは俺が悪かったんだ。それに、人に話すようなことでもないと思っていたし。気にさせてごめん」

 涼子は真の顔を見ないまま、少し笑ったようだった。哀しい、というよりは感情のない静かな笑いだった。
 女の表情には、表面からは全くわからない理由が潜んでいる事がある。真はそれを涼子から、竹流の恋人の一人として彼のマンションで初めて会ったときから今この瞬間に至るまで、教えられてきたのだ。

「どうしてあなたが謝るの。それに、私もあんなこと言うべきじゃなかった。単にセックスが気持ちよかったからそんな気分になったりしたのかもしれない。少し酔ってたし。でも何だか変よね。今まで愛していると思っていた男と寝て、確かにそういうことは頭を掠めなかったといえば嘘になるけど、一度もそんな気持ちになったことはなかった。つまり、ちょっと歳を取ってセンチメンタルになりやすくなってるだけなの。こういうことってタイムリミットがあるじゃない。それで何だか最近落ち着かなくなったり、一人で泣いてしまったり、更年期には早いけど、そういうのに近いのかもしれないわ。誤解しないでね。あなたを愛しているわけじゃないし、負担をかけるつもりもないの。あなたが嫌なら、いつでも、こういうことをやめてもいいんだし」

 真は返事をせずに手を組み、額をつけた。
 涼子は、真に対してやはり少し大人の女でいようとする。もちろん、涼子が真を愛していないというのは本当だろう。今でも涼子は、真の以前の同居人を愛している、その気配はいつでも、ベッドの中ででも伝わってきていた。
「別れるつもりはないよ。あなたのほうが嫌になったら身を引く」

 涼子はこういうものの言い方が嫌いだと言ったことがあった。物事の決定権を女に譲っているのは優しさだと誤解しているような言い方、悪者になりたくなくて自分からは別れないという男の厭らしさ、それが時々涼子の気に障るのだろうが、これまでもあまり幸福とは言いがたい、つまり未来を描けない恋しかしていない彼女は、それを自分の非だとわかっているだけに、たまらない気持ちになることがあるのだろう。

「あと一年もしたら私も四十になるの。きっとこれからも時々あんなふうに、セックスをしているときに子どもが欲しいって言い出すかも、それどころか、もしかしたら安全日だって嘘をつくかもしれない。そうしたらあなたは重荷に感じることになるわ。早くこういうタチの悪い年増女とは別れたほうがいいと思わないの」
 真はただ首を横に振った。

 真は涼子に対して後ろめたさを覚えていた。あの日、竹流と一緒にローマに発つ前日、涼子に何も告げずに東京を離れたことに対して、あるいはもっと根本的なことで、涼子の竹流への深くて苦しい想いを知りながら、その男を奪っていってしまったことに対してなのかもしれない。
 だが、涼子と別れられないのは、後ろめたさだけが理由ではなかった。今でも、涼子は真には手の届かない憧れの女性であり、ベッドの中でもこれほどに懸命に愛したいと願う相手はいなかった。ただ、心がついていっていないだけなのだ。そして真の全ての感情や想いを、涼子が何もかも感じとって知っているということを、語り合わなくても真にはわかっているような気がしていた。

「あなたの車が、今でも時々、マンションの駐車場に停まっている。朝まで」
 真はようやく顔を上げて涼子を見つめた。涼子の声は奇妙なほど優しくて綺麗だったが、顔には表情がなかった。
「それなのにあなたが私と寝るのは、私が可哀想だからなのよね。私も、あなたと別れたいのに、自分が可哀想で、それに身体を温めてくれる人が欲しくて、あなたに甘えてしまう。あなたは私が傷つけるようなことを言っても、黙って受け入れようとする。奥さんが流産したことは私に話すようなことじゃないんでしょうけど、あなたは顔色も変えず、何も不幸など感じていないような顔で同じようなペースで私と会う。私が子どもが欲しいって言ったとき、あなたは責めもせず、慌てる様子もなく、真剣に考えているような顔をした。葉子ちゃんは、あなたが子どもが生まれてくるのを待ち望んでいたって言ってたわ。何も言わないけど、葉子ちゃんの家に行って、姪っ子の寝顔を幸せそうな顔で見ていて、享志くんが聞いたら、女の子がいいって答えたって、あなたがそんなことを言うなんてちょっと驚いたって話していた」

 真はいきなり力任せに涼子を抱き寄せた。涼子は息を止め、しばらく固まっていた。それから急に腕の中で力を抜き、小さな声でごめんなさい、と言った。
 上手く涼子に伝えることはできない。あの日、涼子は安全日だと言っていた。それはただセックスの前に避妊具をつけなくてもいいという、いつものメッセージに過ぎないと思ってベッドに入った。もちろん避妊具を介して触れ合うよりもよかったし、涼子も直接真を受け入れるほうがずっと感じていることは、涼子に埋めた部分からいつでも確かに伝わってきていた。
 あの日、昂ぶりが最大限に達しそうになっている真の耳元で子どもが欲しいわと涼子が囁いたとき、真は実は驚きもしなかった。ただ一瞬だけ動きを止め、真にとっては誰よりも官能的で憧れ止まない女性の目を見つめ、激しくこの女を求め、そのまま涼子の中に自分自身を吐き出し、その後もずっと彼女の中に深く身体を沈めていた。

 結婚した当初、飲み屋かどこかで、子どもを作るにはこれまでのような中途半端な覚悟ではいけない、真剣にセックスをしないと駄目だ、射精した後も動かずに最後の一滴までも女に吸い尽くしてもらうようにするんだぞ、と子作りの秘訣を、子どもが七人いるという酔ったオヤジから説教を受けたことがあった。
 舞と抱き合っていたときにはそんなことを真剣に考えたことはなかったが、あの時涼子を抱きしめたまま離したくないと思い、ふとそのオヤジの言葉を思い出していた。

 子どもを失ったことが真の感情に影響していなかったのかどうか、それは今でもよくわからない。涼子に対する憐れみなのか、ただ生物の雄の本能として子孫をできるだけ沢山残そうというホルモンが働いただけだったのか。
「ちょっと情緒不安定なの。精神科にでも行ったほうがいいみたい」
 そう言うと、涼子はお店に戻らなくちゃ、と言って立ち上がった。

 出て行きかけて涼子は不意に立ち止まった。そしてやはり感情の読み取れない表情のままで振り返り、真の顔を見た。
「今でも会って、朝まで一緒にいるのは何故? 奥さんを裏切るのがわかっていて、どうして結婚なんかしたの?」
 真は答えなかった。答えるための言葉も、自分が本当は何をどのように感じているのかについての確かな心の内の声も、自分自身の中に用意されていなかった。
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Category: ☆雪原の星月夜 第1節

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