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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雪原の星月夜-6-】 第2章 霧の港(2) 胎動 

【雪原の星月夜】6回目です。
しばらく放置していて済みません。アメリカの旅から帰ってきたら、怒濤の毎日でした。仕事の方で仕上げなければならない原稿、親に頼まれていたチラシ作り、と思ったら、日常業務に潜む爆弾が炸裂し、ついでにまた風邪をひいてしまい、なかなかあれこれうまく回りませんでした。ようやく大物を片付けたので、それなりに普通に忙しいけれど、大波は来ない日常に戻りました。

というわけで、久しぶりに戻ってきました。
物語はまだまだ序盤ですので、それほどの事件も起こっていません。
このお話、二つのことが同時に起こっているのですね。私の話にありがちな、多重構造です。ひとつはマコトの、じゃない、真の実父と同姓同名の男が行旅死亡人(身元がはっきりと分からない死亡人)となっていること、もうひとつは、神路月(昴)という女性童話作家の失踪です。しかも彼女の失踪の背景には暴力団絡みのきな臭い話も絡みついているようです。

今回は、こうした物語によくある「展開上だいじな情報は含まれているけれど、あんまり面白くない回」ってやつですね。もっとも、舞台があの人のお店というのは、ちょっと楽しいかな。あの人はまだ出てこないのに。それでは、どうぞ。

【真シリーズについて】
【雪原の星月夜】の登場人物紹介はこちら→【雪原の星月夜】(真シリーズ)登場人物紹介
万が一、前作【海に落ちる雨】に挑戦したいと考えてくださる方は→左のカラム・カテゴリから選択してくださいね。
【海に落ちる雨】部分読みも可能
【海に落ちる雨】始章:竹流と真の生い立ち
【海に落ちる雨-52-】第9章 若葉のころ:真の中学生の頃。
【海に落ちる雨-59-】第11章 再び、若葉のころ:真が高校生の頃。
『若葉のころ』には真の学生時代が登場、今回の物語で登場する母校の院長(校長)先生や灯妙寺も少し登場。



【雪原の星月夜・第1節】 第2章 霧の港
(2) 胎動
 

 ギャラリー『星の林』はまだ柔らかな灯りに包まれていた。二階のアトリエにも明りが灯っている。
 同じビルの四階には『かまわぬ』という和名のカジュアルなトラットリア、最上階にはバー『月の船』を併設した上品なリストランテがあり、その名前は『イル マーレ ディ フィルマメント』、天空の海という意味だった。トラットリアの内装はまるでヴェネツィアの運河の迷路を行くような気分にさせ、リストランテのほうは遥か宇宙を仰ぐアドリア海の波の上を漂うようだと言われていた。

 二号店を出さないかというオファーをこれまで頑固に断り続けてきた竹流が、新宿に建設予定の高層ビルの最上階への出店にいくらか興味を示しているというのも、怪我をしてからこそだろう。右手の怪我さえなければ、レストランはあくまでも竹流の道楽に過ぎなかったのだから、ディーラーや修復師としての仕事以外に、それほど入り込む必要はなかったのだ。

 真の以前の同居人、大和竹流は右手を怪我して以来、これまで以上に熱心に助手の若者に修復作業を教えていて、それ以外にも幾人かの希望者を雇うようになった。神の手と言われた手を失ってしまうことは竹流の計算にはなかっただろうし、リハビリのお蔭でそこそこの仕事はこなせるようになっているにも拘らず、竹流は美術品を傷つけることを恐れているのか、めったなことでは自分では手を出さなくなった。

 古くからいる修復助手は勉強熱心な地味な雰囲気の若者で、もともと音大の声楽の学生だったようだが、オペラの勉強をしている時に、たまたま竹流が企画した舞台芸術の作品展を見に来て、この世界に興味を持ったようだった。その時誘われてアトリエにやって来て、例の如く寝食忘れて作業に没頭している修復師の横顔にほれ込んだのだという。

 真はギャラリー脇のエレベーターの押しボタンの横にあるインターホンで、三階の会員制バー『イル ポルト ネッラ ネッビア』を呼び出した。そうしなければ、エレベーターはその階には停まってくれないようになっているし、他人と顔を合わせたくない客はこのエレベーターを使わない。
 そのバーにはほとんど足を踏み入れたことがない。犯罪には関わっていないとは思うが、ぎりぎりの取引が交わされていることは間違いがないのだろうし、だからこそ竹流は真にその場所をあまり見せようとはしなかったのかもしれない。

 その店の空気に漂う上品な葉巻やアルコールの香り、密やかに交わされている会話、全てが上手くブースごとに区切られ、他の客の顔は見なくても済むようになっている。エレベーターの扉が開いた途端に紫煙の香りを軽く吸い込んで、真は店内に足を踏み入れた。

 約束の十時にはまだ間があったが、待ち合わせの相手は既にブースのソファに座っていた。だが大東組の三代目でも新圧龍和でもない。ヤクザにも見えないし、かといって普通のサラリーマンにも見えない。真より背は高いが、痩せ気味で、髪の毛はやや長く耳にピアスをしていた。
 男は真を見ると慌てたように立ち上がった。会釈を交わし、真が新圧さんはと尋ねると、男は明らかに困っているのだという顔になった。

「のっぴきならない事情で来れないというので、私が代わりに来ました」
 男は名刺を差し出した。企画会社ウィル、その下に取締役、諏訪礼嗣と名前が記されている。
「まぁ、音楽家とか作家の代理人というか、マネージャーのような仕事を請け負う会社でして。いわゆる芸能人ではないんですが」
 大東組の企業舎弟ということかもしれない。
 諏訪の言うままに、真は向かいのソファに腰を落ち着けた。

「新圧さんは私があなたに説明するのに適任だと言うんですがね、私もよくは知らないのです。本来なら池内が来るべきなんですが」
「池内、というのは」
「池内さとしって男です。大東の組員で」
「大東の組員?」
 池内さとし。池内。
 真は改めて諏訪の顔を見た。

「さとし、というのは暁、という字ですか」
 諏訪は怪訝そうに真を見て、頷いた。
 これまで理解していた固有名詞に付加された、思いもよらぬ肩書きに、真はしばらく混乱していた。出版社の発行責任者ではないのか。しかも、何の因果関係もないはずのこの場で、いきなりもう一度その名前とぶつかるというのは、どういう廻り合せなのか。
 偶然の同姓同名でないのなら、事務所に送られてきた神路月の本と、新圧の電話は同じ出所だった可能性があるということだ。

「一体どういうことでしょうか。池内暁さんというのは、私の事務所に本を送った人の名前ですが」
「本ですか? それは聞いてませんね。神路月の本でしたか?」
 真は諏訪の顔を見たまま頷いた。諏訪の返事から、同姓同名の線は消えた。つまり、同一人物の話をしているのだ。
 諏訪はソファに凭れ、煙草に火をつけた。指には左右とも複数の指輪が光っている。手を見る限り、かなり若い男のようだったが、この照明の下では年齢を言い当てるのは難しい。

「そうですか」諏訪は少し間を取って、煙草に火をつけた。「神路月というのはうちの会社が代理人を務めてましてね、ちょっと変わった女でして、いや、見かけは別に変わっちゃいないんですけどね、そこそこ美人だし、作家というよりモデルみたいな体型してますしね」
「変わっているというのは」

「一時、精神科の病院に入院していたことがあるんですよ。いや、入院していたのは家族の誰かだったかな。ま、でも、怪我で入院していた時も錯乱気味だったから、精神病絡みと言えなくもないか」
 後半は独り言のようになりながら、諏訪はそんなことはどうでもいいというように首を横に振り、あとは淡々と続ける。
「ちょっとぼーっとしたところのある女でして、時々わけのわからないことを言いだしたりしてね。いや、別に頭が悪いってわけじゃありませんよ。まぁ、大袈裟でもなんでもなく、一部の女子高生のカリスマってのが分かるというのか、ちょっと宗教的な、巫女的なムードのある女なんですよ」

 真はしばらく諏訪が煙草を吹かすのを見守っていた。
 沈黙の時間の中に、空気が音を立てるとしたらこんなふうなのかと思われるように、微かに、人の声の震えのようなものが漂っている。
 密やかなざわめきというのは、耳にも身体にも心地よく、決して焦らせたり追い込んだりしない気配を漂わせている。竹流がこの空間に何を求めているかは、はっきりしているような気がした。

「新圧さんは、人の命が関わるかもしれないので、急いでいるようなことを仰っていましたが」
「そうなんですか? いや、それを言うなら新圧さんや池内の方が余程危ないでしょう。ご存知かと思いますが、真厳会と寛和会は今、一触即発ですからね。大東組は真厳会でも中立で、見ようによっては寛和会寄りだとも揶揄されてますからねぇ、下手すると内外から命を狙われる立場ってわけですよ。神路月がどうあれ、それどころじゃないはずなんですけどね」
「その神路月という人に何かあったということでしょうか」

 諏訪は真を真正面から見た。このことには興味もないのに巻き込まれたという迷惑そうな顔、それでいて会社の看板の一枚である作家の動向は多少は興味もあるという顔、あるいは親会社でもある大東組の惨事が降りかかるのは困るというような顔、複雑で曖昧な表情だった。
「神路月は数か月前から行方不明なんですよ」
 真はしばらく言葉を吟味していた。
「でも、それが何故、新圧さんや池内という人に関わりが?」

「神路月は池内の女ですわ。池内は新圧さんの懐刀ですから、まぁ、新圧さんにしたら、可愛い弟分が困っている時に放っておけないという気持ちなんでしょうかね。けど、月のほうは、ヤクザの男から逃げ出しただけなんじゃないですか」
 大東組は組長からしてかなりウェットな部分を持っているのは確かだ。だが、そうだからといって損得勘定を全く抜きにして、素人の女の行く末に懸命になったりするものだろうか。しかも、寛和会と真厳会が戦争を始めるかもしれない真っ最中に。
 だいたい新庄が、弟分の恋路を心配してやるような、そんなお優しい男だとは思えない。

「まぁとにかく、私があなたに説明しなければならないのは、神路月を捜して欲しいということなんでしょうね。どっちにしろ私は詳しいことは何も知らないんですよ。月のマネージャーに継ぎをつければ、私の仕事はおしまいってことで」
 諏訪は他人事のように言い放つと、ちらりと時計を見た。装飾の宝石が、薄暗い柔らかな照明の下でも、見せ付けるように四方へ光を放った。
「あの、新圧さんは何かまずいことに……」
 真が言いかけると、諏訪は身を乗り出してきた。

「とにかくね、うちも困るんですよ。確かにうちは大東さんの企業舎弟としてスタートしてるんですけどね、そろそろ何て言うのか、綺麗になりたいってのか。いや、とにかく月のマネージャーがもう直ぐ来るはずなんで、彼女に聞いてください。これで私も義理を果たしたってことになりますし」
 用意されている水割りのセットには、諏訪は手を出さなかった。この店は頼まない限りは誰も近付いてこない。恐らく真が来る前に、諏訪のほうで接客は不要である旨を告げているのだろう。周りに幾つもブースがあり、人がかなりいるはずだろうに、全く気配を感じない。

 落ち着かない諏訪の様子から見ても、ウィルという大東組の企業舎弟がヤクザとの繋がりを清算したいと思っているのは確かのようだった。もちろん、ヤクザが上がりを請求できる舎弟を簡単に手放すわけがないから、今大東組が巻き込まれている不測の事態は、この会社にとっては願っても無い出来事かもしれない。

 だが、諏訪の期待を裏切り、月のマネージャーという女性はなかなかやってこなかった。
「十時には来るように言ったんですけどね」
 諏訪は結局、水割りを自ら作り始め、真にも勧めてきた。真は礼を言って、少しだけ口をつけた。
「いい店ですね。うちが今度プロデュースするヴァイオリニストがいるんですが、この店のファンでしてね。何でもここのオーナーをお目当てにしょっちゅう通ってるとかで。本人は店の料理に惚れ込んでるんだって言いますけどね」
「ヴァイオリニストのプロデュースまでなさるんですか」
「これからはね、クラシックといえどもルックスと売り方ですよ。腕前なんてのは、そこそこ以上であれば十分」

 真は落ち着かない気分をどう始末すればいいのか、足が上手く地に着いていない感覚を覚えていた。だが真以上に、諏訪は落ち着かない顔をしている。水割りを一気に飲み干すと、手持ち無沙汰にもう一杯作り始めた。
 だが結局一時間以上待っても、神路月のマネージャーという女性は現れなかった。諏訪はまた連絡すると言い残して去っていった。誰かと待ち合わせでもあるのか、時計を気にし続けていた。
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Category: ☆雪原の星月夜 第1節

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