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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

☂[17] 第2章 同居人の入院(4)(改)(美男美女) 

 真が長く傍にいれば、弱音を吐いてしまいそうになって、それが嫌なのかもしれない。
 看護師が出てくるのを待ちながら、真は閉まったままの扉を睨み付けていた。

 いつものことだが、竹流は真に弱みを見せることなど決してない。苦しい時は、一人でやり過ごそうとする。
 年齢差を考えても、真が竹流の苦しみや悩みの吐き出し口になることはできないのかもしれないが、怪我や病気で弱っているときくらいいいじゃないかと思うと、なんだか自分が頼りなくて情けない気分になってきた。
 ふと、手を握りしめて、真は目を閉じた。
 あるいは、苦しみを吐き出すときに、暴力に頼ってしまうかもしれないことを、恐れているのかもしれない。

 看護師が出て来たので、医者と話せないかと聞いた。少し待ってくださいと言われて、ナースステーションの脇で待っていると、眼鏡をかけた若い医者が中から呼びかけてきた。

 入院したのは十日ほど前のことだという。山梨との県境に近い山道でトラックに轢かれそうになり、そこから救急車が呼ばれた。トラックの運転手は、道路脇の崖から滑り落ちてきたと言ったそうだ。一旦近くの病院で応急処置が取られ、そのままここに搬送されてきた。三日間は完全に意識がなく、その後一週間は半分朦朧状態だったが、この数日で意識はしっかりしてきたという。まだ時々熱がぶり返すが、それでも随分ましになったという話だった。
 出血多量の元は左の鎖骨下動脈の枝を傷つけられていたからで、部位からしてもどうしようもなさそうなものを、何とか止血しようと堅い石を裂かれたシャツか何かで巻いて、血管を圧迫しようとしてあったという。本人にできることではないというからには、誰かと一緒だったのだろう。

 若い医者は何とか言葉を選ぼうとしていたが、結局諦めて素直に表現した。
 まるでいたぶられたような、と。
 致命傷となり損なった傷以外は殺すことが目的とは思えない、上手く急所を外れたものばかりで、動けないようにされた上に暴行を受けたとしか考えられないという。
 病院が警察を呼んだのはそのためだった。ただ、所轄の警察から本庁に担当が移っていた事情については、しかも捜査一課の女刑事が出て来た事情は、医師は何も知らないようだった。
 その上、この目立つ男の身元についてはそれほど苦もなく確認できたはずにも拘らず、真のところに連絡が来たのが一週間以上も経ってからだという事情についても、医師は関与していないふうだった。

「右手は、どうしたんですか」
 若い医者は、淡々と状況を説明するモードに入っていた。
「ナイフか何か、鋭利なもので抉られたんでしょう。神経を痛めているらしく、指先の感覚はあまりはっきりしないようです」

 真は一瞬、自分の視界から何もかもが消えたような錯覚に襲われた。頭の血管から血の気が引き血圧が保てなくなる瞬間の、白い視界だった。
 倒れるまいと意識を集中していると、頭に血液が戻ってくるのが分かる。意識していなければ、明らかに倒れていた。

「それは」
 乾いた喉から、ひきつったような声が出た。
「動くようになるかどうか、わかりません」
 真は思わず医者から視線を外した。
 誰も見ていなければ、突然襲ってきた吐き気を隠せないところだった。
「背中の、火傷というのは?」
 あの右手の湿った重さを思い出すと、息を継がなければ短い言葉さえ話せなかった。
「あれも結構酷いものですね。でももう三年ばかり前の火傷だって聞きましたけどね。住んでいた所が火事になったとか」

 医者の話が終わってナースステーション脇の面談室を出たところで、手が冷たくなって震えていることに気が付いた。人に見られたくないと思って病棟から離れ、喫煙コーナーを探して煙草に火をつけたときも、まだ手は震えていた。
 それでも一本吸い終わると、何とか電話をすることだけは思いついた。

 事務所には美和がまだ大学に行かずに残っていて、真は彼女の元気な声に救われたような気分になった。
「大家さんが怪我? それであの刑事さん、電話してきたの?」
「あぁ。とにかく今日は病院にいるよ」
「うん、わかった」
 何を察したのか、美和の声が心配そうに変わった。
「先生、大丈夫?」
 真はそれには答えなかった。
「大学行くんなら、事務所閉めといてくれていいぞ」
「大丈夫。ばっちり代返頼んであるから」
 美和の明るく勇ましく響く声を聞いていると、ほっとした。あの北条仁がこの十六も年下の小娘に参ってしまったのも分かる気がする。

 仕事に戻る気にはなれなかったので、病院の中で時間をつぶした。ほとんど一時間毎に煙草を吸っていたようだったが、後から思い返しても一体何をして時間を潰していたのか、記憶になかった。
 だが一日病院で過ごしてみると、そこに溢れている沢山の患者たちの姿が、徐々に真を落ち着かせてくれるようだった。どの人がどんな病気で何故病院に通っているのかは見ているだけではわからないが、時折検査に向かう不自由そうな人や、救急室からストレッチャーで運ばれていく病人をみていると、それぞれの病気や怪我という不幸に、それぞれのドラマがあるのだろうと思えた。
 他人の不幸は、時に見ているものに力を与えることがある。
 自分がそれよりはよほどいい、と思えるからか、あるいはどんな苦境でも乗り越えようとする力を感じるからなのか。

 夕方病室に戻った時、竹流は眠っていた。
 名残の太陽が染めた橙の空が、そのまま彼の頬に落ちていた。
 真は静かにベッド脇の椅子に座り、その寝顔を見つめた。
 この男は一体何をしていたのだろう。明らかに特別な出来事に巻き込まれたとしか思えないが、それがこのごろ頻繁に掛かってきていた彼の母国からの電話と関係があるのか、それとも全くそれ以外の彼自身の事情なのか、何となく昨年の秋くらいから様子がおかしかったことと関係しているのか、彼のどの仕事がこのとんでもない事態に彼を追い込んだのか、わけが分からなかった。

 ふと点滴のボトルが空になりかけているのを見つけて立ち上がり、ナースステーションまでそのことを告げに行った。戻ってくると、真が立てた物音の何かで竹流は目が覚めていたのか、天井を見つめたまま何かを考えているようだった。
 言葉を交わす間もなく看護師がやってきて、点滴のボトルを取り替えていった。

「何か、大事なことを話さなくていいのか」
 看護師が出て行ってから、真は一日中あれやこれやと考えていた言葉を何とか口にした。
 竹流はその意味を分かったのかどうか、それについては何も答えなかった。
 この男が何も話さないと決めたら、決して話すとは思えない。真は無言のままの竹流の明らかな拒否を感じた。
「明日、医者にいつ退院できるか聞いてくれないか」
 その挙句に竹流が言ったのは、かなり実現不可能な内容だった。

「馬鹿言え。退院なんて遥か先の話だ。大体死に掛かっていた人間が今言うことじゃない」
 馬鹿馬鹿しくなって畳み掛けるように言うと、竹流は天井を見つめたまま呟くように言った。
「酒も飲めないし、女も抱けないし、病院は地獄のようだ」
「死にたいのか」
 真の目の前でベッドに横たわっている男の顔に張り付いているのは、いつものこの男の表情ではなかった。修復作業をしている時も、料理をしている時も、誰かと話をしている時も、あるいは真を怒鳴りつけていた時でも、この男の表情には血が通っていた。熱情に支えられ、深い思いに満ちた顔をしていた。それが、今この表情は半分白い仮面を被ったようで、何か大切なものが削り取られてしまった残骸のように見えた。

 この顔を、真は一度だけ見た事がある。
 ローマのあの屋敷で、抑揚のない仮面のような顔で真を見下ろしていた表情、何かを懸命に堪えたために感情を失ったような顔は、確かに一瞬だったのかもしれないが、真を震えさせた。

「酒が抜け切ったら死ぬ」
 思ったよりも真剣な声でそう言われて、真は、今時分の感じた不可解な不安を押し込めようとして、ちょっと溜息をついた。
「舐める程度なら、明日こっそり持ってきてやるからごねるな。女は諦めろ」
「お前が代わりをしてくれるならいいけど」
 そう言って、やっと竹流は真の顔をまともに見た。
 真は、その綺麗な青灰色の瞳に一瞬心臓を抉られたような気がして、慌てて答えた。
「馬鹿言うな。ショックで頭のどこかに血が巡ってないんじゃないだろうな」
 一瞬、その青灰色の瞳が自分を見つめている向こうへ、引き込まれそうな気がした。
 その目は、一度も肌を合わせたことがないわけじゃないだろうとでも言っているような感じがしたが、だからといって、今この時点からどうすることもできない事だと思えた。
 大体、やっぱり女しか抱けないと言ったのは、この同居人の方だ。

 だがあの時。
 外で深雪が待っているのを知りながら、身体は全く他の事を思って欲情していた。さっき女を抱いたばかりなのに、一人であんなにも簡単に昇り詰めてしまうほどに。
 その自分については深く考えたくなかった。
「涼子を呼ぶから、彼女と相談してくれ」
 竹流は納得したのか諦めたのか、不思議な表情で笑ったように見えた。





以下、コラム(美男美女について)、畳んでいます。
人物を描写するとき、ちょっと悩むことがあります。
特に主人公、準主人公。
現実っぽいお話なら、顔やスタイルも必ずしもいいとは限らないってことで、マイナスポイントをくっきり書いたりする。
そのマイナスポイントが共感のポイントだったりもするのだけれど……
あまりにもマイナスがこれ見よがしにあれこれ書かれていると、ちょっと微妙な気持ち。
楽しむ前に引っかかってしまうのです。

映画だって基本的に主役級は美男美女。
見るほうは、エンターテイメントを楽しみに来てるんだから、そこはお伽の世界でもいいわけで、やっぱり目の保養が大事。美男美女を見て、一部『味わいのある』脇役を見て、自分も美男美女の仲間入りをして、夢を見て、わくわくしたりどきどきしたりする。

うん、エンターテイメントはこれでなくちゃ。
美男美女が活躍してくれていていいのだわ。
……と思うことにしています。
『それっぽい』けれどお伽の国でいいのです。

小説だからどれくらい美形なのか、ということをいちいち書くことはないし、読む人の想像力におまかせって面が大きいけれど、思い切って美男美女を想像しながら読んだり書いたりするするほうが、やっぱり楽しいですよね。
それに、美男美女の基準は人それぞれだし、その時点でもう人物の多様性はあったりするわけで。

ということで、もう頭の中ではがっしり『男前』を想像していただければいいと思います。
特に大和竹流。
ちなみにこの人、男前だけどいささか難あり、なんですけれども(説教が多い、意見を曲げない、力づくでもいうことをきかせちゃう、結構子供っぽい)。
真の場合は、野生のヤマネコ……。
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Category: ☂海に落ちる雨 第1節

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