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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【Time to Say Goodbye:3】炎の記憶・海の記憶(前)(18禁) 

注:18禁シーン(BL)を含みます。

二人の関係を前に進めようと思い、新作を書いてみました。竜樹さん(萌えろ! 不女子)にイラストを描いていただいたお礼は、お話を書いてお返ししなければ、とちょっと一生懸命…頑張ったよ!
もともとSSだったのに、引き伸ばされてどこまで行くのかはわかりませんが、もう少しHappy Endとわかるところまで、持っていきたいと思います。

とは言え、今回は少し深刻なお話……かも。
宗輔の過去は、拓以上にややこしかったようで。
でも、未来へとつながっていくためのお話なので、よろしければお付き合いください。

前篇は、宗輔視点。そして後篇は拓視点です。
今回は前篇をお届けします。
すごい勢いで書いているので、推敲しながらの掲載です。
時々手直しが入って、変わっているかもしれません。
ついでに、誤字脱字、その他、これはあかんやろ~というところはご指摘ください。

もうサービス精神いっぱいで?あまり上手ではない18禁シーンも織り込みました。
SSから始まったストーリーなので、できるだけコンパクトにしていくつもりですが、今回も8400字。
そして、今回の要は、例のロボット博士・斎田アトム氏の登場です。




炎の記憶・海の記憶(前篇)


 その日の帰り、宗輔は思わぬ場面に遭遇した。

 社長業とは言え、一代限りの成り上がりという気持ちがあって、会社の行き帰りに運転手を雇うほど自分がお偉い人間とは思えなかったので、公の業務ではない場合には自ら車を運転している。
 その十五年来の愛車、アルファロメオが今朝方、入院した。
 宗輔にとっては、まさに唯一の家族が入院した、という心地だった。もうそろそろ買い替えを、と既に五年以上前から言われていたのだが、どうにもそんな気にならないままここまで来た。この十五年の間には数えきれないほどのモデルチェンジがあったし、今さら宗輔のハートをぐっと掴むようなちょっとレトロなアルファロメオには出会えそうにない。

 ま、もう一回くらいは直してみせますけどね。

 宗輔が頼りにしているメカニックは、幸いなことに仕事馬鹿でプライドが人一倍なので、新しい車を売りつけようとする自社の営業の視線を背中にしても、動じる様子はない。宗輔にとってはありがたいことだが、もう一回というこの台詞は何度聞いたことか。
 宗輔は後ろ髪引かれる思いで入院を宣言されたアルファロメオに背を向けて、タクシーに乗り込んだ。

 思えば、帰りもタクシーを使えば良かったのだ。あるいは会社の車を使っても、誰一人宗輔に文句を言わなかっただろう。大体、運転手や秘書は、宗輔が自分の車を自分で運転することに対して、あまりいい顔をしていない。事故にでも遭ったらどうするのだ、社長らしく堂々と会社の車と運転手を使え、というのだ。そのたびに、宗輔はそのうちに、と曖昧に答えている。
 そしてその日、久しぶりに電車に乗ってみようと思ったのがいけなかった。
 
 駅から自宅のマンションまで、結構な距離がある。
 そもそも高級住宅街に住むような人間は車移動を基本とするのだろうし、駅前のごちゃごちゃした雰囲気を好まないもののようで、いささか交通が不自由なことなど気にしていない。たまに電車を使うとその不自由さに直面するのだが、考え事をするには悪くない時間だ。

 ちなみに、電車で宗輔のところにやってくる『一応恋人』の葛城拓にとっては、ロードワークの一環にすぎないだろうし、それどころか駅からだけでは物足りなくて、ジムから1時間以上かけて走ってきているかもしれないという気もする。
 確かめたことがないので、今度聞いてみよう。
 とは言え、今度会うのがいつになるのか、まったく予測不可能の恋人なので、それまで覚えているかどうか。
 離れている時間がやたらと長くて、その間には拓に見せたいものや話したいことを山のように思いつくのに、いざ会えば、ほとんど会話にならない。短い時間を惜しむように抱き合っているからというのもあるのだが、何を話したらいいのか、言葉が簡単に出てこないのだ。

 十も年下の生来野生児のような拓は、宗輔以上に自分の感情を言葉にしてこない。そもそも誰かと分かり合うための会話が得意ではないのだろう。だからかもしれないが、拓の生い立ちやこれまで置かれていた環境を考えても、随分と辛いことがあっただろうに、そういうことを宗輔にぶつけてくることはない。
 お互いにもうちょっと相手のことを知ろうという努力をしてもいいのにと、これもまた離れているときには思うのだが、実際に会うと言葉がいかに不自由なものか、思い知らされる。
 それに、会う時間だって、もっと作ろうと思えば作れるはずなのだ。会うのが難しいのなら、もしかして一緒に住むという選択肢だって考えられなくもない。
 だが、拓は、宗輔の住むような高級マンションには住みたがらないだろう。
 今はハングリーでないとだめだ、という強い信念が拓にはある。何も言わないが、拓の目がそう語っている。
 だから、宗輔は拓があの世界から足を洗う日が来たらと、その日を何年でも待つつもりでいた。もちろん、拓が結果的に女の子と巡り合って結婚して、ということになるのなら、その時は潔く身を引くつもりだった。十も年上の男として、嫉妬したり、失恋で狂おしくなるようなみっともないことにはなりたくない。
 あるいは、そういう結末があるかもしれないと覚悟を決めているので、宗輔自身もまた、もっと会いたいなどという通常の恋人同士のような言葉を投げかけられないでいるのかもしれない。
 いつか、そういうことを拓と話す日が来るのだろうか。
 それとも、もしかして『今度結婚することになったから、クラブシノハラの菓子、引き出物に使ってやるんで、安くしろよ』とかいう一言で終わってしまうのだろうか。

 電車の中で家路をたどるサラリーマンたちや、いかにもカップルというような男女を見ながら、そんなことを考えていたら、電車を乗り過ごしそうになった。
 慌てて降りながら、多分この慌てて人をかき分けて扉へ急ぐ男が、『恋のお返しのお手伝い』というホワイトデーの宣伝を送り込んでいるクラブシノハラの取締役社長だとは、誰も気が付かないだろう、と思ったらちょっと可笑しくなった。
 そうか、明日はホワイトデーだ。
 そして、明後日は、宗輔にとって一年で一番辛い日だ。

 改札を出て、一度立ち止まり、駅から四方へ散らばっていく人の流れを見つめ、やがて誰も待たない部屋に向かって歩き始める。
 駅前からまだ数百メートル歩いたばかりだった。
 線路沿いの道の角々にある少し洒落たレストランや店、たまにいかにも大衆飲み屋的な店の並びが切れると、すぐにオフィスなどが入る低いビルが続き、角を覗くと小さなマンションや住宅が見える辺りで、宗輔は足を止めた。

 いや、正確には足が竦んだ。
 その瞬間、鼻先をかすめた臭いに、あの時と同じように、目の前が真っ赤に染まった。
 耳元ではじける、何かが爆発するような音。鼻と口の中に容赦なく襲いかかってくる煙の臭い。宗輔の視界を舐めあがるように昇る赤い炎が周囲を取り囲む。耳も目も咽喉までもその炎を捉えているのに、肌だけはまったく温度を感じていないような記憶が残っていた。ふらふらと炎の真ん中へ近づこうとする宗輔の腕を誰かが掴んだ。
 宗輔!
 耳元に叫ぶ声が聞こえる。
「火事だ!」
 身動きもできないまま立ちすくんでいる宗輔の脇を駆け抜けていく幾人かの足音、やがて遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 野次馬の集まる路地の入口から宗輔が抜け出したのは、そのすぐ後だったのか、ずいぶん経ってからだったのか、記憶は全くない。
 ただ、マンションの灯りが見え、表の植込みの影の中、数段の階段に足を投げ出すようにして座る人影を見つけた時、宗輔は年甲斐もなく走り寄っていた。
「よぉ」
 立ち上がりザックを肩に担ごうと持ち上げかけた拓を、宗輔は力任せに抱き締めた。
「おい、何だよ……」
 言いかけた拓が、あまりの宗輔の強い力に言葉を飲み込んだ気配があった。
「宗輔?」
 遠慮がちに聞く声が随分と幼く、愛しく聞こえる。

 そのまま引きずるように部屋に連れ上がり、まだ何が何だかわかっていないような顔のままの拓を寝室のベッドに投げ込むようにして、いきなり求めた。
「どうしたんだよ」
 一度だけ、拓は拒むように事情を確認しようとした。だがすぐに諦めたようだった。
 宗輔は鬱陶しい背広を脱ぎ棄て、上半身はジャンパーさえ脱がさないままの拓のジーンズを下着ごと下げた。自分もスラックスを脱ぎ捨て、もちろんまだその気配さえない拓の身体の反応を無視して、乱暴に足を開かせ、いきなり後ろに突き入れようとすると、さすがに強い抵抗にあう。

 イライラしていた。とにかく、自分の何かを誰かに預けたかった。
 もどかしさに狂いそうになりながらベッドサイドの引き出しからローションを取り出し、自分の熱く火照ったものとまだ固いままの拓のその場所に垂らし、解してやることもせずに突き立てた。
 実際には拓も、まったく準備をしていなかったわけではないのだろう。ここに来るときにはそれなりの覚悟をしているはずで、入口の強い抵抗は先端が入ってしまうまでで、その先からはすんなりと宗輔を受け入れた。

 一瞬、脈絡なく暗い思いが宗輔を押し包んだ。
 こいつはまだ矢田と会って、あのいやらしいおっさんに身体を預けたりしているのだろうか。だからこんなふうに、簡単に男を銜え込んだりできるのじゃないか。
 そう思ったら、我慢などできなかった。
 初めてのバレンタインの日まで、宗輔はいつも強姦でもするような勢いで拓を抱いていた。気持ちが通じ合ってからは(少なくともそう思えるようになってからは)、拓が求めるのでなければ、それほど無茶を要求したことはなかった。
 だが、今日はもうどうでもいい気持だった。突き立てた自分の雄がぎちぎちに拓の身体を押し広げ、逆に拓の粘膜が強い筋肉のように局所を締め付ける気配に、宗輔は相手を気持ちよくさせてやろうという余裕など完全に失った。
「宗輔!」
 宗輔が容赦なく動くと、一度だけ拓が悲鳴のように宗輔を呼んだ。
 拓の身体が宗輔を受け入れているのかどうかもわからなかった。この一年ほどは確かに、拓のその場所は宗輔を認め、宗輔の身体に合わせて快楽をむさぼる気配も伝わってきていたのに、今日は何もわからないまま、宗輔は拓を責めた。
 拓が宗輔の背中に爪を立てる。何かに縋るように、耐えるように、宗輔にしがみ付いてくる。噛みしめる唇が赤く色を変えていた。苦しいほどの勢いで腹の奥に己を打ち込みながら、その拓の唇の両端を押さえ、開かせる。息を飲み込めない拓が、喘ぎ声と一緒に唾液を零す。腰の勢いを緩めないまま、唇でそれを吸い取る。拓が首を振って逃れようとするのを、背中ごと強く抱きしめ、ますます体の奥を擦った。
 拓の大腿の裏から尻にあたる宗輔自身の下腹が、そのまま拓を壊そうとしている、自分でもそう錯覚した。異様に気持ちが良かった。恐ろしいほどの快楽が背中を這っていて、拓をこのまま取り殺してしまいそうになっていた。

 翌朝、目が覚めたのは鳥や犬の声が聞こえてきたからだった。
 宗輔は跳ね起きた。
 一体いつ眠ったのか、いや眠ってなどいなかったのか、思い出せなかった。
 頭が痛い。そう思って傍らを見ると、拓が身体を丸めるようにして眠っていた。こいつはいつも身体を丸めて寝るんだなと改めて確認して、不思議な気持ちになった。
 拓の睫毛は、僅かな空気の動きを受け取るように震えている。相変わらず短く刈られた髪が、光の加減で淡く輝いて見えていた。もともと綺麗な形の耳をしていたが、殴られて出血したり腫れあがったりしているうちに、すっかり変形したように見える。そのひとつひとつが妙に愛しかった。

 時計を見ると、まだ慌てれば十分に間に合うことは分かったものの、とてもそんな気分にはならなかった。ベッドに起き上がり、枕元の電話の子機を取って秘書に連絡を入れると、宗輔の嗄れた声に何を察してくれたのか、何も言い訳を聞いてこなかった。午前中は特に重要な会議もないし、どうでもいいアポイントメントは変更しておくと、向こうから宣言してくれる。
 もっとも、ここの所、宗輔がクラブシノハラの経営方針について、高級菓子からもう少し家族や子供が楽しめる菓子を作りたいというコンセプトを提案してから、会議はしばしば荒れている。秘書は宗輔のその提案について、今の経営方針は十分上手くいっていて、それをむやみに変更することは他の重役の反感を買うばかりで、宗輔にとって得なことは何もないと言っている。彼が宗輔を心配してくれていることも分かっているが、その本心は分からない。
 いずれにしてもホワイトデー戦線は昨日で終わっているのだから、少なくとも今日ばかりは、社長が自ら何かをすることなどほとんどない。
 プライベートの恋人のお返しを待つ以外には。
 そう考えてから、なぜ拓がここにいるのかと、今さらのように思った。そして、あるいはバレンタインのお返しに来てくれたのかもしれないと思い、それをあんなふうに無茶苦茶に求めて悪かったと、この期に及んで幾らか申し訳なく思った。

 受話器を置いて、ふと振り返ると、拓が目を開けて宗輔を見ている。こいつの目は本当に純粋で、恐れのない目だ。
「大丈夫か?」
 同じ言葉を言おうとした瞬間、拓の方から聞いてきた。
「どういう意味だ?」
 拓は首の後ろを押さえながら起き上った。細っこい身体のくせに、バランスよく鍛えられた胸の筋肉が、気持ちのいいほどに滑らかに動く。
「魘されてたからさ」
「うなされてた?」
 宗輔は、俯いて目を逸らした拓を見つめたまま、言葉を確かめるように繰り返した。

 頭の隅に、昨日路地の隙間から見た火事の光景が巣食っていた。足が竦んで、何もできなかった、叫び声さえあげることのできなかった自分の身体を走り抜ける、不可解な感情を思い出す。頭痛の原因はそれなのかもしれない。
「うん。その……、俺、ホワイトデーにお返しも買えないし、下手なドラマみたいに、プレゼントはオレ、あんたの好きにしてくれって気持ちで来たから、なにされても良かったんだけど」
 拓は怒っていないことを伝えようとしたのか、拙いことを聞いたとでも思ったのか、ちょっと宗輔を盗み見するようにして、うやむやにして言葉を切った。
「そうか」
 宗輔は拓に背を向けてベッドから起き出した。拓にどう言えばいいのかわからなかった。
「ちょっと昔の嫌なことを思い出したんだ。飯にしよう。シャワー浴びて来い」
 ホワイトデーでなかったら、こいつはここに来なかったのだろう。そして俺もまた、こいつをこんなふうに追い込まなくてもよかったのだろう。
 そんなふうに思ったら、明日という日を迎えるのがまた一段と辛くなった。


 宗輔が階段の上で右手を軽く上げると、階段を上りがけにため息ひとつつくために立ち止まり上を見上げた黒縁メガネの男も、右手を上げて挨拶してきた。
 相変わらず風采の上がらない、何年前から同じものを着ているのかというような、よれよれのコート姿の男は、以前切ったのはいつなのか不明のぼさぼさの髪を掻きながら、だらだらと駅の階段を上ってきた。
「すまんな。お前が気にしてるんじゃないかって、こっちから電話するつもりだったんだけど」
 斎田アトム、ロボット工学博士、嫁なし子なしで研究一辺倒、そして製菓会社社長取締役・篠原宗輔の唯一無二の親友だった。
「いや、こっちこそ、いつも付き合わせて申し訳ない。しかも、今年はこんなタイミングでアルファロメオがいかれちまって」
 斎田はポン、と宗輔の腕を叩いた。
「馬鹿言うんじゃないよ。俺にも関係のあることなんだから」

 都心を離れて、千葉の方へ向かう電車移動の間、隣に座った斎田からはかろうじて風呂だけは入ってきました、という安物の石鹸の匂いがしていた。ちゃんとすれば、こいつだってそれなりにいい男のはずなのだが、まったく服装にも周囲の目にも無頓着だ。今も頭の半分はロボットの設計図で埋まっているはずだ。そんな斎田の存在を有難いと心から思いながら、宗輔は半分後ろを振り返り、流れていく景色を見る。

 毎年車を運転して行くので、景色を見る余裕はない。だがこうして電車に揺られていると、下手に時間があるだけに、景色の中に色々なものを見てしまう。
 家々の佇まい、その一軒一軒に灯りを届けている電線、その上にとまっている雀たち、脇の道を通るワゴンカー、中には家族連れの姿が見えている。道を歩く親子連れ、何かをねだって母親の腕を引っ張る子ども、犬を連れて歩いている老夫婦。
 何かを置き忘れてきたような寂寥感と、何とかしなければいけないような焦りが同居している。

「お、ところで、蘭丸くんはどうだった?」
 いきなり隣の斎田が尋ねてきた。
「蘭丸くん?」
「ほら、あのお茶運びからくり人形改良ロボットだよ。バレンタインの前にプレゼントしてやったろ」
 そんな名前がついていたのか。
「いや、あれはなかなかよくできてた。歩くのも蹴りを入れるのも実にバランスがいい」
「そうか、それは良かった。片足で立った瞬間にバランスを計算させるのがなかなか難しかったんだが、人間の三半規管の機能を応用してだな……」
 解説が長くなるのを避けて、宗輔は被せるように言った。
「それに、いきなりかぶりついたし。あれはすごかった」
「え?」
 斎田が黒縁メガネを落としそうな勢いで、宗輔を見た。
「何だよ」
「かぶったのか?」
 電車の中にも関わらず、斎田は大きな声で宗輔に迫らんばかりの勢いで顔を近付ける。
「あ、あぁ。何だよ、一体」
「どうやって、何をして、どうなってかぶった?」
「えっと」
 確か、拓がこいつは何なんだととか言って『蘭丸くん』の鼻先を指差して、指に噛みつかれたのだ。それを「誰が」という部分を省略して伝えると、斎田は唸るように考え込んだ。この男にとっては、研究室も公衆の面前も、滅多に帰らない自宅も、ロボットのために全てを捧げる場所なのだ。
「何だよ」
「いや、確かにそういう機能は組み込んだんだが、何回試してもうまく作動しなかったんだ」
 斎田はいきなり宗輔の指を捕まえて、この指先から特殊な光線でも出ているのではないかとでもいうように、じっくり眺める。いくら宗輔がホモセクシュアルの嗜好があるからと言って、電車の中で指を見つめられるのは、いささか面映ゆい。もっとも、車内の他の乗客は、斎田のことを怪しい変人にしか思っていないだろう。
「おまえ、今度、蘭丸くんを持って来て、同じようにやってみてくれよ」
「指差したのは俺じゃないぞ」
「お、そうか。お前の恋人だな。バレンタインはラブラブだったわけだ。よし、彼女に協力を要請してくれ」
 声がでかい、と思うのだが、斎田にそんなことは通じない。それに、『彼女』じゃないのだともこんな公衆の面前では言えない。
 斎田は親友だが、今まで色恋の話をあれこれする相手ではなかった。従ってカミングアウトする機会がなかったのだ。もちろん、斎田に隠したいと思っているわけではないし、よく考えたら他の誰に対しても、宗輔が自分の恋人を紹介する機会も必要もなかった。
 斎田はまだ考え込んでいる。その『うまく作動しなかった機能』について検討しているのだろう。宗輔はあの時、拓がロボットにかぶられた自分の指を見たまま、びっくりして固まっている姿を思い出して、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。
 小さな時間しか積み重ねていないのに、そのひとつひとつが抱きしめたいほどに愛おしい。

 この坂道を上る宗輔の足が軽かったことは一度もない。隣を斎田が歩いてくれなければ上ることもできないだろう。
 海風を受ける坂の上にあるのは老人介護施設で、精神に問題のある老人、痴呆やアルツハイマーを抱えた人、さらに身体の病気を患っている場合でも預かってくれるという施設だった。もちろん、費用は半端ないのだが、家の中にそういう病の家族を置いておけない金持ちにとっては、有難いところだった。

 ここに、宗輔の母親が入所していた。
 あの日以来、宗輔と会話を交わすこともできなくなった母親だ。そして宗輔にとっては、憐れみと憎しみと混乱の対象となっている母親でもあった。宗輔が頼んでいるので、施設からは毎月母親の状態については報告が来るが、実際に宗輔がここを訪れるのは年に一度、宗輔がすべてを失った日だけだった。
 放置して会いに行かないこともできるのかもしれない。だがそれはやはりできなかった。後ろめたさを抱え込んで、まだ先になるだろう死の報告だけを待つのは、古く懐かしく優しくもある記憶が許さなかった。かと言って、自主的に、事あるごとに会いに来ることもできなかった。

 それを察したのか、斎田がこの日になると宗輔を誘って、ここに来るようになった。
 あの日、火事で燃えた宗輔の家に居合わせた斎田は、このことを彼自身の義務とも思ってくれているようだった。
 二人は一緒に面会の受付を済ませ、職員の案内で、不安なほどに明るい廊下を進む。時には、彼らを息子と間違える老人に話しかけられることもある。始めは驚いたが、そのうちにそれを否定せず、やんわりとやり過ごすこともできるようになった。
 窓の向こうには海が見えている。
 そしていつものサンルームに彼女は座っていた。

 半分火傷の痕の残っていた顔は、その必要性について疑問を投げかける形成外科の医師を説得して皮膚移植をしてもらい、何とか見れるようになっていたが、年を経るとアンバランスな皺のよりかたで違和感を覚えざるを得ないようになっていた。高温の煙で焼かれた咽喉は声が出なかったし、食べ物は胃婁からしか受け付けなかった。
 それに、母には宗輔が息子であることが分からないままだった。
 それでも、宗輔の届ける好物の甘い菓子と、斎田の持ってくる小さなおもちゃのようなからくり人形やロボットには、彼女は声を出して笑ってくれた。
「宗輔さんとアトムさんですよ」
 母は昨年よりもいっそう小さくなっていた。まだ六十にならないというのに、八十の老人と言ってもいいように見えた。母は顔を上げたが、目は宗輔を見ているようではなかった。母の座る前に、折鶴が散らばっている。折り紙の端っこを上手く合わせられないので、いびつな形をしている。
 宗輔は隣に座り、こんにちはと挨拶をした。
 母は宗輔を見ないまま、不安そうに小さく頷いた。

                            (前篇・了)



《予告》

強くて大人で、困ったことも辛いことも何もないと思っていた十歳も年上の恋人・宗輔が魘される姿を見てしまった拓。
ジムでもうまくいかないことがあって、赤沢(ジムの会長)にしばらくリングに上がるなと言われる。
むしゃくしゃして矢田のところに行く拓は、そこで衝撃的な雑誌を目にする。
【クラブシノハラの青年社長が隠す過去、母親を姥捨山に置き去りにしたあの日】
拓はたまらずに宗輔のマンションに飛んでいくのだが、張り込みの記者たちがいて近づけない。
うろうろしていると、黒縁メガネの冴えない男が声をかけてきた。
そして、宗輔が姿を消してしまう……

…宗輔はどこに?
宗輔の過去に何があったのか?
拓は宗輔の思いを支えることができるのか?
そして拓自身の将来は?
(後篇は拓視点です)

(予告って、なんだかかっこいいなぁ…^^;)

それにしても、この二人の関係はやっぱり、メイン本編の竹流・真とかぶってるなぁ、と反省。
年齢差(竹流と真は9歳違い)が似たり寄ったりだから、かしら。発展のない私……
しかし、向こうはもっと力関係が大きいし、そもそも恋人というには語弊がある。
関係がないとは言いませんが^^;
キリスト的存在の竹流と野生のヤマネコ的真の関係も、宗輔と拓くらいすっきりしていたらよかったのになぁ。
どちらもがんばろっと。

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Category: Time to Say Goodbye(BL)

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コメント


遅くにお邪魔します~^^;

今晩は~^^

なるほど、今回は宗輔さん視点で、過去が暴かれて行くんですね。
過去のトラウマが拭いきれずに、拓くんにあたってしまうところ、切ないです><
でも、拓くんがちゃんとフォローしてあげてるところに、とっても愛を感じました~^^*
でも拓くんとしては、昔に戻ったみたいで切ないですよね><。。。

そして斎田アトムさんっ!!
いや、ちょっとこの方、私のド、ドツボなんですが^p^←ヨダレ(笑)
妄想がムラムラ……じゃなくてムクムクと沸いてきますVv

続編、とっても嬉しかったです^人^*
この続きも凄い楽しみですっ!!
本編と同時進行で、二度おいしかったです^^*

それでは、また遊びに来ますね^^

P.S
やっとこ宗輔さんのイラスト出来上がりました……^^;
が、イメージに合うか><;;
うーん、もっと美男子のような気がしますが、どうも自分はその手の男の人描くの苦手でして;;
良かったら貰ってやって下さい。
もし違うイメージだったら、もう少し詳しく容姿についてコメントしてくだされば描き直しますので^^;;;;

それでは私のために続編をありがとうございました^^*←THE☆勘違い(笑)

竜樹 #JR2FpEI6 | URL | 2013/03/12 02:06 [edit]


竜樹さん、竜樹さん、竜樹さん…

松島や、あぁ松島や、松島や…のような感じです…(^^)/
もう、本当になんて感謝を申し上げればよいのでしょうか……
こんな拙いSS が、竜樹さんのイラストのおかげで、すっかり贅沢な感じになっております!
竜樹さんのところに残させていただいたコメントにも書きましたが、本当に宗輔ですよ~。三つ揃い!ウェーヴした髪、いかにも一見マダムキラー(でも実はホモの兄ちゃん…)。ぴったりです!
しかも、後から見てみたら、確かに容姿についての描写が何にもない…SSだからとはいえ、ひどすぎる…それなのに、こんなにイメージをちゃんと形にしていただいて…もう感動しきりです!

そうなんですよ!本当に、実は「THE☆勘違い」じゃなくて、まさに「THE☆竜樹さんに捧げる」…でして(#^.^#)
冒頭にそう書こうかと思ったけど、何だか押しつけがましいかと~(宗輔も描いて!ってねだっているみたいで^^;)
でも、すごく時間を使っていただいたんだろな~と思ったら、もう、ありがたくてありがたくて。せめて、お話を書かせていただくぞ、と意気込んだわけです。

しかも、斎田アトム氏を気に入っていただき、ありがとうございます! いやもう、書くのが楽しい。
実は今回ラストに用意しているキラキラシーン?はヒラクとアトム氏の会話だったりするのです。あんまり友達のいない拓は、ついに居心地のいい場所を見つけたっていうのか(アトムの研究室)。
もうその時点で(宗輔のところじゃない??)BLの定義から外れてしまっておりますが…友情です、はい。
後篇、少しお待ちくださいね~(^O^)

何はともあれ、ありがとうございました!

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/03/13 01:22 [edit]

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