FC2ブログ
10 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

☂[21] 第2章 同居人の入院(8)(改)/ 作品の世界 

 葛城昇が連絡を寄越したのはその三日後だった。

 三日間、真は半分裏切られたような気分で過ごしていた。竹流の仲間にしてみれば、真は彼らにもその仕事にも関係のない存在で、彼らのボスを守るのは彼らだけの仕事と考えていて当然だった。
 その三日間、真も手をこまねいていたわけではなかったが、大和邸に行っても執事の高瀬は留守をしていて、マンションに来た彼の妻の登紀恵に確かめると、来週まで帰らないという。夫の行き先を彼女は知らなかった。竹流と繋がっていそうな知る限りの情報屋をあたってみたが、誰もここ暫くの彼の動向を知るものはなかった。

 勿論、当の竹流自身にもさりげなく探りを入れてみるのだが、こちらは尚一層鉄の壁だった。話が具合の悪いところへ行くと、身体の不調を訴えて口をきかなくなる。しかも本当に具合が悪そうなので、それ以上は突っ込めなくなってしまった。増してや、右手のことは触れて欲しくもない、というような気配だった。

 他に話す人がいないからか、真はしばしば医師から病状説明を聞く破目になった。
「いつもついていらっしゃる女の人が、てっきり奥さんかと思いましてね」
 そんなことは看護師からの情報をちゃんと確認したらすぐにわかるだろう。看護師たちは家族状況や見舞客の素性については確認しているし、もしも言葉で確認しなくても勘が鋭いのだから。
 もっとも医師がそう思い込むのは当然だった。真が竹流の入院を伝えた翌日から、涼子は病院に泊まりこんでいたし、始めの数日は、昼間も店を若い子たちに任せて竹流に付き添っていた。
さすがに多少元気になった竹流は、その必要はないと涼子に伝えただろう。勿論、本当はずっと傍にいて欲しいという言葉を期待していた涼子を、できる限り傷つけない優しい言い方で。

 竹流の病室で涼子に会っても、真は何となく目を合わせられなかった。
 だがその微妙な空気をやり過ごす方法は簡単に見つかった。事務所の秘書の美和が半分は心配して、半分は他の興味も手伝って、真に引っ付いて見舞いに来たがったからだった。
「大丈夫。大家さんのいない間は、先生の面倒は私がちゃんと見ますからね」
 美和は例のごとく勇ましく明るく宣言して、竹流の苦笑いを誘っていた。
「もっとも、先生には他に行くところがあるみたいですけど」
「どこにも行ってないよ」
 真は美和の勢いを何とか抑えようと、事実を否定した。

 美和が何を思ってか気合を入れてお見舞いの花を選んできていた。それを受け取って、涼子が花瓶に水を汲もうとしている。美和はするっと真の傍を離れて、お手伝いしましょうか、と声をかけた。
 涼子は硬い表情のまま、それを断っている。美和の機敏な気配、屈託のない話し方、明るい調子は、周りにいる者たちの気持ちを逸らさせない。それを涼子が複雑な思いで受け止めていることを、真ははっきりと感じていた。

 美和は真の横に戻ってくると、思い立ったように楽しげな声で言った。
「いっそ、うちに泊まったら? どうせ一人だとろくにご飯も食べないでしょ」
「うちって、それはないだろう」
『うち』というのは、美和が任侠一家の跡取り息子と同棲している部屋のことだ。美和には両親が用意してくれた他のマンションもあるのだが、彼女はほとんどそこへは帰っていない。せいぜい親に対するアリバイ作りをする時くらいだろう。

 ともかく、この突拍子もない娘には良識や常識はあるようでないし、一方ではないようで結構まともな側面もある。
「ね、大家さんもその方が安心でしょ」
 竹流は面白そうに真と美和を見ていた。
 いつか竹流が、美和と一緒にいる真を見て、昔の葉子と一緒にいるときのようだと言ったことがあった。
 葉子も遠慮しているようでいて、妹かつ姫君の立場を思い切り利用して上手く兄に甘えていた。その辺りには、ある種類の女の子にしか使えない感性の武器があるのだろうが、美和と葉子にはそういう意味では共通点があるのかもしれない。
 妹とは言っても、葉子と真は父親同士が腹違いの兄弟の従兄妹だったし、似ていない部分のほうが多い。それでも兄妹と言えば皆が納得する仲の良さだったし、そう思えば真と美和が兄妹と言っても差し支えのないくらいで、聞かされた他人が納得するくらい、彼らは雇い主と秘書という以上に親密に見えた。もっともそれは真の態度ではなく、美和や葉子の持っている天性の性質によるものなのだろう。

「真に北条さんと決闘する気があるかどうか、聞いておいたほうがいいぞ」
「残念でした。あの人は今バンコクなの。修羅場にはならないわ」
 真は、この二人は当事者を棚に上げて何を言ってるんだと思った。
「冗談じゃない。修羅場になる、ならないより、そんなことができるわけがないだろう。大体そうやって節操なく男を誘うのは辞めなさい」
「節操なく誘ってなんかないわよ。先生には下心があるからでしょ」
「馬鹿言うな。大体君は同級生の男だとか賢や宝田君を平気で家に泊めてるだろう。男はみんないい加減で、下心のある生き物だと思っていた方がいい」

 三人が三様に意見を言い合うのを見ていて、涼子が少し複雑な顔をしているのに真は気が付いた。涼子はゆっくりと目を伏せて、そのまま窓の外を見る。
 涼子の視線を追いかけるようにして見た窓の外は、明るくもなく暗くもなく、曖昧に白みを帯びてくすんでいた。
「だって友達じゃない。しかも賢ちゃんやさぶちゃんに下心なんかあるわけないじゃない。ね? 大家さん」
 美和の声は、そんな曖昧な景色など吹き飛ばすように屈託がなく、逞しく響く。
「それは分からないな。ああ見えて賢は結構口説くのは上手かったぞ。少なくともこいつよりはな」
「あら、先生は私を口説かないけど、綺麗なお姉さんたちの気を引くのは上手だもんね」

 真は涼子の引くような気配が気になって、返事をしなかった。
「ちなみに賢ちゃんは私を口説いたことなんかないわ。それに、仁さんには他に気に入った人がいたらデートしても寝てもいいって言われてるもん」
「それは北条仁のパフォーマンスだな。本当に君が他の男とデートしてベッドでも共にしようものなら、出刃持って刺しにくるかもしれないぞ」
 竹流は意味深にそう言って、涼子を気にしている真の方をちらりと気に掛けたようだった。美和もすぐにそれに気が付いたのか、いくらか声のトーンを落とした。
「それに、これは下心とかの問題じゃなくて、先生の衣食住の問題なわけでしょ。でも、先生たちの愛の巣に私がお邪魔するのは、大家さんに失礼だし?」

 何か気になったものの、その内容までは理解できないはずの美和が突いたポイントは、いくらか涼子の気に障ったかもしれないと真は思った。雑誌の記事も拙いが、身近な人間が口にすると、その内容は急に重みを増す。
 だが、大体何が愛の巣だ、近頃の若い娘は何を考えてるんだ、と真が思った途端に、今度は竹流が余計なことを付け加えた。
「確かにベッドはひとつしかないし、一つ屋根の下となればすなわち……」
 真はその思わせ振りな竹流の言い方には思わず反応した。
「そういうことを言うと誤解するだろう」
「誤解じゃないな」竹流は面白そうに言って、美和に向き直った。「こいつは時々淋しいと無意識に引っ付いてくるからな。気をつけたほうがいいぞ」
「何の話だ」

 涼子の気配を身体の左半分で感じながら、真は慌てて否定した。
 竹流がどういうつもりでそんなことを言うのか、真は理解できなかった。大体、この男は涼子の気持ちなど痛いほどに知っているはずだった。しかも、この男は決して無神経な人間ではない。面白がって言っているだけでもない。真は思わず視線を避けた。
 視線を避けてしまったのは、幾らか後ろめたい気持ちがあったからだった。実際には、竹流の言っていることは本当だった。自分でも半分は無意識なので始末が悪いが、半分はよくわかっている。

 今でも時々、何の脈絡もなくあの夢を見る。夢の内容はいつもほとんど同じだった。
 捜している。
 大概、夜の景色だったが、時には薄暗い不明な時間帯のこともある。何を捜しているのか、夢の中の真は知らない。ただ捜して歩き続けている。歩いている場所は色々だった。真の足元は短い草の感触だったり、あるいは雪を踏みしめる軋んだ音だったりしたが、風の匂いだけは懐かしい木や草や雪や生き物たちの気配を運んできていた。あるいは、明らかに都会のビルの谷間を歩いているようなときもある。だが、どこまで行っても自分以外の生きているものの姿がない。
 夢の中で何を捜していたのか、目覚めた自分は知っている。捜しているのは濡れた黒い瞳を持った懐かしいあの馬の姿だった。けれども一度も見つけ出せた事がない。気が付くと指の先からまた温度が失われている。

 夢でも見たか?
 まるで子供を宥めるように頭を抱き寄せて、冷たくなっている身体を暖めてくれるのはこの同居人だった。この現実の世界で真の恐怖を抱いて慰めることができるのは、他に誰もいない。 
 同居人は知らないのだ。他の誰かとベッドを共にしても、そのまま朝を迎えたことはない。他人と同じベッドでは、何を警戒しているのか自分でも分からないが、眠れなかった。あんなに長い間付き合っていた美沙子が相手でもそうだったのだ。夢から逃れられないとしても、無意識、などという状態にまで深く眠れるのは、この男の隣だけだった。
 同居人が他の人間と夜を過ごしている真を見たことがないのは当たり前で、多分同居人のほうは、真が誰に対しても同じように無防備になっていると思っているだろう。それを説明して、同居人の気分をよくしてやる必要はないと思っている。

「まぁ、でもお前の飯の心配をしてくれているわけだ。俺としては留守中に君がマンションにいてくれるのは構わないけど?」
 竹流は美和にそう言って微笑んだ。美和も、まるで大家さんも私も先生の保護者よね、とでもいうような分かり合った気配でその言葉に頷いている。真は余計なことを言わないほうが得策と決めて、後は黙っていた。

 竹流は少しの時間会話を楽しむと、また身体を完全にベッドに預けた。
 その様子を、真も、そして窓際に立つ涼子も気に掛けていた。
 日ごとに竹流の体は回復してきているように見えたが、未だに熱は下がりきってはいないと聞いていた。微熱になっているとは言え、大の大人がこれほども熱が続くと体力が奪われていくものなのだろう。さすがに面会人が帰るとベッドから起き上がれないようで、この頃は涼子にうるさく言われて解熱剤と入眠剤を飲んで眠りにつくようだった。
 人前では陽気なことを言いながら、竹流が心の中で何を考えているのか、誰にもわからないままだった。

 四日目に、葛城昇はもう一人の男を連れて真の事務所に現れた。真は不満そうな美和を残して、客人二人と一緒に外に出た。
 重くなってきた空は一段と暗さを増して、まだ昼時だというのに人々の足は何かを避けるように速くなっていた。三人は同じように急ぎ足で人混みを通り抜け、昇の店まで歩いた。





さて、第2章はあと1回です。
もしかして、気が向かれましたら、第3章からも入れるこの話。次々回から突入していただいてもOKなのですね。
本当に、ここまではいったい何なのでしょうね^^;
いえいえ、人物をつかんでいただくには大事で、伏線は張りまくりですけれど。
でも、途中からでも楽しめるはずです、多分。 

コラムは、作品の世界…作家さんの誰かの世界観に似ている?という話。
ある人のブログ小説を読み始めて、わぁ、素敵な世界を書く人だな、と思うことがあって。
ちなみに、私から見ると、どの方もそれぞれ独特な世界を持っておられて、素敵なのだけれど。

私の恐ろしい乱読書庫はいずれお目にかけるとして、その中に少しずつ気に入った作品があって、例のごとく50%の作家買いのため、すべてを読んでいるわけではないのですが、その世界観が独特で、結構気に入っていた作家さんが幾人かいます。
ブログ作家さんの中に、昔読んだその小説たちと、印象がよく似た作風の方がいて(あくまでも私の中の印象)、自分としてはほめ言葉のつもりで、作家の○○さんの世界にも通じる何かが…などと感想を書いてみたけれど。
よく考えたら、結構戸惑われたかもしれないと思い、反省。

その人もその作家さんを知っておられて、好きだったらともかく、趣味に合わない、ってこともあるだろうし。
でももしかして、何かの機会に読まれて、あ、本当、私もこういう世界好きだわって、その方が思って下さったら、きっととても嬉しいかもしれない。
この作家さんたちの本、いずれまた紹介します。

実は私も、昔、文章教室の先生に、きっと褒めていただいたんだと勝手に思っているけれど、(恐れ多いことに)中上健次さんのような文、と言われたことがありまして。実は大変申し訳ないことに読んだことがなかったので、あわてて本を買い込んだものでした。
で、読んでみた結果は…?

いやいや、それはいくらなんでも褒めすぎでしょう、先生(・・;)
いくらなんでも申し訳ない、というより、恐れ多いです。

きっと褒めて育てるタイプの先生だったのでしょう。
でも、結果的に私は、中上さんの『枯木灘』『千年の悦楽』『岬』をバイブルにしました。
自分の好きな世界、好きな時代だったし、何より余白のほとんどない!文章が、結構ツボに来まして…

もしかして先生は、私がこういう感じの文体や小説を好きだというのを見抜かれていたのかもしれません。

いやはや、十年以上前の話です、はい。
関連記事
スポンサーサイト



Category: ☂海に落ちる雨 第1節

tb 0 : cm 2   

コメント


NoTitle

「文体診断ロゴーン」というのをやったことはありませんか。
文章をコピペすると、有名作家の類似文体を探し、簡単な診断をしてくれます。
お遊びですが、ちょっと面白い。

http://logoon.org/

私は、小林多喜二とか、その他いろいろ出てきました。

しのぶもじずり #em2m5CsA | URL | 2013/05/17 00:09 [edit]


しのぶさん、ありがとうございます

> 「文体診断ロゴーン」というのをやったことはありませんか。
> 文章をコピペすると、有名作家の類似文体を探し、簡単な診断をしてくれます。
そんな画期的なものがあるのですね。
さっそくちょっとやってみたら、入力する部分によって、色々変わりました。
森鴎外とか太宰治とか……何だか、面白いですね!
しのぶさんは色々なことをご存じなんですね……またぜひ面白いことを(?)教えてください!
ありがとうございました(^^)

大海彩洋 #nLQskDKw | URL | 2013/05/17 04:14 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/112-521e9554
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)