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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【死者の恋】(3)嘘つき 

@ちょっと間が空きましたが、(3)をお届けします。重大な間違いに気が付いて、(2)を書き直して再掲しましたので、そちらも併せてお願いしますm(__)m


調査事務所所長の相川真のところに持ち込まれた、女子高生・島田詩津からの依頼。
岩木山で出会った足の悪い年老いた女性が持っていたという骨の入った小瓶。
それを返したいから、その老人を探してくれと言われたのだが、待ち合わせた上野駅には彼女は現れず。
彼女を真のところに連れてきたロック歌手の向井嶺もあてにならない。
付き合ってくれている同居人の修復師・大和竹流も、津軽に用事があるようなのだが…



 朝、弘前駅に着き、ホームに降り立つと、思ったよりも暖かい空気が身体を包んだ。
 寝台車では何度も目を覚ましたので、熟睡感はなかったが、北国の朝の空気はやはり心地がいい。温かい中に時々、肌を刺すような冷えた空気が混ざり、厳しく長い冬をようやく抜け出した後の、独特の匂いがする。
 駅のロータリーまで降りてくると、竹流が誰かに向かって手を挙げた。
 ふとその相手を見ると、軽トラックの前に立っているのは、真も知らない相手ではなかった。
「めんずらしい組み合わせだべな」
 それは確かにそうかもしれない。
 真が弘前に来るときには、大概祖父母のどちらかと一緒だ。そして竹流がこのリンゴ農家の男を知っているとなれば、間に挟まっているのは真の祖父でしかありえない。北海道に住む真の祖父と竹流は、年齢も民族も異なるのに、しかも真の祖父は頑固で人当たりが悪いのに、何故か馬が合って、真の知らないところで時々一緒に飲んでいるらしいのだ。
 一言二言挨拶を交わしているうちに、どうやら竹流はもともとこのリンゴ農家の男に車を、それも軽トラックを借りる予定だったらしいことが分かった。
「夕方、店に来るべ」
 軽トラックの鍵を竹流に渡すと、リンゴ農家、兼居酒屋の雇われ店長、兼津軽三味線奏者でもある澤井哲は、自分はそのまま集会があるとかで、すたすたと道を渡って行ってしまった。今年五十になるはずだが、典型的津軽のおっちゃんである哲は、相変わらず好き勝手に、程よくあれこれ楽しみながら、それなりのじょっぱり人生を生きている。

 つまり、結局『山背』には顔を出すことになるということだ。
 丁度いいので、『山背』を連絡先にしようと、公衆電話から嶺に電話を入れた。『山背』は居酒屋で、営業は夜だけだが、昼間は三味線の練習場になっているし、昼過ぎからは仕込みに入っているので、誰かが電話に出てくれる。
 この時間なら嶺は帰ってきてベッドに入る頃合いだろう。運よく昨夜のうちに志津を探し出してくれていたらいいのだが、また別の女と一緒である可能性もなくはない。
 だが、嶺は電話に出なかった。念のために、嶺が出演しているライブハウスにもかけてみたが、さすがに朝九時もまわったこの中途半端な時間に店に残っている者はいなかった。
 飲んだくれていて、どこかの道で寝ていてもおかしくないし、誰かと喧嘩して刺されて倒れていてもおかしくない。そんな嶺をあてにするのは間違っているとも思うのだが、どこかで信じたい気持ちもあるし、誰かが嶺を気にかけてやらなければならないとも思っていた。

 岩木山スカイラインに上がる前に、竹流の言う通り、岩木山神社に寄る。
 軽トラックを降りてドアを閉め、二重、三重に鳥居が見える先、岩木山そのものへ続くような参道を見る。弘前市内も大概田舎町だが、ここに来るとまさに空気が変わる。
 まだ中高生だったころの真は、ここに来ると体があちこち不調になっていた。何かが見えるとか、何かの気配がするとか、そういう単純な話にしてしまってもいいのだが、どうやらここは死者があまりにも近いのだ。それは真にとってのみ近いということではない。この東国、奥州日の本の国の人々にとって、あの世とこの世の境界はあまりにも曖昧と言うことであり、この場所はそういう聖域なのかもしれない。
 もっとも、杉林の向こうからまつろわぬ古の鬼たちの気配がすると言っても、それはおっかないというより、あまりにも当たり前にそこにあるもの、という印象であり、真の神経を逆なでするような嫌な気配ではなかった。

 山に登る前には山の神様に挨拶をせねばならないという日本人的感覚を竹流が身につけていることについて、もう真には違和感はないが、他の日本人が聞いたら不思議がるだろう。だがこういう手順を踏むというこだわりの有無は、その土地の人間であるかどうかということとはあまり関係がないような気もする。
 太い注連縄の下で、この山の神に入らせてもらいますという挨拶をし、竹流の横顔を見ると、例のごとく真剣に祈っている。
 カソリックの総本山を支えていると言っても過言ではない家の跡継ぎだと言われる男だが、宗教的には極めて寛容で、攻撃的なところがない。
「あんたの目的地は?」
「岩木山の北側だ。とりあえずスカイラインを上がって、あちこち聞きに回るんだろう?夕方、山背には顔を出さざるを得ないだろうから、今日中に辿り着くのは難しそうだし、市内に泊まろう。もっとも、哲さんが泊まれって言い出しかねないけどな。で、明日一緒にその寺に行ってくれたらいい」
「あんたの仕事が進まないんじゃないのか」
 竹流はちょっと考えているような顔をしていたが、それはまぁいいんだ、と何か本音を隠したように見えた。

 岩木山スカイライン。
 全長九、八キロの見事なヘアピンカーブの道だ。カーブは全部で六十九あり、密生するブナの原生林を抜けていく。昭和四十年に開通したこの道で、岩木山の八合目まで行くことができ、そこから九合目まではリフトで登ることができるが、その先頂上までは、一時間はかからないというものの、まさに岩を登るような登山になる。
 運転席の竹流は、相手が愛車のフェラーリであろうが、農家の軽トラックであろうが、まったく意に介していない。軽トラックと長身の外国人という組み合わせはどう見てもおかしいはずなのだが、何故かしっくり馴染むようにも見えるから、この男は不思議だ。多分、本人がこの組み合わせが可笑しいとは一向に思っていないからなのだろう。
 ブナの根元にはまだ雪が残っている。

 料金所で真はふと看板に目を止めた。
 あの娘、嘘をついたな。
 北国の出身である自分があっさり騙されたのもいささか格好が悪いが、正確な日付が分からなかったのでそういうものかと疑わなかった。おそらく、島田詩津は色々嘘をついていることがばれるのが怖くて、待ち合わせをすっぽかしたのだろう。
 さて、こうなるともう、何かの手がかりが見つかる可能性は低そうだが、とにかくここまで来たからには行ってみるしかない。
 もちろん、ここで引き返して依頼を断ることもできるのだ。しかし、内ポケットの小瓶が真のジャケットの内側で声にならない声で話しかけてくる。竹流の言う通り、これがこの依頼を受けてしまった理由でもあるのだから。
 真は助手席から窓の外を見つめていた。
 ひとつカーブを越えるたびに視界が広がっていき、日本海が大きくなり、波が打ち寄せる海岸線が伸びてゆく。津軽富士と呼ばれる岩木山の雄大な山麓が、視界のいっぱいいっぱいまで広がる。
 東京にいると時々息苦しくなる呼吸が、実はこんなにも楽だったのだと思い出させてもらっただけでも感謝することにしようか。

「それで、結局、その女子高生の話はどういう内容だったんだ?」
 付き合ってくれるというのだから、有難いと思うべきだったが、何となく申し訳ない気もしてきた。
「もしかしたら、まったく嘘を聞かされてきたのかもしれない」
「嘘?」
「二週間前に、この岩木山の登山道、つまりこの先の八合目の駐車場からさらにリフトで九合目まで行って、そこから先の登山道で、足の悪い年老いた女性に会ったと言ったんだ」
「二週間前?」
 竹流も嘘の内容を理解したようだった。
 二週間前なら、冬季のためこのスカイラインは閉鎖されていた。もちろん、その女性が四つあるうちのどれか登山道を下から登ってきたという可能性もあるが、少なくともあの娘は車で八合目まで行ったと言ったのだから、結果的には嘘に違いない。

 竹流はしばらく黙ってヘアピンカーブに集中してハンドルを捌いていたが、やがて静かに言った。
「だが、引き返す気はないんだろう?」
 真は答えなかった。竹流は分かっているだろうと思ったからだ。
「それならこのまま行こう。で、嘘っぱちでも、その小娘は他に何を言ったんだ?」
「その人は足が悪くて、段差のきつい岩場を全くうまく登れなかったようだ。足が悪いのにこんなところに一人で来て、なんて迷惑なばばぁだ、と思ったらしいんだが、行きがかり上、手を貸す羽目になったんだと」
「ばあさんは本当に一人だったのか」
「と言っていたけど。何でも、亡くなった御主人と一緒に登るはずの山だったから、何とか登りたいのだと言っていたらしい」
「で、その骨とどういう関係がある?」
「お礼だと言ってもらった饅頭の入った袋に、一緒に入っていたと言うんだが」
「なるほど。で、帰って見てみたら、中に骨の入った小瓶が混ざっていて、それを返したいが、手掛かりがないのでお前のところに来た、と」

 嶺が言っていた、あの娘は家に居場所がないのだという言葉が、ふと頭をよぎった。
 もう少し話を聞いてから来ればよかったと思う。だが、この道々でゆっくり話を聞いてやってもいいと思っていたのだ。
 もちろん、真には悩める少年少女の相談相手になれるという自負心など欠片もない。結果的に幾らかは頼れる大人の役割をしてやっていることは多いが、それが彼らにとってどれだけの助けになっているかと言うと、やはり大したことはできているとは思えない。
 結局答えを出すのは自分自身だ。

 山に上がり、八合目の駐車場でトラックを降りると、地上の霊気が祓われていくような清々しい風が吹き抜けていた。
 七里長浜から緩やかなカーブを描いて小泊岬、さらに向こうに北海道までが見えている。
 千六百二十五メートルの山の八合目は、四月の終わりではさすがに寒かった。軽トラックにはそれを見越したように、雨合羽らしいものが積まれていて、竹流が一枚を真に渡してくれた。
 竹流に促されて、リフト乗り場の受付に行く。
 足の悪い女性を探しているのだと言うと、案の定、少なくとも今年になってから、つまり僅か数日前に今年の開業を始めてからはそんな人は見かけないし、去年のことは分からないという答えが返ってきた。ちなみに、昨年の最終開業日を確認すると、十一月四日だったという。
 とりあえず、リフトに乗って、山の様子を見に行ってみることにした。
 一人乗りのリフトは、風が強くて随分と揺れた。これ以上風が強くなったら運行中止になるだろうが、受付の人はもうしばらくは大丈夫だろうと話していた。彼らのほかには、物好きな数人が乗っているだけだ。
 哲さんが車に乗せてくれていた雨合羽がバタバタと硬い音を立てて膨らみ、頬には風が突き刺さり、耳は遠くなるほどに冷たくなった。
 後ろの竹流振り返ると、雄大な山麓の景色から向こう、北海道の方を指差して何か言いかけてから、声が届かないことに思い至ったのか、ただ微笑んだ。

 リフトを降り立つと、すぐに竹流も降りてきて、あまりの風に自然に体が引っ付くくらい近い位置で山の方へ歩き始めた。
「どう思う?」
 真の耳に口元を近付けて竹流が聞く。
「どこまでが本当の話かってことか?」
「あぁ。少なくとも、場所までは作り話じゃないんだろうな。あとは、本当はいつだったか、ということだ。大体、その娘は、誰とここに来たんだ? 少なくとも女子高生が一人で来るところじゃないだろう」
 さすがにこの季節に山に登ろうという酔狂はいなさそうだった。ここまでリフトで来た夫婦連れらしきカップルと、若い男女のカップルも、リフトを降りてから山の方に向かう気配はない。
「家族で、と言っていたが」
 よく考えたら、奇妙な話だ。彼女は『家族の中に居場所がない』のだから、家族旅行を楽しむようには思えない。それも東京でちゃんと聞いておけばよかったと思ったが、そもそも島田詩津の態度は、真に何でも話して依頼する、という気配ではなかった。
 嶺に無理矢理連れてこられて、しぶしぶ話している、という感じだったのだ。
 嶺の奴も、珍しくおせっかいになったものだ。
 そのことも、少し引っかかる。
「ちょっと行ってみるか。山頂まで行ったら遭難しそうだけど」

 九合目から少しの間は普通に歩ける道だった。とは言え、アップダウンのある山道には違いない。やがて直ぐに雪よけの小さなヒュッテが見える辺りからは、足が不自由であればとても登れそうにない岩の道になっていた。ヒュッテの先は一旦平地のようになり、その先は頂上まで完全な岩の山だ。
 足が悪い、といっても、程度にはよるのだろうが。
 一段だけ、随分と高さのある岩を目の前にして、竹流が足を止め、真も思わず彼の顔を見た。
 女子高生が嘘をついていたのだとしても、その女性が完全な架空の人物と言うわけではないのだろう。
 では、その年老いた女性は、なぜ骨の入った小瓶を持って、この山を登ろうとしていたのだろうか。この骨は、普通に火葬されたものではない。ならば、その骨の持ち主はどのようにしてこの姿になったというのだろう。
 風で震える雨合羽の内側で、小さな骨がカタカタと鳴っていた。
 その風に紛れて、何かの声が聞こえそうな気がする。
 胸のあたりが熱くなっていた。それはこの骨にまだ肉塊が伴っていた頃の記憶や名残なのだろうか。もう少し耳を澄ませ、心をここから解放してしまったら、何かの真実に届くような気がする。

 不意に、意識が遠くに持ち去られそうになったとき、竹流がぽんと真の腕を取り、軽く促した。
「少なくとも、足の悪い老人が一人で簡単に登れる山じゃないことだけは確かだな。しかも、登れても降りるとなるとさらに大変だ。もしも万が一、山の下から徒歩で登ってきたんだとしても」
 真は思わず息を吐き出した。
 そうだ、そんなに都合よく死者の声が聞こえるほどの力が自分にあるわけでもない。霊媒師でもないのだし、たまに何かの気配を察知することはあっても、現実と幻覚の区別がつかないことがあると言うだけで、そういう情報を用いて事件を解決できるというよなはっきりしたものではない。
 冷静でいなければ、また妙なものに付け入られてしまう。真はようやく口を開いた。
「少なくとも帰りはバスか、タクシーを使っている? あるいは行きも」
 竹流はしばらくの間、黙って真の顔を見ていた。
 この男には、多分真の今の状況がある程度伝わっているのだろう。だから、自分の仕事を少しの間先延ばしにして、真に付き合っているに違いない。少なくとも、その女子高生が一緒ならばなかったであろう隙が、今の真にあるということなのだ。
「そうだな。まずはその小娘を引っつかまえて、本当はいつここに来たのか、問いただした方がよさそうだぞ」

 それにしても寒い。少なくとも本当にこんな季節だったのなら、その女性は凍えて大変なことになっているはずだ。
「ついでに、遭難届も調べておいたほうがよさそうだな」
 そう言った途端、竹流が真の身体を軽く抱くようにして、耳元に囁いた。真は驚いたが、単に無茶苦茶に寒くて温もりを求めただけなのかもしれない。あるいは、真がどこかへ意識を飛ばしてしまいそうになるのを引き留めたかったのか。
「こっちが遭難する前に降りよう。漫画みたいに、あのヒュッテにお世話になって一晩抱き合うって下りも悪くないけど」
「殴るぞ」
 抗うようにして言うと、頭を撫でられた。
 全く、いつまで子ども扱いする気なんだろう。
 とにかくバス会社とタクシー会社、それに警察だ。とは言え、その女性の出所が分からなければ、片手落ちになる。山を降りたら、まずもう一度、嶺に電話をかけてみよう。
 どうあっても島田詩津を捕まえた方が良さそうだ。
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Category: ★死者の恋(間もなく再開)

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コメント


NoTitle

死と生の境界のところっていうのはありますよね。
まあ、一番有名なのは富士の樹海ですけど。そうでなくても、死の境界線っていうのはどこでも存在するものですけどね。山っていうのはそう言う魅力もあって、引き寄せるのかもしれませんが。

LandM #- | URL | 2013/04/25 20:44 [edit]


LandMさん、ありがとうございます

そうなんですね。
青森県、普通にあの世とこの世はお隣です。恐山のイメージなのかと思っていたのですが、行ってみたら、恐山まで行かなくても、もっと普通にお隣にあの世があると感じられました。
四国にも同じイメージがあります。あと和歌山県の山の中。
そもそも、京都にもいっぱいありました。辻とか橋とかは境界線だと言われています。
そう、きっと私たちが知らない/気が付いていないだけなんですよね…
そう言う感じをもっと出せたらいいなぁと思います。
引き続き、よろしくお願いいたします。

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/25 22:34 [edit]

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