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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

ソ連(1) マトリョーシカ 

マトリョーシカ

もしかすると、今ではもう珍しいものではないのかもしれませんが……
これは23年前(!)、私がソ連(当時)で購入したマトリョーシカです。
本棚に飾られているのですが、最近中まで開けてあげてなかったなぁと思って……(^^)

マトリョーシカと言えば、中は空洞になった木の人形が入れ子になっていて、どんどん小さいのが中から出てくる…ってやつですが…

分かりますか?
向かって左からゴルバチョフ、ブレジネフ、フルシチョフ、スターリン……そして最後にレーニン!
なぜか省略されている、アンドロポフとチェルネンコと、もう一人いましたね…短すぎて忘れちゃった。
今ならもっと沢山、なんでしょうね。
エリツィン、プーチン、メドヴェージェフ…もう一回プーチン!?
もしかすると、あんまり特徴ない人は省かれちゃったのかも?

これはモスクワの広場の市場のようなところで買いました。
当時、ソ連はちょうどペレストロイカ真っ最中だったけど、ソ連に行くためには、領事館にビザを申請するときに毎日の日程と宿泊先ホテルとか細々と書いて提出しなければならなくて……
ツアーではなかったので、結構大変だった記憶があります。
うーん、冒険家だったなぁ、昔の私。

びっくりしたのは、両替をしたら、日本円1万円に対して片手では持ちきれないほどのルーブルの札束が返ってきたこと(すごいデフレだった)。
札束の処理に困って買ったのが、このマトリョーシカでした。

もっとびっくりしたのは、月曜日の夜、赤の広場から地下鉄に乗って帰ろうと地下に降りたら、地響きが……
地震だ!と思って、地上に上がったら、どの通りにも戦車、戦車、戦車……!?

ペレストロイカで、比較的写真は自由に撮れるようになっていたのですが、さすがにこの日ばかりはフィルムを取り上げられている人がいました。よくもまぁ、カメラを構える勇気があったと思うけど…

後で聞くと、月曜日の夜は、モスクワ周囲のあちこちから赤の広場に向かって、演習で戦車を動かすのだとか(錆びないように?)……
ホテルに帰るために、郊外の駅で地下鉄を降りたら、まだ戦車の音が……
一体、どんなけ走ってるの!? 恐るべし、ソ連の軍事力!と思いつつも、何より戦車だらけで道路を渡れない……
戦車の上には運転席?コックピット?から顔を出している兵士さんたちが…しかもみんな男前。
どうすることもできなくて、また無謀なわが友人が『手を振ろう』(@_@)
何だかわからないので取りあえず手を振ってみたら……(^_^)/~

カーネーションを投げてくれた!?
何で?
今でも謎です。

ソ連は、アエロフロートの機体がぼろいのに、着地したのが分からないくらいパイロットの腕は抜群だった。
しかも税関は男前ばっかり。
(中に入ったら、貫録のあるおじちゃんばかり!? なぜ、あれがこれになる(?_?))
ロシアになって、どうなったんだろう?

写真は、当時、道路や橋、つまり軍事的に使える場所は決して撮ってはいけないと聞いていましたが、わりとそうでもなかった。赤の広場の見張りのお兄ちゃん(例にもれず、男前)とも一緒に写真を撮ってもらいました。
何せ、その時、私たちが話せたロシア語は一文だけ。
実は、まったくロシア語が話せなかったので、ひとつだけ覚えようということになって……
覚えたのがこれ→『私と一緒に写真を撮ってください』(ロシア語自体は忘れちゃった)
これは、ずいぶん役に立ちました。

ソ連の話、まだまだ面白い話があるけど、またの機会に……^^;

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Category: 旅(あの日、あの街で)

tb 0 : cm 7   

コメント


NoTitle

 こんにちは。
おおっ 僕が一月から三月頃にかけて書いていた ミステリーがロシアが舞台で 
此の歴代大統領が積み重なった マトリョーシカ 出していたのですよ 一瞬ですが。

確かに 特徴がないと お土産として面白くないですものね。
処で クヴァス 飲まれました????
あの謎の 炭酸飲料 面白いですよね。

ウゾ #- | URL | 2013/04/11 11:08 [edit]


NoTitle

マトリョーシカと聞いて、まずあのかわいいお人形を思い浮かべたのに、ページを開いて思わず笑ってしまいました。
いや、笑っちゃいけないのか^^
面白いお土産ですね。
まだソビエト連邦のあった時期の旅行だったのですね。
戦車を、サビ予防に動かす、若くハンサムな軍人さんたち。
ああ、遠い国だなあ・・・・と、平和ボケの私など思うのですが、
じっさい、昨今の緊迫したこの情勢をみると、そんな悠長なことも言ってられないのかな、なんて^^;

でも、貴重な体験ですよね。
ソ連を旅先にチョイスするのも、渋いです。
長く滞在されたんでしょうか。
また、いろいろ聞かせてくださいね^^
(石紀行も楽しいです)

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/04/11 18:42 [edit]


ウゾさん、ありがとうございます

そうなんですね! ウゾさんも歴代大統領マトリョーシカの魔の手?に引っかかったおひとりだったのですね…(^^)
このマトリョーシカ、やっぱり優れものですよね。
私は最後にレーニンが出てきたところで、即買いとなりました^^;
面白すぎる……(怒られそうですが)

ソ連では、飲食に関しては結構飢えていた記憶しかありません…
本当に、何もなかったんですよ。レストランも、開店しているのかどうかもわからない感じだったり、どこもかしこもやる気はなさそうで…^^;
お店に物はなかったし、デパートなんてショーウィンドウの中に歯ブラシが数個、なんて世界で。車は、子供が生まれた時に注文しておかないと、その子が20歳になった時に手に入らないとか言う話でした。
本当にあの時、お札は紙切れ同然、品物は何もない、という国だったんですね。そして外貨だけは稼ごうと…

クヴァース、確かに飲んだような記憶はあるのですが(薄いビールみたいなのですよね)、あまり明瞭な記憶はなくて…
なにせ20年以上前の記憶^^;^^;^^;

きっとロシアになって、ずいぶん違っているのでしょうね。

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/12 00:28 [edit]


limeさん、ありがとうございます

そうなんです…私もまだ学生でして……思えば、うちの親はよくぞバカ娘をこんな旅に出してくれたものです…(いえ、実は帰ってきて怒られたんだった…いえ、それは別の時だったかな?)
東西冷戦の氷が解け始めたころ、それでもソ連の敷居は確かに高かった記憶があります。
でも、なぜソ連が選ばれたか…友人3人で行ったのですが、理由は『絶対に今後行きそうにないところに行こう!』というのと『オルフェウスの窓』……あぁ、なんて単純な理由。
私はついでに、『ドクトルジバゴ』の世界と映画監督タルコフスキーの生まれた国を見たかったから。
でも、実際にはエルミタージュに3日間通い続け、毎日、ダ・ヴィンチの聖母の青い衣に見惚れていました……あれこそ、完璧な青だと思った…・エルミタージュ、芸術家のlimeさんもきっと嵌ると思います。

なぜか、ソ連の思い出、意外に受けたので?また第2弾を書いてみます(^^)
あまりにも古い記憶ながら、結構鮮烈なシーンがいくつも思い出されます。それだけ強烈だったんですね…
1週間の滞在で、モスクワとレニングラード(サンクトペテルブルグ)に3日ずつ滞在したんだったかな…スイスに降り立った時、どれほどほっとしたか!(あぁ、私って資本主義の国の人間だったんだ!)
その後のイタリア旅行もかなりドラマティックだったんですが、本当に無謀の2文字そのものの旅をしておりました…あぁ、生きててよかった!

石紀行も楽しんでいただいたようで、嬉しいです(^^)
石は私の生涯のテーマ?でもありまして。
でも、これって読んでて面白いんかしら、と疑問だったので、楽しんでいただいていると書いていただけるだけで、本当に嬉しいですm(__)m
ありがとうございます。

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/12 00:38 [edit]


鍵コメK様、ありがとうございます

はい、本当に当時のソ連、なのですね^^;
学生の時、結構貧乏旅行をしたものでして…今思えば、よくぞ生きて帰ってきた、というような出来事も多々ありました。ソ連に限らず…イタリアでも修道院に泊めてもらったり、ナポリのすごいスラム街のようなところに(知らずに!)宿をとってしまったり(安かったんで…)、女一人なのに夜行で移動したり、帰りの航空券を落としてしまったり…。貴重な経験というより無謀な経験でしたね…もう今ではできません^^;

実はモスクワへは、始め『シベリア鉄道』で行こうかという計画を立てていたのです。でも、あの頃、まことしやかに『シベリア鉄道の中で、スパイ容疑で捕まった日本人大学生がいる』とか言われていまして…
何でも、一人旅の日本人の大学生(基本は男性)でロシア語が話せる=スパイ、なんて疑われて、実際私の友人の友人は数日拘留されたとか…。ま、私たち、ロシア語は『私と一緒に写真を撮ってください』『さようなら』『ありがとう』しか言えなかったんですが…
あの頃、写真はフィルムだったし、そもそもソ連の税関のX線検査が強力で、フィルムがダメになってしまうとかも言われていて、おそるおそる…だったなぁと懐かしく思い出します。
今ならデジタルでその場で確認できますが、帰って現像して、これ何?ってこともしばしばで…
また当時の写真、いつか載せてみますね(^^)
コメント・拍手、ありがとうございました。

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/12 00:57 [edit]


NoTitle

こんばんは。
今さらですが、ここにコメしようっと。

たぶん同じ頃ですよ。アエロフロートでエジプトに行きましてね。モスクワでトランジットだったのです。空港で立っている兵隊が男前で、惚れるかと思いました! 「レッドブル」のシュワちゃんと同じ制服だったのですが、麗しいこと、麗しいこと。
スチュワーデスはなぜか河馬に酷似した体型でしたけれど。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/04/13 03:40 [edit]


夕さん、ありがとうございます

そうですよね!
最初はこれは旅行者へのサービスなの!?と思ったくらい、飛行場関係は男前のオンパレードですよね(^^)
後にも先にも、あれほど感動的な?飛行場はありませんでした^^;

でも、中に入ると、あの人たちもいつか…と思われるおじちゃんがいっぱい…^^;
きっと寒いので、脂肪をあれくらい蓄えておかないと、若いうちはやせ我慢できても、年とったら辛いんでしょうね。聞いた話では、脂肪の量が生命に関わることがあるのだとか…(痩せてると死んじゃう!?)
ウォッカも飲みすぎですよね…

スチュワーデスさんたちも同じ理由だったのでしょうか?

夕さんは本当に色んな所に行っておられますね。
またあちこちで片鱗を見れるのが楽しみです(^^)
ムパタ塾の記事も、いつも楽しみにしております。
共感しすぎて、うまく言葉を紡げず、コメントがうまく書けなかったんですけど…

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/13 09:09 [edit]

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